2011年10月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落209

209 The Triterians had no religion as it is accepted today - they were a race of scientists, for they worked not on supposition or myth but on facts. They had no gods but recognized the all-intelligent force and themselves as expressers of it. They did not make the mistake of allowing their mortal mind to judge the creator for they understood cause and effect. They gave no thought to any division between themselves and the cosmic consciousness; they acted with a freedom and assurance of results. Therefore life was peaceful and harmonious. They were not bound by gods or devils for their only state of awareness was that of interblended action. They recognized the necessity of duality in creation but they did not separate the force into good and evil.
209 トリテリア人達には、今日認められているような宗教はありませんでした。彼らは科学者の種族であったのです。何故なら、彼らは想像や神話に基づいて働くことはなく、事実に基づいて働いていました。彼らには神がありませんが、全英知を認識し、自分達をその表現者であると自覚していました。彼らは自分達の死すべき心に創造主を裁かせる誤りをさせませんでした。何故なら彼らは因と結果を理解していたからです。彼らは自分自身と宇宙意識の間に如何なる分け隔てをするような想念を持ちませんでした。彼らは自由に、また結果を確信して行動しました。それ故、生命は平穏で調和あるものでした。彼らは神や悪魔に束縛されはしませんでした。彼らの知覚の唯一の状態は融和混合した行動のそれであったからです。彼らは創造における二元性の必要性を認識していましたが、その力を善と悪とに分離することはしなかったのです。


【解説】
 地球上での数少ない成功事例がトリテリアであった訳ですが、彼らの生き方は本文に書かれているように、宗教と言うよりはむしろ事実の観察を通じて因を知ろうとする科学的な心情であったようです。今日で言う宗教的な要素は無く、冷静な科学者の心境であった訳です。
 これはその後、時代を経てアダムスキー氏が他惑星人の支援を受けてまとめた「生命の科学」にも通じる所があります。むしろ、様々な経緯を経て、地球人に必要な要素として、古来からの宗教的アプローチではなく、科学的アプローチが適していることが分かった為、同書が取りまとめられたものと思われます。トリテリアの成功事例を参考に編集された可能性もあると考えています。
 本項での大事な所は、彼らは常に自らの心の中に裁きに通じる想念や因に離反する印象が発生することを極力、監視し警戒していたことです。また、自然界で行われている食う食われる等の事象に対して、自分の好みで判断することを厳に慎んだことにあります。ありのままの現象に対して、より広い観点からその必要性を理解しようとしていたことにあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落208

208 These master-men were cosmic beings and during the time they spent in gaining their earthly experience they did not once separate themselves from the Totality. They worked with the elements of the earth as men work with them today but they understood the cause of their manifestations. They were sent to this solar system to partake of the knowledge of matter and this they did under the guidance of Cause Intelligence. This was easy for them to do for they were aware of the natural laws governing all action and they were wise enough to use their knowledge without perversion. The Law of Affinity held no mystery for these people and the elements obeyed their commands to the fullest. The earth was a perfect expression of Edenic beauty.
208 これら達人達は宇宙的な存在で、彼らが地球上の体験を得る為に過ごした期間中、彼らは一度として自分達を全体性から分離させたことはありませんでした。彼らは今日の人々が働くように地球の元素とともに働きましたが、彼らはそれら創造物の因を理解していました。彼らは知識にあずかる為、この太陽系に送られ、彼らは因の導きの下、これを行いました。これは彼らにとって容易でした。何故なら、彼らは全ての行動を支配する自然の諸法則について気付いており、彼らは自分達の知識を誤用することなく用いる程に賢明であったからです。その親和の法則は彼らにとって神秘ではなく、これらの諸元素は彼らの命令に完全に従いました。地球はエデンの美しさの完全な表現となっていたのです。


【解説】
 トリテリア人達が所期の目的を果たすことが出来た最も大きな要因は、「因を理解していた」ことにあったと本項は明確にポイントを述べています。人間の最も重要な点がその点にあると言っているのです。表層のみを見ていてはやがては没落の道を歩む他ありません。
 もちろん、私達は物質の世界に身を置いており、その恵みを享受しています。しかし、その物質の真の価値や美しさは、それを絶えず支えている生命力にあると言っても良いでしょう。あるいはその人が創造主を感じ取っているか否かが、その人の価値を決めるとも言えます。
 また、トリテリア人が暮らしていた頃の地球は、真にエデンの園であったことも述べられています。地上に住む人々の想念状態が自然環境全般に作用し、良くも悪くもその精神レベルを反映するという訳です。その影響範囲は地表のみならず、地殻深くにも及ぶことでしょう。レムリアの沈没もこの影響があったと解釈出来ますし、現代の文明においても各地で地震や自然災害が多発する状況も、私達の粗雑な想念レベルを反映したものと観る必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落207

