2019年01月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落106

106 It is this force that brings into existence, and activates, the atoms of form. But form in this sense is not confined to visible manifestation alone; for the same atoms which make up solid substance, also make up the elements of space. To our present knowledge, there are some hundred odd elements; out of which innumerable compounds and compositions are created. We are living in what could rightly be called a chemical universe; conceived out of Intelligence, and perpetuated by Force. Each manifestation we see about us is the effect of chemical action and reaction. Light, heat, sound, growth and disintegration, are all chemical actions. And believe it or not . . . thought is also a chemical action!
106 形有るものの原子達をこの世に存在させ、活性化させているのはこの力なのです。しかし、この形有るものという意味は目に見える創造物だけに限定されてはいません。何故なら、硬い物質を造り上げる同じ原子達が、宇宙の諸要素を造り上げているからです。私達の現在の知識では、百余りの元素がありますが、その中から無数の化合物と複合物が造り出されています。私達は正しく化学的宇宙と言うべき中で暮らしているのです。即ち、知性の中から孕まれ、力によって永続されているのです。私達が目にする個々の創造物は化学的活動と反応の結果です。光、熱、音、生長や分解は全て化学的反応です。そして信じないかも知れませんが、想念もまた、化学反応なのです。



【解説】
 私達はこの力についてその出所は未だ理解出来ておりません。しかし、全ての活動はこの”力”によって生み出されていると本項は断言しているのです。あらゆる原子達が各々の果たすべき役割を知っており、条件が満たされれば、所定の行動を遂行するということでしょう。
 これら全ての要素が整然と宇宙の法則に則って遂行されるが故に宇宙の秩序が保たれているという訳です。
 また、これら化学反応は想念や印象にも関わっているという訳です。言い替えれば記憶や感情も化学物質或いは化学反応の所産とも言えるでしょう。これについてはドーパミンその他、人間の感情に関与する物質も知られており、精神科医の治療薬等もこの類のものと思われます。
 このようにあらゆる原子群が一つの知性の下で整然と行動する様の典型は私達人体にあるように思います。60兆の細胞が連携連帯して一つの生命体を維持する訳で、調和と強調が少しでも欠ければ成り立たない世界であることは言うまでもありません。そうした中、独り監理を任されている私達各人は自らの心身を健康に保ち貢献することが求められています。自らの心身の状況を整え、より高次な貢献活動に従事することが各自の使命であるからです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落105

105 Of universal force we know little except that it has two fields of action; attraction and repulsion. These are transformed into energy, which pervades all substance, or form. We recognize force only by the effect of its actions, which in mechanical fields is known as energy; and in psychological studies as thought, emotion, etc.
105 私達は宇宙の力について、只、それが引力と斥力という二つの行動の場を持っているということ以外、ほとんど知ってはおりません。これらの場はエネルギーに変換され、全ての物質、或いは形に行き渡っています。私達は力をその行動の結果から認識するだけであり、その力は機械分野ではエネルギーとして、心理学の研究においては想念や衝動等として知られています。



【解説】
 本項に関して私達が良く知ることは、磁石の持つ力(ちから)についてでしょう。子供の頃、手に持つ磁石がN極とS極により相互に作用は異なり、互いに反発する場合と引き合う場合とがあることを体験した筈です。またこれら磁石の相互作用がモーターの動作原理であり、今日の文明を支えていることも分かります。
 しかし、私達自身それらの「力」の由来について良く知るところではありません。不可思議な力が磁石相互に作用している訳で、それが証拠にどんな協力な磁石でも磁気を感じないものには何らの作用もなりのです。
 また、静電気にしても同様で、私達を取り囲むこれら力の源泉については依然として神秘のままとなっています。そうした中で、これらのエネルギーを想念や衝動と同類だと見ることは画期的であり、深遠な意味を持っているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落104

