「宇宙哲学」 第9章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落107

107  Through our life on earth we have learned a great deal; how much more we shall learn as we venture into the realms of Cause. We shall know much more beauty than we have known in the world of effects. Our admittance to such knowledge is not difficult - just one step can prove itself the key that will unlock the chambers heretofore unknown to us. "There is nothing," we have been told, "that shall not be revealed." To the vision of the brave in heart no truth can be concealed. One single sacrifice - the releasement of old thought habits, may bring rewards far greater than you have ever dreamed
107 地球上における私達の生活を通じて、私達は多くを学んで来ました。私達が因の領域に足を踏み入れれば、更にどれほど多くを学ぶこととなるでしょう。私達の結果の世界で私達が知って来たよりも更に大きい美しさを知ることになるのです。このような知識に対する私達の入場の権利は難しいものではありません。ただ一歩の踏み込みが、私達にこれまで知られていなかった特別室を開けるカギであったことを明かします。「明かされないものはない」と私達は教えられて来ました。心の勇敢な者の視野には如何なる真理も隠されていることは出来ません。ただ一つの犠牲、古い思考習慣の解放は、貴方が夢見たこと以上に大きな報酬をもたらすことでしょう。



【解説】
 本項では著者は私達にこれからは何を学ぶべきかについて語っています。即ち、私達が学んで行くべきは既存の物質世界だけではなく、”因”の世界とも言うべきものだという訳です。
 そこに至る道については詳しくは語られていませんが、先ずはこれまでの私達の思考習慣、想念パターンを打破する勇気を持って未知の世界に一歩踏み出せとしています。
 しかし、それらの領域に入る為には何らの装置も道具も必要ありません。「生命の科学」等でも述べられているように、私達自身に”因”に気付くことが出来る能力が備わっているからです。これらを仏教では「悟り」という表現でその心境を表現しているものと思われます。
 その世界、如何なるものかは私自身未だ掴めてはおりませんが、正座瞑想した仏陀の像のように、因の世界では居ながらにして、三千世界を巡ることも出来るように思われます。映画「2001年宇宙の旅」の後半、主人公がめまぐるしく輝く光の洪水の中を進む自分を発見しますが、それはこうした因の世界をイメージした映像表現であったものと思われます。重要な点はこれら因の世界は常に私達を暖かく迎え入れて呉れるということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落106

106  Remember that youth is the result of constantly renewed thoughts and life is activity - it is progress. The first step taken in any field of accomplishment is an initiation into a new endeavor and requires a certainty that is born of perception - an assurance of a vastness that lies beyond our present line of vision. Neither you or I know what each new step will bring but the journey must be made and only faith will reveal truth to us.
106 覚えておいて欲しいのは若さとは絶え間なく更新される想念の結果であり、生命とは活動であり、進歩であるということです。如何なる達成の分野でも踏み出された最初の一歩は新たな努力へのはじまりであり、私達の現在の視界の境界線の奥に横たわる広大さの知覚への確信を必要としています。貴方も私も新しいそれぞれの一歩が何をもたらすのか知るものではありませんが、その旅は為されなければならず、唯一、私達の信仰が私達に真理を明らかにすることでしょう。




【解説】
 既に私達は「同乗記」等により、他惑星人がその年齢に比較して著しく若々しい肉体を維持していることを知っています。また、”新鮮さは若さの源である”ことも実感しているところです。これについては、本来の生命活動には衰えがなく、未来永劫継続する活動であることにも関連するものです。この生命の流れに抵抗することなく、それに従って行動すれば、生き生きとして人生を送ることが出来るというものでしょう。
 本項では具体的にどのような姿勢でそれを実現するかを説いている訳です。つまりは常に新しい事柄に取り組むこと、未知なるもの、未経験の事柄に対してもそれを支える因に対する畏敬と信頼感を持って進めるということです。もちろん、その姿勢の中には緊張感はありません。その後、目前に現れる新しい世界への期待があるだけです。
 このように、”因”への信頼があれば、何事も楽しみながら努力出来る訳で、その結果、次々に開ける新しい世界や新たな心境に共鳴することで、その人の全身の細胞は老いに結びつく停滞という要素が無くなるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落105

105  One step can set a man on the highway of eternal learning - the everlasting revelation of facts that exist only in the laboratory of Cause which knows no limitations or boundaries. But after you have taken the first step, learn the lesson of patience so you may not try to travel faster than your understanding will permit, One step will set you on the highway, but there are billions of steps ahead of you, for after you have reached a goal you still must travel through Eternity. Man can never attain the totality of all that is to be known, for if he could do that there would be an end to all things. Knowing that this is true, why be impatient to forge ahead? Each step we take is new; each step is the first one from the point that we have previously reached. It is well to have ideals; we are given glimpses now and then of the fullness of the life ahead of us so that we may be inspired to continue action, but if we keep our eyes totally upon the future we are sure to miss the beauty of the present and we may stumble into a briar patch and endure much suffering while trying to extricate ourselves.
105 一歩の踏み出しが人を永遠の学びという王道、制限も境も知らない因という実験室の中にのみ存在する事実の永続する現出の場に据えることが出来ます。しかし、貴方が第一歩を踏み出した後は、貴方は自分の理解が許すより速く旅しようとはしないよう、忍耐の教科を学ぶことです。踏み出す一歩は貴方を王道に乗せはしますが、貴方の前には何十億もの歩みがあるのです。何故なら、貴方が一つのゴールに到達した後も、貴方には永遠を通じてなお旅する必要があるからです。人間は知るべき全ての全体性を決して達成することは出来ません。何故なら、もしそれが出来たとすれば、あらゆるものに終わりがあることになるからです。このことが真実だと知ったからには、どうしてせっかちに先頭を切ろうと突進するのでしょうか。私達が毎回、踏み出す一歩は新しいものです。私達が時折、私達の将来にある満ち足りた生活を先立って見せてもらえることもありますが、もし私達が未来のみに全て着目していたとすれば、私達は間違いなく現在の美しさを見失い、イバラの小畑の中につまずいて、自分を救い出そうと、より手ひどい痛みに耐えることになるかも知れません。



