2019年12月

ご挨拶

本日は2019年最後の更新となります。
この一年、ご覧いただき、有難うございました。
来年は1月6日に再開の予定です。

変動の時代の只中ではありますが、皆揃って良き年をお迎え致しましょう。
来年も宜しくお願いいたします。

2019年12月27日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落321

321 An example of this occurred involving an acquaintance of mine who was the head of a large concern in the east. Wanting to make his home in the western part of the country, this man had left his business in the hands of a capable and apparently trustworthy manager; who also happened to be a large stockholder in the company. Except for the annual reports, and occasional correspondence between the two, the head of the company was not worried with the operational arrangements of the business, for he had utmost confidence in his manager's ability and honesty.  I knew that my friend's interest lay in the east, but at that time, I was not familiar with the managerial details.
321 このことの一例が、東部(訳注:米国東部)における大きな仕事の社長であった私の知人の一人について起りました。西部に自分の家を持ちたいと思っていたこの人物は自分のビジネスを有能で見掛け上も信頼出来そうな支配人の手に委ねたのです。その支配人はまた、たまたまその会社の大株主にもなったのです。年間報告や二人の間の時々の連絡を除けば、その会社の社長は事業の運営手はずについて心配はありませんでした。彼は自分の支配人の能力と誠実さには絶大な確信を持っていたからです。私は私の友人の関心が東部にあることは知っていましたし、その頃、私はその経営上の詳細についてよく知りませんでした。



【解説】
 他人を見抜く力や物事の真偽に関する察知能力というものも、本来はテレパシーに属するものと言えます。外見や言葉、見かけの行動の背後にある想念パターンにこそ真実な姿があるからです。
 本項は著者アダムスキー氏が実際に体験した事例かと思われますが、氏は物事の判断や行動の指針を常に勘(hunch)によっていたとされています。即ち、目に見えるもの、耳に聞こえるものでなく、自分が受けた”感じ”に従っていたのです。
 これこそがテレパシーに基づく生活のありようであり、印象に従うことの大切さを示すものです。この場合、応用実践に当たっては最初の内は自らの心の声の方が大きい為、失敗も多いのですが、やがてはその妙なる声に気付くようになるものです。特に声が聞こえるようなものでなく、自然とその印象に従えるようになるところが大切です。素直に躊躇なく従う姿勢が大事なポイントであると思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落320

320 The greatest minds in the world today will not deny that all phenomena is the result of action. Here, we are dealing with that particular invisible vibration called thought, which, like light, travels out from its point of projection in millions of straight lines in all directions. There are billions upon billions of thought actions taking place in the universe. Like light, their vibratory radiation is a constant thing; traveling at a definite rate which never varies. These vibratory rays traveling through space at a certain speed will, according to the law of accuracy, contact or cross each other at a given point: producing predictable results. Anyone who has learned to turn his awareness to the state of universal interest, can consciously perceive these vibrations contacting; and from the reactions produced, can foretell the outcome before these actions have become visible to the recognized channels of sense.
320 今日、世の中の最も偉大な心を持つ者達は、全ての現象は行動の結果であることを否定しないでしょう。ここでは私達は想念と呼ばれる特別な、目に見えない振動を取扱っており、その振動は光のように放射のポイントから全方向に何百万もの直線として旅出ています。宇宙空間では何十億の何十億倍もの想念活動が起っています。光のようにそれらの振動する放射線は一定に動きます。決して変わることのない一定速度で進行しているのです。宇宙を通して旅するこれら振動する放射線は正確さの法則に従って、互いに与えられた地点で接触し、互いに交差することでしょう。そして予想可能な結果をもたらすのです。誰でも自らの気付きを宇宙的な関心の状態に転換することを学んだ者は、意識的にこれら振動が互いに接触しているのを知覚出来、その際作り出される反応から、これらの活動が認識された感覚の経路に見えるようになる前に、その事態を予見することが出来るのです。



【解説】
 全ての事象には何らかの原因があるという訳です。台風にせよ地震にせよ、自然現象とは称せられているものの、実際には様々な力が働くことで、それらが現実化するということでしょう。そのような力の作用を観ることが出来る者を偉大なる者、優れた者という訳です。
 その作用の中でとりわけ、注視しなければならないのは、私達各人が日常的に発する想念なのです。本文に記されているように、想念は発した私達から四方に放射され、物事の実現力を作用させながら、宇宙空間を進行します。また他の者も同様に想念を発している訳ですので、宇宙空間はそれらの想念で満ちていることになります。
 これら想念が重なると作用も倍加するでしょうし、その最も強い作用はその想念の発信者において最大になる筈です。即ち、発信者の身体やその周囲の環境への作用が最も強いと考えられます。例えば、他人を憎んだり、怒ったりを双方の当事者で行ったとすれば、双方とも酷い結果を得ることになるのです。
 宇宙は無音、暗黒の空間と言われておりますが、想念に関する限り、大きな増幅作用を持ち、想念の持つ創造の力が発揮され易い空間ではないかと想像しています。私達が直面している地球規模の気象変化も実際にはその由来は宇宙空間から来ているのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落319

