2011年09月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落189

189 Science has progressed very rapidly in the last few years. Now, with the aid of fine instruments, the I.G.Y. research and the satellites, the scientists are able to delve deeper and deeper into the realms of Cause. They are beginning to understand and use Nature's Creative Mathematics; which is, one and one equals three. Old accepted theories are being replaced with more factual knowledge as the field of research broadens.
189 過去数年の間に科学は急速に発展しました。今や精密な装置やI.G.Y.(訳注:国際地球観測年)での研究、そして人工衛星のお蔭で、科学者達は宇宙の領域の奥深くまで掘り下げることが出来るようになりました。彼らは自然の創造的数学を学び始めています。その創造的数学とは1+1=3というものです。古くから容認されて来た諸理論は研究分野が広がるにつれて、より事実に基づく知識に置き換えられています。


【解説】
 文中の国際地球観測年(1957-1958)は地磁気やオーロラ、電離層や太陽活動、南極観測など、各国が互いに協力して多方面から地球を観測したものです。日本では「宗谷」による南極観測が行われていた頃のことで、著者は地球の文明にとって飛躍的に進化を遂げるきっかけになったと解説しています。
 国際地球観測年の本来の目的は何処にあったのかは知りませんが、同乗記にも出ている通り、私達の太陽系の来るべき変動期に備えた一連のプログラムの一つであったのかと推測しています。
 期間中、米国ではバンカードロケットによる宇宙探査が始まり、その後の有人月探査につながって行きます。
 日本では、今日では月探査衛生の「かぐや」や小惑星イトカワからサンプルを採取して帰還した「はやぶさ」等、宇宙探査の技術も独自の歩みを見せているところです。
 このような宇宙への関心が向かうことは、宇宙空間における様々な創造作用に直接触れることでもあり、人類により広い概念を与えることになります。今日、GPS衛星によりカーナビをはじめ、様々な恩恵を受けており、私達は「天と地」等、古い古代の概念から脱皮して、宇宙時代に生きているということが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落188

188 We are expecting an era of brotherhood among men of this earth and it is science that is making the greatest strides towards this accomplishment by unveiling the actual laws of action. Science is working under the law of relativity while religion is working under the law of divisions. The work of scientific research carries one into such a vast conception of the universe that there is no room for egotism, bigotry, fanaticism or intolerance. The individuals who really study creation are so absorbed in its unlimited activity that they become undiscriminating. They regard all men, whether they be black or white, as brothers and grant them the right to believe according to their ability to understand. They are not bound by the limited concepts of cast or creed or dogma but are always open to new revelations. They do not allow even the human form, itself, to block their path of research in the field of knowledge, for they are willing to sacrifice their own bodies for the benefit of other researchers and mankind as a whole.
188 私達はこの地球上の人々の間に兄弟愛の時代が来ることを予想しており、行動の実際の法則を明らかにすることによって、この達成に向けて大きな歩幅を成しているのは科学なのです。宗教が分裂の法則の下に作用しているのに対して、科学は相関性の法則の下に作用しています。科学的探究の作用は人を広大な宇宙の概念に連れ行き、自分本位や頑固さ、熱狂や偏狭の余地はありません。創造を本当に学んでいる各個人はその無限なる活動に没頭するあまり、その者達には差別が無くなります。彼らは全ての人間が黒人であれ白人であれ、兄弟であると見ますし、それらの理解力に応じて、彼らを容認します。彼らは階層や信条、或いは教義の限られた想念に制約されることなく、常に新しい発見の受け入れに寛容であり、率直です。彼らは人体でさえも知識の分野の研究を妨げることはさせません。何故なら、彼らは進んで自らの肉体を他の研究者や人類全体の利益の為に捧げるからです。



【解説】
 一つ一つの細胞の中にある遺伝子がその個体を他のものから識別する程の詳細な情報を持つこと、即ち、肌の色、容姿の差などはこれら遺伝情報の極く一部にしか過ぎず、人と猿の間の差異もほんのわずかとさえ言われる程、これら遺伝情報は莫大な情報が秘められています。あらゆる生きものが皆、共通した遺伝分子を持つ中で、私達生物は文字通り兄弟姉妹の関係にあることになります。
 そうなると生物の中の差異は無くなる一方、身体の部位も見かけこそ違うものの、細胞レベルでは何一つ変わるものはないのかも知れません。外見上の識別は生命活動の上では何らの意味もなくなり、美しいもの、醜いものの区別も無くなる筈です。
 一方、宗教は、天と地、善と悪の区別を助長し、敵・味方の識別を人々に求めています。その結果、経緯はとにかくとして、今日では世界中の争いの大半が宗教に関わっていると言うことも出来ます。本来、人々に広い視野と寛容さを与えるべき宗教が、本来の役割を果たしていないと本書の執筆当時著者が指摘していたという訳です。
 それから半世紀が経過し、再び私達は神秘的なもの、目に見えないものに憧れる気風が生まれつつあります。中には本物の志向もありますが、一足飛びに超能力を得たいという粗雑な気持から、あるいは現実逃避の心から生まれ出ているものも多いのではないでしょうか。本項から分かるように、科学の発見から分かることを自分の視野に生かすこと、不安定な心に代わって冷静な法則の目が必要が必要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落187

