テレパシー 第3部 第1章

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落266

266 It is quite possible, nevertheless, to bring about a free state of cell activity. We speak of this state as relaxation. And the secret of being a good recipient of telepathic communication is the ability to keep the body in a state of active relaxation at all times.
266 それでも細胞活動の自由な状況を取り戻すことは全く可能です。私達はこの状態をリラクゼーション(訳注:本来は「緩和」或いは「弛緩」と訳すべきですが、原文の意味合いを込めてカナ表記にしました)と呼んでいます。そしてテレパシックな意思交流の良い受け手となる秘訣はいつの場合も活動的なリラックス状態に身体を保つ能力にあります。




【解説】
 私達がテレパシー能力を高める上で重要とされて来た「リラックスした状態」について、本項で重要な点を述べていることに注意したいものです。
 それはリラックスでも活動状態にあることです。私達生命体は全身くまなく静止していることはありません。細胞内の各構成要素も各器官も皆、常に活動的です。先ずはそれら基本的な生命活動と共鳴することが必要で、私達は常に活動的であり、同に何かに執着することなく、外宇宙から来るインスピレーションに即応する鋭敏性が求められることになります。
 読者の多くの方が、確かに仕事がはかどる時は、私達は活動的であり、臨機応変に物事を解決していますが、何か問題にぶつかって悩んでいる間は身体は不活発で停滞していることを体験していると思います。これでは身体がリラックスしていることにはならない訳です。宇宙本来の活動的な波動と一体化してはじめて、周囲と調和することが出来るということです。何事にも積極的で関心を持つこと、自然を見習った心境を大事にしなければならないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落265

265 This is exactly what happens within our bodies. Since we are one with the Cosmos, our rightful condition is a free state so that we might be receptive to all vibrations. But, due to the exaltation of the personal ego within us, we are usually adhering to the false magnetism with which we have endowed it.
265 これがまさしく私達の身体の中で起っていることです。私達は大宇宙と一つである以上は、私達にとってふさわしい状態は私達が全ての振動を感知できるような自由な状況です。しかし、私達内部の個人的なエゴの増長によって私達は自ら与えた偽りの磁力にいつも付き従っているのです。




【解説】
 私達自身、何事かに悩んだり、心を痛めたりすることは常ですが、これらの真の原因は本項に示されているように、私達が自分自身(エゴ)に関心を奪われ、集中(執着)していることに由来します。
 本来、私達はもっと自由、溌剌に生きて良く、それらを叶えるだけの条件は創造主から与えられています。それを阻んでいるのは前項の鉄粉の中に据えられた磁石のようなエゴによる統制支配という訳です。
 従って、私達の各身体細胞が各々従来からの自縛を解けば、私達の想像すら及ばない宇宙的想念波動が流れ込み始めることになります。この自縛は長年の積み重ねから来るもので、短時間では難しいかも知れませんが、継続的な取組によって、あるいは各種の「行」によって非日常体験を通じて、次第に解消するものと考えます。
 私達は先ずは各自、自分自身への関心を捨て、広く宇宙自然の中の生命波動にこそ、日々の関心を置くことです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落264

264 Now let us take the steel dust, sprinkle it lightly over the tin once more, and place a magnet in the center of the vessel. What happens? The particles immediately respond to the magnet, and gather around it in a concentrated form. It makes no difference what note we play on the violin now, nor how long we hold it.  The particles will not be moved by the lesser vibration, because they are so intensely interested in another and stranger force . . . the force of magnetism
264 今度はその鉄粉を取り出し、再びブリキ鍋の上に薄く散らばせ、その容器の中央に磁石を一つ置きます。どうなるでしょう。粒子は直ちに磁石に呼応し、それに向かって集まるように取り囲みます。今度も何ら変わることなく私達がバイオリンでどのような音曲を弾こうとも、あるいは如何に長く音を鳴らそうとも何の変化も生じません。粒子は別のもの、磁石と言う見知らぬ力に対し強烈に関心を持っている為、弱い振動では動かされなくなっているのです。



【解説】
 私達の各身体細胞が各々の中心核に対して如何に忠誠を保ち、自らのエゴによる心身の統制が為されているか、本項の事例により良く表現されています。私達はそれ程に各自の自我の示す一挙手一投足に忠実だということでしょう。多くの精神的疾病はこのような過度な集中状態に基づいているということでしょう。
 しかし、このような状態では、注目する自我の問題の他に関心はなく、当然、その他の状況について目を閉ざし、耳を塞いでいるという訳です。その結果、本人は外宇宙から来るヒントはもちろん、他の事柄に自らの視野を閉ざしており、袋小路の中で苦悶することになります。
 従って、先ず私達は本項に示されているような自らの一大関心事を一端捨て去って、執着のない世界に自分自身を置いて見る必要もあるのです。自らの60兆個もの身体細胞を従来のくびきから解き放って、本来の自由な心境に戻すべきなのです。そうする中でやがては各細胞は本来の柔軟、自然な状況に復帰し、健全な状態を取り戻す筈です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落263

263 Let us use an illustration such as this: We will take an ordinary pie tin, sprinkle a very light layer of fine steel dust over the bottom, then place it at one end of the room. Standing at the opposite end of the room, we will play a note on a violin. Since it is a recognized fact that a musical note creates a certain vibratory wave in the atmosphere relative to itself, if the note is held steadily we will find that the steel particles have moved about to form a picture of the note played. Because these particles are in a state of non-resistance, therefore easily moved, waves will appear in the layer of steel dust. This non-resistant state is comparable to the atoms when they are free in space, vibrating in harmony as they express Cosmic Cause. In this state they recognize their oneness with, and dependency upon, Cosmic Force.
263 このような事例を用いましょう。一般的なパイ焼き用ブリキ鍋を用意し、底に細かい鉄粉を極く薄く散らばせ、それを部屋の隅に置きます。部屋の反対側に立ってバイオリンで曲を弾くことにしましょう。音楽の音曲はそれ自体に相関して大気中にある振動波を造り上げることはよく知られている事実ですので、もしその音曲が一定に保たれれば、私達はその鉄粉が演奏された音曲の絵を形づくろうと動き回る様子を見ることでしょう。これらの粒子は非抵抗の状態にある為に、容易に動いて鉄粉の層の中に波紋が現れることでしょう。この非抵抗の状態は宇宙空間の中で自由に存在する原子達になぞらえることが出来、それらは宇宙の因を表現しながら調和した振動を起こしています。この状態の中で原子達は宇宙の力と一体化していることと、それに依存していることを悟っているのです。




【解説】
 鉄粉がバイオリンの音に共鳴したブリキ皿の振動に従って模様を作るこの事例は、私達自身の細胞もまた、空間を流れる波動に共鳴し、その英知を表現できる可能性を示すものです。
 その為には、先ず私達を構成する各細胞をリラックスさせ、通過する有用な波動に共鳴出来るよう、フリーな状況に保つ必要がある訳です。何か特定の関心事に気をとられてばかり居ては、外部から来るインスピレーションには即応出来ません。
 先ずは一つ一つの鉄の粒が各自自由になること、自ら大事と思った事柄に躊躇無く融合出来る柔軟性も必要な筈です。物事を解決する上でエゴは無能であり、空間を流れる宇宙の英知に従うという他力本願こそが本来的な意味を持つと言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落262

