生命の科学 第8課

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落326

326 We will expand on this in the forthcoming lesson.
326 私達はこれを来るべき教科で詳しく述べることにしましょう。



【解説】
 この「生命の科学」が従来型の神秘主義やオカルトの類と異なる点は、身体細胞や感覚器官の挙動等に根ざした具体的な取組を導いている点にあります。何処か訳の分からない存在や霊能者に帰依することなく、科学的、実践的な試行を通じて各自の能力や理解を育むものであり、学ぶ者は誰でもその能力を達成出来るとする点が優れているところです。
 同じ現象を見てもその解釈が誤っていれば誤った方向に進みがちです。その点、本講座は既に他惑星で十二分に実証され、活用されている点が他と大きく異なる点であり、私達は寄り道をせず、本講座を通じて著者や他惑星の兄弟達が何を伝えようとしているかに注意を払う必要があるのです。
 もちろん一度に全てを理解することは不可能ですし、少しずつ進んで行けば良いことで、進む道の先に各自の洋々たる未来が待っているということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落325

325 May I suggest a scientific experiment which is just as good as any that one may practice. In the June 12, 1964, issue of Life Magazine is an article dealing with color frequency recognized by scientists. It is good for it deals with two phases of development that are quite essential for one's growth. And they are feeling and memory. The experiment is conducted by placing the first three fingers on the different colors while blind-folded. And one is to detect the vibration or frequency eminating from the color, thus being able to name the color. This helps to develop the feeling or touch sensitivity. For frequency or vibration is nothing but a feeling that imposes itself upon the sense mind. One should be very careful about this and once you are able to get the color right endeavor to remember the feeling you get from each color. This will develop a certainty that will stay with you and serve in many fields. And don't forget that a feeling or vibration is actually consciousness alerting the senses.
325 ここで練習するのに丁度良い一つの科学実験をご提案したいと思います。1964年6月12日号の雑誌Lifeに科学者によって存在を認められた色周波数を取扱う記事が出ました。それは人の成長にとって全く不可欠な二つの発達段階を取扱っており、良いものです。なお、その二つとは感じ(訳注:フィーリング)と記憶です。その実験は最初に目隠しをされたまま3本の指をそれぞれ異なる色に置いて行われます。そして色から発せられている振動ないし周波数を探るのです。これは感じや触覚の感受性を発達させるのに役立ちます。何故なら周波数や振動は感覚心にそれ自身の存在を気付かせようとする感じでしかないからです。これについては人はとても注意して行う必要がありますし、一旦、正しい色を把握できるようになったら、各々から得られた感じを覚えておこうと努力して下さい。これによって以後、貴方にとどまり多くの分野で役立つことでしょう。そして感じや振動とは実際には感覚に警報を発する意識なのだということを忘れないで下さい。



【解説】
 本項は指でも色を感じ取ることが出来ることを示しており、私達の身体細胞が幅広い可能性を有していることを説いています。普段、私達は視界を目に頼っていますが、実際には身体細胞のいずれもが同等、類似した機能を有していることになります。このことは私達自身の発達に大きな意味をもたらす筈です。
 つまり、既存の感覚器官に頼ることなく、全身で外界の状況を把握出来るという訳です。また、その機能は細胞に留まらず更に広範囲に拡げることが出来、遠隔地の状況を知るまでに発達させられるように思うものです。
 これらの機能の根本は本文最後に著者が示唆しているように、本講座の主眼としている「意識」の作用でもある訳で、もしこれらと同様の体験を持つことが出来たら、その印象を受けることが出来た状況をよく記憶して置き、次回に繋げることが需要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落324

324 Recently scientists have finally admitted that the cells of any structure are the intelligence of the structure. They are the foundation that has always been, is, and will be, that are grouped for certain purposes.
324 最近になってようやく科学者達はどのような生物形態でも細胞がその知性であることを認めました。それら細胞達はこれまでも、また現在そして将来も基盤であり、各々特定の目的の為にグループ化されています。



【解説】
 私達が目で見る対象は各々の具体的な形や部位、器官であり、それらは本項で言うStructure(構造)と表現することが出来ます。その上で本文では、それらの構造の性質はそれを構成している微細な細胞に由来していると説いています。
 各部位の持つ特徴や性質は、それらを構成している細胞の特徴や性質に由来しているということです。このことは、私達自身についてもその特徴や個性は各自の細胞に由来するという訳です。
 従って、私達が学習を続けるということは、私達自身を構成する細胞の一つ一つを教育することでもある訳です。もし正しい方向に進んでいれば、文字通り心身ともに健康になれるでしょうし、その良い手本が老化を克服した他惑星人にある訳で、これらのことは同乗記にも紹介されているところです。
 以前、雪の結晶は水分子の形状に由来していると聞いたことがあります。目に見えない微小な構成要素こそ、本体の性状を決定していることに私達は気付く必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落323

323 We will study the cell activities, for they not only make up the human form but the cosmic whole. And we will discuss how we can use them in exploring the cosmos.
323 私達は細胞の諸活動を学ぶことになるでしょう。何故なら彼らは人体をだけでなく、全宇宙を構成しているからです。そしてまた私達は如何にすれば宇宙探検にそれらを用いることが出来るかを論じたいと思います。



【解説】
 本項で著者は改めて細胞の重要性を説いています。最近のiPS細胞等の研究で明らかになったように、一つ一つの細胞の可能性、潜在力は私達の想像を超えるものがあるようです。一つの細胞が人体あらゆる部位になり得ることが明らかになりつつあるように私には思われます。
 その細胞は一つの受精卵から分化して生成されて来たもので、私達自身の創造の由来、源泉が一つ一つの細胞の中に含まれているということであり、細胞が分化する際には、これらの知見(情報)が次々に続く世代に引き継がれて行くということでしょう。
 従って、私達が自身の由来、生命の源泉は他の場所に求める必要はなく、自身の身体の中に十二分に備わっているという訳です。一説には身体には60兆個もの細胞から成り立っていると言われております。その数量の膨大さは、国家予算を1円玉で積み重ねたらどのくらいになるかを考えれば良く分かります。このように私達は豊富な環境の下に日々暮らしているのであり、それら一つ一つの細胞と親しんで、知識を得るよう、内なる声に耳を傾け、自身から学ぶ姿勢が求められているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落322

322 In the forthcoming lessons I will venture out into the Cosmos and give you some idea how one may travel through the cosmos without involving the well known, and practiced laws of mysticism that have been used by those who did not know what they were doing.
322 次に続く諸教科では、私は宇宙に飛び出て、良く知られ実践されてはいても、自らは何を行っているか知ることのなかった者達によって使われて来た神秘主義の諸法則には何ら巻き込まれることなく、如何にして人は宇宙を旅することが出来るかについて貴方に幾分かの概念を授けたいと思います。



