テレパシー 第2部 第1章

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落160

160 The Living Soul, given to man when the Creator breathed the breath of Life into his nostrils, does carry the True Book of Remembrance; but few who have lived, or are now living on earth, have as yet evolved in understanding to the place where they may read. True, on rare occasions we may be given a glimpse of a word here and there, and with understanding can interpret these correctly. But since most Earthlings have not yet learned sufficient control over the sense-mind, more than a brief glance cannot be vouchsafed them.
160 創造主が人の鼻の孔の中に生命の息を吹き込んだ時、人に与えられた生ける魂こそが真実の記憶の書を運んでいます。しかし、地球にこれまで生きて来た、あるいは現在生きている者で、その者達がそれを読み取る場所まで理解力を発展させた者は極くわずかです。真実の所は私達はまれにそこここで記載されている言葉の一瞥を与えられ、理解力により、これらを正しく解釈することが出来るかも知れません。しかし、ほとんどの地球人が感覚心に対する十分な支配を学び取っていない為に、わずかの一瞥以上のことを与えられることはないのです。


【解説】
 そもそも私達が生きものとなった瞬間に私達自身の中に記憶の書とも言うべきあらゆる知識が与えられたという訳です。同様なことは私達が母体から生まれて初めてこの世で呼吸した時点にも当てはまるのかも知れません。
 いずれにせよ、私達自身の中に本項で言う記憶の書が入れ込まれており、本来は各自が必要な時それらを調べ知識を得ることが出来る仕組みになっています。
 「記憶」については現在の私達の科学レベルでは頭脳の中に記憶場所があることになっています。一部の脳細胞がその内側に記憶を取り扱う役割を担っていることも確かでしょう。しかし、それがどのような形式で行われているのか私達は未だ知りませんし、その記憶がどのように活用されるかも分かりません。
 しかし、人体のユーザーである私達は実際の使用方法、活用手法について学んで行く必要があるのです。丁度、自動車のメカニズムは熟知していなくても、自動車を安全快適に運転することと同じです。大切なのはこれら記憶の書を如何に自分のものとして親しむかということでしょう。
 優れた講演者は原稿も見ず、長時間聴衆に向けて貴重な講話を行いますが、彼らは次々に語るべき内容をどのようにして得ているか不思議に思うことがありました。この時、講演者は自身の内側の記憶の書に長年蓄積して来た話題を状況に合わせて引き出し、聴衆の求めに応じて披露していると言うことが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落159

159 But to return to the true cell memory; because all manifestation consists of atoms, which, through creation and recreation are used and reused to make forms, the interrelationship between all things is self-evident. The atoms which now make up your physical body, previously contributed to the construction of innumerable other bodies and forms. And like the cells of the dwellings mentioned earlier which were impregnated with the vibrations received from the occupants, the cells of the body will carry memories received from each manifestation.
159 しかし、真実の細胞の記憶に戻れば、全ての創造物は原子から構成されており、それら原子は創造につぐ創造に何度も再活用されている為、万物の間に相互関係があるのは自明のことです。今や貴方の肉体を作り上げている原子達はかつては無数の他の肉体や形有るものの建造に貢献して来ました。そして以前述べた住居の細胞のように、占有者から受け取った振動を染み込ませており、肉体の細胞も個々の創造物から受け取った記憶を運ぶのです。



【解説】
 これら私達の肉体を構成する原子は各々過去様々な生き物を形成し、いろいろな体験を経て来たもの達です。そうした様々な歴史を持つ膨大な数の原子群と私達は身近に暮らしているという訳です。
 そういう意味から、私達の第一の義務はこれら未来に続く者達に一刻一刻素晴らしい体験をさせ、それらを記憶させることではないかと考えます。こうした良質の体験をさせることがその後の世の中の進歩に役立つことにつながる筈です。
 私達は丁度、人体という惑星を任されている者と言えるかも知れません。60億の人間が住む星をどのように運営し、良好な状態に保つかについて常に心掛けることが大切です。また一つ一つの細胞や原子の持つ潜在力や経験も吸い上げて共に学んで行くことも必要でしょう。
 「全ては自分自身の中にある」という言葉は、こうした私達自身の中に本来広がっている知識の海について示唆したものでもあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落158

158 Over the years I have made an interesting observation regarding these "memories." It is indeed rare to find an individual who claims to remember being just plain Mr. Average Citizen. These memories-which in many instances can seem very real-usually involve illustrious persons; everyone from the high priests who officiated at the initiation ceremonies in the Great Pyramid, to more recent characters of history familiar to us all. The vast majority of these are not even cell memories . . . they are simply man exalting his ego.
158 何年にもわたって、私はこれら「前世の記憶」に関して興味深い観察を続けて来ました。全くのところ、自分が只普通の一般市民であったことを覚えていると言う個人は珍しいのです。多くの場合に大変リアルに見え得るこれらの記憶には、通常著明な人物が含まれており、偉大なピラミッドの開始儀式を司祭した高位の僧侶から、新しくは私達全員が良く知っている歴史上の人物までが含まれています。これらの大多数は細胞の記憶どころではありません。それらは人を増長させる自分のエゴの為せるものです。



【解説】
 本項はある意味、このような細胞の記憶、原子の経験について取扱いを注意すべきことを示しています。とかく私達は印象・インスピレーションを素晴らしいものとして自分自身を高揚させる傾向にありますが、その知識から学ぶ姿勢は大切ですが、それを根拠に自我を増長させるようなことはあってはならないのです。
 各人は自分は過去生において偉人であったと思いたい訳ですが、各々の人生を振り返れば、私も含めて大部分の者は今期の人生だけでも目を覆うばかりの未熟な者であった筈です。そういう意味でも到底他人に自分の過去生を自慢出来るような例は少ない筈です。
 しかし一方では、今期の人生においてそのような振り返りが出来ること自体、これまでと比べて格段の進歩をしているということでもあるのです。大切な点は、私達が少しずつこれら目に見えない微小な実体から贈られる印象に対して心を開き、それらと同期し様々な事柄を学びながら生活するということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落157

157 This accounts for most of the so-called memories of previous lives. A person may receive an impression that he once lived on earth as Julius Caesar, and his ego will be inflated. But in reality, a few cells of his body may be composed of atoms which were once present in the body of Caesar.
157 このことはいわゆる前世の記憶と呼ばれるものほとんどに当てはまります。ある人は自分がかつてジュリアス・シーザーとして地球に生きていたという印象を受けるかも知れませんし、そのことでその者のエゴは増長させることでしょう。しかし、実態はその者の身体の細胞のわずかがかつてシーザーの肉体に有った原子から構成されていたに過ぎないのかも知れないのです。