104 To the best of man's knowledge, the universe is composed of three things: Intelligence . . . Force . . . Form. I have used the term intelligence here for lack of a better word. No language on earth possesses descriptive powers to define the true meaning of Cosmic Intelligence. We simply know that out of this Supreme Intelligence emerges all manifestation. Force and Form can be measured; one as an impulse, or energy; the other as a manifestation, or form. But the Creator of both, the Father principle in Christianity, is beyond the comprehension of mortal mind to understand.
104 人間の知る限り、宇宙は三つのものから成り立っています。知性、力、そして形です。私は知性という言葉を他により良い言葉が無い為に使って来ました。地球上の如何なる言語も宇宙英知の真の意味を定義できる表現力を持ってはいません。私達は単に、この至上なる知性から全ての創造物が出現したことを知っているだけです。力と形は計ることが出来ます。前者は衝動、或いはエネルギーとして、後者は現出した創造物、あるいは形としてです。しかし、両者の創造主であるキリスト教で言う父性原理は人間の心の理解を超えた存在なのです。



【解説】
 既に私達は初等中等学校で整然と並ぶ原子の分類やそれらグループ間の特徴等を学んでいます。また、空を飛ぶ飛行機や快走する自動車を動かしているエンジンの機構は燃料の爆発的な燃焼がもたらすエネルギーであることを知っています。
 このように私達の周りにはエネルギー("力")と物質("形あるもの")が私達の日常を支えています。
 しかし、本項は更にそれらの原動力となる宇宙的知性について、私達がこれまで如何に関心を払って来なかったかを指摘しています。実際、上記の2つの要素(力と形あるもの)については日常の観察で多少の把握は出来ていても、"宇宙的知性"についてはまだほとんど理解出来てはいないのです。本項末尾に記されているようにその理解なくしては正しい宇宙観を得ることは出来ないことも確かです。私達はこの宇宙的知性について更に深く探求する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落103

103 As we take up the subject of telepathy, or thought-transference, we must learn something of thought itself. To do this requires an understanding of the universe in which we live, for man is a product of Nature; and in his natural mental state, aligns himself with its laws either consciously or unconsciously.
103 私達がテレパシー、想念移動の課題を取り上げる際、私達は想念自体についての事柄を学ばなければなりません。これを為すためには、私達が住む宇宙についての理解が必要です。何故なら、人は大自然の産物であるからです。そして人は自然な精神状態において、意識的或いは無意識に自分自身をこの諸法則に従わせるのです。



【解説】
 注目したいのは、想念や印象自体、宇宙的なものということです。つまりは宇宙空間こそその主たる活動の場であること、またそれに生命の息吹そのものを委ねている生き物すべても宇宙的ということです。かつてイエスは"私はこの世のものではない"と「語りましたが、それは肉体は地上の構成物から成っているものの、肝心の生命の本質は宇宙に属するということを述べたように思います。
 従って、想念・印象を取り扱うテレパシー能力はとりもなおさず宇宙について学ぶことであり、宇宙と交流することにもなるのです。
 私達の身体各部の活動も、これら宇宙的波動に同調同期して行われるということでしょうし、今度は私達の心の中もそのような状態に改質することが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落102

CHAPTER IV
Thought As Energy
102  This clearer understanding of the basic working of my mind, awakened me to the realization that impressions came through many different channels. It would now be necessary for me to study each one carefully to see whether it stemmed from a carnal origin, known as effect to effect, or if it were a truly Cosmic impression; coming from the Cosmic Cause to the pure Cause (or Force) within me.
第4章
エネルギーとしての想念
102 私の心の基本的な働きに関するこのより明確な理解は、私に印象類というものは様々に異なるチャンネルからやって来ることを悟らせることとなりました。私にとって、個々の印象を注意深く、それがいわゆる結果から結果として知られるように、肉欲に起原があるのか、或いは真実、宇宙の因から私の中にある純粋は因(或いはフォース)にやって来たものであるかを研究することが今や必要となるでしょう。



