2016年03月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落139

139 This change is similar to a high precision motor that causes a frictional deterioration on all of its parts when it is not properly synchronized. Each emotional unbalance curtails the free life flow and causes damage to the body, until the mortal sense intelligence comes to the realization of its limited and destructive influence and releases its personal ego to the Cosmic Life Force.
139 この変化は高精密なモーターが適切に同期が取られていないと、その全ての部品に磨耗を引き起こすのと類似しています。死すべき感覚の知性がそれ自身の限界と破壊的な影響を自覚するようになり、宇宙的な生命力に個人のエゴを解き放つまでは、感情のアンバランスの一つ一つが自由な生命の流れを短縮し、肉体に損傷を与えるのです。




【解説】
 私達は日常、自分自身に対しても、また周囲の者に対しても自らの心の意思を押し通すことで如何に大きな悪影響を及ぼしているかを自覚しなければなりません。私達の地上でも生活はこれらの相互影響の下で行われている訳で、良くも悪くも相互に影響を与え、また同時に受けているのです。
 本項について言えば、その心の理解度が低い為に、多くのイザコザや意見の衝突が生じ、それが各自の身体状況にも影響を及ぼしているのです。その為、この状態が長く続くと身体細胞は悲鳴を上げ、急速な劣化・老化が生じてしまいます。
 結局、私達は何の為に生まれて来たのか、本来はその集大成とも言うべき老境である筈が、残念ながら実際には反対に、悪い要素・誤った要素だけが現実化した中で人生を送る事例も多いように思われてなりません。日々のわずかであっても、絶え間ない精進だけが未来を切り拓くカギであるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落138

138 Any emotional extreme disturbs the normal frequency action of the chemicals of the body. Excitement, whether it be caused by extreme joy or fear or anticipation, allows the normal amount of certain chemicals that go into the blood stream to be changed; thereby changing the normal action of the heart. This in turn affects the nervous system and the cells of the body and causes one to feel weak or ill.
138 如何なる感情の過度も肉体の諸化合物の正常な振動活動を妨げます。興奮はそれが歓び或いは恐怖、予感によって引き起こされるに係らず、血流に入るある種の化学物質の量に変化をもたらします。その結果、心臓の正常な動きを変化させるのです。この結果、それは神経系統が肉体の諸細胞に影響を与え、その者に疲労感や体調不良を感じさせます。



【解説】
 現代では人間が興奮状態になるとドーパミン等の化学物質が分泌され、それらが血液を通じて全身に拡がって身体各部に様々な作用をもたらすことが知られています。
 本項はこうした身体の機構について示唆すると同時に、過度な感情の高ぶりはその後の身体に悪い影響をもたらすことを警告しています。
 私達は自分の感情をより安定した状況に保つことの意義についてもう少し深く考える必要もあるでしょう。表層的な事象に振り回されて本来の目標を見失っている自我(エゴ)に何時までも引きずられてはならないのです。本来の私達は穏やかさの中にあって、心身がより柔軟に保たれ、その中を想念・印象が自由に駆け巡るような創造的状況を保つ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落137

137 Emotional balance maintained under all conditions is essential if one wishes to have lasting happiness and good health.
137 永続する幸せと健康状態を持とうとするなら、全ての状況の下で感情のバランスが保たれることは必須です。



【解説】
 逆に言えば私達は自らの感情を調和のとれた状態に保てないが故に多くの問題を抱え、身体の支障を背負って生きているのだという訳です。
 それほどに私達が日常抱く感情は私達自身にもまた、周囲の環境にも大きな影響を与えているということです。しかし、この感情という問題の解決には他人がどのような支援を与えようとしても、最終的に対峙するのは本人でしかありません。自ら蒔いた種を自らが刈り取っている訳ですが、少しでも多くの事例を学び、自分の中にある法則やメカニズムを学んでよりよい生活へとスタートを切ることが必要です。
 かつて多くの教師は人間の感情に関する制御について説いて来ましたし、どのような事態にあっても冷静に自分を見つめられることで、あらゆる困難に対処することが出来ます。感情が持つ大きな影響力を知り、その力を活用出来るようになる為には、まず、それらを統制することを学ぶ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落136

