2014年03月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落051

051 My problem then was, how could I open my mind to became aware of this Supreme Intelligence?
051 私にとっての次なる問題は、どうしたら私は自分の心を開いてこの至上なる英知に気付くようになれるかという事でした。

【解説】
 誰でも宇宙の源泉から来る印象に触れたいと思っていることでしょう。しかし、ある人には出来て、何故自分にはその機会が来ないのかについては、深く考える必要があります。
 自然は平等であることは明らかです。その中でこうした印象に触れられないのは全く、私の側に問題があるということでしょう。その取組み姿勢や環境、歴史的な背景の違いも原因として挙げられるかも知れません。しかし、とりわけ重要なのはこの問題に対する本気の度合、覚悟であると考えています。
 問題解決に向けた扉を叩く気持が真剣であれば、創造主は折を見計らってチャンスを与えて呉れると思っています。こうした問題は他人に頼まれて実行するようなものではありません。自分自身の課題として、独り取り組む必要がある訳です。言い換えれば、貴方ご自身と創造主との関係の問題であり、その課題は他人はアドバイス出来るとしても、あくまで実行するのは本人自身です。
 その為に本講のように講座の解説の一例を示すことは出来ますが、それを読んで終わってしまっては、折角のチャンスを逸します。少しずつでも実行し、成果を体験しながら、こう言う私を後に、前に進んで行って欲しいと思っています。"自未得度先度他"ということです。

自(じ)未得度(みとくど)先度他(せんどた)」の心とは「自(みずか)らは未(いま)だ得(え)ていなくても、まず先(さき)に他(た)に得(え)させてあげる」という利他救済の心のこととされています。(坂村真民の展覧会で見つけた言葉です)

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落050

050 The answer came silently, yet with unmistakable knowing. "Those who do not receive have closed their minds to the Cosmic Intelligence."
050 その答は静かに、しかも揺るぎない知識を伴ってやって来ました。「感受しない者は宇宙の英知に自らの心を閉ざして来たのです。」

【解説】
 どうして他の動植物は創造主からの印象を享受しているのに、人間だけがそれが出来ないのか、本項は明確にその理由を記しています。人間自ら、その声に心を閉ざしているという訳です。
 この問題は単純と言えば単純ですが、実際に取り組むのは容易ではありません。「悟り」と表現される状態が長年月の修行の末に辿りついた心の状態を指す訳ですが、そこに至るまでには長い時間の心に対する修練が必要であった訳です。私達には自尊心をはじめ、羞恥心、妬み、驕り、貪欲など様々な問題があります。また生きている現実環境は競争社会であったりして、その中で生き延びる道を求めて歩んでいるからです。
 こうした中で人間の本質に迫る印象の声を聞こうとする態度は貴重な存在とも言えます。これらは一朝一夕には達成しない課題ですが、その取組みの価値は他に比べるものが無い程、貴重なものであり、私達の次の生涯にも直結する大事な訓練と言えます。
 たとえ目標とする心の状態は容易に達成できるものでなくとも、私達は他の動植物を良く観察し、自然の中の生きた事例から多くを学び取らなければなりません。彼らの生き方や死に方を手本として自然の法に沿った生き方とは何か、瞬間的に湧き起こる宇宙的印象に従うことは、どのような心境を指すのかを学ばねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落049

049 As I continued to watch the birds, insects and animals, I noticed they were alert to climatic changes before these took place. Heretofore, I had been content, as were others, to say, instinct; and relegate it to the realm of the mysterious extrasensory perceptions. But now this answer no longer satisfied me. I wanted an understanding of the awareness that had alerted the seedling oak to the topography of the terrain, then guided its roots in the proper direction; for I could now see that in the animal kingdom, this same instinct, or awareness, alerted the squirrel to the coming of a severe winter, warning him to store extra food to carry him through until spring. Why did not man, the highest expression of the Creator of forms, participate in this alertness?
049 私が鳥や虫、動物達をじっと見守るにつれ、彼らが気候変化が起る前にそれらに十分気付いていることに気が付きました。これまででしたら、私は他の者達と同様、本能と称して満足し、それを神秘的な超感覚的な知覚力の領域に追いやっていたことでしょう。しかし、今はこの答えでは私を満足させません。私は樫の木の苗木に土地の地形を知らせ、その根を適切なる方向に導いた覚醒状態に関する理解が欲しかったのです。何故なら、今では、動物界の中でもこれと同じ本能、ないしは覚醒状態がリスに厳しい冬の到来を知らせ、春までの余分な食料を保持するように警告しているのを見ることが出来るからです。形有るものの最高位の表現である人間がこの覚醒状態に参加していないのは何故なのでしょう。

