テレパシー 第2部 第3章

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落200

200 Now, consciously change your thought-pattern by replacing the above thought with a cheerful one. Notice how the sensation of heaviness dissipates, and the body actually seems to lighten as the cells resume their normal activity. Notice how with the relaxing of the brain cells, thoughts once more flow freely. It is in this state of coordinated harmony between the mind and body cells, that true telepathic reception is possible.
200 今度は前述の想念を快活なものに置き換えることで、意識的に貴方の想念パターンを変えて下さい。如何にその重苦しい感じが消失し、身体が実際に個々の細胞が正常な活動を再開するにつれて、実際軽くなるように思えることに気付く筈です。頭脳細胞をリラックスさせることで、如何に想念が再び自由に流れるかに気付くことです。心と肉体の細胞との間のこの調和したハーモニー状態の中で、真のテレパシー的受信が可能となるからです。


【解説】
 皆様には既に精神保健やカウンセリングの効果について聞いたことがあることでしょう。他人に話を聞いてもらっただけで随分気持が楽になったと話される方も多いものです。詳しくは存じませんが、カウンセラーはひたすら相手の話を聞く姿勢を貫くと言います。これは相手に自分の心を理解してもらうことで、本項で言う心の中を自由にするような効果があるものと思われます。それは同時に、自らの実状を言葉で表わすことによって、自分を理解してくれる相手が近くに居ることが分かり、また自らの言葉を自分の耳で聞くことで自分を見詰め直す機会を得るという意味もあることでしょう。
 テレパシーは本来、自由な心の状況でなければ機能しません。想念はそれ程、素早く、また微妙(妙なる)流れです。普段の私達はそのような微弱は信号を感受できる程、繊細ではないのです。それらの能力は私達は基本から学び取って行く必要があり、その第一歩として頭脳細胞を常にリラックスさせて置く重要性を説いています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落199

199 You can easily demonstrate this in your own life. Consciously implant a thought of worry or anger in your mind, then study the effect it has on you. You will notice a feeling of heaviness spread rapidly through your body as the discordant thought impinges its influence upon the cells, disrupting their normal activity. Still holding the thought, watch how the law of affinity attracts impressions of a similar nature; and how each additional thought adds to the weighty feeling in the body. Here, we are breaking Nature's fundamental law of harmony. And because of the barrier of tenseness created in the mind, causing inharmonious functioning of the body cells, telepathic reception is almost impossible.
199 貴方はこれをご自身の生活の中で簡単に実証して見せることが出来ます。意識的に貴方の心の中に心配あるいは怒りの想念を植え付けて、その後それが貴方に及ぼす影響を研究することです。その不調和な想念が各細胞にその影響を打ち付け、それらの正常な活動を妨げるにつれて、貴方は重苦しい感じが急速に貴方の身体中に広がることに気付くことでしょう。依然としてその想念を持ち続けた場合、親和の法則が如何に同種の性質の印象類を引き寄せ、更には個々の加わった身体に重苦しい感じを付け加えるかを観察することです。ここに私達は大自然の調和と言う基本法則を破っているのです。そして心の中に造り上げられた緊張の障壁の為、肉体細胞の不調和な機能をもたらして、テレパシックな受信はほとんど不可能になることでしょう。


【解説】
 「病は気から」と言う言葉が示すように、私達の体調変化の多くは心的状況を反映しています。しかし、こう述べることは決して病に苦しみ戦っている方々に対して、誤りを指摘しようとするものではありません。むしろ、各々の病にある皆様に少しでも快復の助けとなるきっかけを御提供できればと思う次第です。ちなみに、アダムスキー氏ご自身も後年は体調不良を訴えていたとも聞いています。もっとも、氏の場合は、私達には考えられないような大きな責任と様々な妨害活動もあったことも、その背景になったことでしょう。
 私達の場合、通常の問題は自身の仕事の成りゆきや家族その他の問題に自分の心が支配されていることにあります。本人自身の身体はこのような問題に対して一切の責任はない訳で、ひとえに心が抱く想念の影響を受けていることによって、身体の正常な活動が阻害されているのです。
 先日、久し振りに1週間程の海外旅行に出ました。毎度の事ながら、盗難等から身を守り、時刻までにチェックインする等、見知らぬ海外での非日常的な体験は、時に心に不安を抱かせることがあります。そういう時、心をリラックスさせ、印象に従って行動することで思いのほかのラッキーな事が進むことも多いようです。その反面、不安感ばかりが増長すると体調も不良となりがちで、緊張していると思わぬ怪我や事故も起りやすいものです。大切なのは自分の身体がどのような原因要素から影響を受けているのかを見極めて、本当に必要なもののみを心に取り入れることなのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落198

