「宇宙哲学」 第12章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落139

139 This change is similar to a high precision motor that causes a frictional deterioration on all of its parts when it is not properly synchronized. Each emotional unbalance curtails the free life flow and causes damage to the body, until the mortal sense intelligence comes to the realization of its limited and destructive influence and releases its personal ego to the Cosmic Life Force.
139 この変化は高精密なモーターが適切に同期が取られていないと、その全ての部品に磨耗を引き起こすのと類似しています。死すべき感覚の知性がそれ自身の限界と破壊的な影響を自覚するようになり、宇宙的な生命力に個人のエゴを解き放つまでは、感情のアンバランスの一つ一つが自由な生命の流れを短縮し、肉体に損傷を与えるのです。




【解説】
 私達は日常、自分自身に対しても、また周囲の者に対しても自らの心の意思を押し通すことで如何に大きな悪影響を及ぼしているかを自覚しなければなりません。私達の地上でも生活はこれらの相互影響の下で行われている訳で、良くも悪くも相互に影響を与え、また同時に受けているのです。
 本項について言えば、その心の理解度が低い為に、多くのイザコザや意見の衝突が生じ、それが各自の身体状況にも影響を及ぼしているのです。その為、この状態が長く続くと身体細胞は悲鳴を上げ、急速な劣化・老化が生じてしまいます。
 結局、私達は何の為に生まれて来たのか、本来はその集大成とも言うべき老境である筈が、残念ながら実際には反対に、悪い要素・誤った要素だけが現実化した中で人生を送る事例も多いように思われてなりません。日々のわずかであっても、絶え間ない精進だけが未来を切り拓くカギであるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落138

138 Any emotional extreme disturbs the normal frequency action of the chemicals of the body. Excitement, whether it be caused by extreme joy or fear or anticipation, allows the normal amount of certain chemicals that go into the blood stream to be changed; thereby changing the normal action of the heart. This in turn affects the nervous system and the cells of the body and causes one to feel weak or ill.
138 如何なる感情の過度も肉体の諸化合物の正常な振動活動を妨げます。興奮はそれが歓び或いは恐怖、予感によって引き起こされるに係らず、血流に入るある種の化学物質の量に変化をもたらします。その結果、心臓の正常な動きを変化させるのです。この結果、それは神経系統が肉体の諸細胞に影響を与え、その者に疲労感や体調不良を感じさせます。



【解説】
 現代では人間が興奮状態になるとドーパミン等の化学物質が分泌され、それらが血液を通じて全身に拡がって身体各部に様々な作用をもたらすことが知られています。
 本項はこうした身体の機構について示唆すると同時に、過度な感情の高ぶりはその後の身体に悪い影響をもたらすことを警告しています。
 私達は自分の感情をより安定した状況に保つことの意義についてもう少し深く考える必要もあるでしょう。表層的な事象に振り回されて本来の目標を見失っている自我(エゴ)に何時までも引きずられてはならないのです。本来の私達は穏やかさの中にあって、心身がより柔軟に保たれ、その中を想念・印象が自由に駆け巡るような創造的状況を保つ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落137

137 Emotional balance maintained under all conditions is essential if one wishes to have lasting happiness and good health.
137 永続する幸せと健康状態を持とうとするなら、全ての状況の下で感情のバランスが保たれることは必須です。



【解説】
 逆に言えば私達は自らの感情を調和のとれた状態に保てないが故に多くの問題を抱え、身体の支障を背負って生きているのだという訳です。
 それほどに私達が日常抱く感情は私達自身にもまた、周囲の環境にも大きな影響を与えているということです。しかし、この感情という問題の解決には他人がどのような支援を与えようとしても、最終的に対峙するのは本人でしかありません。自ら蒔いた種を自らが刈り取っている訳ですが、少しでも多くの事例を学び、自分の中にある法則やメカニズムを学んでよりよい生活へとスタートを切ることが必要です。
 かつて多くの教師は人間の感情に関する制御について説いて来ましたし、どのような事態にあっても冷静に自分を見つめられることで、あらゆる困難に対処することが出来ます。感情が持つ大きな影響力を知り、その力を活用出来るようになる為には、まず、それらを統制することを学ぶ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落136

136 There is so much bickering over personal opinions, and what does it profit man? Nothing, for it is a consumer of time and energy. This does not mean that there should not be an intelligent discussion about a subject but when the mortal sense mind is quiet and receptive it can see the picture clearly.
136 各自の意見に対してあまりにも多くの口論が為されておりますが、それは人に何の利益をもたらすのでしょうか。何もありません。何故なら、それは時間とエネルギーの浪費であるからです。これはテーマに対する知的な議論をすべきでないと言うことではなく、死すべき感覚心が鎮まり受容的になる時、感覚心は情況をはっきり見ることが出来るということです。




【解説】
 とかく私達は相手と話す場合、自分の意見を如何に立派なもの、貴重なものに見せるかに努力する一方、相手の意見に寄り添うことはほとんどありません。ディベート等に及んでは、如何に相手を屈服させるかの争いにまでなっています。
 しかし、これらはいずれも本文に説かれているように時間もエネルギーも浪費するだけで真の発見は望むべくもありません。心と心のぶつかり合いのレベルだからです。
 私達にとって重要なことは、真実や解決策等、すべての答えは自分自身の意見からではなく、因から授けられるということに気付くことです。互いに自身の意見を披露することは良いことですが、実際の解決策はこれら会話の隙間、いわば心が空虚になった瞬間に印象が来る訳で、私達は心を常に空しくして置く必要があるのです。いたずらに表層だけの議論に加わることは貴重な機会を逸することに注意すべきことは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落135

