2015年01月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落251

251 So the great teachers of the past, comprehending that real development cannot come until man has disciplined himself, refused to waste either their time, or that of the pupil, where growth would be doubtful. They understood that the Cosmic Law of Progression would in time inspire the person to realize the necessity of an honest evaluation of himself, and of his relationship to all creation. He would then know that self-control was a prime requisite.
251 その為、昔の教師達はその者が自身を訓練し終わるまでは真の発達がやって来ないことを理解していた為、成長が疑わしい間は、自分達やその生徒の時間を無駄に過ごすことを拒絶したのです。彼らは進化の宇宙法則はやがてはその者に自身について正直な評価を行う必要性を認識させることを理解していました。その者は次に自己統制が主要な必要条件であることを知ることになるのです。



【解説】
 教師が弟子となる者に従順さを求めるには理由があります。それは単に教師の教えに従うことを要求しているのではありません。これから弟子となる者が真に成長出来る態勢にあることを見極め、それに相応しい準備が出来ている場合に対してのみ、入門を許すという訳です。そこには不用意な状況下で深淵なる教えを説いても、本人が拒否したり、混乱することを避ける必要があり、なまじ上辺の教義を覚えるだけでは益はないと分かっているからです。
 実はアダムスキー哲学についても同様なことが当てはまります。入門者は急いで知識・情報を収集したい為、様々な情報を求める方も多いのです。しかし、その結果は、世の中に出回っている様々なニセ情報をも取り込むことになり、逆に混乱してしまうケースも多いように思われます。
 本項にある教師に対する従順さは、実は人間としての教師に対するものではないという所を理解する必要があると思います。自分が日夜接する真の教師は自分自身の中にある生命活動であり、そこから与えられている印象の声に従順に生きること、その為には自分の心の勝手を許さず、ひたすら自分自身の内側から来る印象に聞き耳を立てることがポイントになるように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落250

250 We would do well to ponder this ancient requirement, and incorporate a little of it into our lives today. Most of us are so busy imposing our opinions upon others, that we really do not listen to what they have to say. While others are presenting their side of the subject, our minds are so busy marshalling our own arguments to prove them wrong, that we do not hear more than a fraction of what is being said
250 私達は古代のこの要件についてじっくり考え、今日の私達の生活にその少しを組み入れた方が良いでしょう。私達のほとんどは他の者達への自分達の意見を押し付けることに躍起になっており、私達は実際には他の者達が何を言おうとしているのかに耳を傾けてはいません。他の者達が課題に対する自分達の側面を提示している間に、私達の心はそれらの提示が誤りであることを示すべく、自分達の議論を先導しているだけで、私達は相手が話している事柄の一部しか聞いていないのです。

【解説】
 一般の傾向として、本項で指摘されている事柄は良く分かるのではないでしょうか。相手の言う事を聞き始めた途端に、それに対し自分が主張したい事柄を頭の中で整理し始める為、本来、相手が伝えたいと思っている内容を把握しないまま、双方の議論が進むという具合です。
 特に欧米での交渉その他、ディベート等と称されるものは、如何に相手を言い負かすかに重点を置いている訳で、個人の主張の正当性を争うのが常となっています。
 これに対し、本項は先ずは相手の主旨を十分理解するよう、聞く姿勢が大切だと説いています。訴えかける相手を先ずは受入、聞き入れる姿勢はカウンセリングの基本とも思われますし、同乗記の中で他惑星人の会話風景にも良く描写されています。本章はエゴの統制がテーマなのですが、その課題の第一が、このような実場面における心の訓練にあるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第3部第1章-段落249

Part  Ⅲ
CHAPTER I  Control of the Ego
249 In olden times, teachers of philosophy demanded strict adherence to certain disciplines of body and mind before they would accept a pupil. They did this because they knew that if a man could not control his sense mind and body-habits, he was not yet ready to receive higher instruction. Some great teachers demanded a five-year period of absolute silence from the pupil before they would even consider the possibility of instructing him. This may seem drastic to us today, yet it served a two-fold purpose. The student learned self-control through not being able to participate in conversation around him; and the enforced role of an impartial listener made it possible for him to study and evaluate both sides of every question.
第3部
第1章 エゴを統制すること
249 古くは哲学の教師達は弟子を受け入れる前に肉体と心についてある種の訓練に厳密に従うことを要求したものです。教師達は、もしその者が感覚心や肉体の習慣を統制できなければ、より高次な教えを受ける準備が出来ていないことを知っている為、そうしたのです。偉大な教師の中には、その弟子を教えられるかを考える前に、その弟子から5年間の間、全くの沈黙を課した教師もいました。これは今日、私達にとっては過激に見えるかも知れませんが、それには二重の目的があったのです。弟子は自分の周囲の会話に参加出来ない為に、自己統制を学びましたし、また隔てない聞き役としての強いられた役割によって、すべての問いに対する両方の側について学び、評価することが可能となったのです。



