2011年04月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第8章-段落090

090 Let us, therefore, analyze the sense man. You have believed that man is endowed with five avenues of expression - sight, hearing, taste, smell and feeling. Each of these attributes is supposed to have the ability to act independently of the others. We can close our eyes and hear, taste and smell. It is possible to decipher between sweet and sour without hearing, smelling or seeing the object in question. We can certainly tell the difference between a bit of garlic and a rose without using the sense of sight, sound or taste. So it is possible to prove that four of our senses do work independently of each other. But now let s remove that which is known as the fifth sense; let us deprive man of feeling. What is the immediate result? The result is a state of unconsciousness; the four other senses are ceased to function, even though the organs of sense themselves, are still existing in the body. The eyes, nose, palate and ears are uninjured yet they do not see, smell, taste or hear. Apparently these senses cannot, then, work independently of feeling. Does this not prove that feeling s not a sense, but the conscious power which gives sensation to the senses?

090 それ故、感覚人間を分析して見ましょう。貴方は人が5つの表現の大通りを授けられていると信じて来ました。視覚、聴覚、味覚、嗅覚そして触覚です。これらの属性の一つ一つは他と独立して作用する能力を有しているように思われます。私達は目を閉じて聴くことや味わうこと、香りを嗅ぐことが出来ます。問題の対象物の音が聞こえなくても、臭いが嗅げなくても或いは見えなくても甘いとすっぱいの味の違いを判読することは出来ます。私達は確かにニンニクの小片とバラの違いを視覚や音や味の感覚を用いずに言い当てることが出来ます。ですから、私達の4つの感覚は互いに独立して働いていることを証明することが出来るのです。しかし、第5番目の感覚として知られているもの(訳注:「触覚」のこと)を取り去って見ましょう。人から触覚を取り除いて見ましょう。直ちにどのような結果になるでしょうか。結果は無意識の状態です。4つの他の感覚は感覚器官自体は依然として肉体に存続していても機能を停止します。目や鼻、舌や耳は傷ついていませんが、それらは見ることも嗅ぐことも味を感じ、聴くことはありません。見たところこれらの感覚は触覚から独立して作用することは出来ないようです。このことは触覚は感覚ではなく、感覚に刺激を与える意識的な力であることを示すものではないでしょうか。


【解説】
 触覚が無くなるという状況は容易には想像出来ないのですが、本文ではそれが無意識状態になると明確に説明しています。即ち、本人の意識が有る無しに繋がる体全体の機能に直結しているという訳です。よく私達は人の生き死にの境目の重要な指標として「意識がある」「意識が無くなった」という表現をし、「意識がある」ことで生命が継続出来ている状態であると判断しています。「意識がある」としていることの中には、本講座で言う宇宙意識の概念もその一部に入っていることになります。
 また、触覚の作用が各感覚器官が受信した信号を身体内の何処かにある感覚の本体に伝える機能をも担っているとすれば、触覚が停止すれば、全ての感覚が停止することも理解出来ます。
 感覚による裁きが私達の重要な課題であることは私達がよく承知している所ですが、どうやら一連の感覚機能は目や耳等のいわゆる感覚器官とそれからの信号刺激を最終的に受ける感覚本体、更に伝送する触覚的要素の3つの要素から成り立っていることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第8章-段落089

089 The purpose of this lesson is to show you by means of practical analysis that man is not the possessor of the five senses but is actually a four sense being. This, we realize may be more difficult for you to accept than the belief in the sixth sense, for we as mortals can more easily accept that which we feel adds to, rather than subtracts from that which we think we have. However, this subtraction, as you will find, is not in the nature of releasing something as a loss, but as the process of gaining something much greater.
089 この教科の目的は、貴方に実際の分析の手法を通じて、人間は5つの感覚の持ち主ではなく、実際には4つの感覚の存在であることを示すことにあります。このことは貴方にとって第6感を信じるよりはるかに難しいだろうと私達は承知しています。何故なら、死すべき存在としての私達は私達が所持していると思っているものから減ずるより、加わることを容易に受け入れられるからです。しかし、この引き算はやがて貴方も分かるように、失うという意味で何かを手放すという性質のものではありません。そうではなく、より大いなる何かを得る過程のものなのです。


【解説】
 自分の心を視覚、聴覚、味覚、嗅覚の反応として観察することで、より本質的な問題に近づけるという訳です。私達が触覚については、とりあえずは別扱いにし、アダムスキー氏の他の著作にあるように、より本質的な知覚チャンネルとして別途、より丁寧な取扱いをする必要があることになります。
 しかし、当面の問題は、心と前述の4感覚の関係を自ら観察し、その実態を把握することから始める必要があります。そういう意味では勝手に「第6感」と安直につけた架空の概念等、私達には有害であり、無用です。私達は実際の宇宙に湧き起こる意識や印象の作用について、もっと具体的、実際的な取扱いを心掛ける必要があります。
 本項で言う「捨てる」ことは、当面、問題となる案件(ここでは心の本質)について、関係の無い要素は捨てて、問題をさっぱりさせた後に、初めて見えてくることが大きいとも解釈出来ます。そうした中で、心の作用が理解出来れば、更に次のステップが待っているということになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第8章-段落088

088 If you have accepted the theory of the sixth sense you will no doubt be surprised by the statement which I am about to make, but as one of the great Chinese sages has expressed it - "The truth that we least wish to hear is that which it would be to our advantage to know."
088 もし貴方が第6感の理論を受け入れていたなら、きっとこれから私が行なおうとする発表に驚かれることでしょうが、偉大な中国の賢人の一人が表現したように、「私達が最も聞きたくないと思う真実は、私達が知ることによって私達の為になるというものが多いのです。」



