2012年12月

お知らせ

本日は早くも大晦日。この一年、多くの皆様にご覧戴くことが出来ましたこと、改めて感謝する次第です。
年末年始はいつもとは違う生活パターンになる為、ブログ更新はお休みさせて戴きます。
次回の更新は1月7日の予定です。
皆様、良いお年をお迎え下さい。

竹島 正

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落234

234 The happiness which man feels within his heart and for which he searches can never be realized until he blends his will with the will of consciousness. Any more than the drop of water, remaining by itself can know the vastness of the ocean. When man realizes this he will know his true identity for the first time. And will no longer live in the shadow of his reality, influenced by every wind that blows. And there will be rejoicing in heaven when the prodigal man returns to the household. But this will take a profound determination on the part of each human, with an unshakable faith. For he will have to give up his egotistical pride and face whatever is presented to him.
234 人が自分の胸の中で感じ、探し求めている幸福は、自分の意志を意識の意志に融合させない限り、決して実感することはありません。孤独であり続けた水の一滴が大洋の広大さを知ることと大差はありません。人がこのことを悟ったなら、その者は初めて真実の主体性を知るでしょう。そして吹きすさぶもろものの風に影響され、自身の真実の姿の陰に生きることはしなくなります。そして放蕩息子が家に戻った時には天国では祝賀があることでしょう。しかし、これには個々の人間の側に不動な信頼感を持った上での心からの決心を必要とします。何故なら、如何なるものが現れているかに関わらず自己中心的な自分のプライドとメンツを諦めなければならないからです。


【解説】
 意識と融合しない限り、真の平和や幸福はないという訳です。多くの聖人はその状況に達した為に、その行動を通じて聖人たる成果を残したということでしょう。
 しかし、一口に自我を捨てると言っても、その実現には各自の努力と工夫が必要です。その中で、とかく私達は自分はどの道を教えることが出来るとする教師にすがり易いのですが、実際には従っても多くはうまく行かず、逆にその道から外れる結果になってしまうことも多いのです。
 このように他人を頼りにすることなく、とにかく自分で納得するまで、観察を続けること、自然を研究することが重要です。その中で自然現象の中に生きる法則を知れば、それに自分を合わせれば良い訳です。
 宇宙の中では数え切れない惑星世界があり、各々の中で生命の活動があり、それらと一体になれれば、それ以上、望むものはありません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落233

233 Did not Jesus say, he who is trying to save his life shall lose it? Isn't this what the ego is afraid of by giving up its will to consciousness? This is also a lack of faith in the Creator whom we call God. For Jesus also said, he who gives up his life shall find life eternal. Meaning, he who gives the will of the ego unto the will of consciousness shall partake of life eternal. For consciousness is eternal and proceeds all forms. And without it there would be no forms, for an unconscious form is a dead form.
233 イエスは自分の命を救おうとする者はそれを失うとは言わなかったでしょうか?これはエゴがその意志を意識に差し出すことで恐れていることを指すのではないでしょうか?これはまた、私達が神と呼ぶ創造主に対する私達の信頼の不足でもあります。何故なら、イエスはまた、自分の命を捨てる者は永遠の生命を見い出すとも言いました。それはエゴの意志を意識の意志に譲り渡す者は永遠の生命を共にすることになるという意味です。何故なら、意識は永遠であり、万物を先んじているからです。そして意識無しには如何なる形有るものも存在しません。意識の無いものは死んでいるものだからです。


【解説】
 本項の主旨を言い換えれば、私達はそれ程の覚悟で自分の心(エゴ)を捨て去る決心をする必要があるということでしょう。「全てを捨てる」とは一遍上人が著名ですが、その捨て去ろうとしたものは、必ずしも身に付けていたもの、物品ではなく、私達の心(エゴ)の意思であったように思われます。
 意識からそっと寄せられる印象にひたすら従い、素直に行動出来る自分にする為に、私欲を捨て、過去のしがらみを解き払うことによって、私達自身(エゴ)を意識の海の中に解凍させるというイメージかと思います。
 全ての物事に先行して存在し、その結果を創り出す意識なるものの存在と自然に交流できるようになることが私達の願うところです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落232