198 But if we open our minds to the thought of the optimist, a feeling of well-being pervades us, bringing a sense of peace. For happy thoughts stimulate and expand, activating little used lobes in the brain; broadening our horizons and giving us a better understanding of the Cosmos and all that exists therein.
198 しかし、私達が楽観的な人物の想念に私達の心を開けば、幸福のフィーリングが私達に拡がり、平和な感覚がもたらされます。何故なら、幸せな想念は頭脳の中でほとんど使われていなかった脳葉(訳注:脳の内、全体の8割を占める大脳は、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉の4つの葉[よう]から成るとされています)を刺激し、拡張して活性化させますし、私達の視野を拡げ、宇宙とそこに存在する全てのものに対するより良い理解を与えるからです。


【解説】
 何故、楽観的な思考パターンが大切なのか、その理由がここに述べられています。物事を解決して行く為には、各人が悲観的であれ、楽観的であれ、解決策に気付いて行く必要がありますが、その為には豊かな発想力や鋭敏な感受性が求められます。その点、本項でハッピーは感情が、頭脳を活性化すると述べている点に注目すべきです。
 しかし、これは自分がエゴを好き放題にさせて、一切の責任をとらない姿勢を意味するものではありません。丁度、野生の動物が厳しい自然環境の中にあっても、明日のことを思い煩うことなく、時々の必要なことを直感的に行い、常にその日その時を楽しむ姿勢を意味しています。
 創造主は、両親がその子供を愛おしく思うように、全ての創造物を等しく愛していると思うべきです。そうなれば、私達創造物は常に穏やかに幸せな日々を送ることこそ、創造主の喜びであり、願いであることが分かります。常に創造主からの慈しみを受けていると感じること、その意味において楽観的な思考パターンが必要だというのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落197

197 I strongly advise each student to observe this law working in his own life; for it is a perfect example of the meaning of "like attracting like." If we open our minds to the gloomy thoughts of the pessimistic person, these vibrations will have a depressing, narrowing influence on our lives; and if the contact with this outlook is continued long enough, our thought-pattern may drop to the same bigoted, mental level.
197 私は個々の学習者に、自分自身の生活の中でこの法則が働いていることを観察するよう強く促しています。何故なら、それが「類は類を呼ぶ」の完璧な例示であるからです。もし、私達が悲観的な人物の憂鬱な想念に対し私達の心を開けば、これらの振動が私達の生活に意気消沈と険しい目つきをさせるような影響を与えるでしょう。そしてこの態度との接触が長く続けば、私達の想念パターンは同じ頑迷な精神レベルに落ちるかも知れません。


【解説】
 ここでのポイントは各自の想念レベルが現実の世界の法則として作用していることを、自分の目で確かめよと言っていることです。既に私達はかつての悲観的想念が自分の身体に与えた影響や、怒りの感情が自分のみならず周囲の人々に如何に大きな悪影響を及ぼしたかを十分知っている筈です。むしろ、一見どのような難局にあっても、明るく楽観的な想念状態を保つことで事態がどのように変化するかを、自身の生活の中で実証することが求められていると考えます。
 多くの書物を読み、先人達の教えを学ぶだけでは十分ではありません。揺るぎない本質を掴む為にはどうしても自分で体験することが必要です。そういう意味で、自分自身が最良の教材となります。また、かつて中山みきがいみじくも述べたように、「身体も家屋その他も全ては神様からの借り物で、唯一、自分の心だけが自分のもの」だと考えると、自分の心を常にどのように保つかが重要で、その制御が私達の主要な任務であることが分かります。
 法則というものは、何時如何なる所でも作用する基本原理ですから、これを体験し理解することが出来れば、応用は自由自在です。この体験は古来より、「悟り」と表現されて来ました。従来は難行苦行の末に得られる境地とされて来ましたが、本講座では精神と物質の垣根を超えたつながりを発見する中で得られるとしている訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落196