187 Today our chemists make practical use of their knowledge. They produce new metals to meet the needs of increasing mechanical achievements and are harnessing the forces of nature to facilitate the turning of the wheels of progress. They whom the religionists have called godless men are today becoming the masters of the elements by acknowledging that One Principle governs all things.
187 今日では我々の化学者達は自分達の知識を実用的な用途に用いています。彼らは機械的性能を高める必要性に応える為、新しい金属類を作り出していますし、進歩の歯車の回転を促進させる為、自然の諸力を利用しています。彼らは宗教主義者からは神を否定する者達と呼ばれている一方で、唯一の法則が万物を支配することを自覚することによって、今日、諸元素の支配者になりつつあります。


【解説】
 今日レアメタルやレアアースと呼ばれる様々な希少元素を加えることで、性能が高まる現象が様々な分野で実用化されていますが、本項はそれらの事象を述べているものと思われます。
 詳しい知識はありませんが、最近の化学は分子構造から対応する触媒その他を設計するような物質を統制する段階にあるようで、現代の地球人は物質の支配者になりつつあります。
 これら物質を熟知するようになった人類に対して、旧来の宗教主義者からは物質をあやつって神を冒涜するものだと非難される傾向があります。もちろん、家畜が人工受精によって新しい個体を産ませ食用に生育させる等、私達が行っていることは人間の都合によって全ての生きものを利用していること等については、本来、責められるべきものだと思います。
 しかし、分子・原子レベルにおいては、人間は創造主の法則をよく学び、その結果、物質支配の手法を手にしていると言えるようです。このような手法に対して、本項はその宇宙普遍法則が厳に存在することを自覚し、その普遍法則を前提に全ての事象を観ることが大変重要だとしています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落186

186 The priests of the ancients were the only scientists of that day and whatever they achieved was used for selfish purposes of dominating character. It is said that they could prepare chemical substances which when used as incense would put an individual into a trance state, but what benefit was actually derived from such practice? No doubt there was quite a bit of benefit to the priests, for while their subjects were under such a spell they could be very easily relieved of all of their possessions and the act laid at the door of the most convenient gods.
186 古代の僧侶達は唯一の科学者でしたし、彼らが何を達成したにせよ、それは支配的性格の利己的な目的に用いられたのです。彼らは香料として用いられると個人を恍惚状態に陥れる化学物質を調製することが出来たと言われています。このような行為で何の恩恵が得られたのでしょうか。無論、僧侶には大変大きな恩恵がありました。何故なら彼らの臣民はこのような魅惑の下、容易に自分達の持ち物全てを捨て去り、その最も都合が良い神の扉に身を横たえたからです。


【解説】
 今日でも類似した傾向がありますが、救いを求める人々に対して、様々な「能力」を誇示することで信頼を得て、遂にはやって来る人々から金品をせしめる輩も多いものです。まして、古代においては知識の少ない人々に対し、僧侶は知識において優位な立場にあり、人々を支配することも出来た訳です。中世の宗教は国家体制の一部でもありました。
 これに対し、本項では触れられていませんが、誠実な真理の学徒も同時に居た訳です。キリスト教ひとつをとって見ても、民衆を支配する規範として国家体制の維持に使われる一方で、市街地から離れてひっそり建つ修道院の中には、ひたすら創造主と自分自身を見詰めなおす生活も続けられて来ました。「イエスに倣いて」(イミタチオ・クリスティ)はその代表作であり、修道士達が留意すべき事柄が丁寧に記載されています。
 この宇宙問題についても同様で、真面目な取組みがある一方で、利己的な目的、更には妨害の目的を隠したまま近づいて来るものも多いように思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落185

185 We hear a great deal about the alchemists of the early days - Paracelsus, for instance, who was supposed to have transmuted baser metals into gold. "Miraculous!" the people say. Our scientists of today are able to produce gold from other substances; but the process is too costly to be of practical use.
185 私達は古代の錬金術師達についてとても多くのことを聞いています。例えばパラケルススは卑金属を金に変えたとされています。人々は「奇跡的だ」と言います。今日の私達の科学者達も他の物質から金を作り出すことが出来ますが、その方法は実用的使用にはあまりに費用がかかるのです。


【解説】
 本項のテーマである「古代の知恵」の一例として錬金術を挙げています。私自身、パラケルスス(1493-1541)について知る者ではありませんが、その後の技術の開花や社会の発展を見れば、これら錬金術も、一部の能力者の個人的利益の為に行われたようで、社会や技術の発展には寄与することはなかったのではないかと考えています。
 古代の知恵の多くは一部の能力者だけが温存し、他の者にはその秘密を教えず、その結果は普及することなく、朽ち果ててしまったものと思われます。その背景にはこれらの出来事を個人の超能力が成せる業だとし、個人崇拝に利用していたことがある訳で、今日の超能力ブームも古代と何ら変わらない構図となっています。本来、何時でも、誰でも実行出来ることを目指すのが科学的手法であり、「生命の科学」についても同様な趣旨で設けられたものと推察しています。

お詫び

台風の影響で帰宅が大幅に遅れてしまいました。
講座の更新は週明けから再開いたしますので、ご了承下さい。

お知らせ

暑さ厳しい残暑が続いていますが、皆様お元気ですか。
私の方はこの連休を利用して、来週21日頃まで、伊豆七島に出掛ける予定でおります。
その間、記事の更新をお休みさせて戴きますので、ご了承下さい。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落184

