2011年08月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落172

172 We have spoken about this language as it expresses through the medium of sound, which is one of the lower voices of consciousness, but let us now consider thought. Here we have taken a step higher for through this form of communication we have eliminated time and space. Through the medium of thought we are able to speak to another although we are thousands of miles away and the contact is made almost instantaneously. Through this means of transmitting a message we can contact another person even though their body is in the state of sleep. Conscious thought is a messenger that works unhampered by time, space or conditions.
172 私達はこの言語というものについて、意識の低次な声の一つである音の媒体を通じて表現されるものとして語って来ましたが、更に想念を考えて見ましょう。ここでは私達は一段高いステップに立っています。何故ならこのコミュニケーションの形態を通じて私達は時間と空間を取り払っているからです。想念の媒体を通じて私達は何千マイル離れていても他者と話すことができますし、その接触はほとんど瞬間的に行われます。このメッセージを発信する手法を通じて私達は相手の肉体が睡眠状態にあっても相手と接触することが出来ます。意識的想念は時間や空間、あるいは状態に妨げられることなく働くメッセンジャーなのです。


【解説】
 言葉として意思が発せられる際には、先ず想念が湧き起こってそれを言語に翻訳した後に音声として発せられる訳です。即ち、音声の発せられる所、想念があることになります。しかし、音が放送設備等の伝送装置を用いなければ、また、相手も同様の装置を持たなければ遠い所には届かないのに対して、想念は距離に関わりなく、瞬時に伝わります。それは目や耳等の感覚器官にではなく、直接肉体細胞のレベルに伝える為、相手が眠っていても伝えることが出来ることになります。
 想念は意識的である為に、全宇宙に伝わる波動であり、各自に優れた受信能力があれば、距離に関わりなく何処でもその発信者の意図を感受することが出来るという訳です。
 なお、本文中に想念が「時間や空間」に関わりなく、伝播するとありますが、この「時間」に関わりないと言うことについては、一度発信した想念は多少減衰するにせよ、以後永遠に空間に反響を続けて残留することを指すと解釈しています。
 つまり、各自の発する想念は同時代の人に影響を与えるばかりでなく、将来の世代にも影響を与える力を持っているとも解釈出来ます。かつて地球に居られた、或いは遠く離れた天(惑星)に居る多くの導師(マスター)の発心の恩恵も私達は受けているのではないでしょうか。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落171

171 Man's greatest power lies in his recognition of this cosmic language, for when he realizes that every tiniest atom is able to comprehend the language he speaks he will impersonally command with greater certainty and all lesser forms of life will obey him. Man, himself, will rise to vaster heights of accomplishment for he will know the greatest and the smallest and can guide them into united action.
171 人の最大の能力はこの宇宙的言語の理解の中にあります。何故なら人があらゆる最小の原子は人が話す言葉を理解することを理解するや、人はより大いなる確かさで非個人的に命令を下すことでしょうし、人より下位の全ての生きものは人に従うだろうからです。その結果、人は自分自身、達成のはるかの高みに昇ることでしょう。人は大いなるものも小なるものも合わせて知り、それらを結束した行動に導くことが出来るからです。


【解説】
 私達一人一人が宇宙哲学の学習の結果、何を得ることが出来るかを本項では明快に示しています。また、そもそも人の能力開発とは何かについても本項は明らかにしています。
 私達の身体には60兆もの原子が存在し、それらが小は原子分子の反応から、大は肉体各器官による連携運動等、密接につながりあった活動があり、それによって肉体が維持されている訳でもあります。この活動を支えている原子分子の知性は人知を超えるものがあります。その深遠なる知性と人の心が意思疎通を図ることが出来れば、人はその結果、驚くべきスピードで知識を増やして行けることでしょう。
 また、各原子が人の意見に従うようになれば、病が無くなるのはもちろん、着実に好条件の環境が用意され、最高位の創造物の一員として、幸福を享受することが出来ることになります。もちろん、それ以上にそれらの能力を身に付けた者は各々の才能を開発させ、後から来る他の者への手本となるような業績を残せることになる筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落170

170 The language of the cosmos is the vibration or frequency of sound, of light and of thought. It is all one voice - the great voice of feeling. It speaks with deep reverberation in the thunder and it speaks in the silence of our deepest repose.
170 宇宙の言語は音、光そして想念の振動ないし周波数です。それら全ては一つの声、フィーリングの大いなる声です。それは雷鳴の深い反響と共に、また私達の深い安らぎの沈黙の中でも語っています。


【解説】
 本文中の「それらは全て一つの声、フィーリングの大いなる声」としている点に注目したい所です。言い換えれば、音に表現される声も光も想念波動も、皆振動であり、その振動こそが同じ宇宙的言語に属するとしている訳です。「振動」という要素が「言語」ということになります。
 前項等で述べられて来た音楽の普遍的機能もそうですが、このような振動的要素が普遍的言語であるということです。
 更に解釈すれば、人が声を発する時には、声と同時に想念波動も放出していることと思われますが、それら音声から想念波動までの振動は皆、発信者の意図を表現している訳です。音声の届く範囲には限りがありますが、想念の方は限界がないということでしょう。このように私達は多重化した仕組みの中で生きているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落169

