生命の科学 第3課

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落107

107 You may say here, it is a mess. Yet it is the product of the exalted ego or human mind. For it no longer allows itself to be guided by the consciousness or creator.
107 ここであなたは、それを乱れと言うかも知れません。しかし、それは増長したエゴ、即ち人間の心の造り上げた所産です。何故なら、エゴはそれ自身を意識あるいは創造主によって導かれるものとはしていないからです。



【解説】
 本項で著者が私達に説いているのは、私達が直面している状況は全て私達の心の反映、私達の精神状況を映し現実化しているということです。良くも悪くも私達は自らの心を映す環境の中で暮らしていることであり、あらゆる想念が創造作用を持っているのです。
 しかし、このような状況は決してあきらめるべきものではありません。実に私達の身近に、自分の手足よりも近い場所に創造主と繋がる存在、宇宙的意識が存続し、私達を支え続けて呉れているからです。
 また同時に、圧倒的に大きな自然環境、人間の手が加えられていない大自然には未だ地球本来のパラダイスが広がっていることでしょう。身近な自然の中にも季節の移ろいに呼応した草花草木、小鳥や虫達の営みを見ることが出来ます。多くの人達が野鳥観察や草木の写生を好むのはそれらの生き生きとした姿に宇宙本来の生きものの姿を認めるからだと思います。
 私達はこれら身の回りの自然を教師として、自分本来の生き方、即ち日々の暮らし方を見直すことが求められています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落106

106 We can see the results, for the whole world is living under the cloud of fear one against the other. And no one trusts another human being.
106 私達はその結末を見ることが出来ます。何故なら、全世界が相互に対する恐怖の雲の下で生きているからです。そして誰一人として他人を信用してはいないのです。



【解説】
 最近は自宅のメールアドレス宛にウィルスを送りつける者が多くなって来ました。それも何らかの”請求書”とか”資料の送付”とかを装うもので、添付ファイルを開くとウィルスに感染し、データが盗まれたり壊されたりするものと思われます。この状況を見るとつくづく現代社会も落ちるところまで落ちて来たなあと思う次第です。
 本書が執筆された当時、著者が記しているように、既にこのような状況は世界的に起きつつあったということでしょう。
 こうした中、私達はどのように生きて行くべきでしょうか。もちろん降りかかる危険については早期に察知し、その隠された意図を見抜いて、それらに関わらないことはもちろんです。しかし、それだけでは十分ではありません。私達各人はこれら暗闇の世の中をそれぞれの場所で灯火をともす者となるべきでしょう。「宇宙哲学」の表紙にはタイマツがデザインされていました。一人一人が暗黒の世の中で人々の足元を照らす光となることが求められています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落105

105 This shows that there are two stages of intelligence in the human form. One the Cosmic - directing the functioning of the body. And the other - mental opposition that causes the suffering in the body. A Clergyman expressed this well when he said that humanity has become Un-Godly. This is true, for people no longer look to the Creator for guidance, and they do not have faith in the giver of life. And as a result, they exercise their free-will to the full extreme under the master of fear. So greed has taken over, and it is like a cancer which is bound to destroy this civilization if it continues. These are the fruits of the free-will, where one Will does not trust another. But how can it when the will of man does not trust the Will Of The Creator or consciousness?
105 このことは人体は知性において二つの段階があることを示しています。一つは人体の機能を指揮している宇宙的な存在、そして他は人体に苦痛をもたらしている心の反抗です。ある牧師はこれを人類は神を敬わなくなってしまったと言ってこのことを良く表現しました。これは導きをもはや創造主に求めない人々にとっては真実ですし、彼等は生命の贈与者に信頼していないのです。その結果、彼等は恐怖の主人の下、最大限まで自分達の自由意志を行使するのです。そのため、貪欲が支配するようになりましたが、それはもし続くならこの文明を滅ぼすことになる癌のようなものです。これは一つの意志が他を信用しない所に実る自由意志の結実の結果です。しかし、人間の意志が創造主の意志、あるいは意識を信頼しないとしたら、どうなってしまうことでしょう。


【解説】
 最近の報道では世界の富豪62名の総資産が世界人口の半分、36億人の総資産に等しいと伝えられていました。しかし、その一方で冬空の中、一日中、外で交通誘導に従事して来た人が、その埃と冷え切った身体で帰宅の途に付く姿を目にしました。日本でも人々は厳しい状況の中で懸命に日々の生活を送っているのです。しかし、そうした一方で、このような富裕層が増加し、貧富の差が広がって行くのが地球の現状なのです。
 もちろんその打開策も税制その他の面において必要でしょうが、その本質的問題は本項に記されているように、自由意志による無配慮は貪欲社会に辿り着くことだと思われます。
 これらの問題は惑星自体の末期症状とも呼応するものと思われますが、私達は現段階で、原点に踏みとどまり、私達の自由意志から宇宙に源を置く創造主の意志に転換する必要があるのです。自由意志の帰着点が現状の地球の状況だと見做すべきなのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落104

104 Fortunately there is a harmonious law that works through the body independent of the mind, or the body would not last the years that it does.
104 幸いなことに、身体の中には心から独立して働く調和ある法則があります。そうでなければ、人体はそのように何年も持続することは無いでしょう。



【解説】
 最近、日本では高齢者の定義年齢として75歳が提案されたとのことです。それほど、日本人の寿命が伸びて来たことになります。今では60歳を越えてもなお働き続けることは極普通のことですし、今後迎える高齢化社会もこれら高齢者自身が社会貢献することが唯一の解決策となることでしょう。
 実は人間の寿命は更に長寿命を保てるだけの潜在能力が備わっており、宇宙と調和して働く仕組みがあると本文は示唆しています。これまでは荒れた心や恐怖心その他の不協和音を帯びた想念が肉体を蝕んでいた訳で、それら肉体本来の働きを妨げていたということでしょう。
 同乗記には1000年を超える長老のお話が掲載されていますが、人間本来の寿命は同乗記の長老を考えれば、地球人類も本来の寿命は更に伸びるのかも知れません。宇宙法則の中では時間というものはあまり意味を持たないのかも知れません。寿命が尽きても次なる肉体が用意されるのであれば、永続する存在となるからです。毎日の時間を如何に充実させるかが重要となるだけです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落103

