2016年09月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落025

025 First -- What is a human being ? As we see the body which is an effect, we observe that it is composed of flesh, bone and liquid. And not much different than most animal forms. But that which makes up the form is never seen with the physical sight as it is made of myriads of cells. Each cell is independent yet it blends with all of the others for the common good and maintenance of the form. Just as the three billion people of the earth make up the human family. But because they have not been taught the part which they may play in life, disorder results. This disorder is minor compared to the total order on earth. For if it were not so the planet earth would be in a chaotic state. So now we must try and learn
the cause of disorder.
025 第一に、人間とは何でしょう? 人体を見ると、それは一つの結果であり、私達はそれが肉と骨、そして体液から構成されていることに気付きます。そしてそれらは大部分の動物の身体と大差が無いことがわかります。しかし、身体を作り上げているものは肉眼では決して見ることは出来ません。なぜならそれは無数の細胞から出来ているからです。一つ一つの細胞は独立していますが、同時にその形有るもの共通の目的や維持の為、他の全てのものと融合しているのです。丁度、地球の30億人の人々が人類家族を作り上げているのと同様です。しかし、人々は生命において果すべき役割を教えられて来なかった為、混乱が生じています。それでもこの混乱は地球の秩序全体と比べれば小さいものです。何故ならもし、そうでなければ、この惑星は渾沌状態になっていることでしょう。ですから、今、私達は混乱の原因を学ぼうと努力しなければならないのです。



【解説】
 私達自身の身体も地球という惑星に相似している、即ち互いに状況を反映、同期しているということでしょう。自分の中で起こっていることは、地球の中で行われていること、更には宇宙で進んでいる事態と高いに密接に結びついていると観るべきなのかも知れません。
 実はその現象も元はと言えば、私達の肉体を構成する微小単位である細胞を更に深く構成するのは分子・原子であり、それらは宇宙全体で共通のものであるからであり、それら分子・原子レベルに迫る微小世界に英知が由来すれば、それも理解できます。宇宙全体に基本的な情報が共鳴、連動することも想定される訳です。
 こうした観点に立つと、本文の意味が更に明解に分かるように思います。私個人としては一人の人間としての存在ですが、その詳細は各部位の一体的な働きが不可欠であるのと同様、私達自身も宇宙の構成要素の一角として、その者に相応しい行動、調和した姿勢が求められることになります。また、自分を道具と称するのも、より大きな成果物の一員、一要素として宇宙全体に描かれる絵画におけるモザイクのひとかけらに過ぎないという思いもあるように思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落024

024 So we will endeavor to understand the self by knowing the equipment we have to work with.
024 ですから、私達は私達が日々共に働かなくてはならない道具を知ることによって自分自身を理解するよう努力することにしましょう。




【解説】
 ここで著者は私達自身を「道具」と簡潔に表現していることに注意したいところです。即ち、本来の目的の実現にとって用いられるべき道具としての自分自身のことです。自分の肉体、心、更にはその奥に通じる意識が全て本来の目的を実現する為に役立てるべき存在という訳です。
 もちろん、職人さんが道具を非常に大切にするように、その道具が適切に維持管理され、いつでも働けるようにして置くことが必要なことは皆さまご存知の通りです。職人の腕の良しあしはその道具を見れば良く分かるという訳です。
 さて、私達は自分に最も近いこの道具をどのように取り扱えば良いのでしょうか。無謀に取り扱えば傷んだり壊れたりしてしまい、本来の役目は果たせません。先ずはじっくりその道具の特徴や内容を学び、それらを与えて呉れた創造主の込められた意図を知る必要があります。
 長い人生をこの道具と共に生きる訳ですから、職人さん同様、自らの道具を大切に取り扱うべきことは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落023

