「宇宙哲学」 第4章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落060

060 Learn to believe in your power of perception; give recognition to those things of which you became aware and you will find yourself enjoying a feeling of happiness and well being. Your vision will gradually expand to where you can feel the pulsation of life in all forms. And you will understand the Universal Language of Life, and the limitations that have bound you to the personal ego will vanish into the illimitable vastness of Cosmic intelligence.
060 あなた自身の知覚力を信じることを学びなさい。あなたが気付くようになった物事に認識を与えることです。そうすればあなた自身、幸せと良好な状態を楽しんでいることに気付くことでしょう。あなたの視界は徐々に拡がり、あなたがあらゆる形あるものの中の生命の脈動を感じ取れるようになることでしょう。そしてあなたは生命の宇宙普遍の言語を理解し、あなたを個人の自我に縛り付けて来た諸々の限界は宇宙的知性の限りない広大さの中に消え去ることでしょう。


【解説】
 先ずは自分自身、本来的には受想した想念・印象を十分知覚する能力を持っていることを信じることだと著者は説いています。その中で少しずつ学んだことを自分のものとし、その効果・効能を改めて自ら確認することです。
 人間は少しずつではあっても、随分と進歩もするように思います。例えば昔の自分の写真を見ると、何と余裕のない表情をし、人生を楽しむとはとても言えないような人物の姿がそこに写っていることに愕然とすることもあるのではないでしょうか。
 それは、その後何十年間の毎日の精進の中で、少しずつ自分に改善を加えて来た結果を私達自身に示す証拠でもあるでしょう。同様に、これから先も私達は自らの知覚力を高め、宇宙の印象に従って柔軟かつ誠実な人生を極めて行く必要があります。一つ一つの積み重ねで十分であり、続ける中で道は拓けるものだからです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落059

059 One of our noted scientists once said, "I find ofttimes that in the moments when I have ceased pondering over a problem the greatest revelations come to me." Such revelation is true perception, for it is the time when the mortal sense mind and the cause intelligence unite. Such awareness is called intuition, and the man who acts intuitively is always right. The mortal mind is usually unable to perceive the thoughts which are conceived from the cosmic source for it is in a constant state of friction and wonderment, lost in the perception of the innumerable forms of the effective world and so unaware of the new ideas that are waiting for birth. It is necessary to perceive the possibilities within anything before those potentials are able to become a reality in one's life. True perception goes beyond the apparent into the cause of the appearance, it goes into the invisible and brings newly conceived ideas into manifestation. Many people consciously perceive wonderful things but have not enough faith to bring them forth.
059 著名な科学者の一人はかつてこう言いました。「私はしばしば、問題について考え込むことを止めた瞬間に最大の新発見がやって来ることに気付いています」と。このような啓示は真の知覚です。何故ならそれは死すべき感覚心と因なる知性とが結びつく時であるからです。このような気付きは直感と呼ばれ、直感的に行動する者は常に間違いはありません。肉体の心は大抵は宇宙的源泉から受想される想念を知覚することは出来ません。何故ならそれは常に摩擦と好奇心の状態にあり、結果の世界における無数の形あるものを知覚する内に迷ってしまい、誕生を待っている新しいアイデアには気が付かないからです。このようなこと(訳注:感覚心と因なる知性が結びつくこと)が各自の生活において現実のものとなることが可能となるためには、それ以前にその可能性を知覚する必要があります。真の知覚とは外観を超える因にまで及ぶものであり、新たに受想したアイデアを創造物としてもたらすのです。しかし、多くの人々は意識上は素晴らしい物事を知覚はしますが、それらを現実にもたらすほどの十分な信頼を持っていないのです。



【解説】
 私達一人一人はこれまでの経験の中で、何回かは優れた発想を得てその後の人生の転換、或いは素晴らしい成果につながった事例もあるのではないでしょうか。そのほとんどのケースが本項に記されているように、心が何かの問題への執着をなくした時に浮かんだもののように思われますし、少なくても心が怒ったり、悲しみに浸った状態に起こったものではなかった筈です。
 容易には言葉で表せませんが、より素直であらゆる印象に受容的な姿勢であったのではないでしょうか。本項で著者は、そのように現象世界に執着せず十分リラックスして受容的な状態を造り上げ、宇宙の源泉への信頼を保って居れば、必要に応じて解決策の提示を戴けるのだと説いているのです。
 浅学の身ながら、実はこれらの真相は、古今東西の宗教全てが説く内容とも一致しているように思われます。
 重要なのは、その一瞬得た印象を大切にして直ぐにも行動に移して成果を得るか、或いはそのままにして忘却の彼方に消え去るに任せるかの選択でしょう。少ないこのような機会をしっかり捉えて、自らの人生に活用すること、その支援の為の印象の贈り手を信頼することが大事なのは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落058

