「宇宙哲学」 第18章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落214

214 The Brothers have told me that they have records that have been kept on their planet regarding the civilizations on the earth, and that these accounts of Lemuria and Triteria are correct.
214 宇宙兄弟達は地球上の諸文明に関して保存されて来た記録を彼らの惑星に持っていること、また、こうしたレムリアとトリテリアの記述は正しいと私に伝えてくれました。


【解説】
 他惑星の資料室には地球という惑星の歴史が記録され残されているという訳です。これらの資料を見れば過去どのような文明の変遷が起こったかが分かりますし、それはまた今日の文明がどのような場面にいるかも的確に理解出来るということでしょう。
 先日もラオスの著名なお寺(オントゥ寺)のお坊さんからその寺にある珍しい首を後ろに向けたライオン(獅子)像のいわれをお聞きしました。それによると後ろ向きの意味は、「国の発展には歴史を振り返ることが重要であること」と「人生を振り返り両親や恩人のことを思うべきである」という二つの意味があるということでした。
 私達もこれまでの歴史を振り返り、国としてどのような行動を執って来たかを反省し、同時に今日の自分がどのような方々の恩を受けて成り立っているかに心を留めなければなりません。歴史を学ぶことは私達j自身の歩みを確認し、未来にとって役立てる教訓を掴むことでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落213

213 Our return to our natural heritage shall be as glorious as that of the Triterians if we allow ourselves to awaken once more into the unification of all life!
213 もし私達が再び全生命の統合状態に自分自身を目覚めさせるなら、私達の自然の生得権への帰還はトリテリア人達のと同様に輝かしいものとなるでしょう。



【解説】
 本章の終わりに著者は改めて現状の私達もトリテリアの人達のように人間本来のあるべき姿勢に立ち返るのであれば、彼らと同様に輝く存在になれると励ましています。
 私達各自が生きる目的はまさに、この一点に集約される訳です。そしてこのことはイエスも同様に「放蕩息子」の話を通じて当時の人達に示していたのです。
 こう考える時、一方で科学技術を手にした現代の私達は、今度はもう一方の手で宇宙を貫く精神性、アダムスキー氏の言う「宇宙意識」を感じ取り、自らの心をその存在に添わせて行くことが大切です。直感力もその中で養われ、因の世界の本当の姿を知ることが出来る筈です。結果(物質)と因との相互関係、関連性を理解するようになれば、トリテリアの人達に近づくことが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落212

212 There are no descendants of the Triterians, for they served their destined time on this planet earth and were transferred by space craft to another solar system. This is the race which dwelt upon the earth prior to the Biblical records. The fall of man was not brought about until the advent of the Lemurian race. The Triterians left the earth in a virgin state and went on for greater service, but all of the races who followed them are still endeavoring to regain their cosmic birthright. The Triterians worked with the cosmos through intuition and obedience; the other races have chosen to gain their perception through suffering and the observation of effects; living in the bondage of mortal concepts.
212 今日、トリテリア人達の末裔は居ません。何故なら彼らはこの惑星地球における彼らの定められた時間を勤め、別の太陽系に運ばれたからです。これは聖書の記録以前に地球に住んでいた民族です。レムリア族の出現までは人間の堕落はなかったのです。トリテリア人達は地球を原初の状態にして立ち去り、より大いなる奉仕の為に進んで行きましたが、彼らの後に続く全ての種族は未だに自分達の生まれながらの宇宙的な権利を取り戻そうともがいています。トリテリア人達は直観と従順さを通じて宇宙とともに働きましたが、他の種族は自らの認識を労苦と結果の観察を通じて得ることを選択し、死すべき概念の束縛の中に生きているのです。



【解説】
 トリテリアの人達は生きる拠り所を直感と従順さに置いていたことは、今日の私達にとって最も注目すべき要点です。
 私達、現代の地球人は後世、どのような人達であったと言われるかは知りませんが、物事の基礎を文字に記された内容や物質主義、更には貨幣経済の下、科学技術を特化して発展させ、感受性その他の精神面では随分と発達が抑制された文明と評価されるのかも知れません。
 これまでのところ、レムリアから今日の文明まで、さまざまな変遷があったことでしょうが、常に興亡を繰り返しており、今日再び様々な側面でこの文明も行き詰って来ているということです。前にも触れましたが、富の格差や宗教に名を借りた狂気、経済活動と称する侵略等、どの一面を見ても大変危うい状況にあります。
 こうした中、本シリーズを学ぶ皆様は、真実を知った者として責任は重く、またこれら諸問題の解決にも期待されているのです。かつてこの分野の同行の士が「直感を大切にする」と盛んに仰っていたことを思い出します。日常生活の中で「直感」即ち、「印象」に気付くような静かな心の状態、鋭敏な心の状態を維持して行くことで私達は自らを本来の状態に戻して行くことが出来るということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落211

211 There was no greed or selfishness among these masters of the earth. (In our terms of today we could say that they had achieved their Master's Degree in every  subject.) They knew that the substance of the universe is unlimited and indestructible and that there would always be sufficient to meet every need. No man among them engaged himself in the accumulation of material wealth.
211 これら地球の達人達の間には貪欲や利己主義はありませんでした。(今日の私達の言葉を用いるなら彼らはあらゆるテーマにおいて修士の学位を達成したと言うことが出来るでしょう。)彼らは宇宙空間の物質には際限が無く、破壊されることがないこと、そしてそれらは常にあらゆる需要に見合うに十分存在することを知っていました。彼らの間には誰一人として物質的な富を蓄積しようと忙しくする者はいなかったのです。



【解説】
 目下の文明の最大の問題は富の偏在、貧富の格差です。富める者はますます富み、貧しい者はその子孫も含め大多数の者がその貧しさの中に留まらざるを得ないという訳です。この問題は現代社会の根源的な問題であり、富む為には戦争をも辞さないといった所でしょう。
 しかし、この貪欲さを捨てることが出来れば、少しずつ私達も本来の社会の姿に戻って行けるものと思われます。もっと私達は貪欲が何処から生まれて来るのかを考えるべきでしょう。将来への不安、支配欲は自らが全てを与えて下さる創造主を身近に感じられない為に起こる、心の不遜に由来しているということでしょう。
 かつてトリテリアの人々は、この同じ地球でエデンの楽園に暮らすことが出来たのは、自らの貪欲の要素を克服していたからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落210

210 Due to the lack of friction or resistance to the life force their bodies remained always youthful and death as we know it did not exist.
210 生命力に対する摩擦や抵抗が無い為、彼らの肉体は常に若々しく保たれ、私達が知るような死というものは存在しませんでした。