【解説】
 一度に何歩も進むことは難しいのです。毎朝登る駅の階段からも分かることですが、一度に斜面を登ろうと失敗しながらも努力するよりは、歩幅は小さくても一歩一歩着実に進んだ方がはるかに効率的だという訳です。
 また、決して急ぐ必要はないことも著者は説いています。永遠の時間軸においては進化の道を歩んでいることが重要で、焦ったからといって目的地に到達出来る訳でもありません。私達は一歩ずつ学んだことを十分理解し、その成果を享受した上で、次なる一歩につなげて行けば良いことになります。
 「生まれ変わり」については、アダムスキー氏も金星旅行記で確認している訳ですが、人の一生というものが今生のみでなく、未来にも継続されて行くことを考えれば、私達は現状で学べることを快く学び、それらを将来の生き方に生かして行くことが重要です。
 進化の道とは毎日毎日の過ごし方や行動経験によって築かれて行くのです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落104

104  It is true that the step into the wholeness of life carries us into the unexplored but what would our existence be if we remained always in the world of the obvious? Delving into any subject takes us from stagnation to knowledge and progress. There is no need for any one remaining in the state of disintegration or static mental condition when everyone is privileged to step into the newness of things and study in the school of everlasting advancement. There is no place to which a man is bound; he may go forward freely whether it be in a world of acts or in the universe of facts. There is no standing still; one must go either up or down, and the upward step is always the proper one to take. All of the storehouses of earthly knowledge in which various manuscripts are treasured contain not even a beginning of the wisdom that is held within the storehouse of the cosmos.
104 生命の全体性への歩みは私達を未踏に運び入れますが、もし私達が明らかな世界にいつも留まっていたら、私達の存在意義は何なのでしょう。どんな課題でもそれを掘り下げることは、私達を停滞から知識と進歩に連れ行きます。誰もが物事の新しさへの一歩が与えられ、永続する前進の学校での学習が与えられているというのに、誰一人、崩壊或いは静止した精神状態に留まっている必要はありません。人が縛りつけられている必要のある場所は存在せず、人は行動の世界や事実の宇宙の中であれ、自由に前進することが出来るのです。静止しているものは何一つありません。人は上昇するか下降するかのいずれかであり、上向きの一歩は常に取るべき適切なものです。様々な原稿が収蔵されている地球上の知識の宝庫の全てをもってしても、宇宙の宝庫の中に保存されている英知の冒頭さえも含んでいないのです。



【解説】
 ひとたび原因の世界へ探求に踏み出せば、私達には様々な未知の世界が待っていることが分かります。実は一見して何でもないように思えるものでも、その内部には私達が知らない様々な要因が働き合っているという訳です。これら自然の営みを観察することも、またそれらの姿を絵画に写生することも楽しいことですし、その隠されたメカニズムを解明することも良い研究でしょう。
 私達自身も含めて、全てのものが一瞬一瞬を生きており、大いなる因の発する想念・印象によって生かされているのです。それらに気付かず、日常目にする自然の中に生命の活動を感じない者は退化の道を歩んでいることになるのです。本文に述べられているように、私達には進化か退化の2つの選択肢しかありません。現状維持はあり得ないとしていることには、注意したいところです。
 もちろん、私達は進化の道を進むべきで、せっかくのこれまでの歩みを無にしてはなりません。次々に目前に広がる新しい環境に対応しながら、前進・精進する生命の探求者に私達はなるべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落103

103  The thousands of scientific discoveries that have benefited humankind would be still in the realms of Cause if some few men had not had the faith to bridge the gap between the known and the unknown and had the courage to take the first step upon the bridge. The many things that we enjoy today may be laid to the credit of the few who were courageous enough to move forward into new realms of perception.
103 人類に恩恵をもたらした何千もの科学の発見は、もしわずかの人達が既知と未知との隙間に橋を掛けようとする信仰を持たず、その橋の上に第一歩を乗せる勇気を持たなかったとしたら、それらは依然として因の領域にあるままになっていたことでしょう。私達が今日享受している多くの物事は、新しい知覚の領域に進み出ようとする勇気を持った極少数の人達の貢献に帰すると言えるでしょう。



