2020年05月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落034

034 Out of Cosmic Cause are worlds and planets whirled into existence; out of such formless beauty has evolved form upon form until at last there came one form so perfect in its geometric pattern that it possessed the possibilities of understanding Cause. And so into this form was poured the Breath which speaks the rhythm of creation into being, and it was given power to perceive all existence; and it was also blessed with power to name that which before had been but nameless.
034 宇宙の因の中から、諸天体や諸惑星が渦を巻いて誕生しています。このような形の無い美しさの中から、次々に形が進化し、遂にあまりにその幾何学的パターンが完全である為、因を理解する可能性を持った一つの形あるものが出現しました。そしてこの形あるものの中に創造のリズムを語る大いなる息吹が注ぎ込まれました。そしてその形あるものは全ての存在を知覚する力を与えられたのです。そしてその形あるものはまた、それ以前には名前が無かったものに名付ける力を授かったのです。




【解説】
 本項は創世記の人類誕生の様子に符号した内容となっています。即ち、宇宙始原の時、膨大な宇宙空間にあった塵が集中、集約し、それぞれ天体を創り出し、そこに究極の創造物として人間が形成されたという訳です。
 これらの状況は今でも外宇宙の各地に渦状の星雲が見られることによって、その後も絶え間なく進行していることが分かります。こうした中、私達の地球においても恐竜の時代から次第に生きものの形が進化し、現在では人類が支配する惑星となったということでしょう。
 私達が造像物に名前を与え、宇宙における体系の中に位置づけることは、本来、最高位の創造物であるが故の特権と言うべきであり、私達が自然をより良く理解する為に与えられたものとも言えるのです。この惑星の将来を委ねられた中で、如何にこの惑星を本来の美しい姿で維持して行くかが、私達に問われていることでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落033

033 Creation as a whole makes up the song that rises and falls in its impassioned cadence, expressing in the glory of calm Silence all that the Word has been, is, and shall be; voicing with soundless sounds and formless beauty the pulsing force that blends and inter-blends into new rhythms. The Breath of the All-Creative Intelligence is sent forth in peaceful, silent tones of consciousness and in the womb of illimitable space each new creation stirs with quickened life and becomes another true note in the endless Song of Action.
033 創造作用は全体としてその感動的な抑揚の上げ下げのある歌を作り上げ、大いなる言葉がかつてそうであった、また現にそうであり、未来もそうであろう静寂な沈黙の栄光の中で、音無き音と形無き美しさで新たなリズムに融合し、再融合する脈動する力を表現しています。全ての創造的英知の息吹は平穏で無音の意識の抑揚の中で発信され、無限の空間の子宮の中でそれぞれの新たな創造が奮い起こされた生命とともに起こります。そして終わり無き行動の歌の中でもう一つの真の調べとなるのです。




【解説】
 これまで私達はテレパシー講座における想念波動といい、多くを波動や振動として表現して来ました。日本古来の神道における言霊も同様な意味合いを示唆しています。そしてその究極が本項で説かれている創造作用に伴う”歌”の誕生ということなのです。
 大いなる創造の時に原子や分子達が宇宙的生命力に共鳴し、創造に向けて活動する時、創造主の意図に呼応したリズムや音階が生まれ、一大音楽が生成されるという訳です。
 それこそが教会での讃美歌の意義であり、私達が波動に耳を傾けよとされる由縁です。こうした宇宙空間に流れる創造力ある音階を体内に取り入れ、自らもそれらの活動に参画することが宇宙との一体感の醸成に繋がるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落032

