2010年10月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落362

362 Dr. Nicholas Murray Butler once said, "All the problems of the world could be settled easily, if men were only willing to think." He might rather have said, "If men only knew how to think!" This is the great lack in our educational system of today; our young men-to-be are not taught how to think.
362 ニコラス・マレイ・バトラー博士はかつてこう言いました。「世界中の全ての問題は、人間がただ喜んで考えようとするだけで簡単に解決されるだろう。」彼はむしろ、こう言いたかったのかも知れません。「ただ人間が考える方法を知ってさえいれば」と。このことは今日の私達の教育システムにおける大きな欠陥なのです。私達の将来若者となる者が考える方法を教えられていないのです。


【解説】
 本文で紹介されているニコラス・バトラー(1862-1947)は米国コロンビア大学の総長で、その平和運動への貢献から1931年にノーベル平和賞を受賞されています。残念ながら、私自身その著書を読んだことがありませんが、アダムスキー氏が引用するように、その発言には大いなる真理が示唆されていたものと思われます。
 本章のタイトルでもあるThinking(思考)に対するものとして、Reasoningが設定されています。Reasoningの訳出については迷う面もありますが、現時点では「推論」としています。時に「論証」とも訳されている言葉ですが、その意味する所は「一つ一つの前提を確認した上で、結論を推論する」というようなことかと思っています。
 しかしながら、本章で強調されていることは、必要なのは限られた内容の前提から出発する「推論」よりも、はるかに、自由に想念が自らの身体に流れ込む状態を作り出す「思考」が重要であることが述べられています。
 およらく、鋭敏な幼児期にこのような訓練を受けることが出来れば、その人のテレパシックな能力は想像以上に発達できるということでしょう。それに対して、現代の学校での知識偏重、記憶重視の教育には欠陥があると指摘しているのです。そういう意味でも、心の中を外宇宙からの印象を自由に流れ込ませる態度が重要であり、先ずはこれまでの思考態度を見直すことが必要だということです。

お知らせ

申し訳ありませんが、明日10月27日と28日は出張の為、更新をお休みさせて戴きます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第4章-段落361

PART Ⅲ
CHAPTER Ⅳ
Thinking Versus Reasoning
361 Thinking is neither toil, nor stress, nor strain. Rather, it is the ability to allow thought action to take place in an unobstructed manner; and the power of observing its path to travel.
第3部
第4章 思考と推論
361 思考とは労苦でも重圧でも緊張でもありません。むしろ邪魔されることなく、思考行動が起こせるようにさせて置く能力、その流れが巡る道筋を観察する力なのです。


【解説】
 いよいよテレパシー講座も最終章を迎えました。ここではこれまでの学習の集大成として、全体を通した著者の見解が記されているように思います。
 さて、本項では何かの問題点の解決を図りたい場合やその他何事につけて、私達は「考える」訳ですが、その時の心構えを語っています。つまり、その何らかの答を得る為に、悶々としたり、気持を集中したアイデアを生み出そうとするよりも、もっと自分自身に想念(アイデア)が自由に通過して来るよう、心を開いて執着を取り払えと言っているのです。
 私達は外宇宙から来るこれらの想念の流れを心に自由に流すことに努力すべきで、その中には必ず実りある解決策がある筈です。それら一つ一つの想念(アイデア)をじっと見届けることが、真の思考であるという訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落360

360 When we analyze life closely, we find it conforms rigidly to immutable laws. For all its apparent complexities, life is the soul of simplicity.... a symphony of harmonious, synonymous motion. We also will find that the inspiration for the first investigation came from some vestige of existing fact which impressed itself upon human awareness. So we must admit the reality of a language that is accepted, and acceptable, to the animate and the socalled inanimate. It is the soul of all action, all substance, and all force.
360 私達が生命を詳細に分析する時、私達は生命が不変の諸法則に厳格に従っていることを発見します。何故なら、その外見上の複雑さにも拘わらず、生命とは平易さの真髄、調和があり、同調した活動の交響曲であるからです。私達はまた、その最初の研究は人間の知覚作用に印象づけられた実在する事実の痕跡を元になされるようになったことを知るでしょう。ですから、私達は生き物にも、いわゆる無生物にも受け入れられた、あるいは受け入れられる、ある言語の存在を認めなければなりません。その言語は全ての活動、全ての物質、全ての力の真髄なのです。