【解説】
 今日、私達はこれまでの昔の人々と比較し、快適な生活を送ることが出来る環境にあります。寒さや暑さから身を守り、電気やガス、水道そしてテレビやパソコン等、十分に活用出来る社会に暮らしています。しかしそれらを可能とした技術や発見は各々に先覚者(パイオニア)の努力がありました。私達はその功績の上に現在の生活を享受しています。
 しかし、私達はこのような先人の恩恵を利用するだけの存在であってはなりません。一人一人が各々の才能を発展、開花させて、一人一人の功績を残すことが求められています。また、その分野は技術だけのものではありません。絵画その他の芸術や理学や哲学についても言える訳です。人々のより良い生活、人生に役立つことの全てが望まれています。
 特に資金や材料が無くても、私達自身が最も良い研究材料であり、人の生き方、想念・印象の感受メカニズム等、多くの分野が実践可能です。「生命の科学」というタイトルから分かるように、それら全てが生命メカニズムの理解を目指しているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落102

102  What would this country be today if the pioneers who set sail from lands across the sea had lost faith and courage and spent their days merely dreaming of the new land while their ships remained anchored in the ports of the old world?
102 もし大西洋を横断した大陸から帆を上げた先人達が、信仰と勇気を失い旧世界の港に錨を降ろしたまま、単に新大陸のことを夢見て彼らの時を過ごしていたとすれば、この国(訳注:米国)は今日どうなっていたことでしょう。


【解説】
 新大陸(アメリカ)を目指そうと思った者は当時も数多かったのでしょう。しかし、未知の大陸にどれほどの長い航海が必要であるか、当時は分かる訳もなく、多くの者は航海を計画し、実行するまでには至らなかったものと思われます。
 しかし、唯一その航海を計画し、実行した者のみが成果を残せたという訳です。即ち単に夢見ているだけでは、その実現は遅いものと思われます。むしろ、一歩ずつでも行動して様々な経験を得ながら、前進し続ける中で、事態は急展開し、想定よりはるかに早く物事は成就するように思う訳です。
 この際の秘訣としては、ひとたび宇宙の流れを引き起こせれば、その後は自然と物事が流れて行くということです。大事なのは最初のステップとその後のある程度のまでのフォローです。後は物事が全体としてその目標に向かって動いて行くことになります。以上の事柄は、これまでの体験によるもので一般的ではないかも知れませんが、ある程度の努力によって物事全てが賛同し、助けてくれるように思うのです。最初の段階でその目的や意義など、具体的な内容を広く周囲に示し、その実現に向けた初動に力を注ぐことだと思っております。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落101

101  It takes courage and faith to walk the road of progress; the doubter will remain forever in the same old rut. He may turn his vision towards greater knowledge but it will remain forever a dream of mystery unless he releases himself from the spot upon which he stands and takes one step forward.
101 進歩の道を歩むには勇気と信仰を必要とします。疑う者は永久にその同じ古いわだちの中に留まります。その者はより大いなる知識の方向に自分の視野を向けるかも知れませんが、自分が立つその場所から自身を解放し、一歩を前に踏み出さない限りは、永遠に夢の中に留まることでしょう。



【解説】
 実際、進歩の道を行くには勇気と決心が必要です。私達は過去の実績や慣習に捉えられてとかく安易な流れに身を委ねがちです。その中にあって一日一日を新たな心境で迎えることは貴重と言わざるを得ません。
 私達にはまだまだ学ぶべき世界が多くある中、各自独りで課題に取り組むという困難な状況にあることも確かです。アダムスキー氏亡き後、現在では適当な指導者も無くまた、表立った他惑星人の働きかけも無い中、独りアダムスキー氏の残した著作の中から真理を学び取ろうとする私達は貴重な存在と言えるかも知れません。
 しかし、振り返れば仏陀やイエスの生誕も今考えれば大きなスペースプログラムの一環であった訳で、今期の一連のアダムスキー氏の活動もそれに並ぶイベントであったとすれば、その後、私達がどのように教えを開花させられるかが、後世の人達から問われることにもなるでしょう。
 本文に戻れば、毎日の朝日のように私達に贈られる一日を如何に自分の前進に活用出来るかが重要であり、今日の現状維持は決して明日の自分に役立つことはないのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落100

100 In these days of restless activity and innumerable new discoveries, in the babble of uncounted creeds claiming space contacts and guidance, and in the uncertain whirl of diversified circumstances it is well to contemplate this bit of wisdom and stabilize oneself in the thought that action begins with one single step. That regardless of how far or how near the goal may be there can be only one step taken at a time. It is the first stride forward or backward that will carry a man in that direction. This is true of every act of our daily lives and is just as true in our start to live a unified life. It takes but one step at a time to lift us out of the rut of the old habits and start us on the highway of the new, but that step must be complete; we cannot put one foot forward and keep the other in the rut, for in such cases we will have made no progress. That is what many people are doing in their effort towards moving into the newness of cosmic life - trying to go forward into the vastness of Cause while clinging to the limited sense conceptions of traditional belief and opinions.
100 今日の落ち着きのない活動と無数の新しい発見の時代、宇宙人とのコンタクトや導きを得たと主張する無数の信条のたわごとや様々な状況下におけるはっきりしない渦の中にあっては、この知識の小片をじっくり考え、行動は一歩から始まるというその考えの中で自分を安定化することは良いことです。ゴールが如何に遠いか、あるいは近いかに係らず、一時に一歩しか進むことはできません。前進であれ後退であれ、その方向に人を運ぶのは最初のひとまたぎです。これは私達の日常生活のあらゆる行為についても言えることで、統合された生命を生きる上で私達がスタートする上でも同じことです。古い習慣のわだちから私達を引き上げ、新たな王道で私達をスタートさせる為に一時にただ一歩が必要なだけですが、その一歩は完全でなければなりません。私達は一方の足を前に、他方をわだちの中に置いたままにしておくことは出来ません。そのような場合、私達は進歩することはありません。それは多くの人達が宇宙的生活の新鮮さの中に移行しようと努力している中で行っていることでもあるのです。因の広大さの中に行こうとする一方で、伝統的な信念や意見という限定された感覚の概念にしがみついているのです。



