生命の科学 第6課

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落232

232 This is no different than a mother who refuses to believe that her child can do anything wrong, and will not correct it. Eventually the child suffers with the parent because the parent failed to strengthen the weakness that was showing up in the child. This was caused by the mother's fear of recognizing the weakness in the child. And she added weakness to weakness instead of correcting it. Finally the mother had to face the truth, she could no longer avoid it and it was far more difficult than it would have been in the earlier stages.
232 これは自分の子供が何ら誤ったことをする筈がないと信じて、子供を正そうとしない母親と変わりありません。しかし、最後は子供がその両親に苦しむことになります。何故なら両親はその子供の中の弱さに対して強くすることに失敗したからです。これはその母親が子供の中にある弱さを認めることを恐れていることによってもたらされたのです。そして母親はその弱さを正す代わりに弱さの上に弱さを付け足して来ました。遂には母親はその真実に直面せざるを得ず、もはや避けることは出来ず、それは早期の段階に比べてはるかに困難なことになってしまったのです。



【解説】
 本項は私達が自分自身を見詰める時、どのような態度をとるべきかを示しています。
 とかく私達は何か不都合な状況の原因をそれを招いた自分自身に置くのではなく、他の者のせいにしますし、何事によらず、自身の落ち度を認めようとはしません。言い訳や言い繕いには長けているという訳です。
 しかし、やがてはその問題に向き合わざるを得ない状況になる訳ですが、その時点では支払う代償も大きなものとなっています。
 これに対し、日常から自身の問題点を自覚し、これを是正することが重要な訳です。特に本項で言う「自分の弱さ」について、具体的にそれが何を示しているのかを、各自考える必要があるのです。
 「将来に対する不安」や「健康上の問題」、「経済上の課題」等々、現代の私達を取り巻く問題の多くは、私達自身の心が拠り所とすべき存在を持てない為に生じています。どうも周囲を見てもそれらの状況に陥っているのは人間だけのようです。その違いは何処にあるのかを考え、私達自身の心が真理に対する知識が無いことに原因があることに気付く必要があります。基本的な心構えを得る為にも、自分の何処に問題があるのかを学ぶ必要があり、それを先延ばししてはいけないということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落231

231 Once the mind realizes its weakness that has caused much unpleasantness during its life, it should then be determined, even thought it is painful at the beginning, to lend itself to conscious guidance. These obstacles could arise when it tries to do this ; A thought of fear of losing its identity and authority that it has had during its domination even though it encountered many mistakes and uncertainties on its path of self-will. For lacking knowledge, it followed effects with no more knowledge than it had as it repeated mistakes, and alibied for them with a hope of bettering its position instead of correcting the mistakes.
231 ひとたび心がその生涯の間に多くの不愉快な体験をもたらした心の弱さを自覚したならば、心ははじめは苦痛と感じることがあっても、それ自身を意識の導きに委ねることを決心すべきなのです。これを為そうとする時にはこのような障害が発生することがあり得ます。つまり、例えその自己の意志の道筋において数多くの過ちや不安定状態に遭遇したとしてもその支配の間に得ていた心の独自性と権威を失うことへの不安感です。何故なら心は知識が不足している為に、それ自身と変わらぬ知識しかもたない諸結果物に追従し、過ちを繰り返しており、それら過ちを修正することに代えて自分の地位をより良くしたいと思ってアリバイ作りを行って来たからです。



【解説】
 人知れず自分に向き合う時、人は自分の弱さを実感することでしょう。何よりも将来の不確実さや、自らの健康、家族の行く末等々、数えればきりがない程、私達は不安な要素を抱えています。
 しかし、本項で著者はこれらは心の弱さであり、自尊心を捨てて意識の指導の下に生きて行くようにと諭しているのです。
 ではどのような心境を起こせば、それに沿った暮らしが出来るかが問題です。宇宙的意識が全能であり、自身もそれによって生かされていることは、知識としては理解している訳ですが、それをどのように実感し、認識しているかが問われているのです。つまり、具体的にはどのような心境を維持すべきかという訳です。
 これについては、私自身、印象・インスピレーションを大事にする、それらに従うことだと考えております。宇宙意識からの指導は常に印象・想念としてもたらされます。その精妙なヒラメキを受け止め、その持つ意義の重大さを自覚することが、第一歩のように思います。その為に、先ずはそれらの高レベルの想念波動を自ら受け入れる態勢にすることが肝要となります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落230

230 And this can only be done by allowing the consciousness with its unlimited power and knowledge to put the house in order.
230 そしてこれは無限の力と知識を持つ意識にこの家の中を整頓させることによってのみ、なされ得るのです。


【解説】
 何事も整理することが基本のようです。とかく習慣に流される私達は何ら整理を行わないまま、ただ様々なものを貯め込みがちですが、結局は未整理の山の中で暮らしているという訳です。
 悩みも同じで、自分が何に悩んでいるかすら整理出来ていないまま、無為な時間を過ごし易いようにも思われます。
 これに対し、仏教では僧侶はものを持たず、その日の暮らしを毎朝の托鉢で得た糧で過ごすべきとされています。世俗的見地からは不安定な生活に思われるかも知れませんが、僧侶の生活は「仏」を中心に据えるもので、こうした目に見えない指導的想念を据える中で、心の中から煩悩は消え去り、すっきりした状況になるものと思われます。
 今はやりの「断捨離」もこうした整理を実行し、自分にとって真に必要なものだけを取り出す、整理の過程かと考えます。自らの想念を観察することや自然界の営みを観察する中で、その中に流れる宇宙的印象を感じ取ることもこれに類似した整理を示唆しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落229

229 After thousands of years of living as we have, becoming habitual individuals, we have created habitual cells in relation to the mind. And habits do become hungry for their own food. i.e. An alcoholic's mind knows that it is not good for the body to go to extremes, but the habit is the master of the mind. The mind lost the strength of its will and the power of determination to oppose the habit so it continues as a slave to the habit. And this is true of all habits, for most of them operate in extremes. This does not mean that you cannot take a drink or do similar things, for all things are good in moderation. But it does mean that one should be determined to be the master of his life rather than have the habits master him.
229 私達は何千年もの間、このように生き、習慣的な個体となった結果、その心に関連した習慣的な細胞を造り上げてしまいました。そして諸習慣はそれら自身の食物を求めて腹を空かせるようにさえなるのです。即ち、アルコール依存の心はそれが程を越して極端になれば肉体に良くないことを知っていますが、それでも習慣がその心の支配人になっています。心はその習慣に反抗する意志と決心の力を失った為、その習慣の奴隷となり続けるのです。しかもこれは全ての習慣について言えることです。何故なら、それらのほとんどが極端に作用するからです。このことはあなたが一杯飲んだり、類似した事柄を行ったりしてはならないと言うことではありません。何故なら、全ての物事は適度であれば良いことだからです。しかし、人は諸習慣が自分を支配するのではなく、自分が自身の人生の支配人になることを決心すべきことは確かです。