196 Let us now take the example of the cheerful, optimistic per-son, who looks upon all manifestation and "knows it to be good." The uplifting thought frequencies from this person will elevate our own vibrations, and our day will be enriched through contact with him. And although not necessarily conscious of it, as long as this influence lasts our minds will be operating on a higher frequency level. Just like the house that was impregnated with love and laughter, drawing us back for frequent visits, we will seek this person's company.
196 今度はあらゆる創造の現れを見て、「良きものであると知って」いる陽気で楽観的な人物の例について取り上げましょう。この人物からの高揚させる想念振動は私達の波動を高め、私達の一日はその人物と接する中で豊かなものになることでしょう。そして、それを意識しておくことは必ずしも必要ではないのですが、この影響が続く限り、私達の心はより高い周波数レベルで運用されることになります。丁度、愛情や笑いで満ちた家のように、私達はそこを何度も訪れたいと思わせるように、私達はこの人物と同行することを求めることでしょう。


【解説】
 以前、ある方から「哲学は明るくなくてはいけない」という意味のお話を伺ったことがあります。ともすれば難解な言葉を使い、また現状を悲嘆して人生に見切りをつけるようなものは真実でないし、生きて行く上で不要だという意味でのご発言であったように記憶しています。進化した他惑星人も皆、ほがらかで明るい方達であることは同乗記に記述されている通りです。こうした明るさの背景には宇宙に流れる生命の根源に源を発する宇宙の真実、生命の真理を知れば知る程、現状に感謝し未来に希望を持つことがあると思われます。
 昔のことですが、「野のユリ」という映画がありました。カトリックのシスターの一団に、行き会った黒人の青年(シドニー・ポアチエ)が様々な仕事で手伝うはめになるというストーリーです。タイトルが示すイエスの言葉の通り、シスター達の楽天的な様子は、実は創造主に完全な信頼を置いていることがよく表現されている映画です。
 古来より、私達は安らぎを求めて来ました。もちろん、心休まる環境は居心地も良い訳ですが、その状況は先ずは自分自身の内側に造らねばなりません。私達の身体には私達だけの為に60兆個もの細胞が働いており、身に付けている衣服も私達だけの為に、今そこにある訳です。これらの者達を伸び伸びさせ、最適な環境を保つようにすることは主人たる者の任務ですし、そうする中で周囲にもその影響を及ぼすことが出来るというものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落195

195 Those with whom we come in contact daily, will affect our lives; but only to the extent we permit them. For example, when we meet a disgruntled person and listen to him expound his philosophy of gloom, unless we are on guard, a feeling of depression will envelop us which may last for hours or even days. This is caused by the melancholy vibrations emanating from his mind and body, affecting our mind and body cells with a feeling of despair. But when we have understanding, we can refuse to accept his attitude, and keep our minds serene while listening to him. This balance of mind will counteract any harmful radiations that might otherwise influence us.
195 私達が毎日接する相手は、私達の生活に影響を与えます。しかし、それは私達がそれを許す範囲までです。例えば私達が一人の不機嫌な人物と会ったとし、その者が自分の憂鬱の哲学を講釈するのに耳を傾けたとすると、私達は警戒していないと、意気消沈のフィーリングが私達を包み、何時間或いは何日も続くことになります。これはその者の心と肉体から発散している憂鬱の振動によって引き起こされますし、私達の心と肉体細胞に絶望のフィーリングを作用させるのです。しかし、私達に理解があれば、私達はその者に耳を傾けている間にもその者の姿勢を受け入れることを拒み、自分達の心を澄んだ状態に保つことが出来ます。この心のバランスは私達に影響を与えるかも知れない有害な放射物を阻止するのです。


