2014年10月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落197

197 I strongly advise each student to observe this law working in his own life; for it is a perfect example of the meaning of "like attracting like." If we open our minds to the gloomy thoughts of the pessimistic person, these vibrations will have a depressing, narrowing influence on our lives; and if the contact with this outlook is continued long enough, our thought-pattern may drop to the same bigoted, mental level.
197 私は個々の学習者に、自分自身の生活の中でこの法則が働いていることを観察するよう強く促しています。何故なら、それが「類は類を呼ぶ」の完璧な例示であるからです。もし、私達が悲観的な人物の憂鬱な想念に対し私達の心を開けば、これらの振動が私達の生活に意気消沈と偏狭さを与えるでしょう。そしてこの人生観との接触が長く続けば、私達の想念パターンは同じ頑迷な精神レベルに落ちるかも知れません。


【解説】
 私達が今注意しなければならないことは、私達が如何に他人に影響され易いか、また他人を影響し易いかということです。とりわけ或る勢力が戦争を起こしたいと思えば、好戦的な思想を植え付けるような映画やTVその他、出演させる者等をそのような類の人達にしてしまうかも知れません。
 その結果は人々の心の中の怒りや恨みを増長させ、遂には戦争へと駆り立ててしまうのです。しかし、その結果は何ら問題は解決せず、生命を失い、国土は荒れ果てて戦費にお金が全て使われるだけのものになりかねません。かつて戦前の諸国家がそうであったように、大衆をある方向に動員するためにあらゆるメディアが使われていましたし、現在もその傾向がある訳です。
 私達はどの想念・印象を受け入れるべきか、注意深くあらねばなりません。必ずしも自分の心が喜ぶものが正解とは言えない事情もありますが、少なくても人間本来の道に沿うものであるかどうかの判断は出来る訳で、一つ一つ賢く選択するしか方法はありません。
 そこで大事になるのは、自分自身でこれまでの経験から誤りのないもの、正しいものを確実に掴んでおくことなのだと考えています。確かなものは古典でも最近お目にかかった人物の言動でも良いのです。良いもの、美しいものを日頃から観ておくと、どれが正しいものかは容易に判断でき、人生の航路を真っ直ぐ進めることが出来るものと確信しています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落196

196 Let us now take the example of the cheerful, optimistic person, who looks upon all manifestation and "knows it to be good." The uplifting thought frequencies from this person will elevate our own vibrations, and our day will be enriched through contact with him. And although not necessarily conscious of it, as long as this influence lasts our minds will be operating on a higher frequency level. Just like the house that was impregnated with love and laughter, drawing us back for frequent visits, we will seek this person's company.
196 今度はあらゆる創造の現れを見て、「良きものであると知って」いる陽気で楽観的な人物の例について取り上げましょう。この人物からの高揚させる想念振動は私達の波動を高め、私達の一日はその人物と接する中で豊かなものになることでしょう。そして、それを意識しておくことは必ずしも必要ではないのですが、この影響が続く限り、私達の心はより高い周波数レベルで運用されることになります。丁度、愛情や笑いで満ちた家のように、私達はそこを何度も訪れたいと思わせるように、私達はこの人物と同行することを求めることでしょう。

【解説】
 いつかどこかで述べたかと思いますが、以前ある方から「人間明るくなければダメだ」というお話を伺ったことを覚えています。当時はその意義をよく理解出来ていなかったのですが、ようやく最近になってその重要性を認識出来るようになりました。明るさというのは、宇宙に流れる生命力そのものが万物を本来の創造の目的に沿うよう、即ち創造主の恵みの方向に導いていることを受け入れていることだったのです。
 しかし、これは全てを何処かの教祖に委ねてしまう新興宗教の類の姿勢とは異なる点に注意が必要です。各自が宇宙に流れる生命力を知覚でき、自らの役割、心身の働き等々を自ら学ぶ中で、たとえ現実社会が乱れ、低次な想念で汚染されていても本来の行く末は明るい展望があり、何より現在の生命活動の中に真理があることを自覚することが重要です。
 その人から発せられる想念・印象は人間のみならずあらゆる生命体が同調し理解し合えるものと信じています。想念・印象のレベルでは互いに相手を理解できる訳で、良き印象を放つ者に多くの者が集まることは当然のことです。かつて地上に居られたイエスや仏陀は今もって多くの者に慕われ、教会や寺院にそのイメージが建立されています。そのお姿に手を合わせることで各自の想いを伝えようとしているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落195

195 Those with whom we come in contact daily, will affect our lives; but only to the extent we permit them. For example, when we meet a disgruntled person and listen to him expound his philosophy of gloom, unless we are on guard, a feeling of depression will envelop us which may last for hours or even days. This is caused by the melancholy vibrations emanating from his mind and body, affecting our mind and body cells with a feeling of despair. But when we have understanding, we can refuse to accept his attitude, and keep our minds serene while listening to him. This balance of mind will counteract any harmful radiations that might otherwise influence us.
195 私達が毎日接する相手は、私達の生活に影響を与えます。しかし、それは私達がそれを許す範囲までです。例えば私達が一人の不機嫌な人物と会ったとし、その者が自分の憂鬱の哲学を講釈するのに耳を傾けたとすると、私達は警戒していないと、意気消沈のフィーリングが私達を包み、何時間或いは何日も続くことになります。これはその者の心と肉体から発散している憂鬱の振動によって引き起こされますし、私達の心と肉体細胞に絶望のフィーリングを作用させるのです。しかし、私達に理解があれば、私達はその者に耳を傾けている間にもその者の姿勢を受け入れることを拒み、自分達の心を澄んだ状態に保つことが出来ます。この心のバランスは私達に影響を与えるかも知れない有害な放射物を阻止するのです。



