「宇宙哲学」 第6章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落078

078 Remember, mind has the possibilities of expansion. Matter, again, is in the process of evolution; so neither mind nor matter is all in all.
078 覚えておいて欲しいことは、心は拡張の可能性を持っていることです。物質もまた進化の過程にあることです。ですから、心も物質も全て完璧な状態ではないのです。


【解説】
 私達全ては進化の途上にあるということです。これは私達の心はもちろん、物質にも言えることだとしています。よく思うことは地層深く恐竜の化石が出土したということが伝えられ、博物館等でその巨大な骨格が展示されていますが、どう見ても獰猛、野蛮な動物達に思えてなりません。まさに弱肉強食の時代が地球上にあったのです。これらの化石は長い時間を掛けた惑星の進化の過程を私達に示すものです。
 同様に私達の心も各自、今期の生涯から今日に至るまでの進歩の歩みがあったことは人知れず確認出来るものと思います。何より自分が過去の自身の実態を良く知っている訳で、生涯の歩みはその進歩に繋がっている筈です。
 このように物心両面で私達は進化の過程にあり、その目指す目的地は遥か先にあるということでしょう。各人が化石になるまでの年数を要するかは別として、私達は進化の道を歩んでいます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落077

077 This proves to us then, that mind is not all there is since it can be used one way or another. Evolution is not the expression of mind but the expansion of mind. Just as an ungraded road is broadened and leveled in order to accommodate more traffic upon it, so must the highway of mind be expanded and smoothed in order to allow consciousness to project more numerous vehicles of thought to their proper destination. Mind is only the channel of expression, the avenue by which consciousness manifests itself in matter. Body, mind and consciousness, then, are one and inseparable. The body of matter would cease to exist if it were not supported by consciousness. Consciousness could not express itself in matter were it not for the conveyer over which it travels, and mind would be a useless nothingness were it not acting as a channel between the two.
077 このことは私達に、心というものはそれが様々な方向に使われ得るということから、心の現状が全てではないことを示しています。進化という言葉は心を表現したものではなく、拡張することが心を表すものです。丁度、未だなだらかに整備されていない道路がより多くの交通を収容できるよう拡げられ、平らにされるのと同様に、心のハイウエイは意識がより多くの想念の乗り物をそれらの適切な目的地に向けて抄出させられるよう、拡張し、滑らかにされなければなりません。心は表現のチャンネルに過ぎず、意識が物質にそれ自身を現出させる大道なのです。肉体と心と意識は、それ故一つであり、分離できません。物質からなる肉体は、もし意識による支援がなければ存在は途絶えてしまうでしょう。意識はそれ自身が通る輸送装置がなければ物質の中にそれ自身を表現することは出来ないでしょうし、心が両者の間のチャンネルとして行動しなければ何ら無用のものになることでしょう。



【解説】
 結局、私達の生きる目的は本項に示されているように、心の拡張拡大にあるのです。心自体の価値を高めるなどということは意味が無く、先ずは心を平ら(静かに素直)に保ち、あらゆる想念・印象に対して受容できる包容力を持つということです。
 これまで私達は自我を高める為に努力して来ましたが、それでは心が自らをおごり高めるばかりで、進化としては逆効果です。一秒間にどれほどの印象を感受できるか、インスピレーションの感度ほど大事なものはありません。これからの人間の価値はそうした印象の感受能力が問われることになります。
 実生活にこれら宇宙的印象を活用する中で、次第に心もそうした経験を増し、常に印象を受容する姿勢に変わって行くものと思われます。人生後半に多くの人が芸術分野に目覚めるのもこうした背景があるのかも知れません。いずれにせよ、自己流でなく、常に宇宙と対話しながら生活を進めて行く姿勢が大切ではないかと思われます。
 「心が広い」という表現がありますが、真に私達が目指すのは静かでありながら、幅広い印象に対して常にオープンな心の状態であり、多くの仏像がその姿を象徴しているように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落076

