「宇宙哲学」 第2章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかであるかを個人的に裁定することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。

【解説】
 物事に対する姿勢としては、先ずはありのままを受け入れ、その中に意義や他との関連性を観るように努めるということでしょう。仮に相手の主張が偽りのように思えても、先ずはその主張を拒絶せず、相手に寄り添ってその主張が描こうとするイメージを明らかにすることです。そうすればそれが本人だけの一時的なものか、永続的な真実かは自ずと明らかになるものと思われます。
 カウンセリングにおいては、「傾聴」という姿勢が重要だとされているようです。その過程を通じて相手が自分が受け入れられていることに気付けば、次の改善プロセスに繋がるということでしょう。
 日々、私達は様々な事象や情報、他者との関係に巡り合います。その中で良好な関係作りを実践して行く為には、先ずは出会う全てを受け入れ、その中に宇宙を流れる法則性や相互関係を観る中で、真理に対する自らの視野を広げて行く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。



【解説】
 今日では生物多様性や生態系という言葉が広く知られるようになりました。これは人間についても言えることで、異なる人種、民族、宗教が共存する中で、総合的には豊かな社会が出来上がるという概念かと思われます。
 この達成には、前々項以来述べられている「不寛容さ」が最も大きな支障となっています。相手の考え方の違いを認め、各自の真理感を尊重し合うことが必要だという訳です。
 この点、宗教分野では仏教の教えは特筆しているように思います。各自に内面の精進を求め、自ら真理を探究して道を進めよと説く仏教は他の信仰の者とも共存して行ける理解を持っています。また、日本神道にもその許容があるように思います。
 いずれにせよ、哲学を学んで行く私達にとって、自分が正しいと思っている内容は、お互い異なることも多い訳ですが、それでも各自の想いを尊重し、その示す側面の真理を認めつつ、それらを包含する全体のイメージを思い描こうとする姿勢が重要なのだということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落019

019 "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the truth is that all things are true - true in a relative sense, I grant you, - relative to all other parts, but until men recognize and give due consideration to the Cause of all actions they will never be free. Only in uniting our efforts, acknowledging a common purpose can we bring civilization to a unified state of understanding and progress.
019 「あなた方は真理を知ることでしょう。そしてその真理はあなた方を自由にする筈です」。その真理とは全てのものが真実であるということ、相対的な意味において真実であるということであり、私としては全ての他の部分との相関性においてとあなた方に認めましょう。しかし、人々が全ての行動の因を認め、当然支払われるべき考慮を払わない限り、彼らは決して自由にはなれません。私達の努力を結集し、一つの共通の目的を認めることにおいてのみ、私達は文明に統合された理解と進歩の状態をもたらすことが出来るのです。

【解説】
 仏陀やイエスの時代から私達は自らの生きる拠り所としての真理を求めて来ました。多くの国で寺院に詣でたり、日々の祈りを心に抱きながら生活している人々も多いことでしょう。その中には自ら求める真理を体得し、自信をもって自らの人生を歩み始めた者も居る一方、様々な事情から真理の片鱗され掴めず、苦悩の中に留まる人も少なくないと思われます。
 しかし、私の浅学でも、仏陀にしてもイエスにしても皆同様な真理を語っているように思われます。それは何ものも否定せず、真理を受け入れ、その意義を学ぶという姿勢です。死をも恐れることなく、自らの生命を見つめ自分と他者、とりまく環境とのつながりを自覚する姿勢が重要なのではないでしょうか。場合によっては動物達の方がこの心境に到達しているかも知れません。
 少し横道に外れますが、実は先日仕事である国の屠場施設を調査したことがあります。明日には屠られる水牛達が実に穏やかに柵の中に佇んでいました。自らの運命や役割を受け入れ、静かに時を待つ姿に敬意を払わざるを得ない気持ちになったものです。たとえ死を前にしても、自ら掴んだ真理があれば、このように穏やかに過ごせるということなのでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落018

018 Because men do not understand the meaning of truth and are therefore intolerant, there has been a span of over a thousand years of scientific darkness that might have been used to bring the slowly evolving civilization to a higher standard of human expression.
018 人々は真理の意味を理解しない為に、そしてそれ故、不寛容である為に、何千年もの長きにわたり科学的に暗黒であった時代がありましたが、そうでなければ、その期間、この緩慢な進歩の文明に、より高度な水準の人間の表現をもたらしたかも知れないのです。

【解説】
 著者は本項で当時、頑なな宗教観の支配の下、少しでも異なる思想の持ち主を異端者として糾弾し、拷問死や火刑にしたいわゆる中世暗黒時代を示唆しているものと思われます。
 数年前、チェコを旅したことがありますが、一見美しい石造りの小都市の街の広場の一角に拷問を行った部屋があり、今日では見学場所となっていることに驚きました。ノストラダムスの時代、カトリックは民衆の生活の隅々を教義に則り支配していたという訳です。
 幸い今日では自由解放の時代になり、人々が自由に物事を探究し、主張を公言出来る時代になり、産業も発展しましたが、一方では経済が人類を支配することになっているだけで、私達は未だ真理の意味を十分理解したとは言えません。
 遠く仏陀誕生から2500年も経た中、当時とは異なる環境の下で生活している私達は、イエスも含め当時の賢者が自覚していた「真理」について、これまで得た知識を十二分に活用して再度自ら究明する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落017

