2012年06月

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落117

117 Instead of gathering all form life into the sea of consciousness we have divided and separated, and this is why we cannot see God's life manifesting through us and all form life, as our space brothers do. For when they look upon a form, be it of man or any other expression, they do not see just the form, they see the consciousness that supports the form. This is seeing the Creator expressing through the form when the THY WILL and not the mind will is done. Their world and all life on it are conscious manifestations of the Creator, and are so honored.
117 すべての形有る生命を意識の海の中に集めることをせず、私達はそれらを分割し分離して来ましたが、これが私達の宇宙兄弟達がしているように私達やすべての形有る生命を通じて神の命を見ることができない理由です。何故なら、彼等が形有るものを見る時、それが人間であれ、他のどのような表現物であれ、彼等は単に形だけを見ることはなく、彼等はその形有るものを支えている意識を見るのです。これが心の意志でなく汝の意志が行われている時、形あるものを通じて創造主を見ているということです。それらの世界とそれの上に成り立つすべての生命は創造主の意識の現出であり、そのように栄誉を受けているのです。


【解説】
 意識を知ろうとする為に、これまでどれ程の努力が為されたかは知りません。しかし、結論的に言えば、イエスの時代から今日まで、私達地球人はこの面においてあまり進歩して来なかったのではないでしょうか。
 東洋では「悟り」と表現され、覚醒とも言われる心境は、万物の内面にある活動する本体、即ち意識を知覚する状態ですが、いずれも各自が生涯を通じて自己開拓すべきテーマとなっています。
 私達は自身の身体の中については、自在に意識を移動させ、また思い通りの運動を表現することが出来ますし、ある程度その「意識」について自覚することも出来ます。しかし、その一方で自分以外の創造物の内側についてはそのような目に見えない活動を感知することはほとんどありません。日常的には、目による外観の判定やその他感覚の判断から自分にとっての好き嫌いの対象物と見なしています。
 本項は、意識を知ろうとする場合、相手の外形以外にその内部にある意識的な活動を同時に見抜くよう求めています。同乗記にも記述があるように、進化した他惑星人の感性はそうした物体の奥に流れる不可視なエネルギーについても知覚できるところに進化の源があるという訳です。

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ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落116

116 And we have become lost in our own mis-creations by separating ourselves from our consciousness which is of the Creator. We have become intellectual giants, but moral morons from a conscious point of view.
116 そして私達は創造主である私達の意識から自分自身を分離することによって私達自身が造り出した誤った創造の諸物の中で迷子になってしまっているのです。私達は知的には巨人になっていますが、意識の観点からは倫理上、低能に成り下がっています。


【解説】
 昔から私達が憧れる「悟りの境地」については、その会得を求めて自ら精進される方がいらっしゃる一方で、一般的にはほとんどの人は、世間一般の世の中の暮らしの中で、苦悩しています。
 私達はそもそも本項で言う「意識」の存在についてこれまで教わることもなく、生まれ落ちたこの惑星の決まり事の中でエゴを増長させながら生活して来ました。その結果はどうかといえば、やがて死を迎える年頃になっても、生命に関する真実について自ら学ぶ経験もないまま、既存の社会の仕組みの中で、生きる意欲を失って行くのではないでしょうか。
 私達は本項に記されているように知識を積み重ね、自らを滅ぼすことが出来る程の武器も開発出来、昨今では自分は負傷することなく敵を攻撃できる無人機兵器も開発されているようです。
 しかし、如何に知識を増やし、技術を進歩させたとしても、私達自身の生命を支える意識について理解が得られなければ、私達は生涯、エゴの支配下に停滞し、他の生きもの達のような調和ある精神生活は望めないと言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落115

115 So it is with the law of the Cosmos. Positive Thinking, that you may have heard about, has hurt more people than it did good. God's purpose cannot be divided and give good results. Nor can one judge His laws and omit parts of them, be it through lack of understanding or egotistical aggression, which has been done through the ages. People judge the Creator's creation without knowing the reason for each part. And in this way they have been judging the Creator and exalting the ego mind above His Intelligence.
115 ですから、それは宇宙の法則についても言えることです。陽的思考は、貴方が聞いたことがあるかも知れませんが、それが為す良い事以上に多くの人々を傷つけて来ました。神の目的は二分されて良い結果をもたらすことは出来ません。人は理解力の不足に由来するにせよエゴの侵略行動に由来するにせよ、神の諸法則を裁いてその一部を除くことをしてはならないのですが、それを長年行って来ました。人々は創造主の創造物を各々の部分の存在理由等を知らないまま、裁いて来ました。そしてこのようにして、人々は創造主を裁き、自らの自我の心を創造主の知性の上位に置き増長させて来ているのです。

