2020年08月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落097

097  In a television program called "Frontiers of Mind," the Bell Telephone Company presented an excellent scientific demonstration of what touch is and how it reacts to electrical impulses. It showed that touch is not a sense organ but acts as a telegraphic system via the nerves to the brain. It registers that which it contacts and relays that reaction as electrical impulses through the nervous system of the body. Touch is inseparable with feeling, for feeling gives sensation to the nerves.
097 「心の最前線」と呼ばれるテレビ番組の中で、ベル電話会社は触感が何であるか、またそれが電気パルスに対し、どのように反応するかを示す優れた科学実験を提供しました。その番組は触感は感覚器官ではなく、神経を経由して頭脳に通じる電信システムとして機能していることを示しました。それは触れるものを記録し、肉体の神経を通じて電気信号としてその反応を伝達しています。触感はフィーリング(訳注:触覚)と分けることは出来ません。フィーリングは神経に興奮を与えるからです。




【解説】
 本項は私達が触感とか触覚と称して来た感覚は、身体のあらゆる部分を結びつける神経ネットワークの作用であると説いています。つまりはそれらの機能が私達が学ぶフィーリングと同じものであり、接触の反応は想念波の領域にまで拡がっていることを示唆しています。
 通常、私達はこれら感覚の内、視覚を最も重視していますが、その視覚も受光量が小さくなれば把握することは出来ませんし、目の細胞の解像度以下のものも識別は出来ません。一方、自然界では光の無い深海や地中に生活の場を置く生物も多くあり、彼らは目以外の器官を活用して生きています。
 中でも昆虫たちは触角や体毛等に鋭敏な器官があり、相手に触れることでその大きさや脅威について把握しながら、厳しい競争生活を生き抜いているのです。
 私達も更に自らの触覚要素を活発にさせて、自分の人生に生かすことが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落096

096  When that feeling is no longer playing upon the senses they lie inert like the muted strings of the violin after the consciousness of the musician is withdrawn to another channel of service.
096 諸感覚に対して触覚が作用しなくなると、諸感覚は演奏家の意識が別の奉仕の経路に引き上げられた後にそのバイオリンの沈黙した各弦のように不活発になったままになります。




【解説】
 私達の四感自体、この触覚要素に支えられて機能している訳で、いくら肉体組織として正常な器官を有していても、それらは演奏家の手を離れたバイオリンのように自ら音を発することはないのです。
 即ち、私達は意識の働きがなくなれば、生きる屍状態に陥ってしまう訳です。このことは私達自身、日常の暮らしが送れること自体、意識が働いており、生かされていることを自覚しなければなりません。置かれたまま音の出ない楽器になることなく、常に宇宙的意識を取り入れて、自ら音律を表現する存在で居たいものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落095

095  Feeling is a state of alertness - when expressed impersonally it is conscious awareness of conscious consciousness.
095 触覚は警戒の状態であり、非個人的に表現された場合、それは意識的意識に対する意識的な気付きとなります。



【解説】
 私達の一連の触覚要素は既に述べられて来たように、フィーリングという想念・印象を感知する領域に繋がっています。おそらくは私達自身の肉体に張り巡らされた神経網から各細胞に至るあらゆる生きた器官に共通する感覚とも融合・共有できる感覚というものかと考えています。
 その感受状態を著者は意識(Consciousness)と表現しているのです。そしてその意識なるものは遠く宇宙とも融合していて、常に私達に有用な知見を提供し、また各々の生命活動を指揮しているという訳です。
 それ故に各生物間は皆同じ意識体の下に生きており、兄弟姉妹の間柄であるということになるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落094

094 The mortal may be likened to a violin, which is the closest to the human expression known as man. Upon the violin there are only four strings; through the medium of those four strings can the coarsest or the most celestial melodies be played but the Instrument is only a bit of wood and string until it is acted upon by a conscious intelligent force. The sounds produced depend upon the skill of the musician. The four senses in the instrument called man are unable to bring forth any expression of life without the aid of the All-Inclusive consciousness which is feeling.
094 死すべき人間はバイオリンになぞらえることが出来るかも知れません。バイオリンは人として知られる人間的表現に最も近いものです。バイオリンには4つの弦しかありません。それらの4つの弦の媒体を通じて最も粗いものも最高に天上的なメロディーも演奏されることが出来ます。しかし、その楽器は意識的な知性を持つ力によって演奏されるまでは、単なる木と弦でしかありません。作り出される音はその音楽家の技量に依存しています。人と呼ばれるその楽器における4つの感覚は、触覚である全てを含有する意識の助け無しでは、如何なる生命表現をももたらすことが出来ないのです。