【解説】
 私達のテレパシー開発の目的の一つが、本項に記された予知能力を身に付けることにもあります。それにつけても昔から火山噴火や大地震の前に動物達の異常行動があったと伝えられています。そういう意味では明らかに動物達は未来の出来事を予知する能力を持っていると言えるでしょう。
 しかし、その仕組みは一般的には理解されておらず、単に「神秘」や「本能」というレッテルを貼られるだけでした。本講座はそれを深く研究し、そもそも予知や遠隔透視とはどのような原理で起こるものかを探求している訳です。これについては本項座を進んで行く中で理解が深まるものと考えています。
 根本は宇宙源泉からの啓示ということになるでしょうが、私達の心がそれら源泉の方向に耳を傾け、眼を凝らす中で自然にそこから無尽蔵に与えられる印象(情報)に気付くことが出来るようになる筈です。仏教では観音様や阿弥陀様の導きに素直に従うこと、その御声を体内に取り入れると表現するのかも知れません。その心境を一度掴めれば、次からはその心境に常時なれるよう自らの心を制御して、その状態を保つことで、次なる導きの声を聞くことが出来ることになります。
 自然の動物達が過酷な環境下にあってもかくも落ち着き、今この時の生活を楽しんでいられるのには、そうした導きの声を聞いているからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落048

048 The longer I contemplated the wonders of nature, the more I realized my oneness with all I beheld. All forms breathed the same air; all enjoyed the blessings of the same sun and wind; all obtained their sustenance from the one source. In fact, no division existed; all were created under the same law of Nature.
048 自然の不思議について考えれば考えるほど、私が見る全てのものと自分との一体性についてより深く認識するようになりました。全てのものが同じ空気を吸い、全てが同じ太陽や風の祝福を享受しており、全ては一つの源泉からそれぞれの支えを得ていました。事実、如何なる区分も存在していませんでした。全ては同じ大自然の法則の下で創造されていたのです。

【解説】
 各自、自分が生きている中での他との関係について観察すればするほど、私達が実に密接につながり合っていること、更にはそれら全てが一つの宇宙にまで遡る生命の源泉に通じていることを知るという訳です。
 こうした自然観察や自身への洞察は、私達の進歩にとって無くてはならないものです。この自覚を発端として、私達は身近なものと宇宙源泉なるものの結びつきを学ぶ訳です。その上で、現状の自分に何が不足しているのか、どういう自覚が足らないのかを学び、自然を教師とする中で、学習のテーマを追求して行くことが求められます。
 テレパシー能力は決して他者から全てを教わるようなものではなく、自ら体験し体得する中で身に付くものと考えています。

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都合により、次回更新は3月26日頃になる見込みです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落047

047 Volumes could be written on this, yet never cover the subject completely. But I believe from the simple illustrations given that the sincere student will find much to intrigue his thoughts. Understanding the interdependency of life-forms is essential before man can grasp the universal truth that, in reality, all life is an expression of the one Cosmic Intelligence.
047 これについては何冊も本が書けるでしょうが、そのテーマを完全に覆い尽くすことは出来ません。しかし、私はこれまでに示された単純な諸実例から、誠実な学習者は自らの思いをめぐらすのに十分なものを見つけられるものと信じています。生命体の相互依存関係を理解することが、人が宇宙普遍の真理を把握する為には必須であり、その真理とは、実際に、全ての生命は宇宙的知性の表現の一つであるということです。