【解説】
 本項で言うPositive Thinkingとは、今日日本語で言う「プラス思考」、「肯定的思考」更には、「断定的考え」等々を指すものと思われます。これら一般には望ましいとされる思考パターンには、問題があるとアダムスキー氏は説いているのです。講演でもアダムスキー氏は、このPositive Thinkingの典型例がヒトラーであったと述べています。そのもたらした結果が、如何に無残なものであったかについて、私達は十分に心して置かねばなりません。
 その最大の要素が、他者を批判することによるエゴの増長です。かつてのナチスの演説は、人々を魅了し、戦争への突き進める原動力になった訳ですから、大衆操作には十分な注意が必要です。
 このような一方に片寄った思考には問題があり、決して良い結果は得られないことを繰り返し、著者は読者に対して指摘しています。思考の両極端はエゴの不安定さを反映しており、私達は努めてそれを避け、常に心静かな状態を保つ必要があるという訳です。また、その姿勢は意識に従い、感情に左右されない心構えでもあるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落114

114 And remember you cannot have a manifestation or good results if you do not use both sides of the law. The objective and the subjective, or the negative and positive - male and female. You cannot use one and exclude the other and expect good results. Let us go back to electricity for an example. Electricity is one power consisting of two phases, negative and positive. One phase cannot be used in the absence of the other and give useful power. But when they are combined and balanced the manifestation is perfect.
114 ここで覚えていて欲しいのは貴方は法則の両面を用いなければ、創造の現れや良い成果は得られないということです。主観と客観、積極性と消極性、男性と女性がそれです。一方を用いて他方を排除しては良い結果は望めません。一例として電気について振り返ってみましょう。電気は2つの側面、マイナスとプラスからなる一つの力です。他方無しで片方を用い、有益な電力を得ることはできません。しかし、それらが統合されバランスがとられた時、そのもたらす創造の現れは完全になります。


【解説】
 東洋的言葉で言えば、「陰陽」併せ持つということでしょう。しかし、本項は私にとっては難解な内容となっています。
 もちろん、物事全てにおいてプラスの思考もマイナスの思考も大事という主旨は分かります。問題はどこまでの変動幅まで自分で受け入れられるかだと思っています。それを拡げることが私達の課題でもあります。
 自然界の生活のほとんどが、プラスとマイナスの両面から成り立っていることは、私達も知っている所です。プラスの原子核を中心にマイナスの電子の荷電が全体を相殺し、物質を安定させる訳ですし、男女の両性があることで、人生を楽しく、豊かなものにすることが出来る訳です。
 一方で、私達が目にする自然界の活動の中には、時として人間社会を滅ぼすような大地震や火山噴火が起こっている訳ですが、これもその一面をみればもちろん、マイナス色ですが、別の見方をすれば、それによって更に大きな地殻変動を防止した功績もあるのではと考えられます。
 同様に、毎日の暮らしの中にあっても、海に泳ぐプランクトンが小魚に食べられ、またその小魚が大きな魚の餌食となり、最終的には私達の夕餉の食卓に上る煮魚へと繋がる生命の相互関係等は、決して一方的な見方では全体像を理解できない筈です。
 私達の身の回りで起こる様々な出来事の背景には、必ず陰陽の2つの側面があり、その両面を等しく受け入れ、先入観なしに理解しようとすることが重要だということかと考えます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落113

113 Also notice that we did not forbid you to live a normal life. All that is asked of you is - live a conscious life and not a mental one. And do, and use, all things in moderation. That is all that is necessary to fulfill the purpose of life. This is how our space brothers have grown in knowledge and live a heavenly way of life.
113 また、私達が貴方に普通の生活を送ることを禁じていなかったことにも注意して下さい。貴方に求められていることの全ては、心による生活でなく、意識による生活を送ることです。そして全ての物事を適度に行い、また用いなさいということです。それが生命の目的を成就する上で必要なことの全てです。この方法によって私達の宇宙兄弟達が知識において成長でき、今、天上の生活を送っているのです。


【解説】
 唯一私達に求められていることは、心による生活でなく、意識による生活を送ることだと、本項は説いています。何か特殊な行をしたり、座って終日、瞑想する必要は無いという訳です。
 一方、心による生活でなく、意識による生活とはどのようなものなのでしょうか。それは「心」を頼りとせず、「意識」を頼りにする生き方だと私は考えています。つまり、日常の生活の中で、心の成分とされる眼や耳、鼻や舌から来る「良し悪しの判断」を退け、それらに一片の重きを置かずに、更にそれら感覚の奥にある不可視、無音の源泉から来る印象(インスピレーション)を大切にして、日々の生活を送ることかとイメージしています。
 実はそのような既存の感覚の奥深く存在する知性状態が、アダムスキー氏が説く「意識」の実態なのかも知れません。
 いずれにしても、各々が自分なりにその世界を探求し、各自の生活をエンジョイする所に、この哲学を学ぶ醍醐味があるのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落112