169 If it were not true that a universal language exists how is it possible to train animals to act according to man's command? Even a little insect like the flea can be trained to perform perfectly. It is certainly not the human voice or the words spoken in French, English, Spanish or any other tongue that guides their actions; it is the voice of conscious feeling which speaks more clearly than any audible word.
169 もし、宇宙普遍の言語が存在するということが真実でなかったとしたら、どうやって動物達を人間の命令に従って行動するよう訓練することが可能となるのでしょうか。ノミのような小さな昆虫でさえ、完璧に演技するよう訓練され得るのです。彼らの行動を導いているのは人間の声、或いはフランス語、英語、スペイン語その他の言語で話された言葉ではないことは確かです。それは耳に聞こえる言葉よりも更にはっきり話される意識の声なのです。


【解説】
 日本では馴染みのない「ノミのサーカス」のことを指しているものと思われます。
 昆虫とのコミュニケーションについては、秋の夕べに庭で鳴く虫の声を愛でながら、眠りに就く等は、現代では風流を超えた贅沢な生活なのかも知れません。その虫達の合唱に耳を傾ける中で、草むらで鳴いている虫と部屋の中でそれを聞く者との間に、虫の声を通じた何らかのコミュニケーションが成立しているということでしょう。互いに分かり合っているという関係です。
 さて生きものとのコミュニケーションの例の中で、思い出されるのはアッシジの聖フランチェスコが小鳥と会話したとされていることです。全ての地上の所有物を捨てて創造主に従ったとされるフランチェスコについては日本でも良く知られているところですが、自然界の生きもの達と同一レベルの意識状態にまで昇華できた背景には、それだけ印象の世界にも熟知するまでの修練があったものと思われます。
 仏陀をはじめ、多くの聖人が地球を訪れ、教えを授けて来ましたが、そのどの師も生きとし生けるものと何ら隔たりのない会話が出来、周囲の者を驚かせたことが伝えられています。仏様の歩いた跡には花が咲き、様々な聖人が生まれた際には奇跡的な事象が起こったとすること等は皆、生きもの全てがその聖人の存在を知覚し、喜んだことを意味しています。私達は決してこのような能力を開発することを目的とするものではありませんが、学習を続ける内にそのような多くの生きものと自然に意思の交流をするようになるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落168

168 Why is one very joyful in the springtime and vibrant with life? Why does the feeling of quiet releasement come with the fall of the year? Because nature speaks the cosmic language and man, though he realizes it or not, understands that language and is affected by it.
168 何故、春に人はとても楽しく生気に溢れるのでしょう。何故、秋とともに、落ち着いた解放感がやって来るのでしょうか。それは自然がその宇宙的言語を語っており、人は認識するしないにかかわらず、その言語を理解し、それに影響を受けているからです。


【解説】
 実は私達は知らず知らずの内に大自然の語る言葉、示唆する内容に反応しているという訳です。心が理解しなくても、心とは別の部分がこれら大自然から発せられる印象に応答し、それに従っているということが大切なところです。
 私達は、自然と対面する時、外観だけ、つまりは肉眼で見える範囲、或いは耳で聞こえる範囲だけで判断しがちでしたが、それらを超えて更に高いレベルでの流れる印象にこそ鋭敏であらねばならないということでしょう。
 多くの自然界の生きものは今後来る気象の変化も鋭敏に感じ取って準備を進めているように思います。例えばカマキリの親は冬に卵が雪に埋もれないよう、高い所に卵を産み付けるとか、あるいは災害に逢って沈没する前には船から多くのねずみが船から逃げ出す等、多くの事例があるのではないかと思っています。
 自然が語る言葉を理解しようと努めることは、いつかご自身にもこれら野生生物の予知能力が育つことにも繋がるものと思っております。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落167

167 Why is one affected by music, for instance? It does not speak words as a human speaks and still one melody will produce a feeling of great joy, another of sadness, and still another will carry one into a state of exaltation. It effects a person who has never studied the science of harmony just as it affects the one who is a musical master. Music is a universal language for it is interpreted through the Cardinal Sense of Feeling.
167 例えば何故、人は音楽によって影響を受けるのでしょうか。音楽は人間が話すような言葉を語ることはありませんが、それでも一つのメロディーは至福感を作り上げ、他のメロディーは悲しみを、そして更に別のものは聞く者を高揚感の中に導きます。それは和声学を学んだことのない者も、音楽の巨匠である人に作用するのと同様に影響を受けるのです。音楽とはフィーリングの中枢感覚を通して翻訳されるが故に、一つの宇宙普遍の言語と言えるのです。


【解説】
 よく見かける光景に、若者の多くが音楽携帯プレーヤーを聞きながら通勤・通学をしている姿があります。音楽に惹かれるこの年代は本項で言う音楽の持つ本質的な特徴に基づいていることが分かります。おそらく感受性の高い年代においては特に音楽に惹かれるということなのでしょう。
 音楽については特段学んだことはありませんが、そのメロディーは人間に直接的に作用することは間違いないように思います。心をゆったりさせるヒーリングメロディーから怒りをぶつけるハードロック調まで、その音楽を聞く者に少なからず影響を与えるものです。
 宇宙的な音楽と言えば、皆様もよくご存知の映画「2001年宇宙の旅」の中の地球と月との間の宇宙定期船の中で流れるヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」があります。大宇宙での楽しい調和した生命賛歌として用いられているものですが、それもアダムスキー氏が何処かでかつて、これらのワルツ曲が宇宙的なのだと語っていたことを思い出します。
 日頃から良い音楽や楽曲に心を調律して置くことが、自然界から聞こえて来る様々な音に対しても心を開ける人間になれるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落166