262 As I have said, all manner of vibrations are constantly beating upon the cell portals of our bodies. Inasmuch as every cell is a conscious entity, the mass as a whole is perfectly capable of intercepting any one of these vibrations. When the cell-minds do not receive them, it is because they have become too interested in the central ego of the form. This means that they have concentrated their actions about the ego to such an extent that they are not aware of the existing outer force.
262 これまで述べましたようにあらゆる形態の振動が常に私達の肉体の正面入口部分の細胞を叩いています。一つ一つの細胞は意識を持つ存在でありますので、全体の質量としての塊は、これら振動の如何なるものも捉える能力があります。細胞の心がそれらを受信出来ない場合は、それらが形あるものの中心のエゴに対し、あまりにも強い関心を持っている為です。このことはそれがエゴに自分達の行動をそれ程に集中化させて来た為に、それらが外部の力の存在に気付かなくなっていることを意味します。




【解説】
 よく言われる表現に"自意識過剰"という言葉がありますが、私達自身でもある私達の各細胞はそれぞれ自身を守り、その存在に不都合は要素の侵入を警戒するあまり、常に自身でもある細胞の中心核を見詰めているという訳です。その為に私達は外からの信号や想念波動にはすこぶる鈍感になっています。
 野生動物が危険を察知し、天候変化も予知する一方、私達は迫り来る地震その他の災害にも気付くことなく、専ら自らの関心事に心を奪われているのです。
 しかし、そのような状態では、他人との融和も宇宙から来る想念波動の感知も出来る筈はないのです。自分自身への行き過ぎた関心や集中を取り去り、自らの心を他の者へ開放し、拡張することが必要です。心を自分自身から広げることが出来れば、それ程に受信のアンテナが拡がる訳で、感知するインスピレーションは格段に増えるに違いないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落261

261 The human must have a definite reason for acting; first, as a duty of self-perpetuation; second, because the act brings pleasure. Either of these is pure selfishness; and creates this barrier of resistance against universal knowledge. This self-interest created by the concentration of cell consciousness, we call the ego. And because of our lack of understanding, it is this human ego which we seek to perpetuate.
261 人間は行動する際には明確な理由を持たねばなりません。第一は自己を永続させる為の義務として、第二はその行動が快楽をもたらす故です。これらのいずれもが純粋に利己的なものであり、宇宙普遍の知識に対して抵抗の障壁を作り上げています。この自己への関心は、私達がエゴと呼ぶ細胞意識の集中化によって造り上げられました。そして私達の理解の不足の故に、私達が永続させようと求めているものは、この人間のエゴなのです。




【解説】
 人体を維持する為に人は食物を摂る必要がありますが、同時に味覚や視覚、嗅覚を喜ばせる上から、食事はこれらエゴを満たす上で最も重視されて来た行為と言えるでしょう。グルメこそ究極のエゴの行為と言えるのではないでしょうか。
 くしくもイエスが人はパンのみにて生きるにあらずと私達に警告した通り、私達は食べることにあまりにも重きを置いており、テレビでは次々と出る新しい商品の宣伝に余念がありません。
 当然、その結果は体重増となり、富める国と飢餓に苦しむ国々との間で人々の身体に大きな差が生じており、食料の分配に不平等が生じています。
 しかし、イエスが指摘したように、私達は自身の身体の保持の目的以上に食物を摂取することに価値を置くべきでないかも知れません。以前あった宇宙人とのコンタクト事件の中で、自宅に水を貰いに飛来した宇宙船の搭乗員からお礼に貰ったパンケーキは何かダンボール紙のように味気なかったという話があります。進化した宇宙人にとっては、もはや味覚は食事の支配要素でなくなっているのではないかと思う次第です。美味しい、まずいという感覚の支配を超えた先に生きていると言っても良いのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落260

260 We are an intensely selfish lot. If you were to make an impersonal analysis of your mental reactions, you would find that ninety-nine and ninety-nine-one-hundredths percent of your thoughts pertain to yourself, your home, your business, your mate, children and possessions. To break this down, eighty-five percent of your thoughts are dedicated to the idea of self-preservation; the other fourteen-and-ninety-nine hundredths percent, to self-pleasure. That leaves a mere one-one-hundredth percent to be devoted to a searching for universal knowledge.
260 私達は強烈なる利己的な奴です。もし貴方が自分の心の諸反応を客観的に分析するなら、貴方は貴方の想念の内、99.99%が自分自身や自分の家族、自分の仕事、自分の仲間や子供達、持ち物に関連していることが分かるでしょう。更に分解すれば貴方の想念の85%が自己保存の想いに、他の14.99%が自己快楽に捧げられています。つまりはわずか0.01%が宇宙的知識の探究に捧げられているに過ぎないのです。




【解説】
 私達の日常はほとんど自分への関心事に向けられています。即ち、この地球では他者や宇宙に関心を抱く者は極めて少なく、もっぱら各自が自分自身の事柄に追われて生活していると言っても良いでしょう。
 この傾向は、会社等の組織、国家間でも同様であり、各々が自分自身と見なす範囲のことだけを常に考えている訳です。
 おそらく文明の始まりの頃は、これでも許されたのかも知れませんが、人間が力をつけ、影響力を増した現代においては、問題が大きくなっているのです。限られた土地や資源の奪い合いや侵略行為等もそうですし、各国の支配者は国民の志向を誘導し、敵対的な想念を持たせ、宇宙的な覚醒を持たせないよう、マスメディアを用いることに余念がないように思えます。
 しかし、これらの傾向も今までの自己中心の志向では問題が解決しないことを悟れば、良き方向に転換する他、ありません。そこに参考とすべきは他の生きもの達の立ち居振る舞いです。たとえ明日の朝、屠られる宿命であっても残された1日をいつも通りに過ごす水牛達の悲しげながらも穏やかな目を見た時、これら水牛達は死に向かう人間より、はるかに潔い人生観を持っていると感じ入った次第です。たとえ明日はどうなるか分からずとも、穏やかに宇宙の鼓動に耳を傾けていたいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落259

259 The intense concentration of the particles composing the body has set up such a definite barrier of resistance to the free-flying atoms of space, that the form appears to be acting under a self-made law; or to have a separate will of its own. The law of evolution which has brought the cells of the body to such a fine degree of organization, or concentration, does in time lead them into a field of universal expansion so that this barrier of resistance is lessened; and the human consciousness becomes more receptive to the vibrations about it.
259 人体を構成する粒子の強固な集中状態は宇宙空間を自由に飛翔する諸原子に対し、断固とした防御壁を作り上げており、人体は自ら作った法則の下で行動している、あるいはそれ自身の分離した意思を持っているように見えます。人体の諸細胞にこのような緻密な組織、あるいは濃度をもたらした進化の法則はやがて、この抵抗の防御壁を宇宙拡張の領域に導き、その結果、この障壁は小さくなり、そして人間の意識はそれに関わる諸振動をより多く感受するようになります。