319 You may consider the illustration meaningless, because in the case of piercing space with the telescope to discern material objects we are looking upon something that has already happened, or upon manifestations that have already taken form. But how can we foresee that which has not yet taken place? It may even seem that we are in contradiction to the law of Cause and Effect; for we are seeing the effect before the cause has produced it. But is this true?
319 貴方はこの説明は意味をなさないとお考えになるかも知れません。何故なら、望遠鏡で物体を見つけようと宇宙を貫いて見ようとする場合、私達は既に起ったものや既に形を持った創造物について見ていることになるからです。しかし、未だ起っていないものをどのようにして予知出来るのでしょうか。それは私達が原因と結果の法則とは矛盾しているように見えるかも知れません。何故なら、私達は因が作り出す前にその結果を見ているからです。しかし、これは本当でしょうか?



【解説】
 果たして未来は予見できないのか、と本項は私達に真剣に考えることを求めています。毎日の生活を通じて私達はルーチンに追われ物事の本質を考えることを怠っています。
 確かに望遠鏡で遠く離れた星々を見る時は、時空間における過去の光景を見ていることになりますが、果たして私達は未来をどのように覗き見ることが可能なのでしょうか。
 現実には未来を予知した事例も少なからずあるのですが、それがどのようにして可能となったのかは、十分に解明されていません。沈没する船に乗ることを何故か止めたり、結果的に何十年か後に見る光景を夢の中で見たりすることも予知に属するものです。
 これらはいわば事前に因の領域で起こりつつある事柄を覗いていることであり、私達が因の世界と親しくする中で、自ずと明かされることではないでしょうか。因即ち、印象の世界と交流している中で、私達はこれから起こる事柄を知るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落318

318 We ordinarily think of space as the distance between given objects, and of time as the intermission between acts. But space and time cannot rightly be separated - for they are twin infinities. We are quite correct in saying that time is the distance between events. When we consciously perceive forthcoming events, we are traveling in time, just as surely as we are traveling through space when we perceive hitherto unseen stars and nebulae through the telescope. In either case, we have expanded our vision by eliminating the time-space bug-a-boo.
318 私達は普通、空間を与えられた対象物の間の距離であると考えていますし、時間については行為の間の中休みと考えています。しかし、宇宙空間と時間ははっきりと分離は出来ません。何故なら、それらは対の無限物であるからです。私達が時間を出来事の間の距離であると言うことは全く正しいのです。私達がやがて来る出来事を意識的に知覚する時、私達は丁度、宇宙空間を旅して、今まで知られていなかった星々や星雲を望遠鏡を通して知覚するのと同じです。いずれの場合も私達は時空のお化けを取り払うことで、自分達の視界を拡げたのです。


【解説】
 よく言われることですが、私達が眺める夜空の星は実際には、その星々が遠く離れている為、何百あるいは何千年も前に放たれた光であることです。まさに目で見る光景が距離と時間が対になっている世界に宇宙はあるということでしょう。
 本項では更に進んで、本来、空間と時間は一つのもの、分離できない要素であると説いています。特にテレパシー分野、印象を取り扱う分野では、私達はこの時空空間を自由に行き来できることになります。言い換えれば、因を理解することにより、物事の起こる前にそれらの出現を感知することや過去の出来事を知覚出来るような自由な探求も不可能ではないということでしょう。
 各自の将来を拓く上でも、近未来を知覚して置くことは、大いに役立つものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落317

317 We know that by ascending to a higher elevation we are able to overcome the illusion of space limitation to some degree. Even a small rise will broaden our horizons, and the view we have from the high mountain top seems unlimited compared to that which we had from the valley. When man turned his eyes toward the stars, he realized he must build instruments to aid him to view them more closely. So in his efforts to see ever farther into the universe, he invented and developed the telescope. But our scientists are aware that any instrument built by man is limited. It must be with a feeling of frustration that astronomers view the heavens; knowing that beyond the detection of their finest telescopes lies galaxy after galaxy, stretching into eternity. But once man consciously accepts his oneness with Cosmic Cause, the Cardinal Sense within him (the feeling element), is free to roam the universe at will.
317 私達はより高く昇ることにより、ある程度、空間の限界の幻影を克服できることを知っています。わずかな上昇でも私達の視野を広げますし、高い山の頂上から見る景色は私達が谷間から見る景色と比べて無限の拡がりのように思えます。人が星々に目をやる時、人は自分はより近くにそれらを見るのを助けるための装置を建設すべきだと自覚しました。そこで宇宙空間の更に遠くを見ようとする努力の中、人は望遠鏡を発明し、開発しました。しかし、科学者達はどんなものにせよ、人間によって作られた装置には限界があることに気付いています。天文学者達はある種不満気な気分で天空を眺めていることでしょう。彼らの最も精密な望遠鏡の探知範囲の先には銀河に次ぐ銀河が無限に続いて存在することを知っているからです。しかし、ひとたび人が自分と宇宙の因が一体であることを意識して受け入れるや、人の中にある基本感覚(フィーリングの要素)は自由に宇宙空間を歩き回ることが出来ます。