166 You are related to everything in the cosmos. The language of consciousness is spoken by all, and if you will be continuously aware of this fact the time will come when you will understand every living thing. The leaves upon the trees, the chirp of the birds, the croak of the frog, the hum of the bees - all will speak to you and you will understand life as it manifests through each individual channel. Every slightest sound will become a voice no different than the voice of another human and you shall partake of the consciousness of each thing that lives.
166 貴方は宇宙の中のあらゆるものと関連しています。意識の言語は全てのものによって話されており、貴方がこの事実に絶え間なく気付いていれば、貴方があらゆる生きものを理解する時が来ることでしょう。木々の葉、鳥達のさえずり、カエルの鳴き声、ミツバチの羽音、これら全てが貴方に話し掛けるようになり、貴方は各々の経路を通じて生命が現れることにより生命を理解するようになるでしょう。一つ一つのわずかな音が他の人間の声と何ら変わらない声になることでしょうし、貴方は生きるものの意識を分かち合うことになる筈です。


【解説】
 自然の中を歩く時、私達は様々な音を耳にします。朝であれば夜明けを喜ぶ鳥のさえずり、昼には草むらの中で鳴く虫の音、夕方には、この時期、日暮蝉の鳴き声など、数多くの音を聞くことが出来ます。
 私達は日頃、何故蝉が鳴いているのか、何を訴えているのか等、人間以外の発する声について、あまり関心を抱いては来ませんでした。しかし、本項はこうした各々の生物が発する音も人間が発する声と何一つ異なるものではないとしています。各々の発する声がその音であり、私達自身が関心を持たなかったために、それらを単なる音として長年見なしていたに過ぎないということです。どこかで聞いた話には、フランス語をはじめとする多くの西洋言語には、虫の音を表現する単語が無いとのことです。鈴虫やウマオイ等、古くから日本では虫の音を愛でる文化があり、それらの音の違いを聞き分けていた訳ですが、これらは日本文化が受け継いでいる世界に誇れる感受性の高さと言えるものでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落165

165 We have conceived the idea of a universal language among men because we are aware of being able to understand the human voice and have developed the habit of expecting the voice of man to interpret for our benefit the thought which passes through his mind, but we have not included in our efforts of unification any but the man kingdom. Why should this be so, for are the sounds which make up the various languages so different than those of nature itself? As the different races of men speak with various sounds and combination of sounds; each form of life in this world does the same, yet we do not seek to understand them. Man has limited himself to one phase of life and has closed the door upon the vastness of the Cosmos. This is due to the fact that he has given recognition only to the mortal senses which gain their impressions from outer things. He expects to hear only those sounds that are coarse enough to affect the physical organ of hearing and so he loses the ability to interpret the cosmic language as a whole. And what is this cosmic language? It is conscious feeling - the voice that speaks through every form and which, therefore, unites All into an inseparable unit. There is nothing in the cosmos that cannot speak to man with the voice of conscious feeling and there is not one thing that cannot understand that language. It speaks as clearly through the smallest thing as it does through the greatest.
165 私達は人間の間にある宇宙普遍の言語についてのアイデアを思い付いて来ました。何故なら私達は人間の声を理解出来、自分の心を通過する想念を私達のためになるよう翻訳しようとする習慣を発達させて来たからです。しかし私達は私達の統合化の努力を人間界のみに留めて来ました。何故そうなってしまったのでしょう。様々な言語を作り上げる音は自然自体の音とは違い過ぎるからでしょうか。様々な異なる人間は異なる音や音の組み合わせで話しますし、この世界の各々の生きものも同じことをしますが、私達は彼らを理解しようとはしません。人は自分自身を生命の一つの側面に限定させており、宇宙の広大さのドアを閉めているのです。これは印象を外部のものから得る死すべき感覚のみに認知を与えて来た事実によるものです。人は肉体の聴覚に影響を与える程の粗い音声のみを聞き分けることを期待しており、その結果、全体としての宇宙的言語を翻訳する能力を失っています。そしてこの宇宙的言語とは何でしょうか。それは意識的フィーリング、あらゆる形あるものを通じて語られる声であり、それ故、全てを離れられない単位に結びつけるものです。それは、最も大きなものを通じるのと同様に、最も小さなものを通しても明確に話し掛けています。


【解説】
 私達人間が言葉を理解する能力とその努力がどのように行われて来たかについて述べた後、実は私達が発達させて来た対象が人間に限定して来たことに問題があるとしています。即ち、私達は人間については関心を持って臨みますが、他の生きものについては同種の関心はなかったということです。
 もっとも、本書が書かれた西洋文化ではそうなのですが、アジアその他の古来からの宗教文化が残っている地域では若干異なるのかも知れません。アミニズムと西洋世界からは蔑視される自然崇拝の根源には、自然界の生きものの全てに生命の尊厳を認め、時には人間以上に敬う精神風土があるからです。
 アダムスキー氏は直接的にこのような古来の日本神道の要素を引用することはありませんでしたが、本項で書かれている生きとし生けるものにあまねく語り合う精緻な想念波動、即ち宇宙的言語の存在に気付くことが必要だとしています。