【解説】
 トリテリアの人達がどのような文明であったかは、本文の記述以外、知るすべがありませんが、アダムスキー氏が同乗記等で記している他惑星人の暮らしぶりから、実際に1000年近くも生命を保つ人達であり、不老の民であったことは容易に想像できます。
 最近のテレビ番組でもストレスが諸々の病の原因となることが説明されていましたし、少しでも毎日の自分の精神状態を顧みれば私達は自らの生命力に対して、それを損なう活動、即ち自らを害するような想念・印象をまき散らしていることが分かります。
 先日もある所で多くの蝶が舞う光景に出合いました。平凡な道の脇の草むらなのですが、そこの咲く小さな花々に何種類もの蝶が各々楽しげに飛び交っていました。普段、人が立ち入ることの無い彼らの楽園のようでした。それら美しい光景を見て思ったことは自然界の他の生きもの達は皆、毎日を楽しく暮らしており、生命力を発揮しているということです。熱帯地方の雨季の季節、雨上がりの晴れ間の中、楽しげに舞う色とりどりの蝶の舞いは本当はこの世界は楽園なんだと感じた次第です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落209

209 The Triterians had no religion as it is accepted today - they were a race of scientists, for they worked not on supposition or myth but on facts. They had no gods but recognized the all-intelligent force and themselves as expressers of it. They did not make the mistake of allowing their mortal mind to judge the creator for they understood cause and effect. They gave no thought to any division between themselves and the cosmic consciousness; they acted with a freedom and assurance of results. Therefore life was peaceful and harmonious. They were not bound by gods or devils for their only state of awareness was that of  interblended action. They recognized the necessity of duality in creation but they did not separate the force into good and evil.
209 トリテリア人達には、今日認められているような宗教はありませんでした。彼らは科学者の種族であったのです。何故なら、彼らは想像や神話に基づいて働くことはなく、事実に基づいて働いていました。彼らには神がありませんが、全英知を認識し、自分達をその表現者であると自覚していました。彼らは自分達の死すべき心に創造主を裁かせる誤りをさせませんでした。何故なら彼らは因と結果を理解していたからです。彼らは自分自身と宇宙意識の間に如何なる分け隔てをするような想念を持ちませんでした。彼らは自由に、また結果を確信して行動しました。それ故、生命は平穏で調和あるものでした。彼らは神や悪魔に束縛されはしませんでした。彼らの知覚の唯一の状態は融和混合した行動のそれであったからです。彼らは創造における二元性の必要性を認識していましたが、その力を善と悪とに分離することはしなかったのです。



【解説】
 今日私達の目指すべき目標が、このトリテリアの人達の生き方であると著者は本項で説いています。
 万物に英知を見て、その融合を感じる中に日本の古代文化にある「草木ことごとくよくものいい」とする「神人融合」(「日本文化史序説」(二) 西田直二郎著)の世界は、それに近いものであったと考えます。
 トリテリアの社会には宗教は無く、特段の礼拝対象もない訳で、身の回りのもの、目にする全てが「神宿る」ものになっていた筈です。このような社会においては、自然探究が重要な仕事であり、その成果は皆が共有でき、各自の進化に役立ったことでしょう。
 重要なのは、一たびこの生活姿勢に基づく生き方が出来れば、その後は安定した進歩の道を歩むことが出来ることです。自我を統制し、調和ある生き方を続けて行ければ、前途洋洋の歩みになることは間違え有りません。自然の中に宇宙を流れる真理を見出し、指導の声に耳を傾けることです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落208

208 These master-men were cosmic beings and during the time they spent in gaining their earthly experience they did not once separate themselves from the Totality. They worked with the elements of the earth as men work with them today but they understood the cause of their manifestations. They were sent to this solar system to partake of the knowledge of matter and this they did under the guidance of Cause Intelligence. This was easy for them to do for they were aware of the natural laws governing all action and they were wise enough to use their knowledge without perversion. The Law of Affinity held no mystery for these people and the elements obeyed their commands to the fullest. The earth was a perfect expression of Edenic beauty.
208 これら達人達は宇宙的な存在で、彼らが地球上の体験を得る為に過ごした期間中、彼らは一度として自分達を全体性から分離させたことはありませんでした。彼らは今日の人々が働くように地球の元素とともに働きましたが、彼らはそれら創造物の因を理解していました。彼らは知識にあずかる為、この太陽系に送られ、彼らは因の導きの下、これを行いました。これは彼らにとって容易でした。何故なら、彼らは全ての行動を支配する自然の諸法則について気付いており、彼らは自分達の知識を誤用することなく用いる程に賢明であったからです。その親和の法則は彼らにとって神秘ではなく、これらの諸元素は彼らの命令に完全に従いました。地球はエデンの美しさの完全な表現となっていたのです。



【解説】
 本項の内容を読み返して分かったことは、著者アダムスキー氏はこのトリテリア人は聖書で言うエデンの園に暮らしていた人達であったこと、最初に地球に人間が住むようになったケースであったことを示唆していることです。表だって”アダムとイブ”を指している訳ではありませんが、地球上の物質世界の知識を学ぶ為、派遣(移送)された人達であったように思われるのです。
 いずれにせよ、創造後、誰ひとり人間が暮らしていなかった処女地にトリテリア人は移住して来たと思われ、彼らの高い精神性とみずみずしい当時の地球環境とはよく融合し、物心両面で理想的なパラダイスが形成されたということでしょう。
 その遠い記憶がトリテリア人が去った後もわずかに残され、聖書のエデンの園に繋がって行ったのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落207

207 These were large people and their color may be likened to our bronze or rust, which was probably caused by the intensity of the sun's rays which shone upon the earth at that time
207 これら(訳注:トリテリア)の人々は大柄な人達で、彼らの肌の色は今日で言う赤褐色もしくはさび色に近いかも知れませんが、それはおそらく当時、地球を照らしていた太陽光の強さから引き起こされていたのかも知れません。



【解説】
 確かに熱帯・亜熱帯の地域は日差しが強く、油断しているとあっと言う間に日焼けしてしまいます。本文ではトリテリアの時代、太陽から降り注ぐ光線が今日より強かったと記しています。
 肌の色については、一般にアジア人の黄色、アフリカの黒色、アメリカの赤色、欧州の白色等々、地球上には様々な肌の色を持つ人間が昔から暮らしていましたが、それもそれぞれの祖先が長年暮らした環境に適応した結果が残っているのかも知れません。
 一方、これらとは異なる色調もあります。ラオスでは通称「エメラルド仏」と呼ばれる緑色の仏像の存在が伝えられています。今は経緯があってタイに安置されています。また、ビエンチャンのお寺(インペン寺)には肌の色が緑色の「神人」の象が建立されています。寺の伝承では本尊を建立する際、どうしても最後の工程がうまく行かず、工人達が落胆していたところ、見慣れない3名の人が来て、手伝って呉れるという。その後工人達がその場を離れたわずかの間に本尊は完成してしまったとのこと。その3人はその後、2、3日その寺に滞在した後、消えてしまったという。寺の人達は天から神が人の形に変身して降りてきて、助けてくれたとしてその神人の象を建立したという。何とその神人像の肌の色は緑色となっています。神人を表す色として緑の肌色が設定されているのです。
 他惑星人との交流の中でも、アダムスキー氏が同乗記その他で述べているように、様々な肌の色をした人達が居たとされており、多様な人達が天(宇宙)の中には存在するということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落206

