2011年11月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第20章-段落228

228 Those who have accepted the reality of visitors from other planets are most desirous to meet these people and wonder how they can tell the real ones from the imposters.
228 他の惑星からの訪問者達の現実性を受け入れて来た人達は、これらの人々にとても逢いたいと願っていますし、どのように本物を偽物から区別できるか思い巡らせています。


【解説】
 昔から人々はコンタクトマン(宇宙人と交流を持つ人)や宇宙からの訪問者に憧れ、容易にその偽物を信じた結果、多くの人達が苦い経験をして来ました。まして社会情勢や地球環境が荒廃して来ると、不安感が掻き立てられ、わずかな真理の断片を見せられただけで、残念ながら多くの人は容易に偽預言者の餌食になってしまうのです。
 しかし、私達は世の中に出回っている偽物をしっかり見抜く力を身に付ける必要があります。如何に高尚なことを述べていても、ちょっとして所作で、その人物の本質が見えてしまうことも多いものです。もちろん、私達は洞察力やテレパシー能力が必要ですが、そのような高度は能力を用いずとも、人格としてのその人物を見れば、良し悪しは十分わかる筈です。
 アダムスキー氏の協力者であった故エマ・マーチネリ女史から生前伺った話では、ある宇宙人は普通の電気店を営んでおり、時々エマを尋ねて来たとのことです。「アイスボックス・チャーリー」とあだ名で呼ばれていたその男性は、特にエマの前では自分が宇宙人とは名乗らないものの、アダムスキー氏からはブラザーズの一人だとエマには打ち明けられていました。時に彼はエマにクイズを出し、エマの洞察力を試したそうです。残されたエピソードからは、陽気な青年のように思われました。
 本講座を学ぶ私達は、これらの宇宙人と出会う場面もあるかと思いますが、大事なことは私達が如何に相手の正体に気付くかであり、その為の感受性を維持しながら、日常生活を送る必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第20章-段落227

227 We are in the Space Age and many of man's egotistical opinions will have to go to make room for our place as a member of the interplanetary family. Theories will be replaced with facts, and our perception will be broadened to encompass, to even so small a degree, the possibilities and purpose of life.
227 私達は宇宙時代の最中に居ますので、人間の自己中心的な意見は惑星間家族の一員としての私達の居場所を作り出す為にどけなければならないでしょう。諸理論は事実と置き換えられて私達の知覚は、ほんのわずかであったとしても、生命の諸々の可能性や目的を成し遂げるべく拡がることでしょう。


【解説】
 この地球の大きな転換期に向かっている私達が目指すべきは、宇宙を中心とした世界観だという訳です。言い換えれば、現状の行き詰った諸問題の解決を与えるのが宇宙であり、宇宙進出だというのです。
 しかし、この宇宙進出も私達が惑星間家族の一員にならなければ、多くの発展は望めません。その為に、私達は自らの自己中心的な意見を捨てて、率直な姿勢でそのメンバーに加われるよう努力しなければならないのです。
 かつてアポロ13号が宇宙船の故障により月着陸を断念した事例がありましたが、それは一説に月に核物質を持ち込もうとしたため、宇宙人から阻止されたのだという話がありました。地球人は平気で武器を宇宙空間に持ち込もうとしていますが、これらは当然、彼ら宇宙兄弟達から阻止されることになる筈です。
 解決は宇宙にある訳ですが、その宇宙に出て行くためには、私達地球人は宇宙に利己主義を持ち込むことのないよう、改心する必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第20章-段落226

20 CONCLUSION
226 The old accepted thought patterns of people all over the world are changing rapidly. The underprivileged are crying for peace and equal rights with those who have enjoyed the good things of life. Even the orb of earth is shifting her position and yielding to the influences that are playing upon her body. There is nothing awesome or supernatural in this change, it is an urge that is felt by the earth and the inhabitants upon it at the change of every cycle.