112 The thing that we ask you to do is - become aware of your real self, the eternal part of God, or The Creator. Let your mind become conscious of consciousness as your guide in everything that you do. Then the admonition "Man know thyself and you shall know all things," will be your reward. But the mind must learn to trust the consciousness at all times.
112 私達が貴方に実行して欲しいとお願いしたいことは、貴方の真実の自我、神の永遠なる部分、創造主に気付くようにすることです。貴方の心を貴方が為す全てにおけるガイドとして意識を意識するようにさせて下さい。そうすれば、訓戒「汝自身を知れ、そうすれば全てを知るだろう」を褒美として受け取ることになります。しかしその為には、心は意識を如何なる時も信頼することを学ばなければなりません。


【解説】
 著者は意識に関する問題の解決策として最終的に、意識を道しるべとして前進せよと説いています。
 私も含めて多くの皆様が未だ存在を実感出来ないものを頼りに、人生を歩める筈もないと思うかも知れませんが、第一歩とはそうした踏み出す勇気が必要だという訳です。しかし、一度体験を持てば、自分の進む方向に誤りはないことが分かる訳で、それまでは盲目的な信頼が必要になります。実にこの分野の教師は、その入口部分の導きが大切ということになります。
 意識とともに歩むというイメージは、日本ではお遍路さんの笠に書かれている「同行二人」(どうぎょうににん)の文字が、そのことを良く表しています。自分を支えてくれ、全ての知識を有する目に見えない存在と語り合いながら、人生を歩むことを著者は説いているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落111

111 We are now in the third lesson and I have not asked any one to concentrate or meditate, as taught in other fields. If anything, these ancient methods have brought the unpleasant conditions that we today face in the world.
111 私達は今や第3課に入っており、私はこれまで誰一人にも他の分野で教えられているように精神集中や瞑想をするようにとは言って来ませんでした。むしろ、これら古代の手法は今日私達が世界で直面している不愉快な状況をもたらして来たのです。


【解説】
 意識との融合を目指す上で、従来の瞑想法は有効ではないと本項は説いています。つまりは瞑想を行っていても意識を知覚するような覚醒は得られないという訳です。
 瞑想は心を鎮める効果はあると思いますが、その状態はあまりに非活動的である為、本来の生き生きとした生命波動とはかけ離れていると説いているのではないかと考えます。
 その一方で、自らの心をどのようにして目覚めさせるのかは一大仕事であり、各自各様のやり方を編み出す必要があります。
 意識は自然界において盛大に表現されている訳ですから、意識を知る最も適した場所は大自然の中にあるとも言えると考えます。山野を巡る修験者は人里から離れるというよりは、自然の中に息づく意識の波動を感じ取ろうとする修行なのかも知れません。太古より、日本には山川草木、神宿るとし、長年月を生きた大木にはしめ縄を掛け、敬って来ました。そうした感性は、ここで言う自然界に意識の現われを見る心境に近いものだと考えます。心を目覚めさせる為には、日々の活動(行動・精進)を通じて、背景にある英知に気付く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落110

110 This shows that consciousness knows no fear - for it is the possessor of all knowledge. The mind does not have the knowledge and lives in fear. And as a result it has promoted all kinds of mysteries in relationship to life and its continuance.
110 このことは、意識は如何なる恐怖も知らないことを示しています。何故ならそれはすべての知識の持ち主であるからです。一方、心はその知識を持ちませんし、恐怖の中に生きているのです。そしてその結果、心は生命とその存続に関連してあらゆる種類の神秘を助長させて来ているのです。


【解説】
 本項をはじめとして「意識」は恐れを知らず、又全ての知識を持っている存在として説かれています。「意識」をどのようにして認識出来るようになるかについては、実に各自の工夫が必要です。長年、私達はこの意識の分野を無視して来ましたので、初めは手探りで求めるものを探す訳で、とにかく何らかのキッカケを自分なりに掴む必要があります。本項で説かれていることをヒントにするとすれば、まず、「恐れを知らない」存在、「全ての知識を有する」存在について、自身を含めて空間全域にこうした存在があることを自覚するように心がけ、その存在に感覚を研ぎ澄ますことが重要ではないかと考えています。
 やがてその関心は、意識との交流の糸口を見つけ出し、日々の体験を通じて創造主のささやきを知覚出来るようになるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落109