206 Idealists have ofttimes visualized the perfect man as an etheric being who dwelt only in the planes of celestial glory and had powers to overcome the laws of nature, but we find the Triterians to be dwelling on the earth in physical bodies and cooperating fully with the laws of nature.
206 理想主義者達は、しばしば完全なる人間を天上の栄光の中にのみ暮らし、自然の諸法則を征服する力を持つ霊妙な存在のように思い描いて来ましたが、私達はこのトリテリア人達は肉体を持って地上に暮らし、自然の諸法則と完全に調和していたことに気づきます。



【解説】
 精神面を探究して行くと、その素晴らしさに現実の物質世界を無視し、そのまま霊的世界のみを探究しがちですが、それはあるべき本来の姿ではないことを本項では注意しています。
 何より、その手本が他惑星の人々の暮らしぶりにありますし、アダムスキー氏が彼らとの交流について世界に発信した理由もそこにある訳です。私達同様の人間がしっかり地についた理想的な生活を送っていることを示した意味は大きいと思っております。
 つまり、太古の昔は「神人」とされ、天空に昇って行ったとされるこれらの人達は、具体的には私達と何ら変わらない人体を持っていた訳で、科学技術やその精神能力が私達より秀でていた為、何か別格の神の使いのような存在に思えたに過ぎません。
 理想は実現するとあります。私達もこの手本を目標に毎日の生活を送る必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落205

205 This civilization was called the Triterian race and from the memory of those people rose the Triton God of the early Greeks. This Grecian god was pictured as half man and half fish, symbolically corresponding with the cosmic record which speaks of the Triterions as the "people of the waves." They were not, of course, half man and half fish but they were the masters of both the waters and the earth.
205 この文明はトリテリア族と呼ばれ、これらの人々への思い出から、初期ギリシャのトリトン神が起こりました。このギリシャの神は半人半魚として描かれ、トリテリア人達を「波の人々」と称する宇宙的記憶に対応しています。彼らはもちろん半人半魚ではなく、水と大地の両方の支配者であったのです。




【解説】
 このトリテリア族については、今もってなお具体的な探究は行われたことはなく、遠くギリシャ神話に登場する”海の神トリトーン”として伝承されているのみのようです。また、これまでの本文の記述から、この文明はレムリア以前の人達であったことが分かります。
 その由来である「波の人々」に関連して以前、どこかで紹介したかとは思いますが、日本の民話の”浦島太郎”にも多少類似した箇所が出ています。日本の場合、竜宮城の乙姫様が登場しますが、この”乙姫”には、”音を秘める”という音を充てるという話を以前聞いたことがあります。また、”竜”といい、”音(波動)”といい、太古の文明に関する本質を示唆する言い伝えかと思っています。
 いずれにしても、”波”を統制していたとすることは、重要なポイントです。水面の波の他にも、想念・印象は波と表現されますし、それらを十分に感知、統制出来ていたことは、宇宙意識とも十分交流が出来ていた人達だからです。
 これらの人々は災害に遭って絶滅した訳ではなく、平安の内に地球を去ったものと思われます。そして去るに当たって、自分達の遺物を地上に残さない選択をしたのではないかと考えています。今日、私達も自然を大切にする観点から、残骸を残さず、立ち去ることはうなずけるからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落204

204 In the bible of every race there is an account of creation and the suggestion of an Eden where man dwelt in the perfect state of being, but there is little more than the suggestion and it has been accepted by humankind as a beautiful bit of mythology that has an indifferent effect upon the progress of man in his present state of being. In the annals of consciousness, however, is revealed the truth concerning a race of God-men and their Edenic homeland.
204 あらゆる種族の聖典の中には、創造の記述と人間が完全な状況の中で暮らしていたエデンの園と呼ぶべきものの示唆が書かれていますが、それは示唆以上のものではなく、これまでは人間の今日の状態への進歩にとってどうでも良い程度の神話の美しい小片でしかないとされて来ました。しかしながら、意識の年代記の中では、神人族とそれらのエデンの母国に関する真実が明かされています。



【解説】
 著者はレムリアの歴史を語った後、多くの民族の神話に登場して来るエデンの園について、本項で言及しています。
 つまり、レムリアは滅びた訳ですが、それとは別に神と人間が合一状態にまで融合した人達の存在を示唆しているのです。
 私達日本人には竜宮城の神話もあるのですが、それらも含め、エデンの園は遠い過去の話であり、現代では痕跡すら残っておりません。
 しかし、アカシックレコードにはこれらの記憶が残されていると著者は説いているのです。私達が思いも寄らない程の長年月を経過しても、この意識に残る記憶は消えることが無いということでしょう。私達が日々発する想念は克明に空間に記憶されると思った方が良いのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落203

203 The earthquakes and the sinking of the continent were due to natural causes. A shift or change of the surface of the earth comes at certain intervals, but the people of Lemuria had become so immersed in the mortal world of effects that they paid no attention to the warnings given by nature. Had they been alerted to these signs they could have moved to safer territory
203 地震や大陸の沈下は自然の原因によるものです。地球表面の移動や変化はある間隔でやって来ますが、レムリアの人々は結果である死すべき世界にどっぷり漬かってしまっていたために、彼らは自然によって与えられた警告に注意を払わなかったのです。彼らがこれらのサインに注目していれば、彼らはより安全な地域に移動することが出来たことでしょう。



【解説】
 ここでは大陸の沈下の理由を地球の長年月の周期における活動の一環だとしています。私達は”生きている大地”の上を一時的に借用して生活している以上は、それに従った対応をとる必要があるという訳です。
 自分自身のことで頭が一杯で、これら変動に対して鈍感な私達は自然からの事前のサインに対して無頓着、無関心である為、災害から被害を受けやすいということでしょう。事実、野生動物達は如何なる災害に対しても被害を受けないよう、実に適切な行動をとります。逆に私達はこれら動物達の行動を地震その他自然災害の前兆現象として頼りにする始末です。
 同様な意味において、現代を生きる私達も自分の身を守る為にも、自然界の変化について鋭敏になり、変化の兆候をいち早く察知しなければなりません。アダムスキー氏が逢っていた宇宙人達も、宇宙空間の変化についていつも監視していると知らされておりますし、絶えず太陽系その他の変化に注視しているのです。
 自分自身も含め、精妙な変化を印象を通じて感知する能力を伸ばして行くことが重要だということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落202