135 All that man is in reality - is the thought that he is consciously aware of for the moment. Each moment follows the preceding moment and the key, if there be one, is to keep constant vigil over our reactions so that the next thought will be one that we can enjoy entertaining in our mental house.
135 現実における人の全ては、その人がその時、意識的に気付いている想念なのです。各瞬間はその前の瞬間の後を付き従っており、もしカギがあるとすれば、それはその次の想念が私達が自分達の心の家で楽しむことを可能とさせるものであるよう、私達の反応を絶えず見張り続けることです。


【解説】
 結局、感情というものは私達が身体に取り入れ、受容する想念であることを本項は示唆しています。次々に私達が抱く感情は私達が受容する想念の連鎖ということでもあるのです。
 この場合、どのようにすれば問題の感情制御が出来るかということですが、それは絶えず私達が次にどのような想念を取り込むのか、観察・監視することだと著者は私達に説いているのです。
 このことが重要であることが分かれば、それらの観察・監視は必ずしも端座沈想することよりも、日常生活を活発に行動しながらでも、刻々と自らに取り入れる想念・印象を観察し、好ましくない要素が入り込むことを防止することの方が効果的であることに気付きます。自らを望ましい想念の宿とすることが重要であり、感情をコントロールすることに繋がります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落134

134 The emotional force which rises in the mind when one's will is crossed by another's is very destructive for it draws the actor into a whirlpool of unbalanced action, and he is blinded to reality.
134 ある者の意志が他の者の意志と行き違いになった時、心に起こる感情の力はとても破壊的です。何故なら、それは役者をアンバランスな行動の渦の中に引き込み、その者は現実が見えなくなってしまうからです。



【解説】
 自分がよかれと思ったことが相手に受け入れられなかったり、他人から誤解されたりすると、私達地球人は容易に憤慨し、暴力的にさえなることがあります。それほど私達は感情の起伏が激しい困った存在だと言うことが出来ます。
 自らの感情を制御することは私達の最も基本的な命題であり、それを達成することがひいては戦争や傷害事件等の発生を抑制することにも繋がります。
 重要な点は私達自身、日常的にこれら不安定な感情に自らを左右されがちである事実をしっかり把握して、その暴走をコントロールする必要があることです。仏陀はこのことを何度も弟子達に語っていますし、沈想はその感情を抑制するための修行でもあるのです。昔、英語を習っていたあるキリスト教の米国人宣教師の家族の一人から、実は自分は「映画」を見ないと告げられたことがあります。何でも映画を見て「感情」を高ぶらせることは良くないと思っているということでした。当時は、変なことを言う人達だなあと思っていたのですが、日常的な感情のコントロールとはそういうことも含まれると今になって気がつく次第です。
 もちろん、感情のすべてが悪いという訳でもなく、本来の姿、宇宙の因からの印象の指令に対し、快く自らを開放し、その意思を自らの肉体全体で再現させるという、静かではあるものの、本来の姿に特化する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落133

133 The everlasting spark of life which allows man to express as a form is never separated from Cosmic Cause; when man controls his mortal sense mind to think beyond apparent effects he begins to understand the purpose of life and gain a margin of emotional balance.
133 人を形あるものとして表現させる生命の永続する輝きは、決して宇宙的因から離れることはありません。人が自らの死すべき感覚心をコントロールして外観上の結果物の背後を考えさせる時、人は生命の目的を学びはじめ、感情のバランスの余裕を掴みはじめます。



【解説】
 結局、私達の身体は宇宙根源からの精緻なスパークとも言える想念・印象と同期することで自らの活動を維持できていることになりますが、肝心の私達の心は外観の変化や結果物に囚われている為、それらの背後にある”因”に気が付いていないということです。
 この場合、私達の心の役割・機能を深く考えれば、それはこの人体を具体的に行動させる原動力となるべきものであることが分かります。つまり、これら精緻な信号を人体を動かす為に必要なパワーにまで高めるいわば増幅器なのかも知れません。微細な信号を大きな音に変えるスピーカーアンプのようなイメージです。
 しかしその場合、増幅器の性能に安定さが欠けると音がひずんだり変調を来たして本来の音源信号を再現することは出来ません。私達の心(増幅器)の内部をバランス良く保ち、常に安定な状態を保つことではじめて本来の音源を現実世界に再現できるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落132

132 Innately every human feels an ideal life that he is seeking to find but each individual wants this heaven to be according to his specifications. Many groups have started with high ideals but when the personal opinions prompted by the ego of some of its members have not been accepted the ideal was lost in the fog of emotional differences.
132 生まれつきあらゆる人は自分が見出したいと求めている理想的な生活を感じ取っていますが、個々人はこの天国が自分の明細仕様に従ったもので有って欲しいのです。多くのグループが高尚なアイデアを持ってスタートしましたが、そのメンバーの何人かのエゴによって促された個人的な意見が受け入れられない時には、その理想は感情の相違という霧の中に失われてしまいました。



【解説】
 多くの宗派が生まれ、互いに反目する話は、地上においては様々な分野で行われています。政治もそうですし、アダムスキー哲学の学習者にとっても十分に起こり得ることです。
 私達はとかく自我を満足させるよう行動し、意見を主張する訳ですが、それは互いに反発させることとなり、本来の融和的心情から離れ、各々独自の道を行くことになりかねません。
 もちろんそういう事態になれば、力を結集した社会への影響行使という側面も薄れますし、互いに協力し合わなければ旅も続けられないように思います。渡り鳥は集団で移動しますが、それは衆知を集め、外敵から身を守り確実に目的地に到着する上で必要なことではないかと考えています。一人で理想を求めて精進することももちろん大事です。しかし、更に他人と融和してともども本来の道を進むことは、その道程を確実なものとするだけに、はるかに貴重なものではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落131