103 The Divine Will always expresses in perfect harmony and causes no distortion in any manifestation. That is why the human form under this will manifests so well. And yet it is abused more than any other form known, by the free-will or will of the ego. i.e. When one eats a meal, the mind or the will of man knows not what is to happen to the food in the body. And if the ego is in a happy harmonious state the food will be beneficial to the body. On the other hand, if the ego is disturbed, confused or tensed and out of harmony with the law, or consciousness, indigestion is bound to follow causing gas around the heart and constipation. Proving the Divine Will, will not lend itself to the distorted will of man. So man pays the price for the distortion through pain and suffering. And this is the only way that some people can learn.
103 聖なる意志はどの創造物においても常に完全な調和をもって表現し、如何なる歪みも生じさせません。それがこの下にある人体がかくも申し分無く現出している理由です。それに加えて人体はエゴの自由意志、つまりは意志によって他の如何なるものよりも酷使されています。即ち、人が食事を摂る時、心や人の意志は肉体の中で食物がどのようになるか知りません。もし、エゴが幸せな調和ある状態にあれば、食物は肉体にとって有益なものになるでしょう。他方、もしエゴが掻き乱され、混乱しあるいは緊張して法則や意識と調和出来なくなっている場合には、消化不良になり、心臓の周囲にガスを発生させたり、便秘を引き起こします。聖なる意志は人間のねじれた心にはご自身をお委ねにはならないとしましょう。そうであれば、人は痛みや苦痛を通じてこのねじれに対して代償を支払うことになります。そしてこれこそが、ある種の人々が学べる唯一の方法なのです。



【解説】
 唯一、私達各人の心だけが宇宙全体の調和を乱し、問題行動を起こしているという訳です。よく”心を無にして”という表現をしますが、心を無にした結果、何も無くなるということではなく、代わってこの宇宙くまなく存在する聖なる意志が顕在化し、私達を助けるということに繋がるのです。
 心の驕りを戒め、常に謙虚に保つことで、私達は自らこの宇宙の英知とも言える普遍的な知性に親しみ、支援を受ける立場を堅持しなければなりません。このことはイエスが「幼子のようにならなければ」と言われたこととも通じるものです。やって来る宇宙的な印象に対して率直に受容し、その主旨に沿って行動する姿勢が大切です。
 また、本文ではこれら創造主の意志は人間のねじれた心には関与しないとも記されています。つまり、私達の心に左右されることなく、物事を指導している訳で、たとえ私達の心が法則を受け入れず、その結果、不愉快な結果を得たとしても、それらから影響を受けることなないということです。それらの好ましからざる結果を通して私達は自らの行動や取り入れた想念レベルを反省する必要があるだけです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落102

102 All nature, with the exception of man, operates by the will of Cosmic Law. In plain, nature lends itself to the law, or the will of the Creator. Yet the form of man operates under the same law that nature does, while the free-will of man operates contrary to it.
102 すべての自然は人間を例外として除けば、宇宙の法則の意志によって動いています。簡単に言えば、自然は自分自身をその法則、創造主の意志に委ねています。一方で人間の身体は自然と同様、同じ法則の下で動きますが、人間の自由意志だけがそれに反して働いているのです。



【解説】
 自然界の中で勝手気ままに過ごしているのは人間だけという訳です。その人間も人体は他の生命体と同様、宇宙の法則に従っているのです。本文ではこの宇宙の法則に従う行為を”自らを宇宙の法則に委ねる”と表現しています。”他力本願”はこのことを示唆しています。
 つまりは自己の意思を無にして、宇宙本源から来る助言を信奉し、それに従うという創造主に従順な生き方をしているということです。その為には、先ずは宇宙の法則に気付く必要がありますし、やって来る印象を感知する必要があることが分かります。
 言い換えれば、想念・印象の感応能力に優れているとも言うことが出来るのです。一方の私達はそれら宇宙本源に由来する印象に気付くことなく、粗雑な自らの意志により行動していることになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落101

101 And the ego must learn how to apply the impressions that come from the guidance of the THY WILL which is the conscious will, instead of the will of the mind. If a harmonious life is to be enjoyed, the will of the mind must submit its will to the will of consciousness, then the THY WILL is done. The difference between the two is - the conscious or THY WILL does not force itself. It is kind and mellow in its expression, while the ego will is aggressive, domineering and self-centered. Conscious will knows no fear - the ego will fears all through life and makes many mistakes.
101 そしてエゴは心の意志に代わって意識の意志である「汝の意志」の導きから来る印象をどのようにして応用するかを学ばねばなりません。もし、調和ある生活を謳歌するなら、心の意志は意識の意志にその意志を委ねなければなりませんし、そうすれば汝の意志が行われるでしょう。これら2つの違いは意識あるいは汝の意志はそれ自身を強制しないことにあります。その表現はやさしく、豊潤ですが、一方、エゴの意志は攻撃的で横暴、自己中心的です。意識は恐怖を知りませんが、エゴはその生涯を通じて恐れており、多くの過ちをおかすのです。



【解説】
 いずれにしても日々、私達は何らかの意思決定をして行動に移すことになります。しかし、これまでの私達は自分の限られた心の範疇の意思しか知らないまま、問題だらけの行動を起こし、痛い体験のみを積んで来ました。
 しかし、既に学んでいるように、私達の内部にはもう一つの存在があり、宇宙の本源と通じるものが存在し、私達を支え続け、養い続けて呉れています。本文ではこれを「汝の意志」と表現されていますが、それは無言の意識の意志とも言えるものです。
 このどちらを採択すべきかは明らかなのですが、現実には私達は自分のレベルに近いエゴの意志、心の意志に従い易いのです。実際にどのような想念・印象に従うべきかは説明が難しいのですが、それでも実は大切な印象・想念ほど、精妙、微妙なものであるように思います。それらに気付く為には、常に心を止水明鏡のごとく鎮めて置き、僅かな振動にも気付くこと、またそのような高い次元の想念周波数に同調出来るよう、自らを高めて置く必要があることは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落100

100 As we observe the harmonious blend in nature, we do not find the same in man. The reason for this that man has a free will and he must learn how to apply the law of the Creator. Through which he will learn the right and wrong usage of it, if he is to become an instrument of full expression. And this is the purpose of his being. He must school his ego sense mind in coordinating all of the senses, as we explained in the previous lesson. This is comparable to a musician tuning the strings of his violin that each may blend with the other, if a harmonious melody is to manifest.
100 私達が自然の中で調和した融合を見る一方で、人間にはそれと同じ(調和)を見ることはありません。この理由は人には自由意志があり、人は創造主の法則を如何にして応用するかを学ばなければならないからです。人は完璧な表現ができる一つの楽器になる為にはその過程を通じて正しいあるいは誤った応用例を学ぶことになるのです。そしてこれこそが、人の存在の理由なのです。前課で述べましたように、人は自分のエゴの感覚心を全ての感覚と調和するよう鍛練しなければなりません。これは調和あるメロディーが現出する為には、音楽家が自分のバイオリンの各弦を各々が他と融合するように調律するのと同様です。