お知らせ

明日から今週一杯、夏休みの為、本講座の更新をお休みいたします。
再開は週明けからになる予定です。ご了承下さい。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落164

164 Although few men are aware of its existence there is a universal language - a language which includes not only the expressions of man but that of every living thing; a language so simple that even a new-born babe can understand.
164 ほんのわずかの人しか、その存在に気付いていませんが、宇宙普遍の言語は存在するのです。人間による諸々の表現のみならず、あらゆる生きものの表現を含んだ言語で、あまりに簡単なため、生まれたばかりの赤ん坊さえ理解することが出来ます。


【解説】
 音声或いはその発展形である文字によらない言語について、本項は述べているものと思われます。元来、人が想起するアイデアが未だ通常の言語に翻訳される前の言わばアイデアの塊の段階で、直接認識し、理解する能力のことを指しているように考えます。
 これらの能力はあらゆる生きものに元来、備わっており、その結果、人間以外の生きものはこのインスピレーションを把握し、その結果、何ら特別な言語を持たなくても互いに十分な理解を図ることが出来る訳です。
 細胞同士のコミュニケーション、他の種との意思疎通、更には宇宙根源からの示唆等、ありとあらゆる場面で活用されているのが、この想念感知能力です。
 人間も言語を学ぶ前の乳幼児までの段階は皆、これと同じ能力を有していたものと考えます。またその頃は印象の記憶も確かで、誰でも幼児期に受けた印象は生涯忘れずに残っているものです。こうした言葉を覚える以前の生活は、本来の宇宙共通言語を修得する一歩であったかも知れないという訳です。
 周囲の雰囲気を察知する能力は、これら想念に鋭敏になることと同意語であり、私達一人一人がこれから宇宙的な生き方を歩む上で必要な要素と言えます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第15章-段落163

15 THE LANGUAGE OF THE COSMOS
163 In recent years there has been a greater trend towards the brotherhood of man than ever before in the history of this civilization. The advent of radio, television, etc., have united the world into a common relationship. There has been much discussion among the learned men of every nation regarding the possibility of formulating a common language so that intercourse between peoples of different nations may be facilitated.

第15章 宇宙の言語
163 近年、この文明の歴史の中でこれまで以上に人間の兄弟愛に向けてのより大きな傾向が生まれています。ラジオやテレビその他の到来は世界を共通の関係に結びつけて来ました。異なる国々の人々の間での交流を促進できるよう、共通の言語を形成する可能性に関し、あらゆる国の学者達の間で沢山の議論がなされました。


【解説】
 以前、何処かでアダムスキー氏は、これからは英語が世界共通語になると語っていたことを思い出します。それから40年以上も経過した中で、事実、その通り、多くの場面で英語が共通言語として用いられるようになっています。本章は更に進んで、宇宙的共通言語は何かという点について学んで行くことになる筈です。
 既に「テレパシー講座」において、私達は印象の伝達に関するメカニズムについて学んで来ましたが、本章では、それらのおさらいになるものと思われます。
 音声に依存するコミュニケーション、文字に基づく意志伝達は、人間だけの能力ですが、自然界を見ると他の生きもの達は、これら手段を持たないにも拘らず、何ら不自由なく生活しています。ある国で飼われていた犬が別の国に引き取られたとしても、何らの不自由なく暮らして行けることは確かです。同様に、あらゆる生きものが互いに自分の意志を伝え合い、互いに理解し合っていることに私達は気付く必要があり、何故、そのようなことが可能なのかをよく考える必要があります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落162

162 It is not the exertion of the personal will but the releasement of the personal to the impersonal will which brings increased energy and wisdom into our lives. We need only to remove the barrier of "self"-ishness and a tide of understanding will flow in and through our being until we become immersed in its activity
162 エネルギーの増加と知恵を私達の生活にもたらすのは、個人的意志の行使などではなく、個人的意志の非個人的意志への解放によって行われます。私達は只、自己中心的障壁を取り除くだけでよく、そうすれば理解の潮流が流れ込むようになり、遂には私達を通じてその活動の中に没入することになります。


【解説】
 リラクセイションの本来の目的と意義を、本項では最後に要約しています。私達は従来、疲労した心身を休めるために一時的な心身の弛緩としてのリラクセイションを取扱いがちですが、リラクセイションの本来の意味は、より深い所にあることを学んで来ました。即ち、リラクセイションとは自我の意志をより大きな宇宙的意志の下に完全に従わせて、心身の緊張状態から解放することによって、自身を創造の流れの中に没入させる際の条件作りであった訳です。
 何事も言葉に表される段階以前の想念の塊の状態から反応することが重要なようで、これら先行するアイデアの段階から自身の身を置いて行動する中で、後から見て、その時は宇宙意識的指導があったと気付くことが多いのではないでしょうか。私達地球人にとって、想念は未だ大変微妙なものでしかなく、その感受性を高める上で、リラクセイションの状態を保持することが重要となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落161

