2015年09月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落021

021 Our purpose in life, then, is not personally judge between the true and the untrue but to so coordinate our own being with nature that we may unite the knowledge of Cause and Effect.
021 そこで私達の人生における目的は、真実と真実でないもののどちらかであるかを個人的に裁定することではなく、私達が因の知識と結果を結合させられるよう、私達自身を自然と調和させることにあります。

【解説】
 物事に対する姿勢としては、先ずはありのままを受け入れ、その中に意義や他との関連性を観るように努めるということでしょう。仮に相手の主張が偽りのように思えても、先ずはその主張を拒絶せず、相手に寄り添ってその主張が描こうとするイメージを明らかにすることです。そうすればそれが本人だけの一時的なものか、永続的な真実かは自ずと明らかになるものと思われます。
 カウンセリングにおいては、「傾聴」という姿勢が重要だとされているようです。その過程を通じて相手が自分が受け入れられていることに気付けば、次の改善プロセスに繋がるということでしょう。
 日々、私達は様々な事象や情報、他者との関係に巡り合います。その中で良好な関係作りを実践して行く為には、先ずは出会う全てを受け入れ、その中に宇宙を流れる法則性や相互関係を観る中で、真理に対する自らの視野を広げて行く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落020

020 Truth is like a great picture puzzle - a mosaic, as it were, and each man's individual expression is a part of the total composition. The mature individual realizes life as a succession of duties to be performed. Because there are diversified concepts of life does not mean that only one can be correct. No, all are true. Whatever is conceived in the mind of man is true to him for the moment just as every act of nature is true whether it be of creation or disintegration. Man's ideas may be used unwisely because he has not enough knowledge to use them constructively in relation to other truths, but that does not mean that the results establish a fact.
020 真理とは巨大なジグソーパズルのようなものです。丁度、各個人の表現はその全体の構図の一部になっているモザイク画のようなものです。成熟した個人は生命とは達成されるべき義務の連なりと認識しています。生命についての多様化した概念がある為、一つだけが正しいとすることはありません。いいえ、全ては真実なのです。人の心の中にどのような事柄が思い浮かぼうとも、それが創造的であるか、崩壊の性質であるかに関わらず、その瞬間、その人にとってそれは真実なのです。人間のアイデアはその者が他の諸々の真理に関連してそれらを建設的に用いるだけの十分な知識を持たない故に、誤って用いるかも知れません。しかしそれは、その結果が事実を打ち立てることを意味するものではありません。



【解説】
 今日では生物多様性や生態系という言葉が広く知られるようになりました。これは人間についても言えることで、異なる人種、民族、宗教が共存する中で、総合的には豊かな社会が出来上がるという概念かと思われます。
 この達成には、前々項以来述べられている「不寛容さ」が最も大きな支障となっています。相手の考え方の違いを認め、各自の真理感を尊重し合うことが必要だという訳です。
 この点、宗教分野では仏教の教えは特筆しているように思います。各自に内面の精進を求め、自ら真理を探究して道を進めよと説く仏教は他の信仰の者とも共存して行ける理解を持っています。また、日本神道にもその許容があるように思います。
 いずれにせよ、哲学を学んで行く私達にとって、自分が正しいと思っている内容は、お互い異なることも多い訳ですが、それでも各自の想いを尊重し、その示す側面の真理を認めつつ、それらを包含する全体のイメージを思い描こうとする姿勢が重要なのだということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落019

019 "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the truth is that all things are true - true in a relative sense, I grant you, - relative to all other parts, but until men recognize and give due consideration to the Cause of all actions they will never be free. Only in uniting our efforts, acknowledging a common purpose can we bring civilization to a unified state of understanding and progress.
019 「あなた方は真理を知ることでしょう。そしてその真理はあなた方を自由にする筈です」。その真理とは全てのものが真実であるということ、相対的な意味において真実であるということであり、私としては全ての他の部分との相関性においてとあなた方に認めましょう。しかし、人々が全ての行動の因を認め、当然支払われるべき考慮を払わない限り、彼らは決して自由にはなれません。私達の努力を結集し、一つの共通の目的を認めることにおいてのみ、私達は文明に統合された理解と進歩の状態をもたらすことが出来るのです。