【解説】
 自分が誰のお蔭で生きていられるのか、どのような者達の助けを受けて暮らしを立てているのか、私達はこれまであまりにも自分自身の関心事の中に居て、見失って来ました。
 そもそも私達各自が生きているのは、水や空気に始まり、動植物の恩恵によっています。家畜として暮らし、最後は自らの肉体を提供して呉れる動物も数多く居ます。更には生きるに必要な衣類や道具、その他工業製品も必要です。それらの原料を大地は提供して呉れています。
 このように様々な恩恵の上に私達の生活が成り立つ訳ですが、同時に私達自身も働くことで、他の人々に恩恵をもたらす仕事をしているということでしょう。
 大切なことは本文に著者が明記しているように、各々の生命体が互いに関連して生きており、相互に依存し合っていることに気付くことです。眼には見えないこれらの繋がりへの理解が私達の次なる進化には是非とも必要な要素となっています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落046

046 With the dying of the vegetation the herbivorous animals would starve; the carnivorous ones, their natural prey extinct, would follow suit. And Man, relying upon both the animate and inanimate phases of manifestation for food, could not survive.
046 植物が死に絶えると共に、草食動物達は飢え、自然界の餌となるものが消滅する肉食動物達も同じ後に従うことになります。そして食物を創造の生物、無生物の両面に依存している人間も生き延びることは出来ません。


【解説】
 元はと言えば、花から花に飛び回るミツバチ達の活動が無ければやがて植物達はこの世から無くなり、植物を生存の糧とする動物達も生きては行けないことになります。
 また、昨今では気象変動も大きな影響を与えており、降水量の過少や過大は植物や動物そのものの生存に直接驚異を与える情況となっています。
 このように私達はこの惑星の絶妙な環境バランスの上に生きている訳で、一日たりとも調和が外れた状況になれば、生きては行けないことに注意したいものです。
 その一方で、身の回りの自然環境を眺めれば、春夏秋冬様々な環境変化があり、人々の営みがあります。これら私達が従来、当たり前として来たものの中に、自然法則の具体的で緻密な働きとそれらの従順に従って行動する生き物達の活動があり、それらのお蔭で私達が生きて行けることを自覚しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落045

045 The bird would no longer have the high, sheltering branches of the tree in which to build a nest to protect her young from prowling animals. Her food supply of insects, grubs and worms would be gone; and the wild berry bush on the hillside, no longer pollinated, would not bear.
045 鳥はもはや幼鳥をうろつく動物達から守る為の巣を作る高く、身を隠す木の枝を手に入れることは出来ません。鳥の餌となる昆虫や地虫、ミミズ達は姿を消すでしょうし、丘の斜面の木イチゴの茂みはもはや受粉することはなく、実を付けることもないでしょう。


【解説】
 この一、二年ブラジルに仕事で出向く機会がありました。その中で日本とは異なる植生世界を見ることも多く、興味深い経験もしています。その中の一つに「パラナ松」があります。正確には「松」ではないようですが、現地ではそう呼ばれています。通常の松と異なるのはその枝振りが全て水平に伸びることです。若木の頃は通常通りなのですが、成長するにつれ下の枝が落ち、上部の枝は横に張り出します。その枝木は鳥達にとって格好の止まり木であり、とげの多い葉は他の天敵から鳥達を守って呉れるようです。木々は鳥達を支える大きな後ろ盾だと言えるでしょう。
 このパラナ松、太古からパラナ州にだけ生息するもので、近くでその幹を見ると、トゲトゲがあり、いかにも頑丈な木肌をしています。現地ではその保護政策が行き渡っており、パラナ松を伐採することは原則、許されておりません。建物はその木を避けて建築されています。
 さて、本文に戻れば、こうした木々は昆虫達に生存を依存していないかも知れませんが、昆虫達が居なくなり、植物の受粉が無くなれば鳥達は毎日の食べ物を失うこととなり、生きては行けません。自然界のあらゆるものは互いに依存し合って生きていることを如何にして理解するかが私達にとっての最初の課題となっています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落044