032 Were it possible for any of the Cosmic vibrations to unite contrary to this Primal Law and cause a discord in the mighty paeon their span of such expression would be contained within one moment's quivering vibration, for discord cannot last within the Whole whose very fact of being rests upon the immutable law of harmony. There is no loss of equilibrium within the scope of Cosmic Rhythm that shall not be again absorbed and reunited into Wholeness. For nothing can break the Melody that has forever throbbed within the Heart of That which is, Itself, Infinity.
032 仮にその宇宙的振動のどれかが、この基本法則に反して結合することが可能であったとしても、また、その力強い音節に不協和音をもたらしたとしても、それらの表現の範囲は、一瞬の震える振動の中に封じ込められることでしょう。何故なら、その存在の事実そのものが不変調和の原理に基づく全体の中では、不協和音は継続することは出来ないからです。宇宙的リズムの中では、再び全体性に吸収され、再統合されないような均衡の喪失はありません。何故なら何物もそれ自身、即ち永遠の中心で鼓動しているメロディーを壊すことなど出来ないからです。



【解説】
 私達の存在それ自体、本校で言う宇宙的振動と調和しているが故に、存在を続けていられるということでしょう。それら肉体の細胞が本来の振動を保てなくなった時、私達は肉体の死を迎えるということかと思います。
 即ち、生きている存在にこそ、宇宙的な振動を表現している故に宇宙的な価値があるという訳です。これは春の芽吹きや新緑の若葉等、生命力を発現しているものに、私達が惹かれまた美しさを感じる背景にそうした波動こそが宇宙普遍の振動であり、私達もそれらと同町したいとする本来の欲求に基づいているのです。
 宇宙の中で永続するのは圧倒的な力を有しているこれら宇宙的力場であり、こうした振動です。私達が”意識に従う”、”印象に従え”と説かれるのは、こうした宇宙を貫く調和的な振動に共鳴同調して、託された役割を全うせよと望まれているからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落031

031 Greater and greater the Heart of Space was stirred until at last the Song was breathed into a living thing. Each motion as an elemental tone within the mighty symphony and every tiny particle of substance was tuned into accord with every other unit in all space. And thus the impulse of Cosmic Will became a law that ne'er can broken be within the scope of everlasting action. (This Law involves the principle of true affinity.)
031 大きく、また更に大きく宇宙空間の中心は揺り動かされ、遂にはその大いなる歌は一つの生けるものに吹き込まれました。その力強い交響曲の中の基本的な調べの中の一つ一つの運動と、物質の一つ一つの微粒子は全宇宙のあらゆる他の単位と調和させられたのです。そしてこのようにして、宇宙の意思は永続する活動の範囲の中で決して壊れることのない一つの法則になったのです。(この法則は真の親和性の原理を含んでいます)




【解説】
 創世記にはチリで作ったアダムに息を吹きかけることで生きものとなったと記されています。チリである個体粒子に呼気を吹きかけることで、その個体が生けるものとなったとする表現の中には、私達が想像する以上の深い意味合いがあるのかも知れません。
 もちろん私達自身、自分が生きている或いは生かされていることは各自の心臓の鼓動や毎回の呼吸によって確かめることが出来ます。つまり、創造主など見たことがないと言われる方々も自分の心臓や毎回の呼吸こそが自らの力ではなく、創造作用を表す生命の証であることに異論はない筈です。
 これら生かされている事実を自覚することこそが宇宙哲学学習の第一歩であるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落030

030 Throughout all space the Word reverberated; It set in motion all the Primal Essence until the whole span of Infinity swayed to the Heart-beat of the Mighty Oneness. Rhythm on rhythm rose and fell in one great undivided harmony, for deep within the bosom of the Word there surged the wondrous Love Song of Creation.
030 全宇宙にその大いなる言葉が鳴り響きました。無限の広がりの中でその力強い一体感の鼓動に従って揺れ動くまで、それは全ての基本的存在を揺り動かしました。律動に次ぐ律動が起こり、また過ぎ去りました。何故なら、大いなる言葉の胸の奥深く、創造の素晴らしい愛の歌が沸き上がったからです。