023 We find no two human being that are alike. For the different talents with which each is endowed makes the difference. But like the keys on a piano, when one learns the tone of each and strikes it accordingly a beautiful harmonious melody is the result. The opposite can be brought forth when not understood.
023 私達はそっくりな2人の人間を見つけることはありません。何故なら各々に授けられた異なる才能が相違を作り出しているからです。しかし、ピアノの鍵盤のように、人が各々の音色を学び、適切にそれを打ち鳴らせば、結果として調和のあるメロディーが生まれます。理解されなければ、その反対が引き起こされ得るでしょう。



【解説】
 本項では著者は私達一人一人に対し、私達が存在する意義について語りかけています。各々が他とは異なる才能を有していると説いているのです。
 そもそも理由や意義の無い創造物は無いという訳です。別の言い方をすれば、芸術家が作品を製作する際には、たとえ数多くの作品を仕上げて来た巨匠であっても、毎回製作にあたって込める思いに優劣の違いはありません。作品一つ一つは作家の思いが込められているということでしょう。
 私達一人一人が自由に自分に託された才能に気付くこと、それらを人生を通じて開花させることが出来れば、この地球は様々な花が咲くお花畑に似た楽園になれる筈です。
 著者はまた、一人一人の役割をピアノの各々の鍵盤に例えていますが、それも一大ハーモニー(調和)を奏でる為に互いに協調・融和を求めていることに他なりません。
 自分が本来授かっている才能を発展させ、それらを自分の為でなく、他の者に役立つ形で発現すること、調和した運用を目指すべきだと著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」第1課-段落022

022 The major purpose for man seems to be -- an unlimited Expression of Cosmic Intelligence -- as no other form seems to have that scope of ability. Yet to do this, every phase of creation must be understood. When Jesus instructed his followers to be "about the Father's business" he had reference to this way of life. And in order to do this one must study each manifestation from the lowest to the highest.
022 人間の主な目的は、宇宙英知の限り無い表現であるように思えます。他の形有るものがそのような能力の可能性を持つとは思えないからです。しかし、これを成す為には、創造のあらゆる段階が理解されねばなりません。イエスが弟子に「父の事に携わる」ようにと命じた際、彼はこのような生き方との関連で述べたのです。そして、これを成す為には、人は最低位から最高位に至るまでの各々の現れを学ばなければなりません。



【解説】
 本項はルカ伝第2章49節を指すものと思われます。解釈(http://stonepillow.dee.cc/kurosaki_frame.cgi?42+2+2-2)によれば、"聖書に記されしイエスの最初の御言であり、極めて重大なる一節である。イエスはここに神を「わが父」と呼び給うた。(中略)「父」のことを思う時、他に何事をも考えることができず、肉の両親のことをも忘れてしまうほどの熱心さであった。心配してこれを尋ねていた両親をかえって不思議に思い、その両親がイエスの心理を解しないことを怪しみ問うた。イエスの神の子に在すことの最も良き証拠としてこの御言が残されていた"、とされているようです。
 イエスが「父」と呼んだ創造主の事柄に携わることが、私達の本来の務めなのですが、その為には著者は先ずは低次なものから最高次のものまであらゆる創造現象を観察し、学べと説いているのです。
 やはり無関心が最もいけない態度であり、創造主への不遜です。私達は自分に与えられた好条件に感謝するとともに、努めて幅広い分野に関心を持ち、それら創造物の役割や生きて行く為の仕組みについて学ぶ必要があります。そうした関心を持つことで、それらとの一体感や印象の交流も可能になるという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落021

021 There can be no question regarding the fact that we were born for a reason or purpose, and there could be many. If this were not true, there would be no need for human beings.
021 私達が何らかの理由或いは目的の為に生まれて来たという事実に関して何らの疑問はあり得ません。もしそれが真実でないとするなら、人類の必要性は無いことになるからです。