【解説】
 アダムスキー氏の最初の著書である「宇宙のパイオニア」は氏が意識による宇宙探求の結果からもたらされたもので、その後の他惑星人とのコンタクトでその大半が合っていると確認されたと伝えられています。私達が自分の意識を自由に巡らし、居ながらにして遠隔地を知ることは可能だということです。
 しかし、このような遠隔透視は「術」として古来から神秘・心霊家の技術として行われて来ており、本項では同じ遠隔透視でありながら、これらの問題のあるやり方とは異なると注意しています。
 いずれにせよ、超能力のみを求めることは誤りであり、危険でさえあるということでしょう。私達自身、十分に原理と現象を理解した上で、各自の能力レベルに合った内容とすべきです。そういう意味では、各自自分或いは家族の身体内部の各部位に自己の意識を巡らすことは比較的容易に行えるでしょうし、それら各部位の細胞達と親しく交われば、痛みや不具合箇所も直ちに解消するものと思われます。4つの感覚器官では捉えられない自分や家族の肉体各部の状況を、意識を巡らすことで把握し、支障があればそれらの状況を解消する方がはるかに有益と言えると思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落321

321 But there is one thing that God never takes away - the consciousness which the sense mind failed to recognize. For it is the Cosmic Intelligence back of all creation.
321 しかし、神が取り去らないものが一つあります。それは感覚心が存在を認めることが出来なかった「意識」です。何故ならそれは全ての創造物の背後にある宇宙的英知であるからです。


【解説】
 この命が尽きることがあっても、私達がその拠り所とすべき存在である"意識"は離れることなく永遠に存在し続けるということです。この世(惑星)が散り散りになっても意識は永続するという訳です。即ち宇宙空間にくまなく充満し、創造主の意向を仲介している存在とも言えるかも知れません。
 従って意識の中にはあらゆる出来事、あらゆる知見が記憶されており、その知識は全創造物の活動の全てが収まっている巨大な図書館のようなものかも知れません。その意識と少しでも融合出来れば莫大な知見を得ることも出来ることでしょう。
 しかし、一方では意識は人間の心に左右されることはないことも重要な点です。もし左右されることがあれば、その影響は全宇宙に及ぶこととなり、宇宙法則自体が不安定なものとなってしまうからです。
 私達が意識と融合したいと願う為には、これら意識の基本的な性質をよく理解することが必要で、困った時のお願いでは意識と波長を合わせることは出来ません。より静かで透明な心境の下で、心身を貫く宇宙を理解したいとする気持で接する必要があると考えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落320

320 But to have this great reward we must remodel our present house and admit the Father of us all into it. Then we as His children obey Him. Knowing He is all knowledge - our consciousness through eternity. For nothing, not even this present house we call our body, or the many planets in the cosmic system, belong to the sense man. He may claim them for the time being through his ignorance and separation from his Father, yet all of these things can be taken away from him and man cannot prevent this from happening. This proves that man owns nothing. He only fools himself when he claims ownership, and satisfies his ego for the moment.
320 しかし、この大きな報酬を得るには、私達は現在の家を改装し、その中に私達全員の父が入るのを認めなければなりません。その後は私達は父の子供達として父に従うだけです。父が全ての知識であり、永遠を通じて私達の意識であることを知っているからです。何故なら、私達が何一つ、自分達の身体と呼ぶ現在の家ですら、また宇宙世界の多くの惑星であっても、感覚人に属するものはありません。感覚人はその無知と自らの父から分離している為に、つかの間、自分のものだと主張するかも知れませんが、これらの全てはその者から取り上げられ、人はこれが起るのを妨げることは出来ません。これのことは人は何一つ所有していないことを証明しています。彼は自分が所有権を主張する時、自分自身を騙し、つかの間自分のエゴを満足させているに過ぎないのです。


【解説】
 結局、私達自身が所有するものは何も無く、全ては授けられたもの、私達に供し与えられたものであることが分かります。つまり、私達が生きている間は自由に使って良いとされている訳で、私達自身の命もそれに含まれると言えるのかも知れません。
 これまで私達は自分の好き勝手に周囲の物質や仲間までも支配しようとして来ましたが、それもその生命が危ぶまれる状況になると改めてその限界に気付くと言えるでしょう。私達は自身の生涯をどのように過ごすのか、その環境を授けた創造主の意向に沿った生き方をしているのか、最終的に人生をお返しする際には、厳密に問われることになるのではないでしょうか。
 本項では先ず、私達自身が自分の肉体をも含めて、創造主から直接与えられたものであり、全ての知識の源泉はその贈り主に由来すると説かれています。自らのエゴから創造主へ生きる支えを転換し、私達の内側に創造主をお迎えしなければならないのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落319

319 Any logical person can see the advantage of going directly to the source of knowledge, the rightful inheritance of each individual. For it is the cosmic household from whence we came. Our space brothers have shown us the importance of a more direct approach to this realization. Now it is up to us to make this a part of our life. Endeavoring to express the real of our self and thus continue through eternity, in many different steps of understanding, in the many forms through which we will everlastingly learn or progress. This is no different than when we build a home here and live and learn in it only to eventually leave it for a still better home. As we progress in knowledge there must be forms to fit this knowledge. Once we learn this the sting of death will be removed. And we will continue to always be the children of the Divine Father, until we become as he is. One consciousness - not the many. Manifesting in varying degrees for various purposes, completing the Cosmic Melody through each form.
319 論理的な人なら誰でも直接、知識の源、各自の正当な相続の恵みの所に行くことが好都合であることが分かります。何故なら、それは私達が生まれ出た宇宙の家庭であるからです。私達の宇宙兄弟達は私達にこの悟りに更に直接的に近付くことの重要性を示して来ました。これからは、このことを私達の生活の一部にすることは私達次第になっています。永遠を通じてのこれらの継続、多くの異なる理解の段階の中、私達がそれを通じて永遠に学び進歩する多くの形有るものの中に私達自身の真実な部分を表現するよう尽力するということです。これは私達がここに家を建て、そこに住み、その中で学び、遂にはより良い家を求めてそこを去ることと大差はありません。私達が知識に於いて進歩するに連れ、この知識にふさわしい形有るものがある筈です。一度、私達がこれを学べば死の苦しみは取り去られるでしょう。そして私達は常に聖なる父の子供であり続けるでしょう、私達が父になるまではです。多くではなく、一つの意識にです。それは各々の形有るものを通じて宇宙のメロディーを完成させる為、様々な目的で様々な程度に現出することです。


【解説】
 私達が考え事を巡らす時、実は私達は自分の内側の世界に答えを求めてさまよっているように思われます。自分の中にある知識の源泉を目指す中で、答えを得ようとしているのです。本項ではこのことを更に進めて、その道が宇宙の創造主に繋がる道だと説いているように思います。
 即ち、私達が創造された究極の本質にその道はつながっており、そことつながることで私達は惜しみない知識の恵みを受けるものと思われます。
 先日、辻井伸行氏のコンサート活動を伝えるテレビ番組を拝見しました。目が見えなくても縦横無尽にピアノの鍵盤を弾く彼の姿は人間が宇宙の源泉に触れた際には、既存の感覚器官など無に等しい程の潜在能力を発揮することが分かりますし、何よりも"楽しく"自他の区別なく音楽の流れを表現されている姿に感動されました。
 同様のことは同乗記において他惑星人パイロットが驚くほどのスピードで宇宙船の操縦に携わっていたと記されていることに気付きました。目に見えない宇宙の知性の流れが人体を通じて表現される姿がそこにありました。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落318

