2014年06月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落113

113 To demonstrate this relay, let us set up a row of dominos on a table, leaving a space between each one two-thirds the length of a domino. Now, using our finger to exert a slight pressure we energize, or propel into action, the first domino, which falls forward striking the second; thereby imparting its acquired energy to that domino. The second, as it falls, imparts its energy to the third, and so on until the last domino strikes the table; their total energy now having been transformed into sound and heat. The initial action here was produced by the forceful contact of two objects, our finger and the first domino, then conferred to the other objects by a system of relays.
113 このリレーを明らかにする為に、テーブルの上にドミノを一列に並べましょう。各々ドミノの高さの3分の2の距離を残して並べるのです。そして、私達の指を使って最初のドミノにわずかな圧力を加えるか、動かそうとします。するとそれは前に倒れて二番目に打当たります。そうすることで次のドミノに獲得したエネルギーを伝えます。二番目のものは倒れることでそのエネルギーを三番目に伝え、最後のドミノがテーブルを叩くまで続きます。それらの全体のエネルギーは今や、音と熱に形を変えられたのです。その最初の行動はここでは、私達の指と最初のドミノという二つの物体の力強い接触によって作られ、その後リレーの体系によって他の対象物に与えられたのです。

【解説】
 想念が伝播する様子を著者はドミノ倒しを例えにして説いています。空間に充満する分子・原子がそのような想念エネルギーに対する感受性と伝播力を持っているという訳です。
 また、想いが伝達する仕組みもこの例示に示されています。地球上に現れた高い魂の伝えた教えも、代々の人間が媒体となって承継、伝承によってその後の人々に伝わって行くことにも当てはまるものと思われます。
 しかし、ここで重要な点は、並べられた多数のドミノの駒の一つでも、その役割を理解せず、勝手な行動をとったとしたら、どうなるかということです。一人一人の役割をきっちり果たすことによってはじめて後世に大切なことを伝え残すことが出来るということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落112

112 In like manner, because we have abundant proof of the transmission of thought from a distance, we must admit a universal medium for thought transmittance. We cannot define the characteristics or composition of mind, we only know from effect that, like ether, mind permeates all space and all substance; and that it is capable of passing through itself those thought-waves which are so much finer than the vibrations of light. Whatever mind is, it must be composed of highly charged particles; and, except for fineness of character, be much like the more concentrated substance composing material forms. For only by means of a relay, can energy be carried from place to place.
112 これと同様に、私達も遠方からの想念の伝達に関する豊富な証拠を持っておりますので、私達は想念伝達に対して宇宙に広がる媒体の存在を認めなければなりません。私達は心の諸性質や構成を定義することは出来ず、只、エーテルのように心が全ての宇宙空間と物質に浸透していることを知っているのみです。また、それが光の振動よりもはるかに微細なそれら想念波動をそれ自身を通して通過させられることもです。心が何物であれ、それは高電位に荷電した粒子群から構成されているに違いありません。そして、それが繊細な性格であることを除けば、物体を構成するより濃密化した物質に近いに違いありません。何故なら、リレーの手法によってのみ、エネルギーは場所から場所に運ばれ得るからです。

【解説】
 本項では心が宇宙全域に浸透し得る荷電粒子群であると明確に解説しています。これらの事象は未だ地球の科学では論議されていない領域なのですが、著者アダムスキー氏は進化した他の惑星人から学んでいた部分なのかと思います。詳細は分かりませんが、実は私達の心は自分の肉体の内側に留まるものではなく、発達次第では宇宙奥深く浸透し得る力量を持っているということでしょう。
 しかし、ここで考えるべきは私達の現状です。おそらくは未熟な私達の心はせいぜいが自身の肉体領域だけでも精一杯であり、それ故に、感受出来る想念のレベルも低く数も少ないということでもあるということです。心を本来の姿に発達させることが出来れば、より宇宙的なアイデアが増すという理由は、文字通り、自身の心の拡がりが増すからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落111

111 Mind is the medium by which thought is carried from one point to another. Common reasoning tells us that it is impossible for any vehicle, whether it be of vibration or matter, to travel from place to place without a medium of transference. Science, in its study of electrical energy, and light and sound waves, acknowledges various agencies of transference. The medium of light transmission they have named ether. While admitting they do not know the character of ether, science is sure of its existence and certain of the fact that it is diffused throughout all substance; that it pervades all space, and is capable of handing on undulations of various types from one point to another. Yet the only proof they have of the reality of ether, is the effect produced.
111 心は想念が一点から他の地点に運ばれる媒体なのです。一般的な推論では、振動であれ物質であれ、どんな乗り物も移動の媒体が無ければ、ある場所から別の場所に移動することは不可能だとしています。電気エネルギーや光、音波を研究する科学は、様々な移動媒体の存在を認めています。光の伝達の媒体を、彼らはエーテルと名付けました。エーテルの性質を知らないことを認める一方で、科学はその存在とそれが全ての物質に拡散浸透している事実については確信しています。即ち、それが全宇宙に行き渡り、一点から他の地点に向かう様々なタイプの波動を取扱うことができるということです。しかも、彼らが手にしているエーテルの事実に関する唯一の証拠は作り出された結果に過ぎません。

