2016年04月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落159

159 The people on Venus live this law and thereby do not have to endure the unpleasant conditions that we must contend with on earth
159 金星の人々はこの法則に生きており、それ故、地球で私達が向き合わなければならないような、不愉快な状態を耐え忍ばなければならないということはありません。



【解説】
 いわゆるアダムスキー哲学というものが単に真理の教え、ある種の思想・哲学の一つとして打ち出されていたとすれば、もっと大衆に受け入れられ易く、その信徒も多くなったのかも知れません。
 しかし大切なことは、その教えの内容は単にある優れた人物が見出したセオリーというものではなく、現実に他惑星社会で生かされ、実践されているということでしょう。特にアダムスキー氏自身の体験として金星や土星の人々と交流して得た知識が基礎となっている点は見逃せません。
 現時点においても、金星や土星に生命があることすら地球上ではタブー視され、隠ぺいされていますが、いつかはその現実に向き合う時も来ることでしょう。同じ人間が何故かくも異なるのか、アダムスキー氏の著作を見て、他惑星社会と地球との差異を嘆く者も多い訳ですが、その差異の最大の要因が本項にあるように、他惑星ではこれら生命の科学とも言うべき諸法則を身をもって行動している点にあるということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落158

158 When relaxed one is flexible and receptive to unlimited conscious energy which is free to all who draw upon it. Life and energy are limitless but we can have only as much as we are willing to accept.
158 リラックスしていると人は柔軟になり、それを求める全ての者に自由に与えられる無限の意識的エネルギーを受け入れられるのです。生命とエネルギーは無限ですが、私達は受け入れようとするだけしか得られないのです。



【解説】
 リラックスしない限りは、宇宙からの新鮮・有益な印象を感受することは出来ません。スポーツマンの多くは競技の始まりに当たり、如何に不要な緊張状態を解消するかに取り組むものと思われます。
 同様なことは、日常の私達にもある訳で、一つの事柄に執着している間は、自由にアイデアが湧き起ることはありません。芸術家がその作品制作に取り掛かる際、先ずはその下準備として気持ちを鎮め、創造主と近づけるよう心境を整えることから始めるのと同様でしょう。
 ひとたび私達が自身の心境を適切なものにコントロールし、あらゆる事態に対応できる状況に心身を整えれば、あとはやって来るアイデアを待つだけになります。
 そのいずれにせよ、心身の状況が受容的になれば、自ずと想念・印象の自由な出入りがあることになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落157

157 In the beginning, man dwelt in the state of contentment and relaxation for he knew no "thine and mine" - he was guided totally by the Father and his every conscious thought was executed freely and perfectly in its pure state of perception. It was only when man set up resistance to free-action that he became tense; the results of which are pain, disease and death
157 原初において、人は満足とリラクセイションの中で暮らしていました。何故なら、「貴方のものと私のもの」という概念を知らなかったからです。人は父によって全てを導かれ、人が意識するあらゆる想念は、その純粋な感受の下、自由かつ完全に実行されていました。人が緊張状態になったのは、唯一人が自由な行動に対して抵抗を打ち立てた時なのでした。そしてその結末は苦痛、病そして死なのです。



【解説】
 幸福とはどのようなものか、私達はじっくり考える必要があります。人々は幸福を求めて各自の人生を歩んでいるのでしょうが、実際、終生時にあたってそれらが満たされたかどうかは、心もとないのではないでしょうか。
 しかし、自然界を見ると若干様子は違います。現在、この文章を記述しているのは4月下旬ですが、木々はさっそうと芽吹きを始め、その新緑の葉に卵を産む為に、モンシロチョウはパートナーと舞い踊ってカップルを遂げています。
 もちろん、これらは誰かに強要された訳でなく、自分達で適切な時季の到来を感じて行動している訳ですが、そこには自然への信頼が背景にあることでしょう。彼ら自然界に生きる者にとって全ては自分のものであり、同時に他人のものでもあるのです。つまりは自分の所有物はなく、常に「借りている」ものではないかと思われます。その借り物の中で自分の子孫を残し、存続させる必要がある訳で、唯一自分の身体一つを拠り所として、一生を自然の中で過ごす訳です。またその一生は人間に比べて非常に短いものであることは皆さまご存知の通りです。
 本項においては、人間の全ての緊張状態の源は「自分のもの」と「他人のもの」との所有の区別にあるとしています。それ故、古来から全てを捨て去り、即ち「自分のもの」を無くすことが必要だと説かれているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落156