第20章 結び
226 全世界の人々の古くから容認されて来た思考パターンは急速に変化しています。恵まれない人々は人生のうまい仕事を享受して来た者達と同じ平安と平等の権利を要求して叫んでいます。地球の球体でさえ、その位置を変えようとしており、その惑星体へ及ぼす影響を生み出しつつあります。この変化には何ら恐ろしいことでも、超自然的なことでもなく、それは毎回の周期の変化において地球と地球上の住人によって感じ取られる一つの衝動なのです。


【解説】
 この地球、或いはこの太陽系全体が大きな変化を前にしているのかも知れません。しかし、それは宇宙における一つの周期の終りにさしかかっているに過ぎないことを本項は伝えています。地球全体が変化しようとしているのです。
 それにつけても本項で記述されている事項は50年前の記述(「宇宙哲学」の執筆は1961年とされています)とは思えない程、現代の世情を描いていることが分かります。即ち、現在、米国で起こっている「格差是正」の要求デモは平等の権利を求める一般大衆の抗議行動であり、「アラブの春」と呼ばれる中東の運動は既存の体制への反発で、両者ともに、本項の記述そのままの内容です。
 また、日本をはじめ世界各地で比較的大きな地震が頻発すること等を考えれば、この地球自体が何か身をよじるような動きにあるように思われてなりません。やがては新しい姿勢に落ち着くものと思われますが、まずは、こうした変化の時代に私達自身が生きていることを自覚する必要があると申し上げねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落225

225 On the following day this promise was fulfilled. It was an experience that I shall never forget and proof positive that we never die.
225 翌日、この約束は果たされました。それは私が決して忘れることのない体験であり、私達が決して死ぬことはないという強い証でした。


【解説】
 かつてイエスが身をもって教えていたことが、20世紀になって再びアダムスキー氏の体験を通じて、地求人に与えられたということです。この間の出来事は、アダムスキー氏の「金星旅行記」に記載があるとおりです。
 かつての夫婦が転生後、どのような関係になるか等、その再会時のストーリーは興味深いものがありますが、大事なことは一人一人が自らの進化の道を歩んでいるということでしょう。かつては生活を共にして互いに学ぶべきものを身に付けた後は、各々新しい人生を歩むという訳です。
 さて、「宇宙哲学」の実質的な最終段階にあって、人間の転生、復活について著者は自らの実例を初めて示しながら、読者に確信を与えようとしています。生命の永続性を理解していないのは地球人だけなのかも知れません。肉体という結果のみに注目していれば、死というものに囚われることも分かります。しかし、一般に人間以外の生物の最期は、日常的な捕食関係もあり、極めて穏やかなように思います。身内の死に当って多くを悲しまないのも、生命の連続性を知っているからではないかと思っているところです。
 私達は一生の間で全てを達成することは出来ませんが、その永続する人生の中で、いつの日かイエスに期待される存在になることが出来るように思います。そういう意味でも、本項で言う転生の事例は大変意義深いものがあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落224

224 "Tomorrow you will be privileged to meet the one that you have known as your earthly wife. She is now a young woman living on Venus. She will not recognize you as her husband, but rather as a Cosmic brother. Neither will she wish to be reminded of her life upon earth, for her present life is free from the bondage of self and self interests."
224 「明日、貴方は貴方の地球での奥様であった方にお会いすることが許されるでしょう。彼女は今、金星で少女として生きています。彼女は貴方を夫としてではなく、宇宙的な兄妹の一人として受け止めることでしょう。また彼女は地球上での自分の人生を思い出したいとも思わないでしょう。何故なら、彼女の現在の生活は自己や自己の興味による束縛から自由になっているからです。」