【解説】
 問題はただやって来る印象を全て心に取り込むべきではないということです。実は想念・印象は様々な径路から来ており、それらの源泉を考慮しなければなりません。類は類を呼ぶという意味からすれば、私達自身と同種の者からの想念も多く受信しがちであることが分かります。
 それ故に私達がどのような想念に同調しようとしているかを常時、監視し不適切なものを避ける必要があるのです。その上でより高次な想念・印象を志向することが重要になります。
 多くの場合、やって来る印象は普段、私達が同調している類ですが、それでも中には光る宇宙的要素を帯びたものもあるでしょう。その時、それらを積極的に取り入れて、どのような新しいビジョンが生まれるかを良く学ぶことです。各想念・印象が帯びている雰囲気の中にその源泉の波動が残っているのかと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落101

101 We, too, are under this law. That is why we are driven by an inner urge to strive beyond our present limitations toward a higher understanding.
101 私達もまた、この法則の下にいます。それが私達が、より高次な理解に向かって自分達の現在の限界を越えようと努力するよう内なる衝動によって促される理由です。



【解説】
 よく言われることは、作家は自分自身の考えやこれまでの作品には目も呉れずひたすら湧き起こる印象の表現者となろうとする時、優れた作品が生まれるという話があります。これは前項から続く宇宙的因に自身の進路を委ねる姿勢であり、宇宙的源泉に同化することで飛躍的な進化を遂げることを示唆しています。
 このように宇宙的衝動は、飛躍の原動力ですが、それらと同期する為には、心の中を謙虚にし、無欲無我の状況にしておく必要があります。武士道にも同種の心境があるように思いますが、やがて宇宙深遠からの瞬時の印象スパークが来た際、それと一瞬たがわず同調する為には、私達は絶えずそれに備えておく必要があるというものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落100

100 In Nature, this urge for action comes directly from the Cosmic Cause of all creation. She does not arbitrarily try to grow a pine tree from an apple seed, but follows the archetype set down by the Creator. Therefore, the universe moves in orderly manifestation of creation and recreation.
100 自然においては、行動に対するこの衝動は全創造物の宇宙的因から直接やって来ます。自然は勝手にリンゴの種から松ノ木を育てようとはせず、創造主によってセットされた原型に従うのです。ですから、宇宙は創造と再創造の秩序ある現れの中で動いているのです。




【解説】
 ここでのポイントは、私達が自分の身体に対してはその行動の指令のほとんどを心が指令し、それが半ば自動的に実行されるのと同様に、本来、宇宙の因も自動的に各自に行動を指示する状態になるということです。
 もちろん、幼児の頃と同様に私達各自は宇宙の因による指示に対して最初は一歩ずつゆっくりと実行に移す訳ですが、やがてはそれらを自動的に実行できるようになるのです。日々の練習、即ち精進を通じてこれら宇宙の因の指示に従ってスムーズに行えるようになるという訳です。
 そして、その宇宙の因は各自の活躍の分野をしっかり用意して呉れるということであり、それらがあいまって宇宙的な調和が保たれるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落099

099 This, of course, is but one level of impressions, yet one that is very important for man to understand; for it illustrates the dependency of all life upon thought, or intelligence. It is from this level of impressions that many carnal minds form their limited, opinionated, thought-patterns or habits.
099 このことはもちろん、印象の一つのレベルでしかありませんが、人にとっては全ての生命が想念、あるいは知性に依存していることを理解するという点で大変重要な所です。多くの肉欲の心がそれらの限界に満ちた、頑迷な想念パターン類、或いは習慣を作り出すのはこのレベルの印象類からなのです。



【解説】
 ここでのポイントは想念あるいは印象というものが、知性の本源であることです。そしてその知性にもいくつかの段階があるということです。
 私達の心はCarnal mind(肉体の心、肉欲の心)と称されますが、その由来は取り入れる知性(想念)のレベルに由来しているという訳です。私達が取り入れる想念のレベルに応じた人格に私達は同化して行くということでしょう。それ故にどのような想念を取り入れるかが重要であり、日常的にどのような精神状態に居ることがその人に大きな影響を及ぼすことになるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落098