【解説】
 万人の悩みを聴いて下さる御仏、更には病状を訴える患者の声にじっと耳を傾ける医師、そのいずれもが窮状を訴える者を理解しようと優しく微笑みかける一方で、一人一人の想念を自分にそのまま取り入れることはありません。病を治す者、窮状を救おうとする者は相手の想念を理解する一方で、同調することではないように思われます。
 特にテレパシー能力の開発途上では想念に対する感受性が高まる為、かえって低次なものにも多く気付くようになることから、自分自身を守る為にも、心のバランスを保つ訓練が必要となります。
 しかし、それも初期段階の課題であり、それ以上に進歩すれば相手の想念から影響を受けず、相手を支援しその状況を解消させることも可能になります。歴史上の偉人の多くが一度に多数の民衆の訴えを聴き、各々適切なアドバイスをしたとの記述も多くあるように、教師たる者、どんな相手に対しても救いの手を差し延ばすことが求められています。またそうすることで教師自身も一歩ずつ進化の道を歩むことにもなっています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落194

194 It does not matter whether we live in luxury, or in poverty; we have the right to choose our thought-patterns. Our bodies may be enslaved by the false economic barriers that have been raised on earth, but our minds are free. Thoughts are ours to control, when we better understand our bodies and our minds.
194 私達が贅沢な暮らしをしているのか、貧しい生活をしているかとは関わり無く、私達には自分達の想念パターンを選択する権利があります。私達の肉体は地上で培われて来た偽りの経済的障壁によって奴隷にされているかも知れませんが、私達の心は自由です。想念をコントロールするのは他でも無い私達ですし、そうすれば私達が肉体と心を今以上に理解することになるのです。



【解説】
 途上国においては特に貧しい人々の暮らしを多く目にします。大量のゴミの埋立地で有価物を集める人達はそれ以外に生活の糧を得ることが出来ない人達です。また一方では同じ国の中でも豪邸に暮らす人達も数多く存在します。こうした格差問題に対して私達は立ち向かっている訳ですが、よく言われることに「教育」がそのカギを握るとされていることがあります。
 つまりは私達の心により高次な知識を学ばせ、科学や文化への造詣を深めることが、やがては良質な仕事に就く機会をも提供するということでしょう。
 その延長線上には本項で言う私達の日々の想念のコントロールがあり、自らの心の勝手な想念に振り回されてはいけないのです。またそれらの基本条件が形成されない内は、過酷な経済システムの下の奴隷に押しやられることにもなりかねません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落193

193 Remember, we have shown earlier that thought can become a habit. We can develop thought-patterns of selfishness, discontent and greed; or we can cultivate thought-habits of humility, serenity and generosity. The choice is ours. And if a true analysis were to be made, we would find our lives are governed less by circumstances than by our thought habits.
193 私が以前、想念は習慣になり得ると説明したことを思い出して下さい。私達は自己中心や不満、そして貪欲の思考パターンを発達させることも出来ますが、一方では謙遜や落ち着き、寛容の思考パターンを育むことも出来ます。選択は私達の自由です。そしてもし、本当の分析がなされるなら、私達が自分達の生活が周囲の環境より自分達の思考習慣に多く支配されていることに気付くことでしょう。



【解説】
 戦うべき相手は自らの想念パターンということが出来ます。これまで様々な人々が想念の実現力、影響力について語って来ました。そもそも良からぬ想念には物事を進化させる要素はなく、あらゆる要素を悪化させるだけの内容でしかありません。
 それに対して宇宙本来の上質な想念の持ち主はあらゆる災難を避け、その生命発現にも多くの道が拓ける筈です。それ程に私達の日常発する想念は力を持っていることを自覚しなければなりません。
 よく環境がその者に影響を与えると言われますが、本項で著者が言うように、物理的な環境よりもはるかに大きく本人の日常的な想念パターンが本人に影響を及ぼしているということでしょう。
 かつて仏陀がこの地球に生誕され、悟りを得られた時、周囲の弟子や従者達はもちろん、自然界の多くの野生動物達がそれを歓んだと仏典に記されていたと記憶しています。私達人間の抱く想念の力に目覚めることが如何に難しく、また素晴らしいことかを伝える物語となっている訳で、多くの者がその師を求めて来たことが分かります。
 一人一人が日々の想いの中に少しでも仏陀のような存在になろうとする努めが重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落192

