2010年02月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第4章-段落208

CHAPTER IV
Other World Impressions and Thought Habits of Earth

208 Now let us return to a fuller explanation of the blending and interblending of the Cosmos. As a planet moves through space, traveling at awe-inspiring speeds both on its axis and in the orbit it follows around the sun, it is eternally depositing portions of its body in space as dust, gases, etc. The atoms forming these particles are all impregnated with thought frequencies from that planet - just as were the cells of the dwellings mentioned earlier impregnated with the thought vibrations of the occupants.

第4章 他の世界の印象と地球の思考習慣
208 さて、ここで宇宙における融合と混和のより完全な説明に戻りましょう。惑星は宇宙空間をその自転軸及び太陽の周囲を付き従う公転軌道の両方で荘厳なスピードで運行していますので、その天体の幾分かを宇宙空間の中にチリやガスとして永久的に放出し続けています。これら粒子を形成する原子は丁度、以前お話した家の細胞が住人の想念振動を染み込んでいるように、皆その惑星からの想念振動を染み込ませているのです。


【解説】
 私達の日常の感覚では大地は揺るぎない静止した基盤に映りますが、地動説の論争を持ち出すまでもなく、地面は球体の惑星の一部であり、毎秒29.78kmで太陽の周囲を公転し、自身は赤道上で毎秒473mの自転速度で回転していることが、明らかにされています。
 このように高速で運行する惑星は当然に宇宙空間への自身の成分を丁度、海の中を高速で航行する物体のように様々な成分を放出することでしょうし、また運行の過程では空間上に浮遊する物体との衝突も起ることでしょう。秒単位の狂いも無く毎年同じ軌道を周回している筈の地球が、毎年同じ気象条件にならないのは、航行する宇宙空間自体が変化しているからに他なりません。
 問題は、私達が排出するチリやその他の成分が地球人類の想念パターンを残留させていることであり、これらが宇宙空間にまき散らされていることです。本来、神聖であるべき宇宙空間に、春先の黄砂のように汚れた煤塵をまき散らしているというのが地球の実像だとすれば甚だ残念です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落207

207 These are but a few examples of what I meant when I referred to impressions as being from effect to effect. This thought can be enlarged upon almost indefinitely; the only limitation placed on it is the scope of our imaginations. Each person should search thoughtfully into his daily life, recognizing and studying as many of these examples as possible. The key to opening the consciousness to commune with the Cosmos, is a thorough, impartial analysis and understanding of . . . mind. For it is through consciousness man expresses; so the better his understanding of the many pases of creation which are capable of influencing his mind - both from within the body, and from space itself - the more comprehensive will be his understanding of Cosmic Cause.
207 これらは、私が結果から結果への印象と表現した時に意味したことの多少の事例でしかありません。この考えはほぼ無限に拡大出来ます。唯一置かれた限界は私達の想像力の限界です。各自はこれらの事例を可能な限り多く見つけ出し、学びながら自分の日常生活を注意深く調べ上げるべきなのです。各自の意識を大宇宙との交流に開くカギは、......心を完璧に片寄らず分析し、理解することです。何故なら、人が表現するのは意識を通じてであるからで、肉体の内からと宇宙自体の両方から自分の心に影響を与えることが出来る多くの創造の経路を良く理解すればするほど、大宇宙の因の理解は幅広いものとなるでしょう。


【解説】
 人の感情が及ぼす影響について記した第3章のまとめが本項です。これまで人が発する感情が自身の肉体や周囲の者達に大きな影響を与えていること等を学んで来ました。それら心の動きを本来の姿に持って行く為には、どのようにしたらよいかを本項でまとめています。
 この場合、ポイントは心自らが自分の置かれている状況を想定して見て、その中に印象類に対しどのような内容が感受されるかを探知し、大自然の様々な働きを観察し学ぶということです。自ら設定した宇宙観に対し、その真相を自分自身の感覚によってそこに流れる印象類と接し、真実を一つ一つ確認して行く作業が必要だということです。進歩は決して短期間では達成できませんが、人の生まれ変わりを視野に入れれば、毎日少しずつの進歩こそ大切であることが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落206

