2012年07月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第4課-段落138

SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE
LESSON FOUR
The Relationship of All Creation
138 In the last lesson we stated that we would explain the relationship of all creation as simply as possible in order to eliminate confusion. We will deal with the many kingdoms that serve man. For without each he could not live and the Cosmic Plan would not be complete.
生命の科学-学習コース
第4課
創造物すべての関連性
138 前課では混乱を取り除く為に出来る限り単純に創造物すべての関連性を説明しましょうと述べました。私達は人間に奉仕する数多くの王国について取扱うことになります。何故なら、各々の王国が無ければ人は生きることは出来ませんし、宇宙の計画も完全にはならないからです。


【解説】
 本項ではあらゆる創造物の間の関係について簡潔に理解することを目的とすると述べています。もちろん細部の研究も必要ですが、先ずは全体の理解から灰って行くべきだとしているのです。即ち、最初は一見したところあまりに単純だと思われていたものが、細部を研究すると意外な事実も判明して来ます。しかしそれらを更に別の角度から見ると、より壮大な原理と法則が見えてきて、遂には当初の簡潔な法則に帰着することも多いように思います。
 その際、重要なのは、個別のテーマの関心以上に、その法則の目的、意図を見ることだと思っております。
 また、同時に自然観察する時、多くの王国(Kingdom)が人間の役にたっていると本項で明示されていることです。この場合、王国とは、分類学で言う「界」のことで、動物界、植物界と言われるようにその種の生きものの暮らす生活圏全体を示しています。言うまでも無く、人間を支えているのはこれらの王国です。食料や原材料の全てを人間に提供している訳で、これらの王国との関係を私達は身近に感じなければなりません。今日では生態学(Ecology)という言葉が定着していますが、こうしたことも創造物の間の関係を研究する学問分野ということが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落137

137 Keep your mind as much as possible on the finer qualities of life, as you would on a fine quality of music. And if you do this daily you cannot help but make progress.
137 あなたの心を精緻な音楽に耳を傾けるように、生命のより精妙さに関心を持ち続けさせなさい。毎日これを行えばあなたは進歩せざるを得なくなります。


【解説】
 何事によらず鈍感であってはいけないという訳です。気付きがなければそもそも「良いもの」、「優れたもの」が分からないということです。また、深遠なるものの存在を日常的に感じ取る者が尊ばれる所以です。
 そういう意味でも想念や印象の感知能力については、他惑星人ははるかに進んでおり、同乗記に記述のあるようにもはや言葉も不要になるほどの段階に到達していることになります。
 私達も、より繊細な因からの印象に関心を維持して行けば、遠からずその進歩の道を歩むことになるものと思われます。次回は第4課に入ります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落136

136 When you begin to enjoy and understand a broader field of life you will know that you are progressing. And ideas and thought will be coming faster than you have ever known before. Do not question anything from the standpoint of disbelief, but make an analysis of every thought and act to see if it was a premeditated mental reaction or a conscious one. And where it fits into your life in relationship to others.
136 あなたは自分がより広い生命の分野を楽しみ、理解し始めていれば、自分が進歩しつつあることが分かるでしょう。そしてアイデアや考えがこれまでに無い程、速く浮かんで来ることでしょう。何事にも不審の念に立って疑問を投げかけてはならず、あらゆる想念や行動をそれが前もって考え出された心の反応なのか、意識によるものなのか、他との関連においてあなたの生活の何処に当てはまるかについて分析することです。


【解説】
 どのようにしてそうなったかは分からないながらも、本講座を学ぶ多くの方々には、知らず知らずの内に身の回りの出来事がうまく回りはじめたり、人生がより活発になっていることを自覚されているのではないかと思います。
 印象に従う生活は恵みが多いことも確かです。
 その背景には、将来に起こる事象を事前に察知して、いち早く対応することや課題に対する解決策に気付く能力が高まること等のことがあるものと思われます。私達の進歩はたかだか十数年の学習でしかありませんが、他惑星人は恵まれた環境の中、肉体が有する最大限の能力を発揮させて数千年を過ごしていることを考えれば、地球人とは、もはや神と人ほどの差があるものと思われます。
 それに対し、私達は様々な問題を有するこの惑星の上で、真の自己開発に取り組む訳ですから、成果を上げるには相当の注意深さと決意を必要とします。本項で言うように、いささかの疑念も許すことなく、意識の存在に注視し、やって来る印象を全面的に信頼することが必要です。誰しも相手から信頼されていると気付けば、その者に好意を抱くものです。それは創造主とて同じ事。創造主を信頼することは創造主から与えられる印象もより恵み多いものになる筈です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落135

