2015年02月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第2章-段落270

270 Our aim in this study is to discover how far out we can work from any given point. We are not trying to draw the universe into the level of the human consciousness, but to turn the human consciousness away from the personal self, that it may become universal. So the development of the true sense-man, and the reception of telepathic communication, does not depend upon concentration . . . but upon interest.
270 この学習における私達のねらいは、どんな与えられた地点からも如何に遠くに私達が作用することが出来るかを発見することにあります。私達は宇宙を人間の意識のレベルにまで引き寄せようとするのではなく、人間の意識レベルを各自の個我から離して宇宙的にしようとしているのです。ですから、真の感覚人の発達やテレパシー的意思疎通は集積にではなく、関心に依存するのです。



【解説】
 私達が向かうべき方向性について、本項は端的に述べています。とかく私達は自分の理解出来る範囲に物事を押し込もうとして来ました。これまでの経験に照らして物事を当てはめたり、宇宙の姿を自分の思う世界に当てはめようとすることを、「理解」だとして来ました。
 しかし、本項は私達が進むべきは逆の方向であると指摘しています。これまでの自己の経験に全てを当てはめるのではなく、自らを逆に宇宙に拡大させるという訳です。従来の集中方向から逆に宇宙空間への拡張こそ、進む道であるとしています。
 その為には、私達は自身の心境を自身の肉体の障壁を越えて拡張し、周囲に知覚領域を拡げることが重要です。自身の意識レベルを自由に拡張してどれほど遠くまで知覚範囲を伸ばすかということです。それは本文で言う自分以外の事柄を自分と一体、自分のもの、自分の事柄として常に関心を持ち、変化を察知しようとすることにあります。
 このように自身を自我から解放することで、想念・印象をより広範囲で把握することが可能になるということにもなるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第2章-段落269

269 It is true that all form is brought into being through a drawing together of free elements; that concentration is the father of manifestation. So if we are interested only in discovering how much space we can press into the smallest conceivable mass, concentration is a marvelous thing. But I sincerely hope that the goal for which we are striving is much higher.
269 全ての形あるものは自由な元素を互いに引き寄せることを通じてもたらされたこと、集積は創造の父であることは真実です。ですから私達が如何に考えうる極小な塊に空間を圧縮させることが出来るかを知ることだけに関心を抱くなら、その集積は驚くべきものになります。しかし、私としては私達が努力しているゴールはもっと高いものであって欲しいと心から思っています。

【解説】
 いわゆる「雲とつかむような話」と形容されるように、私達はより確実、堅固なものを志向して来ました。それには、分子・原子が一つの形に結実した姿を究極のありようと思っていることの反映でもあります。
 確かに宇宙空間の希薄な状態から、私達の惑星や地上の生物にまでに到るには莫大なる濃密さに分子・原子が集積されています。更にはその集積物がそのものとして機能させる為に様々な組織の分化が起こり、それらが一体的に活動することによって私達生命体がはじめて成立する訳です。
 そういう意味では、私達各人の肉体は大変貴重なもの、高度な創造物と言える訳で、その他の宇宙空間に漂っている微小物質に比較して価値が高いと言えるかも知れません。
 しかし、それだからと言って、私達自身が輝きを持っていると考えてはならないでしょう。希薄は宇宙空間から私達の現在の身体のように各個体を形成した英知、見えない力について先ずは感謝し、様々な事例について探求することが重要となります。このような集中、即ち創造力の具体的な現れに対して、私達が日頃、どのように観察しているかが問われることになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第2章-段落268

268 Let us look into past history, back to the great minds still influencing our thinking today. Here, we find the Master Teachers: Buddha, Jesus, Aristotle, Socrates, Plato, to name but a few, all sharing one common faculty. All were possessors of serene, balanced minds; which enabled them to pierce the veil of materiality and trace manifestation to its true Cosmic Source. Long after the big business tycoon has returned his body to the dust and been forgotten, their guiding words will continue to influence the destiny of the world throughout time
268 今日の私達の思考に今なお影響を与えている偉大な心について過去の歴史を覗いて見ましょう。ここに偉大な師である仏陀、イエス、アリストテレス、ソクラテス、プラトン等、わずか数人を挙げましょう。これら全員は一つの共通した才能を共有しています。全員が澄んでバランスがとれた心の持ち主であり、そのことが物質性というベールを貫くことを可能とし、真実の宇宙的源泉に繋がる創造作用をたどることを可能にしたのです。この大御所がその肉体を塵に返し、忘れ去られた後も長い間、彼らの導きの言葉は時間を越えて世界の運命に影響を与え続けることでしょう。