【解説】
 実は各細胞にはそれを取り囲む細胞膜や細胞壁が各細胞の中身を守っておりますし、身体全体は皮膚組織が外部からの異物の侵入を防いでいます。これらはいずれも身体を形成する各要素を守る大きな役割を果たしていますが、その一方で各々のユニットの存在を維持すべく、内向きの態勢であるとも言うことが出来ます。
 本文の文脈から、著者は私達にこれら内向きの関心や対外的な守りの姿勢は長年、各々のユニットに要素を集結し、形を維持して来た為、ある意味、当然の成り行きであると説いています。
 しかし、私達がこの段階から進化を遂げて、宇宙的な存在になる為には宇宙から来る働きかけに対し、素直に門戸を開いていなければなりません。人体を統括する心を穏やかに、また柔軟にすることで、身体の各細胞をリラックスさせ、外宇宙からやって来る想念波動を受け止められる状態にする必要があるのです。
 昔、ある剣術家が対峙する相手と剣の先端を当てた時、しなやかな動きをする者は強いと評していたことを思い出します。あらゆる事態に臨機応変に対応する為には、心身は常に柔軟でなければならず、何かの事柄に凝り固まっていては発展は無いということでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落258

258 Because of its higher state of concentration, the same thing is taking place in our bodies to a much greater degree. The human consciousness, or personality, has come to the place where it is almost wholly interested in itself. That is, the chemicals composing the form are so highly organized that they do not feel the need of outside forces; although they must draw upon those sources for their support. Each human form is interested only in perpetuating itself; and through thousands of years it has created the habit of accepting only those impulses, or vibrations, that pertain to its own well-being.
258 そのより高密度の状況の為、同様の事柄は私達の身体の中では更に大きく起っています。人間的な意識、あるいは個性というものは、ほとんど全く自分自身にしか関心がない状態の所までに至っています。それは即ち、形を構成している化学物質は余りに高く組織化されている為、それらはそれらの維持の上から原材料を引き込む必要はあるものの、人体の外側の諸々の力を必要だとは感じていません。一つ一つの人体はそれ自身を永続させることのみに関心があり、何千年もの間、自分自身の安寧に関係する衝動もしくは振動のみを受け入れる習慣を作り上げてしまいました。




【解説】
 確かに私達の身体は優れた機能と美しさを備えていると言えるでしょう。もちろん、その身体を委ねられた私達はその機能を十分に発揮し、その美しさを表現して行く必要があります。
 しかし、それだけでは問題があるのです。自分自身にしか関心が無く、他者はあくまで自分との比較においてのみ利用するのでは、行き詰るというものです。かつてウェイン・ダイヤー氏の講演の中で、"私達はあまりにも自分自身に関心を集中して来た"と延べられていたことがあります。私達はもはや必要以上に自分に向けての関心を持っていることに問題があるのです。
 この状態では外からやって来る宇宙的な想念や周囲の者達の苦悩等について情報が入って来ることはなく、やがては自己中心的な性格に陥ってしまいます。
 自分への執着を捨てることによって、ようやく宇宙的な要素が入り込むことが出来るということでしょう。今日、流行の"断捨離"もこうして作った隙間に、宇宙的要素を入れることを本来、目指しているのかも知れません。 

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落257

257 For instance, let us mentally picture our own solar system-which resembles in every detail the tiny, invisible atom described earlier-with its twelve planets and countless planetoids revolving around a central sun. This solar system is traveling through space-force, which is composed of an infinite number of particles and innumerable other planets and suns, yet our own little system is so interested in itself that not one of the planets will wander off. They cannot help being affected to some extent by every other concentrated force in the universe, because no atom, or unit, can separate itself from the Cosmic Whole. But the planets do not allow any force to influence them sufficiently to draw them out of their chosen orbits around the sun.
257 例えば心で私達の太陽系を思い描いて見ましょう。それは以前お話したように、小さく目に見えない原子に細かい所まで似ており、中央の太陽の周りに12の惑星と無数の小惑星を伴っています。この太陽系は力の空間の中を移動しており、その空間は無数の粒子と他の無数の惑星と諸太陽から成り立っていますが、私達自身の小さな太陽系ではそれ自身の指向性が高い為、惑星のどれ一つとしてさまよい出るものはありません。諸惑星は如何なる原子や他の単位もそれ自身を宇宙全体から分離することが出来ない以上、宇宙空間の一つ一つの他の集約された力により幾分かは影響を受けざるをえません。しかし、諸惑星はそれらが選択した太陽の周囲の軌道から引き落とす程の影響を与えるような如何なる力も許すことはありません。




【解説】 
 本項では私達が暮らす惑星が中央の太陽の周囲を巡る様子を原子に例えて、中央の原子核を中心に電子が周回する姿と相似させています。その記述の中で特出すべきは、太陽系における惑星が、また、原子の中で周回する電子が中央の核を離脱しないのは、それ程に中央の太陽や原子核に強くひきつけられているからだと指摘している点です。
 私達が毎朝、太陽の光に感謝や美しさを感じることが、この惑星に暮らす生きもの共通の思いであるばかりでなく、海や陸も含めた惑星全体の姿勢であることに気付くものです。これは天照大神と畏敬していた古代の日本人の姿勢でもあるということです。
 太陽系という表現がありますが、中央に太陽をいただき、周囲をその子供達である惑星が周回する姿は一家団欒の姿に似ているように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落256

256 Professor Einstein spoke of substance, or any mass, as a knot in time-space - a very logical definition. For any material form is simply a section of space tied, or bound, together. This concentration, or binding together of particles, creates a sense of individuality (which is almost totally interested in itself).
256 アインシュタイン教授は物質、あるいは質量を時空における一つの結び目のように表現しており、それは大変、論理的な定義です。何故なら、どのような物質についても形は縛り付けられ、あるいはくくられた一部の空間のまとまりでしかないからです。この集中、即ち、諸々の粒子群を一緒に束ねていることが、個体性(全ての関心をほとんど自身に向けていること)を造り出しています。




【解説】
 アインシュタインは物質を時間-空間座標における結び目と捉えていたと本項は紹介するとともに、その洞察が進化した他惑星人の思想の上からも理に適っていると延べています。
 この視点は同時に、私達がとかく捉われ易い執着というものが、物質特有の性質であり、私達が肉体人間として留まる限り、抜け出せないある種の特徴なのかと思われます。
 一方、同理論によれば、物質自体は単なる結び目であり、実体が無いとすれば私達のこの従来の概念は、あくまで仮の姿に固執していることを意味します。重さを測定すれば確かに物質の量を測ることは出来ますが、それも一時的なものであり、物質は時間の経過とともに変化して行き、永続するものではありません。
 従って、私達が軸足を置くべき場所は、これら空間の結び目のような不安定なところではなく、もっと永続するものに置くべきであることを本項は示唆しているのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落255

