テレパシー 第2部 第2章

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落184

184 Remember, as long as we allow destructive emotions to govern our thoughts, we interfere with the natural operation of the body, and we set up an effective block against any incoming impression except those of a like nature. When properly analyzed, these emotions are expressions of the personal ego; and the personal ego must be controlled before we can reach the goal of selfless self-expression.
184 私達が破壊的な感情が私達の想念を支配するのを許す限り、私達は肉体の自然な働きを妨げ、同類の印象以外のやって来る如何なる印象も阻止する有効な障害物を設置していることを覚えておいて下さい。適切な分析を行えば、これらの感情は個人的なエゴの諸表現であることが分かりますし、個人のエゴは私達が無私の自己表現というゴールに到達する為には、統制されなければなりません。



【解説】
 海外で仕事をする機会が増えている状況から、ついつい現地での生活と日本での暮らしの違い、とりわけ日常生活における治安問題のレベルの差に注目してしまいます。
 家の戸締りをして就寝することは日本でも離島以外では当たり前ですが、国によっては家そのものを頑丈な鉄格子をめぐらし常に鍵を掛け外部者の侵入を防いでいるのが当たり前の地域もあります。街を歩く際には、目立たぬよう財布は持ち歩かずポケットに必要額のみ入れておく等々の内容です。犯罪被害に逢うのは旅行者だけでなく、住民も不良少年達に狙われ携帯を取られたケース、或いは夜中自動車を運転中、赤信号で止まったら、脇から出て来た強盗に逢った。以後、夜は赤信号でも車を止めないようにしている、等々です。
 これは全くの私見ですが、これらの地域で多く目にするのは、暴力を前面に出すテレビ番組の存在です。腕力のある者が相手を征服し、また逆にその者に反撃する等々、戦いの連鎖が続いているのです。こうした中、現状に不満のある若者が街路で奇声を発し、警官とやりあう等、社会に不安定感があることも確かです。
 私達地球人の大部分がこのような環境の中で生活している現実があります。様々な問題を抱えているにせよ、日本とは安定度については大きな差があるように思っています。
 本項の内容に戻れば、私達の心の欲望というものは、大概利己的なものであり、それらを野放しにしていては精緻な印象に気付ける機会は失せてしまいます。心をエゴから解放して宇宙に流れる妙なる印象にそっと耳を傾ける姿勢が私達地球人には是非とも必要とされているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落183

183 Does this help you to see how important is your approach to life? how all lives are intertwined? Do you, through your anxieties and fears, keep those near you uncomfortable and upset? If so, recall the change the woman brought into her life once she had released her anxieties. Where, before her illness, her body cells were a tense, nervous mass because a chair was out of place, they now radiate a calm, peaceful feeling that is soothing to those around her. Face yourself honestly . . . for the truth cannot be hidden from your body cells.
183 このことは貴方に生活に対する貴方の接し方が如何に重要であるか、全ての生命が絡み合っているかについて理解する助けになっていますか?貴方は貴方の不安や恐怖を通して貴方の近くの者達を不快と混乱状態にさせていますか?もし、そうなら、この婦人が自分の不安を解放してから自分の生活にもたらした変化を思い起こして下さい。病気の前、椅子が一つ所定の場所から外れただけで、彼女の肉体細胞は緊張した神経質な塊になりましたが、今やそれらは周囲の者を落ち着かせる静かで平穏なフィーリングを発しています。正直に自分を見詰めて下さい。貴方の肉体細胞から真実を隠すことは出来ないからです。



【解説】
 私達の日常的な気持ちが実生活に大きな影響を及ぼします。
 その影響は私達の想定を超える程、大きなものであり、私達はその事実を自分の目で確かめる必要がありますし、その際、参考とすべきが本事例な訳です。
 日常発する想念は本人の他、環境にも影響を与えます。またその影響は自分にも周囲の者にとっても大変分かりやすい筈です。しかし、一度その因果関係が分かれば後は自分自身の発する想念をコントロールして望ましいレベルに導けば良いことになります。
 正しいか誤っているかは、その結果を見れば明らかであり、各自試行錯誤を繰り返しながら、自らの巧妙な感覚心に立ち向かって行くことが求められています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落182

182 Her change of attitude reflects through the whole family. Now, their youngest boy, the only one still living at home, feels free to bring his playmates in after school for cookies and milk; and the grandchildren romp through the house with an abandon their parents were never permitted. The family has found a new fullness in life, a new freedom bringing laughter to replace the tension that once existed.
182 彼女の姿勢の変化は家族全員に反映します。家族の内、最も年少の少年は唯一、家の中で生活する存在ですが、学校が終わった後、おやつに自分の遊び友達を連れて来ても構わないように感じていますし、孫達は彼らの両親が決して許されなかったような放任の下、家中を走り回っています。家族は生活の新しい充実感をかつて存在した緊張感に代わって笑いをもたらす新たな自由を見い出したのです。



【解説】
 本項の描写を見ると事例の主人公は孫も居るような中高年の主婦であることが分かります。人間というもの、年齢を重ねるにつれ本人の性格や気持ち、行動のパターンは固まりやすくなるものです。そういう意味から、本事例は劇的に状況を変えられた好例ということが出来ます。
 私達自身あまり気づかないことですが、私達の日頃の想念や行動は互いに周囲の者に大きな影響を及ぼしています。私達の抱く想念は外観上何もないように思われますが、実は周囲の者に著しい影響を与えます。人が怒っている、落胆している、或いは楽しんでいる等々のことは言葉や顔の表情が表さなくても周囲の者は良く感知出来ているという訳です。その典型は家に居るペット達かも知れません。人間と動物とでは話す言語は異なりますが、互いに相手の状況は理解できるというものでしょう。
 まずは自身の日常の想念をチェックし、少なくも他に害を及ぼすことのないようコントロールし、より上質なものに昇華させることで自身や周囲にどれ程の変化をもたらすのかを確かめることが重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落181

181 Upon her recovery she again took over the household duties. However, with her new outlook on life, a feeling of ease now prevails in the home. Where once guests were made uncomfortable by her eyes darting anxiously around the room, checking to see whether a cushion was out of place, a curtain not hanging straight, or an ash tray needing emptying, they now find a charming, composed, hostess, Where once she would have dashed for a cloth at the first sign of a thin film on the recently dusted furniture, she now laughs and says: "If you can write your name on the piano, it proves you're educated."
181 回復後、彼女は家事の仕事を引継ぎました。しかし、生活に対する彼女の新しい展望から、安らぎのフィーリングが今やその家庭を覆っています。かつては部屋の周囲に神経質そうに睨んでクッションが所定の場所から離れていないか、カーテンが真直ぐに吊り下げられていないか、或いは灰皿が一杯になって代える必要があるかをチェックする彼女の眼差しによって客達が不快にさせられていた場所で、今度は魅力的で落ち着いた女主人を見い出します。彼女がホコリを払ったばかりの家具についたホコリの薄膜の最初の兆候に対して、かつては布切れを取りに走ったのが、今度は彼女は笑ってこう言います。「もし、このピアノの上にご自分の名前を書ければ、教育を受けていることの証しですわ。」



【解説】
 本項は各自の実生活において、何を最優先にすべきかを示しています。来客への「おもてなし」は、物理的環境の整備以外に大切なのは、客人の気持に寄り添った対応です。
 本事例の場合、主人公はその本質をしばらく自宅から離れることで学んだ訳ですが、同様なことは旅行等で長期間自宅を留守にすることも良い転換の機会になるかも知れません。
 いったん現環境を離れて、自分の生活を見直すことも必要だという訳です。今まで過ごしていた生活パターンが真に自分が望んでいたものか否か、単なる惰性の行きつく先であるかを点検することで、新たな発見と発展があるかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落180