206 In infancy and young childhood, before the indoctrination of accepted beliefs has filled the mind with preconceived ideas, the young life is governed almost entirely by impressions. Long before a baby can talk, it can receive thoughts and respond to them. Therefore, is not the importance of the parent's attitude self-evident? Remember, our children are little mirrors reflecting our emotional stability or instability.
206 広く受け入れられた信条が心を古くからあるアイデアで満たす前の幼児期や幼年期においては、年少者の生活のほとんどは印象によって完全に支配されています。赤ん坊が喋れるようになるはるか前、赤ん坊は想念を受け取り、それら想念に応答します。それ故、両親の姿勢が重要であることは自明のことではないでしょうか。私達の子供は私達の感情の安定あるいは不安定さを映す小さな鏡だということを忘れないで下さい。


【解説】
 乳幼児が想念や印象に反応していることを本項では述べています。即ち、想念の感受力が優れている為、大人が想像する以上の状況判断が乳幼児には出来ているということです。それらはまた、言葉の発達前の印象による生活が大切であることを意味しています。
 乳幼児の生活が印象に基づいているということは、私達一人一人が生まれて来た当初は、テレパシー能力を行使していたことを意味します。つまり、各自が言葉や文字に頼る生活から再び、昔の印象による生活を始めることの重要性を伝えている訳です。家で飼う犬や猫も各々話す言葉は異なりますが、人間が言葉の違う外国に行った時ほど、戸惑っている様子はありません。彼らは各々落ち着いてその環境を楽しんでいます。その背景には、彼らは言葉や文字によらない印象による優れた感受力があり、大自然から溢れる程の印象を受け取っているからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落205

205 Authorities now recognize it is the delinquent parent rather than the delinquent child who is the real culprit. This delinquency is not confined to the neglected child, for many of these young criminals come from homes where they have been given every advantage; but it would be interesting to make a survey of the mental outlook of their parents.
205 今や当局は本当の元凶は非行の児童よりは非行の両親であることを認識しています。この非行問題は捨て置かれた児童に限定されるものではありません。何故なら、これら若い犯罪者達の多くは、あらゆる便益を与えられた家庭から出ているからです。しかし、彼らの両親達の心の視点について調査することは興味深いことでしょう。


【解説】
 ここでは子供に与える親の影響、とりわけ精神面即ち心の有り様についての影響が極めて大きいことが述べられています。物理的な環境というよりは精神レベルの真面目さや信仰心が子供に大きな影響を与えているのです。家庭におけるこれらの要素が幼児が発達する過程で特に重要だということです。
 一方で同じ惑星でも国によって、地域によって社会状勢は異なりますし、各家庭の状況も様々です。そういう意味では宇宙広しと言えども、各自の進化に必要な環境は数少ないものと思われます。今回の人生で自分は何を学ぶ為にここにいるのかを知ろうとすることは、その場所を用意してくれた創造主の配慮に感謝することもつながります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落204

204 Since the adult mental attitude overshadows and molds the mental attitude of the young, we should be particularly careful in our dealings with children. The young mind, not yet cluttered by our accepted tenets, is naturally receptive to impressions. Because the child is dependent upon us, both for physical care and love, this makes a very close tie; and our thoughts will have a direct bearing upon the mental and emotional development of the young life. If we are tense and irritable, the child will become nervous and filled with a feeling of insecurity; if we are calm and balanced, the child will feel secure.
204 大人の心の姿勢が年少者の心の姿勢に影響を与え、形づくることから、私達は子供達を取扱う際には特に注意すべきです。私達が受け入れた諸々の教義に未だ散らかされていない若者の心は自然と印象に感受性があります。子供は身体上の保護や愛情の両面において私達に頼っていますので、これはとても親密な絆を形成しますし、私達の想念は年少者の生命における心や感情の発達に直接的に関連します。もし、私達が緊張し苛立っていた場合、子供は神経質になり、不安なフィーリングで満たされることでしょう。もし、私達が静かで調和がとれていれば、子供は安心を感じることでしょう。


