2011年03月

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落070

070 We have been taught that all things are possible with God. God is consciousness, and man cannot separate himself from consciousness for he is that. Are not all things also possible therefore, with man? Jesus the Christ understood this unlimited capacity for expansion when he said-"Greater things shall you do than I have done." He put no limitations upon himself or upon another. It is through the understanding of the consciousness, which is oneself, expressing through all forms that gives one the power to control all elements. Cannot a being command himself into action? Cannot consciousness direct its own movements? This mighty Cosmic force, with power to do and the intelligence to direct, is the most generous giver of all things to those who utilize every fleeting conscious moment, but it turns a relentless executioner in the hands of those who pay no attention to its gift of Ideas.
070 私達は全てのことが神にあっては可能だと教えられて来ました。神は意識であり、また人は意識から分離できません。何故なら人は意識であるからです。では、全ての事柄もまた、人間にあっては可能ではないでしょうか。イエス・キリストは「私が為した以上の大いなることを貴方は為すだろう」と言った時、この拡大する無制限の能力を理解していたのです。彼は自分自身にも他の者にも如何なる限界を設けていませんでした。それは全ての元素を支配する力を与え、万物を通して表現している自分自身である、意識の理解を通じてのことです。何人であれ、自分自身に行動せよと命令することは出来ないことでしょうか。意識はその運動を指図出来ないでしょうか。この力強い宇宙的力はそれを為す力と指導する知性を持ち、意識的瞬間の束の間のひとつひとつを活用する者達にとって全てのものを与える寛大な贈与者ですが、一方、そのアイデアの贈り物に何らの関心を払わない者達の手にあっては情け容赦の無い執行人に変貌するのです。


【解説】
 本項は私達が「意識に向き合う」際の心構えを述べています。
 意識があらゆるものを動かし、私達自身を含めて宇宙空間に存在する全てのものを、言わば統一的に活動を制御する等、莫大な力を持っていることは、これまでも述べられて来た通りです。そのことに気付けばまた、前項(069)で述べられたように、その意識と交わる立場にある私達には本来、無限の可能性があることが分かります。従って、このことを自覚する時、私達はあらゆることを実現出来る存在であることに思い至ることになります。
 その為には意識の贈り物、即ち、瞬間瞬間に来るアイデアや想念に絶えず関心を持ち、幸運にもそれらを感知出来れば、それを大切に取り扱って、自分の発展に活用すべきことは言うまでもありません。この姿勢は従来からの単に意識を礼賛するだけの姿勢とは異なり、各自の心を鎮ませて、宇宙根源の送り主からの静かなメッセージを受信しようと耳を傾ける態度です。
 また最後に、それらの指導に耳を貸さないで過ごした者に対しては、厳格で容赦ない執行人としての意識の姿にも言及されていますが、これらは仏教寺院の仁王像や憤怒の像も同様なことを意図しているものと思われます。
 いずれにせよ、私達は意識というものの存在をまずは自分自身に認めさせ、自然界の様々な活動をその作用の結果として観察し、学ぶことが重要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落069

069 Those who have become consciously aware of conscious consciousness through the ages have known this and have used the knowledge in their daily life. They have recognized themselves as the unlimited consciousness and thereby have become the controllers of it. The average man who claims himself a conscious being has through the development of a personal ego blinded himself to the reality of his being and understanding of cause consciousness so that he is expressing not more than one tenth of one percent of his potential ability. Think of the possibilities ahead of man when he shall have enlarged his field of awareness.
069 時代を通じて意識的意識について気付くようになった者達は、このことを知り、日常生活の中にその知識を利用しました。彼らは自分自身を無限の意識として認識し、その為その支配者になって来ました。自分自身を意識的存在だと主張する平均的な人間は、個人的自我の発達を通じて、自分の存在の現実性について自分自身を盲目にしてしまい、その結果、彼自身の潜在能力の1%の10分の1も表現してはいないのです。自分の気付きの領域を拡げた時の人の前に拡がる諸々の可能性について考えて下さい。


【解説】
 自らが意識と称される全能のパワーの一部であるとする自覚は、その者の発展に限りない力を与えることになります。
 この場合、本項ではconscious consciousness(意識的意識)と表現される点について、考えて見たいと思います。「意識的意識」という表現は、何かの禅問答のような雰囲気を持った表現です。勝手な解釈をすれば、私は「意識的」ということの方が重要ではないかと考えています。その「意識的」とは、私達が通常使用している言葉の延長線上で考えて良く、「〇〇を意識して」という意味と同様です。自分自身のある意味、精神状態に対して知覚できている状態を指すものです。そして「意識」は、本章でこれまで述べられて来た、力強く宇宙にみなぎる活動エネルギーだと考えられます。
 ひとたび、ご自身で自分の内側にもこのような能力が潜在的に付与されていることに気付けば、後はその応用だけということになります。自己の自我、即ち「自分という存在」を発展させようなどとは思わずに、ひたすら内奥の指令を行動に移すだけで、従来に無い飛躍発展する存在になるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落068

068 One's breath is measured by consciousness, and Heaven is but a man suspended between the Soul consciousness of Eternity and Man's consciousness of earth. It is the mark or center of balance where the true understanding of the cosmos exists. Each conscious being is but a focal point of action within this great limitless ocean of intelligent force. There is no separation between any one of these focal points of conscious action and the Wholeness of consciousness.
068 人の息は意識によって見守られており、天国とは人が永遠なる魂の意識と地上の人間の意識との間に吊るされていることに過ぎません。それは真の宇宙の理解が存在するバランスの印、或いは中心です。各々の意識的存在は、この偉大なる限りない知性の力の海の中における行動の焦点です。これらの意識的行動の焦点のいずれの間と意識全体との間には分離はありません。