【解説】
 今も昔も宇宙人とのコンタクトやいわゆる超能力の発現事例など、人々の関心を惹きつける話題は多いものです。しかし、その中でどれが真実であるかの見極めは難しいものです。本人に悪意が無くて何らかの勢力が仕組んだものもあるでしょうし、もちろん本物もあるのです。
 そうした中、私達は自らの力で真実を見極め、有用な事例を学んで行く必要がある訳ですが、その判断基準はこれまで学んで来た事柄をベースにする必要があります。もちろん、真実は普遍のものですから、たとえ時間が経っても色あせることはありません。そういう意味では直ちに飛びつくことなく、冷静に観察する慎重さも必要でしょう。
 最も望ましいのは、自らの力で自身の歩む道を開拓して行くことですが、それも一度に一歩ずつの前進で良いのです。しかし、本文で述べられているように、進歩の道に足を踏み出しても、もう片方の足が古い習慣のままにいるのでは、進歩の妨げになります。少しの歩みでも、翌日はその経験を踏まえて、改善させる決意が必要な訳です。習慣に流されてはならないこと、また、日々の少しずつの歩みが有効であると著者は説いています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第9章-段落099

9. THE HIGHWAY OF PROGRESS
099 The sages of the Orient left to posterity many words of wisdom that might well act as guide posts along the way of life. Among the Chinese proverbs is one statement to the effect that "a journey of many miles begins with one step."
第9章 進歩の王道
099 東洋の賢人達は子孫に人生を歩む中で、案内標識としてよく機能する多くの知恵の言葉を残しました。中国のことわざの中に「何マイルもの旅も一歩から始まる」(訳注:「千里の道も一歩から」)という意味の言葉があります。


【解説】
 これから歩みを進める時、著者はその道程が実は遥かに続く長いものであることを、中国の格言を引いて私達に伝えようとしています。進歩の道は実に厳しい道であり、決して容易なものとは言えません。
 このアダムスキー哲学の道においても、最初は"空飛ぶ円盤"や"UFO"から関心を持ち、次いで他惑星人との関わりに入った後、彼らの精神性と地球上の既存宗教との関連に気付き、その後ようやく宇宙文明の真髄とも言えるアダムスキー哲学の分野に入ることになります。
 それでも余程の関心が無ければ、興味本位のレベルで終わってしまう人も多いものです。何より、地上の既存勢力は一般人に目覚めてもらっては困る訳で、大衆向けの娯楽番組や表層的ニュースしか取り扱わないよう、操作しているからです。
 一方、アダムスキー哲学の中に真理を見出した方々の中にも、進んで行くにつれて、自身のエゴや周囲の無理解等、様々な困難に出逢うものです。そこで挫折して再び元に戻ってしまうか、それを乗り越えて新たな展望を拓くかはご本人の努力と工夫次第ということになります。
 しかし、明らかにして置きたいことは、たとえ困難があっても、一歩進めば、それだけの成果があり、またその成果を拠り所として、次に進むことが出来るということです。そういう意味では、前に踏み出す一歩は着実に人生を目的地に導いてくれることになるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落107

107 Through our life on earth we have learned a great deal; how much more we shall learn as we venture into the realms of Cause. We shall know much more beauty than we have known in the world of effects. Our admittance to such knowledge is not difficult - just one step can prove itself the key that will unlock the chambers heretofore unknown to us. "There is nothing," we have been told, "that shall not be revealed." To the vision of the brave in heart no truth can be concealed. One single sacrifice - the releasement of old thought habits, may bring rewards far greater than you have ever dreamed
107 地球上における私達の生活を通じて、私達は多くを学んで来ました。私達が因の領域に足を踏み入れれば、更にどれほど多くを学ぶこととなるでしょう。私達の結果の世界で私達が知って来たよりも更に大きい写しさを知ることになるのです。このような知識に対する私達の入場の権利は難しいものではありません。ただ一歩の踏み込みが、私達にこれまで知られていなかった特別室を開けるカギであったことを明かします。「明かされないものはない」と私達は教えられて来ました。心の勇敢な者の視野には如何なる真理も隠されていることは出来ません。ただ一つの犠牲、古い思考習慣の解放は、貴方が夢見たこと以上に大きな報酬をもたらすことでしょう。


【解説】
 因の領域は現象世界より、はるかに美しいと解説しています。そしてその領域に入る為には、一歩を踏み込むだけの勇気でよいとしていることに注目したいものです。既存の4感覚では所詮、把握出来る範囲は限られますし、一度現象界に出たものは、時の流れの中で劣化は避けられないという訳です。
 これに対して、因の領域は常に新たな結果を生み出している訳ですから、そこには常に新鮮な生命の息吹が湧き出しているということでしょう。創造の源泉に触れない限り、永遠の生命について理解は出来ないということでしょう。森羅万象、静止するものは何一つとしてなく、一見静置しているように見える地表や地下深くの鉱物も、時折の地震で分かるように活動しており、何よりも地球自体が宇宙空間を高速度で滑空していることを考えれば、静置していると見ているのは限られた視野しか持たない立場の感覚人の幻想であることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落106