【解説】
 私達は知らない内にこれら自身の肉体細胞の原子群から様々な印象を受け取り、また原子の記憶に触れているのかも知れません。実に広大無辺の知識の宝庫です。
 しかし、一方ではその記憶を自我のものだと勘違いすることもある訳です。自身が体験した訳でもないのに、それを自分の体験だと言い張る場合も考えられます。私達はこれら極微な粒子が持つ記憶を大切に取扱い、それに触れることが出来たことに祝福を感じなければなりません。それらを自我を高める目的で使用してはいけないのです。
 とかく前世の記憶とかいう話が出ますが、それはこれら細胞や原子の記憶とは別に自分自身の本体について明確に見えた後に明らかとなる意識レベルの記憶が理解出来てからの話であり、先ずは現在の自我・心の訓練こそ重要なところです。極微な存在である原子が記憶を持つ以上に人間には更に優れた記憶の場所があるに違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落156

156 So it is with Man. The atoms of his physical body-made from the "dust," or atoms of matter-have been used and reused throughout eternity. Thus, these miniature universes carry an indelible memory of the experiences they have participated in during each manifestation.
156 ですから、それは人間についても同じです。「チリ」、即ち物質の原子から作られた人間の身体の原子達は永遠の時を通じて、利用され、再利用され続けます。こうしてこれらミニチュアの宇宙(訳注:原子を指す)はそれらが各々の創造物での間、参画した諸体験について消し去ることのできない記憶を運ぶのです。



【解説】
 何事も体験により学び成長して行くものですが、原子についてもそれが取り込まれた身体を通じて経験したものが記憶されるという訳です。原子達は万物創生の時から様々な時代を経ている訳で、その経験と知識は私達の想像を超える内容を持つものと思われます。また、原子自身が宇宙の法則とも言える英知から逐次発せられる指示に呼応する能力を有していることはおよそあらゆる知識を持っている可能性があります。
 実質上、私達の肉体には細胞数だけでも60兆個あり、更にその細胞を造り出す原子の数となれば想像も出来ません。仏典には膨大な数の話が出てくる場面がありますが、実はそれほど多くの「師」が身近に寄り添っていることに私達は気づく必要があります。
 要は如何にしてそれら身近な「師」と会話し、自らの生涯と社会を豊かにするかが大切なところです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落155

155 Let us now sow a totally different species in the bed. These new seeds will draw their sustenance from the soil enriched by the decomposition of the first plant, and in so doing they will use the very atoms that once made up that plant. Therefore, these same atoms are now bringing a new form into manifestation, yet basically, they have in no way been changed.
155 今度は苗床に全く異なる種のタネを播いてみましょう。これらの新しいタネは最初の植物の分解物によって豊かになった土壌から自分達の滋養分を取り込むことでしょう。また、そうする中で、それらは以前の植物をかつて作り上げた同じ原子を用いることになるのです。それ故、今やこれら同じ原子が新たな形あるものを現出させており、しかも原子は基本的に何ら変わっていないのです。



【解説】
 既に私達は植物や地中の微生物が大気中の炭酸ガスや窒素ガスを原料にして豊かな有機物を合成し、植物の根や茎葉、そして果実として実らせることを学んで知っています。
 低栄養の土壌はこれらの作用により、次第に豊かな土への変貌して行く訳です。まさに無(機物)から有(機物)を造り出す創造の作用が目の前で繰り広げられているのです。
 一方、人間もこの循環の経路の中に居ます。人間は植物とは異なり、直接的に地球を豊かにする機能はありませんが、その知識と行動力によって自然の活動をコントロールし、災害を防いだり、新しいエネルギーを取り出したり、地球規模で大きな効果や影響を与える存在になりました。
 しかし、その結果、一人勝手な展望から資源の無駄遣いや環境汚染を引き起こすに至っています。他の生き物はある意味、自分を犠牲にして環境全体の維持に奉仕している訳ですが、人間は自分のみ、自分の身内だけの幸福を前提にせせこましく生きているように思います。
 各人の肉体はいずれ土に還らなければなりませんが、自身が生きている間にどのような恩恵を他者に残したか、どれほど社会という土壌を豊かに出来たかが問われることになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落154

154 Our gardens furnish a very understandable example of this law in operation. The flower matures, broadcasts its seed, then dies. Through decomposition, the plant will return to the dust from whence it came; thereby releasing into the soil and the atmosphere, the atoms which once formed its body.
154 私達の庭はこの法則が働いている大変分かりやすい例を提供して呉れています。花々が円熟し、その種を散らすとやがてそれは死にます。分解を経て、その植物はそれが生まれたチリに還ることでしょう。その結果、かつてその身体を形づくった原子群は土や大気に解放されるのです。



【解説】
 長い目で見ると私達は物質循環の中の一つの経路として生きていることが分かります。つまり、肉体を構成しているもの(原子)は時々刻々の呼吸や食物摂取を通じてこの惑星に生きる様々なものを取り込み、排出し、最後は再び惑星の構成物に還って行くという訳です。
 丁度、本文で言う「庭」が地球という惑星に相当します。そういう意味ではあらゆる生命体の遺伝子を破壊する放射能を長期間大量に作り出す核分裂こそはこの大切な「庭」を害する典型的なものではないかと思う次第です。
 昨今では「地球環境」という概念が定着して来ましたが、依然として地上は戦闘行為が続けられており、私達地球文明の未熟さが露呈している状況です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落153

153 Primal Matter, the Mother principle of creation, preceded form . . . and is indestructible! Through the law of attraction and repulsion the tiny atoms composing matter are gathered together to build a form; but eventually that form will disintegrate and the atoms will be set free, to be used again in manifesting yet another form. For, "dust thou art, and unto dust shalt thou return," Gen. 3:19.
153 創造の母性原理である原始の物質は形に先立って存在し、それは不滅のものです。吸引と反発の法則を通じて物質を構成する小さな原子は形あるものを作り上げる為、集められているが、いつかはその形あるものは分解し、その原子は自由にされます。更に別の形あるものを再び現出するのに用いられる為に。何故なら「汝はチリゆえにチリに帰る」(創世記第3章19節)からです。



