「宇宙哲学」 第2章

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかであるかを個人的に裁定することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。


【解説】
 私達が生きる目的は、物事の真偽を区分けするのではなく、私達自身を如何に自然に順応させ、物事の背後にある因とその現れについての知識を関連付けるかにあると説かれています。
 言い換えれば、前項に述べられていたジグゾーパズルを組み上げた時のように、目前に現れる現象の一コマ一コマを互いに関連性を見出しながら、それらの意味を学び、よりスケールの大きな宇宙観を造り上げることが期待されているように思うのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。


【解説】
 本校ではこのように私達が真理に近づく過程をジクソーパズルに例えています。私自身、ジクソーパズルをトライしたことはありませんが、その膨大な断片からいきなり全体の絵をくみ上げることは出来ないことは分かります。
 おそらくは断片を並べて見て、自分が判別出来る断片の組み合わせを先ず作り上げた上で、その後、再びその他の組み合わせの可能性について見渡すものと思われます。
 ここで大事なのは、自分が組み合わせた数片を先ず固めるということでしょう。つまり、自分が理解出来た事柄を先ずは固めた上で、他の要素を探求するという訳です。その結果、それまで自分が理解出来た組み合わせ(関連性)をより大きな絵(ビジョン)に組み上げることで、最終的な原画が仕上がるという訳です。
 一つ一つの理解をより大きな理解に繋げる作用が真理への道であると著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落019

019 "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the truth is that all things are true - true in a relative sense, I grant you, - relative to all other parts, but until men recognize and give due consideration to the Cause of all actions they will never be free. Only in uniting our efforts, acknowledging a common purpose can we bring civilization to a unified state of understanding and progress.
019 「あなた方は真理を知ることでしょう。そしてその真理はあなた方を自由にする筈です」。その真理とは全てのものが真実であるということ、相対的な意味において真実であるということであり、私としては全ての他の部分との相関性においてとあなた方に認めましょう。しかし、人々が全ての行動の因を認め、当然支払われるべき考慮を払わない限り、彼らは決して自由にはなれません。私達の努力を結集し、一つの共通の目的を認めることにおいてのみ、私達は文明に統合された理解と進歩の状態をもたらすことが出来るのです。



【解説】
 やや結論的に言えば、先ずは全てを是とするということでしょう。
 全ては同じ宇宙の法則の下に成立している為です。しかし、一方では昨今の新型コロナウィルスのように、私達に害を及ぼす為だけの存在もある中で、私達は現実をどのように考えたら良いかという課題もあることも確かです。
 しかし、長い地球の歴史の中で、いつかはこのような現状を総括し、その仕組みを明らかにする日も来るものと思います。問題は私達が自身の理解を何処まで拡げ、一つ一つの活動の意味を学び取るかにあると考えるものです。
 本文では全ての活動(行動)の原因、即ち理由や意義、作用に至る仕組みを学ぶことの大切さが説かれています。私達の一つ一つの理解を深め、互いの関連を学ぶことが真理に近づくことだと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落018

018 Because men do not understand the meaning of truth and are therefore intolerant, there has been a span of over a thousand years of scientific darkness that might have been used to bring the slowly evolving civilization to a higher standard of human expression.
018 人々は真理の意味を理解しない為に、そしてそれ故、不寛容である為に、何千年もの長きにわたり科学的に暗黒であった時代がありましたが、そうでなければ、その期間、この緩慢な進歩の文明に、より高度な水準の人間の表現をもたらしたかも知れないのです。



【解説】
 ここでは著者は前項に引き続いて、中世における宗教による暗黒時代が私達の文明の進化を妨げることになったと指摘しています。その原因として「不寛容」の要素を私達に指摘しているのです。そこで重要なのは不寛容さが人々全体にも大きな悪影響を及ぼす原因と説いていることです。
 このことは現代でも中東地域の宗教を原因とする争いが該当しますが、日本でも戦前の軍国主義の進展の中でクーデター事件など、その後の庶民の暮らしを戦争に導くことになってしまったこと等、枚挙にいとまはありません。
 現在でもラオス等の仏教国では寺院に立つ仏像は両方の手のひらを参列者に示す印相を見せることで、”争うな”と諭していると現地では伝えられています。争い事からは何も生まれないことを仏陀が身をもって教えていたということでしょう。同様に「右の頬を打たれたら、左を差し出せ”とはイエスの言葉ですが、ともに私達に寛容さを求めていることは重要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落017

017 Truth is action - the whole action of which every part is true. Small truths lead into greater truths and one small truth cast out as false can block the progress of a civilization, as has been shown by the history of the past.
017 真理とは活動です。あらゆる個々の部分が真実である活動の全体です。小さな真理はより大きな真理へと導き、偽りと投げ捨てられる一つの小さな真理も、過去の歴史によって示されて来たように、文明の進歩を妨げる可能性すら持っています。


【解説】
 かつて中世のヨーロッパでは宗教が社会を支配していました。人々は聖書の教えを盲目的に信奉するあまり、自ら自然界を探求する人達を異端として迫害していたのです。ガリレオ等、多くの科学者が攻撃され、文明が低迷した事実を私達は忘れてはなりません。
 そういう視点から、著者は自然界にある全ての活動を、先ずはありのままに受け入れよと説いているのです。小は分子・原子による一つ一つの小さな活動が積み重なり、連動して大きな自然のサイクルが形成されていることを、読者に観るように説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落016