255 To answer these questions, let us imagine the creation of a human consciousness through a concentration of forces, or rather, particles of force. Let us visualize a vast sea of force, composed of invisible units.  By a means inconceivable to the human intellect one of these units is project forward through this force-space in a whirling motion, creating a form of magnetism within itself which draws other particles to it. Because of the magnetic force within them, which we have called the law of affinity, these particles cling together and gradually become more and more concentrated, or bound to each other, by a mutual form of activity.
255 これらの疑問に答える為、人間の意識が力の集中、あるいはむしろ力の粒子群を介して創造される過程を心に描いて見ましょう。目に見えない単位から構成された広大な力の海を目に浮かべましょう。人間の知性では認知できないある方法によって、これらの単位の一つがこの力の空間の中に回転しながら打ち出され、それ自身の中に磁力を造り出す結果、他の粒子をそれに引き寄せます。私達が親和の法則と呼ぶこの内部の磁力の影響から、これら粒子は互いにくっつき合い、やがてより密度が高まり、相互の活動形態を通じて互いに結合します。


【解説】
 本項は広大な宇宙空間の中で私達の意識がどのように創造されているかを説いています。丁度、創世記に記されているように、万物の始まりに先立って、その形が出現するはるか前の意識段階での創造作用が本項で描かれています。
 現時点で私達は本項の内容について検証するすべはありませんが、創造力のある宇宙空間において創造主が意思を持って投げかけた「言葉」が空間を通過するにつれ、その元に呼応した様々な粒子が結合し、一つの形を形成する様子は良く理解出来ます。
 物事を実現させるには様々な要素や物質を結集しなければなりませんが、創造主が意思を持ってその想念を空間に投げかければ、その意思に呼応する粒子群がこのようにして様々な要素を引き寄せ、物事を実現して行くということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落254

254 When we consider that consciousness is activity, and that thought is energy produced by that activity, and that thought cannot be destroyed but can be transmuted or transformed, we must stand in awe before the realization of the prodigious bombardment to which our bodies are subjected by billions upon billions of charged particles flying through space in never ceasing activity. Since these countless variations of vibrations surrounding us at all times, and the human body is capable of receiving all of them through the feeling channel, why is that the average person receives so few? Why are some more receptive? What determines the type of vibration to which each individual is receptive?
254 私達が意識は活動であり、想念はその活動によって作り出されたエネルギーであり、想念は破壊されず変質あるいは変容するだけだと考える時、私達の肉体が止むことなく宇宙空間を飛来して来た何十億もの荷電粒子による桁はずれの数の衝突にさらされているという自覚を前にして私達は驚きの中、立ち尽くす筈です。私達を常々取り囲むこれら無数の諸振動はフィーリングの経路を通じてそれら全てを受信することが出来ますが、一方で何故平均的な人間は感受がそんなに少ないのでしょうか。他の者がより多く感受できるのは何故か。各々が感受する振動の形式はどのようにして決まるのでしょうか。




【解説】
 本項では宇宙空間を猛烈な速さで伝播する想念波動の様子について、細かく描写されています。私達はその真只中に暮らしている訳で、私達の身体には絶えずこの荷電粒子が衝突していると言っても良いでしょう。
 これら想念波動はおそらくはあらゆるものに影響されることなく通過し、宇宙を文字通り飛び回り駆け続けているに違いありません。私達はそれらの中で自分の身体を通過したものの内、自らが感受できたもののみ、アイデアや印象として感知するということでしょう。
 何ものにも邪魔されることなく、宇宙を駆け巡るという点では、素粒子研究の世界と似ているように思われます。宇宙から降り注ぐ素粒子を地中深くに建設した検出装置により観察する装置の存在は著名ですが、私自身としては、地中深くまで貫通する宇宙から来る素粒子のパワーに本項で言う想念波動に似た要素を感じます。
 私達の発する想念も、岩をも貫くパワーがあり、どこまでも進み、物事の実現力を備えていることに改めて驚く限りです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落253

253 Nothing in the universe is at rest; so all things must be conscious. The only difference between consciousness and intelligence is that intelligence, or the perception of thought, is the result of consciousness, or activity, acting upon itself. In other words, thought is produced by one unit of consciousness contacting another unit of consciousness; and the recognition of thought is intelligence, or knowledge. Consciousness is abstract awareness.... intelligence is concrete awareness. Thus, all concrete facts, or phenomena, are merely manifestation of the abstract; and are dependent upon it for their existence.
253 宇宙には休止しているものは何一つなく、それ故に全てのものには意識的でなければなりません。意識と知性の間にある唯一の違いは知性ないし想念の知覚は、それ自身に作用する意識あるいは活動の結果であるということです。言い替えれば、想念は一つの意識単位からもう一つの意識単位と接触することで作り出されます。そして想念の認識は知性あるいは知識なのです。意識は抽象的な気付きであり、知性は具体的な気付きであるのです。このように全ての具体的な事実あるいは現象は、単にその抽象物の現れに過ぎず、その存在をその抽象物に依存しているのです。



【解説】
 ここではアダムスキー哲学で言う"意識"について更に深く記述されています。その具体的内容について完全に理解出来ている訳ではありませんが、常に活動を続ける宇宙にあって、意識はその複合的な英知であると説いており、その意識と意識の接触、交流において想念が生まれるとしています。
 このように私達各人が持つ意識は、全体の知識の統合体の役割があると同時に、それら相互作用によって想念を生み出すという訳です。従って、私達が宇宙空間で数多くの意識と交流すればするほど、発信される想念は数多いものとなることになります。
 人により、感受するアイデアの数は異なるでしょうが、それはその方の意識が如何に多くの意識体と交流しているかにかかっているのです。多くの意識体と交わる程に、感受するアイデアも増えることになります。また、創造的な仕事もそれに比例して数多いものになるに違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落252

252 Telepathy is an expression of the Law; which is as ageless as the Cosmos. If man hopes to use it with understanding, he must recognize how imperative it is for him to practice self-discipline. As long as he allows dissension to continue within himself, his receptivity will be confined to the level upon which his mind works. The Laws of the Cosmos are immutable, and in time man will awaken to his potential; for the only limitations placed upon man, are those his unawareness imposes.
252 テレパシーは偉大なる法則の内の発現の一つであり、それは大宇宙と同様、永遠不老です。もし人がテレパシーを理解して用いたいと望むなら、自身にとって自己訓練を実践することが如何に必須なことであるかを認識しなければなりません。その者が自身の内側で意見の不一致を許す限り、その者の感受性は心が働くレベルに限定されるのです。大宇宙の諸法則は不変であり、やがては人は自身の潜在能力に目覚めることでしょう。何故なら、人の上に置かれた唯一の限界は自身の鈍感さが押し付けたものだからです。