【解説】
 本講座のまとめに臨んで、著者アダムスキー氏が私達に伝えたのは、人間の真の生命の継続性についての例示です。もともと「生命の科学」をはじめ、一連の学習書には学習者が自ら悟ることを重視しており、敢えて証拠というようなものが示されていなかったように思われます。言い換えれば、何か一つ証拠を示せば、人々の関心はもっぱらその証拠の分析に集中してしまい、本質的なテーマへの関心は薄れてしまうからです。
 しかし、講座の最期にあたって、唯一、具体的な事例が明らかにされていることになります。その理由は古来から転生については様々な概念が万延しており、正しい情報を明らかにしておく必要があったからと考えます。つまり、霊界等の別世界が存在する等の誤った概念を一掃する為にも、実例紹介が必要であった訳です。前項(223)同様、死後、瞬間の転生があること、更には転生には空間を越えて他惑星にも及ぶことなど、本事例の示す意味が大きいと言えます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落223

223 Firkon continued, "As we have told you before, your book of records that you call the Holy Bible, contains these laws that we tell you of, for did not Jesus the Christ say to the thief on the cross beside His, 'Verily I say unto thee, Today shalt thou be with me in paradise.'? * (Luke 23:43). Therein expressing immediate rebirth.
223 ファーコンは続けた。「私達が以前、貴方にお話したように、あなた方が聖書と呼ぶ記録の書には、私達が今お話しているこれらの法則が記述されています。何故なら、イエス・キリストは傍らの盗人に向かって『まさに私は汝に言っておく。本日、汝は私とともにパラダイスに居るだろう(ルカ23:43)』と言ったではありませんか。その言葉の中には即座の復活が表されているのです。」


【解説】
 今、まさに磔の苦しみの中にあっても、イエスには傍らの囚人に死後速やかな再生があり、その者の転生先がイエスと同じ天国のような惑星になることが分かっていたということです。痛みや苦しみはこの地上の肉体に帰属するもので、その人の本質部分である魂とは関わりの無い要素であるということでしょう。
 もちろん、各自の人生はその次も恵まれた地に用意されるからといって、今期を粗末にして良いという訳ではありません。様々な事情により、今回の人生ではその意図が成就しなかったり、地上の社会では理解されなかったりして、十分な評価を受けなかったとしても、転生の際に問題となるのは、地上の評価でなく魂のレベルの評価ということでしょう。即ち、聖書の例のようにたとえ罪を犯したとしても、十分改心を遂げ、魂が純粋に昇華した者は、次のステップの環境に暮らせるようになるという訳です。
 しかし、何と言っても今の人生こそ、各自が期待され、与えられたチャンスであり、自分自身と同時に周囲の人達にも好影響を与えることが臨まれています。十分自己の役割を果たすことが出来れば、次なる人生にも道は繋がって来ることに留意したいものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落222

222 "Untold opportunities are granted to man to return to his Father's household for there is no smallest part of essence or intelligence that is lost or is not ever active. When the garment known as the body, releases the flame of life to continue its activities elsewhere, the cell intelligence is busy changing the elements of the body into the dust from whence they came. But the flame of Cosmic Intelligence has found a new vessel which contains renewed energy, in which to express. Thereby continually granting to individualized portions of matter the opportunity to evolve to a higher state of service and understanding."
222 「人には自分の父の家庭に戻る為の明かされていない機会が認められています。何故なら、失われたり永久に活動しない真髄や英知はどんなに細かい部分と言えど無いからです。肉体として知られている衣服がその活動をその後何処かで続けるべく生命の炎を解き放つ時、細胞の知性は肉体の諸元素をそれらがやって来たチリに変化させるべく忙しくしています。しかし、宇宙的知性の炎はそれを表現すべき再生したエネルギーが入っている新たな容器を見つけています。その結果、各個人に分かれた物質に対して奉仕と理解においてより高い状態に進化する為の機会を与え続けているのです。」


【解説】
 本項では人の臨終の時に起こっている状況について語られています。私達一人一人は各々の人生の中で少しずつの進化しか出来ないものです。限られた結果の世界の中では思い通りに行かないことも多いものです。
 しかし、一度きりの人生だったとしたら、私達は到底その与えられた時間の中で、託された真の目的を達成することなど出来ず、進化の道は閉ざされたままになってしまいます。
 これに対し、創造主は連続した人生を与えることで、人間に与えた潜在能力の発揮を促し続けている訳です。即ち、臨終の時、肉体は身体の細胞の分解処理を急いでいる一方で、宇宙的な魂は次なる肉体を見つけ出し、移行の準備を進めているというのです。こうして次々に生命力の真髄が伝承されて行く中で、人間の持つ潜在力が次第に開花するとしています。
 本講座において度々、「Mortal(死すべき)」という言葉が出てきましたが、これは本項に述べられるように、やがては臨終を迎え、分解する運命にある「その肉体に属する」要素、成分という意味であり、一方、「宇宙的」とは未来永劫、永続する要素を指しています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落221