016 Most of the world's intolerance is due to the misconception of truth. Men fight to death for their individual concept of it when a little wisdom would show them that they are only a step apart in the same hall of learning, but due to the fact that every individual intelligence has a slightly different degree of understanding, truth to each is slightly different. Intolerance is a mark of ignorance, for a developed intelligence is able to view sequences of action that shows each separate action to be relatively true. And because all sides of a question are understood he is bound by none. This type of intelligence does not condemn those who see only one phase of the whole truth. Instead he will point out the pitfalls or limitations that follow the course of thought that the individual is indulging in.
016 世界の不寛容の大部分は真理への思い違いに起因しています。人々は自分達が同じ学びの会堂で互いに一歩だけ離れていることをわずかな智恵が示す時、自分達各自の概念の為には死に至るまで戦うのです。しかし個々人の知性は理解においてわずかずつ異なるために、各自にとって真理はわずかずつ異なります。不寛容は無知の印(しるし)です。何故なら進化した知性には個別の行為が相対的に真実であることを示す行為のつながりを観ることが出来るからです。そして一つの疑問に関する全ての側面が理解される為、その者は何ものにも囚われることがありません。この種の知性には全体の真理の内、わずか一つの側面のみを見る者を非難することはありません。代わりにその個人がふけっている思考の道程に続く落とし穴や限界を指摘することでしょう。



【解説】
 世界には未だにイデオロギーや主義主張、更には宗教観の相違があり、互いに相手を批判し、自分達こそが正しいとの主張を繰り返しています。典型は政党間の議論でしょう。とにかく相手の不備を突き、欠点を暴き出すことで自分達の存在意義を大衆にアピールしているからです。
 同様に宗教の相違により、他人を殺戮することが平気で行われることが、今の地球の現状なのです。
 こうした混迷の時代にあって私達は今一度、遠い2千年以上も前に地球を訪れたイエスや仏陀の言葉に立ち返って、自ら考えなおす必要があるでしょう。増長してしまった自我(エゴ)を諭し、互いの中にある尊厳ある存在を認め合う風土に再構築しなければなりません。その際に必要な寛容さは、私達自身に既に創造主から溢れるほどに、受けている訳で、それらの一部を相手に分け与えるだけで良いのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落015

015 What of those that say truth is fact - explaining further that it is that which can be proven. Let me ask you this - proven to whom and by what and for how long? Again you must have a set standard of discrimination. Must it be proven by man's laws or theories that have already been given recognition? Then you are putting a limitation on truth. Must it be proven to all people or only to one who is able to see beyond the perception of his fellow-men? Proof can only go so far as a man will accept and truth to each man is only that which he has experienced either by mental realization or physical expression, and yet truth is universal. It is the sum total of action. Every smallest quivering frequency in the whole cosmos is truth - true because it perpetuates action. I shall bring all of my statements down to a perfectly logical, matter-of-fact foundation.
015 真理とは事実であるとする者達の言うことは、更に推し進めれば、それが証明され得るものだということです。このように質問させて下さい。誰にそして何によって、またどれくらいの間、証明されるのかと。ここでもまた、あなたがたは差別のための固定化した基準を持っているに違いないのです。それはこれまで既に認められた人間の法則や理論によって証明されなければならないのでしょうか。そうであるなら、あなたは真理にある限界を置いていることになります。それは全ての人々にあるいは仲間の者達より奥先を観ることが出来る者のどちらに証明されなければならないのでしょうか。証明とは人が受け入れるまでのものであり、個々の人にとっての真理はその人がかつて心の自覚あるいは肉体の表現によって体験したことでしかありません。しかし、真理は宇宙普遍のものです。それは行為の総計です。全宇宙の中の個々の極微の震える振動は真実です。それが永続する活動であるが故に真実なのです。私は私の論述を全て完全なる論理的で事実に即した基礎に基づいて書き起こすつもりです。



【解説】
 本項で著者は永続する活動こそが真理であり、真実であることを私達に説いています。私達はこれまで自分達が作り上げた文明や学問こそが真理であるとして来ましたが、宇宙的に見ればそれらは極く限られたものに過ぎません。宇宙開闢の昔から宇宙空間には永続する諸活動があり、小は素粒子から大は星雲の動きまで、共通の法則の下、絶え間ない動き、生命の息吹があるということでしょう。
 こうした活動は私達人間の思惑とは離れたところに準拠し、包括、連動しているものと思われます。それらの内容を本講座において著者の理解内容を逐次解説して行くと言及されているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落014

014 Let us, therefore, get down to real analysis. Just what is the truth about truth? You have said that it is Reality and if I were to ask you to define reality you would be compelled to admit that it is that which has actual existence, and yet you speak of the real and the unreal. You have a set standard for Reality. Does not everything that is known have apparent existence? How else should it have become known?
014 ですから、真の分析に取り組みましょう。真理についての真実は何かということに対して、あなたは真理とは現実だと先に述べましたが、もし私が現実を定義するようにあなたに問えば、あなたはそれは実際に存在するものだと認めざるを得ないでしょう。そしてあなたは現実と非現実について話していることになります。あなたは現実性に対して固定化した基準を設けていることになります。しかし、これまで知られているもの全ては、明白に存在していないのでしょうか。そうでなければ、どうして知られるようになったのでしょうか。



