2010年08月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落325

325 Science has discarded the idea that universal ethers are a fixed standard of space, being absolutely motionless: and they now admit that nothing in the universe is entirely at rest. The units composing ether are in constant motion, as are the units of matter; and all are stirred by the same element of animation that gives impetus to thought. Just as each action within the human form leaves its impression upon the body cells, so every action that takes place in the universe leaves an impression, upon the cells of ether - not as a form-picture, but as a frequency.
325 科学は宇宙空間のエーテルが全く動きのない固定化した宇宙の基本単位であるとする概念を捨て去って来ました。そして彼らは今や、宇宙には何一つとして完全に静止したものはないことを認めています。エーテルを構成している各単位は物質の各単位がそうであるように、常に活動の状態にあります。そして全ては想念に衝動を与えるのと同じ要素によって揺り動かされています。丁度、人体の内側の個々の活動がその印象を肉体細胞に残すように、宇宙空間で起るあらゆる活動はエーテルの細胞単位に印象を残すのです。それは形のイメージではなく、振動としてです。


【解説】
 本文で指摘するように想念波動を伝える媒体として古来から「エーテル」という概念がありましたが、ここではそのエーテルについて、従来の静止した媒体ではないことが明らかにされています。宇宙自体は活動的であるとされて来ましたが、その活動がそれらエーテルの構成要素に印象を与えること、またその印象は振動である等のエッセンスが述べられています。
 想念を生み出す衝動、即ち、言語に表わされる以前の意思やアイデアが重要であり、それらがいわば、「因」となって具体化した結果が生まれる訳です。これら各過程において、静止している期間は無く、各々が活動的な営みを送っていることになります。その基本的な印象の正体は衝動(振動)であり、従来言われているような画像イメージではないと言っています。
 何かを行いたいとする衝動こそが力を持っている訳で、高品位なそれら衝動を如何に多く取り入れられるかが生活を生き生きしたものに出来るかの決め手になります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落324

324 These same thought frequencies were intercepted by innumerable people, but because they did not recognize any of the participants they discarded them as being meaningless. This is further proof of the fact that it is not the pretentious front we show to the world that is of lasting importance, but it is the inner man who is the true expressor. To those around us we may appear a paragon of honesty, but if we harbor dishonest thoughts in our minds they can be intercepted at any time, thus unmasking us before the world. Truth has a way of revealing itself; for whether we like it or not, our thoughts belong to the universe.
324 これら同じ想念波動は無数の人々によって捕えられましたが、それらの人々は如何なる関係者にも覚えがなかった為に、意味がないものとして捨て去ったのです。このことは永続する重要性があるのは私達が世間に示す見せ掛けの前面ではなく、真の表現者である人間の内側であるという更なる証拠です。私達の周囲にいる人々にとって私達は誠実の模範のように見えるかも知れませんが、私達が不誠実な想念を心の中に抱くなら、それらは何時でも捉えられ、私達の正体を世間に暴露することになるのです。真実は自ら現れる道を持っています。何故なら私達が好もうと好まざろうとも、私達の想念は宇宙のものだからです。


【解説】
 日本語には「心を入れ替える」といううまい表現があります。つい悪い想念に踊らされて過ったことをした時の反省の際に用いられるこの言葉は、実際には私達の心がとかく誘惑には弱く、受け入れる想念次第では、後日反省すべき行為をしでかすことを示しています。
 人間は心に受け入れる想念で、その人物の価値が決まる訳で、想念を本項で言うharbor(停泊させる)、即ち「受け入れる」「心に抱く」ことが全ての源です。どのような種類の想念を行け入れるかで本人の人格も影響を受けることになる訳です。
 そのことを考えれば、私達が四六時中、どのような想念に対し気を許しておくかについて、十分吟味して選別する必要がある訳です。つまりは自分自身に対して細かく観察して、不適切な要素は早い段階から取り除くとともに、今後、同種の想念が入り込まないようにすること、今まで心の中にあったものを仕分けして、不要な要素を捨て去る努力が重要となります。それこそが心を入れ替えることになると思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落323

323 This experience was a case of unintentional telepathy. Certainly, the manager had no intention of broadcasting his dishonest thoughts; and undoubtedly believed them carefully guarded from the world. Because of his perfect assurance in the integrity of the man he had left in charge, the head of the firm, the person most closely concerned in the affair, was not receptive to the thoughts of mismanagement. But I, who was receptive to all thought vibrations in an impersonal way, received the thought. As it came to my mind, I recognized it was pertaining to my friend, and thereby saved him much future difficulty.
323 この体験は非意図的テレパシーの一例でした。確かにその支配人は自分の不誠実な意図を広めようとするような意志は全く無かった訳であり、疑いなくそれらを世間から注意深く隠していたものと思われます。その友人が会社の首脳として後に残したその人物の持つ有能さに完全な確信を持っていたため、そのことに最も高い関心を持っていたその人物は、その経営の失敗についての想念を受容出来なかったのです。しかし、非個人的になって全ての想念波動に受容的であった私は、その想念を受信しました。それが私の心に来た時、私はそれが私の友人に関係していることに気付き、そうして彼を将来のより大きな困難から救ったのです。