109 The Breath Of Life is proof of that, and it is given freely to all forms of life. For was not the first clay form of man activated into life by THE BREATH OF LIFE, breathed into its nostrils by the Creator? And it became a living soul, or a conscious being. A new born child is slapped on the buttocks and made to take the first breath, or it would not be alive. And notice here, the mind is only partially active, yet the baby is consciously alive. We know that a young mind knows no fear until fear is imposed upon it. Or until it begins to act with the mind and gets hurt, then fear takes over.
109 生命の呼吸はその証しですし、それは生命のすべての形有るものに無償で与えられています。人間に形取られた最初の粘土が創造主によって鼻から息を吹き込まれ、生命の呼吸によって生けるものになったのではありませんか。そしてそれは生ける魂、意識ある存在になったのです。生まれたばかりの赤ん坊がおしりを叩かれて、最初の呼吸をさせられますが、そうしなかったら、生けるものとはならないでしょう。そして、ここで注意して欲しいのは、赤ん坊の心は一部しか生きていませんが、赤ん坊は意識的には生きているのです。若い心は恐怖が押し付けられない限り、恐怖を知らないことを私達には分っています。あるいは赤ん坊が心といっしょに行動し、痛みを得るとその時から恐怖が支配するようになるのです。


【解説】
 私達がアダムスキー氏の言う「意識」が分からないと言う問いかけに対して、氏は私達が死ぬまで止むことなく続けている呼吸こそ生命の呼吸であり、その証拠であると説いています。私の記憶では氏の別の講演の中でも「どんな大男でも呼吸が止まれば死者に化す」と述べていたことを思い出します。
 誰にも無償で与えられる呼吸が、そもそも創世記の記述のように創造主から土(原子・分子)から創られた人間に与えられた生命力だと分かれば、誰もが自分達が生命の息に支えられ、創造主によって生かされていることが分かるというものです。
 さて、本文ではもう一つ、人間が誕生した段階では何の恐れもなく、先入観を持っていないことを述べています。転生が真実だとすると、心はリセットされ、再び新しい人生を歩む訳ですが、心が疲れきって、肉体の維持もどうしようもなくなって最期を迎えた後、新たに人生が用意されるとすれば、死は悲しむべきものでなく、喜ばしいイベントであることが分かります。自然界において、個別に経過を追いかけると、生き物には生涯時間の限度はありますが、日々再生・復活が行なわれている為、常に生き生きとした生命活動だけが、世界中を卓越しているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落108

108 Perhaps you feel that I use the word consciousness a great deal and place emphasis on it. And you may wonder, why? It is because the consciousness has been neglected through the ages while the mind has been exalted. And did Jesus not say that we are the Temples of the Living God? It could be said in this way, know yea not that yea are the embodiment of the living consciousness?
108 おそらく、貴方は私が意識という言葉を大変多く使用し、それに力点を置いているとお思いになるでしょう。そして何故だと思うかも知れません。それは何世代にわたり心が増長して来た一方で、意識は無視されて来たからなのです。そしてイエスは私達は生ける神の社であると言わなかったでしょうか? それはまたこのように言うことが出来ます。貴方は自分が生ける意識を体現したものであることを知らないのかと。


【解説】
 アダムスキー氏が伝えた他惑星社会における人々の内面理解における最も重要な点は、この「意識」という概念ではないでしょうか。とかく従来は、アダムスキー哲学に初めて触れた方にとって、この意識とは何か特別な神秘力のように捉えられがちです。その結果、勝手に「意識と一体化する!」等の念仏のような唱文によって、何らかの奇跡が起こることを願う場合もある程です。
 しかし、本講座の学習者には、もっと客観的に何故、アダムスキー氏が「意識」という表現を用いたかを改めて考えて見る必要があります。それは、その存在が私達が通常、「意識」と表現するような状態に近い存在の中に宇宙英知があることを意味しているからです。
 空間上に、何か塊として存在するのではなく、あらゆる場所に偏在し、全てを知る知性が意識であり、私達とは印象によって交流することが出来るものであると考えています。心静かに澄ませば、これらの源泉から印象は容易に湧き起こり、適時適切にアドバイスが与えられます。それは丁度、親がわが子を見守るように私達を支援する創造主の姿に似ています。言い換えれば、私達はその「意識」を体現すべき存在だとも言えるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落107

107 You may say here, it is a mess. Yet it is the product of the exalted ego or human mind. For it no longer allows itself to be guided by the consciousness or creator.
107 ここであなたは、それを乱れと言うかも知れません。しかし、それは増長したエゴ、即ち人間の心の造り上げた所産です。何故なら、エゴはそれ自身を意識あるいは創造主によって導かれるものとはしていないからです。