180 During the months of her enforced inactivity an amazing change took place in this woman. She found that the house-keeper managed very well without her. This awakened the realization that she had been laboring all these years under a self-imposed slavery to a false idea. The easy-going attitude the motherly servant introduced into the home, enabled the children to emerge from subdued little shadows, to become normal, boisterous youngsters; and as the woman listened to their uninhibited laughter, she could see that the same false standard which had ruled her life, had subjected theirs. Once she acknowledged this weakness and faced it squarely, she knew the doctor was right when he had said that anxiety and tension were the basic causes of her illness. Therefore, her first step on the road to recovery must be learning to relax.
180 彼女の強制的な不活動の数カ月の間、この婦人にある驚くべき変化が起りました。彼女は家政婦が彼女無しでも上手に家を管理出来ていることに気付きました。このことは彼女に自分が誤った着想に自ら課した奴隷状態の下、今迄の年月汗を流していたという悟りを気付かせました。その優しい使用人が家庭に導入したのんびりした姿勢は子供達に服従させられた影から、普通の騒がしい少年達にならせましたし、この婦人は彼らの抑制されない笑い声を聞いた時、彼女は自分の人生を支配して来たそれと同じ誤った規範が彼らの人生も支配して来たことに気付くことが出来ました。ひとたびこのことを理解し、それを真正面から直視した後、彼女は医者が不安や緊張が彼女の病の基本的原因である述べたのは正しかったことを知りました。それ故、回復への道の第一歩はリラックスの仕方を学ぶことでなければなりませんでした。



【解説】
 習慣というものは、とかく心の囚われる方向に動くものです。その結果、多くの場合、私達に良い結果をもたらさないように思われます。
 それに対抗するのは新鮮さです。新鮮さについては著者が頻繁に述べているところですが、常に新しいこと、自分が知らない事柄への関心、他者の考え方への受け止め等々、私達に新しい展望をひらかせるものになります。
 私達はこれらの想念・印象に鋭敏になっていれば、次第にそれらを容易に感受することが出来、日々新鮮な暮らしが出来るように思われます。自然の中では草花はいつもフレッシュかつ明朗に自らのいのちを発現しています。その生命発現の中には停滞や惰性という要素はありません。生きている限り、いつも新鮮、みずみずしく過ごせる実例を私達は自然の中に見ることが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落179

179 The doctor's answer carried a philosophy it would be well to heed. "Forty years from now, no one will know, or care. about a little dust on your piano today. So just relax and look into the future forty years. This will give you some idea of how unimportant criticism actually is in your life."
179 その医者の次の回答はよく心に留めるべき哲学を備えていました。「今から40年経てば、誰も貴方のピアノの上のわずかなホコリについて知りもしないし、気にも掛けることはないでしょう。ですから、ちょっとリラックスして、これからの40年間を覗き見て下さい。それは貴方に貴方の生活には実際如何につまらない批判主義があるかに気付くことになるのではないでしょうか。」



【解説】
 私達が最も大切にしなければならないこと、それはこれから先に歩むべき人生の道筋です。目的地も定まっていないまま、毎日をフラフラ過ごしてしまうのは、折角の未来に続く道を見逃すことにもつながります。
 しかし、残念なことに私達は自身の将来について考えるより、目先の事柄、心の好き嫌いの騒ぎの中、習慣に埋もれた生活をしがちです。手助けの忠告は印象・想念の形で常に私達に注がれてはいるものの、それに気付こうとしない私達には大きな問題がある訳です。
 この場合、時として本事例のように病気という非日常の状況に陥ることで遂に真の実態を理解する機会を得ることもある訳です。また、患者と医者との関係も、優れた医師に巡り合えれば、本来の生きる意義に目覚めることも可能です。
 これまでマザー・テレサ女史をはじめ多くの医療従事者が人々から敬愛されて来ましたが、それも自らの最期に臨み、優れた人格に巡り合え、真の生き方を学び取れたことに由来します。私達はあらゆる困難、時に死に臨む場面においても学ぶ機会を見逃してはなりません

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落178

178 Nature finally rebelled; and this prolonged tension brought on a serious lung condition. When the doctor gently told her the results of the laboratory tests, outlining a plan for the necessary months of bed rest, the woman ignored the serious condition in her body, but expressed deep concern over the state of neglect she felt sure would invade the home without her personal supervision. In other words, her thought-habit pattern had become so set, even the threat of a dangerous illness could not register its full impact upon her mind.
178 自然は遂に反乱を起こし、この長く続いた緊張は深刻な肺の状態をもたらしました。医者が彼女に優しく、検査室での試験の結果を話し、数カ月の長期療養の治療計画の概要を説明した時も、その婦人は自分の肉体の深刻な状況を無視して、自分自身の監督が無くなった家庭には必ずや放任状態がはびこるとの思いに極度の懸念を示したのです。言い換えれば、彼女の想念習慣があまりに固定化されていた為、危険な病の脅威ですらも、彼女の心に十分な影響を留めることは出来なかったのです。


【解説】
 あくまで私の憶測なのですが、私達の身体には様々な防衛機構が働いていると考えられます。体内に異物や有害物が万一侵入すれば、早速白血球その他の防衛部隊がそのものを攻撃し、身体全体にそれら異物の影響が広がるのを防いでいるものと思われます。
 しかし、これらの防衛組織が円滑に活動する為には、それら異物の侵入情報がスムーズに伝わり、これら防衛隊が活動し易い環境を体内に整備しなければなりません。
 よく言われる例としてガン細胞がありますが、それらはこれら防衛隊に見破られないよう正常な細胞に似た性質を持って増殖しているものと思われます。また、もし私達自身が体内のガン細胞に対して警戒出来る程の感受性を高めることが出来れば、極微の細胞レベルのこれら異物に対処するメカニズムを支援することが出来るものと考えられます。
 いずれにしても、自身の身体に最も大きな影響を及ぼすのは各自の心の想念であることは間違いない訳で、その者の身体状況の多くは各自の責任に由来することになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落177

177 The focal point of this woman's life was her home, her husband, and her children. In her fervid desire to be a good wife and mother, she had become so immersed in physical tasks that she made everyone around her uncomfortable. On rainy nights her husband stopped on the drafty back porch and removed his shoes, traversing the length of the house in his stockinged feet so he would not mar the freshly scrubbed tile. The children's lives were ruled by stern admonitions: "be careful not to soil your clothes; pick up all your toys; for goodness sake, don't disarrange the furniture."
177 この女性の人生の中心は彼女の家庭であり、彼女の夫であり、子供達でした。彼女の良き妻であり、良き母でありたいとする熱烈な願望のあまり、彼女は物理的な課業に没頭するようになった為、彼女は自分の周囲のひとりひとりを不快にさせてしまいました。雨の夜には彼女の夫は肌寒い裏のポーチで立ち止まり、靴を脱ぎ、真新しく洗われたタイルを台なしにしないよう、靴下を履いた足で家を横切ります。子供達の日常生活は「衣服を土で汚さないように注意して。自分の玩具を片付けて。お願いだから家具を乱さないで。」との厳格な説諭に支配されていました。



