2017年06月

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2017年6月30日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落197

197 If the planet earth has produced out of its own body all that is upon it, and itself was born from the elements of space, then this should be a good proof that all planets are humming with life in varing degrees of development.
197 もし地球という惑星がそれ自身の体内から地上にある全てを作り出す一方、それ自身は宇宙にある諸元素から生まれたとすれば、すべての惑星は様々な発達程度の生命で活気溢れているという良い証拠になるはずです。



【解説】
 夜空を見上げると文字通り無数の星々が見えますが、その一つ一つの太陽に地球のような惑星が連なる状況は、宇宙は生命に満ちていると言うことが出来ます。また、それらの一つ一つに多くの生きもの達が暮らすこと、それらと私達は印象によって相互に影響し合えることを考えれば、宇宙における生命の仕組みの大きさや深さに改めて気付かされます。
 これまで私達は自己のことのみに関心が集中し、このような全体的な思考概念が消えうせていました。しかし、同じ宇宙空間から同種の惑星が誕生し、同種の生きものが棲息進化を遂げていることを考えれば、進化した他惑星人が遠い惑星を互いに訪問することは、自らの歴史の歩みを学ぶ場でもあることでしょう。
 現在、仕事で途上国支援の業務のお手伝いをしていますが、それもかつてわが国が辿った歩みと比較しながら、今後必要となる知識や技術の移転を主目的にしています。しかし、同様のことは他惑星の兄弟達からアダムスキー氏を通じて、今後私達地球人が必要な概念について、本講座を通じて伝えられたものと考えます。宇宙の中では様々な進化段階の惑星社会があり、各々がその歩みを進めているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落196

196 Scientists know of various kinds of gases that proceed into space. The word gas does not mean much but the component parts of which gases are made, does. For in these is the food that the three dimensional world must have in order to live. As an illustration we will use this manifestation that has been used elsewhere in the lessons. When we gaze into a clear blue sky we see nothing, yet under proper conditions a lightning bolt is created in that space, which is made of minerals well known on earth. This shows that the component parts of what we call gas has substance that can produce solids. This is not the only proof for we have others. Many meteorites have landed on earth in various sizes, and when examined they contained the minerals known on earth. I am sure that these meteorites have not been thrown off of the earth and then returned. For they have dropped on the moon and other planets, so they must have been made in space as the lightning bolt is. This tends to prove that all elements known on earth in a coarser form have had their origin in a refined state in space. And as stated before, space is an incubator of forms in which planets and all forms are born and have their being.
196 科学者達は宇宙に向かって進む様々な種類のガスについて知っています。ここでガスという言葉はあまり意味はなく、ガスを構成している成分が重要なのです。何故なら、これらの中に三次元世界が生きて行く上で必要な食物があるからです。実例としてこれまでこの講座の何処かで用いられて来た創造作用を示しましょう。私達が晴れ上がった青空を見詰めても何も見えませんが、ある適した条件のもとでは稲妻がその空間に形成されますし、その稲妻は地球でよく知られている鉱物群から造られています。このことは私達がガスと呼ぶ成分には固体を作り出すことができる物質があることを示しています。これは唯一の証拠ではありません、私達には他にも証拠があるからです。多くの隕石は様々な大きさで地上に着地しますが、調査するとそれらは地上で知られている鉱物を含んでいることが分かります。私はこれらの隕石が地球から投げられて再び戻って来たものではないことを確信しています。何故なら、それらは月や他の惑星にも落下していますし、それゆえ、それらは稲妻のように宇宙で造られたに違いないのです。このことは、地上で知られている粗い形態にある全ての元素は、宇宙空間に精化された起源を持っていたことを示すものと言えるでしょう。そして、先に述べたように、宇宙は惑星やすべての形有るものが生まれ、そして存在する孵卵器なのです。



【解説】
 いわゆる星間物質と称されるガス状物質が惑星その他の星を誕生させます。本項では宇宙空間におけるこのような成分は単にそこに浮遊して、その間何かに活用されると言った状況のものではなく、本当はもっと精緻に精化され高品位に維持されたものであると説いており、宇宙空間こそが万物創造のフラン器なのであると説いています。
 以前にも述べたことがありますが、隕石の多くは鉄を含むようですが、その断面を見ると鉄の結晶の姿が良く分かります。実はそれ程に宇宙空間では万物がその本来の純粋な姿に精化されているということでしょう。私達が想像する以上に、宇宙は整理整頓された状況にあり、唯一地球だけが混乱、混沌とした乱れた状況なのかも知れません。
 直接、創造主の意識のみが作用する場所は、手付かずの自然環境と同様に、宇宙本来の静かで調和の取れた創造的世界になるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落195

