2019年09月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落260

260 We are an intensely selfish lot. If you were to make an impersonal analysis of your mental reactions, you would find that ninety-nine and ninety-nine-one-hundredths percent of your thoughts pertain to yourself, your home, your business, your mate, children and possessions. To break this down, eighty-five percent of your thoughts are dedicated to the idea of self-preservation; the other fourteen-and-ninety-nine hundredths percent, to self-pleasure. That leaves a mere one-one-hundredth percent to be devoted to a searching for universal knowledge.
260 私達は強烈なる利己的な奴です。もし貴方が自分の心の諸反応を客観的に分析するなら、貴方は貴方の想念の内、99.99%が自分自身や自分の家族、自分の仕事、自分の仲間や子供達、持ち物に関連していることが分かるでしょう。更に分解すれば貴方の想念の85%が自己保存の想いに、他の14.99%が自己快楽に捧げられています。つまりはわずか0.01%が宇宙的知識の探究に捧げられているに過ぎないのです。




【解説】
 私達の日常はほとんど自分への関心事に向けられています。即ち、この地球では他者や宇宙に関心を抱く者は極めて少なく、もっぱら各自が自分自身の事柄に追われて生活していると言っても良いでしょう。
 この傾向は、会社等の組織、国家間でも同様であり、各々が自分自身と見なす範囲のことだけを常に考えている訳です。
 おそらく文明の始まりの頃は、これでも許されたのかも知れませんが、人間が力をつけ、影響力を増した現代においては、問題が大きくなっているのです。限られた土地や資源の奪い合いや侵略行為等もそうですし、各国の支配者は国民の志向を誘導し、敵対的な想念を持たせ、宇宙的な覚醒を持たせないよう、マスメディアを用いることに余念がないように思えます。
 しかし、これらの傾向も今までの自己中心の志向では問題が解決しないことを悟れば、良き方向に転換する他、ありません。そこに参考とすべきは他の生きもの達の立ち居振る舞いです。たとえ明日の朝、屠られる宿命であっても残された1日をいつも通りに過ごす水牛達の悲しげながらも穏やかな目を見た時、これら水牛達は死に向かう人間より、はるかに潔い人生観を持っていると感じ入った次第です。たとえ明日はどうなるか分からずとも、穏やかに宇宙の鼓動に耳を傾けていたいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落259

259 The intense concentration of the particles composing the body has set up such a definite barrier of resistance to the free-flying atoms of space, that the form appears to be acting under a self-made law; or to have a separate will of its own. The law of evolution which has brought the cells of the body to such a fine degree of organization, or concentration, does in time lead them into a field of universal expansion so that this barrier of resistance is lessened; and the human consciousness becomes more receptive to the vibrations about it.
259 人体を構成する粒子の強固な集中状態は宇宙空間を自由に飛翔する諸原子に対し、断固とした防御壁を作り上げており、人体は自ら作った法則の下で行動している、あるいはそれ自身の分離した意思を持っているように見えます。人体の諸細胞にこのような緻密な組織、あるいは濃度をもたらした進化の法則はやがて、この抵抗の防御壁を宇宙拡張の領域に導き、その結果、この障壁は小さくなり、そして人間の意識はそれに関わる諸振動をより多く感受するようになります。




【解説】
 実は各細胞にはそれを取り囲む細胞膜や細胞壁が各細胞の中身を守っておりますし、身体全体は皮膚組織が外部からの異物の侵入を防いでいます。これらはいずれも身体を形成する各要素を守る大きな役割を果たしていますが、その一方で各々のユニットの存在を維持すべく、内向きの態勢であるとも言うことが出来ます。
 本文の文脈から、著者は私達にこれら内向きの関心や対外的な守りの姿勢は長年、各々のユニットに要素を集結し、形を維持して来た為、ある意味、当然の成り行きであると説いています。
 しかし、私達がこの段階から進化を遂げて、宇宙的な存在になる為には宇宙から来る働きかけに対し、素直に門戸を開いていなければなりません。人体を統括する心を穏やかに、また柔軟にすることで、身体の各細胞をリラックスさせ、外宇宙からやって来る想念波動を受け止められる状態にする必要があるのです。
 昔、ある剣術家が対峙する相手と剣の先端を当てた時、しなやかな動きをする者は強いと評していたことを思い出します。あらゆる事態に臨機応変に対応する為には、心身は常に柔軟でなければならず、何かの事柄に凝り固まっていては発展は無いということでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落258