【解説】
 仏陀やイエスの時代から私達は自らの生きる拠り所としての真理を求めて来ました。多くの国で寺院に詣でたり、日々の祈りを心に抱きながら生活している人々も多いことでしょう。その中には自ら求める真理を体得し、自信をもって自らの人生を歩み始めた者も居る一方、様々な事情から真理の片鱗され掴めず、苦悩の中に留まる人も少なくないと思われます。
 しかし、私の浅学でも、仏陀にしてもイエスにしても皆同様な真理を語っているように思われます。それは何ものも否定せず、真理を受け入れ、その意義を学ぶという姿勢です。死をも恐れることなく、自らの生命を見つめ自分と他者、とりまく環境とのつながりを自覚する姿勢が重要なのではないでしょうか。場合によっては動物達の方がこの心境に到達しているかも知れません。
 少し横道に外れますが、実は先日仕事である国の屠場施設を調査したことがあります。明日には屠られる水牛達が実に穏やかに柵の中に佇んでいました。自らの運命や役割を受け入れ、静かに時を待つ姿に敬意を払わざるを得ない気持ちになったものです。たとえ死を前にしても、自ら掴んだ真理があれば、このように穏やかに過ごせるということなのでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落018

018 Because men do not understand the meaning of truth and are therefore intolerant, there has been a span of over a thousand years of scientific darkness that might have been used to bring the slowly evolving civilization to a higher standard of human expression.
018 人々は真理の意味を理解しない為に、そしてそれ故、不寛容である為に、何千年もの長きにわたり科学的に暗黒であった時代がありましたが、そうでなければ、その期間、この緩慢な進歩の文明に、より高度な水準の人間の表現をもたらしたかも知れないのです。

【解説】
 著者は本項で当時、頑なな宗教観の支配の下、少しでも異なる思想の持ち主を異端者として糾弾し、拷問死や火刑にしたいわゆる中世暗黒時代を示唆しているものと思われます。
 数年前、チェコを旅したことがありますが、一見美しい石造りの小都市の街の広場の一角に拷問を行った部屋があり、今日では見学場所となっていることに驚きました。ノストラダムスの時代、カトリックは民衆の生活の隅々を教義に則り支配していたという訳です。
 幸い今日では自由解放の時代になり、人々が自由に物事を探究し、主張を公言出来る時代になり、産業も発展しましたが、一方では経済が人類を支配することになっているだけで、私達は未だ真理の意味を十分理解したとは言えません。
 遠く仏陀誕生から2500年も経た中、当時とは異なる環境の下で生活している私達は、イエスも含め当時の賢者が自覚していた「真理」について、これまで得た知識を十二分に活用して再度自ら究明する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落017

017 Truth is action - the whole action of which every part is true. Small truths lead into greater truths and one small truth cast out as false can block the progress of a civilization, as has been shown by the history of the past.
017 真理とは活動です。あらゆる個々の部分が真実である活動の全体です。小さな真理はより大きな真理へと導き、偽りと投げ捨てられる一つの小さな真理も、過去の歴史によって示されて来たように、文明の進歩を妨げる可能性すら持っています。

【解説】
 私達自身の身体の中で行われている膨大な種類の生命維持活動も含め、活動しているものが真理であると説いています。宇宙に刻々流れる原理に従っているからこそ真理という訳です。
 このように膨大な数の真理が存在する訳ですが、そのどれを取っても欠くことは出来ない存在であり、もしその内一つでも不要だと捨て去るなら、この文明の進歩を妨げる程の大きな影響を与えるまでになり得るとしています。言い換えれば、生命活動についての私達の概念は大変重要であり、もし誤った概念のまま突き進めば文明全体を誤りかねないと警告しています。昨今の遺伝子操作等のこれに属するのかと考えてしまいます。
 また、真理はどのような小さな側面であれ、私達はそこから大きな意味を学ぶべきだと著者は説いているように思えます。自然観察の中では、様々な微小生物の生活風景を観ることが出来ますが、彼らは活動にやむことなく真理を表現し続けています。道端の蟻の群れからも多くを学べるように思うのです。

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2015年9月17日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落016