【解説】
 これまで自由意志については、人間に与えられたものと漠然と考えがちでしたが、よく考えればそれは私達各人に与えられたもので、その活用については各人の責任に委ねられているということに気付きます。
 即ち、どのように日常生活を過ごし、日々の精神生活を送るのかについては全く各人に委ねられているという訳で、調和ある生活を送るか否かは実に本人次第ということになります。
 しかし、当然のことながらお手本や模範は必要であり、本書をはじめとする学習書や数多くの教師が地球を訪れて来たということでしょう。それでもどのような人生を送ろうとするかは、全く本人の意志次第であり、その成果も本人に帰すべきものということになります。
 自分が自身に内在する宇宙的要素を如何に発現、表現するか、その生き方を決断するのは私達自身であり、他者が指示することは出来ない訳ですが、それでも他の手本となる生活を築くことが出来れば、その者は他の者の教師となれる筈です。多くの教師が輩出することで、世の中は次第に本来の姿に戻って行くことでしょう。各人の生き方、日常の過ごし方、日頃の想念の抱き方が世の中に与える力は大変に大きいものだと考えています。内村鑑三の”後世への最大遺物”もそれを指しているものと言えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落099

099 Man's mind could be compared to a detector tube in the T.V. set which cannot function until the power is turned on. And consciousness is the power and intelligence that motivates the mind through the process of the breath of life. And without this breath which we call air, nothing could live. Not even a grain of sand, for everything depends upon it. As it manifests through the various forms it brings forth a complete melody, expressing life in its fullness.
099 人間の心は電力が投入されない限り、機能できないテレビの検波管に例えられることが出来るでしょう。そして意識は生命の呼吸という過程を通じてその心を活性化する力であり知性です。そして私達が空気と呼ぶこの呼吸が無ければ、何物も生きることは出来ません。一粒の砂でさえもです。何故ならあらゆるものがそれに依存しているからです。そしてそれが様々な形あるものを通じて姿を現している為、それは生命を豊かに表現する一つの完璧なメロディをもたらしています。



【解説】
 私達が知覚すべき”意識”なるものの具体的な作用と役割について本項は分かり易く私達に説明しています。そもそも私達の人体とはどのようなものか、そして”心”と”意識”の関係は何かということについてです。
 また、著者は私達が呼吸する空気の持つ役割について説いている点についても注目したいところです。ヨガをはじめとして呼吸法を説く分野も多い訳ですが、その空気を呼吸する動作は、それによって私達の身体に取り込まれた酸素が活用され、代謝において生成する二酸化炭素の排出という重要な役割を持っていることは私達の知るところです。その呼吸が実はもっと深遠な役割を持っていることが示唆されているのです。また、本文に記されているように万物の存在にとっても、空気は必要不可欠であることも重要な部分です。
 このことは宇宙空間には大気があることを示唆している訳で、他惑星も地球とその状況は大差のないことも示すものとなっています。
 呼吸はこのように私達の生存に不可欠であることは、息が出来なければ死んでしまうことからも明らかですし、ヨガその他の修行に占める正しい呼吸法の修得は、本文が説くように呼吸に伴う生命力、意識の働きとも関係することをしっかり認識、記憶し日常生活に応用することだと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落098

098 So it is with man. For he has all the potentials of expression built in, as it were. And he must inhale and exhale the breath of life to be of service. Should he cease breathing he would become a stilled instrument without any motion. Yet to inhale and not exhale the continuous state of life expression would cease. THE BREATH OF LIFE must pass through the form continuously for it to be active. It is comparable to the ether waves that feed the television set. Notice that the breath of life and the ether waves are everywhere and know no barriers, but they need an instrument to express through.
098 それは人間にも当てはまります。何故なら、人は内部に言わば全ての表現力が組み込まれているからです。そして人は役立つ為には、生命の呼吸を吸込み、吐き出さねばなりません。人がもし呼吸を止めたとしたら、何らの行動もしない静止した装置になってしまうでしょう。また、吸込むだけで吐き出さなければ、生命の継続状態は止まってしまうでしょう。「生命の呼吸」は形有ある物が活動的である為には絶えず体内を通っていなければなりません。それはテレビを養っているエーテル波に例えることができます。注意して欲しいことは、生命の呼吸もエーテル波も何処にでも存在し、それを妨げるものは無いのですが、それらは表現される為には道具が必要なのです。



【解説】
 あらゆる才能が各自に備わっており、要はそれを如何に引き出し表現するかが、課題となるということです。テレビ受像機の例のように、私達はその才能を表現する為には、電力即ち生命力を必要とする訳で、その生命力を常に呼吸し、吐き出す必要があります。
 つまりは自身に取り入れた生命力を、今度は自身の才能を開花させ、表現されたものとして社会に放出、表現することです。
 よく人間の役割を生命力を通すパイプであるとされて来ましたが、本来の意味は現実世界に向けて、生命の意図する姿を表現し、世に示すことかと考えます。
 本文にあるように、生命力はあらゆる場所にくまなく存在し、その表現者を待っているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落097

097 We can use the television set again, as a good example. The set in itself has no power or intelligence. But there are instruments in it equivalent to the brain or mind of man which cannot act until the power is turned on. When this is done, intelligent expression follows. Let us say that the intelligence is inhaled into the set through the ether or radio waves which carry the message. And as they come into the set the expression takes place, and not only the message comes through, but the individuals are shown as a living image on the screen. As I understand it, there are 80 different frequency channels in this nation over which programs are carried. Each channel is separated from all the others, yet some are so close that they encroach upon another. This calls for a very fine instrument to keep them separated. All channels use the same power and the same law, but there are sets that can only pick up a few channels. Yet all must depend upon the power and the ether waves to be of service. And they must inhale and exhale the waves to have the continuence of the program.
097 テレビ受像機を再び好例として述べましょう。テレビ自体には電力も知性もありません。しかしその中には電力が入れられない限り行動出来ない人間の脳や心に相当する装置があります。それが為されると、知性的な表現が続いて起るのです。メッセージを運ぶエーテルもしくは電波を通じて知性がその受像機に吸込まれると言うことにしましょう。そしてそれらが受像機に入るや、表現が起りますし、スクリーンに個人が生きているイメージで映し出されます。私の知る限り国内には番組を放送している80の異なる周波数チャンネルがあります。各々のチャンネルは他と分離されています。この為、それらを分離し続けるにはとても繊細な装置が必要になります。全てのチャンネルは同一の電力と同一の法則を用いていますが、中には数チャンネルしか受信できないテレビもあります。しかし、全ては機能を発揮する為電力とエーテル波に依存しているのです。そしてそれらは番組を継続する為にはこれらの波を吸込み、吐き出す必要があります。