【解説】
 数多くの印象が心に感知された場合でも、その人が自分に関係がないと判断すれば、それらをやり過ごす機構が備わっているという訳です。従って、問題は本人の関心次第ということで、如何に自分が抱く関心が大事かが分かります。自分が日頃、どのような事柄に関心を持っているのか、あるいは持つべきなのか、つまりは自分が知りたい、或いは助けたいと思うことは何かを改めて見つめ直す必要もあります。
 この場合は、アダムスキー氏は友人の置かれている状況を察知して、何らかの関心を抱いていたのでしょう。そこにその人に関する印象(言葉になる前の意図)をキャッチし、その印象の全容を把握した訳です。
 如何なる想念も隠すことは出来ません。印象はあらゆるものを貫いて進行する想念波で、誰でもそれをキャッチし、生活に応用出来るという訳です。音声や文字でなく、形のない印象は一見、捉え所のないものですが、その応用範囲と潜在能力は莫大なものがあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落322

322 However, I received the impression that the manager was planning to gain control of the business and defraud the owner of his holdings. I conveyed this information to my friend, and although doubting its veracity, he started a quiet investigation into the company's affairs. The report he received carried overwhelming confirmation of these conditions, just as I had revealed them. My friend returned east immediately and took the necessary steps to protect his interests and regain control of the company.
322 しかしながら、私はその支配人が事業をコントロールし、オーナーの保有財産を騙し取ろうと計画しているという印象を受けました。私はこの情報をその私の友人に伝え、またその真実性を疑いながらも彼は会社の内状について隠密裏の調査を開始しました。彼が受け取った報告書にはこれらの状況を確信させる膨大な証拠を伝えており、私が明らかにした通りでした。私の友人はただちに東部に戻り、自分の財産と会社の支配権を取り戻す為、必要な措置をとったのでした。


【解説】
 野生動物の世界には裏切りは存在しません。彼らは鳴き声の他に多くを印象(インスピレーション)に頼って生活しているように思うからです。空中に集団で舞い上がり、一糸乱れぬ飛行っを遂げる鳥達は、どのようにして各メンバーが一体になることが出来るのか、不思議ですが、それも彼らが文字通り各メンバーの心が一つになっているからに他なりません。もちろん、そのような状態の場合、他人にも自分の心の中をさらけ出す必要がある訳で、当然、隠し事は無い訳です。
 それに対して、人間は確かに知識の積み重ねにより、大きな文明を築きましたが、こと印象の感受や交流という面では他の動物達に劣っています。その理由は印象に頼らなくても生きて行けると思うだけの富と技術を持ったからですが、それでも人間同士の問題には事欠きませんし、人間の文明が惑星全体の環境に悪い影響を及ぼしているのです。本項の場合、他人を騙して利益を得ようとする企みは現実の地球にははびこっています。
 もちろん、それら企みに対する警戒は他の場合と同様に、印象に気を付けていれば感知でき、問題を早期に発見することになります。多くの渡り鳥達がはるか行く手の先の嵐に気付き、出発する日を決めるのも印象を役立てていることでしょう。もちろんこれら印象を活用する為には、何よりも印象を尊重することから第一歩が始まります。

お知らせ

明日から3日間、出張が入りました。
その為、少なくても2日間は更新出来そうにありませんのが、ご了承下さい。
あわせて、猛暑の中、皆様の御健勝をお祈りいたします。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落321

321 An example of this occurred involving an acquaintance of mine who was the head of a large concern in the east. Wanting to make his home in the western part of the country, this man had left his business in the hands of a capable and apparently trustworthy manager; who also happened to be a large stockholder in the company. Except for the annual reports, and occasional correspondence between the two, the head of the company was not worried with the operational arrangements of the business, for he had utmost confidence in his manager's ability and honesty. I knew that my friend's interest lay in the east, but at that time, I was not familiar with the managerial details.
321 このことの一例が、東部(訳注:米国東部)における大きな仕事の社長であった私の知人の一人について起りました。西部に自分の家を持ちたいと思っていたこの人物は自分のビジネスを有能で見掛け上も信頼出来そうな支配人の手に委ねたのです。その支配人はまた、たまたまその会社の大株主にもなったのです。年間報告や二人の間の時々の連絡を除けば、その会社の社長は事業の運営手はずについて心配はありませんでした。彼は自分の支配人の能力と誠実さには絶大な確信を持っていたからです。私は私の友人の関心が東部にあることは知っていましたし、その頃、私はその経営上の詳細についてよく知りませんでした。


【解説】
 テレパシー能力の開発が進むにつれて、日常生活上、様々なものが分ってくることになりそうです。本項から続く事例の場合は、その知人の置かれている状況について何かを感じ取ってしまう例になっています。具体的に生活の中で活用されなければ、本来の意味はありません。当然ながら、本講座を学ばれている皆様にも少なからず、従来より感受性(あるいは勘)が高まっていることと思います。
 私自身については、あまり報告出来るような進歩はありませんが、少なくても遠く離れている知人が今、どのような状況かを知ろうとしたり、これからの社会の行く末等について、テレパシーを活用しようとしています。おそらくはこれら能力に優れた宇宙兄妹達は危険な地球で暮らす際には、自らを守る上で大いに役立っているものと思われます。
 また、一方では、誰かが自分のことを知ろうとしていることに気付くことも出来るようです。以前、故Emma Martinelli(エマ・マーチネリ)女史が新聞に寄稿した記事に、昔、人生を悲観して川に飛び込もうとした青年を救った男がいて、その後その男が青年を伴ってレストランに行って食事をしていた所、向かいにいた別の男がその男に「俺の想念を読むのは止めろ!」と言って出て行ったという話があったのを思い出しました。後に話を聞いたエマがその青年にアダムスキー氏が描いたオーソンの絵を見せると、自分が助けてもらったその男は、その絵の人物だったということです。オーソン似の宇宙人が地球に来ていた別の宇宙人から文句を付けられたという話です。オーソンとは別のグループの宇宙人であったのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落320