076 The sense mind personifies the impressions received and distorts them with self opinions. If the radio ethers are disturbed we on the receiving set get the disturbance called static, which means that we cannot get the program clearly. This is also true with man, for when the mind of man is disturbed that which is coming from the broadcasting station of consciousness is not revealed perfectly and matter goes into action with a distorted conception of its mission. The result is a state of confusion within the body. Cosmic consciousness is never confused, it is always in a unified state, so the harmonious manifestation of an idea depends upon the stillness and impersonal attitude of the mind. A clear peaceful mind will always bring desirable conditions. A disturbed mind will cause distorted conditions.
076 感覚心は受信した印象を属人化し、自己の意見で歪めてしまいます。もしラジオエーテル波が妨害されると受信機の所にいる私達は雑音と呼ばれる攪乱を受け、その結果、私達は番組をはっきり聴取することが出来ません。これは人間についてもまた同様です。何故なら人の心が攪乱されると、意識という放送局から来るものが完全には明らかにならず、その使命の歪んだ概念による行為に物事が進むからです。その結果、肉体の中が混乱の状況になります。しかし、宇宙的意識は決して混乱はしません。それは常に統一化された状態であり、その為、アイデアの調和ある現出は心の静寂と非個人的な姿勢に依存しています。明晰で平穏な心はいつも望ましい状態をもたらすでしょう。一方、混乱した心は歪んだ状態をもたらすでしょう。



【解説】
 私達が何故自分の心を平安に保ち、受容的な態度を貫かなければならないかを、本項は示しています。時々刻々に贈られて来る宇宙からの印象に対して私達の心が自分勝手な判断を下し、利己的な目的にそれらを用いるようなことを避け、本来のメッセージの内容を私達が理解出来るようにさせる為です。
 真の宇宙的印象は簡潔明瞭なものではないかと考えます。究極の解決策を提示しているように思うのです。その為に無駄がなくそれに従えば解決は容易なのですが、これまでの私達はその真実に向き合うことなく、自己流で言わば心の意思に従うだけの行動をとる為、その結果は随分と遠回りする結果となっていたように思われます。
 贈られ与えられた助言を素直に受け止め、実生活に活かすことが大切なのですが、その前提として自らの心が自己の尊大化を捨て、宇宙と調和する生き方に改めるとする一大覚悟が必要となる訳です。
 宇宙的印象の本来の姿は純粋で一滴のにごりもありません。その印象を自らの体内に素直に取り入れる姿勢ほど、望まれていることはありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落074

074 We know from actual experience that when a thought is sent over the highway of mind that all of the cells of the body respond in a perfectly unified state in producing that impression in outward form. It is not difficult to know if a man is joyous or angry. The thought of anger will mold the matter composing the body into an exact image of itself - contorted features, flashing eyes, clenched fists, set mouth etc. It may even produce a state of intense trembling throughout the form. If the thought is changed to one of joy the body again responds and matter is molded according to an entirely different pattern - the eyes glow with a soft light, the features are relaxed, and the whole form becomes one of simple grace, a symphony of harmonious action.
074 私達は実際の体験から、一つの想念が心のハイウエイに送り込まれると、肉体の全ての細胞は外向きの形にその印象を作り上げようと完璧に統一された状態で呼応することを知っています。人が楽しく思っているか、怒っているかを知ることは難しくはありません。怒りの想念は肉体を構成している物質をまさにその想念自身のイメージに鋳込み、歪んだ表情、ぎらついた目、固く握りしめた手首、こわばった口等を作り出します。それはまた、身体全体を激しく震えさせる状態さえも作りだすかも知れません。しかし、もし想念が楽しいものに変われば、身体は再び呼応し、物質は全く異なるパターンに沿って鋳込まれ、目は柔らかい光に輝き、表情はリラックスし、形全体は純真な上品さ、調和ある行動のシンフォニーになるのです。


【解説】
 本項は私達の中を通過する想念・印象が如何に肉体細胞を動員し、その印象を具体化させる方向で活動して行くかを明確に説いています。即ち、私達の心の中を通過し、心が取り入れる想念は直ちに各肉体細胞が呼応し、その表現者にある訳です。本人が自覚していなくても半ば自動的に肉体細胞は心の受け入れた想念を実現しようとするものだからです。
 従って私達が注意すべきは、何時如何なる瞬間も好ましくない類の想念は断固として身体に入れないようにすること、常に好ましい宇宙的な調和した想念・印象を取り入れ発信することです。
 人は如何なる人生を送るかは本人次第なのですが、その自らの人生への取組姿勢が重要だとされる点は、まさに日常私達がどの種の想念・印象を取り込もうとしているかに関わっています。生命に対する姿勢こそ最も問われる事項であると考えられます。その背景にあるのが、この想念・印象が肉体の各細胞や他の生命体その他に及ぼすこれら紛れも無い作用なのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落073