【解説】
 実はテレパシー開発は自らの心の問題に直結する課題であるが故に、その進む道は他人にはどうすることも出来ない自分自身の内面のコントロール、自己統制が必要という訳です。
 これまでいくら長い時間をかけているにも拘わらず、成果が目に見える形で現れないという場合にも、おそらくこの根本的な条件、即ち自分の心が持ち込もうとする外乱を抑制する作業に問題があると考えるべきかと思われます。
 本文ではどなたかの発言かは存じませんが、5年間の無言の修行を命じていたことを紹介していますが、高ぶり奢った心の状態を本来の受容的な状態に戻すにはそれほどの長年月を要するものだと理解する他はありません。
 従来、とかく安直な気持ちでテレパシー訓練を見がちでしたが、実は第3部に入って、より実践的な教科に入った途端、本文のような大変厳しい現実に直面することになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落248

248 The more disinterested we become in ourselves as a personal ego, the finer our perception becomes. Cosmic Life, or conscious awareness, is never confined to the body. Our limited mind-the mind of effect-tries to hold all things within the realm of its concrete understanding. But the mind that we know is only a shadow; while Cosmic Cause is Reality expressing. When the individualized mind recognizes its limitations, then wills itself to that which knows its purpose for being, its power becomes unlimited.
248 私達が各個人のエゴとしての私達自身に対して関心が薄れるにつれて、私達の知覚力はより繊細なものになります。宇宙的な生命、あるいは意識の知覚力は私達の肉体に限定されることはありません。私達の限られた心、即ち結果の心は全ての物事をその確固たる理解の領域の中に把握して置こうとします。しかし、私達が知っている心は影でしかなく、宇宙的因が表現されている現実なのです。各自の心が心の限界を認識し、心の存在目的を知るものへ自身を仕向ける時、心のパワーは無限になるのです。



【解説】
 ここで重要な所は、私達の心はとかく全てを自分の理解の下、自分の支配下に置こうとすることが、テレパシー訓練を妨げる最大の要因であるとしている点です。
 もちろん、私達は学習を通じて、宇宙の仕組みや自分の肉体、心の作用を学んでいる訳で、心に知識は多かれ少なかれ蓄えられて行きます。しかし、それだからと言って心が全ての事柄を知ることは出来ないという点を先ず、明確にして置くことです。その上で心の及ぶ領域を超えた「宇宙的因」の存在を認め、その因こそが主役であり、自分の心は影に過ぎないのだということを認めることが重要となります。
 そうすれば、心は絶えず宇宙的因に全ての指導を委ねるようになり、宇宙的印象に対して受容的な心境を保つことが出来るようになります。「他力本願」の意味もその辺にあるように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落247

247 When your impressions are not received clearly, examine yourself and try to analyze what is wrong. Did one of the four senses interfere? Did an old thought habit reassert itself? Do not allow either. For even a split-seconds interruption can cause misinterpretation of the impression. We have really illustrations of how easily a trend of thought can be lost; for when we are relating an incident and someone interrupts, quite often we completely forget the point we were discussing. And because impressions flash through the mind at high speed, this situation is magnified a thousandfold.
247 貴方の印象類が明確に感受されない場合は、貴方自身を調べて何が間違っているか分析することです。四つの感覚の何れが妨害していませんでしたか。古い思考習慣が再び顕在化しませんでしたか。そのいずれも許してはなりません。何故ならほんの一瞬の妨害も印象の誤った解釈を引き起こすからです。私達は如何にたやすく想念の方向性が見失われるかについて実際例を知っています。何故なら、私達がある出来事について説明している時、誰かが話に割り込んでしまうと、しばしば私達は議論していたポイントを完全に忘れてしまうからです。また、印象というものは心の中を高速度で一瞬ひらめく為、この状況は一千倍も拡大したものになります。



【解説】
 本項では印象が瞬間的な衝動としてやって来る為、私達は余程それに注視していないと、見逃したり見失ったりすると警告しています。
 本項で記されているように、私達はよく次々に来る外乱によって本来のテーマを見失うことはよく経験するところです。そこに印象という言葉に表せない瞬時の情報を取り扱う上での最大の課題がある訳で、努めて自らの心を完全に印象に対して信頼を寄せ、自分の意見を一切、口挟まないことが肝要です。
 これら微妙なる心の状態こそが印象を感受する条件になっているように思いますし、皆様それぞれに体験上の工夫もあるものと思います。心が全くの鈍感でもまた、何か強い想念で満ちていても印象を受けることは出来ません。どのような印象・インスピレーションがやって来ようとも、それらを受容する用意が心の側で出来上がっていなければなりませんし、余計なもので中断されてはならないということです。