016 Most of the world's intolerance is due to the misconception of truth. Men fight to death for their individual concept of it when a little wisdom would show them that they are only a step apart in the same hall of learning, but due to the fact that every individual intelligence has a slightly different degree of understanding, truth to each is slightly different. Intolerance is a mark of ignorance, for a developed intelligence is able to view sequences of action that shows each separate action to be relatively true. And because all sides of a question are understood he is bound by none. This type of intelligence does not condemn those who see only one phase of the whole truth. Instead he will point out the pitfalls or limitations that follow the course of thought that the individual is indulging in.
016 世界の不寛容の大部分は真理への思い違いに起因しています。人々は自分達が同じ学びの会堂で互いに一歩だけ離れていることをわずかな智恵が示す時、自分達各自の概念の為には死に至るまで戦うのです。しかし個々人の知性は理解においてわずかずつ異なるために、各自にとって真理はわずかずつ異なります。不寛容は無知の印(しるし)です。何故なら進化した知性には個別の行為が相対的に真実であることを示す行為のつながりを観ることが出来るからです。そして一つの疑問に関する全ての側面が理解される為、その者は何ものにも囚われることがありません。この種の知性には全体の真理の内、わずか一つの側面のみを見る者を非難することはありません。代わりにその個人がふけっている思考の道程に続く落とし穴や限界を指摘することでしょう。


【解説】
 本項で説かれている私達地球人の「不寛容さ」については、数多くの事例を紹介できるものと思いますが、その最たるものは、目下中東シリアから何十万もの難民がヨーロッパを目指して逃げていることにも関連しています。
 誰しも好んで自ら生まれ育った故郷を捨て、或いは逃げようとする人は居ません。そこでの生活に絶望した上での行動が今回の亡命避難民なのですが、その原因の大きな部分が宗教観の違いによる過激な行動があることは皆さまご存じの通りです。
 宗教というものは本来、深遠なる真理を洞察する為、先にその境地に達した教師が説いたテキストを学ぶ中で、日々精進すべきものですが、極端な信奉者は意見の異なる他の者を許さないとする「不寛容」に陥るという訳です。それも人類の今後の歴史をも揺るがしかねない大きな影響をもたらしてしまった事例となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落015

015 What of those that say truth is fact - explaining further that it is that which can be proven. Let me ask you this - proven to whom and by what and for how long? Again you must have a set standard of discrimination. Must it be proven by man's laws or theories that have already been given recognition? Then you are putting a limitation on truth. Must it be proven to all people or only to one who is able to see beyond the perception of his fellow-men? Proof can only go so far as a man will accept and truth to each man is only that which he has experienced either by mental realization or physical expression, and yet truth is universal. It is the sum total of action. Every smallest quivering frequency in the whole cosmos is truth - true because it perpetuates action. I shall bring all of my statements down to a perfectly logical, matter-of-fact foundation.
015 真理とは事実であるとする者達の言うことは、更に推し進めれば、それが証明され得るものだということです。このように質問させて下さい。誰にそして何によって、またどれくらいの間、証明されるのかと。ここでもまた、あなたがたは差別のための固定化した基準を持っているに違いないのです。それはこれまで既に認められた人間の法則や理論によって証明されなければならないのでしょうか。そうであるなら、あなたは真理にある限界を置いていることになります。それは全ての人々にあるいは仲間の者達より奥先を観ることが出来る者のどちらに証明されなければならないのでしょうか。証明とは人が受け入れるまでのものであり、個々の人にとっての真理はその人がかつて心の自覚あるいは肉体の表現によって体験したことでしかありません。しかし、真理は宇宙普遍のものです。それは行為の総計です。全宇宙の中の個々の極微の震える振動は真実です。それが永続する活動であるが故に真実なのです。私は私の論述を全て完全なる論理的で事実に即した基礎に基づいて書き起こすつもりです。



【解説】
 真理は事実であると主張する者に対して、著者はその事実とは誰によって証明されたものなら良いのか、また事実であるとそもそも誰によって証明されるべきかと問い直しています。
 その議論の中で著者は所詮、現代の私達が前提とする諸法則もその適応性には限界があり、いずれ新しい「原理」によって置き換えられるものに過ぎないと説いています。
 こうした中、宇宙自然の営みは未来永劫継続する訳で、その継続するということ自体が真理に属すると観なければいけないと諭しています。私達は真理の只中に生活しており、少しずつではあっても、真理を探究する毎日を送るべきなのです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落014