【解説】
 様々な依存症は、私達の身体内部に既にその習慣に支配された細胞群が支配者になっていることを示しています。私達の長年の習慣が私達自身を支配し、その果ては苦痛をもたらす状況に行き着くだけです。
 それに対し、本項で著者は何事においても自身の人生を自分で決断し、習慣に流されるな、と説いています。これら習慣的細胞に自身を支配させるなと警告しているのです。
 そこには常に気分一新、新鮮な想念、新しい世界に対して関心を抱き、多様な生命の世界や広大な宇宙を探求しようとする心境が重要です。少年と老人との唯一の違いはその心境にあると考えます。新しい世界に関心を持ち、生命を探求する心境が若々しい心を造り上げ、また宇宙を流れる基本的な波動に沿うものとなる筈です。時は夏、蒸し暑い中ですが、青葉茂る木々の間を通り過ぎる中、セミ達の声に耳を傾け、その合唱に声援を送る気持ちも必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落228

228 The only difference between man and nature is - nature has no will of its own for as stated before, it is under the will of the All Inclusive Intelligence. Man as the highest expression was endowed with a free will mind, and it is here that he has his trouble. For the mind as an effect guides itself by other effects instead of lending its will to the will of the Cosmos. The reason that man was given a free will mind was that he might learn from The Supreme Intelligence the way and purpose of life. And he is endowed with the potential of becoming like his creator and say as Jesus did, I and the Father are One, and when you look at me you see the Father. The Venusians and other planetarians endeavor to express this daily by willing their minds unto conscious guidance. And we must do this if we are to fulfill our purpose.
228 人と自然の間の唯一の違いは、以前述べたように自然は自身の意志を持たないということであり、それは全てを包む知性の意志の下にあることです。最高位の表現物である人は自由意志の心を与えられており、そのことが人が問題を抱える所となっています。何故なら一つの結果物である心は宇宙の意志に自らの意志を貸し与える代わりに他の結果物で自らを導いているからです。人が自由意志を与えられているのには人は最高位の知性から人生の歩むべき道と目的を習うだろうと期待されているという訳があります。そして人は創造主のようになり得る能力を授けられていますし、イエスが私と父とは一つである、あなたが私を見る時、あなたは父を見ているのだと言ったようにです。金星人達や他の惑星人達は彼らの心を意識の導きに喜んで従わせることによってこのことを表現しようと毎日努力しています。そして私達も自分達の目的を達成するつもりなら、同じことをしなければなりません。


【解説】
 ここで重要なポイントは、人間とその他の生きもの達との違いです。本講座においてもよく言われることですが、人間は自由意志を持つが故に創造主から離れ、自ら迷いの中に救いを求めている事実があります。これに対して他の生きものはその意志を持たない故に、意識の指導そのものに従い生きて行く中で、苦悩も悩みもなく、穏やかな暮らしを送り、自らに託された機能を果たしているという訳です。
 ここまでは、本講座の学習者であれば、極自然に容認できるものと考えます。しかし重要なのは、何故、人間には自由意志が与えられているかという点にあると考えます。つまり、他の生きもの達は、与えられた指導的印象に従って行動している訳ですが、彼らは自然や宇宙の全容、創造主の威光の全体像を理解する存在ではないように思うからです。
 創造主の意向を理解する為に、一つ一つの現象を観察し、自ら学び知識を蓄積して行く上で、自由意志が必要なのではないでしょうか。つまり他人の意志に自身を委ねるような催眠術が有害であることや、盲信的な傾向も良くないという訳です。
 一つ一つの現実を自ら観察し、その中に含まれる教訓、即ち真理を学び記憶する中で初めて創造主を理解することになると思うのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落227

227 The cells in the toe are different from those in the finger but each group is working with the others to make the body a perfect manifestation. And the same power and guidance lends itself to all alike. This is no different than the cosmic expression in the earth's cell structure. For from the lowest expression in the mineral kingdom and through the millions of nature's manifestations the same power and intelligence is expressing in varying degrees. This law is constant and does not change to favor one form, or a planet, above another.
227 足指の細胞は手の指のそれとは異なりますが、それでも互いのグループは人体を完全な創造の現れにする為、共に働いています。そしてそれと同じ力と導きが万物に等しく授けられています。このことは地球の細胞構造における宇宙の表現と違うものではありません。何故なら、鉱物王国における最低位の表現から、そして何百万もの自然の創造の現れを通じてこれと同じ力と知性が様々な度合で表現しているからです。この法則は不変であり、ある一つの形あるものや惑星の便宜を図る為に他に優って対応を変えることはありません。


【解説】
 本項では宇宙も地球も私達の身体の細胞と同じだと説いています。全体として私達の身体が望ましい機能を果たす為に、各部位各細胞、各分子原子が他と協力してその機能を実現しているという訳です。それは宇宙を貫く法則、創造主の意思であり、その恩恵には対象の区別はありません。善人でも悪人でも等しくその恩恵にあずかることが出来るのです。
 このような抱擁的な環境の中で私達は暮らしていますが、実はそうでなかったら、私達地球人はとうの昔に滅び去っていたことでしょう。幼稚な心、自己中心な者は他と争うことはあっても、調和して生き方を求める者は少ないからです。
 しかし、長い年月の間に起こる進化の過程は、多くの生物に穏やかさと洗練された美しさを持たせるように思われます。生物の進化の過程は化石からも容易に知り得る訳ですが、どう考えても恐竜時代の生きものに比較して現代の生きものの方が穏やかな雰囲気を持っています。生物の進化の過程はゆっくりですが着実に進んで行くということでしょう。一方、その進化のスピードは私達自身がこれら宇宙の法則を理解すれば格段に速めることが出来ることは、他の惑星の人々を見れば明らかです。日々の生活の中で少しずつでも継続することが成果をもたらすからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落226

226 As stated before, the body is made of trillions of cells, grouped for perfect maintenance and operation. No different than the structure of the cosmos, and the body has all of the cosmic force supporting it. And when the human mind is working in behalf of the cosmic plan, instead of self, it never knows any unpleasant effects. For then it is free from discrimination, judgements, and likes and dislikes.
226 以前に述べたように、肉体は何兆もの細胞から成り立っており、それら細胞は完璧なる維持管理の為にグループ化されています。それらは宇宙の構造と何ら違う所は無く、肉体はそれを支える宇宙の力の全てを持っています。そして人間の心が自身の為でなく、宇宙の計画の為に働いている時は、不愉快な結果を決して経験することはありません。何故なら、その時、人は差別や裁き、好き嫌いから離れているからです。