【解説】
 いわゆる既存の感覚では説明出来ない知覚作用を、私達の科学者達は安直に「第6感」と表現して来たものと思われます。しかし、そもそもが私達の感覚は逆に5ではなく、4である、即ち視覚、聴覚、味覚それに嗅覚から構成されているというのが、本講座の基本です。従っていわゆる物質化の前の段階についての知覚や遠隔地での状況の把握等、既存の感覚器官の対象範囲を超えた領域の取扱いについては、何か別の感覚器官の存在を設定すること自体に大きな誤りがあると指摘しています。
 既に学んでいることの中には、細胞一つ一つに印象を感受する存在があることや、原子の一つ一つにも英知の存在があること等、いわゆる目や耳等の感覚器官には依存しない知覚力が各段階の構成要素には普遍的に備わっており、各々が印象を交流出来ることがあります。
 それらの実態を理解する為には、先ずは教師の伝えたいとする所を素直に学ぶことが必要で、その理解の中で初めて各自の実生活に適用し、恩恵を受けることが可能となるのです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第8章-段落087

087 We have looked upon ourselves as a five sense being possessing the attributes of sight, hearing, taste, smell, and feeling or touch. We have drifted along idly contenting ourselves with this analysis of our makeup, but recently we have become quite curious to know just how these senses work and what they are. In our seeking we have run our craft upon a rock. We have been unable to account for certain elements of action which we have encountered in our daily lives and so to relieve the tension of this uncertainty some of our most learned theorists have endowed us with a sixth sense. To this added sense has been attributed all the phenomena that have been unexplainable in the five sense man. In fact there have been those who have sought to add a seventh sense. The mortal mind seems to have a faculty for complicating that which is very simple and thereby creating confusion instead of understanding.
087 私達は自分自身を、視覚、聴覚、味覚、嗅覚そして触覚ないし感触の5つの感覚の属性を持つ存在として見なして来ました。私達は私達の成り立ちをこの分析で無益に満足したまま漂って来ましたが、最近になって私達はこれらの感覚の作用がどのように行なわれるか、またそれらは何であるかについて大いに知りたいと思うようになりました。私達のこの探求の中で私達は自らの乗り物を岩に乗り上げてしまいました。私達は私達の日常生活の中で出会ったある種の行動の要素を説明することが出来なかった訳であり、この不確かさの緊張を和らげるために、私達の最も学識のある理論学者達は私達に第6番目の感覚を授けたのでした。この付け加えられた感覚に5つの感覚の人間となる説明不可能な全ての現象が割り当てられました。本当は第7番目の感覚を追加した人達もいたのです。死すべき人間の心は、とても単純な物事を複雑にする才能があるようで、これにより理解の代わりに混乱を創りだしています。



【解説】
 自然界における他の多くの生き物が共通に持っている優れた感知力は、多くの場合、「本能」と称されるだけで、人間には当てはまらない、また稀に現れた時でも「超能力」ということで、到底一般の私達が身に付けることは出来ないとされて来ました。その中には本文にある「第6感」という概念もある訳です。
 しかし、アダムスキー氏の伝えている最も重要なことは、このような透視や予知能力というものが特別な能力ではなく、私達の通常の能力として位置づけられる、言い換えれば誰もがその開発に向かって歩んで行くことが求められているとしている点です。そして、その際に既存の私達は視覚から嗅覚までの四つの感覚に支配され、それらの意思に振り回され、それらの感覚が感知出来ていない対象物については無頓着であるということでしょう。
 前項(086)でも述べられた通り、心理学等の分野を含めていわゆる自己開発には様々な活動や導き手が出回っていますが、肝心の出発点が誤っていれば、それらの発展性はない訳で、私達はこの基本事項から日常を振り返って見る必要があるということです。

お知らせ

本日から、約1週間、出張になります。
その間、本講座の更新が不定期になるかも知れませんが、ご容赦下さい。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第8章-段落086

086 The desire within all men to understand themselves is increasing tremendously. Theory upon theory has been advanced in the endeavor to throw some new light on the subject. Of late years we have heard a great deal concerning the senseman, and the control of the senses as a means of living above conditions and environments, yet we are still struggling under a misconception concerning them.
086 自分自身を理解しようとする全ての人の内側にある願望は驚くほど増えています。理論に次ぐ理論がその課題に何らかの新しい光を投げかけようと努力の中に繰り広げられて来ました。昨今では私達は、状況や環境を超越して生きる手法として、感覚人や感覚の制御について多くを聞いていますが、それでも私達は未だ、それらについての誤解の下であえいでいるのです。


【解説】
 本項で言う「自分自身を理解しようとする理論」とは、心理学のことを指しているのかと想定されます。とりわけ米国では学問分野として研究が盛んであったようです。また、いわゆる自己改革、自己改造等の啓発書も盛んに出版されていたようです。これらの多くは、いわゆる「ハウ・ツー」ものが多いように思われ、個人的には好きではありませんが、米国においてそうした精神世界についての探求に関心が高いことは注目して置きたいところです。最近では、更に様々な啓発者が現れて、積極的に活動しています。
 これら人間の内面の理解と開発は、本講座と目的を同じくする訳ですが、本項ではそれらの多くは大事な部分での誤解の下に構築されている為、本来の答えに容易にたどり着けないことが多いと忠告しています。
 その最大のポイントが、本章の人における感覚反応の影響が大きいこと、即ち、文中、「Senseman(感覚人)」と呼べるほど、既存感覚に依存した生活を送っている実態にあるということにあります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第8章-段落085

8. MAN IS A FOUR SENSE BEING
085 One of the greatest bits of wisdom ever given to man by the outstanding philosophers of all ages is composed of two words: "Know thyself." That one assignment has kept the seekers of knowledge hard at work for billions of years, and it will still be a supreme admonition a billion years hence. It is an eternal study, for man himself is eternal. In that one statement the philosophers have taken in the whole of the Cosmos.

