生命の科学 第8課

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落308

308 Should you become aware of an interference from the sense mind, either through impatience or egotistical effort, discipline it as you would a child. This must be done immediately, for if you don't, something will be missing from the picture which could result in confusion.
308 もしも貴方がせっかち或いは自己中心的な活動から感覚心を通じた干渉を察知した場合は、その心を子供に対する様に躾けることです。これは直ちに行われなければなりません。何故なら、もし貴方がそうしなければ、その全体像から何かが欠落し、その結果、混乱を生じさせ得るからです。



【解説】
 自分の心の動きに鋭敏になる必要があるということでしょう。私達自身が進化する為には、先ずは自分の心の傾向を把握し、時々に応じて指導する必要があるという訳です。
 とりわけ、意識からの印象類を感受しはじめた時は、心が勝手な解釈や未知なるものへの不安等を引き起こして、その本来の印象の流れを妨げることがあってはなりません。せっかくの新しいアイデアが生まれつつある好機に、それらを台無しにする行動は各人にとって大変なマイナスとなるからです。
 本文ではそれ故、そのようなことが判明したら、直ちに改めるよう私達に注意しているのです。また、言い方を変えれば、その時こそ真の進化を遂げる好機であり、その状況を大切、丁寧に取り扱うことが大事です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落307

307 One should not question what the consciousness has to reveal before the full revelation comes. And you should fear nothing - for that could cause you to lose the sequence of the lesson. For as we know the mind has been accustomed to fear that which it does not understand, and reject that which is unpleasant, due to the wrong teachings it has been subjected to. But we know that every manifestation fits into every other one, it must be so in order for the Cosmos to be complete. And when this is understood by the mind a beautiful unfoldment will come, each part of the puzzle falling into place to make a complete picture. And it will not reject anything.
307 完全な啓示が来る前に意識が明らかにしようとしていることに疑問を差し挟まないようにしなければなりません。また何物も恐れてはなりません。レッスンの一連の流れを失うことになるからです。私達がよく知っているように、心はこれまで服従させられて来た過った教えのせいで、理解しないものを恐れ、不愉快なものを拒絶することに馴れさせられて来ました。しかし、私達はあらゆる現れが他のもの一つ一つと調和することを知っていますので、それもまた宇宙にとって完全なものになる為には必要であるに違いないのです。そしてこのことを心が理解するや、美しい展開が明らかにされ、ジグソーパズルの各々の一片は完全な絵を作り上げる為の場所に収まることでしょう。そしてそれは何物をも拒絶することはないのです。



【解説】
 本項は、私達がこれから直面する事柄、或いは感受する印象について素直に受け入れ、決して恐れたり或いは先回りしてより多くを知ろうとしてはならないこと、全体像が判明するまで辛抱強く見守ることの大切さを説いています。
 多くの私達は先々の物事に不安を、また過去の失敗を悔やむことによって、生きている現在に関心を払うことがありません。実は時々刻々新たな印象・アイデアが注ぎ込まれ、私達の肉体西郷はそれに呼応しているのでしょうが、肝心の心は無頓着な状況です。
 しかし、これでは生命本来の活動は活かされません。現在どのような印象が湧き起こっているかに鋭敏になり、それらが示唆するイメージを把握するよう、観察力、理解力を高める必要があるのです。また、今を生きると一口に言っても、それは心主体で勝手な生き方で良いとする訳ではなく、いわば創造主を源泉として湧き起こるインスピレーションに私達を完全同期させ、その表現者として生きることが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落306

306 And speaking of the by-ways - as consciousness is the sea of life everything is living within it. And as the Cosmos knows no beginning or ending, we are living in the embrace of a vast structure which has many interesting things in it, and our attention of interest will shift from one thing to another. This could be likened to standing on the top of a very high tower. While facing east things will be seen that are in that direction, and to the west, the same, etc., etc. So when the sense mind is interested in conscious perception it will want to see everything within the household of consciousness. This could become a hazard, for this hunger for knowledge could promote impatience, and confusion would be the result. So the mind must learn self control. And remember it has eternity in which to learn. With this awareness it will gain knowledge step by step in the sequence of events. And there will be no gaps or divisions that cause divisions and mysteries. The interest of the mind should be of such a nature that time is not involved, only learning what each step has to offer. Then when it is time for the next step to be taken the blend will be there without any foreign element that could come from the mind.
306 脇道について言えば、意識は生命の海であり、あらゆるものがその内側にあります。宇宙には始まりも終わりもありませんので、私達はその内側に多くの興味深い物事を持つ広大な構造物に抱かれて生きておりますが、私達の興味は一つのことから他のものに移り変わるものです。これは一つのとても高い塔の頂上に立っていることになぞらえるでしょう。東を向けばその方向にあるものが見えますし、西を向けば、また同様等々です。そのように感覚心が意識的知覚力に関心を持つようになると、心は意識の家庭の中にあるすべてを見たがることでしょう。しかし、これは危険要素に成り得るのです。何故ならこの知識への渇望は性急さを助長し、結果として混乱が生じるだろうからです。ですから心は自制を学ばなければなりません。そして学ぶべきものには永遠があるということを覚えていて下さい。この自覚を持てば、出来事の一連の流れの中で一歩一歩知識を得て行くことでしょう。そしてそこには分裂や神秘を引き起こす如何なる割れ目や仕切りはないことでしょう。心の興味は時間には巻き込まれず、只一つ一つの段階が授けるべきものを学ぶという性質のものであるべきなのです。そうすれば、次なる段階の時期になった時、心から来る無関係の要素が入り込むことなく、融合が起ることでしょう。


【解説】
 日常、如何に私達は様々なものに気を取られ、現在直面すべき課題に向き合っていないかは、良く分かります。多くの広告があり、様々な商品の宣伝もある訳です。こうする中で私達は次々に脇道に誘導され、本来の生命探求の道を見失ってしまうのかも知れません。
 こうした中、陣の自分、課題を抱えている自我と向き合う為には、各自それぞれの工夫をし、努力するしか方法はありません。座禅や瞑想等は当座の心を鎮め、自我と向き合う時間を作り出しますし、そうする中で心の限界や意識の存在を知覚するものと言えるでしょう。
 しかし、より効果的なのは、日常の生活や仕事を行いながらも、意識の指導に従う、即ち印象に従って行動をとることでしょう。その間、湧き出す新たなヒラメキやアイデアはその日常生活に応用できるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落305

305 The space people live this understanding of life, but they also have a long way to go to attain it. However they have set their foot upon the right path and eventually will accomplish what they have set out to do. While we have promoted various highways and by-ways that have proven to lead everywhere except to the household of the Creator. We can be thankful to the Brothers for giving us the key of consciousness that unites all creation as one with the Creator.
305 宇宙人達は生命に関するこの理解を生活の中で実行していますが、彼らにもまたそれを達成する為の長い道があるのです。しかしながら、彼らは既に正しい道筋に足を乗せており、やがてはその提示したなすべきものを達成することでしょう。一方の私達は(戻るべき)創造主の家庭以外のあらゆる場所に導くものであることが明らかとなった様々な大道や脇道を奨励して来てしまっています。私達は宇宙兄弟達にすべての創造物を創造主と一体化する意識のカギを与えてくれたことに感謝してもよいでしょう。