【解説】
 とかく私達は自分(エゴ)が自らの身体をコントロールし、これまでの知識からあらゆる事柄を自由に推し進められるし、そのようにして来たと考えています。しかし、よく考えれば、このテレビのたとえのように、私達は電波に乗せられた情報・知識を再現するテレビ受像機に過ぎないことが分かります。
 即ち、本文にあるようにテレビ受像機自体に番組のコンテンツがあるのではなく、それは単に電波を体内に取り入れて、その電波が刻々に示す知性を表現しているのに過ぎません。知性の内容は送り手の側にあるのです。
 そういう意味では、私達は英知の表現者であり、仲介者ということになります。時々刻々湧き上がる想念・印象を如何に損なうことなく、体現するか、現実世界に表現するかがそのテレビ受像機の価値となる訳です。高性能のテレビになる為に、私達は心身共に精進する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第3課-段落096

096 The Creator gives us the power of life, and intelligence through the avenue of consciousness. The personal ego mind can use this in accordance with the law or it can transgress the law and receive either bad or good results, as with the electricity. Every individual has been granted this free will.
096 創造主は私達に意識という大通りを通じて生命の力(パワー)と知性をともに与えています。個人のエゴ(自我)の心は法則に従ってこれを利用できますし、法則を逸脱することも出来ますが、その結果、電気の場合のように良い結末あるいは悪い結末を得ることになります。各自は皆、この自由意志を許されているのです。



【解説】
 私達の自由意志とはどのようなものかについて、本項では説かれています。
 創造主から示された法則を正しく用いることも、誤った方向に応用することも私達自身に委ねられているという訳です。
 これまで私達はただ自分本位に法則を利用することだけに生きて来ました。本来はその法則をより正しく用いることが求められている訳です。自らに与えられた生命力と知性をどのように活用するかは私達各人に任されている、そのことを自由意志と称しているのです。
 しかし、その応用の結果については創造主の責ではありません。原子力は物質の本質に迫るエネルギーを解放させる意義もありますが、大量殺戮に活用しようとするのは全く人間の側の誤りであることは明らかです。またその結果、文明が滅んだとしてもそれは人間の側に責任があるのです。
 私達は自由意志の中に生きていくべきですが、自ら学び経験を重ねる中で、真に学ぶべきことはそれら生命力の贈り手の意思であり、贈り手の意向です。身近な意識の中にその息吹を感じ取ることが重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落095

095 i.e. An electric socket is made to hold a light bulb and not for a finger to be placed in it when the current is on. Even when it is not, should one be standing in moisture, he can receive a shock. If one gets hurt or has an unpleasant experience by the misuse of the law, he cannot blame the man that is willingly giving him the power. He can only blame himself, either for ignorance of the law, or aggression on his part.
095 即ち、電球のソケットは電球を固定する為に作られたもので、電流が流れている時に指を入れる為のものではありません。指を入れなくても、湿った場所に立って(ソケットを触った)場合にはショックを受けるかも知れません。仮に法則の誤用によって痛い目に逢ったり、不愉快な体験をしたとしても、電力を喜んで送っている係員を責めることは出来ません。自分自身が法則について無知であったか、自分の無謀な行為について自分自身を責めるべきなのです。


【解説】
 法則を認識した以上、私達はその法則を本来の正しい使い方に留意しなければなりません。本項の電球のソケットのたとえのように無謀な行為は自ら痛手を負うことでその者自身の体験になるのですが、本来は必要のない経験である筈です。
 重要な点は良くも悪くも「法則性」は大きな力を発揮しており、この物事を実現に向かって推し進める力を有しているということです。これについては古来から「畏れ多い」という表現が日本神道にありますが、まさにその通りの対応、心境が必要です。
 具体的には各自の心が抱く想念、私達自身が受け入れる想念が物事を実現させてしまう力を持っていることだと考えます。実はこの学習講座を進めて行くにつれて、私達が直接、創造主と様々な経路で結びつきが強く、また大きくなる結果、自分が願うことが実現するようになることに皆様気付かれるのではないかと思っています。
 つまり、学習を続けるにつれて、私達の日頃の想念が周囲に与える影響がまずます大きくなるという訳で、実は学習を進めるについてこれまで以上に私達は自分を律することが求められることになるというものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落094

094 An attendant at a power plant that manufactures electricity sends out the current that you may use it for your benefit. He knows what the electricity is capable of doing and how it is to be used. And we are instructed how to use it. When used as instructed, many benefits are derived in many ways. We can even experiment with it providing we follow the law, without being hurt.
094 電気を起こす発電所の係員はあなたが自分の恩恵の為に使うことが出来る電流を送りだしています。彼は電気というものでどのようなことが出来るかや、どのようにして使用されるべきかを知っています。また、私達はその使い方について教えられています。教えられた通り使用する場合は、様々な面で多くの恩恵が引き出されます。私達は法則に従えば怪我をすることなく、電気で実験すらすることができます。


【解説】
 ここでは著者が発電所で電気が製造され、各地に送られる様子を描写していますが、このことは何を示唆しているのでしょうか。
 やはり想起されることは、電気は各家庭のコンセントから発電所までそれぞれ繋がっているということでしょう。つまり発電所は私達の生命力の源、文字通り「パワー」(注:英語では"電力"の意)の源ということになります。そしてその発電所長は送り続ける電力の持つ役割、人々を豊かにする潜在力を十分に知る責任者ということになり、贈り主、創造主を示唆しています。
 重要な点は、私達各人はこの生命の糸(電線)によって各々繋がっていることであり、各人は常にこのパワーを享受して毎日を暮らしているということです。日常、この基本的な事柄に私達は気付くことは少ないのですが、いざ自分の生命が尽きる時になって私達はようやくその事実をかみしめることになるのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第3課-段落093

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON THREE
The Application of Cosmic Law
093 In lesson two we left you with the term, "The Will of God." And the explanation that God is not responsible for your experiences. And to clear this we will use electricity as an example.