058 There is really very little difference between conception and perception; the former is the cause soul awareness and the latter is mortal sense awareness, and the two should be always united
058 実際には受想と知覚の間には、本当にほんのわずかの違いしかありません。前者は因の魂による気付きであり、後者は死すべき肉体の感覚の気付きで、両者は常に一体であらねばならないのです。



【解説】
 最終的な姿として、よく「意識と一体になる」と「生命の科学」で表現されているように、「宇宙哲学」においても受想と知覚とは作用する部分が異なるだけで両者は本来一体的に成立することになります。なお、この受想(Conception)はやがて、「生命の科学」では意識(Consciousness)と表現されることになるもので、基本的には同種の概念であろうと考えます。
 むしろ問題は、数や量の上で圧倒的に多くの想念・印象を受けている受想に対して、その隣に居る私達の肉体細胞からなる感覚は実に鈍感であり、眠ったまま目の前を通過する印象に気付いておらず、その他の時はもっぱら自分自身の関心事に熱中していることにあります。
 この解決方法は先ずは私達自身、自らの身体内にそのような宇宙に直接つながっているとも言えるような受想機能を有する部分があり、そこを通じて多くの情報が絶えず注がれていることをよくよく自覚し、その声を聞こうとすることにあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落057

057 When an unselfish idea is conceived it is to be perceived and brought forth into manifestation just as a soul conceived in the womb of a mother is to be given birth in physical form. Whatever one becomes aware of that is not contrary to natural law must exist, for how can it be possible to perceive that which is not existent?
057 一つの非利己的なアイデアが受想される時、それは丁度、一つの魂が母親の子宮で受胎し肉体の形をもって誕生するのと全く同じに、それは知覚され具体的な創造物としてこの世にもたらされます。自然法則に反しない限り、どのような事柄も人がそれに気付くものは存在する筈です。何故なら存在しないものをどうして知覚することが出来るのでしょうか。


【解説】
 多くの読者がお気付きのように、本項で「受想」と訳出している「Conception」には「受胎」という意味も含まれています。即ち、母体が気付かない内に、妊娠の初期の現象が体内に始まる状況と似たものとして、「受想」という概念を著者は提起しているのです。
 当然、その次の段階として、具体的な物質界レベルの創造が進行する訳ですから、それを知覚できる筈という訳です。現実に無いものは知覚できる筈もない訳で、如何に初期の精妙な段階で私達が知覚するかが問われていることになります。
 おそらくはこの段階はかなり流動的であり、私達の持つ想念・印象がその創造過程にも大きく影響を与えるのではないかと考えられます。即ち、物事を願い通りに進めるには、私達の非利己的なアイデアも大いに創造作用に活用されるように思われるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落056

056 Lack of perception is the greatest of the sins of omission; why should a man remain in ignorance when all things lie before him and the very fullness of life prevails within his being awaiting the command to come forth.
056 知覚の欠如は怠慢の罪の内、最大のものです。何故、人間は全てのものが自分の面前に有り、自身の中には命令が来るのを今か今かと待っている生命で満ち溢れているのに、無知のまま留まっているというのでしょうか。


【解説】
 小椋佳の「愛燦々」がありますが、その歌詞の中にその歌のタイトルにも繋がる「愛燦々とこの身に降って、心秘かな嬉し涙を流したり」というくだりがあります。
 私達には絶えず宇宙からこのように愛情が注がれていて、それに気付くことが出来れば、本当に嬉しい限りの感動を受けるというものでしょう。
 先ずは自分自身、この注がれる愛情にこそ気付くべきで、無為に何ら感動も無いまま受け流すのは贈り手に対し失礼この上ない、まさに罪とも呼べるべきものです。私達は与え続けられている印象、各細胞への働きかけを知覚し、それらの印象をしっかり受け止めなければなりません。
 宇宙から自らのさんさんと愛情が注がれていることを自覚する中で、人生は楽しいものに変わるものだと思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落055

055 Perception includes not only recognition but also comprehension. We cannot fail to recognize the fact that we are sons of the Cosmic Father Principle and heirs to all there is, but how many are there in this world who have actually perceived what that sonship means? Lack of perception leads always to a lack of confidence which prevents man going forward into greater accomplishment. The man who fails to understand his relationship with the whole is but a wanderer having no purpose in life.
055 知覚には認識のみでなく、理解も含まれています。私達は自分達が宇宙の父性原理の息子達であり、存在する全ての相続人であることを忘れてはいけませんが、この世の中にはどれだけの人がこの息子の地位が何を意味するかを知覚しているのでしょうか。知覚の不足は確信の不足に繋がるものであり、それは人がより大いなる達成に前進することを妨げるものです。全体との自身の関連性を理解出来ない人間は人生に何の目的を持たない放浪者でしかありません。


