「宇宙哲学」 第3章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落051


051 There is no greater law than that of conscious action, for upon it rests continuous Creation. Energy acting upon itself gives birth to time and space, the relative elements of the Cosmos that cause conception of the state called form. Each thing depends in part upon another and may be traced back to a common source.
051 意識の活動ほど偉大な法則はありません。何故なら止むことの無い創造はそれに支えられているからです。意識の活動において作用するエネルギーは、宇宙の相関的要素である時間と空間を生み出しますが、(その時間と空間は)形あるものと呼ばれる状態の概念をもたらします。各々の物事は、部分的に互いに依存しており、また一つの共通の源泉に遡ることができることでしょう。



【解説】
 本当はこれまで私達が考えても見なかった程、”意識”と著者が表現するものは大きな力を有していると本項で明かされています。
 即ち、時空を誕生させるのも、その結果として創造される形あるものを生み出すのも、元とはと言えばこの意識のエネルギーデアある訳です。
 宇宙空間の中で次々に変遷して行くこれら創造物は互いに混じり合いながら、経験を深め、宇宙一体化の道程を進むという意図された進化、表現の過程にあるということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落050

050 Within the Cosmos there is no destruction but only newness by a ceaseless action; all substance changing and transmuting but never for an instant's time withholding. In an endless array of patterns and designs from formless into formed in unfolding the wondrous picture of eternity.
050 宇宙の中では破壊というものはなく、絶え間ない行動による新しさだけが存在します。全ての物質は変化し、変質しますが、一瞬として保留状態にあることはありません。永遠の目くるめく絵画を紐解く中で、終わりのないパターンと形なきものへの入念な計画があるのみです。




【解説】
 宇宙の全ての活動は常に新しい創造物の創出過程にあると説いています。私達が恐れ、悲しむ「死」は、私達自身の思い違いということなのです。
 生きものにおける生死は生誕から食物連鎖の活動として、あるいはライフサイクルの満了までの時間軸の中で行われる生命活動に過ぎませんし、私達が現在立つ場所はそれら活動の輝きの一点であるということでしょう。
 因である言葉を体現する私達の肉体は所期の目的が達せられ、使命を全うすれば再び元の材料元素に戻るべきなのです。いたずらに老い永らえるよりは、次なる生命発現の場に立ち会った方が良い体験を積めるというものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落049

049 So it is with the Song of Creation - each atom of substance is used eternally, now making up a rose bush or a tree; now mingling within man, now in the beast; descending into form and then once more ascending to invisibiltiy; expressing through fire, water, earth and air, and ether finer than man can know; from the coarse pulsation that produces stone to a motion higher than the speed of light; from radiation down into vibration and back again the Primal Essence moves. From the formless into densest matter and back again into the higher state, each atom relative unto all others, cooperating and exchanging places.
049 ですから、物質の原子は創造の歌と一緒に用いられており、今はバラの茂みか木を作る為、また今は人体の中で混合され、あるいは今は獣の中に混じっています。形あるものに降下し、次には再び目に見えない存在に昇華します。炎を通じて、あるいは水、大地や空気そして人が知っている以上の精緻なエーテルを通じて表現されています。また、石を作り出している粗い振動から光の速さより高い運動に至るまであります。放射線から低下して振動に至るまで、そして再び原初の真髄は動きます。形なきものから最も密度の高いものまで、また逆に、より高次な状況にまで、各原子は他の全てとの関連において協力し合い、互いに場所を交換しています。




【解説】
 宇宙空間内のあらゆるもの、あらゆる原子・分子は変わることなく様々な創造の場面で、その成立に貢献し、経験を積んで行くという訳です。宇宙の中には失われるものは何もなく全ては創造の過程にあるということです。
 私達はこのことについては既に学んでおり、自然界においては様々な元素が循環し、物質の変遷の中で、様々に形を変えて動いていることを知っています。
 まさに、宇宙開闢以来の長年月の間には、万物が交ざり合い、融合する中で各々の創造物の構成は他のもの達とほとんど変わらない構成比率にまでなっているのかも知れません。唯一、外形だけがその違いを表しているのです。
 こうした中、私達は各自を構成する原子・分子の声や経験を知ることによって、本格的な進歩を手にすることが出来る筈です。それら膨大な経験こそ、私達が目指すべきものと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落048

048 Substance is in the process of evolvement; consciousness, in the process of expression. Up and down the vast scale the force moves rapidly into expression, touching one particle of matter, then another - blending the two or more into a chord of harmony, just as the fingers of a man pluck music from the mute strings of his harp. To produce a perfect melody the strings must be set in motion many, many times, making new tonal combinations - now soft and low, now rising to crescendo; one time in rapturous swinging rhythm, then changing to a lingering minor key - all strings awaiting the touch that stirs them to life within the melody. Each string is vital to the total Song.
048 物質は進化の過程に、意識は表現の過程にあります。広大な規模に上下しながら、力は表現に向けて素早く動き、物質の粒子一つ一つに次々に触れながら、二つあるいはそれ以上の粒子を一つのハーモニーの和音に融合します。丁度、人の指がハープの沈黙した弦から音楽を弾き出すようにです。完全なメロディーを作りだす為には、弦は何度も何度も揺り動かされなければなりません。その結果、新しい音色の組み合わせを作り出します。柔らかで低いトーンから、今度は最高潮に上昇します。ある時は熱狂的な律動的なリズムで、次はなごりを惜しむ短調の調子に変化します。全ての弦はそれぞれをメロディーの中で命を掻き立てる演奏者のタッチを待っているのです。弦の一つ一つがその歌全体にとって無くてはならないものです。




【解説】
 私達各自の役目が本項ではハープの弦と表現されています。つまり音楽の一つの曲を構成する上で、ハープの弦の1本も無くては完全なる音曲を造り出すことは出来ないこと、また奏者の指先に従って、弦自体がその弦固有の音を表現出来なければならないのです。
 意識とはこうした内から沸き起こる表現の原動力のことであり、物質はこれら創造の衝動を表現する役目を担っているのです。
 また、このことは私達人間が互いに異なる才能(音)を有しており、それらのいずれも同等な価値と役割があることに気付きます。そして重要なのは、曲が演奏されている時には、奏者(創造主)とハープの弦が発する音曲は一体化しており、両者の区別はないということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落047