320 The greatest minds in the world today will not deny that all phenomena is the result of action. Here, we are dealing with that particular invisible vibration called thought, which, like light, travels out from its point of projection in millions of straight lines in all directions. There are billions upon billions of thought actions taking place in the universe. Like light, their vibratory radiation is a constant thing; traveling at a definite rate which never varies. These vibratory rays traveling through space at a certain speed will, according to the law of accuracy, contact or cross each other at a given point: producing predictable results. Anyone who has learned to turn his awareness to the state of universal interest, can consciously perceive these vibrations contacting; and from the reactions produced, can foretell the outcome before these actions have become visible to the recognized channels of sense.
320 今日、世の中の最も偉大な心達は、全ての現象は行動の結果であることを否定しないでしょう。ここでは私達は想念と呼ばれる特別な、目に見えない振動を取扱っており、その振動は光のように放射のポイントから全方向に何百万もの直線として旅出ています。宇宙空間では何十億の何十億倍もの想念活動が起っています。光のようにそれらの振動する放射線は一定に動きます。決して変わることのない一定速度で進行しているのです。宇宙を通して旅するこれら振動する放射線は正確さの法則に従って、互いに与えられた地点で接触し、互いに交差することでしょう。そして予想可能な結果をもたらすのです。誰でも自らの気付きを宇宙的な関心の状態に転換することを学んだ者は、意識的にこれら振動が互いに接触しているのを知覚出来、その際作り出される反応から、これらの活動が認識された感覚の経路に見えるようになる前に、その事態を予見することが出来るのです。


【解説】
 これまでの想念を光の放射のように説明されて来た所です。暗い宇宙空間を貫いてどこまでも太陽の光のように進行して行く想念のイメージです。しかし、私達の日常生活の上からは、この想念を光と同じ性質である電磁波のように考えるとより分かりやすいかと思います。つまり、発信者からあらゆる方向に直線的に放射される電磁波が各地に伝播します。その及ぶ距離には際限がなく、仮に微弱な信号となったとしても突き進んで行く状況は、丁度、微弱な出力の無線でも受信側の感度が良ければ、地球の裏側までアマチュア無線が繋がるのと似ています。
 さて大事なことは、本文にあるように、これら想念波が他の想念波と接触すると何か大きな力を発揮するとしている点です。以前にも述べたように、波の干渉縞のような想念の合成振動や共鳴現象のようなものかと思われます。その合成したものが力を発揮し、それら想念を表現する創造作用を引き起こすという訳です。
 昔から、「因果応報」や「天罰」等、様々な言い表わし方がありますが、そもそも自分が発した想念が宇宙の何処かで反射する等により、発信者自らの所で、これら想念が具体化する現象を言い表わしているように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落319

319 You may consider the illustration meaningless, because in the case of piercing space with the telescope to discern material objects we are looking upon something that has already happened, or upon manifestations that have already taken form. But how can we foresee that which has not yet taken place? It may even seem that we are in contradiction to the law of Cause and Effect; for we are seeing the effect before the cause has produced it. But is this true?
319 貴方はこの説明は意味をなさないとお考えになるかも知れません。何故なら、望遠鏡で物体を見つけようと宇宙を貫いて見ようとする場合、私達は既に起ったものや既に形を持った創造物について見ていることになるからです。しかし、未だ起っていないものをどのようにして予知出来るのでしょうか。それは私達が原因と結果の法則とは矛盾しているように見えるかも知れません。何故なら、私達は因が作り出す前にその結果を見ているからです。しかし、これは本当でしょうか?


【解説】
 一方で私達は予知や遠隔透視について、何か特別なもの、特殊な能力としてはいけないと思っています。自然界に目をやると野生の生き物は皆、いずれもこれら超能力の達人であるように思うからです。レーダーも持たないのに、やがて来る嵐に備える海鳥達や、来るべき豪雪を予知して数カ月も前から卵を例年より高い木の枝に産みつけるカマキリ等、野生動物の予知能力については古くから伝えられている所です。
 未来は現状の延長線上にあり、この社会を大きな船に例えれば、その進む方向は容易に変わることはありません。それ故、行く手に問題があったとしても船はこれまでの進路を急には変えられず、遂には衝突するようなものです。そういう意味では私達は大きな宇宙の法則の下に生きており、良い因を残せばやがて良い結果を、またその逆もまた同様な原因と結果の密接な法則の下にある訳です。
 しかし、これら予知を得ようと努力するのも意味のない事です。もちろん、将来の状況をある程度知っておくのは有意義ですが、それよりも未来を変える因を創り出すことの方がはるかに大切な仕事です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落318

318 We ordinarily think of space as the distance between given objects, and of time as the intermission between acts. But space and time cannot rightly be separated - for they are twin infinities. We are quite correct in saying that time is the distance between events. When we consciously perceive forthcoming events, we are traveling in time, just as surely as we are traveling through space when we perceive hitherto unseen stars and nebulae through the telescope. In either case, we have expanded our vision by eliminating the time-space bug-a-boo.
318 私達は普通、空間を与えられた対象物の間の距離であると考えていますし、時間については行為の間の中休みと考えています。しかし、宇宙空間と時間ははっきりと分離は出来ません。何故なら、それらは対の無限物であるからです。私達が時間を出来事の間の距離であると言うことは全く正しいのです。私達がやがて来る出来事を意識的に知覚する時、私達は丁度、宇宙空間を旅して、今まで知られていなかった星々や星雲を望遠鏡を通して知覚するのと同じです。いずれの場合も私達は時空のお化けを取り払うことで、自分達の視界を拡げたのです。