【解説】
 私達の日常は周囲の限られた地上の環境の中で過ごされています。「そしてその問題や苦悩の種もその中に帰属しています。しかし、視点を少しでも上げればより広い視野の下、それらの事柄が実に小さいものであることに気付きます。
 結局、私達の抱える問題は私達自身がより高い視野を持つことによってのみ、解決が得られるということでしょう。そういう意味でも宇宙こそが私達が目指すべきものであり、物事の判断の基軸は宇宙に置くべきなのです。
 初めて望遠鏡で覗いた時、土星の環や木星の衛星群が見えた時の感動は今でも覚えている訳ですが、全てを包み込む宇宙空間の中で暮らして行けることに感謝する中で、私達は自ずと宇宙空間への親しみを増し、意識を自由に通わせることが出来るようになると著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落316

316 This geometric pattern of magnetic and electric rays is the cause of all manifestation. So, inasmuch as the human is capable of perceiving these vibrations consciously, there is only the necessity of overcoming the illusion of time-space interference in order to foresee future events-or look back on past happenings.
316 この磁気的及び電気的な放射線の幾何学パターンは全ての創造作用をもたらす因なのです。ですから、人間がこれらの振動を意識して知覚することが出来る限りは、未来の出来事を予知したり、過去の事件を回顧する上で必要なのは、時空の幻影の妨害を克服することが必要なだけです。



【解説】
 私達は未だ想念波なるものがどのようなものか計測することは出来ていません。しかし、本項では、それは電磁的な放射線、即ち、私達が知る電磁波の一種であることを示唆しています。そして電磁波は光でもあり、その伝搬速度は1秒間に地球を7周半する程の速度を持っているとすれば、同じ惑星に暮らす者同士の間では、距離に関係なく、同期的に感知されることはよく理解できます。
 また、私達各自が発する想念波は何らかの幾何学的パターンを持っていることも重要です。その形が物事を生み出す原動力となるからです。未だ著者の示唆する高遠な内容を理解できていませんが、少なくとも冬の空から舞い降りる雪の小片は皆美しい幾何学的模様を形成していることが最も良く本項の要点を表しているように思いえてなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落315

315 Let us imagine the universe as an infinite expanse of space-force in a passive state of activity, denoting a condition of calmness. Every positive, or aggressive motion within that calm sea of space-force will produce an impulse, or vibration, throughout the whole span of the universe. And as every impulse, whether of light of thought vibration, will continue traveling through space until it has dissipated its energy either through friction, or has transmuted it by contact, when we introduce the time element we can understand that at some time practically every ray will contact every other ray in the universe.
315 宇宙空間を静けさを象徴する受動的な活動状況の中にある宇宙的力の無限の拡がりとして想像して見ましょう。その静かな宇宙的力の海の中では、あらゆる肯定的あるいは積極的な運動は一つの衝撃あるいは振動を宇宙空間全体にわたって作り出します。そして各々のインパルスはそれが想念振動の光であろうと、摩擦でそのエネルギーを消散するか、接触によって改質されない限り、宇宙空間を進み続けることでしょうし、私達が時間的要素を取り入れるなら、私達はいつの日にか、あらゆる放射線は宇宙空間で他の放射線と接触するだろうことは分かります。



【解説】
 宇宙が静寂であることは誰もが知ることですが、その静寂さの中に全てのものが包まれ育まれていると言っても良いでしょう。本項は私達が発する想いや行動が生成するあらゆる種類の波動が、この静寂なる宇宙空間に拡がって伝搬して行くことを説いています。
 波動は途中で減衰するものの、宇宙の果てまで進行し続けることも理解できます。丁度、鏡のように静かな水面を一か所で生じた波がどこまでも伝わって行くのと同様です。
 多くの人々の発する想念も同じ宇宙空間を行き交う訳ですから、同種のものが重なり合えば、その実現力は相乗されるということでしょう。人々の想念の状態こそ、大きな力を発揮するのです。振り返って過去の文明の崩壊についても、当時の人々の想念がもらたしたものと考えるべきかと思います。私達一人一人が日々発する想念が宇宙に影響を与えると言っても良いかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落314

