2011年02月

おことわり

明日から、来週月曜日まで、北海道に撮影旅行に出てしまいます。
その間、本項の更新をお休みしますので、ご了解下さい。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落050

050 Within the Cosmos there is no destruction but only newness by a ceaseless action; all substance changing and transmuting but never for an instant's time withholding. In an endless array of patterns and designs from formless into formed in unfolding the wondrous picture of eternity.
050 宇宙の中では破壊というものはなく、絶え間ない行動による新しさだけが存在します。全ての物質は変化し、変質しますが、一瞬として保留状態にあることはありません。永遠の目くるめく絵画を紐解く中で、終わりのないパターンと形なきものへの入念な計画があるのみです。


【解説】
 私達地球人にとって、人間の死は悲しむべき事柄の最たるものとなっています。しかし、本項では宇宙には絶えず新しさだけが存在し、生き生きとした生命力の衝動波動が支配していることを伝えています。私達も自然を観察すると冬の後には必ず春が巡って来ますし、自然界の中では死者は意外な程、早くその舞台から去り、代わって新しい生命体が大地に現れ、草木は地を繁茂する姿を見ています。
 宇宙の中の大道はこうした常に生まれ変わる自然のサイクルの中の活気ある流れであり、私達は常にそのことを身体に受入れ、その波動の表現者にならなければなりません。古来から「万物は流転する」とありますが、その真の意味はこうした生命力にみなぎる姿を指しているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落049

049 So it is with the Song of Creation - each atom of substance is used eternally, now making up a rose bush or a tree; now mingling within man, now in the beast; descending into form and then once more ascending to invisibiltiy; expressing through fire, water, earth and air, and ether finer than man can know; from the coarse pulsation that produces stone to a motion higher than the speed of light; from radiation down into vibration and back again the Primal Essence moves. From the formless into densest matter and back again into the higher state, each atom relative unto all others, cooperating and exchanging places.
049 ですから、物質の原子は創造の歌と一緒に用いられており、今はバラの茂みか木を作る為、また今は人体の中で混合され、あるいは今は獣の中に混じっています。形あるものに降下し、次には再び目に見えない存在に昇華します。炎を通じて、あるいは水、大地や空気そして人が知っている以上の精緻なエーテルを通じて表現されています。また、石を作り出している粗い振動から光の速さより高い運動に至るまであります。放射線から低下して振動に至るまで、そして再び原初の真髄は動きます。形なきものから最も密度の高いものまで、また逆に、より高次な状況にまで、各原子は他の全てとの関連において協力し合い、互いに場所を交換しています。


【解説】
 段落(046)から続く本項はrelativity(相関性、つながり)について説明しています。その中で原始は様々な創造物に用いられることによって下は黙っている鉱物から植物、動物、更には人間の身体を作る為に活用され、遂には宇宙空間のガス体の一部になって次の活用の機会を待つことでしょう。何千億年、あるいはそれ以上の長い年月の間、原始は様々な形あるものに活用されながら、自身の体験を蓄えて来ました。
 人体には60兆個もの細胞があるとされており、それら一つ一つが膨大な数(10の14乗個程度)の原子から成り立っていることを考えれば、これら壮大な宇宙ドラマが私達自身の身体についても起こっていることが分かります。一つ一つの原子や細胞、あるいは人体ももちろん単独で存在するように見えますが、その営みは他の多くのものと関連するなかで、各々の行程を歩んでいる訳で、一度として単独で目的を達することはありません。相互に切り離せない深い関係の中で生きて行くことを私達は学ばねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落048