195 That we may understand more clearly let us become aware of the rim of the earth, as we did the shore of the ocean. And let the conscious messenger reveal to the mind the things in space, beginning with the fourth dimension. First, we will give you some idea of what is there in this invisible state. And as stated before it begins with the crust of the earth.
195 よりはっきり理解できるよう、以前大洋の岸辺で私達が行ったように、地球のふちに気付くようになりましょう。そして意識の配達人に四次元が始まる宇宙での物事を明かさせましょう。先ず最初に私達は皆さんにこの目に見えない状態の中に何が存在するのかについていくらかの概念を授けましょう。そしてそれは以前述べたようにまず地殻から始まります。


【解説】
 私達が最も確実だとして来たこの地面がどのように四次元世界である空間と繋がっているかは、地球を取り囲む宇宙空間を想い浮かべれば良いと著者は説いています。海岸で目の前に広がる広大な海の中に想いを巡らせたように、空を見上げる必要があるという訳です。私達はむしろ海よりは空の方が遠くまで見渡すことが出来ますし、夜空を眺めれば何百光年先の星の姿を見ることも出来ます。
 こうした観察を通じて私達は自分と同様な創造物の存在を知ることはもちろん重要なのですが、それ以上に私達が目に見えない媒体を通じて宇宙の中のあらゆる存在と常に繋がっており、その空間から絶えずサポートを受けていることを自覚することがより重要です。
 目的は私達自身の日常生活の中にこれら宇宙からのインスピレーションを活用し、私達と万物との関係を理解することにある訳で、これまで気付くことのなかった意識という無言、不可視の存在について、より深く親しみ理解することを目指さなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落194

194 So in order to unite that which is now divided in man, the mind must be willing to be taught by consciousness. And remember, consciousness is the soul of any form which makes life possible.
194 ですから人の中で分断されているものを統合する為に、心は喜んで意識によって教わるようにならなければなりません。そして覚えておいて欲しいのは、意識はあらゆる形あるものを生命たらしめている魂であることです。




【解説】
 私達が誰に対して謙虚にならねばならないかが問題です。自我の欲望の言うなりになったり、支配者の忠実な配下になることではありません。私達自身の存在を支えている不可視の意識に対して常に信頼を置き、その助言に耳を傾けること、傾聴する姿が求められているのです。
 私達が如何に既存の感覚器官に依存しているかは、室内を真っ暗にした際、私達は何も出来なくなり、一歩も動くことも危うくなることからも良く分かります。実際には明かりの有無の他は何一つ変わらないにも拘わらず、急に盲目状態になった私達は何をするにも自信がなく、行動が出来なくなるのです。しかし少し考えて見れば、身体各部は外界の光の有無に係らず、正常に活動していますし、生命としては何一つ不自由は無いのです。独り「心」だけが、不安を訴えているのです。
 視覚が機能しなくなった中でも、それに代わり得る感覚的な要素があるように私自身は今、考えています。つまり目をつぶっても自由に動き回る意識があり、それは肉体を超越して遠く他の場所への拡がり、印象を捕捉し理解することが出来るような存在です。この存在こそが本講座で著者が説く「意識」であり、万物とも融合・融和出来るものだと考えています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落193

193 The three dimensional effects are the coarser part of its expression, like sound which is produced through a low state of friction or conflict among the elements. But consciousness in its fourth dimension does not produce sound as we know it. Its method of communication is through the feeling awareness given in the form of impressions.
193 三次元世界の結果物は丁度、粗いレベルの摩擦や各要素類の間における争いを通じて造り出される音のように表現の内でもより粗雑な部分でしかありません。しかし、意識は四次元世界にあって私達が知っている音を造り出すことはしません。その意思疎通の方法は印象の形態における感じによる気付きを通じて行われます。



【解説】
 意識世界についての私達の知識は、ほんの限られたものに留まっています。しかし多くの芸術家や宗教の創始者が得たそのイメージは日常の私達が考え及ばない程、精緻で美しいものであったことでしょう。本項では意識は想念の世界だと説いています。完成したイメージが行き交う創造の源であるのです。
 この目の前の意識の世界に対し、私達はこれまで盲目であり、自分の前の目に見える部分しか関心を持って来なかった訳です。しかし、他の生きもの達はそれを知覚し自分達の生活に活かしているのです。それ故に多少の現実世界の変動に対して、何ら恐れることなく泰然としているのです。また、創造主への信頼、生命の永続性を理解しているが故に特段、死を恐れることもないのです。
 般若心経の中に「空即是色」という表現がありますが、まさに空間こそ万物の拠り所であり、意識世界が万物の基礎であると仏陀も説いていたものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落192

192 Man has learned much about the three dimensional world and now it is time for him to blend his knowledge with the four dimensional invisible world around him. That is if he is to do away with the mysteries that he has been governed by all of this time. And this can only be done by the mind, the effect, humbling itself to the consciousness - the cause, and thus allow it to explain the relationship of the two. Only consciousness can do this as it is the fourth dimension that knows no limitations.
192 人は三次元世界については既に多くを学んでおり、今はその知識を自分の周囲にある目に見えない四次元世界と融合させる時です。それは人が常日頃、支配されている諸神秘を取り去ろうとするならばです。そしてそれは、結果である心が自身を因である意識に謙虚にすることによってのみ可能となりますし、そうすることで意識に両者の関係を説かせることが出来るようになります。限界を知らない四次元である故に意識のみがこのことを為し得るのです。


