2016年10月

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落045

045 Just reading this lesson will be of very little value but daily and momentary practice will bring results. When you have questions pertaining to any of the lessons you should write them down. And if you do not find the answer in the forth coming lessons after receiving three, you may send them to me.
045 ただ、この教科を読むだけでは何らの価値にもなりませんが、日々のそして刻々の実践が結果をもたらすことでしょう。この教科のどの部分についてであれ、疑問がある時は、それらを書きとめて下さい。そしてもし、3課を受取った後もあなたが次ぎに来る教科までに回答を見つけられなければ、それらの疑問を私に送って戴いても構いません。



【解説】
 私達が取り組もうとしているのは、単に知識として知ることではありません。いくら知識・情報として持ったとしても、自らの体験で裏打ちされない限り、永続する記憶にはなりませんし、自ら行動しない限り先には進めないからです。
 第1課の最終項で著者は改めて”実践”の必要性を読者に説いています。私達が陥りやすい表層的な知識欲を戒め、自らの心を訓練することの必要性を諭しています。また、おそらく当時、毎月送られて来たと思われる本講座の各章のテキストに関し、疑問があったら3ヶ月待って、それでも疑問が解決しなければ著者宛に寄こしてもよいとしています。自ら問題点に1、2ヶ月向き合えば大抵の問題点は解消するとも説いているのです。
 私達は一歩一歩、わずかな歩みであっても実践することが重要なポイントです。決して解決を急ぐべきではありません。進化の道ははるか彼方に続いており、一つ一つの実践結果を良く味わって確実なものとすることの方がはるかに大事です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落044

044 So the first thing a student of life should do is to cultivate the ever present awareness of Cause and Effect. Where not only the mind will see the form as it has in the past, but also it will permit the consciousness to reveal the invisible supporter of the form. It will be like driving a car with full awareness of all of its working parts which produces the power, that the sight does not see.
044 ですから、生命の学習者は原因と結果に関する不断の気付きを養うことを最初にしなければなりません。心がこれまでそうであったように形を見る他に、意識が形有るものの目に見えない後ろだてを明かすことを容認させることです。それは自動車を視覚では見えないその動力をつくり出す作動部品の全てを完全に意識しながら運転することに似ています。



【解説】
 第1課を振り返り、本項では改めて私達が物事(現象)に接する際に目に見えるもの、現れた「結果」と同時に、それを支える目に見えない「因」の両方を同時に観ることが必要だと説いています。隠れた様々な機構が車を動かすメカニズムになっていることを十分理解しながら車を運転するような状況を作り上げるという訳です。
 それには私達は自然界やその他あらゆる要素を先ず学ばなければなりません。観察を通じて各々の内部がどのような仕組みになっているかを知る必要があります。
 しかしそれだけでは不十分ということでしょう。奥から来る印象を感知する為には、私達はあらゆるものを受け入れる心境と覚悟を先ずは持つ必要があります。私達はこれまでの自分(自我)を頼りにすることなく、もたらされる印象に従って生きることを選択する必要があります。印象の贈り手(創造主)を信頼して、それら印象が流れる経路になることが必要です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落043

043 It may take ages to do this, but through patience and determination a human can express this beauty in ever increasing fineness. And thus become The Christ in God's Kingdom.
043 このことを成すには年月を要するかも知れません。しかし、忍耐と決心を通じて、人間は永遠に高まる繊細さの中、この美しさを表現することができます。そして、このようにすれば、人間は神の王国におけるキリストになるのです。



【解説】
 実はこれら日々の自分の欠点を削り取る作業は単に個人の”自分磨き”には終わらず、私達が想像する以上に大きな意味を持つものであることを本項は説いています。
 仮に一人が自らの生き方をより清いものに転換できれば、その影響は他にも及びます。2000年余の昔、イエスはたった一人で人々に人の生き方を説き、自らの生涯を見せることで今日まで続く人々の信奉を得て来ました。仏陀も含め輝く存在は末永く人々を導く存在となるのです。
 私達は最初は自分自身の問題解決の為の努力、修行に取り組まなければなりませんが、その先には人々を導く者となる筈だと本項は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落042

