2020年07月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落077

077 This proves to us then, that mind is not all there is since it can be used one way or another. Evolution is not the expression of mind but the expansion of mind. Just as an ungraded road is broadened and leveled in order to accommodate more traffic upon it, so must the highway of mind be expanded and smoothed in order to allow consciousness to project more numerous vehicles of thought to their proper destination. Mind is only the channel of expression, the avenue by which consciousness manifests itself in matter. Body, mind and consciousness, then, are one and inseparable. The body of matter would cease to exist if it were not supported by consciousness. Consciousness could not express itself in matter were it not for the conveyer over which it travels, and mind would be a useless nothingness were it not acting as a channel between the two.
077 このことは私達に、心というものはそれが様々な方向に使われ得るということから、心の現状が全てではないことを示しています。進化という言葉は心を表現したものではなく、拡張することが心を表すものです。丁度、未だなだらかに整備されていない道路がより多くの交通を収容できるよう拡げられ、平らにされるのと同様に、心のハイウエイは意識がより多くの想念の乗り物をそれらの適切な目的地に向けて抄出させられるよう、拡張し、滑らかにされなければなりません。心は表現のチャンネルに過ぎず、意識が物質にそれ自身を現出させる大道なのです。肉体と心と意識は、それ故一つであり、分離できません。物質からなる肉体は、もし意識による支援がなければ存在は途絶えてしまうでしょう。意識はそれ自身が通る輸送装置がなければ物質の中にそれ自身を表現することは出来ないでしょうし、心が両者の間のチャンネルとして行動しなければ何ら無用のものになることでしょう。




【解説】
 実は心の機能は、想念波動をその内側に通すことだけのものであり、それ自体で判断したり制御したりすべきものではないのです。本項ではそれを道路に例えており、その上を高速で車(想念波動)を通す為には、その表面は滑らかであり、かつ幅広いことが必要です。よく言われる表現に、”心が狭い”というものがありますが、まさに言い得ているという訳です。
 それでは心が判断しなくても良いのは何故かと言えば、宇宙的な想念はその中に既に解決策も内蔵されているような英知の部分も含まれているからであり、あとはそれに基づいて肉体が行動・実践することで良いのです。その背景にはそれら想念波動は創造主の意思に基づくものであるからです。
 物質と創造主を結びつける経路こそ、心であると説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落076

076 The sense mind personifies the impressions received and distorts them with self opinions. If the radio ethers are disturbed we on the receiving set get the disturbance called static, which means that we cannot get the program clearly. This is also true with man, for when the mind of man is disturbed that which is coming from the broadcasting station of consciousness is not revealed perfectly and matter goes into action with a distorted conception of its mission. The result is a state of confusion within the body. Cosmic consciousness is never confused, it is always in a unified state, so the harmonious manifestation of an idea depends upon the stillness and impersonal attitude of the mind. A clear peaceful mind will always bring desirable conditions. A disturbed mind will cause distorted conditions.
076 感覚心は受信した印象を属人化し、自己の意見で歪めてしまいます。もしラジオエーテル波が妨害されると受信機の所にいる私達は雑音と呼ばれる攪乱を受け、その結果、私達は番組をはっきり聴取することが出来ません。これは人間についてもまた同様です。何故なら人の心が攪乱されると、意識という放送局から来るものが完全には明らかにならず、その使命の歪んだ概念による行為に物事が進むからです。その結果、肉体の中が混乱の状況になります。しかし、宇宙的意識は決して混乱はしません。それは常に統一化された状態であり、その為、アイデアの調和ある現出は心の静寂と非個人的な姿勢に依存しています。明晰で平穏な心はいつも望ましい状態をもたらすでしょう。一方、混乱した心は歪んだ状態をもたらすでしょう。




【解説】
 宇宙の源泉から来る想念波動は常に完全無欠であるにも拘わらず、何故、私達は誤った行動をとってしまうのか、その仕組みについて解き明かしています。
 イエスをはじめ多くの導師が素直さや敬虔、信頼、信仰が必要だと説いています。それは私達が高慢になるとやって来た想念・印象に対して、自分勝手な解釈をつけ、或はそれに便乗して自らの欲望を満足させようとしてしまうのです。そのことがその後の正常な想念流入を阻み、空白をもたらすために混乱してしまうと諭しています。 
 言い換えれば、想念は瞬発的なヒラメキであっても、それらには継続的な流入があり、ジグゾーパズルのコマのようにある程度の数を得て初めて各々の繋がりが見えて来るものと思われます。それ故に途中で受信が途絶えると全体のイメージを見失うことになるのです。そのため、私達はアイデアを求める際には、必ず真摯で素直な心境を保つ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落075

