2013年05月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落325

325 May I suggest a scientific experiment which is just as good as any that one may practice. In the June 12, 1964, issue of Life Magazine is an article dealing with color frequency recognized by scientists. It is good for it deals with two phases of development that are quite essential for one's growth. And they are feeling and memory. The experiment is conducted by placing the first three fingers on the different colors while blind-folded. And one is to detect the vibration or frequency eminating from the color, thus being able to name the color. This helps to develop the feeling or touch sensitivity. For frequency or vibration is nothing but a feeling that imposes itself upon the sense mind. One should be very careful about this and once you are able to get the color right endeavor to remember the feeling you get from each color. This will develop a certainty that will stay with you and serve in many fields. And don't forget that a feeling or vibration is actually consciousness alerting the senses.
325 ここで練習するのに丁度良い一つの科学実験をご提案したいと思います。1964年6月12日号の雑誌Lifeに科学者によって存在を認められた色周波数を取扱う記事が出ました。それは人の成長にとって全く不可欠な二つの発達段階を取扱っており、良いものです。なお、その二つとは感じ(訳注:フィーリング)と記憶です。その実験は最初に目隠しをされたまま3本の指をそれぞれ異なる色に置いて行われます。そして色から発せられている振動ないし周波数を探るのです。これは感じや触覚の感受性を発達させるのに役立ちます。何故なら周波数や振動は感覚心にそれ自身の存在を気付かせようとする感じでしかないからです。これについては人はとても注意して行う必要がありますし、一旦、正しい色を把握できるようになったら、各々から得られた感じを覚えておこうと努力して下さい。これによって以後、貴方にとどまり多くの分野で役立つことでしょう。そして感じや振動とは実際には感覚に警報を発する意識なのだということを忘れないで下さい。


【解説】
 第8課の最後に著者は一つの具体例として、私達の手指が色の波長も感じ取ることが出来ることを私達に示しています。
 もちろん、指の機能には目のような器官はないのですが、細胞の一つ一つは広範囲な波動を感知・認識することが出来るとしている訳です。
 このような細胞の波動感知能力は色の判別のみならず、想念についても容易に及ぶものと思われます。よく言われることに、人間の赤ん坊が最も周囲の状況、とりわけ家人の想念状況を感知できるとされることがあります。幼児期の記憶が年老いても明瞭に残るのは、こうした生まれたばかりの細胞の感受力と記憶力が如何に優れているかを物語るものだと考えます。
 私達は年を重ねる内に、このような微妙な感性が鈍くなり、無感動・無関心な人間に成り下がってしまいがちです。絶えず自分の肉体の細胞の可能性を広げる努力が重要であり、そうした能力開発の成功体験を数多く持ち、その時の自らの心の姿勢を記憶し、その体験を大切にしなければならないと著者は私達に示しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落324

324 Recently scientists have finally admitted that the cells of any structure are the intelligence of the structure. They are the foundation that has always been, is, and will be, that are grouped for certain purposes.
324 最近になってようやく科学者達はどのような生物形態でも細胞がその知性であることを認めました。それら細胞達はこれまでも、また現在そして将来も基盤であり、各々特定の目的の為にグループ化されています。


【解説】
 結局は、私達人間も含め、その本質はそれを構成する細胞一つ一つの中にあるという訳です。人体を司る英知は何処にあるかを求めて、解剖して行ったとしても、何か特別な器官を探し当てることはなく、実は全ての要素が小さな細胞の中にあるということでしょう。
 細胞自身の中に知性が宿っているとも言えますが、それを支えるのがDNAコードであり、細胞の分化に伴うそれら情報の継承メカニズムです。今日では、各人の持つDNAコードから個人を特定したり、祖先の系譜を辿ったりすることも出来るようになりました。しかし、更に深い知性や記憶がこのコード(符号)の中に蓄えられるところまでは、まだ証明されていません。
 しかし、いずれは本項に記されている細胞の驚くべき機能について明かされる時代も来るものと思われます。日々、私達と共にある各自の身体細胞は一説に60兆個にのぼる数とされており、その一つ一つが持つ本来の知性を活発化出来れば、私達は文字通り、全能の海の中にゆったり暮らすことが出来るに違いありません。

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都合により、次回更新は5月30日頃になりますので、ご了承下さい。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落323

323 We will study the cell activities, for they not only make up the human form but the cosmic whole. And we will discuss how we can use them in exploring the cosmos.
323 私達は細胞の諸活動を学ぶことになるでしょう。何故なら彼らは人体をだけでなく、全宇宙を構成しているからです。そしてまた私達は如何にすれば宇宙探検にそれらを用いることが出来るかを論じたいと思います。