014 Let us, therefore, get down to real analysis. Just what is the truth about truth? You have said that it is Reality and if I were to ask you to define reality you would be compelled to admit that it is that which has actual existence, and yet you speak of the real and the unreal. You have a set standard for Reality. Does not everything that is known have apparent existence? How else should it have become known?
014 ですから、真の分析に取り組みましょう。真理についての真実は何かということに対して、あなたは真理とは現実だと先に述べましたが、もし私が現実を定義するようにあなたに問えば、あなたはそれは実際に存在するものだと認めざるを得ないでしょう。そしてあなたは現実と非現実について話していることになります。あなたは現実性に対して固定化した基準を設けていることになります。しかし、これまで知られているもの全ては、明白に存在していないのでしょうか。そうでなければ、どうして知られるようになったのでしょうか。



【解説】
 目の前に現れる現象や事物等、あらゆるものについて、私達は現実のものとして受け取る必要があります。しかし、真理は何かと問われた時、私達が仮に現実性だと答えたとすると、その概念の中には、反対に現実に無いものとの対比の中でイメージしていることになるのではないでしょうか。
 著者はその「現実性」を対極の「非現実性」との関係でイメージしていることを問題視しているのです。そもそも何か存在するもので非現実であるようなものは存在しないと説いているのです。
 これは、例えば本人が何かのイメージを持ったとして、それは通常、単なるイメージであり、現実性は無いと判断されがちですが、実はそうではなく、抱く想念自体が先行してそのような現実を造り出し始める、或いは既に何処かにその現実が起こっていることを示唆しているように、私には思えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落013

013 Those who are idealistically inclined will answer, "It is reality!" And those who are founded upon a cold scientific basis will answer, "Fact." Others will say that truth is that which is opposed to untruth or is that which is good. To those who gave the first two answers I shall say you are correct so far as you have gone but I shall proceed to catch you in a net of your own weaving. The latter answer that truth is that which is good is utterly misconceived and evasive.
013 理想的な傾向がある者は、「それは現実だ」と答えるでしょう。また冷徹な科学的基礎に立つ者は「それは事実だ」と答えるでしょう。他の者達は真理とは偽りに対立するものだ、あるいは良きものだと言うでしょう。その最初の2つの回答を出した者については、私はあなた方がそう言う限りにおいて、あなた方は正しいと言うべきでしょう。しかし、私は更に進んであなたをあなた自身の編目で捕らえようと思います。一方、真理とは、良きものだとした後者の回答は全くの誤解であり、言い逃れです。



【解説】
 「真理」をどのように認識するかは、大事なところです。自らが宇宙を流れる永久不変の原理、私達を含めて万物が拠って立つ原則がどのようなものとして各自が認識しているかが、問われている訳です。
 この点について、以降の講座を通じて学んで行く訳ですが、著者は先ず、私達に「真理」とはどのようなものとして認識しているかを問い掛けているということでしょう。丁度、禅の入門者にその見識を問う問答のようなものかと思われます。
 私達はこれまでの善悪や好き嫌いの観念では広大であらゆる要素を包括する原理をイメージすることが出来ません。地震や津波、火山噴火等、時に生命を奪う自然の活動もこの中に含まれますし、私達が毎回の食事を摂り、仕事をする中でも他の生命を収奪しているケースも数多いのです。そうした段階の生き方も含めての真理があり、そのイメージはこれまでの私達が想像も及ばない拡がりを持ったものだと言うことでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落012

012 So to you of this present day - you who have acquired much knowledge of many things, I ask, "What is truth?"
012 そこで、多くの事柄の知識を多く得て来た今日のあなたに、私は問い掛けます。「真理とは何かと」



【解説】
 確かに私達はこれまで科学の分野では、過去地球の文明には無かった程の進歩を遂げ、昨今では他の惑星の探査まで行えるようになりました。これは大きな進化ということになります。
 しかし、科学技術と言えど、人間の内面、精神作用や生命そのものの躍動感のような要素については、依然認識は低いままという訳です。
 これら宇宙をどのように観るか、その中でどのような法則性を洞察するかが重要なところであり、本項で著者が重視しているが故に、私達に改めて問い掛けているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落011