314 To understand how this can be accomplished, we must remember that feeling is the channel of perception. For regardless of how refined the organs of sight may become, they cannot possibly receive the image of anything that is not yet a concrete manifestation; yet, because the blueprint, or plan for all manifestation is drawn in advance, such information is obtainable. In the case of true clairvoyance, the personal ego must be controlled by an impartial interest in Cosmic Cause. The only limitation placed upon knowledge, is that put there by the personal, or particularized consciousness.
314 このことがどのようにして達成されるかを理解するには、私達はフィーリングが知覚の経路であることを思い出さなければなりません。何故なら、如何に純化しようとも、視覚は未だ確かな創造物となっていないもののイメージを受け取ることは出来ないからです。しかし、あらゆる創造の青写真或いは計画は先立って描かれていますので、これらの情報は入手可能なのです。真実の透視の場合、エゴは宇宙の因についての隔てのない非個人的なる関心によってコントロールされねばなりません。知識に対して置かれた唯一の制限は、個人的な或いは個別特定化された意識によるものでしかありません。



【解説】
 いわゆる予知というものは、物事が現実化する前に先行して構築されるイメージを知覚することであると説かれています。つまり、イメージの段階を知覚する訳で、それを可能とするには、私達自身が何ものも制限なく、素直にそのイメージを知覚する鋭敏さを持っているかにかかっています。
 それを実行するには、私達の心自体を目に見える状態のものばかりでなく、未だ確定していないいわば、創造過程、イメージの段階の世界まで深く知覚できるようにならねばならないことになります。
 その為には、先ずは私達の周囲の世界にそのような徴候、ヒントを知り、その方向について関心を持ち、因果関係を学ぶことが必要だと考えます。既成概念を取り除いて、宇宙の摂理として物事の生じる仕組みについて学ぶ姿勢、観察する心境が重要ではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落313

CHAPTER Ⅲ
Clairvoyance, Clairaudience, Premonitions, Etc.
313 Through ignorance, man has endowed clairvoyance, clairaudience, the ability to foresee future events, etc , with mystical, unknowable powers. We are inclined to view with awe that person whose hunches are invariably right, and attribute this ability to a mysterious extrasensory origin. But the use of any or all of these, whether consciously or unconsciously, is merely perception, or alertness, working in the individual. This is true not only in regard to personal affairs, but this perception can also encompass universal conditions.
第3章
透視、透聴、予知、その他
313 無知故に人は透視、透聴、未来の出来事を予測する能力その他を神秘的な人知を越えた能力のせいにして来ました。私達はその予感がいつも変わることなく正しい人々を畏敬を持って眺めがちであり、この能力を何か神秘的な超感覚的な源泉に起因するものとして来ました。しかし、これらのいかなるものも用いることは、意識的であるか非意識的であるかに関わらず、それは単に各自に働く知覚或いは警戒の作用でしかないのです。この知覚作用は個人的な物事に関するばかりでなく、宇宙的な状況を包含することも可能なのです。




【解説】
 そもそもこれまで透視その他、いわゆる超能力と称されていた事柄は、私達が学んでいるテレパシーに他なりません。その能力を発揮させているのは、本人の秀でた想念波の知覚力、即ちテレパシー能力の発言の一つであるということです。
 私達はこの講座を通じて、各自がそれぞれ自分が何を身に付けようとしているのかを明確にする必要があります。そもそもテレパシーを学び、訓練する目的です。
 有史以来、多くの事例で優れた先人達は、これらの能力を人々の救済に生かして来ましたし、導く方向性の拠り所として来ました。そういう意味からは、皆様各自が何を学んでいるかを改めて確認し、その目標の妥当性とともにこれまでの取り組みについても見直す必要もあるでしょう。私達はとかく習慣に流され易く、初期の目的を見失いがちです。少しでも好ましい体験が得られたなら、努めてその時の心境を思い出し、次なるステップに繋げられるよう、その方向に継続努力することが重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落312

312 Some of our scientists now tell us that telepathy is the language of the future. They say that when man has a better understanding of his mind, it will be the common means of communication. They recognize the importance of breaking the language barriers, for once the peoples of the world are able to exchange ideas freely, lasting peace will finally come to Earth. This concept can be expanded beyond the confines of our own planet. For if we were conversant with telepathy, it would not be necessary for the space visitors to learn our many languages. We could exchange ideas with ease with dwellers from other worlds by using telepathy, since mental impressions know no boundaries.
312 科学者の何人かはテレパシーは未来の言語であると述べています。彼らは人間が自らの心をより深く理解する時、意思疎通の共通した手段になるだろうと言っています。一旦、世界の人々がアイデアを自由に交換できるようになれば、地球に永続する平和が遂にもたらされるが故に、彼らは言語の壁を壊すことの大切さを理解しているのです。この概念は私達の惑星に限定されることなく更に拡がります。何故なら、もし私達がテレパシーに精通していれば、宇宙からの来訪者達にとって多くの言語を学ぶ必要がなくなるからです。私達はテレパシーを用いて他の世界からの住人達と気軽にアイデアを交換できることでしょう。心の印象類には境界がないからです。