【解説】
 この講座の真の目的は本項に良く示されています。これまで多くの教えがある中で、この講座は進化した他惑星人が自ら歩んだ道程を私達に示して呉れたもので、決して単なる著作物ではないという所が重要なポイントです。
 つまり本講座の内容は私達がその内容を日々実践する中で、はじめて実感・体験できる訳で、単に呼んで内容を覚えるといったものではありません。
 とりわけ、私達が想念・印象に鋭敏になることが最初のポイントです。また、日常の自分の行動を観察する中で自らの心の問題や意識の存在について知覚することも重要です。
 この二つを実践することでも実生活は豊かになるものと思いますし、その本来の発現を私達自身を通じて出来れば、日々の生活も充実したものとなる筈です。大事なことは、私達は本講座を授けてくれた他惑星人社会に感謝すると同時に、自己をその生命の表現者とすることで価値ある人生とすることです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落304

304 We are all conscious beings and the still small voice which is consciousness keeps impressing us that there is a better way than the mind has promoted. It is not some teacher or preacher, here and there, that can tell us how, but the consciousness that is within each, as it is within him. For it is THIS that has made man aware of a better life for centuries, and it will continue to do so until man's sense mind gives its dominion over to consciousness. And when this happens man will know, for he will never again sense any divisions or feel himself separated from the Creator.
304 私達は皆意識的な存在ですし、意識である小さくかすかな声が私達に心が押し進めているよりも良い方法があると印象づけ続けています。私達にそれがどのようにしてと教えられるのはここそこの教師や説教者ではありません。それは各自の内側にある意識であり、意識が人の内側にあるからです。何故なら、何世紀にわたって人により良い生活について気付かせて来たのはまさにこれなのです。そして意識は人間の感覚心が意識にその支配権を譲り渡すまで、その援助を続けることでしょう。そしてこのことが起る時、人は理解するのです。何故なら人はそれ以降、決して如何なる分け隔てを感じることは無く、創造主から自身を分離した存在として感じることもないからです。


【解説】
 常に私達の傍らに居る意識の声こそ、私達が最も頼りにしなければならない存在です。普段私達はその存在に気付くことなく暮らしていますが、少しでも耳を澄ませばあるいは気持ちを落ち着かせれば、私達はこれら無言の支援の中に生きていることが分かります。
 多くな病になったり、困難にぶつかった時、私達はその存在に気付く訳ですが、それは即ち、それまでの私達の心の指示ではうまく行かなかった時に心の限界を思い知る時に他なりません。
 そういう意味では各自の困難の際には、この意識、宇宙的な生命力を学ぶ良い機会なのかれ知れません。もちろんより望ましくは、この無言の生命力や宇宙的生き方について他者の理解が進むよう、考え努力することがはるかに重要なことは言うまでもありません。自ら学び取ったエッセンスを分かち合う姿勢が大切だということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落303

303 Man cannot forever serve his mind - for himself. Or other minds for other men and expect to realize and enjoy a heavenly state of life.
303 人は自分自身の為にも、自分の心に永遠に仕えることはできません。他人の為、他の心に仕えることも同様で、そうすることで悟りを得、天国のような生活を享受することを望むことはできません。



【解説】
 私達は自分自身も含め、不安定で身勝手な心に従ってはいけないということです。
 これまでの様々な経験から私達は自分の心がある時は不安から、またある時は怒りや悲しみから大変不安定な状況に陥ることを学んでいます。そして、その指示に従って行動することが如何に無益でまた害を及ぼすかを身に染みて知っています。
 自分であれ他人であれ、所詮、心に従うことには大きな問題があるのです。そうすることを避ける為に私達は冷静に心を観察し、統制する一方、心ではなく無言の意識を重んじる必要があるのです。
 迷いの心に従うのではなく、私達の生命を真に支える意識の存在を受け入れ結果に頼らない生き方に一大転換する必要があるということです。同乗記にも他惑星人は相手に対面する時、相手の中に創造主を観ると語られています。私達各自に内在する創造主の意識を観ているということでしょう。相手の自我でなく、その奥深く内在する創造主の要素を観て、その創造主に語りかけるものと思われます。
 私達も各自が内在する意識を開拓すればするほど、自我は縮小することになり、やがては意識を表す存在になれるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落302

302 Reading these lessons will not do it, but living them will. And when you have done this you will have mastered yourself. And the elements that are here will serve you. For man is the only form that has the potentials of the Father. But he must first recognize consciousness as the Father, and return back from whence he came if he is to fulfill the purpose for which he was created.
302 これらの教科を読むことではそれを達成しません。それらを生きることが達成させるのです。そして貴方がこのことを達成する時、貴方はご自身を支配したことになるのです。そしてここに存在する元素類は貴方に仕えることでしょう。人間が父の可能性を持つ唯一の形有るものだからです。しかし、人は最初に父として意識を認めなければなりませんし、もし自分が創造された目的を成就するのなら、自分が来た所に戻らなければなりません。


【解説】
 何よりも実践が大事ということです。ただ読むだけでは効果は上がりません。この生命の科学学習講座は単に読んで分かるというものではなく、自ら試し実践する過程で具体的な成果が出て来る訳ですし、理解も進むということでしょう。
 とりわけ私達が取り組むべきことは、著者が繰り返し説いている宇宙意識を如何にして知覚し、自身の生活に活かすかということです。私達には日常、音声や文字に囚われがちですが、目を閉じて耳を澄ます中で、自分の意識を水平に拡張するような状態にしていた時、私達は無言の印象体である意識に到達するように思っています。
 ひとたび意識という無言の生命力を知覚出来た後は、日常的にそれらに親しみながら、そこからもたらされる印象に従って行動する中で進化がもたらされ、自分の周囲の環境も整えられるような気がしています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落301

301 If you cannot do this from nature's point of view, we have another method by which we can do better than we have in the past. As we are supposed to be Christians -let us use the teachings of Jesus and make them a part of our daily life. Or which ever Messiah you are following - practice their teachings so that they become habitual with you. Just as your associate's habits become a part of you. If you will do this you will be amazed at the changes in your life as the many unpleasant things are replaced by understanding. But you must make your sense mind determined to follow the guidance of The All-knowing Consciousness. Then you can say - "I the sense mind do nothing, but the consciousness does all things through me." If we can accomplish this, which we must do, the newness of life will manifest through us. And old age will be replaced by youth. And sickness will be replaced by health. And we will be on the way in making the Earth a Heaven.
301 もし貴方が自然に対する見解の違いからこのことが出来ない時は、これまで行って来た以上に良く出来るもう一つの方法があります。私達はクリスチャンと想定した場合、イエスの教えを用いて私達の日々の生活の一部にするのです。或いは如何なる救世主に貴方が従っているかを問わず、彼ら救世主の教えをそれらが貴方の習慣となる程に実践することです。貴方の仲間の癖が貴方の一部となるようにです。もし貴方がこのことを行うなら、貴方は自分の生活に起る変化に驚くことでしょう。多くの不愉快な事柄が理解に置き換わるからです。しかし、貴方は貴方の感覚心をその全智の意識の導きに従うことを決意させなければなりません。そうすれば、貴方はこう言うことができます。「私、感覚心が何をするのではない。意識が私を通じて全てのことを為さるのだ」と。もし、私達がこれを達成できれば、またそうすべきなのですが、生命の新しさは私達を通じて現れることでしょう。そして老齢は若さに置き換わることでしょう。そして病は健康に置き換わります。そして私達はこの地球を一つの天国に作り上げる道筋にあることでしょう。