【解説】
 私達地球人がこの地球という惑星の存亡に責任を持ち、この惑星全体を本来の美しい星に復帰させるのが務めであり任務です。他の者がその任にあたる訳ではないということでしょう。本文は私達にこの本来の任務を深く自覚することを求めています。
 もちろん、他惑星人は今後も必要に応じて支援して呉れるかも知れませんが、先ずはその惑星の住人がその惑星を統括すべきなのです。そういう意味からこの地球にとっても私達地球人の存在や動向が重要となります。母なる大地と言いますが、その息子の長年の誤った行動が父母を長らく苦しめているのです。
 私達はもはや必要とされなくなって、地上から一掃される前に本来の姿を取り戻さなければなりません。今まで培った科学技術や知識を他の生きもの全体との調和に生かして行くこと、自らの心の横暴を良く統制して、因なる声、意識の指導に気付いて、それらと融合することが求められています。最近よく言われる”持続可能な発展”の真の意味はその辺にあるように思います。

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都合により、次回の更新は9月26日以降になる見込みです。


2016年9月22日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落020

020 We of today have a greater responsibility for we have more to compete with and more temptations than those who lived in the earlier days. So a greater alertness and determination is required if we are to understand and fulfill the purpose for which we were born.
020 今日の私達はより大きな責任を有しています。私達には昔の時代より多くの競争があり、多くの誘惑があるからです。ですから、私達が生まれて来た目的を理解し成就するには、より大きな警戒状態と決意が必要とされるのです。


【解説】
 古代ローマ時代に比べれば、現代の地球人が持つ威力は計り知れない大きさがあります。武器としては核兵器され手元にあり、今日では手頃にミサイルや遠隔操作の無人機も持つに至っています。また、発達した科学技術は資源の争奪等、様々な大規模手法で地球をむさぼっているのです。
 こうした中、自己の心を暴走させれば仮に一握りの人達の誤った行動も人類全体に深刻な状況をもたらすことでしょうし、支配層は情報をコントロールして人々を望む方向に導こうとしています。
 創造物の最高位の地位を与えられた人間はこれまで自分なりの方法で文明を進めて来た訳ですが、それも現在では各地の紛争や地球規模の環境異変等、存亡の危機に達しています。これら諸問題を解決することが求められていますが、どれ程の人々がそのことに気付いているかは疑問です。地球の歴史は何万年単位で文明の崩壊と隆盛を繰り返しています。かつてのムーやアトランティスの文明のように、再び消滅してしまうのか、私達はその岐路にあると著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落019

019 Even Jesus had to go through many unpleasant experiences and made a mistake when he drove the money changers from the Temple. For he taught, judge not. But when he realized his mistake he knelt in front of the Temple and asked his Father for forgiveness.
019 イエスでさえ多くの不快な体験を経なければなりませんでしたし、あの寺院から両替商を追い出した時は過ちを犯しました。何故なら、彼は裁くなと教えていたからです。しかし、過ちに気付いた時、彼はその寺院の正面にひざまずいて彼の父に許しを請うたのでした。



【解説】
 本項で述べられているイエスが両替商達を寺院から追い出した話は有名ですが、その後イエスが自らの過ちに気付いたという話は私自身、聖書に載っているという記憶がありません。アダムスキー関係者の間で言い伝えられているように、アダムスキー氏自身がイエスに従っていた聖ヨハネであったことに関係した記述であり、とりも直さず当時イエスに従っていた者のみが知っていることではないかと思われます。
 イエスでさえ過ちがある訳ですから、当然私達は毎日過ちの連続、不快な体験ばかり経験していても当然かも知れません。そこで問題になるのは、その一つ一つの体験から何を学ぶかということになります。私の心の状況や考え方の何処に問題があって、本来はどのように行動すべきだったかを考察し、次回には改良した対応を試みること、もっと因なる意識の声に耳を傾けて相手を受容する心構えを保つことに重点を置くことです。
 一つ一つの痛い体験から珠玉の知恵を学び次に備えることがご自身のステップアップにつながります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落018

018 Remember every act is perfect - be it good or bad - as we classify it. For every action calls for a full coordination of your mind, body and consciousness. So you grow into perfection by action and experience.
018 あらゆる行動は私達の分類によるところの良くも悪くもそれ自身、完全であることを忘れないで下さい。何故なら、あらゆる行動はあなたの心と身体、そして意識の完全なる整合を必要とするからです。ですから、あなたは行動と体験によって完全なるものに成長を遂げるのです。