【解説】
 私達は日常、自分達の命に特段の感謝の念を抱くことはないでしょうが、時とhして静かな場に自分を置いた時、自分の指先にまで暖かい命が宿っていることを感じ取ることが出来ます。これらはいわば無償で私達に授けられた命、私達がこの世に生まれてからずっと与えられ続けている贈り物と言うことも出来るでしょう。
 本項ではこれらの状態について、私達が宇宙の父性原理の息子であると説いているのです。即ち、私達は父からあらゆるものを相続出来るという恵まれた立場にあるという訳です。広大な宇宙にあるあらゆるものとアクセスでき、親しみ自分のものとするよう父から与えられているということです。
 それが、本章で説かれている受想から知覚に至るまでの働きの意味ということでしょう。ここで重要な点は、本項でも記されているように、親が子供に授けるように無償で与えている環境も、本人がそのことを自覚せず、父への信頼感を持てないなら、全ては無意味になってしまうということです。少しでも自らの恵まれた境遇を自覚し、宇宙における自らの役割を理解しようとする姿勢が重要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落054

054 In our christian bible we find references to "Life Eternal" and the way we must conduct our lives in order to know, "the only true God," but the application as to just how this is done is not explained. To know God the Father is to perceive Cosmic Cause. Conception has no limitations for it is cosmic, and that which is conceived can also be perceived by the mortal mind so perception knows no beginning or ending; its vastness is all-inclusive.
054 キリスト教の聖書に私達は「永遠の生命」や「唯一真実の神」を知る為に私達が人生を導かなければならない道に関する言及を見出しますが、ただ、これがどのようにしたら為されるのかについては説明されてはいません。父なる神を知ることは宇宙的因を知覚することです。受想は宇宙的属性であるが故に限界はありませんし、また受想されたものはまた、死すべき心によって知覚され得るため、知覚にははじまりも終わりもない訳で、その広大さは全てを包含するものです。


【解説】
 現在もまたこれまでも私達の惑星では「神」を巡っての争いや時に殺し合いも多く起こって来た訳ですが、それこそが私達の惑星の「神」に対する平均的な理解度なのかも知れません。
 本項では地球上の多くの宗教が説く「神」の本質を知ることは具体的に何を示唆するが明らかにされています。つまりは、受想(Conception)こそが宇宙的な源泉に直結しており、そこから来る印象は無尽蔵、無制限です。それを肉体の感覚器官が受け入れ、学ぶことで創造主を身近に知覚することになるのです。
 言い替えれば、印象を受想することによる学びには際限はなく、何処に居ても、また手元に何も無くても実践出来る訓練でもあります。これら印象を大切にする姿勢は日常生活においても様々な進化をもたらすものでもあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落053

053 There are myriads of thoughts bombarding man's mind every second; some are personal, some are impersonal, many are beyond the conception of the average sense mind. It is true that each thought that enters man's being impresses itself upon the individual cells of his body but the mortal sense mind as a whole does not become aware of it. Conception while being of Cause does not raise man to the Cause state; it is perception which produces growth in the mortal man. In the average man the thoughts are passing at the approximate rate of 1100 per second. In a highly developed person the thoughts run about one-half million per second. The mortal grows through experience and only that which is perceived consciously can be termed as experience. Awareness is the key to wisdom and the only channel to human thought expansion. Awareness must be combined with action so that intelligence may be expressed. Cosmic Cause incarnates in matter whether the mortal mind of man is conscious of it or not, but through perception of that action the mortal expands in the field of growth. The mortal sense mind, having divided itself from the Whole, must evolve again into the Oneness by perceiving the Cause in effects. In the cosmos everything exists and we, being of the cosmos, have everything within us. If we perceive that which is within us we are able to bring it into manifestation. Through perception we actually "mother" or "father" a thing into growth. The whole science of life is based on these two - through conception and perception are all things brought into being in the world of effects. Conception is responsible for putting Cause into motion and bringing forth action. Conception may take place without any awareness on the part of the intellect but the action which takes place due to conception bring forth a quickening that produces what we know as sensation. Perception is the act of becoming aware of sensation and knowing its source.
053 毎秒、人間の心に衝突して来る何万もの想念があります。あるものは個人的なもの、またあるものは非個人的なものであり、多くは平均的な感覚心の受想を超えています。人間に入り込む各想念は、それ自身を人間の肉体の個々の細胞に印象を刻印することは真実ですが、死すべき感覚心は概して、それに気付くことはありません。因に属する受想は人を因の状態にまで押し上げることはしません。死すべき人間において成長をもたらすのは知覚なのです。平均的な人間では、想念はおよそ毎秒1100個が通過しています。高度に進化した人物においては想念は毎秒50万個も流れます。死すべき人間は体験を通じて成長するもので、意識的に知覚したもののみが体験と呼ぶことが出来るのです。気付きは人間における想念の拡大につながるカギであり、唯一の道です。また、気付きは知性が表現されるよう行動と結び付けられなければなりません。宇宙の因は死すべき人間の心が意識しているいないに係らず、物質に宿っていますが、その活動を知覚することによって死すべき人間は成長の分野で発展するのです。全体から自分自身を分離した死すべき感覚心は結果における因を知覚することによって、再び一体性の中に進化を遂げなければなりません。宇宙の中に全てが存在し、私達もその宇宙に属する以上、私達の中に全てを有しています。もし、私達が自分自身の中にあるものを知覚すれば、私達はそれを創造の現れとしてもたらすことが出来ます。知覚を通じて私達は実際には物事を成長させる「父母」の役割を果たすのです。生命の科学全体はこれらの二つ、受想と知覚に基礎を置いており、それらを通じて、全ての物事が結果の世界にもたらされるのです。受想は因を動かし、行動を推し進める役割を果たしています。受想は知性の側には何らの気付きもないまま生じるかも知れませんが、受想に起因する行動は私達が湧き起こる感情として知っている状態を作り出す衝動をもたらします。知覚はその感情に気付き、源泉を知る行為なのです。


