2010年01月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落192

192 So it is apparent that we, alone, suffer in these circumstances. And if prolonged, nature will exact a terrible price, because we not only keep the atmosphere immediately surrounding us polluted with our discordant thought vibrations, which will eventually alienate us from our friends, but all the while we are inexorably poisoning our physical bodies.
192 ですから、このような状況の下では私達だけが被害を蒙ることは明らかです。そして長引けば自然は恐るべき代償を迫ることになります。何故なら、私達は私達を直接取り巻く大気を私達の不調和な想念振動に保ち、それにより私達を友人達から遠ざけるほか、その間ずっと私達は自分の肉体に容赦なく毒を盛っているからです。


【解説】
 結局はこうした憎しみや恨みを抱く側に多くの害が生じるということです。イエスは「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ)と他人への恨みや憎しみを戒めています。大事なことは如何なる事態にあっても自分の心の中を穏やかなものに保ち、外界から影響されないことです。また、一方では不可抗力であっても他人から恨まれるような行為を行うことのないよう、自我を制御すべきことは言う間でもありません。
 この憎しみについては、アニメ映画の「もののけ姫」によく表現されています。原作者宮崎駿は憎しみというものがどのように人間を縛り、世の中の破壊を拡大して行くか、またそれを利用して自然を破壊し、人々への支配を進めようとする勢力があるかを、良く描いています。
 こうした怒りや憎しみという一見、私達の日常ではあまり関係がないように見えるテーマですが、少し視野を広げれば、中東アジア等で頻発している自爆テロや戦闘等、残念ながらこの種の仕組みが支配している地域も多いことが分かります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落191

191 The target of our hatred may be totally unaware of our attitude; or if he is aware, he can turn these thoughts aside by refusing to allow them entry. In other words, he can recognize our mental immaturity and not accept these derogatory thought vibrations from us. This adds frustration to our hatred, and causes us still more harm.
191 私達の憎しみの標的は全く私達の気持に気付かないかも知れませんし、或いは気付いてもこれらの想念が入り込むのを拒絶して、それらの想念を脇にどけることも出来ます。言葉を替えれば、私達の精神上の未熟さを認めて、私達からのこれら他人を傷つけるような想念振動を受け付けなくすることが出来るのです。このことは私達の憎しみに失望を加え、私達に更なる害をもたらすことになります。


【解説】
 私達が発する想念は必ずしも相手に感知されるとは限らないということです。また恐らく各自はそれなりの自己防衛本能があり、害のある想念に対して身構えたり、やり過ごしたりする機能があるのかも知れません。その場合、発せられた想念は受け取られる相手のないまま、結局は発した本人の元に戻って来るのではないでしょうか。
 従って、こうした他人に害を与える想念を発すること自体、理由の如何に関わらず、避けねばならない訳です。反面、他人を助けたい、力になってあげたいとする気持はやがて、自分自身にも作用するとも言うことが出来ます。
 私達は想念の立場から観れば、いわば狭い空間に生きており、互いに密接な影響を及ぼしあっているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落190

190 While we are discussing these undesirable emotions which play such havoc with our minds and bodies, it would be well to point out the danger of holding a grudge. When we nurse thoughts of hatred, feeding them constantly in our desire for revenge, we are poisoning our minds and our bodies as surely as if we were taking a noxious drug by mouth.
190 私達がこのように心や身体に大混乱をもたらすこれら好ましくない感情について議論する中では、他人に恨みを抱くことの危険性について指摘しておいた方が良いでしょう。私達が嫌悪の想念を育み、私達の願望の中で常に復讐したいと思う場合、私達はあたかも、有害な毒を飲み続けているように自らの心と身体に毒を入れていることになるのです。


【解説】
 想念の力は自分自身にも作用します。本項で言う感情という強い想念は尚の事、その発信源において最も強力に作用するものと思われます。また弱くかすかな想念でも、継続的に発している場合には同様に作用することが分かります。むしろ私達が日頃、何気なく抱いているような先入観や心の奥に持ち続けているような思いは、本人の行動を支配するのみならず、自身の身体に大きな影響を与えるものと考えます。
 本項ではマイナスの想念についての注意事項ですが、逆にプラスの想念についても同様な原理が働くという訳です。本来あるべき正しい想念を絶えず発信し続けることは、その想念の拡がり先への作用のみならず、発信元である私達自身の健全性の維持からも重要なことです。水面の波紋のように発信された想念は何処かで作用した後、再び反射して発信元に返って来ます。有形無形の影響力を及ぼすその想念の潜在力は一人ひとり、何ら特別な資材を要せず行うことが出来ます。こうした祈りの力こそは地球全体の状況打開に威力を発揮するものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落189