【解説】
 私達が知らない更に深い世界があるにせよ、先ずはこれら原子群が宇宙の万物を構成する源であり、それらは過去から未来まで永続して創造と分解の活動を行っていることは確かです。
 この原子レベルで見れば、私達が誕生して肉体を授けられた時点から、死に至るまで、様々な生命体や無機体を取り込み、排出しながら自らの生命の営みを続けます。この間、その生命活動を支えているのがこれら小さな働き者という訳です。おそらくはこの原子達は更に深い宇宙の法則に従って行動しており、そこには迷いは無いように思われます。
 これら原子の中に秘められた活動力(エネルギー)があることは核分裂や核融合でも明らかなのですが、本来、これら秘められた原子本来の潜在力を他惑星におけるような地球とは別の方法で生かすことが出来れば、私達の生活も一変する程変化するかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落152

152 The cells of manifestation are composed of manifold combinations of these atoms. All matter, ranging from the most dense, or what we call mineral, through the varying stages of form until we reach space itself, is composed of these tiny electrically charged atoms vibrating at different rates. So you see, contrary to the information received through the physical senses, form is merely space surrounded by inconceivably small particles of force. Yet it is the action of these tiny units that produces all visible and invisible phenomena. Manifestation is born out of the potential force, or basic vibration within the atom, which, through the law of affinity, forces the particles to unite.
152 創造物の各細胞はこれら原子の多岐にわたる組合せから構成されています。最も密度が高く私達が鉱物と呼んでいるものから、私達が宇宙空間自身に到達する様々な形からなる段階を通じて、全ての物質は各々異なる速度で振動している小さい荷電した原子から成り立っています。ですからお分かりのように、肉体の感覚を通して受けた情報に反して、形あるものは想像も付かない程小さくフォースを持った粒子によって囲まれた空間に過ぎないのです。しかし、全ての目に見える、あるいは見えない現象を造り出すのは、これら微小は単位の活動なのです。創造はこの潜在力あるフォース、即ち原子の内側の基本的な振動から生まれますし、それは親和の法則を通じてそれら粒子に結合するよう働き掛けます。



【解説】
 私達生きものの細胞はもちろん、あらゆる物質を形作っているのが物質の最小単位とも言える原子です。そしてその原子も大部分は空間であり、私達が手に触れて知覚できるのは、これら原子核の周囲を回る電子群が作り出す領域であり、それを私達は固形物と認識しているだけのことです。
 本項で重要な点は、何か物が作り出されるような場合には、これら微細な原子達がそれを生み出そうとする働きが私達が知らない内に起こっているということです。すべての宇宙の営みはこの極微な原子達が知性を持ち、何らかの背後の指導に従って所定の行動を一斉に起こすことが想定されます。
 おそらく私達の想念は、この極微な存在に最も大きな影響を及ぼしているのではないかと考えます。その為に、低次元の想念が繰り返し発信されるとこれら原子達も元気が無くなり、本来の活動が抑えられてしまい、老化や劣化が生じるのかと思います。
 重要な点は原子レベルでは物体は消失も発生もなく、未来永劫同じ形態で存在する訳で、そこには劣化というものはありません。私達もいち早くこれら原子の潜在パワーに近づく必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落151

151 Every form is composed of definite measurements of space, surrounded by energized particles of force. All substance is made up of these tiny units, which we call atoms. An atom may be compared to a miniature solar system containing a central sun, around which, in definite orbits, revolve negative electrical charges, or units of force. The central sun, or nucleus of the atom, is a positive charge; equaling perfectly the total number of electrical charges revolving about it.
151 あらゆる形あるものは、周囲をエネルギーを持った粒子群によって囲まれた特定の寸法を持った空間によって構成されています。全ての物質はこれら微細な単位から成り立っており、それらを私達は原子と呼んでいます。原子は中央に太陽を持ち、その周囲の特定の軌道をマイナスの電荷あるいは力の単位が周回しています。中央の太陽、あるいは原子核はプラスの電荷であり、その周囲を回る電荷の全数と完全に等しいのです。

【解説】
 原子の構造について著者が解説しています。内容は既に私達が知る所ですが、重要なのは著者がどのような統一的な概念の下でこの解説を行っているかにあります。
 既に他惑星人の宇宙船で外宇宙をこの目で見、彼らの宇宙観を学んだ著者が物質界の構造を改めて俯瞰し、原子の構造が宇宙太陽系の構造と極めて類似していると説いているのです。
 あらゆる側面に同一の原理が適用され、極小から極大まで統一した法則が貫いているという所が重要な訳です。言い換えれば全てが同じ原理・法則の下に生きているということになります。
 私達はこれまでの自分の目の限界に気づかず、勝手な心の判断の下、過ごして来ましたが、これからはこれら目に見えない極微の世界にも宇宙と同じ世界が繰り広げられていることを自覚しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落150

150 When man gives any thought to material substance, he is very likely to accept the image given to him by those organs of deception, the eyes, which hold to the solidity of matter; so he believes a vast difference exists between matter and space. Yet, in the laboratory we have discovered that form is not solid; but may be likened, as one writer expressed it, to a mass of soap bubbles.
150 人が物質的な物に何らかの想念を与えようとする時、人は欺く器官、即ち物質の固体性に執着する眼によって与えられたイメージを受け入れ易いものです。その結果、人は物体と空間とでは莫大なる差異があると信じているのです。しかし、それでも実験室で私達は形あるものは硬いものではなく、ある作家が表現したように、形あるものは石鹸の泡の塊に似ていると表現できることを発見しているのです。

【解説】
 私達が対象物に目をやる時、まず最初は私達の目がその対象物を形あるもの、固体として認識するでしょう。この時、見えるものしか相手にしない私達の視覚の限界性について、著者は第一の問題と指摘しているのです。
 視覚に依存する私達は目に見える範囲のものしか思考の対象としなくなってしまいました。しかし、実際には著者がいみじくも述べているように、物質は泡のようなものである訳です。既に私達も学んでいるようn原子の構造はその大部分の質量を原子核が有しており、その原子核から離れた周囲を電子が周回し、丁度雲のように包んでいる訳で、物質のほとんどは空間ということになります。
 逆に言えば、目で見、手で触って確かに固体と私達は思っている訳ですが、それも実際には空間であると言うことが出来ます。即ち、目の前の空間と物体との本質的な違いはないことになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落149

149 The average person is generally little concerned with the composition of space, for he conceives it to be a vast void existing between planets. The suns, planets and planetoids visible to the eye, he recognizes as form; but the space between these bodies appears to him as nothingness. However, our scientists know that space is a sea of activated attracting and repelling force, always in motion.
149 通常の人は一般的に宇宙空間の構成にはほとんど関心がありません。何故なら宇宙空間は現存する惑星の間にある膨大な空(カラ)の空間だと考えているからです。太陽や惑星それに小惑星を形あるものと認識していますが、それら天体の間の空間は何も無いように見えているのです。しかしながら、私達の科学者は宇宙空間は活性化された吸引と反発の力から成る海であり、常に活動状態にあることを知っています。