075 Mortal thought, however, is not the intelligence, it is but an idea projected by consciousness. It acts as a messenger between the sender and the receiver just as an idea consciously projected into a microphone travels on the mind of a radio (the ether waves) to the receiver. The great unlimited force of intelligence, which is consciousness, broadcasts a message in the form of thought; this message travels upon the highway of frequency called mind and contacts every part of the body. Since every cell is the possessor of mind the idea impresses each of them at the same time and they as a whole give expression through and upon the body. This is the same principle used in the operation of radio. Once the message is given over the microphone all space is effected since it can be picked up anywhere by a good receiving set. Thought effects the whole of matter in the same manner. The radio frequency is carried on the waves of ether and is neither seen nor heard outside the studio unless it passes through a receiving set. In this same way consciousness projects itself as an idea through space by an instantaneous action effecting all space at one time and the idea which is supported upon the waves of mind become manifest only after passing through the instrument of matter. In other words, mind is the channel over which man is supplied with conscious awareness just as the ether waves are the channel over which we receive the musical and oratorical expression of the consciousness broadcasting them.
075 しかしながら、死すべき(訳注:肉体の)人間の想念は知性ではありません。それは意識によって放出された一つのアイデアなのです。それは丁度、マイクの中に意識的に放出されたアイデアがラジオという心の上を(エーテル波として)進行し、受信者に到達するようなものです。意識である偉大なる無限の知性の力が想念という形の中にメッセージを放送します。このメッセージは心と呼ばれる周波数のハイウエイを旅して身体中のあらゆる部分と接触します。あらゆる細胞は心の持ち主である以上、そのアイデアは同時にそれらの各々に印象づけ、それらは全体として身体全部を通じて表現を与えるのです。これはラジオの操作で用いられているのと同じ原理です。ひとたびメッセージがマイクを通じて与えられると、全宇宙が影響を受けます。何故なら、良い受信機によっては何処でも拾い上げられるからです。想念は全く同様に物質全体に影響を与えます。ラジオの周波数はエーテル波によって運ばれますが、受信機を通らない限り、スタジオの外では見たり聞いたりは出来ません。それと同様に意識は全宇宙空間を同時に影響を及ぼす瞬間的な行動によって自身をアイデアとして宇宙空間に放出し、心の波動によって支持されたアイデアは物質という装置を通じることによってのみ現出化するのです。言い換えれば心は人間が意識的気付きによって与えられたチャネルであり、丁度エーテル波が私達がそれらを放送している意識の音楽や演説の表現を受信するようなものです。




【解説】
 本項では想念・印象がどのようにして自身の身体や周囲の環境に影響を与えるかを解説しています。そういう意味ではむしろ科学の解説との言えるもので、これらの点がアダムスキー氏が伝える事柄が他の宗教や神秘学と異なる点であり、他惑星社会における膨大な知識と経験に基づいていることを反映しているのです。
 また、重要なのは私達各自の心、即ちハイウエイにどの種の想念を取り入れるかであることが分かります。良い想念は調和した身体を形作りますし、誤った想念はその逆の状況を創り出してしまうものです。また、類は類を呼ぶように、類似したレベルの想念が次々にやって来ることも確かですし、私達は日常の自らの想念選択を大切にしなければなりません。
 同様に心も際限なく広がることが出来る為、離れていても親しい間柄の中では容易に互いの意向が伝わり合うことが出来、互いに理解し合うことが可能となることが分かります。これらハイウエイが実現すれば互いに相手の思うことは同時に感知出来るからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落074

074 We know from actual experience that when a thought is sent over the highway of mind that all of the cells of the body respond in a perfectly unified state in producing that impression in outward form. It is not difficult to know if a man is joyous or angry. The thought of anger will mold the matter composing the body into an exact image of itself - contorted features, flashing eyes, clenched fists, set mouth etc. It may even produce a state of intense trembling throughout the form. If the thought is changed to one of joy the body again responds and matter is molded according to an entirely different pattern - the eyes glow with a soft light, the features are relaxed, and the whole form becomes one of simple grace, a symphony of harmonious action.
074 私達は実際の体験から、一つの想念が心のハイウエイに送り込まれると、肉体の全ての細胞は外向きの形にその印象を作り上げようと完璧に統一された状態で呼応することを知っています。人が楽しく思っているか、怒っているかを知ることは難しくはありません。怒りの想念は肉体を構成している物質をまさにその想念自身のイメージに鋳込み、歪んだ表情、ぎらついた目、固く握りしめた手首、こわばった口等を作り出します。それはまた、身体全体を激しく震えさせる状態さえも作りだすかも知れません。しかし、もし想念が楽しいものに変われば、身体は再び呼応し、物質は全く異なるパターンに沿って鋳込まれ、目は柔らかい光に輝き、表情はリラックスし、形全体は純真な上品さ、調和ある行動のシンフォニーになるのです。



【解説】
 確かに私達各自の表情はその内面の精神状況、即ち心を通過している想念波動を忠実に表現しています。また、これら一時的な影響もそれが継続するとその表情は固定化し、身体全体の細胞をその想念の鋳型のように想念波動そのままの体裁をとるようになるのです。
 自らどのような想念波動が有益で何が危険なのかを十分に注意して心に取り入れる想念を選ぶ必要もある訳です。
 世の中には私達一般人を自覚させず、支配者の奴隷のまま習慣的生活の中にとどめ置きたい勢力が多くある中で、私達各人なこれら真実にいち早く目覚め、自らの進化に繋がる道を歩む必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落073