258 Because of its higher state of concentration, the same thing is taking place in our bodies to a much greater degree. The human consciousness, or personality, has come to the place where it is almost wholly interested in itself. That is, the chemicals composing the form are so highly organized that they do not feel the need of outside forces; although they must draw upon those sources for their support. Each human form is interested only in perpetuating itself; and through thousands of years it has created the habit of accepting only those impulses, or vibrations, that pertain to its own well-being.
258 そのより高密度の状況の為、同様の事柄は私達の身体の中では更に大きく起っています。人間的な意識、あるいは個性というものは、ほとんど全く自分自身にしか関心がない状態の所までに至っています。それは即ち、形を構成している化学物質は余りに高く組織化されている為、それらはそれらの維持の上から原材料を引き込む必要はあるものの、人体の外側の諸々の力を必要だとは感じていません。一つ一つの人体はそれ自身を永続させることのみに関心があり、何千年もの間、自分自身の安寧に関係する衝動もしくは振動のみを受け入れる習慣を作り上げてしまいました。




【解説】
 確かに私達の身体は優れた機能と美しさを備えていると言えるでしょう。もちろん、その身体を委ねられた私達はその機能を十分に発揮し、その美しさを表現して行く必要があります。
 しかし、それだけでは問題があるのです。自分自身にしか関心が無く、他者はあくまで自分との比較においてのみ利用するのでは、行き詰るというものです。かつてウェイン・ダイヤー氏の講演の中で、"私達はあまりにも自分自身に関心を集中して来た"と延べられていたことがあります。私達はもはや必要以上に自分に向けての関心を持っていることに問題があるのです。
 この状態では外からやって来る宇宙的な想念や周囲の者達の苦悩等について情報が入って来ることはなく、やがては自己中心的な性格に陥ってしまいます。
 自分への執着を捨てることによって、ようやく宇宙的な要素が入り込むことが出来るということでしょう。今日、流行の"断捨離"もこうして作った隙間に、宇宙的要素を入れることを本来、目指しているのかも知れません。 

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落257

257 For instance, let us mentally picture our own solar system-which resembles in every detail the tiny, invisible atom described earlier-with its twelve planets and countless planetoids revolving around a central sun. This solar system is traveling through space-force, which is composed of an infinite number of particles and innumerable other planets and suns, yet our own little system is so interested in itself that not one of the planets will wander off. They cannot help being affected to some extent by every other concentrated force in the universe, because no atom, or unit, can separate itself from the Cosmic Whole. But the planets do not allow any force to influence them sufficiently to draw them out of their chosen orbits around the sun.
257 例えば心で私達の太陽系を思い描いて見ましょう。それは以前お話したように、小さく目に見えない原子に細かい所まで似ており、中央の太陽の周りに12の惑星と無数の小惑星を伴っています。この太陽系は力の空間の中を移動しており、その空間は無数の粒子と他の無数の惑星と諸太陽から成り立っていますが、私達自身の小さな太陽系ではそれ自身の指向性が高い為、惑星のどれ一つとしてさまよい出るものはありません。諸惑星は如何なる原子や他の単位もそれ自身を宇宙全体から分離することが出来ない以上、宇宙空間の一つ一つの他の集約された力により幾分かは影響を受けざるをえません。しかし、諸惑星はそれらが選択した太陽の周囲の軌道から引き落とす程の影響を与えるような如何なる力も許すことはありません。




【解説】 
 本項では私達が暮らす惑星が中央の太陽の周囲を巡る様子を原子に例えて、中央の原子核を中心に電子が周回する姿と相似させています。その記述の中で特出すべきは、太陽系における惑星が、また、原子の中で周回する電子が中央の核を離脱しないのは、それ程に中央の太陽や原子核に強くひきつけられているからだと指摘している点です。
 私達が毎朝、太陽の光に感謝や美しさを感じることが、この惑星に暮らす生きもの共通の思いであるばかりでなく、海や陸も含めた惑星全体の姿勢であることに気付くものです。これは天照大神と畏敬していた古代の日本人の姿勢でもあるということです。
 太陽系という表現がありますが、中央に太陽をいただき、周囲をその子供達である惑星が周回する姿は一家団欒の姿に似ているように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落256

256 Professor Einstein spoke of substance, or any mass, as a knot in time-space - a very logical definition. For any material form is simply a section of space tied, or bound, together. This concentration, or binding together of particles, creates a sense of individuality (which is almost totally interested in itself).
256 アインシュタイン教授は物質、あるいは質量を時空における一つの結び目のように表現しており、それは大変、論理的な定義です。何故なら、どのような物質についても形は縛り付けられ、あるいはくくられた一部の空間のまとまりでしかないからです。この集中、即ち、諸々の粒子群を一緒に束ねていることが、個体性(全ての関心をほとんど自身に向けていること)を造り出しています。




