2016年12月

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2016年12月28日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落083

083 On this highway we shall find that all creation expresses a Divine intelligence. For consciousness is the life of even a grain of sand. It lives independent of forms, yet it activates all matter. It speaks the silent language which we call impressions, yet moves with a force far greater than any sound. And you and I are the highest manifestations of it, for without consciousness the mind would be nothing.
083 この大道では、私達はすべての創造物がある一つの神聖な知性を表わしていることに気付かねばなりません。何故なら意識は砂粒一つの生命でもあるのです。意識は形とは独立し、しかも全ての物質を動かしています。意識は私達が印象と呼ぶ無言の言語で話していますが、どんな音よりもはるかに大きな力で揺り動かしています。そしてあなたも私もその意識の最高位の創造物と言えます。何故なら意識無くしては、心は何らのものでもないのです。



【解説】
 私達が毎日の生活の中で、自分が正しい道を歩んでいるかどうかの判断は、本項の内容に合致している精神生活を送っているかにあります。つまりは、身の回りの事物に対し、各々が神聖な知性を現していると見える心境であるか否かになります。
 真に宇宙的な生活を送っているとしたら、毎日どのような小さな存在物に対しても親しみを感じ、それらが実に英知を持って行動していることに気付く筈なのです。
 私達は毎日をこのように美しく活発な世界に生きることによって、私達に出入りする想念・印象は本来のキレイな状態に浄化されて行くように思われます。 そして万物の観察者である私達人間はやがて本来の最高位の創造物の位につくことが出来るのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第2課-段落082

082 All of our life we have been doing things the hard way. Either in one extreme or another. Now the time has come to settle down into the middle, which is the conscious eternal highway. And stop taking the mental by-ways, for the center balance will make life much easier.
082 私達はこれまで生活のすべてを困難なやり方で物事を行って来ました。ある極端から他の極端のいずれかであったからです。しかし今や、意識的な永遠の大道である中庸に落ち着く時期を迎えています。そして心の横道を取るのを止めるべきです。中央のバランス状態は生活をはるかに容易にすることになるからです。



【解説】
 最近思うことは、このアダムスキー氏の伝えた"宇宙哲学"というものは、地球古来から伝わる数多くの宗教や哲学の本質と何ら違わないということです。一口に真理は一つと言ってしまうよりも、私達自身、古来から同じ内容を繰り返し教えられてきたことに気付かなければならないと思うのです。真理、法則である以上、地球人が体得したこともあるでしょうし、また他惑星文明から地球に伝達されたことも多いものと思われます。
 本項で言ういわゆる"中庸"もその一つで、仏典にも出て来ますし、孔子の説くところも有名です。
 本項で著者は、私達が有頂天であったかと思うと、何かの原因でその後すぐに落胆し落ち込んでしまうような生活を送っていると指摘しています。それは私達が理解力の劣る心の反応をそのまま行動の指針にしていることによると説いています。本来、意識の示唆する方向に進めば何らの問題もなく、事態が進捗して安寧な生活になるということです。その為にも私達は自らの心を監視し、常にバランスのとれた状態に保ち、いつでも意識からの印象による指導に即応できる態勢である必要があります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落081

081 F.D.R. expressed it well when he said, "there is nothing to fear but fear itself." For fear promotes fear. Our late President Kennedy made the statement, "Ask not what the Nation can do for you but what you can do for the Nation." I would say it this way ; it is not what God will do for you but what will you do for God? And God is the consciousness of our being. Or we could put it this way, it is not what the consciousness does for the mind, but what the mind can do for the consciousness.
081 F.D.R.(フランクリン・D・ルーズベルト、Franklin Delano Roosevelt)は「恐怖以外に恐怖すべきものは無い」と言ってそれを上手に表現しました。恐怖は恐怖を助長するからです。故ケネディ大統領はこう声明しました。「国家があなたに何を為せるかと問うのでなく、あなたが国家に何を為せるかを問え。」私ならこう言うでしょう。「神があなたに何をしてくれるのではなく、あなたが神に何をなすかである」。そして、神とは私達自身の意識なのです。そこでこういうようにも言えるでしょう。「意識が心に何をなすかではなく、心が意識に何をなすことができるかである」。