【解説】
 本項で「細胞が全宇宙を構成している」と簡潔に記されている訳ですが、著者がどのようなイメージを私達に伝えたいとしていたか、私達は更に深く考察する必要があります。一般的には、個々の細胞と宇宙空間とは何ら関連性がないと私達は考えて来たからです。
 残念ながら、このテーマについてアダムスキー氏の講演、その他の記録を知りませんので、以下、私の見解を一例としてお示ししたいと思います。
 まず、細胞についてですが、とりあえずは自分の肉体の細胞について考えて見ます。肉体を構成する細胞については、私達は全身くまなくあらゆる場所の器官について、その場所の痛みや痒み、その他の異常状態について把握出来ます。それは人体には神経(或いは触覚の)ネットワークがあり、何処でも誰とでも繋がる仕組みがあるからとも言えますが、意識という概念で言えば、あらゆる箇所に意識を移行させることが出来る訳です。
 それら細胞が宇宙を構成しているという概念は、宇宙に存在する他惑星上の生物細胞と自分の細胞とが、関連性を持っていることを意味する訳で、その為には空間を越えて通じるコミュニケーション能力が細胞には存在することが想定されます。
 実は、宇宙の中に存在するもの全てが、互いに繋がり、連動した動きを行っていて、それが宇宙全体の調和と方向性を定めるというようなイメージがあるのかも知れないのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落322

322 In the forthcoming lessons I will venture out into the Cosmos and give you some idea how one may travel through the cosmos without involving the well known, and practiced laws of mysticism that have been used by those who did not know what they were doing.
322 次に続く諸教科では、私は宇宙に飛び出て、良く知られ実践されてはいても、自らは何を行っているか知ることのなかった者達によって使われて来た神秘主義の諸法則には何ら巻き込まれることなく、如何にして人は宇宙を旅することが出来るかについて貴方に幾分かの概念を授けたいと思います。


【解説】
 この「意識」を自在に用いることが出来れば、人間は居ながらにして宇宙を旅することが出来ると本項で著者は明かしています。1952年の砂漠でのコンタクト以前に、既にアダムスキー氏は「宇宙のパイオニア」を出版していますが、それはこの意識による探検経験に基づくものだと伝えられています。
 後年、アダムスキー氏は肉体のままの長距離宇宙旅行であった土星行きについて、肉体による移動は大変だった、意識による旅行の方が楽であったと述懐しています。
 さて、本来の人間には、この意識という因に繋がる要素があって、それらは距離に係りなく瞬時に目的地に到達出来ることから、遠隔透視等の能力として知られるところとなっています。しかし、実際には、その多くが何か特殊な霊能力者の持つ超能力として取り扱われる等、一般人の能力開発の道筋には乗っていないのが現状でしょう。
 本項では、第9課以降、より具体的にその原理を解説すると、読者に約束しているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落321

321 But there is one thing that God never takes away - the consciousness which the sense mind failed to recognize. For it is the Cosmic Intelligence back of all creation.
321 しかし、神が取り去らないものが一つあります。それは感覚心が存在を認めることが出来なかった「意識」です。何故ならそれは全ての創造物の背後にある宇宙的英知であるからです。


【解説】
 言い換えれば、どんな時にも、たとえ死を前にしている時も、常に私達と共に有る存在が「意識」であると本項は明かしています。
 肉体や諸物は、惑星その他物質世界に帰属する訳で、これらをその世界を超えて移動させることは出来ませんが、「意識」は仮に私が何処に移動しようとも、常に私と随伴し、創造主との仲立ちをしてくれるという訳です。そういう意味では、私達にとって最も信頼を寄せられる存在なのですが、それに気付こうとしない私達こそ、大きな問題があるということでしょう。
 「意識」がもたらす創造主の英知によって、私達は行き続けることが出来、日常、意識から来る助言に耳を傾けることで、問題解決を進めることが出来る訳です。その為には、各自こうした自分の守護神とも言える存在からの印象の声を積極的に取り入れて、活用する努力が必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落320

320 But to have this great reward we must remodel our present house and admit the Father of us all into it. Then we as His children obey Him. Knowing He is all knowledge - our consciousness through eternity. For nothing, not even this present house we call our body, or the many planets in the cosmic system, belong to the sense man. He may claim them for the time being through his ignorance and separation from his Father, yet all of these things can be taken away from him and man cannot prevent this from happening. This proves that man owns nothing. He only fools himself when he claims ownership, and satisfies his ego for the moment.
320 しかし、この大きな報酬を得るには、私達は現在の家を改装し、その中に私達全員の父が入るのを認めなければなりません。その後は私達は父の子供達として父に従うだけです。父が全ての知識であり、永遠を通じて私達の意識であることを知っているからです。何故なら、私達が何一つ、自分達の身体と呼ぶ現在の家ですら、また宇宙世界の多くの惑星であっても、感覚人に属するものはありません。感覚人はその無知と自らの父から分離している為に、つかの間、自分のものだと主張するかも知れませんが、これらの全てはその者から取り上げられ、人はこれが起るのを妨げることは出来ません。これのことは人は何一つ所有していないことを証明しています。彼は自分が所有権を主張する時、自分自身を騙し、つかの間自分のエゴを満足させているに過ぎないのです。