192 So it is apparent that we, alone, suffer in these circumstances. And if prolonged, nature will exact a terrible price, because we not only keep the atmosphere immediately surrounding us polluted with our discordant thought vibrations, which will eventually alienate us from our friends, but all the while we are inexorably poisoning our physical bodies.
192 ですから、このような状況の下では私達だけが被害を蒙ることは明らかです。そして長引けば自然は恐るべき代償を迫ることになります。何故なら、私達は私達を直接取り巻く大気を私達の不調和な想念振動に保ち、それにより私達を友人達から遠ざけるほか、その間ずっと私達は自分の肉体に容赦なく毒を盛っているからです。



【解説】
 人の雰囲気は誰でも感じ取ることが出来ます。鈍感な者は周囲に関心がない為、気付きは遅いかも知れませんが、とりわけペット達は実に鋭敏に主人の気持ちを察知するのではないでしょうか。そもそもペットに癒されるという背景にはこうした動物達のいじらしいまでの主人想いがあるように思われます。
 独り人間だけが周囲に敵対的なバリアーを敷き、あるいは妙に悲観的な視点に固執する訳ですが、その原因が私達の心にあること、またそうした状況が周囲の者も本人自身の肉体にも有害な作用を及ぼすことを著者は私達に警告しています。
 ひとえに屋外の自由な生活を楽しんでいる野鳥のように伸び伸び時々刻々の生命の発動を楽しむと同時に、より良い想念を発し周囲の者にその影響を及ぼすことが求められています。私達一人一人の発する想念がこの惑星の未来を担うと言うことも出来ます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落191

191 The target of our hatred may be totally unaware of our attitude; or if he is aware, he can turn these thoughts aside by refusing to allow them entry. In other words, he can recognize our mental immaturity and not accept these derogatory thought vibrations from us. This adds frustration to our hatred, and causes us still more harm.
191 私達の憎しみの標的は全く私達の気持に気付かないかも知れませんし、或いは気付いてもこれらの想念が入り込むのを拒絶して、それらの想念を脇にどけることも出来ます。言葉を替えれば、私達の精神上の未熟さを認めて、私達からのこれら他人を傷つけるような想念振動を受け付けなくすることが出来るのです。このことは私達の憎しみに失望を加え、私達に更なる害をもたらすことになります。



【解説】
 私達は知らない内に自ら自分に向けられる有害な想念波動に対し、自身を守るため防御機能を果たしているという訳です。優れた者は仮に自身に向けられた悪意があったとしてもそれを自動的にはね返し影響を受けることはありません。争い事の中にあっても平静さを保てるのはそれら低次な波動に同調しないよう自らを制御出来ているからに他なりません。
 また一方では恨みを発した者の方にはそれがはね返って行くものと考えられる訳で二重のダメージを蒙ることになります。同様の意味では他人に善意を向けた場合、相手が仮に気づくことなくその想念が活用されず自身に戻って来ても、その作用は自身にも及ぶ訳で、作用は二重になる筈です。
 私達の発する想念、そして更には私達の生命活動を動かしている宇宙的な印象類は周囲の者も自分自身もやがては人格を形作る重要な要素であり、物質(パン)のみで私達が生きている訳ではないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落190

190 While we are discussing these undesirable emotions which play such havoc with our minds and bodies, it would be well to point out the danger of holding a grudge. When we nurse thoughts of hatred, feeding them constantly in our desire for revenge, we are poisoning our minds and our bodies as surely as if we were taking a noxious drug by mouth.
190 私達がこのように心や身体に大混乱をもたらすこれら好ましくない感情について議論する中では、他人に恨みを抱くことの危険性について指摘しておいた方が良いでしょう。私達が嫌悪の想念を育み、私達の願望の中で常に復讐したいと思う場合、私達はあたかも、有害な毒素を口から飲み続けているように自らの心と身体に毒を入れていることになるのです。



【解説】
 長年の想いはその人を文字通り形づくるものです。怒りや悲しみ、恨みはそれぞれの内容を人体各部に染み込ませ、表情その他人体表現を作り上げます。丁度、粘土で塑像を形づくるように私達は自分の想念で自分自身を作り上げている訳です。
 本項では恨みについても理由にかかわらず低次な想念を発するものとして強く戒めています。それは日々の想念はその内容により、良薬ともなり、また毒薬ともなる訳で、そのような不適切な想いは自身の肉体を自ら損なうことになることを忠告しています。
 この地球には過去の長い歴史において争いが続き、また心の裏切りから多くの人々の恨みの想念も残留しているものと思われます。それらはまた私達にも悪影響を与え得る訳ですし、私達はそれらを鎮め、慰め中和する働きも期待されているように思われます。人々が穏やかに本来の人生を豊かに歩んで行けるよう、祈ることは宇宙的生き方の一つでもあります。少しでもテレパシー能力の開発に成功した者は、自分自身の事柄以上にこのような想念環境についても浄化に取り組む必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落189

189 Here, again, we have received the true picture of existing conditions through telepathic impressions, or feeling, from the body cells. For even though we were sightless, the discordant vibrations in the room would impress themselves upon us, belying any honeyed words which might be spoken.
189 ここでもまた、私達は肉体細胞からテレパシー的な印象ないしはフィーリングを通じて現状に関する真の状況を受信していました。何故なら、仮に私達が盲目でありその部屋の中でお世辞が話されても、不調和な振動は私達にそれ自体の印象をもたらすからです。