【解説】
 宇宙始原の昔、如何にして万物が生み出されたのかを本項は示しています。宇宙空間を埋め尽くした各分子原子に対し、大いなる言葉による振動(鼓動)が響き渡り、遂には調和ある音楽のようにこだまして各々の微粒子に作用し、その持つイメージに沿って創造作用が起こったという訳です。
 天地創造はかく起こったと著者は私達に説いている訳ですが、同時に各々の創造物はその波動を宿しており、その形はその波動を表しているとも言うことが出来るのです。
 前項(029)で乙女が大いなる言葉のイメージに沿って創られたとしているのは、宇宙始原の頃、こうして生まれたことに由来しているのです。また、このことを現代的に言うとすれば、その創造の際の大いなる言葉の波動が各自のDNAに記憶され、代々引き継がれるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落029

029 Virgin was this creation in the image of the Word, and filled with all the power of pure wholeness, for it was but one great united form, the body of Cosmic Cause whom we in reverence have called "The Word."
029 乙女とはその大いなる言葉のイメージに創られた創造物でした。またそれは、全ての無垢な完全さの力に満ちていました。何故ならそれは一つの偉大な形、私達が敬愛して「大いなる言葉」と呼んで来た宇宙の因の肉体であるからです。




【解説】
 神社において巫女が祭祀の舞いを奉納する等、古来から乙女を神聖な存在、創造主の表現そのものと尊ばれて来たことと本校で著者が説く内容は一致しています。
 私達人間は、元来、汚れない存在として生まれ来たものであり、その息吹を伝え、表現する存在が乙女たちということでしょう。そこには争いはなく、素直に生命本来の姿が表現されているのです。
 昔の言葉に”真善美”という表現がありますが、私達一人一人それらを表現しようとする時、各自の体内からこの「大いなる言葉」が発現し、私達に変化をもたらし、その目的を成就させようとするのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落028

THE WORD
028 In the beginning there was but the Word: no mortal mind can know the Word in full for it contains all knowledge and all Power, and only that which is Itself the Word can know or understand potentially. But through a mighty action the Word was imaged into primal form; in form so fine that only Cause could know its attributes or view its being. It incarnated through the whole of substance and impregnated all matter with Its presence till in the place of a tremendous void there grew the second or the form-creation.
大いなる言葉
028 原初は大いなる言葉のみがありました。如何なる人の心もその大いなる言葉を完全に知ることは出来ません。何故なら、それは全ての知識と全ての力を含んでいるからであり、大いなる言葉自身がそれを知り、理解し得るからです。しかし、ある壮大な行為を通じて、大いなる言葉は最初の形態に描かれました。それはあまりに繊細で、因のみがその性質を知り、あるいはその存在を観ることが出来ました。物質全ての中にその存在が宿り、そしてついには巨大な空虚の場所に第2の創造、即ち形あるものの創造が生じました。




【解説】
 本文は聖書のヨハネ福音書の冒頭を引用しているものですが、その「言葉」についての説明内容には、日本神道で言う「言霊(ことだま)」と似た意味合いがあることに驚かされます。
 平たく言えば、私達が発する言葉の一つ一つが属する想念衝動の中には創造的要素があり、物事を現実世界にもたらす大きな作用を有しているということでしょう。それ故、自分が実現して欲しくない事柄については、わずかの思いすら心に入れてはならないし、ましてや言葉として発することは厳にはばからねばならないのです。
 私達は自ら発する言葉、自ら文字として表現することについては、それがその後自分の周囲に実現することを十分に自覚する必要があるのです。
 また一方、世界は圧倒的に創造主による言葉が全てを仕切っている訳で、私達にとってはそれら創造主の言葉(想念波)に耳を傾け、共鳴することが最優先事項となるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落027