【解説】
 正確な所は分かりませんが、時間も空間も要は似ている概念だということでしょう。私達が望遠鏡で、或いは宇宙船に乗って宇宙を進む際に出会う光景と、私達が過去に思いを巡らすこととは似ているということかと思います。
 いずれにしても、私達の空間や時間に対する概念は、私達が目に見える範囲に留まる限りは低レベルのままです。現にこの地表はその上にいる者の肉眼にとっては静止するものですが、実は地表は丸く球体を形成し、自転や公転等、活発な運動を宇宙空間で成し遂げていることを感覚は伝えていません。それほどに私達の宇宙kに関する概念は矮小化されています。
 時間と空間とが密接に繋がっていることを表現した映画に「2001年宇宙の旅」があります。木星接近への最終段階で主人公が莫大な数の高速で動く光の流れに遭遇した後、自らの老衰期の姿を見るシーンがあります。本項で言う空間と時間が切り離せない関係があることを表現した作品であると思っています。さて、その映画の最後に主人公が胎児となって宇宙空間で育まれながら、地球に戻って来る場面がありますが、それは時空の制限を克服した者が新しい人類として生まれ変わることを暗示しているのかも知れません。なお、以前も述べたかと思いますが、故デスモンドレスリー氏によれば、この作品の映画監督、スタンリー・キューブリック(1928-1999)はアダムスキー氏のことを一度は映画化しようとした人物です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落317

317 We know that by ascending to a higher elevation we are able to overcome the illusion of space limitation to some degree. Even a small rise will broaden our horizons, and the view we have from the high mountain top seems unlimited compared to that which we had from the valley. When man turned his eyes toward the stars, he realized he must build instruments to aid him to view them more closely. So in his efforts to see ever farther into the universe, he invented and developed the telescope. But our scientists are aware that any instrument built by man is limited. It must be with a feeling of frustration that astronomers view the heavens; knowing that beyond the detection of their finest telescopes lies galaxy after galaxy, stretching into eternity. But once man consciously accepts his oneness with Cosmic Cause, the Cardinal Sense within him (the feeling element), is free to roam the universe at will.
317 私達はより高く昇ることにより、ある程度、空間の限界の幻影を克服できることを知っています。わずかな上昇でも私達の視野を広げますし、高い山の頂上から見る景色は私達が谷間から見る景色と比べて無限の拡がりのように思えます。人が星々に目をやる時、人は自分はより近くにそれらを見るのを助けるための装置を建設すべきだと自覚しました。そこで宇宙空間の更に遠くを見ようとする努力の中、人は望遠鏡を発明し、開発しました。しかし、科学者達はどんなものにせよ、人間によって作られた装置には限界があることに気付いています。天文学者達はある種不満気な気分で天空を眺めていることでしょう。彼らの最も精密な望遠鏡の探知範囲の先には銀河に次ぐ銀河が無限に続いて存在することを知っているからです。しかし、ひとたび人が自分と宇宙の因が一体であることを意識して受け入れるや、人の中にある基本感覚(フィーリングの要素)は自由に宇宙空間を歩き回ることが出来ます。


【解説】
 ここでのポイントは"the illusion of space limitation"(空間の限界の幻影)かと思います。本文にあるように地表に暮らす私達にとって、もっぱらの関心事は自分の周囲の事柄であるでしょうし、それが少し立場を変えて、わずかに高い位置に視野を置くことが出来れば、自分の暮らす環境に対する認識も随分と違うものになる筈です。
 その人がどのような世界観で日常生活を送っているかが重要で、とかく私達は自身の目に見える範囲を自分の世界としがちです。しかし、顕微鏡によればその世界はさらに微細で美しい活動的な世界であることが分かりますし、望遠鏡で空を覗けば肉眼では到底見えない遠方に、数多くの銀河世界が満ちていることが分かります。
 大事なことはミクロからマクロまで一貫して一つの法則の下、切れ目ない世界が繋がって、そこに活動しており、私達はその一員であるということでしょう。その理解を得る為には、私達は目や耳に頼らない生活、言い換えれば、フィーリングを頼りとする直感重視の生活を行うことが大切で、その延長上には、私達は自らの意識を大宇宙に巡らすことが出来るようになると言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落316

316 This geometric pattern of magnetic and electric rays is the cause of all manifestation. So, inasmuch as the human is capable of perceiving these vibrations consciously, there is only the necessity of overcoming the illusion of time-space interference in order to foresee future events-or look back on past happenings.
316 この磁気的及び電気的な放射線の幾何学パターンは全ての創造作用をもたらす因なのです。ですから、人間がこれらの振動を意識して知覚することが出来る限りは、未来の出来事を予知したり、過去の事件を回顧する上で必要なのは、時空の幻影の妨害を克服することが必要なだけです。


【解説】
 短い文章ではありますが、本項は壮大な宇宙における創造の原理を示唆する内容となっています。
 まず第一に注目すべきは「幾何学パターン」についてです。これについて思い当るのは、そもそも私達全生物はDNAという遺伝物質を各々の細胞の中心に持っていますが、そのDNAの主たる成分はアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4つの塩基の組み合わせでであり、その4種の要素で全ての遺伝情報が表現されていることは周知の通りです。このA-G-C-Tの組み合わせこそが、本項で言う幾何学パターン、即ち「模様」のことかと思います。また、同様に、チベット仏教の曼陀羅絵その他の幾何学パターンについても同様な意味があるように思われます。
 また、波動は他の波動と会合した場合、縞模様が出来ることが知られています。想念波動によっても同様な縞模様が形成されることも考えられますし、それこそ、本項で言う「幾何学パターン」(模様)を意味するものと思われます。
 更に、私達が想念活動に気づける様になったとしても、それを妨害する要素があると本項では述べています。「時空」の過った概念がそれだとしています。これについては、確かなことは分かりませんが、物事の真実の姿、即ち、物事が宇宙の因から発せられてから具体化するまでの時間的経過や空間上の位置等の結果の領域に目を奪われることなく、その現象の源泉となる因、即ちこの幾何学パターンに注目せよと言っているように思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落315