【解説】
 本項では「気付き」や「悟り」と呼ばれて来たものが、具体的にはどのようなものであったかを明快に示しています。
 それらは毎秒1000個もの想念波動が降り注ぐ中にあって、それらに容易に気付ける体質になること、またそれらの精妙な波動の持つ趣旨を理解し、応用する能力を高めることにあることが分かります。
 既に私達はこのようにふんだんなアイデアが絶えず注がれている訳ですが、私達自身そのほとんどに気付かずに過ごしてしまうということです。また仮に受想が出来たとしても、次の段階、肉体の感覚による十分な知覚が出来なければ、具体的な理解は難しいと言うことが出来ます。単に受想を待つのではなく、私達自身が少しでも印象を感知したら、しっかりその印象を知ろうとしその印象に従った行動をとることによって、自らの経験となり記憶に残すことが出来るという訳です。
 知覚はこれら印象の発信者の意図に耳を傾け、学びたいという姿勢を意味していると著者は説いています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落052

4. PERCEPTION AND CONCEPTION
052 "What man can conceive he can also achieve," has been said, but between conception and achievement there lies a middle step which is perception. We are familiar with the use of the word perception as used in relation to a faculty of receiving knowledge of external things by the medium of the senses. This same faculty may also be used to alert the senses to a Cause Intelligence which is beyond its effective scope of perception. Conception is constantly taking place within man; the conscious intelligence of the cosmos is eternally incarnating in matter, but unless there is awareness on the part of the mortal sense mind these thoughts are liable to pass on without ever being recognized in the world of form. We know that thought is the basis of human action and there are millions of thoughts that pass over the highway of mind every day, but man perceives approximately one thought out of every hundred which is conceived within his mind.
第4章 知覚と受想
052 「人が思いつくことはまた、実現することが出来る」と言われて来ました。しかし、思いつくこと(受想)と実現の間には、知覚という中間の段階があるのです。私達は知覚という言葉を、感覚という媒体を通じて外の物事の知識を得る能力に関連させてよく用いて来ています。これと同じ機能は知覚の効果的な範囲を超えた宇宙的知性に感覚を鋭敏にさせるためにも用いることが出来ます。受想は人間の中で常に起こっており、宇宙における意識の知性は永遠に物質の中に体現していますが、肉体の感覚心の側に気付きが無ければ、これらの想念は形あるものの世界の中で認識されることのないまま、通り過ぎてしまい易いのです。想念は人間の行動の基本であり、また毎日、心の大道を何百万もの想念が通過していますが、人は自分の心に受想されるおおよそ100に1つの想念を知覚するだけであることを、私達は知っています。



【解説】
 本項から第4章に入ります。本章ではより精密に想念・印象がどのようにして各創造物を通じて実現までつながって行くのかを学ぶことになります。
 その最初の課題として、想念が知覚されるまでどのような経路を辿るかが本項で説かれています。即ち、私達がインスピレーションを得て何かこれまでにないことを成し遂げたという場合にも、その発端は私達がそれらの想念・印象に気付くこと、受想することから始まるという訳です。このConception(ここでは「受想」と訳出しています)は、実はあいまいながらも何らかの想念波動との接触を感じた程度の段階の知覚ということになります。これは漠とした状態であり、その存在を知っただけだと著者は説いているのです。  その想念・印象をより具体的なものとする為には、既存の感覚器官の側でも認識しなければなりません。色調や形状、音や味覚等々、普段の私達が接している感覚が認識しなければならない訳です。つまり応用する為には、単にぼおとして印象をとらえているのではなく、自らの感覚をそれらの合一させて理解することが必要だと言うことでしょう。
 これらの作業ははじめの内は容易ではないかも知れませんが、文末に記されているように、既に自分達には現状でも100倍以上の想念を受想している訳で、少しでも自らの心をその方向に向ければ、アイデアは泉のように湧いていることに気付く筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落060