048 Substance is in the process of evolvement; consciousness, in the process of expression. Up and down the vast scale the force moves rapidly into expression, touching one particle of matter, then another - blending the two or more into a chord of harmony, just as the fingers of a man pluck music from the mute strings of his harp. To produce a perfect melody the strings must be set in motion many, many times, making new tonal combinations - now soft and low, now rising to crescendo; one time in rapturous swinging rhythm, then changing to a lingering minor key - all strings awaiting the touch that stirs them to life within the melody. Each string is vital to the total Song.
048 物質は進化の過程に、意識は表現の過程にあります。広大な規模に上下しながら、力は表現に向けて素早く動き、物質の粒子一つ一つに次々に触れながら、二つあるいはそれ以上の粒子を一つのハーモニーの和音に融合します。丁度、人の指がハープの沈黙した弦から音楽を弾き出すようにです。完全なメロディーを作りだす為には、弦は何度も何度も揺り動かされなければなりません。その結果、新しい音色の組み合わせを作り出します。柔らかで低いトーンから、今度は最高潮に上昇します。ある時は熱狂的な律動的なリズムで、次はなごりを惜しむ短調の調子に変化します。全ての弦はそれぞれをメロディーの中で命を掻き立てる演奏者のタッチを待っているのです。弦の一つ一つがその歌全体にとって無くてはならないものです。


【解説】
 以前、顕微鏡下で牛乳の粒子が振動している様子が見えることを紹介しましたが、宇宙の中のあらゆるものが振動していることは現代物理学の共通の認識です。しかし、その粒子の振動の原動力なるものの実態が、本項で言う宇宙空間である種の強力な力が縦横無尽に飛び交っている状況を表しています。
 とりわけ、私達にとって大切なのは、各自の特性を本文ではハープの弦の一本に例えられている点です。音楽を作りだす神の手によって適宜適切に弦に力が加われば、調和ある音楽の一部として各自の表現(音)が鳴り、その結果、壮大で美しいメロディーの中の一音が鳴らされ、曲が成立する訳です。どの曲にとっても、その音が無ければ、音楽は成立しません。それが私達各自が自分の本来の特性を発揮することで、全体として美しい調べが出来上がるということです。
 このようにあらゆるものを調和させながら、パートパートで必要な存在を奮い立たせ、美しい作品を仕上げて行く、宇宙を駆け巡る力は実に大いなる存在です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落047

047 We know that in the pool of clearest water the first wave that was started, in its passing, gave to the next its force and animation. And that, in turn. imparted added motion unto the following molecules of water. Without the unity of the whole mass no particle could know the primal action. The cosmos is like unto the pool from out whose center flows the rhythmic motion - it is the clear calm sea of undivided consciousness upon whose surface there arises innumerable wavelets of vibration. Each form, in turn, contains the same - beginning with one basic impulse evolving to countless particles of motion, each one attuned unto the primal urge. Again, each tiny central point of action is offspring of the Great Heart of motion. To the understanding of the mortal man these countless points of action are perceived as separate entities within the varied kingdoms. Upon the earth man gives the name of mineral unto the denser substance that he sees; a little higher is the vegetable, and then there comes the animal and fowl, which leads up to the consciousness of man who separates the Allness into parts and draws a line where no such line could be, for through the whole vastness of the Cosmos the Primal Impulse incarnates itself and as the ripple in the pool gave up itself to create something greater, so does each manifested form of each kingdom release itself into evolvement. The innumerable minerals give up their impulse to plant life, the plant, in turn, releases energy unto the higher consciousness of flesh. There is nothing that can live alone, nor any spark of energy destroyed. All impulse lives and acts eternally, passing from form to form and in its passing charges all substance with emotion and creates ripples on the Sea of Being.
047 私達は透き通った水からなる池の中で、始まった最初の波は進む中で隣にその力と行動を与えていることを知っています。また、そのことはそれに続く水の分子に運動を伝達することでもあります。全ての物質の一体性が無ければ、如何なる粒子もその原始の行動を知ることは出来ませんでした。宇宙とはその中心からリズミカルな運動が流れ出る池のようなものです。それは表面に無数の振動するさざ波が起こる、分裂の無い意識からなる清澄な静かな海です。各々の形あるものは、今度は同じものを含んでおり、無数の粒子の運動を展開する一つの基本的な衝動から始まり、各々はその始原なる衝動に調和しています。更に各々の小さな行動の中心は運動の偉大な中心でもあります。死すべき人間の理解にとって、これらの無数の行動の中心は様々な王国の中の分離した実体のように受け取られます。地球に対して人は自分が見るより密度が高い物質を鉱物という名前で名付けますし、より高次なものを野菜、そして次に動物や家禽類等が入ります。これらは人間の意識にまで至りますが、それは全てを部分に分け、本来、そのような区別のあり得ない所に線を引いています。何故なら宇宙全体の広大さの中に始原なる衝動が化身し、池のさざ波のように自身をより大きな何かを創り上げる為に捧げているからで、各々の創造された形あるものは進化の為に自身を解放しているのです。無数の鉱物が植物の命の為に自分達の衝動を捧げ、植物はより高次な肉体の意識にエネルギーを放出しています。独りだけで生きて行けるものは何一つありません。また、破壊される如何なるエネルギーの火花もありません。全ての衝動は形あるものから形あるものに移行しながら生き続け、永遠に行動し、移行する過程で全ての物質に感情をみなぎらせ、実在の海にさざ波を創り出すのです。