【解説】
 清潔ですっきり片付いた家に誰もが暮らしたい訳ですが、それに拘り過ぎることも問題になることがあるということになります。つまりはそれらはあくまで結果、現象の世界であり、私達が最優先にしたいのは、私達の心境の面であり、決して物質界のことではないのです。
 この事例ではよく見る欧米型の日常生活のパターンですが、確かに清潔この上ない理想的な暮らしではありますが、何事も過度な行き過ぎは問題になる訳です。主人公の主婦は目に見える状況のみに囚われ、大切な事柄、即ち家族の心的状況についてまでは考え及んでおりません。目に見える現象のみを守って行けばよしとしているだけなのです。
 人は様々な状況から必ずしも皆恵まれた環境で暮らしている訳ではありません。本講座はこうした各人に必ずやより恵まれた環境をもたらすものですが、その実現には多少の時間が必要です。重要なのは、そうした現実世界に変化をもたらすのが、私達の日常の想念、何気なく発している心の想いであるということです。この心の活動内容を本来のリラックスし、奉仕に向かうものとすることで、自ずと結果は付いてくると言っても良いでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落176

176 Here is another example of how a worried mind affected the body cells to the point of physical breakdown. For twenty years a friend of mine had prided herself on being an immaculate housekeeper. In fact, her home was so "freshly-vacuumed" looking, both family and friends were never quite comfortable in it. While entertaining, she had an annoying habit of watching the ash trays, fairly snatching them out from under cigarettes so she could replace with clean ones. Her every move, every facial expression reflected nervous anxiety, making the atmosphere in the home vibrant with uneasy tension.
176 ここに心配しがちの心がどのようにして肉体細胞を物理的な崩壊点にまで影響を与えるかに関するもう一つの例があります。私の友人の一人は20年間にわたり、完璧な主婦であったと自慢していました。実際には彼女の家は余りにも「真新しく電気掃除機がかけられた」ように見える為、家族も友人達もその中では決して心地よくはありませんでした。興じている最中でも彼女はタバコの下から灰皿をひったくって新しいのと入れ替えられるよう、灰皿を凝視するイライラさせる癖がありました。彼女の一つ一つの動作や顔の表情は神経質な心配の念を投影しており、その家庭の雰囲気を落ち着かない緊張感でみなぎらせていました。

【解説】
 私達が生きる目的を何処に置いているかは重要な所です。本項の例はある面、真面目な者にとって陥りやすい点でもあるでしょう。大切なことは、自分自身も含めて、周囲の者、周囲のあらゆるもの達に、生命本来の活動状況を自由に表現させることであり、自分の尺度を押し付けてはいけないのです。
 この場合、きれい好きが高じて周囲に不愉快な思いや不要な緊張感をもたらしているのですが、本人がそのことに気付いていない所が問題なのです。
 一般に自分自身のことは自分ではなかなか分からないものです。しかし、それは自分自身を見渡せないことをも意味しています。その結果、心の暴走を止めることが難しくなるのではないでしょうか。その為には、自分自身を知る為にも、相手の反応から学ぶことも大切です。自分の放った想念は相手に感受された結果、その反応として帰って来るからです。他者を鏡として生きることも有用なのではと考えています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落175

175 The natural state of the body cells is a relaxed, yet busy approach to life. When you distort their normal expression through tenseness, they broadcast this inharmony to all about you. We have many examples of this in our daily lives. Notice that when you are tense and out of sorts, and lash out at someone with a sharp retort, you will usually receive a sharp answer. This is caused by the cells of your body impressing their feeling of discontent upon the body cells of the other person. And because you are expressing a strong, destructive emotion that most people have not learned to guard against, their body cells respond in like manner. So if you want to make a happy life for yourself and those around you ... watch those emotions! Stop worrying over every little thing-and over every big thing, too. Worry has never yet solved a problem or changed a circumstance.
175 肉体細胞の自然な状態とはリラックスして、しかも生命に近付こうと専念している状態です。貴方が緊張を通じてそれらの普通の表現をゆがめてしまうと、それらはこの不調和状態を貴方の全周囲に発信します。私達はこの例を日常生活の中で多く持っています。貴方が張り詰めていて機嫌が悪い時、誰かを辛らつな応酬で非難すると、貴方には大抵はとげとげしい応えが返って来ることでしょう。これは貴方の肉体の諸細胞が不満のフィーリングを他の人の肉体細胞に印象付けている為に引き起こされます。そして貴方がほとんどの人がそれに対して守らなければならない強烈で破壊的な感情を表現している為に、それらの肉体の細胞も同様に反応しているのです。ですからもし貴方が自分自身や周囲、等々に幸せな人生を成し遂げたいと思うなら、これらの諸感情を監視しなさい! 個々の細かい物事、また個々の大きな物事についても心配することを止めなさい。心配が問題を解決し、あるいは環境を変えたことはありません。



【解説】
 本項は言い争いの真相は、相手に送った攻撃的な想念に相手の肉体細胞が応戦する為だとしています。実は私達が気づかない内に、自分の肉体細胞は相手の想いを感知し、反応するという訳です。当然、非難に対しては自己を守るべく相手側の非を主張し、エスカレートすれば肉体を動員して暴力行為に及びます。私達地球人のレベルはまだこのような段階なのです。
 しかし、テレパシー能力の開発を目指す私達は、これまでのこうした段階から抜け出る必要があります。自らの発する想念がどのような影響を及ぼすかを自分で確かめながら生活することです。心が抱く想念を絶えず監視し、それらを良質なものに引き上げ、大自然から来る優れた印象に心を開くことです。
 自分自身の持つ潜在力に改めて気づくことが出来れば、つまらぬ事象に心の関心を集めることを止めて、周囲の者に役立つより上質な生き方を率先し、良い影響を及ぼすことが出来るようになる筈です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落174

174 Stop and study yourself impartially. Do you rush about, your body a quivering mass of taut, jangling nerves? Is your mind racing ahead to all the things you feel you must accomplish? If so, you will find every muscle in your body is tense. At the end of the day your body and mind will be fatigued. Even sleep will not bring repose if the mind is not at rest, and in time nature will rebel against your continuously breaking one of her fundamental laws. For when your body and mind are tensed and worried, the cells will not function properly.
174 立ち止まって、片寄らずに自分自身を研究することです。貴方は自分の張り詰めて苛立つ神経の塊になった身体を急き立ててはいませんか。貴方の心は貴方が成し遂げなければならないと感じる全ての物事に向かって、駆け出してはいませんか。もしそうであるなら、貴方はご自身の肉体のあらゆる筋肉が緊張していることに気付くでしょう。一日の終わりには、貴方の肉体と心は疲れ切っているでしょう。もし、心が安静になっていなければ、睡眠も休養をもたらすものとはならないでしょうし、また、やがては自然の基本的な諸法則の一つを継続的に破り続けている貴方に、自然は反逆することでしょう。何故なら、貴方の肉体と心が張り詰め、悩んでいる間は、肉体の諸細胞は適切に機能しないからです。


【解説】
 著者は私達に心の暴走を鎮めて、もっと落ち着いた生活に戻るように諭しています。とかく私達は心の不安から、次々に先のことを考え、仕事を急ぐものですが、大切な体調を崩すところまで為すべきものは、この世に存在しません。
 厳しい生存競争がある野生生物にあっても、彼らはゆったり自然の恩恵を享受しているように見えます。しかし、そのことの背景に何があるかについては良く考えて見る必要があるでしょう。同じ仕事をするについても、楽しく生き生きと行う場合とそうでない場合とでは、成果の内容も疲れ方も変わって来ます。
 要は私達の心をどう柔軟なものとし、周囲の他の創造物と融合して円滑に暮らせるように保つかということです。これまでの偏見を捨て、改めて自然や宇宙に同化するような心の状態、心境を整備することが大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落173