156 The average individual does not realize how completely he is bound and limited by his own opinions. Tenseness is wholly a condition caused by the personal ego; possessiveness, greed, fear, covetousness and self desires all produce a set and unyielding condition within the body. The person who is of a very positive nature finds relaxation a most difficult accomplishment, for relaxation consists of releasement and non-resistance. It is a natural state of being which should be maintained at all times but cannot be held by one who is absorbed in self interest only.
156 平均的な人間は自分が如何に自分自身の意見によって完全に縛られ、制限を受けているかが分かっていません。緊張状態は個人的なエゴによってもたらされた全くの状態なのです。所有欲、欲張り、恐怖、どん欲そして自己願望、これら全てが一派を作って頑固な状態を肉体内部に作り出します。とても独断的な性格の人はリラクセイションを最も達成が困難なものだと思っています。何故なら、リラクセイションは解放と無抵抗から成り立っているからです。それは常時保持されるべき自然な状態なのですが、自己の関心のみに没入している人には掴むことは出来ません。



【解説】
 あらゆるものを受け入れる受容力が整わなければ、真の意味のリラックスは出来ないということでしょう。私達は長年、自己保身と自我の欲望によって自分自身を縛って来たのです。
 その呪縛を解くにはまず、自我を解放・拡張しなければなりません。最初は抵抗があるかも知れませんが、自らの運命を宇宙に一切任せ、自身はひたすら湧き起こる印象類に従って行動し、その結果を観察するだけで良いのかと思われます。その過程で良さそうな結果が出れば、自分の方向は誤りないことが分かる筈です。
 仏陀の昔より、如何にしてリラックス(自在な心境)に到達するかが求められ、またその道程が問われて来た訳で、仏陀も弟子達にその解決策を説いていたように思われます。
 リラクセイションへの道は、多くの人々が願っていることでもあり、今私達はその鍵となる教えに接していることになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落155

155 Relaxation reduces the friction within the body by eliminating the resistance of one cell-form to another. For instance, if a large number of fish were placed in a very small bowl there would be constant friction due to the inevitable contact between them, and the action of each would be retarded because of the congested condition existing within the bowl; but if these same fish were released into a large  pool they would swim about easily without interference with one another. They would be in a position to use the potential energy which they possess. The cells in the body act in the same manner and it is the mortal sense mind which must release them for free execution of their purpose.
155 リラクセイションは、細胞と細胞との抵抗を取り除くことによって、肉体内の摩擦を低減します。例えば沢山の魚がとても小さな鉢に置かれたら、それらの間には避けがたい接触に起因する恒常的な摩擦が生じるでしょうし、各々の行動はその鉢の中の混み合った状況のため、遅らされることでしょう。しかし、これら同じ魚が大きな池に放たれるなら、魚達は互いに干渉されることなく、たやすく泳ぎ回ることでしょう。彼らは自分達が持つ秘めたエネルギーを用いる立場になることでしょう。肉体の中の細胞も同様な行動を取りますし、細胞もそれらの目標に向けて解放しなければならないのは、死すべき感覚心なのです。




【解説】
 私達自身、活気があるとか無いとかと描写するのは、実はその人の身体の各細胞の状態から来るものであると思うべきでしょう。活発であるか否かは実は微細な個々の細胞の活動状況に由来しているのです。
 通常、私達は心配事や不安定な感情の影響から、各細胞は不要なストレスを受けており、自由な行動が出来ないでいます。それが長く続くと細胞は耐えられず斃死したり、老化を早める訳です。しかし、本来の自由、新鮮な環境に置かれれば、以後は自由に自分を表現でき、若さを取り戻します。
 実は人間以外の生きもの達はそのような生活を享受していることに気付きたいものです。小鳥や昆虫達が陽春の中、自由に飛びまわっている姿は、宇宙的な真の生き方を私達に身を持って示して呉れています。
 リラクセイションはこうした本来の生き方に通じる心身の状態を表すものだと考えています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落154

154 A person may quiet the body through a form of self-hypnosis, but this is not relaxation, for it destroys the free action of the body elements. The body is composed of tiny cells in each of which there is a spark of potential energy capable of unlimited radiation. This spark or nucleus within each cell is the animating energy of the body, but because the particles surrounding this central force are generally held in the tense state they act as barriers or resisters to the energy within. When this tense condition is released the outer substance composing each cell becomes receptive to the energy at its center and is set into a higher frequency through the action of the interpenetrating force.
154 ある人は自分の肉体を自己催眠の形を通じて鎮めるかも知れませんが、それはリラクセイションではありません。何故なら、それは肉体の構成要素の自由な活動を破壊しているからです。肉体は小さな細胞から構成されており、それら一つ一つの中に無限の放射能力が秘められたエネルギーの生気があるのです。この生気、もしくは細胞核は各々の細胞の中にあって、肉体の活動的エネルギーとなっています。しかし、この中央の力を取り囲んでいる粒子群が極度の緊張状態にあって、内側のエネルギーに対する障壁や抵抗になっています。この緊張状態が解放されると、各細胞を構成するその外側の物質は中央部にあるエネルギーを受け入れることが出来るようになり、その貫通する力の活動を通じて、より高次な振動数にセットされるのです。