【解説】
 私達生命の源が宇宙空間であり、そこには絶えざる創造の活動が為されているという訳です。また、この宇宙空間は私達が暮らす地上とも境目が無くつながっており、空間の作用は私達も上空に流れ、湧き起る雲の姿からも垣間見ることが出来ます。
 重要な点は、空間(即ち「空」)はあらゆる創造的活動を内包する重要な場所であることです。このテレパシーの作用もこうした空間への働きかけとして理解した方が良いように思われます。
 目に見えない空間に畏敬を払い、その存在に融合した生き方を説く教えは神道をはじめ、太古からの信仰にも通じるものがあります。目に見えるもののみを対象とするこれまでの科学を更に空間への洞察のレベルまで深めることが求められています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落148

148 Before going further, I believe it would be well to discuss the importance cell impressions play in our lives. To do this, we should have some understanding of the physical composition of both tangible and intangible manifestation.
148 先に進む前に、私は私達の生活の中で細胞の印象が果たす役割の重要性について論議した方が良いと考えています。そうする為には私達は有形及び無形の創造の現れに関する物理的な構成について幾分かの理解を得ている必要があります。

【解説】
 このテレパシー問題に取り組むに当たっては、形があり触れることが出来るものと、出来ないものについて学ぶ必要があると説かれています。この両者について私達は十分な理解を持つことが重要という訳です。
 後の項には宇宙空間のこと等が説かれていますが、これら気体や無限に広がる空間についての認識が重要になります。
 目に見える段階の世界は本項で言う"tangible(有形)"である訳ですが、細胞段階の微細で目に見えない段階の世界を理解する為には、そうした極微細から広大な宇宙空間までの目に見えない無形世界はどのような構成になっているかを多少なりとも知る必要があることになります。
 ちなみに般若心経に言う「空」とは本項で言う"intangible(無形)"が相当するように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落147

147 Though the person is not aware of using telepathy in this instance, the inanimate manifestations of the plant world definitely respond to the love pouring out from the mind of the individual. This phase of telepathy is little understood and almost never used consciously by Earthlings, for its application calls for a thorough knowledge of man's unity with nature. It is just as easy to exchange mental impressions with plants, vegetables, trees, minerals, etc., as it is with another human being.
147 その人物はこの場合、テレパシーを用いていることに気付いていませんが、植物世界の無生物的造形物はその個人の心から注がれる愛情には断固として応えるのです。この側面のテレパシーは地球人にはほとんど理解されておらず、これまでもほとんど意識的には用いられて来ませんでした。何故なら、その応用には自然との人間の一体性についての完全なる知識が必要となるからです。植物や野菜、木々や鉱物と心の印象を交換することは、他の人間の場合と同様に簡単なことだからです。

【解説】
 おそらく本項はこのテレパシー講座の本質的価値を表しているものと思われます。
 私達は生命の海の中に生きており、本来、身の回りの全てのものと意気投合出来る関係にあります。それは既に私達も知っているようにあらゆるものが原子・分子から成り立っているのですが、その原子自身が想念波動を記憶することや、細胞が印象を発すること、感受することに由来しています。
 想念がどのように記録されるのか具体的なことは未だ私達は理解できていませんが、大切なことはそのような基本法則が各自の実生活において成立しているかどうか、目の前の自然の営みの中に発見出来るかにあります。
 目や耳が伝え切れない印象の世界は私達自身の全細胞をアンテナとして探って行くことになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落146

146 Another good example of telepathic exchange between human and inanimate nature, can be found in people who possess what we call a green thumb. Everything grows abundantly for them, for while they are planting they unconsciously commune with the soil and the seedlings. You will notice these people know each plant intimately, pointing with pride to those which are thriving, and feeling concern for the plight of the sickly.
146 人間と無生物との間のテレパシー的交流のもう一つの良い例は、いわゆる園芸の達人とされる人々に見い出すことが出来ます。それらの人々の為に全てが豊かに育ちますし、彼らが植えている間も、彼らは無意識に土や種と会話します。皆さんはこの人々が親しく個々の植物を知っており、すくすく育つもの達を誇らしく指差し、また、病いの苦境にあるものに対しては気に掛けていることに気付くことでしょう。



【解説】
 植物と会話するという話は、古くはルーサー・バーバンク(1849-1926)が著名ですし、日本ではピータ・トムプキンズの本(「植物の神秘生活」、工作舎、1987年)が紹介されています。また最近では「奇跡のリンゴ」の木村秋則氏の話が伝えられているところです。
 物言わぬ植物と意思を交流することで、植物も私達に応えてくれるということでしょう。丁度、家庭で飼うペットのように言語は使わなくても十分に意思疎通が図れるという訳です。
 私達動物はその生存を植物に依存しています。食糧も石油等の燃料も衣料も全て元はと言えば多くは植物に由来しています。その植物と自由に会話できることは私達の人生を豊かなものにすることは間違いありません。そのことだけでも、このテレパシー開発の意義が十分あるというものです。生きとし生けるものを慈しみ、育む気持ちが大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落145

145 Ninety-nine people out of every hundred consider thought only in relation to the human brain. They would be amazed to learn that every cell in their body, as well as every cell constituting any other form, is a thought-producing unit; for all manifestation is composed of atoms. We receive the illusion of divisions because of the different vibratory rates of the atoms; but in actual fact, the basic atoms making up the human body, and those manifesting as minerals, are the same. Thus, when we have an understanding of our true relationship to, and oneness with, all creation, we will be able to commune consciously with all phases.
145 毎100人の内、99人が想念というものを人体の脳とだけに関連して考えています。しかし、彼らは自分達の身体の一つ一つの細胞が他の形あるものを構成している個々の細胞ともども、想念を作り出す単位であることを知れば驚くことでしょう。私達は原子群の振動の違いの為に分裂の幻影を受け入れていますが、人体を構成している基本的な原子と鉱物を現出させている原子は同じものです。従って、私達が全創造物との真の関係と一体性の理解を得れば、私達は全ての段階のものと意識的に交流することが可能となることでしょう。