027 From action to action you pass like a great shuttle weaving new patterns - on the loom of Eternity weaving a pattern of beauty called Life. The fine silver thread which you use is Cosmic Consciousness, binding together each stitch in true lines of perfection; creating in patient evolvement the unified Love Mantle of All. Each thought and each conscious emotion weaves the Pattern of exact direction, in time uniting the parts and the Allness, absorbing the All in the One.
027 行動から行動へとあなたは新しい模様を織る大きな杼(ヒ)のように過ぎ去ります。あなたは永遠という織機の上で生命と呼ばれる美の模様を織っています。あなたが用いる細い銀の織り糸は宇宙の意識であり、それは極致の真実の線の一つ一つの編み目を結び付けています。そして辛抱強い進化の内に、全てのものに対する統一された愛の外套を造り上げます。想念の一つ一つ、意識的な感情の一つ一つが寸分たがわぬ方向に模様を編み進め、やがては各々の部分と全体とを結合させ、全てを一つに吸収させるのです。




【解説】
 最近、チベット仏教のタンカという掛け織物を購入しました。いわゆる庶民の為のもので高級なものではありません。中央に如来が、左右に菩薩が雲に乗る構図で描かれています。実は、このように織物は一つ一つの糸がたて糸と織り込まれながら一枚の布を織り出し、一つの絵画を造り出すことから、私達一人一人の日常の生活がその人の人生を紡ぎだす仕組みの象徴として描かれるものと思われます。
 一瞬一瞬の私達の行動がそもそも何によって生まれ、如何なる成果を生み出すのか、本校で述べられている所謂機織りのたとえの意味するところは深いものがあります。
 ここで注目したいのは、私達各自は織機の杼(シャトル)のように行動することが重要であり、その行動が本文で言う銀の糸(宇宙意識)を各自の紋様に織り込まれることによって、最後は作品として仕上がるということでしょう。毎日の私達の行動がなければ布は織り上がらないからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落026


026 Always you are One, you are All, as a centralized point of Being. Undying, unchanging - the Consciousness, Cause, and the Action - evolving, transmuting a form to a unified state of awareness.
026 存在の集中化した一点として、いつもあなたは一つであり、全てです。あなたは不死、不変の意識であり、因であり、また進化し、一つ形あるものを統一化された知覚状態に変える行動なのです。




【解説】
 本文第3章は、はるか下方を見下ろす台地に一人座禅する修行僧のように何か仏教的な雰囲気をもたらすものとなっています。私達が自分自身や自然界を見つめる時、どのような心境であるべきかを著者が示唆しているということでしょう。
 私達が自分自身に向き合う時、それはこれまでの自分の歩みを振り返る中で、自分自身が恵まれた存在、即ちすべての存在によって慈しみを受け、奉仕された上に乗って生かされてきたことを学ぶ必要があります。また同時に私達の行動がそれらの恩に報いる形で発現されなければならないことも重要なポイントです。
 私達自身の肉体は移ろいやすく変化は免れませんが、その源である”意識”とは本文中の”一つであり全てです”に表現されているように、変わるものではなく、死滅するものではないと説いています。各自の生涯において少しずつこの意識なるものを理解し、私達自身をその統一的知覚状態に進化させることだと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落025

025 Look forth from these eternal heights, from the heart of your unified being; look down towards the plains of desire where your destiny finds its fulfillment. Look closely and firmly perceive that the break which you one time envisioned is nothing but mortal illusion; that there is but the unified whole.
025 これら永遠の台地から、そして一体化したあなた自身の中心から前を見なさい。あなたの運命がその成就を見い出す望みの平原を見下ろしなさい。よく見て、あなたが一時、心に描いた割れ目は人の思い違いであること、そして一体化した全体のみが存在することもしっかり気付きなさい。




【解説】
 ”永遠の台地”に私達が立てるなら、眼下に広がる盆地にはこれから私達が歩むことになる道筋がはっきり見えていることでしょう。その道を目で辿れば、各自がやがて巡り合うことになる様々な状況も手に取るように分かるというものです。
 こうした未来を見つめる中で著者は良きにつけ悪しきにつけ、あらゆる物事は一体化したものであり、他と切り離されたような分断状態ではないと説いているのです。辿る道の途上には平坦な道もあれば、ぬかるんだ道もあることでしょう。そうした中で各自が人生を歩むことになるのですが、それも各々が繋がっていて、意味のあるものであると説いているのです。そして重要なことは、私達が常にこのような高みに自分自身を置くことであり、正しい自分の進路を見失わないことなのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落024