【解説】
 以前何処かのレクチャーテープの中で著者アダムスキー氏が本項と同じ話をするのを聞いたことがあります。おそらく、氏のお気に入りの表現であったものと思われます。
 話の流れとしては、ルーズベルトによる恐怖への対峙の決心を示す言葉の持つ意義を示した後、ケネディによる国民各自の積極的な行動を促す言葉、更にはその行動を私達自らの内側にある「意識」に向ける必要があると諭しています。
 これまで私達は未来が不安だとして、その不安感自体に支配されて来ました。しかし、本来的には不安定なのは、仏教でも言うように結果物、即ち一見堅固に見える物質世界だということでしょう。仏陀は不変なのは「法」(法則)であると説いていますが、本講座ではそれを宇宙を貫く「意識」、宇宙的生命力、印象の流れであると表現しています。それらは物質ではないので、何らの妨げもなく宇宙を貫き、それに対してこれまで私達は何も自覚しないまま、ただその恩恵を受けて来たのです。「意識」に対しては本来、もっと貢献できる存在になれと著者は説いています。

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竹島 正

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落080

080 The mind acts as it does mostly through fear caused by a lack of knowledge and faith. For if it changes, it knows not what the next moment might be like. Fear is the master of the mind and governs nearly every human being on earth, in one form or another. Very few people realize that fear is a dominant factor for we have been children of its household for centuries and now feel that it is a natural way of life. We do not even know that we fear, yet fear is nothing but a lack of understanding of the laws that govern life. And these laws cannot be learned by studying effects, especially of human experiences. For most of these are the result of fear dictation.
080 心というものはそのほとんどが、知識や信頼の不足が原因で生じる恐怖を通じて行動しています。何故なら、もし変化があった場合、心は次の瞬間にどうなるのか知らないからです。恐怖は心の主人であり、地球上のほとんどの人間をどのような形態にしろ支配しています。私達は何世紀の間、そのような(恐怖に支配された)家庭にいる子供であった為、私達の中で恐怖が支配的な要素であるということを知っている人々は極くわずかであり、今やそれが自然の生き方だと思うようになっています。私達は私達自身が恐怖していることすら知らないのですが、恐怖は生命を支配する諸法則の理解が欠けていることでしかありません。そしてこれらの諸法則は結果、とりわけ人間の体験を学ぶことによってでは学習することができません。何故なら、これらのほとんどが恐怖による指図の結果だからです。



【解説】
 私達がこれまでとは全く違った生き方を本当は求められていると本項は指摘しています。歴史は振興と破壊を繰り返しており、個人の体験も役に立つようなものではないと諭しているのです。
 その理由は、私達は生命本来の道を長らく歩んで来なかったためであり、その根源には恐怖による支配を拭えないからだと説いています。突き詰めれば不安定な結果物を拠り所としていては、次に訪れる事象には対処できず、結局は未来を恐れることになります。その人々の不安感をビジネスにするのが保険業界ということでしょう。また、私達自身、そのような自分に気付かず過ごしている訳です。
 そのような視点を一新して、私達は先ずは宇宙を貫く法則とでも呼べる創造的生命力を知覚し、因からの印象に対して自らの心を解放し、その印象を積極的に受け入れることです。野のユリ、空の鳥達が何らの心配を見せることなく、自由に日々を謳歌している姿は私達の手本でもあります

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落079

079 The mother has been used as an example, but people daily ignore impressions that are given to the mind by the consciousness and cause many imperfect acts that could have been avoided. All because the mind has been exalted through the ages and has given no thought to its parent - the consciousness. It supports itself by past acts and repeats history instead of going forward. There is some improvement historically, but actions are still founded on the past, like the destruction of men in war, instead of evolving above the past. The mind has an opportunity to bring newness each day by following the guidance of consciousness.
079 母親の件は一つの例として用いられましたが、人々は日常的に意識から与えられた印象を無視しており、避けることができた多くの不完全な行為を起しています。全ては心が長い時代を通じて誉められ、その両親である意識には何らの配慮も与えて来なかったことに原因があります。心は過去の行動によって自身の拠り所とし、前進する代わりに歴史を繰り返しています。いくつかの進歩も歴史的にはありますが、戦争における人間の破壊のように過去を超えて進化することの代わりに、行為は依然として過去に基礎を置いています。しかし、心は意識の指導に従うことによって、日々新鮮さをもたらす可能性を有しています。