【解説】
 全ての答は大自然の生命活動の中にあるということです。生命体は外見上、様々な形態を持ち、各々独自の特徴があり、従来は各々を属や種に分類して来ました。一方、近年発展を遂げつつある分子生物学の分野では、全ての生物をDNAの遺伝子レベルで解析し、あらゆる生物がA(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)というわずか4種の塩基の組み合わせで成り立っていることを明らかにしています。また、最近では、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法等により、特定箇所のDNA分子を増幅させることによって、これら塩基配列の解析が容易に出来る段階にまで至っています。生物における分子レベルの遺伝子解析は本文で言うsimplicity(平易さ)の典型と言えるでしょう。
 私達の限られた知覚能力であっても、本項に述べられている通り、時折、これら生物や鉱物等のいわゆる無生物から印象が届くことがある訳で、その印象こそ、ありとあらゆるもののエッセンスであり、この上なく大切なものであることを教えているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落359

359 When we understand our bodies, control our senses, and open our minds to the flow of universal knowledge, true clairvoyance, clairaudience, and all the rest will develop naturally within us. But when we have grown to the place where these perceptions do unfold, we will have developed beyond personal desires. Our interests then will lie in universal revelations.
359 私達が自身の肉体を理解し、感覚を制御して自らの心を宇宙普遍の知識の流れに開放する時、真の透視、透聴またその他の能力が自然に私達内部に発達することでしょう。しかし、私達がこれらの知覚作用が花開く場所に到達した時には、私達は個人的な願望を越えて発達していることでしょう。私達の関心はその後は宇宙普遍の創造の現出にあることでしょう。


【解説】
 自分の肉体の仕組みを学び、自らの知覚を通じて日頃の活動を理解しようとすること、また感覚による差別や裁きを鎮めながら、日々、宇宙からやって来る印象に対し心を開いておくことは、実は簡単なようですが、テレパシー能力開発の極意であるという訳です。
 この3つのいずれかが欠けても進歩には到達せず、各々が調和しながら少しずつ前進することが重要な訳です。大事だと思うのは、その3つの側面の調和です。相撲の世界では「心技体」と言うそうですが、創造主から託された肉体を大切に維持しながら、唯一の自分のものと言える心を教育訓練し、その増長を抑えつつ、創造主と印象を通じて交流できる段階に到達すれば、もはやご自身は創造主の道具になって、永遠の生命を持つ存在になるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落358

358 One day, by means of this human instrument upon which we look so condescendingly today, we shall produce miracles of manifestation such as our world has never known. But recognition of its telepathic potentialities must come first. A definite self-training program must then follow if we ever hope to place these divinely created bodies on the same level as the mechanical devices we now deem so miraculous. There exists such a vast scope of working possibilities in the area of mental and psychological development, that the adventurous soul need have no fear of running short of fields to conquer.
358 いつの日にか、今日私達がそれほどに腰低く見上げるこの人間の道具を用いることによって、私達は私達の世の中がこれまで見たことのないような創造の奇跡を造り出すことでしょう。しかし、そのテレパシックな潜在能力に対する認識が最初になければなりません。もし私達がこれら神聖に創造された肉体を私達が今日奇跡だと考える機械装置と同じレベルに位置付けるなら、確固たる自己訓練計画が次に続かなければなりません。心や心理学上の発達の分野には広大で実際に役立つ可能性が存在しており、冒険好きな魂にとって征服すべき分野が不足する心配はありません。


【解説】
 「神の道具としての人間」の側面を発達させることが大変な意義あることだということなのです。イエスは多くの奇跡を現実にやって見せたのも、その可能性を人々に示したかったからと思われます。
 神の道具に成り切ること、自我をその僕(しもべ)にまで小さくすることから始まるという訳ですが、その後も決意を持って自己訓練を行うことが必要だという訳です。一般的に、これは長い道程になると思いますが、それでもその歩みは次の生涯にも受け継がれるものと考えています。
 その神の道具になることによって、これまで想像も出来ない程の物事が実現するとしています。内容はわかりませんが、宇宙の創造の力が直接働くとなれば、必要に応じて様々な奇跡が起るものと思われます。その一つが知識や情報が必要に応じて湧き出ることです。生前、アダムスキー氏は書物を持たなかったと言い伝えられています。それでも、テープの記録を聴きますと、人々と会話する中で驚くべき程の多様な知識と情報が出ていました。それら豊富な知識の源泉もこの能力拡大の一つだと考えております。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落357