131 From the heavens comes the cause and power of creation and yet the earth, being the Father's footstool, it is the foundation upon which He stands. So instead of desiring to live elsewhere one should learn all there is to know concerning his present earth home and recognize it as a garden of beautiful, heavenly things, the actual garden of the Father.
131 諸々の天から因と創造の力がやって来ますが、それでも地球は父の足台であり、父が拠って立つ基礎です。ですから、何処か他の地に住みたいと願う代わりに、人は自分の現在の地上の家庭についての全てを学ぶべきであり、それを美しい天上の事物の庭、父の実際の庭として認識すべきなのです。



【解説】
 私達が何を目指して精進すべきか、2000年以上も前にイエスが私達に説いた訳ですが、今日の中東シリアの地の悲惨な状況を見ると、この間まったく私達の置かれた状況は変わらないどころか、悪くなっているように思います。
 宗教の名を借りて相手を滅ぼし、街を破壊することが平然と行われていることに、この星の問題が象徴されています。
 私達は一刻も早く正常な状態に戻す必要がありますが、宗教指導者がそれに邁進出来ないのであれば、実際既存の宗教の存在意義はありません。
 私達は再度、私達のものの見方、考え方を改め、本項で述べられているように宇宙からやって来る印象・想念を地上で発現・開花させる自らの役目を自覚する必要があります。その上で、本来の地上の楽園での生活を享受することであり、楽園を汚したり、浪費することではありません。まして破壊する等は、もってのほかの蛮行でしかありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落130

130 Neither heaven, the place of cause, nor earth, the place of effects, nor Jerusalem; symbolically used to represent the earth's inhabitants, can be called one greater than the other. These instructions were given against discriminating or calling one part better than the whole, Heaven and earth are not two but one, each expressing the other; man is no lesser for he is both, an integral part of the Whole. Divisions exist only in man's opinions when he calls one greater than the other, for in so doing he is judging and setting himself above the Creator.
130 因の場所である天も、結果の場所である地も、地球の住人達を代表させるべく象徴的に表現されたエルサレムもどれ一つ他のものより偉大だと見なすべきではありません。これらの訓戒は差別したり一部分が全体より優れていると見なすことに対して授けられ、天と地は二つの存在でなく一つであり、互いに他を表現しているのです。人は劣るものでなく、両方の存在、全体の統合された部分であるからです。区別は人が一方のものを他より、より優れたものとして見なす時の人の意見の中にのみ存在します。何故なら、そうすることによって人は裁きを行い、創造主より上位に自分を置いているからです。


【解説】
 "汝裁くな"という表現の中には本項で説かれているような深遠な意味があったことが分かります。良否・善悪を査定することは、そのままその者達より高い位置からの視点であり、本来私達被創造物が立つべき位置ではありません。
 ここで重要なのは、私達自身そして地上の全てのもの達が、結果としての状況はどうあれ、"因"と"結果"が融合した存在であることです。物質だけでは静止した状態のものですが、それに行動を与えるのは"因"からの指図によるからです。
 そういう意味では、あらゆる行動・活動は先ずは"因"と"結果物"が融合、共同した作用の中で行われるということでしょう。しかし、本来は創造的、芸術的な活動であるべきそのような行動が、人間の場合には多くが誤った方向に起こされるという実態がある訳です。
 何故、そのような事態になっているかについて、本章では章のタイトルにあるように私達自身の不安定な感情の問題に行き着くことが示唆されているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落129

129 In Matthew 5 :34-35 is the admonition against division plainly given: "But I say unto you, Swear not at all; neither by heaven; for it is God's throne; nor by the earth; for it is His footstool; neither by Jerusalem; for it is the city of the great King."
129 マタイ5:34-35には、この分割に対する訓戒が平易に授けられています。「しかし、私は貴方に言う、天にかけて誓ってはならない、それは神の王座であるからだ。また地にかけて誓ってはならない、それは神の足台であるからだ。またエルサレムにかけて誓ってはならない、それはその偉大な王の街であるからだ。」

【解説】
 私自身、現行のキリス教の聖書のこの部分の正式な解釈は知りません。しかし、本項で引用されているイエスの言葉は、何か私達がこれこそ私の信じる絶対的なものとして天も地も、更には現代の文明にも軸足を置いてはならないと諭したように思えてなりません。
 つまりは、どちらかを正しい、確実なもの、不動なものとすると、他のものは不安定、不確実という議論になりがちで、不動のものしか信じないという思考になるからです。
 本項では、このように世の中を良否の二元的なものと捉えることを戒めているのです。聖書の中でイエスは天も地も創造主のつらなった一体のものであり、社会自体も創造主の街であると説いており、どちらが優れているというような議論に陥らないよう戒めています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落128

128 Teacher and students have made the mistake of separating heaven and earth and so have been carried from one false balance to another. The impersonal man will unite heaven and earth; will incorporate idealism and practicality; will bring the peace and beauty of the celestial into the concrete materialism of the earth. Anyone who cannot live a happy useful life here in the present world will find it no easier in another world. The Father, by whose breath we live, has but one Law that governs all things. He created this planet as He created all others, and the same principle directs its action. All worlds in the cosmos are alike in principle and to one who lives according to the Law there is no division of perfection.
128 教師と生徒達は天と地とを分離するという過ちを犯しており、その為に一つの誤ったバランスからもう一つの誤ったバランスに運ばれているのです。非個人的な人は天と地を結びつけますし、理想主義と実践主義を結合させ、天上の平安と美しさを地上の確固たる物質主義の中に注入します。現在の世界で幸せで有意義な生涯を送ることが出来ない者は誰一人、他の世界でも決して容易ではないでしょう。私達がその息で生きる父は全てのものを統括する一つの法を持っています。神はその他の惑星と同様にこの惑星を創造し、それと同じ法則が法則の行動を指揮しています。宇宙のあらゆる世界は原理において同様であり、その法則に従って生きている者にとって、完全さに何らの分裂はありません。