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ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落246

246 Exercise 4. If possible, stand some distance from a body of water (its size is unimportant), preferably on a hilltop or rise, so you are looking down on it. Then, realizing your unlimited capability as consciousness, picture how cool and refreshing that water will feel as you place your foot in it. You can soon get to the place where your whole body will be invigorated by the contact; for in reality, there is no distance between your body and where you have directed your feeling. The feeling is the consciousness of the body. Once we realize feeling is not shackled to the physical form, therefore is not confined to one place, distance offers no barrier. It is in this manner that consciousness can roam the universe.
246 もし可能なら、水面(その大きさは重要ではありません)から、ある距離離れて、望ましくは丘の頂上か高台に立ち、下の水面を見下ろして下さい。そして意識としての貴方の無限の能力を実感しながら、貴方が自分の足をその中に浸けたらどんなに冷たく気持良いかを思い描いて下さい。貴方は貴方の全身がその水との接触で爽快になる所までにまもなく到達出来るでしょう。何故なら、実際には貴方の身体と貴方が自らのフィーリンングを差し向けた場所との間には距離は無いからです。そのフィーリンングは肉体の意識なのです。ひとたび私達がフィーリンングは肉体に鎖でつながれるものではないことを実感すれば、即ち一箇所に限定されることはなく、距離は障壁にはならなくなります。意識が宇宙空間をさまようようになれるのは、このようにして為されるのです。



【解説】
 対象物と一体になるということが、どのようなことであるか、本項は的確に説明しています。今まで私達はこのような自分の意識の真の能力について学ぶ機会はありませんでした。ともすると「心霊」その他、「スピリッツ」等々の誤った概念が先行してしまいがちな分野ですが、本項に記されているように自ら体験して、自分の意識は肉体を超えて遠隔地まで自由に拡大すること、そこには距離は関係ないことが分かります。
 以前にも述べたところかと思いますが、例えば暗黒の深海に生きる生物は眼を頼りとせず、周囲に近づく対象物を認識することでしょう。眼が機能しない中でもこの察知する能力がある為に、不自由なく暮らしている訳です。これは私達肉体の各器官も同様であり、各々の組織が作用して行くのに眼からの情報は必要ありません。独り私達だけ、私達の心だけが肉眼を頼りにしているという訳です。
 そしてこのフィーリングによる感知領域の拡大には、私達が他者を思いやり、相手の状況を理解することとも繋がっており、真のオープンマインドの心境とも言えるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落245

245 Approach a tree with a feeling of unity, then try to realize, your oneness with that life-form. In time, you will feel its pulsation. You will be able to trace its intricate network of roots through the earth, understand how they gather the needed elements for growth, and at the same time act as a ground for the tree. The portion above ground, the trunk, spreading branches and leaves, serve as an antenna; drawing life-giving elements from space that are just as necessary for its growth as are the minerals it obtains from the earth. The entire history of the tree, from the time the seed germinated, through all the years of drought and flood can become an open book when you are able to receive impressions from it. This knowledge and much more is available to you, because the same Breath that gives you life as a form, gives the tree life. You will find that the more you work with this inner feeling, the more you will become united with all phases of nature. This can be carried to the point where a flower will turn and nod to you.
245 自分と一体であるとするフィーリングを持って木に近付き、その生命体と貴方が一体であると認識するように努力することです。やがて貴方はその木の脈動を感じるようになるでしょう。貴方は地面の中の根の複雑なネットワークを辿ることや、それらの根が生育に必要な諸元素を如何にして集めるか、また同時に木の基盤として役立っているかが分かるでしょう。地面から上の部分、幹や広がる枝や葉は地中から得るミネラルと同じように成長に必要な生命を与える元素を引き込むアンテナの役割をしています。木の全歴史は貴方がそこから印象を受けることが出来れば、種の発芽から、日照りや洪水を含んだ木の全ての歴史が明らかになるでしょう。この知識やそれ以上のことが、貴方には手に入ります。何故なら貴方に生命体として命を与えているのと同じ生命の息がその木に命を与えているからです。貴方がこの内なるフィーリングについて力を尽くす程に、貴方は自然の全ての側面と一体化することに気付くことでしょう。このことは花が貴方に振り向き、うなずくという所までに成し遂げられ得るのです。