184 The Hindus have a saying to the effect that the more wood you pile on the campfire at night the greater becomes the illumination but greater also becomes the circle of surrounding darkness. Our present wisdom like the light of the campfire is great and the more we learn the greater becomes our scope of perception regarding the possibilities we have not yet deciphered. The more knowledge we acquire the more we know how much there is yet to learn. Our field of perception has become so vast that the encircling darkness is almost appalling but the very fact that we have such a vast perception of unproven things means that they shall one day be proven. We have had the perception of ships traveling through space to other planets and that day is not too far in the distance when this becomes a reality just as jets and airplanes are now a common means of conveyance.
184 ヒンドゥ教には要約すると、夜キャンプファイアにマキを積み上げる程、その輝きは増すが、周囲の暗闇の輪もまた大きくなるという格言があります。そのキャンプファイアの光のような私達の現在の知恵も大きなものですが、私達が更に学ぶ程に、私達がこれまで解読して来なかった可能性について私達の展望はより大きくなります。私達が身に付ける知識が多くなる程、私達はこれから学ぶべきことが如何に多いかを知るのです。私達の知覚分野がそれ程に広がると、取り巻く暗黒はぞっとする程のものとなりますが、私達がこのような広大な未検証の物事を知覚していることは、それがいつの日にか証明されることを意味しています。私達は宇宙空間を他の惑星に向けて航行する宇宙船を知覚したことがありますし、今日ジェット機や飛行機が皆の輸送手段であるのとまさに同様に事実になる日は遠く離れたものではありません。


【解説】
 知識の深まりは、また同時に未知の領域の広がりでもあります。知れば知るほど不思議な事象、生命の神秘に触れることになります。一方、正反対に何らの関心を持たない者は、そもそも知ろうとする意欲も薄れ、小さくまとまっただけの人生に終わるとでも言える訳です。
 私達は「同乗記」の中で進化した他惑星人達が移動実験室を持っていたり、宇宙空間の観測を怠りなく続けている点にも留意しておきたいものです。地球の私達から見れば、遥かに進歩した彼らが更に研究を続けているということが大事なところです。
 それほどに宇宙というもの、世界というものが奥が深く、かつ究明してもし尽くせない精妙な仕組みであるということです。
 これら遠大な道筋に対し、著者は優しく、ビジョンはいつの日か必ず実現すると私達を励ましています。私達がこうあれと思い描くことで、イメージは因に作用して、以後は実現の方向に向けて動き出すことを私達に教えている訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落183

183 There are those who prophesy that this civilization is nearing its destruction because of its lack of wisdom. Well perhaps, but what would it profit us to go back and study the wisdom of the ancients? You could say that the ancient civilizations did not heed the words of wisdom that were given to them, and that is true. Lemuria, Atlantea, Egypt and Rome, were all great civilizations and they are gone. This is a new day with new problems and the door to the Cosmic Storehouse of Wisdom and Knowledge is wide open for each individual to enter. Our present problem is to maintain our balance; living in the world of effects and understanding causes.
183 この文明は知恵の不足から破滅に近づいていると予言する者達がいます。たぶんそうかも知れません。しかし、私達が立ち帰って古代人の知恵を学んだからといって、私達に何の利益があるでしょう。貴方は古代の文明は与えられた知恵の言葉を心に留めなかったとも言うことが出来るでしょうし、それは確かです。レムリア、アトランティス、エジプトそしてローマは皆、大いなる文明でした。そしてそれらは過ぎ去ったのです。新しい日には新たな諸問題があり、英知の宇宙的倉庫への扉は入る人、一人一人に対し広く開いています。私達の現在の問題は私達のバランスを保つことです。結果の世界に生きながら、因を理解することです。


【解説】
 社会全体を見る限り、決して「昔は良かった」ということはありません。各自がそう思うのは以前に本文に書かれていたように都合の悪い記憶が薄れることに他なりません。
 本項では特段、歴史学の意義を否定する訳ではないのですが、私達は前進することに意義があることを強調していることに注意が必要です。宇宙には今だけがあり、その今なるものを造るための因が未来として先行しているとでも言うべきなのかも知れません。
 その中で私達は毎日、地球が回転するように、毎日、新しい課題に直面して行きます。その課題を逃げることなく受け止めて、確実に処理することが求められています。その際、問題に対する当面の解決策等については、宇宙の英知が用意してくれているとも述べられています。結果としての問題に振り回されることなく、因の世界、印象の世界も同時に意識することで、的確な解決策にアクセス出来るということも重要なところです。
 私達は今を生きること、現在の恵まれた環境に感謝し、問題の解決に自分自身が役立てることに感謝したいものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落182