136 There is so much bickering over personal opinions, and what does it profit man? Nothing, for it is a consumer of time and energy. This does not mean that there should not be an intelligent discussion about a subject but when the mortal sense mind is quiet and receptive it can see the picture clearly.
136 各自の意見に対してあまりにも多くの口論が為されておりますが、それは人に何の利益をもたらすのでしょうか。何もありません。何故なら、それは時間とエネルギーの浪費であるからです。これはテーマに対する知的な議論をすべきでないと言うことではなく、死すべき感覚心が鎮まり受容的になる時、感覚心は情況をはっきり見ることが出来るということです。




【解説】
 とかく私達は相手と話す場合、自分の意見を如何に立派なもの、貴重なものに見せるかに努力する一方、相手の意見に寄り添うことはほとんどありません。ディベート等に及んでは、如何に相手を屈服させるかの争いにまでなっています。
 しかし、これらはいずれも本文に説かれているように時間もエネルギーも浪費するだけで真の発見は望むべくもありません。心と心のぶつかり合いのレベルだからです。
 私達にとって重要なことは、真実や解決策等、すべての答えは自分自身の意見からではなく、因から授けられるということに気付くことです。互いに自身の意見を披露することは良いことですが、実際の解決策はこれら会話の隙間、いわば心が空虚になった瞬間に印象が来る訳で、私達は心を常に空しくして置く必要があるのです。いたずらに表層だけの議論に加わることは貴重な機会を逸することに注意すべきことは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落135

135 All that man is in reality - is the thought that he is consciously aware of for the moment. Each moment follows the preceding moment and the key, if there be one, is to keep constant vigil over our reactions so that the next thought will be one that we can enjoy entertaining in our mental house.
135 現実における人の全ては、その人がその時、意識的に気付いている想念なのです。各瞬間はその前の瞬間の後を付き従っており、もしカギがあるとすれば、それはその次の想念が私達が自分達の心の家で楽しむことを可能とさせるものであるよう、私達の反応を絶えず見張り続けることです。


【解説】
 結局、感情というものは私達が身体に取り入れ、受容する想念であることを本項は示唆しています。次々に私達が抱く感情は私達が受容する想念の連鎖ということでもあるのです。
 この場合、どのようにすれば問題の感情制御が出来るかということですが、それは絶えず私達が次にどのような想念を取り込むのか、観察・監視することだと著者は私達に説いているのです。
 このことが重要であることが分かれば、それらの観察・監視は必ずしも端座沈想することよりも、日常生活を活発に行動しながらでも、刻々と自らに取り入れる想念・印象を観察し、好ましくない要素が入り込むことを防止することの方が効果的であることに気付きます。自らを望ましい想念の宿とすることが重要であり、感情をコントロールすることに繋がります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落134

134 The emotional force which rises in the mind when one's will is crossed by another's is very destructive for it draws the actor into a whirlpool of unbalanced action, and he is blinded to reality.
134 ある者の意志が他の者の意志と行き違いになった時、心に起こる感情の力はとても破壊的です。何故なら、それは役者をアンバランスな行動の渦の中に引き込み、その者は現実が見えなくなってしまうからです。



【解説】
 自分がよかれと思ったことが相手に受け入れられなかったり、他人から誤解されたりすると、私達地球人は容易に憤慨し、暴力的にさえなることがあります。それほど私達は感情の起伏が激しい困った存在だと言うことが出来ます。
 自らの感情を制御することは私達の最も基本的な命題であり、それを達成することがひいては戦争や傷害事件等の発生を抑制することにも繋がります。
 重要な点は私達自身、日常的にこれら不安定な感情に自らを左右されがちである事実をしっかり把握して、その暴走をコントロールする必要があることです。仏陀はこのことを何度も弟子達に語っていますし、沈想はその感情を抑制するための修行でもあるのです。昔、英語を習っていたあるキリスト教の米国人宣教師の家族の一人から、実は自分は「映画」を見ないと告げられたことがあります。何でも映画を見て「感情」を高ぶらせることは良くないと思っているということでした。当時は、変なことを言う人達だなあと思っていたのですが、日常的な感情のコントロールとはそういうことも含まれると今になって気がつく次第です。
 もちろん、感情のすべてが悪いという訳でもなく、本来の姿、宇宙の因からの印象の指令に対し、快く自らを開放し、その意思を自らの肉体全体で再現させるという、静かではあるものの、本来の姿に特化する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落133