044 Have you ever stopped to consider what would happen to our planet if insects were to be suddenly withdrawn? Life, both animate and inanimate, would cease. Mother Nature depends largely upon these tiny life-forms for pollination. Remember, it is the bees and others of the insect world, laboriously traveling from blossom to blossom that propagates for her. So without the vital part they play, all vegetation would eventually die out
044 貴方はもし、昆虫達が突如として引き上げたらこの惑星にどのようなことが起るかを考えたことがありますか?生物も無生物もともに生命は途絶えてしまうことでしょう。母なる自然はこれら小さな生命体に受粉の多くを依存しています。花から花に精一杯移動し自然の為に繁殖しているのは、昆虫の世界のミツバチやその他のもの達であることを忘れないで下さい。ですから、彼らが果たすその極めて重要な役割無くしては、全ての植物はついには死に絶えてしまうことでしょう。


【解説】
 どなたにも蜜を求めて花から花へ慌しく飛び回るミツバチその他の昆虫を眺めたことがあると思います。また古来より人間はハチミツを栄養に富んだ食品と気付いていました。そのミツバチ達の活動の本来の意義は花の受粉活動にある訳で、私達人間のハウス栽培のみならず、自然界のあらゆる植物の受粉を担う彼らの活動は無くてはならないものです。
 そのミツバチが最近、急速に数を減らしているというニュースが流れています。農薬その他の原因が指摘されていますが、また確定していないようです。これら小さな働き者が植物界の繁栄を支え、更には人間を含めた動物界の生きる糧を支えていることに私達は気付かねばなりません。
 故熊田千佳慕のミツバチの絵本を一度、見たことがありますが、実に繊細、克明に描かれています。あるテレビインタヒューで熊田氏は「自分は線で画を描く。そこには消しゴムで消すような作業は無く、よくよく観察した末、画に向かう時は線の一本一本迷うことなく描くことを心情としている。」という趣旨のお話をされていました。
 良く観察するとは、そのように対象と一体感、同一感が得られる程に相手に関心を持ち、心のレベルにおいても同化するような観察を言うものだと思います。そうすればたとえミツバチ一匹とも意思を通わせるまでの交流が出来るように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落043

043 Tracing the intricate blendings of nature makes a fascinating study. Every level is interlaced with all others. For example, the little insects and burrowing creatures contribute their important share to the common welfare; for their subterranean activity aerates the soil to promote lush growth. Now, let us take this thought a step further, and look at the indispensible part insects actually play in the perpetuation of life-forms on earth.
043 複雑に融合している自然を探究することは魅力ある研究になります。あらゆる段階が他の全てと織り込まれています。例えば小さな昆虫や穿孔動物は共通の福利に対する自分達の重要な役割で貢献しています。何故なら、彼らの地下の活動は土壌に空気を与え、青々と繁茂する植物の生長を促進しているからです。今度は更にこの考えを一歩先に進めて虫達が実際に果している地上における生命体の永続にとってかけがえのない役割を見ることにしましょう。


【解説】
 以前何処かで地中に生きるミミズは1日に自分の体重の半分以上の土を食べ、それらを団粒化し、土壌の通気性を高めることやオサムシその他の多くの昆虫は他の動物の死骸を分解し、土壌の腐敗を防ぐ等、自然界の物質の円滑な循環を担っていることを聞いたことがあります。
 私達が普段気付かない所で、多くの昆虫達、動物達が活躍し、その上に私達の生活が成り立っていることが分かります。
 著者アダムスキー氏は本項の中で、ファーブルに似た観察眼を持って身近な自然を研究せよと説いているのです。他人から教えられた知識でなく、自ら自然の中の生きもの達の普段の活躍振りを自らの眼で確認し、私達がそれら多くの生きもの達の活動に依存して生活していることを自覚せよと説いているのです。
 とかく私達は全て自分の思い通りに生きていると考えがちですが、実際には私達の生活はその全てをこれらあらゆる生きものによる見事に調和した活動の上に成り立っているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落042

042 On every level (such as insect, bird, and animal), the Life Force animates all forms, which also have a certain reasoning power; yet there is an eternal blending between this animate and inanimate phase. And Man, the highest form of creation on earth, is dependent upon all.
042 一つ一つの段階において、(例えば昆虫や鳥、そして動物等)、生命力は全ての形あるもの達を動かしますし、その形あるものはある程度の論理力を有していますが、また同時にこの生物と無生物の相の間には永続的なる融合があるのです。そして地上における最高位の創造の形を持つ存在としての人間は、全てに依存しています。