024 Sit here at the center of all and look out on your flux of expression. As the moon to the vision of man passes through all the various phases yet remains still an orb complete without change or point of division, so you through your phases shall pass; mortal eyes shall see change and division yet you are a circle complete - you're endless, eternal, abiding.
024 全ての中心であるここに座って、あなたの絶え間ない表現の変化を見渡しなさい。人間の視覚にとって月は様々な位相を通じて変化しますが、それでも変化や如何なる区分けも無く、それは完全な球体のままです。あなたも様々な位相を経ることでしょう。死すべき肉体の目は変化や区分を見るでしょうが、それでもあなたは完全な円(まる)のままです。あなたは絶えることなく、永遠で不変です。



【解説】
 アダムスキー氏は幼年期に秘かにチベットに渡ったと伝えられています。それがアダムスキー氏の初期の頃の活動名がロイヤル・オーダー・オブ・チベットとされていたことにも関連することでしょう。
 そういう意味では本項の描写は仏教の座禅にも似た観察を私達に促しているように思われます。先ずは自分自身を中心として見える諸々の世界の中に不変の真理を見届けよと説いているのです。
 こうした姿勢はまずは自分自身の中に本質を見出しながら、周囲にそれと関連する諸事象の中に一体化出来る存在、触れ合え、相互理解出来る存在を知覚し、自らをこれまでの殻を超えて拡張させるような仏教的な修行の方法が説かれているように思われるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落023

023 Time is the instrument used to measure the movement of Beings - the element action creates in its path from the formless to the formed. In Eternity always you are, but in time you're unstable, inconstant.
023 時間は存在物の運動を計るために用いられる道具であり、その基本的作用は形無きものから形あるものへの道筋の中で、創造的な働きをします。永遠の中ではあなたは常に居ますが、時間の中ではあなたは不安定で変わりやすいのです。



【解説】
 仏教で”無常”という表現がありますが、本校はそれに類似した概念を示唆するものと思われます。
 時間(即ち歴史)の中にあって、あらゆるものが移り行く訳で、確固たるものは何もありません。石や地中深くの鉱物でさえ、動きを持ち、変遷しているのです。ましてや多くの存在に依存し、関連している私達の肉体は時間の流れの中にあっては、移り行くことを避けられるものではないということでしょう。
 しかし、現実(物質)世界にあっては常ならぬ身ではありますが、以前、著者アダムスキー氏が述べていたように、月の満ち欠けは単なる影の部分を反映しただけのもおんで、月は依然としてまるい存在であることに変わりはありません。私達は各自の拠り所を時間に支配されることのない永遠に続く存在、各自の魂の本源に置いて、自身の人生を歩み、学習し続けることが肝要だということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第3章-段落022

3. THE MAGNIFICENT PERCEPTION
PRELUDE 
022 The roll of the tides and the waves and the rising and setting of suns, the whirling of atoms and worlds are all tuned to the Cosmic Plan yet are subject to time and to space.
第3章 壮麗なる知覚
序章
022 潮汐や波のうねり、太陽達の出や入り、原子や世界の旋回は全て、宇宙の計画に調律され、しかも時間と空間とに従属しています。


【解説】
 本文を読む際、いつも思い浮かぶのは映画「コンタクト」における主人公が時空を超えて辿り着いた地球に似た惑星で、亡くなった父親と邂逅するという場面です。夜、波が打ち寄せる海岸であり、輝く複数の月が出ている美しい情景です。
 著者アダムスキー氏はこうした惑星の状況をイメージして私達に伝えているものと思われますが、それは外でもない地球のことでもあり、他の惑星の日常の風景ということでしょう。自然をありのままに慈しんでいれば、自然界はこのように調和した美しさを表現するのです。
 こした姿を後世に打ち立てる為に、私達地球人はこれまで自分達の欲望のままに自然を破壊して来たことを悔い改め、本来の姿に戻さなければなりません。その為には、少しでもかつての姿を残す地球本来の自然を学び、その中に永続する真善美なる要素を見出す必要もあるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかであるかを個人的に裁定することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。