017 Truth is action - the whole action of which every part is true. Small truths lead into greater truths and one small truth cast out as false can block the progress of a civilization, as has been shown by the history of the past.
017 真理とは活動です。あらゆる個々の部分が真実である活動の全体です。小さな真理はより大きな真理へと導き、偽りと投げ捨てられる一つの小さな真理も、過去の歴史によって示されて来たように、文明の進歩を妨げる可能性すら持っています。

【解説】
 私達自身の身体の中で行われている膨大な種類の生命維持活動も含め、活動しているものが真理であると説いています。宇宙に刻々流れる原理に従っているからこそ真理という訳です。
 このように膨大な数の真理が存在する訳ですが、そのどれを取っても欠くことは出来ない存在であり、もしその内一つでも不要だと捨て去るなら、この文明の進歩を妨げる程の大きな影響を与えるまでになり得るとしています。言い換えれば、生命活動についての私達の概念は大変重要であり、もし誤った概念のまま突き進めば文明全体を誤りかねないと警告しています。昨今の遺伝子操作等のこれに属するのかと考えてしまいます。
 また、真理はどのような小さな側面であれ、私達はそこから大きな意味を学ぶべきだと著者は説いているように思えます。自然観察の中では、様々な微小生物の生活風景を観ることが出来ますが、彼らは活動にやむことなく真理を表現し続けています。道端の蟻の群れからも多くを学べるように思うのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落016

016 Most of the world's intolerance is due to the misconception of truth. Men fight to death for their individual concept of it when a little wisdom would show them that they are only a step apart in the same hall of learning, but due to the fact that every individual intelligence has a slightly different degree of understanding, truth to each is slightly different. Intolerance is a mark of ignorance, for a developed intelligence is able to view sequences of action that shows each separate action to be relatively true. And because all sides of a question are understood he is bound by none. This type of intelligence does not condemn those who see only one phase of the whole truth. Instead he will point out the pitfalls or limitations that follow the course of thought that the individual is indulging in.
016 世界の不寛容の大部分は真理への思い違いに起因しています。人々は自分達が同じ学びの会堂で互いに一歩だけ離れていることをわずかな智恵が示す時、自分達各自の概念の為には死に至るまで戦うのです。しかし個々人の知性は理解においてわずかずつ異なるために、各自にとって真理はわずかずつ異なります。不寛容は無知の印(しるし)です。何故なら進化した知性には個別の行為が相対的に真実であることを示す行為のつながりを観ることが出来るからです。そして一つの疑問に関する全ての側面が理解される為、その者は何ものにも囚われることがありません。この種の知性には全体の真理の内、わずか一つの側面のみを見る者を非難することはありません。代わりにその個人がふけっている思考の道程に続く落とし穴や限界を指摘することでしょう。


【解説】
 本項で説かれている私達地球人の「不寛容さ」については、数多くの事例を紹介できるものと思いますが、その最たるものは、目下中東シリアから何十万もの難民がヨーロッパを目指して逃げていることにも関連しています。
 誰しも好んで自ら生まれ育った故郷を捨て、或いは逃げようとする人は居ません。そこでの生活に絶望した上での行動が今回の亡命避難民なのですが、その原因の大きな部分が宗教観の違いによる過激な行動があることは皆さまご存じの通りです。
 宗教というものは本来、深遠なる真理を洞察する為、先にその境地に達した教師が説いたテキストを学ぶ中で、日々精進すべきものですが、極端な信奉者は意見の異なる他の者を許さないとする「不寛容」に陥るという訳です。それも人類の今後の歴史をも揺るがしかねない大きな影響をもたらしてしまった事例となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落015

015 What of those that say truth is fact - explaining further that it is that which can be proven. Let me ask you this - proven to whom and by what and for how long? Again you must have a set standard of discrimination. Must it be proven by man's laws or theories that have already been given recognition? Then you are putting a limitation on truth. Must it be proven to all people or only to one who is able to see beyond the perception of his fellow-men? Proof can only go so far as a man will accept and truth to each man is only that which he has experienced either by mental realization or physical expression, and yet truth is universal. It is the sum total of action. Every smallest quivering frequency in the whole cosmos is truth - true because it perpetuates action. I shall bring all of my statements down to a perfectly logical, matter-of-fact foundation.
015 真理とは事実であるとする者達の言うことは、更に推し進めれば、それが証明され得るものだということです。このように質問させて下さい。誰にそして何によって、またどれくらいの間、証明されるのかと。ここでもまた、あなたがたは差別のための固定化した基準を持っているに違いないのです。それはこれまで既に認められた人間の法則や理論によって証明されなければならないのでしょうか。そうであるなら、あなたは真理にある限界を置いていることになります。それは全ての人々にあるいは仲間の者達より奥先を観ることが出来る者のどちらに証明されなければならないのでしょうか。証明とは人が受け入れるまでのものであり、個々の人にとっての真理はその人がかつて心の自覚あるいは肉体の表現によって体験したことでしかありません。しかし、真理は宇宙普遍のものです。それは行為の総計です。全宇宙の中の個々の極微の震える振動は真実です。それが永続する活動であるが故に真実なのです。私は私の論述を全て完全なる論理的で事実に即した基礎に基づいて書き起こすつもりです。



【解説】
 真理は事実であると主張する者に対して、著者はその事実とは誰によって証明されたものなら良いのか、また事実であるとそもそも誰によって証明されるべきかと問い直しています。
 その議論の中で著者は所詮、現代の私達が前提とする諸法則もその適応性には限界があり、いずれ新しい「原理」によって置き換えられるものに過ぎないと説いています。
 こうした中、宇宙自然の営みは未来永劫継続する訳で、その継続するということ自体が真理に属すると観なければいけないと諭しています。私達は真理の只中に生活しており、少しずつではあっても、真理を探究する毎日を送るべきなのです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落014