【解説】
 日本語ではTruthを真理と訳出されています。しかし、原文のTruthの語感には”真実や事実、真相”という意味があり、その延長として”真理・原理”という意味が出ているのです。
 これら言葉の定義については、私達日本人には何故、そこまで厳密に区分するのか理解しがたい面もありますが、この点については欧米人の気質によるものも多いと思われます。いずれにしても私達が長年、追い求めて来た真理とはどういうものかについて、著者は私達一人一人にその理解内容を問うている訳です。
 もちろん私達は未知なるもの全てを奉っていてはなりませんし、神秘の中にうずもれさせてはならないのですが、全て白日の下に明らかにならない限り、真実とは言えないとする”合理主義”には限界があるということでしょう。私達は目に見えない叡智の存在にこそ気付くことが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落013

013 Those who are idealistically inclined will answer, "It is reality!" And those who are founded upon a cold scientific basis will answer, "Fact." Others will say that truth is that which is opposed to untruth or is that which is good. To those who gave the first two answers I shall say you are correct so far as you have gone but I shall proceed to catch you in a net of your own weaving. The latter answer that truth is that which is good is utterly misconceived and evasive.
013 理想的な傾向がある者は、「それは現実だ」と答えるでしょう。また冷徹な科学的基礎に立つ者は「それは事実だ」と答えるでしょう。他の者達は真理とは偽りに対立するものだ、あるいは良きものだと言うでしょう。その最初の2つの回答を出した者については、私はあなた方がそう言う限りにおいて、あなた方は正しいと言うべきでしょう。しかし、私は更に進んであなたをあなた自身の編目で捕らえようと思います。一方、真理とは、良きものだとした後者の回答は全くの誤解であり、言い逃れです。



【解説】
 私達一人一人がここで「真理とは」について自分自身に問いかけることから始める必要があるという訳です。
 少しでもそれに時間をかけるなら、私達自身、ほとんどそのような課題を考えることなく、これまで毎日を過ごして来てしまったことに気付くことでしょう。この真理について突き詰める姿勢は、実は大きな意義を持っているのではないかと思います。つまり、ある程度の年齢を重ねると人はこのような追及の心境は薄れ、専ら自己の保身や延命のことばかり考えるようになり、内向きの思考ばかりになってしまうからです。
 それこそが現在の高齢社会の問題であり、常に新しい課題に向けて挑戦、追及する姿勢が必要とされるのです。また、そのように宇宙を貫く原理を学び取ろうとする姿勢こそ、私達が永遠の生命に至る基本的な要件と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落012

012 So to you of this present day - you who have acquired much knowledge of many things, I ask, "What is truth?"
012 そこで、多くの事柄の知識を多く得て来た今日のあなたに、私は問い掛けます。「真理とは何かと」



【解説】
 時や場所に関わらず成立する法則、私達全ての生命体がその原理に従って動いている法則こそ、真理と呼べるものでしょう。その真理の存在に気づき、目覚めたことを”悟りenlightenment”と表現する訳ですが、その悟りについて著者は私達に問いかけています。
 実はその悟りが無ければ、先々、師から教えられる内容を理解することは難しいということでしょう。先ずはその入口として各人が真理についてどのように考えているかを整理するよう求めているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落011

011 And for every such questioning voice there is another calling, "Follow me, I alone can give you the real truth!" And blindly the people follow, little knowing or understanding the purpose of life.
011 そしてこのような疑問の声の一つ一つに対しては、「私に従いなさい。私だけがあなたに本当の真実を授けることが出来るとする、別の呼びかけがあります。そして人々は生きる目的を少しも知ることも理解することもなく、盲目的に従うのです。



【解説】
 よく言われるように”偽預言者”は多いものです。本人はそう思っていなくても、十分に理解しないまま”自らの教義”を広め、集まってくる人々を指導することは、いわゆる”盲人が盲人を導く”結果にもなりかねません。そういう意味では、道を求める私達は慎重であらねばならないのです。
 実はこのUFO問題に関してもそれが真実であるが故に、多くの勢力が侵入し、様々な手段を駆使して妨害活動を行って来ました。その最たるものがUFOの推進力に関する研究分野です。その他にもアダムスキー氏亡き後の一連の混乱の中には様々な勢力の動きがあったことは、私自身、直接アダムスキーの協力者であった方々から伺っています。
 もちろん、これら勢力に対して、私達自身が自らの力で自らの進む道を選択し、歩みを進めるなら、その歩みを止めることは出来ません。これからは一人一人が自らの判断で自らの道を選択し、進むべき時代になっているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落010

010 Many generations ago when the Roman Empire was at the height of her glory and the weight of her dominance was felt by a host of people there arose in her midst a master mind who said to those oppressed, "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the people eager for deliverance, cried out, "The truth! Give us the truth that we may be free!" They were told the meaning of truth but they could not comprehend and so we hear the echo of those words and of the billions like them quivering down the ages with an insistent appeal - "The truth! what is truth?"
010 何世代も前、ローマ帝国が栄光の絶頂にあって、その支配の重圧が受け入れ側の人々によって感じられていた時、その只中に抑圧された人々に「あなた方は真理を知り、そして真理はあなた方を自由にするでしょう」と言った一人のマスターの心の持ち主が現れました。そして抑圧からの救出を求める人々は、こう叫びました。「真理!私達が自由になれる真理をお与え下さい」と。彼らは真理の意味を教えられましたが、彼らは理解できず、私達は以来、何世代も揺れ動くひとつの一貫した訴え、「真理!真理とは何か?」という言葉のこだまや何十億という類似した声を聞いています。