202 This went on for several hundred years until at last the forces of nature demanded payment for their unbalanced conditions - the payment of suffering. They were given warnings of their future destruction if they continued in their unbalanced state but they heeded them not, so the elements turned against them. The earth became unsteady beneath their feet; tidal waves swept their shores and eventually a steady trembling took hold of the entire Lemurian country. For approximately seven months the earthquakes continued and gradually the land began to sink. The waters rushed in and covered the one-time Heavenly kingdom and another civilization was lost.
202 この状態は数百年進行し、遂に自然の諸々の力は彼らの不均衡な状態に対する代償、苦痛の償いを要求しました。彼らはもしそのような不均衡な状態を続けていたら将来は破滅するとの警告を受けていましたが、彼らはそれを心に留めることはありませんでした。その為、諸元素が彼らに反抗したのです。地面は彼らの足元で不安定となり、大波が彼らの海岸を一掃し、遂には間断の無い揺れが全レムリア国を支配しました。約7ヶ月その地震は続き、次第に大地は沈み始めました。水がなだれ込み、一時期天国のようであった王国と文明の一つが失われたのです。




【解説】
 レムリアは太平洋に沈んだ訳ですが、本項ではそれは自然災害や突発的な何かの事情というようなものではなかったことを説いています。つまりは巨大な大陸が沈むというような背景には何百年と続く人々の貪欲その他問題行動や破壊的な想念に対する自然界の反動であったということです。
 そういう意味では、1万数千年後の現代文明も同様な断崖の渕に居ると言えるかも知れません。貪欲さが世界に浸透していますし、環境の汚染も地球規模で広がっています。ある意味、レムリアの時代とは異なる形で、現代文明も危険な水準に到達しているものと考えます。
 地震や火山活動の活発化、激しい気象現象等は、宇宙からの私達への警鐘として捉える必要があり、何とかこの危機を乗り越えるべく、各自身近な所から、改めて行く必要があります。その長いスパンで物事を見る時、イエスや仏陀が説こうとした背景事情についても多少は知ることが出来るのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落201

201 The Golden Age of the Lemurians lasted for approximately three thousand years. During this time they were in contact with Egypt and in fact all of the Asiatic countries but it was not until the fourth of the thousand year periods that their country was invaded by self-seeking individuals from other parts of the world. At that time there were people who came from the territory that is now known as Greece and Rome and settled in Lemuria. These people were of the lighter races; they won the confidence of the Lemurians, intermarried with them and gradually perverted the pure thought of the happy people. This foreign element slowly took upon themselves the rulership of Lemuria. They were hard, fearful rulers and greedy for wealth and power. They began to show favoritism and to instill in the minds of the Lemurians the thought of inequality. Where the people had once served each other for the love of action they were now forced to serve to enrich and empower the few. They learned the meaning of rebellion and selfishness and greed - those things which had never before found place among them. They learned to follow the example of their rulers and work for self instead of the All. They closed themselves to the guidance of their creator and turned into the mortal channel of expression.
201 レムリアの黄金時代はおおよそ3000年続きました。この間、彼らはエジプトと、また実際にはアジア諸国の全てと接触していましたが、4期目の1000年を迎える頃、彼らの国は世界の他の地域から自己を追求する人達によって侵入を受けたのです。その当時、今日ギリシアやローマとして知られる領域から来て、レムリアに定住した人々が居ました。これらの人々は肌の色が薄い人種でした。彼らはレムリア人達の信頼を勝ち取り、彼らと混血し、次第にその幸せな人々の純粋な想念を堕落させて行きました。この外来の要素はゆっくりレムリアの支配権を獲得して行きました。彼らは厄介な恐ろしい支配者で、富と権力に対して貪欲でした。彼らはえこひいきを表し始め、レムリア人の心の中に不平等の考えを染み込ませて行きました。かつて人々が愛の行為として互いに尽くしあった所に、今や彼らは少数の者を富ませ、権限を与える為に奉仕することを強制されました。彼らは反乱の意味や利己主義、貪欲について学んだのです。彼らは支配者達の例示に従い、全ての者の為ではなく、自身の為に働くことを学んだのです。彼らは自分達の創造主の導きに対して自らを閉ざして死すべき表現の経路に向きを変えてしまいました。



【解説】
 本章に関連してこのところ、ジェームス・チャーチワードの「失われたムー大陸」(たま出版、平成7年)を読んでいますが、本章では1931年に米国で出版されたその本の記述と多くが一致する内容が記されています。
 本文ではレムリアは「エジプトやアジア諸国の全てと接触していた」と記述されていますが、チャーチワードも同様に、レムリアを中心として世界各地に人々が進出して各々の文明を築いたと述べています。
 しかし、本項で記されているレムリアに白人が入り込んで来た顛末についてはチャーチワードの本には記されていないようです。他惑星人が保持する歴史の記録や宇宙空間に保持されているアカシックレコードは風雪にさらされた古代の遺物に比べて、はるかに明らかな歴史の流れを私達に提供して呉れることがよく分かります。
 レムリアが如何にして滅んだかは、同様の瀬戸際にある私達にとって重要な事柄です。かつての日本がレムリアの子孫であったとしても、現代の社会はそれに相応しいものである必要があり、私達は各自で自らの精神性を高める努力を惜しんではなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落200

200 Their architecture and works of art were magnificent in structure and beauty. Their temples were not so much for worship as they were a monument of beauty dedicated to the All-Power whom they served in their daily actions. For these ancient people needed no temple in which to worship - they recognized the All-Being dwelling in themselves and in every form of life upon the earth. Their idealism in the beginning was the virtue of God which was meant to be expressed in man, and because of this idealism they were bestowed with powers unknown to man today. The Lemurians did not abuse or misuse the laws of nature and while they were building up their empire it was an actual heaven upon earth. But like practically all civilizations they had their downfall in time. Virtue became lost in greed and selfishness, and towards the end of their existence they were no different than the present civilization. At last nature took a hand and sunk the land beneath the waters of the Pacific ocean.
200 彼らお建築と美術作品は構造や美しさにおいて壮麗なものでした。彼らの寺院は彼らが日常行動において仕える全能者に捧げられた美の記念塔であった為、拝礼の為ということではありませんでした。何故ならこれら太古の人々は中に入って拝礼する寺院は必要無かったからです。彼ら自身及び地上のあらゆる生命体の中に全能者が住んでいることを認識していたのです。初期における彼らの理想主義は人間に表現されるべき神の徳目でありましたし、この理想主義により、彼らは今日の人間には知られていない諸々の力を授けられていました。レムリア人達は自然の諸法則を乱用したり誤用することはありませんでしたし、彼らがその王国を建設している間、それは地上における本当の天国でした。しかし、実際には全ての文明と同様、やがて没落の時を迎えました。徳目は利己主義の中に失われ、彼らの存在の終り近くには、彼らは今日の文明と何ら変わりなくなりました。遂には自然は手を挙げてその大陸を太平洋の水の下に沈めたのです。