【解説】
 私達の毎回の呼吸が意識によって見守られているということは、どういうことでしょうか。それは即ち、瞬間瞬間の各自の放つ想念はもちろん、肉体内部の諸状況に至るまで、丁度、傍らで眠っている幼児を母親が見守るように、私達は意識によって常に見守られていることを意味します。この人々を見る目については、チベット寺院に描かれている目も同様な意味合いを持つものと思われます。
 更にもう一つ、本項における天国についての説明として、永遠なる意識なるものと地球の人間の意識の間に吊るされている(suspended)という表現について述べて置く必要があります。本項の吊るされている(suspended)の意味合いについて、私自身正確には把握できておりませんが、イメージとしては、この二つの意識にまたがった状態、両者の領域の接点のようなバランスが取れた状態を指すように思っております。また、意識的行動の焦点(focal points of conscious action)という表現も、私達人間が意識が行動する際の焦点、即ち作用が集中する点であることを示すものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落067

067 The growth of earth and the growth of man is the actual evidence or testimonial of consciousness. Thought, itself, is composed of consciousness. All things of the heavens and the earth have been and will continue to be conceived in the womb of this mother-father principle. Man was born - into a physical form and will grow old and perish while consciousness remains everlastingly young in existence.
067 地球の発展と人間の発達は意識の実際の証拠であり、証明書です。想念自体は意識から成り立っています。天と地の全てのものは、これまでも、またこれからもこの母性父性原理の子宮の中で受胎し続けることでしょう。人は肉体の形に生まれ、年老い、死を遂げますが、一方、意識は永続的に若いまま留まります。


【解説】
 博物館等で見る恐竜の化石は遠い太古の昔、地球にはそのような大型の肉食獣が繁栄していたことを示しています。それらの時代から古代の狩猟生活、農耕生活等、長い年月を掛けて人類は進化し、今日の文明を築くまでに至りました。この間の歩みは人類の進化発展と言ってよく、荒涼とした大地から緑豊かな自然環境に移行することも地球の発展と言うことが出来るでしょう。
 本項はこれらの発展こそが、想念が創造の原理に働きかけた結果であるとしています。つまりは、意識に起因する想念が第4章等で述べたように感知された(即ち受胎conceivedされた)時、自然自体の創造のプロセスが起動し、そのアイデアを現実のものとさせるという具合です。いわば因の領域に属するその原理と想念は永遠に若々しいままなのですが、一方、具体的な物質の世界に創造されたもの、即ち結果物は、私達の人体も含め、老化の歩みを避けることは出来ないというものです。繁栄を誇った恐竜達もやがては環境の変化の中で死に絶えてしまった訳です。
 しかし、想念のレベルや宇宙を貫く創造の仕組み自体は未来永劫変わることはありません。即ちどのような想念がどのような結果をもたらすかについては、ゆるぎないもんがある訳です。私達も自らの肉体を末永く活動的に保つ為には、日頃からこの若々しい生命の源、宇宙創造の原理に近い位置で過ごすことが必要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落066

066 Consciousness is the very substance of all forms, yet itself is formless. It is the ruler and keeper of all elements which compose it in the field of form-action, for through this intelligent force the elements which make the form become conscious. It builds form and disintegrates forms yet it knows neither life nor death. It is motionless, yet it is the all-active power by which the cosmos is maintained; placeless, yet it is everywhere for outside of it there is nothing; inert yet composed of unlimited power.
066 意識とは万物の本質そのものです。しかし、意識自身には形がありません。それは形あるものの活動の分野で組織するあらゆる元素の支配者であり、保護者なのです。何故なら、この知性ある力を通じて、形あるものを作り上げている元素が意識を持つようになるからです。意識は形あるものを作り上げ、また形あるものを分解しますが、それでも生も死も知ることはありません。意識はじっとしていますが、宇宙が維持される全ての活動的なパワーでもあるのです。定まった場所はなく、何処にでもあるのです。何故なら、意識の外側には何もなく、意識は自ら動くことはありませんが、無限のパワーから成り立っているからです。


【解説】
 万物の本質的部分である「意識」の特徴について本項では解説しています。私達は未だ十分には知覚していませんが、私達の身体からはるか彼方の宇宙空間に至るまで、ある一つの存在が繋がって存在しているという訳です。その意識なるものは自ら声を出して騒ぎ立てることはなく、もちろん肉眼では見えません。しかし、その沈黙する実体はあらゆるものに作用して、創造的活動を促し、また場合によっては形あるものを分解、破壊させる力を持っています。
 その意識は宇宙創造の始原の昔から、現在、未来永劫、宇宙空間に充満し、万物を揺り動かして生命活動と諸物の進化を促しています。この意識の作用ほど偉大なものはなく、この存在に気付いた者は、各々の時代に各々の表現でその存在を称え、帰依したものと思われます。
 今日、とりわけ東日本に起こっている天変地異についても、幸いにして生き残った私達はそれをこの意識に目覚める機会として捉え、各自がこの惑星内部から発信されている声なき声を感じ取り、これら変化をより穏やかなものとするよう、各自に与えられた意識の力を発揮して欲しいと考えます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落065