182 Why should we base our life of today upon ancient philosophies? Should we enjoy going back to the ox-cart? I am sure that a great percentage of the population of the world would starve with only ox-cart transportation. Some of our so-called spiritual students are starving on the meager supply of mental food that is carried to them on the slow-moving vehicle of ancient myth and ritual. We are moving faster than we have ever done and we are compelled to keep up with our existing state of progress. Our mental expansion must coincide with and support our mechanical progress. Those who live too much in the past ask why we are rushing and where we are going; may I answer in this way, we do not need the aimless rushing but we must keep pace with the fast moving events of life.
182 何故、私達は今日の私達の生活を古代の哲学の上に基礎づけるべきなのでしょうか。私達は牛車に立ち戻ることを楽しむべきなのでしょうか。私は世界の人口の大部分が牛車の輸送によっていては餓死してしまうことを確信しています。私達のいわゆる霊的学徒はゆっくり動く太古の神話と儀式の乗り物に乗って来る精神的食料の貧弱な供給に対し飢えています。私達はこれまで成したよりも速く動いており、私達は現在ある進歩に追いつかざるを得ないのです。私達の精神的拡大は私達の精神的進化に呼応し、それを支えなければなりません。過去に対し、余りにも多くを生きている者達は、何故私達が走っているのか、何処に私達が行こうとしているかを問います。それに対して私はこのように答えても良いでしょうか。私達は無目的に急ぐ必要はありませんが、生命のすばやく動く出来事にペースを合わせ続ける必要がありますと。


【解説】
 本項で興味深いのは、昔の牛車の時代に戻ったら、多くの人々が深刻な食糧難に陥ることに加えて、私達の精神的な食料にも飢えるとしていることです。
 言い換えれば、私達が生きて行く上で、肉体を養う材料の他に、精神を育む材料も必要としているということです。
 今日では自宅のパソコンから国を問わず様々な知識を知ることが出来ますし、瞬時に遠隔地にメールをすることも行われています。こうした社会環境は従来にはなかったことで、例え一部の特出した人物による教えはなくても、各自の意欲さえあれば、必要な情報源にアクセスすることは可能になって来ました。
 このように考えると、時代は確実に進歩している訳で、私達は現代社会の動きについて行く必要があります。本講座もこのような精神を育む材料の一つになればと思う次第です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落181

181 "We have not yet been able to discover the whole greatness of the Ancient Wisdom," we are told. Well that may be true, but I dare say if a few of the ancients suddenly found themselves in one of our big cities today they would stand aghast at the miraculous works of our people. They would probably assume that they had reached some World reserved for especially advanced minds, and after having lived here for a while and trying to adjust themselves to our present understanding would decide that they were not of the elect and must have stumbled into this amazing place by mistake.
181 「私達はまだ古代の知恵の偉大さの全容について発見し得ていないのだ」と私達は告げられて来ました。それは真実かも知れませんが、敢えて言えば古代人の何人かが突如、今日の大都会の一つに身を置いたとすれば、彼らは私達の人々の奇跡的な業に驚嘆して立ち尽くすでしょうと言いたいものです。彼らはおそらく自分達が特に進化した心の持ち主のために用意されていた世界に到着したと思い込みますが、しばらくここで暮らした後に、自分達自身を私達の今日の理解に適合させた後は、彼らは自分達が選ばれたのではなく、誤ってこの驚くべき場所に転がり込んでしまったと判断することでしょう。


【解説】
 確かに過去に素晴らしい導師がこの惑星を訪れ、人々に教えをもたらす偉業を成したことでしょう。しかし、それだからといって、古代社会が現代より優れていたとは言えないのです。日本でも遠い古代に憧れを抱く人も多いのですが、それはみやびな王朝文化ややんごとなき貴族階層の一握りの恵まれた人達の生活を憧れているに過ぎません。
 社会の隅々にまで目を向ければ、明らかに現代の方が格段に優れていることが分かります。同様に私達が進化した他惑星の一つに連れて行かれたとすれば、同様の驚きに見舞われることも間違いありません。これは地球上の国々に行った場合も類似したギャップを感じることと同様です。
 本項の主旨とは少し外れますが、人間というもの、時々は日常と異なる環境に身を置いて見ることも必要に思います。外国で体験した暮らしと現在の自分の生活とを比較して、学ぶことも多いからです。他の進化した惑星人が時折、ひっそりと地球のような惑星を訪問するのも、その理由の一つではないかと考えています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落180

180 Among many religious groups, and particularly those of an occult nature, we hear much about the great wisdom of the ancients. "If you expect to evolve to a state of masterful action," we are told, "you must go back and study the teachings of the old." It sounds a little twisted, doesn't it? To evolve we must go back! But why? Evolution is an expansion, a growth. Does the tree in its process of attaining maturity grow backwards into the roots? If it did I am sure we would never taste its fruits. I suppose no man ever appreciates the thing that he has in his hand, and while it is right that he should reach out for something new let it be an advancement, not a retrogression. Why dig up the peaceful past - it has served its purpose. It brought us to the present day - let it rest. The works of the past cannot serve us now and so far as the laws of the past are concerned we are now using them, for there is in the whole cosmos only one principle of action. It is used in the billions of varying manifestations but itself never changes. The only way in which we can prove the principle is by the effects produced and surely we are producing effects on a much vaster scale than did the ancients. In those days if a man discovered something of use to humanity he was considered divine and his revelation a miracle. Today we have a new invention almost daily and think nothing of it.
180 多くの宗教グループの中で、とりわけ魔術的性質を持つものの中にあって、私達は古代人達の偉大な知恵について多くを聞かされます。「もしマスターの行動状態にまで進歩したいと思うなら、立ち戻って昔の教えを学ばなければならない」と教えられます。しかし、それは少しねじれた考えではないでしょうか。進歩する為に立ち戻る必要があるなどということがです。しかし何故でしょう。進化は拡大であり成長です。成熟を達成する過程にある樹木が根の中に向かって下に伸びるでしょうか。もし、そうなれが私達はその果実を味わうことは出来なくなることは確かです。私は誰も自分が手にしているものを享受していないのではないか、また何か新しいことに手を伸ばすことが正しい時には進歩があるべきで、退化することはありません。何故平穏になっている過去を掘り起こすのでしょうか。それはその目的を務め終わっているのです。それは私達を今日にもたらしたのであり、休ませましょう。過去の業は今日の私達に仕えることは出来ず、過去の法則に限って、私達はそれらを用います。何故なら全宇宙の中には唯一つの行動原理しか存在し得ないからです。何十億もの異なる創造物に用いられていますが、それ自体は決して変化しません。私達がその法則を証明できる唯一の方法は、作り出された結果によってであり、確かに私達は古代人が成したより、はるかに広いスケールで結果を作り上げています。当時、もし人が人類に有用な何物かを発見したとすれば、その者は聖なる者であり、その者の発見は奇跡と見なされました。今日、私達は毎日のように新しい発見をしますが、それについては何ほども考えはしません。