135 In the next lesson we will explain this relationship. It is important to understand if confusion is to be eliminated. All that is asked of any one is to become more and more conscious of consciousness which is the true self behind every act or thought. In plain, give the consciousness the recognition you have been giving the ego mind, in everything you do or see. Be aware of the invisible intelligence behind every act and word. By doing this it will eventually become automatic for you.
135 次の教課ではこの関係を説明しましょう。混乱を取り除く為にはそのことを理解することが大切なのです。誰に依らず求められていることのすべては、あらゆる行動や考えの背後にある真実の自己である意識をもっともっと意識するようになることです。平たく言えば、あなたがこれまであなたが行ったり見たりするすべてにおいて、エゴの心に与えていた認識を意識に与えよということです。あらゆる行為と言葉の背後にある目に見えない知性に気付きなさい。こうすることによって遂にはあなたはそれを自動的に行えるようになるでしょう。


【解説】
 要は日常の指針を何に託すかであろうと考えます。これまでのように、甚だ不安定で対処力の無い自分自身に置くのではなく、自身の中にもある「意識」に拠ることが極めて重要なのだと本項は説いています。無言であり、目に見える姿を現すことの無い「意識」に気付けと説いている訳で、私達にとっては大変、難しい課題であることは確かです。
 また、本文では今まで存在を認めていた自我(エゴ)、即ちその存在があって当然として来た「エゴ」に対して、今度は同様な意味で自身の中の「意識」の存在を認めよと言う訳です。
 もとより自分自身は何者かという問いに対して、私達は常に明確な答えを用意している訳でもなく、ただ漠然とエゴを野放しにしている訳ですが、本項は今度は「意識」の存在を同等以上に自身の想念や行動の原因者として認めるよう求めています。
 目に見えない存在を知覚出来るかどうか、万物を観る際、その背後に存在する宇宙的意識の存在に気付くことが、新しい生活を始める上で極めて重要だと説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落134

134 As Luther Burbank said, they see the Creator face to face. Thus they learn the relationship and purpose of all manifestations serving each other and thereby serving the creator.
134 ルーサー・バーバンクが言ったように、彼らは創造主に直接対面しています。彼らはそのようにして互いに奉仕し合い、そうすることで創造主に仕えている全ての創造物の相互関係と目的を学ぶのです。


【解説】
 私達はあらゆるものに見え隠れする創造主の面影、片鱗に気付き、具体的な事物よりは、それら要素に注目して行かなければならないということでしょう。私達が鋭敏になるにつれて、それら印象の送り手である創造主をより身近に感じられるようになる筈です。そうすると、本文に記述のあるように創造主と直接、対面しているような心境にも到達するものかと思われます。
 各創造物が本来の役割を全うする為には、個々の意欲を超えて、全体の調和の上から指導を与えてくれる宇宙的印象に従うことが必要です。これにより季節毎に一斉に花々が咲き、季節を彩る訳ですが、そうしたことも動植物が自然から来る指導的印象に従順となることで自らを繁栄させていることでもあります。
 私達が創造主への志向を強めるにつれて、自ずと創造主は身近な存在として感じられることになります。

 ここで、最近インターネット上にルーサー・バーバンクの紹介ビデオを見つけましたので、以下にご紹介します。
http://www.youtube.com/watch?v=UEPMwLjR_So
http://www.youtube.com/watch?v=ZQYPLQR1bmg
http://www.youtube.com/watch?v=zZrxpVuxi68&feature=related

お知らせ

今週は、出張がちになり、更新が出来ない日もあるかと思いますが、ご了承下さい。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落133

133 The Venusians and others have done this, thus enabling them to advance as they have. They do not fight nature - but blend with it by understanding its laws. For this reason they honor all manifestations including their planet, as a Divine creation. They live the thought that a creator could not create anything lesser than himself. And with this feeling towards all nature they see Divinity expressing everywhere.
133 金星人や他の人々はこのことを既に達成しており、このことがそのように進化することを可能にしています。彼等は自然と戦うことはせず、その諸法則を理解することによって自然と溶け込むのです。この理由から、彼等は彼等の惑星をも含め全ての創造物を神聖なる創造作用の一つの現れとして敬います。彼等は創造主は自分より劣ったものを創造できないとする思想を実践しています。そして全ての自然に対しこの感覚を持つことで、彼等はあらゆる所に神聖の現れを見るのです。