318 Many mystics have employed stimulants of various kinds to promote the knowledge of the unknown. But this is temporary, and many times only a hallucination or a reflection of their desires. This of course is unnatural and does not lead to beneficial knowledge of oneself. And only by knowing and following the natural laws can lasting knowledge be obtained. That is why the words of wisdom, "man know thyself and you shall know all things," have come down through the ages. And are just as true today as when spoken. And if we live these lessons, instead of stumbling in the dark as so many have done, we can go direct to the library of the Cosmos, the house of knowledge, directed by consciousness.
318 多くの神秘主義者は未知の知識を増進しようと様々な興奮剤を採用して来ました。しかし、これは一時的であり、多くの場合は幻覚体験、もしくは彼らの願いの反射でしかありません。これはもちろん、不自然であり、自身の有益な知識に導くものではありません。そして自然の諸法則を知り、従うことによってのみ、永続する知識が得られるのです。それが「人は汝自身を知る、そうすれば全ての物事が分かるはずだ」という知恵の言葉が何世代も通じて伝えられて来た理由です。そしてそれは、その言葉が話された時と全く同様に今日でも真実なのです。そして多くの者がそうであるように暗闇の中でつまづく代わりに、私達がこれらの教科に沿って生きていれば、私達は意識によって指揮された宇宙図書館、知識の家に直接行くことが出来るのです。



【解説】
 この分野の進展具合については、随分と大きな個人差があり、私達は自分の進歩について他人と比較することは有益ではありません。その人の前世からのつながりや今世における環境、その人の素質等により大きく異なると思うからです。
 本項では無理に神秘的知識・技能を得ようとすることへの警鐘を鳴らしています。即ち、”超能力者”が常にその能力を発現する為や、他人の注目を集める為に本来の道を外れて薬剤その他を用いることを固く戒めているのです。
 一方、私達は自身が宇宙から愛され生かされていることは、毎日のご自身の身体を見れば明らかですし、本講座ではご自身の肉体細胞の中に宇宙的知性が宿っていることが説かれています。毎日をその真の自分と対話しながら、少しずつ学んで行くことがはるかに重要であることを説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落317

317 Some people call this pulsation a knocking in the head. Others say it is a code system like dots and dashes, but it is neither. In mystic fields this is considered as messages from the dead, or other planets or planes because they do not know what is taking place and give credit to mysterious forces. When in reality the pulsation is caused by the expansion of the mind cells in a broader field of interest.
317 人々の中にはこの脈動を頭の中のノック音と呼んでいます。他のものはそれを(訳注:無線の)トン・ツーのようなコードシステムだと言いますが、いずれも違います。神秘主義の分野ではこれを死者か、他の惑星或いは他の次元から来るメッセージだと考えられていますが、それは彼らが何が起っているかが分からずに、それを神秘的な力のお蔭としているのです。しかし、実際にはその時、その脈動はより広がった関心の分野に向けて心の細胞が広がることによって引き起こされているのです。



【解説】
 今のところ私自身は本項に記されているような脳の違和感は感じておりませんが、何らかの進展が生じる際には、身体細胞とりわけ脳細胞については大きな変化が生じるものと思われます。
 一方、ここで注目したいのは本項で著者が"the mind cells"(心の細胞群)と表現している部分です。とりわけ脳細胞は各感覚器官と直結している部分があり、心の本体を構成している細胞が多く位置していると言えるからです。おそらくは目にしても耳にしても私達が網膜や鼓膜で感応した情報がこれらを担当する脳細胞に伝達され、そこで解釈、判断される訳ですから、これら直接関与する細胞こそ、私達の心の本体細胞と言えると思うからです。
 私達が心を訓練し、心がこれまでにない宇宙的な方向に拡張する際に、これら脳細胞も大きな変化を遂げるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落316

316 I speak of this that you may not think something is wrong and seek help. It is only an expansion of your sense mind activity towards the expression of a full man. Instead of only the effective half as before.
316 私がこのことを話すのは貴方が何か問題が出来たと考えたり、助けを求めたりしないようにする為です。それは完全なる人の体現に向けた貴方の感覚心の活動の拡張作用に過ぎないからです。以前の実質わずか半分であったことからに代わってです。



【解説】
 実際に私達が進化の道を進むにつれて、肉体細胞も変化を遂げて行くものと思われます。また、その際には私達自身、自分の肉体について何らかの違和感や従来とは異なる感じを持つものだと著者は解説しています。これらの教えは弟子達にやがて起こる変化について事前に知識を授ける導師の姿を思い起こさせます。せっかくの進化の歩みを当初の違和感から横道にそれることのないように導師が弟子達に注意しているのです。
 一方の私達は必ずしもそれらの変化が生じるほど、学習の程度が進んでいるとは限りませんが、少なくともご自身の肉体又は心の動きについてはより鋭敏に観察できるようになっているものと思います。そのことは今後の私達の基本的生き方だと思いますし、ご自身を精化、精進することに繋がるものです。またその過程を通じて心身の問題箇所に気付き、これを是正して行ければ私達はその進歩を強固なものとすることが出来るのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落315

315 Do not be mystified by the different feelings you may experience, for until now millions of cells in the body and brain have had nothing to do. They have been dormant, waiting to be used. Your mental interest in the cosmic self will give them an opportunity to act. And as they go into action you will notice a difference of feeling, a conscious alertness that you did not have in the past. You may even feel a strange, faint pulsation in your head as you put some idle brain cells to work. But in a short time they will blend with others and you will not be aware of their activity. And this will occur from time to time as the need arises for extra cells to go to work. For until now less than half of the cells of the brain have been active.
315 貴方は違った感覚を体験したとしてもまごつかないで下さい。今や身体や頭の中の何百万もの細胞が今迄何もすることがなかったからです。彼らは使われるのを待って休眠していたのです。宇宙的自己への貴方の心の関心が彼らに活動の機会を与えるのです。そして彼らが活動に入る時、貴方は異なる感覚、これまで経験したことのない意識的な警戒状態に気付くことになるでしょう。貴方は何か怠惰な脳細胞を働かせようとする時には頭の中である奇妙でかすかな脈動さえ感じるかも知れません。しかし間もなく彼らは他と融合し、貴方は彼らの活動に気付かなくなることでしょう。そしてこのことは追加の細胞が働くようになる必要性が起る場合に時として起ることでしょう。何故なら、これまで頭脳の細胞の半分以下しか活動していなかったからです。