047 We know that in the pool of clearest water the first wave that was started, in its passing, gave to the next its force and animation. And that, in turn. imparted added motion unto the following molecules of water. Without the unity of the whole mass no particle could know the primal action. The cosmos is like unto the pool from out whose center flows the rhythmic motion - it is the clear calm sea of undivided consciousness upon whose surface there arises innumerable wavelets of vibration. Each form, in turn, contains the same - beginning with one basic impulse evolving to countless particles of motion, each one attuned unto the primal urge. Again, each tiny central point of action is offspring of the Great Heart of motion. To the understanding of the mortal man these countless points of action are perceived as separate entities within the varied kingdoms. Upon the earth man gives the name of mineral unto the denser substance that he sees; a little higher is the vegetable, and then there comes the animal and fowl, which leads up to the consciousness of man who separates the Allness into parts and draws a line where no such line could be, for through the whole vastness of the Cosmos the Primal Impulse incarnates itself and as the ripple in the pool gave up itself to create something greater, so does each manifested form of each kingdom release itself into evolvement. The innumerable minerals give up their impulse to plant life, the plant, in turn, releases energy unto the higher consciousness of flesh. There is nothing that can live alone, nor any spark of energy destroyed. All impulse lives and acts eternally, passing from form to form and in its passing charges all substance with emotion and creates ripples on the Sea of Being.
047 私達は透き通った水からなる池の中で、始まった最初の波は進む中で隣にその力と行動を与えていることを知っています。また、そのことはそれに続く水の分子に運動を伝達することでもあります。全ての物質の一体性が無ければ、如何なる粒子もその原始の行動を知ることは出来ませんでした。宇宙とはその中心からリズミカルな運動が流れ出る池のようなものです。それは表面に無数の振動するさざ波が起こる、分裂の無い意識からなる清澄な静かな海です。各々の形あるものは、今度は同じものを含んでおり、無数の粒子の運動を展開する一つの基本的な衝動から始まり、各々はその始原なる衝動に調和しています。更に各々の小さな行動の中心は運動の偉大な中心でもあります。死すべき人間の理解にとって、これらの無数の行動の中心は様々な王国の中の分離した実体のように受け取られます。地球に対して人は自分が見るより密度が高い物質を鉱物という名前で名付けますし、より高次なものを野菜、そして次に動物や家禽類等が入ります。これらは人間の意識にまで至りますが、それは全てを部分に分け、本来、そのような区別のあり得ない所に線を引いています。何故なら宇宙全体の広大さの中に始原なる衝動が化身し、池のさざ波のように自身をより大きな何かを創り上げる為に捧げているからで、各々の創造された形あるものは進化の為に自身を解放しているのです。無数の鉱物が植物の命の為に自分達の衝動を捧げ、植物はより高次な肉体の意識にエネルギーを放出しています。独りだけで生きて行けるものは何一つありません。また、破壊される如何なるエネルギーの火花もありません。全ての衝動は形あるものから形あるものに移行しながら生き続け、永遠に行動し、移行する過程で全ての物質に感情をみなぎらせ、実在の海にさざ波を創り出すのです。




【解説】
 本項は宇宙における創造作用がどのようにして機能しているかを私達に説いています。
 静置した水面上を波が周囲に伝わるように、私達創造物は主なる創造主の意向を体現し、次なる者に伝えなければなりません。この伝播の過程で、植物は動物を養い、またその動物も他の者を養う等、様々な形で互いに繋がっているということでしょう。
 本来は鉱物や植物、動物もその存在の意義に差異はありません。宇宙における全ての構成員は、この同じ宇宙創造の波動の体現者、伝達者であるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落046

RELATIVITY
046 Matter manifests as an effect of the Cause impulse that rises from the Word. As a pebble dropped in the center of a still pool will send an impulse through the whole clear mass and stir its farthest boundaries into motion, so was the Primal Substance caused to vibrate by the Cosmic Impulse. And as the nearest wavelets are finer than those at the ultimate extreme so is the substance close to the heart of Creation finer than that upon the outer edge. Each impulse of the Word that has manifested in the realms of matter has evolved into its formed state of being through a primal motion or centralized impulse, out of which grew a heavier motion, swelling to greater perceptibility. The primal frequency goes into expansion without the smallest loss of energy.
相関性
046 物質は大いなる言葉から起こった因なる衝動の一つの結果として現れます。静止した池の中央に落とされた小石はその透明な物体の塊全体に一つの衝動を伝え、その最も遠い境界に運動を促すように、宇宙的衝動によって原始の物質は振動させられたのです。また中心に近いさざ波は最極地のものより精緻であるように、創造の中心に近い物質は外側の縁のものより精緻です。物質界で創造作用をもたらした大いなる言葉の各々の衝動は集中化した衝動の主要な行動を通じて形ある存在状態に進化し、そこからより重い行動、より大きな知覚作用に拡大しました。その主要な振動数は少しのエネルギーの損失もなく、拡張しています。




【解説】
 止水明鏡という表現がありますが、万物創造の状況はこのような静まり返った世界であったということでしょう。そこに創造主の言葉が響き、中央にその響きによって波の源泉が形成され、以降、万物の隅々にその作用が伝搬されて行ったという訳です。
 そして遂には物質界に形あるものとして万物が創造されたという訳です。即ち、万物はこのオリジナルな波動の一つの表現形態になっているのです。そしてその源泉の創造主の言葉から形あるものの形成までには、私達が知らない様々な段階があるということでしょう。全ては最初の言葉を表現したものであるのです。
 一方、池に落とした小石が作る波紋のように、作用(エネルギー)が伝搬する様子は自然のものですが、地球人が人を殺傷する為に用いる爆弾、とりわけ原子爆弾の破裂力はこれら創造と真逆の破壊行為の象徴であることが分かります。創造に敵対する勢力を象徴する以外、何の役割もない、愚かな行為であるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落045