【解説】
 私達が大事にしなければならないのは、本項で記されているような、目とは関係なくもたらされる「感じ」について、各自これまで以上に鋭敏になれるよう努めることです。
 自分自身の肉体細胞を総動員して、それらが受信した「感じ」をそのまま受け入れられるよう、自らの心を訓練するということです。
 通常、私達は目による情報に頼って生活している訳ですが、その結果は、外見への自らの心の好き嫌いが積み重なるだけで、印象類が飛び交う真実の活動的な生命力には程遠い生活を送っています。しかし、本来の印象に基づく生活に切り替えれば、それ(印象・想念)は結果を生み出す原動力であり、結果でなくそれを生み出す原因を制御することになり、各自の生活をより良いものに一変させることが出来る筈です。一秒前の想念が一秒後の世界を、そして自分自身をも造り上げることに繋がるからです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落188

188 We are given a good illustration of the tangibility of these emanations when we walk into a room where two people are quarreling. Upon our entrance the quarrel will stop abruptly, and both parties will turn to greet us with a false heartiness. Though they are trying to pretend that everything is normal between them, their eyes will still be bright with anger and their features tense, making their smiles appear fixed. And as we cross the room, the atmosphere around us will be vibrant with the strong thoughts of wrath. All present will be acutely embarrassed until the participants are able to bring their emotions under control. Unless the animosity between these two people is deep-rooted, the atmosphere will clear and a feeling of friendliness will return. However, regardless of how carefully they try to cover their true feelings with polite conversation, if the enmity between them continues under the surface, we can become aware of it through the feeling channel.
188 私達にはこれら発散物についての明白さについて、二つの人々の集団が言い争っている部屋の中に入って行った際の良い実例があります。この場合、私達が入るや、その口論は突如止まり、両集団は偽りの愛想で私達を歓迎するでしょう。彼らは彼らの間に何も変わったことはないように装いますが、彼らの目は怒りに燃えており、表情は厳しく、その微笑みはこわばっています。そして私達が部屋を横切って見ると、私達の周囲の空気は強烈な激怒で震えるでしょう。同席の者全員が、彼らの感情が制御できるようになるまでは、ひどく困惑させられることになります。二つの人々の間の敵意が根深いものでなければ、その空気は澄んで、有効のフィーリングも戻って来ることでしょう。しかしながら、彼らが丁寧な会話で自分達のフィーリングを如何に注意深く隠そうとしても、彼らの間の敵意が表面下で続くなら、私達はそれをフィーリングの経路を通じて感知することが出来ます。



【解説】
 私達が何気なく感じる家の雰囲気は、長年その家で暮らす者の発する想念が残留したものを私達が感じ取っていることに他なりません。
 優れた上質の想念は周囲に穏やかで宇宙的な印象を与えるでしょうが、怒りや憤りから発せられたものは、その場の雰囲気を長期間影響を与えることになるものと思われます。私達には鈍感な心とは別に細胞レベルで印象を感知する能力が残っており、それがその場の雰囲気を感じ取ってしまう訳で、目で見る表面上の状況とは別のルートでその印象を感知出来る訳です。
 しかし一方では、それら低次元の想念波動に過度に同調するのも考えものです。もちろん鈍感に過ごすことは誤りなのですが、一つ一つ低次な想念を拾っていては長い困難な歴史を持つ地球で暮らすことに支障も出るものと思われます。
 大切なことはこれらの事実や仕組みを踏まえた上で、より優れた生き方を目指して日々努力することです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落187

187 We have ready proof that whatever thought a man holds in his mind affects every cell in his body, for his outward expression gives ample evidence of this. Anger quickens the respiration, raises the blood pressure - even to the point of apoplexy - causes the muscles of the body to tremble, and distorts the features. So it is obvious that it is not the brain alone which is affected; for every cell in the body reacts to the violent emotion. What is more, emanations radiating from that body can fill a room.
187 私達には人が心の中で抱く想念は何であれ、自身の肉体のあらゆる細胞に影響を与えることについて、いつでも準備できる証拠があります。何故なら、人の外的な表情はこれに対する十二分の実証を与えているからです。怒りは呼吸を早め、血圧を卒中する所までさえも上昇させ、身体の筋肉を震わせ、顔の表情を歪めます。ですから、影響を受けるのは脳だけではないことは明らかです。何故なら、肉体のあらゆる細胞がその暴力的な感情に反応するからです。そして更にはその肉体から放射された発散物が部屋を満たすことも起り得るのです。


【解説】
 私達が発する想念は私達の肉体細胞に大きな影響を与えています。本項で記されている怒りによる表情の変化や血圧の上昇はよくある例となっています。
 しかし、このようなことを繰り返していては私達は自らの感情に支配されているだけの空しい動物に成り下がっていることになります。また、本来の寿命を全うすることも難しい筈です。
 私達は先ず自らの発する想念をより適正なものに保ち、自らの肉体を本来の状態に保つ義務があると言うことも出来ます。何故なら私達は60兆個もの細胞達の君主であるからです。その君主が正しい想念・印象を身体くまなく行き渡らせることによって肉体細胞は本来の姿に形を変えるものと思われます。
 怒りは怒りの表情を固定させ、悲しみはそれを顔に刻み付けます。私達本来の姿は誕生したばかりの赤子のように穏やかで命の表現が出来ることに歓びを感じる存在であった筈です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落186