【解説】
 本項では本来の細胞の半数以下しか、私の脳の細胞は使われていないと記されています。つまりは私達は本来の能力の半分も使っていないということです。それらを起動し、活動させることが本講座の目標でもあるのです。
 一方、これらいわば休眠中の細胞を覚醒させる過程で、私達には何らかの変化を感じ取るものだとも説かれています。それらの現象は一時的なもので次第に馴れるとも説かれています。おそらくは筆者自身の体験に基づくものと思われます。
 事前にこれらの現象を知って置くことで今後、そのような現象が出た時、それと分かるというものです。以前にもアダムスキー氏は地球人はその能力の数%しか用いていないと何処かで述べていたと記憶しています。本来の人間の能力を高めるという意味も本講座にはあるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落314

314 Once you expand your mind into the womb of consciousness you will be witnessing some of the things of which you may have read or heard pertaining to the mystical fields. But if you have learned your lessons well you will understand what is back of this. And what causes the different effects that are oftimes produced through the various branches of mystics, or religions. And you will not participate in the confusion in which they find themselves.
314 ひとたび貴方が貴方の心を意識の子宮にまで広げるなら、貴方はこれまで読んだり聞いて来た神秘の領域に属するような物事のいくつかを目撃することでしょう。しかし、もし貴方は自分の教科を良く学んでいれば、この背景にあることを理解することでしょう。そして様々な神秘学派や宗教を通じて何がしばしば異なる結果をもたらしているかも理解するでしょう。そして貴方は彼らが見る混乱に関与することはありません。


【解説】
 本項では私達が意識と親しむ中で様々ないわゆる"神秘的"な体験をすることがあると説いています。かつてない明瞭な印象や光景等を見ることかと思われます。重要な点は私達が学習を進める中でそれは整然とした理解の中で整理され、決して神秘として片付けられることは無いとしている所です。
 感性が鋭敏になる中では一時的に私達が戸惑う現象も体験するかも知れませんが、それも正しい原理の理解を経て次のステップに進める体験の一つとなるということでしょう。
 神秘を神秘のままに放置してはいけません。私達はその奥にある創造主の意図にこそ、思いを致し、想念・印象の持つ大きな潜在能力に気付かなければなりません。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落313

313 We do not want anyone to associate what is to be given with the type of mysticism or occultism that they may have learned to know. For these have divisions and deal with two different ends. One material, the other spiritual, and they have been widely separated by fears and lack of understanding. While we are dealing with reality, as there must be a cause for every effect.
313 私達は誰一人として神秘主義や超自然主義の類いから学ぶかも知れないようなものに関わって欲しくはありません。何故なら、それらは分裂を有し、二つの異なる対極を取扱うからです。一つは物質的なもの、他は精神なものです。両者は恐怖心と理解の不足から大きく引き離されてきました。一方、私達は現実を取扱っています。個々の結果には全て因があるに違いないからです。



【解説】
 このように人間の生き方の基本となるべき宗教が神秘を基調としていることに、本項で著者が注意を促しているように思います。とかく精神面を重視する者は物質を軽視し、切り離して生活しようとしがちです。とりわけ神秘主義者は物質を軽視したまま、ひたすら自ら造り上げた精神世界の中で日常を過ごしがちです。
 しかし、著者はこれは誤りであると説いているのです。本講座が生命の科学の学習講座と称していることがそれを裏付けています。精神と物質とのつながりの中、融合の中で生命を科学知識として理解し、応用することを目指しているものと言えます。
 既に私達は様々な要因、原因があって結果が生まれることを知っており、その両方を等しく観ることの重要性を学んでいます。例えば物質である肉体細胞を構成する分子・原子の中に記憶(想念)が蓄えられること、即ち私達の精神活動が物質にも蓄えられることを学んでおり、想念の領域では精神と物質の区分はあまり意味の無い程、互いに融合しているのです。
 そういう意味からも私達は古い神秘主義から脱却して宇宙時代に相応しい生命探求の道を歩むことが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落312

312 All faiths and religions were originally founded on what we call the occult or supernatural. For the supernatural is nothing more than the cause back of all creation - The consciousness that we call God. And while mystery has been created through lack of understanding, in reality there is no mystery. For that which can be known ceases to be a mystery. And the space brothers know that it can be known by using the right approach. They have proven this to some degree.
312 全ての信仰や宗教は元々はいわゆるオカルト(訳注:神秘的なもの)或いは超自然的なものに基礎を置いて来ました。しかし、そこでの超自然的なものとは全ての創造の背後にある因、私達が神と呼ぶ意識であることに過ぎません。そして理解の不足に起因して神秘が造り上げられる一方で、現実にはどこにも神秘はありません。何故なら、理解し得るものは神秘では無くなるからです。そして宇宙兄弟達は正しい取組によってそれが理解するようになることを知っています。彼らはこのことを自身で幾分か立証して来たからです。



【解説】
 宗教の始まりは一般の人々が奇跡と思われる事象に由来すると著者は説いています。つまり通常人では分からない遠隔地の出来事を知覚したり、未来を予見し、また相手の将来を見せたりすることで、人々がその人物に注目するということでしょう。その人物が神秘的な源泉と繋がっていると考え、その人物を信奉するというものです。
 しかし、これらはいずれも意識の働きを理解し実践力が身に付ければ、誰でも実現可能な能力とも言える訳で、私達はこの基本原理を学び、自分自身を開拓することが出来るのです。
 そういう面では、これらいわゆる超常現象と称されるものも、ごく普通の現象と理解し、意識の働きの中で理解することが重要です。神秘として追いやっては永久に神秘のままになってしまいます。私達は無言の知性とも言える宇宙意識から多くを学ぶ必要があり、その為にも自分自身の内側にある意識の存在に親しむ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落311

311 A cosmic man is all inclusive, he does not go anywhere for he is everywhere. And your cosmic counterpart will take you on a journey through the household, from room to room, act to act, so that you may understand your inheritance and thereby become one with the whole.
311 宇宙的人間は全てを包含しています。彼は何処にも行くことはありません。何故なら彼は何処にもいるからです。そして貴方の中の宇宙側の相棒は貴方を部屋から部屋に、行動から行動へとその家庭の中を連れ歩くことでしょう。そのようにすることで貴方は自身が受け継いでいるものを理解し、それによって全体と一つになるのです。


【解説】
 私達が親しもうとしている「意識」とは宇宙全域に本来、広がっているもので、それ故にそれに従った私達はあらゆる場所に瞬時に移動し、距離は意味を成さないということです。土星旅行記に記述されている土星の宇宙船はその原理を用いた高度な推進力を備えたものであり、既に他惑星社会はこうした高次な進化段階にあるということでしょう。
 一方の私達は本項で著者が語る内容もおぼつかないような段階で、まだまだ前途は遠いと言わなければなりません。しかし、日々の積み重ねが重要であることに変わりなく、無限の時間を前に毎日少しずつでも前進することが重要です。
 さて本項に述べられているように、私達が親しくしていたい「意識」は、そうした宇宙全体とも直結、一体となっていることを覚えて置く必要がある訳で、その意識を知覚することは即ち、私達が宇宙的になることを意味しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落310