106 Remember that youth is the result of constantly renewed thoughts and life is activity - it is progress. The first step taken in any field of accomplishment is an initiation into a new endeavor and requires a certainty that is born of perception - an assurance of a vastness that lies beyond our present line of vision. Neither you or I know what each new step will bring but the journey must be made and only faith will reveal truth to us.
106 覚えておいて欲しいのは若さとは絶え間なく更新される想念の結果であり、生命とは活動であり、進歩であるということです。如何なる達成の分野でも踏み出された最初の一歩は新たな努力へのはじまりであり、私達の現在の視界の境界線の奥に横たわる広大さの知覚への確信を必要としています。貴方も私も新しいそれぞれの一歩が何をもたらすのか知るものではありませんが、その旅は為されなければならず、唯一、私達の信仰が私達に真理を明らかにすることでしょう。


【解説】
 若さを保ちたいというのは、人間の望みの最たるものでしょう。身体の老化を遅らせるにはどうすればと、中高年の多くが体力維持に努めています。古来から不老不死を求めて様々な探求が行われて来ましたが、果たしてどれほどの効果があったのか、疑問です。
 それに対して、本項では若さを保つ要因はその人が日常的に抱く想念が停滞することなく、絶え間なく変化、更新することだと述べています。つまり、習慣的想念とは正反対の状況なのですが、これは各自が新たな分野や物事への挑戦を行う際に最も良く発現するということでしょう。新しい分野に踏み出す時、その視界の先には広大な未知の世界が広がっていることを感じ取ることが大切だと言っているのです。
 日常、私達は安定した生活を望みますし、「こうすれば、こうなる」という決まり切った結果の世界に安住しがちです。しかし、それは心の惰性、習慣的指向から来るもので、本来は日々新たなる冒険こそ望ましいと言えるのです。「同乗記」には進歩した宇宙人達が広大な宇宙空間の旅行を楽しみ、千年以上も生きている長老が語るお話も紹介されていました。宇宙人達の若々しさは、このような想念活動の活発さにも裏打ちされているものと思われます。同じものを食べ、同じ環境に暮らしたとしても、その人が心に抱く想念活動の違いによって、発現する若さは大きく異なるものとなる訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落105

105 One step can set a man on the highway of eternal learning - the everlasting revelation of facts that exist only in the laboratory of Cause which knows no limitations or boundaries. But after you have taken the first step, learn the lesson of patience so you may not try to travel faster than your understanding will permit, One step will set you on the highway, but there are billions of steps ahead of you, for after you have reached a goal you still must travel through Eternity. Man can never attain the totality of all that is to be known, for if he could do that there would be an end to all things. Knowing that this is true, why be impatient to forge ahead? Each step we take is new; each step is the first one from the point that we have previously reached. It is well to have ideals; we are given glimpses now and then of the fullness of the life ahead of us so that we may be inspired to continue action, but if we keep our eyes totally upon the future we are sure to miss the beauty of the present and we may stumble into a briar patch and endure much suffering while trying to extricate ourselves.
105 一歩の踏み出しが人を永遠の学びという王道、制限も境も知らない因という実験室の中にのみ存在する事実の永続する現出の場に据えることが出来ます。しかし、貴方が第一歩を踏み出した後は、貴方は自分の理解が許すより速く旅しようとはしないよう、忍耐の教科を学ぶことです。踏み出す一歩は貴方を王道に乗せはしますが、貴方の前には何十億もの歩みがあるのです。何故なら、貴方が一つのゴールに到達した後も、貴方には永遠を通じてなお旅する必要があるからです。人間は知るべき全ての全体性を決して達成することは出来ません。何故なら、もしそれが出来たとすれば、あらゆるものに終わりがあることになるからです。このことが真実だと知ったからには、どうしてせっかちに先頭を切ろうと突進するのでしょうか。私達が毎回、踏み出す一歩は新しいものです。私達が時折、私達の将来にある満ち足りた生活を先立って見せてもらえることもありますが、もし私達が未来のみに全て着目していたとすれば、私達は間違いなく現在の美しさを見失い、イバラの小畑の中につまずいて、自分を救い出そうと、より手ひどい痛みに耐えることになるかも知れません。


【解説】
 思えば昔、初めて「実見記」や「同乗記」を読んだ時、そのあまりの美しさに感動し、一人夜庭に出て夜空を飽きずに見上げていたものです。アダムスキー氏との出会いはそれほど新鮮なものでしたが、それは今思うと素晴らしい未来への憧憬であって、そこに辿り着く為の道にしっかり乗った訳ではありませんでした。しかし、その体験感は今でも覚えており、私の人生もその辺から始まったように思います。
 あれから四十数年が経過し、私自身を巡る環境も大きく変化しました。この間を振り返ると、やはり継続して来て良かったと思う次第です。本シリーズをはじめ、アダムスキー氏の伝えた事柄は平易なものですが、頭で分かっていることと行動した上で体験から学んだ理解とは大きなレベルの差があるように思います。
 理解して身に付けたものは転生の後にも継続して運ばれるものだと思っていますが、使われることのない単なる知識はやがて忘れ去られるものです。そういう意味から、本項では一つ一つ理解し、実生活に応用しながら、各自の真の能力を高めて行くように述べているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落104