【解説】
 アインシュタインは物質を時間-空間座標における結び目と捉えていたと本項は紹介するとともに、その洞察が進化した他惑星人の思想の上からも理に適っていると延べています。
 この視点は同時に、私達がとかく捉われ易い執着というものが、物質特有の性質であり、私達が肉体人間として留まる限り、抜け出せないある種の特徴なのかと思われます。
 一方、同理論によれば、物質自体は単なる結び目であり、実体が無いとすれば私達のこの従来の概念は、あくまで仮の姿に固執していることを意味します。重さを測定すれば確かに物質の量を測ることは出来ますが、それも一時的なものであり、物質は時間の経過とともに変化して行き、永続するものではありません。
 従って、私達が軸足を置くべき場所は、これら空間の結び目のような不安定なところではなく、もっと永続するものに置くべきであることを本項は示唆しているのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落255

255 To answer these questions, let us imagine the creation of a human consciousness through a concentration of forces, or rather, particles of force. Let us visualize a vast sea of force, composed of invisible units.  By a means inconceivable to the human intellect one of these units is project forward through this force-space in a whirling motion, creating a form of magnetism within itself which draws other particles to it. Because of the magnetic force within them, which we have called the law of affinity, these particles cling together and gradually become more and more concentrated, or bound to each other, by a mutual form of activity.
255 これらの疑問に答える為、人間の意識が力の集中、あるいはむしろ力の粒子群を介して創造される過程を心に描いて見ましょう。目に見えない単位から構成された広大な力の海を目に浮かべましょう。人間の知性では認知できないある方法によって、これらの単位の一つがこの力の空間の中に回転しながら打ち出され、それ自身の中に磁力を造り出す結果、他の粒子をそれに引き寄せます。私達が親和の法則と呼ぶこの内部の磁力の影響から、これら粒子は互いにくっつき合い、やがてより密度が高まり、相互の活動形態を通じて互いに結合します。


【解説】
 本項は広大な宇宙空間の中で私達の意識がどのように創造されているかを説いています。丁度、創世記に記されているように、万物の始まりに先立って、その形が出現するはるか前の意識段階での創造作用が本項で描かれています。
 現時点で私達は本項の内容について検証するすべはありませんが、創造力のある宇宙空間において創造主が意思を持って投げかけた「言葉」が空間を通過するにつれ、その元に呼応した様々な粒子が結合し、一つの形を形成する様子は良く理解出来ます。
 物事を実現させるには様々な要素や物質を結集しなければなりませんが、創造主が意思を持ってその想念を空間に投げかければ、その意思に呼応する粒子群がこのようにして様々な要素を引き寄せ、物事を実現して行くということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落254

254 When we consider that consciousness is activity, and that thought is energy produced by that activity, and that thought cannot be destroyed but can be transmuted or transformed, we must stand in awe before the realization of the prodigious bombardment to which our bodies are subjected by billions upon billions of charged particles flying through space in never ceasing activity. Since these countless variations of vibrations surrounding us at all times, and the human body is capable of receiving all of them through the feeling channel, why is that the average person receives so few? Why are some more receptive? What determines the type of vibration to which each individual is receptive?
254 私達が意識は活動であり、想念はその活動によって作り出されたエネルギーであり、想念は破壊されず変質あるいは変容するだけだと考える時、私達の肉体が止むことなく宇宙空間を飛来して来た何十億もの荷電粒子による桁はずれの数の衝突にさらされているという自覚を前にして私達は驚きの中、立ち尽くす筈です。私達を常々取り囲むこれら無数の諸振動はフィーリングの経路を通じてそれら全てを受信することが出来ますが、一方で何故平均的な人間は感受がそんなに少ないのでしょうか。他の者がより多く感受できるのは何故か。各々が感受する振動の形式はどのようにして決まるのでしょうか。