【解説】
 最近、本文の「真理はあなたを自由にする」という言葉が、ヨハネによる福音書(8:32)に由来することが分かりました。再び、使徒ヨハネの記述からの引用です。長年、アダムスキー氏が使徒ヨハネであったとされて来ましたが、もし、そうであればイエスの傍らに常に居て、その言葉が発せられた際のイエスの真意を理解していたことも納得出来ます。
 既に同乗記等でお分かりのように、イエスは地球救済の為に地球に生まれて来た訳ですが、その計画はおそらく地球の歴史において、極めて大きな意義を持つものであり、その教えの重要さは色あせることはありません。こうした中で「真理」を学ぼうとする私達は再び、このイエスの言葉にあるように真理を学び、自由になる必要があります。言い換えれば、2000年余の昔に伝えられたイエスの教えを具体的にここから学び直す必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落009

009 As long as man has been in existence I suppose he has sought for truth without recognizing it when he had it firmly in his grasp.
009 人間が存在するようになってからというもの、人間は自分自身の手の中にしっかりそれを握っていたにも拘わらず、それに気付かず、真理を求め続けて来たように私は思います。


【解説】
 古代より私達は自然界に流れる諸法則を学び、また私達自身を統制する原理を知ろうと努力して来ました。その結果、科学技術の発展した今日でも私達の生活に宗教は深く浸透している他、世界中でそれら諸宗教の間の争いが生まれています。即ち、この真理という点で、私達は未だに普遍的な理解という境地に達していないのです。
 おそらく本書の元となる他惑星文明の理解度からすれば、古代人も現代人もほぼ同程度な精神レベルであり、場合によっては古代の地球人の方が真理についてより深い理解をしていたと思うかも知れません。
 現代の私達は得られた科学知識を物質・物体を製造する為に活用する手法は優れているのですが、一方の精神面ではむしろ退化し、劣っているのではないかと思うのです。それらを挽回する為にも精神的な知識をここで整理する必要がある訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落008

2. Introduction 
The Truth about Truth
008 Political factions are clamoring against each other for the right of opinion; philosophers and scientists are arguing about the truth of their various theories; all over the world conflicting thought centers are springing up, each professing itself the only dispenser of the absolute truth and man finds himself wondering just what is truth.
2 まえがき
真理についての真実
008 政治の党派達は互いに意見の正しさを巡って大声を出して主張し合っています。哲学者達や科学者達は自分達の様々な理論の真実性について議論しています。世界中で互いに争っている思想の諸々の中心が急速に出現し、互いに自分だけが唯一絶対的な真理の提供者であると明言しており、人はただ、何が真実であるか知ろうと思い巡らせているのです。



【解説】
 本書が執筆された当時、地球世界はいわゆるイデオロギーで分断され、互いに敵対していたことを覚えておられる方も多いことでしょう。その後はご案内の通り社会は揺れ動いており、最近は新たな感染症の拡大も加わって、人々の不安が増しています。果たして地球人類が現状の困難を克服できるか、予断を許さない状況、新たな危機に面していると言えるでしょう。
 本文に戻れば、指摘されているように所詮、正当同士が自らの主張のみを正しいものとし、相手を非難する手法は、平時においても危機においても役立つものではないということでしょう。とりわけ、「真理」に対する意見は互いに自我の主張を高めるだけのもので終わってしまいがちです。そもそも主張する本人が理解できていない中で、相手より優位に立とうとするだけでは人々を導くことは出来ないのです。
 実はこれまでの経験が各自で異なる以上、一人一人が宇宙の真理を学ぶ道は人によって異なるように思うのです。各自に合ったルートを探して各々山頂を目指すべきなのです。そういう意味で審理への道筋を整理した本講座が有用と言えるのだと思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかであるかを個人的に裁定することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。

【解説】
 物事に対する姿勢としては、先ずはありのままを受け入れ、その中に意義や他との関連性を観るように努めるということでしょう。仮に相手の主張が偽りのように思えても、先ずはその主張を拒絶せず、相手に寄り添ってその主張が描こうとするイメージを明らかにすることです。そうすればそれが本人だけの一時的なものか、永続的な真実かは自ずと明らかになるものと思われます。
 カウンセリングにおいては、「傾聴」という姿勢が重要だとされているようです。その過程を通じて相手が自分が受け入れられていることに気付けば、次の改善プロセスに繋がるということでしょう。
 日々、私達は様々な事象や情報、他者との関係に巡り合います。その中で良好な関係作りを実践して行く為には、先ずは出会う全てを受け入れ、その中に宇宙を流れる法則性や相互関係を観る中で、真理に対する自らの視野を広げて行く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。



【解説】
 今日では生物多様性や生態系という言葉が広く知られるようになりました。これは人間についても言えることで、異なる人種、民族、宗教が共存する中で、総合的には豊かな社会が出来上がるという概念かと思われます。
 この達成には、前々項以来述べられている「不寛容さ」が最も大きな支障となっています。相手の考え方の違いを認め、各自の真理感を尊重し合うことが必要だという訳です。
 この点、宗教分野では仏教の教えは特筆しているように思います。各自に内面の精進を求め、自ら真理を探究して道を進めよと説く仏教は他の信仰の者とも共存して行ける理解を持っています。また、日本神道にもその許容があるように思います。
 いずれにせよ、哲学を学んで行く私達にとって、自分が正しいと思っている内容は、お互い異なることも多い訳ですが、それでも各自の想いを尊重し、その示す側面の真理を認めつつ、それらを包含する全体のイメージを思い描こうとする姿勢が重要なのだということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落019