073 It needed not the aid of science, however, to prove the intelligence of matter, for the very fact that bodies act and grow proves that the cells must possess the consciousness to receive instructions from a higher intelligence. We know that nature takes its own course in healing the body when called upon; that a thought given by a man is immediately acted upon by the cells of his body, so matter must have a mind which is capable of receiving the command of either man or nature or it would not act accordingly. Mind, itself, is nothing more than the highway over which consciousness projects ideas to set matter in motion. If matter were not the possessor of mind there would be no avenue through which it could receive the thought impressions; if it did not possess intelligence it could not act upon impressions, and if it did not possess consciousness it would be totally unaware of the command and would remain in a state of complete inertia.
073 しかしながら、物質の持つ知性を証明するのに科学の助けは必要としません。何故なら、肉体が行動し成長するという事実はそれら細胞がより高位の知性から指導を受け取る意識を持っていることを証明しているからです。私達は自然は求められた時、肉体を治癒する上でそれ自身独自の経路をとることを知っています。また、人間によって与えられた一つの想念は直ちにその者の肉体の諸細胞によって行動に移されることからも、物質は人間あるいは自然の命令を受けられる心を持っているに違いありません。そうでなければ、それに応じた行動はとれないからです。心自体は意識が物質を起動させるためのアイデアを放射するハイウェイに過ぎません。もし、物質が心の所有者でなかったとしたら、その想念印象を受け取る大路は無いこととなり、もし、物質が知性を持たないとすれば、印象に基づく行動をとることが出来ないこととなり、もし、物質が意識を持たないとすれば、物質はその命令に全く気付かず、全くの惰性の状態に留まることになります。



【解説】
 本章では、肉体と心そして意識について学ぶ訳ですが、その内、心の持つべき本来の機能・役割について本項は明確に説明しています。
 即ち、肉体に指令を発するのが心なのですが、もちろんその肉体も各々の細胞が想念・印象を感受する機能を有している必要があるという訳です。更に本文では心の作用を高速道路に例えています。つまり印象が通過する経路ということになります。
 よく整えられた何らの障害物もない幅広い平坦な道路であれば、許容交通量も大きなものとなりますが、デコボコ道であれば車の往来も容易ではありません。つまりは心自体が自分の主張を持って入って来る印象を捻じ曲げたり、非協力的な態度をとれば、途端に流れる印象量は激減してしまうのです。
 一方、私達がもち、入って来る印象を自由に通し、干渉しなければ益々宇宙的な印象・想念の通過量は増え、多くの利益を得ることになるのです。自らを整えるとはこのような状態を言うのだと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落072

072 Science has done much in proving many things which the majority of the people of the world previously refused to accept. It has proven, for instance, that all forms are made up of cells which are composed of the same elements as the earth, air and water. It has revealed the fact that the human body is no different in composition than any other form in the mineral, vegetable, or animal kingdom. These cells or atoms of matter possess a certain amount of intelligence and are actually little entities not unlike the human being, but the world has not easily accepted the belief that a particle too small to be seen without the aid of a microscope can be the possessor of a mind, or intelligence. Science has now brought forth the proof of this. It speaks of living and disintegrating atoms of matter, and in working with these tiny cells it has learned to release a form of energy from the atom which is seen as a ray of light. One professor of science has spoken of this as the soul of the atom, which certainly implies intelligence.
072 科学はかつては世の中の大多数の人々が受け入れを拒絶した多くの物事を立証して来ました。科学は例えば全ての形あるものが、地面と空気、水と同じ元素からなる細胞から成り立っていることを証明しました。それは人体が鉱物や植物あるいは動物の王国における他の形あるものと組成において何らの違いが無いという事実を明らかにしたのです。これらの細胞や物質の原子は幾分かの知性を持ち、実際には人間とさほど違いが無い小さい実体なのですが、世間は顕微鏡の助け無しには小さすぎて目に見えない粒子が心や知性の所有者であり得るとの確信を受け入れることが出来ないでいます。しかし、科学はこの証拠を提出しています。科学は物質の原子の生存と分解の状態について語っており、これら微細な細胞について研究する中で、これら細胞が光線として見られるような原子からのエネルギーを放出することを学んで来ました。科学のある教授はこのことを、原子の魂と表現しましたが、それは確かに知性を暗示させるものです。