【解説】
 私達の心、即ち感覚心(Sense Man)はいち早く、創造主である全能の父に自分を開放し、家の主人(あるじ)の座を明け渡す必要があることを、本項は説いています。言い換えれば、日々の行動の指針から刻々の態度の全てを従来の「私」でなく、「父」に委ねることが大事という訳です。
 所詮、私達の自我の部分は、現状、自分の肉体から諸々の財産、知識に至るまで、自分の所有物を明瞭に自覚していますが、死を迎える状況においては、これら全てのものは自分のものとして保持することは出来ません。全ては私達に授けされたものであり、この世を去る時には元の世界に返却することになります。
 しかし、がっかりする必要はないように思われます。「父」は絶えず、受け入れる者に無償、無尽蔵に必要なもの全てを注ぎ込んで呉れる訳で、唯一、父を受け入れることがその条件になるということでしょう。
 先日、九十九里(千葉県)のホテルに宿泊した際、早朝、水平線を昇る朝日を見る機会がありました。朝4時半、薄雲の中、水平線から真っ赤な太陽が顔を出すと思うと、ぐんぐんと昇り始め、凪いだ海の真上にまん丸な姿を見せて呉れました。やがて、その太陽は海の上に黄金色に輝く一筋の光の道を示します。その後、太陽は高度を増し、いつものお日様に変わって行きました。
 この時、私は日本の国旗、「日の丸」の太陽の赤色の由来が分かったように思いました。それは日の出の時の太陽をシンボル化したものであり、天照大神、その他太陽信仰の民を象徴しているように思った次第です。
 さて少し、余談になってしまいましたが、その時、もう一つ感じたことがありました。それは日の出の時、それを拝む者全てに、太陽は輝く光を与え、自らに太陽の力を与えるように思ったこと、また、海の上に水平遙かに続く、光の道を示して呉れたことです。受け入れる者に力と道筋を授けるという具体的なシンボルが、毎朝のように自然が見せてくれているという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落319

319 Any logical person can see the advantage of going directly to the source of knowledge, the rightful inheritance of each individual. For it is the cosmic household from whence we came. Our space brothers have shown us the importance of a more direct approach to this realization. Now it is up to us to make this a part of our life. Endeavoring to express the real of our self and thus continue through eternity, in many different steps of understanding, in the many forms through which we will everlastingly learn or progress. This is no different than when we build a home here and live and learn in it only to eventually leave it for a still better home. As we progress in knowledge there must be forms to fit this knowledge. Once we learn this the sting of death will be removed. And we will continue to always be the children of the Divine Father, until we become as he is. One consciousness - not the many. Manifesting in varying degrees for various purposes, completing the Cosmic Melody through each form.
319 論理的な人なら誰でも直接、知識の源、各自の正当な相続の恵みの所に行くことが好都合であることが分かります。何故なら、それは私達が生まれ出た宇宙の家庭であるからです。私達の宇宙兄弟達は私達にこの悟りに更に直接的に近付くことの重要性を示して来ました。これからは、このことを私達の生活の一部にすることは私達次第になっています。永遠を通じてのこれらの継続、多くの異なる理解の段階の中、私達がそれを通じて永遠に学び進歩する多くの形有るものの中に私達自身の真実な部分を表現するよう尽力するということです。これは私達がここに家を建て、そこに住み、その中で学び、遂にはより良い家を求めてそこを去ることと大差はありません。私達が知識に於いて進歩するに連れ、この知識にふさわしい形有るものがある筈です。一度、私達がこれを学べば死の苦しみは取り去られるでしょう。そして私達は常に聖なる父の子供であり続けるでしょう、私達が父になるまではです。多くではなく、一つの意識にです。それは各々の形有るものを通じて宇宙のメロディーを完成させる為、様々な目的で様々な程度に現出することです。


【解説】
 この一連の学習は、私達が各々創造の原点に立ち返るという遠大なる道程にあります。そういう意味から、単に今生の生涯で完結する筈もなく、来世に続く長い歩みを行くことになることを理解しておく必要があるでしょう。
 人間の内部が変化すれば、外側もそれに対応します。しかし、それ以上の進化に対しては、相応しい環境の下、新しい肉体が用意されるということをしっかり自覚したいものです。即ち、進歩の道を歩む者に対しては、転生・復活の経路が用意される訳で、もはや死は単なる通過点でしかない訳です。
 大事なことは、転生の有無にかかわりなく、目指す本来の知識の源とのパイプをつなぎ、そこから与えられる直接的な教えを自らが表現者となって現実世界に反映させることだと考えます。創造主の道具に徹することです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落318

318 Many mystics have employed stimulants of various kinds to promote the knowledge of the unknown. But this is temporary, and many times only a hallucination or a reflection of their desires. This of course is unnatural and does not lead to beneficial knowledge of oneself. And only by knowing and following the natural laws can lasting knowledge be obtained. That is why the words of wisdom, "man know thyself and you shall know all things," have come down through the ages. And are just as true today as when spoken. And if we live these lessons, instead of stumbling in the dark as so many have done, we can go direct to the library of the Cosmos, the house of knowledge, directed by consciousness.
318 多くの神秘主義者は未知の知識を増進しようと様々な興奮剤を採用して来ました。しかし、これは一時的であり、多くの場合は幻覚体験、もしくは彼らの願いの反射でしかありません。これはもちろん、不自然であり、自身の有益な知識に導くものではありません。そして自然の諸法則を知り、従うことによってのみ、永続する知識が得られるのです。それが「人は汝自身を知る、そうすれば全ての物事が分かるはずだ」という知恵の言葉が何世代も通じて伝えられて来た理由です。そしてそれは、その言葉が話された時と全く同様に今日でも真実なのです。そして多くの者がそうであるように暗闇の中でつまづく代わりに、私達がこれらの教科に沿って生きていれば、私達は意識によって指揮された宇宙図書館、知識の家に直接行くことが出来るのです。