第8章 人は四つの感覚からなる存在
085 あらゆる時代の傑出した哲学者から人類に与えられた最も偉大な英知の小片は二つの言葉から成っています。「Know thyself(汝自身を知れ)」。その課題は知識の探求者を何十億年もの間、勤勉に働き続けさせましたが、またなお、これから10億年も最高の説諭となるでしょう。人自身が永遠であるために、それは永遠の学習なのです。その一つの声明の中に哲学者達は宇宙の全てを取り込んだのです。


【解説】
 「汝自身を知れ」という言葉はソクラテスの言葉として知られていますが、そもそもの起源は明らかでなく、ギリシャの神殿の入口に刻まれた碑文として残されているとのことです。その奥義は前項(070)に紹介されたイエスの言葉「私が為した以上の大いなることを貴方は為すだろう」にもあるように、最高位の創造物として人間には生まれながらにして全てのものが与えられているという意味があった訳です。
 しかし、そうであったとしても、現状の私達は常に現状に不足し、不満足な思いを持って生活を送っています。全ての原因を自分の外側のせいにして、自分自身の責任には言及しないのが常となっています。自分の内側に全てが用意されていることに気付かないまま、外側に求め続けているという訳です。
 人体には60兆個もの細胞があるとされていますが、このような膨大な数のレベルになると、それから先、ゼロがいくつ増えても大勢には影響はありません。即ち、地球全体から見ても、一人一人の人体の内側での出来事を宇宙全体の出来事と見なすことも出来るように思います。細胞レベル、原子レベルの世界と私達の心の諸反応との相互関係等、想念と物質、更には意識と呼ばれる普遍的知性との関係について学ぶことによって、本来の展望も開けます。自分自身を生きた教材として学ぶことの大切さをこの言葉は簡潔に訴えているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第7章-段落084

084 Man has risen from the savage state to the present civilization only by wanting the better things of life knowing that he could have them.
084 人は野蛮な状態から今日の文明まで、実現出来ることを知りつつ、生活のより良い物事を望むことのみによって立ち上がって来たのです。


【解説】
 人がこうありたいと願うことについては、基本的に何物も実現するという訳です。その願いは環境に作用し、遂には実現に導くことになります。それ故、人が日常的に心に描くことは現実に反映されるべき内容に保持しなければなりません。この人々の願いこそが文明の進歩の牽引役になって来たという訳です。想念が進歩の道を開拓するのです。
 確かに一昔前の生活と比べても現代の私達は多くの労働から解放され、機械がそれに代わって私達の生活を支えています。実はその分だけ私達はより創造的な行動をとれる環境にあります。これからの世代に有用な成果を残し、自らも進化する為に、各自がどのような事柄を心の中に描くかは、今後のこの惑星の将来を左右する大きな力を持っています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第7章-段落083

083 But man must have faith and confidence in the workings of the eternal law; if he has any doubt he will block the condition from appearing. A doubt as small as a mustard seed will keep it from him, but should he have faith as small as a mustard seed he shall have the desired manifestation.
083 しかし、人はその永遠なる法則の作用に対し、信頼と確信を持たなければなりません。もし、どんなものでも疑いがあれば、現出の条件を妨げることになります。カラシ種ほどの小さい疑いは、その者から遠ざけますが、カラシ種ほどの小さい信頼があれば、望んだものの現出を得ることでしょう。


【解説】
 先日、たまたまテレビでハッブル望遠鏡に関する番組を見る機会がありました。途中からであった為、ストーリー自体は分かりませんが、驚いたのは、ハッブル望遠鏡で観測している天文学者達が、はるか遠い銀河星雲の群れを見て、宇宙には法則があると認識したことです。様々な銀河がランダムに点在しているように見えますが、実はそうではなく、大きな泡の周囲に分布しているような位置関係にあることが分かったということです。
 一つの惑星どころか、銀河星雲の分布にいたるまでの広大で統一された法則が、無音の宇宙空間を通じて生きていることに驚かされた次第です。これら無音の法則は宇宙空間全域に作用している訳ですが、私達はそれらに信頼を置くことで、それらの力を手にし、自らの生活に活用できることを本項では述べているのです。沈黙は全面信頼の証であり、その作用に何ら力を挟まない態度であるように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第7章-段落082

082 Knowing what we are, we then have to hold fast to that which we want and eliminate from the conscious sense mind that which we do not want. We are bound to get results if that which we want is the right thing for us to have at that time. Otherwise we will get what we need at the proper time.
082 私達が何者であるかを知った後は、私達は自分達が欲するものをしっかり保持し、望まないものを意識的な感覚心から駆逐しなければなりません。私達はもし、私達が欲するものが、その時私達が得るのに正当なものであるなら、結果を得る筈なのです。さもなければ、適切な時期に必要なものを得ることでしょう。


【解説】
 瞬間的な想念の力というよりは、私達が日常、心に抱いている想念は驚くべき実現力を持っているということでしょう。従って、私達は先ずは自分が望むものだけを心の中にしっかり保持して、時として入り込み易いその他の要素から影響を受けないようにしなければなりません。
 おそらくは学習を進めるにつれて、本人が気付かないまま、各自の想念の持つ実現力は向上している筈ですので、その応用についてはより多くの注意が必要だという訳です。
 各自がそれぞれ創造主に似た能力を持つ以上、良くも悪くも地球全体が私達人類の心の総体を反映させていることも分かります。今回、東日本で発生した大規模地震がどのような意味を持つのかは分かりませんが、少なくも私達は地面の奥深い地層で起こりつつある現象をテレパシックに感じ取り、大地が何を訴えようとしているかに耳を傾けなければなりません。また、一方では、連日の余震その他に対し、真実を知らない私達の心が恐れるばかりでは、決して良い結果は生まれないでしょう。何よりも、私達が望むことだけを心の中に保持することが事態好転のきっかけになるからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第7章-段落081