【解説】
 仮に推奨されない行為、誤った行動であっても行為そのものは自分の心と肉体、それに意識とが一体になって行われているという訳です。即ち私達は自分の行為について或る意味自らに備わった全てを総動員して行っていることになります。
 しかし、このことはその行為について自らの責任において行われたことに注意しなければなりません。何を行っても自由だということでは無いのです。言い換えれば各々の行為行動を行う中で、自分自身どのようにこの3要素が連携融和しているかを観察することも重要になるものと思われます。舞台上で演じている芸術家が自らの状態を別の角度から冷静に見守るような心境かと思われます。
 行動する中で、これらの3要素の関わり方を理解することが大切で、単に心の中で想念を巡らせているばかりでは、行動による体験が得られない以上、限界もあろうかと思います。世の中には「行動療法」という治療法もあると聞きますが、体験を経て本来の自分に気付くことが重要かと考えます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落017

017 Do not be afraid of making a mistake. But when you are aware of making a mistake, correct it as soon as possible, for if you do not, it could be a block in your progress. But do not feel badly, for that could cause you to be too cautious. Remember at all times that mistakes are the result of wrong application through which we learn the right procedure. And experience is necessary for the expansion of knowledge.
017 過ちを為すことを恐れないで下さい。しかし、過ちを為したと気付いた時は、一刻も早くそれを正しなさい。何故なら、そうしないと、それはあなたの進歩の障害になるかも知れないからです。しかし、くよくよ思ってはいけません。あなたを余りにも用心深くさせることになるからです。いつも過ちは間違った応用の結果であり、それらを通じて私達は正しい手順を学ぶということを覚えていて下さい。そして体験は知識の拡張に無くてはならないのです。




【解説】
 「過ちは繰り返してはいけない」とは、いろいろな場面で説かれている言葉です。本項は更にたとえ痛い体験をしたとしても、その原因を見極め、過ちを繰り返さないように、自分の姿勢、心境を修正し、相手との関係を修復する等の対応を行えば、その体験は大変意義あるものになる、体験は進化にとって必要だと説いています。
 とかく私達は、同様な過ちを繰り返しがちなのは、その修正を行わずに済ませていること、反省が無いことが原因です。しっかりとその分析が出来ていないと、心の隙間に再び同様な要素が入り込むことを許すことにもなるからです。
 私達は前に進む為には、一つ一つ自分自身の弱点や問題点を解決して行く必要がありますが、その為には自らの体験をしっかり味わい、得た知恵を活用して行くことが大切です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落016

016 This awareness will enable a faster growth of understanding when used in everything that is done. And when the full awareness comes it will seem at first that there are two of you. The mental acting and the consciousness directing.
016 この気付きこそが為される全てに用いられるならば、理解力においてこれまで以上の急速な成長をもたらすでしょう。そして完全な気付きに到達した時には、最初の内はあなたが二人いるように思えるでしょう。活動しようとする心と指示する意識の二つです。



【解説】
 私はまだその域には達していませんが、よく”二人の自分が居るよう”と表現される話を聞くことが多いように思います。多くは頂点を極めた舞台芸術家やスポーツ選手であったり、時々のインタビューでそのようなお話をされていたように記憶しています。
 それぞれが一瞬の間に見事な表現行動を行っているのですが、一方でそれを見守るもう一人の自分が居ると感じて居られるようです。
 果たしてこれらの状況が本項で言う「二人の自分」に該当するのかは確信が持てませんが、私達としては、進歩の一つの究極のステージにおける状態として覚えておく必要があるということでしょう。
 いずれにせよ、前項(015)に記されている想念の奥にある宇宙的なひらめき(衝動)である意識について、努めて私達が日々の生活の場で自らの拠り所として探究、信頼し、時々に授かる「印象」に従う行動様式を進めることで、周囲の環境もご自身の能力も高まって行くことは確かですし、ひとたびその成果を認識すればあとは各自で工夫しながら、その方向に進んで行けば良いということになります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落015