【解説】
 これまでにも紹介したことがありますが、四弦からなるバイオリンは人間と最も良く象徴した楽器であるとされています。演奏者と一体になって楽器と演奏者の肉体が共鳴、一体となって音律を発する様は、ある意味宇宙的波動を表現する究極の楽器(インストルメント)とも言えるものです。
 しかし、これら美しい音楽もその楽器の出来や奏者の技量が未熟であれば、期待された音律は得られないでしょう。道具としての楽器もそれを奏でる演奏家の能力が共に高まってこその演奏なのです。このバイオリンを人体に例えるなら、私達は皆等しく上質な人体、即ち楽器を贈られてこの世に誕生しました。そして私達の四感覚、即ち心は自らの肉体を操作して来た訳ですが、果たして修行の結果、優れた音楽を生み出すまでに至っているでしょうか。
 何事も磨かざれば輝くものではありません。四弦を調律し何時でも各々正しい音を発するよう各弦が調律された後、優れたインスピレーションを得た才能ある奏者によってのみ、優れた曲が生み出される訳で、その演奏中はバイオリンは奏者のインスピレーションの完全な表現者になっているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落093

093  In other words this sense is merely the unification of the four senses with that unlimited conscious feeling which controls, supports and animates every conceivable thing in the universe. It is the expansion of the four senses in the channel of feeling which makes of the mortal sense man, a conscious user of conscious power. Through this education of the senses the sight becomes a microscopic sight extending beyond the gross material forms; the hearing is expanded to catch the soundless sound frequencies. etc. Each of the four senses will themselves into greater fields of awareness through the recognition of Cosmic Feeling which is the mother-father thought supporting them.
093 言い換えれば、この感覚(訳注:触覚)は、宇宙空間の中のあらゆる知覚し得るものを支配し、支持し、活性化する無限の意識的な感じによってその4つの感覚を統合しているに過ぎません。それは触覚の経路への4つの感覚の拡張であり、死すべき感覚人間を意識的な力の意識的利用者にするのです。諸感覚の教育を通じて、視覚は大まかな物質の外観を超えて顕微鏡的な視野となり、聴覚は音のしない音波を捉えるまで拡張します。4つの感覚の各々はそれらを支える母性及び父性の想念である宇宙的な触覚の理解を通して自らをより大いなる気付きの場にもたらします。




【解説】
 私達が融合を目指すべき宇宙的知性と私達とはどのように繋がっているのかを、本項では明確に示されています。即ち、通常私達が”触覚”と言っている感覚こそが私達を宇宙の因にまで繋げる意識の要素であり、それを発達させれば自ずと宇宙的な存在になることが出来ると言う訳です。
 触覚は私達の四感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚)の機能jも支えており、触覚が無くなれば私達は無意識の状態になったのと同じ状況です。感覚器官に異常がなくても触覚的要素、即ち肉体内に張り巡らされた神経網が機能しない限り、その感覚は働くことはありません。全ては触覚的要素に掛かっている訳です。
 しかし、もし私達が各自の肉体の中のこれら触覚的要素をより宇宙的に向上させ、肉体を通過する想念・印象波を感知できるようになれば、私達は宇宙から直接学ぶことが出来る筈です。それこそが本文で言う宇宙の父性母性原理に従うことにもなるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落092

092 Within the last few years the attention of the world of science has been attracted to the many cases of suspended animation where the body remains for months in a state of perfect preservation. The sense organs are normal, yet they cease to function in a conscious way. Why? Because most of the feeling has left the body; approximately ninety-nine percent of the consciousness has left, and while one percent of feeling within the body keeps it from disintegrating, this is not enough to cause any apparent awareness within it. Many of these cases have reentered into active life. The feeling had again taken possession of the body and reanimated the inert organs of sense producing in them a state of conscious awareness. If understood rightly these four senses of man correspond perfectly to the four elements of creation, and the so-called fifth sense is the stimulus which imparts to them the animation necessary to produce conscious functioning.
092 過去数年間、世界中の科学の注目は、肉体は何ヶ月も完全な保持状態である中での生気が中断している多くの事例に引き付けられて来ました。感覚の諸器官は正常なのですが、それらが意識的には機能しなくなっているのです。何故でしょうか。それは触覚の大部分が肉体を離れてしまっているからです。概ね意識の99%が離れてしまっており、肉体の残り1%の触覚が肉体の分解を抑えており、これでは肉体内部に知覚をもたらすには十分でないのです。これらの多くは再び生気を取り戻しています。触覚が再び肉体内の位置を取り戻し、不活発な感覚器官を再び活性化し、意識ある覚醒状態にしたのです。もし正しく理解していれば、人間の四つの感覚は創造の四つの要素に対応し、いわゆる第五感覚は、意識的機能を作り出す為に必要な活性化を与える刺激ということが分かります。