173 This unnatural condition in the digestive system is the direct consequence of the strong thought vibrations of anger or anxiety impinging upon the body cells, and if continued long enough can cause serious and lasting bodily damage. Science has definitely proved that anxiety and tension can terminate in neurosis, ulcers, etc. So here is evidence that the sense-mind can bring suffering upon itself, the physical man. There is great truth in the saying, "As ye sow, so shall ye reap." for it is applicable not only to our morals, as most people interpret it, but to every facet of our lives. 173 消化システムにおけるこの不自然な状況は、肉体細胞に衝突して来る怒りや不安の強い想念の直接的な結果であり、もし長く続く場合は、深刻で続く肉体の損傷を引き起こす可能性があります。科学ははっきりと、不安や緊張はノイローゼや潰瘍を起こして終結することを証明しています。ですからここに、感覚心が自分自身、即ち肉体としての人間に苦痛をもたらし得ることの証拠があるのです。「播く種は刈り取らねばならない」ということわざには、偉大な真実があるのです。何故なら、それはほとんどの人が解釈するような道徳ばかりでなく、私達の生活のあらゆる側面に適用できるものだからです。


 【解説】 「ストレスから胃が痛む」とか心因性の下痢になったとかは、よくあることで、各自体験されたこともあるでしょう。私達の心(感覚心)の問題はそれ自身の拠り所でもある自身の身体をも損なうなど、自ら播いた種(自ら発した想念)は自分自身に最も大きな影響を及ぼしているという訳です。 時々刻々発する想念は外部に影響を与えるのみならず、自身には更に大きな影響を与える訳で、私達の発する想念をコントロールすることが如何に大切かが分かります。 通常、私達の心は感受する側の能力は大変低く、鈍感なのですが、自分が発する想念が如何に周囲に影響を及ぼすかまでは理解出来ていません。以前、ルーサーバーバンクの"The Training of The Human Plant(1907)"という小冊子(現在はネット上に全編が公開されています。https://archive.org/stream/trainingofhumanp00burbiala/trainingofhumanp00burbiala_djvu.txt)を読んだことがありますが、その中で人間の幼児が最も感受性が高いとの記述があったように記憶しています。つまり、私達も生まれ落ちた直後は大変印象に鋭敏だった訳で、その後感覚心・エゴが拡大した結果、目に見えない対象については鈍感になってしまったものと思われます。イエスがニコデモに語ったように私達の第2の誕生もこうした原点に還ることを求めています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落172

172 While our minds cannot consciously direct each detail of the complicated workings of the body - we must depend upon nature for this - through our mental attitudes we do wield a tremendous influence over these operations. If we are serene when we eat, the digestive processes are orderly; but if the mind is agitated by thoughts of anxiety or anger, the little cell chemists of the stomach and intestines will be thrown into confusion. This will result in an unbalance in the glands producing the gastric juices, and indigestion will follow. Because the digestive processes were unbalanced, the second group of little chemists, those responsible for controlling the gas, cannot perform their duties properly; and excessive gas will form, often settling around the heart. Since the waste matter was not fully digested, the third group, those responsible for elimination, will be unable to function properly.
172 私達の心は、このことを自然に対して依存しなければならず、意識的に肉体の複雑な作用の個々の詳細を指示することは出来ない一方で、私達の心の態度を通じてこれらの作用に対しては途方も無い程の影響を行使しています。もし、私達が食事する時、穏やかであれば、消化の過程は整然と行われます。しかし、もし心が不安や怒りの想念によって掻き乱されていると、胃や腸のそれら小さな化学者達は混乱の淵に投げ込まれてしまいます。これにより、胃液を作り出す分泌腺にアンバランスをもたらし、消化不良となります。消化の過程がアンバランスになった為に、ガスの制御を担う二番目の小さな化学者達は自分達の任務を適切に実行出来ず、余分なガスが生成し、しばしば心臓の周囲に溜まります。老廃物が完全には消化されない為、排泄を担う第3のグループは機能を適切に果たせなくなります。

【解説】
 体の不調は体内の混乱が原因であり、それは心がこれら微小なる働き者を自身の強大な想念によって妨害する結果、発生します。文字通り自然の流れに従えば、これらの活動は滞りなく行われ、正常な生命活動が行われる筈なのですが、独り心が頑なに状況を悲観し、或いは憤っている為に身体内部の正常な活動を妨げているのです。
 ここで言っているのは、このような心の状況に陥った原因、理由のことは問いません。大切なる身体を心が自ら壊していることに気づくことが大切なのです。
 結局、大事なことは何かと言えば、何を置いてもご自身の生命という訳ですから、それを損なうことは厳に慎まなければなりません。「怒りは敵である」とはこのことを示唆するものと考えます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落171

171 Every moment of our lives provides us with ample evidence of the intelligence of the body cells. While we go about our daily routine, these busy cells oversee the intricate functionings of our bodies. With no assistance from our conscious mind, they extract the essence of the foods we eat, parcel it out to the various parts of the body in proper proportions, and discard the waste. Admittedly, this is only what we have come to accept as a natural functioning of the body; yet when analyzed, it represents a miracle that man cannot duplicate. Does it not give us a wonderful insight into the workings of nature? And what is Nature but Cosmic Cause expressing Cosmic Intelligence?
171 私達の命の一瞬一瞬が私達にこの肉体細胞が持つ知性について有り余る程の証拠を提供しています。私達が日々の日課に出掛ける間にも、これら多忙な細胞達は私達の肉体の複雑な諸機能を見渡します。私達の意識ある心からは一つも援助を受けることなく、細胞達は私達が食べる食物のエッセンスを抽出し、それを身体の様々な部分に送り届け、老廃物を排泄します。明らかなところ、これは肉体の自然の機能として私達が認めるところです。しかし、分析すると、それは人間が真似することが出来ないような奇跡的なことであることを表わしています。それは私達に自然の諸作用に対し、素晴らしい洞察を与えているのではないでしょうか。また、自然とは宇宙的英知を表現する宇宙的因以外の何者でもないことについてです。



【解説】
 私達が日々生きて居られるのは、身体内部の様々な細胞が人体維持の為に巧みに働いているからに他なりません。詳しく観察・調査すれば、それは驚くほど精妙なものである筈です。
 この事実を考えるだけでも、私達は生かされた存在であり、その源は微小な細胞や原子の知性に発し、また更にはその先には宇宙の源泉から与えられる無尽蔵な恩恵があるのです。このように考えれば、毎日生きているだけでも幸せな気分になることは間違いありません。それほどに60兆もの働き者が私達各人を支えてくれているのです。
 これら細胞の活躍ぶりは奇跡的とも言える高度なもので、無駄というものがありません。私達の身内にあるこれら有能な働き手から私達は積極的に知識を得るよう、絶えず身体内部の声に耳傾けることが重要です。あどけない幼児から学ぶことはこの生命の源泉から近い存在に学ぶことに等しく、イエスが説いた「みどり子」の話もここに由来したものであることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落170

170 For instance, living tissue taken from the body of a chicken has been kept alive for years without the aid of brain, spinal cord, or sense organs; not merely preserved but actively growing, or multiplying in cell composition. It is true that this tissue could not continue to live if it were not supplied with proper heat, moisture, and the necessary food; but if the cells of this living tissue were not conscious entities, how could they know how to assimilate the elements provided for their maintenance?
170 例えば、ひな鳥の身体から取り出した生きた細胞組織は、頭脳や脊髄あるいは感覚器官の助けがなくても、何年も生き続けられました。単に保存されたということではなく、活発に生育し、即ち、細胞分裂をし続けたのです。この細胞組織が適切な温度や水分、そして必要となる食物が提供されなかったとしたら、生き続けることは出来なかったのは確かです。しかし、この生ける細胞も組織が意識ある実体でなかったとしたら、どのようにして、それらは自分達の維持の為、提供された元素を取り込むことを知り得たのでしょうか。

