生命の科学 第6課

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落238

238 This is re-newing the mind and born again, as Jesus said. For one really dies as an ego pride will only to be born in the Will and the Glory of the Cosmos. Like the drop of water that finally becomes the ocean of water by uniting with it, no longer just a drop.
238 これはイエスが言った心の再生であり、生まれ変わりです。何故なら、人は実際には一つの自我のプライドとして死ぬと宇宙の意志と栄光の中に生まれ変わることになるからです。ひと粒の水の一滴が大洋と結びつくことによって遂には大洋になり、もはや一滴の水では無くなるのと同様です。


【解説】
 プライドを捨てて自らを意識から来る印象に従わせることを徹底することは、ある意味それまでの自分が死んで新しい存在に生まれ変わることを意味します。前項にあったように放蕩息子が帰還することはそれまでの自分の過ちを認めて、両親である意識に改めて従うことでもあります。
 おそらくこの場合、人格も一変するような人生の一大転機ともなる筈で、真理についての覚醒が生まれる瞬間でもあるのでしょう。
 同じものを見ても同じ音を聴いても、感じる内容は実にその本人により大きく異なります。ちなみに毎朝、本シリーズの草稿を考えるのは東京に向かう通勤電車の中なのですが、今の季節、丁度日の出の時間帯になります。東の空から大きなオレンジ色の球体が走る電車の中からも分かる程、目覚しいスピードで昇って行き、私達を含めあらゆる者に朝の光を授けています。そのオレンジ色の輝く球体は何か優しい観音様のように皆の者に暖かさと光を与えて呉れるようです。自分の中に観音様が飛び込んで来るような印象で、大変ありがたく思うものです。もちろん、客観的にはこれらの事象は毎日起こる訳ですが、大事なのはそこから発せられているだろう印象にどれほど、鋭敏になれるかであろうと思います。
 ひとたび自我を自ら捨て去って、意識の下で暮らす時、実は毎日が驚くほど色彩豊かで美しさに満ちたものであることが分かるようになるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落237

237 In the prodigal son there was still one small part that accused itself of wrong doing which was symbolized by the son who had never left the household. For in every individual the original spark remains. That is the only hope for the straying one to be drawn back to his original place. So the small original spark reminded the prodigal son of his deeds. But this was soon overcome by Cosmic Consciousness for it knows no judgment or discrimination. But it takes a great determination to accomplish this victory and lose the self as an ego in the COSMIC SEA OF CONSCIOUSNESS.
237 放蕩息子の内部には家を出たことのない息子として象徴され、誤った行動を叱責した小さな部分が依然として存在します。各個人の中には原始のきらめきが残っているのです。道に迷った者にとってはそれが自分の起源に戻される為の唯一の希望でもあります。ですから小さな原始のきらめきがその放蕩息子に自分の行動を思い出させるのです。しかし、これは宇宙意識によって直ぐにも征服されてしまいます。何故なら宇宙意識は如何なる裁きも差別も知らないからです。しかし、意識の宇宙的大海の中でこの勝利を得て、エゴとしての自己を捨てることが出来る為には一大決心を必要としています。


【解説】
 この放蕩息子の物語は私達自身の中で起こっていることを示唆しているように思われます。つまり、家そのものが私達自身であり、その中に私達自身の中のエゴの部分、更には本項で言う家を出たことの無いもう一人の息子、更に私達の両親、言い換えれば本シリーズで言う「意識」が暮らしているという訳です。
 私達はこれまで、外界に目標を求めて自らの家を出て、外の世界に出て放浪の旅を続けていました。しかし、その放蕩の結果、辿りついた結論は自らの家の中の両親の有難さでありました。
 結局は何をするにしてもその基本能力を高める必要がある訳で、自らの生命を授けて呉れた創造主から多くを学ばねばならず、やみくもに家を出てはいけなかった訳です。
 このことに気付き、自らの限界を悟った後に、家に戻ると両親は暖かく迎え入れて呉れるということは重要なポイントでしょう。創造主は常に暖かくエゴを捨てた私達を迎え入れて呉れ、惜しみなく愛情を注いでくれるのです。そのことに私達が気付いたことに意識は大いなる喜びを感じて下さると言うことです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落236

236 Upon his arrival home his ego received a surprise. For his father had a banquet prepared for his wandering son and welcomed him with open arms as though nothing had ever happened. For when an ego conquers itself-there is no greater victory and rewards for the efforts are unlimited. And the individual is endowed with all of the needs of life, wanting for nothing.
236 彼が家に着いてみると、彼のエゴは驚きを受けました。何故なら、彼の父親は放浪していた自分の息子の為に祝宴を用意しており、まるで何事も無かったかのように彼を両腕に抱いたからです。それはエゴが自分自身を乗り越えた時、それにまさる勝利は無く、それに至る諸々の努力への報いは限り無いものだからです。そして、各自は生活の必需物の全てを授けられ、何も不足することは無くなります。


【解説】
 よく聞く聖書のお話です。物語としては良く分かる内容かと思いますが、その本旨は私達にとってどのような内容を示唆しているのかについては、よく考える必要があります。
 私達が自らのエゴの限界やそれが仕出かしてしまった誤った行動の数々を悔い改め、新しい生き方を定めて困難な道を進み、やがて生命の全体像を理解するに至った時、私達は自分が本来生まれたばかりの恵まれた状況の有難さを再認識することでしょう。
 そしてその中では誰もが自由に豊かに暮らして行ける訳ですが、その物語はそうした創造主を両親とする一大家族の一員として暮らす豊かな生活があることを私達に教えているように思うのです。
 もちろん、その生活に入る為には怠惰やわがまま、所有欲等々のエゴの問題を解消しておく必要があり、死さえも苦にならないような生命の根源に対する絶対的な信頼が前提となる訳です。
 夜空を見上げると星達と心を通わせられるような心境になれば、着実にそれら素晴らしい生活に一歩近づいていることになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落235

235 The story of the Prodigal Son in the Bible gives us a good insight as to what must take place. The mind of the prodigal son is a portrayal of all minds. For he, after deciding to return, had to humble himself and cast aside all of his pride, willing to face whatever might come. Knowing full well that some of the household would point fingers at him and remind him of his bad deeds. Yet he knew that their life was not his life. And they had not had the experiences he had gone through, even though they may have had similar ones. Knowing all of this he was still determined to conquer the will of his mind and return to the will of his real self - the consciousness - the Father of all forms.
235 聖書の中の放蕩息子の物語は私達に何が為されるかについて良い洞察力を与えています。放蕩息子の心はあらゆる心を表わす肖像画です。彼が家に戻ることを決心した後は、如何なる事態が来ようとも喜んでそれに直面し、自分を謙虚にし、自分のプライドをことごとく脇に捨てなければならないからです。家の中のある者は彼を指差して彼の悪事を彼に思い出させることも十分知ってのことです。しかし、それでも彼はその者達の人生は彼のとは異なっていたことは分っています。そしてその者達が彼と類似した人生であったとしても彼が通った体験はしなかったであろうこともです。これらの全てを知った上で、彼はそれでも自己の心の意志を克服し、彼の真の自己、意識、万物の父の意志に戻ることを決心したのです。