019 "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the truth is that all things are true - true in a relative sense, I grant you, - relative to all other parts, but until men recognize and give due consideration to the Cause of all actions they will never be free. Only in uniting our efforts, acknowledging a common purpose can we bring civilization to a unified state of understanding and progress.
019 「あなた方は真理を知ることでしょう。そしてその真理はあなた方を自由にする筈です」。その真理とは全てのものが真実であるということ、相対的な意味において真実であるということであり、私としては全ての他の部分との相関性においてとあなた方に認めましょう。しかし、人々が全ての行動の因を認め、当然支払われるべき考慮を払わない限り、彼らは決して自由にはなれません。私達の努力を結集し、一つの共通の目的を認めることにおいてのみ、私達は文明に統合された理解と進歩の状態をもたらすことが出来るのです。

【解説】
 仏陀やイエスの時代から私達は自らの生きる拠り所としての真理を求めて来ました。多くの国で寺院に詣でたり、日々の祈りを心に抱きながら生活している人々も多いことでしょう。その中には自ら求める真理を体得し、自信をもって自らの人生を歩み始めた者も居る一方、様々な事情から真理の片鱗され掴めず、苦悩の中に留まる人も少なくないと思われます。
 しかし、私の浅学でも、仏陀にしてもイエスにしても皆同様な真理を語っているように思われます。それは何ものも否定せず、真理を受け入れ、その意義を学ぶという姿勢です。死をも恐れることなく、自らの生命を見つめ自分と他者、とりまく環境とのつながりを自覚する姿勢が重要なのではないでしょうか。場合によっては動物達の方がこの心境に到達しているかも知れません。
 少し横道に外れますが、実は先日仕事である国の屠場施設を調査したことがあります。明日には屠られる水牛達が実に穏やかに柵の中に佇んでいました。自らの運命や役割を受け入れ、静かに時を待つ姿に敬意を払わざるを得ない気持ちになったものです。たとえ死を前にしても、自ら掴んだ真理があれば、このように穏やかに過ごせるということなのでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落018

018 Because men do not understand the meaning of truth and are therefore intolerant, there has been a span of over a thousand years of scientific darkness that might have been used to bring the slowly evolving civilization to a higher standard of human expression.
018 人々は真理の意味を理解しない為に、そしてそれ故、不寛容である為に、何千年もの長きにわたり科学的に暗黒であった時代がありましたが、そうでなければ、その期間、この緩慢な進歩の文明に、より高度な水準の人間の表現をもたらしたかも知れないのです。

【解説】
 著者は本項で当時、頑なな宗教観の支配の下、少しでも異なる思想の持ち主を異端者として糾弾し、拷問死や火刑にしたいわゆる中世暗黒時代を示唆しているものと思われます。
 数年前、チェコを旅したことがありますが、一見美しい石造りの小都市の街の広場の一角に拷問を行った部屋があり、今日では見学場所となっていることに驚きました。ノストラダムスの時代、カトリックは民衆の生活の隅々を教義に則り支配していたという訳です。
 幸い今日では自由解放の時代になり、人々が自由に物事を探究し、主張を公言出来る時代になり、産業も発展しましたが、一方では経済が人類を支配することになっているだけで、私達は未だ真理の意味を十分理解したとは言えません。
 遠く仏陀誕生から2500年も経た中、当時とは異なる環境の下で生活している私達は、イエスも含め当時の賢者が自覚していた「真理」について、これまで得た知識を十二分に活用して再度自ら究明する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落017

017 Truth is action - the whole action of which every part is true. Small truths lead into greater truths and one small truth cast out as false can block the progress of a civilization, as has been shown by the history of the past.
017 真理とは活動です。あらゆる個々の部分が真実である活動の全体です。小さな真理はより大きな真理へと導き、偽りと投げ捨てられる一つの小さな真理も、過去の歴史によって示されて来たように、文明の進歩を妨げる可能性すら持っています。

【解説】
 私達自身の身体の中で行われている膨大な種類の生命維持活動も含め、活動しているものが真理であると説いています。宇宙に刻々流れる原理に従っているからこそ真理という訳です。
 このように膨大な数の真理が存在する訳ですが、そのどれを取っても欠くことは出来ない存在であり、もしその内一つでも不要だと捨て去るなら、この文明の進歩を妨げる程の大きな影響を与えるまでになり得るとしています。言い換えれば、生命活動についての私達の概念は大変重要であり、もし誤った概念のまま突き進めば文明全体を誤りかねないと警告しています。昨今の遺伝子操作等のこれに属するのかと考えてしまいます。
 また、真理はどのような小さな側面であれ、私達はそこから大きな意味を学ぶべきだと著者は説いているように思えます。自然観察の中では、様々な微小生物の生活風景を観ることが出来ますが、彼らは活動にやむことなく真理を表現し続けています。道端の蟻の群れからも多くを学べるように思うのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落016

016 Most of the world's intolerance is due to the misconception of truth. Men fight to death for their individual concept of it when a little wisdom would show them that they are only a step apart in the same hall of learning, but due to the fact that every individual intelligence has a slightly different degree of understanding, truth to each is slightly different. Intolerance is a mark of ignorance, for a developed intelligence is able to view sequences of action that shows each separate action to be relatively true. And because all sides of a question are understood he is bound by none. This type of intelligence does not condemn those who see only one phase of the whole truth. Instead he will point out the pitfalls or limitations that follow the course of thought that the individual is indulging in.
016 世界の不寛容の大部分は真理への思い違いに起因しています。人々は自分達が同じ学びの会堂で互いに一歩だけ離れていることをわずかな智恵が示す時、自分達各自の概念の為には死に至るまで戦うのです。しかし個々人の知性は理解においてわずかずつ異なるために、各自にとって真理はわずかずつ異なります。不寛容は無知の印(しるし)です。何故なら進化した知性には個別の行為が相対的に真実であることを示す行為のつながりを観ることが出来るからです。そして一つの疑問に関する全ての側面が理解される為、その者は何ものにも囚われることがありません。この種の知性には全体の真理の内、わずか一つの側面のみを見る者を非難することはありません。代わりにその個人がふけっている思考の道程に続く落とし穴や限界を指摘することでしょう。