【解説】
 想念が波動であるとすれば、想念を伝える媒体が必要ということになります。これに対して本項は「心」が想念を伝える媒体なのだとしています。本項が執筆された当時、想念を伝播する媒体を妙なる存在という意味でエーテルと呼ばれており、本項の記述はそれを踏まえて描写されているのです。
 想念が心の中を通過する際に心に引き起こす衝動によって私達の心はその想念を感受する訳ですが、本項では更に話を進めて想念は心を媒体として伝播するとしています。
 著者がどのようなイメージを持って本項を説いているか、今となっては確かめようもありませんが、ある意味、想念は伝染するとも言えるようです。例えば国と国の争いがやがて戦争へと拡大して行く時、一般大衆の間の憎しみの想念が国中に広まる過程のこと等を想定すれば、分かりやすいのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落110

110 The question will now arise; if thought is merely a ray of energy produced by chemical action, what is mind?
110 そこで質問が上がるでしょう。もし、想念が化学反応によって造り出された単なるエネルギーの光線だとすれば、心は何であるかと。


【解説】
 私達が対峙しなければならない最大の存在が「心」であると言えるでしょう。この心については、常に私達各自の内側にあって私達の抱く想念や肉体の行動を支配して来たことについては良く分かります。
 しかし、その心の実体はと言うとその先は不明のまま、私達はこれまで過ごして来ました。既に私達は一連のアダムスキー哲学を学ぶ中で心が四感覚から構成されているという説明を受けています。即ち、この説明の延長線上として心自体は四感覚の中枢が存在する肉体の内側、脳にあると推定されます。つまりは頭脳と呼ばれる部位に心があるのかと考えております。
 一方で具体的な部位として何処にあるかについては、まだまだ未知な部分でもあるでしょう。以前、新聞記事に「心はどこに」という記事(朝日新聞、2007年7月9日)があり、切り抜いて置いたことがあります。昆虫のダンゴムシの生態観察を通じて、脳を持たないダンゴムシもどうやら、パニックを起こしたりするような心があることや、個性があること、また記憶と学習をしていること等が分かって来たというものです。心の問題は、生きものに共通する研究テーマかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落109

109 Thought is not sent out in one straight line as a bullet travels from the barrel of a gun. It goes out in billions of straight lines in all directions. We may imagine a thought as a spark of light, with radiations extending as an equal force in all directions; giving the impression of a sphere at any point of its expansion. And like light, a thought vibration once created, will extend indefinitely unless intercepted by some object capable of absorbing and dissipating that particular ray of energy.
109 想念は鉄砲の銃身から打ち出される弾丸のように一本の直線として送りだされるのではありません。想念はあらゆる方向に向けた何十億の直線のように外に出て行くのです。私達は光のスパークのように拡大する過程のどの地点でも球体に見えるような、あらゆる方向に等しい力を広げながら拡大するものとして想念を想像しても良いかと思います。そして光のように、一旦造り出された想念波動は、そのエネルギー線を吸収し、消失することが出来る物体によって遮られない限り、無限に拡がって行くのです。

【解説】
 本項は想念の伝わり方を示しています。私達が発する想念は、言い換えれば私達が発信源となって周囲に想念の波を放出するような訳ですが、それは仮に特定の目的、特定の対象への想いであっても、実際には宇宙全方向に対して発せられるものであると解説されています。
 このことは発する本人の想念は誰でも感知できるものであり、およそ秘密の想いというものはあり得ないということでしょう。深海深く潜行する潜水艦との交信にテレパシーが使われようとしていたという話も十分可能性がありますし、世の中で重要な発明というものが実は同時期に異なる場所、異なる者から為されることが多いという話も、これら想念の全方位的な進行という特徴を反映しているものと思われます。アイデアをキャッチ出来れば、誰でも類似した発見が出来ることになるからです。
 私達は日常的にある時は自ら想念を発し、またある時は他人の想念を感知することを繰り返している訳ですが、少なくても想念の持つ潜在的な実現力をよく理解した上で、その取扱いは丁寧にすべきことは言うまでもありません。自ら良い想念の発信者となり、良質な想念を感受することを日常の目標にすべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落108