【解説】
 先日、機会があり、佐倉(千葉県)の国立歴史民族博物館に立ち寄りました。当館は古代から近代までの人々の生活の様子を発掘物の展示とともに再現しています。中には平安時代の下級役人の日記や当時の権力者、藤原道長の備忘録等、実物の資料や生活環境の模型が展示されており、当時の生活がよく分かります。その中でも目立ったのは当時の貴族の屋敷の大きさです。庶民が長屋にひしめく中で、大きな屋敷の中には優雅な貴族社会があった訳です。
 このように人々の生活には大きな格差があり、各階層の壁は本人の努力で越えられるようなものでは無かったと言えるでしょう。現代社会は様々な問題はあるにせよ、当時と比べれば格段に進歩していることには誤りありません。仮に何か特定の人物が優れていたとしても、遠い昔の社会が良かったとは言えないのです。
 私達は科学的視点を持って、宇宙をその物質から精神作用に至るまで統一的に理解しようとしています。その際に重要なのは、現在起こっている状況に注視することであり、今を大切にすることです。想念は宇宙あらゆる所を同時に湧き起こっていることを理解することの方がはるかに重要だと言うことでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第17章-段落179

17 ANCIENT WISDOM OR MODERN PROGRESS?
179 There is some strange characteristic of the human mind that seems to find a great satisfaction in glorifying the past. The Oriental has expressed this characteristic in his ancestor worship; the Occidental has always had its hero-worship for deceased greatness; the patriarch of all nationalities sits back in his easy chair and reminisces on "the good old days." Perhaps it is that time assuages the actual realities of the past and leaves only the colorful pictures of self-created images. Perhaps it is that distant fields look greener on which ever side of us they lie, but, in any case, we find so many people living in the past that we wonder what good the present is doing at the present time.
第17章 古代の知恵か現代の進歩か
179 人間の心には過去を賛美することに非常に満足を覚えるような何か奇妙な性質があります。東洋では自分の祖先を崇拝することにこの特徴が表わされていますし、西洋では死去した偉人に対し常に英雄崇拝があります。全ての国の民族において長老はその安楽椅子に背を寄りかけて「古き良き時代」の思い出にふけっています。おそらくは時間が過去の実際の現実を和らげ、自ら作り上げた華やかな映像のみを残しているということでしょう。おそらくは何処にあろうと、遠くの畑は緑がより深く見えるでしょう。しかし、いずれの場合も私達はあまりに多くの人々が過去に生きている為、私達は現代が何か良いことを成していないか不思議に思ってしまう程です。


【解説】
 これまで学んで来た事柄の一環として何故、ここに古代の知恵について章が設けられているか、私達学習者は一度考えて見る必要があるように思います。その考察は、いずれ後日、述べることとして、ここでは人間の特徴として古きを尊ぶことについて述べられています。
 人間も成長期を過ぎ、人生の後半にさしかかると、昔を懐かしく思うものです。もちろん、今だけ良ければという刹那的な生き方よりはましなのですが、過去に心を奪われて生きることにも問題があります。
 本項は過去が美しく見えるのは、時間経過とともに不都合なことが忘れ去られ、本人にとって美しいことだけが記憶として残っているからとしています。
 実際には過去は現代よりもより問題が多かった筈です。私達は現代更にはこれからの未来に向けて生きることを選択すべきです。現実を逃避し、仮想の世界に生きることは、宇宙を直視する生き方とは反するものです。日々新しい体験、新しい想念を取り込むことが若さの維持にもつながることでもあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第16章-段落178