098 As we mature, orders from the brain come automatically; but watch a baby learning to walk. His first attempts are made through the conscious effort of placing one foot before the other. Analyze your own movements. Say your hand has just reached up to brush a hair back from your forehead. You will find when you trace the action that you were first aware of a tickling feeling on the skin. If you analyze this action carefully enough, you will discover that the message telling of the tickling sensation was sent to the brain, which then gave the order to the hand to reach up and brush the hair away. Through habit, most actions become sense reactions; but our so-called sense reactions are intelligently controlled. The things we do now with no conscious thought, were major projects at one time in our development.
098 私達は成長するにつれ、脳からの指令は自動的に来るようになりますが、赤ん坊が歩くことを学ぶのを観察してご覧なさい。彼の最初の試みはもう一方の足の前に別の足を置こうとする意識的努力を通じて行われます。貴方自身の行為を分析しなさい。例えば貴方の手が貴方の額から後ろに髪を撫でようと今、手を伸ばしたとします。貴方がその行為を振り返る時、貴方は最初、頭皮にくすぐったい感じがしたことに気付くでしょう。もしこの行為を注意深く分析するなら、貴方はくすぐったい刺激を伝えるメッセージが脳に送られ、次に脳が手に手を伸ばして髪を後ろに撫でるよう命じたことを発見することでしょう。習慣からほとんどの行為は感覚の反応になっています。しかし、私達のいわゆる感覚反応は知性的な制御を受けているのです。私達が今日、何ら意識的想念を持たずに行っている物事は私達の発達過程の中では一時期、主要な事業であった訳です。




【解説】
 本項は人間あるいは生物の持つ可能性を示唆しているように思えます。つまり、自然界を見ても本項に記されている誕生直後の段階から生長する中で、どの生きものも驚くべきスピードで運動能力その他、生存の為の能力を身に付けているからです。
 その結果、私達は自分自身も含めて自然界の中の生きものは皆、伸び伸び自分達の命の発現を謳歌しているのです。しかし、こうした能力は生きる上での最低レベルのものではないかと考えています。少なくても私達地球人のレベルでは本講座のテレパシーについてもまだ未開発の状況であるからです。
 この延長線上で考えれば、私達は幼子のように毎日、少しずつでも想念・印象の感受に精進し、自らの心の動きを監督すれば、遂にはこれらを意識することなく実現し、自由に活動することも出来るものと思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落097

097 Normally, we are not aware of these thoughts; and we would indeed live in a slow-motion world if every action had to be expressed consciously in this manner. Yet no movement or action is possible without first having a blueprint drawn and an order given. The command for every physical move must first be a thought in the mind.
097 普通、私達はこれらの想念には気が付きません。また、もし一つ一つの行動が、このように意識的に表現されなければならないとしたら、私達は確かにスローモーションの世界に生きることになってしまいます。しかし、最初に青写真があり、指令が与えられなければ、どんな行動も不可能です。あらゆる肉体の動きに対する指令は最初に心の中の想念でなければならないのです。



【解決】
 私達の日常は本項に記されているように、半ば自動的に進んでいます。もちろん、そこに至るまでの道程には、私達自身の長い修練の期間があったのですが、今日ではそれらを意識することなく、円滑に進められる状況になっています。
 しかし、その結果、私達の日常は習慣や惰性の産物と化しています。幼児の時代は歩く一歩でさえ、それが嬉しかったのですが、大人になってからは、それらの感激はありません。代わって諸事に煩わされ、横暴になった心の奴隷となっているのです。
 私達はこれらの現状から何を学ぶべきでしょうか。その一つのキーは、絶え間ぬ向上心にあると考えています。進歩を止めた人間は退化、衰退の道を下るのみです。唯一、変わらぬ向上心のみがその者を進化させる原動力になります。
 私達はこれまでこうした肉体を文字通り”生けるもの”として来た心と肉体の発達の段階から、次なる段階、即ち宇宙的想念・印象の感受と同期という分野で生長を遂げる必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落096