315 Let us imagine the universe as an infinite expanse of space-force in a passive state of activity, denoting a condition of calmness. Every positive, or aggressive motion within that calm sea of space-force will produce an impulse, or vibration, throughout the whole span of the universe. And as every impulse, whether of light of thought vibration, will continue traveling through space until it has dissipated its energy either through friction, or has transmuted it by contact, when we introduce the time element we can understand that at some time practically every ray will contact every other ray in the universe.
315 宇宙空間を静けさを象徴する受動的な活動状況の中にある宇宙的力の無限の拡がりとして想像して見ましょう。その静かな宇宙的力の海の中では、あらゆる肯定的あるいは積極的な運動は一つのインパルス(訳注:衝撃、衝動)あるいは振動を宇宙空間全体にわたって作り出します。そして各々のインパルスはそれが想念振動の光であろうと、摩擦でそのエネルギーを消散するか、接触によって改質されない限り、宇宙空間を進み続けることでしょうし、私達が時間の要素を取り入れるなら、私達はいつの日にか、あらゆる放射線(訳注:想念波動)は宇宙空間で他の放射線と接触するだろうことは分かります。


【解説】
 静寂な宇宙空間をここでは「受動状態」と表現されています。その空間の中を私達の想念、即ちある意味、私達の意思として肯定的で積極的な想念が放射されると、それらはこの宇宙空間を進行して行くことになります。果たして宇宙空間が無音であるかどうかは不明ですが、地球の宇宙飛行士が撮った映像から、そこが暗黒の静寂空間であることが知られています。
 この静寂空間を本項では「受動的活動状況」と表現しています。私としては何らかの活動を促す波動が来れば、それに呼応して運動を起こすというイメージを持っています。その宇宙空間に想念が放出されると、その波動は次々に空間に伝わり、はるか遠隔地まで伝播することになります。よく聞く話として、地球の宇宙飛行士達が宇宙空間に出ると、何か特別な感覚になる等の話がありますが、それは自らの想念がより明瞭に宇宙空間に吸収され、伝わって行くことを感じ取ることかも知れません。
 やがてこれら想念は宇宙空間に拡がり、その過程であるものは消失するかも知れませんが、あるものは留まり、様々なものと接触し、相互作用を起こすと本文では述べられています。受け身の宇宙空間に対して積極的な想念の働きが如何に大きな影響をもたらすかについて、私達は未だその重要性について気付いていないのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落314

314 To understand how this can be accomplished, we must remember that feeling is the channel of perception. For regardless of how refined the organs of sight may become, they cannot possibly receive the image of anything that is not yet a concrete manifestation; yet, because the blueprint, or plan for all manifestation is drawn in advance, such information is obtainable. In the case of true clairvoyance, the personal ego must be controlled by an impartial interest in Cosmic Cause. The only limitation placed upon knowledge, is that put there by the personal, or particularized consciousness.
314 このことがどのようにして達成されるかを理解するには、私達はフィーリングが知覚の経路であることを思い出さなければなりません。何故なら、如何に純化しようとも、視覚は未だ確かな創造物となっていないもののイメージを受け取ることは出来ないからです。しかし、あらゆる創造の青写真或いは計画は先立って描かれていますので、これらの情報は入手可能なのです。真実の透視の場合、エゴは宇宙の因についての隔てのない非個人的なる関心によってコントロールされねばなりません。知識に置かれた唯一の制限は、その個人的或いは特殊化された意識によってそこに置かれた制限でしかありません。


【解説】
 誰もが透視や未来の予知について能力を身に付けたいと思うことでしょう。その点に関して、本項では、これらテレパシー能力が既存の感覚からではなく、フィーリングの経路から来ることを明言しています。つまり、遠隔透視は視覚が行っているのではなく、フィーリングを通じて行われるという訳です。私達が日常的に依存している感覚ではない、印象を受ける経路を通じて、それらの情報を認識するということです。
 しかし、これにも障害があります。私達自らが設置した限界というものがあり、それが自由なフィーリングの発揮を妨げているというものです。そうなると問題は、フィーリングの自由な発現に対して自分自身で置いた限界であり、そもそもどのような制限を置いて来たか、各自が実態を調べなければなりません。未踏の分野に入る際に、踏み込もうとする第一歩は勇気が必要ですが、ひとたびその障壁を越えれば、あとは実績が前進を後押しすることでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第3章-段落313

CHAPTER Ⅲ
Clairvoyance, Clairaudience, Premonitions, Etc.

313 Through ignorance, man has endowed clairvoyance, clairaudience, the ability to foresee future events, etc , with mystical, unknowable powers. We are inclined to view with awe that person whose hunches are invariably right, and attribute this ability to a mysterious extrasensory origin. But the use of any or all of these, whether consciously or unconsciously, is merely perception, or alertness, working in the individual. This is true not only in regard to personal affairs, but this perception can also encompass universal conditions.