014 Let us, therefore, get down to real analysis. Just what is the truth about truth? You have said that it is Reality and if I were to ask you to define reality you would be compelled to admit that it is that which has actual existence, and yet you speak of the real and the unreal. You have a set standard for Reality. Does not everything that is known have apparent existence? How else should it have become known?
014 ですから、真の分析に取り組みましょう。真理についての真実は何かということに対して、あなたは真理とは現実だと先に述べましたが、もし私が現実を定義するようにあなたに問えば、あなたはそれは実際に存在するものだと認めざるを得ないでしょう。そしてあなたは現実と非現実について話していることになります。あなたは現実性に対して固定化した基準を設けていることになります。しかし、これまで知られているもの全ては、明白に存在していないのでしょうか。そうでなければ、どうして知られるようになったのでしょうか。



【解説】
 目の前に現れる現象や事物等、あらゆるものについて、私達は現実のものとして受け取る必要があります。しかし、真理は何かと問われた時、私達が仮に現実性だと答えたとすると、その概念の中には、反対に現実に無いものとの対比の中でイメージしていることになるのではないでしょうか。
 著者はその「現実性」を対極の「非現実性」との関係でイメージしていることを問題視しているのです。そもそも何か存在するもので非現実であるようなものは存在しないと説いているのです。
 これは、例えば本人が何かのイメージを持ったとして、それは通常、単なるイメージであり、現実性は無いと判断されがちですが、実はそうではなく、抱く想念自体が先行してそのような現実を造り出し始める、或いは既に何処かにその現実が起こっていることを示唆しているように、私には思えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落013

013 Those who are idealistically inclined will answer, "It is reality!" And those who are founded upon a cold scientific basis will answer, "Fact." Others will say that truth is that which is opposed to untruth or is that which is good. To those who gave the first two answers I shall say you are correct so far as you have gone but I shall proceed to catch you in a net of your own weaving. The latter answer that truth is that which is good is utterly misconceived and evasive.
013 理想的な傾向がある者は、「それは現実だ」と答えるでしょう。また冷徹な科学的基礎に立つ者は「それは事実だ」と答えるでしょう。他の者達は真理とは偽りに対立するものだ、あるいは良きものだと言うでしょう。その最初の2つの回答を出した者については、私はあなた方がそう言う限りにおいて、あなた方は正しいと言うべきでしょう。しかし、私は更に進んであなたをあなた自身の編目で捕らえようと思います。一方、真理とは、良きものだとした後者の回答は全くの誤解であり、言い逃れです。



【解説】
 「真理」をどのように認識するかは、大事なところです。自らが宇宙を流れる永久不変の原理、私達を含めて万物が拠って立つ原則がどのようなものとして各自が認識しているかが、問われている訳です。
 この点について、以降の講座を通じて学んで行く訳ですが、著者は先ず、私達に「真理」とはどのようなものとして認識しているかを問い掛けているということでしょう。丁度、禅の入門者にその見識を問う問答のようなものかと思われます。
 私達はこれまでの善悪や好き嫌いの観念では広大であらゆる要素を包括する原理をイメージすることが出来ません。地震や津波、火山噴火等、時に生命を奪う自然の活動もこの中に含まれますし、私達が毎回の食事を摂り、仕事をする中でも他の生命を収奪しているケースも数多いのです。そうした段階の生き方も含めての真理があり、そのイメージはこれまでの私達が想像も及ばない拡がりを持ったものだと言うことでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落012

012 So to you of this present day - you who have acquired much knowledge of many things, I ask, "What is truth?"
012 そこで、多くの事柄の知識を多く得て来た今日のあなたに、私は問い掛けます。「真理とは何かと」



【解説】
 確かに私達はこれまで科学の分野では、過去地球の文明には無かった程の進歩を遂げ、昨今では他の惑星の探査まで行えるようになりました。これは大きな進化ということになります。
 しかし、科学技術と言えど、人間の内面、精神作用や生命そのものの躍動感のような要素については、依然認識は低いままという訳です。
 これら宇宙をどのように観るか、その中でどのような法則性を洞察するかが重要なところであり、本項で著者が重視しているが故に、私達に改めて問い掛けているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落011

011 And for every such questioning voice there is another calling, "Follow me, I alone can give you the real truth!" And blindly the people follow, little knowing or understanding the purpose of life.
011 そしてこのような疑問の声の一つ一つに対しては、「私に従いなさい。私だけがあなたに本当の真実を授けることが出来るとする、別の呼びかけがあります。そして人々は生命の目的を少しも知ることも理解することもなく、盲目的に従うのです。



【解説】
 これまでも多くの宗教の教祖とされる人物は、皆一様に何らかの体験を通じて「真理」を悟り、その結果、身に付けた知識と人並み外れた能力を誇示して、人々を自らの庇護の下に導いて来ました。そのこと自体はある意味、自然な流れであり、イエスもそうした言葉を語っています。
 しかし、問題はこれに従う私達の側にあるのではないでしょうか。真理を悟るには各自が研鑽し、日常の中で少しずつ掴んで行く必要があるのですが、とかく私達は盲目的に信奉し、ただ教師の言葉を鵜呑みにすることが多いのです。
 また、一方では宗教組織が大きくなると教団を維持する仕組みが必要となり、人々は本来の学習の道から遠ざかる結果になることも多いように思えます。
 時代が混乱する時、人々を救済する為、多くの教師が現れますが、その中にあっても私達は冷静に自らの力で真理真相を掴めるように研究しなければなりません。政治の分野でも同様に誰が真実を語り、何を目指しているのか、政治家の本性を見極めることもこれと同様です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落010