207 These were large people and their color may be likened to our bronze or rust, which was probably caused by the intensity of the sun's rays which shone upon the earth at that time.
207 これら(訳注:トリテリア)の人々は大柄な人達で、彼らの肌の色は今日で言う赤褐色もしくはさび色に近いかも知れませんが、それはおそらく当時、地球を照らしていた太陽光の強さから引き起こされていたのかも知れません。


【解説】
 トリトン神について調べたところ、多くの想像画が検索され、そのいずれもが逞しい体型をしていることが分かりました。先に記述のあったレムリア人が比較的小柄なアジア系人種であったのに対し、それ以前に地球に住んでいたトリテリア人ははるかに大きい褐色の人達であったことが、本項の記述から分かります。
 彼らが具体的に何処の地域を中心に住んでいたかの記述はありませんが、ギリシア神話に伝承されていることを考えれば、地中海沿岸に居たことも考えられます。また、今日、アトランティスやレムリアのように遺物や伝承が伝えられていない理由は、彼らが円満に地球を去ったことにあると考えています。
 即ち、地球での本来の任務を全うし、他の惑星に向けて地球を引き払う時、彼らは後年、地球を訪れる人達の妨げとならないよう、自分達の文明の遺物、残骸を全て撤去したものと考えています。全てを自然に戻す形で地球を去ることが、美しい自然環境を保つことになるからです。
 そのように考えれば、トリテリア人の痕跡がわずかな神話伝承しか残っていないことも納得が行くことになります。しかしながら、宇宙の記録、アカシックレコードには彼らの活動は記録されていることでしょうし、どのような文明であったかは、各自の能力に応じて探ることが出来るという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落206

206 Idealists have ofttimes visualized the perfect man as an etheric being who dwelt only in the planes of celestial glory and had powers to overcome the laws of nature, but we find the Triterians to be dwelling on the earth in physical bodies and cooperating fully with the laws of nature.
206 理想主義者達は、しばしば完全なる人間を天上の栄光の中にのみ暮らし、自然の諸法則を征服する力を持つ霊妙な存在のように思い描いて来ましたが、私達はこのトリテリア人達は肉体を持って地上に暮らし、自然の諸法則と完全に強調していたことに気づきます。


【解説】
 私達人間の最終的な生きる姿は何処かの霊的空間に生きるようなものではなく、常に肉体を持って自然の中に暮らしながら、創造の世界を流れる諸法則を理解し、それに従うことだと本項は明言しています。
 即ち、良く聞かれるような霊的存在がある訳ではなく、無音の意識の声が存在するのみです。
 そういう意味でも他惑星人こそ、私達の手本とするべき存在なのです。また一方では地球上では様々な宗教や思想が溢れていますが、それらに一つ一つ関わっていたら、どれほどの時間が必要か分かりません。私達は単刀直入に本項で示された道をまっすぐ進むのみです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落205

205 This civilization was called the Triterian race and from the memory of those people rose the Triton God of the early Greeks. This Grecian god was pictured as half man and half fish, symbolically corresponding with the cosmic record which speaks of the Triterions as the "people of the waves." They were not, of course, half man and half fish but they were the masters of both the waters and the earth.
205 この文明はトリテリア族と呼ばれ、これらの人々への思い出から、初期ギリシャのトリトン神が起こりました。このギリシャの神は半人半魚として描かれ、トリテリア人達を「波の人々」と称する宇宙的記憶に対応しています。彼らはもちろん半人半魚ではなく、水と大地の両方の支配者であったのです。



【解説】
 レムリアとアトランティスも結局は所期の道筋から大幅に離れた方向に進んでしまい、文明を継続させることは出来ませんでした。また、今の文明も過去には二度の地球規模の戦争や原子力兵器の使用等の為、崩壊寸前になったことがあるとされています。また、映画「13days」に描かれるように、実際のキューバ危機(1962年)には米ソの核戦争の間際までの状況になったところ、宇宙兄弟達の尽力があって、戦争が避けられた等、その実態は甚だ危ういものと言うべきでしょう。
 しかし、地球上で所期の学習レベルを達成し、揺るぎない進化を遂げた人達がいたということは私達にとって、救いでもあります。また、このことは文明を構成する全ての人間が実はグループ集団として取り扱われることを意味しています。つまり、一人一人が優秀で他の惑星に進化を遂げるにしても、大事なのはグループ全体の動向です。文明が滅んでしまっては元も子もないからです。継続して後から来る者達の場を提供することが重要です。丁度、野生動物にとって群れの存在が重要であるのと同様に、多くの者を受け入れる場所が大切だということでしょう。
 本項の場合、トリテリア族がその後、地上を去ったということは、他惑星人達の援助を受けて、全員、別の惑星に移ったことが想定されますし、必要に応じて支援が与えられることをも示唆しています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落204