081 To bring ourselves into a broader state of conscious awareness we must transfer the controls from the sense mind to the All Knowing consciousness; and by so doing we transform the body into its natural state. The conscious thoughts that we entertain in our mind draws like conditions unto us. If we wish to expand in conscious awareness of that which we really are we must place the past conditions which have already served us in their proper place, and progress into the vast understanding of a limitless being.
081 私達自身をより幅広い意識的自覚状態にするためには、私達は統制を感覚心から全てを知る意識に移行させなければなりません。そしてそうすることによって、私達は肉体を自然な状態に変質させるのです。私達が自分の心の中で抱く意識的想念は同様な状況を私達に引き寄せます。もし私達が実際にあるがままの意識的自覚を拡張したいと願うのなら、私達は、私達に役立った過去の状況を適切な場所に置いて、無限の存在への広大な理解へと前進しなければなりません。


【解説】
 ここに自己改革の秘訣があると考えます。従来の自分の支配者であった心を感覚が形成して来たものと認識し、以後はより精妙な印象に従った生活を実践することにあります。初めは何時来るか分からない当ての無い印象を頼りに生きることは容易ではないように見えますが、少しずつ増える成功体験によって、より堅固な生き方に成長するものと思われます。
 その中での注意点として、本項では、これまでの感覚心による経験、成功例や失敗例など、過去への執着は全て無用だと述べられています。常に、流れてくる印象の波を警戒しながら、今を楽しむ姿勢が重要だと本文は明快に解説しています。
 この教えの内容は多くの宗教教義に共通したものがあり、真理は一つであることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第7章-段落080

080 This so-called subconscious mind is in reality one in consciousness with the ever present Cosmic Intelligence. It is the Soul mind in the body of man; that which built and maintains the body. It fears nothing and respects nothing in the sense of personal respect. The sense mind is negative and the All-knowing mind is positive and they are one. In order to enjoy the full benefits of each, man must discipline the sense mind to follow the dictates of the Soul mind. This mind gives impressions for action that is sometimes beyond the perception of the sense mind, and will continue to do so from time to time until the sense mind executes the impression perfectly, so that it may partake of the experience of right action. Just as a teacher would tell a child to do something in a certain way and the child did not do it, but made a mistake, if the teacher should allow the child to go on that way, would it ever know the right way of doing that which it was told to do? No. Therefore the teacher, in order that the child may know the right way, insists that it be done over and over until it is done right and by so doing the child has the practical experience of how it is done.

080 このいわゆる潜在意識心は、実際には永遠に現存する宇宙的知性と共にある意識状態の一つです。それは人体の中の魂の心であり、身体を作り維持している存在です。それは何ものをも恐れず、人の個人的事項に関し、何ものも尊ぶことはありません。感覚心は陰性ですが、全知心は陽性であり、それらは一つです。それぞれの恩恵を十分に享受するために、人は感覚心を訓練し、魂の心の指令に従うようにしなければなりません。この魂の心は時として感覚心の知覚を超える行動に向けた印象を与え、感覚心がその印象を完璧に実行するまで、時折そうし続ける結果、感覚心は正しい行動の体験を共にすることが出来るようになります。丁度、教師が子供をあるやり方で何かさせようとし、子供がそうしようとせず過ちをしでかす時のように、もし、教師がその子供をそうすることを許していたとすれば、その子供は言いつけられた正しいやり方を知るでしょうか。いいえ、出来ません。ですから、教師はその子供が正しい方法を知るようになるため、正しく行うまで何度も何度もそうすべきと主張しますし、そうすることで子供はどのようにして為されたかの実際的な体験を持つのです。


【解説】
 私達に時折来るインスピレーションなるものは、実は各自の師となるべき宇宙意識からの指導の言葉であった訳です。この貴重な言葉を私達は多くの場合、うまく受け止められず無視して来ました。それでも我が師はあきらめることなくポイントとなる時期毎にメッセージを送り続けているのです。
 従って、私達の心が先ず為すべきは、自分がそれらの指導を受ける立場であることを自覚することです。不安定な心の状態を安定化させ他の創造物達の生き方を参考にしながら、心のありようを整えることです。このことは各自、自分の心の中で行うべき作業であり、何処に居ようと出来る自分自身の内面の訓練です。
 その結果として、自分の歩んでいる道が正しいかどうかは、自身の身体状況も含め、それに伴う環境の変化が思わぬ早さで訪れることや、優れた人々との出会いが増えること等によって容易に実証されることで分かります。私達自身の心の状態に類似したものが集まってくること、心の状態を反映して環境が創られて来ることがその原因です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第7章-段落079

7. CONSCIOUS AND SUB-CONSCIOUS MIND

079 There has been, and is, widespread misunderstanding regarding the status and function of the subconscious mind. This lack of knowledge has caused many people to get lost in mysteries which are of no value to humankind. There are books and teachings regarding the subject, which we find by research to be wrong. We know that the so-called conscious mind, which is the intellect that we use daily to govern our normal activities, is very fickle and weak. This mind receives impressions from the senses and formulates its own opinions and is subject to uncertainties, fear, or any emotional change that comes its way. This mind gives credit to a sub-conscious mind which it feels possesses memory of past events and a greater knowledge of things unknown to itself.