【解説】
 一つ一つの細胞が各々個別に生存活動を続けられる程、知性を有していることに私達は気づく必要があります。つまり自然界のあらゆる生きものは基本的に自立し、成長を遂げる知識を有していることになります。
 その源は宇宙につながるものだと考えますが、私達の身体の細胞は皆、こうした能力を持った存在であり、主人である自我は単にその上に坐して差配しているに過ぎません。
 この極微小は細胞は休みなく働き、ある場合にはそれ自身をささげることによって他者を生かし、また自身も他者を糧に生きているという訳です。私達はこうした活気ある生命の海の中で日々暮らしていることを自覚することが大切です。そして時としてこれら微小な実体から生きるヒントをもらえることにも感謝したいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落169

169 Each atom making up the cells of the body possesses within itself the element of feeling-which is consciousness. Consequently, it is quite possible for the cells of one form, to convey the state of their activity to the cells of another form. When the cells of one body are impressed with vibrations from the cells of another body, the impulse is created in the nerve plasm and immediately carried through the afferent nerves to the brain, where it is decoded into a conscious thought. It may be difficult to accept the idea of cells as little conscious entities, capable of receiving and passing on vibratory impressions, or of forming their own messages; but experiments which have taken place in our laboratories have proved conclusively that all substance is possessed of consciousness.
169 肉体の細胞を構成する各原子はそれ自身の内部に意識であるフィーリングの要素を所有しています。したがって一つの形あるもの(訳注:肉体)の細胞群が他の形あるものに自らの活動の状況を伝えるというのは全くのところ、起こり得るのです。ある肉体の細胞群が他の肉体の細胞から来る振動を感受すると、神経の原形質に衝動が発生し、直ちに中枢神経を通じて脳に伝わり、そこで意識できる想念に解読されます。細胞が小さな意識ある実体で、振動による印象を受信し、転送する、あるいは自身のメッセージを作り出すとする概念は受け入れることが難しいかも知れません。しかし、私達の実験室で行われた実験では、あらゆる物質は意識を持つことを決定的に明らかにしているのです。



【解説】
 あらゆる物体と印象を通じて話すことが出来るということです。極微小な存在である原子が、その状況を印象として発し、誰でもそれらの印象を感受でき、それとコミュニケーション出来ると本項は説いています。
 おそらくこれまでこのことを正面きって言及した人物は他に居ないように思われます。これまでは何か神秘的な存在や超能力として、これら印象やインスピレーション問題について取り扱われて来たように思うからです。
 しかし、万物に生命があり、万象を同胞(はらから)と認識するルーツは日本神道その他、太古からの教えに多く散見されるものです。ネイティブインディアンの文化のその一つです。森羅万象あらゆるものと一体になれる心境はこうした原子レベルの印象の交流から生まれると言って良いでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落168

168 This proves that thought can be transmitted from the body cells within a form, without the necessity of passing through the brain of the form as a conscious thought. If thought could only be produced through action of the brain cells, this knowledge could never have been revealed to me; for the woman's brain was broadcasting strong, frantic, thought-vibrations of serious disorder in the body.
168 これは想念は一つの意識出来る想念として形あるもの(訳注:肉体)の頭脳を通過する必要はなく、身体の中の肉体細胞から発せられ得ることを証明しています。もし想念が頭脳細胞の活動を通じてのみ作られるとしたら、この知識は私には明らかにされなかったからです。何故なら、その女性の頭脳は、身体の中の深刻な疾患状態についての強烈で気も狂わんばかりの想念波動を発していたからです。



【解説】
 ポイントは頭脳を介さずに行われる想念・印象の伝達です。このことは例えば脳のアンプを介することで心の抱く想念は強烈な音源となって全身を揺さぶる程の効果を出しますが、その多くは心の過ちやかたくなさから、片寄ったものになりがちです。
 これに対し、細胞や原子から発せられる想念・印象は精妙なのですが、それらに波長を合わせれば周囲の雑音とは関わりなくその声を聴くことが出来ます。丁度、テレビやラジオのように求めたい波長のみを選局し番組を楽しむのと同様です。
 言い換えれば巷の雑踏がどんなに大きく騒がしくても、静かで宇宙の源に心を向けた生活が出来ることと同じです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落167

167 This lady, still doubtful, went to a heart specialist who confirmed the impression of normal cardiac action I had received from the heart cells. She then visited a dentist, and the information I had received from the cells of her gums was substantiated, for, after taking X-ray pictures, he assured her the infectious condition could easily be cured by a few weeks' treatment.
167 この婦人はそれでも疑って、心臓の専門医の所に行ったところ、その専門医は私が得た正常な心臓の動きの印象を確証しました。彼女は次に歯科医を訪れ、私が彼女の歯茎から得た情報が実証されたのです。何故なら、レントゲン写真を何枚か撮った後、その歯科医が彼女に感染状態は数週間の治療で容易に治ると彼女に保証したからです。



【解説】
 他人の言葉によって人は左右されがちです。本事例は医者の宣告であった為本人は容易に信じてしまい、心は自己保存に危機感を感じてしまった訳です。
 しかし、たとえ事実と違った内容であっても長年心がそれを信じているとやがてはその状態が実現してしまうこともあり得るのではないでしょうか。心は創造主に似た能力を持っており、自ら支配する身体細胞をそのような状況に陥れることもあるのです。
 これに対し私達はいつも静かに自身の身体の奥深くささやく細胞の声を聴き、必要な対処を実行すること、正常に戻そうとする肉体細胞の活動を後押しするよう努めることが重要です。私達は元来、皆、創造主から命を与えられたものである以上、自らの生命の存在について心配する必要はありません。それに相応しい暮らしが約束されており、その代わりに与えられている才能を開花させることが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落166

166 The woman's mind had been deeply impressed with the idea that her heart might falter and stop at any minute, and that her teeth were ulcerated beyond medical help. Remember, these were the thoughts she was holding uppermost in her mind when she consulted me. Yet, I received a definite impression from the heart that the action of that organ was normal; and I could detect the presence of only a slight infection in the cells of the mouth. Therefore, I informed her that her heart was perfectly normal, and there was nothing wrong with her teeth except for a slight infection of the gums, which could be eliminated with proper treatment. I did not acquire this information by visible means, for I am not a doctor and I made absolutely no physical examination. The diagnosis-if you wish to call it that-was the result of thought-transference from her body cells to my mind.
166 その女性の心は自分の心臓は何時、ふらついて止まるかも知れないことや、自分の歯が医療の手当てが及ばない程、潰瘍が生じているという思いに深く印象づけられていました。これらは彼女が私に相談した際に心の中で真っ先に抱いていた想念でありました。しかしそれでも、私は彼女の心臓からは、その器官の働きは正常であるという確固たる印象を受けました。口の細胞に若干の感染があることを感知しただけでした。それ故、私は彼女に彼女の心臓は完璧に正常であり、歯茎にわずかの感染箇所がある他は、彼女の歯には何も悪い所は無く、感染箇所も適切な処置によって取り除けることを伝えました。私はこの情報を視覚的手段で得たのではありませんでした。何故なら私は医者ではなく、どのような物理的な診察を行ったのでは決してありません。それを診察と皆さんが呼ぶというのであれば、その診察は彼女の肉体の細胞から私の心への想念移動の結果であったのです。