【解説】
 これまでは漠然と「生命力」とか「宇宙的活動力」とかと表現されて来ましたが、本項ではそれを具体的に説明しています。即ち、各細胞の核がその細胞を活性化させる源であり、細胞の英知の中心であるということかと思われます。
 もちろん、今日の科学知識によれば、その核の内部にDNA等のいわゆる核酸成分が多く含まれ、細胞活性化の具体的な知識・情報が蓄積されていると解釈できます。
 そのように考える時、大は私達太陽系惑星群の中心は太陽ですし、小は細胞の核、更には原子における原子核の役割も互いにシンメトリーな関係にあることに気付きます。
 重要な点はこれら活動の源として「核」なるものが存在し、その指示に従い支えるのが周囲の者の役割であることです。従来はかたくなに受け入れられないでいたことが、「緊張」につながり、各細胞の老化に結びついていた訳です。私達はこのことを踏まえて、中心の核から発せられる活動的な印象波動を快く受け入れ、協働的になることが重要です。そのことが身体内部の不要な抵抗を無くし、健康を取り戻すことにも繋がります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落153

153 Relaxation is not inertia! A person may be very quiet and still not be relaxed. It is possible to be in a state of lethargy which may be interpreted as relaxation but such a condition is no more than the effect produced by loss of equilibrium which lowers the frequency of the body cells and puts them in a state of partial coma. Such a condition is to be avoided for it is actually destructive. Relaxation does not include the creation of a mental vacuum or the cessation of action. It is the means by which the mortal consciousness releases itself to the greater action of the Cosmos and therefore should not and cannot produce a dormant condition in any part of the body. If a person is not aware of a finer and more intense activity taking place within his being he can assure himself that he is not relaxed but has merely dropped into a state of indifference.
153 リラクセイションは惰性状態のことではありません。人はとても静かであってもリラックスしているとは限りません。リラクセイションと解釈されるかも知れない無気力状態もあり得ますが、このような状態は肉体細胞の振動数を下げ、それらを昏睡状態にさせるような均衡を失ったことによってもたらされた影響でしかありません。このような状態は避けなければなりません。何故なら、それらは実際には有害であるからです。リラクセイションは精神的空白や行動の中断を作り出すようなことは含み得ません。それは死すべき意識が自分自身を宇宙のより大きな行動に解放する手段であり、それ故、身体のどの部分にも休眠状態を作り出すことはありません。もし、ある人が自分自身の中により精緻で、より激しい活動が生じていることを感知しないのであれば、その者はリラックスしているのではなく、単に無関心の状態に落ち込んでいるに過ぎません。



【解説】
 真のリラクセイションとはどのような状態であるかを本項は説いています。とりわけ私達はリラックスを単純な弛緩状態、即ち何もかもへの関心を無くし、精神及び肉体は惰性のまま捨て置くものと考えて来ましたが、それは大きな誤りであることが分かります。
 自身の身体や自然を観察すれば、世の中に静止しているものなど無いことが分かりますし、こうしている間にも私達の心臓は絶え間なく鼓動し、身体くまなく血液を輸送していますし、毎回の呼吸は私達の生命を支え続けています。
 このように考える時、本来の宇宙的生命の流れは「活動状態」であり、それらに従うこと、その流れに逆らわずに従うことが最もリラックス出来る状態であることが分かります。もともと疲労するのはそれらの基本的流れに対して抵抗となるからであり、流れに乗る限り、無用な労力を費やすことなく、自由に自分の進路を進むことが出来る訳です。

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4月19日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落152

152 Relaxation should be used as a process of reestablishing harmonious, non-resistant action; the true way of expressing those words of the Christ, "Not my will but Thy Will be done."
152 リラクセイションは調和ある無抵抗の行動を再構築する過程として用いられるべきです。その道はキリストの言葉、「私の意志が行われるのではなく、汝の意志が行われるのだ」が表す、真の道です。



【解説】
 本文で言う"Thy"を文字通りに訳出すれば「汝の」となる訳ですが、本項でも意味はもちろん「創造主の」という意味であることは明らかでしょう。実はそれほどにイエスは創造主と近い関係、すぐ近くに意識していたということです。
 自分の意志はもちろん重要なのですが、それより大切にすべきなのが因からの印象・想念であり、その指示に従うこと、それに対して疑問を差し挟まないことが、リラクセイションの効用ということでしょう。自らの意志は重要視しつつも、それらを創造主の意志の前に完全に従わせることが重要なのでしょう。
 本来の創造的想念に従っていれば、本人の体内に不要な摩擦は無く、各細胞は本来の活動に邁進して行ける筈です。こうしてリラクセイションは各人の健康にも大きな役割を果たすことになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落151