【解説】
 私達の将来の世代はテレパシー能力がごく普通の機能として日常用いられるようにならなければなりません。アダムスキー氏が交流した進化した他惑星人は皆、この能力を備え、言語によらない印象波動のやり取りを相互に行っていたからです。
 即ち、私達の身体にはその潜在能力が備わっており、私達は他に道具を用いずとも自身の力で互いに想念イメージを伝えることが出来るのです。
 このことは、他人に隠し事など出来る筈もなく、全ては皆のお見通しということになり、より開かれた自由闊達な世の中になることにつながります。その上で私達各自はより高次なる進化を目指して、宇宙の深淵なる源泉を求めて、探求の道を歩むことになるでしょう。
 もちろん、日常生活においても様々なアイデアや発見のインスピレーションに気付く訳で、より活発で建設的な毎日を送ることでもあるのです。このようにテレパシー能力は私達自身の生活を豊かにしてくれる一大要素なのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落311

311 When mind talks to mind, it is the projection of mental pictures; so, for example, when space people want to refer to a mutual friend, they form a mental image of that person in their mind. I am sure we all can see the advantage of this; for how many times have we tried in vain to recall someone's name, and although it was right on the "tip of our tongue," the name eluded us? The person's face was pictured clearly in our mind and in a case like this, had we been talking to an individual able to receive telepathy, he would have recognized the person immediately. Every thought to which we give audible expression must first be clarified in the mind. So if, like the space people, we had been trained from infancy in the use of telepathy, we could receive thought frequencies without a word being spoken.
311 心が心に語りかける時、それは心に映るイメージを投影しているのです。ですから例えば、宇宙人が互いの友人の一人に言及しようとする時、彼らは自分達の心の中にその人物の心に映るイメージを形成します。私達は皆、この場合の好都合が分かると私は確信しています。何故なら私達は何度となく「口の先まで出掛かっている」けれど、誰かの名前を思い出そうとしてもだめだったことがあるからです。その人物の顔は私達の心の中にはっきりと描かれており、このような場合には私達がテレパシーを受信出来る人と話しをしている場合には、その人はその人物をただちに認識出来たと思うからです。私達が声に出して表現するあらゆる想念は、先ず最初に心の中で明確にされなければなりません。ですから、宇宙人達のように私達が幼い頃からテレパシーの使い方を訓練されていれば、私達は言葉を話すことなく、想念周波数を受信することが出来ることでしょう。




【解説】
 章の最終部に当たって、著者はそもそもテレパシーでやり取りされる想念とはどのようなものかについて具体例を揚げています。その伝達は想念が私達の中で音声になる前、イメージの段階から相互に伝え合えると説いているのです。
 即ち、言い換えれば、私達の心の中で生まれるものは全て感知できる相手の中に同期して沸き起こり、両者の間の距離は関係しないということでしょう。
 そうなれば、互いに言葉に変換することなく、膨大な量の情報を瞬時に伝えることが出来るように思います。たとえ母国語であっても、アイデアを言葉にするには大きな努力を必要とするからです。その点、その原初のアイデアの段階で伝えることが出来れば、効率的であること「、この上ないと言えるのです。これらの方法は幼年期から訓練する必要があることも確かであり、素直で柔軟な心の段階で真理を身に付けることは何を置いても優先すべきです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落310

310 The space people I have met use telepathy in their daily lives. If you were to visit their planets, you would find the people smiling and greeting each other in apparent silence. Yet, they are actually conversing by mental communication, much the same as we use the spoken word. Many Earthlings have questioned the statement that personal names are not necessary among them; but a moment's consideration of what the free use of telepathy would mean, makes the statement self-explanatory.
310 私がこれまでに会った宇宙人達は、日常生活にテレパシーを使っています。もし貴方が彼らの惑星を訪れたら、貴方は人々が一見して声を出さず、互いに微笑み、そして挨拶していることを見出すでしょう。しかし、彼らは実際には心の交流により、私達が話し言葉を用いるのとほとんど同様に、実際には会話しているのです。多くの地球人が宇宙人の間には名前が必要ないとする声明に疑問を投げかけて来ました。しかし、テレパシーの自由な使用が何を意味するのかを少し考えれば、その声明は自明のことになります。




【解説】
 私達が日常的にテレパシーを活用できるようになれば、どのような情景になるのかを本項は説いています。
 これまでも、他惑星での生活の様子を示すと思われる伝承が神話や物語として伝えられて来ました。その中で以前、どなたからか”浦島太郎”の物語について、面白いお話を伺ったことがあります。
 そもそも浦島太郎が乗った”亀”なるものは”宇宙船”で、別世界でお目にかかったお姫様の名前が乙姫様というのは”音を秘める”という意味があり、音声によらないコミュニケーション、テレパシーのことを指すとか、波動の持つ潜在的な力を指すとのことでした。
 やがて竜宮城から故郷に帰った浦島太郎は玉手箱を開けてしまうと、一挙に年齢が老けてしまうのですが、これも地球での暮らしが老化を早めることを示唆しているということでしょう。テレパシー能力を活用することが、若さの原動力にもなることを示唆しているものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落309