【解説】
 生命の科学学習講座も後半の第8課になり、そろそろ「意識」への感受力が高まった者に対する助言も記される段階に入っています。しかし、私も含めて人により道程は様々で、ポイントを掴み容易にこの段階に達する方も居るでしょうが、大部分の方は未だ十分な体験を得ていないのかも知れません。
 そこで重要なのは、本項の示すところです。即ち、「意識」との交流の時の素晴らしい体験を再取得しようと焦るあまり、薬物を用いたりすることを厳に戒めています。それらは本物ではなく、単なる心の願望が浮き上がる錯覚であり、一時的だと警告しているのです。
 それに代えて、自分自身を探求し、自身の中に因の諸活動を探ることを薦めています。もちろん、こうした中で得たご自身の体験は何ものにも代えがたい貴重なものであり、理解を拡げる進化の礎です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落317

317 Some people call this pulsation a knocking in the head. Others say it is a code system like dots and dashes, but it is neither. In mystic fields this is considered as messages from the dead, or other planets or planes because they do not know what is taking place and give credit to mysterious forces. When in reality the pulsation is caused by the expansion of the mind cells in a broader field of interest.
317 人々の中にはこの脈動を頭の中のノック音と呼んでいます。他のものはそれを(訳注:無線の)トン・ツーのようなコードシステムだと言いますが、いずれも違います。神秘主義の分野ではこれを死者か、他の惑星或いは他の次元から来るメッセージだと考えられていますが、それは彼らが何が起っているかが分からずに、それを神秘的な力のお蔭としているのです。しかし、実際にはその時、その脈動はより広がった関心の分野に向けて心の細胞が広がることによって引き起こされているのです。


【解説】
 心が因に目覚めるにつれ、心に直結している細胞群に変化が生じ、本人自身もそれら細胞群の従来にない活動を知覚出来るという訳です。ここで注意したいのは、このような目新しい出来事は自身の肉体の変化であり、神秘的なものではないと明言している点です。いずれにせよ、学習を続けている皆様は遅かれ早かれこのような状況にも出遭うものと思われますし、その時、かつてこのような身体上の変化が起こるとの記載があったことを思い出して戴ければと思います。
 さて、心の発達に呼応して、肉体の内外部が変化することは重要なポイントです。つまりは肉体は心の状況を絶えず反映する仕組みが備わっており、まさに原因と結果の法則が活きている訳です。これについては、聖書に多くの例が記載されています。歩くイエスの後ろで衣に触れることで病が癒えた女性に対し、イエスは「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのだ」と述べたことが伝えられています。(マルコ5:34) 「イエスの衣に触れれば、直していただける」と信じた、まさに本人の心の決意が自身の肉体も劇的に変貌させたのだとイエスも述べていたということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落316

316 I speak of this that you may not think something is wrong and seek help. It is only an expansion of your sense mind activity towards the expression of a full man. Instead of only the effective half as before.
316 私がこのことを話すのは貴方が何か問題が出来たと考えたり、助けを求めたりしないようにする為です。それは完全なる人の体現に向けた貴方の感覚心の活動の拡張作用に過ぎないからです。以前の実質わずか半分であったことからに代わってです。


【解説】
 私達の身体も原因と結果の法則の下にあります。即ち私達の身体の各細胞は私達の心境の変化に絶えず呼応した活動をするという訳です。心が拡大発達するということは、肉体の細胞やそれらが形作る各器官も、心境に応じて変化して行くという訳です。
 通常、これらの変化は少しずつ起こる訳ですが、毎日の積み重ねはやがて大きな変化を生じることになります。生命本来の生き生きした活動波動に心が鋭敏になり、同調することはその肉体細胞がそれに相応しい若さと、はつらつさを表現することになります。
 私達は、自らの身体内のこれら変化にも鋭敏になることで、身体の変化から自らの心の状態を判断することも出来る訳です。どのような環境にあろうとも、穏やかな心境で居られることで身体も健全さを維持できるものです。それらの段階をマスター出来れば、他の者を癒し、本来の穏やかな暮らしを回復させる力量も発揮出来るようになることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落315