133 The everlasting spark of life which allows man to express as a form is never separated from Cosmic Cause; when man controls his mortal sense mind to think beyond apparent effects he begins to understand the purpose of life and gain a margin of emotional balance.
133 人を形あるものとして表現させる生命の永続する輝きは、決して宇宙的因から離れることはありません。人が自らの死すべき感覚心をコントロールして外観上の結果物の背後を考えさせる時、人は生命の目的を学びはじめ、感情のバランスの余裕を掴みはじめます。



【解説】
 結局、私達の身体は宇宙根源からの精緻なスパークとも言える想念・印象と同期することで自らの活動を維持できていることになりますが、肝心の私達の心は外観の変化や結果物に囚われている為、それらの背後にある”因”に気が付いていないということです。
 この場合、私達の心の役割・機能を深く考えれば、それはこの人体を具体的に行動させる原動力となるべきものであることが分かります。つまり、これら精緻な信号を人体を動かす為に必要なパワーにまで高めるいわば増幅器なのかも知れません。微細な信号を大きな音に変えるスピーカーアンプのようなイメージです。
 しかしその場合、増幅器の性能に安定さが欠けると音がひずんだり変調を来たして本来の音源信号を再現することは出来ません。私達の心(増幅器)の内部をバランス良く保ち、常に安定な状態を保つことではじめて本来の音源を現実世界に再現できるという訳です。

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2016年3月15日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落132

132 Innately every human feels an ideal life that he is seeking to find but each individual wants this heaven to be according to his specifications. Many groups have started with high ideals but when the personal opinions prompted by the ego of some of its members have not been accepted the ideal was lost in the fog of emotional differences.
132 生まれつきあらゆる人は自分が見出したいと求めている理想的な生活を感じ取っていますが、個々人はこの天国が自分の明細仕様に従ったもので有って欲しいのです。多くのグループが高尚なアイデアを持ってスタートしましたが、そのメンバーの何人かのエゴによって促された個人的な意見が受け入れられない時には、その理想は感情の相違という霧の中に失われてしまいました。



【解説】
 多くの宗派が生まれ、互いに反目する話は、地上においては様々な分野で行われています。政治もそうですし、アダムスキー哲学の学習者にとっても十分に起こり得ることです。
 私達はとかく自我を満足させるよう行動し、意見を主張する訳ですが、それは互いに反発させることとなり、本来の融和的心情から離れ、各々独自の道を行くことになりかねません。
 もちろんそういう事態になれば、力を結集した社会への影響行使という側面も薄れますし、互いに協力し合わなければ旅も続けられないように思います。渡り鳥は集団で移動しますが、それは衆知を集め、外敵から身を守り確実に目的地に到着する上で必要なことではないかと考えています。一人で理想を求めて精進することももちろん大事です。しかし、更に他人と融和してともども本来の道を進むことは、その道程を確実なものとするだけに、はるかに貴重なものではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落131

131 From the heavens comes the cause and power of creation and yet the earth, being the Father's footstool, it is the foundation upon which He stands. So instead of desiring to live elsewhere one should learn all there is to know concerning his present earth home and recognize it as a garden of beautiful, heavenly things, the actual garden of the Father.
131 諸々の天から因と創造の力がやって来ますが、それでも地球は父の足台であり、父が拠って立つ基礎です。ですから、何処か他の地に住みたいと願う代わりに、人は自分の現在の地上の家庭についての全てを学ぶべきであり、それを美しい天上の事物の庭、父の実際の庭として認識すべきなのです。