【解説】
 本章でレムリアのことについて記されていたことを受けて、現在、チャーチワードその他のレムリアに関する書籍を読んでいますが、それらレムリアの位置に関する記述は前項(196)と同じであり、おそらく真実に近いものと思われます。
 一方、本項では更に詳しく当時の人達の精神性についても述べています。まさに太古の一大黄金時代が築かれていた訳で、それをもたらしたのは、ひとえにレムリア人の精神性の高さ、即ち万物に因の働きを観て、自らをそれに仕える下僕と見做していたことによります。全てが平等で、またつつましい生活ぶりであったという訳です。
 しかし、それは長くは続くことなく、遂には一大災害とともに海中に没したのです。この件について、本文で気になるのは「レムリアの終わり近くには、彼らは今日の文明と何ら変わらなくなった」と記されていることです。著者は、私達の文明もレムリア同様の破綻の日も近いと暗に警告していることにも、気付く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落199

199 Because of their alerted feeling the minerals in the earth were not hidden from them and they made use of all of the elements.
199 彼らの鋭敏なフィーリングの為、地球内部の鉱物は彼らから隠されることなく発見され、彼らはそれら全ての元素を活用しました。



【解説】
 私達の究極の目標の一つである鋭敏な知覚力について、当時のレムリア人は既にその段階に達していたということでしょう。生活の隅々にテレパシックな側面が応用され、科学技術や鉱工業の分野では目を見張る発展があったという訳です。
 私達が各自の感性を磨くということは、目に見えない因からもたらされる想念・印象により多く気付くことであり、未開拓の資源や未知の元素の発見等の分野において、計り知れない恩恵を当時の文明に与えたものと思われます。
 結局は滅びてしまったレムリアですが、私達の中にそれら知覚力を高め開発したいという欲求は、記憶の中にかつてそのような時を送った人達が居るからかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落198

198 They were a very industrious and active people, highly sensitive and intuitive. They were able to converse with each other through a form of mental telepathy and their actions were mainly guided by the greater intelligence of their being so they were able to obtain marvelous results. They were highly advanced in the science of the cosmos and through their understanding of the laws of action they had a remarkable control over the elements of the earth.
198 彼らはとても勤勉、活発で、高度な感受性を持ち、直観力がある人々でした。彼らは精神的テレパシーの形態を通じて互いに会話することが出来、彼らの行動は彼ら自身の存在のより大いなる知性によってもっぱら導かれていたために、彼らは驚くべき結果を得ることが出来ました。彼らは宇宙の科学において高度に進歩しており、活動の法則の理解を通じて、地球の各元素に対する驚くべきほどの統制を行っていました。



【解説】
 レムリアの人々の精神性について、著者は本項で語っています。それはあたかも著者自身がその遠い昔、その地で暮らしていたかのように、当時の人々の暮らしぶりについての記しているのです。これらの知識をどのようにして著者が得ることが出来たのかは不明ですが、本章で言うアカシックレコードの中には、こうした人々の精神活動が記録されており、それらに親しむことにより、当時の状況を手に取るように分かるのではないかと考えています。
 また、これらレムリアの人達が万物に神性を見出し、想念・印象に深い感性を有していたことは、私達日本人の基本的精神性にも通じる所があるように考えます。議論や論調で相手を打ち負かし支配するというような西欧的なものとは大きく異なり、自然の中に息づく法則を大切に、また畏れるという日本神道の基本にも繋がるものと言えるでしょう。
 毎日を誠実に、また力の限り行動して、理想を実現する中で、当初のレムリアは黄金期を迎えたという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落197

197 The Lemurians were of the brown race and their average height was about five feet three inches, while here and there a giant would appear. The Alaskans of today resemble them more closely than any other race.
197 レムリア人は褐色人種で、彼らの平均身長は5フィート3インチ(訳注:160cm)である一方、そこここに大柄な人物も現れました。今日のアラスカ人が他の如何なる人種よりも似ています。



【解説】
 レムリア人を祖先とする種族について、本項はあくまで外見上としながらも、アラスカ人が最も似ているとしています。即ち、レムリア人は褐色人種にであり、アジア系の人達であった訳です。
 しかし、残念ながら私の知る限り、アラスカにレムリアの文明の痕跡が残っているとは思われません。極寒の中、狩猟で暮らす当地の人々がもし太平洋のレムリアから辿りついた人達とすれば、随分と厳しい環境で暮らすことになったと言える訳です。現在の学説では遠くベーリング海峡を渡ってアジアから渡って来たとされていますが、詳細は不明です。
 この太平洋を大きく占めていたレムリアがあったとすれば、そこから南北アメリカ大陸にもレムリアの人々が移り住んだということも有り得ることになります。実はこれについては以前、仕事でブラジルのパラナ州に何度も滞在したことがあります。その中で聞いた話の中に、昔探検家がジャングルの奥に進むと、そこにはあたかも日本人の体型をした現地人が居て大変驚いたとされているのです。クリチバという都市に長らく滞在したのですが、その地名は元来インディオの言葉で、「クリ」は「栗」、「チーバ」はインディオの言葉で「沢山取れる」という意味だとか。実際、当地はパラナ松と称される松があり、その実は「栗」のようで、食用になります。日本の「千葉」も「たくさん」という意味があるのかと考えさせられたことを思い出します。”ブラジルのインディオの言葉が日本語に近い”という奇想天外の話も、これらレムリアの沈没に関係しているとすれば、一応の整理が出来そうに思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落196

196 Lemuria was a vast continent which included most of the islands of the Pacific - Hawaii, the Easter Islands, New Zealand, the Philippines and other smaller island groups. These islands were at one time the highest mountain peaks of the now submerged land. Lemuria was at one time a civilized part of the world; her people were highly cultured and possessed advanced knowledge of cause and effects. They lived not for self but for the All, recognizing each form as the expresser of Cosmic Intelligence. Each individual knew himself as a servant of the universal force. They went about their duties in a peaceful manner without thought of one man being greater than another, or of one piece of work being more important than the rest. No jealousy or greed existed among them - Lemurian land was the home of one happy family where discord was unknown and equality reigned.
196 レムリアは太平洋の島々のほとんど、ハワイ、イースター島、ニュージーランド、フィリピンその他を含む広大な大陸でした。現在のこれらの島々はかつては海に沈んでいる大陸の高い山の頂でありました。レムリアは一時期、世界の中で文明が栄えた地域でした。その人々は高度な教養を持ち、因と結果について進歩した知識を持っていました。彼らは自分の為に生きるのではなく、各々の形あるものが宇宙的知性の表現者であると認識し、全てのものの為に生きていました。各個人は自分自身が宇宙普遍の力に対する下僕であることを知っていました。彼らは自分達の仕事をするに、一人の人間が他の者より優れているとか、一つの仕事が他よりもより重要だとかの考えを持ちませんでした。彼らの間には嫉妬や貪欲は存在しませんでした。レムリア大陸は不協和音を知らず、平等が行き渡る一つの幸せな家族の家であったのです。