357 During the past centuries Earth man's progress has been chiefly in mechanical fields. Every universal principle of which he has become aware, he has expressed in mechanical terms. And in man's earnest effort to acquire greater knowledge, he has forgotten to develop the one instrument that is capable of leading him to such knowledge.
357 過去何世紀もの間、地球人の進歩は主に機械分野においてでありました。彼は気付くようになった宇宙普遍の法則全てを機械的な用語として表現して来ました。そしてより偉大な知識を得ようとする真面目な努力の中で、彼はこのような知識に自らを導く可能性のあるその道具を発達させることを忘れてしまったのです。


【解説】
 名古屋に「産業技術記念館」という博物館があります。豊田佐吉や豊田喜一郎による一連の紡織機械の発明品が当時の姿で展示されています。その延長に国産自動車メーカーとしてのトヨタの出発があり、国産車1号機が出来上がるまでの本物の工具や試験機が展示されている等、この博物館はまさに本項でいう機械文明の発達の歴史を学べる場所となっています。
 このように今日の私達はいわゆる機械文明の恩恵を受け、身の回りにこれらの機械が働いているお蔭で、昔の人々と比べて随分と楽な暮らしを送れるようになりました。
 しかし、本項では、これら機械文明は本来、私達が発達させるべき側面の一つでしかないことを指摘しています。従来は生活の不便を無くし、便利にしようとする機械文明の発達を目指して努力していたのですが、その他に発達させるべき要素として宇宙本来の生命力との一体感や印象の感受等、精神面の訓練が重要だとしているのです。自身が創造の道具(instrument)になり切ることで、私達が創造主から直接の指示を受けた働き手になることが、これまで以上に好ましい結果をもたらすということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落356

356 If a man was submerged in a tank of water, he would influence and be influenced by the relative pressures existing between his body and the water mass. The same is true when dealing with the sea of the universe. For as surely as the law works in the coarser fields of manifestation (in this case the water), so it works in the finer. And what is the atmospheric, or etheric vibrations, but the pressure of life? The sooner we get away from our beliefs in mystery and superstition, the sooner we shall become the Knowers of Life in its fullness.
356 もし人が水槽の中に沈められたら、彼は自分の身体と水本体との間に存在する相対的な圧力に対し影響を与え、また影響を受けることでしょう。宇宙空間の海についても同じことが言えます。何故なら法則は粗い創造の場(この場合は水)で働くのと同じく、より精妙な場についても同様に働くからです。また、大気やエーテルの振動、否、生命の圧力についてはどうでしょうか。私達が神秘や疑いに対する思い込みから離れ去るやいなや、私達は生命の完全なる知者になることでしょう。


【解説】
 ここでは宇宙空間との関係について、水槽に入る時に感じる水の圧力の例を掲げています。私達がプールや湯舟に入る際、身体に水の圧力を感じますが、同様なことは水の側でも感じ取るということでしょう。身体全体が宇宙空間や生命活動の世界との接触を感じるようにせよと言っているように思います。
 これら自分の肉体が常に宇宙や生命力本体と身体全体で接しているという実感からは、もはや疑いや神秘というものは無くなる筈です。これら自分に接している世界に気付くことが出来れば、次は身体中にはり巡らされた神経組織を通じて、必要な情報を印象として取り出すことが出来るものと思われます。生命の智恵はこうして各自に与えられることになるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落355

355 The human being is the most highly organized and sensitized instrument of manifestation. He is therefore most capable of tuning in to the lesser vibrations, objectifying them, and rebroadcasting them into the universe as higher expressions. We cannot help being affected by the varying frequencies of the chemical universe in which we live, nor can we help affecting others by the thoughts we send forth into the mind-ether of space. We need only to become aware of such relative currents to make use of these facts.
355 人間は最も高度に組織化され、鋭敏化された創造の道具です。ですから人間はより下位の振動に同調させ、それらを客観化し、それらをより高次な表現物として宇宙空間の中に再放射することが出来るのです。私達は私達が住む化学的宇宙の変化する振動によって影響を受けざるを得ず、私達が宇宙の心のエーテルの中に送信する想念によって他者に影響を与えざるを得ません。私達はそれらの事実を活用するためには、それらの相対的な流れについて気付くようになるだけで良いのです。