【解説】
 幼児期を過ごす環境の大切さは、「三つ子の魂」等、古くから言われ続けて来ました。子供は穏やかで思いやりのある家庭で育てられなければなりません。これら幼児期は言葉を発する機能、即ち感覚心の発達はこれからなのですが、反面では印象類の感受力は大人以上に鋭敏です。私自身の記憶でも、幼児期に過ごした生活の断片は60年近くも経過した今日でも鮮やかに思い浮かびます。それ程に印象の記憶が深いものと思われます。
 一方で、家庭内の不和その他の問題の悪影響は直ちに幼児の健康状態に影響を与えますし、私自身も病弱な幼児期を過ごしており、それらの病気が周囲の環境の影響を顕著に受けるのが子供達だとする本項の解説は良く分かります。
 以前、どこかで紹介したように、ルーサー・バーバンクは著書(The Training of the Human Plant, 1917)の中で、子供が最も鋭敏な生き物だと表現しています。また、同書の中で、ルーサー・バーバンクは子供は10才まで学校にはやらず、自然に近い田舎で過ごすことの重要性を指摘しています。都会では誘惑が多すぎること、あまりに人工的な生活であることが問題だとしているのです。本書が書かれた1917年(大正6年)で既にこうした指摘がある訳です。将来の成長を前に、大自然の中で過ごすことの大切さとして言葉を発しない自然界の多くの生き物と接する体験をこれら感覚が鋭敏な時期に積み重ねることをルーサー・バーバンクは推奨しているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落203

203 We have shown the detrimental influence destructive emotions have in our lives; yet, there is a simple demonstration to prove how easily their hold can be broken. If we can get an angry person to accept a pleasant thought, his strong, destructive emotion will quickly fade. The mind cannot retain thoughts of anger, fear, anxiety, worry, or any of the other destructive emotions which plague it, when one is happy. In this balanced state, we are using Nature's law of harmony; which relaxes the mind, releases tension in the body, and opens the way for unhampered telepathic reception.
203 私達は、私達の生活の中で破壊的な感情が持つ有害な影響について示して来ました。しかし、如何にそれらの支配が容易に壊れるかを示す簡単な実例があります。もし、私達が或る怒っている人間に、楽しい想念を受け入れさせることが出来れば、その者の強い破壊的な感情はすぐに消失することでしょう。心はその人物が幸せである場合、怒りや恐れ、不安や心配、その他、心を病に陥らせている破壊的な感情を保持出来なくなります。そのバランスのとれた状態では、私達は大自然の調和の法則を用いており、それは心をリラックスさせ、身体の中の緊張を解放し、妨げられることのないテレパシー受信への道を開くのです。


【解説】
 心の持ち様一つで同じ状況も本人に与える影響は大きく異なります。心に何を取り入れるかはもちろん、本人の自由なのですが、その心が同調する想念によって肉体は大きな影響を受けるのです。それほどに肉体細胞は心が抱く想念と結びついている訳です。
 この場合、重要なのはもちろん、心を宇宙的な想念で満たすことであり、そのことが各自の唯一の義務なのです。よく他人の迷惑にならないようにと言われて来ましたが、実際にはその逆で、他人を有形無形に援助できるのは、この想念の力であり、多くの方々が今後のこの惑星の安寧と人々の進歩を願う宇宙的な祈りの念を持って欲しいものです。どのような想念を選択するかは各自の自由とされていますが、その選択内容は直接、抱く本人に大きな影響を与えるとも言うことが出来ます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落202

202 I cannot stress too strongly the importance of our daily attitudes; for it is during the long hours of routine living that our thought-habits are formed. While it is an admirable practice to devote a specified number of hours each day to study, if, with the closing of the book, the mind reverts to the old thought-pattern of worry, the benefit gained from study is nullified.
202 私は私達の日々の姿勢の重要性について強調してもし過ぎることはありません。何故なら、私達の想念習慣が形成されるのは、決まりきった日常の生活の間であるからです。毎日、特定の時間を学習に充てることは賞賛に値する訓練ですが、その一方でもし、本を閉じると同時に心が心配の古い想念パターンに戻ってしまうなら、学習で得た恩恵は無になってしまいます。