第7章 意識的及び潜在意識的心

079 潜在意識的心の状態と機能については、広範囲に拡がった誤解があります。この知識の欠如の為、多くの人々は人類にとって何らの価値のない神秘の中に迷っています。このテーマに関して書物や教えがありますが、私達は調査の結果、それらが誤りであることを見出しています。私達は、日常、私達が普通の行動を支配するために用いている知性である、いわゆる意識的心は、大変移り気であり、弱いことを知っています。この心は諸感覚から印象を受け取り、自分の意見を作り上げ、やって来る不安定さや恐れ、あるいはその他感情への変化に従属しています。この心は過去の出来事に関する記憶や自分自身には分からないより偉大な知識を有していると感じている潜在意識の心に信任を与えているのです。


【解説】
 いわゆる潜在意識についての説明です。その説明の前に本文では、日常、私達が用いている「顕在意識」としての心が、実は諸感覚の反応によって支配され、大変不安定な状況のまま用いられていることを指摘しています。その一方で、潜在意識の、即ち通常の意識に現れていない何ものかが過去の記憶も含め、もろもろの知識を持っている筈だとしている訳です。
 しかし、全て「心」によって対応できるとする所に、大きな誤りがあるように思います。心が自分のものであることは誤りのないことですが、その心が全てを知っている(あるいは知っている筈だ)とし、そこに価値を置くこと自体に誤りがあるように思えるのです。
 私達は、これまでの学習から、心自体は本来、実態が無くてよく、単なる通り道でよいことを学んで来ました。また、テレビやラジオにも例えられてきました。もちろん、テレビのスイッチを入れて放送されている番組を見る時、あたかもテレビが映像を提供しているように見えますが、実際はそのメッセージは放送局のスタジオで製作され、電波に乗って各家庭に向けて放送されている訳です。テレビ自体が放送の内容を知ることはないのです。そういう意味でも、私達が日頃取り扱う心も、そうした各自の肉体の道具に過ぎないということだと考えるべきでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落078

078 Remember, mind has the possibilities of expansion. Matter, again, is in the process of evolution; so neither mind nor matter is all in all.
078 覚えておいて欲しいことは、心は拡張の可能性を持っていることです。物質もまた進化の過程にあることです。ですから、心も物質も全て現状のままではないのです。


【解説】
 各人の心がそれぞれ拡張し、意識からの印象がより多く流れることによって、物質もより早く進化を遂げることになります。自分が進化のどのレベルにあるかは、心に浮かぶ宇宙的な印象の数を見れば良いものと思われます。例えば、印象によって近未来に起こる事象を予知したり、知らず知らずの内に準備をしていたり等、自分だけが知り、納得出来る体験も増えて来るものと思われます。
 一方、物質界においても進化の足跡を確かめることが出来ます。化石は太古の生き物達の姿を今日に伝えるものです。かつての恐竜の棲む時代から今日まで多くの生物種が入れ替わって来ましたが、それらの時代に比べれば、今日の地球ははるかに穏やかな生き物達に移り変わっており、これも進化の歩みと言えます。また、個人としてもその人の人相は内面を写すものである以上、年齢を重ねるにつれて現れる各自の顔付きも、それぞれの「進化」を反映したものです。
 まして進化した他惑星にあっては、その心に呼応した物質の精緻さが進み、全てが高品位な存在として輝いていることは容易に想像出来ます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落077

077 This proves to us then, that mind is not all there is since it can be used one way or another. Evolution is not the expression of mind but the expansion of mind. Just as an ungraded road is broadened and leveled in order to accommodate more traffic upon it, so must the highway of mind be expanded and smoothed in order to allow consciousness to project more numerous vehicles of thought to their proper destination. Mind is only the channel of expression, the avenue by which consciousness manifests itself in matter. Body, mind and consciousness, then, are one and inseparable. The body of matter would cease to exist if it were not supported by consciousness. Consciousness could not express itself in matter were it not for the conveyer over which it travels, and mind would be a useless nothingness were it not acting as a channel between the two.
077 このことは私達に、心というものはそれが様々な方向に使われ得るということから、心の現状が全てではないことを示しています。進化という言葉は心を表現したものではなく、拡張することが心を表すものです。丁度、未だなだらかに整備されていない道路がより多くの交通を収容できるよう拡げられ、平らにされるのと同様に、心のハイウエイは意識がより多くの想念の乗り物をそれらの適切な目的地に向けて抄出させられるよう、拡張し、滑らかにされなければなりません。心は表現のチャンネルに過ぎず、意識が物質にそれ自身を現出させる大道なのです。肉体と心と意識は、それ故一つであり、分離できません。物質からなる肉体は、もし意識による支援がなければ存在は途絶えてしまうでしょう。意識はそれ自身が通る輸送装置がなければ物質の中にそれ自身を表現することは出来ないでしょうし、心が両者の間のチャンネルとして行動しなければ何ら無用のものになることでしょう。


【解説】
 心は想念の通り道であり、その想念を身体内の各部に伝えることがその任務です。そういう意味では与えられた想念・アイデアを正しく伝えることが重要であり、自分の意見を差し挟むことは厳に慎まなければなりません。受信する想念は多岐にわたることから、丁度、テレビが様々な番組を再現しますが、テレビ受像機自体は何ら変わらないのと同様に、見かけ上、テレビ(心)は様々な表現をしているように見えるに過ぎません。それが本文にいう「心というものはそれが様々な方向に使われ得る」ということです。
 さて、間断なく流れ込む想念をスムーズに通過させるためには、心はやって来る各々の想念を自我の好き嫌いで裁くことなく、ありのままを受け入れる努力をしなければなりません。よく「心が広い」あるいは「心が狭い」という表現をしますが、心の発達とは心を拡げること、寛容さを発達させることにあるのです。せっかくの宇宙意識からの貴重なアドバイスを大切に、またより多く受信して、その恩恵を受ける為に、私達は心の拡がりを目指すべきです。
 如何に意識が素晴らしい解決策やビジョンを示してくれても、心がそれを認識しない限り、現実界にそれを展開することは出来ません。そのことからも意識と指令を待つ物質とをつなぐ役割を心が持っていることが重要なポイントです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落076