204 In the bible of every race there is an account of creation and the suggestion of an Eden where man dwelt in the perfect state of being, but there is little more than the suggestion and it has been accepted by humankind as a beautiful bit of mythology that has an indifferent effect upon the progress of man in his present state of being. In the annals of consciousness, however, is revealed the truth concerning a race of God-men and their Edenic homeland.
204 あらゆる種族の聖典の中には、創造の記述と人間が完全な状況の中で暮らしていたエデンの園と呼ぶべきものの示唆が書かれていますが、それは示唆以上のものですが、これまでは人間の今日の状態への進歩にどうでも良い程度の神話の美しい小片でしかないとされて来ました。しかしながら、意識の年代記の中では、神人族とそれらのエデンの母国に関する真実が明かされています。


【解説】
 自分達の祖先が何処から来たのか、各々の民族の神話は伝説を伝えています。わが国で言えば天孫降臨であり、旧約聖書ではアダムとイブがエデンの園から出たことが発端とされている訳です。
 本項では、全ての民族神話の中に、かつて祖先はいわゆる天国に暮らしていたことが記されていると解説しています。つまりは、当初の人間は何一つ不自由の無い環境に暮らしていたことを意味します。これについては同乗記その他で、自然豊かな地球環境に様々な惑星から問題のある人達が連れて来られたと記されていたことを思い出します。まさに禁断の惑星で、十二分に暮らして行ける温暖な環境の中に人々が置かれ、本来の精神的進化を求められたことと繋がっているかも知れません。
 しかし、実際には良い所まで昇ったものの、前項(201)で記されているような問題からレムリアのように消滅してしまった文明もあったということでしょう。このような太古の出来事が伝承されて、エデンの園のような一時的な天国の暮らしの物語が伝わっているという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落203

203 The earthquakes and the sinking of the continent were due to natural causes. A shift or change of the surface of the earth comes at certain intervals, but the people of Lemuria had become so immersed in the mortal world of effects that they paid no attention to the warnings given by nature. Had they been alerted to these signs they could have moved to safer territory.
203 地震や大陸の沈下は自然の原因によるものです。地球表面の移動や変化はある間隔でやって来ますが、レムリアの人々は結果である死すべき世界にどっぷり漬かってしまっていたために、彼らは自然によって与えられた警告に注意を払わなかったのです。彼らがこれらのサインに注目していれば、彼らはより安全な地域に移動することが出来たことでしょう。


【解説】
 私達が生きる拠り所を何処に置くかということでしょう。土地や建物は一見、揺るぎないものに思えますが、過去の歴史を見ても、末代の子孫や栄華は長続きするものではありません。その一方で、イエスの言葉、仏陀の教えは営々と人々に伝えられ、大切に受け継がれています。結果の世界のものは、基本が物質であり、一時期確実なように思われても、時の経過とともに色あせ、また変貌して行くということでしょう。万物は流転するの本旨です。
 一方、私達の命を支える生命力は常に活動的であり、物質である肉体は老化するにしても、生命力自体は次々に新しい肉体に宿り、活動を継承して行きます。この生命力、生命波動にこそ、永遠性の本流があると言わざるを得ません。この生命波動を身近に感じ続けて行くことが永続性、即ち若さを保つポイントです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落202

202 This went on for several hundred years until at last the forces of nature demanded payment for their unbalanced conditions - the payment of suffering. They were given warnings of their future destruction if they continued in their unbalanced state but they heeded them not, so the elements turned against them. The earth became unsteady beneath their feet; tidal waves swept their shores and eventually a steady trembling took hold of the entire Lemurian country. For approximately seven months the earthquakes continued and gradually the land began to sink. The waters rushed in and covered the one-time Heavenly kingdom and another civilization was lost.
202 この状態は数百年進行し、遂に自然の諸々の力は彼らの不均衡な状態に対する代償、苦痛の償いを要求しました。彼らはもしそのような不均衡な状態を続けていたら将来は破滅するとの警告を受けていましたが、彼らはそれを心に留めることはありませんでした。その為、諸元素が彼らに反抗したのです。地面は彼らの足元で不安定となり、大波が彼らの海岸を一掃し、遂には間断の無い揺れが全レムリア国を支配しました。約7ヶ月その地震は続き、次第に大地は沈み始めました。水がなだれ込み、一時期天国のようであった王国と文明の一つが失われたのです。