232 This is no different than a mother who refuses to believe that her child can do anything wrong, and will not correct it. Eventually the child suffers with the parent because the parent failed to strengthen the weakness that was showing up in the child. This was caused by the mother's fear of recognizing the weakness in the child. And she added weakness to weakness instead of correcting it. Finally the mother had to face the truth, she could no longer avoid it and it was far more difficult than it would have been in the earlier stages.
232 これは自分の子供が何ら誤ったことをする筈がないと信じて、子供を正そうとしない母親と変わりありません。しかし、最後は子供がその両親に苦しむことになります。何故なら両親はその子供の中の弱さに対して強くすることに失敗したからです。これはその母親が子供の中にある弱さを認めることを恐れていることによってもたらされたのです。そして母親はその弱さを正す代わりに弱さの上に弱さを付け足して来ました。遂には母親はその真実に直面せざるを得ず、もはや避けることは出来ず、それは早期の段階に比べてはるかに困難なことになってしまったのです。


【解説】
 私達は真の自分自身と自らの心(エゴ)をしっかり区別し、心(エゴ)の持つ課題に対してしっかりした対応を執ることが重要な訳です。とかく心を放任している私達は、自らの心の示す欲求そのままに行動して来た結果、本来の歩むべき道から大きく外れてしまいました。
 しかし、毎朝の目覚めから一日が始まるように、心も眠りの間は一度リセットされ、毎朝ある程度新しい状態からスタートする訳で、是正の機会は毎日あるように思います。基本は本文に書かれているように、本来の私達自身がどのように自分の心と対峙するかの問題であり、本件に関する限り他者は一切係りがありません。うまく出来ないからといって誰かに言い訳をしたりする必要もなく、ひたすら自分自身と向き合う中の日々の精進ということになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落231

231 Once the mind realizes its weakness that has caused much unpleasantness during its life, it should then be determined, even thought it is painful at the beginning, to lend itself to conscious guidance. These obstacles could arise when it tries to do this ; A thought of fear of losing its identity and authority that it has had during its domination even though it encountered many mistakes and uncertainties on its path of self-will. For lacking knowledge, it followed effects with no more knowledge than it had as it repeated mistakes, and alibied for them with a hope of bettering its position instead of correcting the mistakes.
231 ひとたび心がその生涯の間に多くの不愉快な体験をもたらした心の弱さを自覚したならば、心ははじめは苦痛と感じることがあっても、それ自身を意識の導きに委ねることを決心すべきなのです。これを為そうとする時にはこのような障害が発生することがあり得ます。つまり、例えその自己の意志の道筋において数多くの過ちや不安定状態に遭遇したとしてもその支配の間に得ていた心の独自性と権威を失うことへの不安感です。何故なら心は知識が不足している為に、それ自身と変わらぬ知識しかもたない諸結果物に追従し、過ちを繰り返しており、それら過ちを修正することに代えて自分の地位をより良くしたいと思ってアリバイ作りを行って来たからです。


【解説】
 私達は先ず、自らの「心」の限界について知ることが必要で、その自覚を踏まえて意識から来る印象に従った行動体になれるよう、一歩一歩の歩みを始めるということです。
 もちろん、その辿る道は心にとっては未知の世界であり、試行錯誤は避けられません。しかし、少しずつでも足掛かりがつかめれば前進出来ることは山登りにも似ています。進むにつれて物事の全容も見えて来る筈です。
 これまで私達は失敗を恐れ、結果物として目の前に残るものを唯一の頼りとして、また他人に裏切られないよう注意しながら生きて来ました。また他人から良い評価をされたい為に面子を重視して来ました。しかし、意識主体の生き方は、これらしがらみとは一切関わり無く、新たな幼児となって、意識から学ぶ姿勢をとる必要があるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落230

230 And this can only be done by allowing the consciousness with its unlimited power and knowledge to put the house in order.
230 そしてこれは無限の力と知識を持つ意識にこの家の中を整頓させることによってのみ、なされ得るのです。


【解説】
 宇宙の意識に身体の中を一度、大掃除してキレイにしてもらうということでしょう。古い習慣に染まりきった細胞達の波動を一度、リセットさせて、本来の姿に戻す作業が必要な訳です。
 これらについては従来、滝に打たれる等の修行がありますが、そのような修行の中には日常習慣や感覚の支配から一度心身を解き放ち、本来の生命の流れに従うきっかけを得るような要素があったのかと気付く次第です。
 私達は必ずしも滝行のような極端なことは行なわなくても、日常的にその意義を自覚し、意識から来る助言の印象に100%従うよう、心して置くことがより重要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落229