【解説】
 一日24時間、私達がどのような想念状態に生きているかが大切な所です。一過性の気分の高揚だけでは私達の思考習慣を変えることは出来ません。しかし、継続的な力は、例え微力であったとしても、遂には大きな力を発揮するというものです。私自身、40数年この分野に身を置いていますが、毎日の生活の中でこの教えを少しずつでも実証して行くことが効果的であると分ったのは、最近のことです。書物に書かれていることが真実なことなのかを自分の生活の中で応用し、体験することに勝るものはありません。
 自らを実践の場とすることは、誰にもはばかることなく、原因と結果の相互関係を知ることが出来、人知れず改めることも容易です。また、内なる創造主と対話する姿勢を保つことで、より一層、インスピレーションが湧き上がるようにも思います。日常の仕事をする中で、様々なアイデアが思いつき、物事が一挙に解決することも多いことでしょう。古来から様々な言葉で想念や肉体、宇宙と個人との結びつきについて、真理が伝えられて来ました。私達に足らないものは生活の中にそれら真理を取り入れること、実践であり、どんな些細なことでも実践することが大きな進歩をもたらすものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落201

201 Since we all have certain daily routines we must follow, it is advisable to learn to do everything with joy. Be happy there is a task for you to do, and be thankful you are able to do it. No task is irksome, regardless of how menial, unless we give it the power to irritate us. Do not allow the little vexations of life to control your mind and upset the functioning of the body cells, for this closes the door to receptivity.
201 私達は皆、何らかの決まりきった仕事を持っていますので、何事も楽しく実行する仕方を学ぶのは賢明です。貴方には仕事があることに幸せを感じること、そして貴方がそれを為すことが出来ることに感謝することです。仕事は如何につまらないものであっても、貴方がそれに苛立ちのパワーを与えない限り、退屈なものにはなりません。生活に関するどんな小さな苛立ちにも貴方の心を支配させてはならず、肉体細胞の機能を狂わせてはなりません。何故なら、これは感受性への扉を閉めてしまうからです。


【解説】
 私達は毎日の生活の積み重ねで出来上がるものです。その毎日の生活をどのように過ごすかが重要で、日々の雑用を回避したり、卑下したりすることは誤りだと本項は説いています。見方を変えれば、どんな仕事も意義があり、実行するのは宇宙的価値があることだということです。
 若かった頃、職場の先輩から「仕事は楽しく、遊びは真剣に」と言われたことを思い出します。当時の私は、仕事は十分余裕を持って臨めばうまく行く、また、つまらない仕事の中にも、楽しみを見い出すように、遊びは自分が選んだ好きな道なので精進に励め、というように解釈していたものです。本項にある何事によらず自分の仕事に喜びを見い出せということはテレパシー能力の上からも基本的な姿勢であるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落200

200 Now, consciously change your thought-pattern by replacing the above thought with a cheerful one. Notice how the sensation of heaviness dissipates, and the body actually seems to lighten as the cells resume their normal activity. Notice how with the relaxing of the brain cells, thoughts once more flow freely. It is in this state of coordinated harmony between the mind and body cells, that true telepathic reception is possible.
200 今度は前述の想念を快活なものに置き換えることで、意識的に貴方の想念パターンを変えて下さい。如何にその重苦しい感じが消失し、身体が実際に個々の細胞が正常な活動を再開するにつれて、実際軽くなるように思えることに気付く筈です。頭脳細胞をリラックスさせることで、如何に想念が再び自由に流れるかに気付くことです。心と肉体の細胞との間のこの調和したハーモニー状態の中で、真のテレパシー的受信が可能となるからです。


【解説】
 皆様には既に精神保健やカウンセリングの効果について聞いたことがあることでしょう。他人に話を聞いてもらっただけで随分気持が楽になったと話される方も多いものです。詳しくは存じませんが、カウンセラーはひたすら相手の話を聞く姿勢を貫くと言います。これは相手に自分の心を理解してもらうことで、本項で言う心の中を自由にするような効果があるものと思われます。それは同時に、自らの実状を言葉で表わすことによって、自分を理解してくれる相手が近くに居ることが分かり、また自らの言葉を自分の耳で聞くことで自分を見詰め直す機会を得るという意味もあることでしょう。
 テレパシーは本来、自由な心の状況でなければ機能しません。想念はそれ程、素早く、また微妙(妙なる)流れです。普段の私達はそのような微弱は信号を感受できる程、繊細ではないのです。それらの能力は私達は基本から学び取って行く必要があり、その第一歩として頭脳細胞を常にリラックスさせて置く重要性を説いています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落199