【解説】
 想念レベルにおいて私達は相互に深く影響をし合っています。とりわけ、尊敬すべき存在に対しては、その人の話に耳を傾け、その意味を心に留めようとするのは当然です。本項の例示の場合は、逆の例でしたが、地球には様々な段階、多様な波長の人々が生きている訳ですから、中には、事例のような注意しなければならない存在があり、或いは実際にはそのような決して参考にならない生き方の道を歩く者の方が圧倒的に多いのかも知れません。
 これらマイナス面の反面教師は、身の回りにも多いことですし、本項で述べられたことも、その影響について多少なりともかつて経験したこともあるのではないでしょうか。世の中には迷える小羊を捕まえようとする悪徳の者もおり、金銭社会では詐欺も横行しています。しかし、最も注意すべきは「肉を切るものよりも魂を切るもの」に対してです。一見、もっともらしい事柄を述べ、個人の興味を引き付けて、最終的には本来の道を外させる、悪の手先に成り果てる者も多いのではないでしょうか。
 しかし、一方では、本来の道に導く多くの存在もあることが救いとなっています。古来から良書とされている書物を読み、偉人の歩みを学ぶことは、大変意義のあることだと思います。また、現に同好の友を有している者はその出会いを大事にし、相互に切磋琢磨の道を歩む責任があります。かつてアダムスキー氏の周りには、多くの人々が集まり、氏を囲んだ小規模の会が催され、その中で氏は多くの事柄を語り、集まって人々に真理を説き、生きる上でのアドバイスを与えています。私も後年、その何人かの方とお会いし、当時の模様を伺いましたが、どの方からも実に昨日のことのようにリアルなお話を聞いたことを覚えています。それ程に、人物に直接、会って接するということは大きな影響を相手に与え、その生涯を決定つける程の出来事となることが分かりました。そういう意味でも、私達は一日一日を大事にしなければなりません。出会う人、一人ひとりに与える影響について心して一日を過ごしたいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落194

194 It does not matter whether we live in luxury, or in poverty; we have the right to choose our thought-patterns. Our bodies may be enslaved by the false economic barriers that have been raised on earth, but our minds are free. Thoughts are ours to control, when we better understand our bodies and our minds.
194 私達が贅沢な暮らしをしているのか、貧しい生活をしているかとは関わり無く、私達には自分達の想念パターンを選択する権利があります。私達の肉体は地上で培われて来た偽りの経済的障壁によって奴隷にされているかも知れませんが、私達の心は自由です。想念をコントロールするのは他でも無い私達ですし、そうすれば私達が肉体と心を今以上に理解することになるのです。


【解説】
 聖書のどの部分であったかは覚えていませんが、イエスが救いを求める人々に対し、語った場面がありました。人々のある者は生活の困窮を、ある者は病の治癒を求めたことでしょう。また、別の者は支配者への反旗をイエスに望んだものと思われます。しかし、イエスは一部の病に苦しむ者を治したものの、その者にそのことを他人には黙っているように厳命する等、それらの行為はイエス本来の仕事ではないように振る舞いました。もちろん、支配層への反逆等は行いませんでした。その国の律法に従った行動をとっていたのです。
 しかし、イエスは人々の内面について、とりわけ創造主への信仰については、様々な例を用いて人々に説きました。そしてその教えは2000年近く経て、再び進化した諸惑星からの教えとして地球にもたらされ、復活しています。
 私達の生活は、生まれた国によって、個人によって暮らす環境は大きく異なります。また、時々の経済的、政治的、社会的な状勢によっても変化するものでしょう。しかし、大事なことは、最も基本的な部分はこのような外的な環境ではなく、その人が日頃心の中に抱く想念パターン、即ち内的な環境であり、これらを改善することで各々新しい生命の息吹きが生まれ、その実行を通じて周囲の環境も自ずと変化して行くことを理解することにあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落193

193 Remember, we have shown earlier that thought can become a habit. We can develop thought-patterns of selfishness, discontent and greed; or we can cultivate thought-habits of humility, serenity and generosity. The choice is ours. And if a true analysis were to be made, we would find our lives are governed less by circumstances than by our thought habits.
193 私が以前、想念は習慣になり得ると説明したことを思い出して下さい。私達は自己中心や不満、そして貪欲の思考パターンを発達させることも出来ますが、一方では謙遜や落ち着き、寛容の思考パターンを育むことも出来ます。選択は私達の自由です。そしてもし、本当の分析がなされるなら、私達が自分達の生活が周囲の環境より自分達の思考習慣に多く支配されていることに気付くことでしょう。