073 It needed not the aid of science, however, to prove the intelligence of matter, for the very fact that bodies act and grow proves that the cells must possess the consciousness to receive instructions from a higher intelligence. We know that nature takes its own course in healing the body when called upon; that a thought given by a man is immediately acted upon by the cells of his body, so matter must have a mind which is capable of receiving the command of either man or nature or it would not act accordingly. Mind, itself, is nothing more than the highway over which consciousness projects ideas to set matter in motion. If matter were not the possessor of mind there would be no avenue through which it could receive the thought impressions; if it did not possess intelligence it could not act upon impressions, and if it did not possess consciousness it would be totally unaware of the command and would remain in a state of complete inertia.
073 しかしながら、物質の持つ知性を証明するのに科学の助けは必要としません。何故なら、肉体が行動し成長するという事実はそれら細胞がより高位の知性から指導を受け取る意識を持っていることを証明しているからです。私達は自然は求められた時、肉体を治癒する上でそれ自身独自の経路をとることを知っています。また、人間によって与えられた一つの想念は直ちにその者の肉体の諸細胞によって行動に移されることからも、物質は人間あるいは自然の命令を受けられる心を持っているに違いありません。そうでなければ、それに応じた行動はとれないからです。心自体は意識が物質を起動させるためのアイデアを放射するハイウェイに過ぎません。もし、物質が心の所有者でなかったとしたら、その想念印象を受け取る大路は無いこととなり、もし、物質が知性を持たないとすれば、印象に基づく行動をとることが出来ないこととなり、もし、物質が意識を持たないとすれば、物質はその命令に全く気付かず、全くの惰性の状態に留まることになります。



【解説】
 私達の肉体自体、あるいは自然界のあらゆる物体は想念波動を理解し、それに呼応した働きを行う知性があります。そうでなかったら、各々の生命誕生から成長するまでの旺盛な生長活動或は生命活動停止後の速やかな還元分解活動を説明出来るものではありません。
 本項では更に、これら想念波動が通る通路が「心」なのだと説いています。つまり心の中に心配事等の多くのものを置いておくのではなく、空にしておくことで宇宙からの想念波動が通過しやすくなるという訳です。また、それら心は人間では自我の心でもありますが、各細胞、各原子・分子のレベルでは本項で言う「意識」というレベルのものと言えるかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落072

072 Science has done much in proving many things which the majority of the people of the world previously refused to accept. It has proven, for instance, that all forms are made up of cells which are composed of the same elements as the earth, air and water. It has revealed the fact that the human body is no different in composition than any other form in the mineral, vegetable, or animal kingdom. These cells or atoms of matter possess a certain amount of intelligence and are actually little entities not unlike the human being, but the world has not easily accepted the belief that a particle too small to be seen without the aid of a microscope can be the possessor of a mind, or intelligence. Science has now brought forth the proof of this. It speaks of living and disintegrating atoms of matter, and in working with these tiny cells it has learned to release a form of energy from the atom which is seen as a ray of light. One professor of science has spoken of this as the soul of the atom, which certainly implies intelligence.
072 科学はかつては世の中の大多数の人々が受け入れを拒絶した多くの物事を立証して来ました。科学は例えば全ての形あるものが、地面と空気、水と同じ元素からなる細胞から成り立っていることを証明しました。それは人体が鉱物や植物あるいは動物の王国における他の形あるものと組成において何らの違いが無いという事実を明らかにしたのです。これらの細胞や物質の原子は幾分かの知性を持ち、実際には人間とさほど違いが無い小さい実体なのですが、世間は顕微鏡の助け無しには小さすぎて目に見えない粒子が心や知性の所有者であり得るとの確信を受け入れることが出来ないでいます。しかし、科学はこの証拠を提出しています。科学は物質の原子の生存と分解の状態について語っており、これら微細な細胞について研究する中で、これら細胞が光線として見られるような原子からのエネルギーを放出することを学んで来ました。科学のある教授はこのことを、原子の魂と表現しましたが、それは確かに知性を暗示させるものです。




【解説】
 本項から万物を構成する分子・原子の中に知性が存在するという思想は、アダムスキー氏以外にもそれを説く科学者が居たことが分かります。今となっては本文で言う科学者とは誰なのかは確認出来ませんが、"Psyche-Genetics: The Soul of the Atom by Donna Pringle"(2005)なる著書も出版されていることから、いわゆる精神科学の分野では当時も説かれていたものと思われます。  もちろんこれらの分野の研究も必要なのでしょうが、注意しなければならないのは、神秘学とされる分野に立ち入らないことです。つまり、あくまで自分自身の知覚力を自分の手で高めることが重要であり、他人の導きに従うことは危ういものがあるのです。
 唯一お勧めできるのは、これらアダムスキー哲学であり、他はあくまで参考用にすべきものと考えています。
 いずれにせよ、私達各人はこれら究極の微粒子と交流することを自らの日常的な暮らしの指針としなければならないのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第6章-段落071