010 Many generations ago when the Roman Empire was at the height of her glory and the weight of her dominance was felt by a host of people there arose in her midst a master mind who said to those oppressed, "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the people eager for deliverance, cried out, "The truth! Give us the truth that we may be free!" They were told the meaning of truth but they could not comprehend and so we hear the echo of those words and of the billions like them quivering down the ages with an insistent appeal - "The truth! what is truth?"
010 何世代も前、ローマ帝国が栄光の絶頂にあって、その支配の重圧が多数の人々によって感じられていた時、その只中に抑圧された人々に「あなた方は真理を知り、そして真理はあなた方を自由にするでしょう」と言った一人のマスターの心の持ち主が現れました。そして抑圧からの救出を求める人々は、こう叫びました。「真理!私達が自由になれる真理をお与え下さい」と。彼らは真理の意味を教えられましたが、彼らは理解できず、私達は以来、何世代も揺れ動くひとつの一貫した訴え、「真理!真理とは何か?」という言葉のこだまや何十億という類似した声を聞いています。



【解説】
 言うまでもなくローマ帝国支配下のユダヤにイエスが降り立った時代のことです。既にアダムスキー研究の関係者の間では知られていることですが、1952年11月20日に始まった宇宙からの来訪は遠大な支援プログラムの一環であり、それはイエスの時代或いはそれ以前にまで遡るものとされています。
 多くの優れた魂の持ち主が地球を訪れ、「真理」を人々に授けて来たのです。しかし、私達地球人は文明の興隆と崩壊の連続であり、これら教師の教える深い内容について、理解出来ないままとなっていたのです。
 本項はイエスが語ったとされる「私の言葉に留まるならば、あなたたちは本当に私の弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ福音書8:32)を示唆しているものと思われます。ここでも著者アダムスキー氏が使途ヨハネの言葉を引いているところが、長年、使徒ヨハネと相似されていることとも繋がり、興味深いところです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落009

009 As long as man has been in existence I suppose he has sought for truth without recognizing it when he had it firmly in his grasp
009 人間が存在するようになってからというもの、人間は自分自身の手の中にしっかりそれを握っていたにも拘わらず、それに気付かず、真理を求め続けて来たように私は思います。



【解説】
 私達が長年求め続けて来た「真理」は、実は元々自分の中にあったと本講座においては冒頭から結論が説かれています。これはとかく外に真理を求め歩き回ること、外部の者が説く教えを探し求めるのではなく、自分の中に息づく真理こそ本来私達が求め続けて来たものだということでしょう。丁度、仏陀の時代、様々な教師の元を多くの求道者が巡り歩いた時代を思い起こさせます。
 言い換えれば、万物は皆、自身の中に宇宙と繋がるしっかりした法則を有しており、いつも創造主と繋がるチャンネルを保っているということでしょう。従って、他に求めるものは何一つ無い、不自由しない環境であるとも言えるように思います。
 問題は、私達はこのような恵まれた環境に本来あることをどのように自覚するか、また、その環境を毎日どのように活用し、自らの役割を果たして行くかが重要となります。
 放蕩息子の例のように、結局は元の自分の家の素晴らしさが身に沁みる訳で、人生経路の中では様々な本や人との出会いがある中ですが、最終的には私達は自らを教材、手本として研究する中で、日々真理を学んで行くことになるのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落008

2. Introduction
The Truth about Truth
008 Political factions are clamoring against each other for the right of opinion; philosophers and scientists are arguing about the truth of their various theories; all over the world conflicting thought centers are springing up, each professing itself the only dispenser of the absolute truth and man finds himself wondering just what is truth.
第2章 まえがき
真理についての真実
008 政治の党派達は互いに意見の正しさを巡って大声を出して主張し合っています。哲学者達や科学者達は自分達の様々な理論の真実性について議論しています。世界中で互いに争っている思想の諸々の中心が急速に出現し、互いに自分だけが唯一絶対的な真理の提供者であると明言しており、人はただ、何が真実であるか知ろうと思い巡らせているのです。

【解説】
 科学が発展し、科学知識については皆が共通に理解し、その上に立って生活物資を作り、生活上便利になる品物を得られるようになっているにも拘わらず、現在の地球上には、様々な意見の応酬があり、主義主張による争いが多くあります。
 政治体制や支配構造を巡る争いもさることながら、宗教上の争いも深刻化し、過激な思想も増えています。
 本来、互いに宇宙を貫く法則や真理を探究しようとしているにも拘わらず争いにまで至るのは、私達自身の進化レベルを物語る訳ですが、それでも真の真理の姿について、古い思想に束縛されるあまり、私達が十分には掴み切れていない点も大きな原因となっているのです。
 私達は現代科学によって得られた知識をベースに自らの拙い心自体を育みながら、他の宇宙文明から伝えられた言わば本物の真理についてこれから学習して行くことになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかでありかを個人的に審査することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。