309 To accomplish this, however, we must learn to listen to the "small, still voice." This is a vital necessity in true telepathy. When a friend calls us on the telephone, for instance, we do not lift the receiver and rush into a monologue that lasts until the other party finally hangs up. We carry on an exchange of conversation. The same holds true when we are practicing telepathy. If we expect to advance, we must learn to listen-answer-then listen again, etc. And we will discover that the more we learn to listen, the more profound and impersonal will be the impressions coming through to us.
309 しかしながら、これを成し遂げるには、私達はその「小さく、ひそやかな声」に耳を傾けなければなりません。これは真のテレパシーにおいて決定的に必要なことです。例えばもし、友人から私達の所に電話が掛かって来たとしましょう。私達は受話器を取り上げて、相手が最後に受話器を置くまで、ぶっ続けの一人語りを慌ただしく行うことはありません。私達は会話の交換を続けます。それと同じことが私達がテレパシーを実践する際にも当てはまります。もし私達が進歩したいと思うなら、私達は聞く-答える-再び聞く等を行うことを学ばねばなりません。そして私達が如何に多く聞くことを学べば学ぶ程、私達にやって来る印象はより深遠で非個人的なものとなるでしょう。




【解説】
 本項kはある意味、テレパシーについての訓練、練習方法の極意を示唆するものです。
 私達はこれまで、自らの願いをひたすら祈り続けることが成就につながるとして来ました。しかし、そでは片側通行、送信するだけで終わってしまう通話でしかありません。実際には送信に対する相手からの助言を交互に進める中で、問題についての正しい理解が得られる訳で、このような一方的な想念の発信では効果が少ないのです。
 私達が自らを訓練し、他惑星人のように精神感応力を高める為には、送信とともに受信についても注意深く進める必要があるのです。どのようなヒントがもたらされるかをいくつかの実例を体験できれば、私達自身が宇宙の始原から常に助けられていること、自らの進路に対してもいつでも支援を頂ける宇宙的存在に守られていることに気付くことが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落308

308 Being the recipient is much more difficult than the conscious sending of impressions, because we have never been taught the necessary restraint to develop this facet of our lives. Since time immemorial, our four senses have quarreled and bickered amongst themselves; yet we have not been conscious of the unbalance this was causing within our being. We have worried and fretted over conditions we could not change; and we have unquestioningly accepted the concepts of gloom and doom because these strong vibrations impinge themselves on our bodies. But I believe it has been made apparent that with a measure of self-control, and a practical approach to life as it really exists throughout all manifestation, we can cast off these detrimental thought-habits and expand our consciousness to a clearer understanding of our rightful place in the Cosmic Plan.
308 意識して印象類を送信することよりも、受信者であることははるかに難しいものです。何故なら、私達はこれまで私達の生き方におけるこの側面を発達させる為に必要な抑制を教えられて来なかったからです。太古の昔から私達の4つの感覚は互いに言い争い、口論して来ました。それでも私達は、このことが私達の中にもたらしているアンバランスについて未だ意識していません。私達は私達が変えることの出来ない状況について心配し、思い悩んで来ました。また私達は憂鬱や非運の概念を疑い無く受け入れて来ました。何故なら、これらの強い振動はそれらを私達の肉体に衝突させて来るからです。しかし、私達は自己統制の手法とあらゆる創造を通じてのありのままに存在する生命への実践的なアプローチによって、私達はこれら有害な想念習慣を投げ捨て、私達の意識を宇宙英知の計画における正当な地位のより明確なる理解へと拡げることが出来るのです。




【解説】
 私達が当面する課題は、想念を発することでなく、想念を受け取る側の能力を高めることです。普段から私達はその内容の是非は別として、自らの願いや思いを発しているからです。
 しかし、印象を受容するとなると、私達は大きな問題を抱えているのです。自らの欲求を勝手に放出してはいても、それは一方的に発するだけで、それに対する答えや導きの声を聴こうとはしていない為です。本項はその問題は、私達自身の心にあると説いています。先ずは自らの心の中の争いや高慢さを取り除き、自我を抑制する中で素直な心境にならない限りは妙なる印象波を感知できないからです。
 私達自身の想念習慣を捨て去って、新しい心境の下、宇宙の一員として宇宙的印象に従うことが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落307