【解説】
 私達が生きる目的は、物事の真偽を区分けするのではなく、私達自身を如何に自然に順応させ、物事の背後にある因とその現れについての知識を関連付けるかにあると説かれています。
 言い換えれば、前項に述べられていたジグゾーパズルを組み上げた時のように、目前に現れる現象の一コマ一コマを互いに関連性を見出しながら、それらの意味を学び、よりスケールの大きな宇宙観を造り上げることが期待されているように思うのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。


【解説】
 本校ではこのように私達が真理に近づく過程をジクソーパズルに例えています。私自身、ジクソーパズルをトライしたことはありませんが、その膨大な断片からいきなり全体の絵をくみ上げることは出来ないことは分かります。
 おそらくは断片を並べて見て、自分が判別出来る断片の組み合わせを先ず作り上げた上で、その後、再びその他の組み合わせの可能性について見渡すものと思われます。
 ここで大事なのは、自分が組み合わせた数片を先ず固めるということでしょう。つまり、自分が理解出来た事柄を先ずは固めた上で、他の要素を探求するという訳です。その結果、それまで自分が理解出来た組み合わせ(関連性)をより大きな絵(ビジョン)に組み上げることで、最終的な原画が仕上がるという訳です。
 一つ一つの理解をより大きな理解に繋げる作用が真理への道であると著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落019

019 "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the truth is that all things are true - true in a relative sense, I grant you, - relative to all other parts, but until men recognize and give due consideration to the Cause of all actions they will never be free. Only in uniting our efforts, acknowledging a common purpose can we bring civilization to a unified state of understanding and progress.
019 「あなた方は真理を知ることでしょう。そしてその真理はあなた方を自由にする筈です」。その真理とは全てのものが真実であるということ、相対的な意味において真実であるということであり、私としては全ての他の部分との相関性においてとあなた方に認めましょう。しかし、人々が全ての行動の因を認め、当然支払われるべき考慮を払わない限り、彼らは決して自由にはなれません。私達の努力を結集し、一つの共通の目的を認めることにおいてのみ、私達は文明に統合された理解と進歩の状態をもたらすことが出来るのです。



【解説】
 やや結論的に言えば、先ずは全てを是とするということでしょう。
 全ては同じ宇宙の法則の下に成立している為です。しかし、一方では昨今の新型コロナウィルスのように、私達に害を及ぼす為だけの存在もある中で、私達は現実をどのように考えたら良いかという課題もあることも確かです。
 しかし、長い地球の歴史の中で、いつかはこのような現状を総括し、その仕組みを明らかにする日も来るものと思います。問題は私達が自身の理解を何処まで拡げ、一つ一つの活動の意味を学び取るかにあると考えるものです。
 本文では全ての活動(行動)の原因、即ち理由や意義、作用に至る仕組みを学ぶことの大切さが説かれています。私達の一つ一つの理解を深め、互いの関連を学ぶことが真理に近づくことだと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落018

018 Because men do not understand the meaning of truth and are therefore intolerant, there has been a span of over a thousand years of scientific darkness that might have been used to bring the slowly evolving civilization to a higher standard of human expression.
018 人々は真理の意味を理解しない為に、そしてそれ故、不寛容である為に、何千年もの長きにわたり科学的に暗黒であった時代がありましたが、そうでなければ、その期間、この緩慢な進歩の文明に、より高度な水準の人間の表現をもたらしたかも知れないのです。