045 Out of the Primal Essence has come forth, charged with the Power of the Word, the manifested utterance of Cause. The planets, worlds, the moon, the stars and suns, the leafing trees, the song bird and the rain, the beasts, the crawling reptiles and the dew, each in its own tongue expresses the Word. But man has given unto each a Name and it is there that his attention lies. Manifestation has become his God and he has placed the Name above the Word, which nameless is and silent and unseen yet causes all the named things to be.
045 原初の本質から大いなる言葉のパワーを授けられて、因の現れとなる声が生み出されました。惑星、天体、月、星々そして諸太陽、葉を繁らす木々、さえずる鳥や雨、獣達、地を這う爬虫類、草露、それらの各々は各自の表現方法でその大いなる言葉を表現しています。しかし、人は各々の名前を付け、それに自分の関心を置いています。創造物が彼の神になってしまい、人は名前が無く、無音で、見えず、しかも名付けられた全てのものをもたらした大いなる言葉よりも、名前を大切に考えてしまいました。




【解説】
 森羅万象、創造物は皆、それぞれの表現方法で自らを通じて表現された創造の息吹を精一杯、体現しているのです。
 それに引き換え、万物に名前を付けることを許された人間は、その名前に囚われて、それら生きもの達の表現を見て学ぶことを止めているのです。元来は地上に名前など無く、全てが区別なく一体化したものなのですが、私達人間の目には一つ一つが分かれた存在になっているという訳です。
 そういう意味では、私達は互いに名前や民族、国籍等の区別を取りやめ、より広い世界の中で万物と融合した生活を目指すべきものであるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落044

044 Little by little man's awareness of that which he encounters expands, and clearer grows his vision till at last his conscious awareness beholds the transcendent Cause behind the Name.
044 自ら出会う中で少しずつ人の気付きは拡がり、次第に自らの視野を済ませ、その意識の気付きを成長させて遂には名前の奥の超越的因を見守るまでになります。




【解説】
 私達が物体の背後にある超越的な因に対してどのように知覚するようになるか、本項では間欠に述べています。
 それは私達自身の訓練の結果として少しずつ拡がって行く私達の知覚力なのですが、それはある意味、感性の拡がりと言うことも出来ます。つまり、私達の側にその能力が高まれば、それ程に物体の背後にある因なる要素、例えば印象や想念波動等、物質に作用し、その形あるものを創り出した原因を知るようになるという訳です。
 そもそも私達が日常精進するのは、こうした想念・印象の感受性を高める為であり、万一、次第に感性が低下するような事態があれば、それは退化の道を転げ落ちている証拠と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落043

043 The Word has never given forth a Name and never shall, for in such act would lose its endless and eternal state of Being. But Man, to whom free-will and power was given, who slumbers deep and dreams his mortal dreams, has in his waking moments labelled action and given name to consciousness and form. His eyes at first were dim with mortal slumber; he saw but vaguely through the mist of sleep, and only felt the coarsest of frequencies that shaped the holy substance into form, but those he named so he might build a memory of parts to guide his future waking states, for only by such means can he evolve to recognition of Cosmic Allness.
043 大いなる言葉は決して名前を発したことはなく、今後もないでしょう。何故ならこのような行動を行なえば、その終わりのない永遠の存在状態を失うことになるからです。しかし、自由意志と力を与えられ、深くまどろみ、自らの死すべき夢を見ている人間は、目覚めている間、行動にラベルを付け、意識そして形あるものに名前を付けて来ました。その目は最初は死すべきまどろみで霞んでおり、人は眠りの霧の中でかすかに見るだけで、形あるものに聖なる物質を形づくった振動の最も粗いものを感じるだけでしたが、自分が名付けたものに対して、人は将来の目覚めに導く役割を持つ記憶の部品を作ります。何故なら、この手段によってのみ、人は宇宙の全体性を認識するよう進化出来るからです。




【解説】
 そもそも何故私達人間に諸々の創造物に対して名付けることが許されているかについて、本項は解説しています。
 元来、宇宙の創造において名前は必要ではありません。大自然の中に分類されておらず名前もない多くの動植物が存在します。わずかに探求者が森に入り、新種の動植物を発見できたとニュースになる程度が地球のレベルであるのです。
 名前(学名)が無くても、それらの種は何ら影響なく暮らしており、名前を必要とするのは、人間の側の論理に過ぎないのです。
 しかし、重要なのはこの名前を付けるという意義は、ひとえに人間にとってその理解を助ける為であると説かれています。分類学とは自然を私達が理解する為にあるという訳で、宇宙や自然を理解しようとする上から活用すべきものということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落042

THE NAME
042 The Word is changeless, whole and complete. The Name personifies the Word - divides Its vastness into many parts, gives place and form to each and every part and power of utterance in an auditory state. The whirling mass of substance called the Earth is to the mortal ears a mighty name, for on its surface humankind evolves and learns a tongue with which to speak the Name of That which in Itself is nameless, yet Earth shall change and pass away in Time, to reunite within the Cosmos. The Word has always been, will always be, the Name has a beginning and an ending.
名前
042 大いなる言葉は変化することなく、全てであり、完全です。名前はその大いなる言葉を個人化し、その広大さを多くの部分に分割し、各々の部分に場所と形を与え、耳で聞こえる発声の力を与えています。地球と呼ばれる高速で回転する物質の塊は人間の耳にとっては強大な名前です。何故なら、その表面で人類は進化し、それ自身名前が無かった大いなるものの名前を話す言語を学んでいるからです。しかも地球は変化を続け、時間経過の中では、宇宙の中で再統合するため、亡くなります。大いなる言葉は常にあり続け、将来もあり続けますが、名前には始まりと終わりがあるのです。