6. BODY, MIND AND CONSCIOUSNESS
071 Until quite recently mind and matter have been considered as widely separated as the poles. The materialist has exalted matter into predominance and the metaphysician has given the supremacy to the mind, while consciousness has received scarcely a consideration. There have, of course, always been alerted minds in the world who understand the inseparable relationship of mind, matter and consciousness and have made use of this knowledge in the field of practical evolvement, but the world in general has chosen to remain in the mystery of divisions.
第6章 肉体、心そして意識
071 全くの最近まで、心と物質は両極のように甚だしく分離して考えられて来ました。唯物論者は物質を優位位置に引き上げ、また形而上学者は心にその最高位を授けて来ました。しかし一方では、意識はほとんど考慮すら受けて来ませんでした。もちろん、世の中には心と物質、それに意識について引き裂くことの出来ない関係を理解する鋭敏な心の持ち主がいつも居て、実際的な発展の分野にこの知識を活用して来ましたが、世の中一般はその区分分けという神秘の中に留まることを選択して来ました。



【解説】
 重要なポイントは私自身の中に肉体と心の他に「意識」と呼ばれる全能の知性が存在し、それらの3者があいまって、私自身という生命体を構成しているということです。この内、外面としての肉体も各自の内面としての心の存在も良く分かるのですが、意識となるとその意識なるものが般若心経等で言う「空」と同様、沈黙、無形の存在であるが故に、これまで長い間、気付かれることなく過ごされて来たのです。
 しかし、私達自身の生命を実質的に持続させているのはこの意識であり、その知性無くして私達は生存することは出来ません。また、優れた解決法や進歩に繋がるヒント等、助言を与えて呉れるのもこの意識です。従って私達が探求すべきは各自の中にある意識の存在であり、この意識と親しむことによってその意義を日々学んで行くことです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落070

070 We have been taught that all things are possible with God. God is consciousness, and man cannot separate himself from consciousness for he is that. Are not all things also possible therefore, with man? Jesus the Christ understood this unlimited capacity for expansion when he said-"Greater things shall you do than I have done." He put no limitations upon himself or upon another. It is through the understanding of the consciousness, which is oneself, expressing through all forms that gives one the power to control all elements. Cannot a being command himself into action? Cannot consciousness direct its own movements? This mighty Cosmic force, with power to do and the intelligence to direct, is the most generous giver of all things to those who utilize every fleeting conscious moment, but it turns a relentless executioner in the hands of those who pay no attention to its gift of Ideas.
070 私達は全てのことが神とともにあっては可能だと教えられて来ました。神は意識であり、また人は意識から分離できません。何故なら人は意識であるからです。では、全ての事柄もまた、人間にあっては可能ではないでしょうか。イエス・キリストは「私が為した以上の大いなることを貴方は為すだろう」と言った時、この拡大する無制限の能力を理解していたのです。彼は自分自身にも他の者にも如何なる限界を設けていませんでした。それは全ての元素を支配する力を与え、万物を通して表現している自分自身である、意識の理解を通じてのことです。何人であれ、自分自身に行動せよと命令することは出来ないことでしょうか。意識はその運動を指図出来ないでしょうか。この力強い宇宙的力はそれを為す力と指導する知性を持ち、意識的瞬間の束の間のひとつひとつを活用する者達にとって全てのものを与える寛大な贈与者ですが、一方、そのアイデアの贈り物に何らの関心を払わない者達の手にあっては情け容赦の無い執行人に変貌するのです。




【解説】
 私達各自には、大きな可能性があることはイエスも教えていたということです。
 私達が意識からの指示を受け入れ、実践するならば、創造主と同等の働きをすることが可能であるのです。万物創造の基本法則である意識の力を受け入れれば、私達自身も創造する側の役割を担えるという訳です。
 この為、私達が意識に従う限り、そこに制限は無く、力を発揮することが出来ます。言い換えれば、創造主は常にその創造的な力の発現を望んでおり、もし私達自身がその一翼を担う意欲があれば喜んで力を貸して呉れることでしょう。天国を造り上げることこそ、創造主のお望みであるからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落069

069 Those who have become consciously aware of conscious consciousness through the ages have known this and have used the knowledge in their daily life. They have recognized themselves as the unlimited consciousness and thereby have become the controllers of it. The average man who claims himself a conscious being has through the development of a personal ego blinded himself to the reality of his being and understanding of cause consciousness so that he is expressing not more than one tenth of one percent of his potential ability. Think of the possibilities ahead of man when he shall have enlarged his field of awareness.
069 時代を通じて意識的意識について気付くようになった者達は、このことを知り、日常生活の中にその知識を利用しました。彼らは自分自身を無限の意識として認識し、その為その支配者になって来ました。自分自身を意識的存在だと主張する平均的な人間は、個人的自我の発達を通じて、自分の存在の現実性について自分自身を盲目にしてしまい、その結果、彼自身の潜在能力の1%の10分の1も表現してはいないのです。自分の気付きの領域を拡げた時の人の前に拡がる諸々の可能性について考えて下さい。



【解説】
 私達には沈黙の英知とも言うべきもの、即ち本講座で言う「意識」なるものが備わっていることに気付いている者には、その活用によって素晴らしい知識が授けられるという訳です。
 課題解決の為のヒラメキや他者への支援策等々、私達が望む事柄に対して常に私達を助けて呉れる存在がこの意識でもあるのです。
 本来、このような力量は各自に備わっているのですが、多くの者はその存在に気付かず、自分のエゴの意見に支配されています。私達はもっと自らに与えられた才能や能力を開花させ、自らをこの意識なる英知の表現者となるべきであり、他者の手本として生涯を送るべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落068