【解説】
 大自然の中で、風景や動植物に囲まれてくつろぐひと時が安らぐのは、そこに本来の調和した姿が現れているからでしょう。それに引き換え、街の雑踏の中では、騒がしさとゴミの散乱、慌しく動き回る車両等、本項で言う混乱、乱れが生じています。
 人間社会だけが落ち着きの無い世界を作り上げているようです。
 この原因は人間が各自の自我だけで、つまりは自我の欲望のままに生きていることに起因しています。本来は創造主の声とも言うべき「意識」状態から来る指導的印象に従うべきなのですが、人間はその大切さを学んでいないのです。
 本講座を通じて、著者は繰り返し、意識の指導の重要性について述べています。私達が各々毎日の生活の中で少しずつでも著者の言う「意識」についての概念を身に付けられることを願うばかりです。人間を除く自然界のあらゆる生きものがその「意識」に気付いており、それを大切に取り扱っていることに私達は留意しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落106

106 We can see the results, for the whole world is living under the cloud of fear one against the other. And no one trusts another human being.
106 私達はその結末を見ることが出来ます。何故なら、全世界が相互に対する恐怖の雲の下で生きているからです。そして誰一人として他人を信用してはいないのです。


【解説】
 残念ながら、海外での生活やビジネスにおいては特に本項で述べられている「互いに信用ならない」状況は一般的です。その中で自分の身を守り、事業を運営する訳ですから、心の消耗は著しいとも言えるでしょう。また、互いの約束事をあらゆる側面から守らせるよう文書で取り決めを行う契約書による合意も不可欠なものとなっています。
 これらは基本的には相手を信用ならないことから生み出された対策であり、極端な例ではユダヤ教の神との契約という表現もあるほどです。
 一方、人々の貪欲さの原動力が自身の醜い欲望や保身上の恐怖から出発していることを知るにつけて、私達は時として何故そのように強欲なのか不思議に思うことさえあります。そして強欲者は容易に別の強欲者の餌食に成り易いことも知っています。このような社会は、お金にならない問題に対しては解決は遅れがちになる訳で、大気汚染や水質汚濁等、大変なレベルになるまで、放置されがちなのが実状です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落105

105 This shows that there are two stages of intelligence in the human form. One the Cosmic - directing the functioning of the body. And the other - mental opposition that causes the suffering in the body. A Clergyman expressed this well when he said that humanity has become Un-Godly. This is true, for people no longer look to the Creator for guidance, and they do not have faith in the giver of life. And as a result, they exercise their free-will to the full extreme under the master of fear. So greed has taken over, and it is like a cancer which is bound to destroy this civilization if it continues. These are the fruits of the free-will, where one Will does not trust another. But how can it when the will of man does not trust the Will Of The Creator or consciousness?
105 このことは人体は知性において二つの段階があることを示しています。一つは人体の機能を指揮している宇宙的な存在、そして他は人体に苦痛をもたらしている心の反抗です。ある牧師はこれを人類は神を敬わなくなってしまったと言ってこのことを良く表現しました。これは導きをもはや創造主に求めない人々にとっては真実ですし、彼等は生命の贈与者に信頼していないのです。その結果、彼等は恐怖の主人の下、最大限まで自分達の自由意志を行使するのです。そのため、貪欲が支配するようになりましたが、それはもし続くならこの文明を滅ぼすことになる癌のようなものです。これは一つの意志が他を信用しない所に実る自由意志の結実の結果です。しかし、人間の意志が創造主の意志、あるいは意識を信頼しないとしたら、どうなってしまうことでしょう。


【解説】
 自然界において野生動物は必要以上のエサを得ようとはしません。一方、人間社会においては「ビジネス」という名の下に利益を上げようと貪欲さを発揮し、その結果、多くの国家規模の争いを生み出し、彼らが住む地上を荒廃させて来ました。
 本項はその貪欲さの主因が恐怖心に由来していることを示唆しています。
 日本国内にいるとあまり実感が湧きませんが、海外に出ると私達人間の貪欲さが社会全体を貫いていることが分かります。その中ではおとなしくしていると相手につけこまれ、或いは利用されるだけの存在になる以上は、常に感覚を研ぎ澄ませて、ビジネスチャンスを窺うような姿勢が生まれるのは当然でしょう。
 それに対し、本項は第一に創造主への信頼を求めることを求めています。本来は宇宙的源泉からのアドバイスが生きもの達に与えられ、彼らはそれに従い生命を享受しています。私達人間には心というもう一つの知性があり、それが人間を牛耳っている為、穏やかな人生を送れないでいるのです。そして心自らがその意志を創造主のものに従わせない限りは過酷な状況は続くことになる訳で、まずはこの自分から創造主を信頼する生き方を始めて周囲の者に影響を与えることが期待されているのです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落104