【解説】
 手術や検査の際の全身麻酔の場合も本項の内容に近い状況と言えるでしょう。確かに一部の薬剤が及ぼす作用により、感覚は麻痺し、私達自身の意識も薄れさせることが出来るのです。
 こうした場合にも、意識・触覚の作用が1%でも残っている限り、生命は存続することが出来るということでしょう。重要なのは意識・触覚の機能が存続していることであり、それが無くなってしまえば生命体ではなくなるという訳です。それ故にこそ、私達は意識・触覚を自らの生命の本体として大切に取り扱わなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落091

091  Each sense is able to operate independently of the other senses only so long as it is supported by the life force of feeling, but the feeling or consciousness is entirely independent of the four senses. The sense of sight, taste, smell and hearing might all be destroyed and yet so long as the feeling remained man would be a conscious, active being, knowing joy and sorrow, peace and pain, and altogether very much alive. The feeling is indestructible. It is the eternal, the everlasting intelligence. The destruction of the body cannot destroy the feeling, which is consciousness. It is like the electricity which flows through the wires to the bulb to produce light. If the bulb is destroyed the electricity cannot produce light through it, but the electricity is not destroyed. On the other hand, if the electricity is withdrawn it matters not how good the bulb may be there will be no light emanating from it.
091 各感覚は触覚の生命力によって支えられている限りのみ、他の諸感覚から独立することが出来ますが、触角あるいは意識はその四感覚とは完全に独立しています。視覚、味覚、嗅覚そして聴覚が全て壊されても、触角が残る限り、人は意識があり、行動でき、喜びも悲しみも平穏さも痛みも感じることが出来、まったく活発に行動できます。触覚は破壊されることはありません。それは永遠であり、永続する知性なのです。肉体の破壊によって意識である触覚が破壊されることはありません。それは光を作り出すために電球に電線を通じて流れる電気のようなものです。もし電球が壊されれば電気は電球を通じて光を作り出すことは出来ませんが、電気は破壊されることはありません。もし電気が取り消されれば、電球が如何に良いものであるかは問題にならず、電球から光が出ることはありません。




【解説】
 これから私達が着目しなければならない”意識”について、既存の四感覚を支えるのみならず、それ自身は電灯の光をともす電気のように形はなくても肉体に属する四感覚を機能させる基本的なエネルギーであると説かれています。
 このように意識は肉体に属するものではなく、より高次なエネルギー体であり、形のないものと言えるでしょう。時間や空間に限定されることなく、自由に空間をさまよい出ることが出来、あらゆる他の存在との融和し、相互に理解し合えるという特徴があります。
 それ故、この意識を発達させられれば、私達には時間や空間の制限がなくなり、自由で伸び伸びした生活を楽しむことが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落090