【解説】
 何事も実践が大切だということです。本項で著者は読者にもし、前項のように自然観察的手法に親近感が湧かないなら、キリスト教等、様々な聖人の教えに親しめと説いています。
 聖人達の教えを実践し、少しでも彼らの生き方を見習うことが出来れば、人生は一新すると断言しています。つまりはそれらの実践を通じて万物を貫く宇宙普遍の意識に近づくことが重要であるという訳です。その結果として、各自がこれまでの各自の心でなく、宇宙的意識に従った生き方を出来るようになるとしています。
 習い事もそうですが、最初は教師の手本を真似て自ら試すことから始まります。そういう意味では幸いにも地球には過去何万年から聖人達が絶えず訪れ、地球人を導いて来た歴史がある訳で、私達はこれらの教えを自分達で十分消化吸収することが出来る環境にありますし、多くの教えが一つの真理を伝えていることを学ぶことになると思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落300

300 So if we are to be a perfect manifestation of the Creator we should study nature more than we have, as it is the conscious expression of God. And we should observe and adopt its laws of oneness in the same manner that we adopt each other's habits and even look alike.
300 ですから、私達が創造主の完全なる現れとなるには、これまで以上に自然を研究することです。何故ならそれは神の意識の表現であるからです。そして私達は互いの習慣を取り入れ、姿も似て来るのと同様に、観察し、その一体化の諸法則を取り入れることです。


【解説】
 自然から学ぶという姿勢の中には私達が私達自身を創った創造主を学ぶという意味があることが分かります。そしてその学ぶ姿勢も私達がそれらの創造物達と一体になれるような親密感が生まれる程、親しいものである必要があるのです。
 そうする中で私達は創造物や創造主と近しくすることが出来、やがては創造主とも一体感が持てるようになるという訳です。
 そういう為には、私達は目の前の世界、自然界の中に創造主の意図を感じ取らなければなりません。自然観察、絵画の制作、写真の撮影等は皆、これら自然の中に息づく生命力の輝きを記録したい、学びたいという意図から来るものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落299

299 Man's law of discrimination and judgment is non-existent in creation. We are told that the sun shines on the just and unjust alike. And while differences are many in the human mind - in the Creator's consciousness all are necessary parts that make up the Cosmos. And without each part the Cosmos would not be complete. The principle difference between man and his creator is that the Creator understands the purpose of creation and finds no fault with it, while the sense man not understanding consciousness, the real part of himself, lives the mental side of life. Thus he finds fault with the Creator's creation and brings about unpleasant conditions for himself. But when man makes the blend and lives the whole life he will know the purpose of creation, no longer using the law of discrimination which caused the unpleasant conditions.
299 人間の差別と裁きのならわしは創造の中には非存在のものです。私達は太陽は正しい者にも不正な者にも等しく輝くと教えられて来ました。また、人間の心にとっては多くの相違が見えるのですが、創造主の意識の中では全てが宇宙を造り上げる上で必要な部品なのです。そして、これらの部品無しには、宇宙は完全なものとはならないでしょう。人と創造主の間の最も重要な違いは創造主は創造の目的を理解し、それに何らの誤りを見い出さない一方、感覚人は自分自身の真の部分である意識を理解せず、生命の内の心の側を生きているのです。こうして彼は創造主の創造作用にけちを見つけ出し、自分自身に不愉快な状態をもたらしています。しかし、人が融合を達成し全ての生命を生きるようになる時、彼はもはやその不愉快な状況をもたらした差別のならわしを用いることをせず、創造の目的を知るようになるでしょう。



【解説】
 本項は私達の最大の問題である差別と裁きについて説いています。しかし、私達自身、この問題について著者が何を説いているか十分には理解出来ていないように思います。
 少しこの講座を学んだ人にとって、差別や裁きは改められるべきであり、良くない点であることは十分承知していることでしょう。日常生活においても、好き嫌いや怒りを避けることの重要性は十分心得ている筈です。
 しかし、それでもなお私達には日常の不安や不満は残っていることが多いものです。自分の意図した物事がうまく進まなかったり、或いは健康面その他、家族に関する問題等々、私達の日常生活にはそれを十分に楽しめない、即ち生命を享受出来ない要素も多いものです。
 一方、よく見るとそれらの一つ一つには実は良否の差別や裁きの要素が残っており、それらが問題を引き起こしていることが分かります。つまりは善悪共々そのまま受け入れ、その中で問題を解決して行くことが必要になると思われるのです。その問題に対する入口で悩んでいるのが私達であり、先ずは現状を全て創造主の計らいと受け入れ、その中で自分らしい生き方を追及すべきかと思うものです。
 おそらく振り返って見ると、人生は短く思えるのかも知れません。その限られた時間の中で何とかこの課題を解消し、次に進みたいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落298

298 When we speak of nature, or nature's laws, there are two phases. One, the forms which nature produces in which we see ageing. And what we call ageing could be a fulfillment of the form's purpose that it may be replaced by a new form. But the law of life, or nature, is the same today as it always has been - in the primal stage. Replacing new forms for the old for continuous service, each for a finer quality of expression as nature is progressive. Always going forward, never retrograding. So here we are witnessing the Creator's Consciousness in action. And since only newness comes out of this consciousness, and not age, then we are shown that the Creator lives in the primal stage all of the time. And all that is created by this consciousness is a manifestation of primal cause.
298 私達が自然或いは自然の諸法則について話す時は、二つの面があります。一つは自然が作り出す形あるものであり、そこには私達は老いを見ます。そして私達が老いと呼ぶものはその形あるものの目的の成就とも言えるものかも知れませんし、それは新しい形と置き換えられるかも知れません。しかし、生命の法則、あるいは自然というものはこれまでずっと今日と同じに、原始の段階であり続けているのです。継続的な奉仕の為にこれら古いものを新しい形に、自然は進化する為、一つ一つをより精緻な資質に置き換えています。常に前進し、決して退化することはありません。ですから、ここに私達は、創造主の意識が行動する様を目撃しているのです。そしてこの意識からは新しさだけしか来ず、老化はありません。そうして私達は創造主は如何なる時も原始の段階で生きていることを知らされるのです。そしてこの意識によって創造されたものは全て原始の因の現れなのです。