011 And for every such questioning voice there is another calling, "Follow me, I alone can give you the real truth!" And blindly the people follow, little knowing or understanding the purpose of life.
011 そしてこのような疑問の声の一つ一つに対しては、「私に従いなさい。私だけがあなたに本当の真実を授けることが出来るとする、別の呼びかけがあります。そして人々は生命の目的を少しも知ることも理解することもなく、盲目的に従うのです。



【解説】
 これまでも多くの宗教の教祖とされる人物は、皆一様に何らかの体験を通じて「真理」を悟り、その結果、身に付けた知識と人並み外れた能力を誇示して、人々を自らの庇護の下に導いて来ました。そのこと自体はある意味、自然な流れであり、イエスもそうした言葉を語っています。
 しかし、問題はこれに従う私達の側にあるのではないでしょうか。真理を悟るには各自が研鑽し、日常の中で少しずつ掴んで行く必要があるのですが、とかく私達は盲目的に信奉し、ただ教師の言葉を鵜呑みにすることが多いのです。
 また、一方では宗教組織が大きくなると教団を維持する仕組みが必要となり、人々は本来の学習の道から遠ざかる結果になることも多いように思えます。
 時代が混乱する時、人々を救済する為、多くの教師が現れますが、その中にあっても私達は冷静に自らの力で真理真相を掴めるように研究しなければなりません。政治の分野でも同様に誰が真実を語り、何を目指しているのか、政治家の本性を見極めることもこれと同様です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落010

010 Many generations ago when the Roman Empire was at the height of her glory and the weight of her dominance was felt by a host of people there arose in her midst a master mind who said to those oppressed, "You shall know the truth and the truth shall make you free." And the people eager for deliverance, cried out, "The truth! Give us the truth that we may be free!" They were told the meaning of truth but they could not comprehend and so we hear the echo of those words and of the billions like them quivering down the ages with an insistent appeal - "The truth! what is truth?"
010 何世代も前、ローマ帝国が栄光の絶頂にあって、その支配の重圧が多数の人々によって感じられていた時、その只中に抑圧された人々に「あなた方は真理を知り、そして真理はあなた方を自由にするでしょう」と言った一人のマスターの心の持ち主が現れました。そして抑圧からの救出を求める人々は、こう叫びました。「真理!私達が自由になれる真理をお与え下さい」と。彼らは真理の意味を教えられましたが、彼らは理解できず、私達は以来、何世代も揺れ動くひとつの一貫した訴え、「真理!真理とは何か?」という言葉のこだまや何十億という類似した声を聞いています。



【解説】
 言うまでもなくローマ帝国支配下のユダヤにイエスが降り立った時代のことです。既にアダムスキー研究の関係者の間では知られていることですが、1952年11月20日に始まった宇宙からの来訪は遠大な支援プログラムの一環であり、それはイエスの時代或いはそれ以前にまで遡るものとされています。
 多くの優れた魂の持ち主が地球を訪れ、「真理」を人々に授けて来たのです。しかし、私達地球人は文明の興隆と崩壊の連続であり、これら教師の教える深い内容について、理解出来ないままとなっていたのです。
 本項はイエスが語ったとされる「私の言葉に留まるならば、あなたたちは本当に私の弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ福音書8:32)を示唆しているものと思われます。ここでも著者アダムスキー氏が使途ヨハネの言葉を引いているところが、長年、使徒ヨハネと相似されていることとも繋がり、興味深いところです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落009

009 As long as man has been in existence I suppose he has sought for truth without recognizing it when he had it firmly in his grasp
009 人間が存在するようになってからというもの、人間は自分自身の手の中にしっかりそれを握っていたにも拘わらず、それに気付かず、真理を求め続けて来たように私は思います。