生命の科学-学習コース
第3課
宇宙的法則の応用 
093 第2課では「神の御意志」という言葉で、そして神はあなたの体験に責任がないという説明で話しを終えました。そしてこのことを明確にする為、一例として電気を取扱うことにしましょう。


【解説】
 私達は宇宙を貫く法則(仏教では"法"と表現しています)の下に生きています。それは物理や化学の法則と同じで何処でも誰にでも当てはまるものです。即ち、ある原因を作れば必ず遅かれ早かれ同様の結果が生じるということ、いわば"播いた種は刈り取らなければならない"という原理です。もちろん、精進努力を積み重ねれば思わぬ時に飛躍的に自らの環境が変化し望み通りになることもその一つですし、またその逆も同じです。
 本項では電気を例に、この後創造主の意志、宇宙の法則について説いて呉れるとしています。
 宇宙における様々な要素の一つである電気については未だ私達はその上辺だけの現象しか知りませんが、それでも電燈をはじめ様々な電化製品、電子機器を作り上げている現代では電気の無い生活は考えられません。それほどに生活に欠くことのできない要素をどのように観たら良いのか、以後の各段落で考える機会を得られればと思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落137

137 Keep your mind as much as possible on the finer qualities of life, as you would on a fine quality of music. And if you do this daily you cannot help but make progress.
137 あなたの心を精緻な音楽に耳を傾けるように、生命のより精妙さに関心を持ち続けさせなさい。毎日これを行えばあなたは進歩せざるを得なくなります。


【解説】
 何事によらず鈍感であってはいけないという訳です。気付きがなければそもそも「良いもの」、「優れたもの」が分からないということです。また、深遠なるものの存在を日常的に感じ取る者が尊ばれる所以です。
 そういう意味でも想念や印象の感知能力については、他惑星人ははるかに進んでおり、同乗記に記述のあるようにもはや言葉も不要になるほどの段階に到達していることになります。
 私達も、より繊細な因からの印象に関心を維持して行けば、遠からずその進歩の道を歩むことになるものと思われます。次回は第4課に入ります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落136

136 When you begin to enjoy and understand a broader field of life you will know that you are progressing. And ideas and thought will be coming faster than you have ever known before. Do not question anything from the standpoint of disbelief, but make an analysis of every thought and act to see if it was a premeditated mental reaction or a conscious one. And where it fits into your life in relationship to others.
136 あなたは自分がより広い生命の分野を楽しみ、理解し始めていれば、自分が進歩しつつあることが分かるでしょう。そしてアイデアや考えがこれまでに無い程、速く浮かんで来ることでしょう。何事にも不審の念に立って疑問を投げかけてはならず、あらゆる想念や行動をそれが前もって考え出された心の反応なのか、意識によるものなのか、他との関連においてあなたの生活の何処に当てはまるかについて分析することです。


【解説】
 どのようにしてそうなったかは分からないながらも、本講座を学ぶ多くの方々には、知らず知らずの内に身の回りの出来事がうまく回りはじめたり、人生がより活発になっていることを自覚されているのではないかと思います。
 印象に従う生活は恵みが多いことも確かです。
 その背景には、将来に起こる事象を事前に察知して、いち早く対応することや課題に対する解決策に気付く能力が高まること等のことがあるものと思われます。私達の進歩はたかだか十数年の学習でしかありませんが、他惑星人は恵まれた環境の中、肉体が有する最大限の能力を発揮させて数千年を過ごしていることを考えれば、地球人とは、もはや神と人ほどの差があるものと思われます。
 それに対し、私達は様々な問題を有するこの惑星の上で、真の自己開発に取り組む訳ですから、成果を上げるには相当の注意深さと決意を必要とします。本項で言うように、いささかの疑念も許すことなく、意識の存在に注視し、やって来る印象を全面的に信頼することが必要です。誰しも相手から信頼されていると気付けば、その者に好意を抱くものです。それは創造主とて同じ事。創造主を信頼することは創造主から与えられる印象もより恵み多いものになる筈です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落135

135 In the next lesson we will explain this relationship. It is important to understand if confusion is to be eliminated. All that is asked of any one is to become more and more conscious of consciousness which is the true self behind every act or thought. In plain, give the consciousness the recognition you have been giving the ego mind, in everything you do or see. Be aware of the invisible intelligence behind every act and word. By doing this it will eventually become automatic for you.
135 次の教課ではこの関係を説明しましょう。混乱を取り除く為にはそのことを理解することが大切なのです。誰に依らず求められていることのすべては、あらゆる行動や考えの背後にある真実の自己である意識をもっともっと意識するようになることです。平たく言えば、あなたがこれまであなたが行ったり見たりするすべてにおいて、エゴの心に与えていた認識を意識に与えよということです。あらゆる行為と言葉の背後にある目に見えない知性に気付きなさい。こうすることによって遂にはあなたはそれを自動的に行えるようになるでしょう。


【解説】
 要は日常の指針を何に託すかであろうと考えます。これまでのように、甚だ不安定で対処力の無い自分自身に置くのではなく、自身の中にもある「意識」に拠ることが極めて重要なのだと本項は説いています。無言であり、目に見える姿を現すことの無い「意識」に気付けと説いている訳で、私達にとっては大変、難しい課題であることは確かです。
 また、本文では今まで存在を認めていた自我(エゴ)、即ちその存在があって当然として来た「エゴ」に対して、今度は同様な意味で自身の中の「意識」の存在を認めよと言う訳です。
 もとより自分自身は何者かという問いに対して、私達は常に明確な答えを用意している訳でもなく、ただ漠然とエゴを野放しにしている訳ですが、本項は今度は「意識」の存在を同等以上に自身の想念や行動の原因者として認めるよう求めています。
 目に見えない存在を知覚出来るかどうか、万物を観る際、その背後に存在する宇宙的意識の存在に気付くことが、新しい生活を始める上で極めて重要だと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落134

134 As Luther Burbank said, they see the Creator face to face. Thus they learn the relationship and purpose of all manifestations serving each other and thereby serving the creator.
134 ルーサー・バーバンクが言ったように、彼らは創造主に直接対面しています。彼らはそのようにして互いに奉仕し合い、そうすることで創造主に仕えている全ての創造物の相互関係と目的を学ぶのです。