015 This will not be easy at first since we have been taught to study with our mind and seldom recognize the consciousness or cosmic impulse behind the thought.
015 これは最初は容易ではないでしょう。私達はこれまで心で研究するように教えられて来た一方、めったに意識すなわち、想念の背後にある宇宙的な衝動については認識して来なかったからです。



【解説】
 これまで私達は何一つ本講座で言う「意識」の存在について教えられては来ませんでした。ごく一部の宗教指導者や哲学者がその存在について感づいていただけでした。現代の私達は物質主義を基調として自分達、心による科学分野を発展させた結果、あたかも心で全てを理解しコントロールできると誤解しています。その点、科学が未発達であった古代の人々の方が目に見えない意識の存在をより身近に知覚出来ていたかも知れません。神道や世界各地の土着信仰もそれら因なる存在を志向しているからです。
 そういう点では現代の私達の方がこの意識なるものを知覚しようとするのは容易ではないのです。これまで増長してしまった自らの心を謙虚にさせ、印象にこそ重きを置くように改める必要があるからです。
 この「生命の科学」シリーズがこの惑星に提供されたのは、決して偶然や思いつきではなかったと私は考えています。科学が一定レベルに達し、人々の科学知識が増す中で、次なる文明の飛躍にとって必要な分野として授けられたテキストと見るべきですし、その成果は各自にとって大きいものとなる筈です。決して容易な道程ではありませんが、各自の成長にとって自分と意識との関わりについての理解がどうしても必要だと本項は説いています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落014

014 So this first lesson is the most important lesson of them all. One should learn through all of the lessons to follow that he is not studying effects alone but also causes, both at the same time. As you read and study the lessons from here on, make sure that you are using your mind and consciousness in full awareness of your study that you may see the effect and the cause behind the effect as a unit. Both are necessary to give us the things that we enjoy.
014 それゆえ、この最初の教科は全ての教科の中でも最も重要です。学習する者は以後に続く全ての教科を通じて自らが結果のみではなく、原因についても同時に研究しているということを学ぶべきです。あなたがこの教科を読み、研究する時は、あなたは御自身の心と意識をあなたの研究に全力で傾注して用いていることを確実にして下さい。そうすればあなたは結果と結果の背後の原因を一体として見ることができるようになるでしょう。原因と結果の両者ともが私達が享受する物事を私達に授ける為に必要なのです。



【解説】
 心と意識の両方を活用して毎日を生きること、物事に対処すること、そして自然を学ぶことを本項は求めています。とかく従来は「結果」だけを追求して来た訳ですが、これからは「結果」と「因」とを同時に観るようにと、説かれています。
 ともすれば、この分野の研究は「因」にのみ重きを置き、結果はどうでも良いと説かれがちですが、実はそれも誤りだと示唆しているのです。「因」のみを追求し、自身が拠って立つ現実に目を背けることも、もう一方の誤りだということでしょう。
 しかし、難しいのは「意識」の活用という分野です。今までは自分自身の心が自分の全てを取り仕切っていた訳で、実はその心を鎮め、更にその奥にある深遠なる存在を認識し、そこからの指導の声(印象)を受け入れる姿勢に転換する必要があるのです。
 これらの事柄は、いくら紙面で述べても理解は難しく、少しでも具体的な生活の場、問題に直面する場面で、自らの心の動向を把握し、その心を鎮め、因からの解決策を授ける意識と融合出来るよう、努めることが肝要です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落013

013 Consciousness speaks in silence, or impressions, which is the language of The Supreme Being know as God, while the mind speaks the language of effects, which is sound.
013 意識は沈黙のまま、即ち印象によって話し掛けます、それは神として知られる最高位の存在の言葉でもありますが、一方で心は結果の言葉、音声によって話し掛けます。