【解説】
 私達が日常保つべき心境として、自身の肉体には膨大な数の細胞があり、それらは互いに連携し、その肉体の存続、向上に貢献する活動を行っていることを認識することです。本項ではその状況を宇宙と同じであると説いています。自身の中に宇宙と同様な仕組みが働き、多くの星々と同様、細胞群が活躍して呉れているという訳です。
 もちろん宇宙空間には調和があるのと同様に、本来の私達の身体にも類似した姿が体現されており、唯一私達の心がその調和をかき乱す存在だということでしょう。
 私達が真に宇宙的存在になれるかどうかは、私達が自身をこのように宇宙的なものとして自覚し、その探究を通じて自らの心を鍛錬し本来の純粋で素直な存在に改質するかどうかにかかっています。その為に特に費用や労力を必要とする訳ではなく、自身の内側、与えられた身体の価値に改めて気づくことにあるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落225

225 This shows that the cosmic plan is orderly, but the mental is not stable and needs guidance.
225 これは宇宙の計画は整然としているが、心は安定せず、導きを必要としていることを示しています。


【解説】
 "迷える民"とは私達地球人を最も適切に表現する言葉でしょう。その迷える民に対して様々な救いの言葉や手が差し伸べられて来ました。しかし、依然として私達は不安定な情緒の中で暮らしていますし、実社会は互いに信用ならない相手として神経を使い、また一方では自己の欲望の奴隷と成り果てており、肉体細胞はこれらの状況を反映したものとなっています。
 短い本文の言葉ですが、"宇宙の計画は整然としている"という表現は重要です。よく言う例に原子の周期律表がありますが、宇宙に存在するすべての原始をあのように整然と整理出来ること、またそれらの表の中で性質を分類できる糖については、本来宇宙に存在するものは皆、このように整理されるものかと思う次第です。
 しかし一方の私達人間はまだ迷いの中に居るということでしょう。昔読んだ岩下壮一の生涯を記した「人間の分際」というその本のタイトルは何か本文による「導きを必要としている」人間を自覚した著者(小坂井澄)から湧き出た言葉のように思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落224

224 The first group starts the fermentation. The second group makes a perfect blend of the chemicals extracted. The next group eliminates the gases that are produced during the fermentation. Finally the scavengers throw off the waste matter that is left. If this process functions naturally you will never know a sick day. But if the cells related to the mind interfere with the cells that are doing the work, by the mind becoming angry, we know what the uncomfortable results will be.
224 最初の集団は発酵を開始します。二番目は抽出された化学物質の完全な混合を造り上げます。次の集団は発酵の間に生成されたガスを排出します。そして最後は、掃除人達が残った廃棄物を捨て去るのです。もし、このプロセスが自然に機能するなら、あなたは決して具合の悪い日を経験することはないでしょう。しかし、もし心が怒ったりすることによって心に関係している細胞達がこの仕事をしている細胞達の邪魔をすれば、どのような不愉快な結果になるか私達には分かります。



【解説】
 体内に入ってから、食物がどのように消化吸収され、同時に廃棄物が排出されて行くのか、本項は具体的に表現しています。炭水化物がいわゆる"解糖系"によって発酵分解されることや、その過程で生じた炭酸ガス等を体外に排出する等の現象を示しており、これらが身体内の細胞が各々の役割を果たす中で進行するプロセスだと説いています。
 食物を呑み込んだ後に進んで行くこのプロセスこそが食物を摂る意味なのですが、私達の心はそれらを理解することなく、味覚だけの判断で食物を選択し、また呑み込んだ以降に起こっている事柄を知ろうともしない訳です。
 そればかりか、心の動揺や極端な感情から、これら正常な働きを妨害し、体調不良を引き起こすことさえあるのです。この事実を考えただけでも、如何に私達は自身の身体の中で働く優れた細胞群にいつも助けられているのかが分かります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落223

223 Here is an example of grouped cells. First we will use the ones associated with the mind. The mind is alerted to take on food due to past habits for the body needs fuel. But as stated before, the mind does not know what is to be done with the food when it enters the body. But there is a group that does know, and while the mind is entertaining itself with something else this group goes on with its work. I have used this example for years in lectures and class work, but it illustrates very well, so I will use it again. Once the food enters your body the intelligence independent of the mind goes to work on it. We will class these workers in four groups, each working in behalf of the other.
223 ここで群れになった諸細胞の例をお話しましょう。最初は心に関係した細胞群を取り上げたいと思います。心は過去の習慣の結果、食物を摂取するよう絶えず注意を払っています。肉体が燃料を必要とするからです。しかし、以前述べたように心は食物が肉体に入った後、その食物に何が起るかについては知っていないのです。それでも知る集団が居て、心が何か他のことで楽しんでいる間に、この集団がその仕事に従事します。私はこの例えを講演や教室での講義で何年も使って来ましたが、それでもこの一例は大変よく問題を表わしている為、再び用いることにします。ひとたび食物があなたの体内に入るや、心から独立した知性がその食物に対して働きます。私達はこれらの働き手を各々が他の為に働らく4つの集団に分類することにします。



【解説】
 本項では心に支配された細胞の例として、私達が食事をする際関係する内容が説かれていますが、これについては以前、勤務していた職場の上司(保健所長)がある時、肥満防止に関連して、「ここ(口)からここ(喉)までの問題なんだ」と言われたことを思い出します。つまり私達が食事を摂る際に関与する口から喉までの細胞が私達が食事を摂る際の指導的な役割を果たしているという訳です。
 食物が味覚によって心地よいものでなければ私達は呑み込みはしませんし、食べる気にもなりません。また逆に、味覚が賛同する調味料を混ぜれば、それと同じものでも喜んで食べるものです。事実、○○の素(グルタミン酸ソーダ)は世界で大量に使用され、現地の飲食産業にとって無くてはならないものとなっています。
 実はこの味覚を司る細胞こそが私達の食物摂取行動を支配しているということでしょう。しかし、実際の食物の価値は味覚で決まる訳ではなく、身体に取り込まれた後は心とは別に働く細胞群によって適切に分解、仕分けされることになるのです。以前海外であったコンタクト事例の中に、飛来した宇宙船から出てきた宇宙人から水を貰ったお礼にパンケーキを貰ったがそれが味もない段ボールのようなものであったという報道がありました。宇宙人は不要な調味料を使って味覚を楽しませる食事習慣はないのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落222