【解説】
 考えて見れば植物ほど私達生き物全体に奉仕してくれている存在はないことが分かります。樹木一つをとっても、春に若葉を伸ばし、虫や鳥達、動物の食物を提供する他、成長した末には身に斧を入れることを許し、私達人間に住まいや道具を与えて呉れます。その植物と一体になれるよう、自分を訓練することは私達にとって新しい生命の躍動をもたらす大きな意味があります。
 本項では木の内部に流れる樹液や地下深くの根の活動についても気付くよう促しています。これらは樹木の観察の際に肉眼だけでなく、肉眼では見えない部分についても積極的に気付くようになることを求めているのです。
 実は植物のより大切な役割は、空気中の二酸化炭素を吸収し、代わりに酸素を供給することにあります。私達はこのお蔭で地球上に生存しているのです。それら作用は肉眼の目には写ることはありません。樹木の幹を通して流れる樹液や葉の内部で行われているこれら植物の外気との気体分子の出入りについて、自ら樹木と一体となって感じ取る訓練が必要です。こうして植物と一体になれれば、その後は私達はこれまでとは異なる、生き生きした本来の自然環境の中に生きて行くことが出来ます。それは同時に樹木自身が私達に応答し始める時でもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落244

244 When you look at a fire, endeavor to see the coarser substance transformed into gaseous elements through intense friction.
244 貴方が火を見る時は、粗い物質が強烈な摩擦により、ガス状の元素に変質する様子を見ようと努力することです。

【解説】
 護摩行をはじめ古来より、炎には様々な意義を見出して来たように思われます。実は身近にある化学反応である炎は、同時に私達の感性を訓練する教材でもある訳です。
 私達は学校で様々な化学反応を学んで来ましたが、それは単なる知識として蓄えられているだけで、現実の生活の中で、それらの反応を見ようとはしないものです。しかし、私達の身の回りには活発に活動する目には見えない極微小な原子の姿が数多くあります。その一つがものが燃えるという現象なのです。
 このものが燃える状況の中に私達は既存の物体を構成していた原子がエネルギーを受けて、新たなパートナーと結合し、従来の固体組織を解消し、自由な気体へと昇華する姿を見る必要があります。
 もちろん、見ると言っても肉眼では限界がありますので、どのようなことが起こっているかを洞察することが必要で、その訓練がテレパシーの感性を高めることに繋がっていると著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落243

243 Exercise 3. Test your ability to unify your mind with an object by giving a command to a coin to appear "heads" when it is tossed. Try this same command with dice.
243 練習3. 投げ上げた時、硬貨に「表」を出せと命じることで、物体に対して貴方の心を一体化させる貴方の能力を試して見て下さい。これと同じ命令をサイコロに対しても試みて下さい。

【解説】
 3番目として上に投げ上げたコインが地上に落ちる際の裏表に自らの意思を反映させる実験を著者は例示しています。
 実は私自身はこのような実験は好まないのですが、本項で著者が言う、対象物に自らの心を通わせて自身の意思を伝えるところが重要なところです。
 結果はとりあえずどうでも良く、その物体と自分の心が通じ合える関係を志向するところがポイントになります。また、本項の主旨はコインの裏表等々、微妙な分岐点には私達の微力な心の作用も目に見えた効果を発揮出来るという意味もあるでしょう。
 しかし、私達がテレパシー能力を開発しようとしているのは、ゲームの勝負に勝ちたいからではありません。自らの持つこうした物質との意思交流能力や実現力の育成こそ重要なところです。決して目先の結果に左右されることなく、進むべき方向を目指すことがより重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落242

242 Try this same experiment with the contents of a sealed letter. If you are able to receive two or three thoughts from the letter, it is a very good average. This same exercise can be used with playing cards.
242 これと同じ実験を、封をした手紙の中身について行って見て下さい。もし、貴方がその手紙から二、三の想念を受け取ることが出来れば、とても良い成績です。これと同じ練習はトランプカードについても用いることが出来ます。



【解説】
 テレパシー訓練を進めて行くと、いわゆる「勘」が働くようになるように思います。これは言葉で何かのメッセージが来るというようなものでなく、極めて短い間、瞬間的に「そうしたい」、「その方が良い」というような「感じ」が生じ、その忠告を受け入れて行動した結果、実際にそのような結果が得られることで、その印象の正しさが実証されたというような事例です。
 もちろん、封書の中身を外側から見る為に私達は学んで来た訳ではなく、本項は自分の理解のレベルを試す為のリラックスした遊びということになります。
 そして本当に私達が身に着けなければならないのは、この瞬間的な印象に如何に気付き、それを素直に受け入れる態勢を整えて置くかであり、その練習の機会は日常生活の至る所に存在しています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落241