【解説】
 日本語では「放蕩息子」と訳されてきた"Prodigal Son"の"Prodigal "には「浪費」の意味合いがあるということです。つまりは与えられた資源(環境)を長年浪費して来た人間という意味も含まれている訳で、環境汚染はその代表例かと思います。私達は与えられた環境や時間を浪費したまま今日まで、生命の源である「意識」の元に帰ろうとして来なかったということです。
 日本語には「改心」という表現がありますが、真に心を改めて生命の源に帰依することが求められています。その為には一人一人の揺るぎない決心が必要で、これまでの悪事や浪費を認め、文字通り心を入れ替える必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落234

234 The happiness which man feels within his heart and for which he searches can never be realized until he blends his will with the will of consciousness. Any more than the drop of water, remaining by itself can know the vastness of the ocean. When man realizes this he will know his true identity for the first time. And will no longer live in the shadow of his reality, influenced by every wind that blows. And there will be rejoicing in heaven when the prodigal man returns to the household. But this will take a profound determination on the part of each human, with an unshakable faith. For he will have to give up his egotistical pride and face whatever is presented to him.
234 人が自分の胸の中で感じ、探し求めている幸福は、自分の意志を意識の意志に融合させない限り、決して実感することはありません。孤独であり続けた水の一滴が大洋の広大さを知ることと大差はありません。人がこのことを悟ったなら、その者は初めて真実の主体性を知るでしょう。そして吹きすさぶもろものの風に影響され、自身の真実の姿の陰に生きることはしなくなります。そして放蕩息子が家に戻った時には天国では祝賀があることでしょう。しかし、これには個々の人間の側に不動な信頼感を持った上での心からの決心を必要とします。何故なら、如何なるものが現れているかに関わらず自己中心的な自分のプライドとメンツを諦めなければならないからです。


【解説】
 意識と融合しない限り、真の平和や幸福はないという訳です。多くの聖人はその状況に達した為に、その行動を通じて聖人たる成果を残したということでしょう。
 しかし、一口に自我を捨てると言っても、その実現には各自の努力と工夫が必要です。その中で、とかく私達は自分はどの道を教えることが出来るとする教師にすがり易いのですが、実際には従っても多くはうまく行かず、逆にその道から外れる結果になってしまうことも多いのです。
 このように他人を頼りにすることなく、とにかく自分で納得するまで、観察を続けること、自然を研究することが重要です。その中で自然現象の中に生きる法則を知れば、それに自分を合わせれば良い訳です。
 宇宙の中では数え切れない惑星世界があり、各々の中で生命の活動があり、それらと一体になれれば、それ以上、望むものはありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落233

233 Did not Jesus say, he who is trying to save his life shall lose it? Isn't this what the ego is afraid of by giving up its will to consciousness? This is also a lack of faith in the Creator whom we call God. For Jesus also said, he who gives up his life shall find life eternal. Meaning, he who gives the will of the ego unto the will of consciousness shall partake of life eternal. For consciousness is eternal and proceeds all forms. And without it there would be no forms, for an unconscious form is a dead form.
233 イエスは自分の命を救おうとする者はそれを失うとは言わなかったでしょうか?これはエゴがその意志を意識に差し出すことで恐れていることを指すのではないでしょうか?これはまた、私達が神と呼ぶ創造主に対する私達の信頼の不足でもあります。何故なら、イエスはまた、自分の命を捨てる者は永遠の生命を見い出すとも言いました。それはエゴの意志を意識の意志に譲り渡す者は永遠の生命を共にすることになるという意味です。何故なら、意識は永遠であり、万物を先んじているからです。そして意識無しには如何なる形有るものも存在しません。意識の無いものは死んでいるものだからです。


【解説】
 本項の主旨を言い換えれば、私達はそれ程の覚悟で自分の心(エゴ)を捨て去る決心をする必要があるということでしょう。「全てを捨てる」とは一遍上人が著名ですが、その捨て去ろうとしたものは、必ずしも身に付けていたもの、物品ではなく、私達の心(エゴ)の意思であったように思われます。
 意識からそっと寄せられる印象にひたすら従い、素直に行動出来る自分にする為に、私欲を捨て、過去のしがらみを解き払うことによって、私達自身(エゴ)を意識の海の中に解凍させるというイメージかと思います。
 全ての物事に先行して存在し、その結果を創り出す意識なるものの存在と自然に交流できるようになることが私達の願うところです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落232

232 This is no different than a mother who refuses to believe that her child can do anything wrong, and will not correct it. Eventually the child suffers with the parent because the parent failed to strengthen the weakness that was showing up in the child. This was caused by the mother's fear of recognizing the weakness in the child. And she added weakness to weakness instead of correcting it. Finally the mother had to face the truth, she could no longer avoid it and it was far more difficult than it would have been in the earlier stages.
232 これは自分の子供が何ら誤ったことをする筈がないと信じて、子供を正そうとしない母親と変わりありません。しかし、最後は子供がその両親に苦しむことになります。何故なら両親はその子供の中の弱さに対して強くすることに失敗したからです。これはその母親が子供の中にある弱さを認めることを恐れていることによってもたらされたのです。そして母親はその弱さを正す代わりに弱さの上に弱さを付け足して来ました。遂には母親はその真実に直面せざるを得ず、もはや避けることは出来ず、それは早期の段階に比べてはるかに困難なことになってしまったのです。


【解説】
 私達は真の自分自身と自らの心(エゴ)をしっかり区別し、心(エゴ)の持つ課題に対してしっかりした対応を執ることが重要な訳です。とかく心を放任している私達は、自らの心の示す欲求そのままに行動して来た結果、本来の歩むべき道から大きく外れてしまいました。
 しかし、毎朝の目覚めから一日が始まるように、心も眠りの間は一度リセットされ、毎朝ある程度新しい状態からスタートする訳で、是正の機会は毎日あるように思います。基本は本文に書かれているように、本来の私達自身がどのように自分の心と対峙するかの問題であり、本件に関する限り他者は一切係りがありません。うまく出来ないからといって誰かに言い訳をしたりする必要もなく、ひたすら自分自身と向き合う中の日々の精進ということになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落231

231 Once the mind realizes its weakness that has caused much unpleasantness during its life, it should then be determined, even thought it is painful at the beginning, to lend itself to conscious guidance. These obstacles could arise when it tries to do this ; A thought of fear of losing its identity and authority that it has had during its domination even though it encountered many mistakes and uncertainties on its path of self-will. For lacking knowledge, it followed effects with no more knowledge than it had as it repeated mistakes, and alibied for them with a hope of bettering its position instead of correcting the mistakes.
231 ひとたび心がその生涯の間に多くの不愉快な体験をもたらした心の弱さを自覚したならば、心ははじめは苦痛と感じることがあっても、それ自身を意識の導きに委ねることを決心すべきなのです。これを為そうとする時にはこのような障害が発生することがあり得ます。つまり、例えその自己の意志の道筋において数多くの過ちや不安定状態に遭遇したとしてもその支配の間に得ていた心の独自性と権威を失うことへの不安感です。何故なら心は知識が不足している為に、それ自身と変わらぬ知識しかもたない諸結果物に追従し、過ちを繰り返しており、それら過ちを修正することに代えて自分の地位をより良くしたいと思ってアリバイ作りを行って来たからです。