104 It is true that the step into the wholeness of life carries us into the unexplored but what would our existence be if we remained always in the world of the obvious? Delving into any subject takes us from stagnation to knowledge and progress. There is no need for any one remaining in the state of disintegration or static mental condition when everyone is privileged to step into the newness of things and study in the school of everlasting advancement. There is no place to which a man is bound; he may go forward freely whether it be in a world of acts or in the universe of facts. There is no standing still; one must go either up or down, and the upward step is always the proper one to take. All of the storehouses of earthly knowledge in which various manuscripts are treasured contain not even a beginning of the wisdom that is held within the storehouse of the cosmos.
104 生命の全体性への歩みは私達を未踏に運び入れますが、もし私達が明らかな世界にいつも留まっていたら、私達の存在意義は何なのでしょう。どんな課題でもそれを掘り下げることは、私達を停滞から知識と進歩に連れ行きます。誰もが物事の新しさへの一歩が与えられ、永続する前進の学校での学習が与えられているというのに、誰一人、崩壊或いは静止した精神状態に留まっている必要はありません。人が縛りつけられている必要のある場所は存在せず、人は行動の世界や事実の宇宙の中であれ、自由に前進することが出来るのです。静止しているものは何一つありません。人は上昇するか下降するかのいずれかであり、上向きの一歩は常に取るべき適切なものです。様々な原稿が収蔵されている地球上の知識の宝庫(訳注:図書館を指す)の全てでさえ、宇宙の宝庫の中に保存されている英知のはじまりさえも含んでいないのです。


【解説】
 私達がどう思おうと、私達が暮らす宇宙は、統合された生命が活発に活動する躍動感溢れる世界です。その中では何一つ静止するものはありません。役割を終えて静止するものは、直ちに分解し、新たな要素に取って代わります。その中では「死」のまま継続するものはありません。
 このように考える時、停滞というものは宇宙には存在しないことが分かります。当然、私達自身についても言えることで、向上心や探究心が薄ければ、退化や老化が起こることになります。いつも思うことは自然の中で観察して見ると、自然の中では皆、活発で生き生き暮らしているということです。各々の一生は短く、生存競争も激しい筈ですが、野原に出て、先ず弱弱しいものを見たことはありません。その理由の一つは弱いものは自然界では生きて行けないことや、寿命を終えたものは速やかに舞台から退場し、新しい存在に取って代わるということもあるでしょう。しかし、それに加えて、自然界の各構成員が季節の変化等の環境の変化に柔軟に対応し、調和の中、命がけで各自の生命の表現を行っていることに気付く必要があります。その活動を支えているのはが、本項で言う統合された生命と言うべきものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落103

103 The thousands of scientific discoveries that have benefited humankind would be still in the realms of Cause if some few men had not had the faith to bridge the gap between the known and the unknown and had the courage to take the first step upon the bridge. The many things that we enjoy today may be laid to the credit of the few who were courageous enough to move forward into new realms of perception.
103 人類に恩恵をもたらした何千もの科学の発見は、もしわずかの人達が既知と未知との隙間に橋を掛けようとする信仰を持たず、その橋の上に第一歩を乗せる勇気を持たなかったとしたら、それらは依然として因の領域にあるままになっていたことでしょう。私達が今日享受している多くの物事は、新しい知覚の領域に進み出ようとする勇気を持った極少数の人達の貢献に帰すると言えるでしょう。


【解説】
 今日、私達の何気ない日常生活は、例えば100年前と比較しても大きく異なるものとなっている筈です。昔、夢見られた数多くのものが今では当たり前の生活用品として身の回りに溢れているからです。
 しかし、それらの日常も元々は科学者の発見が源であり、商品化に向けて様々な工夫をした技術者の成果である訳です。考えて見れば、このような先駆者達が新しい事実を掴んで応用することに熱意を持ち、試行錯誤の結果、今日の姿があるということでしょう。
 その際に、先人達が未知の事象に踏み出す際の心境、心持ちについて本項は述べています。限られた現象の観察から、その背後にある新しい真理を直感し、それを具体化するのが、発見だと考えます。その発見の過程において、その研究に携わる者がどれだけ真理に迫るか、また真理に迫る為には、与えられた真理の断片から、どのような全体像を認識するか等、これら重要な事柄は全てそれに携わる者に依存していることも確かです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落102

102 What would this country be today if the pioneers who set sail from lands across the sea had lost faith and courage and spent their days merely dreaming of the new land while their ships remained anchored in the ports of the old world?
102 もし大西洋を横断した大陸から帆を上げた先人達が、信仰と勇気を失い旧世界の港に錨を降ろしたまま、単に新大陸のことを夢見て彼らの時を過ごしていたとすれば、この国(訳注:米国)は今日どうなっていたことでしょう。