第3章
透視、透聴、予知、その他

313 無知故に人は透視、透聴、未来の出来事を予測する能力その他を神秘的な人知を越えた能力のせいにして来ました。私達はその予感がいつも変わることなく正しい人々を畏敬を持って眺めがちであり、この能力を何か神秘的な超感覚的な源泉に起因するものとして来ました。しかし、これらのいかなるものも用いることは、意識的であるか非意識的であるかに関わらず、それは単に各自に働く知覚或いは警戒の作用でしかないのです。この知覚作用は個人的な物事に関するばかりでなく、宇宙的な状況を包含することも可能なのです。

【解説】
 とかく人はこれまでの常識から越えたと認識するものに対し、超自然的神秘として、自分とは別の存在として怖れ敬って来ました。また、私達の周囲にも存外、そのような存在も居るようで、この分野の学習を始めてからも多くの事例を耳にします。
 しかし、テレパシー現象に対して、このような神秘性を与えるのは間違っていると本項は指摘しています。古来はこのような能力者は人々に頼りにされ、信奉されて来ました。また今日でも、多数の政治家がこの国の未来について、これら能力者に助言を求めていることでしょう。
 実はこれらの能力は誰もが修得可能なもので、人間の心、精神的な面を訓練することで自ら開発し、伸ばすことが出来るものです。その内容は個人的な小さな物事でも大宇宙のことでも同じこと。たまたま現れた側面がそうであるだけで、基本的には同じ作用だという訳です。
 私達は訓練次第で、如何なる能力も身に付けられますし、宇宙の活動(物事の起る原理や仕組み)が分かれば、その示す未来を知ることが出来ますし、過去に生じた出来事も宇宙に想念が記憶されている限り、振り返ることが出来るということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落312

312 Some of our scientists now tell us that telepathy is the language of the future. They say that when man has a better understanding of his mind, it will be the common means of communication. They recognize the importance of breaking the language barriers, for once the peoples of the world are able to exchange ideas freely, lasting peace will finally come to Earth. This concept can be expanded beyond the confines of our own planet. For if we were conversant with telepathy, it would not be necessary for the space visitors to learn our many languages. We could exchange ideas with ease with dwellers from other worlds by using telepathy, since mental impressions know no boundaries.
312 科学者の何人かはテレパシーは未来の言語であると述べています。彼らは人間が自らの心をより深く理解する時、意思疎通の共通した手段になるだろうと言っています。一旦、世界の人々がアイデアを自由に交換できるようになれば、地球に永続する平和が遂にもたらされるが故に、彼らは言語の壁を壊すことの大切さを理解しているのです。この概念は私達の惑星に限定されることなく更に拡がります。何故なら、もし私達がテレパシーに精通していれば、宇宙からの来訪者達にとって多くの言語を学ぶ必要がなくなるからです。私達はテレパシーを用いて他の世界からの住人達と気軽にアイデアを交換できることでしょう。心の印象類には境界がないからです。


【解説】
 野生に生きる動植物は例え、見知らぬ遠隔地に運ばれ、そこに放たれたとしても何ら困ることなく新天地で生き続けられることでしょう。異なる言語や習慣の中に放り込まれても、彼らはその地の生き物達と意思疎通を図ることが出来、不自由なく暮らして行けるのかも知れません。その背景には、野生に生きる動植物達は常日頃、印象に従って行動し、互いにテレパシーで物事を把握していることがあります。
 一方、私達は言葉が通じない、あるいは土地勘がない場所では、不安感に支配され易いものです。しかし、私達がテレパシー能力を少しでも持てば、こうした不安感は無くなり、周囲の自然や生き物達と素直に意思疎通が出来、落ち着いた気分になります。このように私達がテレパシー能力を高める意義は、自然の中でも一人生きるすべを身に付けなり、海外旅行その他、見知らぬ土地でもリラックスして生活出来る基礎的な能力を身につけることでもあります。
 更に感受力が高まれば、これまで気付かなかった些細な物事の痕跡から、その出来事全体のイメージが湧いたり、過去に遡った物事の理解も進む筈です。これまで私達は一瞬一瞬の時間の中で、その時々の一時的な結果から全てを見て来ましたが、テレパシー能力を身につければ、更に遠い過去やこれから起る未来のことについても、理解が進むものと思われます。鉱物から気体まで多くのものたちと印象が通いあえれば、素晴らしい生活が実現することは間違えありません。次回は第3部第3章に入ります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落311

311 When mind talks to mind, it is the projection of mental pictures; so, for example, when space people want to refer to a mutual friend, they form a mental image of that person in their mind. I am sure we all can see the advantage of this; for how many times have we tried in vain to recall someone's name, and although it was right on the "tip of our tongue," the name eluded us? The person's face was pictured clearly in our mind and in a case like this, had we been talking to an individual able to receive telepathy, he would have recognized the person immediately. Every thought to which we give audible expression must first be clarified in the mind. So if, like the space people, we had been trained from infancy in the use of telepathy, we could receive thought frequencies without a word being spoken.
311 心が心に語りかける時、それは心に映るイメージを投影しているのです。ですから例えば、宇宙人が互いの友人の一人に言及しようとする時、彼らは自分達の心の中にその人物の心に映るイメージを形成します。私達は皆、この場合の好都合が分かると私は確信しています。何故なら私達は何度となく「口の先まで出掛かっている」けれど、誰かの名前を思い出そうとしてもだめだったことがあるからです。その人物の顔は私達の心の中にはっきりと描かれており、このような場合には私達がテレパシーを受信出来る人と話しをしている場合には、その人はその人物をただちに認識出来たと思うからです。私達が声に出して表現するあらゆる想念は、先ず最初に心の中で明確にされなければなりません。ですから、宇宙人達のように私達が幼い頃からテレパシーの使い方を訓練されていれば、私達は言葉を話すことなく、想念周波数を受信することが出来ることでしょう。