307 I am assuming that by now you have seen the fallacy of tolerating thoughts of fear, worry, anger, anxiety, etc., and are viewing all things calmly; knowing that through this new balance in your life, you are truly about the Father's business. Therefore, your daily chores will no longer be a drudgery, and you can perform them with a composed, receptive mind. If you watch your mind carefully, you will find many of the real universal thoughts come while you are contentedly, physically occupied. This is what Jesus meant when He said, "Be ye therefore ready also; for the Son of man cometh at an hour when ye think not." Luke 12:40. He did not refer to His appearance in the physical body, but to a communion between the mind and universal knowledge.
307 私は今や貴方は恐れや心配、怒りや不安等の想念を許容することが誤った考えであることが分かり、あらゆるものを静かに眺め、貴方の生活のこの新しい調和を通じて真に父の御わざに従事していることを知っていると確信しています。ですから、貴方の日常の雑事はもはやつまらぬ仕事ではなくなるでしょうし、貴方はそれらを落ち着いた受容的な心で行うことが出来ます。もし、貴方が貴方の心を注意深く観察するなら、貴方は数多くの真に宇宙的な想念は貴方が満ち足り、肉体的にも手一杯の間にも貴方の所にやって来ることに気付くことでしょう。これがイエスが「あなた方も用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」(ルカ伝12章40節)と言った時、イエスが意味したものです。イエスは肉体としてのご自身の出現のことを述べたのではなく、心と宇宙普遍の知識との間の交わりについて述べていたのです。




【解説】
 伝えられているところでは、アダムスキー氏は過去生においてイエスの高弟であったとされています。事実、氏がそれまでのビジネスを辞めて啓蒙活動に身を投じることになったのも、夢の中でイエスが現れ、促されたからとされています。
 2000年前にもイエスが本講座と同様な事柄を教えていたと説かれていますが、それも当時の記憶を著者が忘れずに保持していたからと言うべきでしょう。
 言葉こそは時間を超えて伝えられると言われており、仏典もそうですが、それでもそれらを受け止める私達に理解力が育たない限り、その教えの真意は容易には伝われないということでしょう。学ぶ者は単に言葉を覚えるのではなく、その真意を自ら学ぶ努力を惜しんではならないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落306

306 So let us make an effort to keep an open, receptive mind at least part of the time; and when our mental telephone bell rings just lift the receiver quietly, and impartially accept the impressions coming to us. This does not mean sitting idly in meditation, waiting with folded hands for some great thought to come to us out of the universal storehouse; but that we should continue normally about our daily lives.
306 ですから、少なくともある時間、私達はオープンで受容的な心を保つよう努力して見ましょう。そして私達の心の電話器のベルが鳴ったら、静かに受話器を取り上げ、そして偏らずに私達の方にやって来る印象類を受け入れることです。これは何もせず座って瞑想して何か偉大な想念が宇宙の倉庫から私達の所に来るのを、手を組んで待っていることを意味するのではありません。そうではなく、私達は私達の日常生活について普通の暮らしを続けるべきなのです。




【解説】
 芸術家がインスピレーションを得る時と同様、私達も日々の暮らしの中で、宇宙から贈られる高次な印象を受けることが出来ます。私達にとっては、座して印象を待つよりは、当たり前の日常生活をする中で、それら印象の訪れに気付くこと、更にはそれらに対し、静かに落ち着いて全容を受け入れるよう努めよと著者は説いているのです。
 以前にも説かれていることですが、私達は単に瞑想するだけでは心が不活発になり、本来の生命を表現できていないのです。日常の義務を果たす行動の中で発想が湧き、次なる活動につながる中で徐々に維持する振動数が高まるものと思われます。
 心を穏やかにし毎日を誠実に生きる中で、宇宙からやって来る印象波が響きあえる心境を目指すべきだと言い換えてもよいのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落305

305 I believe the telephone makes a very understandable illustration for the exchange of impressions . . which, of course, is operable telepathy. Remember, we have stressed the importance of an open, receptive mind; and mind, like the telephone, is a two-way instrument. If we keep our minds continually occupied with consciously sending out thoughts, any impressions coming to us will receive the "busy signal" and be turned away. The connection between mind and mind cannot be completed, because the frequencies of the incoming impression cannot get past the thought vibrations our own mind is broadcasting.
305 私は電話が印象の交換、それはもちろん実行力のあるテレパシーですが、それをとても分かりやすく説明する例になると思っています。私達がオープンで受容的な心の重要性を強調して来たこと、また心というものが電話のように双方向の装置であることを覚えておいて下さい。もし私達が想念を意識的に送ることで私達の心を常に占拠していたら、私達にやって来る想念があっても、それらは「話し中の信号」を受け取り、戻されることでしょう。入って来る印象が私達の心が送信している想念振動を抜けることが出来ないため、心と心の間の接続が完成されないのです。