【解説】
 今般の東日本大震災では東北地方沿岸部を大津波が襲い、また広範囲に地盤が沈下しました。更に規模も大きく、長期間の揺れがレムリア大陸を襲ったということでしょう。多くの人達が死亡し、大陸自体が消えたということです。太古の文明の消滅はアトランティスについても同様なことが伝えられているところです。
 このように実は大地は決して揺るぎないものでなく、地上の人間の想念レベルに対応して浮き沈みするということです。また、一方で、常識的に考えれば、片方で広大な大陸が沈むということは、もう一方で何処かが隆起するということになるでしょう。今日見るヒマラヤの岩の中に貝の化石があることや地層が湾曲している等、巨大な力が加わった痕跡が見える等の証拠は、太古における地球規模での地殻変動があったことを物語っています。
 また、このような大きな変動は一方で地球のバランスを崩すことから、自転軸の移動も同時に起こったものと思われます。つまりは北極や南極、赤道も大きく変化したとすれば、棲息する生物種の多くも絶滅したことも考えられます。
 このような変動期を迎えるに当っては、当然、様々な兆候があったものと思われますが、現世に汲々としていた人達には自然の警告が耳に入らなかったのかも知れません。今日の私達の状況も類似したものかも知れません。各自が災難を避ける為にも、大地から発せられる印象類を大切にする心構えが必要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落201

201 The Golden Age of the Lemurians lasted for approximately three thousand years. During this time they were in contact with Egypt and in fact all of the Asiatic countries but it was not until the fourth of the thousand year periods that their country was invaded by self-seeking individuals from other parts of the world. At that time there were people who came from the territory that is now known as Greece and Rome and settled in Lemuria. These people were of the lighter races; they won the confidence of the Lemurians, intermarried with them and gradually perverted the pure thought of the happy people. This foreign element slowly took upon themselves the rulership of Lemuria. They were hard, fearful rulers and greedy for wealth and power. They began to show favoritism and to instill in the minds of the Lemurians the thought of inequality. Where the people had once served each other for the love of action they were now forced to serve to enrich and empower the few. They learned the meaning of rebellion and selfishness and greed - those things which had never before found place among them. They learned to follow the example of their rulers and work for self instead of the All. They closed themselves to the guidance of their creator and turned into the mortal channel of expression.
201 レムリアの黄金時代はおおよそ3000年続きました。この間、彼らはエジプトと、また実際にはアジア諸国の全てと接触していましたが、4期目の1000年を迎える頃、彼らの国は世界の他の地域から自己を追求する人達によって侵入を受けたのです。その当時、今日ギリシアやローマとして知られる領域から来て、レムリアに定住した人々が居ました。これらの人々は肌の色が薄い人種でした。彼らはレムリア人達の信頼を勝ち取り、彼らと混血し、次第にその幸せな人々の純粋な想念を堕落させて行きました。この外来の要素はゆっくりレムリアの支配権を獲得して行きました。彼らは厄介な恐ろしい支配者で、富と権力に対して貪欲でした。彼らはえこひいきを表し始め、レムリア人の心の中に不平等の考えを染み込ませて行きました。かつて人々が愛の行為として互いに尽くしあった所に、今や彼らは少数の者を富ませ、権限を与える為に奉仕することを強制されました。彼らは反乱の意味や利己主義、貪欲について学んだのです。彼らは支配者達の例示に従い、全ての者の為ではなく、自身の為に働くことを学んだのです。彼らは自分達の創造主の導きに対して自らを閉ざして死すべき表現の経路に向きを変えてしまいました。


【解説】
 今日、あらゆる分野にグローバル化の波が押し寄せていますが、一説にはその正体は欧米の市場経済主義、個人主義が新たな富を求めて国の壁を越えて少しでも利益がある場所に侵入しようとしていることだとされています。国際化と言うと聞こえは良いのですが、内容は経済戦争と言うべきもので、国内外の企業が存亡を掛けて戦っていると言うべきものでしょう。
 まして太古の国においては、人々は遥かに純粋、従順であったと思われますし、そこに外来の合理思想が入り、自我を高める気風が出来てしまったということでしょう。
 一方で、本文に書かれている内容は太古レムリアのみならず、近代アジアについても同じ構図が成り立っているように思います。つまりは失われたレムリアの子孫達が後年、再び西欧文明の侵入を受けるというパターンです。その結果は、従来の倫理観や道徳心が薄れ、個人主義、拝金主義が台頭する世の中になりつつあります。その中でもし、私達がレムリアの末裔であるとすれば、私達本来の純粋素朴な精神的特質を生かすべきで、一大家族、相互融和の精神に一日も早く立ち戻る必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落200