【解説】
 心自体については、ある程度各自、自らの日常生活の中でその実像というものを理解出来ると思われます。喜怒哀楽や私達の悩み事その他、様々な問題を抱えているのが私達の心の状況です。
 一方で私達は意識については長年、考えも及ばなかったのではないでしょうか。一部の神道その他宗教関係者や芸術家を除き、印象を生き方の中心に据えた者は少なかったように思われます。
 しかし、本項で明かされているように印象こそは創造主から授かる貴重な知識であり、諸問題の解決策です。これらを如何に取り入れるかが重要なのですが、残念なことに日常私達は結果の世界に振り回されて、この因の配慮に気付くことはほとんど無かったのです。大変もったいないと言えるでしょう。
 これからはご自身に惜しみなく与えられているこの印象の言葉に自らの意識を通じて同期し感受することで、ご自身の生活をより安寧なもの、活発で発展的なものに一大転換されるよう、著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落012

012 We must always remember through the entire course that the human mind or the senses have been depending upon effects, while the consciousness does not -- it produces the effects.
012 私達はこの全コースを通じて人間の心、諸感覚は結果に依存していること、一方、意識はそうではなく結果を作り出しているということを常に心に留めておく必要があります。



【解説】
 実際これまで私達が頼りにして来たのは、自らの心、即ち自らの感覚器官であり、それらは目の前に現れている「結果」、「現象」を拠り所としています。もとはと言えば、それらは様々な要因から引き起こされた結果物であり、その結果物を追いかけていたのでは、結局右往左往することで終わってしまいます。
 一方、それらに代わる唯一の救いは実は私達の中には、意識というもう一つの要素が存在するという私達が長年気付いて来なかった点があります。この各自の意識は音声による言葉を発することはなく、目に見える訳ではありませんが、本項で説かれているように物事を生み出す根本的な力を有しています。
 本学習コースはこのように各自が如何にしてこの意識なる存在を知覚し、自らの心のこれまでの結果に頼る姿勢を取り去り、因に目を向け意識による導き、即ち静かではあるが活発な印象の世界を知覚出来ることを目指しているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落011

011 This is the method that the planetarions or space people use in their development.
011 これこそが、惑星人達、スペースピープルが彼らの発達に用いている方法です。



【解説】
 本項の短い記述から、実はこの「生命の科学」は進化した他惑星の人達が開発して来た「進化」の手法であることが分かります。彼らもこれと同様な道程を経て今日の姿に到達したという訳です。
 従って私達も少しずつではあっても、この導きに沿って日々探究し精進すれば、未来は明るいことになります。また重要なのは既存の宗教とのかかわりです。個人的には仏教もキリスト教もその源は他惑星からの支援によって生まれたものと思っておりますし、未だその価値は薄れるものではありません。
 しかし、年月が経過するにつれて様々な解釈が付け加わり、発足当時の内容を確かめることも難しくなっています。その点、本シリーズは著者の記した内容は明確に残っており、後世にも様々な形で伝えて行くことが出来る環境にあります。
 私達は本シリーズに取り組むに当たり、本書が宇宙兄弟達から授けられた教科書と思って学んで行く必要があります。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落010

010 So we not only are going to develop our minds with the help of consciousness, but also expand our conscious perception at the same time. And in this way we shall see the Creator face to face through the mind and the consciousness as they become one.
010 それゆえ、私達は意識の助けを受けて自らの心を発展させようとしているばかりでなく、同時に私達の意識的な知覚力を広げようとしているのです。そしてこのようにして、私達は一体となった心と意識を通して創造主を面と向って間近に見ることとなるのです。