【解説】
 波が伝播する為には、各々の場の存在物が自身をひたすら波の表現者になりきって、隣接するものにその内容を伝えようとしなければなりません。一つでもその任務を怠るや、波は伝わることはありません。宇宙は各構成要素がこくした自己を因なるエネルギー波動の表現者に徹することで成立している訳です。
 一方、こうしたいわば「個我を捨てる」のは何故出来るかについては、「個我を捨てる」ことによって、むしろ全体との一体性が生まれることに注目すべきだと考えます。全体に自我を没入させることによって、より深遠な振動が体内を通過しやすくなるものと思われます。
 本項及び前項にありますように、物質の奥深く因の領域から絶え間なく精緻な「調べ」が流れてくる訳ですが、その振動も最下流ではその現れも粗くなると述べられていました。人体に例えれば、身体の内奥の中心部から発信される振動が外気と接する所、即ち、皮膚は最も組織が粗いのかも知れません。私達が日常、気にしがちな「顔」等は、その最たるものではないでしょうか。本来、私達の誇れる良質な組織は、身体の内側にこそあるように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落046

RELATIVITY
046 Matter manifests as an effect of the Cause impulse that rises from the Word. As a pebble dropped in the center of a still pool will send an impulse through the whole clear mass and stir its farthest boundaries into motion, so was the Primal Substance caused to vibrate by the Cosmic Impulse. And as the nearest wavelets are finer than those at the ultimate extreme so is the substance close to the heart of Creation finer than that upon the outer edge. Each impulse of the Word that has manifested in the realms of matter has evolved into its formed state of being through a primal motion or centralized impulse, out of which grew a heavier motion, swelling to greater perceptibility. The primal frequency goes into expansion without the smallest loss of energy.
相関性
046 物質は大いなる言葉から起こった因なる衝動の一つの結果として現れます。静止した池の中央に落とされた小石はその透明な物体の塊全体に一つの衝動を伝え、その最も遠い境界に運動を促すように、宇宙的衝動によって原始の物質は振動させられたのです。また中心に近いさざ波は最極地のものより精緻であるように、創造の中心に近い物質は外側の縁のものより精緻です。物質界で創造作用をもたらした大いなる言葉の各々の衝動は集中化した衝動の主要な行動を通じて形ある存在状態に進化し、そこからより重い行動、より大きな知覚作用に拡大しました。その主要な振動数は少しのエネルギーの損失もなく、拡張しています。



【解説】
 本項前段を模式的に表現すれば、中央の小石が起こした最初の波が因なる衝動のことであり、それが周囲の物質が同調し、その波のエネルギー(因なる衝動)を表現することで、その波が周辺に波及することにより、最後の岸辺でその波が打ち寄せられ、具体的な作用をもたらす状況と表現できるでしょう。
 海岸に立つと、打ち寄せる波の起源が何処かは分かりませんが、私達は休み無く波が岸に向かって寄せてくる様子を観ることが出来ます。実は、最も粗い物質界に身を置く私達は、この波が何を伝えようとしているのかについて考える態度が必要ではないかと考えています。様々な自然や宇宙の創造作用が本来、どのような意図を持っているかを常に知ろうとしながら、現象を観ることが大切です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落045