【解説】
 本項で説かれている私達地球人の「不寛容さ」については、数多くの事例を紹介できるものと思いますが、その最たるものは、目下中東シリアから何十万もの難民がヨーロッパを目指して逃げていることにも関連しています。
 誰しも好んで自ら生まれ育った故郷を捨て、或いは逃げようとする人は居ません。そこでの生活に絶望した上での行動が今回の亡命避難民なのですが、その原因の大きな部分が宗教観の違いによる過激な行動があることは皆さまご存じの通りです。
 宗教というものは本来、深遠なる真理を洞察する為、先にその境地に達した教師が説いたテキストを学ぶ中で、日々精進すべきものですが、極端な信奉者は意見の異なる他の者を許さないとする「不寛容」に陥るという訳です。それも人類の今後の歴史をも揺るがしかねない大きな影響をもたらしてしまった事例となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落015

015 What of those that say truth is fact - explaining further that it is that which can be proven. Let me ask you this - proven to whom and by what and for how long? Again you must have a set standard of discrimination. Must it be proven by man's laws or theories that have already been given recognition? Then you are putting a limitation on truth. Must it be proven to all people or only to one who is able to see beyond the perception of his fellow-men? Proof can only go so far as a man will accept and truth to each man is only that which he has experienced either by mental realization or physical expression, and yet truth is universal. It is the sum total of action. Every smallest quivering frequency in the whole cosmos is truth - true because it perpetuates action. I shall bring all of my statements down to a perfectly logical, matter-of-fact foundation.
015 真理とは事実であるとする者達の言うことは、更に推し進めれば、それが証明され得るものだということです。このように質問させて下さい。誰にそして何によって、またどれくらいの間、証明されるのかと。ここでもまた、あなたがたは差別のための固定化した基準を持っているに違いないのです。それはこれまで既に認められた人間の法則や理論によって証明されなければならないのでしょうか。そうであるなら、あなたは真理にある限界を置いていることになります。それは全ての人々にあるいは仲間の者達より奥先を観ることが出来る者のどちらに証明されなければならないのでしょうか。証明とは人が受け入れるまでのものであり、個々の人にとっての真理はその人がかつて心の自覚あるいは肉体の表現によって体験したことでしかありません。しかし、真理は宇宙普遍のものです。それは行為の総計です。全宇宙の中の個々の極微の震える振動は真実です。それが永続する活動であるが故に真実なのです。私は私の論述を全て完全なる論理的で事実に即した基礎に基づいて書き起こすつもりです。



【解説】
 真理は事実であると主張する者に対して、著者はその事実とは誰によって証明されたものなら良いのか、また事実であるとそもそも誰によって証明されるべきかと問い直しています。
 その議論の中で著者は所詮、現代の私達が前提とする諸法則もその適応性には限界があり、いずれ新しい「原理」によって置き換えられるものに過ぎないと説いています。
 こうした中、宇宙自然の営みは未来永劫継続する訳で、その継続するということ自体が真理に属すると観なければいけないと諭しています。私達は真理の只中に生活しており、少しずつではあっても、真理を探究する毎日を送るべきなのです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落014

014 Let us, therefore, get down to real analysis. Just what is the truth about truth? You have said that it is Reality and if I were to ask you to define reality you would be compelled to admit that it is that which has actual existence, and yet you speak of the real and the unreal. You have a set standard for Reality. Does not everything that is known have apparent existence? How else should it have become known?
014 ですから、真の分析に取り組みましょう。真理についての真実は何かということに対して、あなたは真理とは現実だと先に述べましたが、もし私が現実を定義するようにあなたに問えば、あなたはそれは実際に存在するものだと認めざるを得ないでしょう。そしてあなたは現実と非現実について話していることになります。あなたは現実性に対して固定化した基準を設けていることになります。しかし、これまで知られているもの全ては、明白に存在していないのでしょうか。そうでなければ、どうして知られるようになったのでしょうか。



【解説】
 目の前に現れる現象や事物等、あらゆるものについて、私達は現実のものとして受け取る必要があります。しかし、真理は何かと問われた時、私達が仮に現実性だと答えたとすると、その概念の中には、反対に現実に無いものとの対比の中でイメージしていることになるのではないでしょうか。
 著者はその「現実性」を対極の「非現実性」との関係でイメージしていることを問題視しているのです。そもそも何か存在するもので非現実であるようなものは存在しないと説いているのです。
 これは、例えば本人が何かのイメージを持ったとして、それは通常、単なるイメージであり、現実性は無いと判断されがちですが、実はそうではなく、抱く想念自体が先行してそのような現実を造り出し始める、或いは既に何処かにその現実が起こっていることを示唆しているように、私には思えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落013