221 "Man has not experienced the full potential of his being, for he too is forgetful of his cause parent. As a result he wanders in a maze of effects, ever searching for that which has lasting value.
221 「人間は自分の存在の最大限の潜在能力を経験したことはありません。何故なら、彼もまた自分の因の両親を忘れたからです。結果として彼は結果の迷宮の中をさまよい、価値が長続きするものを求めていつも探しているのです。」


【解説】
 私達一人一人はリンゴのようなものであり、親木から今後の全てに対応できる能力を授かった後、この世に生まれて来ました。私達の中には宇宙生命の表現者たらんとする宇宙的衝動を持った生命波動が存在しているという訳です。
 私達が行うべきは、私達に託された親木(宇宙意識)の意図を理解し、自らの才能を適切に応用し、創造表現の担い手、経路になることです。
 しかし、それらの大切な事柄について教える者が居ないことや、各自のエゴがそのような謙虚さを失っている為、これら大切なポイントを掴み損なっています。その結果、自分達の安定した拠り所を求めて、結果の世界をさまよっているということでしょう。今日、世界各地で起こっている経済問題等の中で、各々自分の財産や生存をどうすれば安定的に確保出来るか、求めて動いていることは、本項の指摘の通りです。
 本来、私達はこの世界に生まれ出た時、無一文、無一物で誕生しましたが、その時点で既に私達は十二分の才能と知恵を創造主から受け継いでおり、それらを活用することだけが求められてきたという、生来恵まれた存在である訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落220

220 "When the fruit is fully mature it is either picked from the tree, or it drops to the ground - thus it is separated from the parent. If the apple were like man it would exult in its own beauty and free-will, developing the self ego in the world of effects only, forgetful of the Cause parent.
220 「その果実が完全に成熟する時、それは木からもぎ取られるか、地面に落ちることになります。そのように両親から離されます。もしリンゴを人間とするとしたら、それは自らの美しさに有頂天になり、自由意志は自己のエゴを結果の世界のみに発達させて宇宙的な両親を忘れさせることでしょう。」


【解説】
 本項の内容は私達一人一人について言えることです。私の出生の発端は何かを考える時、それは誤り無く一つの受精卵に遡ることは明らかです。そのわずかな受精卵から今日の肉体に分化し、発展を遂げた訳です。しかし、本項で言うリンゴの例のように、私達は自分達の肉体を成長させ、遂には誕生の時、その肉体に魂を吹き込んだ宇宙を貫く生命の衝動、更にはその英知なるものに何ら気付くことなく、毎日を送っています。
 そもそも私の正体は何なのか、私の使命、創造の目的は何かについて、突き詰めて考えることはして来ませんでした。各々のリンゴが将来、そのリンゴとしての表現発揮が出来るだけの備え即ち種を身に付けさせ、十二分に成長を遂げた後に枝から落ちるように私達も受精の段階から生誕に至るまで十分な慈しみを受けて来ました。そして誕生の後は、肉体の両親による支援と各自の責任により、成人となった後は、各々の責任による更なる成長と役割の発揮が望まれているという訳です。
 これら私達一人一人が何の目的で生まれ、今日存在しているかを考えて行けば、自ずと各々に対して宇宙生命から期待されている事柄に気付くようになるのではないでしょうか。
 生誕から今日まで、ある意味、エゴの自立心の影響から放浪を続けては来ましたが、本シリーズを学んでいる私達は、ようやく真の目的に気付き始め、その道に一歩を踏み出しているところかと思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落219