【解説】
 確かにこれまで学んで来たことを振り返るなら、私達は宇宙を支える"法則"である"因"と称される原理にこそ軸足を置くように本講座から指導を受けて来ました。その原理も一たび物質の世界に現れると、結果物として時間や空間の制約の中に生きることは避けられないことも学びました。
 このように物質の世界には変遷があり、不安定な状況にあることは間違いありません。しかし私達はこの"因"と"結果の世界"をそのように分離して捉えることは誤りであることを本項は説いています。即ち、もちろん"因"こそが重要なのですが、この私達が暮らしている物質の世界、結果の世界こそが"因"が発現している具体的な姿、創造作品であるのです。
 たとえどのような状況であろうとも、"因"の発現には違いなく、その中に生きる私達は自らの世界を非難し、裁くことは本来の姿勢ではありません。相手を非難するだけでは問題解決にはつながりません。何よりも相手に本来の姿を気付かせる為に、惜しみない愛情や受容的姿勢が必要だからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落127

127 We find that students who have studied under one teacher or another are very confused and living in a state of dissatisfaction concerning the world they must call home. They are looking to the day when they will be privileged to become the inhabitant of another planet. They can see no beauty in this world, being conscious only of the pain and misery which exists.
127 私達はある一、二の教師の下に学んできた生徒達が大変混乱していて、自分達が我が家と呼ばなければならない世界に関して不満足な状況の中で暮らしていることに気付きます。彼らは自分達が他の惑星の住人になれる日を待ち望んでいます。彼らはこの世界に何らの美しさを見ることは出来ず、そこにある苦痛や悲惨さのみを意識しているのです。


【解説】
 私達誰もが「同乗記」の中でアダムスキー氏が伝えた他惑星人の生活と地球の私達の日常とがかくも大きな隔たりがあることに驚くものです。私達は他惑星の人達の生活ぶりに憧れる一方で、自らの日常が抱える問題ばかり注目しがちです。
 これまでの多くの人達がアダムスキー氏の著作を読み、他惑星人の生活に感動したものと思われます。しかしその内かなりな割合の人達は途中で興味を失って旧来の日常に戻ったり、地上の問題ばかりを注視するあまり、非難するだけの姿勢に陥りやすいのが現実かも知れません。
 本項は当時も同様な、あるいは当事国としては更に大きな規模で問題が起こっていたことを示唆するものと思われます。もちろん、偽宇宙人も多く居たことでしょうし、それらの状況を著者アダムスキー氏は良く承知していたものと思われます。
 今日振り返ると、他惑星から地球に支援活動に入る際には必ず偽者による妨害や未熟な教師、生徒による誤解も多く発生していたものと考えます。
 私達は自ら考え、自分に必要な事柄は何かを常に着目して、事柄の本質を見極める視点が必要であり、自分達が暮らす地上の中にある本来の美と調和を学ぶことがまず必要であり、現実は自らが播いた種がもたらした結果であることを悟らねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章ー段落126

12 EMOTIONAL BALANCE
126 As we all know there is a great unrest all over the world. The conditions existing in the national, home, and personal life all display quite clearly the loss of equilibrium which now exists. Each individual feels the need for security and the people of the earth are demanding something that will bring about more stable conditions. The desire for equality and balance and some feeling of assurance have caused some people to return to the churches and many to follow the teachers who profess to know all of the answers concerning the new dispensation. Unfortunately there are extremely few individuals who are equipped with this type of knowledge.
第12章 感情のバランス
126 私達全てが知っているように、世界中を大きな不安が覆っています。国家や家庭そして各人の生活の状況は皆、明らかに今や均衡を全く失っている事態を示しており、実際そうなっています。各自は安心の必要性を感じており、地球の人々はより安定な状況をもたらすものを求めています。公平さやバランス、そして確かさの幾分かの感じへの願望は人々を教会に立ち戻し、また多くの者をその新たな摂理に関する全ての答えを知っていると称する教師達に従わせています。しかし、残念なことにこの種の知識を備えている者は極めて少ないのです。

【解説】
 この書が執筆された1961年当時、既に地球社会は戦後再びの変動時期を迎えます。最近もNHKの「映像の世紀」という番組でその後のベトナム戦争やその反戦運動等の多くの社会運動、更には旧来の社会主義への反旗等々、その状況を見ることが出来ました。
 著者は当時の一連の不安材料に対して、それに助言すべき教師、聖職者が十分な知識を持っていないことを指摘しています。結局は暴力に走ることになってしまう現状の奥には本章で学ぶ私達自身の「感情のバランス」問題があるように思われます。
 怒りや憎しみが社会環境を変革するとは、本講座では決して説くものではありません。怒りは再び相手の怒りを生み出し、問題をエスカレートさせるだけです。
 本章で私達は自らの行動の原動力とも言える「感情」について常にバランスを保つことを学ぶことになります。もちろんその成果は日々の各自の生活の中に次第に表れてくるものと思われます。調和に至る道程は真っ先に取り組むべき課題です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落139

139 This change is similar to a high precision motor that causes a frictional deterioration on all of its parts when it is not properly synchronized. Each emotional unbalance curtails the free life flow and causes damage to the body, until the mortal sense intelligence comes to the realization of its limited and destructive influence and releases its personal ego to the Cosmic Life Force.
139 この変化は高精密なモーターが適切に同期が取られていないと、その全ての部品に磨耗を引き起こすのと類似しています。死すべき感覚の知性がそれ自身の限界と破壊的な影響を自覚するようになり、宇宙的な生命力に個人のエゴを解き放つまでは、感情のアンバランスの一つ一つが自由な生命の流れを短縮し、肉体に損傷を与えるのです。