161 The idea that one must become strenuous in outward action or must display an appearance of great personal effort in order to accomplish outstanding things is a false belief. The person who reaches the greatest heights of accomplishment is he who holds all of his actions in a serene and peaceful state, recognizing the fact that he is not the instigator or projector of intelligence but only the form through which it flows into manifestation; and the more fully the recipient is cleared for action the greater the action will be.
161 人は顕著な物事を達成する為には、外に向かっての行動に奮闘し、或いは大いなる個人的な努力をしている姿を示さなければならないとする考えは誤った信念です。最高位の達成に行き着いた人は、自らの行動を澄んで平安な状態に維持し、自らを英知の扇動者や計画者としてではなく、自分が創造物に流れ込む形あるものでしかないという事実認識をしている者です。そして受容者が行動の為、より完全に空になればなる程、より大いなる行動が起こることになります。


【解説】
 いわゆる自らの意志を行なうのではなく、自分は宇宙根源から湧き起こる宇宙的な想念が発現する媒体、即ち、単なるパイプとして宇宙意識に献身することで、真の人間の可能性が発揮されるとしています。
 そのためには、自我の主導による無益な努力に身を置く必要はありません。自我による労苦の中で精神まで疲れる必要はないというものです。適時的確に事を行なうには、心を平安かつ鋭敏な状態に保ち、宇宙源泉から来るヒントを感受して無抵抗に対応することが必要となります。創造主は、元来、その子供達には労苦を与えることなどなく、常に楽しく暮らせるよう、配慮されていると思うべきです。
 「野のユリは、.....」の一節にあるように、人間以外の生きもの達は皆、各々の生涯を厳しい自然界の中でも謳歌しています。今の時分はセミの声も多く聞こえますが、数年間の穴倉生活の後、地上に出てきたセミ達にとって暑さは元気の源であり、ほんの小さな身体から驚くべき大きな声を発し、生命を精一杯楽しんでいます。自らが宇宙意識の表現者として日常を生きるという点に関しては、セミ達から学ぶことも多いように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落160

160 Man is capable of expressing the fullness of life but he must become non-resistant to cosmic energy if he would have it express through him. He has lost the true course of action by exalting the personal ego; he has created the habit of believing that all accomplishment is brought about through the exertion of personal effort. He fatigues himself unnecessarily by trying to force conditions which will come about perfectly in a natural way if allowed to do so. Much energy is wasted because of personal dominance. It is difficult for the mortal to understand that impersonal non-resistance allows a free flow of energy, that in peace there is more intense activity than in friction. Man has become so aware of the coarser frequencies that he cannot realize action in its finer, more quiet and peaceful state. One who does live the non-resistant, receptive attitude has found the highway of true happiness, for he knows no fatigue, no pain, no disappointment.
160 人は生命の完全さを表現できる能力を有していますが、それを自分を通じて表現するには、宇宙エネルギーに対して無抵抗にならねばなりません。人は各自のエゴを高ぶらせた結果、真に歩むべき行動の道を見失ってしまいました。人は全ての達成物は各自の努力の行使を通じてもたらされると信じる習慣を作り出してしまいました。人はもしそうすることが許されれば自然と完璧に訪れるような状況に対して、無理強いすることで、不必要に自身を疲労させています。より多くのエネルギーが個人の優位のために浪費されています。死すべき者にとって、非個人的な無抵抗がエネルギーの自由な流れを与え、平穏の中には摩擦状態よりはるかに強烈な行動があることを理解するのが難しくなっています。人はより粗雑な振動に対してあまりにも敏感になってしまったため、より精緻でより静かな平穏な状況における行動を知覚することが出来ないのです。こうした中、無抵抗で受容的な態度で断固生きる者は真の幸福の王道を見つけています。何故なら、その者は疲れや痛み、失望を知ることはないからです。


【解説】
 最近のハイブリッドカーは静かに加速する一方で、周囲の迷惑も顧みず荒い騒音を撒き散らして急発進するバイクがあるように、人の生き方も様々です。自分の進む道は自分で開拓すべきことは確かですが、私達はこれまで余りにも自我を強めて来てしまったため、行動の動機が自我(エゴ)を高めるために設定していました。その結果、困難の中、無理な努力の中で成果を得られず落胆に終わる事例を積み重ねてしまいました。
 一方、自然界を見れば、このような無駄な動きが一切無いことに気づきます。どうしてかは分からないものの、皆、精一杯働いてはいても、その表情に苦労は見えません。野生の動物や植物等、皆、与えられた生命を楽しんでいるように見えてしまいます。厳しい自然環境の中でこれらの生物達に適切な忠告を与える存在とその声に素直に従う生き物があって初めて成り立つ世界が自然界にはあります。
 ものに名前を付ける権利、全ての創造物を統括する権限を与えられた人間は、本来、もっと落ち着いた有意義な生き方が出来る筈ですが、それが出来ない原因は、自我の高まりだという訳です。自我を統制して、素直に印象に従う中において、もっとスムーズに宇宙本来のエネルギーを活用して生きる道が拓かれることになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落159

159 The people on Venus live this law and thereby do not have to endure the unpleasant conditions that we must contend with on earth.
159 金星の人々はこの法則に生きており、それ故、地球で私達が向き合わなければならないような、不愉快な状態を耐え忍ばなければならないということはありません。