【解説】
 私達は自らの心が発達し、自らの意識が拡がって、両者が融合した状態になれば実際、創造主が見えるようになると著者は説いています。この原文の"shall"はある意味、”必ずそうなる”というような意味を持っている表現です。
 もちろんその為には、心を落ち着かせ、結果に囚われている状態から解放して、もう一方の存在である自らの意識による助言を信頼することで問題解決を目指さなければなりません。また、それに基づき具体的に行動することで現実世界に働きかけることも有用なのではないかと思われます。
 いずれにせよ、私達の心は自らの日常生活の中で様々な問題を抱えている訳で、その一つ一つの解決の経験こそ、貴重な体験になりますし、私達自身の成長の為の糧でもあるのです。おそらくはこれまでの自らの心の持ち方、取組の仕方が現状に至った遠因と見るべきで、そこから新しい視点、心境を開拓して本来の成長に向けて再出発することが求められていることでしょう。その前途には創造主が待っておられるという訳です。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落009

009 We must follow this same procedure of study in order to know nature and thus be able to free ourselves from the mysteries that have surrounded us and made us an entity separated from our creator. Then we shall come into an understanding of Cause and Effect. And our mental senses will perceive all forms and their purpose. And consciously we will understand the cause back of the manifestation.
009 私達が自然を知るためにはこれと同じ手順に従う必要がありますし、そうすることによって私達を取り囲み、私達を創造主から分離した存在にしていた諸神秘から私達自身を解放することが出来るようになるのです。そうなれば私達は原因と結果の理解に到達することでしょう。私達の心の感覚は全ての形有るものとそれらの目的について気付くようになるでしょう。そして意識的に私達は出現の背後にある原因を理解することになるのです。


【解説】
 私達が抱える問題は、自らの存在の目的や周囲(環境、自然)との関係について実感できていないことにあるのです。本来の姿に戻る為に私達は前項(008)の医者のように、自分自身や他の存在、自然の営み、そして宇宙について探究する必要があります。
 孤独感はこの関連性を理解していないことから生まれますし、独善的な生き方の末路かも知れません。しかし、自らが生命を与え支えて呉れる”因”の恩恵を常に受けていることを悟れば、以降その者はどのような状況にあっても日常生活を享受する心境になれるものと思います。
 また、一つ一つの因からの助言(印象)を知覚することで豊かな生活が始まるでしょうし、身近な自然から多くの発見もあることでしょう。自然の中で因の作用に気付くことはその人にとって宝物とも言える体験を手に入れることでもあります。「同行二人」の表現のように、何処に行くにも”神様と一緒”という心境かと思われます。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落008

008 Some doctors go deeper when studying the manifested form of man and observe him with his consciousness. Thus he perceives the invisible or cause back of the effect. In this way he learns the purpose of every artery, muscle and organ and how each is related to the whole form. Thus when one part is out of order he knows what to do.
008 医者によっては人体の具現化された姿を研究する際、深部まで探究し、自らの意識でその人体を観察します。そうすることで、彼はその結果をもたらす目に見えない、或いは背後にある原因を知覚するのです。このようにして、彼はあらゆる動脈、筋肉そして組織、また各々が如何に全体と関連しているかを学ぶのです。このことにより、身体の一部分が乱れた時に何をすべきかが分かるのです。



【解説】
 「意識で見る」とはどういう状態を指すのかが重要です。私達はこれまで目で見て耳で聞いて来ましたし、目や耳を閉じれば見聞きすることは出来ないものと思っていました。
 しかし、本項では医者は目や耳から得られる情報以上に、自身の意識という何か精神的な自身の拡がりのような存在を用いて相手を観察していると説いています。視覚や聴覚という表層的な要素でなく、私達自身を含むもっと立体的で拡がりを持った精神体を相手に通わせて状態を探るというようなイメージかと思います。
 このように意識レベルで相手を観察することで相手の身体内部の状況が自ずと分かって来るということでしょう。相手に同調することで瞬時に理解出来る場合も多いのではと思われます。
 そのいずれにしても、医者が人体の表面に表われていない身体内部の問題点については積極的に自らの意識を用いて相手の状況を理解しようとしているところが重要なポイントでしょう。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落007