【解説】
 花壇を動き回る昆虫や空を飛び交う鳥達等、動物は文字通り動く訳で、それを動かす源泉が生命力(Life Force)だと説いています。ここではその生命力からの指示を把握するだけの知性はそれぞれの創造物には備わっていること、更には生物・無生物に係らず常に融合作用が起こっているとしています。
 テレパシー開発の上で大切なポイントはこれら身の回りの創造物に対して、生物・無生物の区別なく接することではないかと最近考えるようになりました。よく「以心伝心」という言葉があるように、親しい者同士の間には想念のスムーズな流れがあるように思われるからです。
 そういう意味でも、私達人間がその衣食住等、全てを他の創造物に依存している訳で、それらとより親しく接し、互いの意思を分かり合える間柄になることを目指したいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落041

041 (In my references to the animate and inanimate phases of manifestation, I am using the words as we understand them. In reality, these divisions do not exist; for all expressions of life are active. )
041 (私の前述の創造における生物と無生物の各状態に関連して申し上げれば、私はそれらの言葉を私達が理解している通りの意味合いで用いております。しかし、実際にはこれらの区別は存在しません。何故なら全ての生命の表現は活動的であるからです。)


【解説】
 生物と無生物の区別は無いのだと本項は説いています。
 このことは既に私達も原子・分子等各々の構成要素には何ら区別がある訳ではないことを学んでいますが、肝心の概念の上では十分な認識は育っていません。同様なことは植物と動物の区分についても当てはまります。
 しかし、少し詳細に調べれば、微生物の世界では動物とも植物との言えるような原生動物(例えばミドリムシ)も存在しますし、自然は多様な形態に溢れています。
 逆に言えば私達はこれまで無生物として来たものに対し、より以上に愛着を持ち、あたかも友人や兄弟のように接することも大切なことではないかと考える次第です。磨かれた石には内部の美しい文様が浮かび上がり、秘められた美の造形を目にすることが出来ます。まして全山、これら岩石から成る山に対しては、私達日本人は古来からその山を崇めて来ました。また人間世界を見つめて来た大木(たいぼく)に対しては、しめ縄を飾って霊木、人智を超える智恵を持つものとして大切に接して来た訳です。
 このように私達の祖先は自然界にあるあらゆるものの中に神性を観るという優れた感性を有していた訳で、そういう意味ではテレパシー能力開発の上から、十分なる下地が出来上がっているということになります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落040

040 Yet they do not use mathematical calculations to estimate the stress the rushing water will exert upon the finished dam, nor do they need mechanical tools to anchor it securely or build it to the prescribed height. Here, as in the inanimate kingdom, we find nature's unerring, guiding hand.
040 しかし、彼らはその完成したダムに激流が加えることになる力を予測する為、算術的な計算を行ってはいませんし、彼らにはダムを固定し、或いは所定の高さまで建設する為の機械的な道具類を必要とはしていません。ここでも、無生物の王国におけるのと同様、私達は自然の的確な導きの手を見い出します。


【解説】
 ひと昔前まではコンピューターはもっぱら計算をさせるものでした。面倒な計算手順を機械がすばやく行ってくれるものとして使われていた時期もあった訳です。
 工学の分野は人間が作り出す製品をより確かな性能を発揮する為に必要な寸法や強度について的確な値を導き出すのが仕事ですが、本項で説いているのは、このような手順を一切必要なく自然は直接、生き物達に答えを与えているということです。
 もちろん著者は橋梁や高層ビルの建設等、今日人間が作り上げているこの文明の力量とも言える建造物の設計にこのような工学・技術が不要と言っている訳ではありません。これらの知見に加えてビーバーが自分のダムを作り上げる時のように大自然からの印象に積極的に心を開いて適切な指導を受けて欲しいと説いているのです。
 即ち何か新しい分野に立ち向かう時、全て何も無い状態、これまで誰も試みたことのない世界に立つというよりは、既に答えはそこに有って、宇宙からは常にその答えに向けてアドバイスが流れ込んでいると考えた方が良いように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落039