068 One's breath is measured by consciousness, and Heaven is but a man suspended between the Soul consciousness of Eternity and Man's consciousness of earth. It is the mark or center of balance where the true understanding of the cosmos exists. Each conscious being is but a focal point of action within this great limitless ocean of intelligent force. There is no separation between any one of these focal points of conscious action and the Wholeness of consciousness.
068 人の息は意識によって見守られており、天国とは人が永遠なる魂の意識と地上の人間の意識との間に吊り上げられている人間のことなのです。それは真の宇宙の理解が存在する調和の印、或いは中心です。各々の意識的存在は、この偉大なる限りない知性の力の海の中における行動の焦点なのです。これらの意識的行動の諸焦点のいずれの間と意識全体との間には分離はありません。




【解説】
 私達の呼吸の一つ一つが意識によって見守られており、刻々の私達の行動はこの大いなる意識の下で為されています。そういう意味では全ての行動は宇宙的意識により記憶されていることになります。
 また、本文に記されているように、各々の行動には意識の投影が必要であり、この意識なくして行動は出来ない以上、あらゆる行動は意識を伴っていることになり、意識からの分断は無いということになります。
 天国と称される理想の姿は永遠なる宇宙的意識と私達地上の人間の意識とが釣り合っている状態だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落067

067 The growth of earth and the growth of man is the actual evidence or testimonial of consciousness. Thought, itself, is composed of consciousness. All things of the heavens and the earth have been and will continue to be conceived in the womb of this mother-father principle. Man was born - into a physical form and will grow old and perish while consciousness remains everlastingly young in existence.
067 地球の発展と人間の発達は意識の実際の証拠であり、証明書です。想念自体は意識から成り立っています。天と地の全てのものは、これまでも、またこれからもこの母性父性原理の子宮の中で受想し続けることでしょう。人は肉体の形に生まれ、年老い、死を遂げますが、一方、意識は永続的に若いまま留まります。




【解説】
 大事な点は原理や法則、更にはそれらを作用させている原動力には時間が無いこと、永遠に生命力溢れる若さが保たれているということでしょう。私達が日々摂取する想念・アイデアには本来、老いというものはありません。いつも生まれたばかりの生命体のようにすがすがしく、素直で力強い存在です。
 一方で私達人間はその誕生後、年を重ねるにつれて年老い、やがては誰でもその命を終える時を迎えます。これは物質としての生きものの側面であり、自然の摂理と言えます。従って少しでも若々しい生活を維持したいなら、努めてこれら生命の原動力に近い想念・アイデアを摂取することです。
 その為にも日頃から新しいテーマに取り組み、また手本となる様々な教えに接する等、宇宙的な要素を取り入れることに努め、利他の行動を通じて自らその手本となるよう努めることです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落066

066 Consciousness is the very substance of all forms, yet itself is formless. It is the ruler and keeper of all elements which compose it in the field of form-action, for through this intelligent force the elements which make the form become conscious. It builds form and disintegrates forms yet it knows neither life nor death. It is motionless, yet it is the all-active power by which the cosmos is maintained; placeless, yet it is everywhere for outside of it there is nothing; inert yet composed of unlimited power.
066 意識とは万物の本質そのものです。しかし、意識自身には形がありません。それは形あるものの活動の分野で組織するあらゆる元素の支配者であり、保護者なのです。何故なら、この知性ある力を通じて、形あるものを作り上げている元素が意識を持つようになるからです。意識は形あるものを作り上げ、また形あるものを分解しますが、それでも生も死も知ることはありません。意識はじっとしていますが、宇宙が維持される全ての活動的なパワーでもあるのです。定まった場所はなく、何処にでもあるのです。何故なら、意識の外側には何もなく、意識は自ら動くことはありませんが、無限のパワーから成り立っているからです。




【解説】
 本項は「意識」の持つ驚くべき力について説明されています。古来からある種の”沈黙のちから”について多くが語られ、時によっては”聖霊”の力、等々の表現が為されて来ました。それらのいずれもが目に見えない霊力、気力という大いなる力の存在が強調されていたかと思います。
 各宗教における様々な”行”も、氷上のフィギュアスケーターの華麗な演技も全てはこの「意識」との融合の中での人間の可能性を見せるものとなっているのです。
 私達は日頃から、自らをこの意識との関連性において顧みるとともに、その行動の一つ一つをこの意識との融合の中に実行できるよう、心構えを整えておく必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落065

065 Everything from the mineral to the Cause kingdom is changed, moment by moment, by the everlasting activity of consciousness. It is the avenue of progress; the stream of life ladened with ideas which drop into the consciousness of mortal man with great rapidity and which may be used or discarded, depending upon the understanding of the individual. Consciousness speaks the language of the Soul, for it is the Soul. This Cosmic language is soundless, yet it roars with a voice of thunder, reverberating with a tremendous force upon the mortal form, producing a state of awareness as to the ideas that lie within him - ideas which only he himself knows unless he expresses them in words, and which even then may not be understood by another.
065 鉱物から因の王国に至るあらゆるものは永続する意識の活動により、刻々と変化します。それは進歩の大道であり、大速力で死すべき人間の意識に降り下るアイデアを積み込んだ生命の流れであり、各自の理解力により、活用されるか或いは捨て去られるかになります。意識は魂の言葉を話します。何故ならそれは魂であるからです。この宇宙的言葉は無音ですが、雷ほどの声で叫び、死すべき形あるものにすさまじい勢いで響かせ、人の内側にあるアイデアにいての知覚状態を作り出します。そのアイデアは言葉に表現しない限り、その者のみが知り、言葉に表現したとしてもその時、他の者には理解されないものです。