【解説】
 何故多くの教えが私達には謙虚さが重要だというのかが、本項で説かれています。
 これまで私達は自分の意志の強さが全てを解決し、一人一人の目的地に導くとして来ましたが、果たしてそれは真実でしょうか。私達はこれまでのこのような姿勢を改め、私達の周囲の空間にこそ、感謝の念を抱き、そこからもたらされる印象(インスピレーション)の価値について自覚する必要があるのです。
 本項では私達がこれまで学んで来た「知識」をその空間世界と融合させることを求めています。現象を整理した知識を創造作用の因にまで遡って理解し、実感することを求めています。
 この周囲の空間を何と見るかで私達の生活観は大きく変わります。創造主に繋がる印象の海と理解することと、何も無いただの空気と位置づけることの間には文字通り「雲泥の差」があるのです。私達はこの一見、虚空と見える中に生命活動の奥義を見届ける必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落191

191 The wealth of time could not be as great as an understanding that man must have before his future is secure. For without it he cannot hope to have the knowledge that our space brothers have.
191 時間の豊かさは人が自分の未来を確実にする前に会得していなければならない理解以上に偉大ではあり得ません。何故ならその理解なしには私達の宇宙兄弟達が得ている知識を持つことは望めないからです。



【解説】
 「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(孔子)の通り、最も重要なことは宇宙の法則性に関する私達の理解、即ち悟りです。この理解こそが私達の進化の土台であるからです。
 この理解はもちろん私達を取り巻く四次元世界、意識と私達との関係についてです。古来、多数の人々がある者は祈りにより、またある者は沈想によって自らを取り巻く不可視の世界とその働きを理解しようとして来ました。仏教寺院をはじめとする道場はこれら学習の場であり、僧侶は自らの精進を目指して感覚を鋭敏なものとする修行を行うものと思われます。その修行の中で、目に見えない法則(法輪)を見抜き、改めて宇宙の規則性に気付き各自が次に取り組むべき課題を知るということでしょう。
 私達の前には確かに無限の時間がありますが、そのこと以上に法則の理解、悟りに到達すること、宇宙の法則性を理解することに価値があるのだと著者は説いています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落190

190 Jesus for one tried to explain the fourth dimension, but even today his teachings are not understood. As a result the fourth dimension has been placed in the abstract side of life with the hope that it will be understood in the here-after. But how could one ever understand if he did not have some comprehension of it here? One must learn the next step to be taken before he can understand the reason for it.
190 一例として言えば、イエスはこの四次元を説明しようと努力しましたが、今日になってもその教えは理解されていません。その結果、四次元は今後理解されるだろうとする希望と共に生命の抽象的な側に置かれて来てしまいました。しかし、人がそれを今ここで何らかの会得をしない限り、これから先どのようにして理解できるというのでしょうか。人は進むべき次の一歩を学ぶべきで、その理由は後になって理解出来るのです。


【解説】
 イエスも仏陀も私達に四次元世界について説こうとしていたと本項は指摘しています。目に見え手に触れることが出来る三次元世界にあっても、その思考は四次元世界に広げられることを、これらの師は身を持って私達に示されたということでしょう。
 私達の進むべき道は従前の物質世界の探求ではないと著者は本項で示唆しています。その上で何故それらが必要かは、意識や想念の働きを学ぶ中で自ずと理解されると諭しているのです。
 その為に私達は創造主がどのような存在であり、私達とどのような関係にあるか等、自ら探求する必要があります。これら探求の道は各自のものです。他の者が力を与える訳には行きません。自ら体験し実践する中で少しずつ理解が深まるというものです。達成出来たこの状況を仏教では悟りと言いますが、仏陀がそうであったように、その到達には長い年月の努力が必要です。目の前の現実の中で如何にして見えない世界を意識し、与えられるインスピレーションに従順になれるかがカギとなるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落189

189 Since the beginning of time man has schooled himself to want concrete facts which are three dimensional like himself. He left the fourth dimension to mysteries and theories. And only here and there an individual could see the relationship of all dimensions. And when he would express his analysis he usually had very few followers.
189 時のはじまり以来、人は自分と同じ三次元の具体的な事実を求めるよう自分自身をしつけて来ました。人は四次元を神秘や理論に置き去りにしてきました。また、そこここでわずかながら、すべての次元世界の関連性を見る事が出来た者がいました。それでも、その者が自らの分析結果を表現する時、彼にはいつもほんのわずかの追従者しかいませんでした。