200 Their architecture and works of art were magnificent in structure and beauty. Their temples were not so much for worship as they were a monument of beauty dedicated to the All-Power whom they served in their daily actions. For these ancient people needed no temple in which to worship - they recognized the All-Being dwelling in themselves and in every form of life upon the earth. Their idealism in the beginning was the virtue of God which was meant to be expressed in man, and because of this idealism they were bestowed with powers unknown to man today. The Lemurians did not abuse or misuse the laws of nature and while they were building up their empire it was an actual heaven upon earth. But like practically all civilizations they had their downfall in time. Virtue became lost in greed and selfishness, and towards the end of their existence they were no different than the present civilization. At last nature took a hand and sunk the land beneath the waters of the Pacific ocean.
200 彼らお建築と美術作品は構造や美しさにおいて壮麗なものでした。彼らの寺院は彼らが日常行動において仕える全能者に捧げられた美の記念塔であった為、拝礼の為ということではありませんでした。何故ならこれら太古の人々は中に入って拝礼する寺院は必要無かったからです。彼ら自身及び地上のあらゆる生命体の中に全能者が住んでいることを認識していたのです。初期における彼らの理想主義は人間に表現されるべき神の徳目でありましたし、この理想主義により、彼らは今日の人間には知られていない諸々の力を授けられていました。レムリア人達は自然の諸法則を乱用したり誤用することはありませんでしたし、彼らがその王国を建設している間、それは地上における本当の天国でした。しかし、実際には全ての文明と同様、やがて没落の時を迎えました。徳目は利己主義の中に失われ、彼らの存在の終り近くには、彼らは今日の文明と何ら変わりなくなりました。遂には自然は手を挙げてその大陸を太平洋の水の下に沈めたのです。


【解説】
 ここで述べられているレムリアの寺院については、今日の寺院とは随分と異なるものであることが示唆されています。寺院は通常、本堂の中央奥に拝礼の対象物が祀られています。これは仏教寺院の例ですが、キリスト教会の多くも同様な形式だと考えています。
 一方、日本の神社は何故か様子が異なります。拝殿の中には自らを写す鏡がある他は、拝礼の対象物となるものはありません。従来、神道の説明としては、あらゆる物に神宿る中、特別な像など作ることは出来ないとされて来たように思われます。しかし、もし、本文にあるように私達自身の中に全能者が住んでいることを古来の日本人が熟知していたとすれば、神社の社殿は単に心を落ち着けて自然・万物に祈る場としていたのかも知れません。レムリアの文化を私達日本人が引き継いでいるかどうかは分かりませんが、祈りの像を必要としない日本神道は、何か本項の記述に近い要素があるように思います。
 さて、もう一方の文明の没落についてですが、現代文明がレムリア最期の頃と似ているとする点についても要注意です。著者アダムスキー氏はこの文明の行く末についても暗に懸念を示していると見るべきでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落199

199 Because of their alerted feeling the minerals in the earth were not hidden from them and they made use of all of the elements.
199 彼らの鋭敏なフィーリングの為、地球内部の鉱物は彼らから隠されることなく発見され、彼らはそれら全ての元素を活用しました。


【解説】
 前項(198)でレムリアでは人々は互いにテレパシーで会話が出来たとされていましたが、そもそもてれぱしーを用いることが出来るということは、人以外にもあらゆる生き物と意思疎通が出来、更には鉱物をも感知出来ることになります。本文にあるように地下深く存在する鉱脈を探ったり、未知の科学法則に気付くことが出来たものと思われます。
 こうしたテレパシー能力の高さはやがて文明が滅び、生活の土台となる陸地が消滅した後も、その出身者には受け継がれて行ったものと思われます。周辺に逃れた人々には十分な設備や道具が無く、やがては原始の生活に戻り、精神的伝統のみが残ったということではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落198

198 They were a very industrious and active people, highly sensitive and intuitive. They were able to converse with each other through a form of mental telepathy and their actions were mainly guided by the greater intelligence of their being so they were able to obtain marvelous results. They were highly advanced in the science of the cosmos and through their understanding of the laws of action they had a remarkable control over the elements of the earth.
198 彼らはとても勤勉、活発で、高度な感受性を持ち、直観力がある人々でした。彼らは精神的テレパシーの形態を通じて互いに会話することが出来、彼らの行動は彼ら自身の存在のより大いなる知性によってもっぱら導かれていたために、彼らは驚くべき結果を得ることが出来ました。彼らは宇宙の科学において高度に進歩しており、活動の法則の理解を通じて、地球の各元素に対する驚くべきほどの統制を行っていました。