【解説】
 私達は先ず、自らの「心」の限界について知ることが必要で、その自覚を踏まえて意識から来る印象に従った行動体になれるよう、一歩一歩の歩みを始めるということです。
 もちろん、その辿る道は心にとっては未知の世界であり、試行錯誤は避けられません。しかし、少しずつでも足掛かりがつかめれば前進出来ることは山登りにも似ています。進むにつれて物事の全容も見えて来る筈です。
 これまで私達は失敗を恐れ、結果物として目の前に残るものを唯一の頼りとして、また他人に裏切られないよう注意しながら生きて来ました。また他人から良い評価をされたい為に面子を重視して来ました。しかし、意識主体の生き方は、これらしがらみとは一切関わり無く、新たな幼児となって、意識から学ぶ姿勢をとる必要があるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落230

230 And this can only be done by allowing the consciousness with its unlimited power and knowledge to put the house in order.
230 そしてこれは無限の力と知識を持つ意識にこの家の中を整頓させることによってのみ、なされ得るのです。


【解説】
 宇宙の意識に身体の中を一度、大掃除してキレイにしてもらうということでしょう。古い習慣に染まりきった細胞達の波動を一度、リセットさせて、本来の姿に戻す作業が必要な訳です。
 これらについては従来、滝に打たれる等の修行がありますが、そのような修行の中には日常習慣や感覚の支配から一度心身を解き放ち、本来の生命の流れに従うきっかけを得るような要素があったのかと気付く次第です。
 私達は必ずしも滝行のような極端なことは行なわなくても、日常的にその意義を自覚し、意識から来る助言の印象に100%従うよう、心して置くことがより重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落229

229 After thousands of years of living as we have, becoming habitual individuals, we have created habitual cells in relation to the mind. And habits do become hungry for their own food. i.e. An alcoholic's mind knows that it is not good for the body to go to extremes, but the habit is the master of the mind. The mind lost the strength of its will and the power of determination to oppose the habit so it continues as a slave to the habit. And this is true of all habits, for most of them operate in extremes. This does not mean that you cannot take a drink or do similar things, for all things are good in moderation. But it does mean that one should be determined to be the master of his life rather than have the habits master him.
229 私達は何千年もの間、このように生き、習慣的な個体となった結果、その心に関連した習慣的な細胞を造り上げてしまいました。そして諸習慣はそれら自身の食物を求めて腹を空かせるようにさえなるのです。即ち、アルコール依存の心はそれが程を越して極端になれば肉体に良くないことを知っていますが、それでも習慣がその心の支配人になっています。心はその習慣に反抗する意志と決心の力を失った為、その習慣の奴隷となり続けるのです。しかもこれは全ての習慣について言えることです。何故なら、それらのほとんどが極端に作用するからです。このことはあなたが一杯飲んだり、類似した事柄を行ったりしてはならないと言うことではありません。何故なら、全ての物事は適度であれば良いことだからです。しかし、人は諸習慣が自分を支配するのではなく、自分が自身の人生の支配人になることを決心すべきことは確かです。


【解説】
 「習慣の奴隷」を克服することは私達の最大の課題ですし、私達の多くは毎日を決まりきった生活パターンの中で生きていることも確かです。もちろん一面ではそれは止むを得ない事情ではありますが、惰性で毎日を送ることは厳に慎むべき事柄です。その中にあって私達は無作為に時を過ごすことがあってはならず、そのようなことは本来の生命活動とは反するものです。
 その結末として、私達は永年の心の指令に仕える細胞群を自らの体内に形成し、今度はそれらが支配者となって、本人の行動を左右する段階に至ると著者は警告しています。アルコール依存や薬物中毒など、極端な例もありますが、私達一人一人類似した細胞群を抱えていることは確かです。
 このような習慣細胞の指示に従うことなく、自らの意志でご自身をコントロールし、習慣の奴隷になることなく、あらゆる分野を適度に楽しめと著者はまとめています。先ずは習慣性の有無を点検し、毎日新しい側面を探求することです。日々是新とはそのような生活姿勢を言う言葉です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落228

228 The only difference between man and nature is - nature has no will of its own for as stated before, it is under the will of the All Inclusive Intelligence. Man as the highest expression was endowed with a free will mind, and it is here that he has his trouble. For the mind as an effect guides itself by other effects instead of lending its will to the will of the Cosmos. The reason that man was given a free will mind was that he might learn from The Supreme Intelligence the way and purpose of life. And he is endowed with the potential of becoming like his creator and say as Jesus did, I and the Father are One, and when you look at me you see the Father. The Venusians and other planetarians endeavor to express this daily by willing their minds unto conscious guidance. And we must do this if we are to fulfill our purpose.
228 人と自然の間の唯一の違いは、以前述べたように自然は自身の意志を持たないということであり、それは全てを包む知性の意志の下にあることです。最高位の表現物である人は自由意志の心を与えられており、そのことが人が問題を抱える所となっています。何故なら一つの結果物である心は宇宙の意志に自らの意志を貸し与える代わりに他の結果物で自らを導いているからです。人が自由意志を与えられているのには人は最高位の知性から人生の歩むべき道と目的を習うだろうと期待されているという訳があります。そして人は創造主のようになり得る能力を授けられていますし、イエスが私と父とは一つである、あなたが私を見る時、あなたは父を見ているのだと言ったようにです。金星人達や他の惑星人達は彼らの心を意識の導きに喜んで従わせることによってこのことを表現しようと毎日努力しています。そして私達も自分達の目的を達成するつもりなら、同じことをしなければなりません。


【解説】
 自然界にあるもの全て、鉱物から動植物に至るまで、人間を除くあらゆるものは、それ自身の意志を持たず宇宙の英知の下に生きている一方、何故人間が自由意志を与えられたかが説かれています。
 自然界の他の生きもの達は自ら学ぶ必要はなく、既に宇宙英知に従った行動をとっている訳ですが、人間は違うというのです。人間は自ら努力して、その生きる目的を学び、創造主の意志に自ら近づくことが期待される為、自ら学ぶ上で必要となる自由意志を与えられたのです。
 究極にはイエスの言葉のようになる訳ですが、実はそれ程に完成した人物がイエスという存在であったこと、また金星をはじめとする他の惑星の文明も同様な進化を日々遂げる中で実現していることを本項は説いています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落227