060 Learn to believe in your power of perception; give recognition to those things of which you became aware and you will find yourself enjoying a feeling of happiness and well being. Your vision will gradually expand to where you can feel the pulsation of life in all forms. And you will understand the Universal Language of Life, and the limitations that have bound you to the personal ego will vanish into the illimitable vastness of Cosmic intelligence.
060 あなた自身の知覚力を信じることを学びなさい。あなたが気付くようになった物事に認識を与えることです。そうすればあなた自身、幸せと良好な状態を楽しんでいることに気付くことでしょう。あなたの視界は徐々に拡がり、あなたがあらゆる形あるものの中の生命の脈動を感じ取れるようになることでしょう。そしてあなたは生命の宇宙普遍の言語を理解し、あなたを個人の自我に縛り付けて来た諸々の限界は宇宙的知性の限りない広大さの中に消え去ることでしょう。


【解説】
 大事なことは、私達各自が因の領域の知覚力であるConception(感知)と結果の領域の知覚力であるPerception(感覚心の知覚)の両者を持っているということでしょう。更にはこの感覚心による知覚力も現状では因の領域への拡がりはほとんどありませんが、訓練によって拡げられるという訳です。
 いわゆる物質が創造される原動力を司る領域との交流ですから、その恩恵は計り知れません。私達各自の知覚力を発展させる意義はそこにもあるのです。
 更に整理しておきたい事は、Conception(因の領域の感知)からもたらされる情報は基本的に有用なものであり、私達は積極的に取り入れる必要があるということです。もちろん人間が各自発する低レベルの想念もある訳ですが、私達の志向する波長に合ったものが入ってくる訳で、望ましいものを明確にしておけば、恐れる必要はありません。
 私達が開発しようとしている知覚領域が、それほどまでに素晴らしい世界なのだということを明らかにした上で、知覚力を高めることが重量です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落059

059 One of our noted scientists once said, "I find ofttimes that in the moments when I have ceased pondering over a problem the greatest revelations come to me." Such revelation is true perception, for it is the time when the mortal sense mind and the cause intelligence unite. Such awareness is called intuition, and the man who acts intuitively is always right. The mortal mind is usually unable to perceive the thoughts which are conceived from the cosmic source for it is in a constant state of friction and wonderment, lost in the perception of the innumerable forms of the effective world and so unaware of the new ideas that are waiting for birth. It is necessary to perceive the possibilities within anything before those potentials are able to become a reality in one's life. True perception goes beyond the apparent into the cause of the appearance, it goes into the invisible and brings newly conceived ideas into manifestation. Many people consciously perceive wonderful things but have not enough faith to bring them forth.
059 著名な科学者の一人はかつてこう言いました。「私はしばしば、問題について考え込むことを止めた瞬間に最大の新発見がやって来ることに気付いています」と。このような啓示は真の知覚です。何故ならそれは死すべき感覚心と因なる知性とが結びつく時であるからです。このような気付きは直感と呼ばれ、直感的に行動する者は常に間違いはありません。死すべき心は大抵は宇宙的源泉から感知される想念を知覚することは出来ません。何故ならそれは常に摩擦と好奇心の状態にあり、結果の世界における無数の形あるものを知覚する内に迷ってしまい、誕生を待っている新しいアイデアには気が付かないからです。このようなこと(訳注:感覚心と因なる知性が結びつくこと)が各自の生活において現実のものとなることが可能となるためには、それ以前にその可能性を知覚する必要があります。真の知覚とは外観を超える因にまで及ぶものであり、新たに感知したアイデアを創造物としてもたらすのです。しかし、多くの人々は意識上は素晴らしい物事を感知はしますが、それらを現実にもたらすほどの十分な信頼を持っていないのです。


【解説】
 「直感に従えば間違いはない」、というのが多くの方のこれまでの経験則ではないかと思います。もちろん全ての事例に当てはまるものではなく、特に物事が順調に推移している時、不思議と「勘が働いて」、未然に危険を避けたり、タイムリーな行動がどれたという思いが皆様もお持ちかと思います。
 そのような良好な状態とは、実は本項にあるように心が因の領域の情報までも知覚出来ていることを意味していると考えるべきなのです。私達の先輩宇宙人達は皆、このようないわばテレパシックな能力に秀でている為、物事を起こす際の効率が良く、適切な時に適切な行動をとることが可能なのだと思われます。
 実はこのように因の領域からは常に支援の手が差し伸ばされており、私達は正直、素直にその声に耳を傾け、気付くことではるかに苦労の無い生き方が出来るものと思われます。しかし、これは単に楽な道を行くという意味ではありません。創造主の導きを信じ、自らを通じてその発現を望む、高潔なる意志の下で初めて実現するからです。文中のFaithについて、本項では「信頼」と訳出していますが、他の日本語としては、「信仰」や「信念」と訳されることが多いことを付け加えておきます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落058