【解説】
 重要な点は私達の軸足を何処に置くかということです。これまでの私達はより堅固で変化しないと思い込んで来た三次元、即ち物質世界に自らの拠り所を求めて来ました。しかし果たしてこれらのものは永久に各自のもの、いつの時代にも不変な価値を持つかと言えば、バブル時代を経験した私達は、それば誤りであることを知っています。
 一方、私達は他の動植物達は何故未来を憂い、将来を心配することなく生活を送っていられるのか全く分からないでいます。そこには死に対する恐怖や未来に対する心配事をもたらすような心は無く、ただ印象に従順な単純な心があるものと思われます。しかし、それ以上に創造主や因に対する確固たる信頼や畏敬があることがその違いを生じさせているのです。
 一概に言うことは出来ませんが、私達が存在を信じる因の世界は、想念・印象を通じて現実世界を導き、創造の目的に沿って物事を実現させている訳で、この世界にこそ私達の希望と信頼を置いて生きて行くことです。創造の目的に合致すればその夢はたちどころに現実化し、皆さまが思い通りの生活を送ることを可能とする訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落188

188 Man's troubles begin in the fourth dimension. For he as a sense mind operates in the three dimensions, an effect of the cause. So he gives much time to the world of effects and understands it fairly well. But he has trouble associating the invisible world around him with the world in which he lives. And when he uses his mind instead of his consciousness to try and understand the fourth dimension, he becomes confused. And the great difference which exists in the invisible fourth dimension which is cause, makes it still harder for him to understand, as he has been taught in the three dimensions for centuries. Even the ancients did not understand the fourth dimension, for had they done so they would not have divided heaven and earth. Or cause and effect.
188 人間の諸問題は4次元で起ります。何故なら、感覚の心としての人は原因の一結果である三次元で働いているからです。その為、人は結果の世界に多くの時間を費やしており、その世界をかなり良く理解しています。しかし、人は自分が住む世界と自分の回りの目に見えない世界に関しては悩みを持っているのです。そして人が4次元を理解しようとする時、自らの意識を使う代わりに心を使う為、混乱するようになるのです。そして因である目に見えない4次元に存在する大きな違いは更に理解を難しくしています。何世紀もの間、人は3次元世界の中で教えられて来たからです。古代人達も4次元を理解していませんでした。もし理解していたら、彼等は天と地、あるいは原因と結果に分割しなかったであろうからです。



【解説】
 私達の悩みや苦しみその他、抱える問題の由来は四次元世界への無理解に起因すると本項では説かれています。分かり易く言えば、三次元世界のもの、例えば足元の石や草木その他地上にあるものは何一つそのような問題には係りなく生きているという訳です。つまり悩んだりして問題を訴えているのは私達の心だけだということです。地上にあるその他のもの達は皆、等しく宇宙を理解し安寧な生活を送っているということでしょう。
 こうした問題、私達自身の問題が何処に生じるかについて、本項は三次元世界に軸足を置く私達の心に問題があるとしています。思い通りにならない等々の問題は、物事が成就する仕組み、四次元世界の作用が三次元世界に発現するという法則性を十分理解していないことによるのです。
 要は私達は両者の関連性を学び、その法則性を理解することから始めるべきで、いたずらに結果のみを求めるべきではないということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落187

187 Man should become aware of living two different experiences at the same time, for he is living on top of the earth of three dimensions, yet depending and living in the fourth dimension. For from the crust of the earth towards the sky is the invisible fourth dimension which we call space. Outside of it we could not live any more than the fish that cannot live out of the water. No form could live without the support of the fourth dimension for it is the air which we call atmosphere in which earth forms live and breath. And if it were withdrawn no form could live, not even the earth.
187 人は同時に二つの異なる体験を生きていることに気付くべきです。何故なら人は3次元である地上の頂上に生き、かつ4次元に依存しその中で生きているからです。地上の塊から大空に向かって私達が宇宙と呼ぶ目に見えない4次元が広がっています。魚が水無しでは生きて行けないのと同様、私達はその外側では生きて行けません。如何なる形有るものも4次元の支援が無ければ生きられません。何故なら地上の形有るものが生き、呼吸する私達が大気と呼ぶ空気が無ければ如何なるものも生きては行けないからです。そしてもし、大気が取り去られたら、如何なるもの、地球でさえも生きることはできません。




【解説】
 私達が因の世界を知覚するということはどういうことかについて、本項で著者は地上に立つ私達が実は地上に属する一方で、頭上に広がる大気、宇宙空間こそ私達自身を包み込む四次元世界だとしています。魚が水中でしか生きられないように、私達もこの惑星自身も宇宙空間からの支援無くして成り立たないと先ずは自覚する必要がある訳です。
 もちろん私達は地上に足を置く者であり、様々な地上の制約を受ける訳ではあるのですが、より根本的には宇宙からの支えを受けているのです。多くの細胞はそれら宇宙からの声に待機し、そのヒントを得ようとスタンバイしており、その指示を受けるや100%信頼してそれを実行に移します。そうした成功体験は同時に揺るぎない信頼に成長して行きます。私達も日頃の成功体験を積み重ねる中で、これらの印象の源をますます信頼することが出来るようになります。
 地上のものは移ろい易い中、宇宙から来る印象ほど確かなものはなく、私達に向けて発せられる恩寵の想念をインスピレーションとして感受出来れば、こんなに素晴らしいことはありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落186