042 The real beauty of man's finer abilities has become covered with moss and lost to his vision. For all that he can see is the moss which is a parasite that lives on the body of another form. This is equivalent to human habits that cover the real man. While the rolling rock may come up against many problems and rocks twice its size and endure pain while bumping against them and losing parts of itself, it keeps on rolling. And finally it is polished to a high degree and shows the colors and minerals of which it is made. And in some rocks beautiful designs are formed when the minerals by the law of affinity adhere to one another.
042 人間の繊細な能力に関する真の美しさは苔に被われ、見失われています。人が見ることができるもの全てはその肉体あるいはその他の形有るものにとりついて生きている寄生生物である苔なのです。これは真実の人間を被う人間の習慣に相当しています。転がる岩は多くの問題やその大きさの2倍もある岩に出くわして、衝突して痛みを堪え、自らの一部を失いながら、それは転がり続けます。そして、最後にはそれは高度に磨き抜かれ、それを造り上げている様々な色彩や鉱物を示すようになるのです。そして岩の中には鉱物が親和の法則によって互いにくっつきあうことにより美しい模様を形作られているのです。



【解説】
 私達に本来備わっている美点というものが、各自の習慣その他長年の悪癖により、すっかり覆われて見えなくなっていると著者はその状況を警告しています。ある意味、聖書のエデンの園の話として記された遠い昔から、私達が日々塗り固めてしまった習慣的想念が本来の私達の姿を覆っているということです。
 この講座のテーマは、これら長年月の内に自身を覆ってしまった「苔」を取り除き、本来の美しさを取り戻すことにあります。
 しかし、どうすれば良いかについて、本項では問題解決に向けた各自の「行動・実践」だけが唯一の方法であると説いているように思われます。石が転がる(行動する)中で様々な問題と直面し、時に痛い体験をする中でも、転がり続けることで、やがては自身の欠点(デコボコ)が取れ、遂には本来の美しさが表に現れることを私達に説いています。
 決め手は例え行動の結果、痛い目に遭ったとしても、それで行動を止めることなく、継続することで自分を磨くことが出来ることです。行動に伴うあらゆる経験は決して無駄になることはありません。これら体験を踏まえて次のステージに進めば良いのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落041

041 It has been said that a rolling stone gathers no moss. But moss used in reference to man's accumulation of things has deterred his growth in cosmic intelligence. But the rolling one becomes polished by striking problems or other rocks and thus the debris is removed.
041 転がる石には苔が付かないと言われています。しかし、人による物事の蓄積に関連して用いられる苔は人の宇宙的知性における成長を思いとどまらせて来ました。しかし、転がる石は諸問題や他の石とぶつかることによって、不要なものが取り除かれるのです。



【解説】
 誰もがよく知るように河原の石は皆、丸く先が尖ったものはどれ一つありません。何千年、何万年もの間、時に押し寄せる洪水や奔流によって上流の石はこすれあい今日の円満な姿になったのです。本項ではそれらの石が元来の山の頂から下って来る時の様子を表現し、私達の人生の歩みと比較しています。
 つまり最初のデコボコで粗雑さが残る原石は、ころがる(即ち行動する)ことで様々な問題にぶち当たり、自身にも大きな痛手を負うことも多い訳ですが、それは石の持つ本来の美しさを表現する為に必要なことだと説いています。途中でころがること、行動することを放棄して周囲にコケがむすほど停滞してしまうと、二度ところがることを思い留まることにもなってしまい進化は停止します。
 各自は自分に与えられた才能を開花、発展させる為には積極的に行動し、問題に当たることで自身の欠点を取り除かなければなりません。そうすれば遂には石本来の美しい結晶構造を表現することが出来、大河の河口近く穏やかな水の流れを支える玉石の一つとなることが出来るということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落040

040 Our habits of thinking in relation to past and present teachings in all fields of life are the rough spots that must be removed. Some will be harder to remove than others, but determination of purpose will bring the desired results. Then will come the polishing or establishing of new habits which perhaps will not be easy or pleasant at first. But when all of this is accomplished the Glory of God will manifest through the form once known as man.
040 生命の全ての分野についての過去及び現代の教えに関連した私達の思考習慣は取り除かなければならない荒削りな汚点なのです。ある部分は他より取り除くのがより困難かも知れませんが、目標に向けた決意は望む結果をもたらすでしょう。その後、研摩即ち、最初は容易でも快適でもない新しい習慣が来ることになるのです。しかし、この全てが達成される時、神の栄光が人として知られる形有る者を通じて現われるでしょう。