186 However, through our uncontrolled emotions many of us keep these glands over-active a great part of the time; thereby throwing the chemistry of our bodies out of balance. This goes back to the need of controlling the senses; for it is the sense-mind that arouses and tolerates these destructive emotions. So it might be well for us to take a closer look at these emotions, which, unless guarded against, make up so much of our lives.
186 しかしながら、私達の制御されていない感情から、私達の多くは大部分の時間、これら分泌腺を過剰に活動させ続けており、その結果、私達の体内の化学システムのバランスを陥れています。このことは諸感覚を制御する必要性にまで遡ることとなります。何故なら、これら破壊的な感情を引き起こし、許容するのは感覚心であるからです。ですから、それに対し警戒しない限り、私達に生活の多くを占めるこれら感情に対し、より綿密に観察することは賢明だと言えるでしょう。


【解説】
 これまで私達は自分の自我こそが主人公であり、自身の進路は自分で決定するとして来ました。そのこと自体は正しいのですが、その自我なるものを野放しに放任し、何らコントロールしなければ、やがては自我のわがままや不安定さに支配されることになります。
 本項は体内の分泌腺を常時、過剰に作用させ、体内に要らぬ緊張状態を造り上げることが如何に問題があるかを説いています。
 野生動物を見ると普段は落ち着いてのんびり過ごしているように見えます。しかし、彼らも身の危険を感じたり、獲物を得る時は驚くべき速さで走り回ります。実は私達は常時、このような状態を造り出して体内の細胞を疲弊させているのかも知れません。
 そのことを防ぐには、先ず自らどのような想念を発しているかを観察することだと説いています。常に観ることで、観られる方は自ずと本来の正しい道を歩むようになります。チベット仏教寺院には巨大な眼のイラストが描かれていると聞いています。人々を観る、見守ることで正しい道を歩めるよう工夫されたものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第3章-段落185

CHAPTER Ⅲ
Effect of Emotions on the Body Cells
185 The little cell chemists within us perform their duties according to an exact pattern laid down by nature. But if through fear, anxiety, or anger, the mind distorts this pattern by over-activating certain glands in the body, the whole "assembly line" is thrown into confusion. The Master Builder, anticipating all situations, has provided both animals and humans with the ability to summon super-strength, unaccustomed agility, etc., when the body is in danger, by over-stimulation of these glands. This is the law of self-preservation in operation.
第3章
肉体細胞に及ぼす感情の影響
185 私達の体内の小さな化学者達は自然によって敷かれた一つのパターンに正確に従って、自分達の任務を果たします。しかし、恐怖や不安、怒りを通じて、心は体内のある種の分泌腺を過剰に作用させることによって、このパターンを歪め、全体の”流れ作業”が混乱に陥れられます。偉大なる棟梁(訳注:創造主)はあらゆる事態を見越して、動物や人間に、その肉体が危険にさらされた時に、これら分泌腺を過剰に刺激することによって、超人的や尋常でない俊敏さを奮い立たせる能力を与えているのです。これは自衛本能が作用する法則です。



【解説】
 心が勝手な肉体の支配権を有するが故に、肉体は心の暴走の影響を受けてしまいます。それまで整然と行われて来た体内維持作用に対し急激に様々な促進反応を強いられるという訳です。
 これは高速道路を整然と走行する自動車のようなもので、私達の身体は様々な部位が連携して円滑に動いています。ところがドライバーがイライラして急にハンドルを切って追い越そうとしたりして、急にアクセルやブレーキを操作するとどうなるでしょうか。自動車の各部品はそれに対応して悲鳴を挙げる程、酷使され、暴走の果ては何処かに衝突して終末を迎えます。
 本項で述べられているように、これら心による操縦は万が一の時、心の指導で肉体を危機から脱する際に使用するよう、創造主から与えられたもので、乱用すべきものではありません。私達はこれまで自分の肉体を私達自身の感情によって酷使して来てしまいました。本項では改めてこの感情が如何に肉体細胞に影響を及ぼすかを学びます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落184

184 Remember, as long as we allow destructive emotions to govern our thoughts, we interfere with the natural operation of the body, and we set up an effective block against any incoming impression except those of a like nature. When properly analyzed, these emotions are expressions of the personal ego; and the personal ego must be controlled before we can reach the goal of selfless self-expression.
184 私達が破壊的な感情が私達の想念を支配するのを許す限り、私達は肉体の自然な働きを妨げ、同類の印象以外のやって来る如何なる印象も阻止する有効な障害物を設置していることを覚えておいて下さい。適切な分析を行えば、これらの感情は個人的なエゴの諸表現であることが分かりますし、個人のエゴは私達が無私の自己表現というゴールに到達する為には、統制されなければなりません。