227 The cells in the toe are different from those in the finger but each group is working with the others to make the body a perfect manifestation. And the same power and guidance lends itself to all alike. This is no different than the cosmic expression in the earth's cell structure. For from the lowest expression in the mineral kingdom and through the millions of nature's manifestations the same power and intelligence is expressing in varying degrees. This law is constant and does not change to favor one form, or a planet, above another.
227 足指の細胞は手の指のそれとは異なりますが、それでも互いのグループは人体を完全な創造の現れにする為、共に働いています。そしてそれと同じ力と導きが万物に等しく授けられています。このことは地球の細胞構造における宇宙の表現と違うものではありません。何故なら、鉱物王国における最低位の表現から、そして何百万もの自然の創造の現れを通じてこれと同じ力と知性が様々な度合で表現しているからです。この法則は不変であり、ある一つの形あるものや惑星の便宜を図る為に他に優って対応を変えることはありません。


【解説】
 とかく手の指の方が足の指より身近で大事なように思ってしまいますが、どの指も等しく無くてはならないものであることは、各自、体験しているところかと思います。
 人体の各部の細胞群のいずれもが等しく人体を支えている訳で。それは惑星の構造も同じだと本文では解説されています。つまり、私達は地表で生活する為に建物を建てますが、その拠り所となる基礎は各々杭を地中に刺して地殻に支えてもらっている等、地殻の鉱物群は私達の建物をも支えていることに気付く必要があります。
 また、私達はこれら地殻を掘り出して、自分達に有用な物質や自分達が好む鉱物(宝石)を得ていますが、一方で捨てられる石や砂が果たしてきた「地球を形成する」という役割について私達は気付く必要があります。
 過去に生じた地震の痕跡はこれら地表の下に眠る地殻の構成に現れていることは私達の知るところであり、時々見える斜めに傾いた地層の状態からは、一見動かないように見える地殻が実に活発に活動して来たことがよく分かります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落226

226 As stated before, the body is made of trillions of cells, grouped for perfect maintenance and operation. No different than the structure of the cosmos, and the body has all of the cosmic force supporting it. And when the human mind is working in behalf of the cosmic plan, instead of self, it never knows any unpleasant effects. For then it is free from discrimination, judgments, and likes and dislikes.
226 以前に述べたように、肉体は何兆もの細胞から成り立っており、それら細胞は完璧なる維持管理の為にグループ化されています。それらは宇宙の構造と何ら違う所は無く、肉体はそれを支える宇宙の力の全てを持っています。そして人間の心が自身の為でなく、宇宙の計画の為に働いている時は、不愉快な結果を決して経験することはありません。何故なら、その時、人は差別や裁き、好き嫌いから離れているからです。


【解説】
 私達の身体は60兆個もの細胞から成り立っていることは既に知識としては持っていますが、重要な点はそれら細胞が大宇宙そのままに整然とした調和した関係にあるということです。「汝自身を知れ」という言葉がありますが、それは既に私達自身の中にあらゆる宇宙の要素が組み込まれているということでしょう。
 現代の科学も各々の細胞から遺伝分子を抽出し、それらを増幅させて構成を調べたりするようになりましたが、大事な点は一つ一つの細胞や分子原子が各々調和して存在するということでしょう。これらが本項で言う「宇宙の計画」に基づいて行なわれている所が重要なポイントです。
 ある意味、宇宙を貫く大きな意図に従ってあらゆるものが生きている訳ですから、私達の心もそれに従って生きれば、摩擦や抵抗もなく柔軟、スムーズに生きられることになります。
 もちろん、この調和ある力、「宇宙の計画」は差別や裁きの無い創造主の意図であり、その意図を具体的に表現することが私達の役割ということになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落225

225 This shows that the cosmic plan is orderly, but the mental is not stable and needs guidance.
225 これは宇宙の計画は整然としているが、心は安定せず、導きを必要としていることを示しています。


【解説】
 私達一人一人は自らを実験台として、想念と身体の関係を学ぶ必要があります。
 それは最初、決して心地よいものではありませんが、本来自らを訓練する上で最も有効な方法です。良い想念を保つことは体内の諸々の生命作用にとっても好都合であり、スムーズな運用を保てることから、その持続期間も大幅に伸びることになります。
 一方で、仮に苦痛を伴う体験を得てしまっても何らその原因を分析せず、記憶しようとも思わなければ、貴重なる学習の機会を失い、身体は消耗するばかりです。
 動植物を含め、自然界に生きるものが、皆、新鮮、活発に生きている様子を見るにつけ、人間のような心の問題が無いとすれば、それらを支える身体は各々十二分に本来の機能を発揮していることが理解出来ます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落224

224 The first group starts the fermentation. The second group makes a perfect blend of the chemicals extracted. The next group eliminates the gases that are produced during the fermentation. Finally the scavengers throw off the waste matter that is left. If this process functions naturally you will never know a sick day. But if the cells related to the mind interfere with the cells that are doing the work, by the mind becoming angry, we know what the uncomfortable results will be.
224 最初の集団は発酵を開始します。二番目は抽出された化学物質の完全な混合を造り上げます。次の集団は発酵の間に生成されたガスを排出します。そして最後は、掃除人達が残った廃棄物を捨て去るのです。もし、このプロセスが自然に機能するなら、あなたは決して具合の悪い日を経験することはないでしょう。しかし、もし心が怒ったりすることによって心に関係している細胞達がこの仕事をしている細胞達の邪魔をすれば、どのような不愉快な結果になるか私達には分かります。


【解説】
 人体の中の食物の分解過程は、本文で言ういわゆる酸素の無い状況下で各種酵素が作用する「発酵」という過程が行なわれます。この発酵を通じて炭水化物や蛋白質その他が人体の消化器官から分泌される消化酵素、更には体内に生存する多様な微生物の働きにより、栄養素に分解され、吸収されることは私達も既に学んでいる通りです。
 一方、やや詳細な話になりますが、本文中にあるガスの排出に関する内容は腸の中でガスを排出しようとする腸の運動のことかどうかは定かではありません。
 いずれにしても、各自の経験の通り、感情の起伏によってこれらの作用が滞り、体調不良になることは間違えありません。緊張による下痢や便秘など、よく経験する所です。
 私達は自らの身体が最も大事として来ている訳ですから、その状態維持の為にも、これらの身体内部の作用を常に注視しておく必要があることは明らかです。言い換えれば、最も身近な学習教材である自らの身体内部の目に見えない様々な働きについてしっかり、意識して置くことが大事だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落223

223 Here is an example of grouped cells. First we will use the ones associated with the mind. The mind is alerted to take on food due to past habits for the body needs fuel. But as stated before, the mind does not know what is to be done with the food when it enters the body. But there is a group that does know, and while the mind is entertaining itself with something else this group goes on with its work. I have used this example for years in lectures and class work, but it illustrates very well, so I will use it again. Once the food enters your body the intelligence independent of the mind goes to work on it. We will class these workers in four groups, each working in behalf of the other.
223 ここで群れになった諸細胞の例をお話しましょう。最初は心に関係した細胞群を取り上げたいと思います。心は過去の習慣の結果、食物を摂取するよう絶えず注意を払っています。肉体が燃料を必要とするからです。しかし、以前述べたように心は食物が肉体に入った後、その食物に何が起るかについては知っていないのです。それでも知る集団が居て、心が何か他のことで楽しんでいる間に、この集団がその仕事に従事します。私はこの例えを講演や教室での講義で何年も使って来ましたが、それでもこの一例は大変よく問題を表わしている為、再び用いることにします。ひとたび食物があなたの体内に入るや、心から独立した知性がその食物に対して働きます。私達はこれらの働き手を各々が他の為に働らく4つの集団に分類することにします。