【解説】
 本項で書かれているレムリアについての内容は、太陽系の歴史にもかかわる大きな出来事であり、アカシックレコードはもとより、他惑星によって実資料としても記録されているものと思われます。これら知見についての出典もこれまでの他の能力者達のリーディングに由来するような不確かなものではなく、しっかりした記録に基づいているものと思います。
 文字通り、レムリアの黄金時代の様子が述べられていますが、注目したいのは広大な大陸全般にわたって高い精神文化とそれに調和した物質文明があったということです。よく、一部の秀でた人々の能力、優れた精神的指導者の逸話については、現文明も引けを取らない部分があるかと思いますが、社会全体としてこのような高いレベルにあったことは大変重要です。そもそも私達の努力の目標がそこにある筈で、一たびそれを達成するやその文明は以後、安定的に発展することでしょう。社会における格差の解消、貧困の撲滅、倫理観の醸成は私達最大の目標です。
 身近な例で言えば、かつて日本においては、戸締りをしなくても安全な暮らしが当たり前でしたが、西欧社会からは特異に見られたと伝えられています。アメリカインディアンをはじめ、環太平洋に分布する人々の心情の中には、これら太古のレムリアの気性が受け継がれているのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落197

197 The Lemurians were of the brown race and their average height was about five feet three inches, while here and there a giant would appear. The Alaskans of today resemble them more closely than any other race.
197 レムリア人は褐色人種で、彼らの平均身長は5フィート3インチ(訳注:160cm)である一方、そこここに大柄な人物も現れました。今日のアラスカ人が他の如何なる人種よりも似ています。

【解説】
 本項で言うアラスカ人とはエスキモー、或いはイヌイットと呼ばれる人々を指すものと思われますが、いずれにしても太古のレムリアには褐色の多少、小柄な民が住んでいたということになります。元来、同一惑星上に多様な人種が発生すること自体、不可解なことですが、同乗記にもあるように、地球は更生施設として様々な惑星から問題児が送り込まれた事情に原因があるように思います。
 アラスカといえば、機会があり一昨年オーロラの写真を撮りにフェアバンクスを訪れたことがあり、その中でアラスカ大学の付属博物館を見学したことがありました。その中で驚いたのは、マンモスは温暖な草原や森に暮らしていたという説明パネルが展示されていたことです。日本ではシベリアの凍土からマンモスの氷漬けが見つかったというニュースを聞いたことがありますが、実は、当時、急激な気候の変化があり、絶滅したことが分かりました。
 レムリアが太平洋に沈んだ時、多くの人々が周辺の陸地に逃れたものと思われますが、日本人のルーツもそこに起源がある可能性もあるでしょう。「豊葦原に秋津(トンボ)が舞う」地に新しい国作りを求めたのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落196

196 Lemuria was a vast continent which included most of the islands of the Pacific - Hawaii, the Easter Islands, New Zealand, the Philippines and other smaller island groups. These islands were at one time the highest mountain peaks of the now submerged land. Lemuria was at one time a civilized part of the world; her people were highly cultured and possessed advanced knowledge of cause and effects. They lived not for self but for the All, recognizing each form as the expresser of Cosmic Intelligence. Each individual knew himself as a servant of the universal force. They went about their duties in a peaceful manner without thought of one man being greater than another, or of one piece of work being more important than the rest. No jealousy or greed existed among them - Lemurian land was the home of one happy family where discord was unknown and equality reigned.
196 レムリアは太平洋の島々のほとんど、ハワイ、イースター島、ニュージーランド、フィリピンその他を含む広大な大陸でした。現在のこれらの島々はかつては海に沈んでいる大陸の高い山の頂でありました。レムリアは一時期、世界の中で文明が栄えた地域でした。その人々は高度な教養を持ち、因と結果について進歩した知識を持っていました。彼らは自分の為に生きるのではなく、各々の形あるものが宇宙的知性の表現者であると認識し、全てのものの為に生きていました。各個人は自分自身が宇宙普遍の力に対する下僕であることを知っていました。彼らは自分達の仕事をするに、一人の人間が他の者より優れているとか、一つの仕事が他よりもより重要だとかの考えを持ちませんでした。彼らの間には嫉妬や貪欲は存在しませんでした。レムリア大陸は不協和音を知らず、平等が行き渡る一つの幸せな家族の家であったのです。


【解説】
 ヒマラヤの山奥に海に住む貝の化石があったり、海から離れた中国内陸部にアンモナイトの化石があることは、私達の住む大地には過去に大きな地殻変動があったことを意味しています。また私達の住む日本でも気をつけて見渡すと住宅地の造成現場には地層があり、それらが歪んでいる等、大地は一見、動かないように見えますが、実際には絶えず変動の途上にあることが分かります。
 本項で述べられているいわゆるムー大陸の記述は、現代の地球物理の見解とは必ずしも一致していませんが、前項で述べられたアカシックレコードに基づくものであり、真実を指摘しているものと思われます。太平洋の島々に散在する民族が平和で因を理解する民であったことは、今なお、ハワイ島その他に伝承されているものと思われます。
 このような巨大な大陸が海に沈んでしまったことは当然、犠牲者も莫大であり、大きな悲しみでありますが、イエスの「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。(ルカ21:33)」と言われた意味が、宇宙に流れる原理はこのような結果の変化に係らず、常に一定に作用するものだと述べていたことが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落195