045 Out of the Primal Essence has come forth, charged with the Power of the Word, the manifested utterance of Cause. The planets, worlds, the moon, the stars and suns, the leafing trees, the song bird and the rain, the beasts, the crawling reptiles and the dew, each in its own tongue expresses the Word. But man has given unto each a Name and it is there that his attention lies. Manifestation has become his God and he has placed the Name above the Word, which nameless is and silent and unseen yet causes all the named things to be.
045 原初の本質から大いなる言葉のパワーを授けられて、因の現れとなる声が生み出されました。惑星、天体、月、星々そして諸太陽、葉を繁らす木々、さえずる鳥や雨、獣達、地を這う爬虫類、草露、それらの各々は各自の表現方法でその大いなる言葉を表現しています。しかし、人は各々の名前を付け、それに自分の関心を置いています。創造物が彼の神になってしまい、人は名前が無く、無音で、見えず、しかも名付けられた全てのものをもたらした大いなる言葉よりも、名前を大切に考えてしまいました。



【解説】
 私達はもちろん自然界のあらゆるものと同胞であり、皆同じ根源から生まれた兄弟です。しかし、その中でも最も能力の高い存在として位置づけられていることも確かです。しかし、その生き方、生活の内容は他の多くの生き物と比べて、大変貧しい精神レベルにあるのかも知れません。
 その原因の一つが創造主に対する信頼度、因に対する知覚力の鈍さにあるように思います。たとえ吹雪の中にあっても鷲達はそれに耐え、やがて天候が収まるのを余裕を持って待つことでしょう。晴れた日には伸び伸び翼を広げて食料を求めて流氷の海を滑空します。人間はこのような過酷な自然環境では野外で生活することは出来ませんが、動物達は生き生きと生活しています。
 一方、私達はいつの間にか、自分達で作り上げたものを自分の主人にしてしまいました。地球上で流通するまでになったマネーシステムに私達の生活は支配されています。本来、便利さの為の発明物ですが、今日では地球全体を支配するまでに増大してしまいました。しかし、地球表面の金銭システムには係らず、地球は高速で宇宙空間を移動し続け、季節は変化し続けています。これらの原動力こそ、最も分かり易い創造主の目に見える働きです。
 また、本項で言う名前を創造主の上位に置くとは宗教上の争いのことでもあります。創造主をどのような名前で呼ぶかによって、信奉する神が異なるとしているからです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落044

044 Little by little man's awareness of that which he encounters expands, and clearer grows his vision till at last his conscious awareness beholds the transcendent Cause behind the Name.
044 自ら出会う中で少しずつ人の気付きは拡がり、次第に自らの視野を済ませ、その意識の気付きを成長させて遂には名前の奥の超越的因を見守るまでになります。


【解説】
 本文から、人間の成長とは生涯を通じての学習により、その知覚力を深めて、因の領域にまで拡げることであると示されています。その過程は詩歌の作家のように、わずかな現象の小片から広大な宇宙の動きを感じたり、他のものとの目に見えないつながりを意識することにも類似しているものと思われます。
 自らが関心を持って、様々な事象に名前をつけ、親しみ、記憶しようとすること自体は有益だということは既に述べられましたが、少しずつ気付きのレベルが深まるにつれて、遂には因の領域にまで到達できるとしています。
 しかし、それをどうすれば実現できるかについては、本書は明かしていません。その解明は各自で行わなければならない訳です。山登りに例えれば、頂上に立てば素晴らしい景色が待っていることを教えることは出来ますが、そこに至る道は各自が置かれている状況に合せて各自が切り開かねばなりません。そうした試行錯誤の中で身に付けた体験こそが、次の生涯に持ち越せる自身の記憶になる筈です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落043