【解説】
 想念というものは頭脳だけが発するものではなく、全身各部の個々の細胞が想念を発し、また受信が出来るという訳です。
 顕微鏡下では活発に動き回る微生物の姿を見ることが出来ますが、彼らも危険を察知し、あるいは餌を捕食する等、目を持たない中では全て印象によって行動しています。光の無い深海の生き物も同様でしょう。このように各細胞は実に印象には敏感なのではないでしょうか。
 自らの肉体を若々しく保つのはその者の義務である訳ですが、その面からも自らの肉体を構成するこうした細胞達に快く仕事をしてもらえるよう、全身に響き渡る私達の心が抱く想念については上質なものとしなければなりません。仁王門にあるような怒りや苦しみを門をくぐる際には捨てなければならないのです。また、鉱物も含め周囲のあらゆるものと交流が出来ること等、本項のような本質を学べばどのような状況下でも私達は喜んで生きて行けることになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落144

144 Those who receive these impressions are often referred to as "sensitives," but when properly understood, this is nothing more than an automatic reaction to the world of effect In other words, the effect of the strong emotions absorbed by the cells of the buildings, affected the individual. This is one phase of telepathy where the "feeling" within us is altered to, or communicates with, so-called inanimate substance.
144 これらの印象類を受信する者はしばしば「霊能者」と評せられますが、適切に理解すれば、このことは結果の世界への自動的な反応以上のものではないのです。言い替えれば、建物の細胞によって吸収された強い感情の影響がその個人に作用をもたらしたのです。これは私達の内側の「フィーリング」がいわゆる無生物の物体によって変えられたり、それらと意思疎通を行うというテレパシーの側面の一つです。

【解説】
 本項では、これら物体に記憶・残留する想念に私達の肉体細胞が同期するのはごく自然の作用であり、それを私達が感じることは当たり前の事象であるとしています。
 物体がどのような振動を帯びているかは直接物体に触れなくても分かることは丁度、理科の実験で同一形状の音叉が離れていても同調して音を発することに似ています。つまりはそのような残留波動がその物体付近に発せられているということかと思われます。
 よく仏像の背に光を発するような彫刻飾り(光背)が施されますが、それも仏や仏像から発せられる「ありがたい」想念波動をイメージしたものと思われます。私達自身もやがては周囲にそれら良質な想念を発し、触れる物体にそれら好ましい想念・印象を染み込ませる努力が必要となります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落143

143 These impressions are known as cell impressions. The cells (or atoms) of the structure have absorbed the destructive or constructive emotions of the occupants, and have communicated these impressions to the cells (or atoms) of our body; causing either a feeling of depression or tranquility.
143 これらの印象は細胞印象として知られています。構造物の細胞(原子)が居住者の破壊的あるいは建設的な感情を吸収し、これらの印象類を私達の肉体の細胞(原子)に伝え、憂鬱なあるいは穏やかなフィーリングをもたらしていたのです。


【解説】
 あらゆる物質を構成している細胞や原子と呼ばれる極微小実体は、想念波を記録するという訳です。長年身に付けていたものには当然、その者の想念波動が染み込むことから、その物体に近づくとその残留波動を感知するという訳です。その際、私達が何らかの感じを抱くのは、私達自身のこれら極微細の細胞や原子達がそれを感知するためです。
 このように考えると私達は少なからず想念・印象においても環境から影響を受けることが分かります。そういう意味ではこの地球上の人間社会では、好ましくない印象類が多いことについてはも注意が必要です。知らず知らずこのようなマイナスの印象を受けやすくなるからです。
 こうした中にあっても私達は自分にとって必要な印象分野を見失うことがあってはなりません。確かに現実を学ぶことは必要ですが、それ以上に自らプラスの想念を発信し、他者に良い効果をもたらすよう想念レベルで努力することも大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落142

142 So we have proof that bricks and mortar do not make a house a home -- for a home is made from the harmonious thoughts of the people living in it. If at all possible, we will avoid the first house after our initial visit, for we will never feel at ease there; but we will revisit the second house as often as the opportunity presents itself.
142 ですから、レンガやモルタルが家屋を家庭に築く訳ではないという立証がある訳です。何故なら家庭というものはその中に暮らす人々の調和ある想念から作られるからです。もし出来ることなら、私達は訪問の後、最初の家は避けようとするでしょう。何故なら私達はそこでは決して落ち着かないからです。しかし、二番目の家は機会があれば何度も再来したいと思うことでしょう。


【解説】
 結局のところ私達自身も多少は現状でも想念・印象に対する感受性を持っているということでしょう。自分では気づかないままに、印象に対応した気分になるものと思われます。その結果、当然のことながら自分に心地よい雰囲気の環境には惹かれることになります。
 ここで思うことは各自の身体そのものも含めて、「家」というものの雰囲気はそこに住む者が作り出すものであるということです。私達が日常発する想念が自分自身の身体、更には社会にまで広がる環境を左右するものとなっています。
 地球を住みやすい惑星にする為に、中で暮らす私達の責任は大きいものがあるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落141

141 Now, let us take an example of how equally strong, constructive emotions impregnate a dwelling. When we enter another house, a warm feeling of friendliness greets us at the door. In contrast to the first, the rooms may be small, the carpet thread-bare, and the view from the windows confined to shabby cottages across a narrow street; but the cells of this dwelling have been impressed with harmonious thoughts of love and laughter; and we instinctively respond to these emotions. We will find ourselves smiling unconsciously, and will settle back to absorb this feeling of peace.
141 今度は、如何に同様なる強い建設的な感情が住居に染み込むかの例を取り上げましょう。私達がもう一軒の家に入ると、暖かい友好的なフィーリングが玄関口で私達を迎えます。最初の事例の家とは対照的に、部屋は狭く、カーペットは擦り切れ、窓からの眺めは狭い通りの向かいの古びた田舎屋が見えるだけです。しかし、この住居の細胞達は愛と笑いの調和ある想念によって印象付けられていますし、私達は本能的にこれらの感情に反応します。私達自身、無意識に微笑んでいることに気付きますし、この平和なフィーリングを吸収する為、ゆったり椅子に座ろうとすることでしょう。

【解説】
 本来の生命の流れに沿ったものに対しては、私達はそれに心を開き、それと融和しようとするものです。本事例の場合、たとえ外観は貧しい環境であっても、その中に居ると心がなごむのは、こうした私達自身が目に見えない想念波の影響を受けることに起因します。
 よく神社や寺院等で静かな気持になれるのは、単に景色、風景が落ち着いているというだけではなく、祈りや神仏に対する人々の想いを知らず知らず私達が感じ取っているからに他なりません。
 アダムスキー氏は生前に金星と土星を訪れましたが、その中で実際、他惑星人の住居を見てその中を見聞した訳で、その体験は氏の生命に関する更なる深い理解に役立ったものと思われます。
 もちろん、各自の家庭をどのような状態にするかは各人の責任です。「修身斉家治国平天下」の表現のように、自分自身の次に行うべきは、各自の家庭を本来の状況に引き上げることです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落140