【解説】
 海外で仕事をする機会が増えている状況から、ついつい現地での生活と日本での暮らしの違い、とりわけ日常生活における治安問題のレベルの差に注目してしまいます。
 家の戸締りをして就寝することは日本でも離島以外では当たり前ですが、国によっては家そのものを頑丈な鉄格子をめぐらし常に鍵を掛け外部者の侵入を防いでいるのが当たり前の地域もあります。街を歩く際には、目立たぬよう財布は持ち歩かずポケットに必要額のみ入れておく等々の内容です。犯罪被害に逢うのは旅行者だけでなく、住民も不良少年達に狙われ携帯を取られたケース、或いは夜中自動車を運転中、赤信号で止まったら、脇から出て来た強盗に逢った。以後、夜は赤信号でも車を止めないようにしている、等々です。
 これは全くの私見ですが、これらの地域で多く目にするのは、暴力を前面に出すテレビ番組の存在です。腕力のある者が相手を征服し、また逆にその者に反撃する等々、戦いの連鎖が続いているのです。こうした中、現状に不満のある若者が街路で奇声を発し、警官とやりあう等、社会に不安定感があることも確かです。
 私達地球人の大部分がこのような環境の中で生活している現実があります。様々な問題を抱えているにせよ、日本とは安定度については大きな差があるように思っています。
 本項の内容に戻れば、私達の心の欲望というものは、大概利己的なものであり、それらを野放しにしていては精緻な印象に気付ける機会は失せてしまいます。心をエゴから解放して宇宙に流れる妙なる印象にそっと耳を傾ける姿勢が私達地球人には是非とも必要とされているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落183

183 Does this help you to see how important is your approach to life? how all lives are intertwined? Do you, through your anxieties and fears, keep those near you uncomfortable and upset? If so, recall the change the woman brought into her life once she had released her anxieties. Where, before her illness, her body cells were a tense, nervous mass because a chair was out of place, they now radiate a calm, peaceful feeling that is soothing to those around her. Face yourself honestly . . . for the truth cannot be hidden from your body cells.
183 このことは貴方に生活に対する貴方の接し方が如何に重要であるか、全ての生命が絡み合っているかについて理解する助けになっていますか?貴方は貴方の不安や恐怖を通して貴方の近くの者達を不快と混乱状態にさせていますか?もし、そうなら、この婦人が自分の不安を解放してから自分の生活にもたらした変化を思い起こして下さい。病気の前、椅子が一つ所定の場所から外れただけで、彼女の肉体細胞は緊張した神経質な塊になりましたが、今やそれらは周囲の者を落ち着かせる静かで平穏なフィーリングを発しています。正直に自分を見詰めて下さい。貴方の肉体細胞から真実を隠すことは出来ないからです。



【解説】
 私達の日常的な気持ちが実生活に大きな影響を及ぼします。
 その影響は私達の想定を超える程、大きなものであり、私達はその事実を自分の目で確かめる必要がありますし、その際、参考とすべきが本事例な訳です。
 日常発する想念は本人の他、環境にも影響を与えます。またその影響は自分にも周囲の者にとっても大変分かりやすい筈です。しかし、一度その因果関係が分かれば後は自分自身の発する想念をコントロールして望ましいレベルに導けば良いことになります。
 正しいか誤っているかは、その結果を見れば明らかであり、各自試行錯誤を繰り返しながら、自らの巧妙な感覚心に立ち向かって行くことが求められています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落182

182 Her change of attitude reflects through the whole family. Now, their youngest boy, the only one still living at home, feels free to bring his playmates in after school for cookies and milk; and the grandchildren romp through the house with an abandon their parents were never permitted. The family has found a new fullness in life, a new freedom bringing laughter to replace the tension that once existed.
182 彼女の姿勢の変化は家族全員に反映します。家族の内、最も年少の少年は唯一、家の中で生活する存在ですが、学校が終わった後、おやつに自分の遊び友達を連れて来ても構わないように感じていますし、孫達は彼らの両親が決して許されなかったような放任の下、家中を走り回っています。家族は生活の新しい充実感をかつて存在した緊張感に代わって笑いをもたらす新たな自由を見い出したのです。



【解説】
 本項の描写を見ると事例の主人公は孫も居るような中高年の主婦であることが分かります。人間というもの、年齢を重ねるにつれ本人の性格や気持ち、行動のパターンは固まりやすくなるものです。そういう意味から、本事例は劇的に状況を変えられた好例ということが出来ます。
 私達自身あまり気づかないことですが、私達の日頃の想念や行動は互いに周囲の者に大きな影響を及ぼしています。私達の抱く想念は外観上何もないように思われますが、実は周囲の者に著しい影響を与えます。人が怒っている、落胆している、或いは楽しんでいる等々のことは言葉や顔の表情が表さなくても周囲の者は良く感知出来ているという訳です。その典型は家に居るペット達かも知れません。人間と動物とでは話す言語は異なりますが、互いに相手の状況は理解できるというものでしょう。
 まずは自身の日常の想念をチェックし、少なくも他に害を及ぼすことのないようコントロールし、より上質なものに昇華させることで自身や周囲にどれ程の変化をもたらすのかを確かめることが重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落181