043 The Word has never given forth a Name and never shall, for in such act would lose its endless and eternal state of Being. But Man, to whom free-will and power was given, who slumbers deep and dreams his mortal dreams, has in his waking moments labelled action and given name to consciousness and form. His eyes at first were dim with mortal slumber; he saw but vaguely through the mist of sleep, and only felt the coarsest of frequencies that shaped the holy substance into form, but those he named so he might build a memory of parts to guide his future waking states, for only by such means can he evolve to recognition of Cosmic Allness.
043 大いなる言葉は決して名前を発したことはなく、今後もないでしょう。何故ならこのような行動を行なえば、その終わりのない永遠の存在状態を失うことになるからです。しかし、自由意志と力を与えられ、深くまどろみ、自らの死すべき夢を見ている人間は、目覚めている間、行動にラベルを付け、意識そして形あるものに名前を付けて来ました。その目は最初は死すべきまどろみで霞んでおり、人は眠りの霧の中でかすかに見るだけで、形あるものに聖なる物質を形づくった振動の最も粗いものを感じるだけでしたが、自分が名付けたものに対して、人は将来の目覚めに導く役割を持つ記憶の部品を作ります。何故なら、この手段によってのみ、人は宇宙の全体性を認識するよう進化出来るからです。


【解説】
 常に全体の中、あらゆる要素と可能性を持った未分化の始原的状態こそが重要であり、名称を課して具体的な現象に特化した瞬間、それには時間と空間の制約が生じるということでしょう。その始原的状況は宇宙全体と同一であるが故に永続することとなります。
 一方、私達は知覚力が鈍い為に、結果の世界に現れた最終段階のものに気付くだけで、その前の段階、即ち印象や想念レベルのいわばこれから起ころうとする段階やその現象を引き起こし始める因の段階については、全く無頓着だということでしょう。
 しかし、それでも人が一つ一つ、自分が出会う物事を大切にし、自分なりの名前を付けることは、それらを記憶し易くすることであり、粗い知覚と言いながらも、将来、宇宙を理解する上では足掛かりになるという訳です。
 自然を学ぼうとする気持ち、自分自身を深く知ろうとする態度が重要です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落042

THE NAME
042 The Word is changeless, whole and complete. The Name personifies the Word - divides Its vastness into many parts, gives place and form to each and every part and power of utterance in an auditory state. The whirling mass of substance called the Earth is to the mortal ears a mighty name, for on its surface humankind evolves and learns a tongue with which to speak the Name of That which in Itself is nameless, yet Earth shall change and pass away in Time, to reunite within the Cosmos. The Word has always been, will always be, the Name has a beginning and an ending.
名前
042 大いなる言葉は変化することなく、全てであり、完全です。名前はその大いなる言葉を個人化し、その広大さを多くの部分に分割し、各々の部分に場所と形を与え、耳で聞こえる発声の力を与えています。地球と呼ばれる高速で回転する物質の塊は人間の耳にとっては強大な名前です。何故なら、その表面で人類は進化し、それ自身名前が無かった大いなるものの名前を話す言語を学んでいるからです。しかも地球は変化を続け、時間経過の中では、宇宙の中で再統合するため、亡くなります。大いなる言葉は常にあり続け、将来もあり続けますが、名前には始まりと終わりがあるのです。


【解説】
 人間はそれまで名前が無かったものに名前を付ける能力が与えられたとされています。もちろん、物事に各々固有の名称をつければ分かり易くなる訳ですが、一方では私達はその分割された個別の物、即ち結果物に捉われやすくなってしまいます。人間が分類する遥か前から、各々の植物や動物は地上で生きていた訳ですし、それらの創造物も何不自由なく生活していたのです。
 一方、名前を付けたがる私達人間は、名付けたそのものに捉われその形あるものに執着しがちです。しかし、先に述べられていたように、形あるものは、この地球をも含めて時間経過の中では移ろい行く道を歩んでいます。そしていつかは亡びる必然性があります。
 しかし、宇宙全体を観ると形あるものは変遷の道を辿る一方で、その源となる言葉、いわばある意味、様々な要素が融合し、混沌とした段階のエネルギーは衰えることなく活動を続け、不変であるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落041

041 We must open our eyes of consciousness and view in all Its magnitude and beauty, the living, breathing image of the Word.
041 私達は自分達の意識の目を開いて、その全ての壮大さと美しさの中に生き生きと息づく大いなる言葉のイメージを見なければなりません。