140 If we trace this feeling to its source, we will find one of two things. Either a tragic or terrible incident, involving the destructive emotions of intense fear and vehement hatred, occurred here, which impinged these emotions upon the cells (or atoms) of the house; or the thought-patterns of former occupants, or of those now living here, have filled the atmosphere with hatred, greed, selfishness and animosity. In either case, if people live continually surrounded by these strong emotions they will be affected adversely by them. It can, and usually does, bring dissension into their lives.
140 もし私達がその源泉に向かってこのフィーリングを辿るなら、以下の二つの事柄のいずれかを見い出すことになるでしょう。強烈な怖れと激しい憎悪の破壊的感情が含まれた悲劇的あるいはひどい事件がここで起き、それがこれらの感情をその家の細胞(あるいは原子)にぶつけたか、あるいは以前の居住者、または現在ここに住んでいる者達の想念パターンが辺りの雰囲気を憎しみや貪欲、わがままや恨みで満たしているのです。いずれの場合も、もし人々がこれら強い感情に囲まれて継続的に暮らしていると、それらによって悪影響を受けることになるでしょう。それは人々の生活に不和をもたらす可能性がありますし、通常は実際、そのような影響を及ぼしているのです。



【解説】
 これまでの地球の悲惨な歴史を考えれば本項で記されているような事例は数多いものと思われます。事実、昔から何らかの影響を受けたという話も何度か聞いておりますし、古来より日本人は特別そのような影響を恐れてきたことも確かです。神社におけるお祓いはこうした想念波動を除去・除染する意味合いがあることでしょう。
 一方、逆にある特定の場所では、高次な想念波動の影響を受け易い場合もあるようです。パワースポット等と称せられるその場所は気分が落ち着き、心身爽快になる他、UFOも多く見かけるようです。これらは逆の意味で私達の成長にとって価値ある環境をもたらすものと言えます。
 いずれにしても問題を抱える惑星に暮らす私達は日常的にこのようなリスクのある想念環境の中で生きている訳で、そうした中でも自分を正しい方向に成長させる信念をもって時々に遭遇する環境に対処しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落139

139 From the outside the house may appear very attractive. Upon entering we may find ourselves in a spacious, well-furnished room, with large windows offering a wide view of a peaceful countryside. But with the crossing of the threshold a strong revulsion, a deep depression, or in some cases an almost tangible feeling of hatred seems to fill the air around us. This disquieting effect will disturb us as long as we remain in the house.
139 その家の外側からは大変魅力的に見えるかも知れません。中に入ると私達は広々して上等な家具に彩られた部屋があり、大きな窓が平和な田園風景を見せています。しかし敷居を跨ぐや、強い反感と深い憂鬱、またある場合には肌で感じるような憎しみの感も私達の周囲に満ちているように思えます。この胸騒ぎの影響は私達がその家に留まる間中、私達を掻き乱すことでしょう。


【解説】
 本事例のように建物には長年そこで暮らしていた者が放っていた想念が染み込むという訳です。この例は著者が体験したことと思われますし、以前アダムスキー氏が英国に招かれ、古城の一つに案内された際、その内部に入りたがらなかったという逸話が伝えられています。氏はテレパシックにその城の中でかつて行われた悲しい出来事を察知してしまったからに他なりません。
 この点、鈍感な私達は文字通り”知らぬが仏”というように安穏に暮らして来ましたが、テレパシー能力が開発されて行く中で次第にこれら目に見えない残留想念についても気付くようになって来ます。そこで問題なのは、この劣悪な精神環境の惑星とも言える地球では、それら低次元の想念波動は山ほどある訳で、それら一つ一つに同調して身体を壊すことは意味のないことです。より積極的に明るい想念波動でそれらを中和し、鎮めこれからの世代に良質な想念環境を残す努力が必要だと言えるでしょう。
 かつてイエスの時代にも劣悪な環境の中でもイエスは従者に野のユリのように創造主に従って生きよと諭しています。他惑星からの進化した人達は地球の劣悪な想念環境の中にあってもそれらに負けないプラスの精神パワーを持っていることは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落138

138 While this combination of thought vibrations bombarding us at all times staggers the imagination, if we take one vibration at a time it becomes understandable. A common example of how thought, or violent emotion-bear in mind that emotion is the expression of strong thought-will impregnate itself upon matter, can be found in the atmosphere of a dwelling.
138 この想念波動の組み合わせが常に私達に衝突して来るということは想像力をも驚かす一方、私達は一度に一つの想念を捉えるようにすれば、その想念は理解できるものとなります。想念ないしは激しい感情、即ち感情とは強い想念の表れであことを覚えていて欲しいのですが、よくある例として如何にしてそれらが物体にしみ込むかは、住居の雰囲気の中に見い出すことが出来ます。

【解説】
 文字通り、私達は想念の飛び交う世界に生きている訳ですが、著者が本項で述べているように、通常の私達の知覚力ではそれらを漠然とした印象で知るだけで、具体的には何か一つの想念に同調させてみて初めてその内容が分かるというものでしょう。
 また強い想念波動は周囲の物体にも波動を残留させる訳で、過去の地球に起こった様々な苦しみや悲しみの事例を考えれば、至るところにこのような悲しい想念波動が残っていることも理解出来ます。
 その一方で、この想念波動の影響は本人自身の身体細胞に最も影響を及ぼすことは誰もが良く分かる筈です。そういう意味で自らの身体管理の上からどのような種類の想念を抱くかについては特段の注意が必要な訳です。更にはその影響はその者が居住する空間、住居にも染み込むものであることも理解出来ます。日本神道には周期的に社殿を立替ますが、そうした行為の意味も人々の穢れた想念による汚染を防ぐ工夫の一つなのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第1章-段落137

PART Ⅱ
Chapter 1 Cell to Cell Impressions
Chapter 2 Impressions From the Body Cells
Chapter 3 Effect of Emotions on the Body Cells
Chapter 4 Other World Impressions and Thought Habits of Earth
Summary - Part Ⅱ
Suggested Exercises

CHAPTER I
Cell to Cell Impressions

137 Since there are over two-and-a-half billion people living in the world today-all of them thinking to some degree-we can readily see that we live in a veritable sea of thought. Not only do we receive thoughts from human minds, but since the cell structures of their bodies and all the cells that make up nature, are constantly broadcasting, we also receive impressions from these sources. To augment our conception of the immensity of this truth, we must realize that there is a perpetual blending and an interblending throughout the whole of the Cosmos. Therefore, it naturally follows that there is an intermingling of thought frequencies between the worlds. We will discuss this phase more fully in a later chapter.