229 After thousands of years of living as we have, becoming habitual individuals, we have created habitual cells in relation to the mind. And habits do become hungry for their own food. i.e. An alcoholic's mind knows that it is not good for the body to go to extremes, but the habit is the master of the mind. The mind lost the strength of its will and the power of determination to oppose the habit so it continues as a slave to the habit. And this is true of all habits, for most of them operate in extremes. This does not mean that you cannot take a drink or do similar things, for all things are good in moderation. But it does mean that one should be determined to be the master of his life rather than have the habits master him.
229 私達は何千年もの間、このように生き、習慣的な個体となった結果、その心に関連した習慣的な細胞を造り上げてしまいました。そして諸習慣はそれら自身の食物を求めて腹を空かせるようにさえなるのです。即ち、アルコール依存の心はそれが程を越して極端になれば肉体に良くないことを知っていますが、それでも習慣がその心の支配人になっています。心はその習慣に反抗する意志と決心の力を失った為、その習慣の奴隷となり続けるのです。しかもこれは全ての習慣について言えることです。何故なら、それらのほとんどが極端に作用するからです。このことはあなたが一杯飲んだり、類似した事柄を行ったりしてはならないと言うことではありません。何故なら、全ての物事は適度であれば良いことだからです。しかし、人は諸習慣が自分を支配するのではなく、自分が自身の人生の支配人になることを決心すべきことは確かです。


【解説】
 「習慣の奴隷」を克服することは私達の最大の課題ですし、私達の多くは毎日を決まりきった生活パターンの中で生きていることも確かです。もちろん一面ではそれは止むを得ない事情ではありますが、惰性で毎日を送ることは厳に慎むべき事柄です。その中にあって私達は無作為に時を過ごすことがあってはならず、そのようなことは本来の生命活動とは反するものです。
 その結末として、私達は永年の心の指令に仕える細胞群を自らの体内に形成し、今度はそれらが支配者となって、本人の行動を左右する段階に至ると著者は警告しています。アルコール依存や薬物中毒など、極端な例もありますが、私達一人一人類似した細胞群を抱えていることは確かです。
 このような習慣細胞の指示に従うことなく、自らの意志でご自身をコントロールし、習慣の奴隷になることなく、あらゆる分野を適度に楽しめと著者はまとめています。先ずは習慣性の有無を点検し、毎日新しい側面を探求することです。日々是新とはそのような生活姿勢を言う言葉です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落228

228 The only difference between man and nature is - nature has no will of its own for as stated before, it is under the will of the All Inclusive Intelligence. Man as the highest expression was endowed with a free will mind, and it is here that he has his trouble. For the mind as an effect guides itself by other effects instead of lending its will to the will of the Cosmos. The reason that man was given a free will mind was that he might learn from The Supreme Intelligence the way and purpose of life. And he is endowed with the potential of becoming like his creator and say as Jesus did, I and the Father are One, and when you look at me you see the Father. The Venusians and other planetarians endeavor to express this daily by willing their minds unto conscious guidance. And we must do this if we are to fulfill our purpose.
228 人と自然の間の唯一の違いは、以前述べたように自然は自身の意志を持たないということであり、それは全てを包む知性の意志の下にあることです。最高位の表現物である人は自由意志の心を与えられており、そのことが人が問題を抱える所となっています。何故なら一つの結果物である心は宇宙の意志に自らの意志を貸し与える代わりに他の結果物で自らを導いているからです。人が自由意志を与えられているのには人は最高位の知性から人生の歩むべき道と目的を習うだろうと期待されているという訳があります。そして人は創造主のようになり得る能力を授けられていますし、イエスが私と父とは一つである、あなたが私を見る時、あなたは父を見ているのだと言ったようにです。金星人達や他の惑星人達は彼らの心を意識の導きに喜んで従わせることによってこのことを表現しようと毎日努力しています。そして私達も自分達の目的を達成するつもりなら、同じことをしなければなりません。