310 Let me remind you here again, before we proceed with conscious exploration by the mind, that the sense mind is limited and consciousness is unlimited. And it is the sense mind that will be doing the exploring. The ego or personality, the second part of man, or the effect of consciousness. And as you know, the consciousness is the real you which produces the effect known as the personality which has the potentials and the image of the cosmic man.
310 心による意識的探検に進む前に、ここで再び念を押したいのが、感覚心には制限がありますが、意識には際限が無いということです。そしてその探検を行うのは感覚心であるということです。それはエゴ或いは人格、人の第二の部分、意識の結果物とも言い換えることができます。そして貴方が知っているように、意識とは宇宙的人間の可能性と似姿を持っている人格として知られる、結果物を作り上げる真実の貴方なのです。



【解説】
 私達が学習を進めるとともに私達自身様々な感性が鋭敏になり、意識が与える印象類にも気付くようになることでしょう。その際、自分が何をしているのかを理解するよう、著者は前もって私達にその根本を説いているのです。
 宇宙意識に従えば、私達は時空の制限を越えて様々な事物を知ることができるようになる筈です。多くは自分自身の過去生に関わるものかと思いますが、いずれにしてもその探求の過程で私達が様々なことを追体験するようになるかも知れません。
 その際、如何に愉快、不愉快な体験をしたとしても、私達はそれをありのまま受け取り、自我の学習の糧にする必要がありますし、何よりも確固たる意志で自分本来の進む道を歩むことが重要です。私達は決して脇道に外れることなく、王道を歩む必要があります。また、意識は畝に私達を目的地に通じるこの王道を指し示して呉れています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落309

309 This portion of the lessons should be firmly adhered to, for in the forthcoming lessons we will venture into the Cosmic Sea of Consciousness. This will bring many revelations according to the individual, and the mind may have a tendency to dislike what it views. i.e. You may see yourself in a million different expressions in past existences, and the mind may tend to discriminate between the scenes, as some will not be flattering according to the mind. In other words, the mind must learn to face reality. For life is not made of just the sweet, as the sour is also in the plan. Yet by putting the sweet and the sour together we get a pleasant combination. It must be this way if man's form and mind are to progress and develop into something finer. Nothing can be omitted if one is to have full knowledge.
309 教科の内、この部分はしっかり固守されなければなりません。何故なら次に来る教科において私達は意識の宇宙的海の中に踏み入れることになるからです。これは個人によっては様々な啓示をもたらすことでしょうし、また心は見たものについて嫌悪を感じる傾向があるかも知れません。即ち、貴方は過去生における何百万もの異なった自分自身を見るかも知れませんが、心は場合によっては自らを楽しませるものではない為、それらの光景を分け隔てする傾向になるかも知れないからです。言い換えれば、心は真実に直面することを学ばねばなりません。生命は単に甘いだけのものから出来ているのではなく、酸っぱいものもその計画には含まれているのです。しかし、甘いものと同時に酸っぱいものを合わせることによって心地よい組み合わせを得るのです。もし、人の身体と心がより繊細なものに進歩し発達するにはこの道でなければならないのです。人が完全なる知識を得るには、何物をも除外出来ないのです。


【解説】
 今後、私達が学習を進めるに当たって最も重要になるのは、各自のこれまでの歩みを理解し現在の自分を知ることでしょう。実はそれほどに自分の過去の生き様を知る段階に達するには随分と学習を進めなければならないという訳です。
 各人の個性、性格がどのように形成されて来たかについては、それなりの歴史がある筈です。自分自身を理解する為にはそれら過去の人生にも直面する必要があり、それらの記憶は学習を続けるにつれてよみがえって来るものと思われます。
 各細胞、各分子原子が保持する記憶を再びよみがえらせることで、それらが可能となるでしょうが、一方で著者はその際、様々な過去の体験を良否の判断なくそのまま受け入れよと説いています。つまり過去は一定の役割を果たしたものであり、過去を悔いたり恨んだりしてはならないということでしょう。こうした過去の体験の上に今日の自分があるということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落308

308 Should you become aware of an interference from the sense mind, either through impatience or egotistical effort, discipline it as you would a child. This must be done immediately, for if you don't, something will be missing from the picture which could result in confusion.
308 もしも貴方がせっかち或いは自己中心的な活動から感覚心を通じた干渉を察知した場合は、その心を子供に対する様に躾けることです。これは直ちに行われなければなりません。何故なら、もし貴方がそうしなければ、その全体像から何かが欠落し、その結果、混乱を生じさせ得るからです。



【解説】
 自分の心の動きに鋭敏になる必要があるということでしょう。私達自身が進化する為には、先ずは自分の心の傾向を把握し、時々に応じて指導する必要があるという訳です。
 とりわけ、意識からの印象類を感受しはじめた時は、心が勝手な解釈や未知なるものへの不安等を引き起こして、その本来の印象の流れを妨げることがあってはなりません。せっかくの新しいアイデアが生まれつつある好機に、それらを台無しにする行動は各人にとって大変なマイナスとなるからです。
 本文ではそれ故、そのようなことが判明したら、直ちに改めるよう私達に注意しているのです。また、言い方を変えれば、その時こそ真の進化を遂げる好機であり、その状況を大切、丁寧に取り扱うことが大事です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落307

307 One should not question what the consciousness has to reveal before the full revelation comes. And you should fear nothing - for that could cause you to lose the sequence of the lesson. For as we know the mind has been accustomed to fear that which it does not understand, and reject that which is unpleasant, due to the wrong teachings it has been subjected to. But we know that every manifestation fits into every other one, it must be so in order for the Cosmos to be complete. And when this is understood by the mind a beautiful unfoldment will come, each part of the puzzle falling into place to make a complete picture. And it will not reject anything.
307 完全な啓示が来る前に意識が明らかにしようとしていることに疑問を差し挟まないようにしなければなりません。また何物も恐れてはなりません。レッスンの一連の流れを失うことになるからです。私達がよく知っているように、心はこれまで服従させられて来た過った教えのせいで、理解しないものを恐れ、不愉快なものを拒絶することに馴れさせられて来ました。しかし、私達はあらゆる現れが他のもの一つ一つと調和することを知っていますので、それもまた宇宙にとって完全なものになる為には必要であるに違いないのです。そしてこのことを心が理解するや、美しい展開が明らかにされ、ジグソーパズルの各々の一片は完全な絵を作り上げる為の場所に収まることでしょう。そしてそれは何物をも拒絶することはないのです。