【解説】
 ここでは著者は前項に引き続いて、中世における宗教による暗黒時代が私達の文明の進化を妨げることになったと指摘しています。その原因として「不寛容」の要素を私達に指摘しているのです。そこで重要なのは不寛容さが人々全体にも大きな悪影響を及ぼす原因と説いていることです。
 このことは現代でも中東地域の宗教を原因とする争いが該当しますが、日本でも戦前の軍国主義の進展の中でクーデター事件など、その後の庶民の暮らしを戦争に導くことになってしまったこと等、枚挙にいとまはありません。
 現在でもラオス等の仏教国では寺院に立つ仏像は両方の手のひらを参列者に示す印相を見せることで、”争うな”と諭していると現地では伝えられています。争い事からは何も生まれないことを仏陀が身をもって教えていたということでしょう。同様に「右の頬を打たれたら、左を差し出せ”とはイエスの言葉ですが、ともに私達に寛容さを求めていることは重要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落017

017 Truth is action - the whole action of which every part is true. Small truths lead into greater truths and one small truth cast out as false can block the progress of a civilization, as has been shown by the history of the past.
017 真理とは活動です。あらゆる個々の部分が真実である活動の全体です。小さな真理はより大きな真理へと導き、偽りと投げ捨てられる一つの小さな真理も、過去の歴史によって示されて来たように、文明の進歩を妨げる可能性すら持っています。


【解説】
 かつて中世のヨーロッパでは宗教が社会を支配していました。人々は聖書の教えを盲目的に信奉するあまり、自ら自然界を探求する人達を異端として迫害していたのです。ガリレオ等、多くの科学者が攻撃され、文明が低迷した事実を私達は忘れてはなりません。
 そういう視点から、著者は自然界にある全ての活動を、先ずはありのままに受け入れよと説いているのです。小は分子・原子による一つ一つの小さな活動が積み重なり、連動して大きな自然のサイクルが形成されていることを、読者に観るように説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落016

016 Most of the world's intolerance is due to the misconception of truth. Men fight to death for their individual concept of it when a little wisdom would show them that they are only a step apart in the same hall of learning, but due to the fact that every individual intelligence has a slightly different degree of understanding, truth to each is slightly different. Intolerance is a mark of ignorance, for a developed intelligence is able to view sequences of action that shows each separate action to be relatively true. And because all sides of a question are understood he is bound by none. This type of intelligence does not condemn those who see only one phase of the whole truth. Instead he will point out the pitfalls or limitations that follow the course of thought that the individual is indulging in.
016 世界の不寛容の大部分は真理への思い違いに起因しています。人々は自分達が同じ学びの会堂で互いに一歩だけ離れていることをわずかな智恵が示す時、自分達各自の概念の為には死に至るまで戦うのです。しかし個々人の知性は理解においてわずかずつ異なるために、各自にとって真理はわずかずつ異なります。不寛容は無知の印(しるし)です。何故なら進化した知性には個別の行為が相対的に真実であることを示す行為のつながりを観ることが出来るからです。そして一つの疑問に関する全ての側面が理解される為、その者は何ものにも囚われることがありません。この種の知性には全体の真理の内、わずか一つの側面のみを見る者を非難することはありません。代わりにその個人がふけっている思考の道程に続く落とし穴や限界を指摘することでしょう。



【解説】
 世界には未だにイデオロギーや主義主張、更には宗教観の相違があり、互いに相手を批判し、自分達こそが正しいとの主張を繰り返しています。典型は政党間の議論でしょう。とにかく相手の不備を突き、欠点を暴き出すことで自分達の存在意義を大衆にアピールしているからです。
 同様に宗教の相違により、他人を殺戮することが平気で行われることが、今の地球の現状なのです。
 こうした混迷の時代にあって私達は今一度、遠い2千年以上も前に地球を訪れたイエスや仏陀の言葉に立ち返って、自ら考えなおす必要があるでしょう。増長してしまった自我(エゴ)を諭し、互いの中にある尊厳ある存在を認め合う風土に再構築しなければなりません。その際に必要な寛容さは、私達自身に既に創造主から溢れるほどに、受けている訳で、それらの一部を相手に分け与えるだけで良いのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落015