【解説】
 私達はあらゆるものに見え隠れする創造主の面影、片鱗に気付き、具体的な事物よりは、それら要素に注目して行かなければならないということでしょう。私達が鋭敏になるにつれて、それら印象の送り手である創造主をより身近に感じられるようになる筈です。そうすると、本文に記述のあるように創造主と直接、対面しているような心境にも到達するものかと思われます。
 各創造物が本来の役割を全うする為には、個々の意欲を超えて、全体の調和の上から指導を与えてくれる宇宙的印象に従うことが必要です。これにより季節毎に一斉に花々が咲き、季節を彩る訳ですが、そうしたことも動植物が自然から来る指導的印象に従順となることで自らを繁栄させていることでもあります。
 私達が創造主への志向を強めるにつれて、自ずと創造主は身近な存在として感じられることになります。

 ここで、最近インターネット上にルーサー・バーバンクの紹介ビデオを見つけましたので、以下にご紹介します。
http://www.youtube.com/watch?v=UEPMwLjR_So
http://www.youtube.com/watch?v=ZQYPLQR1bmg
http://www.youtube.com/watch?v=zZrxpVuxi68&feature=related

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落133

133 The Venusians and others have done this, thus enabling them to advance as they have. They do not fight nature - but blend with it by understanding its laws. For this reason they honor all manifestations including their planet, as a Divine creation. They live the thought that a creator could not create anything lesser than himself. And with this feeling towards all nature they see Divinity expressing everywhere.
133 金星人や他の人々はこのことを既に達成しており、このことがそのように進化することを可能にしています。彼等は自然と戦うことはせず、その諸法則を理解することによって自然と溶け込むのです。この理由から、彼等は彼等の惑星をも含め全ての創造物を神聖なる創造作用の一つの現れとして敬います。彼等は創造主は自分より劣ったものを創造できないとする思想を実践しています。そして全ての自然に対しこの感覚を持つことで、彼等はあらゆる所に神聖の現れを見るのです。


【解説】
 私達はこれまで「自然と闘い」、「自然を征服する」ことが文明の成果だとして来ました。そこには人間の思うがままに自然を利用することを文明の目的として来た背景があります。必要な鉱物を採取し、選別した後に不要となった成分は廃棄物として環境に捨てて来た結果は公害の原点となりました。また最近では、より深刻な問題として、原子力発電で生成され、災害で放出された放射性物質への対策が急務になっています。
 私達地球の科学技術は、それが採算性に合えば、つまり利益を当事者にもたらすことが判明すれば、後先のことを考えることなく、巨大化させて行く傾向にあります。その為、問題が発覚するや大きな問題になる訳です。
 一方、他惑星人は自然と一体化した生き方をしており、当然、その科学技術も異なったものであると思われます。宇宙船一つをとっても、未だ地球人が気付いていない原理によることは明らかですし、私達が他惑星人との交流を望むのも、同じ人間、同じような惑星環境の中にあって、かくも相違する文明にまで差が広がって行ってしまったのか、深くその原因を学びたいからに他なりません。
 万物いたるところに神を見るという彼らの心境こそ、私達が目指すところであるべきです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落132

132 Once man realizes this and makes daily use of it, he will no longer complicate things and he will feel himself one with his creator.
132 一度、人がこのことを悟り、それを日々活用すれば、以後は物事を複雑化したりすることはなく、自分自身が創造主と一体になっているように感じることでしょう。


【解説】
 意識が少しでも感知出来れば、後はそれを糸口に日々実践することによって、未来が開けることになります。言い換えれば、万物が同一の原動力で機能していることを自覚出来れば、後はその方向に進むだけということです。
 大事なことは出発点であり、自分の目指す方向です。何しろ目に見えない存在を知覚し、理解することであり、その為にはその方向の感受性を高める他ありません。何故虫達は疲れを知らないように動き回れるのか、皆生き生きと各々の生涯を謳歌していられるのか、等、自然観察の中で日常あらゆる生きものが自らの使命を全うしようとしている事実やそれらの背景に働く宇宙的な源泉の存在については容易に理解出来ることでしょう。そうした中で何故、最高位の創造物である人間だけが他の生きもの達のような知覚が出来ていないのか、障害になっているものは何かについて、突き詰めて考えてみる必要もありそうです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落130

130 Luther Burbank expressed himself well when he said that nature gave him the knowledge of how to improve upon vegetation. He stated that he was working with the Creator, and through His creation he saw Him face to face. Man will never be free from the drudgery he now is enduring, and the confusion in which he finds himself, until he returns unto the true teacher, the conscious director of all creation. We live in and are a part of its manifestation.
130 ルーサー・バーバンクは、自然が自分に植物に対する改良の仕方の知識を与えてくれたと言ってその実態を良く表現しました。彼は創造主と共に働いていることや、創造主の創造を通じて彼は創造主を間近に見ているとも述べていました。人間は真実の教師、すべての創造物の意識の指揮者の元に帰らない内は、現在耐え忍んでいる骨折り仕事や自分自身の混乱から決して自由になることは無いでしょう。私達は創造の現れの中に生き、その一部であるからです。


【解説】
 以前、機会があり、カリフォルニア州サンタローザのルーサー・バーバンクの記念館を訪れたことがあります。同所は生前バーバンクが暮らし、品種改良の農場として使用していた所が記念館として保存されている所で、現在も運営されています。
 ご存知の方も多いと思いますが、エジソンやフォードと同時代に生き、米国が世界をリードする時代の一翼を担った人物です。
 様々な伝記にも記されているように、バーバンクは多品種の交配による品種改良を手掛けて成果を世に出した人物ですが、その手法については本人のインスピレーションに従った選択手法であったようで、今日の科学的手法ではないようです。バーバンクは畑の見回りをしながら、自然と手が伸びて多くの中から選択すべき種を選び出すという具合に品種改良を進めたと言われています。また、サボテンに話しかけてトゲの出ない品種を作り上げたとも言われているところです。このトゲ無しサボテンは現地でも有名で、改良前の原種と改良後のトゲの無いサボテンが対比して植えられていたことを思い出します。
 大自然に生きるもの達が皆、無駄な努力をすることなく、各々合理的に物事を進め、自然からの恩恵だけで生きて行く上でインスピレーションが重要なカギになっていることは間違えありません。そのインスピレーションは「本能」と表現されていますが、自らの意思を大自然の指導に従わせる中で得られるものだと思われます。結果を恐れず、先ずは印象に従う生活を始めること、エゴを空しくすること、他の動植物を手本とすることが良いように思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落129