【解説】
 ここで著者は私達自身の問題として、これまでのおよそ生命に関する私達の思考習慣に大きな問題があり、それらをこすり取らなければならないと厳しい指摘をしています。
 本文では具体的に何処の部分かについて指摘していませんが、おそらく私達の思考の習慣には多くの汚点があり、それらを取り除かなければならないということです。また、それらの汚点を削り取りさえすれば本来の神の輝きが発現するとも説かれています。
 本章における説明の流れに沿えば、ダイヤモンドの原石にこびりついた不純物の塊は取り除かなければならないという訳です。董源、これらの作業には痛みが伴います。虫歯になってしまった部分を取り除いて更なる浸食を防ぐ為にも、蝕まれた部分は早めに取り除かれるべきであり、治療に伴う痛みは十分に価値があるというものでしょう。
 また、注意深く本文を読めば、著者は思考の習慣を特に問題視していることが分かります。つまりは同じ現象を観ても、同じ書物を読んでも人それぞれ受ける印象は異なりますし、それはプラス側にもマイナス側にも大きなバラツキが生じるものです。このように各自の思考習慣は真実を受け入れる態勢にはないことも重要なポイントです。現象に向き合うについても予断に陥ることなく、ありのままを受け入れる広く寛容な心境が第一だということでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落039

039 A perfect diamond will reflect pure light from each facet that is cut upon it, and there can be no imperfections if the cosmic frequencies are to manifest in full.
039 完璧なダイヤモンドはカットされた一つ一つの面から純粋な光を反射するでしょうし、宇宙の諸振動が溢れるほどに現わされるなら、欠点などというものはあり得ない筈です。



【解説】
 自己研鑽の積み重ねは私達一人一人を輝くダイヤモンドに仕上げて呉れると本項は説いています。しかし、ここでより重要なことは、これら精進の積み重ねは生涯を越えて持ち越せるということかと思います。人の一生において全てを完璧に仕上げることは難しいように思いますし、また途中段階で今生が終末を迎えたとしてもその継続に次の人生が用意されているように思うからです。
 そういう意味では現在の与えられた環境において出来うることを、出来うる努力を惜しまず日々実践することが現世を活用することであり、次につながる生き方であるように思われます。確か何処かの仏典にたとえ死に行く最後の時に悟ったとしてもそれは喜ばしいという主旨のお話が載っていたように思いますが、それはもちろん死の後に来る次なる人生、転生後人生を祝うことでもある訳です。
 一人一人が研鑽を続け、自らの才能を発揮することは創造主の最も喜びとするところです。それは出来の悪い子供がようやく本来の道に目覚め、自ら努力する姿を見守る親に似ていると思うのです。一人一人がこのように神を喜ばせる為に日々を務めることによって私達の住む惑星は真のパラダイスに変貌を遂げるということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落038

038 This is not a pleasant process for each removal, in most cases, will cause a pain of one kind or another. But the more pain he is able to endure -- the finer the stone will be.
038 これは多くの場合、心地よい過程ではありません。ひとつひとつの取り除き作業にあれやこれやの痛みをもたらすだろうからです。しかし、その者がより多く痛みに耐えられればそれだけ、よりすばらしい宝石になることでしょう。



【解説】
 自分の欠点を直視しこれを改善することは容易ではありません。元来知らず知らず身に付けてしまった悪癖をそもそも取り除こうとすること自体、貴重な心掛けという訳です。
 むしろ多くの場合、やむを得ない状況下に追い込まれた末にどうするかを問われる場合の方が多いのかも知れません。多くの失敗の際、本人がどのような行動をとれるかが問われていることになります。
 つまりは、是正を必要とされる際に本人が現実に向き合い、その原因が自らの欠陥部分にあることを認め、その対応、改善策に立ち向かうことが重要です。実は自らの問題を認めることは容易ではなく、通常は自我(エゴ)が激しく抵抗し、プライドを捨てきれないままで終わることも多いものです。もちろん、そのままでは事態は未解決で悪化の一途を辿ることになります。
 必要なことは事態の原因となった要素を分析し、それに対して必要な改善策を躊躇なく進めることです。このような時に苦痛を伴う対応を図ることで私達は進化出来るということです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落037

037 You see we are like a diamond in the rough. When man first found the substance that turned out to be a diamond, he saw a rock through his physical sense of sight but something inside of him told him that this rock was different from others. It was his consciousness and not his mind that alerted him to the fact that if he would cut and polish it, it would be the most beautiful thing that he had ever seen. Radiating every color conceivable. But this result would require patience and a lot of hard work, even pain at times when cut by the sharp edges. Every man is a diamond in the rough and there are many rough edges that must be removed before he can see the purity of himself.
037 私達は未加工のダイヤモンドのような物です。人が後でダイヤモンドと判明する物を最初に発見した時、人は自分の肉体の視覚を通じては一つの岩を見たに過ぎないのですが、自分の内部の何かが彼にこの岩はその他とは違うと知らせたのです。彼にもしそれをカットとして磨けばありとあらゆる色彩を放ち、これまで見たことのないような最も美しいものになるという事実を警告したのは彼の意識であり、彼の心ではありません。しかし、このような結果に至るには忍耐と努力、更には鋭い刃先でカットされる時の痛みさえ必要とされることでしょう。すべての人間は未加工のダイヤモンドであり、自分自身の純粋さを見い出す為にはそれ以前に多くの粗い角を取り除かなければなりません。