065 Everything from the mineral to the Cause kingdom is changed, moment by moment, by the everlasting activity of consciousness. It is the avenue of progress; the stream of life ladened with ideas which drop into the consciousness of mortal man with great rapidity and which may be used or discarded, depending upon the understanding of the individual. Consciousness speaks the language of the Soul, for it is the Soul. This Cosmic language is soundless, yet it roars with a voice of thunder, reverberating with a tremendous force upon the mortal form, producing a state of awareness as to the ideas that lie within him - ideas which only he himself knows unless he expresses them in words, and which even then may not be understood by another.
065 鉱物から因の王国に至るあらゆるものは永続する意識の活動により、刻々と変化します。それは進歩の大道であり、大速力で死すべき人間の意識に降り下るアイデアを積み込んだ生命の流れであり、各自の理解力により、活用されるか或いは捨て去られるかになります。意識は魂の言葉を話します。何故ならそれは魂であるからです。この宇宙的言葉は無音ですが、雷ほどの声で叫び、死すべき形あるものにすさまじい勢いで響かせ、人の内側にあるアイデアにいての知覚状態を作り出します。そのアイデアは言葉に表現しない限り、その者のみが知り、言葉に表現したとしてもその時、他の者には理解されないものです。


【解説】
 私達はここで無言の意識の語らいは、実は私達の想像を超える力強いものであることを記憶しなければなりません。
 聴覚に障害のある人は数多くおられますが、丁度、健常者も、こと意識に対しては、同様の状況だという訳です。
 意識の叫びが耳元で大きく響いて、ようやくかすかにその内容をアイデアとして認識するという具合です。しかし、その意識の力は宇宙全体を動かす程、絶大である為、あらゆるものがその働きかけに従って活動しているのです。聖書では聖霊と呼ばれる究極の力なのですが、私達はその力を借りて、自分の進歩に積極的に生かして行く必要があります。そうする中で各自が本来の進歩を遂げることになる訳で、「無常」という言葉の本来の意味は、意識に従えば各自否応無く進歩の大道をひた走ることになり、留まることはないという積極的、建設的な意味合いであることが分かります。先日(2011年3月12日)、諸用があり、千葉南房総に行きましたが、地震の影響で人気の無い海岸は晴れ渡った空の下、津波など無かったかのような青く澄んだ平穏な海が広がっており、いつものように鳥も行きかっていました。美しい海の景色を見て、全体としては先の地震はほんの一時の出来事であり、大勢は平安そのものであることに気付いた次第です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落064

064 As far as we know consciousness had no beginning and will have no ending for it seems to be all in all, the Alpha and Omega, and is made up of the Trinity; first the power; second, the intelligence; and third, the created form. John tells us -"In the beginning was the Word and the Word was with God and the Word is God.' What is a word? Is it not a thought expressed? And does not thought depend upon consciousness for it's being? Then we must admit that "in the beginning was consciousness and the consciousness was with God and consciousness is God." Out of consciousness, again, proceeded thought so "in the beginning was thought and thought was with God and thought is God." And thought becoming expressed returns us in proper sequence to the Word which is with God and is God. (Cosmic Cause) The incarnation of these three through action brings forth manifestation which is concrete realization in form of that which exists always in consciousness.
064 私達が知る限り、意識には始まりもなく、また終わりもないものでしょう。何故なら意識は全ての中の全て、アルファー(訳注:ギリシャ文字24個の最初の文字)であり、オメガ(訳注:ギリシャ文字24個の最後の文字)であるように思うからで、それは三位一体(訳注:「父・子・聖霊」の三位格があることを指す)から成っているからです。即ち第一に力、第二に知性そして第三に創造された形あるものです。使徒ヨハネはこう言いました。「はじめに言葉ありき、言葉は神とともにありき、そして言葉は神である」と。言葉とは何でしょうか。それは表現された想念ではないでしょうか。そして想念はその存在を意識に依存しているのではないでしょうか。そうすると私達は「はじめに意識があり、意識は神であった。そして意識は神である」ことを認めねばなりません。意識の中から更に想念が進み出るため、「はじめに想念があった。想念は神であった。そして想念は神である」ということになります。そして表現された想念は神とともにあり神(宇宙的因)である言葉として適切な順序で私達に戻って来るのです。これら3つの想念の活動の化身は意識の中では常に存在している形あるものへの永続的な現出である創造作用をもたらすのです。


【解説】
 意識にはいわゆる三位一体としての3つの作用があることが述べられています。力と知性そして具体的な創造物です。これについては使徒ヨハネが言う「はじめに言葉ありき」の一節にあるように、言葉自体が意識に裏打ちされた想念である以上、「はじめに意識があった」あるいは「はじめに想念があった」と言うことも出来る訳です。
 また、本項では物事が創造される一連の流れ(注:文中ではsequence順序と表現されています)について、想念が発せられると、それが「言葉」に表現され、やがて宇宙的因に作用して、その想念に沿った物事を生み出して来ることを説明しています。丁度、日本に伝わる言霊(ことだま)と似た内容です。私達は日頃、何を想念として抱くか、どのような発言をしているかが大変重要で、私達が知らず知らずに、この創造作用を誘発していることに気付かなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落063