096 For instance: you are reading. When you reach the bottom of the page you will turn it and continue to read. Yet, before your hand made the slightest move to turn the page, your mind first had to formulate the thought, "This is the end of the page. Turn it and continue reading the next."
096 例えば、貴方が本を読んでいるとします。貴方がそのページの最後に到達したら、貴方はページをめくり、次を読み続けるでしょう。しかし、貴方の手がページを返そうとわずかな動きをする前に、貴方の心は最初にその想念を形作る必要がありました。「ページの終わりだ。ページを返して次を読み続けよう」と。




【解説】
 日常の何気ない行動も、それを実行するには私達の心が肉体各部に指示を出しているという訳です。氷上のフィギャースケートで優雅に飛翔を遂げる選手の姿など、如何にこの心の作用が円滑にかつ緻密に働いているかが分かります。私達の日常の行動は、これら詳細な指令がいわば自動的に発せられ、制御されている仕組みがあるのです。
 もちろん、これらの仕組みが体内で構築されるには幼児期からの長い積み重ねがある訳で、これらの成果により、成人してからは特に意識せずに行えるようになるのです。
 実はそれと同様のことが、想念・印象の感受の場合にも当てはまる筈です。この面については私達は未だほんの初心者に過ぎません。毎日の訓練によって、空間を横切る想念・印象を存分に感受し、日常生活に応用出来る段階になれば、私達の生活は飛躍的に向上することでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落095

095 I then turned to analyzing what impressions were, and found many of them to be what we classify as thoughts; our conscious thoughts, as well as the commands our minds are constantly transmitting to the various parts of our bodies.
095 私は次に向きを変えて印象類が何であるかを分析することにしましたが、その結果、それらの多くが私達が分類上想念としているもの、私達の意識に浮ぶ想念類であるとともに、私達の心が私達の身体の様々な部分に絶えず発している指令であることが分かりました。





【解説】
 先ずは印象に気付くことから私達は始める必要があるという訳です。即ち、鈍感や無関心ということが最も避けるべきものです。印象類に多少なりとも鋭敏であれば、気付きの機会も増えて、向上の道に気付くことも出来るということでしょう。
 しかし、この印象類の中にも様々なレベルがあり、私達の心による支配的なものも、創造主に源を置く上質なものもあるのです。そのどちらを志向するのかで、その後の影響も異なるというものです。
 こうした中で、私達自身がどのような印象に気付いているかを調べることによって私達の段階も自ずと分かるものです。また、私達がこれらの印象に絶えず影響を受けていることも確かですし、自分の身体を常に上質の印象の通り道にすることが重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落094

094 This called for a great deal of patience; but I was finally able to train my senses to listen so they could receive impressions without question. Admittedly, this was most difficult to do, for the old thought-patterns insistently reappeared and gave their interpretations to my mind. But as I continue to gain control over my sense-mind, my impressions became more distinct; containing an increasing number of thoughts of a universal nature, with less involvement in personal opinions.
094 これは非常に多くの忍耐を要しましたが、私は最後は自分の諸感覚を疑義を差し挟むことなく印象を受け取れるよう耳を傾けられるように訓練することが出来ました。正直なところ、これを為すのは最も難しいことでした。何故なら古い想念のパターンがしつこく現れ、私の心に彼らの解釈を与えたからです。しかし、私が私の感覚心に対しコントロールを掛け続けた結果、私の受ける印象はより明白なものになり、個人的な意見についてはますます含まなくなる一方、宇宙的な性質の印象はますます数を増して来たのです。



【解説】
 日々変化する中で、自分がどのように変貌しているかを把握することは難しいものです。しかし、前項のように自分が感受した想念の記録があれば、長年の進歩を明らかにすることも出来ることになります。
 一方、これら記録よりも大事なことは、毎日を自分の心の動きをコントロールして生き、宇宙的な感性を高めて、従来の慢性的、世俗的な想念パターンへの指向性を捨て去ることです。
 私達は刻々と変化する宇宙空間の中に生きており、それらと繋がっている存在です。そのことを理解した上で、絶えず天のお導きを信頼して、宇宙的な印象に従う姿勢を保つことです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落093