【解説】
 テレパシーの発動原理は宇宙の法則そのものであり、その作用に限界はないのです。個々人について唯一、その限界を設けているのはその個々人の自我の設定する限界だけであると説いています。
 これを見る限り、私達は改めて現在学んでいるテレパシーとは、単なる無言の会話術などに収まるようなものでなく、広い宇宙に拡がるあらゆるものと融合する能力、更には物事を創出する潜在力を持つものであることに気付きます。
 私達一人一人が進化を遂げる中で、理解を深めて行くのがこのテレパシーであり、様々なものと心を通わせる能力であり、物事を生み出す原動力と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落251

251 So the great teachers of the past, comprehending that real development cannot come until man has disciplined himself, refused to waste either their time, or that of the pupil, where growth would be doubtful. They understood that the Cosmic Law of Progression would in time inspire the person to realize the necessity of an honest evaluation of himself, and of his relationship to all creation. He would then know that self-control was a prime requisite.
251 その為、昔の教師達はその者が自身を訓練し終わるまでは真の発達がやって来ないことを理解していた為、成長が疑わしい間は、自分達やその生徒の時間を無駄に過ごすことを拒絶したのです。彼らは進化の宇宙法則はやがてはその者に自身について正直な評価を行う必要性を認識させることを理解していました。その者は次に自己統制が主要な必要条件であることを知ることになるのです。





【解説】
 その人にとって、これまでの自分の限界を超えて新たな進化の道を歩み始めるには、それなりの厳しい訓練が必要だということです。指導者についただけではその説く教えを理解し身に付けることは難しいのです。先ずは自身のこれまでの批判的な態度や自己意識等、徹底的に解消する必要があると説いています。
 もちろん、これらの著者の指摘は以前記したように、自己主張を重んじる欧米社会という背景もあるでしょうが、私達日本人にも長年、社会で揉まれる中で増長させてしまった自我をコントロール(統制、制御)することが重要である点にいささかも相違はありません。
 やって来る想念・印象に対して素直に受容出来る態勢を自身に作り上げることが進歩の道の前提となる訳ですし、そうする中で創造物の一員として創造主の庭で過ごすことが出来るというものです。幼子のように宇宙的波動に素直に従えることがカギということになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落250

250 We would do well to ponder this ancient requirement, and incorporate a little of it into our lives today. Most of us are so busy imposing our opinions upon others, that we really do not listen to what they have to say. While others are presenting their side of the subject, our minds are so busy marshalling our own arguments to prove them wrong, that we do not hear more than a fraction of what is being said.
250 私達は古代のこの要件についてじっくり考え、今日の私達の生活にその少しを組み入れた方が良いでしょう。私達のほとんどは他の者達への自分達の意見を押し付けることに躍起になっており、私達は実際には他の者達が何を言おうとしているのかに耳を傾けてはいません。他の者達が課題に対する自分達の側面を提示している間に、私達の心はそれらの提示が誤りであることを示すべく、自分達の議論を先導しているだけで、私達は相手が話している事柄の一部しか聞いていないのです。




【解説】
 本項が執筆されていたアメリカは民主主義、自由主義の国であり、各自自らの責任で全ての生き方や選択を自分の意思でよって行われるといっても良いでしょう。しかしその一方で自己主張しないと人格が認められない風潮があるのかも知れません。
 とりわけ最近では日本でも盛んに行われるようになったものに、ディベートがあります。互いに異なる意見を戦わせて、勝敗を決めるものです。そこでの内容は、本項の中身そのものです。こうした中、各人の自我は自分の主張、自我の主張を強める訳です。
 しかし、テレパシー訓練はこれとは真逆の方向で自身を訓練せよと言っているのです。これらディベートは政治家の討論会でも同じであり、物事の真の解決にはならず、互いの溝を深めるだけとなっています。このように私達の身の回りには、本項で指摘されているような事例は数多くあると思われますし、私達はこれらを観察する一方、これらの中にある課題に注意する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落249

Part  Ⅲ
CHAPTER I  Control of the Ego
249 In olden times, teachers of philosophy demanded strict adherence to certain disciplines of body and mind before they would accept a pupil. They did this because they knew that if a man could not control his sense mind and body-habits, he was not yet ready to receive higher instruction. Some great teachers demanded a five-year period of absolute silence from the pupil before they would even consider the possibility of instructing him. This may seem drastic to us today, yet it served a two-fold purpose. The student learned self-control through not being able to participate in conversation around him; and the enforced role of an impartial listener made it possible for him to study and evaluate both sides of every question.
第3部
第1章 エゴを統制すること
249 古くは哲学の教師達は弟子を受け入れる前に肉体と心についてある種の訓練に厳密に従うことを要求したものです。教師達は、もしその者が感覚心や肉体の習慣を統制できなければ、より高次な教えを受ける準備が出来ていないことを知っている為、そうしたのです。偉大な教師の中には、その弟子を教えられるかを考える前に、その弟子から5年間の間、全くの沈黙を課した教師もいました。これは今日、私達にとっては過激に見えるかも知れませんが、それには二重の目的があったのです。弟子は自分の周囲の会話に参加出来ない為に、自己統制を学びましたし、また隔てない聞き役としての強いられた役割によって、すべての問いに対する両方の側について学び、評価することが可能となったのです。





【解説】
 伝えられているところではアダムスキー氏は幼少期にチベットに連れて行かれ、そこで訓練を受けたとされています。自我を統制する為に行われたであろう様々な訓練について、本項で紹介されているのには、そうした背景があるのかも知れません。
 これまでも多くの学習者は、とかくアダムスキー氏に関する自分が知る事柄を自慢し、また相手の意見に耳を傾けることなく、持論を述べるか、或いは新しい情報を求め続ける事例も多かったように思われます。
 しかし、これらの場合、結局は本質を掴むことなく他人と意見をたがえ、再び自分の殻の中に戻ってしまうことも残念ながら多かったように思います。
 これに対して、本来の私達の最大の課題は、アダムスキー氏でも他人でもなく、私達各自の自我、自分自身にある訳で、これを如何に攻略し、本来の姿に戻すのかにあるのです。この第3部第1課はこうした意味で各自の自我のコントロール(統制)の重要性について私達に説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落266

266 It is quite possible, nevertheless, to bring about a free state of cell activity. We speak of this state as relaxation. And the secret of being a good recipient of telepathic communication is the ability to keep the body in a state of active relaxation at all times
266 それでも細胞活動の自由な状況を取り戻すことは全く可能です。私達はこの状態をリラクゼーション(訳注:本来は「緩和」或いは「弛緩」と訳すべきですが、原文の意味合いを込めてカナ表記にしました)と呼んでいます。そしてテレパシックな意思交流の良い受け手となる秘訣はいつの場合も活動的なリラックス状態に身体を保つ能力にあります。