【解説】
 本項の前半はいわゆる芸術について語っているものと思われます。画家や音楽家が造り出す作品は、自然界に存在するものをより純化し、精緻なものに高めたものとして再表現しています。普段、鈍感な私達がそれらに美しさを感じるのは、本項で述べられている高次な表現物として出来上がっているからに他なりません。
 また、これらの作品を観て、感じる想念は再び宇宙空間の中に広がり、相互に影響を及ぼしあうことになります。印象や想念の力がすごいのは、そのもの自体の実現力ばかりでなく、他への影響が大きいことにもある訳です。ましてや、今日、テレビやインターネットを通じて容易に情報が伝わる現在にあっては、より良い想念を文字その他に表現した上で世の中に発信することも意義あることだと思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落354

354 No! The plant, the sea, the air, and the minerals of the earth have no faculty of independent reasoning. However, they possess the same natural guidance that causes human forms to be receptive to changes of conditions, for they contain the feeling element. Therefore, atmospheric and other conditions affect them just as they do humans; and they respond without question. For the same Life Force known as the Breath of Life in man, flows through their forms.
354 いいえ。植物や海、大気や地球の鉱物は独立した論証能力を有していません。しかし、彼らは人体が状態の変化を受容出来るのと同じ自然の導きを有しています。何故なら、彼らはフィーリングの要素を持っているからです。それ故、大気やその他の状態はそれらが人間に与えるのと全く同様に彼らに影響を与えますし、彼らは疑いなくそれに応答します。何故なら人間において生命の息吹きとして知られる同じ生命力が彼らの体の中にも流れているからです。


【解説】
 本項で述べられている生命力は、万物に共通するものですが、本項を読んで感じたことが一つありました。それは私達が日常、もっぱら視覚、聴覚、味覚、嗅覚の4つの感覚の窓から外界を見て、判断していますが、それでは本来のフィーリング機能は発達しにくい訳です。日常、努めて目や耳、舌や鼻からくる情報に重きを置かず、むしろやって来るフィーリングや感じや勘を頼りに少しずつ生きて見ようと思った次第です。
 もちろん、全く無視ということではありませんが、何処からともなく来る印象に重心を置いた生活になります。そのことは単に印象を得て実生活に役立つようにするものではなく、本項で述べられているように自然界の万物と会話出来るくらいに意思疎通を行う為です。そうなれば、万物との一体感が生まれるものと思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落353

353 Through millions of years of evolution, man is endowed with physical senses and a faculty for reasoning; and he has come to depend solely upon these avenues of perception. But what of nature? Does it possess the faculty of reasoning? Is it endowed with the organs of sight and hearing, taste and smell? Does the tiny seedling germinating in the warm, dark bosom of the earth use recognized sense perceptions to decide which chemicals to extract, and which to reject for proper growth?
353 何百万年もの進化の間、人間は肉体の諸感覚と論証の能力を授けられて来ており、これらの知覚経路のみに依存するようになりました。しかし、自然はどうでしょうか。自然は論証能力を持っているでしょうか。視覚や聴覚、味覚や嗅覚を授けられているでしょうか。大地の暖かく暗い懐の中で芽を出している小さな種は、適切な成長の為にどの化学成分を抽出しどれを拒絶するかを決定する為に感覚による知覚を用いるでしょうか。


【解説】
 ここでは肉体の感覚器官を唯一の拠り所として長年、確実な論拠を求めて歩んで来た一方、大自然はこれらの感覚を一切当てにしていないことを述べています。大自然の中で刻々と営まれている微生物や植物の世界では、生命活動は皆、フィーリングの経路を通じて、必要な判断が行われています。
 もちろん、暗黒の世界、音も無い静寂な世界の中、多くの生き物が暮らしているのが、地中での生活ということになります。また、よく思うのは、自身の肉体についても、光を感じるのは眼や身体の表面に限られ、圧倒的な部分や光が無い場所で、各々の臓器が各々の役割を果たしていることです。私達は眼をつぶったり、真っ暗な部屋に入ると、途端に不安感が起りますが、実際の生命の本体は、光りの有無には関わり無く、活動を行っている訳です。
 地中の生き物として、ミミズの果たす役割が大きいことが言われていますが、彼らはどのような感性で地中で暮らしているのか、たまには意識を向けるのも良いかも知れません。私達が日常、気が付かない場所で、私達の生活を支える多くの生き物達の働きがあり、それらは皆、フィーリングという経路を用いて生きているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落352