222 In the first part of the lessons we mentioned group cells that are related to the mind and take orders from the mind. 90% of the other cells take orders from the consciousness. Yet they can all be made to take orders from the consciousness, which they must do eventually if the ego is to survive.
222 教科の最初の部分で私達は心と関係を持ち、心の指令を取り入れる細胞群について述べました。しかし、90%のその他の細胞は意識からの指令を取り入れています。それでも細胞にすべて意識からの指令を取り入れさせることは可能ですし、それはエゴが生きながらえる為に、最終的にしなければならないことです。


【解説】
 私達の課題である習慣的な細胞、心の支配の下にある細胞も全体の割合としては1割に留まると本項は伝えています。実は問題はこのわずか1割の細胞が引き起こしているということです。
 従って私達自身の大部分は宇宙的であり、意識と繋がって生存している訳で、基本は優れた創造物と言える筈です。
 このように考えれば、残りの1割の細胞を矯正し、本来の道に戻すことが私達に課せられた課題であることが分かりますし、残り1割に対してどのように対処すべきかが私達の工夫が必要な所となります。しかし、これら1割の細胞も放置しておけば、癌細胞のようにやがては各臓器に拡がり、身体そのものを破壊させることになります。努めて毎日、新しい想念・印象を身体に取り入れ、各細胞をそれら新鮮な感動で潤し、細胞を宇宙的なものへ志向させることが肝要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落221

221 But if the new thoughts are going to have the results that we desire they must be given top priority and not mixed with opposite thoughts. For this creates a conflict in the body and the results are anything but good. It is not going to be easy to maintain such thoughts at first, but determination will accomplish the desired results.
221 しかし、もし新しい想念が私達が望む結果を得るという為には、それらの新しい想念は最大限の優先順位を与えられ、対立する想念と混ぜられることがあってはなりません。何故なら、こうすることは体内に葛藤を造り出し、その結果は良いものとは決してならないからです。最初の内はこのように想念を保つことは簡単ではありませんが、決意は望ましい結果を達成することでしょう。


【解説】
 私達は誰でも時として優れた想念・印象に出逢うことでしょう。より大切なことは、それを知覚した後、どのように受け入れるかだという訳です。これら新しいアイデアに対し、私達の習慣的心は対立し、結局は受け入れることなくやがて放棄してしまうことも多いでしょうし、葛藤のままで終わるかも知れません。
 そうした状況は身体に害をもたらすばかりでなく、自身をより頑なにさせてしまうことでしょう。
 私達はこのような新しい想念・印象を得るという機会に対しては最大限の優先度を与えなければなりません。具体的にはインスピレーションを感じた時には、何はさておきそのアイデアを手帳に記すとか、心を鎮めてそのアイデアの意味を思考し、自分に贈られた宝物として取り扱うことです。更にその想念・印象の源泉が何を自分に指し示そうとしているかを継続して受信できるよう、心全体をその源泉に向けることです。多くの創作活動もこれに類似したことを行っていることでしょう。私達にとって数少ないチャンスを大切にすることが肝要です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落220

220 The masters of the ages taught one cosmic principle - As A Man Thinketh So Is He. We can now see how the people on planet Venus maintain a long and useful life. For they are constantly thinking in terms of newness. And a form 500 years old, of our time, looks youthful and in the prime of life. While here on earth we look older at 40 than they do at 700 years. But we are thinking in terms of age and are governed by habits that are thousands of years old. And you cannot feel young by wearing an old cloak for it will have an influence upon you. An old dress or suit, even though made of very good material, will make you feel old everytime you put it on. So will the old thoughts. We know that new clothing makes us feel younger, and so will new thoughts when we have them continuously.
220 各時代の指導者達は皆、一つの宇宙原理を教えました。人は思った通りの者になるのです。私達は今や金星の人々はどのようにして長く有意義な人生を保っているのかを知ることができます。何故なら彼らは常に新しさの視点で物事を考えているからです。その結果、私達の時間で言う500才の肉体も若々しく生命の全盛期にあるように見えます。一方、ここ地球では私達は40才ですら、彼らが700才で見せる以上に年老いて見えるのです。それでも私達は年令で物事を考え、何千年も古い習慣に支配されています。ですからあなたは古い外套を着ていては若さを感じることはできません。それがあなたに影響を与えるからです。とても良い材質で出来ていたとしても、古いドレスや服はそれを着る度にあなたに古い感じを起こさせることでしょう。ですから、古い想念も同様です。私達は新しい衣服があなたを若々しく感じさせることを知っていますし、新しい想念も私達が常に保つならばそれと同様となります。



【解説】
 地球人から見れば超人的と思えるほど他惑星人はごく普通に数百年の寿命を持つとされています。両者の近いは何処にあるのか、私達の授業はどうして短いのかの根本的原因が本項で説かれています。
 たとえ生まれ変わりがあるとしても、長く生きた方が知識・経験の蓄積を直接活かせるという意味からも有益であることは確かです。今日「高齢化社会」と騒がれていますが、本来寿命が伸びることは喜ばしい状況と言えるでしょう。
 そうした中、著者は私達地球人の問題として、私達が日常「身に付ける」想念に新鮮さが失われている為に、それが肉体に影響して衰えさせるのだと警告しています。普段身に付ける私達の想念が宇宙的で生命活動に沿ったものであれば、老化は発生しないということでしょう。
 ジェームズ・アレンの著書の中に"As a man thinketh"という本文と同名の本がありますが、アダムスキー氏も同書を暗に引用しているように思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第6課-段落219

219 Now let us observe how different types of thoughts manifest. If an angry thought enters the mind the facial expression changes to represent the anger. And if a happy thought is present it expresses, etc., etc. It is no different than a sculptor who molds out of clay a thought that he has in mind. So a thought whatever it may represent is like the sculptor for it molds the facial expression to represent itself. So we as intelligent beings desiring youthful, healthy, well proportioned bodies should always have that type of thought for it will mold the body according to its pattern. And a thought of newness especially along cosmic lines is important if the body is to maintain youthfulness.
219 それでは如何に様々な想念が体現するかを観察することにしましょう。もし怒りの想念が心に入り込むと、顔の表情は怒りを表わす為に変化します。また、楽しい想念が居合わせた場合にはそれはそれこれの表情を表わします。それは彫刻家が心の中で抱く想念を土からかたどるのと違いはありません。ですから想念がどのようなものを表わすにせよ、彫刻家のようなものです。それ自身を表現する顔の表情をかたどるからです。ですから若く、健康で良く調和した肉体を望む知性的存在である私達は常にその種の想念を持つ必要があります。何故なら想念はその想念パターンに従って肉体をかたどるからです。そして特に宇宙的分野に沿っての新規性ある想念は肉体が若さを保つ為には重要です。