058 There is really very little difference between conception and perception; the former is the cause soul awareness and the latter is mortal sense awareness, and the two should be always united.
058 実際には感知と知覚の間には、本当にほんのわずかの違いしかありません。前者は因の魂による気付きであり、後者は死すべき肉体の感覚の気付きで、両者は常に一体であらねばならないのです。


【解説】
 第4章の要旨として、Conception(感知)とPerception(知覚)について、Conceptionを因に属する魂の気付き、Perceptionを肉体の感覚心による気付きと明確に解説しています。つまりは私達の因なる部分と肉体の感覚器官の部分の二つの統合が大事であると述べられています。
 両者は機能的には大差は無いとしておりますが、その感知能力には現実大きな差があるものと思われます。よく、因を知ることが大事だとされていますが、それはこの因に由来する感知結果に通常の感覚心を鋭敏にさせよということかと思います。「生命の科学」において、「原因を知ること」の大切さが繰り返し述べられています。どのようにしたら良いかについては、各自の努力と工夫によるところが多く一概には言えませんが、少なくても、私達感覚心が因に関心を持つことが最も重要だと考えます。
 毎日の生活の中でも外見からは分からない隠れた要因や仕組み、それらが支える機能について気付くことが重要です。何気ない事象の中に、大いなる因の活動があることに気付きたいものです。こうした歩みの中で、感覚心による知覚範囲が因の領域にまで拡がり、両者が一体になることが出来るものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落057

057 When an unselfish idea is conceived it is to be perceived and brought forth into manifestation just as a soul conceived in the womb of a mother is to be given birth in physical form. Whatever one becomes aware of that is not contrary to natural law must exist, for how can it be possible to perceive that which is not existent?
057 一つの非利己的なアイデアが感知される時、それは丁度、一つの魂が母親の子宮で受胎し肉体の形をもって誕生するのと全く同じに、それは知覚され具体的な創造物としてこの世にもたらされます。自然法則に反しない限り、どのような事柄も人がそれに気付くものは存在する筈です。何故なら存在しないものをどうして知覚することが出来るのでしょうか。


【解説】
 いわゆる「思いは実現する」の作用原理が述べられています。人体が受精の瞬間から誕生に至るまで母体の中で着実にその肉体が形成されて行くように、正しい想念を知覚した場合には、それが青写真になって次々に実現に向けた作用が宇宙空間の中で発生するとしています。即ち、私達が本来望ましいとする非個人的なアイデアをこの肉体の感覚心として正しく知覚し、自覚さえすれば、早晩それらのアイデアは実現する方向で、様々な環境が自然と作用することを示唆しています。
 多くの聖人達が奇跡を起こして人々を救ったり、病を治したりしたのは、この作用を積極的に応用した為と思われます。また、願い事は執着せず、直ちに解き放てとも言われますが、抱いた想念にいつまでも固執することなく、解放することによって、後はその作用の結果を待つという「他力本願」的な姿とも言えるように思います。
 要は私達各自は創造主の息子として、物事を創り出す能力を秘めているということでしょう。大切なのは私達が感知し、知覚した事柄はその瞬間から、全て実現に向けて動き出すということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落056

056 Lack of perception is the greatest of the sins of omission; why should a man remain in ignorance when all things lie before him and the very fullness of life prevails within his being awaiting the command to come forth.
056 知覚の欠如は怠慢の罪の内、最大のものです。何故、人間は全てのものが自分の面前に有り、自身の中には命令が来るのを今か今かと待っている生命で満ち溢れているのに、無知のまま留まっているというのでしょうか。


【解説】
 よくよく考えれば、私達の周囲にある手付かずの自然の他にも、道端に咲く名も無い草花その他、自然界にあるものは、どれ一つとっても美しさに驚かないものはありません。先日も北海道知床(羅臼)の流氷群や鳥達を見てきましたが、そこに行けば誰もが写真家になることが出来るほど、自然本来の美しさには驚かされました。
 また、一方では人体には様々な機能があり、この惑星の人口に匹敵する60兆もの細胞が各々役割を担って活動しており、人体という一つの目的を果たしています。
 私達は、自身の外側には豊かで美しい世界が広がり、内には私達の命令一下、忠実に働く細胞群が与えられています。このような恵まれた環境にあって、その状況に気付かず、勝手な不平や不満を漏らしている私達はこれらを与えてくれた贈り主に対して、大変失礼なことを続けていると言えるでしょう。
 先日もある会合で申し上げたのですが、私達にとって各創造物がどのような意図、目的で創られたのかを知ろうとすることが最も需要だということに気付く必要があると思っています。このことはひいては私達各人が生まれた目的、今人生の期待された目的について学び知ろうとすることにもつながっています。贈り物を受け取った者はその贈り主の気持を感じ取ることが最低限のマナーであることは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落055