199 You can easily demonstrate this in your own life. Consciously implant a thought of worry or anger in your mind, then study the effect it has on you. You will notice a feeling of heaviness spread rapidly through your body as the discordant thought impinges its influence upon the cells, disrupting their normal activity. Still holding the thought, watch how the law of affinity attracts impressions of a similar nature; and how each additional thought adds to the weighty feeling in the body. Here, we are breaking Nature's fundamental law of harmony. And because of the barrier of tenseness created in the mind, causing inharmonious functioning of the body cells, telepathic reception is almost impossible.
199 貴方はこれをご自身の生活の中で簡単に実証して見せることが出来ます。意識的に貴方の心の中に心配あるいは怒りの想念を植え付けて、その後それが貴方に及ぼす影響を研究することです。その不調和な想念が各細胞にその影響を打ち付け、それらの正常な活動を妨げるにつれて、貴方は重苦しい感じが急速に貴方の身体中に広がることに気付くことでしょう。依然としてその想念を持ち続けた場合、親和の法則が如何に同種の性質の印象類を引き寄せ、更には個々の加わった身体に重苦しい感じを付け加えるかを観察することです。ここに私達は大自然の調和と言う基本法則を破っているのです。そして心の中に造り上げられた緊張の障壁の為、肉体細胞の不調和な機能をもたらして、テレパシックな受信はほとんど不可能になることでしょう。


【解説】
 「病は気から」と言う言葉が示すように、私達の体調変化の多くは心的状況を反映しています。しかし、こう述べることは決して病に苦しみ戦っている方々に対して、誤りを指摘しようとするものではありません。むしろ、各々の病にある皆様に少しでも快復の助けとなるきっかけを御提供できればと思う次第です。ちなみに、アダムスキー氏ご自身も後年は体調不良を訴えていたとも聞いています。もっとも、氏の場合は、私達には考えられないような大きな責任と様々な妨害活動もあったことも、その背景になったことでしょう。
 私達の場合、通常の問題は自身の仕事の成りゆきや家族その他の問題に自分の心が支配されていることにあります。本人自身の身体はこのような問題に対して一切の責任はない訳で、ひとえに心が抱く想念の影響を受けていることによって、身体の正常な活動が阻害されているのです。
 先日、久し振りに1週間程の海外旅行に出ました。毎度の事ながら、盗難等から身を守り、時刻までにチェックインする等、見知らぬ海外での非日常的な体験は、時に心に不安を抱かせることがあります。そういう時、心をリラックスさせ、印象に従って行動することで思いのほかのラッキーな事が進むことも多いようです。その反面、不安感ばかりが増長すると体調も不良となりがちで、緊張していると思わぬ怪我や事故も起りやすいものです。大切なのは自分の身体がどのような原因要素から影響を受けているのかを見極めて、本当に必要なもののみを心に取り入れることなのです。

お知らせ

明日から、約1週間、海外に出る関係で、本ブログの更新が出来ません。
再開は2月15日以降となる予定です。
宜しくお願いいたします。

竹島 正

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落198

198 But if we open our minds to the thought of the optimist, a feeling of well-being pervades us, bringing a sense of peace. For happy thoughts stimulate and expand, activating little used lobes in the brain; broadening our horizons and giving us a better understanding of the Cosmos and all that exists therein.
198 しかし、私達が楽観的な人物の想念に私達の心を開けば、幸福のフィーリングが私達に拡がり、平和な感覚がもたらされます。何故なら、幸せな想念は頭脳の中でほとんど使われていなかった脳葉(訳注:脳の内、全体の8割を占める大脳は、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉の4つの葉[よう]から成るとされています)を刺激し、拡張して活性化させますし、私達の視野を拡げ、宇宙とそこに存在する全てのものに対するより良い理解を与えるからです。