219 "From the bosom of mother earth the seed grows to a beautiful and productive tree expressing its full potential in bringing forth fruit. According to the seasons., tender new leaves grow into maturity, delicate blossoms proudly display their color and fragrance attracting pollen and the elements required for the growth of the individual apples. Slowly the blossoms release their beauty that the fruit bearing the re-creative seed may fulfill its purpose.
219 「母なる大地の胸元から、その種は一本の美しく、そして果実をもたらす完全な潜在力を表現する木に成長します。季節に従って柔らかな若葉は成熟へと成長し、繊細な花々が誇らしくそれらの色や香りを表し、花粉やその他の一つ一つのリンゴの成長に必要な要素を引き寄せます。花々はゆっくり、その再創造の力を持つ種が、その目標を成就するよう実を付ける為、その美しさを解放します。


【解説】
 リンゴの木の一生、一年の生活はどのようなものかについて本項では解説しています。
 種から芽を吹き成人したリンゴの木は春には花を咲かせ、夏には葉を繁らせ、秋にはその実を膨らませます。こうした一年の中で、やがて冬が近づく頃、一年の成果とも言える成熟した果実を実らせる訳です。
 大切なことは、一つ一つのリンゴが一年を通じて親の木が時には身を削って育んだ愛情を一身に集めたものであることです。同様なことは人間も含めて、自然界全てに言えることで、親の愛について異論を唱える者は居ない筈です。
 更に、より重要なことは、これら実を付けること、増殖や生殖という行為自体が宇宙における再創造の作用を担っていることで、本文中にもリンゴの実を成らせる為に親木が努力するのは、そのリンゴの実が再創造の役目を果たす為だとしています。つまりは子供が自立し再び、自ら再創造の経路として任務を果たすことが出来る為だという訳です。
 以上、リンゴについて話して来ましたが、これは人間にも当てはまるように、全ての創造物について言えることだと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落218

218 "The apple tree lends itself very nicely as a symbol of creation and re-creation. The tree as a parent for the apple started from a seed within whose heart was the cosmic urge to express.
218 「リンゴの木というものは、創造と再創造の象徴として、大変良く自らを役立てています。そのリンゴにとって両親となる木は、その内部の芯の中に表現したいと促す宇宙的衝動がある一つの種からスタートしました。」


【解説】
 今、はからずも日本はリンゴの収穫の季節を迎えています。エデンの園でリンゴを食べたことから園を追われたアダムとイブの話のように、何かと人間の根本的課題に引用される等、リンゴはある意味、象徴的な果物と言えるでしょう。
 私も以前、リンゴ園でその見事な実を付けたリンゴの木々を間近に見たことがあります。人間と大変、つながりがあるリンゴですが、リンゴ農家でない限り、どのようにリンゴが実るのか、よく知らないのが実情でしょう。
 本項はその中の出発点として、リンゴの木の由来は小さなリンゴの種であることを改めて確認せよとしています。10mmにも満たない小さな種の中で、宇宙的な衝動が詰まっていて、それがリンゴの大樹まで生長を促しているとしています。誰もが分かる内容ですが、改めて小さな種に含まれる因の力の大きさを認識するものです。
 本講座を含め、よく因を知るように、気付くようにと言われていますが、その内容は決して摩訶不思議な世界に入れというのではなく、極めて明らかな事象に気付くことから生まれるように思います。
 「奇跡のリンゴ」の著者、木村秋則さんは、長年、無農薬のリンゴ作りに奮闘し、最期には大成功を収められましたが、植物や動物と会話し、自然界の神秘を学ぶ徹底した姿勢に学ぶ所も多いものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落217

217 Firkon addressing me said, "We had planned to have you meet the One you call the Master, who we call the Wise One, but as those plans were not possible to carry through, He asked me to give you this parable to be shared with the people.
217 ファーコンは私に話しかけてこう言いました。「私達は貴方を貴方がマスターと呼ぶ人物に逢わせようと計画して来ましたが、そうした計画が実行出来なかったため、その方から私がこの寓話を貴方に贈って人々に分かち合って欲しいと頼まれたのです。」