039 I then turned to a closer observation of the birds, insects and animals. In all three I found the same marvels of engineering. It is interesting to note that much of our present architectural knowledge has been acquired from studying the principles employed by nature. In fact, man thinks so highly of the engineering ability of the industrious beaver, that he now parachutes them in pairs into inaccessible territory so they will build dams to help control the disastrous floods which rush down to the 1ower valleys each spring. In this way, the little animals render man and nature an invaluable service; for where their dams dot the mountain streams, floods and soil erosion are cut to a minimum.
039 私は次に鳥や昆虫、そして動物達を綿密に観察することにしました。その全てで私は植物の場合と同じ工学の驚異を見い出したのです。私達の現代の建築の知識が自然によって採用された諸原理を研究することから得られたことに気付くのは興味深いことです。事実、人は勤勉なビーバーの持つ工学上の力量を高く評価していますので、つがいのビーバーを未踏の地域に落下傘降下させ、彼らが毎年春に低地の谷間に破壊的な洪水を引き起こすのを阻止する為に役立つダムを作らせています。このように、小さな動物達は人間と自然に計り知れない奉仕を尽くしてくれているのです。何故なら、ビーバーのダムは山麓の水の流れを点在させ、洪水や土壌の侵食を最小限に削減するからです。


【解説】
 本項ではビーバーの助けを受ける話が紹介されていますが、動物達の能力の世話になっている意味では、ミツバチによる受粉の例を挙げることが出来ます。
 今日では果物や野菜のハウス栽培が盛んに行われていますが、受粉が必要な果物の生産を支えるのがミツバチ達です。箱の中に一家を構えるミツバチをハウスの中に置いて、イチゴ等の受粉を助け、ハウスの中でイチゴを育てる上でミツバチは欠かせないとされています。
 ここで注意したいのは、これら自然の生き物の協力を得る為には、害虫が出たからと言って農薬を使用することは厳禁であることです。肝心のミツバチも生きて行けなくなるからです。この一例でも自然と調和した生き方とは何なのかについて、様々なテーマを私達は抱えていることが分かります。
 それを為す為には、まず、私達はよくよく自然の仕組みや相互の関係、各々の生き物の能力等を学んで自らの生活をその自然との調和の中で見つめて行くことが必要ではないかと思われます。熊谷守一、熊田千佳慕、その他多くの画家や芸術家は自宅の庭の茂みの中に驚くべき世界を発見していたように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落038

038 Surely, all I beheld around me was orderly, directed, and controlled intelligence in operation. There was no haphazard growth. Each minute detail had been carefully worked out. The orange tree in its native clime, the oak tree clinging to the precipitous slope, and the blade of grass at my feet were all guided and given being by the one Cosmic Intelligence.
038 確かに私が自分の周囲で見守ったもの全ては、秩序があり、指導を受け、統制された知性が働いていました。偶然の成長というようなものはありませんでした。一つ一つの微小な細部が注意深く働き完成されていました。原産地の気候におけるオレンジの木や急峻な斜面にしがみついている樫の木、そして足下の草の葉、全てが一つの宇宙の知性によって導かれ、与えられていたのです。


【解説】
 自分の周囲にあるもの一つ一つを丁寧に観て行くと、私達はそれらが皆、的確に行動し、所定の目的を達しており、それら行動に無駄が無いことに気付きます。
 これは私達人体の活動にも言えることです。私達が心の指示によって行動した結果には多くの誤り、或は重大な過失、更には犯罪まで犯すケースもある訳で、その違いは今後、私達が探求すべき課題になる筈です。
 このように未熟な私達ですが、与えられた人体は素晴らしい機能を有しており、日夜主人である私達の為に働き、その活動を支えています。その繊細で活発な活動を学ぶ為には、先ずはご自身の手や足を観察すれば良く、何処に居ても出来ることになります。むしろ、自らの心の正体を探求する為にも、自身の何処に心が居るのかについても探求したい所です。60兆個ともされる肉体細胞の一つ一つが独立している一方で互いに協調協力して器官その他を構成する等、人体という莫大な世界をどのようにして構成出来ているのか等、理解したい項目が次々に現れることになる筈です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落037