【解説】
 私達が長年求め続けて来た「真理」は、実は元々自分の中にあったと本講座においては冒頭から結論が説かれています。これはとかく外に真理を求め歩き回ること、外部の者が説く教えを探し求めるのではなく、自分の中に息づく真理こそ本来私達が求め続けて来たものだということでしょう。丁度、仏陀の時代、様々な教師の元を多くの求道者が巡り歩いた時代を思い起こさせます。
 言い換えれば、万物は皆、自身の中に宇宙と繋がるしっかりした法則を有しており、いつも創造主と繋がるチャンネルを保っているということでしょう。従って、他に求めるものは何一つ無い、不自由しない環境であるとも言えるように思います。
 問題は、私達はこのような恵まれた環境に本来あることをどのように自覚するか、また、その環境を毎日どのように活用し、自らの役割を果たして行くかが重要となります。
 放蕩息子の例のように、結局は元の自分の家の素晴らしさが身に沁みる訳で、人生経路の中では様々な本や人との出会いがある中ですが、最終的には私達は自らを教材、手本として研究する中で、日々真理を学んで行くことになるのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第2章-段落008

2. Introduction
The Truth about Truth
008 Political factions are clamoring against each other for the right of opinion; philosophers and scientists are arguing about the truth of their various theories; all over the world conflicting thought centers are springing up, each professing itself the only dispenser of the absolute truth and man finds himself wondering just what is truth.
第2章 まえがき
真理についての真実
008 政治の党派達は互いに意見の正しさを巡って大声を出して主張し合っています。哲学者達や科学者達は自分達の様々な理論の真実性について議論しています。世界中で互いに争っている思想の諸々の中心が急速に出現し、互いに自分だけが唯一絶対的な真理の提供者であると明言しており、人はただ、何が真実であるか知ろうと思い巡らせているのです。

【解説】
 科学が発展し、科学知識については皆が共通に理解し、その上に立って生活物資を作り、生活上便利になる品物を得られるようになっているにも拘わらず、現在の地球上には、様々な意見の応酬があり、主義主張による争いが多くあります。
 政治体制や支配構造を巡る争いもさることながら、宗教上の争いも深刻化し、過激な思想も増えています。
 本来、互いに宇宙を貫く法則や真理を探究しようとしているにも拘わらず争いにまで至るのは、私達自身の進化レベルを物語る訳ですが、それでも真の真理の姿について、古い思想に束縛されるあまり、私達が十分には掴み切れていない点も大きな原因となっているのです。
 私達は現代科学によって得られた知識をベースに自らの拙い心自体を育みながら、他の宇宙文明から伝えられた言わば本物の真理についてこれから学習して行くことになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第1章-段落007

007 The following lessons I humbly present with the hope that they may act as stepping stones in your quest for knowledge.
007 以下に続く教課を、私はそれらがあなたの知識への探求の道における踏み石として役立つことを願いながら、謹んで贈呈するものです。

【解説】
 奇しくも本項は、毎日のように皆様にお示ししているこの逐次解説をも示唆するような表現となっています。
 私達は一歩ずつ歩んで行くしかなく、その一歩を支えるのが本文で言う知識への探究の道に置かれている踏み石である訳です。 この踏み石が事前に用意されていることで、仮にぬかるんだ場所でも滑ることなく、一歩一歩着実に歩み、導かれた道程を歩むことが出来るということでしょう。
 また、著者はこの「宇宙哲学」を偉ぶって私達に教えるという態度は微塵も無いことについても私達は良く心に留めて置く必要があります。後から来る私達の為に、自ら踏み石を用意しましたと著者は実に謙虚にこの第1章を締めくくっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第1章-段落006

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第1章-段落006


006 Our neighbors on the sister planets of our solar system came to the realization a long time ago that every minutest particle in the Cosmos is inter-related with every other particle. Thereby in order to have even a small perception of the purpose of life, each phase must be studied in relation to the Whole. They shared a theory with all who were interested and gradually theories grew into facts as they explored further and further and unified all life. A humble reverence and love for All Knowing Intelligence as It expressed in every living form became their inspiration. Human relationship and behaviorism was taught to their children to aid them in individual expression of their own divinity.
006 私達の太陽系の姉妹惑星群上の隣人達は、遠い昔に大宇宙の中の一つ一つの極微細な粒子も他の一つ一つの微粒子と相互に関連しているとする認識に至りました。それ故、生命の目的に対する例え小さな理解を得るためにも、一つ一つの側面を全体との関連において学ばなければならないのです。彼らは一つの理論を関心のある者全てと分かち合い、次第に諸理論は、彼らが進んで探求し、全ての生命を統一するに至って、発展し、諸事実になったのです。一つ一つの生きる形あるものの中に表現されている全てを知る英知に対するつつましやかな敬愛が彼らのインスピレーションになりました。人間関係と行動主義が彼らの子供達に、自分達自身の神性の表現を助けるため、教えられました。