【解説】
 化学の授業の中で原子の発光が電子がそのエネルギーレベルを一段下げる際に発することを習った記憶がありますが、本項にもそれに似た事柄が記されています。これは光の話題ですが、私達の身近なものとすれば太陽の光であり、物が燃える際の光の輝きの背後にある現象を意味しています。
 とかく私達は目に見えるだけの現象に囚われがちですが、実際にはそれら現象の奥には肉眼で判別できない繊細微小な世界があり、それらが整然と法則に従った活動をしている訳です。
 私達自身についても、私達はほとんど何も知ることなく、一生を終えるかも知れませんが、その生命活動は他の生き物と何ら変わることのない構成となっています。
 重要な点は、目に見えない微細世界では各々の塊や粒子が各々の使命を果たし、嬉々として生きているということです。各々には知性があり、家主(人間)の為に一生懸命働いているということです。そしてそれらは互いに意思疎通を果たし、やがては宇宙普遍の想念波動に調和できているということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落071

6. BODY, MIND AND CONSCIOUSNESS
071 Until quite recently mind and matter have been considered as widely separated as the poles. The materialist has exalted matter into predominance and the metaphysician has given the supremacy to the mind, while consciousness has received scarcely a consideration. There have, of course, always been alerted minds in the world who understand the inseparable relationship of mind, matter and consciousness and have made use of this knowledge in the field of practical evolvement, but the world in general has chosen to remain in the mystery of divisions.
第6章 肉体、心そして意識
071 全くの最近まで、心と物質は両極のように甚だしく分離して考えられて来ました。唯物論者は物質を優位位置に引き上げ、また形而上学者は心にその最高位を授けて来ました。しかし一方では、意識はほとんど考慮すら受けて来ませんでした。もちろん、世の中には心と物質、それに意識について引き裂くことの出来ない関係を理解する鋭敏な心の持ち主がいつも居て、実際的な発展の分野にこの知識を活用して来ましたが、世の中一般はその区分分けという神秘の中に留まることを選択して来ました。



【解説】
 これまで私達は身の回りの世界を物質中心、あるいは自分の内側の主体と考える「心」のいずれかを優先させて論じて来ました。地球の経済社会は物質的価値を最大の争点として争い、時に国同士の戦争への進み、また一方の思想の相違についても異教徒に対しては平気で殺戮する行為も行われています。
 物質も心も本来の価値はさほど無いのではないかと私自身、最近は考えるようになりました。いずれも永続きすることがないからです。
 しかし、本項はこの二つの要素の他に「意識」が存在し、これまで顧みられることがなかったと指摘しています。私達はこれまで意識について十分気付くことなく過ごして来てしまいましたが、本講座では改めてその価値や大きさについて学ぼうとしています。
 前章にもあったように、意識が物質の隅々に行き渡っているからこそ、物質は生命を得ることが出来、心も機能することが出来る訳です。今のところ一人一人の理解度によって、この意識へのイメージは異なるものとは思いますが、重要な点は宇宙には意識作用をもたらす巨大な力が働いており、その力無くしては物質も心も存在できないということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落078

078 Remember, mind has the possibilities of expansion. Matter, again, is in the process of evolution; so neither mind nor matter is all in all.
078 覚えておいて欲しいことは、心は拡張の可能性を持っていることです。物質もまた進化の過程にあることです。ですから、心も物質も全て現状のままではないのです。


【解説】
 各人の心がそれぞれ拡張し、意識からの印象がより多く流れることによって、物質もより早く進化を遂げることになります。自分が進化のどのレベルにあるかは、心に浮かぶ宇宙的な印象の数を見れば良いものと思われます。例えば、印象によって近未来に起こる事象を予知したり、知らず知らずの内に準備をしていたり等、自分だけが知り、納得出来る体験も増えて来るものと思われます。
 一方、物質界においても進化の足跡を確かめることが出来ます。化石は太古の生き物達の姿を今日に伝えるものです。かつての恐竜の棲む時代から今日まで多くの生物種が入れ替わって来ましたが、それらの時代に比べれば、今日の地球ははるかに穏やかな生き物達に移り変わっており、これも進化の歩みと言えます。また、個人としてもその人の人相は内面を写すものである以上、年齢を重ねるにつれて現れる各自の顔付きも、それぞれの「進化」を反映したものです。
 まして進化した他惑星にあっては、その心に呼応した物質の精緻さが進み、全てが高品位な存在として輝いていることは容易に想像出来ます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落077