【解説】
 私達が何を目指して精進すべきか、2000年以上も前にイエスが私達に説いた訳ですが、今日の中東シリアの地の悲惨な状況を見ると、この間まったく私達の置かれた状況は変わらないどころか、悪くなっているように思います。
 宗教の名を借りて相手を滅ぼし、街を破壊することが平然と行われていることに、この星の問題が象徴されています。
 私達は一刻も早く正常な状態に戻す必要がありますが、宗教指導者がそれに邁進出来ないのであれば、実際既存の宗教の存在意義はありません。
 私達は再度、私達のものの見方、考え方を改め、本項で述べられているように宇宙からやって来る印象・想念を地上で発現・開花させる自らの役目を自覚する必要があります。その上で、本来の地上の楽園での生活を享受することであり、楽園を汚したり、浪費することではありません。まして破壊する等は、もってのほかの蛮行でしかありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落130

130 Neither heaven, the place of cause, nor earth, the place of effects, nor Jerusalem; symbolically used to represent the earth's inhabitants, can be called one greater than the other. These instructions were given against discriminating or calling one part better than the whole, Heaven and earth are not two but one, each expressing the other; man is no lesser for he is both, an integral part of the Whole. Divisions exist only in man's opinions when he calls one greater than the other, for in so doing he is judging and setting himself above the Creator.
130 因の場所である天も、結果の場所である地も、地球の住人達を代表させるべく象徴的に表現されたエルサレムもどれ一つ他のものより偉大だと見なすべきではありません。これらの訓戒は差別したり一部分が全体より優れていると見なすことに対して授けられ、天と地は二つの存在でなく一つであり、互いに他を表現しているのです。人は劣るものでなく、両方の存在、全体の統合された部分であるからです。区別は人が一方のものを他より、より優れたものとして見なす時の人の意見の中にのみ存在します。何故なら、そうすることによって人は裁きを行い、創造主より上位に自分を置いているからです。


【解説】
 "汝裁くな"という表現の中には本項で説かれているような深遠な意味があったことが分かります。良否・善悪を査定することは、そのままその者達より高い位置からの視点であり、本来私達被創造物が立つべき位置ではありません。
 ここで重要なのは、私達自身そして地上の全てのもの達が、結果としての状況はどうあれ、"因"と"結果"が融合した存在であることです。物質だけでは静止した状態のものですが、それに行動を与えるのは"因"からの指図によるからです。
 そういう意味では、あらゆる行動・活動は先ずは"因"と"結果物"が融合、共同した作用の中で行われるということでしょう。しかし、本来は創造的、芸術的な活動であるべきそのような行動が、人間の場合には多くが誤った方向に起こされるという実態がある訳です。
 何故、そのような事態になっているかについて、本章では章のタイトルにあるように私達自身の不安定な感情の問題に行き着くことが示唆されているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落129

129 In Matthew 5 :34-35 is the admonition against division plainly given: "But I say unto you, Swear not at all; neither by heaven; for it is God's throne; nor by the earth; for it is His footstool; neither by Jerusalem; for it is the city of the great King."
129 マタイ5:34-35には、この分割に対する訓戒が平易に授けられています。「しかし、私は貴方に言う、天にかけて誓ってはならない、それは神の王座であるからだ。また地にかけて誓ってはならない、それは神の足台であるからだ。またエルサレムにかけて誓ってはならない、それはその偉大な王の街であるからだ。」

【解説】
 私自身、現行のキリス教の聖書のこの部分の正式な解釈は知りません。しかし、本項で引用されているイエスの言葉は、何か私達がこれこそ私の信じる絶対的なものとして天も地も、更には現代の文明にも軸足を置いてはならないと諭したように思えてなりません。
 つまりは、どちらかを正しい、確実なもの、不動なものとすると、他のものは不安定、不確実という議論になりがちで、不動のものしか信じないという思考になるからです。
 本項では、このように世の中を良否の二元的なものと捉えることを戒めているのです。聖書の中でイエスは天も地も創造主のつらなった一体のものであり、社会自体も創造主の街であると説いており、どちらが優れているというような議論に陥らないよう戒めています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落128