108 All thought registers as a vibration, in space. When thought is given to audible expression it create a pitch, or frequency, relative to itself. This same law applies to silent thoughts, for they, too, have a definite vibratory rate which registers upon the sensitive plate of space.
108 あらゆる想念は宇宙の中では振動として記録されます。想念が耳に聞こえる表現として与えられる時には、それはそれ自身に比例した音の高低即ち周波数を造り上げます。これと同じ法則が無言なる諸想念にも適用されます。それらもまた、宇宙の感光板に登録される明確なる振動率を有しているからです。


【解説】
 ここで著者は想念自体が振動であり、その振動を空間に記録させると説いています。水面における波の伝播のように一過性の振動が空間を伝播して行くというよりは、その空間に記録されると表現されているところに注目すべきです。
 即ち、各自の想念は空間に記憶されると言った方が良いかも知れません。元来、想念は空間の原子・分子に直接作用し、物事をその想念の「思い通り」に実現させる潜在力を有している訳ですから、これら想念が空間に記憶されることによって、現実世界にも多大な影響を与えることが良く分かります。
 一方、これら残留する想念の中には私達にとって役に立たず、良い結果を及ぼさないものも多々ある訳で、私達はその想念の選択にも注意が必要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落107

107 We cannot explain Primal Creation from the effects we see about us, neither can we explain the creation of thought except as an activity brought about by the law of affinity. We do not know what causes certain attracting and repelling actions. We must simply accept the fact that such a law exists, and that it does command the combination of chemicals to create a form of energy. It is an aggressive force which radiates in all directions, causing pressure upon the surrounding force-space, thereby creating waves in that element.
107 私達は、私達の周りで目にする諸結果から、原始の創造を説明することは出来ません。想念の創造を親和の法則によってもたらされる活動という以外に言い表わすことは出来ません。私達はある種の引力と斥力が何によってもたらされるのか知りません。私達は単純に、このような法則が存在し、それがエネルギーの形を造り出す為、化学物質の組み合わせを命じているという事実を受け入れなければなりません。それはあらゆる方向に放射する積極的な力であり、周囲の力の空間に対し、圧力を生じさせ、それによってその要素に波を作り上げるのです。

【解説】
 私達は各自がどのようにして今日に至ったかについて、考える必要があるでしょう。受精卵を始まりとして今日まで肉体が形成・維持されたことはある程度分かりますが、自分の魂となると何処から来たのかは不確かなままです。同様に私達が放つ想念がどのようにして生まれ、伝播されて行くかについても未知の分野となっています。
 本項はそれらの事象の根源として、吸引と反発力の存在について明かしています。私達がこれらを身近に感じることが出来るのは磁石のN極とS極の間の吸引や反発力ですが、何処からそのような力が生まれるのかについては良く分かっていません。そもそも永久磁石においてそのような力が外部からのエネルギー無しで永続するということ自体、不思議です。
 更に進んで想念についても周囲に作用・反作用の影響を及ぼしながら、進んで行く波とすれば、どうでしょうか。日頃、良い想念を取り入れよとする理由は、自身や周囲に想念が与える影響を考慮してのことだとすれば、良く分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落106

106 It is this force that brings into existence, and activates, the atoms of form. But form in this sense is not confined to visible manifestation alone; for the same atoms which make up solid substance, also make up the elements of space. To our present knowledge, there are some hundred odd elements; out of which innumerable compounds and compositions are created. We are living in what could rightly be called a chemical universe; conceived out of Intelligence, and perpetuated by Force. Each manifestation we see about us is the effect of chemical action and reaction. Light, heat, sound, growth and disintegration, are all chemical actions. And believe it or not . . . thought is also a chemical action!
106 形有るものの原子達をこの世に存在させ、活性化させているのはこの力なのです。しかし、この形有るものという意味は目に見える創造物だけに限定されてはいません。何故なら、硬い物質を造り上げる同じ原子達が、宇宙の諸要素を造り上げているからです。私達の現在の知識では、百余りの元素がありますが、その中から無数の化合物と複合物が造り出されています。私達は正しく化学的宇宙と言うべき中で暮らしているのです。即ち、知性の中から孕まれ、力によって永続されているのです。私達が目にする個々の創造物は化学的活動と反応の結果です。光、熱、音、生長や分解は全て化学的反応です。そして信じないかも知れませんが、想念もまた、化学反応なのです。