090  Let us, therefore, analyze the sense man. You have believed that man is endowed with five avenues of expression - sight, hearing, taste, smell and feeling. Each of these attributes is supposed to have the ability to act independently of the others. We can close our eyes and hear, taste and smell. It is possible to decipher between sweet and sour without hearing, smelling or seeing the object in question. We can certainly tell the difference between a bit of garlic and a rose without using the sense of sight, sound or taste. So it is possible to prove that four of our senses do work independently of each other. But now let us remove that which is known as the fifth sense; let us deprive man of feeling. What is the immediate result? The result is a state of unconsciousness; the four other senses are ceased to function, even though the organs of sense themselves, are still existing in the body. The eyes, nose, palate and ears are uninjured yet they do not see, smell, taste or hear. Apparently these senses cannot, then, work independently of feeling. Does this not prove that feeling is not a sense, but the conscious power which gives sensation to the senses?
090 それ故、感覚人間を分析して見ましょう。貴方は人が5つの表現の大通りを授けられていると信じて来ました。視覚、聴覚、味覚、嗅覚そして触覚です。これらの属性の一つ一つは他と独立して作用する能力を有しているように思われます。私達は目を閉じて聴くことや味わうこと、香りを嗅ぐことが出来ます。問題の対象物の音が聞こえなくても、臭いが嗅げなくても或いは見えなくても甘いとすっぱいの味の違いを判読することは出来ます。私達は確かにニンニクの小片とバラの違いを視覚や音や味の感覚を用いずに言い当てることが出来ます。ですから、私達の4つの感覚は互いに独立して働いていることを証明することが出来るのです。しかし、第5番目の感覚として知られているもの(訳注:「触覚」のこと)を取り去って見ましょう。人から触覚を取り除いて見ましょう。直ちにどのような結果になるでしょうか。結果は無意識の状態です。4つの他の感覚は感覚器官自体は依然として肉体に存続していても機能を停止します。目や鼻、舌や耳は傷ついていませんが、それらは見ることも嗅ぐことも味を感じ、聴くことはありません。見たところこれらの感覚は触覚から独立して作用することは出来ないようです。このことは触覚は感覚ではなく、感覚に刺激を与える意識的な力であることを示すものではないでしょうか。




【解説】
 本項では私達の外界との接点、或は経路として役立っているのが、四感覚だと説いています。これら四つの経路は互いに独立して機能を果している訳ですが、それらの機能も触覚の助けがなければ機能しないのです。よく表現されるように「意識がなければ」感覚器官は正常であっても、それを機能させることは出来ません。
 このことは私達は本来、感覚ではなく「意識」に依存した存在であるとも言えるのです。とかく私達はこれらの感覚を通じた情報のみに頼って生きている訳ですが、既に十分に学んでいるように、これらの情報は結果の情報でしかありません。物事が進行しようとする時の情報、想念・印象波の動きについては全くの鈍感なのです。ここに私達の課題があります。私達は自身にある意識なる機能を活用して印象レベルの情報を知覚することで、進化の道を歩むことが出来るということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落089

089  The purpose of this lesson is to show you by means of practical analysis that man is not the possessor of the five senses but is actually a four sense being. This, we realize may be more difficult for you to accept than the belief in the sixth sense, for we as mortals can more easily accept that which we feel adds to, rather than subtracts from that which we think we have. However, this subtraction, as you will find, is not in the nature of releasing something as a loss, but as the process of gaining something much greater.
089 この教科の目的は、貴方に実際の分析の手法を通じて、人間は5つの感覚の持ち主ではなく、実際には4つの感覚の存在であることを示すことにあります。このことは貴方にとって第6感を信じるよりはるかに難しいだろうと私達は承知しています。何故なら、死すべき存在としての私達は私達が所持していると思っているものから減ずるより、加わることを容易に受け入れられるからです。しかし、この引き算はやがて貴方も分かるように、失うという意味で何かを手放すという性質のものではありません。そうではなく、より大いなる何かを得る過程のものなのです。



【解説】
 本項は私達の本質として、五感ではなく、四感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚)がその基本構成となっていると指摘していることは、多くのアダムスキー学習者は既にご存知の通りです。その上で著者は私達自身が潜在的により多い才能を持つと言われることは好むが、それを減らされることについては抵抗があるであろうとも言及しているのです。
 しかし、私達自身の正体と向き合う為には、現実と対峙しなければならず、日頃の私達の反応や行動について真摯に顧みることが重要です。あらゆる不要な事柄を捨てて、より本質のもののみに注目を傾ける断捨離はそれまでの重荷を整理し、身軽になることを勧めているものと思われます。私達自身にとって必要なものを改めて洗い出し、整理する作業が必要となるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落088

088  If you have accepted the theory of the sixth sense you will no doubt be surprised by the statement which I am about to make, but as one of the great Chinese sages has expressed it - "The truth that we least wish to hear is that which it would be to our advantage to know."
088 もし貴方が第6感の理論を受け入れていたなら、きっとこれから私が行なおうとする発表に驚かれることでしょうが、偉大な中国の賢人の一人が表現したように、「私達が最も聞きたくないと思う真実は、私達が知ることによって私達の為になるというものが多いのです。」