【解説】
 本項では宇宙空間を猛烈な速さで伝播する想念波動の様子について、細かく描写されています。私達はその真只中に暮らしている訳で、私達の身体には絶えずこの荷電粒子が衝突していると言っても良いでしょう。
 これら想念波動はおそらくはあらゆるものに影響されることなく通過し、宇宙を文字通り飛び回り駆け続けているに違いありません。私達はそれらの中で自分の身体を通過したものの内、自らが感受できたもののみ、アイデアや印象として感知するということでしょう。
 何ものにも邪魔されることなく、宇宙を駆け巡るという点では、素粒子研究の世界と似ているように思われます。宇宙から降り注ぐ素粒子を地中深くに建設した検出装置により観察する装置の存在は著名ですが、私自身としては、地中深くまで貫通する宇宙から来る素粒子のパワーに本項で言う想念波動に似た要素を感じます。
 私達の発する想念も、岩をも貫くパワーがあり、どこまでも進み、物事の実現力を備えていることに改めて驚く限りです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落253

253 Nothing in the universe is at rest; so all things must be conscious. The only difference between consciousness and intelligence is that intelligence, or the perception of thought, is the result of consciousness, or activity, acting upon itself. In other words, thought is produced by one unit of consciousness contacting another unit of consciousness; and the recognition of thought is intelligence, or knowledge. Consciousness is abstract awareness.... intelligence is concrete awareness. Thus, all concrete facts, or phenomena, are merely manifestation of the abstract; and are dependent upon it for their existence.
253 宇宙には休止しているものは何一つなく、それ故に全てのものには意識的でなければなりません。意識と知性の間にある唯一の違いは知性ないし想念の知覚は、それ自身に作用する意識あるいは活動の結果であるということです。言い替えれば、想念は一つの意識単位からもう一つの意識単位と接触することで作り出されます。そして想念の認識は知性あるいは知識なのです。意識は抽象的な気付きであり、知性は具体的な気付きであるのです。このように全ての具体的な事実あるいは現象は、単にその抽象物の現れに過ぎず、その存在をその抽象物に依存しているのです。



【解説】
 ここではアダムスキー哲学で言う"意識"について更に深く記述されています。その具体的内容について完全に理解出来ている訳ではありませんが、常に活動を続ける宇宙にあって、意識はその複合的な英知であると説いており、その意識と意識の接触、交流において想念が生まれるとしています。
 このように私達各人が持つ意識は、全体の知識の統合体の役割があると同時に、それら相互作用によって想念を生み出すという訳です。従って、私達が宇宙空間で数多くの意識と交流すればするほど、発信される想念は数多いものとなることになります。
 人により、感受するアイデアの数は異なるでしょうが、それはその方の意識が如何に多くの意識体と交流しているかにかかっているのです。多くの意識体と交わる程に、感受するアイデアも増えることになります。また、創造的な仕事もそれに比例して数多いものになるに違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落252

252 Telepathy is an expression of the Law; which is as ageless as the Cosmos. If man hopes to use it with understanding, he must recognize how imperative it is for him to practice self-discipline. As long as he allows dissension to continue within himself, his receptivity will be confined to the level upon which his mind works. The Laws of the Cosmos are immutable, and in time man will awaken to his potential; for the only limitations placed upon man, are those his unawareness imposes.
252 テレパシーは偉大なる法則の内の発現の一つであり、それは大宇宙と同様、永遠不老です。もし人がテレパシーを理解して用いたいと望むなら、自身にとって自己訓練を実践することが如何に必須なことであるかを認識しなければなりません。その者が自身の内側で意見の不一致を許す限り、その者の感受性は心が働くレベルに限定されるのです。大宇宙の諸法則は不変であり、やがては人は自身の潜在能力に目覚めることでしょう。何故なら、人の上に置かれた唯一の限界は自身の鈍感さが押し付けたものだからです。




【解説】
 テレパシーの発動原理は宇宙の法則そのものであり、その作用に限界はないのです。個々人について唯一、その限界を設けているのはその個々人の自我の設定する限界だけであると説いています。
 これを見る限り、私達は改めて現在学んでいるテレパシーとは、単なる無言の会話術などに収まるようなものでなく、広い宇宙に拡がるあらゆるものと融合する能力、更には物事を創出する潜在力を持つものであることに気付きます。
 私達一人一人が進化を遂げる中で、理解を深めて行くのがこのテレパシーであり、様々なものと心を通わせる能力であり、物事を生み出す原動力と言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落251

251 So the great teachers of the past, comprehending that real development cannot come until man has disciplined himself, refused to waste either their time, or that of the pupil, where growth would be doubtful. They understood that the Cosmic Law of Progression would in time inspire the person to realize the necessity of an honest evaluation of himself, and of his relationship to all creation. He would then know that self-control was a prime requisite.
251 その為、昔の教師達はその者が自身を訓練し終わるまでは真の発達がやって来ないことを理解していた為、成長が疑わしい間は、自分達やその生徒の時間を無駄に過ごすことを拒絶したのです。彼らは進化の宇宙法則はやがてはその者に自身について正直な評価を行う必要性を認識させることを理解していました。その者は次に自己統制が主要な必要条件であることを知ることになるのです。