093 Fully realizing that my next step must be the discipling of my senses and the observation of impressions received by my mind, I decided on a definite plan to follow, a sort of mental ledger. On one side I placed all thoughts received throughout the day that were of a personal nature; and on the other side I recorded the universal thoughts upon which I had acted. At the end of each day I would tally my score to decide whether limiting, personal opinions, or universal insight had governed the day.
093 そのことを完全に理解した後、私の次なるステップは私の諸感覚の鍛練と私の心によって感受された諸印象の観察である筈で、私はある種の精神面の取引記録という追うべき明確なプランを決めました。片方には一日を通じて個人的な性質であった想念の全てを置き、もう一方には私は私が行動した宇宙的な想念を記録しました。毎日の終わりに私は限界がある個人的な意見か、宇宙的な洞察がその日を支配したかを決着する為、得点を集計することとしました。



【解説】
 要はどのようにして自分の四感を本来の姿に訓練して戻して行くかが、私達の次なる課題になります。これに対して著者アダムスキー氏は日常の心の動きを観察し、それを伝票のように整理し、1日の終わりに集計することを薦めています。いわゆる想念観察ノートと呼ばれるものです。
 もちろん、この手法は著者の提案の一つであり、それで進められれば良いのですが、多忙な時間を送る現代の私達にとって、この方法が誰にでも当てはまる訳ではありません。大事なことは、自分の放つ、または感受する想念がどのようなものであるか、その実態を先ず掴むこと、現実に直面することが肝要です。この種の作業は他人に見られる訳でもなく、ご自身が正直に自分と対峙することが大切です。
 もちろん、ご自身の現実を知った以上は、少しでもそれを本来の姿、あるべきレベルに戻すことが必要で、その努力はご自身で行う他ないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落092

092 But before my contact with the Brothers, as I sincerely endeavored to progress, I realized it was imperative to coordinate my senses to harmonize with, and fully understand -  Cause. For this Cosmic Intelligence is back of, and permeates, all manifestation. I am aware of the fact that I have stressed this point more than once. But this subjection of the dissenting sense perceptions is a major factor in controlling the mental processes.
092 しかし、宇宙兄妹達とのコンタクトの前から、私は進歩に向けて誠実に努力して来たので、私は自分の感覚を因と調和し、完全に理解するよう統合させることが絶対に必要であると実感していました。何故なら宇宙の知性はあらゆる創造物の背後にあり、染み渡っているからです。私はこれまで一度ならず、この要点を強調して来たことは分っています。しかし、異議を唱える感覚の知覚反応を制圧することは心の作用過程を制御する上で主要な要素なのです。(訳注:原文では再終行But this subjectionからthe mental processes.までは太字体で印刷されています。)




【解説】
 ここでのポイントは、著者アダムスキー氏は1952年11月20日に始まる他惑星人との会見のはるか以前から、本講座に記されているような精神修養に真剣に取り組んできたということです。そしてもう一つのポイントは"因"とも"宇宙的知性"とも称されるものは、あらゆる現出物(創造物)の中に染み渡っているということでしょう。
 前者については、アダムスキー氏が若い頃、事業にも成功しかけた頃、夢の中にイエスが現れたことから、一大決心をしてこれまでの事業を捨てて、精神修養活動に専念するようになったのだとする話が伝えられています。
 本来、事業(富)と宇宙的真理の探究と同胞への教示を両立することは困難であり、ましてはその後のアダムスキー氏の活動を見れば、宇宙的精神活動の方が遥かに価値のあることであったことが分かります。アダムスキー氏はその後、それまで以上に真理の探究に邁進して行ったことが本文からも伝わって来ます。
 後者については、私達が目に見えない英知というものをどのように捉えるのかを考える上で大変有用です。身の回りの全てのものが、丁度電気を帯びるように英知に浸っているという訳です。つまり、私達の内外に十分な量の英知が行き渡っている訳で、あとはそれに気付き、活用するだけだという訳です。
 目に見えない知識の中に私達は暮らしているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落091