【解説】
 私達に批評家は不要です。本項ではまずは、あらゆる物事を受入れ各々の真実を学び、その上で自身をそれらを含む自然と調和させよと言っています。
 とかく私達は善悪、良否の判断を好みます。世の中には多くの批評家が自らの意見を披露して世間を誘導しようとしています。しかし、本項では違います。他人の行動を批判したり、裁くのではなく、その行動がどのような背景から生まれたかの原因を理解することを求めています。
 また、全ての行動は想念から始まって具体的な行為に至るまでには、身体も含めて様々な仕組みが用いられ、そのいずれもが所定の行動を達成する為に、100%の力を発揮していることでしょう。その中で私達は物質を突き動かす、因について知ることが大切だとしています。現実の結果の奥にある因に対する知識が重要なのです。
 前項では真理をモザイクタイルの壁画に例えていましたが、私達は自分自身のタイルが周囲とどのような位置関係にあるべきなのか、壁画全体の意図するイメージはどのようなものかについて、より高い視野で見詰める必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。


【解説】
 本項ではタイル貼りの巨大な壁画を例に、真理について説明しています。私達一人一人はその絵画を構成するタイルの一片という訳です。様々な個性や状況の多様性の中にあって、私達は各々の特性を発揮した表現者になることが必要だということです。
 しかし、どのような表現者になるにせよ、絵を完成させる上で、タイルの一片も欠けることは出来ません。また、一つでも質が悪いものが入り込めば、その壁画の欠陥になってしまうことでしょう。
 私達は、まだ自分達が描きつつある壁画がどのようなものになるのかを見ようとはしていません。各々のタイルの仕上がりばかりに関心を持っているのです。
 しかし、一度、全体を振り返って、社会全体がどのような方向に向かっているか、結局のところ、自分達が描こうとしている絵はどのようなものになるかについて、知ろうとする必要があるようです。
 一つ一つの基礎的存在から視野を拡げ、太陽系から宇宙全体にまで視野を拡げる中で、自分の果たすべき役割を知ろうとすることが必要です。また、本文後半に、各自にとって自分がどのようなことを考えようとも、それはそれで良しとするという暖かい見方が提示されています。何か、観音様のような全てを受け入れて戴けるような包容力のある言葉です。とりあえずは、各自の思い通りに進めて宜しい。しかし、全体との関係性、即ち調和を考えて、行動するようにと諭している気がします。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落019

019 "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the truth is that all things are true - true in a relative sense, I grant you, - relative to all other parts, but until men recognize and give due consideration to the Cause of all actions they will never be free. Only in uniting our efforts, acknowledging a common purpose can we bring civilization to a unified state of understanding and progress.
019 「あなた方は真理を知ることでしょう。そしてその真理はあなた方を自由にする筈です」。その真理とは全てのものが真実であるということ、相対的な意味において真実であるということであり、私としては全ての他の部分との相関性においてとあなた方に認めましょう。しかし、人々が全ての行動の因を認め、当然支払われるべき考慮を払わない限り、彼らは決して自由にはなれません。私達の努力を結集し、一つの共通の目的を認めることにおいてのみ、私達は文明に統合された理解と進歩の状態をもたらすことが出来るのです。


【解説】
 かつてイエスが民衆に対し述べたとされる「真理を知れば自由なれる」とする言葉の意味について解説しています。その重要な所は私達は自分達が把握している「真実」なるものは決して絶対的なものでなく、あくまで相対的なもの、他のものとの相関性の中で位置づけられるものであるということです。
 その捉え方は、いわゆる「絶対的」なもの、これしか正しいものがないとする既存の宗教的なものとは、大きく異なります。代わって、一つずつ確かめながら、更に視野を深め、また拡げて行く求道者、探求者の道程に近い概念です。
 長い人生の中で、その時その時の状況の中、私達は各々真理を求め何らかの真理や人生観を得てきたものと思います。しかし、その「真理」は不変のものでなく、各自のその後の歩みの中で、より大きな視野、より深い見識の中に統合されて行くべきものです。
 その時、大事なものは、私達が各々の行為や活動の中の真の因に思いを致し、各々の活動の中に共通する目的を見つけようとする姿勢です。その因として流れる創造主の意図を学ぼうとする気持が進化の源だと言うことが出来るでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落018

018 Because men do not understand the meaning of truth and are therefore intolerant, there has been a span of over a thousand years of scientific darkness that might have been used to bring the slowly evolving civilization to a higher standard of human expression.
018 人々は真理の意味を理解しない為に、そしてそれ故、不寛容である為に、何千年もの長きにわたり科学的に暗黒であった時代がありましたが、そうでなければ、その期間、この緩慢な進歩の文明に、より高度な水準の人間の表現をもたらしたかも知れないのです。


【解説】
 他惑星人達と比較して、私達地球人類が科学知識の上で、はるかに劣っている原因は、本項で言う真理への理解不足ということにあります。あらゆる事象や要素の相互作用、関連性を原子レベルまで掘り下げて、その根本原理を理解出来ているものとの相違は大きいものがあることでしょう。
 真理をどのように捉えるかは、その人の視野や感性、その他全てに及びます。時代を超えていつの世にも、その感性を持った人間も現れたことでしょう。その他人よりも秀でた者はある時は宗教の言葉と業によって、またある時は科学者として時代を引っ張って来たものと思われます。
 私達は、この真理に対座する時、どのような気持で向き合うべきか、その姿勢が問われています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落017

017 Truth is action - the whole action of which every part is true. Small truths lead into greater truths and one small truth cast out as false can block the progress of a civilization, as has been shown by the history of the past.
017 真理とは行動です。あらゆる個々の部分が真実である行動の全体です。小さな真理はより大きな真理へと導き、偽りと投げ捨てられる一つの小さな真理も、過去の歴史によって示されて来たように、文明の進歩を妨げる可能性すら持っています。