【解説】
 自我の問題の解決を終えている金星人にとって、およそ苦痛というようなものはなく、安寧な生活を送っています。仏教で言う数多くの仏国土の存在は、こうした進化した惑星が宇宙には莫大な数、存在していることを古来から、地球人に知らせるものでした。
 これに対し、地球ではその存在を憧れるだけで、その実現に何が必要かについてまでは、長らく考えが及ばなかったように思われます。
 本講座をはじめ、アダムスキー氏が伝えた精神科学や、単なる概念ではなく、現実の生命科学に結びついた生きた科学として、具体的な人間の生き方と生命活動、精神活動が結びつけられていることを明らかにしています。人間の瞬間瞬間の想念が現実を作り出していることを学ぶことによって、私達はますます、自我の統制に力を注ぐべきことが分かります。
 先日、夜海辺で空を見上げていますと、次々に飛行機が空港に近づいて行く様子が見えました。それらは海外から日本に就航する飛行機なのですが、いつの将来にか、これらが他の惑星からの宇宙船に置き換わり、次々に他の天体からの訪問者がこの地球を訪れるようになれば、この文明も大きな変化を遂げることだろうと思った次第です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落158

158 When relaxed one is flexible and receptive to unlimited conscious energy which is free to all who draw upon it. Life and energy are limitless but we can have only as much as we are willing to accept.
158 リラックスしていると人は柔軟になり、それを求める全ての者に自由に与えられる無限の意識的エネルギーを受け入れられるのです。生命とエネルギーは無限ですが、私達は受け入れようとするだけしか得られないのです。


【解説】
 何事も余裕がないと広く考えが浮かばないものですが、そもそも原理的には自らの各肉体細胞を束縛や緊張から解放し、各々中央の細胞核からの英知に受容的になれば、従来にない物事を達成する可能性があります。
 書道家が自由に筆を走らせ、音楽家が自在に指で鍵盤をたたくように、真に自由な状況になると様々な才能が芽を出すように思われます。ある意味、迷いが無く、自らを湧き起こる知性の表現者として解放する姿がそこにあります。
 これらの才能の開花は、その人の心がより素直になり、抵抗を差し挟むことを止めると生まれ出るようで、次々にその成功体験から、自分がどのような心境の時にそれを達成したかをよく覚えて置けば、次のチャンスには、それを更に容易に実現することが出来るように思われます。スポーツ選手の練習も、芸術家の修練も、そのイメージをどう自ら構築して行くか、工夫しているように私には思えます。自分自身の心の状態を自ら静かにチェックし、良い状態を保つことがポイントです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落157

157 In the beginning, man dwelt in the state of contentment and relaxation for he knew no "thine and mine" - he was guided totally by the Father and his every conscious thought was executed freely and perfectly in its pure state of perception. It was only when man set up resistance to free-action that he became tense; the results of which are pain, disease and death.
157 原初において、人は満足とリラクセイションの中で暮らしていました。何故なら、「貴方のものと私のもの」という概念を知らなかったからです。人は父によって全てを導かれ、人が意識するあらゆる想念は、その純粋な感受の下、自由かつ完全に実行されていました。人が緊張状態になったのは、唯一人が自由な行動に対して抵抗を打ち立てた時なのでした。そしてその結末は苦痛、病そして死なのです。


【解説】
 先日テレビ番組で、ある照明デザイナーがホタルが集まる木をこの目で見ようと、ニューギニアの離島を訪れた際のドキュメンタリーがありました。電気の無いその島は、村人が共同でヤシの実から油を取り、ランプを灯して唯一の明かりを得る生活です。日本から見ると、文化レベルが低いように思われがちですが、実際はそのようなことはまったくなかったのです。漁師の夫人は海に映える夕焼を眺めてその美しさを語る姿や、村の長老が夜、山深くまで案内してホタルの木を見せて語る自然への畏敬の心は、現代人が忘れかけている大切なものを、これらの人々が受け継いでいることを示していました。
 自他の区別、自分のものと他人のものの識別は、今日では当然の概念ですが、地球開闢の頃は、その区別は無かったという訳です。もともと自然自体は誰のものという訳ではないのですが、今日の私達は自分のものが失われないよう気を配り、常に相手を敵と思って騙されないよう用心する、自分の失敗が非難されないよう責任を転化する等して、自分を守ることに汲汲としています。
 その結果、様々な障壁で自分を取り囲み、その中で不自由な生活を送っているのが、私達なのかも知れません。もっと自由に、また、不要な束縛を解放してリラックスした生活を送らなければ、生命を長持ちさせることは出来ないのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落156

156 The average individual does not realize how completely he is bound and limited by his own opinions. Tenseness is wholly a condition caused by the personal ego; possessiveness, greed, fear, covetousness and self desires all produce a set and unyielding condition within the body. The person who is of a very positive nature finds relaxation a most difficult accomplishment, for relaxation consists of releasement and non-resistance. It is a natural state of being which should be maintained at all times but cannot be held by one who is absorbed in self interest only.
156 平均的な人間は自分が如何に自分自身の意見によって完全に縛られ、制限を受けているかが分かっていません。緊張状態は個人的なエゴによってもたらされた全くの状態なのです。所有欲、欲張り、恐怖、どん欲そして自己願望、これら全てが一派を作って頑固な状態を肉体内部に作り出します。とても独断的な性格の人はリラクセイションを最も達成が困難なものだと思っています。何故なら、リラクセイションは解放と無抵抗から成り立っているからです。それは常時保持されるべき自然な状態なのですが、自己の関心のみに没入している人には掴むことは出来ません。