【解説】
 人体は精密な機械に例えられるという訳です。感情のバランスが保たれなければ、人体各部に摩擦や不調和を引き起こし、ひいては人体の寿命を縮めることになります。
 時代の進歩とともに、人間の平均寿命も伸びていますので、少なからず、この文明はより良い方向に進みつつあるようですが、個々に見ると未だ課題も多いように思われます。
 その一つがエゴに対する認識です。科学の進歩により、病気への対策技術や身体維持のための科学的知見は増え続けており、衛生状態の向上と相まって長寿命化を実現させて来ました。しかし、肝心の想念レベルになると課題は山積しています。所詮、エゴには限界があることや、全体至上の創造的原理についての理解は未だ不十分です。これらを克服した後、初めて天上の慶びを得ることが出来ることになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落138

138 Any emotional extreme disturbs the normal frequency action of the chemicals of the body. Excitement, whether it be caused by extreme joy or fear or anticipation, allows the normal amount of certain chemicals that go into the blood stream to be changed; thereby changing the normal action of the heart. This in turn affects the nervous system and the cells of the body and causes one to feel weak or ill.
138 如何なる感情の過度も肉体の諸化合物の正常な振動活動を妨げます。興奮はそれが歓び或いは恐怖、予感によって引き起こされるに係らず、血流に入るある種の化学物質の量に変化をもたらします。その結果、心臓の正常な動きを変化させるのです。この結果、それは神経系統が肉体の諸細胞に影響を与え、その者に疲労感や体調不良を感じさせます。


【解説】
 如何なる事態に遭遇しようとも、落ち着いた対応をとれることが人物的な価値の物差しになる筈です。危機管理の基本は冷静さを保ち、全体を見通して必要な決断を迅速に出すことにありますが、指示をすべき本人が恐怖心に自らを奪われては、こうした冷静な対応は出来ません。
 その人の肉体をコントロールしているのは、その人の心であり、抱く想念であることは前項(135)で学んだ事項です。その理由は想念が具体的には各肉体細胞に作用して不順な代謝作用を促すため、肉体はその影響を受け、各器官が異常な活動状態に陥り、体内にアンバランスを生じるという訳です。
 心が不安定であるということは、絶えずこのように肉体を自ら痛めつけることが日常的に行われる結果、不健康になったり、老化を早めたりすることになるのでしょう。長生きの秘訣には、いつも楽しい想念を抱き、物事に興味を持って探究心を忘れないことがあると思いますが、それに通じる内容となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落137

137 Emotional balance maintained under all conditions is essential if one wishes to have lasting happiness and good health.
137 永続する幸せと健康状態を持とうとするなら、全ての状況の下で感情のバランスが保たれることは必須です。


【解説】
 心の平静を保つことは身体保持や身辺環境を良好に保つ上での基礎です。私達の心の中に抱く想念は様々な事物や人に作用して、それを反映した現象を作り上げます。怒りや悲しみはその想いを抱く人の表情を作り出すことから始まって、その人の身体や周辺環境にも作用を及ぼしているという訳です。
 もちろん、各自の事情により、そのような感情を持つに至る経緯はあるのですが、そのようなマイナスの想念を心に取り込むかどうかは本人の選択です。本講座を学ばれる方々は、こうした想念の力を学んでいる以上、積極的に心を統制して、湧き出る想念の質を見定める必要があることはお分かりになる筈です。
 どのような状況においても、平常心を保ち、明るく振舞えるのは、私達が生来、創造主から愛され、必要な財産は生来既に、各自が使い切れない程、授かっていることを知っている人です。自らを低レベルの想念の表現者に陥れることなく、より高次な存在に保つ努力が求められているところです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落136

136 There is so much bickering over personal opinions, and what does it profit man? Nothing, for it is a consumer of time and energy. This does not mean that there should not be an intelligent discussion about a subject but when the mortal sense mind is quiet and receptive it can see the picture clearly.
136 各自の意見に対してあまりにも多くの口論が為されておりますが、それは人に何の利益をもたらすのでしょうか。何もありません。何故なら、それは時間とエネルギーの浪費であるからです。これはテーマに対する知的な議論をすべきでないと言うことではなく、死すべき感覚心が鎮まり受容的になる時、感覚心は情況をはっきり見ることが出来るということです。


【解説】
 今日では日本でもディベート(Debate)という言葉が聞かれるようになりました。相手の意見や主張を言い負かす、その手法は日本でこそ、人気が出ませんでしたが、世界各国に広がっています。現に最近、中国で見たテレビ番組の中でも見たことがあります。本書が書かれた1960年代のアメリカには既に初期の類似した傾向があったものと思われます。
 さて、この種の議論について、本項は互いの闘争心を増長させ、結局は互いに得るものはないということを明言している訳です。エゴを強める為の訓練でしかないようです。
 これに対し、日本にはこれらの論議を好まない、或いはその意味の無さを民族の基調として十分わきまえているふしがあります。争いを好まず、円満に解決しようという傾向が強いようです。
 一方で、このような傾向は談合を好むという欠点もありますが、そうした争いを好まない傾向は地球上では貴重なる存在として大事に伝えて行くべき特徴だと思っています。自らのエゴの主張を打ち出さない奥ゆかしさは、現代では失われつつありますが、自然万物に対する畏敬の念と同様に、日本人の特徴として大事にして行きたいものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落135

135 All that man is in reality - is the thought that he is consciously aware of for the moment. Each moment follows the preceding moment and the key, if there be one, is to keep constant vigil over our reactions so that the next thought will be one that we can enjoy entertaining in our mental house.
135 現実における人の全ては、その人がその時、意識的に気付いている想念なのです。各瞬間はその前の瞬間の後を付き従っており、もしカギがあるとすれば、それはその次の想念が私達が自分達の心の家で楽しむことを可能とさせるものであるよう、私達の反応を絶えず見張り続けることです。