【解説】
 何故、楽観的な思考パターンが大切なのか、その理由がここに述べられています。物事を解決して行く為には、各人が悲観的であれ、楽観的であれ、解決策に気付いて行く必要がありますが、その為には豊かな発想力や鋭敏な感受性が求められます。その点、本項でハッピーは感情が、頭脳を活性化すると述べている点に注目すべきです。
 しかし、これは自分がエゴを好き放題にさせて、一切の責任をとらない姿勢を意味するものではありません。丁度、野生の動物が厳しい自然環境の中にあっても、明日のことを思い煩うことなく、時々の必要なことを直感的に行い、常にその日その時を楽しむ姿勢を意味しています。
 創造主は、両親がその子供を愛おしく思うように、全ての創造物を等しく愛していると思うべきです。そうなれば、私達創造物は常に穏やかに幸せな日々を送ることこそ、創造主の喜びであり、願いであることが分かります。常に創造主からの慈しみを受けていると感じること、その意味において楽観的な思考パターンが必要だというのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落197

197 I strongly advise each student to observe this law working in his own life; for it is a perfect example of the meaning of "like attracting like." If we open our minds to the gloomy thoughts of the pessimistic person, these vibrations will have a depressing, narrowing influence on our lives; and if the contact with this outlook is continued long enough, our thought-pattern may drop to the same bigoted, mental level.
197 私は個々の学習者に、自分自身の生活の中でこの法則が働いていることを観察するよう強く促しています。何故なら、それが「類は類を呼ぶ」の完璧な例示であるからです。もし、私達が悲観的な人物の憂鬱な想念に対し私達の心を開けば、これらの振動が私達の生活に意気消沈と険しい目つきをさせるような影響を与えるでしょう。そしてこの態度との接触が長く続けば、私達の想念パターンは同じ頑迷な精神レベルに落ちるかも知れません。


【解説】
 ここでのポイントは各自の想念レベルが現実の世界の法則として作用していることを、自分の目で確かめよと言っていることです。既に私達はかつての悲観的想念が自分の身体に与えた影響や、怒りの感情が自分のみならず周囲の人々に如何に大きな悪影響を及ぼしたかを十分知っている筈です。むしろ、一見どのような難局にあっても、明るく楽観的な想念状態を保つことで事態がどのように変化するかを、自身の生活の中で実証することが求められていると考えます。
 多くの書物を読み、先人達の教えを学ぶだけでは十分ではありません。揺るぎない本質を掴む為にはどうしても自分で体験することが必要です。そういう意味で、自分自身が最良の教材となります。また、かつて中山みきがいみじくも述べたように、「身体も家屋その他も全ては神様からの借り物で、唯一、自分の心だけが自分のもの」だと考えると、自分の心を常にどのように保つかが重要で、その制御が私達の主要な任務であることが分かります。
 法則というものは、何時如何なる所でも作用する基本原理ですから、これを体験し理解することが出来れば、応用は自由自在です。この体験は古来より、「悟り」と表現されて来ました。従来は難行苦行の末に得られる境地とされて来ましたが、本講座では精神と物質の垣根を超えたつながりを発見する中で得られるとしている訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落196

196 Let us now take the example of the cheerful, optimistic per-son, who looks upon all manifestation and "knows it to be good." The uplifting thought frequencies from this person will elevate our own vibrations, and our day will be enriched through contact with him. And although not necessarily conscious of it, as long as this influence lasts our minds will be operating on a higher frequency level. Just like the house that was impregnated with love and laughter, drawing us back for frequent visits, we will seek this person's company.
196 今度はあらゆる創造の現れを見て、「良きものであると知って」いる陽気で楽観的な人物の例について取り上げましょう。この人物からの高揚させる想念振動は私達の波動を高め、私達の一日はその人物と接する中で豊かなものになることでしょう。そして、それを意識しておくことは必ずしも必要ではないのですが、この影響が続く限り、私達の心はより高い周波数レベルで運用されることになります。丁度、愛情や笑いで満ちた家のように、私達はそこを何度も訪れたいと思わせるように、私達はこの人物と同行することを求めることでしょう。