241 Exercise 2. Thoughts can be received from jewelry or other personal effects; for the frequency of the owner has been recorded upon the metal, or cell structure, of the object. It is interesting to try this experiment without the owner's knowledge, then see how nearly correct your analysis has been. If that person knows what you are attempting, thoughts pertaining to the object will naturally pass through their mind; and these could be picked up by you. This would be thought-transference from the person, rather than testing your ability to receive recorded impressions from the cell structure of the object.
241 練習 2. 想念は宝石や他の個人の持ち物からも受信出来ます。何故なら所有者の振動がその対象物の金属や細胞構造に記録されているからです。持ち主に対する知識の無いまま、この実験を行おうとすることは興味深いものがあり、どれくらい近く貴方の分析が正しかったかを知ることです。もし、その人物が貴方が行おうとしていることを知っていれば、その物体に関連する想念類は自動的にその人物の心を通過することでしょう。そしてこれら想念は貴方に拾い上げることが可能となります。これは、その物体の細胞構造からの記録された印象類を受信する上での貴方の能力を試すというよりは、その人物からの想念移動になることでしょう。

【解説】
 私達各人が日常身に着けているものには、私達の日頃の想念活動が染み込んでいるということでしょう。それらの品物は本人から離れた場所に置かれても、しばらくの間は私達が感知出来る程の強さが残留しているものと思われます。
 このような遺留品から持ち主の状況を探り出すこともテレパシーの一つと本項は述べています。
 また同時に、その品物について誰かが探っていることを持ち主が知れば、実はその品物を経由して持ち主の想念が伝わり易くなるとも述べています。いわば想念が伝達され易い経路が出来、丁度身体の神経経路のように遠隔地と繋がるような状況かと思われます。
 実は東日本大震災以降、「絆」の大切さが説かれているところですが、こうした想念の伝達経路の確立ことが真の意味の絆の意味かと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落240

240 All experiments should be conducted as a game, for a serious attitude will produce tenseness; thereby defeating your purpose. Human nature being what it is, tension from trying too hard is bound to enter, so your first attempts should be for short periods only. These experiments should be discontinued at the first sign of fatigue, for nothing constructive can be accomplished then.
240 全ての実験はゲームとして行われるべきです。何故なら真剣な姿勢は緊張を作り上げ、それによって貴方の目的を挫くことになるからです。そもそもの人間の性質として、一生懸命やり過ぎると緊張が入り込むことになるのです。そこで貴方の最初に行う試みは短時間にしておくべきです。これらの実験は疲れの最初の兆候が現れたら、中断しなければなりません。それ以降、何ら建設的なものは達成されることはないからです。



【解説】
 ここで著者がテレパシー訓練の取り組みについて、ゲームのように気軽に行えとする本来の意味についてよく考える必要があります。テレパシー訓練はいわば自分の心を対象とする訳ですから、先ずは心の取り扱い方について学ぶ必要があります。心は大抵、セッカチで直ぐに結果を見たいとする訳で、また肉体同様に疲れ易いことが挙げられます。まして長年月、惰性で生きて来た訳ですから、今まで眠っていた才能を引き出すことは容易ではない筈です。
 つまりは無理せず、楽しみながらやるような余裕を持って、リラックスした状態で行えとしているのです。一生懸命に何かを得たいと闇雲に努力しても一朝一夕には進まないというのが、この種の訓練・修行の共通するところです。そこに「休まず、あせらず」と言われる由縁があります。長く取り組んでいれば、ある日何気ない機会に目覚めることも多いからです。
 自らの持つ潜在的能力に気付き、それを発現する一連の修行がこのテレパシー訓練であり、その成果は各自の進化に直接結びつく大変重要な課題です。この課題は同時に各々が死ぬ瞬間まで精進すべきものであり、そのこと自体は決してゲームではあり得ないのです。その点を踏まえての取り組み姿勢だという点を理解しておくことが重要と考えています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落239

239 Exercise 1. Two people can experiment with sending and receiving messages. Try this while in the same room, then at a distance; confining your attempts to simple impressions at first. When you are the "sender," form the mental picture clearly in your mind, then release it. Do not concentrate! Concentration does not add power to your thought, but rather interferes with it through the tension it creates in your mind. This is fully explained in Part ・ of this course. The recipient should remain relaxed, allowing his thoughts to flow freely. It is considered a good average if at first you can successfully exchange three out of five impressions.
239  練習1. メッセージの送り手と受け手の2名で実験出来ます。最初は単純な印象に試みを限定し、同じ部屋の中で試した後、次に離れて行います。貴方が「送り手」の時には貴方の心の中に明確な心像を作り上げた後、それを放出します。集中してはいけません。このことはこのコースの第3部に完璧に述べられています。受け手はリラックスを保ち、自分の想念が自由に流れさせるようにしなければなりません。最初は5つの内、3つのやりとりが成功すれば、良い打率だと考えられます。