077 This proves to us then, that mind is not all there is since it can be used one way or another. Evolution is not the expression of mind but the expansion of mind. Just as an ungraded road is broadened and leveled in order to accommodate more traffic upon it, so must the highway of mind be expanded and smoothed in order to allow consciousness to project more numerous vehicles of thought to their proper destination. Mind is only the channel of expression, the avenue by which consciousness manifests itself in matter. Body, mind and consciousness, then, are one and inseparable. The body of matter would cease to exist if it were not supported by consciousness. Consciousness could not express itself in matter were it not for the conveyer over which it travels, and mind would be a useless nothingness were it not acting as a channel between the two.
077 このことは私達に、心というものはそれが様々な方向に使われ得るということから、心の現状が全てではないことを示しています。進化という言葉は心を表現したものではなく、拡張することが心を表すものです。丁度、未だなだらかに整備されていない道路がより多くの交通を収容できるよう拡げられ、平らにされるのと同様に、心のハイウエイは意識がより多くの想念の乗り物をそれらの適切な目的地に向けて抄出させられるよう、拡張し、滑らかにされなければなりません。心は表現のチャンネルに過ぎず、意識が物質にそれ自身を現出させる大道なのです。肉体と心と意識は、それ故一つであり、分離できません。物質からなる肉体は、もし意識による支援がなければ存在は途絶えてしまうでしょう。意識はそれ自身が通る輸送装置がなければ物質の中にそれ自身を表現することは出来ないでしょうし、心が両者の間のチャンネルとして行動しなければ何ら無用のものになることでしょう。


【解説】
 心は想念の通り道であり、その想念を身体内の各部に伝えることがその任務です。そういう意味では与えられた想念・アイデアを正しく伝えることが重要であり、自分の意見を差し挟むことは厳に慎まなければなりません。受信する想念は多岐にわたることから、丁度、テレビが様々な番組を再現しますが、テレビ受像機自体は何ら変わらないのと同様に、見かけ上、テレビ(心)は様々な表現をしているように見えるに過ぎません。それが本文にいう「心というものはそれが様々な方向に使われ得る」ということです。
 さて、間断なく流れ込む想念をスムーズに通過させるためには、心はやって来る各々の想念を自我の好き嫌いで裁くことなく、ありのままを受け入れる努力をしなければなりません。よく「心が広い」あるいは「心が狭い」という表現をしますが、心の発達とは心を拡げること、寛容さを発達させることにあるのです。せっかくの宇宙意識からの貴重なアドバイスを大切に、またより多く受信して、その恩恵を受ける為に、私達は心の拡がりを目指すべきです。
 如何に意識が素晴らしい解決策やビジョンを示してくれても、心がそれを認識しない限り、現実界にそれを展開することは出来ません。そのことからも意識と指令を待つ物質とをつなぐ役割を心が持っていることが重要なポイントです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落076

076 The sense mind personifies the impressions received and distorts them with self opinions. If the radio ethers are disturbed we on the receiving set get the disturbance called static, which means that we cannot get the program clearly. This is also true with man, for when the mind of man is disturbed that which is coming from the broadcasting station of consciousness is not revealed perfectly and matter goes into action with a distorted conception of its mission. The result is a state of confusion within the body. Cosmic consciousness is never confused, it is always in a unified state, so the harmonious manifestation of an idea depends upon the stillness and impersonal attitude of the mind. A clear peaceful mind will always bring desirable conditions. A disturbed mind will cause distorted conditions.
076 感覚心は受信した印象を属人化し、自己の意見で歪めてしまいます。もしラジオエーテル波が妨害されると受信機の所にいる私達は雑音と呼ばれる攪乱を受け、その結果、私達は番組をはっきり聴取することが出来ません。これは人間についてもまた同様です。何故なら人の心が攪乱されると、意識という放送局から来るものが完全には明らかにならず、その使命の歪んだ概念による行為に物事が進むからです。その結果、肉体の中が混乱の状況になります。しかし、宇宙的意識は決して混乱はしません。それは常に統一化された状態であり、その為、アイデアの調和ある現出は心の静寂と非個人的な姿勢に依存しています。明晰で平穏な心はいつも望ましい状態をもたらすでしょう。一方、混乱した心は歪んだ状態をもたらすでしょう。