【解説】
 とかく言葉(The Word)と名前(The Name)について混同しがちな私達ですが、ここではその違いについてよくよく学ぶ必要があります。
 即ち、The Word(言葉)と著者が説いているのは、いわゆる言語としての言葉ではありません。より深淵で宇宙空間においてあらゆる創造の源としての創造主の想い、いわば”想念波動”とも言うべき力強い存在を意味しているのです。
 一方、それを音声に私達が表現する時、その示唆する具体的対象物に与えられるのがThe Name(名前)ということになります。この名前を活用することで私達は創造物の内容を詳しく学び、その構成要素の相互関係を知ることが出来る訳です。
 しかし、その源となる惑星もやがては崩壊の時を迎え、元来の宇宙のチリに戻ることになるのだと著者は説いています。壮大な宇宙のドラマの一幕の舞台に私達も立役者として立っている訳ですが、それもやがては散り散りになる再生の道を歩むことになるのだという訳です。
 それ故にこそ、私達が重視すべきは、この永続する言葉を理解することであり、各々の場所のみで通用する名前にこだわるべきではないということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落041

041 We must open our eyes of consciousness and view in all Its magnitude and beauty, the living, breathing image of the Word.
041 私達は自分達の意識の目を開いて、その全ての壮大さと美しさの中に生き生きと息づく大いなる言葉のイメージを見なければなりません。



【解説】
 私達は自らの環境や自身の肉体や魂について、よく知らないまま、或いはよく知ろうとしないまま、怠惰に過ごして来たと言うべきでしょう。本項では私達を取り巻く大いなる言葉の意義について学ぶとともに、それらを人間が言葉として表現し得ない始原のイメージの段階の力が空間を通過することで、諸々の変化や創造の動きをもたらすことを理解することが肝要です。
 言い換えれば、静止したものには力はなく、私達自身も含めて常に活動的であれということでしょう。そうした活動的な真の姿を私達は積極的に見るように努力すべきということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落040

040 We, as children of the Cosmos, are in the process of reflecting the understanding of our Source. All action is the echo of the Word as It passes through the vast arcades of space, and in Its passing creates time and form.
040 宇宙の子供である私達は、私達の源泉に対する理解を反映する過程の中に居ます。行動は全て大いなる言葉が巨大な宇宙空間のアーケードを通過する際のこだまであり、その大いなる言葉が通過の際に時間と形あるものを作り出すのです。




【解説】
 確かにネアンデルタール人等、先史時代の人骨の復元増等を見ても、私達現代人は少しずつ進化を遂げて来たことが分かります。内面の理解が本人の外形にも影響を及ぼして行くということでもあります。形あるものはそうした因と呼ばれる見えない波動の表現物ということかと思われます。
 そういう意味で言えば、長らく修行を続けられた高僧には高貴なすがすがしさがありますし、同様なことはアダムスキー氏が逢った他惑星の人々についても言えることでしょう。
 また、本文では言葉が宇宙空間の中を移動する過程で形あるものを創り出すという表現があります。私達の概念では、地上は固定したものですが、実際には惑星自体自転も公転もしている訳で、全てのものが高速で宇宙を旅している最中にあることを自覚して置く必要もあるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落039

039 And every unit in the whole of Being, each atom and each spark of consciousness reveals without a mark of limitation, if we but seek its heart, the perfect image of Infinity. And each of the little passing points of action which we in earthly terms have labelled time, speak within the moment of their being the fullness of Eternity. Just as the drop of water from the ocean reveals the character of that from which it came; and every sunbeam traveling through space reflects the composition of the sun and revibrates the image of that orb in all of the glory of its full expression.
039 そして大いなる存在全ての中の一つ一つの単位である各々の原子と各々の意識のスパークは、もし私達がその本質を求めさえすればその永遠に関する完全なイメージを一点の制限もなく、私達に明かしてくれます。そして私達が地球的な用語として時間と名づけた行動の小さな通過点はそれらの存在する瞬間の中で永遠の全てを語ります。丁度、大洋の水の一滴がそれが来たったものの特徴を現し、また宇宙空間を旅した太陽光線の一つ一つが太陽の構成物を反映し、その球体のイメージをその完全なる栄光の表現の全てにおいて再現するようにです。




【解説】
 毎朝の散歩の道すがら、時には前夜降った雨も止み、朝日が輝くすがすがしい空気の中、多くの奇跡的な光景に出会うことも多いものです。中には松の生垣に伸びた多数の若芽の先端に露の雫がとどまっている中、それらの全てが朝日を受けて輝く光景は朝の散歩ならではのご褒美と呼べる美しさです。
 これら輝く無数の宝石は皆同じ虹色に輝き、透明な丸い水滴に太陽の光が虹色に分かれ輝きを放つ等、一つ一つの小さきものが与えられた恵みを精一杯表現しているのです。本項はこうした情景をも説いていることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落038

038 Each form that with our mortal eyes we view is but a point of action in the whole - a minute bit of elemental substance moving to ever changing patterns and designs; impelled and impregnated with all-abiding consciousness. There is no tiniest unit in the Whole that does not bend an ear to the Law which Fathers it and causes it to be. And all that we perceive with mortal eyes and know with our consciousness is but the effective image of the Cause Intelligence, which formless is, yet causes forms to be; which knows no limitations and no bonds yet creates transient dense conditions that move and change within the bosom of incomprehensible Eternity.
038 私達が肉眼で見る個々の形あるものは、全体の中の一点の活動でしかありません。絶え間なく変化するjパターンとデザインに移行する基本的な物質の小さな小片であり、全てを永続させる意識によって促され、受胎されたものです。全体の中でそれを生み出し、そうなる原因を成す法則に耳を傾けないものは如何なる微細なもの一つとしてありません。私達が肉眼で見、そして私達の意識で知るもの全ては、形なきものであるが、形あるものを作り出す因なる英知の結果としてのイメージに過ぎません。その因なる英知には制限も制約も無く、しかも無限の永遠の胸の中で移行し変化する過渡的な密度状態を作り出しているのです。




【解説】
 あらゆるものが永遠なる進化の過程の中の移行期にあるということでしょう。私達は全て一連の過程の只中にあり、変化を遂げつつある訳です。これは”諸行無常”ということでもありますが、従前の解釈とは異なるのは、明るくより大いなる進化の途上という肯定的である点に注意しなければなりません。
 重要な点は本文で著者はform(形あるもの)と表現していることです。即ち、物質から構成されている創造物を示しており、これは私達の棲む惑星も含めて、形あるものを指していることです。言い換えれば形になっていないもの、因との言えるような存在について、例えば想念・印象については本項では触れていないのです。このことは私達自身の真我や想念・印象その他はこれら形あるものでは別に、因の領域に属し、永続する存在ということになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落037