063 This intelligent force, then, is actually the Cosmic Whole, for Its limit of knowledge is no where. It is the creator of everything that was, is, and will be. It is not only the soul of man but the very soul of all things, the Father-Mother principle of the Cosmos.
063 この知性ある力は、実際には宇宙全体なのです。何故ならその知識の限界は何処にも無いからです。それはこれまでにあった、現在ある、そして将来あるだろうあらゆるものの創造主です。それは人間の魂のみならず、万物の魂そのもの、宇宙の父性母性原理なのです。


【解説】
 意識とはどのようなものかを説明している本文から、私達は広大な宇宙とくまなく繋がっている、意識と呼ばれる知性ある力の存在をイメージすることが出来ます。万物あらゆるものを支えている知性体と私達各自の意識とが繋がっているという訳です。
 また、あらゆるものが生み出され、創り出されて行く上で、意識が必ず作用していることでもあります。それはかつて、「天地は滅びても私の言葉は滅びない」としたイエスが伝えたかった内容とも言えるでしょう。
 現在、この惑星では日本の震災も含め、不安定な情勢が続いていますが、今後どのような経過を辿るとしても、本講で言う意識の働きは宇宙全体の広大さの中で、変わることなく生命の躍動を生み出しているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落062

062 The story of creation as recorded in Genesis says that God created man from the dust of the earth; out of the elements He molded a form in His image and likeness as a sculptor creates a beautiful statue out of clay. This He did with intelligence and power, and having looked upon His completed form creation He was well pleased, so He incarnated into the form as the Breath of Life and man became a conscious being, a living soul, having the power of intelligent action, which we know as life.
062 創世記に記録された天地創造の物語は、神が人間を大地のチリから創ったとしています。その諸元素から創造主は彫刻家が粘土から美しい彫像を作り上げるように、神ご自身のイメージと似姿で一つの形あるものを型に入れて創ったのです。これを神は知性と力によって行い、自ら完成した創造物を眺め、神は大いに喜び、生命の息としてその形あるものの中に化身し、その結果、人は意識ある存在、生ける魂、私達が生命として知っている知性的な活動の力を得たのです。


【解説】
 この記述は聖書の創世記にある内容ですが、私達は著者アダムスキー氏はこれを単に象徴的な描写として述べていると考えてはいけないように思います。つまり、私達が「創造主」と言う時、私達は具体的に人間に似た姿の創造主像を思い浮かべる必要があるように思います。その理由は、第一に本文にもあるように、「人間を神ご自身の似姿に創った」とある訳で、私達人間は少なくとも外見上は神に似ているということからです。更には進化した宇宙人達の宇宙船内でアダムスキー氏は創造主を描いたとされる肖像画を見ています。科学と哲学をマスターした人達が到達した点が、この創造主を具体的な人間の似姿として表現していたことによります。
 とかく神を崇める行為は地球では様々なレベルがあり、過去から現代に至るまで、その神を争っての戦いが各地で起こっていたり、多くの宗教団体が人々を惑わしていることも確かです。そうした中にあって、宇宙全体の秩序と生命活動を支えている原理や仕組みを学んだ上で、表現し実感できる神の姿こそ、私達のゴールと言えるものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第5章-段落061

5. WHAT IS CONSCIOUSNESS?
061 The term consciousness seems to be the foundation of all creation. It is not a physical thing, yet it measures all expressions of physical forms. Without it no form could be or exist for consciousness is life itself. It is the power which gathers the elements into the formed state and it is the intelligent force which causes awareness and animation within the form. Conscious awareness of the All-Inclusive consciousness is that tremendous power which is referred to in the Scriptures as the Holy Ghost. It is a dweller, as power, within that which is created, perpetuating the growth of the form by the constant action which is the law of It's being.
第5章 意識とは何か
061 意識という用語は全ての創造作用の基礎であるように思います。それは物理的なものではありませんが、物理的な形あるものの全ての表現の尺度となっています。意識なしではどんな形あるものも存在することが出来ません。意識が生命自体であるからです。それは諸元素を集めて形ある状態にさせる力であり、形あるものの中に気付きと活気をもたらす知性的な力なのです。全てを包含する意識に対する意識的な気付きは聖書の中で聖霊と称されるあのすさまじい力です。意識は創造されたものの内側にある力としての住人であり、その存在の法則でもある絶え間ない行動によってその形あるものの成長を永続させているものです。


【解説】
 私達は未だ十分に意識の実体について学んではおりません。各自の誕生から今日まで意識について正しく系統的に教わったこともなく、先人達もその人なりの断片的にしか把握出来ていないように思われます。しかし、万物を根本的に支えている力であり、いわゆる聖霊とも称せられる莫大な力を有しているという訳です。
 しかし、その力は知性を持った力である点が重要です。現在、福島の原子力発電所で生じている有害な放射線を出すのも原子の反応ですが、それらは人間が無理やり作り出した反応系での現象であり、自然の反応ではないように思います。自然界で生じる生命活動の反応は、もっとエネルギーレベルが小さく、効率的に進行しますし、何よりも永続できる調和したものとなっています。
 この意識の持つ力を自覚できれば、内側から力も湧いて来るように思います。私達自身がより良いものの創造の経路として役立つことを願うものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落060