178 Even our thoughts are of chemical composition. We are well aware that our bodies are composed of numerous chemicals; we are also aware that our bodies will not act except when permeated with a conscious thought. When a man is in a state of unconsciousness his body is inactive. It is true that the organs of the body continue to function due to the slight chemical reaction which takes place between the composing cells of the structure but even this will not continue indefinitely. The movement of any body will not take place without a chemical reaction of the elements composing the body, for it takes chemical reaction to produce energy. Potential force exists as the Father-Mother Chemical within each atom of matter but it is the reaction of these elements that produces what is known as kinetic energy which is necessary to the service of any form-action. Only another chemical will produce chemical reaction and the fact that thought is necessary to the action of the body means, then, that thought itself is chemical. For instance, when a person is in a peaceful state of mind he can partake of food and his body will assimilate the minerals without the least opposing reaction, but eat a good meal and then take into the body a highly concentrated thought of hatred or fear - the reaction of the chemicals will very soon demand either the doctor or a good dose of bicarbonate of soda. Fear, hate, selfishness, envy, etc., are elements which produce violent reactions when incorporated with the chemical contents of the body. A fit of anger, which is nothing more or less than a chemical combustion, will tear down the body structure to a surprising degree and produce what is known as pain. If the scientist in his laboratory combines certain elements according to the law of affinity and produces a harmonious result he is rewarded, but if he mixes the wrong chemicals he may blow himself to bits. Just as logs placed upon a fire serve their purpose and their elements are changed but not destroyed, the original elements of any form are eternal. A place where water has been may become dry but the hydrogen and oxygen which compose the liquid go on forever and may at any time return into form. It is the action and reaction of chemicals that produce the personality which consequently must be ever changing, but the soul which is the sum total of the original elements remains forever the same - indestructible and eternal.
178 私達の想念さえも化学的組成物です。私達は私達の身体が無数の化学物質から構成されていることを良く知っていますし、私達の身体が意識的想念で染み込まない限り、行動しようとしないことにも気付いています。人が無意識の状態にある時、その身体は不活発です。それでも身体の諸器官は構造を構成する細胞間で生じるわずかな化学反応により機能を継続することは確かですが、これさえも無期限に続くことはありません。如何なる身体の運動も身体を構成する諸元素の化学反応抜きに起こることはありません。何故ならエネルギーを作り出す為には化学反応が必要だからです。各物質の原子の中には父母性の化学としての潜在力が存在しますが、如何なる形式の活動奉仕にせよ必要な動的エネルギーとして知られるものを作り出すのはこれら諸元素の反応なのです。唯一、別の化学物質が化学反応を作り出し、身体の行動に想念が必要だという事実は、想念自体が化学物質であることを意味します。例えば、人が平安な心の状態に在る時、人は食物を摂取し、その身体はわずかの反対する反応もないまま鉱物を同化するでしょうが、良質な料理を食べ、その後、憎悪或いは恐怖で高濃度に集中した想念に身体を置いた場合、化学物質の反応は直ちに医者やかなりな量の重曹を必要とさせることでしょう。恐れ、憎しみ、我がまま、妬みその他は身体の化学成分に一体化した暴力的反応を作り出します。怒りの発作は化学的燃焼以外の何物でもなく、身体の構造を驚く程、引き裂きますし、痛みとして知られるものを作り出します。もし、実験室内の科学者が親和の法則に従ってある種の元素を組み合わせ、調和的成果を作り出せば報われますが、誤った化学物質を混ぜれば、自分自身を粉々に吹き飛ばすことになるかも知れません。火に置かれた丸太がその目的を果たすように、それらの元素は変化を受けますが、破壊はされず、如何なるものも元の元素は永遠です。水が有った所は乾くかも知れませんが、水を構成する水素や酸素は永遠に継続し、いつかは再び形あるものに戻って来ることでしょう。常に変化し続けることになる個性を作り出すのは化学物質の作用であり、反応ですが、元来の元素の全体合計である魂は永遠に同じまま、破壊されることなく、永続するのです。



【解説】
 私達一人一人が動く化学工場、化学実験室だという訳です。各種の原料が様々な分野から搬入され、各々の受け入れ装置を経て体内に導入されるや、様々な設備が所定の反応操作を実行し、それぞれの中間製品を作り上げます。その中では古くなった部品の交換に活用されたり、設備自体を運転する為のエネルギーも生み出すことになります。(「ご飯一杯150g、約250キロカロリー」は食物の燃料表示です)
 このように私達の体内で起こっている作用は化学反応なのですが、私達の発する想念も化学的組成を有していると解説されています。現代の脳科学でもセレトニンをはじめとする脳内物質が人間の感情に関連していることを明かしていますし、精神科で処方される治療薬にも様々な化学物質が用いられているようです。ある物質が精神状態を鎮めたり、逆に興奮させたりするという訳です。
 私達の日頃の精神活動に伴って、様々な化学物質が体内で生成され、それらが具体的な身体細胞に影響を及ぼしているということでしょう。
 まさに私達自身、動く実験室であり、毎時間の自分の心の状態が身体やその他の環境にどのような影響を及ぼしているかを実感することが大切です。私達が出来ることは、自分の心にどのような想念を取り入れるかであり、良い結果をもたらすためには、常に自らの心の状態を監視し、本来の方向性を保つ必要があるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第16章-段落177