【解説】
 私達はこれまで「自然と闘い」、「自然を征服する」ことが文明の成果だとして来ました。そこには人間の思うがままに自然を利用することを文明の目的として来た背景があります。必要な鉱物を採取し、選別した後に不要となった成分は廃棄物として環境に捨てて来た結果は公害の原点となりました。また最近では、より深刻な問題として、原子力発電で生成され、災害で放出された放射性物質への対策が急務になっています。
 私達地球の科学技術は、それが採算性に合えば、つまり利益を当事者にもたらすことが判明すれば、後先のことを考えることなく、巨大化させて行く傾向にあります。その為、問題が発覚するや大きな問題になる訳です。
 一方、他惑星人は自然と一体化した生き方をしており、当然、その科学技術も異なったものであると思われます。宇宙船一つをとっても、未だ地球人が気付いていない原理によることは明らかですし、私達が他惑星人との交流を望むのも、同じ人間、同じような惑星環境の中にあって、かくも相違する文明にまで差が広がって行ってしまったのか、深くその原因を学びたいからに他なりません。
 万物いたるところに神を見るという彼らの心境こそ、私達が目指すところであるべきです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落132

132 Once man realizes this and makes daily use of it, he will no longer complicate things and he will feel himself one with his creator.
132 一度、人がこのことを悟り、それを日々活用すれば、以後は物事を複雑化したりすることはなく、自分自身が創造主と一体になっているように感じることでしょう。


【解説】
 意識が少しでも感知出来れば、後はそれを糸口に日々実践することによって、未来が開けることになります。言い換えれば、万物が同一の原動力で機能していることを自覚出来れば、後はその方向に進むだけということです。
 大事なことは出発点であり、自分の目指す方向です。何しろ目に見えない存在を知覚し、理解することであり、その為にはその方向の感受性を高める他ありません。何故虫達は疲れを知らないように動き回れるのか、皆生き生きと各々の生涯を謳歌していられるのか、等、自然観察の中で日常あらゆる生きものが自らの使命を全うしようとしている事実やそれらの背景に働く宇宙的な源泉の存在については容易に理解出来ることでしょう。そうした中で何故、最高位の創造物である人間だけが他の生きもの達のような知覚が出来ていないのか、障害になっているものは何かについて、突き詰めて考えてみる必要もありそうです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落131

131 It is not the prayers, the mantrums or the meditations that will bring this to us. But a re-birth into a fully conscious being of cause instead of the mental effect. In other words we must reverse the process of our learning. Instead of being mentally aware as an ego of the mind the mind must become aware of consciousness, as it has in the past of itself. For conscious awareness is the key that unlocks the storehouse of knowledge to the mind. It is the link between the Creator and creation.
131 このことを私達にもたらすのは祈りでもマントラでも瞑想ではなく、心による結果に代わって因による完全に意識的存在への生まれ変わることなのです。言い換えれば、私達は自分達の学習の過程を逆転させなければなりません。即ちそれまでの自分自身のように、心に属する自我として認識するのではなく、心は意識に気付く必要があるのです。何故なら意識への気付きは心に知識の貯蔵庫を開く鍵であるからです。それは創造主と創造物との間をつなぐ環(きずな)なのです。


【解説】
 私達がルーサー・バーバンクのように真に自然から学ぶようになる為に必要なことは、従来の祈りや瞑想などではないと本項で著者が断定していることは注目すべきポイントです。
 これら祈りや瞑想では問題を解決出来ない所に「生命の科学」学習の難しさがあるとも言えますし、何処に取っ掛かりを持てば良いか、悩まれる方も多いのではと思うものです。
 各自のエゴの克服は、それほどに大きな難事業と言うことが出来ます。しかし、その一方で、イエスは幼子は容易にその問題をクリアーしているとも述べています。
 本項では、それを「意識への気付き」(conscious awareness)と表現しています。目の前の事物を観る時、それを創造物と認め、それを生み出した英知に気付こうとする姿勢が重要だという訳です。この気付きが諸々の生活の場面で応用される時、人は意識を自覚するようになり、本文で言う創造主との絆を深めることが出来るようになります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落130