352 It is possible for the sense organs to be so sensitized, or refined, that they are capable of intercepting vibrations from a great distance, or they may receive higher frequency vibrations than can be heard by the normal individual. We are all aware that both our sight and hearing are limited to a very short range, compared to what our scientists know is possible. Yet, occasionally, individuals are born with exceptionally keen sight, or acute hearing; enabling them to see much greater distances, or hear higher or lower pitch frequencies than the average. But these are physical attributes. Two good examples are to be found in the bird and animal kingdoms. The bird, with its microscopic eyes can detect the movement of tiny life forms from high in the air. The silent dog whistle familiar to us all, is pitched too high to be audible to human ears, yet canines respond immediately.
352 感覚器官が鋭敏にされ、あるいは純化されることで遠距離からの振動を傍受したり、普通の人間が聞こえるよりも高い振動数を聴くことができるというのはあり得ることです。私達は皆、私達の視覚や聴覚は私達の科学者が可能だと知っている範囲と比べて大変狭い範囲に限られています。それでも時折、例外的に鋭い視覚や鋭敏な聴覚を持って生まれた人々もあり、はるか遠くが見えたり、平均より低い音律を聴くことができています。しかし、これらは肉体の属性です。二つの良い例が鳥と動物の世界に見い出すことができます。鳥はその顕微鏡的な眼で上空高い所から小さな生き物の動きを見抜くことが出来ます。私達皆に馴染みのある無音の犬笛は人間の耳には高過ぎて聞こえませんが、犬達はそれにただちに応答します。


【解説】
 よく言われる例として各感覚器官を家の窓に例える話があります。当然のことながら、窓自体が曇っていたり、損傷していては中にいる人間に外の本当の姿を見せることは出来ません。また家という肉体を与えられている人間にとって窓の存在は外の世界を写す大事な経路となっています。与えられた家を長もちさせるには、普段の手入れが大切で、粗末に取扱っていては家はすぐに傷んでしまいます。
 本項はこれら肉体の窓である感覚が唯一のものであるとは言っておらず、印象の経路の方がはるかに重要であるとしていますが、これら既存の感覚についても訓練次第では、あるいは生来的には現状よりはるかに精度が高く、広範囲であることが述べられています。各感覚器官も訓練によってはその鋭敏さを開発発展できるとしています。ちなみに人間の眼には1mm四方に約16万個の視細胞があるのに対してタカの視細胞は約100万個と人間の6倍以上の視力があるとのこと、また人間の可聴域が20~20000ヘルツであるのに対し、犬では40~65000ヘルツと言われています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落351

351 We have shown earlier how emotions affect not only the brain, but the body as a whole. Every cell composing it reacts to the thought. So in the case of the above mentioned mental picture, the thoughts of deception in the mind of the man produced certain chemical changes in the cells of his body; and impressions from his body cells alone could have been received. However, in this particular instance, the thought actually passed through the brain-amplifier, and therefore created more forceful waves in the mind-element of space. These waves exerted definite pressures around innumerable people, yet they were ignored. One person-myself, in this case-being in a state of receptivity, became aware of this pressure acting upon my body, and allowed the transmission of it to register upon my brain without interruption.
351 私達は以前、どのようにして感情が頭脳だけでなく身体全体に影響を与えるかについてお示ししました。身体を構成しているあらゆる細胞が想念に反応するのです。ですから、上述した心の映像の場合、その男の心の中の策略の想念は彼の身体の細胞に何らかの化学変化をもたらしました。ですから彼の肉体細胞からの印象だけでも受信は可能だったのです。しかし、この事例の場合には、その想念は実際に頭脳増幅器を通った為、宇宙空間の心の要素の中により強力な波動を創り出しました。これらの波動は無数の人々の周囲に明らかなる圧力をもたらしましたが、人々は無視したのです。この場合、私一人が感受出来る状態であったため、私の身体に加わるこの圧力に気付き、その圧力を妨害することなく、私の頭脳へ伝え、登録させたのです。