【解説】
 人体は細胞レベルでも60兆もの細胞から出来ており、それらは互いにバラバラに存在するのではなく、一人の人体を構成しています。その先の原子・分子の世界になるとどれほどの数が存在するか、見当もつきません。これら全てが本項で言う一つの力(Force)が由来で造られているという訳です。もちろん、その力は何か特殊は要素というよりは、万物を存在させている力と言った方が良いかも知れません。
 私達は自身も含めてこの化学的世界に生きている訳ですが、文末にあるように私達の想念や印象すらも原子の化学反応だと指摘しています。つまり心湧き立つ素晴らしい印象を持つ時、それらは単に精神的な高揚に留まらず、身体各部の細胞更には周辺の環境を構成している原子・分子達に驚くべき作用をもたらし、生命力を与えることになります。
 想念自体が化学反応の性質があるとしていることは、想念の伝達や作用その他が他に伝播する時のことを想定すれば、良く理解されるかも知れません。体内に起こる化学変化と想念は密接に繋がりあっているという訳です。
 また同時に、私達はテレパシー問題は心霊その他の神秘主義からのアプローチは誤りであることについても明確にして置く必要があります。本講座は想念活動は原子に由来すると具体的な解説をしているからです。即ち、私達の探求の目線は、自らの身体や周辺における原子達に振り向け、そこから来るメッセージに耳を傾けることが必要になっています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落105

105 Of universal force we know little except that it has two fields of action; attraction and repulsion. These are transformed into energy, which pervades all substance, or form. We recognize force only by the effect of its actions, which in mechanical fields is known as energy; and in psychological studies as thought, emotion, etc.
105 私達は宇宙の力について、只、それが引力と斥力という二つの行動の場を持っているということ以外、ほとんど知ってはおりません。これらの場はエネルギーに変換され、全ての物質、或いは形に行き渡っています。私達は力をその行動の結果から認識するだけであり、その力は機械分野ではエネルギーとして、心理学の研究においては想念や衝動等として知られています。

【解説】
 宇宙における力の本源が引力と斥力、即ち吸引と反発から成るものであり、その結果生み出されるエネルギーの一つに想念があると本項は説明しています。
 電気や磁気にはプラスとマイナス、NとS極があるように全ての力の本質はこの2つの対になった性質の要素から成り立っています。よく言われるように水面の波の伝播は各ポイントにある水の粒子が上下に振動する中でエネルギーが隣接する粒子に次々に伝わる現象です。これら振動現象は物質の波のみならず、電気や磁気の波についても当てはまるものでしょう。
 ここで考えるべきは、私達の想念についてです。想念を衝動の波だと考えれば、その伝播も上述の波の場合と同じような仕組みが考えられます。私達自身の心も含めて、宇宙空間には、想念を容易に伝播する要素が詰まっており、その媒体を通じて想念は容易に宇宙くまなく伝播するというものです。まだ、明言できる状況ではありませんが、ある種のエネルギーとして想念を見る時、それらは宇宙くまなく伝播する波動と見ることが出来、私達は自分の心の中を一瞬、通過する想念波動を感知することで、想念の内容を理解するというような仕組みかと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落104

104 To the best of man's knowledge, the universe is composed of three things: Intelligence . . . Force . . . Form. I have used the term intelligence here for lack of a better word. No language on earth possesses descriptive powers to define the true meaning of Cosmic Intelligence. We simply know that out of this Supreme Intelligence emerges all manifestation. Force and Form can be measured; one as an impulse, or energy; the other as a manifestation, or form. But the Creator of both, the Father principle in Christianity, is beyond the comprehension of mortal mind to understand.
104 人間の知る限り、宇宙は三つのものから成り立っています。知性、力、そして形です。私は知性という言葉を他により良い言葉が無い為に使って来ました。地球上の如何なる言語も宇宙英知の真の意味を定義できる表現力を持ってはいません。私達は単に、この至上なる知性から全ての創造物が出現したことを知っているだけです。力と形は計ることが出来ます。前者は衝動、或いはエネルギーとして、後者は現出した創造物、あるいは形としてです。しかし、両者の創造主であるキリスト教で言う父性原理は人間の心の理解を超えた存在なのです。

【解説】
 宇宙を構成する3要素を著者は英知と力と形の3つであると説明しています。この内、力(原文ではForce)は物質に秘められたエネルギーとして自然界の潮流をはじめ、惑星の運動や天空の雷鳴等として私達も理解することが出来ます。しかし、「英知」なるものは目で直接見えるという訳には行きません。それを見ようとする努力の末にようやく気付くことが出来るものと言える訳です。
 この3つの要素を等しく観察することが求められている訳ですが、私達にとっての課題はこの「英知」の存在に気付くことが最大のテーマとなります。形あるものであれば実施に見せ、手に触れさせて相手に認識させることが出来ますし、目に見えないエネルギーも温度の変化や目の前に繰り広げられる様々な現象により、その存在を理解することは可能です。
 しかし、「英知」については、その存在を各自が研究し、自然界の仕組みを理解して行く中でその存在に気付くものであり、ひとえに各自の探求にかかっていることになります。しかし、ひとまずはこの英知の存在に感謝し、自らもその子供として英知に依存する生活を送るようになれば、英知との距離も短くなり、より身近な存在になると思っています。全てを知る者、即ち英知に従った生活を送るようになれば、疲れも失敗もない穏やかで豊かな生活に変貌することは間違えありません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落103