【解説】
 前項では赤ん坊が生まれるまでの母体で起こる様々な変化において、意識による指導に母親が呼応して必要な食物を摂取する事例が取り上げられましたが、実はそれは一例であり、意識はその他あらゆる機会を通じて、私達に語りかけて呉れているということです。
 日常如何なる時も常に意識からの印象は惜しみなく降り注がれており、私達は自らの心を穏やかなものに鎮めて、それら印象の経路として自らを解放すれば、途端に様々な新しい概念、新しい知見に気付かされるという訳です。
 このことに気付けば、もはや私達は自らの体験のみに頼ることなく、物事を正しく、また深く洞察することが出来るものと思われます。他惑星人が千年もの寿命を持ち、若々しく活発である背景には、この意識からの印象を受け入れ、常に新鮮さと活力とを受けているからと思われます。宇宙における創造的生命力は常に印象・インスピレーションとして私達に授けられています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落078

078 And what is this higher intelligence? Again we have to refer to the consciousness for a definition. For at times it impresses the mother's mind to seek a certain type of food that she does not ordinarily care for, because this chemical is needed in constructing the infant form. And this intelligence causes the movement within the mother's body. No voice of instruction is heard yet the mind of the mother knows that some change has taken place. This is done by impressions for consciousness does not use sound as we know it. It is this consciousness that is the creator or builder of the form as near as we can tell. And this is all done independent of the mind. Even here the mind may interfere by opposing the impressions that come, like the food. Either by not seeking it or not being able to get it, which could bring about an imperfect form.
078 次に、このより高い知性とは何でしょうか?ここで再び定義の為に意識について引用しなければなりません。何故なら時々、胎児の建設に化学物質が必要となる為、それは母親の心に彼女が普段は好まないある種の食べ物を求めさせるからです。そしてこの知性は母親の体内に運動を生じさせます。声に出しての指導は聞こえませんが、母親の心は何らかの変化が起ったことを知ります。意識は私達の知るような音を用いませんので、これは印象によって行われます。私達がこの形あるものの創造主あるいは建造者と呼ぶのに近いのはこの意識なのです。しかもこれは心とは全て独立して行われています。ここにおいてもなお、心は食べ物の場合のようにやって来る印象に反対することによって妨害するかも知れません。それを求めることをしないか、摂ることが出来ないことによって、不完全な人体をもたらすことになるかも知れないのです。


【解説】
 ここでは具体的な意識による指導事例について解説されています。最も重要な人体の創造過程では実際、最低限の心の役割として、必要な元素を摂取するよう母親は意識から指導を受け、促されるとしています。
 言葉ではなく、母親の内部から何らかの衝動が湧き起り、普段は好まない種類の食品を欲するという訳です。そこには意識による印象が母親の心に送られ、それに呼応して母親が必要な種類の食品を摂取するのです。その印象に従うことで人体の創造が無事進行することになります。
 このように私達地球人のレベルは自らの体内で起こっている日々の生命活動について何一つ自覚もなく、無関心となっています。しかし、この事例から分かるように、私達の肉体は驚くべき知性を有しており、私達はこれら精密な機構の上に乗って毎日を送っているということです。丁度、高級乗用車に乗り込む場合のように、車の内部の仕組みについては何一つ知らないまま、車をスムーズに運転出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落077

077 THE CREATION OF A HUMAN FORM
A pregnant mother knows that a conception has taken place within her being, but her mind does not know what is to be done in the creation of the form. Many times she wonders what is going on. There is not a mind in the world that knows exactly the type of intelligence that is responsible for the growth. It is true that pictures have been taken from conception to birth, but not of the intelligence that brings about the form from moment to moment. This intelligence is superior to the minds of men and that of the mother, for they know not what goes on. This proves that the mind is subject unto a greater intelligence than its own. Yet the mind has the potential of attaining equality if it allows itself to be guided by the higher intelligence.
077 人体の創造
妊娠した母親は自分自身の中で妊娠が起ったことは分かりますが、彼女の心は形あるものの創造において何を為すべきかは知りません。何度も彼女は何が起っているのか不思議に思います。しかし、胎児の成長に責任をもっている知性のタイプを正確に知っている心はこの世に一つもありません。妊娠から誕生までの写真が撮られていることは真実ですが、一瞬一瞬人体を形作っている知性について写真に撮られることはありません。この知性は人間の心や母親の心より優れており、それらは何が起っているかを知っています。このことから、心はそのもの自体より大きな知性に支配されていることを示しています。しかしまた、心は自らをそのより高い知性によって導かれることを許すならば、それと同様な能力を持つ可能性を有しています。