104 Fortunately there is a harmonious law that works through the body independent of the mind, or the body would not last the years that it does.
104 幸いなことに、身体の中には心から独立して働く調和ある法則があります。そうでなければ、人体はそのように何年も持続することは無いでしょう。


【解説】
 人間の諸活動に伴い発生させている環境汚染も、その多くは自然自らの浄化機能によって大いに助けられている訳です。大気汚染も時々の降雨や嵐によって翌日は見違える程、キレイな青空になることは誰もが気付いている筈です。
 しかし、このような自然の恩恵にも限度がある訳で、それら自然の持つ浄化能力を超える汚濁負荷はやがて深刻な環境問題を引き起こし、人間自身の健康被害として行き着くことは、今日誰もが自覚している所でしょう。
 人体についても一定程度は肉体自体の回復能力がありますが、その肉体も長時間、あるいは過度な負担には耐えられないという訳です。私達は自らの心の問題とは言いながらも、各自どのように心を良好な状態に統制しながら生きるかについて工夫しなければなりません。
 日常、心の持ち方を工夫して得た成功体験は発展させ、問題があったケースは反省する等して、自らの心を育成することが必要です。また、その過程において、しばし休養を取り、心と肉体を日頃の苦難から解放し、再び立ち向かう英気を養うことも生活の智恵かと思います。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落103

103 The Divine Will always expresses in perfect harmony and causes no distortion in any manifestation. That is why the human form under this will manifests so well. And yet it is abused more than any other form known, by the free-will or will of the ego. i.e. When one eats a meal, the mind or the will of man knows not what is to happen to the food in the body. And if the ego is in a happy harmonious state the food will be beneficial to the body. On the other hand, if the ego is disturbed, confused or tensed and out of harmony with the law, or consciousness, indigestion is bound to follow causing gas around the heart and constipation. Proving the Divine Will, will not lend itself to the distorted will of man. So man pays the price for the distortion through pain and suffering. And this is the only way that some people can learn.
103 聖なる意志はどの創造物においても常に完全な調和をもって表現し、如何なる歪みも生じさせません。それがこの下にある人体がかくも申し分無く現出している理由です。それに加えて人体はエゴの自由意志、つまりは意志によって他の如何なるものよりも酷使されています。即ち、人が食事を摂る時、心や人の意志は肉体の中で食物がどのようになるか知りません。もし、エゴが幸せな調和ある状態にあれば、食物は肉体にとって有益なものになるでしょう。他方、もしエゴが掻き乱され、混乱しあるいは緊張して法則や意識と調和出来なくなっている場合には、消化不良になり、心臓の周囲にガスを発生させたり、便秘を引き起こします。聖なる意志は人間のねじれた心にはご自身をお委ねにはならないとしましょう。そうであれば、人は痛みや苦痛を通じてこのねじれに対して代償を支払うことになります。そしてこれこそが、ある種の人々が学べる唯一の方法なのです。


【解説】
 私達は自身の経験上、ストレスその他の精神上の原因から胃痛その他の消化器トラブルをはじめとする様々な体調不良が生じることを知っています。おそらく人間の疾病の大半がそのような私達の精神面の問題に起因するものではないでしょうか。
 実は、その精神面の問題の本質が本項で言うエゴ(自我)の意志に起因した人体のダメージだという訳です。本来は肉体の各細胞は創造主の意志に従い、調和ある状態にあるのですが、時折、肉体を支配しているもう一方の主人である個我の発する不協和音が自身の肉体に損傷を与えているというのです。
 本来は個我の望みは、自己の永続と進化の筈で、それには若々しい肉体が必要な筈ですが、そこに気付くことなく、感情を優先させる結果、肉体を自ら痛めつけている訳で、何とも皮肉な結びつきになっています。
 しかし、しずれにせよ、私達の個我は各々痛い思いをした後は、その体験から学び取る智恵が必要であり、各自の体験を踏まえて自らの心の動きを統制することの重要性に気付く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落102

102 All nature, with the exception of man, operates by the will of Cosmic Law. In plain, nature lends itself to the law, or the will of the Creator. Yet the form of man operates under the same law that nature does, while the free-will of man operates contrary to it.
102 すべての自然は人間を例外として除けば、宇宙の法則の意志によって動いています。簡単に言えば、自然は自分自身をその法則、創造主の意志に委ねています。一方で人間の身体は自然と同様、同じ法則の下で動きますが、人間の自由意志だけがそれに反して働いているのです。