【解説】
 ここで通常、私達が「想念」と言っているものには何種類かの段階があるものの、私達が感じる大部分は送信者の頭脳で増幅され発信された、ある意味強烈な力を持った波動ということが分かります。この想念波は「波」である以上、伝える媒体が無くてはなりませんが、本項でそれを「宇宙空間の心の要素」と表現しています。つまりは私達を取り囲む空間はこれら想念を伝える媒体となっているという訳です。また「心の要素」という表現から、宇宙空間を広大な心、想念を通過させるものとして表現していることも注目したいところです。ある意味、宇宙空間が一つの心として全てを包んでいるということでしょう。
 またこのように私達が想念を伝える媒体の中に生きているということは、誰でも他者の想念を捕捉することが出来るということになります。想念自体があらゆるものに作用する以上、つまらぬ想念を抱くなという意味が分かります。少しでも良質な想念を発することが周囲の人々にとっても自分の周りの環境にとっても極めて大事なことなのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落350

350 What was it that enabled me to receive the thought of deception in this particular case? It was not the eyes or ears, for the meeting took place in another city, some distance from me. Was it the brain? No. The brain is merely a transformer and amplifier within the body. While it is true that any vibration striking the body is carried to the brain to be transformed into conscious perception, the actual reception of that vibration does not depend upon the brain, but upon the element of feeling within the nerve plasm of the body. This element is that positive nuclear spark, or soul, of the atoms composing the physical body. So the thought of deception came to me through the feeling channel.
350 この事例で私に策略の想念を受信させたのは何であったのでしょうか。それは目や耳ではありませんでした。何故ならその会合は別の都市、私の所からはかなり離れた場所で行われたからです。それでは頭脳であったでしょうか。いいえ。頭脳は身体の中の変換器や増幅器でしかありません。いかなる振動も頭脳に運ばれ意識的な知覚に変換されることは真実ですが、実際の振動の知覚は頭脳に依存せず、身体の神経原形質の中のフィーリングの要素に依存しています。この要素は肉体を構成しているプラスの核のスパークあるいは魂のことです。ですから策略の想念はそのフィーリングの経路を通じて私にやって来たのです。


【解説】
 そもそも「フィーリング」というものに対して、それが何処にあるかについて、本項ではじめてその所在を明らかにしています。元来、「フィーリング」という語彙の中にはfeel(感じる、触れる)という触覚あるいは触感に似たイメージがあります。しかし、アダムスキーしは以前、touch(触感)とfeeling(フィーリング)とは異なると述べていましたが、本項からそれらは広い意味で神経細胞の働きに属することが分ったように思います。
 即ち、私達が求めるフィーリングは私達の身体各部にはり巡らされた神経細胞が外界から衝突して来る何らかの要素を感知してそれらの情報を頭脳に上げることから実現する訳です。その際、実際に神経細胞のどの部分が働いているかは不明ですが、それは各原子の中の核のスパークと表現される精妙なる活動状態とも関連すると本項では示唆しているのでは。神経細胞は絶えず身体の異常の有無を監視する等、私達にとって頼りになる存在ですが、同時に印象の傍受をも担っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落349

349 Why did this idea come to me? I received the impression because the man in question, although deliberately saying one thing, was unconsciously broadcasting the scheme he had in mind, The other man, depending upon his auditory organs for enlightenment, believed the words he heard spoken. But because I was able to receive the transaction through the feeling channel, I discovered the deception. I revealed this impression to the intended victim, enabling him to take the necessary steps to guard against the fraud.
349 何故このアイデアが私にやって来たのでしょうか。問題の男が巧妙に一つのことを言っているにも拘わらず、無意識に自らの心の中に持っている企てを発信していた為、私がその印象を受信したのです。もう一方の男は光明を求めるのに自らの聴覚器官に依存していたため、その男が話したのを聞いた言葉を信じていました。しかし、私はフィーリングの経路を通じて両者のやりとりを受信出来ていた為、その策略を発見したのです。私はこの印象を意図された犠牲者に明かし、彼にその詐欺に対して身を守る必要なステップを取らせることが出来ました。