195 Out of the Book of Memory, which the scriptures tell you shall be opened unto all, we have read the story of Lemuria, that mysterious land which sank beneath the dark waters of the Pacific Ocean.
195 聖書が言う全ての者に開かれるとされる記憶の書から、私達は太平洋の暗い水の下に沈んだ神秘の大陸、レムリアの物語について読んだことがあります。


【解説】
 レムリアについては、その位置関係からも日本と当然関わりがあるものと思われますが、残念ながら本章ではレムリアと古代日本とのつながりは述べられておりません。
 一方で、現代文明の存続について、足元が揺らいでいることも確かでしょう。そもそも1952年のデザートセンターでのアダムスキー氏のコンタクト自体が、今となれば来るべき地球の変化の時代に備えたものであったと解釈できる状況に至っているように思われます。
 こうした中で私達は、実は太古の文明がどのようにしてその存続が失われたのか、宇宙の記憶を辿る中で知ることが出来るとされています。宇宙における記憶が何処に存在しているかは不明ですが、少なからず私達各自がそこに到達出来る能力が備わっていることは確かです。深く心を鎮めて、宇宙における時の流れを遡ることで、これらがどのような経過を辿ったかをいつか知ることが出来るものと思われます。過ぎてしまった事象は現実であった以上、様々な所に記憶の痕跡を残しているものです。
 このような人間の知覚力を高めて行く学習を続ける中では、印象・想念に鋭敏になることはもちろん、宇宙に刻み付けられた光景や想念を感じ取る能力も高められるということになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落194

194 In the cosmic book of memory, often referred to as the Akashic Records, there lies the story of action as it has passed through millenniums of time. The ever-active fingers of consciousness have inscribed upon the Primal Essence of the Cosmos the indisputable and indestructible pattern of all motion and manifestation. The history of man as written upon the tablets of stone or upon parchment or paper is but a limited record of existence and is easily lost to the knowledge of future generations, but the Cosmic Record is a permanent structure and he who is able to read therefrom need have no missing pages in the history of life.
194 しばしばアカシックレコードと称される宇宙の記憶の書の中には、何千年もの時を経る行動の物語が眠っています。常に活動的な意識の指先は宇宙の根本的本質の上に全ての行動と創造の現出のパターンを刻み付けて来ました。石板や羊皮紙あるいは紙に書かれた人間の歴史は存在が限られた記録でしかなく、将来の世代の知識に対して容易に忘れ去られるものですが、その宇宙的記録は永久の構造を持ち、そこから読み取ることが出来る者にとっては、生命の歴史において如何なるページも失われることはありません。


【解説】
 アカシックレコードが何処にあるか、それがどのようなものであるかについて、私自身は体験もなく、残念ながら知る者ではありません。しかし知る者が居ることは確かであり、何より、こう述べたアダムスキー氏をはじめ、進化した他惑星人にとっては容易にアクセス出来る位置にあるもののようです。
 その記憶の形態については全くの推測ですが、本文中の著者の「パターン」という表現に注目すべきかと思われます。ご存知のように生物の遺伝情報はDNAやRNAといった核酸物質によって保持・伝達されますが、その内容はA,G,C,Tと略称される4種の塩基の並びから構成されるという、ある意味、簡単な仕組みになっています。これら4種の塩基の配列パターンが全ての遺伝情報を持っている訳です。
 また、「生命の科学」の段落160に「科学者は生命における体験の記憶はその身体の細胞内に記録されることを最近発見しています。そして人体は何兆もの細胞からなっているのです。そして個々の細胞は過去と現在の行動や未来の行動に関する記憶パターンとを運ぶ何千もの分子から構成されています。」と述べられているように、人間の記憶についても分子に記憶されると述べられています。そして更には、こうした分子・原子の振動数の中に本項で言う、アカシックレコードが記録されているのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第18章-段落193

18 PAST CIVILIZATIONS
193 I have recently reread the accounts of Lemuria and the Triterian race, and will give them to you for whatever points of interest you may find in them. My friends from other planets have told me that many of the people living on their planet at present have lived upon the earth.
第18章 過去の諸文明
193 最近、私はレムリアとトリテリア族の記事を読み返した所なので、貴方が興味がありそうな点について何なりとお伝えしようと思います。他の惑星からの私の友人達は私に現在、彼らの惑星に住む多くの人達がかつて地球に住んでいたと教えてくれました。