130 Luther Burbank expressed himself well when he said that nature gave him the knowledge of how to improve upon vegetation. He stated that he was working with the Creator, and through His creation he saw Him face to face. Man will never be free from the drudgery he now is enduring, and the confusion in which he finds himself, until he returns unto the true teacher, the conscious director of all creation. We live in and are a part of its manifestation.
130 ルーサー・バーバンクは、自然が自分に植物に対する改良の仕方の知識を与えてくれたと言ってその実態を良く表現しました。彼は創造主と共に働いていることや、創造主の創造を通じて彼は創造主を間近に見ているとも述べていました。人間は真実の教師、すべての創造物の意識の指揮者の元に帰らない内は、現在耐え忍んでいる骨折り仕事や自分自身の混乱から決して自由になることは無いでしょう。私達は創造の現れの中に生き、その一部であるからです。


【解説】
 以前、機会があり、カリフォルニア州サンタローザのルーサー・バーバンクの記念館を訪れたことがあります。同所は生前バーバンクが暮らし、品種改良の農場として使用していた所が記念館として保存されている所で、現在も運営されています。
 ご存知の方も多いと思いますが、エジソンやフォードと同時代に生き、米国が世界をリードする時代の一翼を担った人物です。
 様々な伝記にも記されているように、バーバンクは多品種の交配による品種改良を手掛けて成果を世に出した人物ですが、その手法については本人のインスピレーションに従った選択手法であったようで、今日の科学的手法ではないようです。バーバンクは畑の見回りをしながら、自然と手が伸びて多くの中から選択すべき種を選び出すという具合に品種改良を進めたと言われています。また、サボテンに話しかけてトゲの出ない品種を作り上げたとも言われているところです。このトゲ無しサボテンは現地でも有名で、改良前の原種と改良後のトゲの無いサボテンが対比して植えられていたことを思い出します。
 大自然に生きるもの達が皆、無駄な努力をすることなく、各々合理的に物事を進め、自然からの恩恵だけで生きて行く上でインスピレーションが重要なカギになっていることは間違えありません。そのインスピレーションは「本能」と表現されていますが、自らの意思を大自然の指導に従わせる中で得られるものだと思われます。結果を恐れず、先ずは印象に従う生活を始めること、エゴを空しくすること、他の動植物を手本とすることが良いように思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落129

129 With all of the intelligence we have today, no man can give the exact answer of how an apple or any fruit became such from a flower. This shows us that as great as man's intelligence is, it is still puny compared to what is manifesting in nature, the expression of the Creator.
129 今日、私達が持つ知性の全てをもってしても、誰一人として一つの花からりんご、あるいは何らかの果物がどのようにしてそのように成るのか正確な答えを出せる者はいません。このことは人間の知性が偉大だとしても、創造主による表現、自然における現れと比べればそれは依然としてちっぽけなものであることを示しています。


【解説】
 一粒の種が発芽し、若葉や花を咲かせ、やがて実を結ぶまでの数ヶ月という短い時間の中に大きな変化を見せてくれる植物の成長は、一つ一つ細かく見ると脅威の現象と言う他ありません。農業の魅力は自然界の生命活動を日々目撃し、その恩恵を得ることを生業にすることに由来します。多くの人が家庭菜園に魅力を感じるのも自分の目でこれら自然の働きに立ち会えること、また更には大地の恵みを味わうことが出来ることに他なりません。
 確かに人間は一瞬にして鉄をも溶かす高温を発生させたり、空高く飛ぶ技術を開発していますが、それらも他の者を殺戮する道具に使う等、自然の営みとはかけ離れた方向に向かっています。
 また、一方では、最近の遺伝子工学の技術では細胞の遺伝分子を操作して、人間にとって都合の良い種を作り出すまでになっています。いわば自然の法則を利用して利益を得ようとするものであり、本来のあるべき探求の姿とは異なるように思えてなりません。
 私達が目指すべきは、先ずは法則の探求、解明であり、他の創造物との関連性についての理解です。その上で妥当な範囲内、即ち最高位の創造物としての責任において許容される範囲で、その法則を応用することだと思うものです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落128

128 All nature is expressing intelligence in varying degrees, for there is not a form, even a grain of sand, that does not express the purpose for which it was created, even better than man. A blade of grass as a tender shoot will come through the hard crust of the earth as it uses the power of the cosmos and obeys the intelligence that directs it. Yet man finds it difficult to penetrate a hard surface.
128 全て自然は様々な程度に知性を表現しています。何故なら形有るものはどれ一つ、砂粒一つでさえ、それが創造された目的を表現していないものはおらず、人間以上に良く表現しているものさえいます。一枚の草の葉は、柔らかな若葉の時、地面の硬い塊を貫いて現れますが、それは宇宙のパワーを用い、それを導く知性に従っているのです。しかも人間には硬い地表を貫くなどということは困難であることが分かります。