【解説】
 老子の言葉に「信言(しんげん)は美ならず、美言(びげん)は信ならず」(信じるに値する言葉は美しいものではない、飾った言葉は信じるに値しない)。自分のためになる言葉は心地よく聞こえるものではない。」とする教えがあるとされています。
 本項では、通常、第6感と称している想念波動の感受性について改めてその誤りを指摘している訳ですが、そもそも私達はこれから自分自身と向き合うに当たって、これまでの概念を一端、全て捨て去ってから新しい気持ちで本書が伝えようとする内容に耳を傾けるべきだと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落087

087 We have looked upon ourselves as a five sense being possessing the attributes of sight, hearing, taste, smell, and feeling or touch. We have drifted along idly contenting ourselves with this analysis of our makeup, but recently we have become quite curious to know just how these senses work and what they are. In our seeking we have run our craft upon a rock. We have been unable to account for certain elements of action which we have encountered in our daily lives and so to relieve the tension of this uncertainty some of our most learned theorists have endowed us with a sixth sense. To this added sense has been attributed all the phenomena that have been unexplainable in the five sense man. In fact there have been those who have sought to add a seventh sense. The mortal mind seems to have a faculty for complicating that which is very simple and thereby creating confusion instead of understanding.
087 私達は自分自身を、視覚、聴覚、味覚、嗅覚そして触覚ないし感触の5つの感覚の属性を持つ存在として見なして来ました。私達は私達の成り立ちをこの分析で無益に満足したまま漂って来ましたが、最近になって私達はこれらの感覚の作用がどのように行なわれるか、またそれらは何であるかについて大いに知りたいと思うようになりました。私達のこの探求の中で私達は自らの乗り物を岩に乗り上げてしまいました。私達は私達の日常生活の中で出会ったある種の行動の要素を説明することが出来なかった訳であり、この不確かさの緊張を和らげるために、私達の最も学識のある理論学者達は私達に第6番目の感覚を授けたのでした。この付け加えられた感覚に5つの感覚の人間となる説明不可能な全ての現象が割り当てられました。本当は第7番目の感覚を追加した人達もいたのです。死すべき人間の心は、とても単純な物事を複雑にする才能があるようで、これにより理解の代わりに混乱を創りだしています。




【解説】
 私達そのものが何であるかについて、私達はあまり良く考えたことはありません。そもそも私達が何を指針として生きているか、私達自身は何者であるか等、思いもしないまま生涯を送っています。
 その結果、多くは年齢を重ねるとともに習慣性のワダチから抜け出ることなく、退化の道を下って行くということです。
 しかし、それで良いのかという疑問も残ります。そもそも私達がこの世に誕生した意味は何か、私の果たすべき役割を十分に勤めて来たかを顧みる時、自然と反省の念が起こるものです。
 本項はそうした中でも私達自身が何に頼って生きて来たかについて、振り返ることを私達に求めています。既に前講座「テレパシー」の中で私達は自身が四つの感覚に支配されていることを学びました。つまり私達の日常はこれら四感覚の騒ぎに身を委ねる中でより本質な感受性、想念波動への鋭敏性が失われつつある問題を学んできた訳で、ここで改めてその重要なポイントを復習することが求められています。つまり、視覚や聴覚、その他の感覚に拠らない真の感受性こそ万物と交流出来る基本感覚と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落086

086 The desire within all men to understand themselves is increasing tremendously. Theory upon theory has been advanced in the endeavor to throw some new light on the subject. Of late years we have heard a great deal concerning the senseman, and the control of the senses as a means of living above conditions and environments, yet we are still struggling under a misconception concerning them.
086 自分自身を理解しようとする全ての人の内側にある願望は驚くほど増えています。理論に次ぐ理論がその課題に何らかの新しい光を投げかけようと努力の中に繰り広げられて来ました。昨今では私達は、状況や環境を超越して生きる手法として、感覚人や感覚の制御について多くを聞いていますが、それでも私達は未だ、それらについての誤解の下であえいでいるのです。




【解説】
 哲学や心理学等、人間自身の課題や特徴を学ぼうとする傾向は、現在でも続いていると言えるでしょう。今日ではインターネットの検索サイトで関連するキーワードを入れれば、古今東西の研究事例を抽出してくれる為、居ながらにして世界中の研究の歩みを知ることが出来ます。
 しかし、このような事例調査よりはるかに有益なのは、私達自身を研究対象として日常的な観察を行い、その特徴を把握することです。他人の理論に囚われず、自身の体験を通じ、実践を通して少しずつ自分を理解することが望まれています。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第8章-段落085