【解説】
 本項で著者アダムスキー氏は実際、太平洋のかなりな部分を占めていたレムリア大陸が存在し、その範囲はイースター島からニュージーランド、フィリピン、ハワイ等をカバーする程の巨大な大陸であったことを明言しています。
 そして、その文明の進化レベルは高く、人々は一大家族として暮らしていたことを伝えています。このレムリア大陸については、多くの著書が出版されているものの、消滅の年代も明確ではなく、今なお謎につつまれています。
 しかし、このようなケースに対してもアカシックレコードに触れることが出来れば、私達は直接、どのような日常であったかを察知することが出来るという訳です。その消滅に至る原因については追って説明がある訳ですが、このレムリアについては日本民族の起源にも当然関係があると考えています。
 レムリア沈没の一大異変の後、生存出来た人々の多くが周辺の地に逃れたものと思われますが、その一つが日本の地、当時は湿地帯の芦原の原野であった可能性もあります。湿地にトンボが飛び交う新天地にレムリアから移り住んだのが日本人のルーツかも知れないのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落195

195 Out of the Book of Memory, which the scriptures tell you shall be opened unto all, we have read the story of Lemuria, that mysterious land which sank beneath the dark waters of the Pacific Ocean.
195 聖書が言う全ての者に開かれるとされる記憶の書から、私達は太平洋の暗い水の下に沈んだ神秘の大陸、レムリアの物語について読んだことがあります。



【解説】
 太平洋に沈んだとされるレムリア大陸については、チャーチワード他、多くの著書が知られています。その文明の詳細については断片的な伝承があるだけで、全体を知る由もありませんが、このアカシックレコードに到達出来れば、その記憶を辿ることが出来ると著者は説いています。
 多くの文明がかつて地上に興隆したのですが、結局は長続き出来なかったとされています。その原因の多くが、自己崩壊の道を辿り、自然が持ちこたえられずに天変地異として滅びてしまったということでしょう。
 それらの文明が去った後、再びゼロからの出発として歩んで来たのが現代の地球文明ということになります。しかし、最近ではその文明活動も先々怪しくなって来てしまいました。相次ぐ戦闘が中東で起こっていますし、無差別テロ殺人や詐欺行為も平然と行われるようになってしまいました。これらはこの文明を構成する人々がもはや正常な精神状態を維持できなくなりつつあることを示していますし、経済的にも行き詰まりを見せています。
 本シリーズの最終に近い段階で著者が太古に滅んだ文明について章を改めて説明する理由について、私は分かる気がします。それは現代の私達はかつて滅んだ文明と類似した道筋を歩みつつあること、その先には文明の崩壊があることを警告しているように思うからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落194

194 In the cosmic book of memory, often referred to as the Akashic Records, there lies the story of action as it has passed through millenniums of time. The ever-active fingers of consciousness have inscribed upon the Primal Essence of the Cosmos the indisputable and indestructible pattern of all motion and manifestation. The history of man as written upon the tablets of stone or upon parchment or paper is but a limited record of existence and is easily lost to the knowledge of future generations, but the Cosmic Record is a permanent structure and he who is able to read therefrom need have no missing pages in the history of life.
194 しばしばアカシックレコードと称される宇宙の記憶の書の中には、何千年もの時を経る行動の物語が眠っています。常に活動的な意識の指先は宇宙の根本的本質の上に全ての行動と創造の現出のパターンを刻み付けて来ました。石板や羊皮紙あるいは紙に書かれた人間の歴史は存在が限られた記録でしかなく、将来の世代の知識に対して容易に忘れ去られるものですが、その宇宙的記録は永久の構造を持ち、そこから読み取ることが出来る者にとっては、生命の歴史において如何なるページも失われることはありません。



【解説】
 どのようなものであれ、行為や活動作用には意識の力が必要であり、その結果、意識の中にそれらの記憶が残されるという訳です。虚空(Akashi)と称されてきた「意識」には、あらゆる行為や活動の記録が残されており、この記憶に親しむことが出来れば、居ながらにして世界の歴史を観ることが出来る筈です。
 いわば空間に記憶される訳ですが、そのことは今日的に言えば、ロギングが残されるということであり、携帯やパソコンの利用履歴が全て記録される現在の私達の実生活にも行われています。
 こうした中、私達も太古の地球の状況を知る為には、このアカシックレコードに到達しなかればなりません。かつてアダムスキー氏は膨大な知識を有しておりましたが、手元にあったのはわずかの辞典でしかなかったとされています。氏はその講演で様々な事例を紹介していますが、実はその知識はこのアカシックレコードを自ら読み取ることが出来た為と思われます。
 先ずは必要な情報はすべてこのアカシックレドードから提供されることを認識することが重要で、私達も日頃からその存在に親しむことが求められています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第18章-段落193

18 PAST CIVILIZATIONS
193 I have recently reread the accounts of Lemuria and the Triterian race, and will give them to you for whatever points of interest you may find in them. My friends from other planets have told me that many of the people living on their planet at present have lived upon the earth.
第18章 過去の諸文明
193 最近、私はレムリアとトリテリア族の記事を読み返した所なので、貴方が興味がありそうな点について何なりとお伝えしようと思います。他の惑星からの私の友人達は私に現在、彼らの惑星に住む多くの人達がかつて地球に住んでいたと教えてくれました。



【解説】
 本章では地上にかつて有った古代文明の実情について著者は私達の為に特別な章を設けて語っています。前章で太古の文明について論評を加えていた為、その根拠となる実際の歴史について、他惑星人から提供された情報を元に私達に語っているのです。
 また、本項では他惑星人もかつて、このような古代文明の興隆時に地球で暮らしたこともあると記されています。即ち、進化を遂げた他惑星人についてもかつては私達の地球で暮らし、学んでいたことを告げているのです。そういう意味では、各惑星は教室のようなもので、そこで私達が何を学ぶことが期待されているかをよくよく考えることが重要です。
 もちろん、順調に進級し、より進化した惑星へ転居(転生)される方もいるでしょうし、またいつまでも同じ教室で過ごさざるを得ない魂もある筈です。そのいずれにせよ、現在、各々が直面している課題を避けることなく直視し、解決を図って行く姿勢がその後の飛躍をもたらすのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落214

214 The Brothers have told me that they have records that have been kept on their planet regarding the civilizations on the earth, and that these accounts of Lemuria and Triteria are correct.
214 宇宙兄弟達は地球上の諸文明に関して保存されて来た記録を彼らの惑星に持っていること、また、こうしたレムリアとトリテリアの記述は正しいと私に伝えてくれました。