【解説】
 これまで私達は目や耳を頼りに生きて来ました。しかし、それらから来る情報では大事なことは得られないことを本項では述べています。とりわけ、相手が心の奥底で抱いていることについては、直接その内容を把握するのに印象(フィーリング)を用いることだと言っています。
 この相手、本項で言うような悪人ばかりを対象とするのでは、世の中悲しすぎます。大切なのは創造主を心底理解しようとすることにあるでしょう。印象を感受する為には心にゆとりがなくてはならず、常に自らの心の状況を監視して、状態を常に把握している必要があります。その上でやって来る微妙な印象を鋭敏にキャッチすることになります。
 よく言われることですが、それら印象を受け入れる為には、心の主人公であるエゴは小さく謙虚になってやって来る印象を快く受け入れる必要があります。丁度、宿屋にお客さまがいらっしゃるのと同様、宿の主人は暖かくお迎えすべきことは言うまでもありません。「アイデア」や「発想」等、様々に表現される印象ですが、各人が各々の必要な場面で、創造主が支援してくれるのが、この印象という経路です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落348

348 Science, in its investigation of telepathy, has come to the conclusion that it is the result of a refinement of the sense organs, whereby they are able to pick up light or sound vibrations from a distance. But let us take a case in particular. A mental picture appeared to me of a conference between two individuals with whom I was acquainted. I saw the room in which the meeting was taking place very clearly, and the voices of both men were as distinct as if they were standing beside me. There seemed to be the greatest friendliness between them, and their transaction appeared to be of the most sincere and amiable character. But I became aware that a deception was being premeditated by one of the men.
348 科学はテレパシーを調査した結果、それが感覚器官を純化させ、遠方からの光や音を捕捉できるようになった結果であるとの結論に達しました。しかし、ある事例を特に取り上げましょう。私に私が知り合った二人の人物の間の協議の場面の映像が現れたのです。私にはその会合がもたれた部屋がとてもはっきり見えましたし、二人の男の声もあたかも二人が私のそばにいるように明確でした。彼らの間にはこの上ない友好的な雰囲気があり、彼らのやりとりは大変誠実で好意的な性質のものでした。しかし、私は彼らの内一人によってある策略が企てられていることに気付いたのです。


【解説】
 本項はテレパシーの本質が既存の感覚器官の発達によるものとは無縁であることを示唆しています。とかく私達は目を凝らして、耳を澄ませて物事の本質を探ろうとしますが、それではテレパシーの開発は出来ないと言っているのです。本来のテレパシーは別の所、即ち、フィーリングという既存の感覚器官とは独立した経路から来ると言っているのです。
 本文では著者アダムスキー氏自身の体験として、とても明瞭なイメージを得た事例を紹介しています。もちろん、著者に備わったテレパシー能力の一例なのですが、注目したいのは、そのイメージ出現の理由です。この場合、著者が大変重要だと感じる出来事についてのイメージであったことが重要だと考えます。つまり、知人の一人がまさに危険な目に遭っていることを著者が遠方から感じ取り、具体的な状況を把握していたという訳です。
 自分が大事にしているものは、例え遠く離れていてもその状況を絶えず気にかけることは、「星の王子様」に出て来る王子が大切にして来た花の場合によく似ています。私達もテレパシーを応用する先は、このようなことでありたいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落347

347 To explain fully this universal force and its workings would be impossible: for it would demand a knowledge of Primal Cause. But whatever method was used to throw the Cosmic Force of the Universe out of its natural state of equilibrium, and set it into primal concentration or chemicalization, was also the beginning of thought.
347 この宇宙普遍の力とその働きを完全に説明しようとするのは困難でしょう。何故なら、それには原始の因の知識が必要とされるからです。しかし、自然の平衡状態から宇宙空間の宇宙的な力を取り出して、それを原始の密度状態、即ち化学処理に作用させる為に、どのような方法が用いられるにせよ、それはまた想念のはじまりでもあったのです。