【解説】
 実は多くの場合、自然界においては人間以上にそのものの美しさを表し、機能を発揮している多くの生きものの方が多いという訳です。自由意志を持たず、いわば自動的に神の意思に従順に生きている生きもの達には迷いや悩みはありません。また、いとも簡単に自然の英知を活用して、毎日のように飛躍的な行動を遂げる姿を私達は観ることが出来ます。
 本来は創造の最高位に位置する人間については未だその段階には至っておらず、迷いの道の途上にあるという訳です。
 前項で英知は行動の中に表現されているとありましたが、私達も草の葉1枚にならって、本来の潜在力を発揮しないで終わるべきではありません。因の英知を信頼することが全ての出発点であり、私達自身の中に埋もれたままになっている諸々の才能を目覚めさせることも父なる創造主は待ち望んでいることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落127

127 So let us go back to the word intelligence; We may look upon a man that from all appearances represents intelligence, yet when he expresses himself we realize our mistake. Yet when looking upon an unassuming, unimposing man we find from his expression that he is quite intelligent. So we do classify intelligence by expression or action.
127 そこで知性という言葉について立ち返ってみることにしましょう。私達はすべての外見要素から知性そのものであるような一人の人間を見かけたとします。しかし、彼が自分自身を表現した時、私達は自分達が間違っていたことを思い知ります。しかし一方、謙虚で出しゃばらない人間を見るとき、私達はこのような彼の表現からその者がまったく知性的な人物であることに気付きます。ですから、私達は表現や行動によって、実際、知性を分類しているのです。


【解説】
 本項では英知は行動(活動)によって初めて表されるとしています。人物は発する言葉を含めてその行動によって内部の知性レベルが分かるとも指摘しています。
 私達が自然を観察し、その内部にある英知(知性)を知るようにと、何度となく聞かされて来ましたが、その自然観察もただ漫然と自然風景を眺めるのではなく、常に動的な側面から観察せよと説いていることになります。つまりは植物や動物の成長や行動、季節の諸変化に対する対応について注視するということでしょう。
 よく知られているように、木々は冬を迎える前に翌年の春に芽吹く下準備を終えて冬を迎えます。彼らはどのようにしてやがて来る冬を察知するのか、また、夏には葉によって木陰を作り、葉を落とすことで周囲のものに冬の貴重な日照を与える等、一つ一つ感動する事柄も多いものです。これらは英知という言葉が与えられてしかるべき内容です。
 同様に私達一人一人の価値も、その行動や表現活動によって評価されるべきであるという訳です。即ち、良い想念を抱く段階からそれを表現し、行動に移す中に人の値打ちが生まれるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落126

126 From experience we know that nature is governed by the Supreme Intelligence.
126 経験上、私達は自然が至上なる英知によって治められていることを知っています。


【解説】
 私達の生活の全ては、母なる自然に依存していることが前項で述べられました。しかし、その自然自体、至上なる英知に支配されているのだと本項は述べています。
 私達が言う自然とは、究極の意味としては物質ということかと考えます。突き詰めれば分子・原子ということであり、私達は自分達が暮らす惑星の産物にその全てを頼っていることは言うまでもありません。
 しかし、その自然自体は、その活動の源泉は本項で言う至上なる英知に由来しており、これら物質界の全てが宇宙的英知とも言うべきものの指示に従っているということになります。
 季節の変化や日々の潮汐、波の一つ一つも、実は自然の気ままな運動が現れているのではなく、ある種の絶対的法則に従った自然の従順な動きと言うことが出来ます。
 もちろん、自然は時に大雨や火山の噴火、地震や津波等、自然にすがって生きるもの達に過酷な運命をもたらしますが、それも宇宙規模の法則、ある意味人間には計り及ばない法則性の結果として受け入れる必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落125

125 Today we have scholars and learned men in all fields of endeavor, but all of them have to depend upon nature for their knowledge by studying nature's material and production of form life. And since man must depend upon nature for life itself, then it behoves him to let nature, rather than his ego, guide him. Or let his consciousness be his guide instead of his mind.
125 今日、私達の回りにはあらゆる努力分野において学者や知識人がいますが、彼等全ては自然界の物質や生命体の産生を学ぶことによって彼等の知識を自然に依存しなければなりません。そして人間は生命自体を自然に依存している以上、人間には自分のエゴよりは自然をして自分を導くようにする義務があるのです。言い換えれば自分の心に替えて、自分の意識を自らの導き手とすることです。