【解説】
 自然界にあるもの全て、鉱物から動植物に至るまで、人間を除くあらゆるものは、それ自身の意志を持たず宇宙の英知の下に生きている一方、何故人間が自由意志を与えられたかが説かれています。
 自然界の他の生きもの達は自ら学ぶ必要はなく、既に宇宙英知に従った行動をとっている訳ですが、人間は違うというのです。人間は自ら努力して、その生きる目的を学び、創造主の意志に自ら近づくことが期待される為、自ら学ぶ上で必要となる自由意志を与えられたのです。
 究極にはイエスの言葉のようになる訳ですが、実はそれ程に完成した人物がイエスという存在であったこと、また金星をはじめとする他の惑星の文明も同様な進化を日々遂げる中で実現していることを本項は説いています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落227

227 The cells in the toe are different from those in the finger but each group is working with the others to make the body a perfect manifestation. And the same power and guidance lends itself to all alike. This is no different than the cosmic expression in the earth's cell structure. For from the lowest expression in the mineral kingdom and through the millions of nature's manifestations the same power and intelligence is expressing in varying degrees. This law is constant and does not change to favor one form, or a planet, above another.
227 足指の細胞は手の指のそれとは異なりますが、それでも互いのグループは人体を完全な創造の現れにする為、共に働いています。そしてそれと同じ力と導きが万物に等しく授けられています。このことは地球の細胞構造における宇宙の表現と違うものではありません。何故なら、鉱物王国における最低位の表現から、そして何百万もの自然の創造の現れを通じてこれと同じ力と知性が様々な度合で表現しているからです。この法則は不変であり、ある一つの形あるものや惑星の便宜を図る為に他に優って対応を変えることはありません。


【解説】
 とかく手の指の方が足の指より身近で大事なように思ってしまいますが、どの指も等しく無くてはならないものであることは、各自、体験しているところかと思います。
 人体の各部の細胞群のいずれもが等しく人体を支えている訳で。それは惑星の構造も同じだと本文では解説されています。つまり、私達は地表で生活する為に建物を建てますが、その拠り所となる基礎は各々杭を地中に刺して地殻に支えてもらっている等、地殻の鉱物群は私達の建物をも支えていることに気付く必要があります。
 また、私達はこれら地殻を掘り出して、自分達に有用な物質や自分達が好む鉱物(宝石)を得ていますが、一方で捨てられる石や砂が果たしてきた「地球を形成する」という役割について私達は気付く必要があります。
 過去に生じた地震の痕跡はこれら地表の下に眠る地殻の構成に現れていることは私達の知るところであり、時々見える斜めに傾いた地層の状態からは、一見動かないように見える地殻が実に活発に活動して来たことがよく分かります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落226

226 As stated before, the body is made of trillions of cells, grouped for perfect maintenance and operation. No different than the structure of the cosmos, and the body has all of the cosmic force supporting it. And when the human mind is working in behalf of the cosmic plan, instead of self, it never knows any unpleasant effects. For then it is free from discrimination, judgments, and likes and dislikes.
226 以前に述べたように、肉体は何兆もの細胞から成り立っており、それら細胞は完璧なる維持管理の為にグループ化されています。それらは宇宙の構造と何ら違う所は無く、肉体はそれを支える宇宙の力の全てを持っています。そして人間の心が自身の為でなく、宇宙の計画の為に働いている時は、不愉快な結果を決して経験することはありません。何故なら、その時、人は差別や裁き、好き嫌いから離れているからです。


【解説】
 私達の身体は60兆個もの細胞から成り立っていることは既に知識としては持っていますが、重要な点はそれら細胞が大宇宙そのままに整然とした調和した関係にあるということです。「汝自身を知れ」という言葉がありますが、それは既に私達自身の中にあらゆる宇宙の要素が組み込まれているということでしょう。
 現代の科学も各々の細胞から遺伝分子を抽出し、それらを増幅させて構成を調べたりするようになりましたが、大事な点は一つ一つの細胞や分子原子が各々調和して存在するということでしょう。これらが本項で言う「宇宙の計画」に基づいて行なわれている所が重要なポイントです。
 ある意味、宇宙を貫く大きな意図に従ってあらゆるものが生きている訳ですから、私達の心もそれに従って生きれば、摩擦や抵抗もなく柔軟、スムーズに生きられることになります。
 もちろん、この調和ある力、「宇宙の計画」は差別や裁きの無い創造主の意図であり、その意図を具体的に表現することが私達の役割ということになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落225

225 This shows that the cosmic plan is orderly, but the mental is not stable and needs guidance.
225 これは宇宙の計画は整然としているが、心は安定せず、導きを必要としていることを示しています。