【解説】
 Word(大いなる言葉)についての記述のまとめです。
 私達はそもそも何故、word(言葉)が宇宙根源の作用者として聖書にも書かれ、アダムスキー氏も同じ表現をしているかについて考える必要があります。実は本講座も含め、私達の日常は言葉によって成り立っていることが分かります。私達の考えも、その他文明のほとんど全てが言葉によって維持されています。
 そしてこの言葉には、更に深い意味があり、それの源となるWord(大いなる言葉)は宇宙における全ての生命活動、創造作用を司る根源のパワーでもあるのです。私達が発する言葉にはそれと関連があり、私達が日常用いている言葉が更に深遠な所でより大きな働きを担っているという訳です。
 また、言葉は人間から発せられると、少なからず周辺に力を及ぼします。私達は言葉の持つ力の大きさを良く理解して、その本来の創造力を生活に活かすよう、大切に取り扱う必要があります。自然界の諸活動を肉眼ではなく、意識を用いて感じ取るよう、私達の師は私達に語りかけているのです。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落040

040 We, as children of the Cosmos, are in the process of reflecting the understanding of our Source. All action is the echo of the Word as It passes through the vast arcades of space, and in Its passing creates time and form.
040 宇宙の子供である私達は、私達の源泉に対する理解を反映する過程の中に居ます。行動は全て大いなる言葉が巨大な宇宙空間のアーケードを通過する際のこだまであり、その大いなる言葉が通過の際に時間と形あるものを作り出すのです。


【解説】
 人の言動や行動はその人の本源なるものへの理解を反映しているものです。私達は日々、その生命の源の理解の道を歩む子供だと本項は述べています。当然、レベルの差はあれ、私達は毎日、少しずつ成長することが期待されている訳です。
 私達自身が起こす行動も含めて、全ての行動はその原動力は大いなる言葉が宇宙空間において創り出す創造のこだま、宇宙空間に拡がる想念波動であると本項は解説しています。全ての行動はそれらの想念波動に呼応している訳です。
 多くを理解する者は行動の源となる想念を選択し、好ましい波動のみを取り入れることでしょう。また、行動することによって新たな経験と知識が得られ、創造主の隠れた意思をも理解するようになることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落039

039 And every unit in the whole of Being, each atom and each spark of consciousness reveals without a mark of limitation, if we but seek its heart, the perfect image of Infinity. And each of the little passing points of action which we in earthly terms have labelled time, speak within the moment of their being the fullness of Eternity. Just as the drop of water from the ocean reveals the character of that from which it came; and every sunbeam traveling through space reflects the composition of the sun and revibrates the image of that orb in all of the glory of its full expression.
039 そして大いなる存在全ての中の一つ一つの単位である各々の原子と各々の意識のスパークは、もし私達がその本質を求めさえすればその永遠に関する完全なイメージを一点の制限もなく、私達に明かしてくれます。そして私達が地球的な用語として時間と名づけた行動の小さな通過点はそれらの存在する瞬間の中で永遠の全てを語ります。丁度、大洋の水の一滴がそれが来たったものの特徴を現し、また宇宙空間を旅した太陽光線の一つ一つが太陽の構成物を反映し、その球体のイメージをその完全なる栄光の表現の全てにおいて再現するようにです。



【解説】
 私達各自の存在は宇宙の中では小さいものです。しかし、本項にあるようにその時々の行動や想念のスパークは宇宙全体の本源なるものを完璧に表現したものとなっていて、小さいながらもその表すイメージは完全な表現になっている訳です。
 それは私達が身近な自然を観察する時、細部について探求すればするほど、美しい世界が拡がって来る理由を物語るものでもあります。自然界のあらゆるものは皆、この生命の源泉を表現している故に、細部を探求すればする程、精緻な姿が現れることになります。
 雪の結晶や植物の花や葉を顕微鏡で観察する時、私達は創造主の緻密な作品の中に暮らしていることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落038