315 Do not be mystified by the different feelings you may experience, for until now millions of cells in the body and brain have had nothing to do. They have been dormant, waiting to be used. Your mental interest in the cosmic self will give them an opportunity to act. And as they go into action you will notice a difference of feeling, a conscious alertness that you did not have in the past. You may even feel a strange, faint pulsation in your head as you put some idle brain cells to work. But in a short time they will blend with others and you will not be aware of their activity. And this will occur from time to time as the need arises for extra cells to go to work. For until now less than half of the cells of the brain have been active.
315 貴方は違った感覚を体験したとしてもまごつかないで下さい。今や身体や頭の中の何百万もの細胞が今迄何もすることがなかったからです。彼らは使われるのを待って休眠していたのです。宇宙的自己への貴方の心の関心が彼らに活動の機会を与えるのです。そして彼らが活動に入る時、貴方は異なる感覚、これまで経験したことのない意識的な警戒状態に気付くことになるでしょう。貴方は何か怠惰な脳細胞を働かせようとする時には頭の中である奇妙でかすかな脈動さえ感じるかも知れません。しかし間もなく彼らは他と融合し、貴方は彼らの活動に気付かなくなることでしょう。そしてこのことは追加の細胞が働くようになる必要性が起る場合に時として起ることでしょう。何故なら、これまで頭脳の細胞の半分以下しか活動していなかったからです。


【解説】
 私達が宇宙的自我の部分に関心を持ち始めると、脳細胞も変化が生じ、今まで休眠していた細胞が働き出すこと、その為に従来に無い感覚が生じることがあると、本項は説いています。
 残念ながら、本項のような段階の体験を未だ得ていない為、十分な説明は出来ませんが、いわゆる宗教の教祖とされる人物の伝記の多くに、これに相当する事象が語られています。もっとも従来は、これらを本項で指摘されているように神秘体験としてその後の新興宗教に結び付けてしまった事例も多いように思われます。
 各自の脳細胞の変化は、私達の心の姿勢に呼応するものであり、心が本来の道程を進めば、自ずと身体各部の細胞もそれに対応した進化を遂げるということでしょう。私達は自らの心の変化が周囲の環境はもとより、自らの身体にこそ最も端的に現れるものだという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落314

314 Once you expand your mind into the womb of consciousness you will be witnessing some of the things of which you may have read or heard pertaining to the mystical fields. But if you have learned your lessons well you will understand what is back of this. And what causes the different effects that are oftimes produced through the various branches of mystics, or religions. And you will not participate in the confusion in which they find themselves.
314 ひとたび貴方が貴方の心を意識の子宮にまで広げるなら、貴方はこれまで読んだり聞いて来た神秘の領域に属するような物事のいくつかを目撃することでしょう。しかし、もし貴方は自分の教科を良く学んでいれば、この背景にあることを理解することでしょう。そして様々な神秘学派や宗教を通じて何がしばしば異なる結果をもたらしているかも理解するでしょう。そして貴方は彼らが見る混乱に関与することはありません。


【解説】
 私自身、本項で示されているような体験は少ない為、十分な説明はしにくいのですが、先ずは文中の"the womb of consciousness(意識の子宮)"という表現に注目すべきだと考えます。
 私達が実際に目にする事象が現実世界に現れるまでには、原子、分子のレベルの様々な段階の準備活動があった筈です。丁度、土に蒔いた種が出芽するまで、その種の中の知性が外の環境条件をどう判断し、発芽に適した条件になっていることを確認し、その上で、芽を成長させる一連の作用が内部で起こっている筈です。その上で、具体的に種の殻が破れて、初めて私達は発芽を知るという訳です。現象の前には実に様々な準備作業があることになります。
 同様に現実世界に起こる現象は先ず、因の段階で形成され、その上で現象世界に現れるということでしょう。その段階の意識の作用を感知出来れば、未だ現れない段階でいち早く現象を予知することも出来る訳です。
 こうした仕組みを正しく理解することが神秘を生み出さない正しい理解に繋がるということです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落313

313 We do not want anyone to associate what is to be given with the type of mysticism or occultism that they may have learned to know. For these have divisions and deal with two different ends. One material, the other spiritual, and they have been widely separated by fears and lack of understanding. While we are dealing with reality, as there must be a cause for every effect.
313 私達は誰一人として神秘主義や超自然主義の類いから学ぶかも知れないようなものに関わって欲しくはありません。何故なら、それらは分裂を有し、二つの異なる対極を取扱うからです。一つは物質的なもの、他は精神なものです。両者は恐怖心と理解の不足から大きく引き離されてきました。一方、私達は現実を取扱っています。個々の結果には全て因があるに違いないからです。


【解説】
 いわゆる神秘主義は、原因と結果を両極に対峙させることに問題があると本項は説いています。実はその結果、両者の関係を結び付けないが故に、神秘の部分は増長し、現実とは次第に乖離してしまうのではないでしょうか。
 「意識」についても同様で、私達が現実の物質世界との関連を探求して行く中で、不可視である因の存在を学ぶ姿勢が重要となる訳です。言い換えれば、自然界に生じるあらゆる現象は、所定の法則に従い、それを再現している訳で、元来、不思議な要素は無いということでもあります。一つ一つの驚異に驚きながらも、法則の普遍性を学ぶことが重要と思われます。
 私達は、自らが求める「意識」について、その特徴をいち早く掴んで、日常の中にその作用に気付き、感謝したいものです。現実の環境への反映を見れば、その応用の良否、探求の進め方の良否は明らかになる筈です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落312