【解説】
 私達が学び実践した結果、各々が体験して得た知識・知見は大変貴重と言えます。われは私達が学んでいるテレパシーについても物質同様に一定の法則の下に作用するものであり、その作用に時間や場所の制限はなく、所定の条件が満たされれば誰にも達成出来るものだからです。
 本文では著者は5人の師を挙げて、偉大な魂であると私達に説いています。その5人の賢者は人類を長年月導くような優れた教えを残していること、その教えは物質から更に進んでその奥の因である宇宙的源泉にまで見通している大変、優れたものであると述べているのです。
 その際、重要なのはその教えが以後、長らく人々の生き方を支える程の大きさを持つということでしょう。キリスト教をはじめ仏教でも尊師が語った言葉が経典として語り継がれ、今も修行や信仰の拠り所として世界中で読み継がれています。まさに、「天地は滅んでも私の言葉は滅びない」というイエスの言葉通りのことです。
 その意味ではたとえ微力であっても、一人一人がかすかに掴んだ真理の断片を文字に表現し、それを残し、他の者の目に触れるような機会を持つことで、他の同行者に少しでも役立てられればと思うものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第2章-段落267

CHAPTER Ⅱ
Relaxation, Interest and Receptivity

267 We have been taught that intense concentration is the only means by which anything can be accomplished in this world. We are told that the happy-go-lucky individual never becomes an outstanding figure in any line of endeavor; so we should at all times keep our shoulder to the wheel, our eyes on the ball, and our nose to the grindstone (a most uncomfortable position). But here again, we will find that we have been unwisely informed.

第2章 リラクゼーション、関心及び感受性

267 私達はこれまで強烈な集中が、この世の中で何かが成し遂げられる為の唯一の方法であると教えられて来ました。私達は楽天的人間は決して如何なる努力の分野でも秀でた人物になることはないと教えられて来ました。ですから私達は常に車輪に肩を付け、ボールに目を置き、砥石に鼻先をつけ(最も不快な姿勢を)続けるべきとされて来ました。しかし、ここで再び私達は愚かなる情報を与えられ続けていることが分かるでしょう。

【解説】
 これまで世の中ではとかく集中力が全てだと言われて来ましたが、そこには誤解があると本項は説いています。努力し苦労して何かを達成しようとすること自体を否定するものではありませんが、本講座を学ばれて来た皆様はそもそも私達がどの分野に努力するべきか、精進しなければいけないかを考えれば、それら集中的な労苦は本来の的から外れていることに気付く筈です。
 私達が達成しなければならないのは、自らの身体の細胞達、更には自らの心を様々な束縛、自縛から解放し、もっと生命本来の自由で鋭敏な状況に造り上げることです。その為には、過度な労苦や努力は逆に肉体や精神を疲労させ、進化の道を歩めなくする可能性もあるのではないでしょうか。
 私達が気付かないだけで、私達あらゆる生きものには必要なものは全て時々刻々与えられています。その贈り物を受け取れないでいる自らが問題なのであり、より謙虚に自らを解き放って宇宙を源泉とするそれら想念印象波動を享受する態勢づくりこそ、主眼にすべき事項なのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落266

266 It is quite possible, nevertheless, to bring about a free state of cell activity. We speak of this state as relaxation. And the secret of being a good recipient of telepathic communication is the ability to keep the body in a state of active relaxation at all times
266 それでも細胞活動の自由な状況を取り戻すことは全く可能です。私達はこの状態をリラクゼーション(訳注:本来は「緩和」或いは「弛緩」と訳すべきですが、原文の意味合いを込めてカナ表記にしました)と呼んでいます。そしてテレパシックな意思交流の良い受け手となる秘訣はいつの場合も活動的なリラックス状態に身体を保つ能力にあります。

【解説】
 磁石を置いた鉄粉の場合と異なり、私達の各細胞は単に昔からの習慣や思い込みから自我(エゴ)に従っているだけで、本来はより自由で柔軟な存在にも成り得るという訳です。その本来の姿、即ち、本文中でリラクゼーションと表現された状態にもって行ければ宇宙からの印象波動に対しより鋭敏になれるということです。
 何かの心配事で緊張したり、怒ったりすること、結果が自分の予想した通りに進まないことで落胆したりと、私達は様々な理由を付けて肉体を酷使しています。その結果、肉体細胞は疲れ、あるいは頑なになり、外界への関心は薄れてしまうのでしょう。
 しかし、私達各人は自らを相棒として訓練を行い、様々な失敗や成功を経験することで成長して行けるものです。一つ一つの小さな実践からその解決の糸口を見つけて本項に記されている肉体細胞をリラックスさせる心境を掴まなければなりません。それは現在の私達には難しいように思われがちですが、他惑星人には大変容易なこと、心身を若々しく保つ上で食物以上に大事なことではないかと考えます。