128 Teacher and students have made the mistake of separating heaven and earth and so have been carried from one false balance to another. The impersonal man will unite heaven and earth; will incorporate idealism and practicality; will bring the peace and beauty of the celestial into the concrete materialism of the earth. Anyone who cannot live a happy useful life here in the present world will find it no easier in another world. The Father, by whose breath we live, has but one Law that governs all things. He created this planet as He created all others, and the same principle directs its action. All worlds in the cosmos are alike in principle and to one who lives according to the Law there is no division of perfection.
128 教師と生徒達は天と地とを分離するという過ちを犯しており、その為に一つの誤ったバランスからもう一つの誤ったバランスに運ばれているのです。非個人的な人は天と地を結びつけますし、理想主義と実践主義を結合させ、天上の平安と美しさを地上の確固たる物質主義の中に注入します。現在の世界で幸せで有意義な生涯を送ることが出来ない者は誰一人、他の世界でも決して容易ではないでしょう。私達がその息で生きる父は全てのものを統括する一つの法を持っています。神はその他の惑星と同様にこの惑星を創造し、それと同じ法則が法則の行動を指揮しています。宇宙のあらゆる世界は原理において同様であり、その法則に従って生きている者にとって、完全さに何らの分裂はありません。




【解説】
 確かにこれまで学んで来たことを振り返るなら、私達は宇宙を支える"法則"である"因"と称される原理にこそ軸足を置くように本講座から指導を受けて来ました。その原理も一たび物質の世界に現れると、結果物として時間や空間の制約の中に生きることは避けられないことも学びました。
 このように物質の世界には変遷があり、不安定な状況にあることは間違いありません。しかし私達はこの"因"と"結果の世界"をそのように分離して捉えることは誤りであることを本項は説いています。即ち、もちろん"因"こそが重要なのですが、この私達が暮らしている物質の世界、結果の世界こそが"因"が発現している具体的な姿、創造作品であるのです。
 たとえどのような状況であろうとも、"因"の発現には違いなく、その中に生きる私達は自らの世界を非難し、裁くことは本来の姿勢ではありません。相手を非難するだけでは問題解決にはつながりません。何よりも相手に本来の姿を気付かせる為に、惜しみない愛情や受容的姿勢が必要だからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章-段落127

127 We find that students who have studied under one teacher or another are very confused and living in a state of dissatisfaction concerning the world they must call home. They are looking to the day when they will be privileged to become the inhabitant of another planet. They can see no beauty in this world, being conscious only of the pain and misery which exists.
127 私達はある一、二の教師の下に学んできた生徒達が大変混乱していて、自分達が我が家と呼ばなければならない世界に関して不満足な状況の中で暮らしていることに気付きます。彼らは自分達が他の惑星の住人になれる日を待ち望んでいます。彼らはこの世界に何らの美しさを見ることは出来ず、そこにある苦痛や悲惨さのみを意識しているのです。


【解説】
 私達誰もが「同乗記」の中でアダムスキー氏が伝えた他惑星人の生活と地球の私達の日常とがかくも大きな隔たりがあることに驚くものです。私達は他惑星の人達の生活ぶりに憧れる一方で、自らの日常が抱える問題ばかり注目しがちです。
 これまでの多くの人達がアダムスキー氏の著作を読み、他惑星人の生活に感動したものと思われます。しかしその内かなりな割合の人達は途中で興味を失って旧来の日常に戻ったり、地上の問題ばかりを注視するあまり、非難するだけの姿勢に陥りやすいのが現実かも知れません。
 本項は当時も同様な、あるいは当事国としては更に大きな規模で問題が起こっていたことを示唆するものと思われます。もちろん、偽宇宙人も多く居たことでしょうし、それらの状況を著者アダムスキー氏は良く承知していたものと思われます。
 今日振り返ると、他惑星から地球に支援活動に入る際には必ず偽者による妨害や未熟な教師、生徒による誤解も多く発生していたものと考えます。
 私達は自ら考え、自分に必要な事柄は何かを常に着目して、事柄の本質を見極める視点が必要であり、自分達が暮らす地上の中にある本来の美と調和を学ぶことがまず必要であり、現実は自らが播いた種がもたらした結果であることを悟らねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第12章ー段落126