151 I believe that there is a misconception regarding relaxation. It is often thought of as a state of inertia, and people will be heard to remark, "Oh, I haven't time to relax; my work keeps me busy every minute." If relaxation were truly understood such ones would realize that there is ofttimes much greater relaxation in work than in so-called periods of rest. The law of nature demands purposeful action and if a person is intensely interested in his work he is making of himself an open channel for the free expression of energy which is always waiting to be used. In other words, a person who has lost himself in some particular piece of work forgets to set up the usual mortal resistance to free-flowing energy and so opens himself automatically to its benefits.
151 私はリラクセイションに関しては誤解があると思っています。しばしばリラクセイションは慣性状態のように考えられており、人々は「ああ、私にはリラックスする時間が無い。仕事が休む暇なく忙しくさせている」と言うのを聞くことがあるでしょう。もしリラクセイションが本当に理解されるなら、このような人はいわゆる休んでいる間よりは、しばしば働いている時の方がはるかにリラクセイションにあることに気付くでしょう。自然の法則は目的のある行動を要求しており、もし人が自分の仕事に対して情熱的な関心を抱く場合は、その者は常に使用されるのを待っているエネルギーの自由な表現の為の経路に自分自身を成しているのです。言い換えればある特定の仕事の断片の中に自分を没入させた人物は自由に流入するエネルギーに対する通常の死すべき抵抗を打ち立てることを忘れてしまい、自分自身を自動的にその恩恵に対し開くのです。



【解説】
 本項の内容に関してよく言われる例として、自身がパイプになって宇宙根源から湧き出す知識・活力を地上に表現するというような表現が為されます。即ち自身は何ら自らの判断や意見というような情報の乱れや抵抗を持たず、自身にやって来る想念・印象の表現者・体現者に徹するということです。
 この場合、パイプを通して高速で大量の水(情報)が湧き出ている訳で、パイプ自身は流れの抵抗となるものはなく、パイプ自身は大変リラックスしている状況になります。同様に私達も因からの想念・印象の完全な表現者になれば、それは同時に本項で言うリラクセイションを保っていることになります。
 いずれにせよ、物事を成就させるためには、因の創造的作用は欠かせないので、私達は自我(エゴ)にその役割をこのような因の情報を伝え表現するためのパイプ(輸送手段)であることを認識させ、日頃から抵抗なく因からの情報を無尽蔵に表現する者となるよう努力することが重要となります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第14章-段落150

14 RELAXATION
150 One of the most ascribed methods of attaining physical and mental well-being is the development of the ability to relax. Psychology, medical science, athletes, etc., all acknowledge the beneficial results obtained when the body is not tense, but the average individual finds it difficult to relax at will.
第14 章 リラクセイション
150 身体的及び精神的健康を達成する上で最も要因となる方法の一つは、リラックス能力の発達です。心理学、医学、スポーツ選手その他全てが、肉体が緊張状態に無いときに有益な結果が得られることを認めていますが、平均的な個人は、思いのままリラックスすることを難しいことだと思っています。

【解説】
 本章ではリラクセイションについて学びます。これまで私達は自我を如何にして育成するかを学んでいますが、その過程で問題となる自我ではあるものの、それを他人に委ねたり、一時的な麻痺状態にする形での自我の喪失には大きな問題があることを学びました。
 その上でどうすれば日常的に自我を本来の姿に持って行けるかについて解説されているのが本章かと考えます。
 これまでの様々な分野での経験から、各自の精神状態、即ち自我(心)が同調している想念波動が実に大きな影響を持っていることが知られています。極端な不安や恐怖の状態から、優越感や支配感に至るまでとかく私達の心は不安定な状態のまま推移しています。
 そうした中にあって、静けさや冷静さを保ち、平穏な心の状態を創り出すことが大きな成果に繋がることは周知の事実なのです。このことを考える時、如何にしたら心の平安を保てるのか、リラックス状態を創り出せるかが重要となります。
 私達の学習教科の中では、想念・印象を保持・共鳴する心がどのような状態にあるかによって、その現実世界への作用や実現力にも大きな影響を与えることを身に染みて学習することが大きなポイントになっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落149

149 Newness, constant action, progression of thought, substitution and replacement of ideas keeps one in pace with life. If you seek a broader understanding of the cosmos you need not affirm or deny but use your emotional power with reason for the betterment of yourself and others. Control your emotions instead of being a slave to them, for uncontrolled emotion which is temporary self-hypnosis is the cause of crime. You may never take the life of a fellow-being but if you indulge in self-hypnosis you will be guilty of killing your own soul.
149 新しさ、絶えざる行動、向上する想念、アイデアの交換や取替えは人を生命に遅れず付いて行かせます。もし貴方が宇宙のより広い理解を求めるなら、貴方は貴方の感情の力を肯定も否定もする必要はなく、貴方自身と他の人達の向上の為に用いる必要があるのです。貴方は感情の奴隷になるのではなく、それらを制御するのです。何故なら、制御されない感情は一時的な自己催眠であり、犯罪の原因であるからです。人は決して仲間の命を奪ってはならないのですが、もし貴方が自己催眠に身を任せるとしたら、貴方は貴方自身の魂を殺す罪に問われることになるからです。