129 With all of the intelligence we have today, no man can give the exact answer of how an apple or any fruit became such from a flower. This shows us that as great as man's intelligence is, it is still puny compared to what is manifesting in nature, the expression of the Creator.
129 今日、私達が持つ知性の全てをもってしても、誰一人として一つの花からりんご、あるいは何らかの果物がどのようにしてそのように成るのか正確な答えを出せる者はいません。このことは人間の知性が偉大だとしても、創造主による表現、自然における現れと比べればそれは依然としてちっぽけなものであることを示しています。


【解説】
 一粒の種が発芽し、若葉や花を咲かせ、やがて実を結ぶまでの数ヶ月という短い時間の中に大きな変化を見せてくれる植物の成長は、一つ一つ細かく見ると脅威の現象と言う他ありません。農業の魅力は自然界の生命活動を日々目撃し、その恩恵を得ることを生業にすることに由来します。多くの人が家庭菜園に魅力を感じるのも自分の目でこれら自然の働きに立ち会えること、また更には大地の恵みを味わうことが出来ることに他なりません。
 確かに人間は一瞬にして鉄をも溶かす高温を発生させたり、空高く飛ぶ技術を開発していますが、それらも他の者を殺戮する道具に使う等、自然の営みとはかけ離れた方向に向かっています。
 また、一方では、最近の遺伝子工学の技術では細胞の遺伝分子を操作して、人間にとって都合の良い種を作り出すまでになっています。いわば自然の法則を利用して利益を得ようとするものであり、本来のあるべき探求の姿とは異なるように思えてなりません。
 私達が目指すべきは、先ずは法則の探求、解明であり、他の創造物との関連性についての理解です。その上で妥当な範囲内、即ち最高位の創造物としての責任において許容される範囲で、その法則を応用することだと思うものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落128

128 All nature is expressing intelligence in varying degrees, for there is not a form, even a grain of sand, that does not express the purpose for which it was created, even better than man. A blade of grass as a tender shoot will come through the hard crust of the earth as it uses the power of the cosmos and obeys the intelligence that directs it. Yet man finds it difficult to penetrate a hard surface.
128 全て自然は様々な程度に知性を表現しています。何故なら形有るものはどれ一つ、砂粒一つでさえ、それが創造された目的を表現していないものはおらず、人間以上に良く表現しているものさえいます。一枚の草の葉は、柔らかな若葉の時、地面の硬い塊を貫いて現れますが、それは宇宙のパワーを用い、それを導く知性に従っているのです。しかも人間には硬い地表を貫くなどということは困難であることが分かります。


【解説】
 実は多くの場合、自然界においては人間以上にそのものの美しさを表し、機能を発揮している多くの生きものの方が多いという訳です。自由意志を持たず、いわば自動的に神の意思に従順に生きている生きもの達には迷いや悩みはありません。また、いとも簡単に自然の英知を活用して、毎日のように飛躍的な行動を遂げる姿を私達は観ることが出来ます。
 本来は創造の最高位に位置する人間については未だその段階には至っておらず、迷いの道の途上にあるという訳です。
 前項で英知は行動の中に表現されているとありましたが、私達も草の葉1枚にならって、本来の潜在力を発揮しないで終わるべきではありません。因の英知を信頼することが全ての出発点であり、私達自身の中に埋もれたままになっている諸々の才能を目覚めさせることも父なる創造主は待ち望んでいることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落127

127 So let us go back to the word intelligence; We may look upon a man that from all appearances represents intelligence, yet when he expresses himself we realize our mistake. Yet when looking upon an unassuming, unimposing man we find from his expression that he is quite intelligent. So we do classify intelligence by expression or action.
127 そこで知性という言葉について立ち返ってみることにしましょう。私達はすべての外見要素から知性そのものであるような一人の人間を見かけたとします。しかし、彼が自分自身を表現した時、私達は自分達が間違っていたことを思い知ります。しかし一方、謙虚で出しゃばらない人間を見るとき、私達はこのような彼の表現からその者がまったく知性的な人物であることに気付きます。ですから、私達は表現や行動によって、実際、知性を分類しているのです。


【解説】
 本項では英知は行動(活動)によって初めて表されるとしています。人物は発する言葉を含めてその行動によって内部の知性レベルが分かるとも指摘しています。
 私達が自然を観察し、その内部にある英知(知性)を知るようにと、何度となく聞かされて来ましたが、その自然観察もただ漫然と自然風景を眺めるのではなく、常に動的な側面から観察せよと説いていることになります。つまりは植物や動物の成長や行動、季節の諸変化に対する対応について注視するということでしょう。
 よく知られているように、木々は冬を迎える前に翌年の春に芽吹く下準備を終えて冬を迎えます。彼らはどのようにしてやがて来る冬を察知するのか、また、夏には葉によって木陰を作り、葉を落とすことで周囲のものに冬の貴重な日照を与える等、一つ一つ感動する事柄も多いものです。これらは英知という言葉が与えられてしかるべき内容です。
 同様に私達一人一人の価値も、その行動や表現活動によって評価されるべきであるという訳です。即ち、良い想念を抱く段階からそれを表現し、行動に移す中に人の値打ちが生まれるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落126

126 From experience we know that nature is governed by the Supreme Intelligence.
126 経験上、私達は自然が至上なる英知によって治められていることを知っています。


【解説】
 私達の生活の全ては、母なる自然に依存していることが前項で述べられました。しかし、その自然自体、至上なる英知に支配されているのだと本項は述べています。
 私達が言う自然とは、究極の意味としては物質ということかと考えます。突き詰めれば分子・原子ということであり、私達は自分達が暮らす惑星の産物にその全てを頼っていることは言うまでもありません。
 しかし、その自然自体は、その活動の源泉は本項で言う至上なる英知に由来しており、これら物質界の全てが宇宙的英知とも言うべきものの指示に従っているということになります。
 季節の変化や日々の潮汐、波の一つ一つも、実は自然の気ままな運動が現れているのではなく、ある種の絶対的法則に従った自然の従順な動きと言うことが出来ます。
 もちろん、自然は時に大雨や火山の噴火、地震や津波等、自然にすがって生きるもの達に過酷な運命をもたらしますが、それも宇宙規模の法則、ある意味人間には計り及ばない法則性の結果として受け入れる必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落125