【解説】
 本文中のMasterやHeと大文字ではじまる表現から、著者は一般的な意味というより、何か特別な存在を意図していたことが分かります。どのような方か、私達には想像も出来ませんが、数々の人生を歩まれる中で進化を遂げられた方と言うことが出来る筈です。このような人物との出会いは、アダムスキー氏のみならず宇宙兄弟達の間でも、大変貴重な機会とされていることは、同乗記に記載の通りです。
 このような方は仏教では菩薩あるいは如来と称されており、その方への思慕の気持は、その面影を慕うと同時に自らの近くにその存在を意識したいとの思いから、仏教では多くの仏像が建立され、祈りの対象となって来ました。
 このような英知や慈悲を体現されている大師(マスター)を人は古来から求めてきたと言えます。道を求める人にとって人生の師とすべき人と出会うためには、遠い距離も厭うことはありません。宇宙哲学を学ぶ私達一人一人にも各自の学びに時折、的確な助言を戴けるような師が現れることを願うものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落216

216 Firkon and another gentleman had brought me to the home of some of their people who are living here.
216 ファーコンともう一人の紳士が私を、ここに住んでいる彼らの仲間の誰かの家に連れてきたのでした。


【解説】
 以前にも申し上げたことですが、この地球文明は過去、何度もその存在の危機を迎えましたが、その度に宇宙兄弟達の支援を受けて乗り越えて来た訳です。これまでの一連の宇宙開発事業においても、陰ながら彼らの援助があったとされています。
 こうした支援活動は、上空へ宇宙船を出現させることでは成し遂げられる筈もなく、同じ社会に混じって生活しながら、ポイントとなる者を直接指導するというやり方が一般的だと考えます。先進国がその経験や技術を途上国の人々に役立てる際、指導者となる人材を派遣することと似ています。
 地球にも長年暮らしている宇宙人が居ることは前にも述べた所ですが、同様なことはかつてグアダラハラのレオポルド・ディアス博士を訪問し、帰国する私を空港へ彼の車で送り届ける際、ディアス博士が通りかかった家を指差して、ここは宇宙兄弟(ブラザーズ)が住んでいる家だと明かしてくれたことを思い出します。博士が亡くなってしまった今では真偽を確かめるすべはありませんが、温暖な地方で中庭(パティオ)のある家は宇宙人の好みのタイプかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第19章-段落215

19 THE PARABLE OF THE APPLE TREE
215 It was a warm evening, the discussion which for me was all absorbing overshadowed the beauty of the night, as we relaxed in a patio in suburban Los Angeles.

第19章 リンゴの木の寓話
215 それはある暖かな晩であり、私達はロス・アンジェルスの郊外のある中庭でリラックスしながら、私にとって全てがその夜の美しさをも陰らすほど夢中になる議論でした。


【解説】
 生前、アダムスキー氏の周囲には氏の精神的な支えとなるべく、多くの宇宙兄弟達が居たとされています。これら他惑星からの人達は通称、「ブラザーズ」と呼ばれていましたが、時に触れてアダムスキー氏を直接支援したとも聞いています。
 本章はその中でも敢えて本文に残して置きたいと思った印象深い会合について記したものと思われます。
 私達は通常、宇宙兄弟達を何か私達とは異なる超人のように思いがちですが、事実はそのようなことはなく、外見上は極く一般の地球人と言うことでしょう。中には地球で事業を営む者もいる程です。大きく違う点は彼らは自分自身について良く理解しており、印象類に対する感受性が著しく高いものと思われます。
 こうした中、アダムスキー氏は時折、このような人々のグループに招かれ、知識を伝授されたり、彼らと情報交換をしたものと思われます。本書が書かれた時代、このような活発な支援活動がアダムスキー氏の周囲で行われていたという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落214