【解説】
 誰でも自分をリラックスさせ、気持ちよく過ごしたいと思っていることでしょう。しかし、そうならない自分自身に何処が原因であるかを本項は示しています。リラクセイションはある意味、柔軟性や余裕という語感が伴います。それは細胞レベルにまで及ぶ原因があることは、前項(154)で学んだところです。
 リラクセイションに対峙する概念は緊張状態と言えますが、その原因はすべて自我の欲望であると本項は断言しています。また独断的な人は自らの進みたい欲求が強すぎて、それらの願望から離れられず、リラクセイションが難しいとも指摘しています。更には、もっぱら自分の関心事のみに没入している人も本来のリラクセイションとは遠いとも言っています。
 物欲その他の願望から離れて、より広い無欲の中に身を置くことの大切さは、長らく仏教の中では教えられて来ました。また、老子の中にも柔軟性を保ち、物事に捉われないことが教えられています。リラクセイションはご自身の身体細胞の状態を感じれば、良い状態か悪い状態かは容易に判断できます。自分自身のことは自分で責任を取る必要がある訳で、私達各自は、自分がリラックスできる為には、どのような精神状態を保つべきかを毎日の生活の中で記憶し、応用することが大切です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落155

155 Relaxation reduces the friction within the body by eliminating the resistance of one cell-form to another. For instance, if a large number of fish were placed in a very small bowl there would be constant friction due to the inevitable contact between them, and the action of each would be retarded because of the congested condition existing within the bowl; but if these same fish were released into a large pool they would swim about easily without interference with one another. They would be in a position to use the potential energy which they possess. The cells in the body act in the same manner and it is the mortal sense mind which must release them for free execution of their purpose.
155 リラクセイションは、細胞と細胞との抵抗を取り除くことによって、肉体内の摩擦を低減します。例えば沢山の魚がとても小さな鉢に置かれたら、それらの間には避けがたい接触に起因する恒常的な摩擦が生じるでしょうし、各々の行動はその鉢の中の混み合った状況のため、遅らされることでしょう。しかし、これら同じ魚が大きな池に放たれるなら、魚達は互いに干渉されることなく、たやすく泳ぎ回ることでしょう。彼らは自分達が持つ秘めたエネルギーを用いる立場になることでしょう。肉体の中の細胞も同様な行動を取りますし、細胞もそれらの目標に向けて解放しなければならないのは、死すべき感覚心なのです。


【解説】
 金魚の例えは他(「テレパシー」逐次解説の段落283,284,285)にも出ているところですが、私達の肉体細胞も同様に、密集した状況の中にあって、互いに牽制しあって活動が鈍っているということでしょう。
 これに対して、リラクセイションによって、それら細胞同士の緊張が解けるのだと、本項は述べています。
 そもそも細胞の緊張は私達の感覚心が原因とされています。私達の細胞は感覚心を主人として忠実に従っているという訳です。肝心なその心は多方面で不安定なため、その影響は全身くまなく及ぶことになります。そもそもの緊張を取り除けば、もっと自由に各細胞が活動を始め、より健康な心身に生まれ変わることも可能です。
 その為には、肉体を支配している心を適切に管理し、宇宙生命本来の方向に導く必要があります。哲学の勉強は真理の探究に他なりませんが、学習を続けるにつれて、肉体もその健全さを増して来るように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落154

154 A person may quiet the body through a form of self-hypnosis, but this is not relaxation, for it destroys the free action of the body elements. The body is composed of tiny cells in each of which there is a spark of potential energy capable of unlimited radiation. This spark or nucleus within each cell is the animating energy of the body, but because the particles surrounding this central force are generally held in the tense state they act as barriers or resisters to the energy within. When this tense condition is released the outer substance composing each cell becomes receptive to the energy at its center and is set into a higher frequency through the action of the interpenetrating force.
154 ある人は自分の肉体を自己催眠の形を通じて鎮めるかも知れませんが、それはリラクセイションではありません。何故なら、それは肉体の構成要素の自由な活動を破壊しているからです。肉体は小さな細胞から構成されており、それら一つ一つの中に無限の放射能力が秘められたエネルギーの生気があるのです。この生気、もしくは細胞核は各々の細胞の中にあって、肉体の活動的エネルギーとなっています。しかし、この中央の力を取り囲んでいる粒子群が極度の緊張状態にあって、内側のエネルギーに対する障壁や抵抗になっています。この緊張状態が解放されると、各細胞を構成するその外側の物質は中央部にあるエネルギーを受け入れることが出来るようになり、その貫通する力の活動を通じて、より高次な振動数にセットされるのです。