【解説】
 芸術家達に時に来るヒラメキは、ある者には楽譜を書くペンの先を、またある者にはその絵筆を動かして、大いなる作品を創り出させる訳ですが、その原動力である意識の声は、本人にはとてつもなく大きく聞こえる程、力強いものとしています。それらの声は常にあるにも拘わらず、私達には聞く意欲が薄い為、一部の芸術家を除いては気付かずに過ごしているということでしょう。
 これら力強い宇宙の力は当然、あらゆる粒子、原子・分子に作用し、それぞれに変化を促しています。それ故に私達は変化・流転の途にあるのです。この宇宙的な流れに従って進むか、或は自らの惰性・堕落の道を選ぶかは本人に委ねられていますが、どちらを進むべきかは明白であり、私達はより良い方向に進む意欲と確信を持たねばなりません。日々の活動を宇宙的なものに変革して行くことがその一歩となります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落064

064 As far as we know consciousness had no beginning and will have no ending for it seems to be all in all, the Alpha and Omega, and is made up of the Trinity; first the power; second, the intelligence; and third, the created form. John tells us -"In the beginning was the Word and the Word was with God and the Word is God.' What is a word? Is it not a thought expressed? And does not thought depend upon consciousness for it's being? Then we must admit that "in the beginning was consciousness and the consciousness was with God and consciousness is God." Out of consciousness, again, proceeded thought so "in the beginning was thought and thought was with God and thought is God." And thought becoming expressed returns us in proper sequence to the Word which is with God and is God. (Cosmic Cause) The incarnation of these three through action brings forth manifestation which is concrete realization in form of that which exists always in consciousness.
064 私達が知る限り、意識には始まりもなく、また終わりもないものでしょう。何故なら意識は全ての中の全て、アルファー(訳注:ギリシャ文字24個の最初の文字)であり、オメガ(訳注:ギリシャ文字24個の最後の文字)であるように思うからで、それは三位一体(訳注:「父・子・聖霊」の三位格があることを指す)から成っているからです。即ち第一に力、第二に知性そして第三に創造された形あるものです。使徒ヨハネはこう言いました。「はじめに言葉ありき、言葉は神とともにありき、そして言葉は神である」と。言葉とは何でしょうか。それは表現された想念ではないでしょうか。そして想念はその存在を意識に依存しているのではないでしょうか。そうすると私達は「はじめに意識があり、意識は神であった。そして意識は神である」ことを認めねばなりません。意識の中から更に想念が進み出るため、「はじめに想念があった。想念は神であった。そして想念は神である」ということになります。そして表現された想念は神とともにあり神(宇宙的因)である言葉として適切な順序で私達に戻って来るのです。これら3つの活動の化身は意識の中では常に存在している形あるものへの永続的な現出である創造作用をもたらすのです。



【解説】
 本章はアダムスキー哲学の「意識」を解説するものですが、本項では改めて新約聖書のヨハネ伝にある「はじめに言葉ありき」の”言葉”との結びつきについて説き起こしています。
 アダムスキー研究者の間ではよく知られていることですが、アダムスキー氏自身はかつてイエスに最後まで従っていた聖ヨハネであったとされています。このことはアダムスキー氏自身がかつて自ら表現した意味を、ここで再度解説し、読者に説いているのではないかと思うのです。2000年余の時間が経過し、宇宙時代に入った地球人に対し、再度同種の内容を説く時、アダムスキー氏はそれを”意識”と表現したのではないでしょうか。
 広大な時間軸にあって、その原理は変わるものではなく、宇宙始原の昔から意識なるものは存在し、今後も存続を続けることでしょう。その意識にこそ、私達は更に近づき融合して宇宙的な存在に進化しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落063

063 This intelligent force, then, is actually the Cosmic Whole, for Its limit of knowledge is no where. It is the creator of everything that was, is, and will be. It is not only the soul of man but the very soul of all things, the Father-Mother principle of the Cosmos.
063 この知性ある力は、実際には宇宙全体なのです。何故ならその知識の限界は何処にも無いからです。それはこれまでにあった、現在ある、そして将来あるだろうあらゆるものの創造主です。それは人間の魂のみならず、万物の魂そのもの、宇宙の父性母性原理なのです。