【解説】
 本項では私達自身、自分について如何に鈍感、無知であるかを指摘しています。最も大切にされるべき赤ちゃんの誕生に至る過程すら母親が自らの体内で起こっている創造作用についてほとんど分かっていないという訳です。
 実は私達各人は本項と同様な状況の下でこの世界に生まれ出て来ました。無とも言える大きさの受精卵から赤ん坊の大きさになる間は、まさに”創造の日々”ですが、それを指導し、人体を形成させている知性が如何に知覚されていないかが問われているという訳です。私達地球人はこのことを理解しようともしていませんが、他惑星人は理解が進んでいるということでしょう。
 地球上の科学レベルでは当初、受精卵にある遺伝物質が各々に細胞に複製伝達されることぐらいは解明できていますが、まだ各部位を形成する発端等々、具体的なところは理解されているとは思われません。
 しかし、私達はいわゆる科学的手法による解明努力の他に、もっと自らの心自体を謙虚に訓練して目に見えない知性との交流について励むべきではないかと思うのです。全ての知性が実は私達自身の中に備わっていることを如何に自覚し、自らの知覚力をより深遠なる印象の世界に深化させることが、日々の精進・訓練によって出来ると本項は私達に示唆しています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落076

076 So the mind does not have to go far to learn. For it can learn from the form through which it works if it humbles itself to the knowledge within the form. We can now see where the saying "man know thyself and you shall know all things" originated, for all creation is governed by this law. And there is no greater truth than this that has ever been spoken.
076 ですから、心は学ぶ為に遠くに行く必要はないのです。何故なら、形あるものの内部にある知識に心自らが謙虚になりさえすれば、心は形あるものの働きを通じて形あるものから学ぶことが出来るからです。私達は今、「汝自身を知れ、そうすれば全てが分かるであろう」という言葉が何処に起原を持つかを知ることができます。何故なら、全ての創造がこの法則に支配されているからです。そしてこれまで語られた中でこれほどに偉大な真実はありません。


【解説】
 これまで古代ギリシャの格言程度の認識でしかありませんでしたが、この「汝自身を知れ」という言葉の本質は本項で説かれているように大変深遠な内容を持っています。調べて見るとその出典はギリシャ最古の神殿入口に掲げられた3つの格言の一つとのことです。(ちなみにその内もう一つは「中庸」を説くものであり、かねがね著者アダムスキー氏が指導して来た内容と一致しています)
 本項では私達自身の学習態度として、自らを謙虚にして物事の観察を行うことで創造物の内側に息づく創造的知性を学ぶことの重要性を述べているのです。
 そして更に言えば、私達自身を教材として、日々の生活の中で自身の心の作用や体内の諸活動、そして私達内部で働く生命力について実感し、意識して観察することで、その作用が現実世界に如何に影響を及ぼしているかを学ぶことです。私達自身の中に全ての要素があり、それらは休むことなく活動している訳で、そのような状況に気付けば、学習する上で他に必要なものは何もないことが分かります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落075

075 We have been taught that the mind is the man as well as the knower. But as the mind is an effect, this statement is far from the truth. Yet within the form of man lives the knower. If the mind would humble itself and become the observer of the form through which it works, it would soon realize how little it does know. i.e. There is no question in our minds that we have brilliant people in the world, for the new inventions in the recent years prove this. In the field of electronics the things that are done could be called miracles. Things like correcting instruments from earth that are many miles out in space, and talking back and forth with a man in a capsule orbiting the earth. These accomplishments only show the potentials of the human mind when it listens to the guidance of consciousness. Yet with all of the knowledge at present there is not one man in the world that can create a human form and have it function as we do. But within the form there is that knowledge which manifests every day in the birth of children. Not to mention the thousands of other form creations.
075 私達はこれまで心こそが人間であり知る者であると教えられて来ました。しかし、心は一つの結果であり、この声明は真実とはかけ離れています。しかし、人体の内側には知る者が生きています。もし心が自らを謙虚にし、その知る者が人体を通じて働く様子の観察者になるならば、心はすぐに心がいかに少ししか分かっていないを自覚することでしょう。つまりこういうことです。世の中には素晴らしい人々が私達の中にいることについては疑問はありません。近年の新たな発明がそれを物語っています。エレクトロニクスの分野では為されている物事は奇跡と呼ばれても良いでしょう。宇宙空間に何マイルも離れている装置を地上から修正するようなことや、地球を周回するカプセル内の人間と相互に交信するようなことがそれです。これらの成就した出来事だけでも人間の心が意識の指導に耳を傾けた時に発揮する人間の心の可能性を示しています。しかし、今日の知識の全てをもってしても、世界中に一人として人体を造り出し、それを私達同様に機能させることが出来る人はおりません。しかし、その人体の内部には毎日、赤子の誕生として現出する創造的知識が備わっているのです。その他、何千もの他の創造物についても言うまでありません。