【解説】
 私達一人一人は自らを実験台として、想念と身体の関係を学ぶ必要があります。
 それは最初、決して心地よいものではありませんが、本来自らを訓練する上で最も有効な方法です。良い想念を保つことは体内の諸々の生命作用にとっても好都合であり、スムーズな運用を保てることから、その持続期間も大幅に伸びることになります。
 一方で、仮に苦痛を伴う体験を得てしまっても何らその原因を分析せず、記憶しようとも思わなければ、貴重なる学習の機会を失い、身体は消耗するばかりです。
 動植物を含め、自然界に生きるものが、皆、新鮮、活発に生きている様子を見るにつけ、人間のような心の問題が無いとすれば、それらを支える身体は各々十二分に本来の機能を発揮していることが理解出来ます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落224

224 The first group starts the fermentation. The second group makes a perfect blend of the chemicals extracted. The next group eliminates the gases that are produced during the fermentation. Finally the scavengers throw off the waste matter that is left. If this process functions naturally you will never know a sick day. But if the cells related to the mind interfere with the cells that are doing the work, by the mind becoming angry, we know what the uncomfortable results will be.
224 最初の集団は発酵を開始します。二番目は抽出された化学物質の完全な混合を造り上げます。次の集団は発酵の間に生成されたガスを排出します。そして最後は、掃除人達が残った廃棄物を捨て去るのです。もし、このプロセスが自然に機能するなら、あなたは決して具合の悪い日を経験することはないでしょう。しかし、もし心が怒ったりすることによって心に関係している細胞達がこの仕事をしている細胞達の邪魔をすれば、どのような不愉快な結果になるか私達には分かります。


【解説】
 人体の中の食物の分解過程は、本文で言ういわゆる酸素の無い状況下で各種酵素が作用する「発酵」という過程が行なわれます。この発酵を通じて炭水化物や蛋白質その他が人体の消化器官から分泌される消化酵素、更には体内に生存する多様な微生物の働きにより、栄養素に分解され、吸収されることは私達も既に学んでいる通りです。
 一方、やや詳細な話になりますが、本文中にあるガスの排出に関する内容は腸の中でガスを排出しようとする腸の運動のことかどうかは定かではありません。
 いずれにしても、各自の経験の通り、感情の起伏によってこれらの作用が滞り、体調不良になることは間違えありません。緊張による下痢や便秘など、よく経験する所です。
 私達は自らの身体が最も大事として来ている訳ですから、その状態維持の為にも、これらの身体内部の作用を常に注視しておく必要があることは明らかです。言い換えれば、最も身近な学習教材である自らの身体内部の目に見えない様々な働きについてしっかり、意識して置くことが大事だという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落223

223 Here is an example of grouped cells. First we will use the ones associated with the mind. The mind is alerted to take on food due to past habits for the body needs fuel. But as stated before, the mind does not know what is to be done with the food when it enters the body. But there is a group that does know, and while the mind is entertaining itself with something else this group goes on with its work. I have used this example for years in lectures and class work, but it illustrates very well, so I will use it again. Once the food enters your body the intelligence independent of the mind goes to work on it. We will class these workers in four groups, each working in behalf of the other.
223 ここで群れになった諸細胞の例をお話しましょう。最初は心に関係した細胞群を取り上げたいと思います。心は過去の習慣の結果、食物を摂取するよう絶えず注意を払っています。肉体が燃料を必要とするからです。しかし、以前述べたように心は食物が肉体に入った後、その食物に何が起るかについては知っていないのです。それでも知る集団が居て、心が何か他のことで楽しんでいる間に、この集団がその仕事に従事します。私はこの例えを講演や教室での講義で何年も使って来ましたが、それでもこの一例は大変よく問題を表わしている為、再び用いることにします。ひとたび食物があなたの体内に入るや、心から独立した知性がその食物に対して働きます。私達はこれらの働き手を各々が他の為に働らく4つの集団に分類することにします。