【解説】
 レムリアの文明は最終的にどのレベルで終りを迎えたのかは知りませんが、崩壊後は再び原始の時代からのやり直しであったことでしょう。太古から続く文明の変遷を見守り続けていたのが、近隣惑星の人達であった訳です。
 長期間、地球上の社会情勢の変化を監視して行けば、当然、先々の推移は予見され得ることとなり、時々のポイントで止むを得ず支援の手を差し伸べることもあったと思われます。未然に文明の破壊を回避し、新たな成長分野に向かせる分岐点がその時と思われます。
 アダムスキー氏がデザートセンターで最初のコンタクトをした当時、世界は冷戦と水爆実験の最中にあった訳で、再びの世界戦争、更には地球全体の破壊への道を歩んでいたことは、今日では誰の目にも明らかなことです。このように支援の手は差し伸べられることはありますが、基本的に惑星の問題はその惑星の中で解決すべきものであり、混乱と破壊を宇宙に持ち込むべきではありません。私達は各々出来ることを始めること、この惑星を真の進化の道に導く為に各自の任務を果たすことが求められています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落213

213 Our return to our natural heritage shall be as glorious as that of the Triterians if we allow ourselves to awaken once more into the unification of all life!
213 もし私達が再び全生命の統合状態に自分自身を目覚めさせるなら、私達の自然の生得権への帰還はトリテリア人達のと同様に輝かしいものとなるでしょう。


【解説】
 興味深いのは聖書以前の太古の昔から現代に至るまで、人間に求められていることは何一つ変わらないことです。
 物質的には太古のものと現代のものとは大きく異なるように思われますが、それは応用面であり、真髄である全ての生命力への帰還融合化は宇宙を貫く文字通り永久の人間昇華の原理と言うべきものです。
 その道に達する為に私達は自然界における美しさを探求しようと様々な芸術分野に惹かれということでしょう。その道も本来は自分を通じて宇宙英知を発現する経路に結びつくものです。
 その為に何が長年の課題、この文明の問題となっているかを一人一人考える必要があります。日常的な想念レベル、心の反逆と独断が如何に私達自身の進路を誤らせて来たか、各自が分析する必要があります。その道は一人の一生では十分ではないかも知れませんが、トリテリアの民に匹敵する進歩を成す為には、一歩ずつの前進が欠かせません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落212

212 There are no descendants of the Triterians, for they served their destined time on this planet earth and were transferred by space craft to another solar system. This is the race which dwelt upon the earth prior to the Biblical records. The fall of man was not brought about until the advent of the Lemurian race. The Triterians left the earth in a virgin state and went on for greater service, but all of the races who followed them are still endeavoring to regain their cosmic birthright. The Triterians worked with the cosmos through intuition and obedience; the other races have chosen to gain their perception through suffering and the observation of effects; living in the bondage of mortal concepts.
212 今日、トリテリア人達の末裔は居ません。何故なら彼らはこの惑星地球における彼らの定められた時間を勤め、別の太陽系に運ばれたからです。これは聖書の記録以前に地球に住んでいた民族です。レムリア族の出現までは人間の堕落はなかったのです。トリテリア人達は地球を原始の状態にして立ち去り、より大いなる奉仕の為に進んで行きましたが、彼らの後に続く全ての種族は未だに自分達の生まれながらの宇宙的な権利を取り戻そうともがいています。トリテリア人達は直観と従順さを通じて宇宙とともに働きましたが、他の種族は自らの認識を労苦と結果の観察を通じて得ることを選択し、死すべき概念の束縛の中に生きているのです。


【解説】
 著者はあえて詳しくは触れていませんが、本文の内容から、宇宙には何らかの統合政府のような存在があり、惑星住民の移動等、重要な事業を担っていることが分かります。トリテリア人達を他の太陽系に移動させたということは、当時宇宙船までは有していなかった彼らに宇宙船団を差し向けて、別に用意された太陽系に移住させたと本文は示唆しているからです。
 つまりは、地球という惑星の位置づけが本項から明らかになっていることも、私達は気付く必要があります。即ち、ある種の特別な教室、学びの場である訳です。何故、そのような条件が整っているのか、またその条件とは何かについては、美しい豊かな自然環境に恵まれた星であるとかの何らかの理由があるのかと思います。
 いわば特別な役割を持つ惑星なのですが、それさえも十分にクリアー出来ないレベルが現在の地球住民の段階と言えるでしょう。そういう意味では、もし、他惑星人が地球人に混じって暮らしているとすれば、彼らにとっては大変劣悪な環境で生きていることになり、相当の訓練になることは間違えありません。アダムスキー氏が事ある毎に宇宙兄弟達を守ったとされていますが、それはそれほどに宇宙兄弟達にとっては、大変住みにくい場所であったからと言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落211

211 There was no greed or selfishness among these masters of the earth. (In our terms of today we could say that they had achieved their Master's Degree in every subject.) They knew that the substance of the universe is unlimited and indestructible and that there would always be sufficient to meet every need. No man among them engaged himself in the accumulation of material wealth.
211 これら地球の達人達の間には貪欲や利己主義はありませんでした。(今日の私達の言葉を用いるなら彼らはあらゆるテーマにおいて修士の学位を達成したと言うことが出来るでしょう。)彼らは宇宙空間の物質には際限が無く、破壊されることがないこと、そしてそれらは常にあらゆる需要に見合うに十分存在することを知っていました。彼らの間には誰一人として物質的な富を蓄積しようと忙しくする者はいなかったのです。


【解説】
 私達の地上での生活はお金が必要なことは一面では真理ではありますが、一方で財産があれば安心という訳でもありません。居住する社会情勢や経済環境の変化は目まぐるしいものがあり、そのような環境下で如何に財産を守るかも地球人にとっては大きな関心事です。
 これに対して、このような表面的な問題に対しても本項はあるキーを私達に授けています。即ちトリテリア人達は自分達には宇宙から十二分の資源が与えられており、わざわざ一生懸命に富を溜め込もうなどと時間を無駄に過ごすことはないと考えていたのです。宇宙を知るということは、何も星を見上げることばかりを指す訳ではありません。私達の身近の空間にも、既に十分な物質が出現を待っていると言うべきなのかも知れません。
 因の持つ絶大な力はそれを認める者に惜しみなく物質も更には有益な想念をも降り注ぐものであるからです。かつて、イタリア・アッシジの若き聖人が全ての財産、更には身に付けていた物全てを脱ぎ捨てて、創造の原点に戻ろうとしましたが、それは既存の財産を全て投げ打って、因の力に従ったからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落210

210 Due to the lack of friction or resistance to the life force their bodies remained always youthful and death as we know it did not exist.
210 生命力に対する摩擦や抵抗が無い為、彼らの肉体は常に若々しく保たれ、私達が知るような死というものは存在しませんでした。