【解説】
 結局はその人の人生を長寿にさせるか、短命なものとするかは基本的には本人の取り込む想念次第であり、本人の責任と言えるでしょう。私達は理由はどうあれ、心の不安定を抱えており、些細な事柄にも自身の意にそぐわないと不機嫌になりますし、怒りさえ引き起こします。その一つ一つの想念は自身の怒りの表情を即座に作り出すと同時に身体内部にも大きなストレスを与えることとなります。
 こうした状況を長年続ける中で、私達の肉体はやがてそれに耐えられず、急速に劣化の一途を辿ることでしょう。
 一方、これに対し、どのような場面でも調和ある心境を保ち、創造主から託された任務を全うしたいとする心境を保つことが出来れば、肉体は創造の時からの状態を保つことが出来ます。
 古くから「怒りは敵と思え」という言葉が伝わっていますが、心の抱く想念への警戒を説いたものと言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落218

218 Let me clear the point of man being a thought. To create a form like that of man or any other, whatever is responsible for creating the form had to have a thought pattern of the form before it could be created. Man is a thinking being, for if he did not think he would not be what he is as thought is the motivating force of his being. He has to think before he can walk or eat and no matter what he does he has to have a thought as a director. And these thoughts come to him either as a combination of past experiences, associations with others, or as cosmic impressions.
218 人が想念であるという要点について明確にして置きましょう。人あるいは他のどのような物でも形を造り出す為には何者がその責務を担っているにせよ、それが創造される前にその形についての想念パターンを持たねばなりません。人は考える存在です。何故なら想念がその存在の原動力である故に、もし考えることをしなければ、人は自分が自分であることがなくなることでしょう。人は歩くにせよ、食べるにせよ、その前に考えなければなりませんし、如何なることをするにしても想念を指揮者にしなければなりません。そしてこれらの諸想念は過去の体験や他との結合として、あるいは宇宙的印象類としてその者のところにやって来ます。


【解説】
 繰り返しになりますが、人間を形作るのは想念だということです。私達が受精卵から今日の身体まで形成されたのも、各々の形成の過程で適切な想念が与えられ、分子原子がそれらに従って細胞を造り上げて来たからに他なりません。
 同様に誕生以後も日々取り込む想念によって、人それぞれの性格も形作られて行く訳です。それ故にどのような想念と同調するかは大切な問題なのです。良質な想念に対し常に素直で受容的な態度で受け入れ、そうでないものを自身に取り入れないよう常に監視して置く必要もあるのです。
 物質・物体に先行して想念・印象がある訳で、その想念・印象がその後の物質・物体を左右していることに気付く必要があるのです。当然好ましい想念・印象は好ましい結果をもたらすでしょうし、私達の未来も今日抱く私達の想念・印象が作用することになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落217

217 Newness is youth as well as progress. And there is some evidence today of the effect that newness has on society. For we can observe increasingly large numbers of people who do not show their age as they did in the past because in these days of scientific discovery something new is brought to their attention almost daily. Whether they understand or not the effects are there. Since man is nothing but a thought in action, any new thought, especially of cosmic nature, will have an effect upon his body.
217 新しさは若さであり、進歩でもあります。そして今日では新しさが社会にもたらしている効果についていつくかの証拠があります。何故なら私達は今日の科学の発見の時代にはほとんど毎日のように何か新しいものが注目される為、かつてのように年令を思わせない多数の人々がだんだん増えているのを見ることができるからです。彼等が理解しているかいないかは別としてその効果はそこに出ているのです。人は行動する想念以外の何物でもない為に、如何なる新しい想念であれ、とりわけ宇宙的性質を帯びたものは、その肉体に効果をもたらすことでしょう。


【解説】
 私達が日々どのような想念を抱き、受け入れているかがその人を形作って行くと言えます。幼子が毎日充実した一日を送れるのも、新しい体験を楽しみ、好奇心に満ちた時間を過ごしているからとも思います。
 一方、それに引き替え、歳を重ねるにつれ毎日の暮らしに感動も新鮮さも失いがちになってしまいます。しかし、それこそが注意すべき点です。新しい事柄や知識から私達が学び続ける中で私達は若さを保つことが出来ると著者は説いているのです。
 そういう意味では、他惑星人は学習の一環として宇宙旅行を多くすると同乗記に記されていました。自分が知らない土地や場所を見ることや他の人々と交流すること、他の文化に触れることも大いなる学習と言えるものです。
 基本的に宇宙空間には活発な想念・印象が湧き出ている訳で、私達はただそれに対し受容的な心境を保ては良く、そうすれば自ずと生命力溢れる想念を取り入れることが出来る筈です。また更に言えば、こうした状況を多くの人に気付いてもらうことが社会全体を向上させることにもなる訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落216

216 We can be thankful for the small minority of people in the world that are constantly looking for something new, not satisfied to live the doctrines of the old. It is this class of people that keep agitating the majority of the minds towards the better way of life without violence but with an understanding. The masses move very slowly and if it were not for this class of people that make them listen to the new phases, they would have been extinct long ago. Decayed by the law of monotony. But the newness that the few bring to the attention of the masses keeps them going. Slowly but surely.
216 私達は昔からの教義に満足せず常に何か新しいことを探し求めている少数の人々に感謝すべきかも知れません。暴力によらず共感をもって大半の人々の心をより良い生活の方向に進むよう促し続けるのはこの部類の人々です。大衆はとてもゆっくり動くものですし、もし新しい側面について耳を傾けるよう促すこの部類の人々がいなかったら、彼等はとうの昔に消滅していたでありましょう。退屈の法則によって朽ち果ててです。しかし、大衆の注目を引き付ける新しいものは、彼等を歩み続けさせます。ゆっくりですが、確実にです。



【解説】
 医学の進歩や映像機器から携帯電話まで様々な技術の進歩が今日の私達を支えています。そのお蔭で人々の寿命も伸びている訳ですが、一方では高齢化社会と称されるように老化問題もより顕著になっています。
 端的に言えば、他惑星人は何百年もの寿命がある中で、現在の地球の高齢者と比較すれば、同じ年齢でも格段に若々し肉体を持っていることが想像されます。本来的には私達は更に寿命を伸ばすべきなのですが、何故それが出来ないで居たかの方が問題なのです。
 日常的な心の葛藤やストレスその他で私達は自分の肉体を痛め続けている一方、心は習慣の中に埋没しがちです。そうした中で次第に新鮮さや感動というものが薄れ、老化が急速に進行するものと考えます。
 一方、自然の中では不思議と老朽化した姿を目にすることがありません。おそらく老いたものはすぐに他のものの餌食になるか、直ぐに朽ち果てて表舞台から退場するからかも知れません。しかし、それ以上に重要だと思うのは、自然界には宇宙本源から生命を刺激する印象が絶えず降り注いでおり、常に新鮮な想念が行き交い、万物はそれらに呼応して行動しているということでしょう。
 若さはこれら新鮮な想念を取り込み、呼応して活動する結果として保たれるという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落215