【解説】
 何事も習慣化するということです。とりわけ重要なのは、物事の実現力を備える想念が習慣化する場合、本人が自覚しないまま、その想念パターンが継続作用し、結果を早めることになることです。いずれにせよ、習慣や惰性は新鮮さを失わせる為、良くありません。毎朝、鳥達は夜明けを待ってさえずりますが、そこには毎回、新しい経験を迎える楽しい気分があり、マンネリの気配はありません。率直に毎日の日の出を祝う気持がそこに表れています。
 かつてイエスは「幼子のようにならなければ天国に入れない」とも言っていますが、何事にも物めずらしく、素直に直視する気持は、この想念の習慣化の対極をなすものです。人は年を重ねるにつれて、習慣化する部分が増え、感動も薄れる結果、時の経つのが早く感じられるようになるものです。それほどに感受する想念の数が減ってしまう訳です。何ら感度のない日常は習慣化した生活の現れであり、これに対しては常に新鮮な感動を日常生活に呼び覚ます必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落192

192 So it is apparent that we, alone, suffer in these circumstances. And if prolonged, nature will exact a terrible price, because we not only keep the atmosphere immediately surrounding us polluted with our discordant thought vibrations, which will eventually alienate us from our friends, but all the while we are inexorably poisoning our physical bodies.
192 ですから、このような状況の下では私達だけが被害を蒙ることは明らかです。そして長引けば自然は恐るべき代償を迫ることになります。何故なら、私達は私達を直接取り巻く大気を私達の不調和な想念振動に保ち、それにより私達を友人達から遠ざけるほか、その間ずっと私達は自分の肉体に容赦なく毒を盛っているからです。


【解説】
 結局はこうした憎しみや恨みを抱く側に多くの害が生じるということです。イエスは「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ)と他人への恨みや憎しみを戒めています。大事なことは如何なる事態にあっても自分の心の中を穏やかなものに保ち、外界から影響されないことです。また、一方では不可抗力であっても他人から恨まれるような行為を行うことのないよう、自我を制御すべきことは言う間でもありません。
 この憎しみについては、アニメ映画の「もののけ姫」によく表現されています。原作者宮崎駿は憎しみというものがどのように人間を縛り、世の中の破壊を拡大して行くか、またそれを利用して自然を破壊し、人々への支配を進めようとする勢力があるかを、良く描いています。
 こうした怒りや憎しみという一見、私達の日常ではあまり関係がないように見えるテーマですが、少し視野を広げれば、中東アジア等で頻発している自爆テロや戦闘等、残念ながらこの種の仕組みが支配している地域も多いことが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落191

191 The target of our hatred may be totally unaware of our attitude; or if he is aware, he can turn these thoughts aside by refusing to allow them entry. In other words, he can recognize our mental immaturity and not accept these derogatory thought vibrations from us. This adds frustration to our hatred, and causes us still more harm.
191 私達の憎しみの標的は全く私達の気持に気付かないかも知れませんし、或いは気付いてもこれらの想念が入り込むのを拒絶して、それらの想念を脇にどけることも出来ます。言葉を替えれば、私達の精神上の未熟さを認めて、私達からのこれら他人を傷つけるような想念振動を受け付けなくすることが出来るのです。このことは私達の憎しみに失望を加え、私達に更なる害をもたらすことになります。


【解説】
 私達が発する想念は必ずしも相手に感知されるとは限らないということです。また恐らく各自はそれなりの自己防衛本能があり、害のある想念に対して身構えたり、やり過ごしたりする機能があるのかも知れません。その場合、発せられた想念は受け取られる相手のないまま、結局は発した本人の元に戻って来るのではないでしょうか。
 従って、こうした他人に害を与える想念を発すること自体、理由の如何に関わらず、避けねばならない訳です。反面、他人を助けたい、力になってあげたいとする気持はやがて、自分自身にも作用するとも言うことが出来ます。
 私達は想念の立場から観れば、いわば狭い空間に生きており、互いに密接な影響を及ぼしあっているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落190