060 Learn to believe in your power of perception; give recognition to those things of which you became aware and you will find yourself enjoying a feeling of happiness and well being. Your vision will gradually expand to where you can feel the pulsation of life in all forms. And you will understand the Universal Language of Life, and the limitations that have bound you to the personal ego will vanish into the illimitable vastness of Cosmic intelligence.
060 あなた自身の知覚力を信じることを学びなさい。あなたが気付くようになった物事に認識を与えることです。そうすればあなた自身、幸せと良好な状態を楽しんでいることに気付くことでしょう。あなたの視界は徐々に拡がり、あなたがあらゆる形あるものの中の生命の脈動を感じ取れるようになることでしょう。そしてあなたは生命の宇宙普遍の言語を理解し、あなたを個人の自我に縛り付けて来た諸々の限界は宇宙的知性の限りない広大さの中に消え去ることでしょう。


【解説】
 大事なことは、私達各自が因の領域の知覚力であるConception(感知)と結果の領域の知覚力であるPerception(感覚心の知覚)の両者を持っているということでしょう。更にはこの感覚心による知覚力も現状では因の領域への拡がりはほとんどありませんが、訓練によって拡げられるという訳です。
 いわゆる物質が創造される原動力を司る領域との交流ですから、その恩恵は計り知れません。私達各自の知覚力を発展させる意義はそこにもあるのです。
 更に整理しておきたい事は、Conception(因の領域の感知)からもたらされる情報は基本的に有用なものであり、私達は積極的に取り入れる必要があるということです。もちろん人間が各自発する低レベルの想念もある訳ですが、私達の志向する波長に合ったものが入ってくる訳で、望ましいものを明確にしておけば、恐れる必要はありません。
 私達が開発しようとしている知覚領域が、それほどまでに素晴らしい世界なのだということを明らかにした上で、知覚力を高めることが重量です。

再開のお知らせ

本講座をご覧戴いている皆様へ


地震発生以来、何かと慌しく、本講に取り組むゆとりがありませんでした。また、一方では福島の原発の状況については、予断を許さない状況が続いております。
当分の間、これらの状況は続くものと懸念する一方で、こういう時こそ、結果の世界に影響を受ける感覚心を鎮め、冷静なる心境になることが求められているものと思います。
本講座を学ぶ私達もその持てる力を最大限発揮する上から、再びこの講座を再開することが必要だということに気付いた次第です。
諸般の事情により、従来にも増して不定期となるかも知れませんが、本日より更新を再開しますので、宜しくお願い致します。

2011年3月16日
竹島 正

お知らせ

この度の地震被害に逢われた皆様には心より御見舞い申し上げます。
幸い、私共の方は被害を免れており、本講も引き続き継続して行きますので、ご安心下さい。

なお、本日から始まる東京電力の計画停電その他の影響から、2~3日、お休みさせて戴きますのでご了解下さい。

2011年3月14日
竹島 正

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落059

059 One of our noted scientists once said, "I find ofttimes that in the moments when I have ceased pondering over a problem the greatest revelations come to me." Such revelation is true perception, for it is the time when the mortal sense mind and the cause intelligence unite. Such awareness is called intuition, and the man who acts intuitively is always right. The mortal mind is usually unable to perceive the thoughts which are conceived from the cosmic source for it is in a constant state of friction and wonderment, lost in the perception of the innumerable forms of the effective world and so unaware of the new ideas that are waiting for birth. It is necessary to perceive the possibilities within anything before those potentials are able to become a reality in one's life. True perception goes beyond the apparent into the cause of the appearance, it goes into the invisible and brings newly conceived ideas into manifestation. Many people consciously perceive wonderful things but have not enough faith to bring them forth.
059 著名な科学者の一人はかつてこう言いました。「私はしばしば、問題について考え込むことを止めた瞬間に最大の新発見がやって来ることに気付いています」と。このような啓示は真の知覚です。何故ならそれは死すべき感覚心と因なる知性とが結びつく時であるからです。このような気付きは直感と呼ばれ、直感的に行動する者は常に間違いはありません。死すべき心は大抵は宇宙的源泉から感知される想念を知覚することは出来ません。何故ならそれは常に摩擦と好奇心の状態にあり、結果の世界における無数の形あるものを知覚する内に迷ってしまい、誕生を待っている新しいアイデアには気が付かないからです。このようなこと(訳注:感覚心と因なる知性が結びつくこと)が各自の生活において現実のものとなることが可能となるためには、それ以前にその可能性を知覚する必要があります。真の知覚とは外観を超える因にまで及ぶものであり、新たに感知したアイデアを創造物としてもたらすのです。しかし、多くの人々は意識上は素晴らしい物事を感知はしますが、それらを現実にもたらすほどの十分な信頼を持っていないのです。


【解説】
 「直感に従えば間違いはない」、というのが多くの方のこれまでの経験則ではないかと思います。もちろん全ての事例に当てはまるものではなく、特に物事が順調に推移している時、不思議と「勘が働いて」、未然に危険を避けたり、タイムリーな行動がどれたという思いが皆様もお持ちかと思います。
 そのような良好な状態とは、実は本項にあるように心が因の領域の情報までも知覚出来ていることを意味していると考えるべきなのです。私達の先輩宇宙人達は皆、このようないわばテレパシックな能力に秀でている為、物事を起こす際の効率が良く、適切な時に適切な行動をとることが可能なのだと思われます。
 実はこのように因の領域からは常に支援の手が差し伸ばされており、私達は正直、素直にその声に耳を傾け、気付くことではるかに苦労の無い生き方が出来るものと思われます。しかし、これは単に楽な道を行くという意味ではありません。創造主の導きを信じ、自らを通じてその発現を望む、高潔なる意志の下で初めて実現するからです。文中のFaithについて、本項では「信頼」と訳出していますが、他の日本語としては、「信仰」や「信念」と訳されることが多いことを付け加えておきます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落058