037 My gaze slowly traveled from wonder to wonder until it rested on the grass at my feet. Here, too, was the miracle of creation. As I stooped to study the slender, green blade, I realized humbly that no man on earth could create it. Nature alone had germinated the seed, guided the spear through the hard crust of the soil to the light of the sun, and brought it to full maturity.
037 私の注目は驚きから驚きへと移り、遂には足下の草に止まりました。ここにもまた、創造の奇跡がありました。私は屈んで細めの緑の葉を調べた結果、地球の誰一人としてこれを造り出すことは出来ないことを率直に自覚した次第です。自然が只独り、その種を発芽させ、幼芽を硬い土の塊の中で、太陽の光に導き、完全な成熟まで育てたのです。


【解説】
 普段は何ら気に留めることもなく、踏みつけている野の草一本にも自然の驚異があるのだと本項は説いています。
 種から芽を出し、各々の種の集大成に向かって成長する姿の背後には自然がその成長の詳細を促し、育てていることを私達はよくよく観察し、自覚しなければなりません。
 自然界の生きもの全ては、こうして変化し成長しています。肉眼ではあまり変化は認められないかも知れませんが、それでも1日単位、1週間単位で見ると植物達が驚くべき変貌を遂げることが分かります。花の開花、新芽の成長等、身近に変化を見ることが出来ますし、これら生命活動を支える自然の力に気付くことが出来る筈です。
 私達は本来、こうした植物と同等以上の存在として創造され、より高次な成長に向けた支援・指導の声が与えられている筈です。その声(瞬間的な印象)に素直に従って、自らの成長を遂げることが各自の生きる目的と言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」 第1部第2章-段落036

036 Lifting my eyes to the hillside, I discovered feats of engineering that would have been impossible for man to duplicate not too many centuries ago. Growing straight and strong, a sturdy oak clung to the precipitous slope. Nature had not used a slide rule to calculate at which angle the roots should imbed themselves to stabilize the tree's weight; they had instinctively grown in the right direction and to the proper depth. And I knew that if I were to take a saw and cut a large limb from that tree, nature would immediately compensate for the shift in weight by sending out new roots to bring the tree once more into perfect balance. The wild poppy growing at its feet, and the clumps of sagebrush dotting the slope, all bore witness to this same engineering principle.
036 丘の斜面に目を上げると、何世紀か前までは人間が真似出来なかった工学の偉業を発見しました。真直ぐに逞しく成長する1本の樫の木が急峻な斜面にしがみついていました。自然は木の重量を安定化させるには、それらの根がどの角度で潜り込んだら良いかを計算する為、計算尺を用いたのではありませんでした。木の根は本能的に正しい方向、適切な深さまで成長したのです。また、もし私がノコギリを手にとって大きな枝をその木から切り落としたら、自然は直ちに新たな根を伸ばして再び完全なバランスがとれるようにして、重量変化を補正するだろうことは私には分かります。野生のケシがその樫の根元に生え、ヤマヨモギの茂みが斜面に点在していますが、それら全てがこれと同じ工学の原理の証拠を与えていました。


【解説】
 私達日本人にとっては、松の枝が優雅にバランスを取る姿を特に美しいと感じる訳ですが、それを支える地中深く伸びる根の行動が無ければその美しい姿は成り立たないことになります。
 あらゆる植物はどのようにして自分を支え、生きて行くかについてですが、それは自ら考えるというよりは、因から与えられる無言のアドバイスに従って適時適切な行動をしていることが分かります。
 問題は植物が行っていることを何故、私達地球人が行えないのかということです。本来、因からはあらゆる生きものに対して等しく生きる上での智恵を授けており、それ故に自然全体がのどかな風景を作り上げている訳です。独り人間だけが、その贈られているアドバイスに無関心のまま、自分自身の心のみで生きて行けるとしているのではないでしょうか。しかし、そのような限定的な生き方から因に対する信頼と誠実さをまず身につけて、より広い世界に生きることの必要性を著者は私達に説いているのです。
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