【解説】
 「おいしい食事をしたい」とは誰もが思うものですが、その「おいしい」、「まずい」は、私達の心の構成要素の味覚の評価(裁き)でしかありません。以前、裏庭に水を求めて着陸した宇宙船から出てきた宇宙人から御礼にもらったパンケーキはダンボールのように味気の無いものであったという海外のレポートを読んだことがあります。味覚の支配から私達自身を解放することも宇宙時代に向けての課題です。
 一方、人体には飲み込んだ後に各種栄養分を消化吸収、分解する細胞群(消化器系)がその後の作業を行なっており、それらが順調に進むことで、私達は心地よく過ごすことが出来る訳です。これら細胞群について著者は実質、4つの集団があると、以下に続く本文で解説しています。
 わが国でも体調管理の上から、ダイエットの必要性について説かれていますが、肥満の方を見ると、明らかに食事の量が過大であることが分かります。本人は自身の身体維持の為、心が食事をもっと摂るように促しており、味覚に支配され、満腹になるまで食事を詰め込む生活を続けている訳です。従来から視覚については、課題を知るところですが、味覚についても私達は制御する必要があることが良く分かります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落222

222 In the first part of the lessons we mentioned group cells that are related to the mind and take orders from the mind. 90% of the other cells take orders from the consciousness. Yet they can all be made to take orders from the consciousness, which they must do eventually if the ego is to survive.
222 教科の最初の部分で私達は心と関係を持ち、心の指令を取り入れる細胞群について述べました。しかし、90%のその他の細胞は意識からの指令を取り入れています。それでも細胞にすべて意識からの指令を取り入れさせることは可能ですし、それはエゴが生きながらえる為に、最終的にしなければならないことです。


【解説】
 私達は自分(心)の意志によって動く、随意筋とそうでない不随意筋等について知るところですが、本項の意味する所も同様な内容を示しているものと思われます。この心の指令に従う10%の細胞群を訓練し、いちはやく意識の指導に従う集団に変貌させなければなりません。
 本項で言う10%という割合は、人体の恒常性確保に上からは大きな障害になっていることは間違いないように思います。
 これらの細胞を本来の意識の印象に従わせる為には、大きな努力が必要なことは確かです。味覚や嗅覚を永年楽しませ、快い音と外見の美しさのみを結果の世界に追い続けてきた私達の心は、そうした現象面だけでなく、それらの創造物をもたらしたより高次な印象と想念を味わう努力が必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落221

221 But if the new thoughts are going to have the results that we desire they must be given top priority and not mixed with opposite thoughts. For this creates a conflict in the body and the results are anything but good. It is not going to be easy to maintain such thoughts at first, but determination will accomplish the desired results.
221 しかし、もし新しい想念が私達が望む結果を得るという為には、それらの新しい想念は最大限の優先順位を与えられ、対立する想念と混ぜられることがあってはなりません。何故なら、こうすることは体内に葛藤を造り出し、その結果は良いものとは決してならないからです。最初の内はこのように想念を保つことは簡単ではありませんが、決意は望ましい結果を達成することでしょう。


【解説】
 私達が必要とする新しい想念の取扱いについて、本項は解説しています。
 つまり、仮にこれまでにない新しい発想が浮かんだ場合、私達はそれを従来の常識化した知識と混ぜることなく、それらに最大限の優先権を与えよと、著者は助言している訳です。
 私達が宇宙的印象を実現できないでいるのは、その印象を尊重せず、その漏らす内容を聞こうと努力しないからです。従来からの考えと比較吟味してしまうため、身体内で混乱が生じ、一本化されない為だとしている所に注意すべきです。
 素直に創造主からのメッセージを受け取り、行動(実行)して新しい体験を得ることを優先すべきという訳です。その為には、心がどのような抵抗を示そうとも、自らが宇宙的印象、創造主のささやきには全幅の信頼を置くことを決意する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落220

220 The masters of the ages taught one cosmic principle - As A Man Thinketh So Is He. We can now see how the people on planet Venus maintain a long and useful life. For they are constantly thinking in terms of newness. And a form 500 years old, of our time, looks youthful and in the prime of life. While here on earth we look older at 40 than they do at 700 years. But we are thinking in terms of age and are governed by habits that are thousands of years old. And you cannot feel young by wearing an old cloak for it will have an influence upon you. An old dress or suit, even though made of very good material, will make you feel old everytime you put it on. So will the old thoughts. We know that new clothing makes us feel younger, and so will new thoughts when we have them continuously.
220 各時代の指導者達は皆、一つの宇宙原理を教えました。人は思った通りの者になるのです。私達は今や金星の人々はどのようにして長く有意義な人生を保っているのかを知ることができます。何故なら彼らは常に新しさの視点で物事を考えているからです。その結果、私達の時間で言う500才の肉体も若々しく生命の全盛期にあるように見えます。一方、ここ地球では私達は40才ですら、彼らが700才で見せる以上に年老いて見えるのです。それでも私達は年令で物事を考え、何千年も古い習慣に支配されています。ですからあなたは古い外套を着ていては若さを感じることはできません。それがあなたに影響を与えるからです。とても良い材質で出来ていたとしても、古いドレスや服はそれを着る度にあなたに古い感じを起こさせることでしょう。ですから、古い想念も同様です。私達は新しい衣服があなたを若々しく感じさせることを知っていますし、新しい想念も私達が常に保つならばそれと同様となります。


【解説】
 人は日常抱く想念通りの者になるということは、当然の原理と言うことが出来ます。想念が最も作用を発揮するのは各自の身体及びその環境です。
 心の抱く想念を宇宙本来の生命の息吹に調和したものに保つことが出来れば、全身がスムーズな活動となり、老化が生じないことはアダムスキー氏のコンタクト経験の他にも、各自の体験から理解することが出来る筈です。
 自らに取り入れる想念を大切にすることは、60兆個もの配下の細胞を持つ私達一人一人の身体の主人公としての最低限度の義務でもあります。
 本文にある「As A Man Thinketh」と同名の本をJames Allen(1864-1912)が記していますが、そのタイトルは日本語訳の本では「原因と結果の法則」と記されているそうです。1902年に執筆されたこの本は自己啓発の書として広く知られています。昔から真理は変わることなく永続しており、今日もまた未来も変わらず続いて行きます。時代を通じて、地球上の様々な地域で真理を伝えようとする者が出現し、同種のポイントを私達に伝えて呉れているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落219