【解説】
 いつの時代にも次の時代を切り開くパイオニアの貢献がその後の発展をもたらすものです。文中にあるコロンブスの当時、大洋を小さな帆船で横断するのは大変危険でした。そもそも地球に果てがあるか疑わしい感覚の時代、パイオニアたる者、大いなる勇気を持った冒険家であった訳です。
 これに対してこの宇宙哲学の学習においても同様な状況にあると著者は言っていることに私達は着目しなければなりません。私達の先に待っている当面のゴールに至る上で、実は未知の新大陸を求めて出帆するのと同様の勇気と信仰が必要だということなのです。日々の生活一つにしても心で考えているのではなく、思い切って実施に移すことが大切であり、それには両足ともに新しいステップに乗ることが必要だということです。
 私がかつて、故エマ・マーチネリ女史からもらったアダムスキー氏の著作、Pioneers of Space(宇宙のパイオニア達)の本の奥付には氏のサインがあり、合わせて「Good Luck To You」(あなたに幸運を)と記されています。今までそれがどういう意図で記されていたのか分からないままでしたが、本項により、一歩を踏み出そうとする私達への声援として理解することが出来たように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落101

101 It takes courage and faith to walk the road of progress; the doubter will remain forever in the same old rut. He may turn his vision towards greater knowledge but it will remain forever a dream of mystery unless he releases himself from the spot upon which he stands and takes one step forward.
101 進歩の道を歩むには勇気と信仰を必要とします。疑う者は永久にその同じ古いわだちの中に留まります。その者はより大いなる知識の方向に自分の視野を向けるかも知れませんが、自分が立つその場所から自身を解放し、一歩を前に踏み出さない限りは、永遠に夢の中に留まることでしょう。


【解説】
 習慣を抜け切るには勇気と信仰が必要だということです。わずかな一歩ですが、それを踏み出す、即ち行動に移すためには抵抗もある訳です。例えば、「〇〇をやらなければならない」ことは分かっていても、それを実行するのに何年も先延ばしにして来たこと、その内にはそのやるべき内容も忘れてしまうことも有りえます。私達は習慣の中に居心地の良さを感じるからであり、私達の自我の本性が怠け者であることがその主要な原因です。
 もう一つの要因は、行動した結果がどうなるか見えないということがあります。従来、経験の無いこと、新しいことはどのような結果になるか、とかく私達は不安視します。その為、実績があり、結果が想定できる前例に走りがちということでしょう。
 これらに対し、新しい分野に飛び込むためには、未知なるものに対する勇気と信仰が必要だという訳です。この場合、「信仰」とは原文では「faith」であり、信頼或いは信念とも訳される概念です。創造主への信頼ということかと思います。自身の進歩を目指す作業の中で学んだこと、少なくとも心が理解したわずかなステップも、それが完全に行動として実践する中では新たな体験が生まれます。その体験が次ぎのステップに移行する原動力になることでしょう。その為には、進む一歩こそ体験に裏付けられたものとして大切に取り扱われなくてはなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落100

100 In these days of restless activity and innumerable new discoveries, in the babble of uncounted creeds claiming space contacts and guidance, and in the uncertain whirl of diversified circumstances it is well to contemplate this bit of wisdom and stabilize oneself in the thought that action begins with one single step. That regardless of how far or how near the goal may be there can be only one step taken at a time. It is the first stride forward or backward that will carry a man in that direction. This is true of every act of our daily lives and is just as true in our start to live a unified life. It takes but one step at a time to lift us out of the rut of the old habits and start us on the highway of the new, but that step must be complete; we cannot put one foot forward and keep the other in the rut, for in such cases we will have made no progress. That is what many people are doing in their effort towards moving into the newness of cosmic life - trying to go forward into the vastness of Cause while clinging to the limited sense conceptions of traditional belief and opinions.
100 今日の落ち着きのない活動と無数の新しい発見の時代、宇宙人とのコンタクトや導きを得たと主張する無数の信条のたわごとや様々な状況下におけるはっきりしない渦の中にあっては、この知識の小片をじっくり考え、行動は一歩から始まるというその考えの中で自分を安定化することは良いことです。ゴールが如何に遠いか、あるいは近いかに係らず、一時に一歩しか進むことはできません。前進であれ後退であれ、その方向に人を運ぶのは最初のひとまたぎです。これは私達の日常生活のあらゆる行為についても言えることで、統合された生命を生きる上で私達がスタートする上でも同じことです。古い習慣のわだちから私達を引き上げ、新たな王道で私達をスタートさせる為に一時にただ一歩が必要なだけですが、その一歩は完全でなければなりません。私達は一方の足を前に、他方をわだちの中に置いたままにしておくことは出来ません。そのような場合、私達は進歩することはありません。それは多くの人達が宇宙的生活の新鮮さの中に移行しようと努力している中で行っていることでもあるのです。因の広大さの中に行こうとする一方で、伝統的な信念や意見という限定された感覚の概念にしがみついているのです。