058 There is really very little difference between conception and perception; the former is the cause soul awareness and the latter is mortal sense awareness, and the two should be always united.
058 実際には感知と知覚の間には、本当にほんのわずかの違いしかありません。前者は因の魂による気付きであり、後者は死すべき肉体の感覚の気付きで、両者は常に一体であらねばならないのです。


【解説】
 第4章の要旨として、Conception(感知)とPerception(知覚)について、Conceptionを因に属する魂の気付き、Perceptionを肉体の感覚心による気付きと明確に解説しています。つまりは私達の因なる部分と肉体の感覚器官の部分の二つの統合が大事であると述べられています。
 両者は機能的には大差は無いとしておりますが、その感知能力には現実大きな差があるものと思われます。よく、因を知ることが大事だとされていますが、それはこの因に由来する感知結果に通常の感覚心を鋭敏にさせよということかと思います。「生命の科学」において、「原因を知ること」の大切さが繰り返し述べられています。どのようにしたら良いかについては、各自の努力と工夫によるところが多く一概には言えませんが、少なくても、私達感覚心が因に関心を持つことが最も重要だと考えます。
 毎日の生活の中でも外見からは分からない隠れた要因や仕組み、それらが支える機能について気付くことが重要です。何気ない事象の中に、大いなる因の活動があることに気付きたいものです。こうした歩みの中で、感覚心による知覚範囲が因の領域にまで拡がり、両者が一体になることが出来るものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落057

057 When an unselfish idea is conceived it is to be perceived and brought forth into manifestation just as a soul conceived in the womb of a mother is to be given birth in physical form. Whatever one becomes aware of that is not contrary to natural law must exist, for how can it be possible to perceive that which is not existent?
057 一つの非利己的なアイデアが感知される時、それは丁度、一つの魂が母親の子宮で受胎し肉体の形をもって誕生するのと全く同じに、それは知覚され具体的な創造物としてこの世にもたらされます。自然法則に反しない限り、どのような事柄も人がそれに気付くものは存在する筈です。何故なら存在しないものをどうして知覚することが出来るのでしょうか。


【解説】
 いわゆる「思いは実現する」の作用原理が述べられています。人体が受精の瞬間から誕生に至るまで母体の中で着実にその肉体が形成されて行くように、正しい想念を知覚した場合には、それが青写真になって次々に実現に向けた作用が宇宙空間の中で発生するとしています。即ち、私達が本来望ましいとする非個人的なアイデアをこの肉体の感覚心として正しく知覚し、自覚さえすれば、早晩それらのアイデアは実現する方向で、様々な環境が自然と作用することを示唆しています。
 多くの聖人達が奇跡を起こして人々を救ったり、病を治したりしたのは、この作用を積極的に応用した為と思われます。また、願い事は執着せず、直ちに解き放てとも言われますが、抱いた想念にいつまでも固執することなく、解放することによって、後はその作用の結果を待つという「他力本願」的な姿とも言えるように思います。
 要は私達各自は創造主の息子として、物事を創り出す能力を秘めているということでしょう。大切なのは私達が感知し、知覚した事柄はその瞬間から、全て実現に向けて動き出すということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落056

056 Lack of perception is the greatest of the sins of omission; why should a man remain in ignorance when all things lie before him and the very fullness of life prevails within his being awaiting the command to come forth.
056 知覚の欠如は怠慢の罪の内、最大のものです。何故、人間は全てのものが自分の面前に有り、自身の中には命令が来るのを今か今かと待っている生命で満ち溢れているのに、無知のまま留まっているというのでしょうか。


【解説】
 よくよく考えれば、私達の周囲にある手付かずの自然の他にも、道端に咲く名も無い草花その他、自然界にあるものは、どれ一つとっても美しさに驚かないものはありません。先日も北海道知床(羅臼)の流氷群や鳥達を見てきましたが、そこに行けば誰もが写真家になることが出来るほど、自然本来の美しさには驚かされました。
 また、一方では人体には様々な機能があり、この惑星の人口に匹敵する60兆もの細胞が各々役割を担って活動しており、人体という一つの目的を果たしています。
 私達は、自身の外側には豊かで美しい世界が広がり、内には私達の命令一下、忠実に働く細胞群が与えられています。このような恵まれた環境にあって、その状況に気付かず、勝手な不平や不満を漏らしている私達はこれらを与えてくれた贈り主に対して、大変失礼なことを続けていると言えるでしょう。
 先日もある会合で申し上げたのですが、私達にとって各創造物がどのような意図、目的で創られたのかを知ろうとすることが最も需要だということに気付く必要があると思っています。このことはひいては私達各人が生まれた目的、今人生の期待された目的について学び知ろうとすることにもつながっています。贈り物を受け取った者はその贈り主の気持を感じ取ることが最低限のマナーであることは言うまでもありません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落055

055 Perception includes not only recognition but also comprehension. We cannot fail to recognize the fact that we are sons of the Cosmic Father Principle and heirs to all there is, but how many are there in this world who have actually perceived what that sonship means? Lack of perception leads always to a lack of confidence which prevents man going forward into greater accomplishment. The man who fails to understand his relationship with the whole is but a wanderer having no purpose in life.
055 知覚には認識のみでなく、理解も含まれています。私達は自分達が因なる父の息子達であり、存在する全ての相続人であることを忘れてはいけませんが、この世の中にはどれだけの人がこの息子の地位が何を意味するかを知覚しているのでしょうか。知覚の不足は確信の不足に繋がるものであり、それは人がより大いなる達成に前進することを妨げるものです。全体との自身の関連性を理解出来ない人間は人生に何の目的を持たない放浪者でしかありません。