【解説】
 私達が求めている真理とは、決して何か他人が考え付いた概念のようなものではなく、現実に世の中の行動や活動であると断言しています。つまりは人体の中の血液の流れや呼吸等、生命活動そのものは宇宙空間にあって、ある意味、永続的に継続する活動です。その活動は宇宙英知の支えがあって成立する以上、それは真理を具現化していると言える訳です。
 そうする時、私達は何かの行為を誤ったもの、醜いものと否定すれば、それは法則自体を非難することにもなる訳で、それは進歩の妨げになることを警告しています。
 ここでは、あらゆるものを先ずは受け止めて、その中にどのような真理(原理)が働いているかを理解し、更に視野を拡げようとする姿勢が大切です。一見して見苦しいもの、汚いように見える場合のものであっても、そこに生きる人々の生活を理解し、その状況を受け止めることで、不要な偏見を取り除くことが出来る訳です。
 かつて中世、西欧では宗教の教義が最優先にされ、自然から学ぶことは異端とされていた時代がありました。天動説が絶対的な真理だとされていたのです。その期間、この文明は長らく停滞の時期があったとされています。言い換えれば、その時代、人々は真理を求めようとすることを禁止されていたと言うべきかも知れません。
 真理を求めるに当たって、全ての行動(活動)を観察して、それを全体像として理解する姿勢が重要だと本項は言っています。また、「真理とは行動」ということの中には、単に頭の中で考えているだけでは、ダメで、自ら行動する中で、様々な体験を通じて、真理を掴むことが出来るとも言っているように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落016

016 Most of the world's intolerance is due to the misconception of truth. Men fight to death for their individual concept of it when a little wisdom would show them that they are only a step apart in the same hall of learning, but due to the fact that every individual intelligence has a slightly different degree of understanding, truth to each is slightly different. Intolerance is a mark of ignorance, for a developed intelligence is able to view sequences of action that shows each separate action to be relatively true. And because all sides of a question are understood he is bound by none. This type of intelligence does not condemn those who see only one phase of the whole truth. Instead he will point out the pitfalls or limitations that follow the course of thought that the individual is indulging in.
016 世界の不寛容の大部分は真理への思い違いに起因しています。人々は自分達が同じ学びの会堂で互いに一歩だけ離れていることをわずかな智恵が示す時、自分達各自の概念の為には死に至るまで戦うのです。しかし個々人の知性は理解においてわずかずつ異なるために、各自にとって真理はわずかずつ異なります。不寛容は無知の印(しるし)です。何故なら進化した知性には個別の行為が相対的に真実であることを示す行為のつながりを観ることが出来るからです。そして一つの疑問に関する全ての側面が理解される為、その者は何ものにも囚われることがありません。この種の知性には全体の真理の内、わずか一つの側面のみを見る者を非難することはありません。代わりにその個人がふけっている思考の道程に続く落とし穴や限界を指摘することでしょう。


【解説】
 現代の私達日本人には理解にしくく、また経験も少ないかも知れませんが、世界には宗教間の対立問題が現存しています。また、同じ宗教でも宗派が異なることで争いも起こっています。実際の争いの原因は、差別であったり、経済的な利益の独占への反発にもあることでしょう。本来、真理を求める宗教の分野において歴史は多くの殺し合いがあったことを記録しています。それほどにこの地球の私達のレベルは低い訳です。
 一方、これに対し、太古からの宗教とも言える土着の自然信仰の多くは、大自然を畏敬し、他の者をも受け入れて来たように思われます。日本の神道やインディアン達の自然観等、大地の中や宇宙に生命の息吹を感じ取る観点の中には、他人と真理を争う要素は入り込むことはないように思います。
 意見や見解の相違に対し、その全体における位置づけや生成の経緯を観ることが出来れば、自然とその主張も理解できるということでしょう。結果だけで判断せず、そのよって来たった経緯を知ることで、知性を育むことが出来るとも言っているように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落015

015 What of those that say truth is fact - explaining further that it is that which can be proven. Let me ask you this - proven to whom and by what and for how long? Again you must have a set standard of discrimination. Must it be proven by man's laws or theories that have already been given recognition? Then you are putting a limitation on truth. Must it be proven to all people or only to one who is able to see beyond the perception of his fellow-men? Proof can only go so far as a man will accept and truth to each man is only that which he has experienced either by mental realization or physical expression, and yet truth is universal. It is the sum total of action. Every smallest quivering frequency in the whole cosmos is truth - true because it perpetuates action. I shall bring all of my statements down to a perfectly logical, matter-of-fact foundation.
015 真理とは事実であるとする者達の言うことは、更に推し進めれば、それが証明され得るものだということです。このように質問させて下さい。誰にそして何によって、またどれくらいの間、証明されるのかと。ここでもまた、あなたがたは差別のための固定化した基準を持っているに違いないのです。それはこれまで既に認められた人間の法則や理論によって証明されなければならないのでしょうか。そうであるなら、あなたは真理にある限界を置いていることになります。それは全ての人々にあるいは仲間の者達より奥先を観ることが出来る者のどちらに証明されなければならないのでしょうか。証明とは人が受け入れるまでのものであり、個々の人にとっての真理はその人がかつて心の自覚あるいは肉体の表現によって体験したことでしかありません。しかし、真理は宇宙普遍のものです。それは行為の総計です。全宇宙の中の個々の極微の震える振動は真実です。それが永続する活動であるが故に真実なのです。私は私の論述を全て完全なる論理的で事実に即した基礎に基づいて書き起こすつもりです。