013 Those who are idealistically inclined will answer, "It is reality!" And those who are founded upon a cold scientific basis will answer, "Fact." Others will say that truth is that which is opposed to untruth or is that which is good. To those who gave the first two answers I shall say you are correct so far as you have gone but I shall proceed to catch you in a net of your own weaving. The latter answer that truth is that which is good is utterly misconceived and evasive.
013 理想的な傾向がある者は、「それは現実だ」と答えるでしょう。また冷徹な科学的基礎に立つ者は「それは事実だ」と答えるでしょう。他の者達は真理とは偽りに対立するものだ、あるいは良きものだと言うでしょう。その最初の2つの回答を出した者については、私はあなた方がそう言う限りにおいて、あなた方は正しいと言うべきでしょう。しかし、私は更に進んであなたをあなた自身の編目で捕らえようと思います。一方、真理とは、良きものだとした後者の回答は全くの誤解であり、言い逃れです。



【解説】
 「真理」をどのように認識するかは、大事なところです。自らが宇宙を流れる永久不変の原理、私達を含めて万物が拠って立つ原則がどのようなものとして各自が認識しているかが、問われている訳です。
 この点について、以降の講座を通じて学んで行く訳ですが、著者は先ず、私達に「真理」とはどのようなものとして認識しているかを問い掛けているということでしょう。丁度、禅の入門者にその見識を問う問答のようなものかと思われます。
 私達はこれまでの善悪や好き嫌いの観念では広大であらゆる要素を包括する原理をイメージすることが出来ません。地震や津波、火山噴火等、時に生命を奪う自然の活動もこの中に含まれますし、私達が毎回の食事を摂り、仕事をする中でも他の生命を収奪しているケースも数多いのです。そうした段階の生き方も含めての真理があり、そのイメージはこれまでの私達が想像も及ばない拡がりを持ったものだと言うことでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落012

012 So to you of this present day - you who have acquired much knowledge of many things, I ask, "What is truth?"
012 そこで、多くの事柄の知識を多く得て来た今日のあなたに、私は問い掛けます。「真理とは何かと」



【解説】
 確かに私達はこれまで科学の分野では、過去地球の文明には無かった程の進歩を遂げ、昨今では他の惑星の探査まで行えるようになりました。これは大きな進化ということになります。
 しかし、科学技術と言えど、人間の内面、精神作用や生命そのものの躍動感のような要素については、依然認識は低いままという訳です。
 これら宇宙をどのように観るか、その中でどのような法則性を洞察するかが重要なところであり、本項で著者が重視しているが故に、私達に改めて問い掛けているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落011

011 And for every such questioning voice there is another calling, "Follow me, I alone can give you the real truth!" And blindly the people follow, little knowing or understanding the purpose of life.
011 そしてこのような疑問の声の一つ一つに対しては、「私に従いなさい。私だけがあなたに本当の真実を授けることが出来るとする、別の呼びかけがあります。そして人々は生命の目的を少しも知ることも理解することもなく、盲目的に従うのです。



【解説】
 これまでも多くの宗教の教祖とされる人物は、皆一様に何らかの体験を通じて「真理」を悟り、その結果、身に付けた知識と人並み外れた能力を誇示して、人々を自らの庇護の下に導いて来ました。そのこと自体はある意味、自然な流れであり、イエスもそうした言葉を語っています。
 しかし、問題はこれに従う私達の側にあるのではないでしょうか。真理を悟るには各自が研鑽し、日常の中で少しずつ掴んで行く必要があるのですが、とかく私達は盲目的に信奉し、ただ教師の言葉を鵜呑みにすることが多いのです。
 また、一方では宗教組織が大きくなると教団を維持する仕組みが必要となり、人々は本来の学習の道から遠ざかる結果になることも多いように思えます。
 時代が混乱する時、人々を救済する為、多くの教師が現れますが、その中にあっても私達は冷静に自らの力で真理真相を掴めるように研究しなければなりません。政治の分野でも同様に誰が真実を語り、何を目指しているのか、政治家の本性を見極めることもこれと同様です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落010

010 Many generations ago when the Roman Empire was at the height of her glory and the weight of her dominance was felt by a host of people there arose in her midst a master mind who said to those oppressed, "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the people eager for deliverance, cried out, "The truth! Give us the truth that we may be free!" They were told the meaning of truth but they could not comprehend and so we hear the echo of those words and of the billions like them quivering down the ages with an insistent appeal - "The truth! what is truth?"
010 何世代も前、ローマ帝国が栄光の絶頂にあって、その支配の重圧が多数の人々によって感じられていた時、その只中に抑圧された人々に「あなた方は真理を知り、そして真理はあなた方を自由にするでしょう」と言った一人のマスターの心の持ち主が現れました。そして抑圧からの救出を求める人々は、こう叫びました。「真理!私達が自由になれる真理をお与え下さい」と。彼らは真理の意味を教えられましたが、彼らは理解できず、私達は以来、何世代も揺れ動くひとつの一貫した訴え、「真理!真理とは何か?」という言葉のこだまや何十億という類似した声を聞いています。



【解説】
 言うまでもなくローマ帝国支配下のユダヤにイエスが降り立った時代のことです。既にアダムスキー研究の関係者の間では知られていることですが、1952年11月20日に始まった宇宙からの来訪は遠大な支援プログラムの一環であり、それはイエスの時代或いはそれ以前にまで遡るものとされています。
 多くの優れた魂の持ち主が地球を訪れ、「真理」を人々に授けて来たのです。しかし、私達地球人は文明の興隆と崩壊の連続であり、これら教師の教える深い内容について、理解出来ないままとなっていたのです。
 本項はイエスが語ったとされる「私の言葉に留まるならば、あなたたちは本当に私の弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ福音書8:32)を示唆しているものと思われます。ここでも著者アダムスキー氏が使途ヨハネの言葉を引いているところが、長年、使徒ヨハネと相似されていることとも繋がり、興味深いところです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落009