【解説】
 その自分を磨く過程を本項はダイヤモンドの原石に例えています。外見上は他の石と何ら変わらなくてもその石の本質は内部の意識を通じて私達は知ることが出来るとしています。いわば一人一人の才能は意識の声によって知ることが出来るという訳です。
 しかし、その原石も磨く工程を経なければ輝く存在にはなれません。私達自身も自らの外側にこびりついた永年の汚れを削り取る作業が必要だということでしょう。またその過程では痛みも伴うことも多いように思われます。長年培った習慣的想念は身体各部に余分な汚れをもたらしており、それらを取り除くには忍耐が必要です。
 私達が本来持っている美しさを表現する為に先ずは心の中から不要な執着を取り除くことが必要ですし、他者が輝く姿を見て、自分にもその可能性が備わっていることを知らねばなりません。生命は等しく万物に与えられており、その発揮にこそ各自の努力が為されるべきなのです。
 ちなみに仏典の中には「金剛経」という名のお経があるとのことです。同じ「ダイヤモンド」(金剛石)をイメージした菩薩の修行の完成を目指して説かれたとされており、本項に通じる響きがあります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落036

036 What is consciousness ? No one definitely knows except that it is a life force that is the creator of all forms. For without consciousness man would not be a living being. And in man the best way that we can describe it is -- a state of alertness. And a state of alertness is a state of feeling or awareness. In the animal it is known as instinct which does not have to depend upon sound. The language of consciousness is the language of the Creator that one feels when he becomes conscious of things not yet experienced. Jesus expressed it in these words -- Blessed are those who see and hear not yet believe. For they shall enter the Kingdom of Heaven. And the kingdom of heaven was used in reference to the realm of Cause, a sea of consciousness or everlasting life. For consciousness proceeds all manifestation.
036 意識とは何でしょう?誰一人、それが全ての形有るものの創造主である生命力であるということ以外、明確には知ってはいません。何故なら意識無くしては、人は生き物とはならないだろうからです。そして人間においてはそれを最も適切に表現するとすれば、それは警戒の状態ということができるでしょう。そして警戒の状態というのは印象もしくは気付きの状態です。動物においてはそれは音声に頼らない本能として知られています。意識の言語は未だ体験していない物事について意識的になる時に感じる創造主の言語なのです。イエスはそれをこのような言葉で表現しました。「見もせず、聞きもしないのに信ずる者は幸いなり。何故なら彼等は天の王国に入るだろうからである。」そしてこの天の王国とは因の領域、即ち意識の海、永続する生命について用いられたのでした。何故なら意識は全ての創造の現れに先立つからです。



【解説】
 本講座の中で最も重要な点を指摘しているのが、本項ではないかと思っています。即ち私達は自分自身の「心」については自分の分身として、また訓練すべき対象として理解出来ますが、この沈黙の生命力である「意識」については容易には認識出来ないでいます。しかし人体の実態は時々刻々その作用に全てを委ねている訳です。
 この意識なるものの存在に本来、精力を傾けなければならないことは明らかです。座禅その他の修行もまさにそれを知覚する為の訓練に他なりません。私達は自身を掘り下げて探求する中で自ずとこの意識なるものに到達するものと思われます。
 しかしその探求は決して外に向けてのものであってはなりません。他の世界ではなく自らの中に本来備わっている生命力は自らの中に見出される筈のものです。私達は自己を研鑽し、自我を削り取ると同時に内部から光り輝くものが現れるようになることでしょう。自我(エゴ)が小さくなるにつれて意識の輝きが増して来るという具合です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落035