【解説】
 もし適切な相棒が居れば本項に述べられているような実験も可能ですし、双方の学習を進める意味でも大きな意義を持つものです。しかし一人で学ぶ者にとってどのようにして訓練の場を得るのかについてはいろいろ工夫する必要があります。その際、私は本項で言う「リラックス」と前項(238)で説かれた「一体感」こそが重要なヒントであると考えます。
 例えば、著名な仏画や仏像、或いはマリア像等々、これまで人々が敬愛して来た像の中には、様々な思いが投じられて来ている筈です。また像はその者に対して慰めを与え、或いは励ましを授けて来たものと思われます。そしてそのことは像に永らく残留しているものと思われますし、同時にその像に結びついている本物の人物、宇宙深く離れた惑星に御住まいの導師にもつながっているものと思っています。
 これこそが、他惑星人が写真に写ることを拒む理由の一つでもあるのです。鋭敏な彼らは自らのイメージに向けられた想念に対しても感応してしまう程のテレパシー能力があると考えるべきです。
 私達が目指すべきは、こうした人類の師とも言える人物と交わり、学ぶことであり、同調すべきはこうした高次元の想念の持ち主ということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落238

Suggested Exercises
238 If you wish to test your ability to receive impressions, there are many simple experiments you may try. But while doing so, always bear in mind these three important facts. First, when you allow the feeling to give the impression freely, there is no division between your mind and the mind of the one with whom you wish to communicate. Second, all objects are living forms. In their structure, besides the elements necessary for them to maintain their individualized form, each cell contains the same Intelligence which gives you life. Each particularized cell can receive impressions, and is capable of transmitting its experiences. Third, control your sense reactions carefully. They must remain completely neutral. Do not let your senses tell you anything is impossible simply because they have not had experienced it previously.
推奨される練習例
238 もし貴方が印象を感受する自分の能力を試したいと思うなら、貴方が出来る幾つかの実験があります。しかし、それを行っている間、常に心に留めて置いて欲しい大切な事実が三つあります。第一は、貴方がフィーリングに対し自由に印象を与えるように許す場合、貴方の心と貴方が意思疎通を行いたいと思う人物の心との間には何らの区別は無くなるということ。第二は全ての対象物は生き物であること。それらの構造の中には個々の形を保つ為に必要な元素の他に、一つ一つの細胞には貴方に生命を授けているのと同じ英知が含まれているということ。一つ一つの個別化された細胞は印象を受け取ることが出来、またその体験を発信することが出来るということ。第三は貴方の心お諸反応を注意深くコントロールすることです。心の諸反応は完全に中立に保たれなければなりません。貴方の諸感覚が貴方に何事も過去に経験したことがないという理由だけで、不可能だと告げさせてはなりません。

【解説】
 テレパシーを実践するに当たって重要な概念について本項は3つの側面を説いています。
 先ずは意思を通わせる相手との一体感です。そもそも相手と一体になることで相手の心に浮かぶのと同時に同じアイデアが自分の心に浮かぶようになるということかと思われます。知らず知らずのうちに双方が影響し合うことも発現するものと思われます。興味ある点はこうしたいわゆる心を寄せる行為は空間や距離に関わらず行われるということです。
 更には心を通じ合う行為は相手は人間だけではないとする点があります。いわゆる無生物であってもそのものが体験したものを知ることが出来るということでしょう。竜安寺の石庭は日本を代表する庭園ですが、岩と小石からなる庭が見る者に壮大なイメージを与えることもこうした鉱物との交流の一例なのかと思われます。
 最後に著者はこれらテレパシーの受信の際に、未知の印象、時として自分にとって怪訝な感じを持ったとしても、それら保守的な心の意見に耳を貸すべきではなく、あくまで心は自分の意見を述べるのではなく、中立な立場を貫くようにと述べています。外部からの印象を善し悪しの区別をするのは、即ち裁きにつながると警告しているのです。ありのままを受け入れて、その全体像を得れば、自ずとその良否が判明する筈であり、単に未知のものを毛嫌いしてはならないという訳です。
 これらの要点を踏まえた上で、いよいよ各自のテレパシー訓練に入っても良いと著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落237