076 The sense mind personifies the impressions received and distorts them with self opinions. If the radio ethers are disturbed we on the receiving set get the disturbance called static, which means that we cannot get the program clearly. This is also true with man, for when the mind of man is disturbed that which is coming from the broadcasting station of consciousness is not revealed perfectly and matter goes into action with a distorted conception of its mission. The result is a state of confusion within the body. Cosmic consciousness is never confused, it is always in a unified state, so the harmonious manifestation of an idea depends upon the stillness and impersonal attitude of the mind. A clear peaceful mind will always bring desirable conditions. A disturbed mind will cause distorted conditions.
076 感覚心は受信した印象を属人化し、自己の意見で歪めてしまいます。もしラジオエーテル波が妨害されると受信機の所にいる私達は雑音と呼ばれる攪乱を受け、その結果、私達は番組をはっきり聴取することが出来ません。これは人間についてもまた同様です。何故なら人の心が攪乱されると、意識という放送局から来るものが完全には明らかにならず、その使命の歪んだ概念による行為に物事が進むからです。その結果、肉体の中が混乱の状況になります。しかし、宇宙的意識は決して混乱はしません。それは常に統一化された状態であり、その為、アイデアの調和ある現出は心の静寂と非個人的な姿勢に依存しています。明晰で平穏な心はいつも望ましい状態をもたらすでしょう。一方、混乱した心は歪んだ状態をもたらすでしょう。


【解説】
 せっかく宇宙意識からの想念メッセージを受信できたとしても、そのチューナーであるべき心が、その受信内容に勝手な解釈を加え歪んだ情報に変質させるという問題があります。自我(エゴ)が好ましい方向に強引に解釈を加え、あたかも自我を肯定するようにメッセージを改変するという訳です。しかし、心によって付け加えられた要素は真実でない以上、その実現性は乏しく、それをまともに受けた肉体細胞は混乱してしまうことになります。
 そのような画策を起こさないよう、私達は自身の心を見張る必要があり、どのような場合、どのような状況においても心を落ち着かせ、穏やかな状態に保つことが必要です。電波に乗って貴重な番組は常に各々の受信機に向けて放送されていますが、それを受信する各自の心がそれら電波を受信して忠実に再現しなければ、価値あるメッセージを受け取れないことになります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落075

075 Mortal thought, however, is not the intelligence, it is but an idea projected by consciousness. It acts as a messenger between the sender and the receiver just as an idea consciously projected into a microphone travels on the mind of a radio (the ether waves) to the receiver. The great unlimited force of intelligence, which is consciousness, broadcasts a message in the form of thought; this message travels upon the highway of frequency called mind and contacts every part of the body. Since every cell is the possessor of mind the idea impresses each of them at the same time and they as a whole give expression through and upon the body. This is the same principle used in the operation of radio. Once the message is given over the microphone all space is effected since it can be picked up anywhere by a good receiving set. Thought effects the whole of matter in the same manner. The radio frequency is carried on the waves of ether and is neither seen nor heard outside the studio unless it passes through a receiving set. In this same way consciousness projects itself as an idea through space by an instantaneous action effecting all space at one time and the idea which is supported upon the waves of mind become manifest only after passing through the instrument of matter. In other words, mind is the channel over which man is supplied with conscious awareness just as the ether waves are the channel over which we receive the musical and oratorical expression of the consciousness broadcasting them.
075 しかしながら、死すべき(訳注:肉体の)人間の想念は知性ではありません。それは意識によって放出された一つのアイデアなのです。それは丁度、マイクの中に意識的に放出されたアイデアがラジオという心の上を(エーテル波として)進行し、受信者に到達するようなものです。意識である偉大なる無限の知性の力が想念という形の中にメッセージを放送します。このメッセージは心と呼ばれる周波数のハイウエイを旅して身体中のあらゆる部分と接触します。あらゆる細胞は心の持ち主である以上、そのアイデアは同時にそれらの各々に印象づけ、それらは全体として身体全部を通じて表現を与えるのです。これはラジオの操作で用いられているのと同じ原理です。ひとたびメッセージがマイクを通じて与えられると、全宇宙が影響を受けます。何故なら、良い受信機によっては何処でも拾い上げられるからです。想念は全く同様に物質全体に影響を与えます。ラジオの周波数はエーテル波によって運ばれますが、受信機を通らない限り、スタジオの外では見たり聞いたりは出来ません。それと同様に意識は全宇宙空間を同時に影響を及ぼす瞬間的な行動によって自身をアイデアとして宇宙空間に放出し、心の波動によって支持されたアイデアは物質という装置を通じることによってのみ現出化するのです。言い換えれば心は人間が意識的気付きによって与えられたチャネルであり、丁度エーテル波が私達がそれらを放送している意識の音楽や演説の表現を受信するようなものです。