219 Now let us observe how different types of thoughts manifest. If an angry thought enters the mind the facial expression changes to represent the anger. And if a happy thought is present it expresses, etc., etc. It is no different than a sculptor who molds out of clay a thought that he has in mind. So a thought whatever it may represent is like the sculptor for it molds the facial expression to represent itself. So we as intelligent beings desiring youthful, healthy, well proportioned bodies should always have that type of thought for it will mold the body according to its pattern. And a thought of newness especially along cosmic lines is important if the body is to maintain youthfulness.
219 それでは如何に様々な想念が体現するかを観察することにしましょう。もし怒りの想念が心に入り込むと、顔の表情は怒りを表わす為に変化します。また、楽しい想念が居合わせた場合にはそれはそれこれの表情を表わします。それは彫刻家が心の中で抱く想念を土からかたどるのと違いはありません。ですから想念がどのようなものを表わすにせよ、彫刻家のようなものです。それ自身を表現する顔の表情をかたどるからです。ですから若く、健康で良く調和した肉体を望む知性的存在である私達は常にその種の想念を持つ必要があります。何故なら想念はその想念パターンに従って肉体をかたどるからです。そして特に宇宙的分野に沿っての新規性ある想念は肉体が若さを保つ為には重要です。


【解説】
 同乗記の中で宇宙の兄弟達が創造主の肖像画をいつも眺めているという記述を覚えている方も多いと思います。優れた芸術作品は私達に高い品質の印象を届けますし、私達はそれらの影響を受けて進歩の道を歩むことも可能なのです。
 想念が個々人を変化させることは、私達の心が持つ潜在的な表現力を意味する訳ですが、問題はどの種の想念を取り入れるかにあります。広大無限の宇宙は私達に探究心を与えるのと同時に、創造主との距離を縮めるような感覚をもたらすものと思われますし、人類発展のカギは、狭い地表から抜け出て、広大な宇宙空間に進出することだと思われます。
 優れた想念・印象を積極的に取り入れて、その印象に基づいて行動した結果、得る体験を通じて個人の記憶を蓄え、更には本人からも同種の想念を発する等、印象を通じたサイクルも実現するというものです。私達は印象の表現者であると同時に、他者に対しての想念・印象の発信者でもあります。自らへの影響の他に他者への影響も考え合わせれば、日々取り入れている想念の影響は極めて大きいと言えます。
 京都広隆寺や奈良中宮寺の弥勒菩薩の半跏思惟像をはじめとする仏像は、それを見る多くの人々を魅了するものですが、その微笑の奥にどのような想念があるのかを考えて見るもの楽しいのではないかと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落218

218 Let me clear the point of man being a thought. To create a form like that of man or any other, whatever is responsible for creating the form had to have a thought pattern of the form before it could be created. Man is a thinking being, for if he did not think he would not be what he is as thought is the motivating force of his being. He has to think before he can walk or eat and no matter what he does he has to have a thought as a director. And these thoughts come to him either as a combination of past experiences, associations with others, or as cosmic impressions.
218 人が想念であるという要点について明確にして置きましょう。人あるいは他のどのような物でも形を造り出す為には何者がその責務を担っているにせよ、それが創造される前にその形についての想念パターンを持たねばなりません。人は考える存在です。何故なら想念がその存在の原動力である故に、もし考えることをしなければ、人は自分が自分であることがなくなることでしょう。人は歩くにせよ、食べるにせよ、その前に考えなければなりませんし、如何なることをするにしても想念を指揮者にしなければなりません。そしてこれらの諸想念は過去の体験や他との結合として、あるいは宇宙的印象類としてその者のところにやって来ます。


【解説】
 新しさを重要とする中で、その最もポイントとなる分野は私達の想念にあるという訳です。
 各人の人格を構成するのが、その人が持つ想念のパターンということが出来る訳で、日頃どのような想念を抱くかが重要です。また、これに関連して著者はそれら想念が環境に作用し、それに呼応した状況を創り出す等、常に創造的な機能を有していることを明示しています。
 これら私達が日常選択している想念が、本人を形成する訳ですので、その想念が生き生き、活発なものであれば、それを肉体細胞が表現することは極く自然な成り行きです。しかし、その想念は一般的に言って、多くは身勝手で習慣的なものになりやすい為、私達は努めて、毎日を新鮮な想念、新しいアイデア、未知の分野への探求を進めて、創造主が用意して呉れている様々な世界を学ぶことが期待されています。
 自己の肉体細胞をその本来の生き生きとした状態に維持する為、私達は想念分野から積極的に新鮮さを保つ工夫が求められています。空を見上げれば、雲が驚くべき速さで流れている等、私達は目くるめく動的な世界に生きており、全ては流転の中の一瞬を過ごしているという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落217

217 Newness is youth as well as progress. And there is some evidence today of the effect that newness has on society. For we can observe increasingly large numbers of people who do not show their age as they did in the past because in these days of scientific discovery something new is brought to their attention almost daily. Whether they understand or not the effects are there. Since man is nothing but a thought in action, any new thought, especially of cosmic nature, will have an effect upon his body.
217 新しさは若さであり、進歩でもあります。そして今日では新しさが社会にもたらしている効果についていつくかの証拠があります。何故なら私達は今日の科学の発見の時代にはほとんど毎日のように何か新しいものが注目される為、かつてのように年令を思わせない多数の人々がだんだん増えているのを見ることができるからです。彼等が理解しているかいないかは別としてその効果はそこに出ているのです。人は行動する想念以外の何物でもない為に、如何なる新しい想念であれ、とりわけ宇宙的性質を帯びたものは、その肉体に効果をもたらすことでしょう。


【解説】
 いつの時代も若者が新しい世の中を切り開くと言われています。現状の高齢化した我が国にあって、何が問題かと言うと、それは新しいものへの意欲が薄れることではないかと考えています。
 しかし、こと肉体について言えば、ごく表層の皮膚を除けば、人間の肉体は最後の時まで、実は皆、活発に活動して生き生きとした状態を保っているのではないか思っています。つまり人間の死は肉体の本来の活動がほんのわずか立ち行かない不都合が生じた時に起こるもので、それまでは活発なる動きをしている、それによって生命が保たれているように思うのです。
 逆に言えば、肉体は本来の生命活動を維持しているのに、心が「あきらめ」や「無気力」の状態に陥り、そのことが自身の肉体に悪影響を与えてしまっているという構図です。
 これに対し自然界においては、常に新しいものが自然を支配し、繁栄していますし、自然界の生き物の中に衰えを見ることはあまりありません。旺盛なる生命力を表現するもののみが生存し、少しでも老化し、意欲を失ったものは他のものの生きる糧となったり、朽ちる等して、自然界から速やかに退場しているように思います。
 生きものを観察する中では、皆誕生した頃が最も生命を良く表現しているように思えます。イエスやアダムスキー氏が述べたように、私達はこの宇宙意識によって生み出された存在達から、多くを学ぶべきで、幼児の素直さや、やがて出る若芽や若葉のはつらつとした姿の中に生命の源泉の姿をしっかり理解することが重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落216