【解説】
 その人にとって、これまでの自分の限界を超えて新たな進化の道を歩み始めるには、それなりの厳しい訓練が必要だということです。指導者についただけではその説く教えを理解し身に付けることは難しいのです。先ずは自身のこれまでの批判的な態度や自己意識等、徹底的に解消する必要があると説いています。
 もちろん、これらの著者の指摘は以前記したように、自己主張を重んじる欧米社会という背景もあるでしょうが、私達日本人にも長年、社会で揉まれる中で増長させてしまった自我をコントロール(統制、制御)することが重要である点にいささかも相違はありません。
 やって来る想念・印象に対して素直に受容出来る態勢を自身に作り上げることが進歩の道の前提となる訳ですし、そうする中で創造物の一員として創造主の庭で過ごすことが出来るというものです。幼子のように宇宙的波動に素直に従えることがカギということになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落250

250 We would do well to ponder this ancient requirement, and incorporate a little of it into our lives today. Most of us are so busy imposing our opinions upon others, that we really do not listen to what they have to say. While others are presenting their side of the subject, our minds are so busy marshalling our own arguments to prove them wrong, that we do not hear more than a fraction of what is being said.
250 私達は古代のこの要件についてじっくり考え、今日の私達の生活にその少しを組み入れた方が良いでしょう。私達のほとんどは他の者達への自分達の意見を押し付けることに躍起になっており、私達は実際には他の者達が何を言おうとしているのかに耳を傾けてはいません。他の者達が課題に対する自分達の側面を提示している間に、私達の心はそれらの提示が誤りであることを示すべく、自分達の議論を先導しているだけで、私達は相手が話している事柄の一部しか聞いていないのです。




【解説】
 本項が執筆されていたアメリカは民主主義、自由主義の国であり、各自自らの責任で全ての生き方や選択を自分の意思でよって行われるといっても良いでしょう。しかしその一方で自己主張しないと人格が認められない風潮があるのかも知れません。
 とりわけ最近では日本でも盛んに行われるようになったものに、ディベートがあります。互いに異なる意見を戦わせて、勝敗を決めるものです。そこでの内容は、本項の中身そのものです。こうした中、各人の自我は自分の主張、自我の主張を強める訳です。
 しかし、テレパシー訓練はこれとは真逆の方向で自身を訓練せよと言っているのです。これらディベートは政治家の討論会でも同じであり、物事の真の解決にはならず、互いの溝を深めるだけとなっています。このように私達の身の回りには、本項で指摘されているような事例は数多くあると思われますし、私達はこれらを観察する一方、これらの中にある課題に注意する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第1章-段落249

Part  Ⅲ
CHAPTER I  Control of the Ego
249 In olden times, teachers of philosophy demanded strict adherence to certain disciplines of body and mind before they would accept a pupil. They did this because they knew that if a man could not control his sense mind and body-habits, he was not yet ready to receive higher instruction. Some great teachers demanded a five-year period of absolute silence from the pupil before they would even consider the possibility of instructing him. This may seem drastic to us today, yet it served a two-fold purpose. The student learned self-control through not being able to participate in conversation around him; and the enforced role of an impartial listener made it possible for him to study and evaluate both sides of every question.
第3部
第1章 エゴを統制すること
249 古くは哲学の教師達は弟子を受け入れる前に肉体と心についてある種の訓練に厳密に従うことを要求したものです。教師達は、もしその者が感覚心や肉体の習慣を統制できなければ、より高次な教えを受ける準備が出来ていないことを知っている為、そうしたのです。偉大な教師の中には、その弟子を教えられるかを考える前に、その弟子から5年間の間、全くの沈黙を課した教師もいました。これは今日、私達にとっては過激に見えるかも知れませんが、それには二重の目的があったのです。弟子は自分の周囲の会話に参加出来ない為に、自己統制を学びましたし、また隔てない聞き役としての強いられた役割によって、すべての問いに対する両方の側について学び、評価することが可能となったのです。