189 Here, again, we have received the true picture of existing conditions through telepathic impressions, or feeling, from the body cells. For even though we were sightless, the discordant vibrations in the room would impress themselves upon us, belying any honeyed words which might be spoken.
189 ここでもまた、私達は肉体細胞からテレパシー的な印象ないしはフィーリングを通じて現状に関する真の状況を受信していました。何故なら、仮に私達が盲目でありその部屋の中でお世辞が話されても、不調和な振動は私達にそれ自体の印象をもたらすからです。


【解説】
 目をつぶっていてもやって来る印象を感受できるようになれば、私達は少しは進歩したことになるでしょう。実際には、自然界には真っ暗な深海や真夜中でも動物達は盛んに活動していますし、彼らは絶えず周囲の状況を視覚によらない自分達の感覚で把握しており、その感覚の中にはテレパシーの能力も相当程度含まれていることでしょう。
 先日、山の廃坑の中に宇宙線の観測装置が設置されている模様がテレビで紹介されていました。宇宙から来る粒子が地表を通過し、山の岩石を貫いて観測装置に到達するというものです。宇宙には私達の想像を超える数の粒子が飛び交っており、私達の体内を通過していますが、これらを私達は未だ感知することはありません。
 前項(187)で私達が発する想念をemanations(発散物)と表現されていましたが、この発散物はこのような宇宙線と同じ高エネルギーを持った粒子体である可能性もあります。それら空間を飛び交う粒子体が、体内を横切る時、私達の細胞がそれを感知できれば、それらのメッセージを心(頭脳)に伝えることで、印象やひらめきとして心が認知するという仕組みも考えられます。いずれにせよ、頭部に集中した既存の感覚器官でなく、身体全体をこうした想念の受信装置に進化させることが必要であるようです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落188

188 We are given a good illustration of the tangibility of these emanations when we walk into a room where two people are quarreling. Upon our entrance the quarrel will stop abruptly, and both parties will turn to greet us with a false heartiness. Though they are trying to pretend that everything is normal between them, their eyes will still be bright with anger and their features tense, making their smiles appear fixed. And as we cross the room, the atmosphere around us will be vibrant with the strong thoughts of wrath. All present will be acutely embarrassed until the participants are able to bring their emotions under control. Unless the animosity between these two people is deep-rooted, the atmosphere will clear and a feeling of friendliness will return. However, regardless of how carefully they try to cover their true feelings with polite conversation, if the enmity between them continues under the surface, we can become aware of it through the feeling channel.
188 私達にはこれら発散物についての明白さについて、二つの人々の集団が言い争っている部屋の中に入って行った際の良い実例があります。この場合、私達が入るや、その口論は突如止まり、両集団は偽りの愛想で私達を歓迎するでしょう。彼らは彼らの間に何も変わったことはないように装いますが、彼らの目は怒りに燃えており、表情は厳しく、その微笑みはこわばっています。そして私達が部屋を横切って見ると、私達の周囲の空気は強烈な激怒で震えるでしょう。同席の者全員が、彼らの感情が制御できるようになるまでは、ひどく困惑させられることになります。二つの人々の間の敵意が根深いものでなければ、その空気は澄んで、有効のフィーリングも戻って来ることでしょう。しかしながら、彼らが丁寧な会話で自分達のフィーリングを如何に注意深く隠そうとしても、彼らの間の敵意が表面下で続くなら、私達はそれをフィーリングの経路を通じて感知することが出来ます。


【解説】
 個人的にはこのフィーリングの経路を通じてやって来る印象類について、未だ所要の能力を持ち合わせていない為、読者の皆様に十分な解説をお伝えすることは出来ません。通常、私が印象を感じる場合、大抵は目でその対象を見て、(即ち、既存の感覚器官でその対象物を観察して)、対象を把握する際に、何らかの印象を受けることが多いように思われます。未だ、既存の感覚器官を一切、頼りとせずに、対象物の発する「発散物」を印象の経路から感受する段階には至っていないようです。
 しかし、経験上明らかなのは、人間が発する感情については、自然界の生物には容易に感知できることです。恐らく、人間が発する感情は私達が想定する以上に強烈なパワーを持って四方に発散しているものと思われます。その良い例が、窓越しに野鳥を観察する場合に経験できます。窓越しに遠くの小鳥を優しく観察する場合は小鳥達は伸び伸び遊んでいますが、反対に試しに遠い窓越しでも害を与えようと狙いを定めて小鳥を見ると鳥達は直ぐに飛び去って行ってしまいます。小鳥達は自分達に向けられた視線や感情を敏感に感じ取ることが出来るようです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落187