186 The whale, although there are others, masters the pressures and elements of the sea, for it is able to go to great depths yet it can swim on the surface of the water and partake of the invisible gases from space that enshroud the earth. And there are some like the flying fish that leave the liquids for an experience in the sea of gases. Thus they have experience in two different kingdoms. The liquid of the water and the gases of which the liquid it made.
186 クジラは、他の者もいますが、海の様々な圧力や要素をマスターしています。何故なら海中深くまで潜ることが出来ますし、水面付近で泳ぎ地球を覆っている宇宙から目に見えないガス類を取り込むことが出来るからです。そしてトビウオのようにガスの海での体験を求めて液体を離れる者もいます。そのようにして彼等は二つの異なる王国での体験を持つのです。液体としての水とその液体を造ったガスの二つです。


【解説】
 本項で著者は、私達は同時に二つの世界を享受できることを示唆しています。つまり三次元の物質世界とそれを取り囲む意識の世界です。しかし、とりわけ注意したいのは、古来から言われている霊界その他の神秘的なものを推奨しているのではないということです。
 丁度クジラやトビウオが大気と海の世界を自由に行き来するように、私達は両方の世界を等しく理解し、生活に応用するという所が重要な部分です。霊の世界、意識の領域のみに生きるのではないというところがポイントなのではないでしょうか。
 変化する物質の世界にあっても同時に宇宙の記憶や引き継がれる印象や体験等、不可視な要素が全てを指導し、知識を与えていることを知る時、私達は自らの本来の潜在力、可能性を知ることになるものと思われます。因の意見を体現することを通して得た体験こそ後代に伝えるべきもの、後世への最大遺物と思うからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落185

185 Let us now place the mind in relationship to consciousness as an observer of conscious action. And for this the shore of the ocean can be used as an example. For as we gaze out over the vast stretches of water we know that there is untold life within its body. So let us become consciously aware of the activity that is taking place within its depths that the sense mind does not see. We should now become consciously aware through impressions of the many active forms and see those as small as a grain of sand searching the bottom of the ocean for food. And millions of kinds of form life from the bottom to the surface doing the same thing. Some never rise from the bottom to see the light near the surface, while others do.
185 それでは意識に関連して心を意識的活動の観察者の立場に置いてみましょう。そしてこの為には、例として大洋の岸辺を用いることが出来ます。何故なら、私達が水の広大な広がりの彼方を見つめる時、私達はその中に人知れぬ生命があることを知っているからです。ですから感覚の心が見ることのない海中深く起っている活動について意識的に気付くようになりましょう。私達は今や、多くの活動する形有るものの印象を通じて意識的に気付くよう、また大洋の底を食べ物を探している砂粒ほどの生き物を見るようにならなければなりません。しかも海底から水面まで何百万もの種類の生命が同様なことを行っています。あるものは決して水面近くの光を見る為に海底から浮かび上がることはありませんが、そうするものもいます。




【解説】
 意識を知る為の一つの訓練法として著者は海岸に立って海を見る中で、膨大な海の中に暮らす生きもの達の姿を思い浮かべること、意識することを勧めています。
 海はまさに目の前にありますし、私達はその広大な水域に文字通り無数の生きものが暮らしていることを知っていますが、私達の目は目の前の水面しか見ていないのです。
 目の前に広がる世界に対し、私達は自分の感覚器官のみに依存している為、肝心な内部の生き生きとした世界に気が付かないまま過ごしているという訳です。
 これを打開する為には、先ずは自らの感覚を研ぎ澄ませてその内部を知ろうと努力すること、印象を感受できるよう、心を明鏡のごとく鎮め、通過するかすかな印象にも反応する感度を持たなければなりません。何よりも私達は物事のほんの表層の一部しか見ていないことを自覚しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落184

184 No form or mind can live independent of consciousness. For outside of it, if there were any, would be absolute nothingness. So it is up to man to strive to have his mind listen to the teacher, the parent of all creation.
184 如何なる形有るものも、また心も意識と独立して生きることは出来ません。何故なら、その外側というものがもしあったとしても、そこは、絶対的な無であろうだからです。ですから、自らの心をすべての創造物の教師、両親に耳を傾けさせようと努力することが人間の義務なのです。



【解説】
 このわずか数行が私達が目指すべき「意識」の本質を示しています。
 言い替えれば万物を包む媒体であり、それを通して宇宙における様々な物体、またそれらを構成する記憶する物質と融和し、互いに交流を持つことが出来ることを私達に示唆しているのです。
 前項で話があったように、私達は身の回りの物質世界にあまりに拘泥し、その背後にあり、また私達全てを包み込んでいる意識の存在に対して、あまりに無関心・無頓着であると言えるでしょう。この意識の活動と役割は一生掛けて学び取るだけの価値がありますし、その意識を知る中で、私達は進化の道を歩むことが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第5課-段落183