【解説】
 もちろん何事を為すにも強い意志を持ち、時々に出逢う問題を解決して行くことは大事です。しかしそれ以上に大切なのは、私達は創造主から創造された存在であり、一つの結果物であるということです。即ち私達自身の自我(心)は全てを知る者ではなく、そもそもの私達自身の発生の経過を見れば、実に目にも見えない卵子の受精からこの世に生じたものである訳です。
 これら創造の過程は精妙なもので、一つの細胞から何兆個もの複雑な機能を持つ生命体が構成されて来ました。その知性は何処にあるのかが、私達が追及しなければならない課題であり、これら知性は科学技術の進化とは比べようもない精妙さを持っています。
 しかし、本項で著者は同時にこれら創造の知性は私達自身の中に、私達の自我(心)とは別個に存在すると説いています。その創造の知性とどのように親しくなり、日々生きる上での指針を得るかが本講座の主目的ということになります。
 既に本講座が執筆されて以来、私達はコンピュータや電子機器その他の分野で、驚くべき進歩を遂げており、居ながらにして遠隔地の状況を見たり、世界各地に蓄積された知識を調べたりすることができるようになる等、技術の上では大きな進歩を遂げています。今後は私達自身についての理解が求められる時代になっているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落074

074 History does not necessarily have to be repeated, for it is man's action that make history. We will cover this more thoroughly in the coming lessons but at the moment we will continue with the mind.
074 歴史は必ずしも繰り替えされる必要はありません。何故なら歴史を作るのは人間の行動であるからです。つぎの課ではより完全に取扱いますが、ここでは心について続けることとしましょう。



【解説】
 逆説的に言えば、この地球では歴史は繰り返されているということでしょう。著者は「ムー」や「アトレンティス」時代から、今日まで様々な文明が隆盛し、また滅んで行ったことに言及しているのです。この目下の文明も一大転換期にある今日、私達はその原因が何処にあるのかについて真剣に考える必要があります。
 おそらく、その唯一の解決策は私達自身の日常生活のあり方に係っている筈です。各自が毎日どのような想念の下に生活しているかは、その者の環境をもたらしているでしょうし、他者への影響はやがて社会全般にも広がる影響力を持っていると思うからです。
 先日、NHKのテレビで85歳の女性絵本作家、甲斐信枝さんの日常が紹介されていました。大変若々しいその画家は畑や草むらの雑草達と話をしながら、細密画を描きます。毎日植物と会話しながら優れた絵本を多数出版されています。
 彼女の生き方から私達は改めて、植物との印象による意思の交流の実践を学ぶことが出来ますし、日本でもルーサー・バーバンクのような植物と会話が出来る人物がいることにうれしくなってしまいました。
 そのように生きるかはその人本人次第ですが、その手本となる生き方は多くの人々に本来の生き方を目覚めさせるものであり、ひいては人類を新たなステージに導く程の力を発揮します。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落073

073 You may say here, what about the people among us who are criminals and those who harm others? These actions could be considered mistakes on the part of the actor since he has been taught to guide himself by effects. And most everyone has been guided by effects, so we have all made mistakes. But if we are wise and desire understanding we shall then learn the reason for our mistakes and make the corrections. And we can be thankful for the experience that taught us a lesson. For without this we would not know the better way.
073 ここで、あなたは私達の中にあって犯罪者であったり、他人に危害を与える者についてはどうかと言うかも知れません。これらの行為は結果によってのみ自身を導くように教えられて来たその行為者の側の過ちと見なせるでしょう。そしてほとんどあらゆる人が結果によって導かれており、私達は皆、過ちを犯します。しかしもし、私達が賢明であり理解を望むなら、私達は私達の過ちの理由を学び、修正しなければなりません。そうすれば私達はレッスンを私達に教えてくれたその体験に対して感謝することにも成り得るのです。何故なら、このこと無しにはより良い方法を知ることは無かったからです。



【解説】
 本項で著者は触れていませんが、実は私達自身、容易に犯罪者になり得ることに注意しなければなりません。心が思い通りに行かない現実に怒り、恨んで周囲に暴力をはたらくとか、喧嘩の相手を傷つけ殺人を犯す等の事柄は、私達の心が暴走しやすい状況を反映しています。
 それ程に私達の心は不安定な状況にある訳です。このことを良く戒めているのが仏教であるように思います。自分の心を見詰めること、監視することは本講座も指摘するところです。
 本項においては、それらの原因を私達の心が「結果」の世界のみに軸足を置いていることから来ると説いています。結果の世界は移ろい易く不安定です。そこに軸足を置いていては、永続する安定感は得られません。私達は自分の基盤を、因に置き、因からの印象の発現の場所として自身を活躍させることです。自らが因からの印象の発現の経路となること自体に喜びがあり、その成果については関心を持たないことです。このようなことも本項で著者が示唆する内容かと思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落072