187 We have ready proof that whatever thought a man holds in his mind affects every cell in his body, for his outward expression gives ample evidence of this. Anger quickens the respiration, raises the blood pressure - even to the point of apoplexy - causes the muscles of the body to tremble, and distorts the features. So it is obvious that it is not the brain alone which is affected; for every cell in the body reacts to the violent emotion. What is more, emanations radiating from that body can fill a room.
187 私達には人が心の中で抱く想念は何であれ、自身の肉体のあらゆる細胞に影響を与えることについて、いつでも準備できる証拠があります。何故なら、人の外的な表情はこれに対する十二分の実証を与えているからです。怒りは呼吸を早め、血圧を卒中する所までさえも上昇させ、身体の筋肉を震わせ、顔の表情を歪めます。ですから、影響を受けるのは脳だけではないことは明らかです。何故なら、肉体のあらゆる細胞がその暴力的な感情に反応するからです。そして更にはその肉体から放射された発散物が部屋を満たすことも起り得るのです。


【解説】
 よく想いは実現するとありますが、自身の想いを直ちに反映するのがその人の肉体細胞ということになります。どのような想念も肉体細胞には隠すことは出来ません。本項に解説されているように、私達の感情は体内の奥深くまで、その影響は及びます。もちろん、長年、それらの感情が継続すれば、身体自身の形も変化して、顔かたちもそれに呼応した変化を遂げるものと思われます。何年かの間に大きく顔の表情をやつれた人、或いはいつまでも若い表情を保つ人等、様々ですが、若さを保つ人には、それなりの若い気持が体内に染みわたっているものと思われます。
 そういう意味からは、アダムスキー氏の周囲に居た進化した惑星の人々は皆、年齢とは関わり無く、若さを保ち、いつも新鮮で楽しげな人物であったとされています。その典型が宇宙船内で会見した長老です。本項では破壊的な感情についての記述ですが、もっと自由活発な創造的な想念を自覚すると、体内隅々にまで、その効果が浸透し、肉体の老化が起らないことが想像されます。
 古来から、美しいものを見ること、とりわけ万物の創造主をイメージした絵画や彫刻を見ることが尊ばれて来ました。それは、私達の見習うべき手本として、これら心静かな温和な存在を見詰めて来たことに背景があるように思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落186

186 However, through our uncontrolled emotions many of us keep these glands over-active a great part of the time; thereby throwing the chemistry of our bodies out of balance. This goes back to the need of controlling the senses; for it is the sense-mind that arouses and tolerates these destructive emotions. So it might be well for us to take a closer look at these emotions, which, unless guarded against, make up so much of our lives.
186 しかしながら、私達の制御されていない感情から、私達の多くは大部分の時間、これら分泌腺を過剰に活動させ続けており、その結果、私達の体内の化学システムのバランスを陥れています。このことは諸感覚を制御する必要性にまで遡ることとなります。何故なら、これら破壊的な感情を引き起こし、許容するのは感覚心であるからです。ですから、それに対し警戒しない限り、私達に生活の多くを占めるこれら感情に対し、より綿密に観察することは賢明だと言えるでしょう。


【解説】
 座禅の心境や内省と言われる自身を観察する態度は、本項でいう「警戒」であろうと考えます。元来、肉体内の各細胞は自立的に各々の任務を全うしており、身体の維持に奮闘しています。良い例が、眠っている間にもこれら細胞は休まず働いており、眠っている心に関わりなく、動いています。
 一方、私達の周りには、これら感情に支配されている人々が実に多いように思われます。他人を批判し、社会に敵対心を持つ若者も多い気がします。もちろん、最近の社会状勢や搾取が進む経済システムの中で、かつてほど、生きて行くのは容易ではなくなりました。しかし、よく電車の車内で携帯ゲーム器で遊ぶ人の姿を目にしますが、そのほとんどのゲームの内容は殺しあいのゲームであり、そのリアルな映像は、ゲームをする本人に殺人の疑似体験を与えています。この場合、ゲームに没頭している本人は叫び声を上げるまでにはなりませんが、少なからず感情レベルでは本項でいう「破壊的な感情」を放出していることは確かです。本当は、このような破壊的感情を増長させるようなものは、排除して行きたいところです。もちろん、ゲームを買うのは本人の意志なのですが、このようなゲームを市場に出して、利潤を確保できれば、青少年の心がどのような状況になっても知らないとする経営者には、さっさと地球から去って欲しいと思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第3章-段落185