055 Perception includes not only recognition but also comprehension. We cannot fail to recognize the fact that we are sons of the Cosmic Father Principle and heirs to all there is, but how many are there in this world who have actually perceived what that sonship means? Lack of perception leads always to a lack of confidence which prevents man going forward into greater accomplishment. The man who fails to understand his relationship with the whole is but a wanderer having no purpose in life.
055 知覚には認識のみでなく、理解も含まれています。私達は自分達が因なる父の息子達であり、存在する全ての相続人であることを忘れてはいけませんが、この世の中にはどれだけの人がこの息子の地位が何を意味するかを知覚しているのでしょうか。知覚の不足は確信の不足に繋がるものであり、それは人がより大いなる達成に前進することを妨げるものです。全体との自身の関連性を理解出来ない人間は人生に何の目的を持たない放浪者でしかありません。


【解説】
 重要なのは宇宙全体における私達各人の役割についての理解です。前項にもありましたように感知(Conception)状態では現実の結果の世界にはあまり効力が無い一方、それらを各自の感覚心が把握すること(Perception)によって初めて理解が拡がるという訳です。
 また、その理解の中で私達一人一人が父なる神の子であることが理解されれば、私達の進歩は急速に進展すると明言されています。様々な物事が良い方向に変化し、生き生きとした生活を送れるようになることは、「類は類を呼ぶ」ことからも頷けます。その姿は自然界における動植物達とも似ていることでしょう。また、私達全てが創造主の息子、万物の跡継ぎとして、本来、大切に取り扱われていることにも気付く筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落054

054 In our christian bible we find references to "Life Eternal" and the way we must conduct our lives in order to know, "the only true God," but the application as to just how this is done is not explained. To know God the Father is to perceive Cosmic Cause. Conception has no limitations for it is cosmic, and that which is conceived can also be perceived by the mortal mind so perception knows no beginning or ending; its vastness is all-inclusive.
054 キリスト教の聖書に私達は「永遠の生命」や「唯一真実の神」を知る為に私達が人生を導かなければならない道に関する言及を見出しますが、ただ、これがどのようにしたら為されるのかについては説明されてはいません。父なる神を知ることは宇宙的因を知覚することです。感知は宇宙的属性であるが故に限界はありませんし、また感知されたものはまた、死すべき心によって知覚され得るため、知覚にははじまりも終わりもない訳で、その広大さは全てを包含するものです。


【解説】
 「汝の神を知れ」とは宇宙から毎秒何万と来る印象波動を各自で知覚せよということであった訳です。
 この「知る」という言葉の奥には、印象活動が各細胞に到達して起こすConception(感知)が引き起こす細胞から発せられるSensation(衝動)に感覚心が気付くこと、即ち感覚心が遠く宇宙からやって来る想念を知覚することを意味していたのです。
 しかし、その知覚すべき対象は実は無限にあり、空間に満ち溢れているというべきかも知れません。目の前におびただしいほどの創造主のメッセージが流れている訳ですから、それに気付くようになれば、幸せそのものになることは間違えありません。
 壮大なる宇宙の中で、自ら宇宙と分離し、引きこもっている私達人間は、奇妙な生き方を選択していることが分かります。折角の人生です、一日も早くこの素晴らしい現実に気付きたいものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落053

053 There are myriads of thoughts bombarding man's mind every second; some are personal, some are impersonal, many are beyond the conception of the average sense mind. It is true that each thought that enters man's being impresses itself upon the individual cells of his body but the mortal sense mind as a whole does not become aware of it. Conception while being of Cause does not raise man to the Cause state; it is perception which produces growth in the mortal man. In the average man the thoughts are passing at the approximate rate of 1100 per second. In a highly developed person the thoughts run about one-half million per second. The mortal grows through experience and only that which is perceived consciously can be termed as experience. Awareness is the key to wisdom and the only channel to human thought expansion. Awareness must be combined with action so that intelligence may be expressed. Cosmic Cause incarnates in matter whether the mortal mind of man is conscious of it or not, but through perception of that action the mortal expands in the field of growth. The mortal sense mind, having divided itself from the Whole, must evolve again into the Oneness by perceiving the Cause in effects. In the cosmos everything exists and we, being of the cosmos, have everything within us. If we perceive that which is within us we are able to bring it into manifestation. Through perception we actually "mother" or "father" a thing into growth. The whole science of life is based on these two - through conception and perception are all things brought into being in the world of effects. Conception is responsible for putting Cause into motion and bringing forth action. Conception may take place without any awareness on the part of the intellect but the action which takes place due to conception bring forth a quickening that produces what we know as sensation. Perception is the act of becoming aware of sensation and knowing its source.
053 毎秒、人間の心に衝突して来る何万もの想念があります。あるものは個人的なもの、またあるものは非個人的なものであり、多くは平均的な感覚心の感知を超えています。人間に入り込む各想念は、それ自身を人間の肉体の個々の細胞に印象を刻印することは真実ですが、死すべき感覚心は概して、それに気付くことはありません。因に属する感知は人を因の状態にまで押し上げることはしません。死すべき人間において成長をもたらすのは知覚なのです。平均的な人間では、想念はおよそ毎秒1100個が通過しています。高度に進化した人物においては想念は毎秒50万個も流れます。死すべき人間は体験を通じて成長するもので、意識的に知覚したもののみが体験と呼ぶことが出来るのです。気付きは人間における想念の拡大につながるカギであり、唯一の道です。また、気付きは知性が表現されるよう行動と結び付けられなければなりません。宇宙の因は死すべき人間の心が意識しているいないに係らず、物質に宿っていますが、その活動を知覚することによって死すべき人間は成長の分野で発展するのです。全体から自分自身を分離した死すべき感覚心は結果における因を知覚することによって、再び一体性の中に進化を遂げなければなりません。宇宙の中に全てが存在し、私達もその宇宙に属する以上、私達の中に全てを有しています。もし、私達が自分自身の中にあるものを知覚すれば、私達はそれを創造の現れとしてもたらすことが出来ます。知覚を通じて私達は実際には物事を成長させる「父母」の役割を果たすのです。生命の科学全体はこれらの二つ、感知と知覚に基礎を置いており、それらを通じて、全ての物事が結果の世界にもたらされるのです。感知は因を動かし、行動を推し進める役割を果たしています。感知は知性の側には何らの気付きもないまま生じるかも知れませんが、感知に起因する行動は私達が湧き起こる感情として知っている状態を作り出す衝動をもたらします。知覚はその感情に気付き、源泉を知る行為なのです。