125 Today we have scholars and learned men in all fields of endeavor, but all of them have to depend upon nature for their knowledge by studying nature's material and production of form life. And since man must depend upon nature for life itself, then it behoves him to let nature, rather than his ego, guide him. Or let his consciousness be his guide instead of his mind.
125 今日、私達の回りにはあらゆる努力分野において学者や知識人がいますが、彼等全ては自然界の物質や生命体の産生を学ぶことによって彼等の知識を自然に依存しなければなりません。そして人間は生命自体を自然に依存している以上、人間には自分のエゴよりは自然をして自分を導くようにする義務があるのです。言い換えれば自分の心に替えて、自分の意識を自らの導き手とすることです。


【解説】
 専門の研究者でなくても、私達は日々の暮らしの中で様々な問題に直面し、その解決策を模索するものです。その場合、何かの不安や悩みに志向したがるのは心ですし、疲れた心を時に癒す必要があるように、心だけでは解決に至らないケースも多いものです。
 一方、真の問題の原因を見つけ出し、対策のヒントを得る時、私達は心よりは意識を使用していることが分かります。何らかの解決策につながるような印象の多くは心がもたらしたものではなく、意識が洩らした情報だと思っています。いわゆるインスピレーションは発見や発明の源であり、それらは全て自我が隠し持っていたようなものではなく、自然界が持っている情報な訳です。
 優れた業績を残す人は、このような知識の泉に容易にアクセスすることが出来る者であり、知識を自然に委ねている人です。私達は自然を見る時、自然にはそのような豊富な知識が隠されており、それらに親しむことが重要だと自覚することが必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落124

124 The most unfortunate part of man's learning is that his ego is impatient and tries to exalt itself above his teacher or Creator. And it is here that he makes his biggest mistakes, for he applies his will instead of Thy Will, and thus complicates things instead of simplifying them. He follows his mind which should be a pupil, instead of the consciousness which is the teacher and the life of every form. And yet his only salvation is to return back to Nature's guidance. For he can never become independent of it no matter how much he learns or how old he becomes. It will have to be nature by which he evaluates his knowledge.
124 人間の学習における最大の不幸は、人間のエゴが短気で自らを自分の教師である創造主の上に増長させようとすることにあります。そして人間がその最大の過ちを犯すのがここなのです。何故なら人間は「汝の意志」の代わりに自分の意志を用い、そうして物事を単純化する代わりに複雑化しようとするからです。人間は形有るあらゆるものの教師であり、生命である意識の代わりに、生徒であるべき自分の心に従っています。そして人間の唯一の救いは自然の導きに立ち返ることです。何故なら人間は如何に多くを学び、如何に年老いても自然から独立することは決して出来ません。人間が自分の知識を評価するのは自然によらざるを得ないのです。


【解説】
 年を取るに従い、心の柔軟性は失われがちです。些細な事に腹を立てたり、文句を言う等の現象は、長年、本項で言う心による生活をして来た結末の姿だと言うことが出来るでしょう。
 人生の終りに近づく中で、その人がどのような心境になるかは、それまでどのような心構えで毎日を暮らしてきたかを反映するものです。そして本項で言う心が短気であることが多くの失敗や過ちの原因であることは、各自心して置く必要があるでしょう。
 直ちに結果を求めることなく、深く因の世界でそのアイデアが熟成し、諸々の原子達にその実現に向けてのメッセージを伝達し、物質世界に現出する為には、時間が必要なのです。それまでの間、創造主への信頼を保持することは、夢を実現する為の秘訣なのかも知れません。
 一方、こうして得た体験の積み重ねが、本人の価値を高める要素となりますが、重要なのは、これら最終的な値打ちの評価(evaluation)は自然において為されるべきもの、即ち価値は自然界の関連の中で評価されるものだと指摘していることです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落123

123 Even today man is going into the depths of the ocean and into space, only to learn from nature.
123 今日でさえ、人間は海洋深く潜ったり、宇宙に進出していますが、それらはただ自然から学ぶ目的からです。


【解説】
 経験上、人間が関与しない手付かずの自然は美しいことが分かります。また、どのようなものでも細部を詳細に観察する中で、私達が肉眼の視界を越えて顕微鏡下の世界に入るや、そこには別世界が広がっています。多くの微生物が活動する世界がそこにあります。
 また、宇宙についても望遠鏡を用いてより遠くを見る時、遠くを覗く程、新しい星が出現し、際限のない宇宙の広がりを自覚するものです。
 このように私達は私達の身の回りの自然から、多くを学びますし、また学ばなければなりません。自然を通じて表現されている宇宙的英知を学ぶことは私達を含めて、この世界にはそのような創造的法則が流れていることを知ることであり、それら諸法則を自身へ応用することを学ぶきっかけになるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落122

122 Let us assume that, the first man on earth did not have a teacher to guide him along the path of life, so he had to use nature as a teacher. i.e. As he listened to the winds passing through the trees with their varying types of leaves, he noticed that each produced a different sound. And as he listened to the birds and the rushing waters of the brooks and rivers, and other sounds that nature produces, he desired to reproduce the sounds. So he made a flute type whistle and later other instruments. Man innately desires to become as his Creator. So nature has been his greatest teacher.
122 ここで地球上の最初の人間が人生の道程を導く教師を持たず、自然を教師とせざるを得なかったと仮定しましょう。即ち彼は様々な形の葉を持つ木々の間を通り過ぎる風に耳を傾ける時、各々が異なる音を発することに気付きました。そして鳥達や渓流や川の水の流れやその他、自然が造り出す音に耳を傾ける時、彼はそれらの音を再現したいと思ったものです。そこで彼はフルートの形式の笛、そして後には他の楽器を作ったのです。人間は生来、自分を創造した創造主のようになりたいと願っているのです。ですから自然は彼の最も偉大なる教師であったのです。


【解説】
 宇宙創造の歴史について私達の知識は皆無です。ビックバン説等、諸説はありますが、人間がどのようにして誕生したのかについて、未知の世界が拡がっています。仮に猿人からの進化の産物であったとするにせよ、生命の大本に辿り着かない限り、私達は正しく自分自身を理解出来ないのではないでしょうか。
 生命を観るに当って、私達は自身のDNA分子に潜む、膨大な過去の経験も活用出来るでしょうし、絶え間なくやって来る因からの印象も掴むことが出来るでしょう。そうする中で、私達は自身の身の回りの改善を進め、本来、私達に期待されている役割を果たすことが出来るというものです。
 創世記のアダム誕生の記述がそのままの事実とは思われませんが、仮に他惑星の文明からの支援が無くても、大自然から学ぶことで私達は進化の道を歩むことが出来ますし、最大の教師は自然であると本項は解説しています。
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