214 The Brothers have told me that they have records that have been kept on their planet regarding the civilizations on the earth, and that these accounts of Lemuria and Triteria are correct.
214 宇宙兄弟達は地球上の諸文明に関して保存されて来た記録を彼らの惑星に持っていること、また、こうしたレムリアとトリテリアの記述は正しいと私に伝えてくれました。


【解説】
 レムリアの文明は最終的にどのレベルで終りを迎えたのかは知りませんが、崩壊後は再び原始の時代からのやり直しであったことでしょう。太古から続く文明の変遷を見守り続けていたのが、近隣惑星の人達であった訳です。
 長期間、地球上の社会情勢の変化を監視して行けば、当然、先々の推移は予見され得ることとなり、時々のポイントで止むを得ず支援の手を差し伸べることもあったと思われます。未然に文明の破壊を回避し、新たな成長分野に向かせる分岐点がその時と思われます。
 アダムスキー氏がデザートセンターで最初のコンタクトをした当時、世界は冷戦と水爆実験の最中にあった訳で、再びの世界戦争、更には地球全体の破壊への道を歩んでいたことは、今日では誰の目にも明らかなことです。このように支援の手は差し伸べられることはありますが、基本的に惑星の問題はその惑星の中で解決すべきものであり、混乱と破壊を宇宙に持ち込むべきではありません。私達は各々出来ることを始めること、この惑星を真の進化の道に導く為に各自の任務を果たすことが求められています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落213

213 Our return to our natural heritage shall be as glorious as that of the Triterians if we allow ourselves to awaken once more into the unification of all life!
213 もし私達が再び全生命の統合状態に自分自身を目覚めさせるなら、私達の自然の生得権への帰還はトリテリア人達のと同様に輝かしいものとなるでしょう。


【解説】
 興味深いのは聖書以前の太古の昔から現代に至るまで、人間に求められていることは何一つ変わらないことです。
 物質的には太古のものと現代のものとは大きく異なるように思われますが、それは応用面であり、真髄である全ての生命力への帰還融合化は宇宙を貫く文字通り永久の人間昇華の原理と言うべきものです。
 その道に達する為に私達は自然界における美しさを探求しようと様々な芸術分野に惹かれということでしょう。その道も本来は自分を通じて宇宙英知を発現する経路に結びつくものです。
 その為に何が長年の課題、この文明の問題となっているかを一人一人考える必要があります。日常的な想念レベル、心の反逆と独断が如何に私達自身の進路を誤らせて来たか、各自が分析する必要があります。その道は一人の一生では十分ではないかも知れませんが、トリテリアの民に匹敵する進歩を成す為には、一歩ずつの前進が欠かせません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落212

212 There are no descendants of the Triterians, for they served their destined time on this planet earth and were transferred by space craft to another solar system. This is the race which dwelt upon the earth prior to the Biblical records. The fall of man was not brought about until the advent of the Lemurian race. The Triterians left the earth in a virgin state and went on for greater service, but all of the races who followed them are still endeavoring to regain their cosmic birthright. The Triterians worked with the cosmos through intuition and obedience; the other races have chosen to gain their perception through suffering and the observation of effects; living in the bondage of mortal concepts.
212 今日、トリテリア人達の末裔は居ません。何故なら彼らはこの惑星地球における彼らの定められた時間を勤め、別の太陽系に運ばれたからです。これは聖書の記録以前に地球に住んでいた民族です。レムリア族の出現までは人間の堕落はなかったのです。トリテリア人達は地球を原始の状態にして立ち去り、より大いなる奉仕の為に進んで行きましたが、彼らの後に続く全ての種族は未だに自分達の生まれながらの宇宙的な権利を取り戻そうともがいています。トリテリア人達は直観と従順さを通じて宇宙とともに働きましたが、他の種族は自らの認識を労苦と結果の観察を通じて得ることを選択し、死すべき概念の束縛の中に生きているのです。