【解説】
 伝えられているところではアダムスキー氏は幼少期にチベットに連れて行かれ、そこで訓練を受けたとされています。自我を統制する為に行われたであろう様々な訓練について、本項で紹介されているのには、そうした背景があるのかも知れません。
 これまでも多くの学習者は、とかくアダムスキー氏に関する自分が知る事柄を自慢し、また相手の意見に耳を傾けることなく、持論を述べるか、或いは新しい情報を求め続ける事例も多かったように思われます。
 しかし、これらの場合、結局は本質を掴むことなく他人と意見をたがえ、再び自分の殻の中に戻ってしまうことも残念ながら多かったように思います。
 これに対して、本来の私達の最大の課題は、アダムスキー氏でも他人でもなく、私達各自の自我、自分自身にある訳で、これを如何に攻略し、本来の姿に戻すのかにあるのです。この第3部第1課はこうした意味で各自の自我のコントロール(統制)の重要性について私達に説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落248

248 The more disinterested we become in ourselves as a personal ego, the finer our perception becomes. Cosmic Life, or conscious awareness, is never confined to the body. Our limited mind-the mind of effect-tries to hold all things within the realm of its concrete understanding. But the mind that we know is only a shadow; while Cosmic Cause is Reality expressing. When the individualized mind recognizes its limitations, then wills itself to that which knows its purpose for being, its power becomes unlimited.
248 私達が各個人のエゴとしての私達自身に対して関心が薄れるにつれて、私達の知覚力はより繊細なものになります。宇宙的な生命、あるいは意識の知覚力は私達の肉体に限定されることはありません。私達の限られた心、即ち結果の心は全ての物事をその確固たる理解の領域の中に把握して置こうとします。しかし、私達が知っている心は影でしかなく、宇宙的因が表現されている現実なのです。各自の心が心の限界を認識し、心の存在目的を知るものへ自身を仕向ける時、心のパワーは無限になるのです。




【解説】
 第2部を終えるに当たって、著者アダムスキー氏は私達の心の横暴や支配傾向を取り除き、真の自由を獲得する為には、何よりも自分(自我)への執着を取り除き、自分を自らの肉体を越えた自由な宇宙空間に拡げることが必要で、その為にもこれまでの自分自身の限界を悟らねばならないと説いています。
 自分の事柄には関心を持たず、また価値も置かないことが求められています。こうして自分への関心が薄れれば、それだけ宇宙への融合が享受出来るという訳です。当然、利己的という概念は消え去り、他者への慈しみ等、仏の教えに近づくことが分かります。心が自らの価値を捨てる中で、その空いたスペースに新しい宇宙的要素が入り込むことになるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落247

247 When your impressions are not received clearly, examine yourself and try to analyze what is wrong. Did one of the four senses interfere? Did an old thought habit reassert itself? Do not allow either. For even a split-seconds interruption can cause misinterpretation of the impression. We have really illustrations of how easily a trend of thought can be lost; for when we are relating an incident and someone interrupts, quite often we completely forget the point we were discussing. And because impressions flash through the mind at high speed, this situation is magnified a thousandfold.
247 貴方の印象類が明確に感受されない場合は、貴方自身を調べて何が間違っているか分析することです。四つの感覚の何れが妨害していませんでしたか。古い思考習慣が再び顕在化しませんでしたか。そのいずれも許してはなりません。何故ならほんの一瞬の妨害も印象の誤った解釈を引き起こすからです。私達は如何にたやすく想念の方向性が見失われるかについて実際例を知っています。何故なら、私達がある出来事について説明している時、誰かが話に割り込んでしまうと、しばしば私達は議論していたポイントを完全に忘れてしまうからです。また、印象というものは心の中を高速度で一瞬ひらめく為、この状況は一千倍も拡大したものになります。




【解説】
 仏教でよく用いられる言葉に"妙"という表現があります。精妙という意味かと思われますが、その意味するところは、本項で言う想念の流れる径路によく似ています。つまり、想念の流れる径路はそれ程に細かく、繊細なものだということでしょう。何万、何億という想念波動が通過する中で、ある特定の想念波動をしっかり把握し、理解する為には、それ程に心が鋭敏でなければならないのです。
 体験上もわずから油断で今まで考えていた事柄を見失ったりすることも多いものです。それ程に貴重なアイデア、想念に巡りあった際には、それを忘れぬようメモを取る等の工夫が大切なのです。これら妙なる想念波動は大変貴重なものであり、私達地球人にとっては生涯再び巡りあえるかどうかも分からないものです。それ故、この種の訓練においては誰からも邪魔されてはならないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落246