【解説】
 専門の研究者でなくても、私達は日々の暮らしの中で様々な問題に直面し、その解決策を模索するものです。その場合、何かの不安や悩みに志向したがるのは心ですし、疲れた心を時に癒す必要があるように、心だけでは解決に至らないケースも多いものです。
 一方、真の問題の原因を見つけ出し、対策のヒントを得る時、私達は心よりは意識を使用していることが分かります。何らかの解決策につながるような印象の多くは心がもたらしたものではなく、意識が洩らした情報だと思っています。いわゆるインスピレーションは発見や発明の源であり、それらは全て自我が隠し持っていたようなものではなく、自然界が持っている情報な訳です。
 優れた業績を残す人は、このような知識の泉に容易にアクセスすることが出来る者であり、知識を自然に委ねている人です。私達は自然を見る時、自然にはそのような豊富な知識が隠されており、それらに親しむことが重要だと自覚することが必要です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落124

124 The most unfortunate part of man's learning is that his ego is impatient and tries to exalt itself above his teacher or Creator. And it is here that he makes his biggest mistakes, for he applies his will instead of Thy Will, and thus complicates things instead of simplifying them. He follows his mind which should be a pupil, instead of the consciousness which is the teacher and the life of every form. And yet his only salvation is to return back to Nature's guidance. For he can never become independent of it no matter how much he learns or how old he becomes. It will have to be nature by which he evaluates his knowledge.
124 人間の学習における最大の不幸は、人間のエゴが短気で自らを自分の教師である創造主の上に増長させようとすることにあります。そして人間がその最大の過ちを犯すのがここなのです。何故なら人間は「汝の意志」の代わりに自分の意志を用い、そうして物事を単純化する代わりに複雑化しようとするからです。人間は形有るあらゆるものの教師であり、生命である意識の代わりに、生徒であるべき自分の心に従っています。そして人間の唯一の救いは自然の導きに立ち返ることです。何故なら人間は如何に多くを学び、如何に年老いても自然から独立することは決して出来ません。人間が自分の知識を評価するのは自然によらざるを得ないのです。


【解説】
 年を取るに従い、心の柔軟性は失われがちです。些細な事に腹を立てたり、文句を言う等の現象は、長年、本項で言う心による生活をして来た結末の姿だと言うことが出来るでしょう。
 人生の終りに近づく中で、その人がどのような心境になるかは、それまでどのような心構えで毎日を暮らしてきたかを反映するものです。そして本項で言う心が短気であることが多くの失敗や過ちの原因であることは、各自心して置く必要があるでしょう。
 直ちに結果を求めることなく、深く因の世界でそのアイデアが熟成し、諸々の原子達にその実現に向けてのメッセージを伝達し、物質世界に現出する為には、時間が必要なのです。それまでの間、創造主への信頼を保持することは、夢を実現する為の秘訣なのかも知れません。
 一方、こうして得た体験の積み重ねが、本人の価値を高める要素となりますが、重要なのは、これら最終的な値打ちの評価(evaluation)は自然において為されるべきもの、即ち価値は自然界の関連の中で評価されるものだと指摘していることです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落123

123 Even today man is going into the depths of the ocean and into space, only to learn from nature.
123 今日でさえ、人間は海洋深く潜ったり、宇宙に進出していますが、それらはただ自然から学ぶ目的からです。


【解説】
 経験上、人間が関与しない手付かずの自然は美しいことが分かります。また、どのようなものでも細部を詳細に観察する中で、私達が肉眼の視界を越えて顕微鏡下の世界に入るや、そこには別世界が広がっています。多くの微生物が活動する世界がそこにあります。
 また、宇宙についても望遠鏡を用いてより遠くを見る時、遠くを覗く程、新しい星が出現し、際限のない宇宙の広がりを自覚するものです。
 このように私達は私達の身の回りの自然から、多くを学びますし、また学ばなければなりません。自然を通じて表現されている宇宙的英知を学ぶことは私達を含めて、この世界にはそのような創造的法則が流れていることを知ることであり、それら諸法則を自身へ応用することを学ぶきっかけになるからです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落122