【解説】
 本項は、私達がこれから直面する事柄、或いは感受する印象について素直に受け入れ、決して恐れたり或いは先回りしてより多くを知ろうとしてはならないこと、全体像が判明するまで辛抱強く見守ることの大切さを説いています。
 多くの私達は先々の物事に不安を、また過去の失敗を悔やむことによって、生きている現在に関心を払うことがありません。実は時々刻々新たな印象・アイデアが注ぎ込まれ、私達の肉体西郷はそれに呼応しているのでしょうが、肝心の心は無頓着な状況です。
 しかし、これでは生命本来の活動は活かされません。現在どのような印象が湧き起こっているかに鋭敏になり、それらが示唆するイメージを把握するよう、観察力、理解力を高める必要があるのです。また、今を生きると一口に言っても、それは心主体で勝手な生き方で良いとする訳ではなく、いわば創造主を源泉として湧き起こるインスピレーションに私達を完全同期させ、その表現者として生きることが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落306

306 And speaking of the by-ways - as consciousness is the sea of life everything is living within it. And as the Cosmos knows no beginning or ending, we are living in the embrace of a vast structure which has many interesting things in it, and our attention of interest will shift from one thing to another. This could be likened to standing on the top of a very high tower. While facing east things will be seen that are in that direction, and to the west, the same, etc., etc. So when the sense mind is interested in conscious perception it will want to see everything within the household of consciousness. This could become a hazard, for this hunger for knowledge could promote impatience, and confusion would be the result. So the mind must learn self control. And remember it has eternity in which to learn. With this awareness it will gain knowledge step by step in the sequence of events. And there will be no gaps or divisions that cause divisions and mysteries. The interest of the mind should be of such a nature that time is not involved, only learning what each step has to offer. Then when it is time for the next step to be taken the blend will be there without any foreign element that could come from the mind.
306 脇道について言えば、意識は生命の海であり、あらゆるものがその内側にあります。宇宙には始まりも終わりもありませんので、私達はその内側に多くの興味深い物事を持つ広大な構造物に抱かれて生きておりますが、私達の興味は一つのことから他のものに移り変わるものです。これは一つのとても高い塔の頂上に立っていることになぞらえるでしょう。東を向けばその方向にあるものが見えますし、西を向けば、また同様等々です。そのように感覚心が意識的知覚力に関心を持つようになると、心は意識の家庭の中にあるすべてを見たがることでしょう。しかし、これは危険要素に成り得るのです。何故ならこの知識への渇望は性急さを助長し、結果として混乱が生じるだろうからです。ですから心は自制を学ばなければなりません。そして学ぶべきものには永遠があるということを覚えていて下さい。この自覚を持てば、出来事の一連の流れの中で一歩一歩知識を得て行くことでしょう。そしてそこには分裂や神秘を引き起こす如何なる割れ目や仕切りはないことでしょう。心の興味は時間には巻き込まれず、只一つ一つの段階が授けるべきものを学ぶという性質のものであるべきなのです。そうすれば、次なる段階の時期になった時、心から来る無関係の要素が入り込むことなく、融合が起ることでしょう。


【解説】
 日常、如何に私達は様々なものに気を取られ、現在直面すべき課題に向き合っていないかは、良く分かります。多くの広告があり、様々な商品の宣伝もある訳です。こうする中で私達は次々に脇道に誘導され、本来の生命探求の道を見失ってしまうのかも知れません。
 こうした中、陣の自分、課題を抱えている自我と向き合う為には、各自それぞれの工夫をし、努力するしか方法はありません。座禅や瞑想等は当座の心を鎮め、自我と向き合う時間を作り出しますし、そうする中で心の限界や意識の存在を知覚するものと言えるでしょう。
 しかし、より効果的なのは、日常の生活や仕事を行いながらも、意識の指導に従う、即ち印象に従って行動をとることでしょう。その間、湧き出す新たなヒラメキやアイデアはその日常生活に応用できるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落305

305 The space people live this understanding of life, but they also have a long way to go to attain it. However they have set their foot upon the right path and eventually will accomplish what they have set out to do. While we have promoted various highways and by-ways that have proven to lead everywhere except to the household of the Creator. We can be thankful to the Brothers for giving us the key of consciousness that unites all creation as one with the Creator.
305 宇宙人達は生命に関するこの理解を生活の中で実行していますが、彼らにもまたそれを達成する為の長い道があるのです。しかしながら、彼らは既に正しい道筋に足を乗せており、やがてはその提示したなすべきものを達成することでしょう。一方の私達は(戻るべき)創造主の家庭以外のあらゆる場所に導くものであることが明らかとなった様々な大道や脇道を奨励して来てしまっています。私達は宇宙兄弟達にすべての創造物を創造主と一体化する意識のカギを与えてくれたことに感謝してもよいでしょう。


【解説】
 この講座の真の目的は本項に良く示されています。これまで多くの教えがある中で、この講座は進化した他惑星人が自ら歩んだ道程を私達に示して呉れたもので、決して単なる著作物ではないという所が重要なポイントです。
 つまり本講座の内容は私達がその内容を日々実践する中で、はじめて実感・体験できる訳で、単に呼んで内容を覚えるといったものではありません。
 とりわけ、私達が想念・印象に鋭敏になることが最初のポイントです。また、日常の自分の行動を観察する中で自らの心の問題や意識の存在について知覚することも重要です。
 この二つを実践することでも実生活は豊かになるものと思いますし、その本来の発現を私達自身を通じて出来れば、日々の生活も充実したものとなる筈です。大事なことは、私達は本講座を授けてくれた他惑星人社会に感謝すると同時に、自己をその生命の表現者とすることで価値ある人生とすることです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落304

304 We are all conscious beings and the still small voice which is consciousness keeps impressing us that there is a better way than the mind has promoted. It is not some teacher or preacher, here and there, that can tell us how, but the consciousness that is within each, as it is within him. For it is THIS that has made man aware of a better life for centuries, and it will continue to do so until man's sense mind gives its dominion over to consciousness. And when this happens man will know, for he will never again sense any divisions or feel himself separated from the Creator.
304 私達は皆意識的な存在ですし、意識である小さくかすかな声が私達に心が押し進めているよりも良い方法があると印象づけ続けています。私達にそれがどのようにしてと教えられるのはここそこの教師や説教者ではありません。それは各自の内側にある意識であり、意識が人の内側にあるからです。何故なら、何世紀にわたって人により良い生活について気付かせて来たのはまさにこれなのです。そして意識は人間の感覚心が意識にその支配権を譲り渡すまで、その援助を続けることでしょう。そしてこのことが起る時、人は理解するのです。何故なら人はそれ以降、決して如何なる分け隔てを感じることは無く、創造主から自身を分離した存在として感じることもないからです。


【解説】
 常に私達の傍らに居る意識の声こそ、私達が最も頼りにしなければならない存在です。普段私達はその存在に気付くことなく暮らしていますが、少しでも耳を澄ませばあるいは気持ちを落ち着かせれば、私達はこれら無言の支援の中に生きていることが分かります。
 多くな病になったり、困難にぶつかった時、私達はその存在に気付く訳ですが、それは即ち、それまでの私達の心の指示ではうまく行かなかった時に心の限界を思い知る時に他なりません。
 そういう意味では各自の困難の際には、この意識、宇宙的な生命力を学ぶ良い機会なのかれ知れません。もちろんより望ましくは、この無言の生命力や宇宙的生き方について他者の理解が進むよう、考え努力することがはるかに重要なことは言うまでもありません。自ら学び取ったエッセンスを分かち合う姿勢が大切だということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落303