第2部
第1章 細胞から細胞への印象
第2章 肉体細胞からの印象
第3章 肉体細胞に及ぼす感情の影響
第4章 他の世界の印象と地球の思考習慣
第2部要約
推奨される練習法

第1章 細胞から細胞への印象

137 今日、世界には25億人を超える人々が住んでおり、それらの全てが何らかの程度に思考していることから、私達は容易に私達が紛れも無い想念の海の中で生活していることが分かります。私達は人間の心が発する想念ばかりでなく、人間の細胞組織や自然を作り上げている全ての細胞が常に想念を発していることから、私達はまたそれらの源泉から出た印象も受信しています。この真実の広大さに関する私達の概念をさらに増大させる為に、私達は全宇宙を通じて永続的なる融合と混合が行われていることを実感しなければなりません。それ故、当然に世界の間での想念周波数の混ざりあいが起ることになります。私達はこの側面については章の後半でより詳細に述べることとしましょう。


【解説】
 本項から第2部に入ります。
 先ず最初のテーマは細胞間の想念のやり取りです。本文で述べられているように人間だけをとっても地球上には本書の執筆当時25億人(現在では68億人)の人間が暮らしており、各自が発する想念が各々空間を駆け巡っているとしています。
 更には人間ばかりでなく、生きもの全ての細胞が知性を持ち各々想念を発しているとすれば、この空間には実に多様、莫大な数の想念波動が渦巻いていることになります。
 これら想念は各々が指向するイメージを実現しようとする作用を持っておりますので、実際にその姿を見ることが出来れば、その動きは驚異的なものと映ることでしょう。他惑星人がモニタリングディスクを用いて地球を調査するのもそうした動向を調べているものと思われます。
 従って、こうした中にあっても一人これら想念傾向に抵抗し、良質なる想念を発信し続けることで、地球に渦巻く謝った観念の想念群を中和することも出来る筈です。古来、天地を鎮める祈祷等、修験行者が行っていた祈りもこのような意義があったのだと思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落160

160 The Living Soul, given to man when the Creator breathed the breath of Life into his nostrils, does carry the True Book of Remembrance; but few who have lived, or are now living on earth, have as yet evolved in understanding to the place where they may read. True, on rare occasions we may be given a glimpse of a word here and there, and with understanding can interpret these correctly. But since most Earthlings have not yet learned sufficient control over the sense-mind, more than a brief glance cannot be vouchsafed them.
160 創造主が人の鼻の孔の中に生命の息を吹き込んだ時、人に与えられた生ける魂こそが真実の記憶の書を運んでいます。しかし、地球にこれまで生きて来た、あるいは現在生きている者で、その者達がそれを読み取る場所まで理解力を発展させた者は極くわずかです。真実の所は私達はまれにそこここで記載されている言葉の一瞥を与えられ、理解力により、これらを正しく解釈することが出来るかも知れません。しかし、ほとんどの地球人が感覚心に対する十分な支配を学び取っていない為に、わずかの一瞥以上のことを与えられることはないのです。


【解説】
 最も大事なものは何かということになると、それは各自の記憶ではないかと思います。各々の人生は毎回、限りあるものということになりますが、その中でそもそも「私とは何者か、何処から来て、今日ここに居るのはどのような目的があるか」を私達は知りたいと思っています。
 本項では、私達が創造主から与えられた生ける魂の中に全てが記憶されると述べられており、自らの中に既に莫大な記憶が収蔵されていると言っているのです。そしてその解決策として感覚心を抑制することを条件として挙げていることが分かります。即ち、感覚心を制御すれば自ずと自然に記憶が開示される状況になると述べている訳です。
 後年、アダムスキー氏は「生命の科学」を一課ずつの通信教育として執筆しています。その中で私達が日常、振り回されている感覚心とはどのようなものかを繰り返し述べられています。古来より、様々な導師が地球に現れ、語った事柄も同様なものであったことが推定されます。最も重要な自分自身を理解する為にも、各自の内部にある記憶の本源に近づく努力が必要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落159

159 But to return to the true cell memory; because all manifestation consists of atoms, which, through creation and recreation are used and reused to make forms, the interrelationship between all things is self-evident. The atoms which now make up your physical body, previously contributed to the construction of innumerable other bodies and forms. And like the cells of the dwellings mentioned earlier which were impregnated with the vibrations received from the occupants, the cells of the body will carry memories received from each manifestation.
159 しかし、真実の細胞の記憶に戻れば、全ての創造物は原子から構成されており、それら原子は創造につぐ創造に何度も再活用されている為、万物の間に相互関係があるのは自明のことです。今や貴方の肉体を作り上げている原子達はかつては無数の他の肉体や形有るものの建造に貢献して来ました。そして以前述べた住居の細胞のように、占有者から受け取った振動を染み込ませており、肉体の細胞も個々の創造物から受け取った記憶を運ぶのです。


【解説】
 期せずして、本文の内容は以前の解説と同じものとなっていました。本講座を続ける中で一つ一つの段落については丁寧に読み解いているつもりですが、先の段落までは十分、目を通してはいません。それでもほぼ似た記述に当るというこおてゃ、アダムスキー哲学の平易さを表わすものと言えるでしょう。
 しかし、これは本講座が宇宙を貫く大きな真理や法則を掴んでいるからに他なりません。法則や皆、簡素なもので、誰もが理解できるものです。この各原子が天地創造の昔から様々な創造物に使われて来たことは誰もが知識としては持っている訳です。その中で、原子は一つ一つに記憶があるということになると、私達の認識は一変して拡がることになります。
 また、万物の一体感という修行者のいわゆる悟りの感想もありますが、これも自分の肉体の各原子とのコミュニケーションが確保出来れば、様々なものに分散、共有されている自らの分身を認識することで、親近感が湧くという解説も可能です。まさに万物に神宿るの心境です。
 いずれにせよ、原子が記憶を運ぶということになれば、各自が自分の中に莫大な図書館を携帯しているとも言えるでしょう。利用しないことは「もったいない」の極みです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落158