177 The Cosmos is ever active, constantly changing, and regardless of how little interest the average layman has in scientific subjects there is not one individual in the world who is not conscious of that ceaseless activity which is going on about him every moment. The growth of flowers and trees, the falling of rain and snow, the evaporation of liquids, the expansion of metals under the influence of heat and their contraction under cold, the fermentation of vegetable matter, the oxidation of minerals, the perpetual construction and disintegration of forms cannot possibly escape the attention of even the least observant of men. If we were to carefully gather all the gases that rise from a burning log and the ashes that were left after the fire had done its work we would find that nothing had been lost in the process of transmutation. There is no such thing as total destruction. The religionist looks more or less indifferently upon all of this changing phenomena, labels it the "work of God" and accepts at its surface value but the men of science have gone beyond the surface and uncovered the interesting and illuminating fact that life as a whole is the effect of an eternal process of chemicalization and that in the knowledge of Cause chemistry lies the victory over life and death, creation and recreation, joy and pain. The universe is nothing more or less than an immense chemical laboratory in which elements are combining constantly to produce the innumerable forms of expression or manifestation. The water, fire, earth, air, and the inconceivably fine ethers above the atmosphere of the earth are all chemical compositions. Light and darkness, love and fear are all chemical reactions.
177 宇宙は永久に活動的であり、常に変化し、平均的な通常人が科学的課題に対して如何にわずかしか関心を持たなかったとしても、自分について毎瞬起こっている休むことのない活動について意識しない者は、この世界に誰一人居ません。花々や木々の生長、雨や雪の落下、液体の蒸発、熱の影響下の金属の膨張や寒さの中でのそれらの収縮、植物性物質の発酵、形あるものの永久的な形成と分解は皆、どんな鈍感な観察者の注目をも見逃されることはあり得ません。もし、私達が燃える丸太から立ち上る気体を全て集め、火がその仕事を終えた後に残った灰を注意深く集まるなら、私達はその変質過程において何一つ失われたものが無いことに気付くでしょう。完全な破壊というようなものは存在しないのです。宗教家はこの変化の現象の全てを多少とも無関心に眺め、それを「神の御業」とレッテルを貼り、表層的な価値を受け入れますが、科学に根ざす人はその表層を越えて、全体としての生命は化学作用の永遠なる過程の結果であることや宇宙的化学の知識の中に生死や創造と再生、喜びと苦痛を超えた勝利があるという興味深く啓発的な事実を発見して来ました。宇宙空間とは諸元素が無数の表現の形あるものや現出物を常に結合させている巨大な化学実験室以外の何物でもありません。水、火、土、空気そして地上の大気の上部にある思いもよらない微細はエーテル体等、全ては化学的化合物です。光と闇、愛と恐怖も皆、化学反応なのです。


【解説】
 万物が流転すること、宇宙は絶え間ない変化・活動の中にあることは大空に湧く雲が刻々形を変え、瞬く間に移り行くことからも知ることが出来ます。本項の主題である物質の化学変化は、これら諸々の活動が外観上は消失したり、破壊されるように見えるとしてもその実際は、内部の元素同士の結びつきが変化しただけで、これら化学的変化が宇宙を支配していることを意味しています。
 このような変化は人間についても言えることです。私達の肉体は心が休止していても休むことはありません。一刻一秒休みなく身体組織は所期の役割を果たしています。また、私達が毎日摂取する食べ物や毎回呼吸する空気は私達の身体を通り過ぎる元素と言うことが出来ます。それらは一時期、人体を構成し、再び排出されて別の生き方に進んで行く元素達です。
 私達自身もそうする中で様々な体験をしながら、進化の道を歩むという訳です。
 本項の主題である宇宙におけるこうした変化の源は原子間の結合、分裂作用、即ち、化学作用なのだということです。本項は、私達は表面的な現象の奥にあるこれらミクロのより本質的な活動に目を向けなければならないと教えています。私達の身体を介して様々な元素が通り過ぎて行きますが、それら元素達への感謝の気持として出来る唯一の礼儀は、私達自身が良い想念、感謝の気持を保つことや各元素を優れた体験を経験させることにあることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第16章-段落176

16 THE CHEMICAL UNIVERSE
176 There is nothing in this world that does not speak the universal language and reveal the secrets of the Cosmos if we are alerted to the frequency of that which we observe. It is through this small world of ours that we can gain our understanding of the cosmos, and such knowledge can come through unceasing research regarding the elements which compose our earth, atmosphere, and the various forms upon the earth.
第16章 化学的な宇宙
176 私達が観察するものの周波数に私達が機敏であれば、この世界で宇宙普遍の言語を語り、宇宙の神秘を明かさないものは何一つありません。私達が宇宙の理解を得ることが出来るのはこの私達の極微の世界を通じてであり、こうした知識は私達の大地や大気、そして地上における様々な形あるものを構成する元素に関して絶え間ない研究を通じてもたらされることが出来るのです。


【解説】
 私達が生きる上で最も必要な知識は各元素の声とも言うべき微小な波動から来るとしています。それも単なる紙の上の知識でなく、直接的に各元素が持つ英知とも言うべき知識にアクセス出来ることが重要な点です。
 また、注目すべきはその道に至るには自らの心をこのような極微の動きも察知出来るよう鋭敏にして置くことの重要性です。心が騒いでいても、また心の関心事が他に向いていても、この極微の動きには気づきません。
 そのように考えると人の価値はこの感受性にあることがわかります。同じ作品を見て、感動を覚える人と何らの関心も示さない人とでは大きな違いがあることが分かります。小さな生き物を見て、自分自身との関係を実感出来るか否かは大きな違いです。昆虫画家、熊田千佳慕氏の絵本の中の昆虫達は、それ自体、人間よりも大きな存在として描かれています。この絵本作家はミクロな世界にも卓越した感性を持っていたように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落175