103 As we take up the subject of telepathy, or thought-transference, we must learn something of thought itself. To do this requires an understanding of the universe in which we live, for man is a product of Nature; and in his natural mental state, aligns himself with its laws either consciously or unconsciously.
103 私達がテレパシー、想念移動の課題を取り上げる際、私達は想念自体についての事柄を学ばなければなりません。これを為すためには、私達が住む宇宙についての理解が必要です。何故なら、人は大自然の産物であるからです。そして人は自然な精神状態において、意識的或いは無意識に自分自身をこの諸法則に従わせるのです。


【解説】
 私達が盛んにテレパシーを騒ぐ一方で、私達は想念や印象についての知識は貧しいままの状況です。未来を予測したり、相手の感情を読み取ったりすることが出来る者を崇めるだけで、何一つそれがどのような仕組みで実現するのかまでは、知ろうとしなかったことに改めて気付かなければなりません。
 この問題を掘り下げ、研究する為には、人間の内側のみならず宇宙について学ぶ必要があると本項は説いています。何より私達の想念や印象は一見、私達の身体の内側だけの話に思いがちですが、その内側こそ宇宙の因にも繋がる大きな意義を持っているということでしょう。
 この宇宙の因とも言うべき、想念や印象が湧き起こる空間は、物質の根源にも通じる力を有しており、般若心経に言う「空」に似た壮大な空間を指すようにも思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第4章-段落102

CHAPTER IV 
Thought As Energy
102  This clearer understanding of the basic working of my mind, awakened me to the realization that impressions came through many different channels. It would now be necessary for me to study each one carefully to see whether it stemmed from a carnal origin, known as effect to effect, or if it were a truly Cosmic impression; coming from the Cosmic Cause to the pure Cause (or Force) within me.
第4章
エネルギーとしての想念
102 私の心の基本的な働きに関するこのより明確な理解は、私に印象類というものは様々に異なるチャンネルからやって来ることを悟らせることとなりました。私にとって、個々の印象を注意深く、それがいわゆる結果から結果として知られるように、肉欲に起原があるのか、或いは真実、宇宙の因から私の中にある純粋は因(或いはフォース)にやって来たものであるかを研究することが今や必要となるでしょう。


【解説】
 想念や印象の出所は多様であることを私達はよくよく自覚しておく必要があります。とかく私達は次々に来る印象をそのまま受容し、いつの間にかそれらが導く世界に浸ってしまうことが多いものです。しかし、それらの源が自らの心や他人の心から発せられたものの場合、私達は進化の道とは離れた場所をさまよう結果になりかねません。小説を読む場合、その描く世界が私達に少なからぬ影響を与えることもその例の一つです。
 しかし、私達が求める想念や印象は更に高次なものである筈です。それを受入れる為には、私達自身の受信機自体も高度なものでなければ同調できる筈もありません。少しずつですが、自らの感性のレベルを高め、より精妙なものを求める姿勢が大切です。その上で、時として高次な印象も入って来るという訳です。
 時々刻々入ってくる想念や印象を何らの精査もせずこれまで過ごして来ましたが、これからはそれぞれが帯びる性格等も注意しながら、その出所を調べる心がけが必要です。これが即ち、想念観察にもつながる訓練の一つでもあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落101

101 We, too, are under this law. That is why we are driven by an inner urge to strive beyond our present limitations toward a higher understanding.
101 私達もまた、この法則の下にいます。それが私達が、より高次な理解に向かって自分達の現在の限界を越えようと努力するよう内なる衝動によって促される理由です。


【解説】
 自然界における他の生きもの達と同様、宇宙から直接もたらされる諸印象から日々の行動の指導を受けることを、私達の目指す本分としなければなりません。それこそがこのテレパシーを自己開発する目的でもあるのです。
 その為には、やって来る印象を心を通じてでなく、自らより率直に受け止め、従来のように心の差配を経ることなく、行動に移すことが重要になります。印象に従うということです。
 これには印象を贈ってくれる源への絶対的な信頼が前提となる訳ですが、自然界を観察して分かるように、他のいきもの達は例外なく、自らの生命をその贈り主に委ねていますし、その信頼があって初めて成立する関係であると思われます。
 これらのことを理解した上で、私達は次なる章に進むことになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落100