【解説】
 四季の変化がはっきりしているわが国では、季節の移ろいによる自然の変化が良く分かります。晩秋の現在、枯れたススキの穂が朝日に輝いていますが、それも少し前の夏の盛りには逞しく葉を繁らせていた訳ですし、その前は若葉を前年の枯れた茎の間から若葉をすくすく伸ばしていました。
 植物の中にはその一生を1年間で成就するものも多いですし、虫達もまた同様です。それにつけて思うのは、以前夏に尾瀬に出かけた時、山では夏が短い為、虫達は毎日を生きるに忙しく、人が近づいても逃げようとせず、花の蜜を吸うのに一生懸命であったことです。それ程に生命を全うするのに一心不乱ということだったのでしょう。
 少し長い目で見れば人間も同様で、人の一生の時間というものも限られたものとなります。その中で、如何に自分らしい生き方を全うするか、また、期待された使命を果たすかが求められているということでしょう。
 しかし、この現実社会では必ずしも十分な条件が整わず、或いは様々な影響から望むところを達成できずに終わるかも知れません。しかし、それでもその意思があれば、次の生命にそれは受け継がれ、遂には所定の目的に到達することでしょう。本項で記されている意識の意向は次なる生命や転生先にも引き継がれる為、意識の中には「老い」という要素は一切無いのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落297

297 There is one thing that is misrepresented, The Creator is not an old man. For consciousness is always in the prime of life, knowing no beginning or ending as far as we are able to detect. And as we know, the space people live this knowledge and enjoy a youthful long life.
297 誤って描かれていることが一つあります。創造主は老人ではありません。何故なら意識は常に生命の全盛期にあり、私達が探る限り、始まりも終わりも無いからです。そして私達が知っているように、宇宙人達はこの知識を生活の中で実行し、若々しい長い生涯を享受しているのです。



【解説】
 同乗記には母船に創造主を描いた絵画が飾られており、その創造主像は若々しかったと記されています。私達がイメージする創造主と他惑星の人々が持つ創造主のイメージとは大きく異なっているようです。
 しかし、生命活動を観察する時、私達はその活発さからそれを生み出す創造主は力強く若々しいことを知らねばなりません。作品が作者を表すように、創造物から私達は創造主をおもんばかる必要があるのです。
 一方、私達自身は当初の幼児期を過ぎると活発な意欲や探究心は衰えがちです。しかし、本来n若さを保つのであれば、先ずは内側、即ち私達の抱く想念の質を本来の相応しいものに変えなければなりません。肉体の衰えは私達の内側、精神活動の衰えを反映していると思うからです。ちなみに、先月、出張先の地で美しい菩薩を描いている絵に出会い、思わず買い求めた次第で、毎日額に入れたその絵を眺めています。宗教によっては偶像を禁ずる教えもありますが、本来の創造主に心を寄せる意味から、こうした絵画の意義は大きいように思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落296

296 May I present this in a different way for the purpose of understanding. Recently I was asked, "but what is God like?" It is not easy to describe God, for if a person feels what God is like he cannot find words to express it. But we can study His creation since all manifestations were born out of His consciousness and lives within His consciousness.
296 ここに理解を進める目的から、違った道筋をご提案しましょう。最近、私は「ところで、神とはどのようなものだろうか」と尋ねられました。神を描写するのは容易ではありません。もし、ある人が神がどのようなものかを感じたとしても、それを表現する言葉を見つけることは出来ないからです。しかし、全ての創造物が神の意識から生まれ出て、神の意識の内側で生きている為に、私達は神の創造を学ぶことは出来るのです。



【解説】
 創造主を知ろうとすることは、私達の重要な姿勢であると考えています。人間は知識を持つにつれ、傲慢になり易いのですが、創造主を理解したい、知りたいという心境は人を本来の謙虚さに保つものです。
 実際、私達自身を教材に創造主の働きを学ぶことは、実り多いものがあります。各自の生きる目的をより具体化させ、その道を拓くのも各自の内側からの働きであり、創造的作用によるもので、私達が創造主の似姿をして機能を果たす中での作用の一つであるからです。
 それからもう一つ、本項におけるポイントとしては、創造物は現在でも創造主の意識の中に生きているということです。とかく私達は各々の誕生をもって"創造"としていますが、実際には誕生後もその創造物は創造主の中で生きているのです。つまり、私達は全て常に創造主の中に生きている、生かされているのです。
 このことを忘れて正しい道を歩むことは出来ません。私達の自我を学ばせ、本来の道を歩ませる為に、常に創造主を思い起こしその意向を表現し実現する役割を果たすことが重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落295

295 In lesson seven we illustrated how two people after a period of association began to look and act alike. This harmonious union can also be cultivated with all life.
295 第7課では如何にして二人の人間がある期間、一緒に過ごすことで外見も行動も似て来ることを説明しました。この調和した和合はまた、全ての生命との間にも培うことができます。


【解説】
 夫婦が長年の暮らしの中で、互いに似てくるように、私達は"意識"の存在を常に心に感じ取り、親しみ、共に暮らす心境でなければなりません。それが"神の似姿"として創られた人間の自然な生き方であり、本来のあるべき姿なのです。
 その為には日常的に意識を知覚し、心を鎮めてそこから湧き起こる想念・印象に鋭敏になることが必要です。また、時々の体験から意識は私達を常に支えていることが分かりますし、その積み重ねによっても私達の理解は深まることでしょう。
 "類は類を呼ぶ"とは著者がよく用いる表現ですが、私達が意識に心を寄せる時、私達は次第に意識に近づき、その体現者になって行くことになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落294

294 All forms are stages of intelligence. This may not be easy to accept at first for 90% of form life does not have the type of mind that humans have. But they do possess consciousness - the life force of the form, and serve the purpose for which they were created. So once the human mind acknowledges this phase as it does associations with other sense minds, the blend is made.
294 全ての形有るものは知性の諸段階にあります。これは最初、受け入れることは容易ではないかも知れません。何故なら形有るものの生命体の90%は人間が持つようなタイプの心を持っていないからです。しかし、彼らは意識、即ち形有るものの生命力を所有しているのであり、それらが創造された目的に奉仕しているのです。ですから、一旦人間の心が他の感覚心との交流と同様に、この段階を認知すれば、融合が起こります。



【解説】
 私達が目にするすべてのものに知性が宿っていることを、先ずは認識せよと本項は説いています。
 もちろん、すべてのものに私達のような心がある訳ではないのですが、意識については全く私達と変わるものではないということです。つまり、意識レベルでは何ら私達と変わらない存在であるという訳です。
 即ち、この意識という径路を通じることで、私達は何らの隔たりなく万物との一体感を得られることになります。これは森羅万象ことごとく自らの同胞(はらから)という神道の精神とも一致するものですが、ただ単に”一体だ”と済ませるのではなく、その径路にある”意識”の存在にこそ、私達が重きを置く必要があるのです。
 自らの身体から宇宙に至るまで、膨大な創造物をすべて生かしている生命力として意識を認識すべきであり、その存在こそが生命探求の源であり、私達の学習の目的地でもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落293