015 What of those that say truth is fact - explaining further that it is that which can be proven. Let me ask you this - proven to whom and by what and for how long? Again you must have a set standard of discrimination. Must it be proven by man's laws or theories that have already been given recognition? Then you are putting a limitation on truth. Must it be proven to all people or only to one who is able to see beyond the perception of his fellow-men? Proof can only go so far as a man will accept and truth to each man is only that which he has experienced either by mental realization or physical expression, and yet truth is universal. It is the sum total of action. Every smallest quivering frequency in the whole cosmos is truth - true because it perpetuates action. I shall bring all of my statements down to a perfectly logical, matter-of-fact foundation.
015 真理とは事実であるとする者達の言うことは、更に推し進めれば、それが証明され得るものだということです。このように質問させて下さい。誰にそして何によって、またどれくらいの間、証明されるのかと。ここでもまた、あなたがたは差別のための固定化した基準を持っているに違いないのです。それはこれまで既に認められた人間の法則や理論によって証明されなければならないのでしょうか。そうであるなら、あなたは真理にある限界を置いていることになります。それは全ての人々にあるいは仲間の者達より奥先を観ることが出来る者のどちらに証明されなければならないのでしょうか。証明とは人が受け入れるまでのものであり、個々の人にとっての真理はその人がかつて心の自覚あるいは肉体の表現によって体験したことでしかありません。しかし、真理は宇宙普遍のものです。それは行為の総計です。全宇宙の中の個々の極微の震える振動は真実です。それが永続する活動であるが故に真実なのです。私は私の論述を全て完全なる論理的で事実に即した基礎に基づいて書き起こすつもりです。



【解説】
 本項で著者は永続する活動こそが真理であり、真実であることを私達に説いています。私達はこれまで自分達が作り上げた文明や学問こそが真理であるとして来ましたが、宇宙的に見ればそれらは極く限られたものに過ぎません。宇宙開闢の昔から宇宙空間には永続する諸活動があり、小は素粒子から大は星雲の動きまで、共通の法則の下、絶え間ない動き、生命の息吹があるということでしょう。
 こうした活動は私達人間の思惑とは離れたところに準拠し、包括、連動しているものと思われます。それらの内容を本講座において著者の理解内容を逐次解説して行くと言及されているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落014

014 Let us, therefore, get down to real analysis. Just what is the truth about truth? You have said that it is Reality and if I were to ask you to define reality you would be compelled to admit that it is that which has actual existence, and yet you speak of the real and the unreal. You have a set standard for Reality. Does not everything that is known have apparent existence? How else should it have become known?
014 ですから、真の分析に取り組みましょう。真理についての真実は何かということに対して、あなたは真理とは現実だと先に述べましたが、もし私が現実を定義するようにあなたに問えば、あなたはそれは実際に存在するものだと認めざるを得ないでしょう。そしてあなたは現実と非現実について話していることになります。あなたは現実性に対して固定化した基準を設けていることになります。しかし、これまで知られているもの全ては、明白に存在していないのでしょうか。そうでなければ、どうして知られるようになったのでしょうか。



【解説】
 日本語ではTruthを真理と訳出されています。しかし、原文のTruthの語感には”真実や事実、真相”という意味があり、その延長として”真理・原理”という意味が出ているのです。
 これら言葉の定義については、私達日本人には何故、そこまで厳密に区分するのか理解しがたい面もありますが、この点については欧米人の気質によるものも多いと思われます。いずれにしても私達が長年、追い求めて来た真理とはどういうものかについて、著者は私達一人一人にその理解内容を問うている訳です。
 もちろん私達は未知なるもの全てを奉っていてはなりませんし、神秘の中にうずもれさせてはならないのですが、全て白日の下に明らかにならない限り、真実とは言えないとする”合理主義”には限界があるということでしょう。私達は目に見えない叡智の存在にこそ気付くことが求められているのです。
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