312 All faiths and religions were originally founded on what we call the occult or supernatural. For the supernatural is nothing more than the cause back of all creation - The consciousness that we call God. And while mystery has been created through lack of understanding, in reality there is no mystery. For that which can be known ceases to be a mystery. And the space brothers know that it can be known by using the right approach. They have proven this to some degree.
312 全ての信仰や宗教は元々はいわゆるオカルト(訳注:神秘的なもの)或いは超自然的なものに基礎を置いて来ました。しかし、そこでの超自然的なものとは全ての創造の背後にある因、私達が神と呼ぶ意識であることに過ぎません。そして理解の不足に起因して神秘が造り上げられる一方で、現実にはどこにも神秘はありません。何故なら、理解し得るものは神秘では無くなるからです。そして宇宙兄弟達は正しい取組によってそれが理解するようになることを知っています。彼らはこのことを自身で幾分か立証して来たからです。


【解説】
 宗教や信仰は未だ現実化していない因の領域についての信頼に根本を置いています。本項で繰り返し述べられている「意識」についても、既存の五感に感知できるもので無い以上、その取り扱い方も類似しがちです。
 しかし、本項で指摘されているように、たとえそれらが現在の我々には「超常」「超自然」に分類されるにしても、私達はそれらを単に「神秘」として片付けてはならない訳です。
 当初から神秘として一派ひとからげにラベルを貼り付けていては、先に進めないのではないかと考えています。くしくも本講座が「生命の科学学習コース」と名付けられているように、私達はこれら「超常」とも言える「意識」の作用を探求して行かなければなりません。
 少しずつですが、自分の感性を拡大して、丁度、7色の虹の更に人の目には映らない光の波長領域にまで、視界を拡大させること、因の領域にまで私達の視野を拡げることが大切だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落311

311 A cosmic man is all inclusive, he does not go anywhere for he is everywhere. And your cosmic counterpart will take you on a journey through the household, from room to room, act to act, so that you may understand your inheritance and thereby become one with the whole.
311 宇宙的人間は全てを包含しています。彼は何処にも行くことはありません。何故なら彼は何処にもいるからです。そして貴方の中の宇宙側の相棒は貴方を部屋から部屋に、行動から行動へとその家庭の中を連れ歩くことでしょう。そのようにすることで貴方は自身が受け継いでいるものを理解し、それによって全体と一つになるのです。


【解説】
 本文では"cosmic man"を「宇宙的人間」と訳していますが、以後に出て来る"cosmic counterpart(宇宙側の相棒)"も同じ意味で用いられています。言い換えれば私達の中にある宇宙的な部分の相方とも言える存在がそれであり、"counterpart"とは具体的な対応窓口、相棒といった存在です。
 私達の内部に存在するこの宇宙的な対応者は常に私達と一緒に居て、しかも全宇宙を包含しているという訳ですから、それ自体、私達が何処に行こうとも、行く先々に見知らぬ場所など無く、全てを知る者と言えます。
 また、そのことからも、私達にはあらゆるものが授けられており、それらを活用するよう創造主から望まれているという大変、恵まれた存在であることも分かる筈です。あらゆる才能、あらゆる能力はそれら宇宙的相棒を通じて、私達に与えられている訳で、私達は素直にそれを歓び感謝して、より良い生活に活かすことが大切だということでしょう。
 その為の唯一の課題は、私達自身の中に常にその相棒が居ることを忘れないことです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落310

310 Let me remind you here again, before we proceed with conscious exploration by the mind, that the sense mind is limited and consciousness is unlimited. And it is the sense mind that will be doing the exploring. The ego or personality, the second part of man, or the effect of consciousness. And as you know, the consciousness is the real you which produces the effect known as the personality which has the potentials and the image of the cosmic man.
310 心による意識的探検に進む前に、ここで再び念を押したいのが、感覚心には制限がありますが、意識には際限が無いということです。そしてその探検を行うのは感覚心であるということです。それはエゴ或いは人格、人の第二の部分、意識の結果物とも言い換えることができます。そして貴方が知っているように、意識とは宇宙的人間の可能性と似姿を持っている人格として知られる、結果物を作り上げる真実の貴方なのです。


【解説】
 現在、私達は意識の世界を探求しようと志している訳ですが、本項ではそうした探求を進めようとする私達に基本的な心構えを示しています。丁度、広大な宇宙空間に旅立つ者に対するのと同様に、そもそも私達が何を求めて行くべきか、宇宙とはどのようなものかを教えるようなものです。
 宇宙空間を旅するのと同様、私達が意識的な知覚聴力を高めて行くにつれ、様々な印象や想念に遭遇することになりますが、その時、それらを探求しているのは、私達の心の部分であり、遭遇によって新しい経験を得るのは心なのだと述べています。私達には既に意識部分があり、それらは全てを知る者、全てを支配する存在であるという訳で、言うなれば、全ての要素がその中に実在するということでしょう。
 過去、多くの聖人、宇宙の兄弟達が同様の道程を歩み、少しずつ自らの想念を拡げて行ったものと思われます。その同じ探求の道を私達は歩むことになるのだと本項は諭しているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落309