293 Just as you are able to put yourself in another persons shoes and feel exactly as he feels, so you can with all forms. And this procedure is good to practice. It could eliminate many misunderstandings and heartaches. For there is nothing in existence that one cannot be associated with through consciousness. But the sense mind must be willing to be taught by consciousness, for it is the knower and all forms live within the sea of it. And in this sea all phases are blended into one for the perfect manifestation of the Cosmic Whole.
293 丁度、貴方が他人の靴に足を入れてその者が感じるのと全く同様な感じを持つのと同じように、貴方は全ての形有るものに対して同様なことを行うことが出来ます。そしてこの過程は練習するのに良いものです。それによって多くの誤解や心痛を取り除くことができるでしょう。何故なら、意識を通して寄り添えないものは何も無いからです。しかし、感覚心は意識によって喜んで教えられなければなりません。意識は知る者であり、全ての形有るものは意識の海の中で生きているからです。そしてこの海の中に全宇宙の完全なる創造の為、全ての段階が融合されています。


【解説】
 互いに理解し合う為には、意識レベルでの融和が必要です。
 本項では他人の靴を履いた時に得る何か普段と異なる感覚の中に、その靴の持ち主の意識の一部が宿っており、それが何らか普段とは異なる印象を履いた本人に与えるとしています。
 日常、私達はこの微妙なる印象の世界に気付きにくいものですが、このような印象の世界にまで踏み込まなければ、理解は広がらないという訳です。
 また、相手とその想念レベル、意識レベルまで融合することは互いを理解し、融和することに繋がります。争いの仲介者、カウンセラーその他、多くの人々はその長年の経験の中で、相手の中に入り込んで融合するような包容的な心境、融和的境地を持つことの大切さを知っている筈です。そうした状況の中で、初めて互いの主張を理解し、解決策に到達出来ると思うからです。
 その基本となるものが意識であり、その意識を通して私達は自他の境目の無い万物融和の世界に辿り着きます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落292

292 In other words, I became the part that I wished to understand consciously, by realizing that the part was made by consciousness. For molecules and cells in any form are endowed with consciousness which is the life of the thing. There is not a particle in existence that is not supported by life - or it would not be in existence.
292 言い換えれば、私は私が意識的に理解したいと思う物に対して、その物が意識によって作られていることを実感することで、その一部になったのです。何故なら、如何なる形有るものも分子や細胞にその物の生命である意識が授けられているからです。生命によって支えられていないものは、みじんも無いからです。そうでなければ、それは存在しないでしょう。



【解説】
 一体感についての具体的な説明として、本項で著者は"自分がその一部になった"と感じることだとしています。そのような状態が互いに離れた対象物の間で、どうして成立するのかについて、考えて見る必要もあるでしょう。
 その理由は、私達が意識と融合した状態になっていることと関係します。つまり、万物の共通要素であり、宇宙に遍満している意識を介することで、私達は初めて一体になれる訳です。それ故に私達はこの一体感を生じた心境・境地を重要視しなければならないのです。ある時、そのような祝福の心境を得たならば、それらを記憶し、自身の大切な宝物とすることです。自らが整えたそのような心の状態を再現させ、発展させる必要があるからです。
 アダムスキー氏は様々な講演の中でも、この意識について繰り返し語っています。聴衆の側ではその意味について充分には理解されてはいませんでしたが、この講座によって系統的にそのポイントが語られています。私達各人はこのテキストから多くの宝物を掘り出すべきです。
 ちなみに、最近、ダライ・ラマの「実践の書」という著書を読んでいますが、その説く仏教の真髄は、実に本講座で説く内容と類似しています。真理は一つであることを教えて呉れる、現在、私のサブテキストになっています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落291

291 This is only one of the experiences I remember from the trip, for the association with all that were on the ship was also a feeling of oneness, never to be forgotten. And this union of sense mind and consciousness included the ship which was carrying us. For the molecules, the conscious entities of my form, became one with the conscious molecules of the ship's form. Yet the geometrical pattern of each form was different, and for a different purpose in the field of effects. But the cause was the same, for each form was serving a cosmic purpose.
291 これはその旅行から思い出す体験の一つに過ぎませんし、その船にいる全てとのつながりは、また、決して忘れることのない一体感でもあったからです。そして感覚心と意識との結合は私達を輸送するその船も含むものでした。何故なら、私の体の意識的実体である分子達は船体の意識ある分子達と一つになったからです。各々の体の幾何学上のパターンは異なり、結果の世界において異なる目的のものではあります。しかし、その因は同一です。各々の体は宇宙的目的に奉仕しているからです。



【解説】
 本項から分かることは、私達が意識的に一体となる時、それは原子・分子レベルにおける一体感を意味するということです。つまり、私達自身の肉体の原子・分子が対象物の原子・分子と波動を共有するということでしょう。真の一体化はそのような状態であり、もはや自他の区別は無く、一体を構成するという訳です。
 もしこの種の心境を作り出すことが出来れば、それは万物を意のままに制御することにも繋がることでしょうし、イエスや他の聖人達が人々に奇跡を見せたのも、この心境・境地に由来するものと思われます。
 もちろん、私達はこれらの奇跡を起こす為に学習を積んでいるのではありません。生命に関する真理を学び、自らの進化に生かす為に学んでいる訳ですが、その進化の過程でこれらの断片を体験することになるものと思われます。
 また、幸運にもそれらの心境を得ることが出来たら、努めてその心境を覚えて置くことです。自分が体験したそれらの状況を再現し、それがどのような状況であるかを探求することも必要だと考えるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落290

290 In that frame of mind I became fully aware of the intricate parts of the instruments and their purpose. And I had the feeling of being a part of each part, and felt my purpose of being in cooperation with others. This was so clear, but I cannot find words to illustrate my feeling. It was so definitely impressed upon me that I cannot forget the experience. Even as I speak of it I enjoy the feeling once again.
290 この心持ちの中で、私はその装置類の入り組んだ部品やそれらの目的を完全に分かるようになりました。そして私は個々の一部であるかの気持になり、他と協力するという私の目的を感じました。それはとても明瞭なものでしたが、その時の私の感じを表現する言葉が見当たりません。それは私にそれほどにはっきりと印象付けられましたので、私はその体験を忘れることはできません。そのことを話す時でさえ、再びその感じを味わうほどです。


【解説】
 誰もが少なからず体験されたこともあろうかと思います。いわゆる至福感とも呼べる心境について本項は説いています。
 著者が述べるように、そのような状況は容易に言葉で表現することが出来ないということでしょう。一つ一つの物体と心を通わせるということがどういうことなのか、私達も真摯に受け止めて自らの心境をそのような状況に引き上げる努力をしたいものです。
 これまで多くの聖人がその状況を祝福されると表現して来たように思います。そしてその実態は私達の意識が対象物の意識と融合する中で生まれるとも言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第8課-段落289