181 Upon her recovery she again took over the household duties. However, with her new outlook on life, a feeling of ease now prevails in the home. Where once guests were made uncomfortable by her eyes darting anxiously around the room, checking to see whether a cushion was out of place, a curtain not hanging straight, or an ash tray needing emptying, they now find a charming, composed, hostess, Where once she would have dashed for a cloth at the first sign of a thin film on the recently dusted furniture, she now laughs and says: "If you can write your name on the piano, it proves you're educated."
181 回復後、彼女は家事の仕事を引継ぎました。しかし、生活に対する彼女の新しい展望から、安らぎのフィーリングが今やその家庭を覆っています。かつては部屋の周囲に神経質そうに睨んでクッションが所定の場所から離れていないか、カーテンが真直ぐに吊り下げられていないか、或いは灰皿が一杯になって代える必要があるかをチェックする彼女の眼差しによって客達が不快にさせられていた場所で、今度は魅力的で落ち着いた女主人を見い出します。彼女がホコリを払ったばかりの家具についたホコリの薄膜の最初の兆候に対して、かつては布切れを取りに走ったのが、今度は彼女は笑ってこう言います。「もし、このピアノの上にご自分の名前を書ければ、教育を受けていることの証しですわ。」



【解説】
 本項は各自の実生活において、何を最優先にすべきかを示しています。来客への「おもてなし」は、物理的環境の整備以外に大切なのは、客人の気持に寄り添った対応です。
 本事例の場合、主人公はその本質をしばらく自宅から離れることで学んだ訳ですが、同様なことは旅行等で長期間自宅を留守にすることも良い転換の機会になるかも知れません。
 いったん現環境を離れて、自分の生活を見直すことも必要だという訳です。今まで過ごしていた生活パターンが真に自分が望んでいたものか否か、単なる惰性の行きつく先であるかを点検することで、新たな発見と発展があるかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落180

180 During the months of her enforced inactivity an amazing change took place in this woman. She found that the house-keeper managed very well without her. This awakened the realization that she had been laboring all these years under a self-imposed slavery to a false idea. The easy-going attitude the motherly servant introduced into the home, enabled the children to emerge from subdued little shadows, to become normal, boisterous youngsters; and as the woman listened to their uninhibited laughter, she could see that the same false standard which had ruled her life, had subjected theirs. Once she acknowledged this weakness and faced it squarely, she knew the doctor was right when he had said that anxiety and tension were the basic causes of her illness. Therefore, her first step on the road to recovery must be learning to relax.
180 彼女の強制的な不活動の数カ月の間、この婦人にある驚くべき変化が起りました。彼女は家政婦が彼女無しでも上手に家を管理出来ていることに気付きました。このことは彼女に自分が誤った着想に自ら課した奴隷状態の下、今迄の年月汗を流していたという悟りを気付かせました。その優しい使用人が家庭に導入したのんびりした姿勢は子供達に服従させられた影から、普通の騒がしい少年達にならせましたし、この婦人は彼らの抑制されない笑い声を聞いた時、彼女は自分の人生を支配して来たそれと同じ誤った規範が彼らの人生も支配して来たことに気付くことが出来ました。ひとたびこのことを理解し、それを真正面から直視した後、彼女は医者が不安や緊張が彼女の病の基本的原因である述べたのは正しかったことを知りました。それ故、回復への道の第一歩はリラックスの仕方を学ぶことでなければなりませんでした。



【解説】
 習慣というものは、とかく心の囚われる方向に動くものです。その結果、多くの場合、私達に良い結果をもたらさないように思われます。
 それに対抗するのは新鮮さです。新鮮さについては著者が頻繁に述べているところですが、常に新しいこと、自分が知らない事柄への関心、他者の考え方への受け止め等々、私達に新しい展望をひらかせるものになります。
 私達はこれらの想念・印象に鋭敏になっていれば、次第にそれらを容易に感受することが出来、日々新鮮な暮らしが出来るように思われます。自然の中では草花はいつもフレッシュかつ明朗に自らのいのちを発現しています。その生命発現の中には停滞や惰性という要素はありません。生きている限り、いつも新鮮、みずみずしく過ごせる実例を私達は自然の中に見ることが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落179

179 The doctor's answer carried a philosophy it would be well to heed. "Forty years from now, no one will know, or care. about a little dust on your piano today. So just relax and look into the future forty years. This will give you some idea of how unimportant criticism actually is in your life."
179 その医者の次の回答はよく心に留めるべき哲学を備えていました。「今から40年経てば、誰も貴方のピアノの上のわずかなホコリについて知りもしないし、気にも掛けることはないでしょう。ですから、ちょっとリラックスして、これからの40年間を覗き見て下さい。それは貴方に貴方の生活には実際如何につまらない批判主義があるかに気付くことになるのではないでしょうか。」