237 Let us use the example of a wayward child. The parents will correct the child for a breach of discipline, but they do not condemn it. They understand that as the child grows, it will gradually learn right from wrong. All human beings throughout the Cosmos, are children learning lessons . . . and should be recognized as such. Jesus exemplified this when He said, "Father, forgive them; for they know not what they do." If this law is obeyed, we shall have no trouble in employing the Cosmic Language.
237 わがままな子供についての例を用いましょう。両親は躾を破ったとしてその子供を正しますが、責めることはしません。両親は子供が成長するにつれて次第に誤ったものと正しいものの違いを学ぶようになることを理解しています。宇宙を通じて全ての人類はレッスンを学ぶ子供達であり、そのように見なされるべきなのです。イエスはこう言ってそれを例示しました。「父よ許して下さい。彼らは自分達が何をしているのか分かっていないのです」。もしこの法則に従えば、私達には宇宙的言語を導入しても何ら問題は起きないでしょう。



【解説】
 彼ら他惑星人が私達をどのように見ているかを、本項は端的に表現しています。私達は一見、大人のように見えても実際には自分の心をコントロール出来ない、やんちゃな子供なのです。やがて成長するにつれて、痛い体験を踏みながら誤った方向と正しい方向とを身に染みて知ることになる訳ですが、彼らはアドバイスは出来ても、私達本人が自覚しない限り、すぐには改めることは容易ではないかも知れません。人生の歩み方は各自で自覚して行く他はないということです。
 しかし、それにも拘わらず地球には数多くの支援の手がこれまでにも差し伸べられて来ました。本文にあるイエスもその一人と思われます。ここで読者の皆様に注目して戴きたいことは、本文中のイエスの言葉「父よお許し下さい。彼らは自分達が何をしているのか分かっていないのです」という発言がどのような場面で発せられたかです。十字架に掛けられ槍で身体を突かれ苦しみの中にあってもなお、その者達を叱るのでも呪うのでもない、そのような大変な罪を許してやってくれと、イエスは述べているのです。
 かくも大きな差があるのが、私達地球人と他惑星人達との間にある実態です。しかし、これほどまでの広い包容力を持って他人に接することがテレパシー能力導入に必要であることを著者は私達に示唆しています。宇宙に染みわたる生命力はそれ程に寛容は性質を持つということかと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落236

236 Since we are part of this world, we must differentiate between the acts in our lives. We are allowed to analyze for the purpose of understanding, but must not divide or condemn. We have not the right to sit in judgment on our brother. He has come this way to learn his own lessons. And just as we cannot attend school for our children and expect them to receive an education, so we cannot attend the School of Life for another. We can offer a helping hand or a guiding word, but at no time should be try to force our will upon him. Remember, he may be struggling to learn the lessons we have already mastered, but he must master them himself.
236 私達はこの世界の一部である以上、私達の生命における諸活動の間を識別しなければなりません。私達はその理解の目的の為に分析することが許されています。しかし、差別したり、責めたりしてはならないのです。私達には兄妹に裁きを下す席に座る権利はありません。その兄妹は自身の教科を学ぶ為、ここに来たのです。また、私達が私達の子供達に代わって学校に行くことで子供達に教育を受けさせることが出来ないことと全く同様に、他の者に代わって生命の学校に出席することは出来ません。私達は助けの手を差し伸べたり、導きの言葉を掛けることは出来ますが、如何なる時であっても私達の意思をその者に強制しようとすべきではありません。覚えておいて欲しいのは、その者は私達が既にマスターした諸教科を学ぼうと努力しているかも知れませんが、彼は自分でそれらをマスターしなければならないということです。



【解説】
 私達はただ全てのものを一つの創造物として、それで良しと安住すべきと言う訳ではありません。一つ一つの創造物を研究し、それらの仕組みや役割を学ぶことが、理解を深める為には必要になって来ます。しかし、その過程で、物事に優劣を付けたり、好き嫌いや善悪のラベルを付けることは厳に慎まなければなりません。
 本項はこうした分析の過程は大変重要である一方、とかく私達はその中で自分の勝手な判断で、他者への批判を行い易いことを戒めています。
 仮に自分から見て、問題の多い人物であったとしても、その人に代わって何かをして上げることは出来ませんし、長い人生航路の中でたまたま現在、その位置、その段階に居ることを先ず良く認識して置くことが重要です。どのような場合でも各人が学習の途上にあることを踏まえて、安直に判断を下さないよう努める必要があると本項は説いています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落235