289 On the return trip I became interested in the instruments as before. But then the mind was patient and ready to receive the explanation given it by the consciousness. It was not filled with the original curiosity, but a desire for knowledge. Like a child in a classroom who understands without questioning.
289 帰還の旅で私は前と同じようにその装置類に興味を持ちました。しかし、今度は心は忍耐強く意識によって与えられる説明を受け入れる用意が出来ていました。心は当初の好奇心によってではなく、知識を得たいとする願望によって満たされていたのです。勝手な疑問を差し挟むことなく理解する教室の子供のようにです。



【解説】
 土星での会議を終えて地球に戻る際のアダムスキー氏自身の心境が語られています。ここでは、宇宙人側が個別の機器についてアダムスキー氏に何らの説明が無かったことは注意したいところです。当時の土星訪問の目的は土星会議の内容であり、土星製の宇宙船についての事項は、本来の目的ではなかったからです。
 とかく私達は目に見えるもの、形あるものに関心を向けがちです。製品の良し悪しについては声高に論評しますが、その他形の無いものについては関心は無いのです。この場合、もし私達が宇宙船内部を見ることが出来たとすれば、大部分の関心はそれらに向かうことは確かです。他惑星人の生き方等々、その文明を支える目に見えない事柄への興味は忘れてしまうかも知れません。
 それら物と通じて私達が真の目的を学ぶ為には、本文に記されているように、努めて意識から与えられる印象を通して学ぶ他ありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第8課-段落288

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON EIGHT
Cosmic Oneness
By GEORGE ADAMSKI

288 In lesson seven we spoke of my experience in the Saturn space ship. And as stated, when I first entered the big ship my mind was attracted to the instruments. But I had to quiet this interest in order to place myself in the realization of conscious awareness that I might be worthy of the primary purpose of this trip. The mind was like a child that wants to ask a lot of questions without listening to the answers. So the sense mind was quieted to listen and not be curious. This was of value for I was ready to listen through the sessions of the Council. But even then the sense mind had questions which I ignored, giving them no expression. So at the end of the Council my mind had no questions, all had been answered.

生命の科学-学習コース
第8課
宇宙的一体
ジョージ アダムスキー著

288 第7課では土星の宇宙船での私の体験についてお話しました。既に述べたように、私が初めてその大型宇宙船に乗り込んだ時、私の心はその装置群に興味を引き付けられてしまいました。しかし、私はこの旅行の大事な目的に値するよう、宇宙意識の実感に身を置く為、この興味を鎮めねばなりませんでした。心は答えに耳を貸さずに多くの質問をしたがる子供のようでした。ですから、感覚心を静め耳を傾けさせて、好奇心を持たせないようにしました。これは価値があり、私がその評議会の会議を通して聞く準備が出来ました。しかし、それでも感覚心は問い掛けて来ましたが、私は無視して、それらに何らの解説を与えませんでした。その為、評議会の終わりには、私の心は何らの質問を起こしませんでした。全ては回答されていたからです。


【解説】
 アダムスキー氏が参加した土星会議は、この太陽系の変化に対するものであり、今後の私達全員に影響を与える変動に関するものであったとされています。しかし、本項で氏は宇宙船に乗り込んだ直後は自分の好奇心が起こり心を騒がしくしたので、これを鎮めたと正直に述べています。地球にその情報をもたらす重要な意味からすれば、宇宙船内の個別の機器への興味は捨て置くべきものであったのです。
 第7課では宇宙的記憶という観点から、説かれた内容でしたが、本課ではそれに至る上での基本的な心境である宇宙的な一体性、一体感について説かれるものとなっています。何よりも実践、自分で体験して初めて理解し、記憶できる訳で、私達は各自で自分の意識がどのようなものか、それと一体化するとはどのような心境を維持すべきなのか、各々工夫して日常生活を送る必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落326

326 We will expand on this in the forthcoming lesson.
326 私達はこれを来るべき教科で詳しく述べることにしましょう。


【解説】
 前項(325)では、色を指が識別することが紹介されていました。このことは人間ばかりでなく、昆虫や爬虫類その他の足指は触角は、現状考えられている以上に繊細で、様々な要素を識別出来るものと思われます。
 私達の指には触覚があり、圧力や痛み、かゆみ、温熱等を感じる機能がありますが、本講座では、それ以上に視覚や更には想念までも認識できる機能が備わっていることを教えています。言い換えれば、従来の何か正体不明な霊的な要素としては説明せず、具体的な細胞を示し、その機能の一環として解説している訳で、具体的にアプローチするところに本講座の価値があるということだと考えます。
 具体的にどのような仕組みが人体や宇宙に備わっているかを明らかにし、その上で各自が自らの肉体と自分の体験を通じて、真理を学び取って欲しいとする著者の念願がそこに息づいています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落325

325 May I suggest a scientific experiment which is just as good as any that one may practice. In the June 12, 1964, issue of Life Magazine is an article dealing with color frequency recognized by scientists. It is good for it deals with two phases of development that are quite essential for one's growth. And they are feeling and memory. The experiment is conducted by placing the first three fingers on the different colors while blind-folded. And one is to detect the vibration or frequency eminating from the color, thus being able to name the color. This helps to develop the feeling or touch sensitivity. For frequency or vibration is nothing but a feeling that imposes itself upon the sense mind. One should be very careful about this and once you are able to get the color right endeavor to remember the feeling you get from each color. This will develop a certainty that will stay with you and serve in many fields. And don't forget that a feeling or vibration is actually consciousness alerting the senses.
325 ここで練習するのに丁度良い一つの科学実験をご提案したいと思います。1964年6月12日号の雑誌Lifeに科学者によって存在を認められた色周波数を取扱う記事が出ました。それは人の成長にとって全く不可欠な二つの発達段階を取扱っており、良いものです。なお、その二つとは感じ(訳注:フィーリング)と記憶です。その実験は最初に目隠しをされたまま3本の指をそれぞれ異なる色に置いて行われます。そして色から発せられている振動ないし周波数を探るのです。これは感じや触覚の感受性を発達させるのに役立ちます。何故なら周波数や振動は感覚心にそれ自身の存在を気付かせようとする感じでしかないからです。これについては人はとても注意して行う必要がありますし、一旦、正しい色を把握できるようになったら、各々から得られた感じを覚えておこうと努力して下さい。これによって以後、貴方にとどまり多くの分野で役立つことでしょう。そして感じや振動とは実際には感覚に警報を発する意識なのだということを忘れないで下さい。


【解説】
 第8課の最後に著者は一つの具体例として、私達の手指が色の波長も感じ取ることが出来ることを私達に示しています。
 もちろん、指の機能には目のような器官はないのですが、細胞の一つ一つは広範囲な波動を感知・認識することが出来るとしている訳です。
 このような細胞の波動感知能力は色の判別のみならず、想念についても容易に及ぶものと思われます。よく言われることに、人間の赤ん坊が最も周囲の状況、とりわけ家人の想念状況を感知できるとされることがあります。幼児期の記憶が年老いても明瞭に残るのは、こうした生まれたばかりの細胞の感受力と記憶力が如何に優れているかを物語るものだと考えます。
 私達は年を重ねる内に、このような微妙な感性が鈍くなり、無感動・無関心な人間に成り下がってしまいがちです。絶えず自分の肉体の細胞の可能性を広げる努力が重要であり、そうした能力開発の成功体験を数多く持ち、その時の自らの心の姿勢を記憶し、その体験を大切にしなければならないと著者は私達に示しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落324