【解説】
 私達が日頃気付いていないこの「意識」なる存在には、限界や際限が無く、宇宙全体とも繋がっており、その包含する知識は私達の想像すら出来ないほど深く、広いものです。何よりも宇宙空間全てを支えている存在だからです。
 それに引き換え、私達の自我は何と小さく、矮小化した存在なのでしょう。更にそれは常に自分の存続だけを考えており、未知なるものに怯えて暮らしているのです。
 ひとたび私達が自らの中にこうした宇宙に繋がる「意識」なる存在を有していることを自覚すれば、大きな変化を遂げることは確実です。そうした姿を黙って見守って呉れているのも意識であり、私達一人一人の守り神とも言うべき役割をも果たして呉れているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落062

062 The story of creation as recorded in Genesis says that God created man from the dust of the earth; out of the elements He molded a form in His image and likeness as a sculptor creates a beautiful statue out of clay. This He did with intelligence and power, and having looked upon His completed form creation He was well pleased, so He incarnated into the form as the Breath of Life and man became a conscious being, a living soul, having the power of intelligent action, which we know as life.
062 創世記に記録された天地創造の物語は、神が人間を大地のチリから創ったとしています。その諸元素から創造主は彫刻家が粘土から美しい彫像を作り上げるように、神ご自身のイメージと似姿で一つの形あるものを型に入れて創ったのです。これを神は知性と力によって行い、自ら完成した創造物を眺め、神は大いに喜び、生命の息としてその形あるものの中に化身し、その結果、人は意識ある存在、生ける魂、私達が生命として知っている知性的な活動の力を得たのです。



【解説】
 創世記におけるアダムの誕生は、古代の人達に私達人間が如何にしてこの世に生まれたのかを、当時の知識レベルでも分かるように伝えられたものと思われます。重要な点は、人間は神の似姿として創られたこと、及びにその素材は全て地球の大地にあるチリと同じ元素から成っていることです。
 しかし、こうして創られた肉体もその生命の源は創造主から吹き込まれた生命の息であり、その息無くして生命は存続せず、その息こそが英知を持ち全ての生きもの達を生かしている大本であるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第5章-段落061

5. WHAT IS CONSCIOUSNESS?
061 The term consciousness seems to be the foundation of all creation. It is not a physical thing, yet it measures all expressions of physical forms. Without it no form could be or exist for consciousness is life itself. It is the power which gathers the elements into the formed state and it is the intelligent force which causes awareness and animation within the form. Conscious awareness of the All-Inclusive consciousness is that tremendous power which is referred to in the Scriptures as the Holy Ghost. It is a dweller, as power, within that which is created, perpetuating the growth of the form by the constant action which is the law of It's being.
第5章 意識とは何か
061 意識という用語は全ての創造作用の基礎であるように思います。それは物理的なものではありませんが、物理的な形あるものの全ての表現の尺度となっています。意識なしではどんな形あるものも存在することが出来ません。意識が生命自体であるからです。それは諸元素を集めて形ある状態にさせる力であり、形あるものの中に気付きと活気をもたらす知性的な力なのです。全てを包含する意識に対する意識的な気付きは聖書の中で聖霊と称されるあのすさまじい力です。意識は創造されたものの内側にある力としての住人であり、その存在の法則でもある絶え間ない行動によってその形あるものの成長を永続させているものです。




【解説】
 本章では一連のアダムスキー哲学の中で最も重要とされている「意識」について改めて著者自らが私達に解説しています。
 とかく私達はこの「意識」なる用語を何か特別なものとして捉えがちで、単に”意識”、”意識”と唱えればそのものに接近することが出来ると思いがちですが、それは誤りであることでしょう。アダムスキー氏が教える「意識」の実態について、先ずは私達自身で探求し、真実の姿を見極めることが必要です。その場合、「Consciousness(意識)」と表現しているイメージはやはり私達日本人にとっては、通常”気を失って意識が無い”等々で用いる”意識”のままのイメージで良い筈です。異なるのはそれと同種の存在が万物に宿る、或は万物を支えているということです。
 この意識なるものは物の全てに存在する訳で、物と物との間のつなぎ、連携するもので宇宙とも融合しているものと考えられます。その知性は万物を創造する知性と力を持っている訳ですので、その力は強力で私達はその力を借りることが出来れば、大いなる発展を遂げることが出来る筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落060

060 Learn to believe in your power of perception; give recognition to those things of which you became aware and you will find yourself enjoying a feeling of happiness and well being. Your vision will gradually expand to where you can feel the pulsation of life in all forms. And you will understand the Universal Language of Life, and the limitations that have bound you to the personal ego will vanish into the illimitable vastness of Cosmic intelligence.
060 あなた自身の知覚力を信じることを学びなさい。あなたが気付くようになった物事に認識を与えることです。そうすればあなた自身、幸せと良好な状態を楽しんでいることに気付くことでしょう。あなたの視界は徐々に拡がり、あなたがあらゆる形あるものの中の生命の脈動を感じ取れるようになることでしょう。そしてあなたは生命の宇宙普遍の言語を理解し、あなたを個人の自我に縛り付けて来た諸々の限界は宇宙的知性の限りない広大さの中に消え去ることでしょう。