【解説】
 「おいしい食事をしたい」とは誰もが思うものですが、その「おいしい」、「まずい」は、私達の心の構成要素の味覚の評価(裁き)でしかありません。以前、裏庭に水を求めて着陸した宇宙船から出てきた宇宙人から御礼にもらったパンケーキはダンボールのように味気の無いものであったという海外のレポートを読んだことがあります。味覚の支配から私達自身を解放することも宇宙時代に向けての課題です。
 一方、人体には飲み込んだ後に各種栄養分を消化吸収、分解する細胞群(消化器系)がその後の作業を行なっており、それらが順調に進むことで、私達は心地よく過ごすことが出来る訳です。これら細胞群について著者は実質、4つの集団があると、以下に続く本文で解説しています。
 わが国でも体調管理の上から、ダイエットの必要性について説かれていますが、肥満の方を見ると、明らかに食事の量が過大であることが分かります。本人は自身の身体維持の為、心が食事をもっと摂るように促しており、味覚に支配され、満腹になるまで食事を詰め込む生活を続けている訳です。従来から視覚については、課題を知るところですが、味覚についても私達は制御する必要があることが良く分かります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落222

222 In the first part of the lessons we mentioned group cells that are related to the mind and take orders from the mind. 90% of the other cells take orders from the consciousness. Yet they can all be made to take orders from the consciousness, which they must do eventually if the ego is to survive.
222 教科の最初の部分で私達は心と関係を持ち、心の指令を取り入れる細胞群について述べました。しかし、90%のその他の細胞は意識からの指令を取り入れています。それでも細胞にすべて意識からの指令を取り入れさせることは可能ですし、それはエゴが生きながらえる為に、最終的にしなければならないことです。


【解説】
 私達は自分(心)の意志によって動く、随意筋とそうでない不随意筋等について知るところですが、本項の意味する所も同様な内容を示しているものと思われます。この心の指令に従う10%の細胞群を訓練し、いちはやく意識の指導に従う集団に変貌させなければなりません。
 本項で言う10%という割合は、人体の恒常性確保に上からは大きな障害になっていることは間違いないように思います。
 これらの細胞を本来の意識の印象に従わせる為には、大きな努力が必要なことは確かです。味覚や嗅覚を永年楽しませ、快い音と外見の美しさのみを結果の世界に追い続けてきた私達の心は、そうした現象面だけでなく、それらの創造物をもたらしたより高次な印象と想念を味わう努力が必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落221

221 But if the new thoughts are going to have the results that we desire they must be given top priority and not mixed with opposite thoughts. For this creates a conflict in the body and the results are anything but good. It is not going to be easy to maintain such thoughts at first, but determination will accomplish the desired results.
221 しかし、もし新しい想念が私達が望む結果を得るという為には、それらの新しい想念は最大限の優先順位を与えられ、対立する想念と混ぜられることがあってはなりません。何故なら、こうすることは体内に葛藤を造り出し、その結果は良いものとは決してならないからです。最初の内はこのように想念を保つことは簡単ではありませんが、決意は望ましい結果を達成することでしょう。


【解説】
 私達が必要とする新しい想念の取扱いについて、本項は解説しています。
 つまり、仮にこれまでにない新しい発想が浮かんだ場合、私達はそれを従来の常識化した知識と混ぜることなく、それらに最大限の優先権を与えよと、著者は助言している訳です。
 私達が宇宙的印象を実現できないでいるのは、その印象を尊重せず、その漏らす内容を聞こうと努力しないからです。従来からの考えと比較吟味してしまうため、身体内で混乱が生じ、一本化されない為だとしている所に注意すべきです。
 素直に創造主からのメッセージを受け取り、行動(実行)して新しい体験を得ることを優先すべきという訳です。その為には、心がどのような抵抗を示そうとも、自らが宇宙的印象、創造主のささやきには全幅の信頼を置くことを決意する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落220

220 The masters of the ages taught one cosmic principle - As A Man Thinketh So Is He. We can now see how the people on planet Venus maintain a long and useful life. For they are constantly thinking in terms of newness. And a form 500 years old, of our time, looks youthful and in the prime of life. While here on earth we look older at 40 than they do at 700 years. But we are thinking in terms of age and are governed by habits that are thousands of years old. And you cannot feel young by wearing an old cloak for it will have an influence upon you. An old dress or suit, even though made of very good material, will make you feel old everytime you put it on. So will the old thoughts. We know that new clothing makes us feel younger, and so will new thoughts when we have them continuously.
220 各時代の指導者達は皆、一つの宇宙原理を教えました。人は思った通りの者になるのです。私達は今や金星の人々はどのようにして長く有意義な人生を保っているのかを知ることができます。何故なら彼らは常に新しさの視点で物事を考えているからです。その結果、私達の時間で言う500才の肉体も若々しく生命の全盛期にあるように見えます。一方、ここ地球では私達は40才ですら、彼らが700才で見せる以上に年老いて見えるのです。それでも私達は年令で物事を考え、何千年も古い習慣に支配されています。ですからあなたは古い外套を着ていては若さを感じることはできません。それがあなたに影響を与えるからです。とても良い材質で出来ていたとしても、古いドレスや服はそれを着る度にあなたに古い感じを起こさせることでしょう。ですから、古い想念も同様です。私達は新しい衣服があなたを若々しく感じさせることを知っていますし、新しい想念も私達が常に保つならばそれと同様となります。