【解説】
 私達は想念・印象に対してどのように向き合うべきか、本項は教えています。
 先ずはそれら想念・印象を感受する自分(自我)があり、やって来る想念・印象がある訳ですが、第13章ではその内、想念・印象を受け止めるべき自分自身を他人任せにしたり、自己催眠状態にして放棄してはならないと諭しています。
 重要な点は私達の進歩の上からは自分(自我)を育成することが重要であり、想念・印象は常に宇宙に湧き出ているということでしょう。それらの資源を適時適切に活用しながら、人生を歩んで行けば良いことになります。
 その為には、より良い想念・印象に対して門戸を開放すると同時に、私達自身がそれを如何に自分に取り入れ応用するか自らの統制化で全てを実践することかと思われます。絶えず新しいアイデア、想念・印象を呼吸し、それらを他者の為に活用すること、行動することが重要です。どのような人生を歩むかはご自身が決めるべきもので、良き人生、精進の道を歩もうとするご自身の意志がその行く末を定めるものとなります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落148

148 The Christ said, "Fear not the man that slays the body but fear the man that slays the soul." This individualized soul is the reasoning and will-power of man.
148 キリストは言いました。「肉体を殺す者を恐れず、魂を殺す者を恐れよ」と。この個別化された魂とは人間の推論と意志の力のことです。


【解説】
 既にアダムスキー氏の著書をご覧になっている方はご存知のように、地球はイエスが来訪するずっと以前から様々な惑星から多くの人々が移住して来た惑星でありました。多くの問題児の収容場所でもあったと言われています。
 本項はイエスが当時既にこれら悪人が善良な人々をたぶらかし、支配しつつあったことを警告していたことを意味しています。最初は相手を感心させ、相手を惹きつける一方で最終的には相手の意志を弱めて自分達の教義に染め上げ、自分達の思い通りに行動させるというやり方でしょう。
 私達各人にとって、自我は問題である一方で、それが無くてはならないものであることを十分自覚する必要があります。重要なのは自我を本来の姿に育成することであり、自らの魂を他者に売り渡すことではないのです。
 現代に生きる私達はイエスの時代に比べて格段に魂を切られる危険に取り囲まれています。多くの誘惑があり、誘いの手が差し出されています。それらの誘いに乗らないこと、自らの信念を揺るぎないものとして自分の道を歩まなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落147

147 Success in any endeavor comes not through self-hypnosis but through self-control. The perverted will is the cause of all mortal suffering but that suffering cannot be permanently lessened by a mere suppression of the will through any form of hypnosis. The will and understanding must be united to produce a worthwhile life of service and accomplishment. Emotionalism can very easily produce illusionary effects and lift an individual into a temporary state of ecstacy but it will never bring about the regeneration of the mortal body or the changing of the ego-will to the cause-will which is necessary for an all-inclusive understanding of life and the cosmos. There is but one way, into the sheepfold and that is through the expansion of conscious awareness in the field of understanding and a systematic training of the will rather than the deadening of the will.
147 どのような努力においても成功とは自己催眠を通じてではなく、自己統制を通じてもたらされます。堕落した意志が全ての死すべき苦難の原因ですが、その苦難はどんな形をとるにせよ、催眠からの意志の単なる抑制からでは永久に緩和されることはありません。意志と理解は有意義な奉仕と業績の人生を作り上げる為に統合させなければなりません。感情主義は大変容易に幻想上の諸効果を作り上げることが出来、個人を一時的な恍惚状態に引き上げることが出来ますが、死すべき肉体の再生や生命と宇宙の全包含的理解に必要な自我の意志の因の意志への転換をもたらすものではありません。目的とする羊の囲いには唯一つの道しかなく、それは理解という分野における意識的気付きの拡張を通じてであり、意志を強めるのではなく、意志を系統的に訓練することによるのです。


【解説】
 結局のところ、私達は自らの自我と生涯を共にして人生を歩んで行かなければなりません。いくら問題があろうと、現状で見苦しい状況にあろうともそれを自分の姿を写す鏡として認める必要があります。
 もちろんその自我が本来の道を辿るようになれば、その状況も変化します。そういう意味で私達の未来は明るいとも言うことが出来ます。
 しかし一方で、一時の光悦状態や他人の意志に委ねた生活を送ることはこの問題の自我が現実に直面しないこととなり、「原因と結果」の因果関係を学習するチャンスを失くしている点に注意しなければなりません。
 長い時間を掛けても達成しなければならないことは、私達の自我が宇宙を流れる法則性を学び、経験することによって、その存在を自覚することなのです。「悟り」という意味合いはその状態を示唆しています。ひとたび私達がこの法則性を自ら知覚すれば、以後次々に万物の真の姿が視界に広がり、実は私達は素晴らしい宇宙の庭の中に暮らしていることが分かるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落146