175 The Great Ones who have performed so-called miracles in the controlling of elements could not have done those things if they had not understood the language of feeling and realized that every living thing also possessed the same awareness. Intuition in man, instinct in animal, affinity and attraction of atoms in matter are all evidence of the cosmic language. Every smallest frequency in the whole system is a word spoken by the voice of consciousness and when man has alerted his mortal sense mind to the place where it becomes aware of even the slightest motion of energy he will have torn away the veil of mystery that separates himself from the Cosmic Halls of Wisdom.
175 元素群を制御する中でいわゆる奇跡を演じた偉大なる者達は、もしフィーリングの言葉を理解せず、あらゆる生けるものもまた同じ知覚を有していることを自覚していなければ、そのようなことを成し遂げられはしなかったでしょう。人間における直観、動物における本能、物質における原子の親和性と引力は全て宇宙的な言語の存在の証です。全体体系の個々の最小の周波数は意識の声によって語られた言葉であり、人が自らの死すべき感覚心をほんのわずかな動きのエネルギーにも気付ける場所に注意を喚起する時、人は自分自身を宇宙的な智恵の感覚から切り離して来た神秘のベールを引き裂いていることでしょう。


【解説】
 本項は世の中に能力者が起こすいわゆる奇跡というものがどのようにして生まれるのか、その秘密を明かしています。一般には奇跡は神の御業として尊ばれ、成し遂げた本人は聖人や能力者としてこれまで、人々の崇拝の対象となって来ました。
 それら能力がどのようにして生まれたのかについて語った例は、本講座以外に私は知りません。
 著者は実は私達でも、意識の声に着目し、元素群と同じ感覚になれれば驚くべき程の成果を上げることが出来るとしているのです。私達一人一人にとって何故、この学習が必要なのかを本項は明確に語っています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落174

174 When the Christ, made the statement, "I and the Father are one" He was professing absolute knowledge of the cosmic language, for the Father is All and how could the Christ be one with all unless he was able to enter into communion with it and acknowledge his relationship to it.
174 キリストが「私と父とは一つだ」と述べた時、キリストは宇宙的言語についての絶対的な知識を持っていることを明かしたのです。何故なら父は全てであり、キリストはその中に一体化して入って行き、自分とそれとの関係を自覚していなければ、どうして全てと一体になることが出来ることになるのでしょう。


【解説】
 2000年以上も前の地球の人々にキリストのこのような言葉がどのように理解されたのか、また今日の人々に対してどのように受け取られているかについて考えて見る必要があります。
 言い換えれば、私達がこれから進もうとしているはるか先を既にマスターしていた導師が2000年以上も前に居たということ自体、驚くべきことです。他惑星の文明のレベルは私達の想像できないくらい進化していることを先ずは理解する必要があります。
 また、キリストは当時の人々に何かの品物、例えば何らかの工業製品を見せて、進化を促すことはありませんでした。人々と同じ暮らしをし、同じ衣食住を過ごす中で、なお「父」の存在とその持つ偉大な力について人々に語っています。つまりは当時の人々と何ら異なることのない条件の中で、個人の能力として「父」(創造主)との一体の中で、多くの奇跡を人々に見せ、その力の偉大さを示したということでしょう。
 このことは機械文明の発達した今日の地球についても状況は同じです。心や意識についての現状の私達の知識は2000年間、何らの目だった進歩は無かった訳です。「私と父とは一つだ」という言葉が、誰でも発せられるようにするには、先ずは各自で「父」に直面し、「父」を信じることから始めなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落173

173 It has been said that such form of communication cannot be relied upon but that is untrue. We are being guided constantly by the voice of conscious thought, whether projected from a cosmic source or through a personal channel. There is no man who is not to some extent aware of his power of intuition which is nothing more or less than the voice of consciousness.
173 このようなコミュニケーションの形成は信頼できないとされて来ましたが、それは真実ではありません。私達は宇宙的源泉から投影されたものにせよ、個人的な経路からにせよ意識的想念の声によって常に導かれています。意識の声以外の何物でもない自らの直観力について幾分かも気付いていない者は誰一人居ないのです。


【解説】
 そもそも何かについて考える時、発端となるアイデアは何処から来るのでしょうか。通常の私達の心は選択肢があった際にどちらが得か損かを比べるのは得意かも知れませんが、発想自体を生み出すことは苦手です。殆んどの場合、思いつくアイデアは何処からともなく湧き上がるもので、それは意識的想念に由来していると本項では解説しています。
 つまりは既に私達は自覚しないままに意識的想念を頼って問題の解決を目指していることになります。
 しかし、最もこの意識的想念を活用しているのは芸術家ではないかと考えています。今まで誰も試みていなかった斬新な手法を取り入れて白いカンバスや木や石の塊から姿形を造り上げて行く過程には、必ず意識的な閃きが必要だと考えています。
 そのように自らの身体を通じて、これら意識的な想念を再発信すること、自らを意識の通り道とすることでますます感受性が高まり、併せて作品という結果を収めることで更にその能力を育むことが出来るものと考えます。日頃から私達自身もこれら直観力を大切に取り扱って、その能力を高めることにより、各々の仕事の成果の芸術性も高まることになることでしょう。
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