【解説】
 磁石を置いた鉄粉の場合と異なり、私達の各細胞は単に昔からの習慣や思い込みから自我(エゴ)に従っているだけで、本来はより自由で柔軟な存在にも成り得るという訳です。その本来の姿、即ち、本文中でリラクゼーションと表現された状態にもって行ければ宇宙からの印象波動に対しより鋭敏になれるということです。
 何かの心配事で緊張したり、怒ったりすること、結果が自分の予想した通りに進まないことで落胆したりと、私達は様々な理由を付けて肉体を酷使しています。その結果、肉体細胞は疲れ、あるいは頑なになり、外界への関心は薄れてしまうのでしょう。
 しかし、私達各人は自らを相棒として訓練を行い、様々な失敗や成功を経験することで成長して行けるものです。一つ一つの小さな実践からその解決の糸口を見つけて本項に記されている肉体細胞をリラックスさせる心境を掴まなければなりません。それは現在の私達には難しいように思われがちですが、他惑星人には大変容易なこと、心身を若々しく保つ上で食物以上に大事なことではないかと考えます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落265

265 This is exactly what happens within our bodies. Since we are one with the Cosmos, our rightful condition is a free state so that we might be receptive to all vibrations. But, due to the exaltation of the personal ego within us, we are usually adhering to the false magnetism with which we have endowed it.
265 これが正しく私達の身体の中で起っていることです。私達は大宇宙と一つである以上は、私達にとってふさわしい状態は私達が全ての振動を感知できるような自由な状況です。しかし、私達内部の個人的なエゴの増長によって私達は自ら与えた偽りの磁力にいつも付き従っているのです。

【解説】
 私達は本来、もっと自由に生きて行くべきなのですが、現状では自我に振り回され、自己中心の中でその日その日を過ごしており、本文の描写にあるように自我に引き寄せられ、何ら外界から来る精妙な想念振動に気付いていないのです。
 こうしたことは過去生にもわたって長らく続けられて来た訳で、この問題の解決は一朝一夕にうまく行くものではありません。しかし、鉄粉の一粒一粒に対して他にも素晴らしい世界があることを自覚させれば、やがてはその自我の自縛も解消されることでしょう。
 その為には、努めて良質な源泉を学び、他の手本を調べることによって、次第に自分の問題点も明らかになって来るものと思われます。この問題は他人が全てを解決して差し上げることは出来ません。各自が自分の現状を見据えて、自分に合った方法で少しずつ改善して行く他はないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落264

264 Now let us take the steel dust, sprinkle it lightly over the tin once more, and place a magnet in the center of the vessel. What happens? The particles immediately respond to the magnet, and gather around it in a concentrated form. It makes no difference what note we play on the violin now, nor how long we hold it.  The particles will not be moved by the lesser vibration, because they are so intensely interested in another and stranger force . . . the force of magnetism.
264 今度はその鉄粉を取り出し、再びブリキ鍋の上に薄く散らばせ、その容器の中央に磁石を一つ置きます。どうなるでしょう。粒子は直ちに磁石に呼応し、それに向かって集まるように取り囲みます。今度も何ら変わることなく私達がバイオリンでどのような音曲を弾こうとも、あるいは如何に長く音を鳴らそうとも何の変化も生じません。粒子は別のもの、磁石と言う見知らぬ力に対し強烈に関心を持っている為、弱い振動では動かされなくなっているのです。


【解説】
 私達の身体の60兆個以上あるとされている細胞の一つ一つが肉体や自我に対してのみ服従し、その指示を待つと同時に、肉体の維持に専念しているという訳です。考えようによっては私達にとって大変、有難い存在な訳ですが、ことテレパシーの開発に対しては大きな障害となっていることも確かです。
 もちろん、身体維持は大切なのですが、各々の細胞の集中力を少し弱めて、外界からの振動に対してもっと耳を傾ける姿勢が重要であることは間違いありません。その為にどうするかが問われていることになります。
 一人一人が日常の生活の中で各自の細胞にその点を言い聞かせ、よりオープンで受容的な姿勢、心境を取らせることが重要になります。もちろん他人の意見を聞くことや広く社会全般の事情について関心を持つこと、宇宙的分野に自分の関心を目覚めさせること等、様々な試みを行って、その実現を目指すことが大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落263

263 Let us use an illustration such as this: We will take an ordinary pie tin, sprinkle a very light layer of fine steel dust over the bottom, then place it at one end of the room. Standing at the opposite end of the room, we will play a note on a violin. Since it is a recognized fact that a musical note creates a certain vibratory wave in the atmosphere relative to itself, if the note is held steadily we will find that the steel particles have moved about to form a picture of the note played. Because these particles are in a state of non-resistance, therefore easily moved, waves will appear in the layer of steel dust. This non-resistant state is comparable to the atoms when they are free in space, vibrating in harmony as they express Cosmic Cause. In this state they recognize their oneness with, and dependency upon, Cosmic Force.
263 このような事例を用いましょう。一般的なパイ焼き用ブリキ鍋を用意し、底に細かい鉄粉を極く薄く散らばせ、それを部屋の隅に置きます。部屋の反対側に立ってバイオリンで曲を弾くことにしましょう。音楽の音曲はそれ自体に相関して大気中にある振動波を造り上げることはよく知られている事実ですので、もしその音曲が一定に保たれれば、私達はその鉄粉が演奏された音曲の絵を形づくろうと動き回る様子を見ることでしょう。これらの粒子は非抵抗の状態にある為に、容易に動いて鉄粉の層の中に波紋が現れることでしょう。この非抵抗の状態は宇宙空間の中で自由に存在する原子達になぞらえることが出来、それらは宇宙の因を表現しながら調和した振動を起こしています。この状態の中で原子達は宇宙の力と一体化していることと、それに依存していることを悟っているのです。



【解説】
 音楽の意義と作用は実際には本項に記されているように、空間を振動が伝わって私達の肉体細胞に到達し、振動に含まれるアイデアやメッセージをそれら細胞に伝達することにあると言えるでしょう。鼓膜での振動の受信ばかりでなく、身体全体でそのメッセージ振動を受信し、同調しているのかも知れません。
 そのいずれにしても、私達の肉体細胞はこのような振動に同調し、その内容を表現する能力を有していることを自覚することは大切です。努めて良質な情報を志向して行かなければならないと古来から説かれていますが、それは私達自身、様々なものに影響され易いことにその理由があります。低次元の情報を見聞きすると身体もそれに呼応してしまうことは、多くの方に経験があることでしょう。
 私達が本来、何処を目指すべきかは、明らかなのですが、そこを目がけて突き進むことは最初の内は容易ではありません。しかし、独りそこに向かって役立つ訓練を日々積み重ねることで、ますますその良質な源からの印象を受け入れ易くなることは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落262

262 As I have said, all manner of vibrations are constantly beating upon the cell portals of our bodies. Inasmuch as every cell is a conscious entity, the mass as a whole is perfectly capable of intercepting any one of these vibrations. When the cell-minds do not receive them, it is because they have become too interested in the central ego of the form. This means that they have concentrated their actions about the ego to such an extent that they are not aware of the existing outer force.
262 これまで述べましたようにあらゆる形態の振動が常に私達の肉体の正面入口部分の細胞を叩いています。一つ一つの細胞は意識を持つ存在でありますので、全体の質量としての塊は、これら振動の如何なるものも捉える能力があります。細胞の心がそれらを受信出来ない場合は、それらが形あるものの中心のエゴに対し、あまりにも強い関心を持っている為です。このことはそれがエゴに自分達の行動をそれ程に集中化させて来た為に、それらが外部の力の存在に気付かなくなっていることを意味します。