【解説】
 せっかく宇宙意識からの想念メッセージを受信できたとしても、そのチューナーであるべき心が、その受信内容に勝手な解釈を加え歪んだ情報に変質させるという問題があります。自我(エゴ)が好ましい方向に強引に解釈を加え、あたかも自我を肯定するようにメッセージを改変するという訳です。しかし、心によって付け加えられた要素は真実でない以上、その実現性は乏しく、それをまともに受けた肉体細胞は混乱してしまうことになります。
 そのような画策を起こさないよう、私達は自身の心を見張る必要があり、どのような場合、どのような状況においても心を落ち着かせ、穏やかな状態に保つことが必要です。電波に乗って貴重な番組は常に各々の受信機に向けて放送されていますが、それを受信する各自の心がそれら電波を受信して忠実に再現しなければ、価値あるメッセージを受け取れないことになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落075

075 Mortal thought, however, is not the intelligence, it is but an idea projected by consciousness. It acts as a messenger between the sender and the receiver just as an idea consciously projected into a microphone travels on the mind of a radio (the ether waves) to the receiver. The great unlimited force of intelligence, which is consciousness, broadcasts a message in the form of thought; this message travels upon the highway of frequency called mind and contacts every part of the body. Since every cell is the possessor of mind the idea impresses each of them at the same time and they as a whole give expression through and upon the body. This is the same principle used in the operation of radio. Once the message is given over the microphone all space is effected since it can be picked up anywhere by a good receiving set. Thought effects the whole of matter in the same manner. The radio frequency is carried on the waves of ether and is neither seen nor heard outside the studio unless it passes through a receiving set. In this same way consciousness projects itself as an idea through space by an instantaneous action effecting all space at one time and the idea which is supported upon the waves of mind become manifest only after passing through the instrument of matter. In other words, mind is the channel over which man is supplied with conscious awareness just as the ether waves are the channel over which we receive the musical and oratorical expression of the consciousness broadcasting them.
075 しかしながら、死すべき(訳注:肉体の)人間の想念は知性ではありません。それは意識によって放出された一つのアイデアなのです。それは丁度、マイクの中に意識的に放出されたアイデアがラジオという心の上を(エーテル波として)進行し、受信者に到達するようなものです。意識である偉大なる無限の知性の力が想念という形の中にメッセージを放送します。このメッセージは心と呼ばれる周波数のハイウエイを旅して身体中のあらゆる部分と接触します。あらゆる細胞は心の持ち主である以上、そのアイデアは同時にそれらの各々に印象づけ、それらは全体として身体全部を通じて表現を与えるのです。これはラジオの操作で用いられているのと同じ原理です。ひとたびメッセージがマイクを通じて与えられると、全宇宙が影響を受けます。何故なら、良い受信機によっては何処でも拾い上げられるからです。想念は全く同様に物質全体に影響を与えます。ラジオの周波数はエーテル波によって運ばれますが、受信機を通らない限り、スタジオの外では見たり聞いたりは出来ません。それと同様に意識は全宇宙空間を同時に影響を及ぼす瞬間的な行動によって自身をアイデアとして宇宙空間に放出し、心の波動によって支持されたアイデアは物質という装置を通じることによってのみ現出化するのです。言い換えれば心は人間が意識的気付きによって与えられたチャネルであり、丁度エーテル波が私達がそれらを放送している意識の音楽や演説の表現を受信するようなものです。