035 Faith is the foundation of all manifestations. And one without faith is like a ship without a rudder or captain. Once your mind has trust in faith, it will trust the instructions of consciousness, thus allowing the consciousness and mind to work as one. Then the consciousness of God which is the cause, and the sense mind of man which is the effect, have been united. And the biggest Mystery of Life has been dissolved.
035 信頼は全ての創造の現れの基礎です。そして信頼の無い者は舵や船長のいない船のようなものです。ひとたびあなたの心が創造主への信頼に委ねれば、心は意識の指導を信頼するようになり、その結果、意識と心が一体として働くようにさせることになります。そうすれば因である神の意識と結果である人間の感覚の心が一体となって結びつくのです。そして生命の最大の神秘が氷解することになるのです。



【解説】
 "As a man thinketh"(人は思い通りのものになる)と言ったJames Allen(ジェイムス・アレン)の言葉のように、私達は自分の望むままの人生を生きているのではないでしょうか。心の底で望んでいる人生の姿を私達は知らず知らず実現させているのかも知れません。
 ”無”から”有”を生じさせる為には必ず宇宙の創造的な作用が必要であり、それを導き入れる為には、まず私達の心自体がその宇宙的創造作用の存在を認知し、出迎えなければなりません。その時、必要な心の状態、心境について、この"faith"という信頼感が重要となる訳です。
 実際にはアイデア・印象を実現させるには、現実世界に働きかけることが必要で、その際の道具として私達の心や身体が必要となるのです。そしてその製作過程、実現過程を客観的に観るとすれば、私達の心と宇宙的意識とが一体化しているように見えることでしょう。
 この原理を理解出来れば、あらゆる場面、あらゆる物事に応用でき、私達は他惑星の住人と同様、進化の道を歩むことが出来るというものです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落034

034 Here you may say that you do not wish to follow blind faith. Yet to accomplish what you feel down deep within yourself that you can -- you must use it. For what is blind faith? When you were planning your house you were using blind faith for the house was not present as a finished structure of concrete and plaster. Whatever you do in your life is performed with blind faith, for you never know what the results will be in any act. Whether walking or riding or whatever you are doing you hope that all will be well, but you are never sure. In fact 99 % of our life depends upon blind faith. I leave the 1 % to past experiences, but even there you are not sure the results will be the same if repeated.
034 ここにおいてあなたは、盲目的な信頼に従がおうとは思わないと言うかも知れません。しかし、あなた自身の中の奥底であなたが出来ると感じていることを達成する為には、あなたはそれを用いなければなりません。何故なら、盲目的な信頼とは何でしょうか?あなたがあなたの家を計画している時、あなたは盲目的な信頼を用いています。その家はコンクリートとしっくいの仕上げられた構造物として存在していないからです。あなたが人生の中で何を成そうと、それは盲目的な信頼とともに成されます。あなたはいかなる行動においても結果がどのようになるかはわからないからです。歩いている、或いは乗り物に乗っている時、或いはどのようなことをしているにかかわりなく、あなたはすべてはうまく行くように願いますが、確信を得ることはありません。実際には、あなたの人生の99%は盲目的な信頼に頼っているのです。私は残りの1%を過去の体験に残していますが、それでさえ、あなたは仮に繰り替えしであったとしても結果が同じになるかどうかは確かではないのです。



【解説】
 昔から”信仰”や”信念”、目には見えない創造主への”信頼”等々、様々な表現はされていますが、そのいずれの概念も英語では”faith”という言葉が用いられますし、区別はありません。本項の主眼もその"faith"が如何に私達の進化に必要なものかを説いています。
 これまでの学習から、私達は自分の経験や知識とは異なる何か宇宙全能の存在が自身の内側にも存在し、もし私達がこれらから発せられる助言の印象を感知し応用すれば、如何に素早く物事が成就するかを学んでいます。
 しかし、この貴重な助言は常に印象として授けられるため、私達は先ずはその発信元を信頼し、何ら判断することなくそのまま率直に実行することが求められています。実は、その際重要となるのは、その時の私達の心の状態、心境です。仮に自分の経験になく未知のものであってもその源泉から与えられた印象類に対して私達は何ら疑問を挟むことなく、受け入れる素直さが必要であり、その際の"faith"こそが重要なキーポイントになる訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落033

033 This could be called the development of the mind in intelligence. There is really nothing that you do that does not have the consciousness behind it. Your mind may change and modify an impression either for good or bad results, depending upon the mind's intelligence or how well it accepts the instructions. To produce good results the mind must have total faith in consciousness and permit itself to be guided by it.
033 これは知性における心の発達と呼んでもよいでしょう。あなたが成すことで背後に意識の無いものはありません。あなたの心は、その心の知性に依存して、あるいは意識の示唆を如何に良く聞き入れるかによって、良い結果となるにせよ悪い結果になるにせよ、印象を変化させ或いは修正するかも知れません。しかし、良い結果をもたらす為には、心は意識に全信頼を持ち、自らが意識によって導かれることを良しとしなければなりません。