【解説】
 年をとってくると何事にも鈍感になってくるものです。その点、年少期は感受性も高く、本項に記されているような適切な訓練を受ければ、驚く程の能力開発が出来るものと思います。伝えられている所では、アダムスキー氏は幼年期にチベットに渡り、学んだとされています。その後の氏の活動を支える為に、本項のテレパシーをはじめ、様々な能力開発が行われたものと思われます。
 また、私達が日常行っている精神活動についても、心象がその都度形成され、想念波動として放出されていると述べられています。つまりは送り手としては私達はある程度の能力を行使している訳で、問題は受け手としての感受性の側にあります。しかし、テレパシー能力については、あまり高い目標を設定すべきではなく、日常生活の中で、少しずつでも結果の世界でなく、因の世界から寄せられる微細なささやきに気付き、それらを応用する等、毎日の生活の中で各自、その効用を確認して行くことが大切だと思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落310

310 The space people I have met use telepathy in their daily lives. If you were to visit their planets, you would find the people smiling and greeting each other in apparent silence. Yet, they are actually conversing by mental communication, much the same as we use the spoken word. Many Earthlings have questioned the statement that personal names are not necessary among them; but a moment's consideration of what the free use of telepathy would mean, makes the statement self-explanatory.
310 私がこれまでに会った宇宙人達は、日常生活にテレパシーを使っています。もし貴方が彼らの惑星を訪れたら、貴方は人々が一見して声を出さず、互いに微笑み、そして挨拶していることを見い出すでしょう。しかし、彼らは実際には心の交流により、私達が話し言葉を用いるのとほとんど同様に、実際には会話しているのです。多くの地球人が宇宙人の間には名前が必要ないとする声明に疑問を投げかけて来ました。しかし、テレパシーの自由な使用が何を意味するのかを少し考えれば、その声明は自明のことになります。


【解説】
 私達地球人と他惑星の宇宙人とでは、外見上も内部の人体の構造も何ら変わる所はないにも関わらず、心の面では大きな差があるように思います。本講座を通じて、私達はテレパシーそのものの原理を一から教えられて来ましたが、未だ自ら応用する段階には至っていません。
 各自がごく自然の成りゆきとして互いにテレパシーを日常的に用いていることは、簡単に書かれてはおりますが、地球の現状と比較すれば、何万年もの進化の差、文明の差があることを示しているように、私には思えます。同じ肉体を持ちながらも、かくも低次元の状態で留まっている地球に対する最大の課題が、精神面の開発であることは良く分かります。私達はようやく、その基礎を学んでいる段階で、自ら取組んで能力を身につけるいは、これからも長い年月が必要であるのです。
 思う相手を心に描くことで、相手に想念を伝え、それに対する相手の応答を感知できれば、常にその相手と会話するようなもので、互いに何処に居ようとも常につながっている訳です。今の若者の携帯メールで常に連絡を取り合うようなものです。そして最大のポイントは人々から敬愛され尊敬される指導者と問答を交わすことにあるかも知れません。私の勝手は想像ですが、指導者とされる所には、数多くの想念が寄せられ、多くの人々を教えているかも知れないのです。多くの菩薩や観音が同時に多数の人々の声に耳を傾け、各々に適した指導を行うと何処かの仏典に出ていたのを思い出します。千手観音像に表現されている通り、多くの民を救おうとする姿がそこにあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落309

309 To accomplish this, however, we must learn to listen to the "small, still voice." This is a vital necessity in true telepathy. When a friend calls us on the telephone, for instance, we do not lift the receiver and rush into a monologue that lasts until the other party finally hangs up. We carry on an exchange of conversation. The same holds true when we are practicing telepathy. If we expect to advance, we must learn to listen-answer-then listen again, etc. And we will discover that the more we learn to listen, the more profound and impersonal will be the impressions coming through to us.
309 しかしながら、これを成し遂げるには、私達はその「小さく、ひそやかな声」に耳を傾けなければなりません。これは真のテレパシーにおいて決定的に必要なことです。例えばもし、友人から私達の所に電話が掛かって来たとしましょう。私達は受話器を取り上げて、相手が最後に受話器を置くまで、ぶっ続けの一人語りを慌ただしく行うことはありません。私達は会話の交換を続けます。それと同じことが私達がテレパシーを実践する際にも当てはまります。もし私達が進歩したいと思うなら、私達は聞く-答える-再び聞く等を行うことを学ばねばなりません。そして私達が如何に多く聞くことを学べば学ぶ程、私達にやって来る印象はより深遠で非個人的なものとなるでしょう。


【解説】
 ここではテレパシーを電話による会話と同じだと解説しています。送り手から発せられた想念を受信するだけでなく、それに対する応答を相互に行うことによって互いに意思疎通を図ることが、テレパシーであるという訳です。遠隔地にいる者同士が互いの安否を確認したりする際、想念を通じて距離に関わらず行われるテレパシーは、まさにこのような相互交流であると言えるでしょう。
 また、一方では宇宙の本源から来る、より精妙な印象についても本文で解説されています。微妙な印象に耳を傾けて聞こうとする態度は、自然の中で草木から印象を得ようと静かに目を凝らし耳を傾けて何かをキャッチしようとすることに似ています。自然の草木は互いに音声や身振りで表現することはなく、静かに生きていますが、それらの間には、清らかな印象が飛び交っているものと思います。その中に身を置くことで、このような印象に自身の身体を浸し、リフレッシュするのも山歩きの効用でしょう。また想念には送り主がいる訳ですから、その想念を感受することは送り主を理解することにもつながります。想念の内、最大の送り主(創造主)を想念(印象)を通じて理解しようとする姿勢が大切なのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落308