【解説】
 先日、ツバメの巣を観察する機会がありました。ある高速道路のサービスエリアのトイレの軒に5羽のヒナが育っていました。土で作った巣にもうすぐ巣立ちかと思われるヒナが親鳥がエサを運んで来るのをじっと待っていました。
 自然界の生物達は手近にある環境の中で、巧みにそれらを利用して生活し、身体一つで他に道具や資産を持たない存在でも、逞しく生活を謳歌しています。自然界ではどの生きものも、皆各々の生活を若々しく過ごせる理由は何でありましょうか。
 そのような愛らしいツバメのヒナの様子を見るにつけ、独り人間だけが様々な苦難にあえいでいるように思ってしまいます。その原因が本項に書かれている人間の心の問題なのです。
 私達の肉体も、心の余計な干渉がなければ、平穏に機能しているものを、要らぬ心配や過度な欲望、あるいは恐怖から自身の身体を痛めつけているという訳です。
 その問題を解決することが私達一人一人の長年の課題なのですが、その目指すお手本は身近な自然の中にあるようです。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落101

101 And the ego must learn how to apply the impressions that come from the guidance of the THY WILL which is the conscious will, instead of the will of the mind. If a harmonious life is to be enjoyed, the will of the mind must submit its will to the will of consciousness, then the THY WILL is done. The difference between the two is - the conscious or THY WILL does not force itself. It is kind and mellow in its expression, while the ego will is aggressive, domineering and self-centered. Conscious will knows no fear - the ego will fears all through life and makes many mistakes.
101 そしてエゴは心の意志に代わって意識の意志である「汝の意志」の導きから来る印象をどのようにして応用するかを学ばねばなりません。もし、調和ある生活を謳歌するなら、心の意志は意識の意志にその意志を委ねなければなりませんし、そうすれば汝の意志が行われるでしょう。これら2つの違いは意識あるいは汝の意志はそれ自身を強制しないことにあります。その表現はやさしく、豊潤ですが、一方、エゴの意志は攻撃的で横暴、自己中心的です。意識は恐怖を知りませんが、エゴはその生涯を通じて恐れており、多くの過ちをおかすのです。


【解説】
 心にやって来る印象に対して何を選択するかが問題です。印象の中には創造主に源泉を置くもののほかに、他の者の心も含めて心自体に由来する印象もある中で、心がどちらを選択するかが重要となります。
 通常、印象の内、心に由来するものは、憎しみや悲しみ、或いは戦闘的といった極端なものが多いようです。それらに身を委ねることは大変危険ですし、印象を取り入れ行動に移した結果、更にその感情を増加させ、心身の調和を崩すことになります。
 一方で、温和で冷静、包容力のある印象に従えば、心身は調和し、本来の進歩の歩みを続けられることになります。
 このように各自がどのような印象(想念)を取り入れるかはその後の人生の歩みに影響する重大な分かれ道なのですが、一般にはそれらの事項を教える者は少ないようです。一口に自己責任ということは簡単なのですが、それでは大半の衆生は救われません。正しい人生の向き合い方は、日々刻々の心の観察を通じて、良質の想念・印象に関心を寄せ、それらを応用できるよう、スタンバイすることだと考えております。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落100

100 As we observe the harmonious blend in nature, we do not find the same in man. The reason for this that man has a free will and he must learn how to apply the law of the Creator. Through which he will learn the right and wrong usage of it, if he is to become an instrument of full expression. And this is the purpose of his being. He must school his ego sense mind in coordinating all of the senses, as we explained in the previous lesson. This is comparable to a musician tuning the strings of his violin that each may blend with the other, if a harmonious melody is to manifest.
100 私達が自然の中で調和した融合を見る一方で、人間にはそれと同じ(調和)を見ることはありません。この理由は人には自由意志があり、人は創造主の法則を如何にして応用するかを学ばなければならないからです。人は完璧な表現ができる一つの楽器になる為にはその過程を通じて正しいあるいは誤った応用例を学ぶことになるのです。そしてこれこそが、人の存在の理由なのです。前課で述べましたように、人は自分のエゴの感覚心を全ての感覚と調和するよう鍛練しなければなりません。これは調和あるメロディーが現出する為には、音楽家が自分のバイオリンの各弦を各々が他と融合するように調律するのと同様です。


【解説】
 私達が自然の中に調和した美しさを見るのは、そこに本来の目指すべき姿が見えるからに他なりません。写真や絵画において自然風景や動植物を描く事例が多いのは、その光景の中に私達人間の向かうべき生き方の手本があると感じるからです。
 このように美しさを示す自然であり、またその構成員も各自は各々の仕事で精一杯なのですが、その結果として殺伐荒涼とした環境にはならず、調和した美しさを表現するところが創造主の指導たる所以です。
 つまりは人間を除く自然の各構成員達は、自分の意志より、創造主の意図を上位に置いており、印象に即応して暮らしているものと思われます。
 その反面、人間は未だ心の取扱い方を十分学んでいない為、問題を多く引き起こして来たという訳です。自然の許容力を超えた汚染物の排出等は、本来、他の構成員からは許しがたい暴挙な訳ですが、これまで人間は勝手に、自分達の利益の為にはどのようなことも行って来たということでしょう。
 私達は各々、目標とすべきは自分自身の心の動きであり、それらをより良い方向に調律、訓練する責任があります。私達は創造主の道具にならなければなりませんが、その道具(instrument,楽器)は使われる前に、しっかり調律しておく必要があるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落099