038 Each form that with our mortal eyes we view is but a point of action in the whole - a minute bit of elemental substance moving to ever changing patterns and designs; impelled and impregnated with all-abiding consciousness. There is no tiniest unit in the Whole that does not bend an ear to the Law which Fathers it and causes it to be. And all that we perceive with mortal eyes and know with our consciousness is but the effective image of the Cause Intelligence, which formless is, yet causes forms to be; which knows no limitations and no bonds yet creates transient dense conditions that move and change within the bosom of incomprehensible Eternity.
038 私達が肉眼で見る個々の形あるものは、全体の中の一点の活動でしかありません。絶え間なく変化するjパターンとデザインに移行する基本的な物質の小さな小片であり、全てを永続させる意識によって促され、受胎されたものです。全体の中でそれを生み出し、そうなる原因を成す法則に耳を傾けないものは如何なる微細なもの一つとしてありません。私達が肉眼で見、そして私達の意識で知るもの全ては、形なきものであるが、形あるものを作り出す因なる英知の結果としてのイメージに過ぎません。その因なる英知には制限も制約も無く、しかも無限の永遠の胸の中で移行し変化する過渡的な密度状態を作り出しているのです。



【解説】
 私達が通常囚われている結果物は皆、移り過ぎる一瞬の姿であり、それに囚われることなく、その活動を促している本源なる因について知ることを求めています。
 私達自身の肉体も含め、この本源的な生命力に従っていないものは何一つとしてなく、皆、その中の構成員、以前に例示があったようにモザイク画のタイルの1片として、大宇宙の中の役割を果たしている訳です。
 自然界のあらゆるものが流転する様子を観る中で、私達はその移ろいを「無常」と悲しむべきではないのです。それらは次々に新しいステージに向けて活躍の場を広げ、互いに共存しながら全体の大きな活動の中に生きていること、更にはそれは因なる生命力が全て統率していることに気付く必要があります。
 季節の変化やそれに呼応した動植物の活動の変化は、これら宇宙に流れる活動的なうねりを現したものと言えます。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落037

037 This planet earth that we call our home was brought into its present state of being through that cosmic law of affinity, the great magnetic principle of attraction, and all that therein grows and multiplies is of the one and only Cosmic Power.
037 私達が母国と呼ぶこの地球という惑星は、親和の宇宙的法則、偉大な磁気的引力の法則を経て、今日の状態になりました。そして地球の中で成長し繁殖する全ては、唯一無比の宇宙的パワーによるのです。


【解説】
 私達の生活の全てが拠って立つ所は地球の大地です。この大地こそ惑星を作り上げているものです。しかし、星の誕生の物語と同じく、地球も宇宙開闢の最初から存在したのではなく、その後、諸々の創造の作用を経て宇宙空間のチリから生まれたと考えるべきでしょう。
 人間に寿命があるように、こうした星々も誕生間もないものから、崩壊に近いものまで様々なステージがあるようです。私達の惑星地球は、これら通常の変遷過程の他に人間が加える汚染や低次元の想念波動の影響を受けて最近では大きな変動期を迎えているように思います。この大地を固めて一つの惑星としているのが、宇宙的な磁気的引力だとしています。
 引力が惑星上の全ての物質を地球にとどめているということでしょう。引力や磁力等、私達にはまだ分からない要素が多いのですが、少なくてもそれら惑星を存在させているのは、本項で言う「磁気的引力」であることを頭に入れて、地球全体の調和を乱すような想念の放出を監視し、その調和を助けるような高次な想念活動を出す存在になる必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落036

036 Oh, Son of God and Son of Man, lift up all things within your sight; let your heart make known that which the sight doth not reveal and from the womb of Cosmic Cause which is the source of all creation awaken into the birth of a Magnificent Perception. Awaken into the realm of true Being. Let the strong fingers of your will draw you again into full consciousness. Rise from your earthly couch of slumber and perceive the beauty of your present Existence.
036 ああ、神の息子、人の息子よ、あなたの視界にある全てのものを高揚させなさい。あなたの心に視覚は真理を現さないこと、そして全ての創造の源である宇宙の因の子宮から壮大な知覚の誕生が覚醒されることを知らしめなさい。真実の存在の王土の中に目覚めることです。あなたの意志という強い指であなた自身を完全な意識の中に再び引っ張り入れることです。あなたの地球でのまどろみの長椅子から立ち上がって、あなたの現在の存在の美しさを知覚することです。