037 This planet earth that we call our home was brought into its present state of being through that cosmic law of affinity, the great magnetic principle of attraction, and all that therein grows and multiplies is of the one and only Cosmic Power.
037 私達が母国と呼ぶこの地球という惑星は、親和の宇宙的法則、偉大な磁気的引力の法則を経て、今日の状態になりました。そして地球の中で成長し繁殖する全ては、唯一無比の宇宙的パワーによるのです。




【解説】
 確かに元来は宇宙空間の中にあった塵が今日の惑星にまで結合・集結した訳で、その源の力に対し、本項では偉大な磁気原理と表現しています。また、その力は引力とも言われるものですが、地殻深く岩石を溶かす程の高温・高圧の状況を創り出す等、私達が棲む惑星の全てを支えているのです。
 こうした一連の動きは地表に暮らす私達には気づきにくいことですが、実はこの惑星の今後を左右する大きな影響力を持っている訳です。それ故に著者は宇宙を学ぶ時、宇宙哲学の道を探求する際に、こうした本来の物質間の吸引力についてしっかり知覚せよと言っているものと思われます。
 また、以前にある人が地上の人々が持つ日常の想念レベルが地殻変動に影響を及ぼすと忠告したことを思い出します。ソドムとゴモラの昔に遡るまでもなく、地上に暮らす人々がその地の地殻運動を左右することに留意しておく必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落036

036 Oh, Son of God and Son of Man, lift up all things within your sight; let your heart make known that which the sight doth not reveal and from the womb of Cosmic Cause which is the source of all creation awaken into the birth of a Magnificent Perception. Awaken into the realm of true Being. Let the strong fingers of your will draw you again into full consciousness. Rise from your earthly couch of slumber and perceive the beauty of your present Existence.
036 ああ、神の息子、人の息子よ、あなたの視界にある全てのものを高揚させなさい。あなたの心に視覚は真理を現さないこと、そして全ての創造の源である宇宙の因の子宮から壮大な知覚の誕生が覚醒されることを知らしめなさい。真実の存在の王土の中に目覚めることです。あなたの意志という強い指であなた自身を完全な意識の中に再び引っ張り入れることです。あなたの地球でのまどろみの長椅子から立ち上がって、あなたの現在の存在の美しさを知覚することです。



【解説】
 このところは新型コロナウィルス感染拡大の影響から、しばらく在宅勤務が続いていますが、運動不足解消の上から、毎朝散歩を続けています。その中で毎日通る道の街路樹の若葉を眺め、既設の移ろいの中で様々な花が咲いて行くのもめでる等、本講座の本旨である自然観察にも役立っているようです。
 こうしてある種の非日常の下で過ごしていると、私達が暮らす地上はまだ、自然豊かであり、各々の創造物は力を惜しむことなく、精一杯の活動の中に生を送っていることが分かります。そして本来、私達人間はこうした他の創造物を庇護し、その行く末を見守る責任があることに気付きます。
 これら諸法則を学び、自らの知覚力を因の領域にまで拡げることによって、より大きな力を発揮するべきであると、本項で著者は私達に説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落035

035 And this creation, highest of them all, was known as Man, born out of That which has no ending; given dominion, consciousness and love and power over all the lesser things. But he descended into depths of sleep, became unconscious of the vaster kingdoms, forgetful of the Glory that exists and dreamed, instead, into existence, the changing image of mortality.
035 そしてこの全てのものの最高位の創造は人として知られ、終わりなきものの中から誕生したものとして知られました。それは全てのより下位のもの達への統治、意識と愛そして支配力を授けられました。しかし、人は眠りの奥深く身を落とし、広大な王国を自覚せず、存在する栄光を忘れてしまい、代わって移ろい行く死すべきイメージを夢見て存在させてしまいました。



【解説】
 重要なことは私達は未だ眠りから覚めておらず、自らに与えられている恵みに気付くことなく、移り行く死すべきものを真実であるかのように思い込んでいるということです。
 以前、何処かの会合の中でアダムスキー氏は創造主がアダムにイブをめとらせる際、アダムを眠らせその肋骨からイブを創ったとされる創世記を引用し、男性は未だ眠ったままだと周囲の者を笑わせたことがあります。本文はそのように私達が惰眠の中にあり、真実の美しい環境に気付いていないことを説いています。
 これは仏教でも同様で、仏教には「悟り」(覚醒)という表現があり、先ずは覚醒を学び取ることが求められますが、その覚醒後に私達が自覚すべきは本項で説かれているように、私達は皆、最高位の創造物として多くの権限と能力を授けられていることを十分に自覚し、永続する宇宙的生命の中に生き続けることであるとしているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落034

034 Out of Cosmic Cause are worlds and planets whirled into existence; out of such formless beauty has evolved form upon form until at last there came one form so perfect in its geometric pattern that it possessed the possibilities of understanding Cause. And so into this form was poured the Breath which speaks the rhythm of creation into being, and it was given power to perceive all existence; and it was also blessed with power to name that which before had been but nameless.
034 宇宙の因の中から、諸天体や諸惑星が渦を巻いて誕生しています。このような形の無い美しさの中から、次々に形が進化し、遂にあまりにその幾何学的パターンが完全である為、因を理解する可能性を持った一つの形あるものが出現しました。そしてこの形あるものの中に創造のリズムを語る大いなる息吹が注ぎ込まれました。そしてその形あるものは全ての存在を知覚する力を与えられたのです。そしてその形あるものはまた、それ以前には名前が無かったものに名付ける力を授かったのです。




【解説】
 本項は創世記の人類誕生の様子に符号した内容となっています。即ち、宇宙始原の時、膨大な宇宙空間にあった塵が集中、集約し、それぞれ天体を創り出し、そこに究極の創造物として人間が形成されたという訳です。
 これらの状況は今でも外宇宙の各地に渦状の星雲が見られることによって、その後も絶え間なく進行していることが分かります。こうした中、私達の地球においても恐竜の時代から次第に生きものの形が進化し、現在では人類が支配する惑星となったということでしょう。
 私達が造像物に名前を与え、宇宙における体系の中に位置づけることは、本来、最高位の創造物であるが故の特権と言うべきであり、私達が自然をより良く理解する為に与えられたものとも言えるのです。この惑星の将来を委ねられた中で、如何にこの惑星を本来の美しい姿で維持して行くかが、私達に問われていることでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落033