【解説】
 外界から飛び込んで来る想念・印象の振動に対し、私達が気が付かないでいる理由は一つ一つの細胞が自分自身の関心事に集中してしまっている為にそれら精妙な振動に気付かないからだと説かれています。
 自我(エゴ)中心の生活を送り、惰性の暮らしを送っていてはますます、かたくなさは全身に浸透し、感性の鈍い人間に成り下がってしまうという訳です。それを食い止め、本来の姿に戻す為には常に宇宙や身の回りの空間から得られる印象情報に関心を持つこと、常に受容的な態度を保つことが必要となります。
 柔軟性や無欲、何事にも探究する姿勢や意欲は自分を度外視した他者への奉仕活動を通じて養えるものだと思います。私達が創造主の恵みによって生かされていることを知れば、その一部を他者に分かち合えることは、喜びであり、私達の身体細胞をより柔軟なものに変化させることになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落261

261 The human must have a definite reason for acting; first, as a duty of self-perpetuation; second, because the act brings pleasure. Either of these is pure selfishness; and creates this barrier of resistance against universal knowledge. This self-interest created by the concentration of cell consciousness, we call the ego. And because of our lack of understanding, it is this human ego which we seek to perpetuate.
261 人間は行動する際には明確な理由を持たねばなりません。第一は自己を永続させる為の義務として、第二はその行動が快楽をもたらす故です。これらのいずれもが純粋に利己的なものであり、宇宙普遍の知識に対して抵抗の障壁を作り上げています。この自己への関心は、私達がエゴと呼ぶ細胞意識の集中化によって造り上げられました。そして私達の理解の不足の故に、私達が永続させようと求めているものは、この人間のエゴなのです。



【解説】
 各人が自分のことのみ関心を持っていることが、世の中に多くの問題を発生させていると同時に、各人についても内向きの姿勢ばかりで外界からの支援、宇宙から各生命体に授けられている貴重なる印象類に対して障害(バリアー)を造り上げています。
 自分自身に関心を持つと言っても、大抵は容姿や他人の評価等を気にしての行動であり、自分自身の内部の生命活動への本来の探究心ではありません。本当に自分自身を追及する場合は、体内の各細胞の声を聴くような静かな心境にもなりますし、他の生きもの達との連帯感も生まれる筈なのです。
 芸術家や作家が寝食を忘れて製作に没頭する時、そこには自分自身への関心は無く、その作品の中に自分を没入させ、一体化している筈です。その時、実は本項に記されているような障壁は消失し、本人を通じて宇宙的印象が現実世界に放出されているものと考えられます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落260

260 We are an intensely selfish lot. If you were to make an impersonal analysis of your mental reactions, you would find that ninety-nine and ninety-nine-one-hundredths percent of your thoughts pertain to yourself, your home, your business, your mate, children and possessions. To break this down, eighty-five percent of your thoughts are dedicated to the idea of self-preservation; the other fourteen-and-ninety-nine hundredths percent, to self-pleasure. That leaves a mere one-one-hundredth percent to be devoted to a searching for universal knowledge.
260 私達は強烈なる利己的な奴です。もし貴方が自分の心の諸反応を客観的に分析するなら、貴方は貴方の想念の内、99.99%が自分自身や自分の家族、自分の仕事、自分の仲間や子供達、持ち物に関連していることが分かるでしょう。更に分解すれば貴方の想念の85%が自己保存の想いに、他の14.99%が自己快楽に捧げられています。つまりはわずか0.01%が宇宙的知識の探究に捧げられているに過ぎないのです。



【解説】
 日々の私達が考えていることは、自分自身や身内のことばかりで、宇宙的なアイデアや真理についてはほとんど求めていないと、著者は私達に説いています。元来、求めていない訳ですから、それらがやって来ることもないと言える訳です。当然、自分が求めている方法に人生は展開して行く訳で、今日の状況は私達自身が造り上げたものと言うべきでしょう。
 解決策は、果たして自分自身がどのような心境で毎日を暮らしているか、これまでの生活態度はどうだったかを端的に反省することが出発点かと思われます。その上で自分にとって真に必要なもの、これまで忘れかけていた宇宙的感性や過去に地球に来訪された先師が説かれた内容について自ら探究しようとする姿勢に立ち戻る必要があるでしょう。
 結局はこれまで通りの心境で生きて行くことの末路は望ましいものではないと見切りをつけて、新しいより新鮮な想念の受容者、発信者になり、少しでも宇宙的な生命波動に共鳴できる存在、自らを通じて表現出来る存在になることが必要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落259

259 The intense concentration of the particles composing the body has set up such a definite barrier of resistance to the free-flying atoms of space, that the form appears to be acting under a self-made law; or to have a separate will of its own. The law of evolution which has brought the cells of the body to such a fine degree of organization, or concentration, does in time lead them into a field of universal expansion so that this barrier of resistance is lessened; and the human consciousness becomes more receptive to the vibrations about it.
259 人体を構成する粒子の強固な集中状態は宇宙空間を自由に飛翔する諸原子に対し、断固とした防御壁を作り上げており、人体は自ら作った法則の下で行動している、あるいはそれ自身の分離した意思を持っているように見えます。人体の諸細胞にこのような緻密な組織、あるいは濃度をもたらした進化の法則はやがて、この抵抗の防御壁を宇宙拡張の領域に導き、その結果、この障壁は小さくなり、そして人間の意識はそれに関わる諸振動をより多く感受するようになります。



【解説】
 私達各々の創造物が一旦物体として集約し、個体に凝縮するとそこには個体を守ろうとする意思が働くという訳で、ある意味、私達人間に自我(エゴ)が発達してしまうのは、自然の成り行きなのかも知れません。つまりは誰もが通る道の果てが今日の私達の状況ということになります。
 しかし、進化の道はこれからであり、本文中にも触れられているようにやがてはこの外界とのバリヤー(障壁)を和らげ、外界との交流を促進することが求められています。それに呼応して自ら作り上げてきた自己防衛とも言える概念を捨てて、外から来る印象に対し門戸を開く必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落258

258 Because of its higher state of concentration, the same thing is taking place in our bodies to a much greater degree. The human consciousness, or personality, has come to the place where it is almost wholly interested in itself. That is, the chemicals composing the form are so highly organized that they do not feel the need of outside forces; although they must draw upon those sources for their support. Each human form is interested only in perpetuating itself; and through thousands of years it has created the habit of accepting only those impulses, or vibrations, that pertain to its own well-being.
258 そのより高密度の状況の為、同様の事柄は私達の身体の中では更に大きく起っています。人間的な意識、あるいは個性というものは、ほとんど全く自分自身にしか関心がない状態の所までに至っています。それは即ち、形を構成している化学物質は余りに高く組織化されている為、それらはそれらの維持の上から原材料を引き込む必要はあるものの、人体の外側の諸々の力を必要だとは感じていません。一つ一つの人体はそれ自身を永続させることのみに関心があり、何千年もの間、そのような衝動もしくは振動のみを受け入れる習慣を作り上げてしまい、それらは自身の満足の一部になっています。