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都合により、次回更新は週明け月曜日になる見込みです。

2015年2月19日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落265

265 This is exactly what happens within our bodies. Since we are one with the Cosmos, our rightful condition is a free state so that we might be receptive to all vibrations. But, due to the exaltation of the personal ego within us, we are usually adhering to the false magnetism with which we have endowed it.
265 これが正しく私達の身体の中で起っていることです。私達は大宇宙と一つである以上は、私達にとってふさわしい状態は私達が全ての振動を感知できるような自由な状況です。しかし、私達内部の個人的なエゴの増長によって私達は自ら与えた偽りの磁力にいつも付き従っているのです。

【解説】
 私達は本来、もっと自由に生きて行くべきなのですが、現状では自我に振り回され、自己中心の中でその日その日を過ごしており、本文の描写にあるように自我に引き寄せられ、何ら外界から来る精妙な想念振動に気付いていないのです。
 こうしたことは過去生にもわたって長らく続けられて来た訳で、この問題の解決は一朝一夕にうまく行くものではありません。しかし、鉄粉の一粒一粒に対して他にも素晴らしい世界があることを自覚させれば、やがてはその自我の自縛も解消されることでしょう。
 その為には、努めて良質な源泉を学び、他の手本を調べることによって、次第に自分の問題点も明らかになって来るものと思われます。この問題は他人が全てを解決して差し上げることは出来ません。各自が自分の現状を見据えて、自分に合った方法で少しずつ改善して行く他はないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落264

264 Now let us take the steel dust, sprinkle it lightly over the tin once more, and place a magnet in the center of the vessel. What happens? The particles immediately respond to the magnet, and gather around it in a concentrated form. It makes no difference what note we play on the violin now, nor how long we hold it.  The particles will not be moved by the lesser vibration, because they are so intensely interested in another and stranger force . . . the force of magnetism.
264 今度はその鉄粉を取り出し、再びブリキ鍋の上に薄く散らばせ、その容器の中央に磁石を一つ置きます。どうなるでしょう。粒子は直ちに磁石に呼応し、それに向かって集まるように取り囲みます。今度も何ら変わることなく私達がバイオリンでどのような音曲を弾こうとも、あるいは如何に長く音を鳴らそうとも何の変化も生じません。粒子は別のもの、磁石と言う見知らぬ力に対し強烈に関心を持っている為、弱い振動では動かされなくなっているのです。


【解説】
 私達の身体の60兆個以上あるとされている細胞の一つ一つが肉体や自我に対してのみ服従し、その指示を待つと同時に、肉体の維持に専念しているという訳です。考えようによっては私達にとって大変、有難い存在な訳ですが、ことテレパシーの開発に対しては大きな障害となっていることも確かです。
 もちろん、身体維持は大切なのですが、各々の細胞の集中力を少し弱めて、外界からの振動に対してもっと耳を傾ける姿勢が重要であることは間違いありません。その為にどうするかが問われていることになります。
 一人一人が日常の生活の中で各自の細胞にその点を言い聞かせ、よりオープンで受容的な姿勢、心境を取らせることが重要になります。もちろん他人の意見を聞くことや広く社会全般の事情について関心を持つこと、宇宙的分野に自分の関心を目覚めさせること等、様々な試みを行って、その実現を目指すことが大切です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落263