12 EMOTIONAL BALANCE
126 As we all know there is a great unrest all over the world. The conditions existing in the national, home, and personal life all display quite clearly the loss of equilibrium which now exists. Each individual feels the need for security and the people of the earth are demanding something that will bring about more stable conditions. The desire for equality and balance and some feeling of assurance have caused some people to return to the churches and many to follow the teachers who profess to know all of the answers concerning the new dispensation. Unfortunately there are extremely few individuals who are equipped with this type of knowledge.
第12章 感情のバランス
126 私達全てが知っているように、世界中を大きな不安が覆っています。国家や家庭そして各人の生活の状況は皆、明らかに今や均衡を全く失っている事態を示しており、実際そうなっています。各自は安心の必要性を感じており、地球の人々はより安定な状況をもたらすものを求めています。公平さやバランス、そして確かさの幾分かの感じへの願望は人々を教会に立ち戻し、また多くの者をその新たな摂理に関する全ての答えを知っていると称する教師達に従わせています。しかし、残念なことにこの種の知識を備えている者は極めて少ないのです。

【解説】
 この書が執筆された1961年当時、既に地球社会は戦後再びの変動時期を迎えます。最近もNHKの「映像の世紀」という番組でその後のベトナム戦争やその反戦運動等の多くの社会運動、更には旧来の社会主義への反旗等々、その状況を見ることが出来ました。
 著者は当時の一連の不安材料に対して、それに助言すべき教師、聖職者が十分な知識を持っていないことを指摘しています。結局は暴力に走ることになってしまう現状の奥には本章で学ぶ私達自身の「感情のバランス」問題があるように思われます。
 怒りや憎しみが社会環境を変革するとは、本講座では決して説くものではありません。怒りは再び相手の怒りを生み出し、問題をエスカレートさせるだけです。
 本章で私達は自らの行動の原動力とも言える「感情」について常にバランスを保つことを学ぶことになります。もちろんその成果は日々の各自の生活の中に次第に表れてくるものと思われます。調和に至る道程は真っ先に取り組むべき課題です。

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2016年3月3日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第11章-段落125

125 Here lies the answer to the question as to the constant urge in the heart of every human to know more about the composition of forms as well as the cause and purpose of action, for it is the Cause Parent impressing the effective child to know more about the vast possibilities so that he may enjoy all that the Father has to give.
125 ここにあらゆる人間の心の中に行動の理由と目的と共に、形あるものの構成について更に知りたいとする絶えざる衝動に対する答えがあります。何故なら、結果である子供が父が与えるべき全てを楽しめるよう、広大な可能性について知りたいとする印象を子供に与えているのは因の親であるからです。



【解説】
 やはり結論的には、素直になることが基本であるように思います。つまりは、内なる因から絶えず助言の声があり、それに気付き受け入れる為には、何事においても受容的な姿勢が必要であるからです。とかく歳を重ねると人間が固まってしまい、頑迷さが顕著になりますが、本項を読んで分かる通り、柔軟性を無くすということは、老化の典型であり、進化の終わりということになります。
 自然界では、目に見えない”因”からの印象が生き生きと湧き起っており、それに従う限りは生命の躍動感は衰えることはありません。次々に新しい分野が拓かれ、本来の創造の世界が明かされるからです。
 私達は一瞬たりともその基本的な流れを阻害することなく、流れ来る印象を大切にして毎日を送る中で、遂にはイエスの言う「第二の誕生」に至るものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第11章-段落124