【解説】
 人の本質は、その者が抱く想念にあると言うのは至極の言葉と言えるでしょう。肉体は各自何らの違いは無く、人が他人と異なるのはその者が抱く想念が異なるからに他なりません。人格を成すのが各自が抱く想念だとすれば、各々の人格形成、人間向上の上で最も重要視され、注意されなければならないのが、日常の想念である訳です。
 本項では、その想念監視を毎秒継続的に行い、不適切な想念を私達の心に入り込ませないよう見張ることがカギであると教えています。つまりはこのような時々刻々の継続した「想念観察」によって、取り入れるべきでない想念を排除し、私達の心を常に爽やかに保つことが最も大事だとしている点に注意して欲しいのです。
 一方では、地球の支配層はその住民を習慣や恐怖の奴隷に留める為、暴力的な想念や諦めの思い、更には恐怖心を植えつける為、さまざまな仕組みを使ってそれらの想念を人々の心に植えつけようとしています。テレビやゲーム機等で殺人の疑似体験を行なわせる等はまさに悪事と言って良いでしょう。
 しかし、それら巷に溢れる想念に対して、それを心に取り入れるかどうかは本人の選択次第であり、選択の自由は本人にあります。そうした意味でも、常に自らの心をキレイに保つことが大変重要であり、それこそが世間で暮らす上での生きた修行なのかも知れません。本講座を学ばれている方は、その修行の成果を踏みしめながら、一歩一歩前進する中で、泥の田から蓮の花咲く存在になって戴きたいと願っています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落134

134 The emotional force which rises in the mind when one's will is crossed by another's is very destructive for it draws the actor into a whirlpool of unbalanced action, and he is blinded to reality.
134 ある者の意志が他の者の意志と行き違いになった時、心に起こる感情の力はとても破壊的です。何故なら、それは役者をアンバランスな行動の渦の中に引き込み、その者は現実が見えなくなってしまうからです。


【解説】
 これまでの学習から、私達の抱く感情は私達の身体や周辺環境に大きな影響を与えることを学んで来ました。特に「怒り」のような攻撃的な感情は発した本人を混乱の最中に陥れるほどの力を持っているのです。その「怒り」のもともとの発生は、本項に例示されているように各々の思いの行き違い等、ほんのわずかの差異でも発生するという訳です。
 この種の感情が本人を支配すると冷静さを失い、心の中はそうした破壊的な想念でかき回されることとなり、本人はもとより、周辺の者にも大きなマイナス影響を与える為、注意が必要です。
 私達の抱く感情は、ある時には芸術家の創作インスピレーションから来る非利己的で有益なものもあるでしょうが、私達の段階ではほとんどの場合、バランスを欠いたものになりがちです。「怒りは敵と思え」という言葉が伝わっていますが、感情の起伏を抑えて、バランスのとれた状況にしておくことが静かなる生命波動を感受する上で必須の条件になるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落133

133 The everlasting spark of life which allows man to express as a form is never separated from Cosmic Cause; when man controls his mortal sense mind to think beyond apparent effects he begins to understand the purpose of life and gain a margin of emotional balance.
133 人を形あるものとして表現させる生命の永続する輝きは、決して宇宙的因から離れることはありません。人が自らの死すべき感覚心をコントロールして外観上の結果物の背後を考えさせる時、人は生命の目的を学びはじめ、感情のバランスの余裕を掴みはじめます。


【解説】
 因とはどのようなものかを理解しようとする時、役立つのが冒頭の言葉です。即ち、私達はとかく因とは音も無く、姿も見えない為、静かな存在だと思って来ましたが、それが実は誤りであることが本文から分かります。文中にあるように因は私達の身体を維持させている生命のほとばしる程の力であると明示されているからです。
 私達の感覚からは把握できませんが、因は生命体が生命を体現させている大変活動的なものであることに気付かねばなりません。その生命への探求が進む中で、各生命の存在目的を学ぶことが出来るとしており、その意義が分かれば、もはやこれまでの各個人の感情の相違等の問題はとるに足らないものとなり、余計な争いは消滅すると言っているのです。私達自身の生きる目的、創造主から期待されている役割を果たすことが、創造主から環境を与えられた私達の義務でもある訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落132

132 Innately every human feels an ideal life that he is seeking to find but each individual wants this heaven to be according to his specifications. Many groups have started with high ideals but when the personal opinions prompted by the ego of some of its members have not been accepted the ideal was lost in the fog of emotional differences.
132 生まれつきあらゆる人は自分が見出したいと求めている理想的な生活を感じ取っていますが、個々人はこの天国が自分の明細仕様に従ったもので有って欲しいのです。多くのグループが高尚なアイデアを持ってスタートしましたが、そのメンバーの何人かのエゴによって促された個人的な意見が受け入れられない時には、その理想は感情の相違という霧の中に失われてしまいました。


【解説】
 日本でも理想を求めてこれまでにも多くの人達が会を作ったり、集団生活を始めたこともありました。もちろん、こうした集団活動はリーダーの人格に大いに影響されるものですが、どれもが長続きしなかったように思われます。最初は理想的な生活や活動が始まるのですが、次第に互いの志向が異なることや、自分が常にリーダーでありたいとの思いや金銭上の問題、その他日常的な問題が顕在化し、結局はその活動が破局するという例も多いものです。
 残念ながら、これはアダムスキー哲学の学習者にも当てはまるようです。その証拠に過去日本でも数多くのグループが出現しましたが、長続きはしませんでした。ここにも私達各自の感情の問題があると著者は指摘しています。本来理想に燃えてスタートした筈のグループ活動も、遂にはその構成員の感情のコントロールの問題から仲たがいをしてしまうという訳です。
 このように私達のエゴを安定化させることが最重要であり、あらゆるものに対してエゴを小さくして素直さと謙虚さとを身につけることが王道を歩む基本条件だと考えます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落131