100 In Nature, this urge for action comes directly from the Cosmic Cause of all creation. She does not arbitrarily try to grow a pine tree from an apple seed, but follows the archetype set down by the Creator. Therefore, the universe moves in orderly manifestation of creation and recreation.
100 自然においては、行動に対するこの衝動は全創造物の宇宙的因から直接やって来ます。自然は勝手にリンゴの種から松ノ木を育てようとはせず、創造主によってセットされた原型に従うのです。ですから、宇宙は創造と再創造の秩序ある現れの中で動いているのです。

【解説】
 ここに私達人間の本質的な課題と可能性があるように思います。本文にあるように、人間以外の生きもの達には身体を動かす為に「心」が介在することは無いと明確に示されているからです。自然界の生きもの達は宇宙の源泉から直接行動の指針を受けており、私達のような心を介在させていないという訳です。
 その結果は、私達が見る通り、自然界では秩序ある美しさが表現され、生きもの達はその精一杯の自己表現をし、日常の活動を果たすのに労を惜しむことはありません。どうも日常の仕事を自らの才能の発現として歓んで行っており、そこには死に対する恐れは一切見ることは出来ません。
 これら彼らの活発な生活ぶりは、地面を忙しく歩き回るアリ達の姿が象徴するように、ただひたすら今を生き、身の危険を顧みることはない典型となっています。何故、かくも彼らは勇敢なのか、その答えは彼らが自らの日々の行動の指令を本文で言う宇宙的因から直接受けているからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落099

099 This, of course, is but one level of impressions, yet one that is very important for man to understand; for it illustrates the dependency of all life upon thought, or intelligence. It is from this level of impressions that many carnal minds form their limited, opinionated, thought-patterns or habits.
099 このことはもちろん、印象の一つのレベルでしかありませんが、人にとっては全ての生命が想念、あるいは知性に依存していることを理解するという点で大変重要な所です。多くの肉欲の心がそれらの限界に満ちた、頑迷な想念パターン類、或いは習慣を作り出すのはこのレベルの印象類からなのです。


【解説】
 本項に説かれているように、これら身体の動きに関する脳の指令と肉体各部の動きの関係は基本的な想念の働きを示すものです。実際にはそれより高次元の想念・印象の働きもあるのですが、私達が長年、心による支配を受けていたのは、このレベルの想念活動であると著者は明かしています。
 つまりは、肉体の各部位を心がコントロールするという構図です。従ってこれらの仕組みの中にこれまでの私達の問題が潜在していることになります。言い替えれば半ば自動的に心が外界を判断し、肉体に指示を与え、行動をとる為、十分考察、研究することなく移り行く現象に追われているのが私達なのです。
 これら習慣的想念活動の他に、更に精妙、深遠な想念活動もあると本項は暗示しています。私達が現象界に捉われなければ、更に深い世界が拡がっているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落098

098 As we mature, orders from the brain come automatically; but watch a baby learning to walk. His first attempts are made through the conscious effort of placing one foot before the other. Analyze your own movements. Say your hand has just reached up to brush a hair back from your forehead. You will find when you trace the action that you were first aware of a tickling feeling on the skin. If you analyze this action carefully enough, you will discover that the message telling of the tickling sensation was sent to the brain, which then gave the order to the hand to reach up and brush the hair away. Through habit, most actions become sense reactions; but our so-called sense reactions are intelligently controlled. The things we do now with no conscious thought, were major projects at one time in our development.
098 私達は成長するにつれ、脳からの指令は自動的に来るようになりますが、赤ん坊が歩くことを学ぶのを観察してご覧なさい。彼の最初の試みはもう一方の足の前に別の足を置こうとする意識的努力を通じて行われます。貴方自身の行為を分析しなさい。例えば貴方の手が貴方の額から後ろに髪を撫でようと今、手を伸ばしたとします。貴方がその行為を振り返る時、貴方は最初、頭皮にくすぐったい感じがしたことに気付くでしょう。もしこの行為を注意深く分析するなら、貴方はくすぐったい刺激を伝えるメッセージが脳に送られ、次に脳が手に手を伸ばして髪を後ろに撫でるよう命じたことを発見することでしょう。習慣からほとんどの行為は感覚の反応になっています。しかし、私達のいわゆる感覚反応は知性的な制御を受けているのです。私達が今日、何ら意識的想念を持たずに行っている物事は私達の発達過程の中では一時期、主要な事業であった訳です。