【解説】
 実は日常的にどのような心境を維持すべきかについて、本項はその秘訣を説いているように思います。
 取り分け第1課は「生命の分析 原因を知ること」というテーマが設けられていますが、その「因なるもの」の存在を私達に示唆してくれるのは決して従来の私達の目や耳の感覚ではなく、「印象」という別系統の情報交流から来ること、またそれらを受け入れ、学ぶ姿勢が重要だという訳です。
 更に発展させて私達自身自らの心をこの意識が提供する印象を受け入れて、それを実行に移す中で自らの成功体験を得ることが出来、少しずつではあっても学習し、進化して行けるということでしょう。
 結局、私達は日々の学習訓練によって少しずつ自分の中にある意識の存在を知り、それとの協働関係を如何に作り上げるかが問われていることになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落032

032 When the form is seen with the mind and the consciousness reveals the cause we then see the visible and invisible at the same time. i.e. If you start making a plan for a house by drawing it on paper, you are producing the first effect that comes to the mind by conscious impression. You are using the consciousness and the mind as one. The consciousness alerts the mind what the design is to be. After the plan is drawn you may make many changes due to the experience you have had with houses. Even then the consciousness will point out the improvements that can be made which were not present in the houses you have known.
032 形有るものが心で見られ、意識がその因を漏らす時、私達は目に見えるものと見えないものを同時に見ることになります。即ち、もしあなたが紙に図を描くことによって家を作る計画を立て始めるならば、あなたは意識の印象によって心にやってくる最初の結果を作り上げていることになります。あなたは意識と心を一つにして用いているからです。意識は心にデザインはどうあるべきかを注意します。計画が図面化された後、あなたは家について得たこれまでの経験に基づき多くの修正を行うかも知れません。しかしそれでも、意識はあなたがこれまで知っている家には存在しない改善点があることを指摘するでしょう。



【解説】
 本事例から私達は創造的な仕事の中に意識と心が一体になれる機会があることを学ぶべきです。これまで経験したことのないもの、誰かが提示した手本の無い中で、私達が物を造り上げる為には意識の力を借りなければなりません。その為に心は作品作りに向き合う際には、何らかの特別な心境を保つ必要があるということでしょう。
 しかし、ひとたびその極意に気付けば後はとめどなく湧き起こるアイデアを形にして行く作業であり、心はその印象の通り道となって、具体世界にその形を残す道具になればよいという訳です。
 このように私達には元来、印象を湧き出す源泉が備わっており、必要なことはその泉から湧き出すアイデアを無にすることなく、活用することです。
 多くの芸術家が作品作りに取り組む時、寝食を忘れる程没頭することは良く知られていますが、まさにその時は内なる意識と現実世界にそれを具体的に描く役割を持つ心が一体化し、その芸術作品を通じて創造主の知性が表現されていることになるのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落031

031 Now we must school ourselves to see the cause and the effect manifesting as One when we look at an effect. Form, we recognize with our physical sight as an effect to an effect. The mind must become aware of cause through consciousness. The moment that your eyes glance upon a form the consciousness will give the mind an impression of the life within the form. And you become single minded, as Jesus said man should be.
031 そこで、私達は一つの結果を見る時は、原因と結果が一体となって現れていることを見るように自分自身を訓練しなければなりません。私達は形あるものを自分の肉眼という結果に対して一つの結果として認識します。しかし、心は意識を通じて因について気付くようにならなくてはなりません。一つの形有るものをあなたの目が一瞥した瞬間、意識は形有るものの内部にある生命の印象を心に与えるでしょう。そのようにして、あなたはイエスが人はそうあるべきと言ったように二心の無い状態になるのです。




【解説】
 この講座の取り組みは決して書物を読むような形態で進められるべきではありません。各自の日常生活の中で、少しずつ実践しながら身に付けて行くことが望まれています。
 本項では原因と結果を同時に観ることを説いています。その為には私達の心はまず外観に加えて内部から来る印象類に気付く感受性を求めています。心と意識が一体になる状況下においてそれが可能となるからです。
 その状況を実現する為には、私達は自らの心をどのような状態に保つ必要があるか等々、とかく先入観に陥り易い即断的な心をより落ち着いたもの、より寛容的なものにする必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落030