【解説】
 本項で述べられている事柄は、この「宇宙哲学」を通じて、最も大事なことのように思います。物事の相似性、相関性については、これまでも繰り返し述べられてきたところですが、私達の肉体細胞について言えることを本項では、さり気なく述べられています。
 それは「核」という要素が、配下の他の要素を活性化させる原動力であるということです。大は太陽系の中心である太陽が各惑星を養い、小は原子の構成の中心の原子核が莫大なエネルギーを秘めていることは私達も学んでいるところです。その中間の生物体においても各細胞には細胞核があり、核酸と言われる遺伝情報物質をベースに細胞を増殖させたり、様々な生命活動を担っていることは、私達の知るところです。
 更に、問題となる私達の精神行動が、それら細胞レベルに影響を及ぼしているとする点が重要なのです。特に細胞核を緊張した分子が取り囲んで、細胞核からの生気の放射を妨げていること等、私達の身体に染み付いた旧来の生き方が、本来の生命力の発現を妨げているとしている点は重要です。
 このように、単なる精神主義でなく、私達の精神活動が実際の現実世界と如何に繋がっているかを学んで行く点が、アダムスキー哲学の優れている所です。まさに「生命の科学」という表現に相応しい内容となっています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落153

153 Relaxation is not inertia! A person may be very quiet and still not be relaxed. It is possible to be in a state of lethargy which may be interpreted as relaxation but such a condition is no more than the effect produced by loss of equilibrium which lowers the frequency of the body cells and puts them in a state of partial coma. Such a condition is to be avoided for it is actually destructive. Relaxation does not include the creation of a mental vacuum or the cessation of action. It is the means by which the mortal consciousness releases itself to the greater action of the Cosmos and therefore should not and cannot produce a dormant condition in any part of the body. If a person is not aware of a finer and more intense activity taking place within his being he can assure himself that he is not relaxed but has merely dropped into a state of indifference.
153 リラクセイションは惰性状態のことではありません。人はとても静かであってもリラックスしているとは限りません。リラクセイションと解釈されるかも知れない無気力状態もあり得ますが、このような状態は肉体細胞の振動数を下げ、それらを昏睡状態にさせるような均衡を失ったことによってもたらされた影響でしかありません。このような状態は避けなければなりません。何故なら、それらは実際には有害であるからです。リラクセイションは精神的空白や行動の中断を作り出すようなことは含み得ません。それは死すべき意識が自分自身を宇宙のより大きな行動に解放する手段であり、それ故、身体のどの部分にも休眠状態を作り出すことはありません。もし、ある人が自分自身の中により精緻で、より激しい活動が生じていることを感知しないのであれば、その者はリラックスしているのではなく、単に無関心の状態に落ち込んでいるに過ぎません。


【解説】
 真のリラックスとはどのような状況かを本項では解説しています。とかく私達は日常のストレスが多い生活から一時的に逃れる為に静養と称してのんびりひと時を過ごす手法をとりがちです。そのこと自体は心身の過度の疲労を回復させ、静かな環境の中で過ごすことによって心身を癒す効果があることも確かです。
 しかし、このように何もしない生活を続けて行くことが良いことではないと本項は指摘しています。全てのものに無関心になれば、何からも煩わされることなく、自分だけの世界に生きて行けるかも知れませんが、それは万物との相互関係を広げたい私達の生きる道とはハズレているということでしょう。その証拠に、定年を過ぎ、何もする仕事が無くなった後の多くの人達が急速に老化の道を辿る例が多いことがあります。
 以前、本講座の本文(139)に私達を精密なモーターに例える表現がありましたが、私達の心臓が終始、動きを止めることがないように、私達自身の生命活動は中断ということはなく、従来の何もしない休養法は一時的、緊急避難的な位置付けでしかありません。私達はたとえどのような環境の中にあっても、自身の内部にある静かでより活動的な生命波動に心身を合わせて、疲れを知らない存在を保つよう、自我の余計な緊張を解放しなければなりません。自然界を見ても、何一つ静止し、活動を中断しているものは見当たりません。生命を終えたものさえも、速やかに視野から消えて行き、常に生きているもののみが自然界に存在しているように思えるのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第14章-段落152

152 Relaxation should be used as a process of reestablishing harmonious, non-resistant action; the true way of expressing those words of the Christ, "Not my will but Thy Will be done."
152 リラクセイションは調和ある無抵抗の行動を再構築する過程として用いられるべきです。その道はキリストの言葉、「私の意志が行われるのではなく、汝の意志が行われるのだ」が表す、真の道です。


【解説】
 さて、本項では著者は自我を没入させる行動は、自我の力を誇示する為ではなく、本来の調和的で宇宙源泉からの生命活動を抵抗なく流れ込ませる過程として、活用すべきだと言っています。
 私達には元来、未活用のままスタンバイしている生命活力が各自にある訳で、それが自我の抵抗から言わば堰き止められている訳ですが、その抵抗が無くなれば、自ずと流れ込むことになります。
 前項では、自己催眠について警告して来た所ですが、他方、自らの意志により、自我の抵抗態度を取り払い、自ら進んで宇宙の生命活力を受け入れるという自発的献身態度の中では、リラクセイションとして価値ある行動になるという訳です。本項に言うキリストの言葉とは、「その選択はあなた自身が行ったもの」「その行為の成果はあなたのものだ」と言われているように思います。
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