246 Exercise 4. If possible, stand some distance from a body of water (its size is unimportant), preferably on a hilltop or rise, so you are looking down on it. Then, realizing your unlimited capability as consciousness, picture how cool and refreshing that water will feel as you place your foot in it. You can soon get to the place where your whole body will be invigorated by the contact; for in reality, there is no distance between your body and where you have directed your feeling. The feeling is the consciousness of the body. Once we realize feeling is not shackled to the physical form, therefore is not confined to one place, distance offers no barrier. It is in this manner that consciousness can roam the universe.
246 もし可能なら、水面(その大きさは重要ではありません)から、ある距離離れて、望ましくは丘の頂上か高台に立ち、下の水面を見下ろして下さい。そして意識としての貴方の無限の能力を実感しながら、貴方が自分の足をその中に浸けたらどんなに冷たく気持良いかを思い描いて下さい。貴方は貴方の全身がその水との接触で爽快になる所までにまもなく到達出来るでしょう。何故なら、実際には貴方の身体と貴方が自らのフィーリンングを差し向けた場所との間には距離は無いからです。そのフィーリンングは肉体の意識なのです。ひとたび私達がフィーリンングは肉体に鎖でつながれるものではないことを実感すれば、即ち一箇所に限定されることはなく、距離は障壁にはならなくなります。意識が宇宙空間をさまようようになれるのは、このようにして為されるのです。




【解説】
 本項では改めて私達が想念・印象を感じ取るということはどういうことか、いわゆる"意識"との関係について解説しています。
 具体例としては、遠く離れた湖を一体化する際に、何が起こるのかから説いています。アダムスキー氏の哲学の基本に"意識"という表現がありますが、その意識が自由に肉体から離れて一体化する相手にまで拡がるという訳です。その意識で相手に浸透することで双方の意識が融合するという訳です。
 その作用から具体的な分子原子の記憶振動が共有され、心に感知されるのかと思われます。
 そういう意味では、意識は肉体の範囲に限定されることなく、常に自由であり、宇宙をもさまようことが出来るということでしょう。私達はテレパシー訓練を行う際、単にやって来る想念に鋭敏になるということでなく、積極的に対象に自らの意識を融合させ相手を理解しようとする姿勢が重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落245

245 Approach a tree with a feeling of unity, then try to realize, your oneness with that life-form. In time, you will feel its pulsation. You will be able to trace its intricate network of roots through the earth, understand how they gather the needed elements for growth, and at the same time act as a ground for the tree. The portion above ground, the trunk, spreading branches and leaves, serve as an antenna; drawing life-giving elements from space that are just as necessary for its growth as are the minerals it obtains from the earth. The entire history of the tree, from the time the seed germinated, through all the years of drought and flood can become an open book when you are able to receive impressions from it. This knowledge and much more is available to you, because the same Breath that gives you life as a form, gives the tree life. You will find that the more you work with this inner feeling, the more you will become united with all phases of nature. This can be carried to the point where a flower will turn and nod to you.
245 自分と一体であるとするフィーリングを持って木に近付き、その生命体と貴方が一体であると認識するように努力することです。やがて貴方はその木の脈動を感じるようになるでしょう。貴方は地面の中の根の複雑なネットワークを辿ることや、それらの根が生育に必要な諸元素を如何にして集めるか、また同時に木の基盤として役立っているかが分かるでしょう。地面から上の部分、幹や広がる枝や葉は地中から得るミネラルと同じように成長に必要な生命を与える元素を引き込むアンテナの役割をしています。木の全歴史は貴方がそこから印象を受けることが出来れば、種の発芽から、日照りや洪水を含んだ木の全ての歴史が明らかになるでしょう。この知識やそれ以上のことが、貴方には手に入ります。何故なら貴方に生命体として命を与えているのと同じ生命の息がその木に命を与えているからです。貴方がこの内なるフィーリングについて力を尽くす程に、貴方は自然の全ての側面と一体化することに気付くことでしょう。このことは花が貴方に振り向き、うなずくという所までに成し遂げられ得るのです。