158 Over the years I have made an interesting observation regarding these "memories." It is indeed rare to find an individual who claims to remember being just plain Mr. Average Citizen. These memories-which in many instances can seem very real-usually involve illustrious persons; everyone from the high priests who officiated at the initiation ceremonies in the Great Pyramid, to more recent characters of history familiar to us all. The vast majority of these are not even cell memories . . . they are simply man exalting his ego.
158 何年にもわたって、私はこれら「前世の記憶」に関して興味深い観察を続けて来ました。全くのところ、自分が只普通の一般市民であったことを覚えていると言う個人は珍しいのです。多くの場合に大変リアルに見え得るこれらの記憶には、通常著明な人物が含まれており、偉大なピラミッドの開始儀式を司祭した高位の僧侶から、新しくは私達全員が良く知っている歴史上の人物までが含まれています。これらの大多数は細胞の記憶どころではありません。それらは人を増長させる自分のエゴの為せるものです。


【解説】
 しかし、一方ではこの「前世の記憶」ほど、不確かなものはないのです。本文で言うように私達は他人に自慢し、優位に立ちたいと思うものです。その結果、往々にしてエゴが勝手なイメージを作り上げてしまうものだと本文は述べているのです。
 従って、この自分探究はその結果を他人に話すような事柄ではないこと、またありのままの過去の自分を受け入れる気構えが必要となります。しかし、より重要なのは過去の蓄積物よりは現在の学習内容にあるように思います。過去、十分に学んでいたら、今期は別の展開があったかも知れませんし、現在、自分がある状況こそが大切だと思うからです。
 いずれにせよ、うわべを繕うエゴをより小さくして、各自目の前の課題に素直に取組むことが重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落157

157 This accounts for most of the so-called memories of previous lives. A person may receive an impression that he once lived on earth as Julius Caesar, and his ego will be inflated. But in reality, a few cells of his body may be composed of atoms which were once present in the body of Caesar.
157 このことはいわゆる前世の記憶と呼ばれるものほとんどに当てはまります。ある人は自分がかつてジュリアス・シーザーとして地球に生きていたという印象を受けるかも知れませんし、そのことでその者のエゴは増長することでしょう。しかし、実体はその者の身体の細胞のわずかがかつてシーザーの肉体に有った原子から構成されていたに過ぎないのかも知れないのです。


【解説】
 本文の延長上の論議として、私達の得た「体験」は良くも悪くも自分自身の60兆個もの細胞、更にはその先の原子一つ一つに同様な記憶を与えるということに繋がります。これはある意味、恐るべきことで、私達の毎日の一つ一つの感情が自分の肉体を構成する原子に等しく記憶されるという大変大きな責任があることを意味しています。
 もし、私達が身体に摂取する原子が良質の記憶を保持しているなら、私達はその影響を受けて落ち着いた喜びに満ちた生活を送りやすくなるとも言えるでしょう。よく言葉として「奉仕」という表現がありますが、人生において自身にこのような平穏で快活、宇宙的な想念体験を増やそうとすることは、後世に残るこれら原子達にその優れた経験を積ませるという体験活動であり、奉仕活動であると言うことも出来ます。これら一人一人の密やかな努力は、もちろん本人にとってのプラスになることはもちろんですが、真の意味で誰もが出来る後世へ残す遺産でもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落156

156 So it is with Man. The atoms of his physical body-made from the "dust," or atoms of matter-have been used and reused throughout eternity. Thus, these miniature universes carry an indelible memory of the experiences they have participated in during each manifestation.
156 ですから、それは人間についても同じです。「チリ」、即ち物質の原子から作られた人間の身体の原子達は永遠の時を通じて、利用され、再利用され続けます。こうしてこれらミニチュアの宇宙(訳注:原子を指す)はそれらが各々の創造物での間、参画した諸体験について消し去ることのできない記憶を運ぶのです。


【解説】
 各自が本来備えている記憶は本文から、本来、膨大で幅広いものであることが分かります。水中で活動する微小原生動物から草木や動物に至るまで、細胞の元となる原子は様々、体験している訳です。これら体験の記憶をわずかでも引き出すことが出来れば、目前に活発な生命活動のイメージが拡がって行くことでしょう。
 また人が自然に親近感を覚え、美しさを感じるのは各自の構成原子がそれを懐かしく感じることによるのかも知れません。よく「国民性」という表現がありますが、それはその国土に脈々と連なるこうした原子達の歴史が作り上げるのかも知れません。まさに原子を通じて経験や文化が伝播されて行くと言える訳です。
 一方、人間は地上の「チリ」からなる肉体の他に意識や心といった霊的な実体を有しています。これらは各人生を歩む主人公であり、前述の原子は身体という環境に過ぎません。各主人公が学ぶ上で様々な環境が与えられる訳で、その都度、与えられた環境条件を十二分に生かし、自らを生長させることが望まれているということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落155

155 Let us now sow a totally different species in the bed. These new seeds will draw their sustenance from the soil enriched by the decomposition of the first plant, and in so doing they will use the very atoms that once made up that plant. Therefore, these same atoms are now bringing a new form into manifestation, yet basically, they have in no way been changed.
155 今度は苗床に全く異なる種のタネを播いてみましょう。これらの新しいタネは最初の植物の分解物によって豊かになった土壌から自分達の滋養分を取り込むことでしょう。また、そうする中で、それらは以前の植物をかつて作り上げた同じ原子を用いることになるのです。それ故、今やこれら同じ原子が新たな形あるものを現出させており、しかも原子は基本的に何ら変わっていないのです。


【解説】
 私達の目には枯れて朽ちて行く植物には寂しさが感じられ、命のはかなさを思い起こさせますが、物質界の真理は本項で述べられているように、常に肯定的で明るいということです。原子レベルで見れば、万物に不安定なものはなく、常に活動の状態にある訳です。
 庭を地球に置き換えれば、地球上のものすべてが真実、血肉を分ちあう兄妹であることがこのことから分かります。自らの肉体の一部が他人と共通し、入り交じっているからです。
 このことはごく当然に化学を学ぶ者が気付く内容であり、地球人の概念は科学の進化とともに育てられる必要があります。バックミンスター・フラーは著書「バックミンスター・フラーの宇宙学校」で私達が宇宙に上下が無いことを知識として知っているものの、依然として北を上として、極地方が実際より広がったメルカトール地図を日常使用している等、私達の概念が旧態依然のままに留まっていることを指摘しています。私達に必要なことは科学で得た知見をどう解釈し、自らの人生観に生かすかにあります。
ギャラリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
livedoor プロフィール
アーカイブ
カテゴリー
  • ライブドアブログ