030 In observing the effect of forms we do not see the liquids or life blood, which we call sap in the tree, which flows through it making it a living thing. Nor do we see the roots in the depths of the earth and the work that they do in drawing energy from the earth unto themselves. Nor do we hear the molecules that make the form speak to each other in guiding it to the fulfillment of its purpose. This could be called the cause behind the effect.
030 その形ある結果物を観察する時において、私達は木の中の樹液と呼ぶ液体、生命を支える血液を見ていません。しかし、それは木の中を流れてそれを生き物と成しているのです。私達はまた、地表深くある根を見ることもありませんし、根が木々に土壌からエネルギーを引き出す為に果す仕事を見ていません。また、私達はその形有るものを構成する分子が互いにその形あるものの目的を果すために導く中で、互いに話しをする声を聞くこともありません。これは結果の背後にある因と呼べるものでしょう。



【解説】
 本項は"目に見えない因なる部分"とはどのようなものを指すか具体的に示しています。もちろん"因なる"世界は更に奥深いものがあるでしょうが、先ずは私達は木々が生きている証である樹液の流れや地中の根の働き等々、外観のみでは得られない重要な要素があることを自覚すること、結果(外観)にのみ頼っていたのでは対象物の真相は理解出来ないことを知る必要があります。
 その上で、目が外観を認識する際、自らの判断をその目が示す情報のみでなく、その現象の奥に息づく目には見えていない様々な動きや活動に気付くことが大切になります。
 この生命の科学の第1課で私達が身に付けなければならないことは、私達が自分自身の身体も含めて日常目にする様々な対象物の本質的な価値や機能は外観ではなく、その内部に宿る更に活発な生命活動にあることに気付く洞察力、知覚力なのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落029

029 As an example we will use the form of a tree and analyze its purpose. As we observe the effect we find that its services are many, both as a living tree and the products that can be made from it. For many useful things are made from the wood of its trunk and it fertilizes the earth by dropping its leaves. But we do not see the energy or life force which eminates from it and without which we would not have the pure air which is found in virgin forests. For it transmutes monoxide gas to oxygen which is essential to life. And all plant life serves in this field.
029 例として、樹木を取り上げることとし、その目的を分析しましょう。私達がその結果を観察すると、私達は生きている樹木及びにそれから作られる製品共に木がもたらす便益は多種に及ぶことを発見します。何故なら、木材からは様々な有用な物が作られますし、その葉を落すことで土壌を肥沃にするからです。しかし、私達は樹木から発せられているエネルギー、生命力は見ていません。その生命力が無ければ、処女林に見られる純粋な空気は生じないでしょう。何故なら、樹木は一酸化炭素ガスを生命に必須である酸素に変えるからです。そして全ての植物生命体はこの分野で務めを果しているのです。



【解説】
 いわゆる"森林浴"を楽しんでいる時、私達は木々の葉が真夏の暑さの中でも日差しを緩和し、涼しい風を通すことを知っています。地上の多くがこれら植物で覆われ、またその植物が動物達を育てていることも分かります。
 もちろん、日常生活においては今この原稿を記載する机も椅子も木材から作られていますし、それらは過去に木々が成長し造り上げた幹がら作られたものである訳です。このように木は私達の生活の様々な場面で役に立っている訳ですが、これらはまだ、結果に属する内容と言えます。
 木々の本来の意義は、植物の機能としての大気浄化にあると著者は説いています。その作用こそが私達にとって本当は最も大切な要素ということになります。また、これら木々その他植物が果たしている大気浄化は目に見える作用ではありませんが、それらは私達が自然観察をする中で、例えば雨上がりの日差しの中で幹から水蒸気が立ち昇る様子や、露のしずくが葉の周辺に付いて輝く光景などで垣間見る美しさの中に気付くことが出来るものでしょう。
 これら木々の生きる姿に私達は感謝と畏敬を持ってこれに接し、時に"神木"としてしめ飾りを巻いて敬う訳であり、そこには木の中に生命の息吹を見ようとしている私達日本人の古来からの自然への向き合う姿があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落028

028 So we must first -- condition the mind which is made up of the senses to not accept the effects as the ultimate answer as it has been doing. But patiently analyze the reason for the effect before coming to any conclusion. It should not make any difference whether it be a personal effect related to one's self, or another person or form of life.
028 ですから、私達は最初に、過去にやって来たように結果を最終的な答として受け入れることの無いよう、諸感覚から成り立っている心を調整しなければなりません。代わって、何らかの結論に到達する前にその結果に対する理由を忍耐強く分析することです。それには御自身の個人的な結果であろうと他の人の或いは他の生命体についてであろうと何ら違いは無いはずです。