146 It is true that many effects similar to the desired actions can be produced through self-hypnosis but when the person has returned to his normal state of mind he is unaware of the process by which he gained the experience. It therefore does not benefit him for he is never able to contact that particular experience again, and he has weakened his will. The Will is the controlling element of man's being - the element that makes the individualized consciousness a man or a beast, god or devil.
146 望んでいた行動と類似した多くの結果が、自己催眠を通じて作り出され得ることは確かですが、自分の心の正常な状態に戻れば、その者は自分がその体験を得たプロセスに気付くことはありません。それ故、その者にとって恩恵をもたらすものではないのです。何故なら、その者がその特別な体験と再び接触することは出来ず、その者は自分の意志を弱めてしまったからです。意志とは人の存在を支配する要素であり、個々の意識を人にするか野獣にするか、神にするか悪魔にするかを決める要素なのです。




【解説】
 既に私達はこれまでの学習経過から、自分の成功体験が重要であることを知っています。その理解には、宇宙にはくまなく一定普遍の法則が流れており、自らが紡いだ原因が積み重なって結果が生じることの自覚がある筈です。
 つまり、同様な心境と行動を積めば、再び同種の成果が得られることを知っているのです。これら自ら悟った法則性は何度か同種の経験を積み重ねればご自身にとって次第に揺るぎない法則になることでしょう。もちろん反対に失敗事例はそれに至る過程を考察して次回からその誤りを改めることになるのです。
 いずれにせよ、この間、自らの体験過程をよく覚えていることが大切で、ましてや他人の意志に自らを委ねることをしていては記憶も体験も残らずに、全く意味のないことになります。
 私達は長い道程の中を歩んでいます。どの道を選択するか、何処を目指すのかは各自の意志に任されており、私達は自らの人生を自分の意志で選別、進んでいく必要があるのです。そういう意味から本項で著者は意志が重要だと指摘しているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落145

145 Some self-acclaimed Truth Centers are using this emotional hypnosis, induced by various methods. Innumerable individuals are testifying to healings but permanent healing or the regeneration of the body must be attained through an understanding of the conditions to be dealt with, and the execution of all actions must be taken in a free and conscious state of will. True faith is not a state of self hypnosis, it is a knowing, a willing of the personal ego will to the guidance of the All Intelligent Cause Will. The Will is the man and if the Will is restricted or held in dominance by another the individual ceases to exist as a thinking, reasoning being. Man must understand the forces of his being and control those forces to bring about the desired effects in his life.
145 幾つかの自称真理センターは、様々な方法で誘導される、この感情催眠を用いています。無数の個々人が癒しについて証言していますが、永続的な癒し或いは肉体の再生は取り扱わるべき条件を理解した中で得られるものであり、全ての行為の実行は自由で意識的な意志状態の中で行われなければなりません。真の信仰は自己催眠の状態ではなく、知っていることであり、個人的な自我の意志が全知の因意志の導きに喜んで従うことです。意志とは人そのものであり、もしその意志が他の者によって制限を受け、或いは支配下に捕捉されるようなことがあれば、その者は考え、推理する存在ではなくなります。人は自分自身の存在の諸々の力を理解し、自分の生涯の中で望ましい結果をもたらすようそれらの力を制御しなければなりません。


【解説】
 本人が何らの自覚のないまま、一時的、一方的な施術体験を受けたとしても結局はその状態は長続きすることはなく、そのまま他人の意志に従っていては、本人の意志を弱めるだけのことになりかねません。特定な(宗教)団体に属することは、このような問題もあるという訳です。
 もちろん、全ての団体に問題があるとは言いたくないのですが、組織を維持、発展させるには収入源が必要であり、入会者を確保する上から、人集めのイベントが求められることになります。
 しかし、一方で真の求道者は他人の助けを借りずに、自ら沈想、探求して真理を自覚しようと努めます。丁度、仏陀が竹林で瞑想したように、大自然の中に真理・法則を自覚しようと探求を続けたようにです。原始仏教ではそれを「サイの角(つの)」のように一途に行うことだと教えています。本文で言う自らの意志で道を求める作業がそこにあります。
 本来、この種の修行は自分自身の中に備わっている宇宙的要素を発見し、それに親しむためのもので、先の本文にあったように「自分の手足より近い場所」にその捜し求めるものがあることを悟ることが究極の目的でもあります。遠くを求める必要はなく、自身の中に捜し求めるものがあるということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落144

144 Did you ever attend a camp-meeting where the participants threw themselves into such a high emotional state that they were finally hypnotized into performing things they could never have done when in a normal state of consciousness? After coming out of this emotional spell they were asked if they knew what they had done and the answer would be a negative one. All that they were conscious of was the fact that the Holy Spirit had them under control. This proves that they were under an imposed influence which deprived them of their power of reasoning and will.
144 貴方はこれまで、参加者達が、このような激しい感情状態に陥った結果、最終的には催眠状態にかかり、正常な意識状態では出来ないような事柄を成し遂げるような野外集会に参加したことはありますか。この感情の魔法から抜け出した後、彼らは自分達が何を成したかを訊かれますと、否と回答するでしょう。彼らが意識していたことの全ては、聖なる魂が自分達を統率していたという事実だけです。このことは彼らが自分達から推論と意志の力を奪った、ある押し付けられた影響力の下にあったことを示しています。