【解説】
 私達自身には既に十分な知覚能力が備わっていることを先ず自覚することから始まるということです。仮にその姿が未だ見えないと主張する方も長い年月の中にはその片鱗を垣間見る瞬間もあることでしょう。大事なのはその瞬間の体験を大切にし、記憶することです。
 このように時にいわば創造主の贈り物として得る体験から私達各々が何を学ぶかが問われているのです。わずかな機会であっても私達の自我を解放し、宇宙的な存在に変容する上でまたとない機会となるからです。
 こうして少しずつ体験を積み重ねることで私達は創造された本来の存在、他のあらゆるものと共鳴、融合出来る宇宙的な存在になれるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落059

059 One of our noted scientists once said, "I find ofttimes that in the moments when I have ceased pondering over a problem the greatest revelations come to me." Such revelation is true perception, for it is the time when the mortal sense mind and the cause intelligence unite. Such awareness is called intuition, and the man who acts intuitively is always right. The mortal mind is usually unable to perceive the thoughts which are conceived from the cosmic source for it is in a constant state of friction and wonderment, lost in the perception of the innumerable forms of the effective world and so unaware of the new ideas that are waiting for birth. It is necessary to perceive the possibilities within anything before those potentials are able to become a reality in one's life. True perception goes beyond the apparent into the cause of the appearance, it goes into the invisible and brings newly conceived ideas into manifestation. Many people consciously perceive wonderful things but have not enough faith to bring them forth.
059 著名な科学者の一人はかつてこう言いました。「私はしばしば、問題について考え込むことを止めた瞬間に最大の新発見がやって来ることに気付いています」と。このような啓示は真の知覚です。何故ならそれは死すべき感覚心と因なる知性とが結びつく時であるからです。このような気付きは直感と呼ばれ、直感的に行動する者は常に間違いはありません。肉体の心は大抵は宇宙的源泉から受想される想念を知覚することは出来ません。何故ならそれは常に摩擦と好奇心の状態にあり、結果の世界における無数の形あるものを知覚する内に迷ってしまい、誕生を待っている新しいアイデアには気が付かないからです。このようなこと(訳注:感覚心と因なる知性が結びつくこと)が各自の生活において現実のものとなることが可能となるためには、それ以前にその可能性を知覚する必要があります。真の知覚とは外観を超える因にまで及ぶものであり、新たに受想したアイデアを創造物としてもたらすのです。しかし、多くの人々は意識上は素晴らしい物事を知覚はしますが、それらを現実にもたらすほどの十分な信頼を持っていないのです。




【解説】
 本項はかのエジソンが語った内容を例に、著者が私達が目指すべき「知覚」能力の開発方向を説いていると言えるでしょう。そもそも私達が自らの知覚力を磨くのは本文にあるよう、背後にある目に見えない要素であり、普段の諸々の思いや不安、興味で詰まった心を一端空にしない限り、現れない直観的な感受性です。
 その為には、先ずは私達自身の心から心配事やこだわり事を排除し、無心になってあらゆる波動を受け入れる寛容さこそ心掛けねばなりません。こうして得られたヒラメキを大切にして、その実現を目指すことが望まれているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落058

058 There is really very little difference between conception and perception; the former is the cause soul awareness and the latter is mortal sense awareness, and the two should be always united.
058 実際には受想と知覚の間には、本当にほんのわずかの違いしかありません。前者は因の魂による気付きであり、後者は死すべき肉体の感覚の気付きで、両者は常に一体であらねばならないのです。



【解説】
 私達各自にあるConception(受想)とPerception(知覚)機能について、本項で著者はそれらの差異について記しています。
 実際にはそれらの内容の違いはほとんど無く、受想は因なる魂の気付き、知覚は肉体の感覚の気付きとしているのです。重要な点は両者ともに私達各自の中にあるということで、因なる機能も肉体の機能も全て私達の中に存在しているということでしょう。
 そうした中で、私達は例え全てを有していると言っても、実質的に因なる受想機能を発揮しなければ、やがてそれらは衰えてしまうことは必然です。そういう意味でも、その因なる部分を盛んにして実行力ある知覚に繋げる努力が必要だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第4章-段落057

057 When an unselfish idea is conceived it is to be perceived and brought forth into manifestation just as a soul conceived in the womb of a mother is to be given birth in physical form. Whatever one becomes aware of that is not contrary to natural law must exist, for how can it be possible to perceive that which is not existent?
057 一つの非利己的なアイデアが受想される時、それは丁度、一つの魂が母親の子宮で受胎し肉体の形をもって誕生するのと全く同じに、それは知覚され具体的な創造物としてこの世にもたらされます。自然法則に反しない限り、どのような事柄も人がそれに気付くものは存在する筈です。何故なら存在しないものをどうして知覚することが出来るのでしょうか。




【解説】
 各自にとって時には、これまで自分中心(利己的)なアイデアではない、利他の要素を持つものも心に浮かぶものです。重要なのはそれを逃さず、更に深く知ろうとすることです。当初、私達にとって漠然としたアイデアの状態はConception(受想)であり、宇宙から来るものですが、それをより具体的に自分自身が理解することはPerception(知覚)であり、その後はそのアイデアを物作りや行動への発展させることに繋がります。
 実際には類似したアイデアは過去にも出現している為、既に同類の内容が実現されている為、私達のPerception(知覚)以降の活動も宇宙空間自体に記憶され、私達の進路を導くことになるので安心せよ、と著者が私達に語り掛けているのです。

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