308 Being the recipient is much more difficult than the conscious sending of impressions, because we have never been taught the necessary restraint to develop this facet of our lives. Since time immemorial, our four senses have quarreled and bickered amongst themselves; yet we have not been conscious of the unbalance this was causing within our being. We have worried and fretted over conditions we could not change; and we have unquestioningly accepted the concepts of gloom and doom because these strong vibrations impinge themselves on our bodies. But I believe it has been made apparent that with a measure of self-control, and a practical approach to life as it really exists throughout all manifestation, we can cast off these detrimental thought-habits and expand our consciousness to a clearer understanding of our rightful place in the Cosmic Plan.
308 意識して印象類を送信することよりも、受信者であることははるかに難しいものです。何故なら、私達はこれまで私達の生き方におけるこの側面を発達させる為に必要な抑制を教えられて来なかったからです。太古の昔から私達の4つの感覚は互いに言い争い、口論して来ました。それでも私達は、このことが私達の中にもたらしているアンバランスについて未だ意識していません。私達は私達が変えることの出来ない状況について心配し、思い悩んで来ました。また私達は憂鬱や非運の概念を疑い無く受け入れて来ました。何故なら、これらの強い振動はそれらを私達の肉体に衝突させて来るからです。しかし、私達は自己統制の手法とあらゆる創造を通じてのありのままに存在する生命への実践的なアプローチによって、私達はこれら有害な想念習慣を投げ捨て、私達の意識を宇宙英知の計画における正当な地位のより明確なる理解へと拡げることが出来るのです。


【解説】
 多くの場合、私達は自分達の心が恐怖に支配されていることに気付いていません。日常的にはこれらの要素は顔を見せることなく、もう一方の問題である惰性の生活を行っており、何ら心配の要らない決まりきった時間を過ごしています。しかし、ひとたび旅行で見知らぬ土地に行ったり、未知の山歩き等、非日常的なことを行う途端、これら様々な問題が現れて来ます。
 卑近な例で恐縮ですが、周囲にトイレが無い場所に行くと逆にトイレが近くなったり、独り誰もいない林の中を歩くと何か落ち着かなくなったり等、経験するところです。とかく私達は習慣的な生活を好み、未知の分野の経験を嫌う傾向がありますが、それは起るべき結果をよく知っているかどうかによっています。つまり習慣的行動は、その結果を良く予想出来る訳ですが、未知の分野については心は知識を持たず、不安感が先行するからです。
 結局、私達は結果に依存している為、未来の結末が不明の為に恐怖する訳で、意識を通じて未来が多少なりとも把握出来れば、このような恐怖心は無くなるということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第3部第2章-段落307

307 I am assuming that by now you have seen the fallacy of tolerating thoughts of fear, worry, anger, anxiety, etc., and are viewing all things calmly; knowing that through this new balance in your life, you are truly about the Father's business. Therefore, your daily chores will no longer be a drudgery, and you can perform them with a composed, receptive mind. If you watch your mind carefully, you will find many of the real universal thoughts come while you are contentedly, physically occupied. This is what Jesus meant when He said, "Be ye therefore ready also; for the Son of man cometh at an hour when ye think not." Luke 12:40. He did not refer to His appearance in the physical body, but to a communion between the mind and universal knowledge.
307 私は今や貴方は恐れや心配、怒りや不安等の想念を寛容することが誤った考えであることが分かり、あらゆるものを静かに眺め、貴方の生活のこの新しい調和を通じて貴方は真に父の御わざに従事していることを知っていると確信しています。ですから、貴方の日常の雑事はもはやつまらぬ仕事ではなくなるでしょうし、貴方はそれらを落ち着いた受容的な心で行うことが出来ます。もし、貴方が貴方の心を注意深く観察するなら、貴方は数多くの真に宇宙的な想念が貴方が満ち足りて、肉体的にも手一杯の間にも貴方の所にやって来ることに気付くことでしょう。これがイエスが「あなた方も用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである」(ルカ伝12章40節)と言った時、イエスが意味したものです。イエスは肉体としての自分(訳注:「人の子」)の出現のことを述べたのではなく、心と宇宙普遍の知識との間の交わりについて述べていたのです。


【解説】
 これまで私達は、自分の心の中を自らコントロールすることの重要性について学ぶ機会はありませんでした。とかく重要だとされて来たのは、心の抱く想念ではなくて、それが具体的な行動として発現したものに対して、もしそれが優れたものであれば、社会的称讃が、他に迷惑を掛けたり害を及ぼしたりしたことに対しては、処罰が加えられます。
 しかし、テレパシー学習で問題としなければならないのは、私達の心(エゴ)の一瞬一瞬の動きであることを本項では指摘しています。各自が各瞬間にどのような想念を抱く(即ち、取り入れ、自分のものとする)かは、全くの所、個人の自由なのですが、その結果は、また各々に振り返って来ることを述べているのです。
 毎秒、どのような想念を心の中に入り込ませて良いのか、私達は厳格に監視することだとしていますが、これは従来の哲学や宗教にはあまり聞かない教えです。私達は、先ずは自分の心に不要なもの、私達の目指す人生に不必要なものは断じて取り入れてはいけないのです。また、日常生活を続けながらも、より良い想念のみに門戸を開いておれば、やがて遠からず創造主に源を発する想念も心を通過するかも知れません。その時は、イエスの言う宇宙の英知と一体となる瞬間も実現するものと思われます。
 その為にも、「自分に厳しく」という意味は、実は「自分の心に厳しく」対応すべきだということなのです。
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