【解説】
 人が分かったと言う場合、その人が過去に自ら経験したこと、悟った事柄であることが必要ですが、その場合、人によって体験が異なる以上、真理を単に証明あるいは納得させるものとするには、限界があることになります。事実であるか、そうでないかを認める上で一定の基準を持っていると本項では指摘しています。
 しかし、真理はこれら個人の範疇をはるかに超えた宇宙全体のものだと本項では述べられています。各原子の振動そのものが永久不変に継続され続けて行くことの中に真理があると見透しています。小は原子の電子雲の振動、大は銀河宇宙の渦巻き等、人智を超えて永続する宇宙の諸活動こそが真理であると明言されています。
 これらの視点に立って、著者は改めて自らの哲学記述の全てをこの「宇宙哲学」の中で、基礎から再構築を行なって行くことにしたと述べているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落014

014 Let us, therefore, get down to real analysis. Just what is the truth about truth? You have said that it is Reality and if I were to ask you to define reality you would be compelled to admit that it is that which has actual existence, and yet you speak of the real and the unreal. You have a set standard for Reality. Does not everything that is known have apparent existence? How else should it have become known?
014 ですから、真の分析に取り組みましょう。真理についての真実は何かということに対して、あなたは真理とは現実だと先に述べましたが、もし私が現実を定義するようにあなたに問えば、あなたはそれは実際に存在するものだと認めざるを得ないでしょう。そしてあなたは現実と非現実について話していることになります。あなたは現実性に対して固定化した基準を設けていることになります。しかし、これまで知られているもの全ては、明白に存在していないのでしょうか。そうでなければ、どうして知られるようになったのでしょうか。

【解説】
 「真理とは何か」という古代からの命題に対し、真理は現実性だと答えた者への質問です。この場合、元来の問いはイエスの「真理はあなたを自由にするだろう」と言った意味での「真理」であり、私達地球人が体得しなければならない境地を指すものと思われます。
 その真理に対して、単にそれが現実に存在するものだと一口に言ってのけるのでは、未だ不十分だと著者は述べているように思います。そもそも現実と言った場合、その対称に非現実性という概念があることを著者は指摘しているからです。現実性があるものとそうでないものを識別していると言っている訳です。
 本文から、私達が見聞きしたもの、それは想念の世界の段階であっても、現実の世界の中のものであっても、両者に存在の差異は全く無い、私達が思いつくものはやがては現実化するのだと言っているように、私には思えます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落013

013 Those who are idealistically inclined will answer, "It is reality!" And those who are founded upon a cold scientific basis will answer, "Fact." Others will say that truth is that which is opposed to untruth or is that which is good. To those who gave the first two answers I shall say you are correct so far as you have gone but I shall proceed to catch you in a net of your own weaving. The latter answer that truth is that which is good is utterly misconceived and evasive.
013 理想的な傾向がある者は、「それは現実だ」と答えるでしょう。また冷徹な科学的基礎に立つ者は「それは事実だ」と答えるでしょう。他の者達は真理とは偽りに対立するものだ、あるいは良きものだと言うでしょう。その最初の2つの回答を出した者については、私はあなた方がそう言う限りにおいて、あなた方は正しいと言うべきでしょう。しかし、私は更に進んであなたをあなた自身の編目で捕らえようと思います。一方、真理とは、良きものだとした後者の回答は全くの誤解であり、言い逃れです。


【解説】
 私達が求めている「真理」は何か、どのようなものかについて、改めて問われると、実は返答に窮します。それほどに私達は自分達がそもそも何を求めているかについてすら、理解していない訳です。
 ここでは、よくありがちな「真理」とは「良きもの」という概念は、全くの誤解だと著者は解説しています。真理は文字通り、善悪を超えたものであるという訳です。私達の目には、残虐非道に見える事柄も、時において自然界では起こっており、それらが生態系の調和を整えていることも確かです。
 私達が善悪というような裁きの視点を超えて、大自然、大宇宙を流れる原理を最重要なものと見詰めること、それらと同化し、自らその表現者にならんとすることが大切なところです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落012

012 So to you of this present day - you who have acquired much knowledge of many things, I ask, "What is truth?"
012 そこで、多くの事柄の知識を多く得て来た今日のあなたに、私は問い掛けます。「真理とは何かと」


【解説】
 確かにイエスが地球に居た当時と比較して、私達には多くの知識が蓄積され、発展した社会システムの中で古代の人々に比べて格段に楽な生活をしています。しかし、宇宙を貫く真実の姿、原理の理解となると、その問いに十分に答えることは出来ません。
 私達は確かに「知識」の積み重ねについては努力して来ました。技術も進化させています。しかし、生命そのものへの深遠な理解、人生の生きる目的、各自の創造の目的となると、その理解の程度は古代の人々より劣っているかも知れません。
 現代社会には「お金」というシステムがはびこっており、全ての人々の活動を縛り付けています。この中にあって、宇宙を貫く「無垢なる」原理を体現することは容易ではありませんが、少なくても、その真理に心を向け続けることが大切だと考えています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落011

011 And for every such questioning voice there is another calling, "Follow me, I alone can give you the real truth!" And blindly the people follow, little knowing or understanding the purpose of life.
011 そしてこのような疑問の声の一つ一つに対しては、「私に従いなさい。私だけがあなたに本当の真実を授けることが出来るとする、別の呼びかけがあります。そして人々は生命の目的を少しも知ることも理解することもなく、盲目的に従うのです。