【解説】
 誕生したての赤ん坊は乳を飲むこと以外、何も自ら行動することは出来ませんが、その後の生長により、誰もが日常生活を苦無く送れるだけの能力を持つに至る訳ですが、その歩みの過程で、肉体を支配する心なるものの拡大が進むということになります。
 心が増長する前の幼児には生きた神性を見ることが出来ますが、年齢を重ねるにつれ、心の増長が目立つようになり、争いごとや心配事も増えることになります。これらは増長した心が外界と衝突することで起こる訳で、自然と調和した生き方が求められている所です。
 心の発達により、肉体の支配、更には外観重視の結果、衣服や化粧品の消費・生産が進み、アルコール飲料の生産などは今や一大産業になる程、拡大しています。習慣に流され易い人間の心をターゲットにしたビジネスを目論む社会の仕組みも生まれています。
 私達はこれまで、あまり分析もしないまま、習慣的に半自動的に行ってきた行為も多いのですが、今一度その行動を分析し、是正すべき点の所在を確認して方が良さそうです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落097

097 Normally, we are not aware of these thoughts; and we would indeed live in a slow-motion world if every action had to be expressed consciously in this manner. Yet no movement or action is possible without first having a blueprint drawn and an order given. The command for every physical move must first be a thought in the mind.
097 普通、私達はこれらの想念には気が付きません。また、もし一つ一つの行動が、このように意識的に表現されなければならないとしたら、私達は確かにスローモーションの世界に生きることになってしまいます。しかし、最初に青写真があり、指令が与えられなければ、どんな行動も不可能です。あらゆる肉体の動きに対する指令は最初に心の中の想念でなければならないのです。



【解説】
 私達が抱える問題の源が「心」なのですが、その心は本項に示されるように、人間の様々な行動を一つ一つ指示するという重要な役割を持っていることが分かります。逆に言えば、心無くして私達は行動を何一つ起こせない訳です。もちろん、心が抵抗の姿勢を取る、或いは落胆して何もやりたくなくなった場合には、外部の者がどのように働きかけても一歩も前に進ませることも出来ません。心が凝り固まって何も受け付けなくなると、本人は何も出来ない状況に陥ってしまうことになります。
 他方、私達の身体の中には心による影響を受けない器官も多くあります。心臓その他の臓器がそれです。それらは心が落胆しようと有頂天に喜んでいようと、或いは眠りについていても関わり無く所定の活動を行います。しかし、それらも心の指令を受ける器官と同様、何らかの指示を心とは別のところから受けているものと思われます。その指導的想念こそ、宇宙本源から放出されているものであり、私達が求めている印象の筈です。
 これら心とは別に人体の維持に不可欠な生命活動を支えている印象類の流れを自ら探求することがこれからの私達の学習目的になるものと思われます。手ごわい「心」を見つめて、それを本来の位置に据えなおすことによって、それが可能になるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落096

096 For instance: you are reading. When you reach the bottom of the page you will turn it and continue to read. Yet, before your hand made the slightest move to turn the page, your mind first had to formulate the thought, "This is the end of the page. Turn it and continue reading the next."
096 例えば、貴方が本を読んでいるとします。貴方がそのページの最後に到達したら、貴方はページをめくり、次を読み続けるでしょう。しかし、貴方の手がページを返そうとわずかな動きをする前に、貴方の心は最初にその想念を形作る必要がありました。「ページの終わりだ。ページを返して次を読み続けよう」と。


【解説】
 実は全ての行動は心の指示に基づいているのです。即ち、私達の行動は心の反映であると言っても良いでしょう。その点について最近思うことは、本書が執筆された当時、世の中に出回っていなかったコンピュータゲームなるもののことが気になっています。以前にも書きましたが、ゲームの仮想空間の中では多くの戦いが設定され、小型のゲーム端末のキーを操作して相手を倒し、殺すことで多くのゲームが進行して行きます。
 この場合、注意したいのは、仮にゲームの仮想空間の中とは言え、ゲームに興じる者は自身で殺人を体験していることになります。これら殺戮のゲームが著者の心にどのような影響を及ぼすかは明らかであり、今日の社会悪化の元凶のような気がしています。
 今や無人飛行機ではるか離れた基地から敵地を居ながらにして攻撃する時代になっており、無人機の操作パイロットはゲーム感覚で実際の戦争をする時代になりつつあります。
 結局、形態はどうであれ、そのような行動に対する指示は心が放っている訳で、心はその行動に対する責任があることになります。普段、私達が何気なく行っている行為も、その全ての行動の指示指令は私達の心が行っていることを、私達はよくよく自覚する必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落095

095 I then turned to analyzing what impressions were, and found many of them to be what we classify as thoughts; our conscious thoughts, as well as the commands our minds are constantly transmitting to the various parts of our bodies.
095 私は次に向きを変えて印象類が何であるかを分析することにしましたが、その結果、それらの多くが私達が分類上想念とするもの、私達の意識に浮ぶ想念類であるとともに、私達の心が私達の身体の様々な部分に絶えず発している指令であることが分かりました。