【解説】
 本項は通常、私達が「思いは実現する」と単純に考えていることの本質的な解説が為されています。
 私達にやって来る宇宙を源泉とする想念が感知される、いわば第一段階の感知(Conception)があり、その感知機能が鋭敏になると、各細胞が感知した想念情報が具体的な感情衝動(Sensation)として発現し、それが感覚心に属する知覚機能に働きかけることによって私達がその想念情報に気付くという構図が解説されています。
 また、重要なのは、私達が知覚する段階が、即、関連する物事を実現する機能を持っているとしていることです。言い換えれば、私達自身が物事の創造の仕組みの中の一つの機能を果たしていると言うことが出来る点です。私達が日常、どのようなことを思い、どのような想念を取り入れるかには十分な注意が必要です。日常、無視され本来の役割を果たすことなく、通り過ぎて行く膨大な数の宇宙の因からの無言のメッセージに気付こうとしないことは、本当にもったいないことです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落052

4. PERCEPTION AND CONCEPTION
052 "What man can conceive he can also achieve," has been said, but between conception and achievement there lies a middle step which is perception. We are familiar with the use of the word perception as used in relation to a faculty of receiving knowledge of external things by the medium of the senses. This same faculty may also be used to alert the senses to a Cause Intelligence which is beyond its effective scope of perception. Conception is constantly taking place within man; the conscious intelligence of the cosmos is eternally incarnating in matter, but unless there is awareness on the part of the mortal sense mind these thoughts are liable to pass on without ever being recognized in the world of form. We know that thought is the basis of human action and there are millions of thoughts that pass over the highway of mind every day, but man perceives approximately one thought out of every hundred which is conceived within his mind.
第4章 知覚と感知
052 「人が感知することはまた、実現することが出来る」と言われて来ました。しかし、感知することと実現の間には、知覚という中間の段階があるのです。私達は知覚という言葉を、感覚という媒体を通じて外の物事の知識を得る能力に関連させてよく用いて来ています。これと同じ機能は知覚の効果的な範囲を超えた宇宙的知性に感覚を鋭敏にさせるためにも用いることが出来ます。感知することは人間の中で常に起こっており、宇宙における意識の知性は永遠に物質の中に体現していますが、肉体の感覚心の側に気付きが無ければ、これらの想念は形あるものの世界の中で認識されることのないまま、通り過ぎてしまい易いのです。想念は人間の行動の基本であり、また毎日、心の大道を何百万もの想念が通過していますが、人は自分の心に感知されるおおよそ100に1つの想念を知覚するだけであることを、私達は知っています。


【解説】
 本章では心に浮かぶ抽象的な性質のアイデア(Conception)と具体的な映像や音声によるアイデア(Perception)の関係について説明しています。
 私達の身体を含めて宇宙空間には膨大な数の印象波動が飛び交っています。そのことは前項(048)の中でも宇宙の基本的生命力とも言える力が縦横無尽に飛び交い物質を奮い立たせていると記述されている通りです。しかし、これらの印象を私達が正しく捉える為には、先ずはその持つ内容を理解しなければなりません。その理解に感覚を通じた理解が必要だという訳です。
 漠然としたアイデアをより具体的なものとして把握する為に、私達には既存の感覚による理解が必要です。その結果、漠然としたアイデアは具体的なイメージとして把握されることになります。
 印象に対して感覚を研ぎ澄ますことは、古今の芸術家の才能でもありますが、私達各自の能力を高める上からも重要だということです。
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