122 Let us assume that, the first man on earth did not have a teacher to guide him along the path of life, so he had to use nature as a teacher. i.e. As he listened to the winds passing through the trees with their varying types of leaves, he noticed that each produced a different sound. And as he listened to the birds and the rushing waters of the brooks and rivers, and other sounds that nature produces, he desired to reproduce the sounds. So he made a flute type whistle and later other instruments. Man innately desires to become as his Creator. So nature has been his greatest teacher.
122 ここで地球上の最初の人間が人生の道程を導く教師を持たず、自然を教師とせざるを得なかったと仮定しましょう。即ち彼は様々な形の葉を持つ木々の間を通り過ぎる風に耳を傾ける時、各々が異なる音を発することに気付きました。そして鳥達や渓流や川の水の流れやその他、自然が造り出す音に耳を傾ける時、彼はそれらの音を再現したいと思ったものです。そこで彼はフルートの形式の笛、そして後には他の楽器を作ったのです。人間は生来、自分を創造した創造主のようになりたいと願っているのです。ですから自然は彼の最も偉大なる教師であったのです。


【解説】
 宇宙創造の歴史について私達の知識は皆無です。ビックバン説等、諸説はありますが、人間がどのようにして誕生したのかについて、未知の世界が拡がっています。仮に猿人からの進化の産物であったとするにせよ、生命の大本に辿り着かない限り、私達は正しく自分自身を理解出来ないのではないでしょうか。
 生命を観るに当って、私達は自身のDNA分子に潜む、膨大な過去の経験も活用出来るでしょうし、絶え間なくやって来る因からの印象も掴むことが出来るでしょう。そうする中で、私達は自身の身の回りの改善を進め、本来、私達に期待されている役割を果たすことが出来るというものです。
 創世記のアダム誕生の記述がそのままの事実とは思われませんが、仮に他惑星の文明からの支援が無くても、大自然から学ぶことで私達は進化の道を歩むことが出来ますし、最大の教師は自然であると本項は解説しています。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落121

121 Ninety per cent of life as we see it is governed by the law of direct guidance. The 10% which is man, has separated himself from the law by using his free-will.
121 私達が見るところ生命の内90%が直接の指導によって治められています。残り10%の部分が人間については、自分の自由意志を使って法則から自分自身を分離させて来ているのです。


【解説】
(実は、原文の「10%」の対象を生命全体と解釈すべきか、人体とすべきか、迷うところではあります。原文を素直に読むと、「生命全体の10%が人間でその問題を」と解釈出来るのですが、今回の見直しで「人体の10%」をエゴが支配しているとした方が良いのではないかと考えました。以下はその解釈による解説です)

 人体の内、10%の部分がその自由意志により、エゴが自然法則から離れて分離支配していると説いています。もちろん人体を維持しているのは、宇宙を貫く創造主の法則なのですが、それによって維持された人体をエゴの勝手な判断で支配しようとしているのが私達の実情です。
 私達は人生を生きて行く上で、何度も過ちを犯しますが、その結果を次に生かすことが出来れば、着実に前進する訳ですが、往々にして同じ過ちを繰り返す傾向があるのです。その原因はエゴの習慣性にあるものと言えますし、無理解や知識の無さもあるでしょう。
 この残り10%を宇宙的にすれば良いわけで、通常考えれば、9割方うまく行けば成功したも同様なのですが、山登りの場合には9号目から先に君臨する頂を登るのが大変だとされており、エゴの克服も同じ道程かと思います。
 人生を掛けてこの10%を宇宙的なものに変質させる為、休まず登り詰めない限り、ゴールに到達することは出来ないのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落120

120 When we say Nature, it is used as a representative of The Mother Principle of Divinity. For she is the one through which forms are born. This is the feminine side of life, while the Supreme Intelligence is the masculine. And the two are working as one to bring forth the many manifestations.
120 私達が自然と言う時、それは神の内の母性原理を代表するものとして用いられています。何故なら、そこから形有るものが産まれるからです。これは生命の内の女性的な面を示しており、一方で至上なる英知は男性面を表わしています。そして両者は多くの創造物をもたらす為、一体となって働いているのです。


【解説】
 「母なる大地」という表現の通り、私達は大地(惑星)から生まれた者、私達の肉体の構成要素は全てこの惑星の原子です。
 従って、この地球を去る時は、それらを大地に返す必要があるということでしょう。
 大地の子である私達は、同時に宇宙の英知の導きによって具体的な形と機能を授与されています。それを本項では父なる至上の英知と表現しています。その父母が融合する中で、私達創造物が誕生し、生命を長らえられているという訳です。
 私達は、この融合状態を自分自身や大自然を観察する中で見るよう努力しなければなりません。物質自体への感謝とともに、それとは別に目に見えない英知の働きがあることも忘れてはならないのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落119