183 Even some marine life strives to see the light above the water. And the liquid of water would not be if it were not for the essence of hydrogen and oxygen which are invisible. In this invisible state the prime of life cannot be seen with the sense of sight of the human mind. But it can be known to the mind through consciousness. For consciousness is the intelligence and power that is independent of the forms, yet it activates all forms when it acts through them. Consciousness knows no light or darkness as man classifies these frequencies. Nor does it know good or bad for these are classifications of the mind through misapplication of the law.
183 ある種の海洋生物でさえ水面上の光を見ようと努力します。また液体である水は目に見えない水素と酸素の基本化合物が無ければ存在しないでしょう。この目に見えない状態の中では生命の本源は人間の心の視覚では見ることは出来ません。しかし、意識を通じて心に知られることは可能です。何故なら意識は形有るものから独立している知性であり力であり、それを通じて働く全てのものを活性化するからです。意識は人がこれらの振動を分類するように光とか闇とかを区別することはありません。また、善悪も知ることはありません。これらは法則の誤用を通じた心の分類だからです。



【解説】
 先日もある所で無数の羽蟻が街灯の光に集まる光景に出会いました。実はその光景はいつも起こるのではありません。気温や湿度が上がり、彼ら羽蟻達にとって都合の最も良いタイミングで起こる集団行動なのです。その日は今考えると翌日雨が降る前の蒸し暑い夜で、その時、彼らは一斉に光を目指して周囲から集まるものと考えます。その後、彼らは羽を捨てる為、街灯の下にはおびただしい数の羽が積もります。
 これらはその羽蟻達にとって一生に一度のイベントであることでしょうし、光に集まる意義を良く知り、天候の行く末を察知した上での行動と思われます。
 一方の私達人間はこれらのもの達のように命を掛けて行動する目的を見失い、怠惰に暮らしているように思われます。暗黒の人間社会にあって光明に気付き、それを求める願望を無くしてはいないでしょうか。トビウオが水中を離れてしばし空中を飛ぶように、自らの暮らす次元より高次な世界、因の領域を知ろうと行動することが求められています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落182

182 Living as we do, guiding ourselves by other effect no different than ourselves, we remain close to the form life of earth. Which is in itself only an expression from its lowest state of awareness.
182 私達は自分達と何ら変わらない他の結果物に頼って自らを導いて生活している以上、地上の生物体に近いまま留まっています。それらはそれ自身、悟りの最も低位な状態から来る表現でしかありません。


【解説】
 いやおう無く変化する結果物に私達は重きを置きすぎており、その背後に流れる目に見えない法則性について全く重きを置いていないことを著者は注意しています。
 仏教でもこの点を説いていますが、その説くところは本講座と同様で、"法輪"という宇宙的法則を説くことが仏教の本質であろうと考えています。
 私達の生きる拠り所を何処に置くべきかは、各人にとって重要なことですが、それを自分達と何ら変わらない結果物に置くべきではないと本項は指摘しています。それは自分の生きがいを他の人間や物、まして現在の変化する時代にあって更に不安定となる貨幣に置いていては、安寧の心境に到達することは出来ません。
 私達は永劫不変な存在にこそ自らの生きる拠り所を置き、変動する社会のうねりの中でもしっかり自立した生活を推し進める必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第5課-段落181

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON FIVE
Consciousness, The Intelligence And Power Of All Life
181 We are actually living in an invisible sea of life. And as I have said before, we should school ourselves to become aware of the visible and invisible at the same time. For today we are only mentally aware of the visible forms with which we have contact. Yet all forms rise from the lowest upwards, looking so to speak into invisible space. And why should this be so? Does not all creation look to its creator as a child looks to the mother for guidance? And as space is the birthplace of all forms, they look to and live within the household of their birth.
生命の科学学習コース 
第5課 
意識、即ち全生命の知性と力
181 私達は実際には生命の目に見えない海の中で生きています。そして以前にも述べたように、私達は私達自身を目に見えるものと見えないものとを同時に気付くように訓練すべきなのです。何故なら今日、私達は私達が接する目に見える形あるもののみに気付いているからです。しかし、すべての形有るものは最下位から上部を目指して、言わば目に見えない宇宙に向けて昇っています。そして何故、このようなことが起るのでしょうか?全ての創造物は丁度、子供が母親に導きを求めるように、創造主を求めているのではないでしょうか。そして宇宙は全ての形有るものの生誕の地であり、それらの生まれた家庭を見つめその中で生きているのです。