091  All of this has been verified by the space Brothers, for they have observed and evaluated these phases of human activity in relation to the Cosmos.
091 この全ては宇宙兄妹達によって事実であると確証されました。彼らは大宇宙との関係における人間活動のこれら側面を観察し評価して来たからです。




【解説】
 私達が他惑星人から学ばなければならない最たるものは、このフィーリングについての理解です。現在の私達にとっては全く捉えどころのないフィーリング感性ですが、それこそが宇宙的生命の息吹、生命活動の原動力であることが、著者アダムスキー氏にも繰り返し伝えられたことでしょう。
 また、同様のことは有史以来、繰り返し様々な先覚者達によって知覚され、人々に伝えられて来たことでしょう。精妙なるその生命の息吹は時代を超えて真理を追い求めて来た人々のゴールであったのです。
 今日、私達は再びこの真理を前に、各自、自らの探究の道を前にしています。確かに目指す想念・印象の流れは、夜空を渡る流星のように、予測することは困難であり、一瞬の輝き(衝動的パルス)でしかありませんが、それらを受け止めることが出来れば、私達の人生は豊かなものになることは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落090

090  I then knew that Feeling was truly the Master Builder who had formed this body of mine; and that it could build empires in the absence of the other four senses. From this conclusion, I saw that my mind was only reflecting and reacting according to my limited knowledge of life and its purpose.
090 そして私はフィーリングが実に私のこの身体を造った棟梁であること、またそれは他の四感が無い中で王国を造り上げることが出来ることを知りました。この得た結論から、私は自分の心は生命とその目的についての私の乏しい知識に応じて心が反映し反応しているに過ぎないことが分ったのです。




【解説】
 私達は全く気付いていませんが、このフィーリングこそが身体各部の細胞を刺激し、またその他世の中のあらゆるものを生かし続ける原動力になっているのです。その中にあって私達の四感は大きな役割を持ってはいないという訳です。
 このことを受けて私達はこのフィーリングについて自ら進んで学んで行くことが大切です。しかし、どのようにというのが大きな問題です。本来、誰もが容易に分かり合える想念・印象の衝動というものが、どのようなものであるかは、各自若干の経験から少しは理解出来るでしょう。
 しかし、これを常時、感じ取るには相当の訓練が必要と思われます。心を鎮めるだけでは十分でなく、努めて自らやってくる印象に聞き耳を立てる姿勢、傾聴の姿勢が必要です。。かすかに与えられる印象から、その中身を解釈することも必要です。こうしていくつかの体験を積む中で、各自、自分なりの姿勢を確立して行けることになるでしょう。このような手法は各自自分で作り上げる他ないと思われます。しかし、その成果は次第に大きなものとなって各自に反映されるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第3章-段落089

089 I received my answer direct. "All of these are your potential when the senses give up their individual will unto the Will of Feeling. For Feeling is the Cardinal Sense . . . the expression of Cosmic Cause flowing through your being."
089 自分の返事は直接受け取りました。「これらの全ては、諸感覚がそれら自身の意志をフィーリングの意志の前に捨て去る時に出現する貴方の可能性なのだ。何故ならフィーリングは基本的な感覚であり、貴方の存在を通じて流れる宇宙の因の表現であるからだ。」



【解説】
 印象やインスピレーションに従うということは、どういうことを意味するのでしょうか。通常考えて見ても私達の心がそれ自身の意志で満ちている場合には、他の想念など入り込む余地はないと言えます。また、何事かに執着していても、或いは恐怖に怯えている状態も同様です。
 このことを考える時、私達は自らの心の中を整理して、不要なものを取り去り、身軽になる他、常に心を穏やかにして、より深遠、高次な印象を招くよう心掛けることです。心の中を常に穏やかに保ち、湧き上がる宇宙的な想念・印象を大切に取り扱う中で、私達の既存の感覚もやがてはそれに殉じる機能を発揮するようになるということでしょう。

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