124 It is man's duty to be a happy child in his Father's house, and to do this he will have to be aware of the house. He must be aware that he is now in the heaven that he is seeking to enter and that within his form of self is the ever present all-inclusive intelligence.
124 自らの父の家の中で幸せな子供になることは人の義務であり、それを為すためには、人はその家の存在に気付かねばなりません。人は自分が現在、入りたいと求めてきた天国の中に居ること、また自身の形あるものの内側に全てを包含する永続する英知があることを気付かねばなりません。




【解説】
 必要なもの、生きる力となるあらゆる知識が必要に応じて与えられる環境を”天国”と言わずして何と呼ぶべきかということでしょう。私達自身の内側、手や足よりも近くにその湧き出す源が各自に備わっていると本項は説いています。
 自然界を見て分かることは野の草の葉1枚、或いは花びらの一片にも驚く程の美しさがある訳で、創造物の中で本来、最高位を占めるべき人間にはそれら以上に美しく幸せな生き方が用意されているのです。またそのような状態に戻ることが創造物としての義務である訳です。
 すべてが自分の中にあるとなれば、敢えて外に求める必要はなく、状況を快く受け入れ、心の中に湧き起る印象を大事にする生活が始まります。結局、これまで”努力”して来たことの多くは知識の無い自我がガムシャラに結果を追い求めて疲弊するだけの毎日でありましたし、少しでも思い通りにならないことに落胆することも多かったように思います。
 それに引き替え本項で説かれている内容は、決して未来を悲観することなく、私達自身の可能性と明るい未来が待っていることを私達に説いています。”愛燦々”の歌詞に「過去たちは優しく睫毛に憩う」、「未来達は人待ち顔して微笑む」とあります。つまり涙が睫毛につくことがあっても、愛が燦々と自分に降りかかってくる環境の中では、人生は嬉しいものだと歌っており、本項のイメージを多少汲み取っているのかと思う次第です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第11章-段落123

123 Not until the teachers understand this can they save anyone or themselves. Many scientists are closer to the second birth than is any so-called spiritual student. One of our greatest scientists made the remark, "When I am fatigued with mental effort and have ceased to ponder over a problem I find that is the time when the truth of the question is most clearly revealed to me." This is a glimpse of the second birth-when the mortal consciousness is released into the hands of the vast consciousness the veil of limitation is rent asunder and truth is vividly perceived.
123 教師達はこのことを理解するまでは、誰もまた自分自身も救うことは出来ません。多くの科学者達はいわゆる霊的学者より、この第二の誕生に近づいています。今日最も偉大な科学者の一人はこのような所見を述べました。「私が精神的努力で疲れ切り、問題について考え込むのを止めた時が、その問題の真理が最も明瞭に現れる時になることは分かっています」。これは死すべき肉体の意識が広大な意識の御手の中に解放される結果、制限のベールが引き離され、真理が鮮やかに知覚される第二の誕生を瞬間的に見ることになるのです。



【解説】
 科学の発見というものが、どのようにして生まれるかを端的に本項は伝えています。
 先ず第一に科学者はその問題について様々な角度から自我の努力として考え続けますが、既存の延長では問題は解決出来ず、遂には疲れ果てて何も考えられなくなります。そこにインスピレーションが来て、解決法を発見するという事例です。
 実は大抵の場合、このような事の成り行きになることが多いように思われます。つまり、最初から何らの努力もぜずに居れば、インスピレーションも来ないように思いますが、先ずはその解決策を求める気持ちがあって、その回答については”因”を信頼して印象がやって来るのを待つ姿勢が重要です。
 ”他力本願”とも言えるこの姿勢の中には実は”因”への誠実な信頼があり、私達はそもそも”因”によって生かされているという感謝の気持ちが重要なところです。また、結果を当てにせずあらゆるものを受容する心境、オープンな気持ちも想念・印象の感受には重要なポイントです。
 こうした印象とのやりとりが自在に出来ることが第二の誕生に近づいているしるしと思われます。

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