【解説】
 以前、ある方から「哲学は明るくなくてはいけない」という意味のお話を伺ったことがあります。ともすれば難解な言葉を使い、また現状を悲嘆して人生に見切りをつけるようなものは真実でないし、生きて行く上で不要だという意味でのご発言であったように記憶しています。進化した他惑星人も皆、ほがらかで明るい方達であることは同乗記に記述されている通りです。こうした明るさの背景には宇宙に流れる生命の根源に源を発する宇宙の真実、生命の真理を知れば知る程、現状に感謝し未来に希望を持つことがあると思われます。
 昔のことですが、「野のユリ」という映画がありました。カトリックのシスターの一団に、行き会った黒人の青年(シドニー・ポアチエ)が様々な仕事で手伝うはめになるというストーリーです。タイトルが示すイエスの言葉の通り、シスター達の楽天的な様子は、実は創造主に完全な信頼を置いていることがよく表現されている映画です。
 古来より、私達は安らぎを求めて来ました。もちろん、心休まる環境は居心地も良い訳ですが、その状況は先ずは自分自身の内側に造らねばなりません。私達の身体には私達だけの為に60兆個もの細胞が働いており、身に付けている衣服も私達だけの為に、今そこにある訳です。これらの者達を伸び伸びさせ、最適な環境を保つようにすることは主人たる者の任務ですし、そうする中で周囲にもその影響を及ぼすことが出来るというものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落195

195 Those with whom we come in contact daily, will affect our lives; but only to the extent we permit them. For example, when we meet a disgruntled person and listen to him expound his philosophy of gloom, unless we are on guard, a feeling of depression will envelop us which may last for hours or even days. This is caused by the melancholy vibrations emanating from his mind and body, affecting our mind and body cells with a feeling of despair. But when we have understanding, we can refuse to accept his attitude, and keep our minds serene while listening to him. This balance of mind will counteract any harmful radiations that might otherwise influence us.
195 私達が毎日接する相手は、私達の生活に影響を与えます。しかし、それは私達がそれを許す範囲までです。例えば私達が一人の不機嫌な人物と会ったとし、その者が自分の憂鬱の哲学を講釈するのに耳を傾けたとすると、私達は警戒していないと、意気消沈のフィーリングが私達を包み、何時間或いは何日も続くことになります。これはその者の心と肉体から発散している憂鬱の振動によって引き起こされますし、私達の心と肉体細胞に絶望のフィーリングを作用させるのです。しかし、私達に理解があれば、私達はその者に耳を傾けている間にもその者の姿勢を受け入れることを拒み、自分達の心を澄んだ状態に保つことが出来ます。この心のバランスは私達に影響を与えるかも知れない有害な放射物を阻止するのです。


【解説】
 想念レベルにおいて私達は相互に深く影響をし合っています。とりわけ、尊敬すべき存在に対しては、その人の話に耳を傾け、その意味を心に留めようとするのは当然です。本項の例示の場合は、逆の例でしたが、地球には様々な段階、多様な波長の人々が生きている訳ですから、中には、事例のような注意しなければならない存在があり、或いは実際にはそのような決して参考にならない生き方の道を歩く者の方が圧倒的に多いのかも知れません。
 これらマイナス面の反面教師は、身の回りにも多いことですし、本項で述べられたことも、その影響について多少なりともかつて経験したこともあるのではないでしょうか。世の中には迷える小羊を捕まえようとする悪徳の者もおり、金銭社会では詐欺も横行しています。しかし、最も注意すべきは「肉を切るものよりも魂を切るもの」に対してです。一見、もっともらしい事柄を述べ、個人の興味を引き付けて、最終的には本来の道を外させる、悪の手先に成り果てる者も多いのではないでしょうか。
 しかし、一方では、本来の道に導く多くの存在もあることが救いとなっています。古来から良書とされている書物を読み、偉人の歩みを学ぶことは、大変意義のあることだと思います。また、現に同好の友を有している者はその出会いを大事にし、相互に切磋琢磨の道を歩む責任があります。かつてアダムスキー氏の周りには、多くの人々が集まり、氏を囲んだ小規模の会が催され、その中で氏は多くの事柄を語り、集まって人々に真理を説き、生きる上でのアドバイスを与えています。私も後年、その何人かの方とお会いし、当時の模様を伺いましたが、どの方からも実に昨日のことのようにリアルなお話を聞いたことを覚えています。それ程に、人物に直接、会って接するということは大きな影響を相手に与え、その生涯を決定つける程の出来事となることが分かりました。そういう意味でも、私達は一日一日を大事にしなければなりません。出会う人、一人ひとりに与える影響について心して一日を過ごしたいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落194