324 Recently scientists have finally admitted that the cells of any structure are the intelligence of the structure. They are the foundation that has always been, is, and will be, that are grouped for certain purposes.
324 最近になってようやく科学者達はどのような生物形態でも細胞がその知性であることを認めました。それら細胞達はこれまでも、また現在そして将来も基盤であり、各々特定の目的の為にグループ化されています。


【解説】
 結局は、私達人間も含め、その本質はそれを構成する細胞一つ一つの中にあるという訳です。人体を司る英知は何処にあるかを求めて、解剖して行ったとしても、何か特別な器官を探し当てることはなく、実は全ての要素が小さな細胞の中にあるということでしょう。
 細胞自身の中に知性が宿っているとも言えますが、それを支えるのがDNAコードであり、細胞の分化に伴うそれら情報の継承メカニズムです。今日では、各人の持つDNAコードから個人を特定したり、祖先の系譜を辿ったりすることも出来るようになりました。しかし、更に深い知性や記憶がこのコード(符号)の中に蓄えられるところまでは、まだ証明されていません。
 しかし、いずれは本項に記されている細胞の驚くべき機能について明かされる時代も来るものと思われます。日々、私達と共にある各自の身体細胞は一説に60兆個にのぼる数とされており、その一つ一つが持つ本来の知性を活発化出来れば、私達は文字通り、全能の海の中にゆったり暮らすことが出来るに違いありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落323

323 We will study the cell activities, for they not only make up the human form but the cosmic whole. And we will discuss how we can use them in exploring the cosmos.
323 私達は細胞の諸活動を学ぶことになるでしょう。何故なら彼らは人体をだけでなく、全宇宙を構成しているからです。そしてまた私達は如何にすれば宇宙探検にそれらを用いることが出来るかを論じたいと思います。


【解説】
 本項で「細胞が全宇宙を構成している」と簡潔に記されている訳ですが、著者がどのようなイメージを私達に伝えたいとしていたか、私達は更に深く考察する必要があります。一般的には、個々の細胞と宇宙空間とは何ら関連性がないと私達は考えて来たからです。
 残念ながら、このテーマについてアダムスキー氏の講演、その他の記録を知りませんので、以下、私の見解を一例としてお示ししたいと思います。
 まず、細胞についてですが、とりあえずは自分の肉体の細胞について考えて見ます。肉体を構成する細胞については、私達は全身くまなくあらゆる場所の器官について、その場所の痛みや痒み、その他の異常状態について把握出来ます。それは人体には神経(或いは触覚の)ネットワークがあり、何処でも誰とでも繋がる仕組みがあるからとも言えますが、意識という概念で言えば、あらゆる箇所に意識を移行させることが出来る訳です。
 それら細胞が宇宙を構成しているという概念は、宇宙に存在する他惑星上の生物細胞と自分の細胞とが、関連性を持っていることを意味する訳で、その為には空間を越えて通じるコミュニケーション能力が細胞には存在することが想定されます。
 実は、宇宙の中に存在するもの全てが、互いに繋がり、連動した動きを行っていて、それが宇宙全体の調和と方向性を定めるというようなイメージがあるのかも知れないのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落322

322 In the forthcoming lessons I will venture out into the Cosmos and give you some idea how one may travel through the cosmos without involving the well known, and practiced laws of mysticism that have been used by those who did not know what they were doing.
322 次に続く諸教科では、私は宇宙に飛び出て、良く知られ実践されてはいても、自らは何を行っているか知ることのなかった者達によって使われて来た神秘主義の諸法則には何ら巻き込まれることなく、如何にして人は宇宙を旅することが出来るかについて貴方に幾分かの概念を授けたいと思います。


【解説】
 この「意識」を自在に用いることが出来れば、人間は居ながらにして宇宙を旅することが出来ると本項で著者は明かしています。1952年の砂漠でのコンタクト以前に、既にアダムスキー氏は「宇宙のパイオニア」を出版していますが、それはこの意識による探検経験に基づくものだと伝えられています。
 後年、アダムスキー氏は肉体のままの長距離宇宙旅行であった土星行きについて、肉体による移動は大変だった、意識による旅行の方が楽であったと述懐しています。
 さて、本来の人間には、この意識という因に繋がる要素があって、それらは距離に係りなく瞬時に目的地に到達出来ることから、遠隔透視等の能力として知られるところとなっています。しかし、実際には、その多くが何か特殊な霊能力者の持つ超能力として取り扱われる等、一般人の能力開発の道筋には乗っていないのが現状でしょう。
 本項では、第9課以降、より具体的にその原理を解説すると、読者に約束しているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落321

321 But there is one thing that God never takes away - the consciousness which the sense mind failed to recognize. For it is the Cosmic Intelligence back of all creation.
321 しかし、神が取り去らないものが一つあります。それは感覚心が存在を認めることが出来なかった「意識」です。何故ならそれは全ての創造物の背後にある宇宙的英知であるからです。


【解説】
 言い換えれば、どんな時にも、たとえ死を前にしている時も、常に私達と共に有る存在が「意識」であると本項は明かしています。
 肉体や諸物は、惑星その他物質世界に帰属する訳で、これらをその世界を超えて移動させることは出来ませんが、「意識」は仮に私が何処に移動しようとも、常に私と随伴し、創造主との仲立ちをしてくれるという訳です。そういう意味では、私達にとって最も信頼を寄せられる存在なのですが、それに気付こうとしない私達こそ、大きな問題があるということでしょう。
 「意識」がもたらす創造主の英知によって、私達は行き続けることが出来、日常、意識から来る助言に耳を傾けることで、問題解決を進めることが出来る訳です。その為には、各自こうした自分の守護神とも言える存在からの印象の声を積極的に取り入れて、活用する努力が必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落320

320 But to have this great reward we must remodel our present house and admit the Father of us all into it. Then we as His children obey Him. Knowing He is all knowledge - our consciousness through eternity. For nothing, not even this present house we call our body, or the many planets in the cosmic system, belong to the sense man. He may claim them for the time being through his ignorance and separation from his Father, yet all of these things can be taken away from him and man cannot prevent this from happening. This proves that man owns nothing. He only fools himself when he claims ownership, and satisfies his ego for the moment.
320 しかし、この大きな報酬を得るには、私達は現在の家を改装し、その中に私達全員の父が入るのを認めなければなりません。その後は私達は父の子供達として父に従うだけです。父が全ての知識であり、永遠を通じて私達の意識であることを知っているからです。何故なら、私達が何一つ、自分達の身体と呼ぶ現在の家ですら、また宇宙世界の多くの惑星であっても、感覚人に属するものはありません。感覚人はその無知と自らの父から分離している為に、つかの間、自分のものだと主張するかも知れませんが、これらの全てはその者から取り上げられ、人はこれが起るのを妨げることは出来ません。これのことは人は何一つ所有していないことを証明しています。彼は自分が所有権を主張する時、自分自身を騙し、つかの間自分のエゴを満足させているに過ぎないのです。