【解説】
 私達の心は想念が通過するラジオのようなものだと解説しています。もちろんテレビも同じ作用です。多くのメッセージが放送を通じて流れて来ますが、その電波は受信機があれば、誰でも何処でも受信できるように、想念は全宇宙で同時刻に感知されるものだとしています。即ち、ある人が閃いたアイデアは、同時に様々な所で同時にキャッチされるという訳です。
 また、想念は心に感知されることによって、具体的な物質への作用が始まるということもポイントの一つです。私達人間が神の道具となって創造の一端を担うことを創造主は望んでいます。その為に創造主は必要な時、必要なテーマの思いを発するのではないかと思います。その思いである想念を如何に受け止め現実世界に実現するかが私達、最高位の創造物に望まれていることです。
 そのためには、様々なレベルからなる想念の内、より宇宙的、より建設的な想念にダイヤルを合わせることが必要で、各自の指向性のアンテナをそのような向きに保持することから始めることです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落074

074 We know from actual experience that when a thought is sent over the highway of mind that all of the cells of the body respond in a perfectly unified state in producing that impression in outward form. It is not difficult to know if a man is joyous or angry. The thought of anger will mold the matter composing the body into an exact image of itself - contorted features, flashing eyes, clenched fists, set mouth etc. It may even produce a state of intense trembling throughout the form. If the thought is changed to one of joy the body again responds and matter is molded according to an entirely different pattern - the eyes glow with a soft light, the features are relaxed, and the whole form becomes one of simple grace, a symphony of harmonious action.
074 私達は実際の体験から、一つの想念が心のハイウエイに送り込まれると、肉体の全ての細胞は外向きの形にその印象を作り上げようと完璧に統一された状態で呼応することを知っています。人が楽しく思っているか、怒っているかを知ることは難しくはありません。怒りの想念は肉体を構成している物質をまさにその想念自身のイメージに鋳込み、歪んだ表情、ぎらついた目、固く握りしめた手首、こわばった口等を作り出します。それはまた、身体全体を激しく震えさせる状態さえも作りだすかも知れません。しかし、もし想念が楽しいものに変われば、身体は再び呼応し、物質は全く異なるパターンに沿って鋳込まれ、目は柔らかい光に輝き、表情はリラックスし、形全体は純真な上品さ、調和ある行動のシンフォニーになるのです。


【解説】
 想念が最も力を発揮するのは、その肉体細胞への働きかけという訳です。言わば私達は長年月をかけて自分自身の肉体を作り上げているのです。肉体は長年月、心を通過する想念からの影響を受けており、人間、年齢を重ねるにつれて、その人の長短の特徴はより顕著になるということでしょう。また、各自の想念の影響は肉体細胞のみに留まらないと考えるべきです。日々の精進の成果は、生活の様々な側面にも現れることになります。これは一人の人間の周囲に留まらず、地方や国全体にも及ぶと考えるべきでしょう。
 実は現在、東日本大震災から多くの人々の心に地震や津波、更には原子力発電所の被災事故への進まない対応について、恐れや苛立ち、悲嘆等、多くのマイナスの感情が生まれています。しかし、本項から分かるように、マイナスの想念は各自の肉体への影響も含めてマイナスの影響しか残しません。何とかこうしたマイナスの想念を各自の心から駆逐して、より新鮮で美しい本来の想念のあるべき姿を取り戻して、復興にあたりたいものだと考えます。自然の動植物のように、例え踏みつけられようとも、めげることなく、再び立ち上がる力強さをもって欲しいと願っています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落073

073 It needed not the aid of science, however, to prove the intelligence of matter, for the very fact that bodies act and grow proves that the cells must possess the consciousness to receive instructions from a higher intelligence. We know that nature takes its own course in healing the body when called upon; that a thought given by a man is immediately acted upon by the cells of his body, so matter must have a mind which is capable of receiving the command of either man or nature or it would not act accordingly. Mind, itself, is nothing more than the highway over which consciousness projects ideas to set matter in motion. If matter were not the possessor of mind there would be no avenue through which it could receive the thought impressions; if it did not possess intelligence it could not act upon impressions, and if it did not possess consciousness it would be totally unaware of the command and would remain in a state of complete inertia.
073 しかしながら、物質の持つ知性を証明するのに科学の助けは必要としません。何故なら、肉体が行動し成長するという事実はそれら細胞がより高位の知性から指導を受け取る意識を持っていることを証明しているからです。私達は自然は求められた時、肉体を治癒する上でそれ自身独自の経路をとることを知っています。また、人間によって与えられた一つの想念は直ちにその者の肉体の諸細胞によって行動に移されることからも、物質は人間あるいは自然の命令を受けられる心を持っているに違いありません。そうでなければ、それに応じた行動はとれないからです。心自体は意識が物質を起動させるためのアイデアを放射するハイウェイに過ぎません。もし、物質が心の所有者でなかったとしたら、その想念印象を受け取る大路は無いこととなり、もし、物質が知性を持たないとすれば、印象に基ずく行動をとることが出来ないこととなり、もし、物質が意識を持たないとすれば、物質はその命令に全く気付かず、全くの惰性の状態に留まることになります。