190 While we are discussing these undesirable emotions which play such havoc with our minds and bodies, it would be well to point out the danger of holding a grudge. When we nurse thoughts of hatred, feeding them constantly in our desire for revenge, we are poisoning our minds and our bodies as surely as if we were taking a noxious drug by mouth.
190 私達がこのように心や身体に大混乱をもたらすこれら好ましくない感情について議論する中では、他人に恨みを抱くことの危険性について指摘しておいた方が良いでしょう。私達が嫌悪の想念を育み、私達の願望の中で常に復讐したいと思う場合、私達はあたかも、有害な毒を飲み続けているように自らの心と身体に毒を入れていることになるのです。


【解説】
 想念の力は自分自身にも作用します。本項で言う感情という強い想念は尚の事、その発信源において最も強力に作用するものと思われます。また弱くかすかな想念でも、継続的に発している場合には同様に作用することが分かります。むしろ私達が日頃、何気なく抱いているような先入観や心の奥に持ち続けているような思いは、本人の行動を支配するのみならず、自身の身体に大きな影響を与えるものと考えます。
 本項ではマイナスの想念についての注意事項ですが、逆にプラスの想念についても同様な原理が働くという訳です。本来あるべき正しい想念を絶えず発信し続けることは、その想念の拡がり先への作用のみならず、発信元である私達自身の健全性の維持からも重要なことです。水面の波紋のように発信された想念は何処かで作用した後、再び反射して発信元に返って来ます。有形無形の影響力を及ぼすその想念の潜在力は一人ひとり、何ら特別な資材を要せず行うことが出来ます。こうした祈りの力こそは地球全体の状況打開に威力を発揮するものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落189

189 Here, again, we have received the true picture of existing conditions through telepathic impressions, or feeling, from the body cells. For even though we were sightless, the discordant vibrations in the room would impress themselves upon us, belying any honeyed words which might be spoken.
189 ここでもまた、私達は肉体細胞からテレパシー的な印象ないしはフィーリングを通じて現状に関する真の状況を受信していました。何故なら、仮に私達が盲目でありその部屋の中でお世辞が話されても、不調和な振動は私達にそれ自体の印象をもたらすからです。


【解説】
 目をつぶっていてもやって来る印象を感受できるようになれば、私達は少しは進歩したことになるでしょう。実際には、自然界には真っ暗な深海や真夜中でも動物達は盛んに活動していますし、彼らは絶えず周囲の状況を視覚によらない自分達の感覚で把握しており、その感覚の中にはテレパシーの能力も相当程度含まれていることでしょう。
 先日、山の廃坑の中に宇宙線の観測装置が設置されている模様がテレビで紹介されていました。宇宙から来る粒子が地表を通過し、山の岩石を貫いて観測装置に到達するというものです。宇宙には私達の想像を超える数の粒子が飛び交っており、私達の体内を通過していますが、これらを私達は未だ感知することはありません。
 前項(187)で私達が発する想念をemanations(発散物)と表現されていましたが、この発散物はこのような宇宙線と同じ高エネルギーを持った粒子体である可能性もあります。それら空間を飛び交う粒子体が、体内を横切る時、私達の細胞がそれを感知できれば、それらのメッセージを心(頭脳)に伝えることで、印象やひらめきとして心が認知するという仕組みも考えられます。いずれにせよ、頭部に集中した既存の感覚器官でなく、身体全体をこうした想念の受信装置に進化させることが必要であるようです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落188

188 We are given a good illustration of the tangibility of these emanations when we walk into a room where two people are quarreling. Upon our entrance the quarrel will stop abruptly, and both parties will turn to greet us with a false heartiness. Though they are trying to pretend that everything is normal between them, their eyes will still be bright with anger and their features tense, making their smiles appear fixed. And as we cross the room, the atmosphere around us will be vibrant with the strong thoughts of wrath. All present will be acutely embarrassed until the participants are able to bring their emotions under control. Unless the animosity between these two people is deep-rooted, the atmosphere will clear and a feeling of friendliness will return. However, regardless of how carefully they try to cover their true feelings with polite conversation, if the enmity between them continues under the surface, we can become aware of it through the feeling channel.
188 私達にはこれら発散物についての明白さについて、二つの人々の集団が言い争っている部屋の中に入って行った際の良い実例があります。この場合、私達が入るや、その口論は突如止まり、両集団は偽りの愛想で私達を歓迎するでしょう。彼らは彼らの間に何も変わったことはないように装いますが、彼らの目は怒りに燃えており、表情は厳しく、その微笑みはこわばっています。そして私達が部屋を横切って見ると、私達の周囲の空気は強烈な激怒で震えるでしょう。同席の者全員が、彼らの感情が制御できるようになるまでは、ひどく困惑させられることになります。二つの人々の間の敵意が根深いものでなければ、その空気は澄んで、有効のフィーリングも戻って来ることでしょう。しかしながら、彼らが丁寧な会話で自分達のフィーリングを如何に注意深く隠そうとしても、彼らの間の敵意が表面下で続くなら、私達はそれをフィーリングの経路を通じて感知することが出来ます。