303 Man cannot forever serve his mind - for himself. Or other minds for other men and expect to realize and enjoy a heavenly state of life.
303 人は自分自身の為にも、自分の心に永遠に仕えることはできません。他人の為、他の心に仕えることも同様で、そうすることで悟りを得、天国のような生活を享受することを望むことはできません。



【解説】
 私達は自分自身も含め、不安定で身勝手な心に従ってはいけないということです。
 これまでの様々な経験から私達は自分の心がある時は不安から、またある時は怒りや悲しみから大変不安定な状況に陥ることを学んでいます。そして、その指示に従って行動することが如何に無益でまた害を及ぼすかを身に染みて知っています。
 自分であれ他人であれ、所詮、心に従うことには大きな問題があるのです。そうすることを避ける為に私達は冷静に心を観察し、統制する一方、心ではなく無言の意識を重んじる必要があるのです。
 迷いの心に従うのではなく、私達の生命を真に支える意識の存在を受け入れ結果に頼らない生き方に一大転換する必要があるということです。同乗記にも他惑星人は相手に対面する時、相手の中に創造主を観ると語られています。私達各自に内在する創造主の意識を観ているということでしょう。相手の自我でなく、その奥深く内在する創造主の要素を観て、その創造主に語りかけるものと思われます。
 私達も各自が内在する意識を開拓すればするほど、自我は縮小することになり、やがては意識を表す存在になれるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落302

302 Reading these lessons will not do it, but living them will. And when you have done this you will have mastered yourself. And the elements that are here will serve you. For man is the only form that has the potentials of the Father. But he must first recognize consciousness as the Father, and return back from whence he came if he is to fulfill the purpose for which he was created.
302 これらの教科を読むことではそれを達成しません。それらを生きることが達成させるのです。そして貴方がこのことを達成する時、貴方はご自身を支配したことになるのです。そしてここに存在する元素類は貴方に仕えることでしょう。人間が父の可能性を持つ唯一の形有るものだからです。しかし、人は最初に父として意識を認めなければなりませんし、もし自分が創造された目的を成就するのなら、自分が来た所に戻らなければなりません。


【解説】
 何よりも実践が大事ということです。ただ読むだけでは効果は上がりません。この生命の科学学習講座は単に読んで分かるというものではなく、自ら試し実践する過程で具体的な成果が出て来る訳ですし、理解も進むということでしょう。
 とりわけ私達が取り組むべきことは、著者が繰り返し説いている宇宙意識を如何にして知覚し、自身の生活に活かすかということです。私達には日常、音声や文字に囚われがちですが、目を閉じて耳を澄ます中で、自分の意識を水平に拡張するような状態にしていた時、私達は無言の印象体である意識に到達するように思っています。
 ひとたび意識という無言の生命力を知覚出来た後は、日常的にそれらに親しみながら、そこからもたらされる印象に従って行動する中で進化がもたらされ、自分の周囲の環境も整えられるような気がしています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落301

301 If you cannot do this from nature's point of view, we have another method by which we can do better than we have in the past. As we are supposed to be Christians -let us use the teachings of Jesus and make them a part of our daily life. Or which ever Messiah you are following - practice their teachings so that they become habitual with you. Just as your associate's habits become a part of you. If you will do this you will be amazed at the changes in your life as the many unpleasant things are replaced by understanding. But you must make your sense mind determined to follow the guidance of The All-knowing Consciousness. Then you can say - "I the sense mind do nothing, but the consciousness does all things through me." If we can accomplish this, which we must do, the newness of life will manifest through us. And old age will be replaced by youth. And sickness will be replaced by health. And we will be on the way in making the Earth a Heaven.
301 もし貴方が自然に対する見解の違いからこのことが出来ない時は、これまで行って来た以上に良く出来るもう一つの方法があります。私達はクリスチャンと想定した場合、イエスの教えを用いて私達の日々の生活の一部にするのです。或いは如何なる救世主に貴方が従っているかを問わず、彼ら救世主の教えをそれらが貴方の習慣となる程に実践することです。貴方の仲間の癖が貴方の一部となるようにです。もし貴方がこのことを行うなら、貴方は自分の生活に起る変化に驚くことでしょう。多くの不愉快な事柄が理解に置き換わるからです。しかし、貴方は貴方の感覚心をその全智の意識の導きに従うことを決意させなければなりません。そうすれば、貴方はこう言うことができます。「私、感覚心が何をするのではない。意識が私を通じて全てのことを為さるのだ」と。もし、私達がこれを達成できれば、またそうすべきなのですが、生命の新しさは私達を通じて現れることでしょう。そして老齢は若さに置き換わることでしょう。そして病は健康に置き換わります。そして私達はこの地球を一つの天国に作り上げる道筋にあることでしょう。


【解説】
 何事も実践が大切だということです。本項で著者は読者にもし、前項のように自然観察的手法に親近感が湧かないなら、キリスト教等、様々な聖人の教えに親しめと説いています。
 聖人達の教えを実践し、少しでも彼らの生き方を見習うことが出来れば、人生は一新すると断言しています。つまりはそれらの実践を通じて万物を貫く宇宙普遍の意識に近づくことが重要であるという訳です。その結果として、各自がこれまでの各自の心でなく、宇宙的意識に従った生き方を出来るようになるとしています。
 習い事もそうですが、最初は教師の手本を真似て自ら試すことから始まります。そういう意味では幸いにも地球には過去何万年から聖人達が絶えず訪れ、地球人を導いて来た歴史がある訳で、私達はこれらの教えを自分達で十分消化吸収することが出来る環境にありますし、多くの教えが一つの真理を伝えていることを学ぶことになると思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落300

300 So if we are to be a perfect manifestation of the Creator we should study nature more than we have, as it is the conscious expression of God. And we should observe and adopt its laws of oneness in the same manner that we adopt each other's habits and even look alike.
300 ですから、私達が創造主の完全なる現れとなるには、これまで以上に自然を研究することです。何故ならそれは神の意識の表現であるからです。そして私達は互いの習慣を取り入れ、姿も似て来るのと同様に、観察し、その一体化の諸法則を取り入れることです。


【解説】
 自然から学ぶという姿勢の中には私達が私達自身を創った創造主を学ぶという意味があることが分かります。そしてその学ぶ姿勢も私達がそれらの創造物達と一体になれるような親密感が生まれる程、親しいものである必要があるのです。
 そうする中で私達は創造物や創造主と近しくすることが出来、やがては創造主とも一体感が持てるようになるという訳です。
 そういう為には、私達は目の前の世界、自然界の中に創造主の意図を感じ取らなければなりません。自然観察、絵画の制作、写真の撮影等は皆、これら自然の中に息づく生命力の輝きを記録したい、学びたいという意図から来るものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落299