072 As you can now see, everyone in his daily life is important in one form or another. The thing that we must do is to learn the importance of each one, as the advanced space people do on their planets. In this way each individual effort is honored as he serves others. Directly or indirectly.
072 今やお分かりのように、あらゆる人はその日常生活の中で何らかの形において重要なのです。進化した宇宙人が彼らの惑星で行っているように、私達が行わなければならないことは各々の重要性を学ぶことです。このようにして、個々人の努力はその者が直接的あるいは間接的に他に奉仕することに対して栄誉を受けるのです。



【解説】
 結局、人生を作り上げているのは各自の毎日、毎時間、毎秒の過ごし方、行動の仕方にあるのです。もちろん将来の目標は進路を目指す方向を定めるもので重要なのですが、それに増して大切なのは一時、一時の印象に対しどう行動し対応してその指導に従うかにあります。
 しかし同時にまた、私達は自分達が置かれている環境、愛すべき自然環境や動植物達の生きる姿もよく観察し、その中にある美しさに感動することが大切です。自らの心をそれら模範となる対象物の生きる姿から学ぶことは大いなる喜びであるのです。
 季節は今、秋を迎え木々はその葉の色調を日々精妙に変化させています。朝日に照る紅葉から深緑のグラデーションの立ち姿等、思わずその街路樹の美しい佇まいに見ほれてしまいます。
 私達の周囲にはこのように無尽蔵の教師、教材がある訳で、その中で毎日を如何に充実させて過ごすかが求められているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落071

071 Jesus brought this truth to the people when he said that the man who desired honors from earthly men, had none coming in heaven. He also said not to worry about tomorrow, for the sparrow neither sows nor reaps, yet the Father takes care of each of them. But this calls for definite faith in the consciousness. For he also said, "are you not more than the raiment ?" This is the law by which all Venusians live.
071 イエスは地球の人達からの名誉を望んだ者で天国に来る者はないと人々に述べてこの真実を当時の人々に伝えました。彼はまた、明日を思い煩うなスズメは蒔くことも刈ることもしないが父はそれら個々の者を養ってくださっているのだから、とも言いました。しかしこれには意識に対する絶対的な信頼が要請されます。何故なら彼はまた、「あなたは衣服より以上のものではないか」とも言いました。これは全ての金星人が生きている法則です。



【解説】
 名誉を求めず、明日をわずらわず、ひたすら宇宙を生かす創造主を信じる心境こそ重要です。このことは単に覚者の言葉というだけでなく、天地創造の時代から未来永劫続く宇宙的な真理・法則であり、この法則性を如何に認識するかがポイントになります。
 上記の言葉は単なるキレイゴトではなく、実際に現実世界を動かす法則を理解した結果、導かれた要点・エッセンスなのです。
 一見して優しいように見えますが、その示す世界は深遠です。同時に人間を除く多くの生きもの達はこの心境に生きているということでしょう。各々の生涯は必ずしも全て幸福という訳にも行きませんが、それでも創造主の導きに絶大なる信頼を寄せて、「その日暮らし」、即ち毎日この時を大切に生きることを全ての創造物が実践しており、自然界はその上に成り立っているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落070

070 This equality is lived on Venus and Saturn, for each talent is respected as a Divine gift from the Creator unto creation. And it manifests in ever field of endeavor - sports, art, etc. There is not the feeling of competition that we of earth express. But rather a feeling or desire for a finer quality of expression of individual talents towards the fulfillment of the Divine purpose. It is only the ego mind that desires honors for its accomplishments.
070 この平等さは金星と土星では実行されています。あらゆる才能が創造物に対する創造主からの神聖なる贈り物として尊敬されている為です。そしてそれはスポーツ、芸術等々、努力におけるあらゆる分野に現わされています。地球の我々のような競争意識はありません。むしろ、聖なる目的の達成に向って個個人の才能に関してより精緻な表現を感じたり、望んだりするのです。その達成に対して名誉を求めるのはエゴの心だけです。