【解説】
 よく自分を見つめることの必要性が説かれますが、その内、最も重要なのは本項で述べられているように、自分の想念に向き合うことです。その人の人格を作り出す源はその人の抱く想念です。そのレベルを自ら見極めることは、第一歩になります。
 想念は行動を支配することから行為の原因は想念に行き着くことになります。よく犯罪捜査で、動機が事件解決のカギになるとされますが、それもこの想念に帰着する訳です。
 さて、これまで私達は本項座で想念や想念の伝達について学んで来ましたが、私達の想念のレベルの実態はまだ、本来の想念を取り扱う段階には至っていないように思われます。私達の多くが想念として認識しているもののほとんどは、既存の感覚の反応、即ち感覚の意見でしかないようです。まだ、私達は宇宙本源につながるような想念やアイデアに接する機会は少ないということでしょう。
 しかし、これら真の有益な想念・アイデアは宇宙に満ちていると考えるべきです。通常の私達の心が自らの感覚の意見に振り回されている為、それに気付くことなく過ごしてしまっているという訳です。こうした本来の想念やアイデアに触れる為にも、先ずは自分の心を見つめる必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落094

094 This called for a great deal of patience; but I was finally able to train my senses to listen so they could receive impressions without question. Admittedly, this was most difficult to do, for the old thought-patterns insistently reappeared and gave their interpretations to my mind. But as I continue to gain control over my sense-mind, my impressions became more distinct; containing an increasing number of thoughts of a universal nature, with less involvement in personal opinions.
094 これは非常に多くの忍耐を要しましたが、私は最後は自分の諸感覚を疑義を差し挟むことなく印象を受け取れるよう耳を傾けられるように訓練することが出来ました。正直なところ、これを為すのは最も難しいことでした。何故なら古い想念のパターンがしつこく現れ、私の心に彼らの解釈を与えたからです。しかし、私が私の感覚心に対しコントロールを掛け続けた結果、私の受ける印象はより明白なものになり、個人的な意見についてはますます含まなくなる一方、宇宙的な性質の印象はますます数を増して来たのです。


【解説】
 通常、私達は湧き起こる想念に対して半自動的に既存の四感覚が裁きを行った後に認識するような状況になっているのではないかと思われます。常に心の判断・評価を経た状態でようやく認識するという具合です。
 しかし、これでは何時になっても四感覚の支配から抜け出ることは出来ません。私達は素直にありのままの状態で想念と接するよう努力する必要がある訳です。
 著者自ら、自分のこれまでの粘り強い訓練について本項で語っています。最も強力な敵は自分自身にある訳で、辛抱強く心を統制して行く他に道はありません。
 しかし、ある段階を過ぎると展望が開けてくることも事実です。想念が本来携えているビジョンを認識出来るようになれば、益々これら因からの支援指導の声を聴くことになるからです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第3章-段落093

093 Fully realizing that my next step must be the discipling of my senses and the observation of impressions received by my mind, I decided on a definite plan to follow, a sort of mental ledger. On one side I placed all thoughts received throughout the day that were of a personal nature; and on the other side I recorded the universal thoughts upon which I had acted. At the end of each day I would tally my score to decide whether limiting, personal opinions, or universal insight had governed the day.
093 そのことを完全に理解した後、私の次なるステップは私の諸感覚の鍛練と私の心によって感受された諸印象の観察である筈で、私はある種の精神面の取引記録という追うべき明確なプランを決めました。片方には一日を通じて個人的な性質であった想念の全てを置き、もう一方には私は私が行動した宇宙的な想念を記録しました。毎日の終わりに私は限界がある個人的な意見か、宇宙的な洞察がその日を支配したかを決着する為、得点を集計することとしました。


【解説】
 自分の心の状態を知る為に古くから行われている想念観察の手法が、本項で紹介されています。ポイントは誰一人見るものではなく、正直に自分を見つめる手法として自分が日常的に抱く想念の実態について知る必要があるということです。
 即ち、善悪良否の区別をすることが目的でなく、あくまで自らの想念の実態について観察すること(Observation)が重要と思われます。白日の下にありのままを観る中で、悪とされるもの(即ち、未熟であり良でないもの)は自然と消え去るように思われます。従って冷静公平に観察する中で、真善美なるものしか残って行かないように思われるのです。
 これら想念観察は一つの手法であり、日常生活の中で湧き起こる想念を迅速にメモすることは大変ですが、著者はそれを実行した結果、成果を上げたと私達に説いているのです。
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