263 Let us use an illustration such as this: We will take an ordinary pie tin, sprinkle a very light layer of fine steel dust over the bottom, then place it at one end of the room. Standing at the opposite end of the room, we will play a note on a violin. Since it is a recognized fact that a musical note creates a certain vibratory wave in the atmosphere relative to itself, if the note is held steadily we will find that the steel particles have moved about to form a picture of the note played. Because these particles are in a state of non-resistance, therefore easily moved, waves will appear in the layer of steel dust. This non-resistant state is comparable to the atoms when they are free in space, vibrating in harmony as they express Cosmic Cause. In this state they recognize their oneness with, and dependency upon, Cosmic Force.
263 このような事例を用いましょう。一般的なパイ焼き用ブリキ鍋を用意し、底に細かい鉄粉を極く薄く散らばせ、それを部屋の隅に置きます。部屋の反対側に立ってバイオリンで曲を弾くことにしましょう。音楽の音曲はそれ自体に相関して大気中にある振動波を造り上げることはよく知られている事実ですので、もしその音曲が一定に保たれれば、私達はその鉄粉が演奏された音曲の絵を形づくろうと動き回る様子を見ることでしょう。これらの粒子は非抵抗の状態にある為に、容易に動いて鉄粉の層の中に波紋が現れることでしょう。この非抵抗の状態は宇宙空間の中で自由に存在する原子達になぞらえることが出来、それらは宇宙の因を表現しながら調和した振動を起こしています。この状態の中で原子達は宇宙の力と一体化していることと、それに依存していることを悟っているのです。



【解説】
 音楽の意義と作用は実際には本項に記されているように、空間を振動が伝わって私達の肉体細胞に到達し、振動に含まれるアイデアやメッセージをそれら細胞に伝達することにあると言えるでしょう。鼓膜での振動の受信ばかりでなく、身体全体でそのメッセージ振動を受信し、同調しているのかも知れません。
 そのいずれにしても、私達の肉体細胞はこのような振動に同調し、その内容を表現する能力を有していることを自覚することは大切です。努めて良質な情報を志向して行かなければならないと古来から説かれていますが、それは私達自身、様々なものに影響され易いことにその理由があります。低次元の情報を見聞きすると身体もそれに呼応してしまうことは、多くの方に経験があることでしょう。
 私達が本来、何処を目指すべきかは、明らかなのですが、そこを目がけて突き進むことは最初の内は容易ではありません。しかし、独りそこに向かって役立つ訓練を日々積み重ねることで、ますますその良質な源からの印象を受け入れ易くなることは間違いありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落262

262 As I have said, all manner of vibrations are constantly beating upon the cell portals of our bodies. Inasmuch as every cell is a conscious entity, the mass as a whole is perfectly capable of intercepting any one of these vibrations. When the cell-minds do not receive them, it is because they have become too interested in the central ego of the form. This means that they have concentrated their actions about the ego to such an extent that they are not aware of the existing outer force.
262 これまで述べましたようにあらゆる形態の振動が常に私達の肉体の正面入口部分の細胞を叩いています。一つ一つの細胞は意識を持つ存在でありますので、全体の質量としての塊は、これら振動の如何なるものも捉える能力があります。細胞の心がそれらを受信出来ない場合は、それらが形あるものの中心のエゴに対し、あまりにも強い関心を持っている為です。このことはそれがエゴに自分達の行動をそれ程に集中化させて来た為に、それらが外部の力の存在に気付かなくなっていることを意味します。



【解説】
 外界から飛び込んで来る想念・印象の振動に対し、私達が気が付かないでいる理由は一つ一つの細胞が自分自身の関心事に集中してしまっている為にそれら精妙な振動に気付かないからだと説かれています。
 自我(エゴ)中心の生活を送り、惰性の暮らしを送っていてはますます、かたくなさは全身に浸透し、感性の鈍い人間に成り下がってしまうという訳です。それを食い止め、本来の姿に戻す為には常に宇宙や身の回りの空間から得られる印象情報に関心を持つこと、常に受容的な態度を保つことが必要となります。
 柔軟性や無欲、何事にも探究する姿勢や意欲は自分を度外視した他者への奉仕活動を通じて養えるものだと思います。私達が創造主の恵みによって生かされていることを知れば、その一部を他者に分かち合えることは、喜びであり、私達の身体細胞をより柔軟なものに変化させることになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落261

261 The human must have a definite reason for acting; first, as a duty of self-perpetuation; second, because the act brings pleasure. Either of these is pure selfishness; and creates this barrier of resistance against universal knowledge. This self-interest created by the concentration of cell consciousness, we call the ego. And because of our lack of understanding, it is this human ego which we seek to perpetuate.
261 人間は行動する際には明確な理由を持たねばなりません。第一は自己を永続させる為の義務として、第二はその行動が快楽をもたらす故です。これらのいずれもが純粋に利己的なものであり、宇宙普遍の知識に対して抵抗の障壁を作り上げています。この自己への関心は、私達がエゴと呼ぶ細胞意識の集中化によって造り上げられました。そして私達の理解の不足の故に、私達が永続させようと求めているものは、この人間のエゴなのです。