309 This portion of the lessons should be firmly adhered to, for in the forthcoming lessons we will venture into the Cosmic Sea of Consciousness. This will bring many revelations according to the individual, and the mind may have a tendency to dislike what it views. i.e. You may see yourself in a million different expressions in past existences, and the mind may tend to discriminate between the scenes, as some will not be flattering according to the mind. In other words, the mind must learn to face reality. For life is not made of just the sweet, as the sour is also in the plan. Yet by putting the sweet and the sour together we get a pleasant combination. It must be this way if man's form and mind are to progress and develop into something finer. Nothing can be omitted if one is to have full knowledge.
309 教科の内、この部分はしっかり固守されなければなりません。何故なら次に来る教科において私達は意識の宇宙的海の中に踏み入れることになるからです。これは個人によっては様々な啓示をもたらすことでしょうし、また心は見たものについて嫌悪を感じる傾向があるかも知れません。即ち、貴方は過去生における何百万もの異なった自分自身を見るかも知れませんが、心は場合によっては自らを楽しませるものではない為、それらの光景を分け隔てする傾向になるかも知れないからです。言い換えれば、心は真実に直面することを学ばねばなりません。生命は単に甘いだけのものから出来ているのではなく、酸っぱいものもその計画には含まれているのです。しかし、甘いものと同時に酸っぱいものを合わせることによって心地よい組み合わせを得るのです。もし、人の身体と心がより繊細なものに進歩し発達するにはこの道でなければならないのです。人が完全なる知識を得るには、何物をも除外出来ないのです。


【解説】
 この学習を通じて、これから各自に起こることに対して、しっかり対応を誤らないよう、説いています。私達が感受性を高めるにつれ、様々な記憶も蘇ってくることでしょう。その中には各自の過去生も含まれます。
 その中には、目をそむけたくなるような悲惨な体験もあるでしょうし、素晴らしい経験もある筈です。それらが時として蘇る際、その事実を改めて直視し、仮に心が心地よい体験でなくても毛嫌いしてはならないのです。もちろん、私達が進歩の道を歩んでいるとすれば、過去の体験は現状より劣ったものである筈で、そうした事柄についても自身を作り上げたものの一つとして大切に取り扱うべきなのです。
 また、世の中には私達が直接説明出来ない不思議な事象も多く発生します。先日もある方からお借りした本の中に、以前、秋田のキリスト教会のマリア像から涙が出た事例について詳細を記したものがあり、初めて拝見しました。当時(1973年)にその教会の修道女に度々天使が現れ、助言を与えたこと、マリア像から涙が出たこと、ファチマと同じ内容のメッセージを授けたことが記されていました。今日ではマスコミが取り上げることもなくなりましたが、ファチマと類似した奇跡的な事象がかつて秋田で起こっていたということを、初めて知った次第です。
 本文にある"revelation(啓示)"とは、上記の天使の出現も含む、様々な「現れ」を意味するものです。学習を続けるにつれ、皆様に様々な意識からの支援の手が差し伸ばされることを意味しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落308

308 Should you become aware of an interference from the sense mind, either through impatience or egotistical effort, discipline it as you would a child. This must be done immediately, for if you don't, something will be missing from the picture which could result in confusion.
308 もしも貴方がせっかち或いは自己中心的な活動から感覚心を通じた干渉を察知した場合は、その心を子供に対する様に躾けることです。これは直ちに行われなければなりません。何故なら、もし貴方がそうしなければ、その全体像から何かが欠落し、その結果、混乱を生じさせ得るからです。


【解説】
 問題は絶えず生じる心の反応に対してとるべき姿勢です。私達のこれまでの経験から、心は自らの存続に係る問題については、実に深刻に捉えますし、他に為すべき事柄を放り出して次々に問題が拡大する事態を憂慮する訳です。そこには自らの身体は自分(心)が支配しているとの前提に立っていることが背景にあるように思われます。
 一方、意識からの印象は精妙なため、余程心が静寂になっていないと捉えられないかも知れません。また、印象が流れて来ても、流入した途端に心が自らの意見でその流れを妨げれば、二度とその流れには遭遇できず、完結するストーリーは把握出来なくなります。よく小説家が長編の作品を描きますが、その際にも同様な印象の流れがあり、作家はひたすら印象の流れを原稿用紙に記すのではないかと思われます。そうする過程で、本人は印象の流れの経路となって、神の道具となるものと思われます。
 私達はそうした創造主の現れの経路となりたい訳ですが、その為には私達の心をそれに対応できるレベルに引き上げなければなりません。本項で言う子供に対するのと同様にという表現は、自らの心を優しく訓練することを意味します。言ってみれば、意識からの印象は万人に平等、普遍に与えられ、太古の昔から未来永劫、現象世界に放射されている訳で、受信器(心)が対応出来るレベルに進化すれば、より多くの恩恵を享受することが出来ることは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落307