【解説】
 私達の持つ潜在力をもってすれば、私達が見る全てのものに対して、大きな力を発揮できることが冒頭で述べられています。私達自身が通常、支配されている視覚は外見を伝えるに過ぎず、本質的なことは全て印象をもって知覚しなければなりません。万物の霊長と言われて来た人間は本来、様々なものに対し、大きな影響を与えることが出来ます。私達が一瞥するものも含め、全てのものに良くも悪くも影響を与えている訳です。また、そうすることで実は自分達の環境をも作り出しているのかも知れません。
 目で見る全てのものを本来のパワーを発揮させ、高揚させよと著者は言っている訳です。
 また、その高揚対象は私達自身に対しても向けられなければなりません。単に心地良いという理由で、私達は怠惰の眠りに就き、長い間、自分自身の存在意義を考えずに過ごして来ました。それを強い意志で立ち上がり、自分自身の存在を再度、見渡してその価値を知ることだと本項は訴えています。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落035

035 And this creation, highest of them all, was known as Man, born out of That which has no ending; given dominion, consciousness and love and power over all the lesser things. But he descended into depths of sleep, became unconscious of the vaster kingdoms, forgetful of the Glory that exists and dreamed, instead, into existence, the changing image of mortality.
035 そしてこの全てのものの最高位の創造は人として知られ、終わりなきものの中から誕生したものとして知られました。それは全てのより下位のもの達への統治、意識と愛そして支配力を授けられました。しかし、人は眠りの奥深く身を落とし、広大な王国を自覚せず、存在し夢に描いた栄光を忘れてしまい、代わって移ろい行く死すべきイメージを存在させてしまいました。


【解説】
 現に私達は眠りに落ちて、自分達本来の恵まれた環境を忘れ、移ろい行く現象の世界のみを生きていると言っています。よく悟りや覚醒とかと表現しますが、それはこれらの眠りから覚めて、本来の姿を見るようになることを意味します。
 眠りという表現の中には、単に身体が休息を求める自然の睡眠を意味するものではなく、怠惰に由来する「惰眠」という意味も含まれていることでしょう。テレパシー講座の時にもありましたが、外部からの印象に気付くためには、私達は感受性を高めなければならず、感覚を磨くことは、この「眠り」とは対極をなす状態と言えます。
 野生動物が絶えず外界のどんな変化も見逃さないように警戒の状態を通じて、真相に気付こうとすることから始める必要があるように思います。

ジョージ・アダムスキー「宇宙哲学」 第3章-段落034

034 Out of Cosmic Cause are worlds and planets whirled into existence; out of such formless beauty has evolved form upon form until at last there came one form so perfect in its geometric pattern that it possessed the possibilities of understanding Cause. And so into this form was poured the Breath which speaks the rhythm of creation into being, and it was given power to perceive all existence; and it was also blessed with power to name that which before had been but nameless.
034 宇宙の因の中から、諸天体や諸惑星が渦を巻いて誕生しています。このような形の無い美しさの中から、次々に形が進化し、遂にあまりにその幾何学的パターンが完全である為、因を理解する可能性を持った一つの形あるものが出現しました。そしてこの形あるものの中に創造のリズムを語る大いなる息吹が注ぎ込まれました。そしてその形あるものは全ての存在を知覚する力を与えられたのです。そしてその形あるものはまた、それ以前には名前が無かったものに名付ける力を授かったのです。


【解説】
 私達人間がどのようにして原初に誕生したか、また創造物の中における位置付けについて語られています。
 よく芸術家が彫刻であれ、絵画であれ、人体のデッサンを基本とするようですが、その人体の形そのものの持つ価値について、本項では特別な意図を持った創造物だとしています。私達人類は本来、他の存在に名前を付けて認識し、あらゆる存在を知覚出来る潜在能力があるという訳です。
 その私達自身、果たして与えられた身体を十分、大切にしているのでしょうか。劣悪な環境の中に住む私達ですが、それに加えて余計な心配や所有欲、自我の感情の上がり下がりで、その心は疲弊して、身体の管理もままならない状態が続いているのではないでしょうか。
 私達の存在の原点は、本項で書かれているように天与の能力を素直に受け継ぎ、発展させることにあります。創造主の期待を担う私達は、このことにいち早く気付いて、少しでも各自がつまらぬ重荷を下ろすことが必要です。
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