215 You see the body is on one hand independent of the mind, yet on the other hand there are certain cell groups that are related to the mind and obedient to it. This is the cause of the conflict that a human finds himself in daily. The mind is inclined to be habitual and lazy. It would rather travel the road of least resistance than the road of progress that calls for steps yet unknown. This is why we are plagued with tradition and conventions of ancient times that no longer fit into our present way of life. But despite this, the mind must accept things from time to time whether it likes it or not.
215 おわかりのように肉体は一方では心からは独立していますが、他方では心と関係を持ち、心に従順な或る細胞群もあります。これが人間が日常、自分自身に葛藤を感じる原因です。心は習慣的で怠惰になる傾向があります。それは未知なる階段を必要とする進歩の道よりも最小限の抵抗しか無い道を歩むことを常としていました。これが私達が今日の生活方法にはもはや当てはまらない古来の伝統や因習に患っている理由です。しかし、これにも拘わらず、心は時としてその好き嫌いによらず物事を受け入れなければならないのです。



【解説】
 随意筋・不随意筋という仕分けがありますが、心の指示による部位も私達の身体の中には多いように思われます。一方で心とは関係せず身体を支える活動をしている部分があり、私達はその恩恵により生きている訳です。
 このように私達自身の身体の中にも心に従順な細胞と意識に従順な細胞とに分かれているということでしょうし、両者が異なる方向を志向することで体内に混乱が生じることになります。
 とりわけ、何か重要な局面に私達が立った時、かつての経験にしか基づくものがなく、新しいこと未知なる体験を嫌がる心の傾向と相矛盾する事態も起こり得ることでしょう。その心に支配されている部分はやがて歳を重ねるにつれ勢力を拡大し、文字通り頑な肉体となって老人化するということでしょう。
 従って、多少の不安はあっても、どしどし新しい事柄にチャレンジすることで、これらの細胞を再教育し、柔軟さを取り戻すことが重要です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第6課-段落214

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON SIX
Newness, The Rejuvenator Of The Mind
214 In lesson five we showed you how the mind can get lost in the jungle of opinions.
生命の科学-学習コース
第6課
新しさ、すなわち心の若返りの推進役
214 第5課では私達は皆さんに心が意見というジャングルの中で如何にして道に迷ってしまうかを示しました。



【解説】
 第6課を始めるに当たって、著者は第5課の最後の部分で示した心が様々な意見の中で迷ってしまうことを改めて述べています。
 いわゆる”迷い”の状態である私達の真実の姿がこのように形容されることについては、私達は単に読み飛ばすことなく、それがどのような状況だと著者が説いているのかを分析する必要があります。
 もちろんこの中には他人の意見もあることでしょう。今日のように右から左までの多数の論者、評論家の意見がマスコミ等で垂れ流される中で、私達はどれが真実なのか、進むべき方向に迷うことはある意味、当然のことなのです。おそらくそれと同様により深く根底に及ぶ想念・印象の取扱いについても、既存の宗教は様々な主張を繰り返している為、却って私達自身が素直に現実を観て学ぶことを妨げているとも言えるのかも知れません。
 つまりは自身で展望の効いたすっきりした世界観が認識出来れば、以後の迷いは消滅すると思われますし、その為にどのような心境、心構えを維持すべきか、本課で学ぶことが出来るものと考えます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落249

249 The goal we seek to attain should be all that matters and no obstacle should prevent us from attaining it.
249 私達が到達しようと求めているゴールは大事なことの全てであるべきであり、如何なる障害も私達がそれを達成することを妨げることがあってはなりません。


【解説】
 目指す目標は各自異なるものであっても、それら全ては許容され、思うままの発展発達が出来るとしています。真の自由意志の発現です。
 元来、創造主は各自に様々な才能を与えている訳で、各自の望まれた方向に本来の能力を発揮すべきことは言うまでもありません。また次なる人生の為に下勉強も重要です。
 当課は「新しさ、すなわち若返りの推進役」がタイトルになっている通り、日々新たに更新される概念、いわば「生きている」波動全てが私達に語り掛けるヒントに沿って、新しい自分を開拓して行くことを著者は私達に託しているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落248

248 We must build on a rock foundation and not on shifting sand. So that when diversity and opposition cause a storm in our life we can stand firm and not be swept away because of a weak foundation.
248 私達は転じやすい砂の上では無く、磐石の土台の上に建物を建てなければなりません。それは、多様な変化や反対が私達の生活に嵐をもたらす時、私達が弱い基礎のせいで流される代わりにしっかり建っていられる為です。


【解説】
 何事も基礎が大事であるという訳です。即ち、少しばかりの、理解が浅い丸呑みの知識では先々寄せる世間の荒波に耐えることは出来ません。いたずらにテレパシーやその他の能力のみを志向して行くと、世間の誘惑に立ち向かうことは出来ないものです。
 先ずは目に見えない「意識」の存在にどれほど気付き、自らの肉体を存続させて下さっていることに感謝しているかが重要で、その上で自らの心を律する鍛錬が必要でしょう。しかし、これらの鍛錬は自ら求めなくても日常生活を送る中で機会は訪れることになります。様々な誘惑が訪れ、日々試される訳で、それらに対して自分がどのような行動をとり易いかを、先ずは観察し、その実態を学習する必要があります。
 その際にポイントとなるのは、「意識」への全幅の信頼と畏れかと思います。至らない自分を最後まで面倒見てくれるその存在を裏切ることのない人生を送ることだけが進化の道ということになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落247

247 Yet to live this new kind of life among the many who do not, one must have unshakable faith and patience in order to endure. For everyone will not grasp the idea immediately, humanity is very slow to change. But change it must if it is to survive. And pioneers in any field must be strong and determined if good results are to be realized.
247 しかし、この新たな生活を送る為には、そうではない多くの人達の中にあって、人は耐える為に揺るぎない信頼と忍耐を持たねばなりません。何故なら、誰でもその概念を直ちに掴み取る訳ではなく、人間性とは変化するのに大変遅いからです。しかし、生き延びる為には変化しなければなりません。そして先駆者はどの分野にせよ、良い成果が実現される為には、強く決意しなければなりません。