216 We can be thankful for the small minority of people in the world that are constantly looking for something new, not satisfied to live the doctrines of the old. It is this class of people that keep agitating the majority of the minds towards the better way of life without violence but with an understanding. The masses move very slowly and if it were not for this class of people that make them listen to the new phases, they would have been extinct long ago. Decayed by the law of monotony. But the newness that the few bring to the attention of the masses keeps them going. Slowly but surely.
216 私達は昔からの教義に満足せず常に何か新しいことを探し求めている少数の人々に感謝すべきかも知れません。暴力によらず共感をもって大半の人々の心をより良い生活の方向に進むよう促し続けるのはこの部類の人々です。大衆はとてもゆっくり動くものですし、もし新しい側面について耳を傾けるよう促すこの部類の人々がいなかったら、彼等はとうの昔に消滅していたでありましょう。退屈の法則によって朽ち果ててです。しかし、大衆の注目を引き付ける新しいものは、彼等を歩み続けさせます。ゆっくりですが、確実にです。


【解説】
 かつての人々より、現代人は長生きになっています。もちろん、医療技術の進歩、栄養摂取量の違いも大きいものと思いますが、何よりも毎日伝えられるニュースや新しい発見、次々に生み出される新製品等が老化を抑制しているものと思われます。
 また、老化は個人によっても異なります。早くから老ける方もいますし、いつまでも若々しさを保っている者も、皆様の周囲に居られるものと思われます。
 宇宙兄弟達の寿命は千年にも及ぶとされていることを考えれば、私達はこの肉体が本来の機能を大切に保持するよう努めれば、今まで考えられない程、長寿を維持出来る能力を有していることが分かります。
 宇宙を貫く意識本体は絶え間ない生命の鼓動を伝えており、現象界にあってもそれと呼応する限り、疲れを知らず、老化も無い生命を永続させることが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落215

215 You see the body is on one hand independent of the mind, yet on the other hand there are certain cell groups that are related to the mind and obedient to it. This is the cause of the conflict that a human finds himself in daily. The mind is inclined to be habitual and lazy. It would rather travel the road of least resistance than the road of progress that calls for steps yet unknown. This is why we are plagued with tradition and conventions of ancient times that no longer fit into our present way of life. But despite this, the mind must accept things from time to time whether it likes it or not.
215 おわかりのように肉体は一方では心からは独立していますが、他方では心と関係を持ち、心に従順な或る細胞群もあります。これが人間が日常、自分自身に葛藤を感じる原因です。心は習慣的で怠惰になる傾向があります。それは未知なる階段を必要とする進歩の道よりも最小限の抵抗しか無い道を歩むことを常としていました。これが私達が今日の生活方法にはもはや当てはまらない古来の伝統や因習に患っている理由です。しかし、これにも拘わらず、心は時としてその好き嫌いによらず物事を受け入れなければならないのです。


【解説】
 惰性に流されたい自分と、新しさを求めて探求しようとする意思のどちらを採り入れるかが問われています。とかく私達は安直で努力を要しない道のみを選択してしまいますが、それでは進歩から遠のく他はありません。
 必要なのは困難であるように見えても新たな心境をもたらすような体験です。その為にはそれまでの自分の心に意識を信頼させ、自分より遥かに優れた存在があることを認めさせるような感動を与えることだと考えます。
 大自然の美しさや偉大な人物の言葉をかみ締める中で、私達の心を宇宙意識を信奉させ、そこからやって来る印象に気付きたいと思わせることから始めなければなりません。
 実際、私達の心の方に帰依している細胞がどの部分であるか等、詳細の所は不明ですが、少しずつでもこれらの細胞を本来の方向を志向するよう仕向けなければならないという訳です。そうすれば、次第に身体の浄化も進むというものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落214

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON SIX
Newness, The Rejuvenator Of The Mind

214 In lesson five we showed you how the mind can get lost in the jungle of opinions.

生命の科学-学習コース
第6課
新しさ、すなわち心の若返りの推進役

214 第5課では私達は皆さんに心が意見というジャングルの中で如何にして道に迷ってしまうかを示しました。


【解説】
 第5課では私達は意識を受け入れる以前に、自らの心の呪縛という藪の中で、先の見えない手探りの暮らしを続けていることを学んで来ました。
 その問題をどのように解決して行くべきかを学ぶのが、第6課ではないかと考えます。
 教課のタイトルにあるように、新鮮さの意義について本課で学んで行くことになります。
 何事によらず、よどみや停滞は退化を意味します。私達は季節の顕著な地域に暮らしていますが、目の前の木々が目下は紅葉、やがて落葉の時を迎える一方、早春には再び芽吹き、夏には葉を繁らせ木陰を作ります。一見して動きの無い植物ですが、実際には絶えず変化し、日々新しい活動の途上にあると言えるでしょう。
 とかく惰性に陥りやすい中で、努めて新しい側面に挑戦することが如何に大切か、またそうすることが若さの秘訣となり、生命の本質的特性と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落249

249 The goal we seek to attain should be all that matters and no obstacle should prevent us from attaining it.
249 私達が到達しようと求めているゴールは大事なことの全てであるべきであり、如何なる障害も私達がそれを達成することを妨げることがあってはなりません。


【開設】
 人生を生きて行く上で、その人が年少の頃に抱いた夢や青年期に描いた将来を多少なりとも実現できれば、この地球では良しとしなければならないのかも知れません。第6課は生きて行く上での心構えと行く末に広がる希望を実現する為の諸課題の存在を私達に授けてくれる内容となっています。
 中でも、その人の気力(意欲)を春の若葉のように新鮮な状態に保つことが重要だと言っています。その若さ(新しさ)を引き出す上で課題となるのが自身の中にある古い習慣であり、その根源が各自の自我(プライド)、自画自賛です。プライドは突き詰めれば、自己の優越性を拠り所に他者を差別することにもつながっており、それが引き起こす諸問題が本人を老化させる元凶となっています。
 そのような事態を解消するのが、自我(エゴ)の意志全てを、目に見えない意識の意志に委ねることなのですが、これが単に概念で分ったつもりでいたのでは、効果は発揮できません。実際に自分を空しくして印象に従う行動をとって見て、その結果、はじめて自分が良い方向に進んでいることが確証される訳です。各自の目標の実現にはこの行動体験の積み重ねが大切です。最初はゆっくりでも一歩一歩の積み重ねによって、次第に進化のスピードもはやくなるものと思われます。しっかりした基礎から始めることが大切だと言っているのです。これで第6課を終わり、次回から第7課に入ります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落248

248 We must build on a rock foundation and not on shifting sand. So that when diversity and opposition cause a storm in our life we can stand firm and not be swept away because of a weak foundation.
248 私達は転じやすい砂の上では無く、磐石の土台の上に建物を建てなければなりません。それは、多様な変化や反対が私達の生活に嵐をもたらす時、私達が弱い基礎のせいで流される代わりにしっかり建っていられる為です。