【解説】
 本事例の場合、医師の誤診の告知に心が動揺してしまった例ですが、このように私達は自分自身の身体の状況についてほとんど気付いていないのが実情です。
 その背景には肉体細胞から発せられる印象の言語は現在の私達にとって大変微妙なものであり、それに気付く為には心をよほど沈静化させて置かなければなりません。それほど細胞や原子から発せられる印象情報は精妙なもののようです。
 しかし早い段階で対処すれば大きな健康問題にならずに済むように思いますし、何よりご自身の事柄なので少しずつでもこうした内部の訴えに耳を傾けることは重要です。日本には「お身体ご自愛下さい」という表現がありますが、このことを良く表していると思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落165

165 A number of years ago an acquaintance who had been feeling unwell, consulted a doctor. The doctor's diagnosis was that she was suffering from a serious heart condition, and that her teeth were so badly infected they would all have to be extracted. Naturally, she was very distressed by the diagnosis; and came to discuss it with me, asking for advise.
165 何年も前のことですが、長く気分が良くないと感じていた一人の知人が、医者にかかりました。その医者の診断は彼女が深刻な心臓の病を患っていること、また歯は細菌によりひどく感染している為、全て抜かなければならないだろうというものでした。当然のことながら、彼女はその診断によって大変心を痛め、助言を求めて私の所に相談に見えたのです。



【解説】
 自分自身の肉体がどういう状況にあるのか、実際なかなか分からないものですが、それこそは大きな問題と言えるでしょう。自身に最も近く日々印象を交流しているべき肉体細胞の声を私達の心は気づかないまま勝手気ままに肉体を酷使しているのかも知れません。
 もちろん症状が出れば私達の心もさすがに事態を認識するのですが、実際には症状に至るまでには長期間、身体内部で騒ぎが起こっていた筈です。私達の心はそれに気づかずに過ごしていたということです。
 先日もある所でブヨと言われる小型の吸血ハエに刺されたことがありました。気が付くと両手3か所刺された訳ですが、彼らは実に巧みに近づき、対象にとまるや何ら気づかれることなく、所定の吸血活動を済ませます。今回も少し油断していた内に刺されてしまいました。その後長期間後遺症に悩まされることになった訳です。
 この場合も手の細胞は虫が皮膚の細胞を切り裂いて血を吸っていると通報していたと思われますが、心は他の事項に夢中で気づこうとはしなかったのです。はからずも自然界で生きて行く上で絶えず心を警戒の状態にしておくことの重要性が身に染みた体験になってしまいました。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落164

164 What has this to do with telepathy? It is a very good illustration explaining one phase of telepathic communion between man and the body cells, or man and nature. Following is another in which I was a participant.
164 このことはテレパシーとどう結びつくのでしょうか。それは人とその肉体の細胞との間や人と自然との間のテレパシー的な意思疎通の一側面をとても良く表わしている例証と言えます。以下は私が当事者となったもう一つの事例です。


【解説】
 本項で言うようにテレパシーとは単に人から人への意思の伝達ばかりではありません。肉体細胞や他の生き物達、更には鉱物までも含んだ原子との印象の交流によるコミュニケーションである訳です。
 私達はこの能力を身に付けるべく学習を続けているのですが、これまで分かったことは、私達の教師は最も身近な存在である自分自身の肉体細胞、更には細胞を作り上げる原子にあるということです。
 この原子達は繊細な感性を持っており、感受した印象に忠実に従う働き者です。経験した印象を自ら保持することで、万象発生の太古からの様々な経験を有する存在でもあるのです。
 テレパシー開発による成果の一つが、これら身近な有能者を自身のアドバイザーとして活用することで、日々の生活の中で危険を避け、豊かな洞察力を収め、新たな体験を得ることにあると考えています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落163

163 Atoms are endowed with alertness or awareness, and through feeling, can impress their messages upon man's mind. For instance, we may be strolling down a lonely road, or hurrying along a busy street; the mind occupied with its own thoughts when, through feeling, we become aware of someone staring at us. As yet the eyes have not seen this person, nor was the preoccupied mind aware of his presence until feeling alerted the brain. It was the cells of our body, responding to the directed thought from the other person, that alerted our mind to his fixed attention upon us. This same alertness can be awakened in us by the gaze of any living form.
163 原子達には警戒即ち、知覚力が授けられていますし、フィーリングを通じて自らの伝言を人間の心に印象付けることが出来ます。例えば、私達が人気(ひとけ)のない道を歩いている、あるいは賑やかな街路を急いでいるとします。心はそれ自体の想念によって占められていますが、フィーリングを通じて誰かが自分達を見詰めていることに気付きます。目はこの人物を見ていませんし、印象が頭脳に警告するまで、その存在に気付きませんでした。私達の心にその人物から私達へ動かない注目について警告したのは、その者から放射された想念に呼応した私達の肉体の細胞なのです。これと同じ警報は他の生き物の凝視によっても私達に知覚され得るのです。

【解説】
 実質上、私達が他人の想念を感知できるのは、私達の肉体細胞の原子達がそれを感じ取り、そのことを脳に通報することによると本項は解説しています。
 つまりは私達は全身で印象を感じ取っているという訳です。その為には身体全体をリラックスさせ常に鋭敏なる状態に保っている必要があります。丁度自然界の動物達が天敵の存在を感知し、じっと身を潜める時や植物が栄養分の存在する方向に地中深く根を伸ばす等、様々な場面で自身の身体を使ったテレパシーを活用しているものと思われます。
 こうした事柄は長年、「本能」とひとくくりにされて来ましたが、その実態は極小単位の原子達が支えていたという訳です。私達が日常暮らす中で、自身の身体を如何に鋭敏にするか、その為には微細な印象の伝達に気づくよう心を澄みきった状況に整えておく必要があることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落162

162 In man, as in the flower bed, the same atoms merely form new cells. Remember the law of affinity, the action of attracting and repelling, is the foundation of the universe. And these tiny atoms, so complete in themselves, obey unquestioningly the Cosmic Intelligence which, through the Mother principle, Matter, has brought them into being. They do not lose their individual identity, but rather, add one more experience through the new manifestation.
162 人においても花壇におけるのと同様に、同じ原子群が新しい細胞群を形成するだけです。親和の法則、即ち吸引と反発の作用が宇宙の基礎であることを忘れないで下さい。そしてこれら微細な原子達は、それら自身が完璧である為、宇宙英知に疑問を挟むことなく、従い、母性原理である物質を通じて生を受けています。それらは自らのアイデンティティを失わず、むしろ新たな創造を通してもう一つの体験を加えるのです。

【解説】
 私達の身体はそもそも何から出来ているのか、またそれらは何処から来たのかを考えてみる必要があります。
 地球という花壇には季節に応じて様々な草花が植えられるでしょうが、それらは各々異なるものの、皆同じ花壇の土と水、空気が元になって花を咲かせるに至ります。人間も同様に各人はいずれかの地からこの花壇に植えられ、この地を拠り所に自身の花や実をつけることになります。その間、その生きる過程で人々を楽しませ、他の多くの者に自然の美しさを再認識させることも出来ることになります。
 こうして季節は移り、やがてその草花も生涯を閉じる時が来ます。しかし、その時には次の世代の種が出来ており、次の季節に同じ場所か異なる場所で引き続いての生命の営みを続ける準備が出来ています。
 私達はこの間、この肉体を構成するこの花壇の土の原子対し植物としての体験を与え、その記憶を私達と分かち合う機会を与えていることになります。花壇に何も植えなければ土はそのままの状態で無為な時間を過ごすことになる筈です。
 そういう意味からも、私達が生命の流れに沿って各自活発に活動すること、身体内部から湧き起る生命波動を現実世界に表現することが重要な役割となっていることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落161