【解説】
 この意識の指導、印象に従った生き方は私達にとって初めての分野であり、一般世間の中に生きながらその実践をして行くことは容易なことではありません。まして今日ではTVその他多くのメディアが惰性的な情報を流しており、また一方では激しい競争社会の中で正しい道を生き抜く為には大いなる決断と実行力が求められます。
 著者はこのことを良く理解した上で、私達に他の模範となるよう、また後続の者達を導くような存在になることを求めています。生きた実践を示すことが何より重要だからです。
 とかく世間の風潮や自身の生活パターンに流されがちの毎日ですが、少なくとも今日一日、新しい発見、新しい試み、新しい体験を行動を通じて身に付け、他者に伝えられるよう秘めた決意をして向き合いたいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落246

246 Examples have been used in many ways. i.e. If a dictator wants to dominate his people, he destroys those who, oppose him, as an example to others. If examples can be used in this way, why can't we set a fine example for the world to follow? We can with action and not just words and dreams. And this can be done only by living the things that we know. We must be honest and truthful to our better self before we can be honest and truthful to others. We must trust our consciousness if we expect other conscious entities to trust us.
246 例示というのは様々な方面で用いられて来ました。即ち、独裁者がその人民を支配しようと思うなら、反抗する者を他の者への見せしめとして滅ぼします。仮に例示というものがこのように用いられ得るとすれば、何故私達は世界が従うような素晴らしい例示を打ち立てようとしないのでしょうか。私達は単なる言葉や夢でなく、行動によってそれが出来るのです。そしてこれは私達が知っている事柄を生きることによってのみ、行い得るのです。私達は他の者に対して正直で誠実である前に私達のより良い自己に対して正直で誠実であらねばなりません。他の意識ある存在が私達を信じてくれることを望むなら、私達は私達自身の意識を信頼しなければなりません。


【解説】
 空に出現する虹のように自然は時々、私達に美しい光景を見せて呉れます。これらは創造の世界の一端を私達に垣間見せているもので、私達はその光景から改めて壮大な創造の力の大きさと美しさを実感するものです。
 本講座を学ぶ私達は、既に第6課の終盤に差し掛かっており、著者は私達各々に各自実践して得た内容を他者に示すように求めているのです。各自が周囲の人達に生きる手本を示し、この学習の内容が真理に基づいていることを示して欲しいと願っているのではないでしょうか。
 もちろん、その内容は単に知識としての「生命の科学」ではなく、各自が理解し実践した経験であることが必要です。半歩先に進んだ者が後続の者の為に体験を伝授するという訳です。言い換えれば私達もそろそろ具体的なる応用事例や体験を語るべき段階になりつつあることを自覚すべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落245

245 You must re-create your ability by manifesting it in your daily life. And then you will prove to yourself that you can live that which you have been consciously aware of. Thereby it will not only serve you, but others also by your example.
245 貴方はそれを日常の生活の中で体現させることによって貴方の能力を再創出させなければいけません。そうすれば、貴方自身に貴方がこれまで意識的に気付いていたことを生き通せることを証明することになるでしょう。そのことによって、貴方に役立つばかりでなく、貴方の事例によって他の者にも役立つことになるでしょう。


【解説】
 「人間、思い通りの者になれる」とは古今東西、言われている所です。自分が抱く人生のイメージは自ら実証出来ることは大事なポイントです。
 その為には、その抱くイメージは常に清廉であるべきで、自らの事例を他者に影響を及ぼす意味からも、優れた模範になるべきことは言うまでもないでしょう。私達が取り組む一人一人の人生は、他者に影響を与えることにより大きな意義があるのです。
 しかし、前述のようにその実現の為には、意識への盲目的とも言える信頼と新しい分野に飛び込んで行く勇気も必要ということになります。自ら目指すものを正しく設定すれば、その実現に向けた一歩を踏み出したことにもなる訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落244

244 Of what value is a talent if you do not use it? Suppose you have the talent of a great artist and know it, but all you do is to think and dream about it. And never bring it forth into reality which takes action to accomplish, so you never profit from it. You do not even prove to yourself that you could manifest your dreams and make them a reality. So all of your dreams and prayers regarding your talent are still unknown and remain in the dream state. And this will continue until you decide to express your latent ability. For then and then only will you prove to yourself that it is real and livable. And so it is with self development - the potential of all that we have spoken of is within you, but it will not do you or anyone any good as long as you do not bring it forth.
244  もし貴方がその才能を使わないとするなら、才能に何の価値があるでしょう? 貴方には偉大な芸術家としての才能があったとし、貴方がそれを知っているけれども、貴方はそのことを考え、夢見ているだけの状況を考えて見て下さい。そしてそれを達成するには行動を必要とする現実世界にそれをもたらすことが無かったとすれば、貴方はそれから何らの利益を得ることは有りません。貴方は自分の夢を形に表わし、それらを現実にできるということを自分自身にさえ証明していないのです。ですから、貴方の才能に関する貴方の夢や祈りの全ては未だ知られることなく、夢の状態に留まっています。そしてこのことは貴方が自分の潜在する能力を表現しようと決意するまで続きます。時として、貴方はそれが本当であり、生きたものであることを自分自身に証明することしかないのです。ですから、それは私達がこれまで話して来た貴方の内部にある全ての可能性である自己発達とも同期していますが、それは貴方が現実化させない限り、貴方や誰に対しても良いことをもたらすものではありません。


【解説】
 私達各人の内部にはこのように溢れるばかりの才能とそれを授ける英知が備わっている訳ですが、それを現実の形に表現する為には、各自、自らが行動を起こす必要があります。実は英知はそれを期待して才能を授けているのです。
 しかし、私達は多くの場合、夢ばかりを語り、それを具体的な行動として現実世界に適用しようとはしないようです。一歩踏み出すことには、決意と一段と進んだ"英知への信頼"が必要だからです。行動を通じて新しい体験が生まれ、自らの欠点も明らかになる訳で、行動をして見なければ、新しい展望は掴める筈もありません。
 その為には古い習慣を潔く捨てて、常に新しい展望を求めて研鑽を続けることが重要で、新しいテーマに挑戦する姿勢は年齢にかかわり無く持っていたいものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落243

243 At first it will seem like an impossible task, but everything at one time looked impossible, even learning to walk. But constant diligence brings success. Seldom does man find gold on the surface and so it is with this. Man must dig deep to see reality.
243 最初はそれは不可能な任務のように見えるでしょうが、歩くことを学ぶ時でさえそうであったように何事もかつては不可能に見えたものです。しかし、変わらぬ勤勉さは成功をもたらします。金はめったに地表に見つけることはなく、このことも同様です。人は現実を見る為には深く掘り進めなければなりません。