【解説】
 著者はあえて詳しくは触れていませんが、本文の内容から、宇宙には何らかの統合政府のような存在があり、惑星住民の移動等、重要な事業を担っていることが分かります。トリテリア人達を他の太陽系に移動させたということは、当時宇宙船までは有していなかった彼らに宇宙船団を差し向けて、別に用意された太陽系に移住させたと本文は示唆しているからです。
 つまりは、地球という惑星の位置づけが本項から明らかになっていることも、私達は気付く必要があります。即ち、ある種の特別な教室、学びの場である訳です。何故、そのような条件が整っているのか、またその条件とは何かについては、美しい豊かな自然環境に恵まれた星であるとかの何らかの理由があるのかと思います。
 いわば特別な役割を持つ惑星なのですが、それさえも十分にクリアー出来ないレベルが現在の地球住民の段階と言えるでしょう。そういう意味では、もし、他惑星人が地球人に混じって暮らしているとすれば、彼らにとっては大変劣悪な環境で生きていることになり、相当の訓練になることは間違えありません。アダムスキー氏が事ある毎に宇宙兄弟達を守ったとされていますが、それはそれほどに宇宙兄弟達にとっては、大変住みにくい場所であったからと言えるでしょう。

ご連絡

 11月4日は、会社の有志の山登りに誘われており、そちらに参加することになりました。
 ついては、次回の更新は11月7日になる見込みです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落211

211 There was no greed or selfishness among these masters of the earth. (In our terms of today we could say that they had achieved their Master's Degree in every subject.) They knew that the substance of the universe is unlimited and indestructible and that there would always be sufficient to meet every need. No man among them engaged himself in the accumulation of material wealth.
211 これら地球の達人達の間には貪欲や利己主義はありませんでした。(今日の私達の言葉を用いるなら彼らはあらゆるテーマにおいて修士の学位を達成したと言うことが出来るでしょう。)彼らは宇宙空間の物質には際限が無く、破壊されることがないこと、そしてそれらは常にあらゆる需要に見合うに十分存在することを知っていました。彼らの間には誰一人として物質的な富を蓄積しようと忙しくする者はいなかったのです。


【解説】
 私達の地上での生活はお金が必要なことは一面では真理ではありますが、一方で財産があれば安心という訳でもありません。居住する社会情勢や経済環境の変化は目まぐるしいものがあり、そのような環境下で如何に財産を守るかも地球人にとっては大きな関心事です。
 これに対して、このような表面的な問題に対しても本項はあるキーを私達に授けています。即ちトリテリア人達は自分達には宇宙から十二分の資源が与えられており、わざわざ一生懸命に富を溜め込もうなどと時間を無駄に過ごすことはないと考えていたのです。宇宙を知るということは、何も星を見上げることばかりを指す訳ではありません。私達の身近の空間にも、既に十分な物質が出現を待っていると言うべきなのかも知れません。
 因の持つ絶大な力はそれを認める者に惜しみなく物質も更には有益な想念をも降り注ぐものであるからです。かつて、イタリア・アッシジの若き聖人が全ての財産、更には身に付けていた物全てを脱ぎ捨てて、創造の原点に戻ろうとしましたが、それは既存の財産を全て投げ打って、因の力に従ったからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落210

210 Due to the lack of friction or resistance to the life force their bodies remained always youthful and death as we know it did not exist.
210 生命力に対する摩擦や抵抗が無い為、彼らの肉体は常に若々しく保たれ、私達が知るような死というものは存在しませんでした。


【解説】
 現文明においても人間の寿命は伸びつつあります。日本では世界的にも長寿国になっています。肉体を若々しく保つ為の秘訣が本項にあるように、本来の生命力に対する素直さにあると示されている訳です。
 この場合、太古のトリテリア人についての話でしたが、原理は今日でも変わることはありません。自らを宇宙的想念の自由な発露の媒体として解放することが、自らの肉体細胞を生き生き保つことになるのです。
 一方、常にこのような状態を保つことは容易ではないことにも気づきます。いつの間にか生きがいや新鮮さ、感動が失われ、退化の道を歩みがちです。自分に与えられた生命を如何に大切にし、発展させて行くかが各自の大きな責任なのです。
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