009 As long as man has been in existence I suppose he has sought for truth without recognizing it when he had it firmly in his grasp
009 人間が存在するようになってからというもの、人間は自分自身の手の中にしっかりそれを握っていたにも拘わらず、それに気付かず、真理を求め続けて来たように私は思います。



【解説】
 私達が長年求め続けて来た「真理」は、実は元々自分の中にあったと本講座においては冒頭から結論が説かれています。これはとかく外に真理を求め歩き回ること、外部の者が説く教えを探し求めるのではなく、自分の中に息づく真理こそ本来私達が求め続けて来たものだということでしょう。丁度、仏陀の時代、様々な教師の元を多くの求道者が巡り歩いた時代を思い起こさせます。
 言い換えれば、万物は皆、自身の中に宇宙と繋がるしっかりした法則を有しており、いつも創造主と繋がるチャンネルを保っているということでしょう。従って、他に求めるものは何一つ無い、不自由しない環境であるとも言えるように思います。
 問題は、私達はこのような恵まれた環境に本来あることをどのように自覚するか、また、その環境を毎日どのように活用し、自らの役割を果たして行くかが重要となります。
 放蕩息子の例のように、結局は元の自分の家の素晴らしさが身に沁みる訳で、人生経路の中では様々な本や人との出会いがある中ですが、最終的には私達は自らを教材、手本として研究する中で、日々真理を学んで行くことになるのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落008

2. Introduction
The Truth about Truth
008 Political factions are clamoring against each other for the right of opinion; philosophers and scientists are arguing about the truth of their various theories; all over the world conflicting thought centers are springing up, each professing itself the only dispenser of the absolute truth and man finds himself wondering just what is truth.
第2章 まえがき
真理についての真実
008 政治の党派達は互いに意見の正しさを巡って大声を出して主張し合っています。哲学者達や科学者達は自分達の様々な理論の真実性について議論しています。世界中で互いに争っている思想の諸々の中心が急速に出現し、互いに自分だけが唯一絶対的な真理の提供者であると明言しており、人はただ、何が真実であるか知ろうと思い巡らせているのです。

【解説】
 科学が発展し、科学知識については皆が共通に理解し、その上に立って生活物資を作り、生活上便利になる品物を得られるようになっているにも拘わらず、現在の地球上には、様々な意見の応酬があり、主義主張による争いが多くあります。
 政治体制や支配構造を巡る争いもさることながら、宗教上の争いも深刻化し、過激な思想も増えています。
 本来、互いに宇宙を貫く法則や真理を探究しようとしているにも拘わらず争いにまで至るのは、私達自身の進化レベルを物語る訳ですが、それでも真の真理の姿について、古い思想に束縛されるあまり、私達が十分には掴み切れていない点も大きな原因となっているのです。
 私達は現代科学によって得られた知識をベースに自らの拙い心自体を育みながら、他の宇宙文明から伝えられた言わば本物の真理についてこれから学習して行くことになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかでありかを個人的に審査することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。


【解説】
 私達に批評家は不要です。本項ではまずは、あらゆる物事を受入れ各々の真実を学び、その上で自身をそれらを含む自然と調和させよと言っています。
 とかく私達は善悪、良否の判断を好みます。世の中には多くの批評家が自らの意見を披露して世間を誘導しようとしています。しかし、本項では違います。他人の行動を批判したり、裁くのではなく、その行動がどのような背景から生まれたかの原因を理解することを求めています。
 また、全ての行動は想念から始まって具体的な行為に至るまでには、身体も含めて様々な仕組みが用いられ、そのいずれもが所定の行動を達成する為に、100%の力を発揮していることでしょう。その中で私達は物質を突き動かす、因について知ることが大切だとしています。現実の結果の奥にある因に対する知識が重要なのです。
 前項では真理をモザイクタイルの壁画に例えていましたが、私達は自分自身のタイルが周囲とどのような位置関係にあるべきなのか、壁画全体の意図するイメージはどのようなものかについて、より高い視野で見詰める必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。


【解説】
 本項ではタイル貼りの巨大な壁画を例に、真理について説明しています。私達一人一人はその絵画を構成するタイルの一片という訳です。様々な個性や状況の多様性の中にあって、私達は各々の特性を発揮した表現者になることが必要だということです。
 しかし、どのような表現者になるにせよ、絵を完成させる上で、タイルの一片も欠けることは出来ません。また、一つでも質が悪いものが入り込めば、その壁画の欠陥になってしまうことでしょう。
 私達は、まだ自分達が描きつつある壁画がどのようなものになるのかを見ようとはしていません。各々のタイルの仕上がりばかりに関心を持っているのです。
 しかし、一度、全体を振り返って、社会全体がどのような方向に向かっているか、結局のところ、自分達が描こうとしている絵はどのようなものになるかについて、知ろうとする必要があるようです。
 一つ一つの基礎的存在から視野を拡げ、太陽系から宇宙全体にまで視野を拡げる中で、自分の果たすべき役割を知ろうとすることが必要です。また、本文後半に、各自にとって自分がどのようなことを考えようとも、それはそれで良しとするという暖かい見方が提示されています。何か、観音様のような全てを受け入れて戴けるような包容力のある言葉です。とりあえずは、各自の思い通りに進めて宜しい。しかし、全体との関係性、即ち調和を考えて、行動するようにと諭している気がします。
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