【解説】
 個人的にはこのフィーリングの経路を通じてやって来る印象類について、未だ所要の能力を持ち合わせていない為、読者の皆様に十分な解説をお伝えすることは出来ません。通常、私が印象を感じる場合、大抵は目でその対象を見て、(即ち、既存の感覚器官でその対象物を観察して)、対象を把握する際に、何らかの印象を受けることが多いように思われます。未だ、既存の感覚器官を一切、頼りとせずに、対象物の発する「発散物」を印象の経路から感受する段階には至っていないようです。
 しかし、経験上明らかなのは、人間が発する感情については、自然界の生物には容易に感知できることです。恐らく、人間が発する感情は私達が想定する以上に強烈なパワーを持って四方に発散しているものと思われます。その良い例が、窓越しに野鳥を観察する場合に経験できます。窓越しに遠くの小鳥を優しく観察する場合は小鳥達は伸び伸び遊んでいますが、反対に試しに遠い窓越しでも害を与えようと狙いを定めて小鳥を見ると鳥達は直ぐに飛び去って行ってしまいます。小鳥達は自分達に向けられた視線や感情を敏感に感じ取ることが出来るようです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落187

187 We have ready proof that whatever thought a man holds in his mind affects every cell in his body, for his outward expression gives ample evidence of this. Anger quickens the respiration, raises the blood pressure - even to the point of apoplexy - causes the muscles of the body to tremble, and distorts the features. So it is obvious that it is not the brain alone which is affected; for every cell in the body reacts to the violent emotion. What is more, emanations radiating from that body can fill a room.
187 私達には人が心の中で抱く想念は何であれ、自身の肉体のあらゆる細胞に影響を与えることについて、いつでも準備できる証拠があります。何故なら、人の外的な表情はこれに対する十二分の実証を与えているからです。怒りは呼吸を早め、血圧を卒中する所までさえも上昇させ、身体の筋肉を震わせ、顔の表情を歪めます。ですから、影響を受けるのは脳だけではないことは明らかです。何故なら、肉体のあらゆる細胞がその暴力的な感情に反応するからです。そして更にはその肉体から放射された発散物が部屋を満たすことも起り得るのです。


【解説】
 よく想いは実現するとありますが、自身の想いを直ちに反映するのがその人の肉体細胞ということになります。どのような想念も肉体細胞には隠すことは出来ません。本項に解説されているように、私達の感情は体内の奥深くまで、その影響は及びます。もちろん、長年、それらの感情が継続すれば、身体自身の形も変化して、顔かたちもそれに呼応した変化を遂げるものと思われます。何年かの間に大きく顔の表情をやつれた人、或いはいつまでも若い表情を保つ人等、様々ですが、若さを保つ人には、それなりの若い気持が体内に染みわたっているものと思われます。
 そういう意味からは、アダムスキー氏の周囲に居た進化した惑星の人々は皆、年齢とは関わり無く、若さを保ち、いつも新鮮で楽しげな人物であったとされています。その典型が宇宙船内で会見した長老です。本項では破壊的な感情についての記述ですが、もっと自由活発な創造的な想念を自覚すると、体内隅々にまで、その効果が浸透し、肉体の老化が起らないことが想像されます。
 古来から、美しいものを見ること、とりわけ万物の創造主をイメージした絵画や彫刻を見ることが尊ばれて来ました。それは、私達の見習うべき手本として、これら心静かな温和な存在を見詰めて来たことに背景があるように思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落186