CHAPTER II
Impressions From the Body Cells
161 Some may point to the fact that the cells of the body are constantly changing. How, therefore, is it possible for them to retain their memory?
第2章
肉体細胞からの印象
161 肉体の細胞は常に変わっているという事実を指摘する人もいるでしょう。それ故、どうやって細胞達が記憶を保持することが可能となるのかと。



【解説】
 本項から新しい章に入ります。
 私達が気付かぬ内に私達の肉体を構成する多くの細胞は更新されて行きます。こうして常に新たに生まれた新鮮な細胞が私達を常に若々しくさせている訳です。一方、私達に老化が始まる場合は、それら細胞群の新陳代謝が抑制され、不活発な細胞が身体を占めるようになる訳です。
 こうした中、細胞群はおそらく身体維持の為に互いに補い合って全体としての機能を発揮している訳で、互いのコミュニケーションが良くとられているものと思われます。
 詳しい内容はわかりませんが、細胞1個の中の遺伝物質だけでも、身体全体を復元できるほどの情報が含まれていることは近年の遺伝子研究でもわかって来ているようです。つまりは記憶の書はDNA等の分子・原子の中に蓄えられていることを著者は述べているものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落184

184 Remember, as long as we allow destructive emotions to govern our thoughts, we interfere with the natural operation of the body, and we set up an effective block against any incoming impression except those of a like nature. When properly analyzed, these emotions are expressions of the personal ego; and the personal ego must be controlled before we can reach the goal of selfless self-expression.
184 私達が破壊的な感情が私達の想念を支配するのを許す限り、私達は肉体の自然な働きを妨げ、同類の印象以外のやって来る如何なる印象も阻止する有効な障害物を設置していることを覚えておいて下さい。適切な分析を行えば、これらの感情は個人的なエゴの諸表現であることが分かりますし、個人のエゴは私達が無私の自己表現というゴールに到達する為には、統制されなければなりません。


【解説】
 以前にも紹介した通り、「怒りは敵と思え」の言葉の真意は本項で述べられていることにある訳です。この感情統制が成されなければ、時としてエゴは暴走し、身の破滅をもたらすことが危ぶまれます。時に殺人ざたにも至るこうした心の暴走は結局は自我(エゴ)の傲慢さや恐怖に源を発しているように思います。その為、古来から羞恥心を無くす為の修業や恐怖への対応等の訓練と思われる行が行われて来ました。もちろん、現代人には別のやり方がある訳で、本項にあるように身体内の仕組を踏まえての自我の統制を各自が取組む必要があります。
 実は、他人がエゴ的な感情で話しているのか、そうでないかは良く分かります。実は自分自身が一番分からないようです。即ち、善悪いずれにせよ、精神と肉体が一体となって物事を行動する訳で、例え破壊的であるにせよ、その時、本人は一体となって行動を起こしており、一体化しているが故に、冷静な判断が出来ないのです。それを防ぐには、もう少し上位に自分の視座を置いて、演じる自分を観察する必要があります。全てを知る者に真似て、自我を常時監視し、より良い方向に導くことが大切だと考えています。(注:原文にdestrictiveとありましたがdestructiveの誤植としました。次回は第2部第3課に入ります)

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落183

183 Does this help you to see how important is your approach to life? how all lives are intertwined? Do you, through your anxieties and fears, keep those near you uncomfortable and upset? If so, recall the change the woman brought into her life once she had released her anxieties. Where, before her illness, her body cells were a tense, nervous mass because a chair was out of place, they now radiate a calm, peaceful feeling that is soothing to those around her. Face yourself honestly . . . for the truth cannot be hidden from your body cells.
183 このことは貴方に生活に対する貴方の接し方が如何に重要であるか、全ての生命が絡み合っているかについて理解する助けになっていますか?貴方は貴方の不安や恐怖を通して貴方の近くの者達を不快と混乱状態にさせていますか?もし、そうなら、この婦人が自分の不安を解放してから自分の生活にもたらした変化を思い起こして下さい。病気の前、椅子が一つ所定の場所から外れただけで、彼女の肉体細胞は緊張した神経質な塊になりましたが、今やそれらは周囲の者を落ち着かせる静かで平穏なフィーリングを発しています。正直に自分を見詰めて下さい。貴方の肉体細胞から真実を隠すことは出来ないからです。


【解説】
 自分が発する想念は例え言葉にならなくても、各自の肉体の細胞達は直ちにこれに反応し、それらが発する印象は他の者の肉体細胞に感受され、影響を与えることは、とりも直さず万物が想念(印象)によって密接に影響し合っていることに気付きます。
 従って、家であれ国であれ、そこに暮らす人々は各々何らかの雰囲気を持つようになることがこれによって分かります。もちろん、制度や気候、社会情勢等の外的要因もこれに加わっていることでしょう。しかし、一番の問題は各自が自分の生命(生活)にどのように向き合って、即ち、どのような想念を発し、印象を感受して、その日一日を送っているかにあります。その一日一日の過ごし方がその家族や国を構成していると言ってもよいでしょう。
 私達の肉体細胞が私達の抱く想念に極めて鋭敏に反応することは、時々の身体の不調の多くが精神面の問題から来ることからも良く分かります。かつて、ウエイン・ダイヤー氏は「悩みは何処になるか?」について、講演で「それは貴方の外(即ち外界、自然界)には無く、貴方の頭の中にあるだけだ」と明解に述べています。即ち、創造主が造った自然界には悩みや心配事は一切なく、それは貴方自身が頭の中で作り上げたものに過ぎないという訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落182

182 Her change of attitude reflects through the whole family. Now, their youngest boy, the only one still living at home, feels free to bring his playmates in after school for cookies and milk; and the grandchildren romp through the house with an abandon their parents were never permitted. The family has found a new fullness in life, a new freedom bringing laughter to replace the tension that once existed.
182 彼女の姿勢の変化は家族全員に反映します。家族の内、最も年少の少年は唯一、家の中で生活する存在ですが、学校が終わった後、おやつに自分の遊び友達を連れて来ても構わないように感じていますし、孫達は彼らの両親が決して許されなかったような放任の下、家中を走り回っています。家族は生活の新しい充実感をかつて存在した緊張感に代わって笑いをもたらす新たな自由を見い出したのです。


【解説】
 組織の中心となる者が持つ心境は構成員の隅々にまで有形無形に作用します。そういう意味でリーダーの心の有り様はそのまま、その組織に投影されるということです。組織の長が和やかでリラックス出来ていれば、従う者も伸び伸び仕事が出来ますが、逆の場合は不幸な事態が起り得ます。過度に規範重視を徹底させると、ゆとりが無く緊張感を強いられる疲れた組織になるように思っています。そういう意味ではリーダーたる者、どのような困難な状況においてもリラックスできる余裕を持つことが必要だと言うことです。
 また、本項にアダムスキー氏は好ましい家族像について述べていることが分かります。金星その他の進化した惑星ではどうか知りませんが、少なくても、家庭は家族がリラックスし、楽しく心安らかな家を言い、中でも家庭を取り仕切る主婦の役割が大きいとしています。子供達には各々の年齢に応じて伸び伸び暮らせる環境が必要で、幼年期のこうした楽しく遊んだ経験が、老人になっても持ち続けられ、優しい心を育むものと考えています。これら楽しい幼年期を送ることが出来れば、大人になっても優しい心遣いが出来、穏やかな人物に成長することが期待されます。今日、この惑星が抱える多くの問題が、本シリーズで紹介する一連の心の開発を通じて、解決できるのではないかと思っております。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落181