131 From the heavens comes the cause and power of creation and yet the earth, being the Father's footstool, it is the foundation upon which He stands. So instead of desiring to live elsewhere one should learn all there is to know concerning his present earth home and recognize it as a garden of beautiful, heavenly things, the actual garden of the Father.
131 諸々の天から因と創造の力がやって来ますが、それでも地球は父の足台であり、父が拠って立つ基礎です。ですから、何処か他の地に住みたいと願う代わりに、人は自分の現在の地上の家庭についての全てを学ぶべきであり、それを美しい天上の事物の庭、父の実際の庭として認識すべきなのです。


【解説】
 ガガーリンが人類初めて宇宙から地球を見てから50年が経ちました。広大無辺な暗黒の宇宙空間の中で輝く私達の生命を支える惑星が大変貴重であり、また美しい存在であることについては、この文明が過去の如何なる文明より理解していることは確かです。宇宙から撮影された青い地球を見る時、本項で言う「美しい父の庭」という表現はよく分かります。
 それほどに「父」が丹精込めて創り上げた楽園を私達は汚してはなりませんし、その美しさを探求すべきことは明らかです。作者は自分の作品を人々に見て欲しいものですし、人々に中身を考え、作品の意図を汲み取って欲しいものです。私達の暮らすこの地球もその要素の一つ一つに込められた製作(創造)の意図を学び、人々にその豊かで美しい環境を楽しんで欲しいというのが製作者(創造主)の切なる希望です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落130

130 Neither heaven, the place of cause, nor earth, the place of effects, nor Jerusalem; symbolically used to represent the earth's inhabitants, can be called one greater than the other. These instructions were given against discriminating or calling one part better than the whole, Heaven and earth are not two but one, each expressing the other; man is no lesser for he is both, an integral part of the Whole. Divisions exist only in man's opinions when he calls one greater than the other, for in so doing he is judging and setting himself above the Creator.
130 因の場所である天も、結果の場所である地も、地球の住人達を代表させるべく象徴的に表現されたエルサレムもどれ一つ他のものより偉大だと見なすべきではありません。これらの訓戒は差別したり一部分が全体より優れていると見なすことに対して授けられ、天と地は二つの存在でなく一つであり、互いに他を表現しているのです。人は劣るものでなく、両方の存在、全体の統合された部分であるからです。区別は人が一方のものを他より、より優れたものとして見なす時の人の意見の中にのみ存在します。何故なら、そうすることによって人は裁きを行い、創造主より上位に自分を置いているからです。


【解説】
 そもそも「天と地」、「善と悪」等々に区分すること自体に誤りがあるという訳です。以前にも述べられていたように、実際にはあるものがそのいずれか一方に属するとすることは出来ません。もちろん問題となるのは人の取扱いです。善人と悪人と二分することは出来ないことは容易に分かります。分けようとするのは「好き嫌い」を好む心の性質による訳で、様々なレベルが連続した中で各自が存在するということでしょう。
 本項では更に進んで、因と結果物についてどちらが優れている訳ではないと言っていることが重要です。これまで因が大事と言って来たのは、従来の私達の認識の中に目に見えない因の要素が皆無であったからであり、決して結果物が劣るという訳ではなかったのです。優れた芸術家の魂を因とすれば、その作品である絵画(結果)も同様に、その抜き出た感性を表現したものでありますし、芸術家(因)が心を込めて表現した結果物が作品(結果)に表されていることは良く分かります。
 ここでの問題は、私達の心が物事を全て「善悪」「美醜」に分けたがる傾向があり、それが自分(心)が創造主(因)の作品を勝手に裁いていることにある訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落129

129 In Matthew 5 :34-35 is the admonition against division plainly given: "But I say unto you, Swear not at all; neither by heaven; for it is God's throne; nor by the earth; for it is His footstool; neither by Jerusalem; for it is the city of the great King."
129 マタイ5:34-35には、この分割に対する訓戒が平易に授けられています。「しかし、私は貴方に言う、天にかけて誓ってはならない、それは神の王座であるからだ。また地にかけて誓ってはならない、それは神の足台であるからだ。またエルサレムにかけて誓ってはならない、それはその偉大な王の街であるからだ。」


【解説】
 本項で言う「〇〇にかけて誓う」とは、「〇〇」が自分の自由になる所有物で、「もし誓いを破ったら、それを失ってもよい」という意味合いで用いられているものと思われます。そこには、そもそも「〇〇」自体を特段、他のものと区別して、独自の存在として認識すること自体に誤りがあると言っているようです。
 イエスの指摘は、「天」と「地」、「社会」各々に区分して、一方だけを取り上げることが誤りだとしています。私達の目からは各々独立したように見えますが、実際には、それらが相互に作用し合い、切っても切り離せないと観るべきものと考えます。これまで私達は「天」は極美の世界である一方、「地」は汚く粗野であり、まして人の住む「社会」は醜いものであると区分していました。そうする中で、高貴さを求める者は神学、宗教の道を、富を獲得しようとする者は娑婆の商売により他人から利益を得ようとして来た訳です。
 このように善悪、美醜に区分して理解しようとすることを誤りだとしている訳で、実際にはあらゆる所に両方の要素が潜在しています。野生動物が獲物を捕らえたりすることを残酷だと決め付ける訳には行かないのと同じです。美しい自然ではありますが、一たび津波が来れば、多くの命を奪って行く脅威になるのと同様、全てのものにあらゆる要素があるということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落128