【解説】
 一度、本を読んだからといって著者が伝えたかったイメージを正確に掴むことは難しいものです。まして長年暮らしてきた生活を見直して真の自我に気付き、意識の偉大さを実感、その声を聴けるようになるまでには相当の努力が必要でしょう。
 しかし、著者はこれは真面目に取り組めば、赤子が歩けるようになるのと同様、必ず実現できるとしています。そもそも私達の生きる目的がそこにある以上、私達は少しぐらいの失敗で諦める訳には行かないのです。
 その為には、いたずらに表層的な事象に囚われることなく、物事の本質や深層について理解しようと研究することが重要だという訳です。とりわけ各自の日常的な生活の中での心の活動や意識から来る印象類についての観察は重要な所です。観察はしていてもとかく心の抱く時々の感情に流され、気が付くと客観性を忘れていることが多々ある訳で、実践は容易ではないのですが、少しずつでも心の動きを観られ、印象にも鋭敏になれる自分であるよう努めることが肝要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落242

242 And all of this is present within you now, like the feeling of how you would like to be treated by others, so just return the same to all forms of life. But do not give up because you do not succeed on the first, second or third try. Just become more determined to master the situation. And the more determined you are the better the results will be.
242 そしてこの全ては、丁度、他の者にそう扱われたいと思う気持のように現在の貴方の中に存在しますので、ただ生命のあらゆる形あるものに同じことを返せば良いのです。しかし、貴方が一度や二度、三度の試みでうまく行かなかったからといって諦めてはいけません。その状況に熟達するにはより深く決意すれば良いだけです。そしてより深く決意すればする程、より良い結果が付いて来ることでしょう。


【解説】
 こうすることで生まれる自身の内側の平安を、自分が意識から授けられたように、他のいわゆる生物、無生物を問わずあらゆるものに与えよということです。
 しかし、その努力も最初の内はうまく行かないかも知れないが、それを続けよと言っています。私達は通常、自分の要望を念ずることはあっても、他者に対して自分が望むような幸せを捧げようとはして来なかったことを反省すべきでしょう。奉仕とはそのような行動を示すものです。
 これらの生き方が指針になれば、この地上も世の中、次第に良くなって行くことは間違いありません。私達が本講座のような学習を続けることの意義の中には、自身の成長に加えて、私達自身が他者に対して良い影響を及ぼすことが期待されていることがあります。
 一つ一つは砂粒ほどの大きさでしかありませんが、それらが互いに影響を及ぼすことで、広大な砂浜全体が輝く存在になるのと同様です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落241

241 Then you will begin to live as the Venusians and others do and discrimination will no longer be a part of your life. When you are able to do this and every one is, your mind shall witness things of far greater beauty and peace than you have ever known. And your body will manifest the evidence of the perfection to be.
241 そうすれば、貴方は金星人達や他の人達のように生活し始めることでしょう。そしてもはや差別は貴方の生活の一部になることはないでしょう。貴方がこのことを成し遂げられる時、また誰でもそうですが、これまで知らなかった遥かに偉大な美しさと平安さを目撃することになります。そして貴方の肉体はその完璧さの証しを体現するようになるでしょう。


【解説】
 このように私達が本来の心のありよう、即ち意識からの印象に頼って生きるようになると、変化が生じるとしています。それは本項にあるように、いわゆる美しさに対する感性が高まるという訳です。
 状況は各自の背景やこれまでの歩みによって異なりますが、私が個人的体験を基に言えることは、風景や事物、他者に対する感性が高まることに、間違いはありません。他人(ひと)が見落としている美しさや自然の光景に極めて鋭敏になれる気がします。
 これらはほんの一端ですが、印象に鋭敏になればなるほど、芸術性の高い暮らしが出来るものと思われますし、また身体の健全度も増すものと思います。写真や絵画等の腕前も上がるかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落240

240 And you do not have to give up anything that you enjoy in life now, but replace the extremes that are indulged in with moderation. And permit your mind to see God manifesting in all forms of life and in every cell that makes up the form. For the life of any form and that of a cell is the life of God expressing in varying degrees through the many forms.
240 そして貴方は現在の生活で楽しんでいるどのようなものも諦める必要は無く、ただ欲しいままにしている極端さを適度さに置き換えるべきなのです。そして貴方の心をして、あらゆる生命の形あるものの中、そしてその形を作り上げている一つ一つの細胞の中に神の現れを見させることです。何故なら如何なる形あるものの命、細胞一つの命も皆、様々な形あるものを通じて多様に表現される神の生命であるからです。


【解説】
 意識に従う生活の中で、何か特別な制約がある訳ではなく、従来どおりの生活をして良いとしている点に注目です。特別な「行」に専念して、従来の暮らしを捨てるようなことはしなくても良いと教えているのです。更に自分の趣味も極端にならない範囲内で続けて良いとしています。
 重要な点は、「あらゆるものに創造主の現れと意図を見よ」ということです。通常、私達の目はものの外観しか認知しませんが、同時に因から来る印象を感知することで、その内部の精妙な生命活動をも知覚できるようになるという訳です。このことを最も重要視して取り組めとしています。
 その為には、印象を心が感知する必要があり、先ずは心自体があらゆる存在に対して謙虚になる必要があります。印象を受けるにはその発信者を先ずは受け入れる必要がある訳で、創造主からの印象を受けるには、私達の側に発信元である創造主を受け入れる態勢がなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落239

239 And it makes no difference how many books you read, or how many religions you embrace, or how many courses you may take and teachers you may have, not any of these will bring this reality to you unless you do as the prodigal son did. Die in the pride of the will and the ego and be reborn in humility and the WILL OF CONSCIOUSNESS.
239 そして貴方が如何に多くの本を読んだかとか、如何に多くの宗教を奉じたか、如何に多くの教科を受講し教師を得たかといった事柄は貴方がその放蕩息子がしたように行わない限り、そのどれひとつもこの現実を貴方にもたらすものではありません。自分の意志のプライドと自我を葬り、謙虚と意識の意志の中に生まれ変わることです。



【解説】
 自分と真剣に向き合わなければ何をやってもダメだということでしょう。確かに他人(ひと)から話を聞いたり、本を読んだりして、その時は納得したように思えても、振り返って自分自身の心の動きの実態を観たり、対する自分自身の親とも言える意識の働きについて知ろうとする努力がなければ、それは一過性の気分で終わってしまうのではないでしょうか。
 自分自身がこれからどう生きようとしているのか、自我を捨てて、意識の印象に帰依することが何よりも優先すべき問題である訳です。
 著者は様々な箇所で人間を家に例えています。その家の中に両親(意識)と暮らしているのが私達なのですが、その本来の家からさまよい出てしまった所に今日の問題がある訳です。なお、家にある窓を私達の心(感覚の心)に例えていること(「生命の科学」第396項)も興味深いものがあります。外界の情報を伝える窓自体が勝手に光景を判断し、それを自分の解釈を加えて着色するところにも問題がある訳です。自分の家でどう暮らして行こうとするのかが、問われています。
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