【解説】
 おそらく本項はアダムスキー哲学の真髄を示すものでありましょう。私達がテレパシー訓練をする意義が本項にみごとに表現されています。
 この本文の中でそもそも私達が他のものと一体化する意味がどういうものであるか、またそこから私達がどのような知識を得るのかが具体的に述べられているのです。
 とりわけ、樹木は長年月、そこに留まって生きている訳で、当地に起こった様々な出来事を体験していいます。先々月、たまたま旅行の途中、東日本最大の大杉といわれる巨木を拝見したことがあります。聖徳太子の時代、その神社が造営された際、境内に植えられた杉は現在では人が何人も手を繋がなければ取り囲めない程の幹周りとなっています。
 現在は幹の周囲にしめ縄を巡らして神木として大切にされていますが、その勢いは今も健在で、堂々とした風格があります。おそらく長い年月を生きていた中で様々な出来事を見て来たであろうその大木には、古代から現代までの歴史の流れが蓄えられていることでしょう。これら老師とも言うべき存在に対して私達は等しく礼を尽くしてその知識を分かち合って戴くよう教えを請う姿勢が必要であり、それは丁度、同乗記に記されている長老に接する他惑星人達と同様です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落244

244 When you look at a fire, endeavor to see the coarser substance transformed into gaseous elements through intense friction.
244 貴方が火を見る時は、粗い物質が強烈な摩擦により、ガス状の元素に変質する様子を見ようと努力することです。




【解説】
 固体が気体に変化する"燃焼"にはゾロアスターの例を引くまでもなく、古代人の多くが本項と同じ視点を持って観ていたのかも知れません。今日の私達は焚き火の中で木が燃える様を見て、その炎の発する熱や光を夜のキャンプファイアーで享受する一方で、その燃えるという作用の中で、固体が目に見えない程の微細かつ激しい摩擦現象で気体へと変化する状況まで、認識しては居りません。
 丁度、電子レンジでは水の分子が振動することで熱が生じることは知られていますが、実は一般の燃焼も分子レベルで見れば、これと類似した振動により分子が互いに擦れあって離れ、新たな分子と反応し合い、気体化するという訳です。
 著者はこれら日常の現象の奥で行われている分子・原子の活動について極力、自らの力で観察せよと説いているのです。テレパシー訓練とは単にやって来る想念を黙って待っているというものではありません。積極的に外に出て、あるいは身の回りの物事を分子原子レベルの目を通じて観察すること、自ら肉眼では見えない世界に対して感性を高めて探求せよとしているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落243

243 Exercise 3. Test your ability to unify your mind with an object by giving a command to a coin to appear "heads" when it is tossed. Try this same command with dice
243 練習3. 投げ上げた時、硬貨に「表」を出せと命じることで、物体に対して貴方の心を一体化させる貴方の能力を試して見て下さい。これと同じ命令をサイコロに対しても試みて下さい。




【解説】
 本項で説かれている内容は従来、テレパシーとされて来た範ちゅうのものとは様子が異なります。従来は、目に見えない中での真実、遠隔地の状況を感知することが出来るというものでした。
 しかし、本項は私達自身が物事を自らの思いに沿った形で実現できることを示唆しているのです。これらはこれまでの透視等の内容から更に進んで私達の思考は現実化されることを意味しているのです。
 即ち、私達が望む方向で物事は変化するという訳です。これは訓練としては硬貨やサイコロの面を一定方向に向けさせるというものですが、実際にはその作用は私達が望むあらゆる物事に応用することが出来る筈です。私達がより宇宙的に進化し、万物と親しくなることが出来れば、万物は私達の願いをはるかに早く実現して呉れるということでしょう。万物と一体になることで、私達の意思があまねく原子・分子に伝わるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落242

242 Try this same experiment with the contents of a sealed letter. If you are able to receive two or three thoughts from the letter, it is a very good average. This same exercise can be used with playing cards.
242 これと同じ実験を、封をした手紙の中身について行って見て下さい。もし、貴方がその手紙から二、三の想念を受け取ることが出来れば、とても良い成績です。これと同じ練習はトランプカードについても用いることが出来ます。



【解説】
 これまでも私達はこの種のテレパシー能力を”勘”と表現して来ました。それほどにインスピレーション(想念波動の感知)は生まれながらに私達自身に備わっているということでしょう。
 問題はこれらのテレパシー能力を一過性のものとせず、継続的に訓練し高めて行くことにある訳で、そういう意味からは本項に示されている封筒やトランプによる透視訓練を各自、取り組むことも大切だということです。
 しかし、以前、ある方から伺った心に留め置くべき言葉の中に、これらテレパシー訓練をゲームとして取り組んではダメだとう話がありました。当時の日本は念写等の超能力現象がマスコミで取り上げられていた頃です。その方のご主旨は、表面的な遊びに終らせてはダメだということにあったと思われます。本来、テレパシーは生命そのものに遡る重要な要素であり、これらの訓練をゲームに終らせてはいけないということであったと思われます。万物相互が関連しあい、意思疎通、印象交流を行っている径路がテレパシーであるからです。

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