【解説】
 私達の心は想念が通過するラジオのようなものだと解説しています。もちろんテレビも同じ作用です。多くのメッセージが放送を通じて流れて来ますが、その電波は受信機があれば、誰でも何処でも受信できるように、想念は全宇宙で同時刻に感知されるものだとしています。即ち、ある人が閃いたアイデアは、同時に様々な所で同時にキャッチされるという訳です。
 また、想念は心に感知されることによって、具体的な物質への作用が始まるということもポイントの一つです。私達人間が神の道具となって創造の一端を担うことを創造主は望んでいます。その為に創造主は必要な時、必要なテーマの思いを発するのではないかと思います。その思いである想念を如何に受け止め現実世界に実現するかが私達、最高位の創造物に望まれていることです。
 そのためには、様々なレベルからなる想念の内、より宇宙的、より建設的な想念にダイヤルを合わせることが必要で、各自の指向性のアンテナをそのような向きに保持することから始めることです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落074

074 We know from actual experience that when a thought is sent over the highway of mind that all of the cells of the body respond in a perfectly unified state in producing that impression in outward form. It is not difficult to know if a man is joyous or angry. The thought of anger will mold the matter composing the body into an exact image of itself - contorted features, flashing eyes, clenched fists, set mouth etc. It may even produce a state of intense trembling throughout the form. If the thought is changed to one of joy the body again responds and matter is molded according to an entirely different pattern - the eyes glow with a soft light, the features are relaxed, and the whole form becomes one of simple grace, a symphony of harmonious action.
074 私達は実際の体験から、一つの想念が心のハイウエイに送り込まれると、肉体の全ての細胞は外向きの形にその印象を作り上げようと完璧に統一された状態で呼応することを知っています。人が楽しく思っているか、怒っているかを知ることは難しくはありません。怒りの想念は肉体を構成している物質をまさにその想念自身のイメージに鋳込み、歪んだ表情、ぎらついた目、固く握りしめた手首、こわばった口等を作り出します。それはまた、身体全体を激しく震えさせる状態さえも作りだすかも知れません。しかし、もし想念が楽しいものに変われば、身体は再び呼応し、物質は全く異なるパターンに沿って鋳込まれ、目は柔らかい光に輝き、表情はリラックスし、形全体は純真な上品さ、調和ある行動のシンフォニーになるのです。


【解説】
 想念が最も力を発揮するのは、その肉体細胞への働きかけという訳です。言わば私達は長年月をかけて自分自身の肉体を作り上げているのです。肉体は長年月、心を通過する想念からの影響を受けており、人間、年齢を重ねるにつれて、その人の長短の特徴はより顕著になるということでしょう。また、各自の想念の影響は肉体細胞のみに留まらないと考えるべきです。日々の精進の成果は、生活の様々な側面にも現れることになります。これは一人の人間の周囲に留まらず、地方や国全体にも及ぶと考えるべきでしょう。
 実は現在、東日本大震災から多くの人々の心に地震や津波、更には原子力発電所の被災事故への進まない対応について、恐れや苛立ち、悲嘆等、多くのマイナスの感情が生まれています。しかし、本項から分かるように、マイナスの想念は各自の肉体への影響も含めてマイナスの影響しか残しません。何とかこうしたマイナスの想念を各自の心から駆逐して、より新鮮で美しい本来の想念のあるべき姿を取り戻して、復興にあたりたいものだと考えます。自然の動植物のように、例え踏みつけられようとも、めげることなく、再び立ち上がる力強さをもって欲しいと願っています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落073

073 It needed not the aid of science, however, to prove the intelligence of matter, for the very fact that bodies act and grow proves that the cells must possess the consciousness to receive instructions from a higher intelligence. We know that nature takes its own course in healing the body when called upon; that a thought given by a man is immediately acted upon by the cells of his body, so matter must have a mind which is capable of receiving the command of either man or nature or it would not act accordingly. Mind, itself, is nothing more than the highway over which consciousness projects ideas to set matter in motion. If matter were not the possessor of mind there would be no avenue through which it could receive the thought impressions; if it did not possess intelligence it could not act upon impressions, and if it did not possess consciousness it would be totally unaware of the command and would remain in a state of complete inertia.
073 しかしながら、物質の持つ知性を証明するのに科学の助けは必要としません。何故なら、肉体が行動し成長するという事実はそれら細胞がより高位の知性から指導を受け取る意識を持っていることを証明しているからです。私達は自然は求められた時、肉体を治癒する上でそれ自身独自の経路をとることを知っています。また、人間によって与えられた一つの想念は直ちにその者の肉体の諸細胞によって行動に移されることからも、物質は人間あるいは自然の命令を受けられる心を持っているに違いありません。そうでなければ、それに応じた行動はとれないからです。心自体は意識が物質を起動させるためのアイデアを放射するハイウェイに過ぎません。もし、物質が心の所有者でなかったとしたら、その想念印象を受け取る大路は無いこととなり、もし、物質が知性を持たないとすれば、印象に基ずく行動をとることが出来ないこととなり、もし、物質が意識を持たないとすれば、物質はその命令に全く気付かず、全くの惰性の状態に留まることになります。


【解説】
 本章のテーマである「物質(肉体)・心・意識」について、ここでは私達に日常の観察を通じて、それらの相互関係を見い出すことの大切さについて述べています。私達の肉体自体は鉱物から動植物に至る自然界における他のものと、その構成要素は変わるものでないことは前項(072)で説明されて来ました。その上で、各々の物質、原子について、私達は自身の肉体を含めて「物」として捉えがちですが、実は原子分子に至るまで、各々の物質には「心」があると本項で明かされていることは大変重要です。
 私達自身の身体を例にとっても、私達が「こうしたい」と思う想念を受けて、具体的に行動に移す、即ち各肉体の部位が動く為には、瞬時に様々な段階で各部位、各細胞間で、連絡調整が行なわれて初めて身体が動く訳です。この間には次々に想念を伝達する、あるいは共有するために各構成要素の一つ一つに想念が通過する通路とそれを感知する心が無くてはならないという訳です。
 万物に心があるとする教えは、地球各地の先住民族の宗教観や日本神道にも通じるものがあり、物質に「愛着」を感じることが出来るのも、そうした理解に基づいているように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落072