【解説】
 聖書にあるイエスの奇跡等、物質に直接働き掛けて、通常では起らないことを実現させる際のことを本項は示唆しているように思います。化学の分野ではある状態(仮に「A」とする)から別の状態(「B」)に移行する潜在力(言わば位置エネルギーの差)はあっても、AからBに移行する為には、山を越える必要があり、一般的には越える為のエネルギーを必要とします。原料(A)に一時的に熱を加えてはじめて反応が進み、後は自然に燃焼が進んで反応物(B)が出来るのもその一例です。
 この場合、Aは自然の平衡状態にあって安定しており、通常の条件では反応しない訳で、それを何らかの方法で一時的にエネルギーの高い状態に引き上げる作用があってはじめて反応が進むことになります。本項で言う「自然の平衡状態」が示すイメージはこのようなものではないかと思っています。
 本項ではその具体的な方法については言及していませんが、それが想念作用の一つであることを明言している点にも注意して置きたいところです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落346

346 It is realized that those trained to use superficial knowledge and book-learning will continue to deem such truths as fantasy. Those who believe that all problems must be solved either with pencil and paper, or by physical experiments, will find it difficult to accept the theory of a universal language that is capable of revealing all existing knowledge.
346 上辺だけの知識や机上の学問を用いるよう訓練された人達は、今後もこれらの真実を空想だと見なすだろうことは分かっています。あらゆる問題が紙と鉛筆、或いは物理的実験のいずれかによって解かれる筈だと信じている者は、存在する知識の全てを明かす可能性がある宇宙普遍の言語についての理論を受け入れるのは困難なことでしょう。


【解説】
 これまで学問の世界で取扱われて来た分野を否定するものではなく、それらの分野は全体のごく一部に過ぎないという訳です。実際には多くの創造物ははるかに容易に真理を体得し、彼らの日常生活に応用しているということです。
 その豊富な知識をもたらすのが本講座で取扱っている宇宙普遍の言語、テレパシーであると強調しています。テレパシーによる情報は、学問の世界で尊ばれる手順の妥当性や少しずつの証明の積み重ねではなく、結果が直接伝えられますし、私達はそれを実生活で活用するだけです。一方、学術の世界では、誰が初めて発見したかが名誉のこととされ、研究者は他人よりいち早く真理を証明する為に、懸命な日々を送っているのです。
 しかし、人間の生き方としては、もっと広い宇宙観を持って、不可視な宇宙の源泉から来るこれらの印象を受け入れる心構えが大切ではないかと考えています。確かに既存の学問の成果として今日の社会基盤があることは確かですが、私達は更に発展する為には、オープンで柔軟な宇宙への関心が必要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落345

345 Perhaps you have taken these reactions as a matter of course, attributing them to psychological rather than physiological sources. But the fact is, we cannot separate the two phases of expression; both are the result of chemical action. Any phenomena of sensation, whether it be a feeling of great joy because the sun is shining, or a pain in the stomach caused by eating some food for which the cells had no affinity, is the product of chemical reaction. In any channel of awareness, we cannot get away from the fact that we are living in a chemical universe. It matters little whether those chemicals manifest as a force, or as a substance.
345 おそらく貴方はこれらの現象を当然のごとく生理的というよりは心理的な源泉に起因する反応だと思って来たことでしょう。しかし、事実は私達はこの二つの表現の側面を分離することは出来ないのです。両者は共に化学反応の結果です。如何なる感情の現象も、それが太陽が輝いているが故の大いなる喜びの感じであっても、細胞に親和性が無く摂った食物によって胃に生じた痛みであっても、それは化学反応の所産なのです。如何なる知覚の経路であっても私達が化学的宇宙に生きている事実から離れることは出来ません。それらの化学物質が力として現れようと、物質として現れようと大差はありません。


 セロトニンやドーパミン等の物質が、私達の精神面について大きな影響力を持っていることは今日の医学でも広く知られるようになって来ています。また、一方では極端な例として、覚醒剤等の違法薬物への依存が現代社会の大きな問題となっていることも周知の通りです。このように、私達は精神面でもいわゆる化学物質との深いつながりを持っている訳です。
 ここでは、「化学的宇宙」という著者の表現の意図について考えることに意義があると考えています。即ち、もっぱら天体間の引力や天体の速度という物理的なものとして、著者や宇宙を捉えてはいないことに注目すべきです。また、一方では宇宙空間を創造主の住む神聖な空間として崇め、非物質的な側面のみを重視しているのでもありません。
 宇宙空間に活動する原子や分子達の具体的な作用を直視して、それらの作用(反応)が創造物と混然一体となって存在する物質(原子)と精神(意識)とが相互に作用し合う場として宇宙を捉えていることが重要なのです。
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