033 Creation as a whole makes up the song that rises and falls in its impassioned cadence, expressing in the glory of calm Silence all that the Word has been, is, and shall be; voicing with soundless sounds and formless beauty the pulsing force that blends and inter-blends into new rhythms. The Breath of the All-Creative Intelligence is sent forth in peaceful, silent tones of consciousness and in the womb of illimitable space each new creation stirs with quickened life and becomes another true note in the endless Song of Action.
033 創造作用は全体としてその感動的な抑揚の上げ下げのある歌を作り上げ、大いなる言葉がかつてそうであった、また現にそうであり、未来もそうであろう静寂な沈黙の栄光の中で、音無き音と形無き美しさで新たなリズムに融合し、再融合する脈動する力を表現しています。全ての創造的英知の息吹は平穏で無音の意識の抑揚の中で発信され、無限の空間の子宮の中でそれぞれの新たな創造が奮い起こされた生命とともに起こります。そして終わり無き行動の歌の中でもう一つの真の調べとなるのです。




【解説】
 これまで私達はテレパシー講座における想念波動といい、多くを波動や振動として表現して来ました。日本古来の神道における言霊も同様な意味合いを示唆しています。そしてその究極が本項で説かれている創造作用に伴う”歌”の誕生ということなのです。
 大いなる創造の時に原子や分子達が宇宙的生命力に共鳴し、創造に向けて活動する時、創造主の意図に呼応したリズムや音階が生まれ、一大音楽が生成されるという訳です。
 それこそが教会での讃美歌の意義であり、私達が波動に耳を傾けよとされる由縁です。こうした宇宙空間に流れる創造力ある音階を体内に取り入れ、自らもそれらの活動に参画することが宇宙との一体感の醸成に繋がるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落032

032 Were it possible for any of the Cosmic vibrations to unite contrary to this Primal Law and cause a discord in the mighty paeon their span of such expression would be contained within one moment's quivering vibration, for discord cannot last within the Whole whose very fact of being rests upon the immutable law of harmony. There is no loss of equilibrium within the scope of Cosmic Rhythm that shall not be again absorbed and reunited into Wholeness. For nothing can break the Melody that has forever throbbed within the Heart of That which is, Itself, Infinity.
032 仮にその宇宙的振動のどれかが、この基本法則に反して結合することが可能であったとしても、また、その力強い音節に不協和音をもたらしたとしても、それらの表現の範囲は、一瞬の震える振動の中に封じ込められることでしょう。何故なら、その存在の事実そのものが不変調和の原理に基づく全体の中では、不協和音は継続することは出来ないからです。宇宙的リズムの中では、再び全体性に吸収され、再統合されないような均衡の喪失はありません。何故なら何物もそれ自身、即ち永遠の中心で鼓動しているメロディーを壊すことなど出来ないからです。



【解説】
 私達の存在それ自体、本校で言う宇宙的振動と調和しているが故に、存在を続けていられるということでしょう。それら肉体の細胞が本来の振動を保てなくなった時、私達は肉体の死を迎えるということかと思います。
 即ち、生きている存在にこそ、宇宙的な振動を表現している故に宇宙的な価値があるという訳です。これは春の芽吹きや新緑の若葉等、生命力を発現しているものに、私達が惹かれまた美しさを感じる背景にそうした波動こそが宇宙普遍の振動であり、私達もそれらと同町したいとする本来の欲求に基づいているのです。
 宇宙の中で永続するのは圧倒的な力を有しているこれら宇宙的力場であり、こうした振動です。私達が”意識に従う”、”印象に従え”と説かれるのは、こうした宇宙を貫く調和的な振動に共鳴同調して、託された役割を全うせよと望まれているからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落031

031 Greater and greater the Heart of Space was stirred until at last the Song was breathed into a living thing. Each motion as an elemental tone within the mighty symphony and every tiny particle of substance was tuned into accord with every other unit in all space. And thus the impulse of Cosmic Will became a law that ne'er can broken be within the scope of everlasting action. (This Law involves the principle of true affinity.)
031 大きく、また更に大きく宇宙空間の中心は揺り動かされ、遂にはその大いなる歌は一つの生けるものに吹き込まれました。その力強い交響曲の中の基本的な調べの中の一つ一つの運動と、物質の一つ一つの微粒子は全宇宙のあらゆる他の単位と調和させられたのです。そしてこのようにして、宇宙の意思は永続する活動の範囲の中で決して壊れることのない一つの法則になったのです。(この法則は真の親和性の原理を含んでいます)




【解説】
 創世記にはチリで作ったアダムに息を吹きかけることで生きものとなったと記されています。チリである個体粒子に呼気を吹きかけることで、その個体が生けるものとなったとする表現の中には、私達が想像する以上の深い意味合いがあるのかも知れません。
 もちろん私達自身、自分が生きている或いは生かされていることは各自の心臓の鼓動や毎回の呼吸によって確かめることが出来ます。つまり、創造主など見たことがないと言われる方々も自分の心臓や毎回の呼吸こそが自らの力ではなく、創造作用を表す生命の証であることに異論はない筈です。
 これら生かされている事実を自覚することこそが宇宙哲学学習の第一歩であるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落030

030 Throughout all space the Word reverberated; It set in motion all the Primal Essence until the whole span of Infinity swayed to the Heart-beat of the Mighty Oneness. Rhythm on rhythm rose and fell in one great undivided harmony, for deep within the bosom of the Word there surged the wondrous Love Song of Creation.
030 全宇宙にその大いなる言葉が鳴り響きました。無限の広がりの中でその力強い一体感の鼓動に従って揺れ動くまで、それは全ての基本的存在を揺り動かしました。律動に次ぐ律動が起こり、また過ぎ去りました。何故なら、大いなる言葉の胸の奥深く、創造の素晴らしい愛の歌が沸き上がったからです。