【解説】
 私達が生命の海の中で暮らしているという感覚は、これから私達が意識を自覚する上で大切な概念だと思います。つまり私達の周囲は私達自身が触れ、その中に浸っているように常に接触、つながった生命体とも言える媒体に囲まれているというイメージです。
 このことを私達は未だ完全には認識出来ていませんが、いずれ私達の理解力や感受性が高まれば、より明確になるものと思われます。その延長には本課で学ぶ意識というものの存在があるのです。
 これまで私達は自分の心、自分勝手な意志が全てだとして来ましたが、実際にはとんでもない話で、ほとんど全ての生命活動が、心によって自覚されないまま、目には見えないこれら生命の海の中で人知れず行われている訳です。本文では私達人間も生来の生き方の傾向に沿ってやがては高次な世界を目指して進化して行くとしています。私達の研究対象も物質の探究から更に進んで目には見えなくてもより高次な働きのある因の世界も分かるよう、知覚を広げる必要があるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第4課-段落180

180 Can a man become immune to pain? Yes, we hear of those who can walk on hot coals without pain. But they have learned how to discipline their mind, and the mind had to be willing in order to be disciplined. This shows that whatever unpleasant conditions the mind faces, it is of its own creation through misapplication of the law. So it behooves the mind to become a willing student of cosmic principle if it is going to enjoy the blessings that life offers. This is where the memories from the past can serve man in recalling values he has gained through experiences he has had.
180 人間は痛みに動じなくなることが出来るでしょうか? もちろんです。私達は痛みを感じることなく、焼けた炭の上を歩ける人々について聞いています。しかし、彼等は彼等の心を如何に訓練するかを学んで来ており、心は訓練されることを喜んで応じなければなりません。このことは、例えどのような不愉快な状況に心が直面しようとも、それは法則の誤用によりそれ自身が造り上げたことを意味しています。ですからもし心が生命が提供する祝福を享受しようとするなら、心は宇宙の法則について喜んで学ぶ学生にならなければなりません。ここがこれまで体験を通じて得た貴重なものを人間に思い出させる過去の記憶が役立つところなのです。


【解説】
 本項は第4課のエッセンスを示しています。
 これまで第4課では、人体の各細胞、各々の分子・原子の中に不朽の記憶が蓄積されることを学びました。まさに今日私達が体験し発した想念が明日の私達の身体を造る際に引き継がれるというのです。
 分子・原子は悠久の歴史の中で、実は様々な体験を経ており、宇宙の創造主から来るインスピレーションも膨大な数、保持し記憶しているという訳です。このように私達はその最も近い自分の身体に莫大な図書室を有している訳で、私達がその知識を得ようと少しでも努力すれば、容易に道は拓ける筈です。
 Willing student of cosmic principle(宇宙の法則について喜んで学ぶ学生)こそ、私達が目指すべきものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第4課-段落179

179 The apple is made of matter and supported by conscious life the same as we are yet it does not scream when we bit into it. Why? Because it does not have the kind of mind that man has, endowed with a free will which is in constant opposition to Cosmic law.
179 りんごは私達と同じ物質から成り立っており、意識ある生命によって支えられていますが、私達が噛み付いても悲鳴を上げることはありません。何故でしょうか? それは人間が持つような、宇宙の法則に常に反対している自由意志を授けられているような心を持っていないからです。


【解説】
 ここでは植物の「心」について述べています。著者は私達との違いを「心」にあるとし、植物には私達のような自由意思が無いことが、リンゴを食べる際、リンゴが痛いと叫ばない理由だと説いています。
 これについては昔、植物にウソ発見器をつなぎ、植物が人間の想念に反応することを突き止めたバクスター効果(1966年)が有名ですが、植物が人間の想念に呼応する反応をすることは確かだと思われます。「植物と会話をする」という意味では、トゲの無いサボテンの品種を育てたルーサー・バーバンク、「星の王子様」に出てくるバラの花の話等、多くの例を見つけることが出来ます。
 その上で、植物は人間のような自由意志、自我というものは持たず、より融和的であり、宇宙からの指導的想念に極めて従順な「心」を持つ存在なのでしょう。以前、ある人から、「自分が自宅で育てている植物について、たとえ遠く離れていてもその植物のことを思っていることだけで、随分違いが出る」ということを伺ったことがあります。つまり、遠く離れていても相手に想念を発することでその植物は呼応するという訳です。まして相手が人間であれば、なおさらであり、遠く離れた惑星でも思いは届くということでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第4課-段落178

178 For if we desire to be as our creator we must face all phases of life without being disturbed. The Creator faces his creation without discrimination. For should he like one and dislike another he would be dividing himself, and thus do no better than man. But all phases of creation are loved by its creator for its purpose is known. It is a human trait to discriminate and through this many hurts are received because the ego mind separates itself from the whole.
178 もし私達が創造主のようになりたいと望むなら、私達は心を乱されることなく生命のあらゆる側面を直視しなければなりません。創造主は自らの創造物を差別なく直視しています。何故ならもし創造主があるものを好み、他のものを嫌うならば、創造主は自らを切り裂くことになり、人間よりましなことができなくなるからです。しかし創造のあらゆる側面はその目的が知られているが故にその創造主によって愛されています。区別するのは人間の特徴であり、エゴの心が自身を全体から分離してしまう為、この過程を通じて多くの痛みを受けることになります。