【解説】
 私達の心、即ち感覚心(Sense Man)はいち早く、創造主である全能の父に自分を開放し、家の主人(あるじ)の座を明け渡す必要があることを、本項は説いています。言い換えれば、日々の行動の指針から刻々の態度の全てを従来の「私」でなく、「父」に委ねることが大事という訳です。
 所詮、私達の自我の部分は、現状、自分の肉体から諸々の財産、知識に至るまで、自分の所有物を明瞭に自覚していますが、死を迎える状況においては、これら全てのものは自分のものとして保持することは出来ません。全ては私達に授けされたものであり、この世を去る時には元の世界に返却することになります。
 しかし、がっかりする必要はないように思われます。「父」は絶えず、受け入れる者に無償、無尽蔵に必要なもの全てを注ぎ込んで呉れる訳で、唯一、父を受け入れることがその条件になるということでしょう。
 先日、九十九里(千葉県)のホテルに宿泊した際、早朝、水平線を昇る朝日を見る機会がありました。朝4時半、薄雲の中、水平線から真っ赤な太陽が顔を出すと思うと、ぐんぐんと昇り始め、凪いだ海の真上にまん丸な姿を見せて呉れました。やがて、その太陽は海の上に黄金色に輝く一筋の光の道を示します。その後、太陽は高度を増し、いつものお日様に変わって行きました。
 この時、私は日本の国旗、「日の丸」の太陽の赤色の由来が分かったように思いました。それは日の出の時の太陽をシンボル化したものであり、天照大神、その他太陽信仰の民を象徴しているように思った次第です。
 さて少し、余談になってしまいましたが、その時、もう一つ感じたことがありました。それは日の出の時、それを拝む者全てに、太陽は輝く光を与え、自らに太陽の力を与えるように思ったこと、また、海の上に水平遙かに続く、光の道を示して呉れたことです。受け入れる者に力と道筋を授けるという具体的なシンボルが、毎朝のように自然が見せてくれているという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落319

319 Any logical person can see the advantage of going directly to the source of knowledge, the rightful inheritance of each individual. For it is the cosmic household from whence we came. Our space brothers have shown us the importance of a more direct approach to this realization. Now it is up to us to make this a part of our life. Endeavoring to express the real of our self and thus continue through eternity, in many different steps of understanding, in the many forms through which we will everlastingly learn or progress. This is no different than when we build a home here and live and learn in it only to eventually leave it for a still better home. As we progress in knowledge there must be forms to fit this knowledge. Once we learn this the sting of death will be removed. And we will continue to always be the children of the Divine Father, until we become as he is. One consciousness - not the many. Manifesting in varying degrees for various purposes, completing the Cosmic Melody through each form.
319 論理的な人なら誰でも直接、知識の源、各自の正当な相続の恵みの所に行くことが好都合であることが分かります。何故なら、それは私達が生まれ出た宇宙の家庭であるからです。私達の宇宙兄弟達は私達にこの悟りに更に直接的に近付くことの重要性を示して来ました。これからは、このことを私達の生活の一部にすることは私達次第になっています。永遠を通じてのこれらの継続、多くの異なる理解の段階の中、私達がそれを通じて永遠に学び進歩する多くの形有るものの中に私達自身の真実な部分を表現するよう尽力するということです。これは私達がここに家を建て、そこに住み、その中で学び、遂にはより良い家を求めてそこを去ることと大差はありません。私達が知識に於いて進歩するに連れ、この知識にふさわしい形有るものがある筈です。一度、私達がこれを学べば死の苦しみは取り去られるでしょう。そして私達は常に聖なる父の子供であり続けるでしょう、私達が父になるまではです。多くではなく、一つの意識にです。それは各々の形有るものを通じて宇宙のメロディーを完成させる為、様々な目的で様々な程度に現出することです。


【解説】
 この一連の学習は、私達が各々創造の原点に立ち返るという遠大なる道程にあります。そういう意味から、単に今生の生涯で完結する筈もなく、来世に続く長い歩みを行くことになることを理解しておく必要があるでしょう。
 人間の内部が変化すれば、外側もそれに対応します。しかし、それ以上の進化に対しては、相応しい環境の下、新しい肉体が用意されるということをしっかり自覚したいものです。即ち、進歩の道を歩む者に対しては、転生・復活の経路が用意される訳で、もはや死は単なる通過点でしかない訳です。
 大事なことは、転生の有無にかかわりなく、目指す本来の知識の源とのパイプをつなぎ、そこから与えられる直接的な教えを自らが表現者となって現実世界に反映させることだと考えます。創造主の道具に徹することです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落318

318 Many mystics have employed stimulants of various kinds to promote the knowledge of the unknown. But this is temporary, and many times only a hallucination or a reflection of their desires. This of course is unnatural and does not lead to beneficial knowledge of oneself. And only by knowing and following the natural laws can lasting knowledge be obtained. That is why the words of wisdom, "man know thyself and you shall know all things," have come down through the ages. And are just as true today as when spoken. And if we live these lessons, instead of stumbling in the dark as so many have done, we can go direct to the library of the Cosmos, the house of knowledge, directed by consciousness.
318 多くの神秘主義者は未知の知識を増進しようと様々な興奮剤を採用して来ました。しかし、これは一時的であり、多くの場合は幻覚体験、もしくは彼らの願いの反射でしかありません。これはもちろん、不自然であり、自身の有益な知識に導くものではありません。そして自然の諸法則を知り、従うことによってのみ、永続する知識が得られるのです。それが「人は汝自身を知る、そうすれば全ての物事が分かるはずだ」という知恵の言葉が何世代も通じて伝えられて来た理由です。そしてそれは、その言葉が話された時と全く同様に今日でも真実なのです。そして多くの者がそうであるように暗闇の中でつまづく代わりに、私達がこれらの教科に沿って生きていれば、私達は意識によって指揮された宇宙図書館、知識の家に直接行くことが出来るのです。


【解説】
 生命の科学学習講座も後半の第8課になり、そろそろ「意識」への感受力が高まった者に対する助言も記される段階に入っています。しかし、私も含めて人により道程は様々で、ポイントを掴み容易にこの段階に達する方も居るでしょうが、大部分の方は未だ十分な体験を得ていないのかも知れません。
 そこで重要なのは、本項の示すところです。即ち、「意識」との交流の時の素晴らしい体験を再取得しようと焦るあまり、薬物を用いたりすることを厳に戒めています。それらは本物ではなく、単なる心の願望が浮き上がる錯覚であり、一時的だと警告しているのです。
 それに代えて、自分自身を探求し、自身の中に因の諸活動を探ることを薦めています。もちろん、こうした中で得たご自身の体験は何ものにも代えがたい貴重なものであり、理解を拡げる進化の礎です。
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