8. MAN IS A FOUR SENSE BEING
085  One of the greatest bits of wisdom ever given to man by the outstanding philosophers of all ages is composed of two words: "Know thyself." That one assignment has kept the seekers of knowledge hard at work for billions of years, and it will still be a supreme admonition a billion years hence. It is an eternal study, for man himself is eternal. In that one statement the philosophers have taken in the whole of the Cosmos.
第8章 人は四つの感覚からなる存在
085 あらゆる時代の傑出した哲学者から人類に与えられた最も偉大な英知の小片は二つの言葉から成っています。「Know thyself(汝自身を知れ)」。その課題は知識の探求者を何十億年もの間、勤勉に働き続けさせましたが、またなお、これから10億年も最高の説諭となるでしょう。人自身が永遠であるために、それは永遠の学習なのです。その一つの声明の中に哲学者達は宇宙の全てを取り込んだのです。




【解説】
 様々な場面で「汝自身を知れ」という言葉が示されて来ました。その起源のほどは存じませんが、ソクラテスをはじめとする遠くギリシャ文明にも遡るとされています。
 しかし、私達はこの言葉の真意を十分には理解して来なかったように思います。これは後世のいわゆる「身の程をわきまえる」等の意味ではなく、はるかに深遠な意味を持っているという訳です。
 これまでの学習から私達自身には宇宙的知性を備えた細胞があり、その数、60兆。またその一つ一つの細胞を構成する分子原子自体にも知性がある等、私達を構成する要素は知性に溢れていることを学んでいます。
 こうした上に立って、その頂点に位置すべき私達自身には何の記憶も知識もないまま、惰眠をむさぼり、好き嫌いの裁きを下しているのが実状であり、そのことを十分に自覚せよとしているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第7章-段落084

084 Man has risen from the savage state to the present civilization only by wanting the better things of life knowing that he could have them.
084 人は野蛮な状態から今日の文明まで、実現出来ることを知りつつ、生活のより良い物事を望むことのみによって立ち上がって来たのです。




【解説】
 何事も向上心がなければ進歩はありません。よく高齢になると、これで良しとする傾向になりがちですが、それは決して現状維持にはならず、退化・後退の道を下っていると思うべきでしょう。
 映画「2001年宇宙の旅」に表されているように、私達地球人はこれまで未開の民から、今日の文明を築くまでになりましたが、それも私達の中の優れた先駆者の努力と情熱のお蔭でもあるのです。こうして高度な文明社会を一応は構築出来た私達ですが、現在は再び大きな問題を抱えていて、その解決にもがいているという所です。
 こうした中、私達一人一人はこれら諸問題の解決を目指して新しい宇宙的思想を取り入れるべく、本講座を学んでいるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第7章-段落083

083  But man must have faith and confidence in the workings of the eternal law; if he has any doubt he will block the condition from appearing. A doubt as small as a mustard seed will keep it from him, but should he have faith as small as a mustard seed he shall have the desired manifestation.
083 しかし、人はその永遠なる法則の作用に対し、信頼と確信を持たなければなりません。もし、どんなものでも疑いがあれば、現出の条件を妨げることになります。カラシ種ほどの小さい疑いは、その者から遠ざけますが、カラシ種ほどの小さい信頼があれば、望んだものの現出を得ることでしょう。




【解説】
 しかし、このような素晴らしいアイデアを得たとしても、私達自身の心の中にその実現を阻むもの(いわゆるサタン)が存在します。それは疑いであり、不安感です。よく言われることですが、こうした迷いはその者の行動を抑止し、現状のまま放置しようとするのです。
 想念自体の持つ実現力を発揮させる為には、その受け入れに当たって、いささかの疑念もあってはならないのです。イエスのカラシ種のたとえがそれであり、少しの疑いや迷いもあってはならないのです。丁度、フィギュアスケーターが次々に氷上の演技を披露する間、スケーターの心には一瞬の迷いも無いことでしょう。全ては心に流れる高速度な想念の流れに身体各部を従わせ、自らをその完璧な表現者としている訳です。
 即ち、一瞬たりとも迷いがなく、次々に流れ来る想念を表現することが芸術性を生むのは、その想念自体が本来、そのような宇宙的な性質をもっているからなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第7章-段落082

082 Knowing what we are, we then have to hold fast to that which we want and eliminate from the conscious sense mind that which we do not want. We are bound to get results if that which we want is the right thing for us to have at that time. Otherwise we will get what we need at the proper time.
082 私達が何者であるかを知った後は、私達は自分達が欲するものをしっかり保持し、望まないものを意識的な感覚心から駆逐しなければなりません。私達はもし、私達が欲するものが、その時私達が得るのに正当なものであるなら、結果を得る筈なのです。さもなければ、適切な時期に必要なものを得ることでしょう。