【解説】
 本章のテーマである「物質(肉体)・心・意識」について、ここでは私達に日常の観察を通じて、それらの相互関係を見い出すことの大切さについて述べています。私達の肉体自体は鉱物から動植物に至る自然界における他のものと、その構成要素は変わるものでないことは前項(072)で説明されて来ました。その上で、各々の物質、原子について、私達は自身の肉体を含めて「物」として捉えがちですが、実は原子分子に至るまで、各々の物質には「心」があると本項で明かされていることは大変重要です。
 私達自身の身体を例にとっても、私達が「こうしたい」と思う想念を受けて、具体的に行動に移す、即ち各肉体の部位が動く為には、瞬時に様々な段階で各部位、各細胞間で、連絡調整が行なわれて初めて身体が動く訳です。この間には次々に想念を伝達する、あるいは共有するために各構成要素の一つ一つに想念が通過する通路とそれを感知する心が無くてはならないという訳です。
 万物に心があるとする教えは、地球各地の先住民族の宗教観や日本神道にも通じるものがあり、物質に「愛着」を感じることが出来るのも、そうした理解に基づいているように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落071

6. BODY, MlND AND CONSCIOUSNESS
071 Until quite recently mind and matter have been considered as widely separated as the poles. The materialist has exalted matter into predominance and the metaphysician has given the supremacy to the mind, while consciousness has received scarcely a consideration. There have, of course, always been alerted minds in the world who understand the inseparable relationship of mind, matter and consciousness and have made use of this knowledge in the field of practical evolvement, but the world in general has chosen to remain in the mystery of divisions.

第6章 肉体、心そして意識
071 全くの最近まで、心と物質は両極のように甚だしく分離して考えられて来ました。唯物論者は物質を優位位置に引き上げ、また形而上学者は心にその最高位を授けて来ました。しかし一方では、意識はほとんど考慮すら受けて来ませんでした。もちろん、世の中には心と物質、それに意識について引き裂くことの出来ない関係を理解する鋭敏な心の持ち主がいつも居て、実際的な発展の分野にこの知識を活用して来ましたが、世の中一般はその区分分けという神秘の中に留まることを選択して来ました。


【解説】
 先ずは世の中に存在するものとして「物質」は誰にでも分かります。次に自らの「心」ですが、これも各自の内側の想念の動きや目や鼻、耳を通じて来る情報の認識やそれへの反応、またそれらの経験の記憶から、その実態を各自は理解出来る筈です。問題は、世の中にはこの2者の他に、もう一つの重要要素、「意識」と呼ばれるものがあることにほとんどの人が気付いていないことにあります。
 心の支配欲から物質を浪費し、有害な汚染物を環境に撒き散らす等の行動を行って来た人間は、地球上の諸々の物質を所有しようと争いを続けています。また、一方では、神秘論者はインドの行者のように、心の持つ潜在能力のみに着目して物質に価値を見出さない生活をしています。
 しかし、野生動物や野生の植物を含めた自然界を見ると、それらは見事に調和し、落ち着いた中にも活発な行動が行われています。例えば、春から夏に掛けて、山歩きをすると、ほんの2週間の間に驚く程の変化を見ることが出来ます。これらの自然の活動には上記の「心」と「物質」の他に、存在する「意識」が大きな役割を果たしているのです。つまり、適宜、適切な時期に各々の物質と心に、その活動を促すような指令(想念)を発して行動を促すという具合です。今回の震災の津波被害においても、飼い犬が津波が来る前にいつもの散歩コースとは逆の高台に飼い主を導き、避難させたというニュースが流れていました。このように事象が発生する以前にその現象を知らせるというのも、意識の作用ということになり、その飼い犬はそれをキャッチしていたことになります。
 私達はあらゆる現象の背後に、必ず意識の作用が関連していて、意識が物質を指導し、結果を生み出していることを見るようにしなければなりません。
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