299 Man's law of discrimination and judgment is non-existent in creation. We are told that the sun shines on the just and unjust alike. And while differences are many in the human mind - in the Creator's consciousness all are necessary parts that make up the Cosmos. And without each part the Cosmos would not be complete. The principle difference between man and his creator is that the Creator understands the purpose of creation and finds no fault with it, while the sense man not understanding consciousness, the real part of himself, lives the mental side of life. Thus he finds fault with the Creator's creation and brings about unpleasant conditions for himself. But when man makes the blend and lives the whole life he will know the purpose of creation, no longer using the law of discrimination which caused the unpleasant conditions.
299 人間の差別と裁きのならわしは創造の中には非存在のものです。私達は太陽は正しい者にも不正な者にも等しく輝くと教えられて来ました。また、人間の心にとっては多くの相違が見えるのですが、創造主の意識の中では全てが宇宙を造り上げる上で必要な部品なのです。そして、これらの部品無しには、宇宙は完全なものとはならないでしょう。人と創造主の間の最も重要な違いは創造主は創造の目的を理解し、それに何らの誤りを見い出さない一方、感覚人は自分自身の真の部分である意識を理解せず、生命の内の心の側を生きているのです。こうして彼は創造主の創造作用にけちを見つけ出し、自分自身に不愉快な状態をもたらしています。しかし、人が融合を達成し全ての生命を生きるようになる時、彼はもはやその不愉快な状況をもたらした差別のならわしを用いることをせず、創造の目的を知るようになるでしょう。



【解説】
 本項は私達の最大の問題である差別と裁きについて説いています。しかし、私達自身、この問題について著者が何を説いているか十分には理解出来ていないように思います。
 少しこの講座を学んだ人にとって、差別や裁きは改められるべきであり、良くない点であることは十分承知していることでしょう。日常生活においても、好き嫌いや怒りを避けることの重要性は十分心得ている筈です。
 しかし、それでもなお私達には日常の不安や不満は残っていることが多いものです。自分の意図した物事がうまく進まなかったり、或いは健康面その他、家族に関する問題等々、私達の日常生活にはそれを十分に楽しめない、即ち生命を享受出来ない要素も多いものです。
 一方、よく見るとそれらの一つ一つには実は良否の差別や裁きの要素が残っており、それらが問題を引き起こしていることが分かります。つまりは善悪共々そのまま受け入れ、その中で問題を解決して行くことが必要になると思われるのです。その問題に対する入口で悩んでいるのが私達であり、先ずは現状を全て創造主の計らいと受け入れ、その中で自分らしい生き方を追及すべきかと思うものです。
 おそらく振り返って見ると、人生は短く思えるのかも知れません。その限られた時間の中で何とかこの課題を解消し、次に進みたいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落298

298 When we speak of nature, or nature's laws, there are two phases. One, the forms which nature produces in which we see ageing. And what we call ageing could be a fulfillment of the form's purpose that it may be replaced by a new form. But the law of life, or nature, is the same today as it always has been - in the primal stage. Replacing new forms for the old for continuous service, each for a finer quality of expression as nature is progressive. Always going forward, never retrograding. So here we are witnessing the Creator's Consciousness in action. And since only newness comes out of this consciousness, and not age, then we are shown that the Creator lives in the primal stage all of the time. And all that is created by this consciousness is a manifestation of primal cause.
298 私達が自然或いは自然の諸法則について話す時は、二つの面があります。一つは自然が作り出す形あるものであり、そこには私達は老いを見ます。そして私達が老いと呼ぶものはその形あるものの目的の成就とも言えるものかも知れませんし、それは新しい形と置き換えられるかも知れません。しかし、生命の法則、あるいは自然というものはこれまでずっと今日と同じに、原始の段階であり続けているのです。継続的な奉仕の為にこれら古いものを新しい形に、自然は進化する為、一つ一つをより精緻な資質に置き換えています。常に前進し、決して退化することはありません。ですから、ここに私達は、創造主の意識が行動する様を目撃しているのです。そしてこの意識からは新しさだけしか来ず、老化はありません。そうして私達は創造主は如何なる時も原始の段階で生きていることを知らされるのです。そしてこの意識によって創造されたものは全て原始の因の現れなのです。


【解説】
 四季の変化がはっきりしているわが国では、季節の移ろいによる自然の変化が良く分かります。晩秋の現在、枯れたススキの穂が朝日に輝いていますが、それも少し前の夏の盛りには逞しく葉を繁らせていた訳ですし、その前は若葉を前年の枯れた茎の間から若葉をすくすく伸ばしていました。
 植物の中にはその一生を1年間で成就するものも多いですし、虫達もまた同様です。それにつけて思うのは、以前夏に尾瀬に出かけた時、山では夏が短い為、虫達は毎日を生きるに忙しく、人が近づいても逃げようとせず、花の蜜を吸うのに一生懸命であったことです。それ程に生命を全うするのに一心不乱ということだったのでしょう。
 少し長い目で見れば人間も同様で、人の一生の時間というものも限られたものとなります。その中で、如何に自分らしい生き方を全うするか、また、期待された使命を果たすかが求められているということでしょう。
 しかし、この現実社会では必ずしも十分な条件が整わず、或いは様々な影響から望むところを達成できずに終わるかも知れません。しかし、それでもその意思があれば、次の生命にそれは受け継がれ、遂には所定の目的に到達することでしょう。本項で記されている意識の意向は次なる生命や転生先にも引き継がれる為、意識の中には「老い」という要素は一切無いのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落297

297 There is one thing that is misrepresented, The Creator is not an old man. For consciousness is always in the prime of life, knowing no beginning or ending as far as we are able to detect. And as we know, the space people live this knowledge and enjoy a youthful long life.
297 誤って描かれていることが一つあります。創造主は老人ではありません。何故なら意識は常に生命の全盛期にあり、私達が探る限り、始まりも終わりも無いからです。そして私達が知っているように、宇宙人達はこの知識を生活の中で実行し、若々しい長い生涯を享受しているのです。



【解説】
 同乗記には母船に創造主を描いた絵画が飾られており、その創造主像は若々しかったと記されています。私達がイメージする創造主と他惑星の人々が持つ創造主のイメージとは大きく異なっているようです。
 しかし、生命活動を観察する時、私達はその活発さからそれを生み出す創造主は力強く若々しいことを知らねばなりません。作品が作者を表すように、創造物から私達は創造主をおもんばかる必要があるのです。
 一方、私達自身は当初の幼児期を過ぎると活発な意欲や探究心は衰えがちです。しかし、本来n若さを保つのであれば、先ずは内側、即ち私達の抱く想念の質を本来の相応しいものに変えなければなりません。肉体の衰えは私達の内側、精神活動の衰えを反映していると思うからです。ちなみに、先月、出張先の地で美しい菩薩を描いている絵に出会い、思わず買い求めた次第で、毎日額に入れたその絵を眺めています。宗教によっては偶像を禁ずる教えもありますが、本来の創造主に心を寄せる意味から、こうした絵画の意義は大きいように思われます。

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