【解説】
 ”思いは実現する”とあるように、如何なる想念も心に入り込んだ時を起点として、それは諸々の要素に働きかけ、実現を目指すことになります。これは法則であり、想念の基本的な作用なのです。従って私達は自らの心には真に望ましい想念のみを配置し、望まないような類のものを排除して置く必要があります。
 未来に対する楽観的な態度や希望等こそが重要であり、その者の人生の指針ともあるものと言えます。よく言われることに”先ずは目標を設定せよ”という表現があります。各自が将来に何を望むのかを明確にすることで、やがてはそれに近づく人生の歩みともなる筈だからです。
 そしてその究極の姿としては、何も望まずただひたすら仏の導きの通りとする心境、即ち全てを宇宙の英知の指示に委ねること、創造主への信頼・信仰ということになり、無欲無我の心境となるのではないかと考えています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第7章-段落081

081 To bring ourselves into a broader state of conscious awareness we must transfer the controls from the sense mind to the All Knowing consciousness; and by so doing we transform the body into its natural state. The conscious thoughts that we entertain in our mind draws like conditions unto us. If we wish to expand in conscious awareness of that which we really are we must place the past conditions which have already served us in their proper place, and progress into the vast understanding of a limitless being.
081 私達自身をより幅広い意識的自覚状態にするためには、私達は統制を感覚心から全てを知る意識に移行させなければなりません。そしてそうすることによって、私達は肉体を自然な状態に変質させるのです。私達が自分の心の中で抱く意識的想念は同様な状況を私達に引き寄せます。もし私達が実際にあるがままの意識的自覚を拡張したいと願うのなら、私達は、私達に役立った過去の状況を適切な場所に置いて、無限の存在への広大な理解へと前進しなければなりません。




【解説】
 重要なのは私達が意識している内容は、その内容に関わらずそのまま私達の心身に影響を及ぼしていること、心身はそれら私達の意識している内容を反映したものとなっていることです。昔から”病は気から”と表現されているように、私達各自の精神状態はそのまま身体に影響を及ぼしているのです。
 この為、仮に一時的にせよその者の心境をリフレッシュ出来れば、病状も回復に至るという訳です。ここでのポイントは私達が日頃から心に抱いているような想念は私達自身に大きな影響を与えるという原理を十分に理解することです。つまりは私達が今、何を意識しているかが重要であり、それをより明るく、活発、前進的なものにすれば自ずと環境は良化するものです。それ故に意識は重要ということです。
 更に進めば、宇宙的な意識を努めて取り入れることは心身全体を大きく進化させ、常に若々しく保つことに疑念の余地はありません。他惑星人が長寿命なのは、この意識の作用原理を理解し、実践しているからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第7章-段落080

080  This so-called subconscious mind is in reality one in consciousness with the ever present Cosmic Intelligence. It is the Soul mind in the body of man; that which built and maintains the body. It fears nothing and respects nothing in the sense of personal respect. The sense mind is negative and the All-knowing mind is positive and they are one. In order to enjoy the full benefits of each, man must discipline the sense mind to follow the dictates of the Soul mind. This mind gives impressions for action that is sometimes beyond the perception of the sense mind, and will continue to do so from time to time until the sense mind executes the impression perfectly, so that it may partake of the experience of right action. Just as a teacher would tell a child to do something in a certain way and the child did not do it, but made a mistake, if the teacher should allow the child to go on that way, would it ever know the right way of doing that which it was told to do? No. Therefore the teacher, in order that the child may know the right way, insists that it be done over and over until it is done right and by so doing the child has the practical experience of how it is done.
080 このいわゆる潜在意識心は、実際には永遠に現存する宇宙的知性と共にある意識状態の一つです。それは人体の中の魂の心であり、身体を作り維持している存在です。それは何ものをも恐れず、人の個人的事項に関し、何ものも尊ぶことはありません。感覚心は陰性ですが、全知心は陽性であり、それらは一つです。それぞれの恩恵を十分に享受するために、人は感覚心を訓練し、魂の心の指令に従うようにしなければなりません。この魂の心は時として感覚心の知覚を超える行動に向けた印象を与え、感覚心がその印象を完璧に実行するまで、時折そうし続ける結果、感覚心は正しい行動の体験を共にすることが出来るようになります。丁度、教師が子供をあるやり方で何かさせようとし、子供がそうしようとせず過ちをしでかす時のように、もし、教師がその子供をそうすることを許していたとすれば、その子供は言いつけられた正しいやり方を知るでしょうか。いいえ、出来ません。ですから、教師はその子供が正しい方法を知るようになるため、正しく行うまで何度も何度もそうすべきと主張しますし、そうすることで子供はどのようにして為されたかの実際的な体験を持つのです。