【解説】
 本章に入ってから、何故著者は「自己催眠か自由意志か」という命題について、章を改めて説く必要があったのかについて考えて来ました。その結果、辿りついたのは以下の結論でした。
 即ち、私達の発達の過程としては、まず自己の問題提起として自我の専制問題があり、想念の発動結果として感情の暴走というものがあります。それへの対処として心を受容的な姿勢に改変し、想念・印象を感受出来るよう改める訳ですが、外部からの印象を無制限に受け入れることにも問題があるということです。
 つまり、邪悪な者達が多く棲む地球においては、他人を支配し、隷属させようとする者も多く、本来道を求める者に対しても、餌食にしようとする者がいます。一見、もっともらしい主張をしていても、その中身は醜い団体も多いのです。そのような現状の中では、しっかり自立し、自らの判断で良否を見極める必要がある訳で、あらゆるものを一律に受容する態度は良くないということでしょう。他者の言いなりになることは危険でもあるのです。
 従って、全ては自らの責任において自由な意思で行われ、自分の力で印象・想念を監視し適切なものを受け入れる覚悟がどうしても必要ということになります。自分で結果を味わい、次に応用することが重要なのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落143

143 Religion in the early days held the upper hand over the masses through such actions as this. The Soul-seeking populace were thrown into a state of emotional hypnosis which made them an easy prey to the more clever individuals who perpetrated such methods of worship.
143 初期の頃の宗教は、これと同様な行動を通じて大衆を支配しました。魂を求める民衆は感情的な催眠状態に陥れられ、このような礼拝の方法を実施したより悪賢い者達へのたやすい餌食になってしまったのです。




【解説】
 古代人は現代人よりはるかに純心であった訳で、時の為政者は人々を様々な手法を用いて光悦状態にさせ、言わば催眠状態の中で自らに従順にさせて来たものと思われます。もちろん本項が示唆している「宗教」とはキリスト教も含まれる訳です。
 ヨーロッパに行って分かることは、教会が全ての中心であり、人々の生活の隅々にまで浸透していたことです。一見理想的なように思われますが、実際に行われていたことは、異端者への見せしめや宗教指導者への権威の集中でありました。
 確かに荘厳な教会内部で執り行われる儀式は当時の人々の厚い信仰心とあいまって、人々を一時的な光悦状態にさせたものと思われます。また庶民の貧しい生活の中から、このような教会建造物を建てるには、多くの負担を庶民がしていたことは間違いありません。
 問題は人々が如何にして真理を学ぶかにある訳で、指導者はその一点に目標を定める必要があるのです。しかし地球においては依然として本項のような事態が起こっており、中東各地で起こっている野蛮な行為は背景に本項で説くマインドコントロールがあると見なければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落142

142 Is it not true that when a hypnotist wishes to put a subject under his control he suggests something which he asks him to hold steadily in his mind? If the subject does this he becomes the victim of the hypnotist's will and is forced to obey whatever thought is presented to him. The hypnotist can make his subject believe anything that he tells him. He can cause the individual to eat onions thinking that they are apples and he will not discern the difference, which proves that the subject has lost his reasoning as well as his will power.
142 催眠術者が被術者を自分の支配下に置こうとする際、術者は被術者に何かを自分の心に常に保持しておくようほのめかすことは、本当に行われていることではないでしょうか。もし被術者がこのようなことをするなら、被術者は術者の意志の餌食になり、自分に示されるどのような想念にも従わざるを得ないことになります。催眠術者は自分の被術者を自分が語るどのようなことをも信じさせることが出来るようになります。術者はその者にタマネギを食べさせ、それらがリンゴであると思わせることも出来ますし、その者が違いを見分けることはなく、そのことは、自分の意志力同様、推論の力も失っていることを示しています。




【解説】
 これまでの歴史の中で多くのカリスマ的指導者が現れて民衆を誤った方向に導いて来たことは歴史が証明しています。同様に宗教や精神分野でも似たような事態が起こっていたということでしょう。人々は神秘を好む為、また一時的な光悦感を得る為に、そのような誤った道筋を辿ることが多いとも言えるでしょう。
 そもそも何故著者は本章を新たに設け、「自由意志か自己催眠か」という課題を取り上げたかについて、私達も考える必要があります。これについては私達の実生活の中に類似した多くの要素があるからだと私は考えます。
 毎日のテレビや新聞その他メディアを通じて私達は誰か支配者の意向に沿った形で絶えず一定の方向の情報を与えられ、やがてそれを受け入れて行く状況にあるようです。
 世の中に出回る情報は真実ばかりとは限りません。現に宇宙や他惑星に関する情報は包み隠され、真実とはかけ離れた状態のままですが、それらは為政者の望むところでもある訳です。
 イエスが十字架に掛けられた2000年余の昔から、地上は脈々と為政者の勢力が支配して来た訳で、それらに対処する上で、情報操作やマインドコントロールには注意する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落141