【解説】
 真理を求める私達は、もちろん真理を求めようとはしない人々に比べれば、良い方向に進んでいると言えますが、それでも多くの場合、本筋から離れてしまう危険性も多い訳です。いわゆる宗教の道が決して間違っているとは言いたくありませんが、大抵の場合、その団体や組織を維持するために労力の多くが費やされているのも事実でしょう。
 確かに多くのいわゆる教祖様は皆、何らかの悟りを得た人達であることは誤りないのですが、やがては当初の志は薄れて、組織拡大の団体に陥ってしまうように思います。
 大事なのは、他人に盲目的に従うのではなく、あくまで自分自身で理解し、少しずつ歩むことです。このUFO問題についても過去の例を見れば、様々な団体や活動がありましたが、結局は生命の科学をはじめとする各自の学習を通じて、各自が確認し、実践できた内容しか残らないということだと思います。
 本講座も原理や原則については記述されておりますが、その実生活への応用は各自に委ねられている訳で、私達一人一人が自分の生きる目的や意義を見つめ直す作業が必要となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落010

010 Many generations ago when the Roman Empire was at the height of her glory and the weight of her dominance was felt by a host of people there arose in her midst a master mind who said to those oppressed, "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the people eager for deliverance, cried out, "The truth! Give us the truth that we may be free!" They were told the meaning of truth but they could not comprehend and so we hear the echo of those words and of the billions like them quivering down the ages with an insistent appeal - "The truth! what is truth?"
010 何世代も前、ローマ帝国が栄光の絶頂にあって、その支配の重圧が多数の人々によって感じられていた時、その只中に抑圧された人々に「あなた方は真理を知り、そして真理はあなた方を自由にするでしょう」と言った一人のマスターの心の持ち主が現れました。そして抑圧からの救出を求める人々は、こう叫びました。「真理!私達が自由になれる真理をお与え下さい」と。彼らは真理の意味を教えられましたが、彼らは理解できず、私達は以来、何世代も揺れ動くひとつの一貫した訴え、「真理!真理とは何か?」という言葉のこだまや何十億という類似した声を聞いています。


【解説】
 テレパシー(376)でも述べましたが、アダムスキー氏はイエスの周囲の当時の状況について、実に詳しく知っていたようです。本項もその一つで、私の記憶では聖書にこの部分に相当する記載箇所は残っていないように思います。
 さて、若干、英語のニュアンスについて申し上げます。本文中の"You shall know the truth"その他の"shall"の意味についてです。もちろん未来形の「○○するようになるでしょう」が意味ですが、更に詳しく言えば、むしろ「○○しなければならない」というような命令的な意図が含まれていることに注意したい所です。ISOの本文の記述やマッカーサーの"I shall return"の場合のように、「必ずや○○すること(になる)」という具合です。
 真理を求めてさまよう私達はイエスの時代から文明としては随分と進化した今日にあっても、その基本的な姿は変わりなく、真実を外に、現象の世界に求め続けているという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落009

009 As long as man has been in existence I suppose he has sought for truth without recognizing it when he had it firmly in his grasp.
009 人間が存在するようになってからというもの、人間は自分自身の手の中にしっかりそれを握っていたにも拘わらず、それに気付かず、真実を求め続けて来たように私は思います。


【解説】
 生まれたばかりの赤ん坊には迷いも何の不足感もありません。ただ、満たされ、安心した表情を見せているように思います。
 そこには、創造されたばかりの生命体が持つ独特の光悦感があるようの思えるのです。創造の過程はこのように全ての生き物に、純粋な生命体としての表現を与えているのです。
 しかし、その者もその後の実社会での生活の中で、本来の輝きは薄れ、汚れが付着して行くことは残念な現実です。また、その一方では真実を求める気持も増して来ることも確かですが、その真実を私達はあまりに遠くに求めすぎている訳です。
 元来、自分も生まれた時には、しっかり手にしていた創造主への信頼を再度原点に立ち返って、取り戻す必要があります。素直で無垢な「みどり児」のようにならなければ、「天国に入れない」とは、そういうことを言っているのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落008

2. Introduction
The Truth about Truth
008 Political factions are clamoring against each other for the right of opinion; philosophers and scientists are arguing about the truth of their various theories; all over the world conflicting thought centers are springing up, each professing itself the only dispenser of the absolute truth and man finds himself wondering just what is truth.
2 まえがき
真実についての真実
008 政治の党派達は互いに意見の正しさを巡って大声を出して主張し合っています。哲学者達や科学者達は自分達の様々な理論の真実について議論しています。世界中で互いに争っている思想の諸々の中心が急速に出現し、互いに自分だけが唯一絶対的な真実の提供者であると明言しており、人はただ、何が真実であるか知ろうと思い巡らせているのです。


【解説】
 この宇宙哲学が書かれた当時、地球は共産主義の台頭、また、各地での民族独立運動があり、その状況を示唆しているものと思います。しかし、現代でも国内外ともに、政治の世界、あるいは思想哲学の分野でも、本項に書かれていることが日常的に行なわれています。他惑星の文明に関しても、様々な著者や団体が、自らの正当さを主張し合っていることも確かです。
 こうした中にあって、何が真実かを見極めるのは容易ではありません。かつて、アダムスキー氏の最初の著作である「宇宙のパイオニア」の本物を見たことがあります。その奥付けには、確か「Good Luck To You」というアダムスキー氏の寄せ書きが書かれていたように記憶しています。「本書を読んで、何かが得られますように」「あなたの未来が素敵なものになりますように」というアダムスキー氏のメッセージがそこにありました。
 この宇宙哲学も著者は、ただ、私達各自の教材として提供し、中から得るものを得て下さいと言っている訳で、その成果を摘み取るのは、私達自身です。真実を求めるなら、この書の中にありますと言っているのです。



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