【解説】
 各人が自分のことのみ関心を持っていることが、世の中に多くの問題を発生させていると同時に、各人についても内向きの姿勢ばかりで外界からの支援、宇宙から各生命体に授けられている貴重なる印象類に対して障害(バリアー)を造り上げています。
 自分自身に関心を持つと言っても、大抵は容姿や他人の評価等を気にしての行動であり、自分自身の内部の生命活動への本来の探究心ではありません。本当に自分自身を追及する場合は、体内の各細胞の声を聴くような静かな心境にもなりますし、他の生きもの達との連帯感も生まれる筈なのです。
 芸術家や作家が寝食を忘れて製作に没頭する時、そこには自分自身への関心は無く、その作品の中に自分を没入させ、一体化している筈です。その時、実は本項に記されているような障壁は消失し、本人を通じて宇宙的印象が現実世界に放出されているものと考えられます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落260

260 We are an intensely selfish lot. If you were to make an impersonal analysis of your mental reactions, you would find that ninety-nine and ninety-nine-one-hundredths percent of your thoughts pertain to yourself, your home, your business, your mate, children and possessions. To break this down, eighty-five percent of your thoughts are dedicated to the idea of self-preservation; the other fourteen-and-ninety-nine hundredths percent, to self-pleasure. That leaves a mere one-one-hundredth percent to be devoted to a searching for universal knowledge.
260 私達は強烈なる利己的な奴です。もし貴方が自分の心の諸反応を客観的に分析するなら、貴方は貴方の想念の内、99.99%が自分自身や自分の家族、自分の仕事、自分の仲間や子供達、持ち物に関連していることが分かるでしょう。更に分解すれば貴方の想念の85%が自己保存の想いに、他の14.99%が自己快楽に捧げられています。つまりはわずか0.01%が宇宙的知識の探究に捧げられているに過ぎないのです。



【解説】
 日々の私達が考えていることは、自分自身や身内のことばかりで、宇宙的なアイデアや真理についてはほとんど求めていないと、著者は私達に説いています。元来、求めていない訳ですから、それらがやって来ることもないと言える訳です。当然、自分が求めている方法に人生は展開して行く訳で、今日の状況は私達自身が造り上げたものと言うべきでしょう。
 解決策は、果たして自分自身がどのような心境で毎日を暮らしているか、これまでの生活態度はどうだったかを端的に反省することが出発点かと思われます。その上で自分にとって真に必要なもの、これまで忘れかけていた宇宙的感性や過去に地球に来訪された先師が説かれた内容について自ら探究しようとする姿勢に立ち戻る必要があるでしょう。
 結局はこれまで通りの心境で生きて行くことの末路は望ましいものではないと見切りをつけて、新しいより新鮮な想念の受容者、発信者になり、少しでも宇宙的な生命波動に共鳴できる存在、自らを通じて表現出来る存在になることが必要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落259

259 The intense concentration of the particles composing the body has set up such a definite barrier of resistance to the free-flying atoms of space, that the form appears to be acting under a self-made law; or to have a separate will of its own. The law of evolution which has brought the cells of the body to such a fine degree of organization, or concentration, does in time lead them into a field of universal expansion so that this barrier of resistance is lessened; and the human consciousness becomes more receptive to the vibrations about it.
259 人体を構成する粒子の強固な集中状態は宇宙空間を自由に飛翔する諸原子に対し、断固とした防御壁を作り上げており、人体は自ら作った法則の下で行動している、あるいはそれ自身の分離した意思を持っているように見えます。人体の諸細胞にこのような緻密な組織、あるいは濃度をもたらした進化の法則はやがて、この抵抗の防御壁を宇宙拡張の領域に導き、その結果、この障壁は小さくなり、そして人間の意識はそれに関わる諸振動をより多く感受するようになります。



【解説】
 私達各々の創造物が一旦物体として集約し、個体に凝縮するとそこには個体を守ろうとする意思が働くという訳で、ある意味、私達人間に自我(エゴ)が発達してしまうのは、自然の成り行きなのかも知れません。つまりは誰もが通る道の果てが今日の私達の状況ということになります。
 しかし、進化の道はこれからであり、本文中にも触れられているようにやがてはこの外界とのバリヤー(障壁)を和らげ、外界との交流を促進することが求められています。それに呼応して自ら作り上げてきた自己防衛とも言える概念を捨てて、外から来る印象に対し門戸を開く必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落258