007 When one studies to become a doctor he does not study just a man's eyes or nose, but he studies every intricate part of the body. This includes every nerve, muscle, etc., and their purpose or function.
007 人が医者になるために学習している時、人の目や鼻のみを研究することはせず、肉体のあらゆる入り組んだ部分をも学びます。これにはあらゆる神経、筋肉等、及びそれらの目的や機能についても含まれます。



【解説】
 目の前の患者である人体に対峙して、その中に抱える問題の所在を洞察し、処方するのが医者とすれば、医者は私達一般人とは異なる人体の見方をしている筈です。当然ながら、その能力を持つ為には各医学校では人体に関する骨格から内分泌まで様々な事柄を学んでいます。また時には実際に解剖等を通じて、教えられている内容を確認する教科もあることでしょう。
 実はこの「生命の科学」の学習において、著者は私達に医者になる際に学習する時と同じように自然界のあらゆる事柄を学び、理解した上で、更に医者が各専門分野に進むようにせよと説いているのです。
 大事なことは人体の各部は密接に繋がっていることを十分理解することであり、「生命の科学」の学習においても単に概念の思考ではなく、宇宙・自然を造り上げる各要素や構成員にはどのようなものがあり、それらがどのように繋がっているか具体的な学習を行うことを勧めているのです。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落006

006 As stated, we cannot see Him as a person for he embraces all, and manifested creation is the Effect from His Cause Intelligence.
006 先に述べたように、私達は創造主を個人的人物のようには見ることは出来ません。何故なら、創造主が全てを包み込んでおり、創出された創造物は創造主の因なる知性から出た結果物である為です。



【解説】
 一口に"生命の探究”と言っても、そこには当然ながら執るべき基本的な姿勢というものがあります。本項で説かれている”創造主が(私達自身を含めて)全てを包み込んでいる”という概念です。
 即ち、あらゆるものが同じ立場、同じ創造主から生まれ、現在も生かされているということです。これにより全ては同胞(はらから)であり、兄弟姉妹という認識が生まれるものと思われます。
 また、私達が知ろうとしている創造主は、実際膨大な拡がりを持った宇宙をくまなく調和させるという人知を超えた存在であり、真面目に考えれば畏れ多い気持ちが湧いてしまいます。私達一人一人はその創造の世界の一つの結果物でしかありませんが、その内訳(細胞や構成する原子分子)を考えれば、私達自身の中にも膨大な世界が拡がって来ます。しかし、これら物質はそれ自体創造された結果物であり、より大切なのは、それらを生み出し支援するもの、創造主(因)と繋がる印象や意識だと言うことになります。
 私達は自分の生命をどのように活用し、志向してこれらの理解を進めるかが問われています。

ジョージ・アダムスキー 「生命の科学」第1課-段落005

005 As we cannot see the Creator the God of the Cosmos in person, we then must study Him through His creation. And this manifests in what we refer to as nature, for it is the embodiment of His Supreme Intelligence.
005 私達は創造主、宇宙の神を個人的人物として見ることはできない以上、私達は創造物を通じて創造主を研究する必要があります。そしてこの創造物は私達が自然と呼ぶものの中に現れているのです。何故なら自然こそが創造主の最高英知の体現であるからです。




【解説】
 先ずは私達自身が被創造物であること、即ち私達が自力で存在するようなものでなく、無から造り出されたような作品であることを自覚する必要があります。
 これまでは最高位に位置するものとして、他の万物を支配しどのようにも振る舞える支配者とばかり思って来た私達ですが、ここではそのような概念は微塵もありません。ただひたすら自然界に現出される宇宙創造主の息吹を感じ取ることを説いています。
 全てのものの中に創造主の意図を見出すことについては、前項(004)の絵画鑑賞のように注意深い観察が必要で、作品の中に作家の思いは凝縮されていると言ってもよいでしょう。その意図にこそ各自の探究心を向けて、本来の私達人間に託された使命を各自が知ろうとすることが出発点だと著者は説いているように思います。

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