141 Religion and so-called spiritual teachings have not, in most cases, brought true realization to the heart of humanity. Some of these organizations practice rituals and affirmations which produce a temporary intoxication during the performance of the rites but tend towards a tremendous "let down" after the service has been completed. Most of the individuals attending, upon returning to their worldly pursuits revert to the old ways where the survival of the fittest attitude takes over, and man continues to take advantage of his brother instead of being his brother's keeper. In the religious sanctuary the individual feels that he would help anyone according to their needs and where hate had been, there arises an emotion that is interpreted as love, but outside of the sanctuary these emotional influences change, which proves that they were nothing more or less than a form of hypnosis induced by the service that he attended.
141 宗教そしていわゆる精神主義的教えは、ほとんどの場合、人間の心の底に真の悟りをもたらしては来ませんでした。これらの組織のいくつかでは、その間だけの一時的な陶酔を作り出す儀式や宣誓を実施しますが、その礼拝が完了した後は、とてつもない「落ち込み」をもたらす傾向があります。出席している個々人のほとんどは、それぞれの世俗的追求の場に戻るや、適者生存の原理が支配する昔ながらの方式に復帰してしまい、人は自分の兄弟の後見人になる代わりに自分の兄弟を利用し続けるのです。宗教的な聖域の中では各自は必要があれば誰をも助けようと感じ、憎しみがあった所でも愛と解釈される感情が湧き起こるのですが、その聖域の外側ではこれら感情の影響は変わってしまい、自分が出席した礼拝によって誘引された催眠の形態以上の何物でもなかったことを立証するのです。




【解説】
 これまで自己の改革にどれほど宗教や精神主義(スピリチュアル)が役立っているかについて、著者は私達に問い掛けています。もちろん多くの人がその分野での学習を経て目覚めて行った訳ですが、依然として大多数の者は益にもならない宗教やスピリチュアルと未だに係っていることにも注意したいものです。
 実は先日、東ヨーロッパに友人と旅行に行って来たところです。街並みは古くはローマ帝国の時代に遡る建造物からはじまり、最も栄えた18世紀19世紀の建物の中に現在も多くの人々の暮らしがありました。中でも中心となすのが協会であり、大聖堂が君臨しています。そこで宗教指導者が全てを取り仕切る社会が存在していた訳です。人々は日々の祈りを教会の中で捧げる一方、日々の商売に従事する姿は基本的に今も変わりありません。
 しかし、本項では教会の中、あるいはセレモニーの中で一時的に光悦感で満たされたとしても、日常生活の中に何らの反映が無ければ意味は薄いと指摘しています。つまりは、専門家集団(教団)に委ねることを止めて、自らの探究心や感性を拠り所として、身辺を流れる宇宙的波動を取り入れ、自らの暮らしに役立てる努力こそ、重要だということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第13章-段落140

13 FREE WILL OR SELF-HYPNOTISM?
140 The choice is yours, for the acts of today bring the rewards of tomorrow. Enjoyable rewards will come to those who are living according to the laws set in motion by Cause Intelligence - giving honor to the All-Creative Principle of Life, and such honor does not incorporate the characteristics of emotionalism or self hypnotism.
第13章 自由意志か自己催眠か
140 選択権は貴方自身にあります。何故なら、今日の行動は明日の報いをもたらすからです。因なる知性によって起動させられている諸法則に従って生きる者、生命の全ての創造的法則に栄誉を捧げている者には、喜ばしい報いが訪れることでしょうし、このような栄誉は感情主義の性質のものや自己催眠とは組することはないのです。


【解説】
 一日一日の暮らし方が私達それぞれの明日を造り上げているのです。毎日を宇宙を流れる法則に沿って生きることが調和した未来を生み出します。前章では私達の永年の課題である「感情」のコントロールについて学んで来ましたし、種々の悪影響について考察して来ました。本章ではその上に立って、本当の意味での自由意志について学ぼうとしています。
 本章における最初の項として私達が本来享受すべき宇宙的生活は全て宇宙の創造的法則によってもたらされるものであり、感情とは自己催眠とかとは一切無縁のものだと説いています。
 言い方を変えれば、私達がこれまで自ら、或いは他者の感情に支配された生き方や自己催眠により自らの意志を失ったまま行動する結果、多くの失敗や悲惨な出来事を生み出して来たことを十分に反省し、より穏やかで生命力に溢れた法則にこそ従う必要があるという訳です。
 このような自らの心の安定性を図ることは仏教では昔から教えられて来たところですが、絶えずやって来る外乱に対し、自分の感覚の過剰反応や裁きの姿勢を取り去って、ありのままを受け入れ、対処する自由な心境が大切だと思うものです。

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