【解説】
 レムリアとトリテリアについては、後続の項で本文による説明がある為、ここでの説明は割愛しますが、重要な点は進化した他惑星人がかつて地球に住んでいたことがあるとアダムスキー氏に述べていたということです。
 宇宙は学校のようなもので、その人それぞれの学習段階により、惑星から惑星に進級して行くというようなものなのでしょう。そういう意味では、私達が今、ここ(地球)に居る目的を十分わきまえて日々を過ごすべきことに気づきます。いたずらに遠くの教室を願うのではなく、今この地で学ぶべきことを大事にすべきという訳です。
 また、宇宙の中で、このような状況にある惑星は良しにつけ悪しきにつけ貴重なものであり、そこに行かなければ味わえない事柄も多いものです。そういう意味では、この惑星が存在する間に、体験すべき魂も数多く地球にやって来ているのかも知れません。
 一人一人がどのようにこの惑星での生涯を過ごすかが重要であり、その間に何を学んだかが、次の段階の生涯に役立てられるというものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落192

192 Perhaps I should explain why one and one equals three in Nature's Creative Mathematics. When a positive and a negative get together there is a manifestation; in electricity it is light, with male and female it is an offspring and so it is with all nature. In order to understand a manifested effect the conditions that caused it to be must be understood.
192 おそらくは、ここで自然の創造的数学においては何故、1+1=3になるかを説明すべきでしょう。陽と陰は結合した時、創造の現出が起こるのです。電気においては光、男性と女性の場合は子孫ですし、自然全てについて同様です。現出した結果を理解する為には、それをもたらした諸条件が理解されねばなりません。


【解説】
 1+1=3 ということは、反応前の(1+1)に創造的な反応が起こると(1+1)の各々はそのままに、更に新たな(1)が生まれるということです。陰と陽が結びつくことで、もう一つの結果が生まれるという訳です。
 無から有を生じるということは、私達の日常でも経験することでもあります。電光や雷、雨や雪等、天候に関わるものは皆、そのような宇宙空間の創造作用の現れと見るべきでしょう。物質的には大気中の水蒸気が変化した形態と言うことも出来ますが、あまねく大地に水の恵みで潤し、植物の生長を助けるその姿は日々行われている創造の現れと言うことが出来ます。
 どのような目的で、それらの創造に至ったのか、その深遠なる条件とは、等々、思いを寄せることが必要だと言っています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落191

191 The science that we speak of here has reference to the abstract scientists who work from cause to effect; not the dogmatic orthodox ones who refuse to see beyond the effective world.
191 ここで私達が言う科学とは、因から結果へと研究する理論科学者に関連して述べており、結果の世界の先を見ることを拒否する教条的な正統派を指すものではありません。


【解説】
 科学とは個別の事象について綿密に分析し、その中で得られた法則性を明らかにすること、更には万物一般に適用できる原理を見出すことだと考えます。そういう意味では、哲学も科学も同じ方向を向いていると言えるでしょう。とかく科学は全てを実証することを求めますが、他方では、その原理が持つ意義についてまで、考察を深めることは希です。
 例えば、雪は何故白いかという設問に対して、急激な熱の吸収を抑え、災害を防いでいるという意義にまで、考察を深めることは通常、「科学的」とは見なされていませんが、宇宙を統治する原理を探求する上からは、十分納得できる解釈例となる訳です。本項で言う理論科学は、更に奥深い原理の存在意義にまで遡ろうとする意欲がある取組み姿勢を指しているものと思われます。
 相対性原理がアインシュタインによって提唱され、その後の私達の宇宙に対する見方を変革したように、因に対する私達の研究態度が真摯なものであれば、より深遠な宇宙の姿が現れるに違いありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落190

190 We can say that scientific research is allowing the people of the world to have a closer view of Cosmic Reality.
190 私達は科学的研究が世界の人々に宇宙の現実性についてより綿密な見識を与えていると言うことが出来ます。

【解説】
 本章の課題である古代の知恵に対し、現代の科学が宇宙の理解という面でも遥かに役立っているとしています。
 もちろん、伝統の文化は大事にすべきもので、故事に由来を置く伝統民芸はその民族の由来にも通じます。また、古来より営々と引き継がれた事物も大いに研究に値するでしょう。
 しかし、宇宙を理解し、全てに共通して働く原理・法則を理解する上で、科学はそれ以上になくてはならないものです。科学が基礎とする法則は時間も場所にも影響されず、差別なく働きます。その法則を見出し、その意味を深く考えること、その法則に与える創造主の想いを汲み取ることが重要なのです。
 私達一人一人の生命は永遠に続くにしても、身体はmortal(死すべき)と称されるようにはかないものです。限られた時間しか継続しません。その中で科学の成果を引き継ぐ為には明らかになったことを文字に残し、後続の者に引き継ぐ必要があります。宇宙についての理解も、科学の手法と同様、自ら発見した法則性を文字として記録し、後に続く者にプレゼントすることが必要なのではないでしょうか。
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