【解説】
 重要なのは宇宙全体における私達各人の役割についての理解です。前項にもありましたように感知(Conception)状態では現実の結果の世界にはあまり効力が無い一方、それらを各自の感覚心が把握すること(Perception)によって初めて理解が拡がるという訳です。
 また、その理解の中で私達一人一人が父なる神の子であることが理解されれば、私達の進歩は急速に進展すると明言されています。様々な物事が良い方向に変化し、生き生きとした生活を送れるようになることは、「類は類を呼ぶ」ことからも頷けます。その姿は自然界における動植物達とも似ていることでしょう。また、私達全てが創造主の息子、万物の跡継ぎとして、本来、大切に取り扱われていることにも気付く筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落054

054 In our christian bible we find references to "Life Eternal" and the way we must conduct our lives in order to know, "the only true God," but the application as to just how this is done is not explained. To know God the Father is to perceive Cosmic Cause. Conception has no limitations for it is cosmic, and that which is conceived can also be perceived by the mortal mind so perception knows no beginning or ending; its vastness is all-inclusive.
054 キリスト教の聖書に私達は「永遠の生命」や「唯一真実の神」を知る為に私達が人生を導かなければならない道に関する言及を見出しますが、ただ、これがどのようにしたら為されるのかについては説明されてはいません。父なる神を知ることは宇宙的因を知覚することです。感知は宇宙的属性であるが故に限界はありませんし、また感知されたものはまた、死すべき心によって知覚され得るため、知覚にははじまりも終わりもない訳で、その広大さは全てを包含するものです。


【解説】
 「汝の神を知れ」とは宇宙から毎秒何万と来る印象波動を各自で知覚せよということであった訳です。
 この「知る」という言葉の奥には、印象活動が各細胞に到達して起こすConception(感知)が引き起こす細胞から発せられるSensation(衝動)に感覚心が気付くこと、即ち感覚心が遠く宇宙からやって来る想念を知覚することを意味していたのです。
 しかし、その知覚すべき対象は実は無限にあり、空間に満ち溢れているというべきかも知れません。目の前におびただしいほどの創造主のメッセージが流れている訳ですから、それに気付くようになれば、幸せそのものになることは間違えありません。
 壮大なる宇宙の中で、自ら宇宙と分離し、引きこもっている私達人間は、奇妙な生き方を選択していることが分かります。折角の人生です、一日も早くこの素晴らしい現実に気付きたいものです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落053

053 There are myriads of thoughts bombarding man's mind every second; some are personal, some are impersonal, many are beyond the conception of the average sense mind. It is true that each thought that enters man's being impresses itself upon the individual cells of his body but the mortal sense mind as a whole does not become aware of it. Conception while being of Cause does not raise man to the Cause state; it is perception which produces growth in the mortal man. In the average man the thoughts are passing at the approximate rate of 1100 per second. In a highly developed person the thoughts run about one-half million per second. The mortal grows through experience and only that which is perceived consciously can be termed as experience. Awareness is the key to wisdom and the only channel to human thought expansion. Awareness must be combined with action so that intelligence may be expressed. Cosmic Cause incarnates in matter whether the mortal mind of man is conscious of it or not, but through perception of that action the mortal expands in the field of growth. The mortal sense mind, having divided itself from the Whole, must evolve again into the Oneness by perceiving the Cause in effects. In the cosmos everything exists and we, being of the cosmos, have everything within us. If we perceive that which is within us we are able to bring it into manifestation. Through perception we actually "mother" or "father" a thing into growth. The whole science of life is based on these two - through conception and perception are all things brought into being in the world of effects. Conception is responsible for putting Cause into motion and bringing forth action. Conception may take place without any awareness on the part of the intellect but the action which takes place due to conception bring forth a quickening that produces what we know as sensation. Perception is the act of becoming aware of sensation and knowing its source.
053 毎秒、人間の心に衝突して来る何万もの想念があります。あるものは個人的なもの、またあるものは非個人的なものであり、多くは平均的な感覚心の感知を超えています。人間に入り込む各想念は、それ自身を人間の肉体の個々の細胞に印象を刻印することは真実ですが、死すべき感覚心は概して、それに気付くことはありません。因に属する感知は人を因の状態にまで押し上げることはしません。死すべき人間において成長をもたらすのは知覚なのです。平均的な人間では、想念はおよそ毎秒1100個が通過しています。高度に進化した人物においては想念は毎秒50万個も流れます。死すべき人間は体験を通じて成長するもので、意識的に知覚したもののみが体験と呼ぶことが出来るのです。気付きは人間における想念の拡大につながるカギであり、唯一の道です。また、気付きは知性が表現されるよう行動と結び付けられなければなりません。宇宙の因は死すべき人間の心が意識しているいないに係らず、物質に宿っていますが、その活動を知覚することによって死すべき人間は成長の分野で発展するのです。全体から自分自身を分離した死すべき感覚心は結果における因を知覚することによって、再び一体性の中に進化を遂げなければなりません。宇宙の中に全てが存在し、私達もその宇宙に属する以上、私達の中に全てを有しています。もし、私達が自分自身の中にあるものを知覚すれば、私達はそれを創造の現れとしてもたらすことが出来ます。知覚を通じて私達は実際には物事を成長させる「父母」の役割を果たすのです。生命の科学全体はこれらの二つ、感知と知覚に基礎を置いており、それらを通じて、全ての物事が結果の世界にもたらされるのです。感知は因を動かし、行動を推し進める役割を果たしています。感知は知性の側には何らの気付きもないまま生じるかも知れませんが、感知に起因する行動は私達が湧き起こる感情として知っている状態を作り出す衝動をもたらします。知覚はその感情に気付き、源泉を知る行為なのです。