【解説】
 長い間、地球では競争相手を下す為の競技が行われ、勝者が栄誉や富を得るようなゲームが行われて来ました。競い合うスポーツは今日ではそれを職業や興業とするビジネスも盛んになっています。
 しかし本項では、これらとは全く異なる価値観を持つ社会、他の惑星の平等感について説かれています。人生を意義あるものとして生き抜く為には、現在自分に与えられた才能を伸ばし、社会に貢献することこそ優先すべきで、名誉や名声は後からついて来るものです。
 実はこの才能を開花させる上でも、無言なる知性、意識の存在は欠かすことが出来ないように思います。所詮、人間(エゴ)の考えること、予測することにはあまりに限界があります。しかし一度私達が印象に従って行動する時、私達のエゴは解放され、いままで経験したことのない状況の中で、本来の才能を発揮することが出来ます。各自の才能発揮についても、無心無我の状況を作り出すところが重要かと考えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落069

069 The King turned to the blacksmith and asked him by what right he seated himself there. With this the blacksmith arose and questioned the other workmen by saying, "who fashioned your trowel and your compass" ? They replied "you did". Then he said, "could you have built this Temple without these ?" Their answer was "no." Then he said, "the honor belongs to me."
069 ソロモン王はその鍛冶屋に何の権利によってそこに座っているのかと訪ねました。すると、鍛冶屋は立ち上がり、他の者たちにこう訪ねたのです、「誰があなた方のコテやコンパスをこしらえたのか?」。彼らは答えた。「お前だ」。すると彼は言った。「あなた方はこれら無しにこの寺院を建てることができただろうか?」。彼らは答えた。「いいえ」。すると彼は言った。「それでは、その栄誉は私のものだ」。



【解説】
 私達は物事全般の価値を現在、金額で表現しています。そのものがいくらで購入出来るのかを基準に価格を決めているのです。
 先日、ある会合の折、近くで切手収集家の大きな集まりがありました。オークション等が開催されていたようです。本来は郵便料金を支払った証拠としての意味ですが、収集家の間ではわずかな紙切れに大きな価値が設定されているのです。このような仕組みが地球では一般化している訳です。
 しかし、ここで注目すべきは実際、この逸話のように王の前で鍛冶屋がそのように発言したとするなら、ソロモン王の時代は各自自由な意見を王の前で言える大変、フラットな社会、上下関係に緩やかで開放的な社会であったことが分かります。著者はこの事例をこの講座の中で紹介することの背景には、私達が本来、このような上下関係でなく、自由に意見が言い合える平等な社会を目指すべきことを示唆しているように思えるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落068

068 Another example for the sake of clarity. When King Solomon's Temple was finished he expressed a wish to have the man who had done the most in bringing about its completion, honored in a ceremony and seated in a chair next to his own on the Throne. All of the men of different talents presented themselves in clothing appropriate for the occasion, each hoping for the honor. But a blacksmith entered dressed in his working clothes. A burned apron and dirty hands from the forge, and seated himself in the chair. This caused a stir and complaint among the other men.
068 明確にする為にもう一つ例を挙げましょう。ソロモン王の寺院が完成した時、ソロモン王はその完成に最も貢献した者を式典で表彰し自らの王座の隣に座らせたいという希望を明らかにしました。様々な才能の持ち主が、各々その名誉を期待して、その場面に相応しい身なりで出席しました。しかし、ひとりの鍛冶屋が作業衣のまま入って来ました。仕事場から焼けたエプロンと汚れた両手のまま、その椅子に着席したのです。これは他の者たちの間に騒ぎと不平をもたらしました。



【解説】
 現在私達が学んでいるこの講座の内容は、宇宙の法則性、基本原理のようなものであり、その教えるところは旧約聖書の時代と変わるものではないという訳です。ソロモン王の時代どのような出来事があったかは知りませんが、栄華を極めた寺院の披露の場にあった逸話が本項で紹介されているのです。
 私達は職業の価値をその者が取り扱う金銭的な額の大小や芸術性の有無により差別して来ましたが、前項まで学んで来たように、各々の果たす役割の大きさに差異はありません。それらのいずれも一つ欠けては、全体の機能が発揮されないからです。
 同様に私達一人一人も社会の中で各々役割があり、一人一人の役目を十分に果たすことが求められますし、その価値を等しく尊重されるべきものです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落067

067 Here you can see that the lowest talent is equal to the highest. From this you should know what the word equality really means. And this is far from the average definition of the word.
067 ここにあなたは最低位の才能が最高位の才能と等しいことがお分かりになるでしょう。ここからあなたは世界の平等というものが実際、どのようなことを意味するかを知らねばなりません。また、これは世の中の平均的定義とはほど遠いものです。