258 Because of its higher state of concentration, the same thing is taking place in our bodies to a much greater degree. The human consciousness, or personality, has come to the place where it is almost wholly interested in itself. That is, the chemicals composing the form are so highly organized that they do not feel the need of outside forces; although they must draw upon those sources for their support. Each human form is interested only in perpetuating itself; and through thousands of years it has created the habit of accepting only those impulses, or vibrations, that pertain to its own well-being.
258 そのより高密度の状況の為、同様の事柄は私達の身体の中では更に大きく起っています。人間的な意識、あるいは個性というものは、ほとんど全く自分自身にしか関心がない状態の所までに至っています。それは即ち、形を構成している化学物質は余りに高く組織化されている為、それらはそれらの維持の上から原材料を引き込む必要はあるものの、人体の外側の諸々の力を必要だとは感じていません。一つ一つの人体はそれ自身を永続させることのみに関心があり、何千年もの間、そのような衝動もしくは振動のみを受け入れる習慣を作り上げてしまい、それらは自身の満足の一部になっています。



【解説】
 前項(257)に記されていたように、惑星程の大きさの物体になれば当然、それを構成する各要素・成分がそれを維持する為に莫大な力を結集することは容易に考えられます。私達の人体も同様で、その精密な器官を適切に運用して行く為に無数の仕組みがあり、各細胞・分子はそれに向かって日夜休みなく働いている訳です。
 しかし、一方では本項に記述があるように、その個体の維持に集中するあまり、外からの印象・想念には門を閉ざしがちになるという訳です。この点について十分に注意しないとやがては自我(エゴ)のみの存在となり、本来のその創造物を通じて宇宙の創造主が表現したかった姿を達成出来ない状況に陥ります。
 私達が宇宙的な印象・想念を感受しづらいのは、こうした事情にある訳で、この問題を解決することが本来の創造物の姿に生まれ変わることに繋がります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落257

257 For instance, let us mentally picture our own solar system-which resembles in every detail the tiny, invisible atom described earlier-with its twelve planets and countless planetoids revolving around a central sun. This solar system is traveling through space-force, which is composed of an infinite number of particles and innumerable other planets and suns, yet our own little system is so interested in itself that not one of the planets will wander off. They cannot help being affected to some extent by every other concentrated force in the universe, because no atom, or unit, can separate itself from the Cosmic Whole. But the planets do not allow any force to influence them sufficiently to draw them out of their chosen orbits around the sun.
257 例えば心で私達の太陽系を思い描いて見ましょう。それは以前お話したように、小さく目に見えない原子に細かい所まで似ており、中央の太陽の周りに12の惑星と無数の小惑星を伴っています。この太陽系は力の空間の中を移動しており、その空間は無数の粒子と他の無数の惑星と諸太陽から成り立っていますが、私達自身の小さな太陽系ではそれ自身の指向性が高い為、惑星のどれ一つとしてさまよい出るものはありません。諸惑星は如何なる原子や他の単位もそれ自身を宇宙全体から分離することが出来ない以上、宇宙空間の一つ一つの他の集約された力により幾分かは影響を受けざるをえません。しかし、諸惑星はそれらが選択した太陽の周囲の軌道から引き落とす程の影響を与えるような如何なる力も許すことはありません。



【解説】
 中心の原子核の周囲を回る電子といういわば最小の世界と太陽の周囲を巡る12個の惑星の姿が相似になっていることは、実に深淵であり、ありとあらゆる所に宇宙の基本原理が表現されていることに驚くばかりです。アダムスキー哲学を学ぶ私達はこれが単に偶然の一致と観るべきではありません。それらは宇宙空間に存在するありとあらゆるものに適用される法則の現れと観る必要があります。
 また、私達が暮らす地球も日々休むことなく自転・公転運動を続け、地上の生命を支えています。力強く回転し、運動する原理について、未だ私達が理解出来るレベルにはありませんが、その活動を通じて重力を生み出す他、昼と夜、季節の移り変わり、気流や海流が生まれていることも確かですし、惑星全体の気候を穏やかなものとしています。この大地の活動が私達生きもの全ての生命を支えていることに私達は気づく必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落256

256 Professor Einstein spoke of substance, or any mass, as a knot in time-space - a very logical definition. For any material form is simply a section of space tied, or bound, together. This concentration, or binding together of particles, creates a sense of individuality (which is almost totally interested in itself).
256 アインシュタイン教授は物質、あるいは質量を時空における一つの結び目のように表現しており、それは大変、論理的な定義です。何故なら、どのような物質についても形は縛り付けられ、あるいはくくられた一部の空間のまとまりでしかないからです。この集中、即ち、諸々の粒子群を一緒に束ねていることが、個体性(全ての関心をほとんど自身に向けていること)を造り出しています。