【解説】
 私達が注目すべきいわゆる潜在意識という知性は私達各自の中に常に存在し、宇宙的な知性と繋がっているのです。それは私達の肉体の心とは異なるもので、普段、私達の心はその存在に気付くことなく過ごしています。
 しかし、ほとんどの生命活動はこの潜在意識に基づいて行われている訳であり、私達の心はその上に無知の状態のまま、まどろんでいるということでしょう。
 唯一の救いは時折、心がこれら潜在意識から宇宙的印象がもたらされることであり、それに対して私達が正しく呼応して行動した結果、宇宙的な経験を得るような機会が与えらえることです。こうした好機を逃さず活用し、自分のものとすることが進歩に繋がるということなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第7章-段落079

7. CONSCIOUS AND SUB-CONSCIOUS MIND
079  There has been, and is, widespread misunderstanding regarding the status and function of the subconscious mind. This lack of knowledge has caused many people to get lost in mysteries which are of no value to humankind. There are books and teachings regarding the subject, which we find by research to be wrong. We know that the so-called conscious mind, which is the intellect that we use daily to govern our normal activities, is very fickle and weak. This mind receives impressions from the senses and formulates its own opinions and is subject to uncertainties, fear, or any emotional change that comes its way. This mind gives credit to a sub-conscious mind which it feels possesses memory of past events and a greater knowledge of things unknown to itself.
第7章 意識的心と潜在意識的心
079 潜在意識的心の状態と機能については、広範囲に拡がった誤解があります。この知識の欠如の為、多くの人々は人類にとって何らの価値のない神秘の中に迷っています。このテーマに関して書物や教えがありますが、私達は調査の結果、それらが誤りであることを見出しています。私達は、日常、私達が普通の行動を支配するために用いている知性である、いわゆる意識的心は、大変移り気であり、弱いことを知っています。この心は諸感覚から印象を受け取り、自分の意見を作り上げ、やって来る不安定さや恐れ、あるいはその他感情への変化に従属しています。この心は過去の出来事に関する記憶や自分自身には分からないより偉大な知識を有していると感じている潜在意識の心に信任を与えているのです。




【解説】
 よく言われる潜在意識とは何か、あるいは通常私達が言ういわゆる顕在意識とは何かについて、本章で私達は改めて学ぶことになります。
 著者はこれらこれまでの意識についての分類には誤りがあり、そのように分類することに意味は無いと語っています。重要な点は私達が通常、意識或は顕在意識や意識的心と言うべきものは、もっぱら各自の感覚(視覚、聴覚、味覚、嗅覚)の意見に従っているだけで極めて不安定なものだと説いています。つまり、唯一の拠り所はこれら感覚器官の反応とこれまで記憶に残っている経験のみで、真理に基づくものではないのです。
 一方、潜在意識は人間にではなく宇宙的知性に基づいており、はるかに優れた知性を有しています。この潜在意識との交流こそ私達に必要であり、各自はもっと親しむことが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落078

078 Remember, mind has the possibilities of expansion. Matter, again, is in the process of evolution; so neither mind nor matter is all in all.
078 覚えておいて欲しいことは、心は拡張の可能性を持っていることです。物質もまた進化の過程にあることです。ですから、心も物質もそのものだけでは全てではないのです。




【解説】
 私達各人が精進すべき方向は、自らの心を広く開かれたものとすることであり、今まで気づいていなかったようなより精妙な波動やこれまで出会ったことのないような新しい分野のヒラメキにも心を開くことです。
 これらは各自の試行錯誤の中で身に付く心境ではありますが、何より、これまで気付けなかった分野にも関心を向けて、様々な波動に寄り添った共感の姿勢が必要だということでしょう。
 このように心の中を通る想念波動に肉体が呼応する関係が分かれば、本項で言うように心も肉体もそれ自体では完結せず、常に融合したものであるべきことが分かります。

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