【解説】
 一人一人、また草木の1本1本が無くてはならない存在であること、その理解が「平等」という真の意味であることを本項は説いています。私達の経験からもそれらの一つが失われた際に物事がうまく進まないことを知って初めてそれが果たして来た重要な役割に気付くことも多いのです。健康問題についても、体内の諸器官の内、一つでも支障があれば、全身に影響が及びます。また、道具の一つでも欠ければ、良い作品を造ることが出来ない彫刻家の例もあることでしょう。
 こうした各行動を支えている様々な目に見えにくい要素が機能して初めて成果を出せるのであり、世の中のものは相互に関連しているという訳です。
 私達はこれまでこの世の中を自分と比較して劣っているもの、優れているものに区別して来ましたが、実際にはこれらの価値はこのような視野では把握できません。究極には各々が重要な価値を持っていることになりますが、それを納得するためには、自ら良く観察して各々の相互関係を学ぶことが必要となります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落066

066 From here on many talents will be employed to complete the structure. The final touch of historic recordings and beauty will be the murals painted upon the inner walls of the entrance. And for this the finest artist will be engaged. But even he with all of his talent cannot produce what is asked of him if the pigments of his paint had not been processed from the pick and shovel man through the various refining steps necessary. And this is true with the brushes and other equipment which he must use. And without these his talent would be of no value.
066 ここからは、多くの才能を持った者が建物を完成させる為に雇われることになります。その歴史的記念と美の最終段階の仕上は入口の内壁上に描かれる壁画となるでしょう。そしてその為に最高級の画家が雇われることでしょう。しかし、彼の才能全てをもってしても、彼の使用する顔料がツルハシとシャベル人夫で取り出されてから必要な精製工程を経て処理されていなければ、依頼されたものを造り出すことは出来ないでしょう。そしてそれは彼が用いる刷毛やその他の道具についても同じく当てはまります。



【解説】
 誰もが分かるように、壁画は建築物の最後の仕上げとして描かれます。この時に描かれる作品はその後長い間人々から称賛される作品となることでしょうが、その絵を支えるのは画家の力量だけではありません。絵の具から筆に至る一つ一つの道具や材料までそれらを支えるために払われた多くの職人の努力があることを知覚せよと説いています。
 画家はそれらの職人達の成果品を用いて作品を描いている訳で、いわば他人の努力の成果を活用している訳です。この場合、注目したいのは職人気質です。自分の納得したものしか世に出さないことであり、多くの場合、成果品に名前を入れることもありません。優れた仏像も世界各地に残っており、人々の信仰を集めていますが、今だかつて私自身、それら古来の仏像に製作者の名前が彫られている例を見たことはありません。
 よく現地で誰が建立したかを伺うのですが、まず名前が出ることはありません。仏師は自分の納得する像が出来、僧侶による開眼供養が終われば、それは”仏様”として存続し、自分の作品でなくなるからかも知れません。
 肉体に刺青をして創った人の名前を記入するようなものだからです。もちろん私達の創造主もそのようなことはする筈もなく、作品を構成する部位の一つ一つに”創造主”の名前を彫り付けることもない訳です。これらはすべて、その後はその作品に全てが含まれていると認識することに由来しているものと思われます。作品自身が自ずとその背景を表現するという具合です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第2課-段落065

065 The first workers that he engages are what could be called of the lowest talents. For they will be the ones responsible for the ditch in which the foundation of the building will be laid. And without which the building could not be built.
065 最初に雇う労働者は最も低い才能の者達と呼ばれるかも知れません。何故なら彼等は建物の基礎を置く為の溝を受け持つ人々であるからです。しかし、それ無しでは建物を建てることは出来ません。



【解説】
 本項で描かれる状況は誰もが見たことがあることでしょう。とかくこのような仕事は低いレベルと見做されがちですが、基礎工事に雇われる者に対して芸術家同様の価値と才能を見出す視点は金星における価値観でもあるのです。
 私達は従来の私達の視点を大幅に見直す必要があります。その建物が建設されるのに本当に必要なものは何かを考える時、あらゆる要素が各々均等にその建物を支えていることが分かります。丁度、人間の身体がどの部位も無くてはならない役割を持っているように、私達一人一人は広大な宇宙の中で自ずと占める位置を持っているのです。
 こうした自分の役割に気付く時、また他人の役割を認める時、私達は自らも含めて宇宙の一員としての自覚が生まれるものと思われます。また各自の役割を果たす時、以前、著者が”喜んで踏み石(stepping stone)になる”と言及したように、後から来る者の理解促進に貢献できることも喜びとなるのです。

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