【解説】
 現文明においても人間の寿命は伸びつつあります。日本では世界的にも長寿国になっています。肉体を若々しく保つ為の秘訣が本項にあるように、本来の生命力に対する素直さにあると示されている訳です。
 この場合、太古のトリテリア人についての話でしたが、原理は今日でも変わることはありません。自らを宇宙的想念の自由な発露の媒体として解放することが、自らの肉体細胞を生き生き保つことになるのです。
 一方、常にこのような状態を保つことは容易ではないことにも気づきます。いつの間にか生きがいや新鮮さ、感動が失われ、退化の道を歩みがちです。自分に与えられた生命を如何に大切にし、発展させて行くかが各自の大きな責任なのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落209

209 The Triterians had no religion as it is accepted today - they were a race of scientists, for they worked not on supposition or myth but on facts. They had no gods but recognized the all-intelligent force and themselves as expressers of it. They did not make the mistake of allowing their mortal mind to judge the creator for they understood cause and effect. They gave no thought to any division between themselves and the cosmic consciousness; they acted with a freedom and assurance of results. Therefore life was peaceful and harmonious. They were not bound by gods or devils for their only state of awareness was that of interblended action. They recognized the necessity of duality in creation but they did not separate the force into good and evil.
209 トリテリア人達には、今日認められているような宗教はありませんでした。彼らは科学者の種族であったのです。何故なら、彼らは想像や神話に基づいて働くことはなく、事実に基づいて働いていました。彼らには神がありませんが、全英知を認識し、自分達をその表現者であると自覚していました。彼らは自分達の死すべき心に創造主を裁かせる誤りをさせませんでした。何故なら彼らは因と結果を理解していたからです。彼らは自分自身と宇宙意識の間に如何なる分け隔てをするような想念を持ちませんでした。彼らは自由に、また結果を確信して行動しました。それ故、生命は平穏で調和あるものでした。彼らは神や悪魔に束縛されはしませんでした。彼らの知覚の唯一の状態は融和混合した行動のそれであったからです。彼らは創造における二元性の必要性を認識していましたが、その力を善と悪とに分離することはしなかったのです。


【解説】
 地球上での数少ない成功事例がトリテリアであった訳ですが、彼らの生き方は本文に書かれているように、宗教と言うよりはむしろ事実の観察を通じて因を知ろうとする科学的な心情であったようです。今日で言う宗教的な要素は無く、冷静な科学者の心境であった訳です。
 これはその後、時代を経てアダムスキー氏が他惑星人の支援を受けてまとめた「生命の科学」にも通じる所があります。むしろ、様々な経緯を経て、地球人に必要な要素として、古来からの宗教的アプローチではなく、科学的アプローチが適していることが分かった為、同書が取りまとめられたものと思われます。トリテリアの成功事例を参考に編集された可能性もあると考えています。
 本項での大事な所は、彼らは常に自らの心の中に裁きに通じる想念や因に離反する印象が発生することを極力、監視し警戒していたことです。また、自然界で行われている食う食われる等の事象に対して、自分の好みで判断することを厳に慎んだことにあります。ありのままの現象に対して、より広い観点からその必要性を理解しようとしていたことにあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落208

208 These master-men were cosmic beings and during the time they spent in gaining their earthly experience they did not once separate themselves from the Totality. They worked with the elements of the earth as men work with them today but they understood the cause of their manifestations. They were sent to this solar system to partake of the knowledge of matter and this they did under the guidance of Cause Intelligence. This was easy for them to do for they were aware of the natural laws governing all action and they were wise enough to use their knowledge without perversion. The Law of Affinity held no mystery for these people and the elements obeyed their commands to the fullest. The earth was a perfect expression of Edenic beauty.
208 これら達人達は宇宙的な存在で、彼らが地球上の体験を得る為に過ごした期間中、彼らは一度として自分達を全体性から分離させたことはありませんでした。彼らは今日の人々が働くように地球の元素とともに働きましたが、彼らはそれら創造物の因を理解していました。彼らは知識にあずかる為、この太陽系に送られ、彼らは因の導きの下、これを行いました。これは彼らにとって容易でした。何故なら、彼らは全ての行動を支配する自然の諸法則について気付いており、彼らは自分達の知識を誤用することなく用いる程に賢明であったからです。その親和の法則は彼らにとって神秘ではなく、これらの諸元素は彼らの命令に完全に従いました。地球はエデンの美しさの完全な表現となっていたのです。


【解説】
 トリテリア人達が所期の目的を果たすことが出来た最も大きな要因は、「因を理解していた」ことにあったと本項は明確にポイントを述べています。人間の最も重要な点がその点にあると言っているのです。表層のみを見ていてはやがては没落の道を歩む他ありません。
 もちろん、私達は物質の世界に身を置いており、その恵みを享受しています。しかし、その物質の真の価値や美しさは、それを絶えず支えている生命力にあると言っても良いでしょう。あるいはその人が創造主を感じ取っているか否かが、その人の価値を決めるとも言えます。
 また、トリテリア人が暮らしていた頃の地球は、真にエデンの園であったことも述べられています。地上に住む人々の想念状態が自然環境全般に作用し、良くも悪くもその精神レベルを反映するという訳です。その影響範囲は地表のみならず、地殻深くにも及ぶことでしょう。レムリアの沈没もこの影響があったと解釈出来ますし、現代の文明においても各地で地震や自然災害が多発する状況も、私達の粗雑な想念レベルを反映したものと観る必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落207

207 These were large people and their color may be likened to our bronze or rust, which was probably caused by the intensity of the sun's rays which shone upon the earth at that time.
207 これら(訳注:トリテリア)の人々は大柄な人達で、彼らの肌の色は今日で言う赤褐色もしくはさび色に近いかも知れませんが、それはおそらく当時、地球を照らしていた太陽光の強さから引き起こされていたのかも知れません。


【解説】
 トリトン神について調べたところ、多くの想像画が検索され、そのいずれもが逞しい体型をしていることが分かりました。先に記述のあったレムリア人が比較的小柄なアジア系人種であったのに対し、それ以前に地球に住んでいたトリテリア人ははるかに大きい褐色の人達であったことが、本項の記述から分かります。
 彼らが具体的に何処の地域を中心に住んでいたかの記述はありませんが、ギリシア神話に伝承されていることを考えれば、地中海沿岸に居たことも考えられます。また、今日、アトランティスやレムリアのように遺物や伝承が伝えられていない理由は、彼らが円満に地球を去ったことにあると考えています。
 即ち、地球での本来の任務を全うし、他の惑星に向けて地球を引き払う時、彼らは後年、地球を訪れる人達の妨げとならないよう、自分達の文明の遺物、残骸を全て撤去したものと考えています。全てを自然に戻す形で地球を去ることが、美しい自然環境を保つことになるからです。
 そのように考えれば、トリテリア人の痕跡がわずかな神話伝承しか残っていないことも納得が行くことになります。しかしながら、宇宙の記録、アカシックレコードには彼らの活動は記録されていることでしょうし、どのような文明であったかは、各自の能力に応じて探ることが出来るという訳です。
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