【開設】
 頭の中で分ったように思っていても、実際には他人の言葉を鵜呑みにしていたり、深く考えて自分に当てはめて考えていない為、上辺だけの理解で済ましていることも多いものです。
 しかし、現実世界に生きている私達には、時としてその生き方を妨害するように、様々な出来事が襲って来ます。丁度、暗黒の宇宙空間を航行する宇宙船のようなもので、高速で航行すればするほど、空間に浮かんでいる隕石等の障害物にぶつかる確率が高まるのと同様です。わずかな衝撃でも自分の進路が変えられてしまうのは、その者の突き進もうとする力が弱いからです。その衝突の時にこそ、真の能力が発揮できる機会でもあります。
 自分が何処迄理解し、納得しているか、何を譲れない信念として持っているかが問われる訳です。いつも私は自分にとって最も近い存在、いつも自分の中にあって物事を相談できる存在(創造主)を持っていることが大切で、貴方の身の回りの世話をかくも甲斐甲斐しくやってくれる手足の貢献に感謝しなければならないと言っています。この二つだけは誰にも引き裂かれることは出来ず、最後まで貴方と共に人生を全うすることでしょう。
 自分の拠り所を何処に置いているかは、機会ある限り、確認した上で、次の一歩を進めることが大切です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落247

247 Yet to live this new kind of life among the many who do not, one must have un-shakable faith and patience in order to endure. For everyone will not grasp the idea immediately, humanity is very slow to change. But change it must if it is to survive. And pioneers in any field must be strong and determined if good results are to be realized.
247 しかし、この新たな生活を送る為には、そうではない多くの人達の中にあって、人は耐える為に揺るぎない信頼と忍耐を持たねばなりません。何故なら、誰れでもその概念を直ちに掴み取る訳ではなく、人間性とは変化するのに大変遅いからです。しかし、生き延びる為には変化しなければなりません。そして先駆者はどの分野にせよ、良い成果が実現される為には、強く決意しなければなりません。


【解説】
 私達はこの講座で自らの心の奥底まで入り込んだ新しく深遠な事柄を学ぶ一方で、普段通りの日常生活を送っています。山奥に住む仙人ではありませんから、様々な人達と接し、生活の糧を得る必要もあります。当然、圧倒的にこうした世間のただ中に暮らす以上、世間(地球レベル)に大きな影響を受けています。テレビ等、マスメディアの影響も受けています。
 この場合、特に自分達が学んでいることを世間の一般の人々の暮らしとは時に大きな違いがあるのは当然で、私達はそれらから影響を受けるべきではありません。しかし、逆に私達は先ずは先人として、自分の生き方を確立すべきであり、中途半端な段階の時に、やたらに世間を非難し、誤りを指摘すべきではありません。指摘しても相手が納得できなければ逆に反発を受けるだけです。私達が能力を高め、他人を十分説得させられる実績を積むことが出来れば、自ずと人は集まって来るものと思われます。
 ここで重要だと思うことは、人間はこれまでの生活を続けていれば、早晩、滅びるということです。本文では生き残る為には、変化しなければならないと言っています。つまり、一つは絶えず新しい事柄に挑戦し、自己を改革して行く気力が大切だということです。とかく習慣に流される気持から決別し、宇宙から来る印象と同調して自由かっ達な生き方を取り入れることです。もう一つは自分の心の状況を直視して、真に心から創造主の意志を実現しようと決意することです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落246

246 Examples have been used in many ways. i.e. If a dictator wants to dominate his people, he destroys those who, oppose him, as an example to others. If examples can be used in this way, why can't we set a fine example for the world to follow? We can with action and not just words and dreams. And this can be done only by living the things that we know. We must be honest and truthful to our better self before we can be honest and truthful to others. We must trust our consciousness if we expect other conscious entities to trust us.
246 例示というのは様々な方面で用いられて来ました。即ち、独裁者がその人民を支配しようと思うなら、反抗する者を他の者への見せしめとして滅ぼします。仮に例示というものがこのように用いられ得るとすれば、何故私達は世界が従うような素晴らしい例示を打ち立てようとしないのでしょうか。私達は単なる言葉や夢でなく、行動によってそれが出来るのです。そしてこれは私達が知っている事柄を生きることによってのみ、行い得るのです。私達は他の者に対して正直で誠実である前に私達のより良い自己に対して正直で誠実であらねばなりません。他の意識ある存在が私達を信じてくれることを望むなら、私達は私達自身の意識を信頼しなければなりません。


【解説】
 もちろん、言行同一であることがその人物が信用される所以です。まして深遠な事柄を学んでいる私達は、先ずは自分の理解したことだけを話すべきことは言うまでもありません。しかし、自分が自覚したことを単に話すだけでは、十分な効果を発揮できてはいないのです。自分が知ったことを具体的な行動を通じて現実世界に実現することがはるかに重要だと本項は教えています。
 駅のホームで車椅子の人が電車に乗れず困っている様子にいちはやく気付いたとしても、その人に声を掛け、手助けが出来なければ、気が付かずにその場を通り過ぎて行くその他の人間と大差はありません。具体的な行動が伴わなければその気付きを生かしているとは言えないのです。
 印象に気付くようになったからと言って、直ちに行動に移すことは、私の体験からも容易ではなく、多くは後で何故すぐに行動しなかったのだろうと悔やむ事例も多いものです。しかし、その原因を突き詰めると、そこには未だ、私達がその印象に自身を委ねてはいないことが分かります。印象が来ても私達の心はあれこれとその場で思案してしまい、結局は時間が過ぎて折角のチャンスを失っているのです。そういう意味でも、いつも不意にやって来る印象に対してスタンバイできているよう、意識に対する私達に受け入れ体制を万全にしておく心構えが必要のようです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落245

245 You must re-create your ability by manifesting it in your daily life. And then you will prove to yourself that you can live that which you have been consciously aware of. Thereby it will not only serve you, but others also by your example.
245 貴方はそれを日常の生活の中で体現させることによって貴方の能力を再創出させなければいけません。そうすれば、貴方自身に貴方がこれまで意識的に気付いていたことを生き通せることを証明することになるでしょう。そのことによって、貴方に役立つばかりでなく、貴方の事例によって他の者にも役立つことになるでしょう。


【解説】
 これまで意識からの印象に鋭敏になるにつれて、各自の才能により深く気付くようになると述べられて来ました。本来は私達はミツバチ社会の中の構成員のように、人類という一大家族の中の働きバチとして、楽しみながらも集団のため、奉仕活動に生涯を捧げるべきものだと考えられます。しかし、その働きバチが十分、所定の任務を果たす為には一匹一匹のハチに花の有り場所を察知する能力や蜜の集め方、遠い距離を往復できる飛行力等、十分な能力を備えていることが前提となります。年を重ねて身体が動かなくなったと訴えて、若いハチ達に食べ物をもらうだけのハチはハチ社会にはいないのではないでしょうか。どんな状況にあっても、最後まで活動し続けるのが自然界の生き物達です。
 本文では、意識の指導により実は自分の内部にある隠れた才能に次第に気付くようになったら、それを現実化すること、自分が感じたことをそのまま実践し、そうすることで自分を再創出(生まれ変わり)させなければならないと言っています。この命題は年令に関わらず、人間に等しく問われています。幼児から死の床にある者まで、生きている限り、自己の能力の発現に躊躇があってはならないと言っているのです。また、その生き方を他者に見せることによって、私達は他人にも良い影響を与えることができると諭しています。
 悟りを開いたからと言って、そこに安住するということはなく、次なる進歩の道を歩んで行くということでしょう。
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