194 It does not matter whether we live in luxury, or in poverty; we have the right to choose our thought-patterns. Our bodies may be enslaved by the false economic barriers that have been raised on earth, but our minds are free. Thoughts are ours to control, when we better understand our bodies and our minds.
194 私達が贅沢な暮らしをしているのか、貧しい生活をしているかとは関わり無く、私達には自分達の想念パターンを選択する権利があります。私達の肉体は地上で培われて来た偽りの経済的障壁によって奴隷にされているかも知れませんが、私達の心は自由です。想念をコントロールするのは他でも無い私達ですし、そうすれば私達が肉体と心を今以上に理解することになるのです。


【解説】
 聖書のどの部分であったかは覚えていませんが、イエスが救いを求める人々に対し、語った場面がありました。人々のある者は生活の困窮を、ある者は病の治癒を求めたことでしょう。また、別の者は支配者への反旗をイエスに望んだものと思われます。しかし、イエスは一部の病に苦しむ者を治したものの、その者にそのことを他人には黙っているように厳命する等、それらの行為はイエス本来の仕事ではないように振る舞いました。もちろん、支配層への反逆等は行いませんでした。その国の律法に従った行動をとっていたのです。
 しかし、イエスは人々の内面について、とりわけ創造主への信仰については、様々な例を用いて人々に説きました。そしてその教えは2000年近く経て、再び進化した諸惑星からの教えとして地球にもたらされ、復活しています。
 私達の生活は、生まれた国によって、個人によって暮らす環境は大きく異なります。また、時々の経済的、政治的、社会的な状勢によっても変化するものでしょう。しかし、大事なことは、最も基本的な部分はこのような外的な環境ではなく、その人が日頃心の中に抱く想念パターン、即ち内的な環境であり、これらを改善することで各々新しい生命の息吹きが生まれ、その実行を通じて周囲の環境も自ずと変化して行くことを理解することにあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落193

193 Remember, we have shown earlier that thought can become a habit. We can develop thought-patterns of selfishness, discontent and greed; or we can cultivate thought-habits of humility, serenity and generosity. The choice is ours. And if a true analysis were to be made, we would find our lives are governed less by circumstances than by our thought habits.
193 私が以前、想念は習慣になり得ると説明したことを思い出して下さい。私達は自己中心や不満、そして貪欲の思考パターンを発達させることも出来ますが、一方では謙遜や落ち着き、寛容の思考パターンを育むことも出来ます。選択は私達の自由です。そしてもし、本当の分析がなされるなら、私達が自分達の生活が周囲の環境より自分達の思考習慣に多く支配されていることに気付くことでしょう。


【解説】
 何事も習慣化するということです。とりわけ重要なのは、物事の実現力を備える想念が習慣化する場合、本人が自覚しないまま、その想念パターンが継続作用し、結果を早めることになることです。いずれにせよ、習慣や惰性は新鮮さを失わせる為、良くありません。毎朝、鳥達は夜明けを待ってさえずりますが、そこには毎回、新しい経験を迎える楽しい気分があり、マンネリの気配はありません。率直に毎日の日の出を祝う気持がそこに表れています。
 かつてイエスは「幼子のようにならなければ天国に入れない」とも言っていますが、何事にも物めずらしく、素直に直視する気持は、この想念の習慣化の対極をなすものです。人は年を重ねるにつれて、習慣化する部分が増え、感動も薄れる結果、時の経つのが早く感じられるようになるものです。それほどに感受する想念の数が減ってしまう訳です。何ら感度のない日常は習慣化した生活の現れであり、これに対しては常に新鮮な感動を日常生活に呼び覚ます必要があります。
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