181 Upon her recovery she again took over the household duties. However, with her new outlook on life, a feeling of ease now prevails in the home. Where once guests were made uncomfortable by her eyes darting anxiously around the room, checking to see whether a cushion was out of place, a curtain not hanging straight, or an ash tray needing emptying, they now find a charming, composed, hostess, Where once she would have dashed for a cloth at the first sign of a thin film on the recently dusted furniture, she now laughs and says: "If you can write your name on the piano, it proves you're educated."
181 回復後、彼女は家事の仕事を引継ぎました。しかし、生活に対する彼女の新しい展望から、安らぎのフィーリングが今やその家庭を覆っています。かつては部屋の周囲に神経質そうに睨んでクッションが所定の場所から離れていないか、カーテンが真直ぐに吊り下げられていないか、或いは灰皿が一杯になって代える必要があるかをチェックする彼女の眼差しによって客達が不快にさせられていた場所で、今度は魅力的で落ち着いた女主人を見い出します。彼女がホコリを払ったばかりの家具についたホコリの薄膜の最初の兆候に対して、かつては布切れを取りに走ったのが、今度は彼女は笑ってこう言います。「もし、このピアノの上にご自分の名前を書ければ、教育を受けていることの証しですわ。」


【解説】
 しばし日常から離れて自分自身や自らの生活を振り返ることは大切です。この場合は病に至った後の入院でしたが、これが旅行であったら、はるかに良い事例と言えるでしょう。とかく私達は習慣に支配され、夢遊病者のように何らの考えもなく、毎日を送りがちです。その日常を断ち切ってこれまでの自分を見つめ直す機会を積極的に作って見ることは、意外な程、価値があるように思われます。その為に、本例のような入院や旅行等、何か特別なことをすべきという訳ではありません。要は習慣に縛られない自分であるよう、心を常に自由にしておくことです。
 本事例の場合、主人公は自分が維持すべき家庭を物理的な環境としてのみ見て来てしまった為、そこに暮らす家族が感じる窮屈さには気付いていませんでした。それが入院を契機に違った角度で自分の生き方を見つめ直すことが出来た訳です。病もそういったきっかけを与えて呉れるチャンスと捉えれば、大いに意義あるものとなり、感謝すべきものに変えることも出来ます。チャンスを生かすかどうかは常に私達の受取り方に掛かっている訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落180

180 During the months of her enforced inactivity an amazing change took place in this woman. She found that the house-keeper managed very well without her. This awakened the realization that she had been laboring all these years under a self-imposed slavery to a false idea. The easy-going attitude the motherly servant introduced into the home, enabled the children to emerge from subdued little shadows, to become normal, boisterous youngsters; and as the woman listened to their uninhibited laughter, she could see that the same false standard which had ruled her life, had subjected theirs. Once she acknowledged this weakness and faced it squarely, she knew the doctor was right when he had said that anxiety and tension were the basic causes of her illness. Therefore, her first step on the road to recovery must be learning to relax.
180 彼女の強制的な不活動の数カ月の間、この婦人にある驚くべき変化が起りました。彼女は家政婦が彼女無しでも上手に家を管理出来ていることに気付きました。このことは彼女に自分が誤った着想に自ら課した奴隷状態の下、今迄の年月汗を流していたという悟りを気付かせました。その優しい使用人が家庭に導入したのんびりした姿勢は子供達に服従させられた影から、普通の騒がしい少年達にならせましたし、この婦人は彼らの抑制されない笑い声を聞いた時、彼女は自分の人生を支配して来たそれと同じ誤った規範が彼らの人生も支配して来たことに気付くことが出来ました。ひとたびこのことを理解し、それを真正面から直視した後、彼女は医者が不安や緊張が彼女の病の基本的原因である述べたのは正しかったことを知りました。それ故、回復への道の第一歩はリラックスの仕方を学ぶことでなければなりませんでした。


【解説】
 不安と緊張が諸々の病の元凶である点については、多くの読者が同感出来、また少なからぬ体験をお持ちの筈です。もちろん、病気の具体的な現象としては、病原体の細菌やウィルスに感染した、あるいは癌細胞が出現したということですが、問題は日常生活において絶えずこれらの危険因子にさらされる中で、本来発揮されるべき免疫その他の防御機構が、心の抱く不安や緊張の為、十分に発揮出来なくなることが発症の原因である訳です。
 これに対し、私達の心から不安や緊張を取り払い、明るく楽しい楽観的な思考を取り入れ、心配をしないことが大切とされています。その根拠は簡単で、宇宙の活動そのものがそうしたプラスの思考の流れで動いているからです。自然界においては、例え過酷な冬の嵐の中にあっても、生き物達はじっと春の来るのを待っていますし、南極では何ヵ月も続く厳冬の夜の間もペンギン達は集団を作ってそれに耐え、卵を暖めてやがて来る春にヒナが孵るような生活サイクルを持っていると言います。極地方の夜だけの冬の生活は私達には考えられませんが、それでも生き物達は楽観的に春の訪れを待って生きている訳です。
 また、自然界には弱肉強食やピラミッド型を生態系があり、食物連鎖によって各々の種が生かされています。当然に生まれた者の多くが上位のものの餌になって生涯を閉じる訳ですが、それら幼生はそのような将来のことを心配するような様子は一切ありません。彼らは皆、精一杯その時々の生を満喫しています。自由に伸び伸び生きる中で生命を表現しており、そこに病の要素は見当たりません。
 注:文中unhibitedはuninhibitedの誤植と判断し訂正しました。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落179

179 The doctor's answer carried a philosophy it would be well to heed. "Forty years from now, no one will know, or care. about a little dust on your piano today. So just relax and look into the future forty years. This will give you some idea of how unimportant criticism actually is in your life."
179 その医者の次の回答はよく心に留めるべき哲学を備えていました。「今から40年経てば、誰も貴方のピアノの上のわずかなホコリについて知りもしないし、気にも掛けることはないでしょう。ですから、ちょっとリラックスして、これからの40年間を覗き見て下さい。それは貴方に貴方の生活には如何につまらない批判主義があるかという着想をもたらすでしょう。」


【解説】
 医者は大事なこととそうでない事の区別について教えています。大事なこととは何十年経過してもその人に直接影響を及ぼすこと、あるいはその発展の原動力となるべき事項を指すもので、人としての生き方や家族や人々との繋がりを示すものと思われます。とりわけ、人との出会いや人から受けた影響は後々まで記憶され、その人の人生を決定づけることに成り得ます。
 私もアダムスキー氏の著作に触れ、東京世田谷で当時行われていた毎月の会合に出て、当時、この分野の諸先輩からお話を伺ってから、早40年近くが経ちました。人各々歩む道は異なりますが、宇宙や自然、地球への畏敬の思いや人生の生き方等、アダムスキー哲学をベースにして多くを学んだことは私にとって貴重な経験であり、今日でも授けていただいた方々に感謝しています。
 そして、今日、ささやかながらもこのようなアダムスキー哲学を自ら紹介できる場所を得たこと、そして道半ばで病に倒れた方々の分も合せて、多くの方々に大事だと思うエッセンスをお伝えできることは心底の喜びとなっています。
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