186 However, through our uncontrolled emotions many of us keep these glands over-active a great part of the time; thereby throwing the chemistry of our bodies out of balance. This goes back to the need of controlling the senses; for it is the sense-mind that arouses and tolerates these destructive emotions. So it might be well for us to take a closer look at these emotions, which, unless guarded against, make up so much of our lives.
186 しかしながら、私達の制御されていない感情から、私達の多くは大部分の時間、これら分泌腺を過剰に活動させ続けており、その結果、私達の体内の化学システムのバランスを陥れています。このことは諸感覚を制御する必要性にまで遡ることとなります。何故なら、これら破壊的な感情を引き起こし、許容するのは感覚心であるからです。ですから、それに対し警戒しない限り、私達に生活の多くを占めるこれら感情に対し、より綿密に観察することは賢明だと言えるでしょう。


【解説】
 座禅の心境や内省と言われる自身を観察する態度は、本項でいう「警戒」であろうと考えます。元来、肉体内の各細胞は自立的に各々の任務を全うしており、身体の維持に奮闘しています。良い例が、眠っている間にもこれら細胞は休まず働いており、眠っている心に関わりなく、動いています。
 一方、私達の周りには、これら感情に支配されている人々が実に多いように思われます。他人を批判し、社会に敵対心を持つ若者も多い気がします。もちろん、最近の社会状勢や搾取が進む経済システムの中で、かつてほど、生きて行くのは容易ではなくなりました。しかし、よく電車の車内で携帯ゲーム器で遊ぶ人の姿を目にしますが、そのほとんどのゲームの内容は殺しあいのゲームであり、そのリアルな映像は、ゲームをする本人に殺人の疑似体験を与えています。この場合、ゲームに没頭している本人は叫び声を上げるまでにはなりませんが、少なからず感情レベルでは本項でいう「破壊的な感情」を放出していることは確かです。本当は、このような破壊的感情を増長させるようなものは、排除して行きたいところです。もちろん、ゲームを買うのは本人の意志なのですが、このようなゲームを市場に出して、利潤を確保できれば、青少年の心がどのような状況になっても知らないとする経営者には、さっさと地球から去って欲しいと思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落185

CHAPTER Ⅲ
Effect of Emotions on the Body Cells
185 The little cell chemists within us perform their duties according to an exact pattern laid down by nature. But if through fear, anxiety, or anger, the mind distorts this pattern by over-activating certain glands in the body, the whole "assembly line" is thrown into confusion. The Master Builder, anticipating all situations, has provided both animals and humans with the ability to summon super-strength, unaccustomed agility, etc., when the body is in danger, by over-stimulation of these glands. This is the law of self-preservation in operation.

第3章
肉体細胞に及ぼす感情の影響
185 私達の体内の小さな化学者達は自然によって敷かれた一つのパターンに正確に従って、自分達の任務を果たします。しかし、恐怖や不安、怒りを通じて、心は体内のある種の分泌腺を過剰に作用させることによって、このパターンを歪め、全体の”流れ作業”が混乱に陥れられます。偉大なる棟梁(訳注:創造主)はあらゆる事態を見越して、動物や人間に、その肉体が危険にさらされた時に、これら分泌腺を過剰に刺激することによって、超人的や尋常でない俊敏さを奮い立たせる能力を与えているのです。これは自衛本能が作用する法則です。


【解説】
 私達の心が発する極度な感情は体内の正常な生命維持活動を阻害するという訳です。心が発する感情は、個々の細胞にとって見れば、「御主人の一大事」として受け止められ、本来は正常な活動を行っているべき状況にも拘わらず、あたかも一身上の危機状況が襲って来たかのように臨戦体制に入ることになります。その結果、もし何度となくこのような状況に至る場合には、肉体細胞はその対応に疲弊してしますことでしょう。
 これら緊張状態は身体に余分な負担をかけることになり、老化を早めるものと思われます。本来、人間は伸び伸び生きることが望まれており、古くから真理を悟った人々はこのことを理解していたようです。例えば、天理教の教祖である中山みきの「陽気暮らし」や天地を創造した神に従って、楽しく(悩む心を解放して)暮らせと伝えられたとされています。その他多くの教師が他力本願を基調とした教えを説いており、大自然の潮流に従った、言わば印象に従う生活を送れと言っているように思います。
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