【解説】
 本項は他惑星人が物質をどのように観ているかを端的に表現しているように思います。たびたび私達は「原因」と「結果」の関係、更には日頃私達が結果、即ち物質の世界に囚われていると教えられて来ました。その物質の本質を本項はアインシュタインの言葉を借りて、空間の中の「結び目」と表現している訳です。
 自らの存在領域を囲った空間を維持していることが物体の本来の姿ですが、そのように各原子を集積する中で、「自己保持」の要素が生まれ、自分を守る気持が芽生えるということでしょう。
 しかし、その形に囚われては観る世界は限定されてしまいます。より自由で広範な世界は各原子が自由に舞い活動する宇宙空間にこそ有るというものでしょう。そこに私達のルーツがあると言っても良いかもしれません。
 目の前の形は一時的に何らかの作用で各原子が集積したものに過ぎず、その本質は各々自由に宇宙空間を周回している原子その他の自由な者達であるということに気付く必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落255

255 To answer these questions, let us imagine the creation of a human consciousness through a concentration of forces, or rather, particles of force. Let us visualize a vast sea of force, composed of invisible units.  By a means inconceivable to the human intellect one of these units is project forward through this force-space in a whirling motion, creating a form of magnetism within itself which draws other particles to it. Because of the magnetic force within them, which we have called the law of affinity, these particles cling together and gradually become more and more concentrated, or bound to each other, by a mutual form of activity.
255 これらの疑問に答える為、人間の意識が力の集中、あるいはむしろ力の粒子群を介して創造される過程を心に描いて見ましょう。目に見えない単位から構成された広大な力の海を目に浮かべましょう。人間の知性では認知できないある方法によって、これらの単位の一つがこの力の空間の中に回転しながら打ち出され、それ自身の中に磁力を造り出す結果、他の粒子をそれに引き寄せます。私達が親和の法則と呼ぶこの内部の磁力の影響から、これら粒子は互いにくっつき合い、やがてより密度が高まり、相互の活動形態を通じて互いに結合します。


【解説】
 本項の説明は人間の意識が如何にして生み出されるかを説明する所なのですが、期せずして本項の示唆する内容は宇宙空間における星の形成にも当てはまるような、物質誕生の仕組みについても言及されているように思われます。
 荷電した物体が動くと周囲に磁場が生じることは既に私達も学んでいる内容なのですが、高速度で粒子が回転運動することで自身に様々な要素を引き寄せるという描写はまた、私にはこの地球が公転・自転することで自身の重力を維持していると著者が示唆しているように思えてなりません。
 「宇宙哲学」の中でも述べられていたように、「活動」こそに重要な役割があり、何事によらず活動を停止した途端に崩壊が始まると言っても良いかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落254

254 When we consider that consciousness is activity, and that thought is energy produced by that activity, and that thought cannot be destroyed but can be transmuted or transformed, we must stand in awe before the realization of the prodigious bombardment to which our bodies are subjected by billions upon billions of charged particles flying through space in never ceasing activity. Since these countless variations of vibrations surrounding us at all times, and the human body is capable of receiving all of them through the feeling channel, why is that the average person receives so few? Why are some more receptive? What determines the type of vibration to which each individual is receptive?
254 私達が意識は活動であり、想念はその活動によって作り出されたエネルギーであり、想念は破壊されず変質あるいは変容するだけだと考える時、私達の肉体が止むことなく宇宙空間を飛来して来た何十億もの荷電粒子による桁はずれの数の衝突にさらされているという自覚を前にして私達は驚きの中、立ち尽くす筈です。私達を常々取り囲むこれら無数の諸振動はフィーリングの経路を通じてそれら全てを受信することが出来ますが、一方で何故平均的な人間は感受がそんなに少ないのでしょうか。他の者がより多く感受できるのは何故か。各々が感受する振動の形式はどのようにして決まるのでしょうか。