128 Teacher and students have made the mistake of separating heaven and earth and so have been carried from one false balance to another. The impersonal man will unite heaven and earth; will incorporate idealism and practicality; will bring the peace and beauty of the celestial into the concrete materialism of the earth. Anyone who cannot live a happy useful life here in the present world will find it no easier in another world. The Father, by whose breath we live, has but one Law that governs all things. He created this planet as He created all others, and the same principle directs its action. All worlds in the cosmos are alike in principle and to one who lives according to the Law there is no division of perfection.
128 教師と生徒達は天と地とを分離するという過ちを犯しており、その為に一つの誤ったバランスからもう一つの誤ったバランスに運ばれているのです。非個人的な人は天と地を結びつけますし、理想主義と実践主義を結合させ、天上の平安と美しさを地上の確固たる物質主義の中に注入します。現在の世界で幸せで有意義な生涯を送ることが出来ない者は誰一人、他の世界でも決して容易ではないでしょう。私達がその息で生きる父は全てのものを統括する一つの法を持っています。神はその他の惑星と同様にこの惑星を創造し、それと同じ法則が法則の行動を指揮しています。宇宙のあらゆる世界は原理において同様であり、その法則に従って生きている者にとって、完全さに何らの分裂はありません。


【解説】
 私達が暮らす地上と宇宙空間には境目はありません。私達が呼吸する空気は宇宙空間そのものでもある訳です。UFO問題に関心のある多くの人達は、他惑星におけるあまりに違う社会システムや科学レベル、テレパシーをはじめとする人間としての発達レベルの差に驚き、あこがれる余り、地上の生活を何ら意味のないものとしてしまう傾向も多いものです。しかし、そのような視点では、苦しむ人々に真の解決策を示すことは出来ませんし、イエスが行ったようにその時代の人々に分かり易く、実用的な手法を説明する必要があります。
 この時、重要なことは「明るさ」だと考えます。もちろん現実には先行きの問題も多く見えるのですが、そのような悲観的な想念ばかり抱いていては、その方向のみが実現することとなり、本来の宇宙的な活動が失われてしまいます。
 大震災の翌日、海は何事も無かったように静かな日常を取り戻し、鳥達も平静さの中で暮らしていたように、安定的でより大きな宇宙法則が実際には支配的です。私達は結果に左右されず、常に因となる現象の起動力に軸足を置いて、宇宙を動かす根本原理を自らの拠り所としなければなりません。そうすれば、各自、現状の境遇を楽しむ余裕も出るのではと思う次第です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落127

127 We find that students who have studied under one teacher or another are very confused and living in a state of dissatisfaction concerning the world they must call home. They are looking to the day when they will be privileged to become the inhabitant of another planet. They can see no beauty in this world, being conscious only of the pain and misery which exists.
127 私達はある一、二の教師の下に学んできた生徒達が大変混乱していて、自分達が我が家と呼ばなければならない世界に関して不満足な状況の中で暮らしていることに気付きます。彼らは自分達が他の惑星の住人になれる日を待ち望んでいます。彼らはこの世界に何らの美しさを見ることは出来ず、そこにある苦痛や悲惨さのみを意識しているのです。


【解説】
 宇宙文明との関わりについての研究の場合、問題になるのは学習者はとかく自らの欠点はさて置いて、問題の原因を地球という惑星の状況や支配階層のみの問題に集約することだと思います。もちろん、そのような要素もあり、アダムスキー氏の言うサイレンスグループが活躍する場であることについては否めません。
 しかし、そのこと以上に、民衆の一人一人の自覚の問題があること、また、一方では地球も神の創造物として十二分に美しいことも揚げなければなりません。
 とかく教師達は、自分の生徒を引き付けて置くために危機感をあおったり、他のグループの欠点を指摘しがちですが、生徒は先ず、その教師の本質を把握して、自分を託せる相手であるかどうかを見極める必要があります。これはコンタクティーだと称する人間の出現についても同様です。そもそも真に教師たり得る人物を探すことは容易ではありません。
 それよりは、各自自身の中に居る創造主とのチャネルの拡大を第一に考え、私達創造物に期待されていることを、日々実行する方がゴールに近い気がしています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第12章-段落126

12 EMOTIONAL BALANCE
126 As we all know there is a great unrest all over the world. The conditions existing in the national, home, and personal life all display quite clearly the loss of equilibrium which now exists. Each individual feels the need for security and the people of the earth are demanding something that will bring about more stable conditions. The desire for equality and balance and some feeling of assurance have caused some people to return to the churches and many to follow the teachers who profess to know all of the answers concerning the new dispensation. Unfortunately there are extremely few individuals who are equipped with this type of knowledge.

第12章 感情のバランス
126 私達全てが知っているように、世界中を大きな不安が覆っています。国家や家庭そして各人の生活の状況は皆、明らかに今や均衡を全く失っている事態を示しており、実際そうなっています。各自は安心の必要性を感じており、地球の人々はより安定な状況をもたらすものを求めています。公平さやバランス、そして確かさの幾分かの感じへの願望は人々を教会に立ち戻し、また多くの者をその新たな摂理に関する全ての答えを知っていると称する教師達に従わせています。しかし、残念なことにこの種の知識を備えている者は極めて少ないのです。


【解説】
 本書が執筆された1960年代の状況について詳しくは分かりませんが、戦後の東西の陣営の軍拡競争の中で世相は不安定であったようです。しかし、事態は50年経った今日でも大きな改善はなく、むしろ地球規模での自然災害の増加や原子力発電所の事故等により、不安定さは増しているように思います。
 実は本項で述べられている「教師」についての問題は、残念ながらアダムスキー哲学についても言えることです。道を求める人はいつの時代にも多いものですが、肝心な真理を伝え得る教師は少ないものです。日本ではアダムスキー哲学を直接、アダムスキー氏から薫陶を受けた者はいませんし、殆んどが氏の著作を通じて学んだ者となっています。
 また、ある一面を理解したからと言って、その教師が人間的に勝れているということはなく、全人格を受け入れるに値する教師を探すのは極めて困難です。その結果、私達は氏の著作を通じて、アダムスキー氏が何を訴えていたのかを学び、必要な知識を自分なりに整理する方法しか、学ぶ道はありません。各自がその中で体験した真理をたとえ小さくても後に続く者に伝えること、一人一人の成果を積み重ねることしか、方法はないのです。
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