119 You may ask, how do we classify intelligence. Man classifies it as the result of actions or expressions. If we use this same classification, then we must admit that we are living in a sea of intelligence. All forms that live and express are using certain phases of it, and fulfill the purpose for which they were created. All of these lesser forms act automatically under the guidance of nature. Or we could say, by direct guidance of the Creator.
119 知性についてはどのように分類するのかと貴方は問うかも知れません。人はそれを行動や表現の結果から分類しています。もし私達が同様の分類をするなら、私達は自分達が知性の海の中に生きていることを認めざるを得ません。生きそして表現する形有るものは皆、その(訳注:知性の海)何らかの側面を活用しており、それらが創造された目的を達成しています。これら(訳注:人より)下位の形有るもの達は自然の導きの下、自動的に行動しているのです。言い換えれば、創造主の直接の指導によっていると言えるでしょう。


【解説】
 本項冒頭に知性の分類法について、よくある質問例として記されていますが、私達はそれ程に目の前のあらゆるものを分類し、名前を付けたがるものです。そのことの良し悪しは別として、研究の過程で私達が見出すことは、あらゆるものに英知が宿っており、私達はあたかも英知の海の中という大変に恵まれた環境の中に暮らしていることが分かるとしています。
 そして、自然界の生きもの達は皆、それぞれ自らの目的を達成し、自然の調和に寄与しているという訳です。その背景には人間以外の生きもの達は自らの意思を持たず、いわばかたくなに創造主の指導の通りに行動していることが上げられ、その従い振りは実に従順で大変な場面でも自分の意思を出さず、大自然を流れる英知に身を委ねるのです。
 何千キロに及ぶ鳥の渡り等、自らの肉体だけの装備で、地球規模の活動をするもの等、その活動の幅の大きさには感服させられます。同様に生きもの達の行動の一つ一つに隠れた英知の案内があり、彼らはその案内に従っているという訳です。自分の意思を完全に創造主の意思に委ねる中で、苦しみや悩みもなく、本来、その者に託された使命を達成しているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落118

118 As you can now see, man or his mind is in the process of creation, working towards a perfect manifestation by learning. And time is not involved, for there is no time in Eternity. So it then behoves us to study the various phases of creation that we may learn its reason for being. Then we will not judge our Creator, as we have in the past through lack of knowledge. For truthfully no man can judge his Creator or any of His creation. When man makes a thorough study of Life's purpose, understanding replaces judgment. For then man as the highest expression, becomes one with his Creator. And his intelligence is in line with the Creator's intelligence.
118 今やおわかりのように、人、すなわち人の心は学習を通じて完全なる創造の現出に向かって努力している創造の過程にあります。そして時間は関係ありません、永遠には時間が無いからです。ですから私達がその存在の理由を学ぶことが出来るよう、様々な創造の段階を学ぶことは私達にとっての義務なのです。そうすれば、かつては知識の不足から行って来ましたが、私達は私達の創造主を裁くことはしなくなるでしょう。何故なら、本当に人は自分の神や神の如何なる創造物をも裁くことは出来ないのです。人が生命の目的を徹底して研究する時、理解が裁きに置き換わります。そうなれば、人は最高位の表現者としてその創造主と一体になるのです。そしてその知性は創造主の知性と一致します。


【解説】
 本項は私達各自に安らぎを与えてくれます。進歩に時間は関係ないという著者の教えは、前進する限り、私達は確実に目標に近づくことを示しているからです。
 どのようにしたら良いのかについて、著者は身の回りにある様々な創造の王国を観察、探求することだとポイントを示しています。それも単に自然を楽しめとするのでなく、自然の中に如何に創造主の意図や法則が流れているか、また創造物がそれに従っているかを見るように説いています。
 このように自然や宇宙を探求する中では、それらを創りだした創造主を先ず受け入れることが第一歩でしょう。この広大な事物を統括する存在や法則の偉大さを認識するにつれ、私達は各自、具体的な創造主のイメージを持つようになり、遂には「父」とも呼べる存在にまで認識出来るようになるものと思われます。
 私達各自は世の中に同一人物が居らず、各自各様の才能が授与されています。その才能を開花することで、宇宙は更に豊かになる訳で、創造主はその開花を楽しみに待っているような気がします。
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