【解説】
 前項(304)の冒頭に説明があったように、テレパシーは私達の心を通じて行われます。それ故、心が既存の想念で一杯になっていたり、想念の発信過程にある間は、他の想念が入り込む余地がなく、受信ができないことになります。
 まさにテレパシー能力は如何に自らの心を穏やかに保ち、あらゆる微妙な波動にも気付けるよう、警戒を怠らないかに掛かっています。
 即ち、心の中にいつまでも自己の想念を保持することも、テレパシーを妨げることになります。心を空(Empty)にすること、心を空しくすることについてはイエスの教えでありますが、これもテレパシーの本質を説いたものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落304

304 In developing telepathy as a means of communication, remember impressions work from mind to mind; and distance is no barrier. As we first begin to use this universal language, we will find it easier to exchange impressions with a few chosen individuals until confidence is gained. With all parties working in sympathy a certain wave length can be established between them; making it possible for them to communicate much as radio "hams" talk back and forth around the world.
304 意思疎通の手段としてテレパシー能力を発達させるについては、印象は心から心に作用し、距離は障壁にはならないことを覚えておいて下さい。私達がこの宇宙普遍の言語を最初に用いるに当っては、確信が得られるまでは少数の選ばれた個人の間で印象を交換する方が容易であることがわかるでしょう。仲間意識を持って働く仲間の間では、ある波長が出来上がりますし、ラジオの「アマチュア無線家」が世界中と通話するように意思疎通を可能とするのです。




【解説】
 野外で鳥の観察をしていると、群れは一団となって行動している様子が良くわかります。もちろん、外敵に対して一斉に行動することは安全性を高めることでもあり、餌の効率的な確保の上でも有利と言えるでしょう。
 鳥が群れで行動する中で驚異的なのは、皆、一団となって自由自在に飛行することです。あたかも一つの生き物のように各々が全体の行動に従っているのです。このような場合、文字通り、何百何千という鳥が”心を一つに”していると言えるでしょう。そしてその原理こそ、本項で説かれているよう、あるリーダーの下、想念が各構成員に瞬時に伝わり、一致した行動を実現しているのです。
 また、同様の事象は魚にも当てはまり、蟻やミツバチの昆虫にも同様な現象を見ることが出来ます。即ち、自然界の生きものは皆、これらのテレパシー能力をごく日常の能力として発揮しているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落303

303 A very good example of this may be found in the way many of our scientific discoveries are made almost simultaneously in separate parts of the world. Working independently, and often unaware of the research the other is doing along the same line, each scientist actually tunes in on the same thought vibration of universal knowledge; (the same as any number of people can tune in on a radio program).
303 これについての大変良い例は、多くの私達の科学的発見がほとんど同時になされているという経緯に見ることが出来ます。個別に取組んでおり、しばしば他の者が同じ経路に沿って進んでいることを知らないまま、各々の科学者は世界の離れた場所で、実際には宇宙普遍の知識の同じ想念振動に同調しているのです。(他の多くの人々が同時に一つのラジオ番組にチューナーを合わせることが出来るのと同じです)




【解説】
 本項で述べられている科学的発見の同時性については、いくつかの事例があります。中でもマルコーニの無線通信については、同時期に様々な人々が無線通信に関して類似した発見を行っていました。その中で、特許を取得したのがマルコーニであった訳です。
 同じ啓示的な想念波を多くの研究者が感受した中で、その発展性に気付いた者がマルコーニであったということでしょう。おそらくは時代背景がその発見を活用できる状況になった時、適切なタイミングで啓示が与えられるということでしょう。私達各人が常に警戒して置く必要があるのは、こうした天の啓示を活用したいからに他なりません。
 私達が天の啓示の実行者になる時、創造主はそれを見て、大いに喜ばれることは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落302

302 "Of course not," he answered without hesitation; then grinned, sheepishly. "Now I understand what you mean," he said, and sat down. The voices were audible to him, but not to those around him. Yet, if a person were to tune in on the same thought frequency he, too, would receive the same thought.
302 「もちろん、そんなことはありません」と彼は躊躇なく答え、次に恥ずかしそうにニコリと笑いました。「今、私は貴方の言う意味が分かりました」と言って席に座りました。その声は彼には聞こえたのですが、彼の周囲に聞こえるものではなかったのです。それでも、もし何らかの人物がそれと同じ想念波動に合わせることが出来れば、その者も同じ想念を受信したことでしょう。




【解説】
 私自身、未だ本項のような体験はありませんが、声が聞こえたとする事例も多く聞くところです。想念が放送の電波のようなものと仮定すれば、送り手の言葉を私達自身の受信機が再び送り手の音声を再現することはよく理解出来ます。各人の受信機の性能を高めれば、その想念波から忠実に送信者のメッセージを再現出来るということでしょう。
 私達自身がこれら宇宙的想念の表現者、再現者になれば、この惑星全体が宇宙の楽園と化し、禁断の惑星という汚名を晴らすことにつながることでしょう。その為にも、より良質な波動に共鳴出来るよう、自らの心身を整える必要があるのです。

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