【解説】
 本項は通常、私達が「思いは実現する」と単純に考えていることの本質的な解説が為されています。
 私達にやって来る宇宙を源泉とする想念が感知される、いわば第一段階の感知(Conception)があり、その感知機能が鋭敏になると、各細胞が感知した想念情報が具体的な感情衝動(Sensation)として発現し、それが感覚心に属する知覚機能に働きかけることによって私達がその想念情報に気付くという構図が解説されています。
 また、重要なのは、私達が知覚する段階が、即、関連する物事を実現する機能を持っているとしていることです。言い換えれば、私達自身が物事の創造の仕組みの中の一つの機能を果たしていると言うことが出来る点です。私達が日常、どのようなことを思い、どのような想念を取り入れるかには十分な注意が必要です。日常、無視され本来の役割を果たすことなく、通り過ぎて行く膨大な数の宇宙の因からの無言のメッセージに気付こうとしないことは、本当にもったいないことです。


ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第4章-段落052

4. PERCEPTION AND CONCEPTION
052 "What man can conceive he can also achieve," has been said, but between conception and achievement there lies a middle step which is perception. We are familiar with the use of the word perception as used in relation to a faculty of receiving knowledge of external things by the medium of the senses. This same faculty may also be used to alert the senses to a Cause Intelligence which is beyond its effective scope of perception. Conception is constantly taking place within man; the conscious intelligence of the cosmos is eternally incarnating in matter, but unless there is awareness on the part of the mortal sense mind these thoughts are liable to pass on without ever being recognized in the world of form. We know that thought is the basis of human action and there are millions of thoughts that pass over the highway of mind every day, but man perceives approximately one thought out of every hundred which is conceived within his mind.
第4章 知覚と感知
052 「人が感知することはまた、実現することが出来る」と言われて来ました。しかし、感知することと実現の間には、知覚という中間の段階があるのです。私達は知覚という言葉を、感覚という媒体を通じて外の物事の知識を得る能力に関連させてよく用いて来ています。これと同じ機能は知覚の効果的な範囲を超えた宇宙的知性に感覚を鋭敏にさせるためにも用いることが出来ます。感知することは人間の中で常に起こっており、宇宙における意識の知性は永遠に物質の中に体現していますが、肉体の感覚心の側に気付きが無ければ、これらの想念は形あるものの世界の中で認識されることのないまま、通り過ぎてしまい易いのです。想念は人間の行動の基本であり、また毎日、心の大道を何百万もの想念が通過していますが、人は自分の心に感知されるおおよそ100に1つの想念を知覚するだけであることを、私達は知っています。


【解説】
 本章では心に浮かぶ抽象的な性質のアイデア(Conception)と具体的な映像や音声によるアイデア(Perception)の関係について説明しています。
 私達の身体を含めて宇宙空間には膨大な数の印象波動が飛び交っています。そのことは前項(048)の中でも宇宙の基本的生命力とも言える力が縦横無尽に飛び交い物質を奮い立たせていると記述されている通りです。しかし、これらの印象を私達が正しく捉える為には、先ずはその持つ内容を理解しなければなりません。その理解に感覚を通じた理解が必要だという訳です。
 漠然としたアイデアをより具体的なものとして把握する為に、私達には既存の感覚による理解が必要です。その結果、漠然としたアイデアは具体的なイメージとして把握されることになります。
 印象に対して感覚を研ぎ澄ますことは、古今の芸術家の才能でもありますが、私達各自の能力を高める上からも重要だということです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落051

051 There is no greater law than that of conscious action, for upon it rests continuous Creation. Energy acting upon itself gives birth to time and space, the relative elements of the Cosmos that cause conception of the state called form. Each thing depends in part upon another and may be traced back to a common source.
051 意識の活動ほど偉大な法則はありません。何故なら止むことの無い創造はそれに支えられているからです。意識の活動において作用するエネルギーは、宇宙の相関的要素である時間と空間を生み出しますが、(その時間と空間は)形あるものと呼ばれる状態の概念をもたらします。各々の物事は、部分的に互いに依存しており、また一つの共通の源泉に遡ることができることでしょう。


【解説】
 私達は著者の言う「意識の活動」というものに対して、まだ十分には理解していないかも知れません。しかし、本項では意識の活動というものが時間と空間を生み出す源だと明言されています。即ち、時間と空間を越えた存在が意識ということかと思われます。その宇宙意識という本源的な要素が全ての生き物の源泉であるが故に、全ての生き物は同じ源を拠り所とする兄弟姉妹ということになる訳です。
 この意識の活動の法則こそが、何よりも貴重なものである訳ですが、その恩恵を受ける私達は、その存在を知らず、また結果の世界のみに価値を置いて来ました。現象の奥にある時空を超えた意識の活動について知れば知るほど、万物の相互依存性や相関性について目が開けて来るものと思われます。
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