235 There is one thing you must keep firmly in mind when practicing telepathic communication. Let no thought go out from you bearing discrimination, judgment, or harm to another form. And at all times guard vigilantly against allowing similar thoughts to enter your mind. Cosmic impressions, with their all-encompassing understanding of the whole, are the only three avenues which can be of any help to us in climbing the Ladder of Life.
235 貴方がテレパシー通信を練習する際にしっかり記憶して置かなければならないことが一つあります。それは貴方から差別や裁き或いは他の形あるものへの危害を帯びた如何なる想念も出してはならないということです。そして、常に同様の想念が貴方の心に入り込まないよう絶えず見張っていることです。全体に対する全てを包み込む宇宙的印象類のみが私達にとって生命の梯子を登る上での助けになり得る唯一の3つの大道なのです。



【解説】
 原文では"Let no thought go out from you bearing discrimination, judgment, or harm to another form". (それは貴方から差別や裁き或いは他の形あるものへの危害を帯びた如何なる想念も出してはならないということです。)の部分は太字で印刷されています。それ程に重要なポイントがこの部分であり、私達はこの点を絶対に忘れないように心して置く必要があります。
 更に言えば、何故私達が自らこうした差別や裁き、他者への危害を与えようとするような想念を発してはならないか、についてよくよく考える必要もあります。おそらくその理由の一つはこうした想念を発していると、その後は同種の想念・印象に同調し易くなり、遂には宇宙的想念が入り込みにくくなることが考えられます。
 一方、このことは本人の未来にとっては、その後の進化に直接的に影響する重大な事項であることに注意が必要です。
 古くから「怒りは敵と思え」という言葉があり、イエスも「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と説いています。
 実は身体の損傷以上に、心のあり方、その人の心境がその後の進化にとって大切な要素なのです。その為に、今生の命を犠牲にしたとしても、穏やかな心境こそ守るべき条件だと説いているように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第4章-段落234

234 The third channel of Cosmic impression, is the cell to cell communication. Remember, that every atom in the universe speaks the cosmic language, and is capable of communicating with every other atom. We have shown that the Mother principle in creation forms matter by gathering together atoms vibrating at different rates to bring forth manifestation. This Mother principle is equal to the Divine, or Father principle of creation; therefore, you will find in it no judgment or discrimination; for this would be discriminating against itself. Nature respects man equally; so does Cosmic, or Natural law. As the sun shines alike on the just and the unjust, judging no form-life, so does Cosmic Matter lend itself impartially to all manifestation. When we can look upon all form-life and see it in its true light, Nature unlocks her secrets, and gladly shares them with us.
234 宇宙的印象の第3の経路は細胞から細胞への意思疎通です。宇宙空間の中のあらゆる原子は宇宙的言語を話し、他の全ての原子と意思疎通が出来ることを覚えておいて下さい。私達は既に創造における母性原理は、創造物を生み出す為に異なる速さで振動している原子達を集めることによって形有るものを形成していることを示して来ました。この母性原理は聖なるもの、即ち、創造における父性原理に等しいのです。ですから貴方はその中に如何なる裁きも差別も見つけることはありません。何故なら、これは自分自身に対する差別になってしまうからです。自然は人を平等に尊敬します。ですから、宇宙や自然法則も同様です。太陽が正しい者にも不正な者にも等しく輝くように、宇宙の物質も全ての創造に分け隔てなく自身を委ねています。私達が全ての形ある生命を見て、その真実の光を見ることが出来る時、自然は諸々の秘密を明かして、それらを私達にゆっくり分ち与えるのです。


【解説】
 木々の間の空き地に転がったドングリがやがて芽を出し、地中に根を張って若い杉苗としてすくすく成長し、やがては周囲をしのぐ大木に成長する様は、誰でも想像出来ます。自然は止むことなく必要な原子を集め、創造物を創造する活動を続けます。それは本項で言う宇宙を貫く永遠の法則、母性原理による活動だからです。そして私達人間はそれらの活動の恩恵に浴しているのです。
 木々の生長は遂にはかつて無い程の大木となり、やがては寺社の建築、仏像の材料、その他人間の日常生活に役立つ物に加工されるでしょう。そうした製品や家屋の中に私達は暮らしている訳です。
 更に考えれば、こうした身の回りのものにはかつての創造の息吹が残っており、これら分子原子達とのコミュニケーションも宇宙的なものであることでしょう。もちろん、森の中の静寂な雰囲気の中に宇宙的な活発な活動状態を感じることも本項に沿った訓練になります。本項で言う細胞から細胞へのコミュニケーションもそうした宇宙的活動に従事した或いは現在従事している分子・原子との交流ということになります。

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