【解説】
 自然界の諸法則は不変だと前項で説明がありましたが、そもそもその法則は遠い昔、私達の太陽系の金星や土星における一部の人によって洞察が為され、研究が進んだ結果、次第に確信に至るまでになり、以後はその根本原理を実生活に広く応用するまでに至ったのだと説かれています。
 今日まで何年要したかは知らされていませんが、このような物質を貫く法則に気付くことによって、文明全体が精化され、惑星全体が進化するということなのでしょう。
 そういう意味でも、万物が如何なるものでも全体として相互に関連し合い、影響し合って存在していることを各自が今後、どのような機会で認識できるかが重要になります。「生命の科学」においても度々「原因と結果」について観察すること、相互関係を学ぶことが強調されています。互いに影響し合いながら、存在することは、一方では孤立無縁の自己流の哲学の取組では成果は得られないことが分かりますし、絶えず自然万物の観察を通じて生きた法則を学ぶこと、またそれらの知見を共有して互いに実生活に応用して成果を確かめることが重要であることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第1章-段落005

005 Principle, or source of origin, and nature's laws remain forever the same for they are immutable. Man's concept of the law expands as he desires to know more and more of his purpose in relation to the Cosmos
005 原理、即ち起源の源と自然界の諸法則は永遠に同じであり続けます。何故なら、それらは不変であるからです。人のその法則に対する概念は、その人が自らの存在目的を大宇宙に関連して知ろうとすればするほど、拡がって行きます。



【解説】
 起源とは私達が何処から生まれて来たかであり、自然界の諸法則とはその後、今日まで変わることなく万物を支配して来た諸活動の規範とも言えるものでしょう。この両者がこれまでも、またこれからも永久に変わることなく宇宙を貫いていると著者は洞察しています。
 言い換えれば、このような私達が拠って立つ基礎的条件はこれまでも私達を支えて呉れていましたが、今後もそれは変わることなく続いて行くと説かれていることになります。永遠に続くものがこの2つということになりますが、これはイエスが「天地が滅びるとも私の言葉は滅びない」と説いたことと重なります。
 しかし、一見したところ私達の個人の生涯には限界もあり、また人生の途上で命を失うことも有り得ます。自然災害にも出会う等、各自が立つ基礎は大変不安定にならざるを得ないことも確かです。しかし、そのような移ろい易い結果の世界だけに囚われていると本質的な見識を養えません。変化する環境の中で変わらない要素をしっかり見つめて行くことが大切で、そういう意味で私達が生まれた創造の起源と宇宙空間を支配する諸法則について学べと著者は説いている訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」第1章-段落004

004 Observation is our greatest teacher but we must learn to see the Cause or the related purpose of all forms or manifestations.
004 観察は私達の最大の教師ですが、私達は因、即ち全ての形あるもの・創造の現れの相互に関連した目的を観るよう学ばなければなりません。



【解説】
 私達は人間社会の諸問題から、火山や地殻の活動、気象や海流の動き、また動植物の営み等、自然界の全てを観察によって学びます。この観察の中で、私達は自然界を貫いている法則や季節の循環回帰、そして人間も含めその中に生きているもの達の生涯を見て、学んで来たと言えます。
 このように観察が私達を成長させてきたキーポイントであることは確かですし、多くの優れた芸術家はその観察過程の中で感銘を受けた美しさを自らの作品として制作して来たとも言えるでしょう。
 宇宙哲学を学ぶ私達は、この自然界の観察の中で何を掴むべきかについて、著者は万物の相互関係に着目せよと説いています。目には見えないが相互に関連付けられ、助け合って万物が生きており、それは私達も例外ではありません。その目に見えない各自の関連性こそが因であるとさえ断言しているのです。とかく「因」については神秘的なものに捉えられがちですが、著者はもっと身近に物や生き物、あらゆる存在をつないでいる存在として「因」を捉えていることが本項で読み取れます。

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