【解説】
 宇宙始原の昔、如何にして万物が生み出されたのかを本項は示しています。宇宙空間を埋め尽くした各分子原子に対し、大いなる言葉による振動(鼓動)が響き渡り、遂には調和ある音楽のようにこだまして各々の微粒子に作用し、その持つイメージに沿って創造作用が起こったという訳です。
 天地創造はかく起こったと著者は私達に説いている訳ですが、同時に各々の創造物はその波動を宿しており、その形はその波動を表しているとも言うことが出来るのです。
 前項(029)で乙女が大いなる言葉のイメージに沿って創られたとしているのは、宇宙始原の頃、こうして生まれたことに由来しているのです。また、このことを現代的に言うとすれば、その創造の際の大いなる言葉の波動が各自のDNAに記憶され、代々引き継がれるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落029

029 Virgin was this creation in the image of the Word, and filled with all the power of pure wholeness, for it was but one great united form, the body of Cosmic Cause whom we in reverence have called "The Word."
029 乙女とはその大いなる言葉のイメージに創られた創造物でした。またそれは、全ての無垢な完全さの力に満ちていました。何故ならそれは一つの偉大な形、私達が敬愛して「大いなる言葉」と呼んで来た宇宙の因の肉体であるからです。




【解説】
 神社において巫女が祭祀の舞いを奉納する等、古来から乙女を神聖な存在、創造主の表現そのものと尊ばれて来たことと本校で著者が説く内容は一致しています。
 私達人間は、元来、汚れない存在として生まれ来たものであり、その息吹を伝え、表現する存在が乙女たちということでしょう。そこには争いはなく、素直に生命本来の姿が表現されているのです。
 昔の言葉に”真善美”という表現がありますが、私達一人一人それらを表現しようとする時、各自の体内からこの「大いなる言葉」が発現し、私達に変化をもたらし、その目的を成就させようとするのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落028

THE WORD
028 In the beginning there was but the Word: no mortal mind can know the Word in full for it contains all knowledge and all Power, and only that which is Itself the Word can know or understand potentially. But through a mighty action the Word was imaged into primal form; in form so fine that only Cause could know its attributes or view its being. It incarnated through the whole of substance and impregnated all matter with Its presence till in the place of a tremendous void there grew the second or the form-creation.
大いなる言葉
028 原初は大いなる言葉のみがありました。如何なる人の心もその大いなる言葉を完全に知ることは出来ません。何故なら、それは全ての知識と全ての力を含んでいるからであり、大いなる言葉自身がそれを知り、理解し得るからです。しかし、ある壮大な行為を通じて、大いなる言葉は最初の形態に描かれました。それはあまりに繊細で、因のみがその性質を知り、あるいはその存在を観ることが出来ました。物質全ての中にその存在が宿り、そしてついには巨大な空虚の場所に第2の創造、即ち形あるものの創造が生じました。




【解説】
 本文は聖書のヨハネ福音書の冒頭を引用しているものですが、その「言葉」についての説明内容には、日本神道で言う「言霊(ことだま)」と似た意味合いがあることに驚かされます。
 平たく言えば、私達が発する言葉の一つ一つが属する想念衝動の中には創造的要素があり、物事を現実世界にもたらす大きな作用を有しているということでしょう。それ故、自分が実現して欲しくない事柄については、わずかの思いすら心に入れてはならないし、ましてや言葉として発することは厳にはばからねばならないのです。
 私達は自ら発する言葉、自ら文字として表現することについては、それがその後自分の周囲に実現することを十分に自覚する必要があるのです。
 また一方、世界は圧倒的に創造主による言葉が全てを仕切っている訳で、私達にとってはそれら創造主の言葉(想念波)に耳を傾け、共鳴することが最優先事項となるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落027

027 From action to action you pass like a great shuttle weaving new patterns - on the loom of Eternity weaving a pattern of beauty called Life. The fine silver thread which you use is Cosmic Consciousness, binding together each stitch in true lines of perfection; creating in patient evolvement the unified Love Mantle of All. Each thought and each conscious emotion weaves the Pattern of exact direction, in time uniting the parts and the Allness, absorbing the All in the One.
027 行動から行動へとあなたは新しい模様を織る大きな杼(ヒ)のように過ぎ去ります。あなたは永遠という織機の上で生命と呼ばれる美の模様を織っています。あなたが用いる細い銀の織り糸は宇宙の意識であり、それは極致の真実の線の一つ一つの編み目を結び付けています。そして辛抱強い進化の内に、全てのものに対する統一された愛の外套を造り上げます。想念の一つ一つ、意識的な感情の一つ一つが寸分たがわぬ方向に模様を編み進め、やがては各々の部分と全体とを結合させ、全てを一つに吸収させるのです。




【解説】
 最近、チベット仏教のタンカという掛け織物を購入しました。いわゆる庶民の為のもので高級なものではありません。中央に如来が、左右に菩薩が雲に乗る構図で描かれています。実は、このように織物は一つ一つの糸がたて糸と織り込まれながら一枚の布を織り出し、一つの絵画を造り出すことから、私達一人一人の日常の生活がその人の人生を紡ぎだす仕組みの象徴として描かれるものと思われます。
 一瞬一瞬の私達の行動がそもそも何によって生まれ、如何なる成果を生み出すのか、本校で述べられている所謂機織りのたとえの意味するところは深いものがあります。
 ここで注目したいのは、私達各自は織機の杼(シャトル)のように行動することが重要であり、その行動が本文で言う銀の糸(宇宙意識)を各自の紋様に織り込まれることによって、最後は作品として仕上がるということでしょう。毎日の私達の行動がなければ布は織り上がらないからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落026


026 Always you are One, you are All, as a centralized point of Being. Undying, unchanging - the Consciousness, Cause, and the Action - evolving, transmuting a form to a unified state of awareness.
026 存在の集中化した一点として、いつもあなたは一つであり、全てです。あなたは不死、不変の意識であり、因であり、また進化し、一つ形あるものを統一化された知覚状態に変える行動なのです。