【解説】
 前項(257)に記されていたように、惑星程の大きさの物体になれば当然、それを構成する各要素・成分がそれを維持する為に莫大な力を結集することは容易に考えられます。私達の人体も同様で、その精密な器官を適切に運用して行く為に無数の仕組みがあり、各細胞・分子はそれに向かって日夜休みなく働いている訳です。
 しかし、一方では本項に記述があるように、その個体の維持に集中するあまり、外からの印象・想念には門を閉ざしがちになるという訳です。この点について十分に注意しないとやがては自我(エゴ)のみの存在となり、本来のその創造物を通じて宇宙の創造主が表現したかった姿を達成出来ない状況に陥ります。
 私達が宇宙的な印象・想念を感受しづらいのは、こうした事情にある訳で、この問題を解決することが本来の創造物の姿に生まれ変わることに繋がります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落257

257 For instance, let us mentally picture our own solar system-which resembles in every detail the tiny, invisible atom described earlier-with its twelve planets and countless planetoids revolving around a central sun. This solar system is traveling through space-force, which is composed of an infinite number of particles and innumerable other planets and suns, yet our own little system is so interested in itself that not one of the planets will wander off. They cannot help being affected to some extent by every other concentrated force in the universe, because no atom, or unit, can separate itself from the Cosmic Whole. But the planets do not allow any force to influence them sufficiently to draw them out of their chosen orbits around the sun.
257 例えば心で私達の太陽系を思い描いて見ましょう。それは以前お話したように、小さく目に見えない原子に細かい所まで似ており、中央の太陽の周りに12の惑星と無数の小惑星を伴っています。この太陽系は力の空間の中を移動しており、その空間は無数の粒子と他の無数の惑星と諸太陽から成り立っていますが、私達自身の小さな太陽系ではそれ自身の指向性が高い為、惑星のどれ一つとしてさまよい出るものはありません。諸惑星は如何なる原子や他の単位もそれ自身を宇宙全体から分離することが出来ない以上、宇宙空間の一つ一つの他の集約された力により幾分かは影響を受けざるをえません。しかし、諸惑星はそれらが選択した太陽の周囲の軌道から引き落とす程の影響を与えるような如何なる力も許すことはありません。



【解説】
 中心の原子核の周囲を回る電子といういわば最小の世界と太陽の周囲を巡る12個の惑星の姿が相似になっていることは、実に深淵であり、ありとあらゆる所に宇宙の基本原理が表現されていることに驚くばかりです。アダムスキー哲学を学ぶ私達はこれが単に偶然の一致と観るべきではありません。それらは宇宙空間に存在するありとあらゆるものに適用される法則の現れと観る必要があります。
 また、私達が暮らす地球も日々休むことなく自転・公転運動を続け、地上の生命を支えています。力強く回転し、運動する原理について、未だ私達が理解出来るレベルにはありませんが、その活動を通じて重力を生み出す他、昼と夜、季節の移り変わり、気流や海流が生まれていることも確かですし、惑星全体の気候を穏やかなものとしています。この大地の活動が私達生きもの全ての生命を支えていることに私達は気づく必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落256

256 Professor Einstein spoke of substance, or any mass, as a knot in time-space - a very logical definition. For any material form is simply a section of space tied, or bound, together. This concentration, or binding together of particles, creates a sense of individuality (which is almost totally interested in itself).
256 アインシュタイン教授は物質、あるいは質量を時空における一つの結び目のように表現しており、それは大変、論理的な定義です。何故なら、どのような物質についても形は縛り付けられ、あるいはくくられた一部の空間のまとまりでしかないからです。この集中、即ち、諸々の粒子群を一緒に束ねていることが、個体性(全ての関心をほとんど自身に向けていること)を造り出しています。



【解説】
 本項は他惑星人が物質をどのように観ているかを端的に表現しているように思います。たびたび私達は「原因」と「結果」の関係、更には日頃私達が結果、即ち物質の世界に囚われていると教えられて来ました。その物質の本質を本項はアインシュタインの言葉を借りて、空間の中の「結び目」と表現している訳です。
 自らの存在領域を囲った空間を維持していることが物体の本来の姿ですが、そのように各原子を集積する中で、「自己保持」の要素が生まれ、自分を守る気持が芽生えるということでしょう。
 しかし、その形に囚われては観る世界は限定されてしまいます。より自由で広範な世界は各原子が自由に舞い活動する宇宙空間にこそ有るというものでしょう。そこに私達のルーツがあると言っても良いかもしれません。
 目の前の形は一時的に何らかの作用で各原子が集積したものに過ぎず、その本質は各々自由に宇宙空間を周回している原子その他の自由な者達であるということに気付く必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落254

254 When we consider that consciousness is activity, and that thought is energy produced by that activity, and that thought cannot be destroyed but can be transmuted or transformed, we must stand in awe before the realization of the prodigious bombardment to which our bodies are subjected by billions upon billions of charged particles flying through space in never ceasing activity. Since these countless variations of vibrations surrounding us at all times, and the human body is capable of receiving all of them through the feeling channel, why is that the average person receives so few? Why are some more receptive? What determines the type of vibration to which each individual is receptive?
254 私達が意識は活動であり、想念はその活動によって作り出されたエネルギーであり、想念は破壊されず変質あるいは変容するだけだと考える時、私達の肉体が止むことなく宇宙空間を飛来して来た何十億もの荷電粒子による桁はずれの数の衝突にさらされているという自覚を前にして私達は驚きの中、立ち尽くす筈です。私達を常々取り囲むこれら無数の諸振動はフィーリングの経路を通じてそれら全てを受信することが出来ますが、一方で何故平均的な人間は感受がそんなに少ないのでしょうか。他の者がより多く感受できるのは何故か。各々が感受する振動の形式はどのようにして決まるのでしょうか。



【解説】
 極言すれば常に活動しているもの、動いているものが生命の本質であり、意識であると著者は本項で説いています。その活動の結果として想念が生まれるということもポイントでしょう。
 私達はこのように世界を眺めると、実は私達には自身の内部の生命活動の他にも周囲の大気や外宇宙を貫いて膨大な数の荷電粒子が自身を通過しているという訳です。それら活動に対して、私達は目下、何ら気に掛けることなく日常生活を送っていますが、本来、それら微粒子(あるいは素粒子と言った方が良いかも知れません)のもつ活動がもたらす印象も同時に生成されている筈です。そこに気付いていないことは、どうしてかということを本項では問いかけているのです。
 あらゆるものに意識があり、その意識と触れ合うことで想念・印象が生成することは前項(253)で学びましたが、そういう観点で言えば、私達はありとあらゆる場面で膨大な数の時々刻々真新しい想念・印象が生まれる中で生きていることになる訳で、惰性や退屈とは正反対の目くるめく世界に生きていることが分かります。

ギャラリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
プロフィール

ganetworkjapan

アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