【解説】
 イエスの言葉の中にも「二心があってはだめだ」という表現があったとされていたことを思い出しました。迷いを打ち払い、心が一つになった状況を本項ではunified life(統合された生命)としているのです。これに対し、一方では進化の道を目指している中で、旧来の習慣を捨てがたい状況では真の進歩はないとしている点に注意が必要です。
 また一方で、進歩を獲得する為には一度で一段の進歩でよいとも言っています。階段と同様、当初の本人が理解でき、実行できる範囲内で一歩だけ前進させることです。その完全な移行が出来れば、次にそこでも新たな課題を発見し、取り組めば良い訳です。如何に道が遠くとも、進歩を続ける限り時間は十分にあるという訳です。この場合、一挙に高い位置まで無理して飛ぼうとすべきではありません。各自の理解する範囲、納得できる範囲内で移行すればよく、他の者の意見に頼ることは禁物です。
 不安が広がる世界にあって、内外ともに多くの宗教家が生まれていることも確かですが、これらの多くは人々の不安視する想念の影響を受けたものも少なからず存在します。真の宇宙の因から発する印象を正しく感知することは容易ではありません。先ずはご自身で印象を感受して、それが正しい内容であることを確かめながら、一歩一歩進むことが賢明です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落100

100 In these days of restless activity and innumerable new discoveries, in the babble of uncounted creeds claiming space contacts and guidance, and in the uncertain whirl of diversified circumstances it is well to contemplate this bit of wisdom and stabilize oneself in the thought that action begins with one single step. That regardless of how far or how near the goal may be there can be only one step taken at a time. It is the first stride forward or backward that will carry a man in that direction. This is true of every act of our daily lives and is just as true in our start to live a unified life. It takes but one step at a time to lift us out of the rut of the old habits and start us on the highway of the new, but that step must be complete; we cannot put one foot forward and keep the other in the rut, for in such cases we will have made no progress. That is what many people are doing in their effort towards moving into the newness of cosmic life - trying to go forward into the vastness of Cause while clinging to the limited sense conceptions of traditional belief and opinions.
100 今日の落ち着きのない活動と無数の新しい発見の時代、宇宙人とのコンタクトや導きを得たと主張する無数の信条のたわごとや様々な状況下におけるはっきりしない渦の中にあっては、この知識の小片をじっくり考え、行動は一歩から始まるというその考えの中で自分を安定化することは良いことです。ゴールが如何に遠いか、あるいは近いかに係らず、一時に一歩しか進むことはできません。前進であれ後退であれ、その方向に人を運ぶのは最初のひとまたぎです。これは私達の日常生活のあらゆる行為についても言えることで、統合された生命を生きる上で私達がスタートする上でも同じことです。古い習慣のわだちから私達を引き上げ、新たな王道で私達をスタートさせる為に一時にただ一歩が必要なだけですが、その一歩は完全でなければなりません。私達は一方の足を前に、他方をわだちの中に置いたままにしておくことは出来ません。そのような場合、私達は進歩することはありません。それは多くの人達が宇宙的生活の新鮮さの中に移行しようと努力している中で行っていることでもあるのです。因の広大さの中に行こうとする一方で、伝統的な信念や意見という限定された感覚の概念にしがみついているのです。


【解説】
 イエスの言葉の中にも「二心があってはだめだ」という表現があったとされていたことを思い出しました。迷いを打ち払い、心が一つになった状況を本項ではunified life(統合された生命)としているのです。これに対し、一方では進化の道を目指している中で、旧来の習慣を捨てがたい状況では真の進歩はないとしている点に注意が必要です。
 また一方で、進歩を獲得する為には一度で一段の進歩でよいとも言っています。階段と同様、当初の本人が理解でき、実行できる範囲内で一歩だけ前進させることです。その完全な移行が出来れば、次にそこでも新たな課題を発見し、取り組めば良い訳です。如何に道が遠くとも、進歩を続ける限り時間は十分にあるという訳です。この場合、一挙に高い位置まで無理して飛ぼうとすべきではありません。各自の理解する範囲、納得できる範囲内で移行すればよく、他の者の意見に頼ることは禁物です。
 不安が広がる世界にあって、内外ともに多くの宗教家が生まれていることも確かですが、これらの多くは人々の不安視する想念の影響を受けたものも少なからず存在します。真の宇宙の因から発する印象を正しく感知することは容易ではありません。先ずはご自身で印象を感受して、それが正しい内容であることを確かめながら、一歩一歩進むことが賢明です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第9章-段落099

9. THE HIGHWAY OF PROGRESS
099 The sages of the Orient left to posterity many words of wisdom that might well act as guide posts along the way of life. Among the Chinese proverbs is one statement to the effect that "a journey of many miles begins with one step."

第9章 進歩の王道
099 東洋の賢人達は子孫に人生を歩む中で、案内標識としてよく機能する多くの知恵の言葉を残しました。中国のことわざの中に「何マイルもの旅も一歩から始まる」(訳注:「千里の道も一歩から」)という意味の言葉があります。


【解説】
 山道で道が分かれ、どちらが目的地に通じるか迷いそうな場所に、先人達が建てているのが道しるべです。本項で著者が例示しているのも、そうした案内標識をイメージしています。つまり、人が道に迷った時、正しい方向を指し示すのが、これら先人の知恵という訳です。
 宇宙哲学の学習においても、他の物事と同じく私達にとっては途方も無い遠いゴールを目指した道程です。最初は勢い良く進んで行っても、途中に起こる様々な出来事で時にはわき道に入り込んでしまうことも多いものです。しかし、このような時、あせらず本来の方向に向き合い続けていればいつか光も見えて来るものです。私達は長い旅を続けている訳で、当面、毎日毎日、目の前の一歩が正しければとりあえず、本日の仕事は良しとすべきなのです。
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