【解説】
 問題の本質は私達人間の側にあるのだと本項は説いています。善と悪、良と否に区別しがちな私達の心にこそ問題があり、世界のあらゆる事象は各々、目的や意義を持って全体と調和し、関連しあっている訳で、それらを区別し、裁くべきではないのです。
 大きな生きものが小さな生き物を呑み込むことは、確かに弱肉強食ではありますが、獲物を狙う肉食獣達も、貪欲ということはなく、腹が満ちればそれ以上の狩りを行うことはありません。
 一方、私達人間の方は足りるとすることを知らず、また憎しみ或いは狂った信念の下、他人を殺傷することまで行います。調和のとれた地球という”園”の中で他の存在とは交流もなく孤独な種族となっています。問題はそれら影響力が次第に増して来て、大気や水、土壌にも大きな力を及ぼすようになって来たことでしょう。その文明が過去に滅びたもの達と同様な末路にならない為にも、私達はいち早く差別する心から物事の調和・融合を観る心に変貌させなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第4課-段落177

177 This is where duality sometimes comes in. For you may love someone dearly and yet you do injury to them. This conflict is caused by memory cells of a lower nature, and those of a higher nature. If we knew something about our self we would combine these memories in relation to each other instead of the extremes with nothing between to support either of them. This lack of understanding is the cause of mysteries and misunderstandings. And when we hurt anyone we hurt ourself for we are all the same. We do this because our mind has not been trained to act as a good catalysis. This can only be done when the mind knows the reason for life.
177 ここが二重性が入り込む所以です。何故ならあなたは誰かを愛おしく愛しているかも知れませんが、それでもあなたはそれらを傷つけるかも知れません。この矛盾は低次な記憶細胞と高次な記憶細胞とによって引き起こされているのです。もし私達が私達自身についてなにがしかを知っていれば、私達はこれらの記憶を相互に補完することなく極端に走ることを止めて互いに関連づけてこれらの記憶を統合させることでしょう。この理解不足こそが神秘と誤解の原因なのです。また、私達が誰かを傷つける時は私達は自らをも傷つけることになります。何故なら私達はすべて同じ存在だからです。私達の心が良い触媒として行動するよう訓練を受けていないが故に私達はこのようなことを起こしているのです。その心の行動は心が生きて行くことの理由を知るようになる時にはじめて実現することになります。



【解説】
 釈迦が完全な悟りに至る前、菩提樹の下で瞑想していると、前に様々な様相を見せる敵が現れ、釈迦に挑みかかります。それに対し釈迦は落ち着いた態度でそれらを諭し、それらを消え去らせます。その時、現れた"敵"は釈迦ご自身の中にある要素だとされています。つまり、本項で言う自らの身体内の細胞に記憶された低レベルの記憶かと思われます。
 しかし、心がそれらの本質を理解できれば、たちどころにそれら低レベルの要素は中和され、体内から消滅することにもなるでしょう。私達がより高次な存在となる為にはどうしてもこの段階を踏まねばならないことにもなります。
 東南アジア(ラオス)の仏像のほとんどは、坐像で左手を手の平を上にした状態で自らの膝の上に、右手を手の甲を右膝から地面に触れるように下げていますが、そのポーズは釈迦がその悟りの際にしていた形であると伝えられています。
 つまり、仰ぎ見る仏像は釈迦が悟りを得た瞬間のお姿を表現しているとも言えるでしょう。私達自身にある二重性の本質を見極め、それらを調和に導き中で、湧き起る想念のレベルを向上させることが出来るものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第4課-段落176

176 It seems cruel to us to see a big fish swallow another, but it is just as cruel to see a man eat a carrot. For it is a living thing made of molecules just as you or I, or the fish. And the memory carriers do have records of all phases of life, from what we might call the cruelest to the highest.
176 大きな魚が他の魚を飲み込むのを見ると残酷に思えますが、それは人間が人参をかじるのを見て残酷と思うのと同じです。何故ならそれはあなたや私、或いは魚と同じ分子群からなる生き物であるからです。そしてその記憶を運び手は私達が最も残酷と呼ぶものから最高位のものまでの生命のあらゆる側面の記録を持っているのです。



【解説】
 私達が暮らす世界、自然の仕組みは互いに助け合い、関連しながら全体として調和ある(持続可能な)環境を造り上げています。その中には生きて行く上で必要な日々の糧を他者に頼る仕組みもある訳です。
 仏典には飢えに苦しむ虎に自らを与える話もありますし、母親が自分は食べずとも自らの子に食物を与える姿もよく目にします。これらは自らを犠牲にしても他者を助けたいとする基本的な原理、宇宙的な要点なのかも知れません。
 分子・原子の極小な世界からこれらの相互依存関係を観れば、互いに新しい体験を分かち合う融合的な関係にあることが分かります。つまり相手に食べられることで、その個人としての体験の枠を越えて、新たな分野の記憶がそれら分子・原子に与えられることになるからです。その見識には貪りや怒り、恐怖等の要素は一切ありません。

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