【解説】
 人は日常抱く想念通りの者になるということは、当然の原理と言うことが出来ます。想念が最も作用を発揮するのは各自の身体及びその環境です。
 心の抱く想念を宇宙本来の生命の息吹に調和したものに保つことが出来れば、全身がスムーズな活動となり、老化が生じないことはアダムスキー氏のコンタクト経験の他にも、各自の体験から理解することが出来る筈です。
 自らに取り入れる想念を大切にすることは、60兆個もの配下の細胞を持つ私達一人一人の身体の主人公としての最低限度の義務でもあります。
 本文にある「As A Man Thinketh」と同名の本をJames Allen(1864-1912)が記していますが、そのタイトルは日本語訳の本では「原因と結果の法則」と記されているそうです。1902年に執筆されたこの本は自己啓発の書として広く知られています。昔から真理は変わることなく永続しており、今日もまた未来も変わらず続いて行きます。時代を通じて、地球上の様々な地域で真理を伝えようとする者が出現し、同種のポイントを私達に伝えて呉れているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第6課-段落219

219 Now let us observe how different types of thoughts manifest. If an angry thought enters the mind the facial expression changes to represent the anger. And if a happy thought is present it expresses, etc., etc. It is no different than a sculptor who molds out of clay a thought that he has in mind. So a thought whatever it may represent is like the sculptor for it molds the facial expression to represent itself. So we as intelligent beings desiring youthful, healthy, well proportioned bodies should always have that type of thought for it will mold the body according to its pattern. And a thought of newness especially along cosmic lines is important if the body is to maintain youthfulness.
219 それでは如何に様々な想念が体現するかを観察することにしましょう。もし怒りの想念が心に入り込むと、顔の表情は怒りを表わす為に変化します。また、楽しい想念が居合わせた場合にはそれはそれこれの表情を表わします。それは彫刻家が心の中で抱く想念を土からかたどるのと違いはありません。ですから想念がどのようなものを表わすにせよ、彫刻家のようなものです。それ自身を表現する顔の表情をかたどるからです。ですから若く、健康で良く調和した肉体を望む知性的存在である私達は常にその種の想念を持つ必要があります。何故なら想念はその想念パターンに従って肉体をかたどるからです。そして特に宇宙的分野に沿っての新規性ある想念は肉体が若さを保つ為には重要です。


【解説】
 同乗記の中で宇宙の兄弟達が創造主の肖像画をいつも眺めているという記述を覚えている方も多いと思います。優れた芸術作品は私達に高い品質の印象を届けますし、私達はそれらの影響を受けて進歩の道を歩むことも可能なのです。
 想念が個々人を変化させることは、私達の心が持つ潜在的な表現力を意味する訳ですが、問題はどの種の想念を取り入れるかにあります。広大無限の宇宙は私達に探究心を与えるのと同時に、創造主との距離を縮めるような感覚をもたらすものと思われますし、人類発展のカギは、狭い地表から抜け出て、広大な宇宙空間に進出することだと思われます。
 優れた想念・印象を積極的に取り入れて、その印象に基づいて行動した結果、得る体験を通じて個人の記憶を蓄え、更には本人からも同種の想念を発する等、印象を通じたサイクルも実現するというものです。私達は印象の表現者であると同時に、他者に対しての想念・印象の発信者でもあります。自らへの影響の他に他者への影響も考え合わせれば、日々取り入れている想念の影響は極めて大きいと言えます。
 京都広隆寺や奈良中宮寺の弥勒菩薩の半跏思惟像をはじめとする仏像は、それを見る多くの人々を魅了するものですが、その微笑の奥にどのような想念があるのかを考えて見るもの楽しいのではないかと思われます。

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