【解説】
 私達が最も大切にしなければならないこと、それはこれから先に歩むべき人生の道筋です。目的地も定まっていないまま、毎日をフラフラ過ごしてしまうのは、折角の未来に続く道を見逃すことにもつながります。
 しかし、残念なことに私達は自身の将来について考えるより、目先の事柄、心の好き嫌いの騒ぎの中、習慣に埋もれた生活をしがちです。手助けの忠告は印象・想念の形で常に私達に注がれてはいるものの、それに気付こうとしない私達には大きな問題がある訳です。
 この場合、時として本事例のように病気という非日常の状況に陥ることで遂に真の実態を理解する機会を得ることもある訳です。また、患者と医者との関係も、優れた医師に巡り合えれば、本来の生きる意義に目覚めることも可能です。
 これまでマザー・テレサ女史をはじめ多くの医療従事者が人々から敬愛されて来ましたが、それも自らの最期に臨み、優れた人格に巡り合え、真の生き方を学び取れたことに由来します。私達はあらゆる困難、時に死に臨む場面においても学ぶ機会を見逃してはなりません

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都合により次回更新は、10月6日(月)以降になる見込みです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落178

178 Nature finally rebelled; and this prolonged tension brought on a serious lung condition. When the doctor gently told her the results of the laboratory tests, outlining a plan for the necessary months of bed rest, the woman ignored the serious condition in her body, but expressed deep concern over the state of neglect she felt sure would invade the home without her personal supervision. In other words, her thought-habit pattern had become so set, even the threat of a dangerous illness could not register its full impact upon her mind.
178 自然は遂に反乱を起こし、この長く続いた緊張は深刻な肺の状態をもたらしました。医者が彼女に優しく、検査室での試験の結果を話し、数カ月の長期療養の治療計画の概要を説明した時も、その婦人は自分の肉体の深刻な状況を無視して、自分自身の監督が無くなった家庭には必ずや放任状態がはびこるとの思いに極度の懸念を示したのです。言い換えれば、彼女の想念習慣があまりに固定化されていた為、危険な病の脅威ですらも、彼女の心に十分な影響を留めることは出来なかったのです。


【解説】
 あくまで私の憶測なのですが、私達の身体には様々な防衛機構が働いていると考えられます。体内に異物や有害物が万一侵入すれば、早速白血球その他の防衛部隊がそのものを攻撃し、身体全体にそれら異物の影響が広がるのを防いでいるものと思われます。
 しかし、これらの防衛組織が円滑に活動する為には、それら異物の侵入情報がスムーズに伝わり、これら防衛隊が活動し易い環境を体内に整備しなければなりません。
 よく言われる例としてガン細胞がありますが、それらはこれら防衛隊に見破られないよう正常な細胞に似た性質を持って増殖しているものと思われます。また、もし私達自身が体内のガン細胞に対して警戒出来る程の感受性を高めることが出来れば、極微の細胞レベルのこれら異物に対処するメカニズムを支援することが出来るものと考えられます。
 いずれにしても、自身の身体に最も大きな影響を及ぼすのは各自の心の想念であることは間違いない訳で、その者の身体状況の多くは各自の責任に由来することになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第2部第2章-段落177

177 The focal point of this woman's life was her home, her husband, and her children. In her fervid desire to be a good wife and mother, she had become so immersed in physical tasks that she made everyone around her uncomfortable. On rainy nights her husband stopped on the drafty back porch and removed his shoes, traversing the length of the house in his stockinged feet so he would not mar the freshly scrubbed tile. The children's lives were ruled by stern admonitions: "be careful not to soil your clothes; pick up all your toys; for goodness sake, don't disarrange the furniture."
177 この女性の人生の中心は彼女の家庭であり、彼女の夫であり、子供達でした。彼女の良き妻であり、良き母でありたいとする熱烈な願望のあまり、彼女は物理的な課業に没頭するようになった為、彼女は自分の周囲のひとりひとりを不快にさせてしまいました。雨の夜には彼女の夫は肌寒い裏のポーチで立ち止まり、靴を脱ぎ、真新しく洗われたタイルを台なしにしないよう、靴下を履いた足で家を横切ります。子供達の日常生活は「衣服を土で汚さないように注意して。自分の玩具を片付けて。お願いだから家具を乱さないで。」との厳格な説諭に支配されていました。



【解説】
 清潔ですっきり片付いた家に誰もが暮らしたい訳ですが、それに拘り過ぎることも問題になることがあるということになります。つまりはそれらはあくまで結果、現象の世界であり、私達が最優先にしたいのは、私達の心境の面であり、決して物質界のことではないのです。
 この事例ではよく見る欧米型の日常生活のパターンですが、確かに清潔この上ない理想的な暮らしではありますが、何事も過度な行き過ぎは問題になる訳です。主人公の主婦は目に見える状況のみに囚われ、大切な事柄、即ち家族の心的状況についてまでは考え及んでおりません。目に見える現象のみを守って行けばよしとしているだけなのです。
 人は様々な状況から必ずしも皆恵まれた環境で暮らしている訳ではありません。本講座はこうした各人に必ずやより恵まれた環境をもたらすものですが、その実現には多少の時間が必要です。重要なのは、そうした現実世界に変化をもたらすのが、私達の日常の想念、何気なく発している心の想いであるということです。この心の活動内容を本来のリラックスし、奉仕に向かうものとすることで、自ずと結果は付いてくると言っても良いでしょう。

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