【解説】
 本文第3章は、はるか下方を見下ろす台地に一人座禅する修行僧のように何か仏教的な雰囲気をもたらすものとなっています。私達が自分自身や自然界を見つめる時、どのような心境であるべきかを著者が示唆しているということでしょう。
 私達が自分自身に向き合う時、それはこれまでの自分の歩みを振り返る中で、自分自身が恵まれた存在、即ちすべての存在によって慈しみを受け、奉仕された上に乗って生かされてきたことを学ぶ必要があります。また同時に私達の行動がそれらの恩に報いる形で発現されなければならないことも重要なポイントです。
 私達自身の肉体は移ろいやすく変化は免れませんが、その源である”意識”とは本文中の”一つであり全てです”に表現されているように、変わるものではなく、死滅するものではないと説いています。各自の生涯において少しずつこの意識なるものを理解し、私達自身をその統一的知覚状態に進化させることだと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落025

025 Look forth from these eternal heights, from the heart of your unified being; look down towards the plains of desire where your destiny finds its fulfillment. Look closely and firmly perceive that the break which you one time envisioned is nothing but mortal illusion; that there is but the unified whole.
025 これら永遠の台地から、そして一体化したあなた自身の中心から前を見なさい。あなたの運命がその成就を見い出す望みの平原を見下ろしなさい。よく見て、あなたが一時、心に描いた割れ目は人の思い違いであること、そして一体化した全体のみが存在することもしっかり気付きなさい。




【解説】
 ”永遠の台地”に私達が立てるなら、眼下に広がる盆地にはこれから私達が歩むことになる道筋がはっきり見えていることでしょう。その道を目で辿れば、各自がやがて巡り合うことになる様々な状況も手に取るように分かるというものです。
 こうした未来を見つめる中で著者は良きにつけ悪しきにつけ、あらゆる物事は一体化したものであり、他と切り離されたような分断状態ではないと説いているのです。辿る道の途上には平坦な道もあれば、ぬかるんだ道もあることでしょう。そうした中で各自が人生を歩むことになるのですが、それも各々が繋がっていて、意味のあるものであると説いているのです。そして重要なことは、私達が常にこのような高みに自分自身を置くことであり、正しい自分の進路を見失わないことなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落024

024 Sit here at the center of all and look out on your flux of expression. As the moon to the vision of man passes through all the various phases yet remains still an orb complete without change or point of division, so you through your phases shall pass; mortal eyes shall see change and division yet you are a circle complete - you're endless, eternal, abiding.
024 全ての中心であるここに座って、あなたの絶え間ない表現の変化を見渡しなさい。人間の視覚にとって月は様々な位相を通じて変化しますが、それでも変化や如何なる区分けも無く、それは完全な球体のままです。あなたも様々な位相を経ることでしょう。死すべき肉体の目は変化や区分を見るでしょうが、それでもあなたは完全な円(まる)のままです。あなたは絶えることなく、永遠で不変です。



【解説】
 アダムスキー氏は幼年期に秘かにチベットに渡ったと伝えられています。それがアダムスキー氏の初期の頃の活動名がロイヤル・オーダー・オブ・チベットとされていたことにも関連することでしょう。
 そういう意味では本項の描写は仏教の座禅にも似た観察を私達に促しているように思われます。先ずは自分自身を中心として見える諸々の世界の中に不変の真理を見届けよと説いているのです。
 こうした姿勢はまずは自分自身の中に本質を見出しながら、周囲にそれと関連する諸事象の中に一体化出来る存在、触れ合え、相互理解出来る存在を知覚し、自らをこれまでの殻を超えて拡張させるような仏教的な修行の方法が説かれているように思われるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落023

023 Time is the instrument used to measure the movement of Beings - the element action creates in its path from the formless to the formed. In Eternity always you are, but in time you're unstable, inconstant.
023 時間は存在物の運動を計るために用いられる道具であり、その基本的作用は形無きものから形あるものへの道筋の中で、創造的な働きをします。永遠の中ではあなたは常に居ますが、時間の中ではあなたは不安定で変わりやすいのです。



【解説】
 仏教で”無常”という表現がありますが、本校はそれに類似した概念を示唆するものと思われます。
 時間(即ち歴史)の中にあって、あらゆるものが移り行く訳で、確固たるものは何もありません。石や地中深くの鉱物でさえ、動きを持ち、変遷しているのです。ましてや多くの存在に依存し、関連している私達の肉体は時間の流れの中にあっては、移り行くことを避けられるものではないということでしょう。
 しかし、現実(物質)世界にあっては常ならぬ身ではありますが、以前、著者アダムスキー氏が述べていたように、月の満ち欠けは単なる影の部分を反映しただけのもおんで、月は依然としてまるい存在であることに変わりはありません。私達は各自の拠り所を時間に支配されることのない永遠に続く存在、各自の魂の本源に置いて、自身の人生を歩み、学習し続けることが肝要だということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落022

3. THE MAGNIFICENT PERCEPTION
PRELUDE 
022 The roll of the tides and the waves and the rising and setting of suns, the whirling of atoms and worlds are all tuned to the Cosmic Plan yet are subject to time and to space.
第3章 壮麗なる知覚
序章
022 潮汐や波のうねり、太陽達の出や入り、原子や世界の旋回は全て、宇宙の計画に調律され、しかも時間と空間とに従属しています。


【解説】
 本文を読む際、いつも思い浮かぶのは映画「コンタクト」における主人公が時空を超えて辿り着いた地球に似た惑星で、亡くなった父親と邂逅するという場面です。夜、波が打ち寄せる海岸であり、輝く複数の月が出ている美しい情景です。
 著者アダムスキー氏はこうした惑星の状況をイメージして私達に伝えているものと思われますが、それは外でもない地球のことでもあり、他の惑星の日常の風景ということでしょう。自然をありのままに慈しんでいれば、自然界はこのように調和した美しさを表現するのです。
 こした姿を後世に打ち立てる為に、私達地球人はこれまで自分達の欲望のままに自然を破壊して来たことを悔い改め、本来の姿に戻さなければなりません。その為には、少しでもかつての姿を残す地球本来の自然を学び、その中に永続する真善美なる要素を見出す必要もあるのです。
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