099 Man's mind could be compared to a detector tube in the T.V. set which cannot function until the power is turned on. And consciousness is the power and intelligence that motivates the mind through the process of the breath of life. And without this breath which we call air, nothing could live. Not even a grain of sand, for everything depends upon it. As it manifests through the various forms it brings forth a complete melody, expressing life in its fullness.
099 人間の心は電力が投入されない限り、機能できないテレビの検波管に例えられることが出来るでしょう。そして意識は生命の呼吸という過程を通じてその心を活性化する力であり知性です。そして私達が空気と呼ぶこの呼吸が無ければ、何物も生きることは出来ません。一粒の砂でさえもです。何故ならあらゆるものがそれに依存しているからです。そしてそれが様々な形あるものを通じて姿を現している為、それは生命を豊かに表現する一つの完璧なメロディをもたらしています。


【解説】
 ここで心の機能として、検波管に例えている点について着目したいと思います。本項が執筆された当時、放送はアナログ波でした。一般的な説明では、例えばAMラジオの場合、実際放送されている電波は到底音にはならない程、高周波(高振動)の電波なのですが、それの揺らぎ幅を取り出して、音として聞こえるような電気信号に変換することを「検波」と言っているようです。
 つまりは、耳に聞こえない高度な振動を音に翻訳する機能を検波と言っているのです。
 即ち、私達が認識出来ないものの、身の回りには高度精妙な振動に基づく印象類が飛び交っている訳ですが、それを私達が知覚し、内容を把握する為には、検波管に似た心が必要だという訳です。もちろん、この検波管の性能がある方向に片寄っていたり、キャッチした信号に対して独自な解釈を付け加えるようなことがあっては、放送内容を正しく再現することは出来ません。

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ジョージ・アダムスキー「生命の科学」 第3課-段落098

098 So it is with man. For he has all the potentials of expression built in, as it were. And he must inhale and exhale the breath of life to be of service. Should he cease breathing he would become a stilled instrument without any motion. Yet to inhale and not exhale the continuous state of life expression would cease. THE BREATH OF LIFE must pass through the form continuously for it to be active. It is comparable to the ether waves that feed the television set. Notice that the breath of life and the ether waves are everywhere and know no barriers, but they need an instrument to express through.
098 それは人間にも当てはまります。何故なら、人は内部に言わば全ての表現力が組み込まれているからです。そして人は役立つ為には、生命の呼吸を吸込み、吐き出さねばなりません。人がもし呼吸を止めたとしたら、何らの行動もしない静止した装置になってしまうでしょう。また、吸込むだけで吐き出さなければ、生命の継続状態は止まってしまうでしょう。「生命の呼吸」は形有ある物が活動的である為には絶えず体内を通っていなければなりません。それはテレビを養っているエーテル波に例えることができます。注意して欲しいことは、生命の呼吸もエーテル波も何処にでも存在し、それを妨げるものは無いのですが、それらは表現される為には道具が必要なのです。


【解説】
 私達は生命の海の中に暮らしています。そこには生命力の源泉と印象波が満ちており、すべての生きものがそれらの発現者として各々の役目を果たしている訳です。
 本項で著者はいくつかのポイントを私達に示しています。その第一は私達自身の中に既に、全ての表現分野について潜在的な可能性(能力)を備えていることです。言い換えれば、人生あらゆることにチャレンジして、その分野の才能を開花出来る素養を既に備えているという訳です。
 第二はそれらの機能を発揮する為には、生命の呼吸が大事になるということです。通常の呼吸についても古来よりヨガや座禅法等で知られるように様々な呼吸法の研究がありますが、それに類似した意図から、宇宙生命力を積極的に自身の体内に取り入れる要素が必要です。自ら進んで宇宙的生命を受け入れようとする姿勢です。
 第三として私達人間は最高位の創造物として、或る意味、宇宙全体からすれば稀有の表現者として創造主から大いなる期待を受けているということです。広大な宇宙空間の中にあって地球が貴重な存在であるとの実感はことごとく宇宙飛行士が述べることですが、宇宙全体から見れば私達一人一人は大変貴重な存在と言えるのです。これらを踏まえて私達は日頃、如何に優れた源泉と繋がり、そのメッセージを体現するかがポイントになります。
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