【解説】
 私達が先ず考えなければならないのは、結果(結末)にはそれを引き起こした原因があり、理由があるということです。全てのものが一つの法則の下にある訳で、良くも悪くもその法則が機能していることを見定めなければなりません。それをせずに、ただ結果だけに頼っていたのでは、その本質を見失ってしまい、結果に翻弄される不安定な状況に陥ります。
 仏陀は"無常"を説きましたが、それも私達がこの原因と結果の関係を正しく理解していないと変動する結果に本筋を見失ってしまうと諭したような気がします。
 重要なのは目の前にある結果は原因があって生じたもの、即ち一つの創造作用として生み出されたという視点です。その仕組みを認め、注意深く原因との因果関係を探究すれば、物事を生み出す普遍的な因果の法則を知ることが出来るということでしょう。いわゆるカルマも類似した概念であり、その理解の上に立って、善行を積む意義がある訳です。
 私達が目指すのは健康で充実した生き方ですが、それを実現するのも、日々の生活の中で、この普遍原理を学び、自ら応用すること、観察を通じて因を学んで自ら好結果を呼び込む心境を磨くことです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落027

027 We can observe that life lends itself to all nature without divisions. And it seems that man's free will has separated him from his natural expression of life.
027 私達は生命は分け隔てなく自然全てに自らを貸し与えていることに気付きます。そして、人間の自由意思こそが人間を生命の自然な表現から分離させて来ているのです。



【解説】
 生命は基本的に"借り物"という視点は、自分の命は創造主から与えられたもの、更にはいつかは返却すべきもの、本来自分の所有物でないことに繋がる視点です。またこの短い本文から、私達はその生命が万物に均等に授けられていること、即ち生命あるものすべて、同じ源泉から生かされていることを知ることが出来ます。
 従って、個体の大小、見かけの美醜に関わらず、全てが共通の親を持つという点で、"兄弟姉妹"の関係にある訳です。
 共通の息吹が体内に流れているということは、それらの息吹を経由すればあらゆる生きものと一体化でき、互いに意思を通じ合えることも、本項が示すところです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落026

026 The average human is a mentalist governed by the ego which is itself an effect of the cause. And as the mind is the process of learning it seeks to guide itself by other material effects and there are many things that it does not understand. And the things that are not understood are feared and disliked. And the things that are pleasing to the senses (or ego mind) are liked. Yet oftimes the likable things become blocks that prevent the individual from progressively learning.
026 普通の人間はそれ自身は因の一つの結果でしかないエゴに支配されている心至上主義者です。そして心は学習の課程にいる為、心は他の物質的結果によって自分を導こうと探し求めますが、心が理解しない多くの事柄があります。そこで、理解されない事柄は恐れられ、嫌われます。また、感覚(或いはエゴの心)を喜ばせるものは好かれるのです。しかも、多くの場合、好まれる物事は進歩的な学習からその者を妨げる障害になるのです。


【解説】
 ここでのポイントは、通常私達は「心」を唯一の指揮者として生活していると、その限界について指摘していることにあります。実はこの「心」なるものは、私達が誕生した時から学習の課程にあると本文では表現されています。つまり、毎回の人生における赤ん坊の歩みのように、毎日少しずつ学習の課程にあるという訳です。
 当然、何も分からないところからスタートする訳で、自らの足の運び方から、自分の肉体の制御について習得して行くことになります。また数々の失敗を経験し、痛い目に遭いながら幼年期を過ごし、長い時間を掛けて成人に達するというのが私達地球人の歩みということになります。
 そこには周囲の影響も受けます。自分が経験した事柄を長らく心に記憶として留めるということもあるでしょう。しかし、それらの全ては起こってしまった「結果」や具体的な事物に結び付けられ、本人の心の拠り所ともなっています。
 しかし、よく考えると、本来、私達はこのような過去の経験や失敗事例に執着する必要はなく、もっと開放的な心境、移ろい易い"結果"でなく、その源流にある"因"に目を向ける必要があると思います。私達が結果に囚われていると、実はその結果は将来ともに有効になる経験にはなり得ず、確固たる拠り所になるものではないと説く、仏陀の教えを思い出します。
 この心が執着しやすい性格であることをよく知った上で、それを解脱し結果に頓着しない生活を送る必要があると説いている訳です。仏陀は生まれた直後に数歩歩いたとされていますが、まさに仏陀の真価を伝える言葉かと思います。

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