【解説】
 極言すれば常に活動しているもの、動いているものが生命の本質であり、意識であると著者は本項で説いています。その活動の結果として想念が生まれるということもポイントでしょう。
 私達はこのように世界を眺めると、実は私達には自身の内部の生命活動の他にも周囲の大気や外宇宙を貫いて膨大な数の荷電粒子が自身を通過しているという訳です。それら活動に対して、私達は目下、何ら気に掛けることなく日常生活を送っていますが、本来、それら微粒子(あるいは素粒子と言った方が良いかも知れません)のもつ活動がもたらす印象も同時に生成されている筈です。そこに気付いていないことは、どうしてかということを本項では問いかけているのです。
 あらゆるものに意識があり、その意識と触れ合うことで想念・印象が生成することは前項(253)で学びましたが、そういう観点で言えば、私達はありとあらゆる場面で膨大な数の時々刻々真新しい想念・印象が生まれる中で生きていることになる訳で、惰性や退屈とは正反対の目くるめく世界に生きていることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落253

253 Nothing in the universe is at rest; so all things must be conscious. The only difference between consciousness and intelligence is that intelligence, or the perception of thought, is the result of consciousness, or activity, acting upon itself. In other words, thought is produced by one unit of consciousness contacting another unit of consciousness; and the recognition of thought is intelligence, or knowledge. Consciousness is abstract awareness.... intelligence is concrete awareness. Thus, all concrete facts, or phenomena, are merely manifestation of the abstract; and are dependent upon it for their existence.
253 宇宙には休止しているものは何一つなく、それ故に全てのものには意識的でなければなりません。意識と知性の間にある唯一の違いは知性ないし想念の知覚は、それ自身に作用する意識あるいは活動の結果であるということです。言い替えれば、想念は一つの意識単位からもう一つの意識単位と接触することで作り出されます。そして想念の認識は知性あるいは知識なのです。意識は抽象的な気付きであり、知性は具体的な気付きであるのです。このように全ての具体的な事実あるいは現象は、単にその抽象物の現れに過ぎず、その存在をその抽象物に依存しているのです。



【解説】
 本項の意味は実に深遠です。特に印象的な内容は、想念を知覚することが知性であること、更にその知性は具体的な気づき(覚醒)である一方、意識は抽象的気付きであるという説明です。また、想念はどのように発生するかについても、意識と意識が接触することによるという点も重要なポイントです。
 これらの諸点を必ずしも今すぐ理解出来る訳ではありません。少しずつ考えて著者がどのようなイメージを持って本項を記したのかを理解しようとすることが大切です。何故、「意識」をいう言葉を用いたか等々、アダムスキー哲学(進歩した他惑星の人達がたどりついた生命哲学)の理解の上で、重要な鍵を与えて呉れるのが本項です。
 具体的になったもの、即ち結果を生み出した原動力が重要であり、それは言葉で表現すら出来ない抽象的とも言える存在があらゆる活動の源だということでしょう。皆さまのご健闘をお祈りする次第です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落252

252 Telepathy is an expression of the Law; which is as ageless as the Cosmos. If man hopes to use it with understanding, he must recognize how imperative it is for him to practice self-discipline. As long as he allows dissension to continue within himself, his receptivity will be confined to the level upon which his mind works. The Laws of the Cosmos are immutable, and in time man will awaken to his potential; for the only limitations placed upon man, are those his unawareness imposes.
252 テレパシーは偉大なる法則の内の発現の一つであり、それは大宇宙と同様、永遠不老です。もし人がテレパシーを理解して用いたいと望むなら、自身にとって自己訓練を実践することが如何に必須なことであるかを認識しなければなりません。その者が自身の内側で意見の不一致を許す限り、その者の感受性は心が働くレベルに限定されるのです。大宇宙の諸法則は不変であり、やがては人は自身の潜在能力に目覚めることでしょう。何故なら、人の上に置かれた唯一の限界は自身の鈍感さが押し付けたものだからです。

【解説】
 大事なことは物理や化学と同様に、テレパシーも同類の宇宙の法則の一つであり、そこには場所や時代、誰彼に関係なく、常に作用しています。その法則を理解し、訓練すれば誰でもその法則を何一つ制限なく、活用出来る訳で、先ずはその点を理解しておく必要があります。
 問題は、その活用の道を閉ざしているのが何であるかということであり、本項ではそれを心の鈍感さ、無知さ加減にあると断定しています。つまり、心が十分に拡張され、印象への感受性を高めない限り、進歩はないということになります。
 ですから、重要になるのは、自分の心を柔軟に保ち、あらゆる物事を受け入れ、受容する覚悟を持ち、身の回りに溢れる豊富な宇宙的資源に対して入口を閉ざしているのは自分自身の心であることに気付くことです。

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