307 One should not question what the consciousness has to reveal before the full revelation comes. And you should fear nothing - for that could cause you to lose the sequence of the lesson. For as we know the mind has been accustomed to fear that which it does not understand, and reject that which is unpleasant, due to the wrong teachings it has been subjected to. But we know that every manifestation fits into every other one, it must be so in order for the Cosmos to be complete. And when this is understood by the mind a beautiful unfoldment will come, each part of the puzzle falling into place to make a complete picture. And it will not reject anything.
307 完全な啓示が来る前に意識が明らかにしようとしていることに疑問を差し挟まないようにしなければなりません。また何物も恐れてはなりません。レッスンの一連の流れを失うことになるからです。私達がよく知っているように、心はこれまで服従させられて来た過った教えのせいで、理解しないものを恐れ、不愉快なものを拒絶することに馴れさせられて来ました。しかし、私達はあらゆる現れが他のもの一つ一つと調和することを知っていますので、それもまた宇宙にとって完全なものになる為には必要であるに違いないのです。そしてこのことを心が理解するや、美しい展開が明らかにされ、ジグソーパズルの各々の一片は完全な絵を作り上げる為の場所に収まることでしょう。そしてそれは何物をも拒絶することはないのです。


【解説】
 印象がやって来る途端、せっかちに良し悪しを判断してしまうと、その流れは停止し、再び元の流れはやって来なくなり、本来価値ある内容を掴むことが出来なくなると本項は忠告しています。印象については、とにかくありのままを素直に受け入れることが必要です。
 本講座を通じてよく例に挙げられるのは、ジグゾーパズルです。その1片が丁度、バラバラに配られるような場合、受け取った本人は注意深く各ピース片が何処に当てはまるのかをその形や色調の特徴を踏まえて考察することでしょう。本来、陰となるピース片もそれがなければ主題のモチーフを映えさせることは出来ません。私達は与えられた環境の意味を深く考え、自分を通じてどのような絵画が表現できるかについて絶えず考えて置く必要がありそうです。
 取りあえずはやって来る印象を素直に受け入れて、それが訴えるイメージを逃さないよう、注意深く取り扱うことです。印象をとやかく詮索して、以後の印象の流れを妨げることのないよう、取扱いには注意しなければなりません。このような印象の流れに遭遇したら、その全量を通すことを第一として、勝手な判断をつつしみ、その後に送り手の意思を学び取る姿勢が大切です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第8課-段落306

306 And speaking of the by-ways - as consciousness is the sea of life everything is living within it. And as the Cosmos knows no beginning or ending, we are living in the embrace of a vast structure which has many interesting things in it, and our attention of interest will shift from one thing to another. This could be likened to standing on the top of a very high tower. While facing east things will be seen that are in that direction, and to the west, the same, etc., etc. So when the sense mind is interested in conscious perception it will want to see everything within the household of consciousness. This could become a hazard, for this hunger for knowledge could promote impatience, and confusion would be the result. So the mind must learn self control. And remember it has eternity in which to learn. With this awareness it will gain knowledge step by step in the sequence of events. And there will be no gaps or divisions that cause divisions and mysteries. The interest of the mind should be of such a nature that time is not involved, only learning what each step has to offer. Then when it is time for the next step to be taken the blend will be there without any foreign element that could come from the mind.
306 脇道について言えば、意識は生命の海であり、あらゆるものがその内側にあります。宇宙には始まりも終わりもありませんので、私達はその内側に多くの興味深い物事を持つ広大な構造物に抱かれて生きておりますが、私達の興味は一つのことから他のものに移り変わるものです。これは一つのとても高い塔の頂上に立っていることになぞらえるでしょう。東を向けばその方向にあるものが見えますし、西を向けば、また同様等々です。そのように感覚心が意識的知覚力に関心を持つようになると、心は意識の家庭の中にあるすべてを見たがることでしょう。しかし、これは危険要素に成り得るのです。何故ならこの知識への渇望は性急さを助長し、結果として混乱が生じるだろうからです。ですから心は自制を学ばなければなりません。そして学ぶべきものには永遠があるということを覚えていて下さい。この自覚を持てば、出来事の一連の流れの中で一歩一歩知識を得て行くことでしょう。そしてそこには分裂や神秘を引き起こす如何なる割れ目や仕切りはないことでしょう。心の興味は時間には巻き込まれず、只一つ一つの段階が授けるべきものを学ぶという性質のものであるべきなのです。そうすれば、次なる段階の時期になった時、心から来る無関係の要素が入り込むことなく、融合が起ることでしょう。


【解説】
 一度に学べることは一つということです。しかし、私達は興味本位から自らの許容範囲以上の事柄を知ろうと知識・情報を求めたがるものです。しかし、その結果は、一つ一つの知識の意味を学ぶことなく、単なる心のレベルの浅い理解の知識に留まるか、それら知識同士が矛盾するように思って、混乱し、全てを放棄するのが常なのです。
 この宇宙問題も1952年11月20日のコンタクト以来、多くの人々を引き付けては来ましたが、年月が経過するにつれ、宇宙兄弟達来訪の真の目的を理解し、その教えを実践しようと志す人は、今では世界広しと言えども限られているように思われます。
 心は本項に記されているように新しい、即ち自分が未だ知らない知識には興味があり、消化できる以上の材料を収集したがるか、或いは一切の関心を持たず、自らの習慣的生活の中に安住しているかのいずれかです。
 結局、人生の成果としては、何が身に付けられたかということになりますが、身に付ける為には実践による以外にはなく、その為には少しずつ、一歩一歩の歩みしかないことになります。
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