072 Science has done much in proving many things which the majority of the people of the world previously refused to accept. It has proven, for instance, that all forms are made up of cells which are composed of the same elements as the earth, air and water. It has revealed the fact that the human body is no different in composition than any other form in the mineral, vegetable, or animal kingdom. These cells or atoms of matter possess a certain amount of intelligence and are actually little entities not unlike the human being, but the world has not easily accepted the belief that a particle too small to be seen without the aid of a microscope can be the possessor of a mind, or intelligence. Science has now brought forth the proof of this. It speaks of living and disintegrating atoms of matter, and in working with these tiny cells it has learned to release a form of energy from the atom which is seen as a ray of light. One professor of science has spoken of this as the soul of the atom, which certainly implies intelligence.
072 科学はかつては世の中の大多数の人々が受け入れを拒絶した多くの物事を立証して来ました。科学は例えば全ての形あるものが、地面と空気、水と同じ元素からなる細胞から成り立っていることを証明しました。それは人体が鉱物や植物あるいは動物の王国における他の形あるものと組成において何らの違いが無いという事実を明らかにしたのです。これらの細胞や物質の原子は幾分かの知性を持ち、実際には人間とさほど違いが無い小さい実体なのですが、世間は顕微鏡の助け無しには小さすぎて目に見えない粒子が心や知性の所有者であり得るとの確信を受け入れることが出来ないでいます。しかし、科学はこの証拠を提出しています。科学は物質の原子の生存と分解の状態について語っており、これら微細な細胞について研究する中で、これら細胞が光線として見られるような原子からのエネルギーを放出することを学んで来ました。科学のある教授はこのことを、原子の魂ど表現しましたが、それは確かに知性を暗示させるものです。


【解説】
 以前、ウエイン・ダイヤー氏の講演CDの中で、私達の血液中の鉄分の由来について語っていたことを思い出しました。血液中のヘモグロビンの中の鉄は、地球の鉱物が由来であり、私達が亡くなった後も地球に留まる訳で、私達の肉体の各成分は皆、地球上の元素から作られているのです。
 しかし、私達は人間が何か特別なもののように感じ、特別扱いをして来たように思います。それはある意味、全創造物の最高位にあるものとしては当然なのですが、本質的には私達は他の者達と同様、同じ母なる大地から等しく生まれ出ているのです。
 その上で私達の細胞を構成する諸々の原子が各々長い年月の体験を蓄え、英知を持つものであるとすれば、私達は只、それらの原子から教えを受けるべきでしょう。宇宙開闢以来の知識を持つ原子を自分の最も近い教師として受け入れることが出来れば、素晴らしいことです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第6章-段落071

6. BODY, MlND AND CONSCIOUSNESS
071 Until quite recently mind and matter have been considered as widely separated as the poles. The materialist has exalted matter into predominance and the metaphysician has given the supremacy to the mind, while consciousness has received scarcely a consideration. There have, of course, always been alerted minds in the world who understand the inseparable relationship of mind, matter and consciousness and have made use of this knowledge in the field of practical evolvement, but the world in general has chosen to remain in the mystery of divisions.

第6章 肉体、心そして意識
071 全くの最近まで、心と物質は両極のように甚だしく分離して考えられて来ました。唯物論者は物質を優位位置に引き上げ、また形而上学者は心にその最高位を授けて来ました。しかし一方では、意識はほとんど考慮すら受けて来ませんでした。もちろん、世の中には心と物質、それに意識について引き裂くことの出来ない関係を理解する鋭敏な心の持ち主がいつも居て、実際的な発展の分野にこの知識を活用して来ましたが、世の中一般はその区分分けという神秘の中に留まることを選択して来ました。


【解説】
 先ずは世の中に存在するものとして「物質」は誰にでも分かります。次に自らの「心」ですが、これも各自の内側の想念の動きや目や鼻、耳を通じて来る情報の認識やそれへの反応、またそれらの経験の記憶から、その実態を各自は理解出来る筈です。問題は、世の中にはこの2者の他に、もう一つの重要要素、「意識」と呼ばれるものがあることにほとんどの人が気付いていないことにあります。
 心の支配欲から物質を浪費し、有害な汚染物を環境に撒き散らす等の行動を行って来た人間は、地球上の諸々の物質を所有しようと争いを続けています。また、一方では、神秘論者はインドの行者のように、心の持つ潜在能力のみに着目して物質に価値を見出さない生活をしています。
 しかし、野生動物や野生の植物を含めた自然界を見ると、それらは見事に調和し、落ち着いた中にも活発な行動が行われています。例えば、春から夏に掛けて、山歩きをすると、ほんの2週間の間に驚く程の変化を見ることが出来ます。これらの自然の活動には上記の「心」と「物質」の他に、存在する「意識」が大きな役割を果たしているのです。つまり、適宜、適切な時期に各々の物質と心に、その活動を促すような指令(想念)を発して行動を促すという具合です。今回の震災の津波被害においても、飼い犬が津波が来る前にいつもの散歩コースとは逆の高台に飼い主を導き、避難させたというニュースが流れていました。このように事象が発生する以前にその現象を知らせるというのも、意識の作用ということになり、その飼い犬はそれをキャッチしていたことになります。
 私達はあらゆる現象の背後に、必ず意識の作用が関連していて、意識が物質を指導し、結果を生み出していることを見るようにしなければなりません。
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