CHAPTER Ⅲ
Effect of Emotions on the Body Cells
185 The little cell chemists within us perform their duties according to an exact pattern laid down by nature. But if through fear, anxiety, or anger, the mind distorts this pattern by over-activating certain glands in the body, the whole "assembly line" is thrown into confusion. The Master Builder, anticipating all situations, has provided both animals and humans with the ability to summon super-strength, unaccustomed agility, etc., when the body is in danger, by over-stimulation of these glands. This is the law of self-preservation in operation.

第3章
肉体細胞に及ぼす感情の影響
185 私達の体内の小さな化学者達は自然によって敷かれた一つのパターンに正確に従って、自分達の任務を果たします。しかし、恐怖や不安、怒りを通じて、心は体内のある種の分泌腺を過剰に作用させることによって、このパターンを歪め、全体の”流れ作業”が混乱に陥れられます。偉大なる棟梁(訳注:創造主)はあらゆる事態を見越して、動物や人間に、その肉体が危険にさらされた時に、これら分泌腺を過剰に刺激することによって、超人的や尋常でない俊敏さを奮い立たせる能力を与えているのです。これは自衛本能が作用する法則です。


【解説】
 私達の心が発する極度な感情は体内の正常な生命維持活動を阻害するという訳です。心が発する感情は、個々の細胞にとって見れば、「御主人の一大事」として受け止められ、本来は正常な活動を行っているべき状況にも拘わらず、あたかも一身上の危機状況が襲って来たかのように臨戦体制に入ることになります。その結果、もし何度となくこのような状況に至る場合には、肉体細胞はその対応に疲弊してしますことでしょう。
 これら緊張状態は身体に余分な負担をかけることになり、老化を早めるものと思われます。本来、人間は伸び伸び生きることが望まれており、古くから真理を悟った人々はこのことを理解していたようです。例えば、天理教の教祖である中山みきの「陽気暮らし」や天地を創造した神に従って、楽しく(悩む心を解放して)暮らせと伝えられたとされています。その他多くの教師が他力本願を基調とした教えを説いており、大自然の潮流に従った、言わば印象に従う生活を送れと言っているように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落184

184 Remember, as long as we allow destructive emotions to govern our thoughts, we interfere with the natural operation of the body, and we set up an effective block against any incoming impression except those of a like nature. When properly analyzed, these emotions are expressions of the personal ego; and the personal ego must be controlled before we can reach the goal of selfless self-expression.
184 私達が破壊的な感情が私達の想念を支配するのを許す限り、私達は肉体の自然な働きを妨げ、同類の印象以外のやって来る如何なる印象も阻止する有効な障害物を設置していることを覚えておいて下さい。適切な分析を行えば、これらの感情は個人的なエゴの諸表現であることが分かりますし、個人のエゴは私達が無私の自己表現というゴールに到達する為には、統制されなければなりません。


【解説】
 以前にも紹介した通り、「怒りは敵と思え」の言葉の真意は本項で述べられていることにある訳です。この感情統制が成されなければ、時としてエゴは暴走し、身の破滅をもたらすことが危ぶまれます。時に殺人ざたにも至るこうした心の暴走は結局は自我(エゴ)の傲慢さや恐怖に源を発しているように思います。その為、古来から羞恥心を無くす為の修業や恐怖への対応等の訓練と思われる行が行われて来ました。もちろん、現代人には別のやり方がある訳で、本項にあるように身体内の仕組を踏まえての自我の統制を各自が取組む必要があります。
 実は、他人がエゴ的な感情で話しているのか、そうでないかは良く分かります。実は自分自身が一番分からないようです。即ち、善悪いずれにせよ、精神と肉体が一体となって物事を行動する訳で、例え破壊的であるにせよ、その時、本人は一体となって行動を起こしており、一体化しているが故に、冷静な判断が出来ないのです。それを防ぐには、もう少し上位に自分の視座を置いて、演じる自分を観察する必要があります。全てを知る者に真似て、自我を常時監視し、より良い方向に導くことが大切だと考えています。(注:原文にdestrictiveとありましたがdestructiveの誤植としました。次回は第2部第3課に入ります)

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落183

183 Does this help you to see how important is your approach to life? how all lives are intertwined? Do you, through your anxieties and fears, keep those near you uncomfortable and upset? If so, recall the change the woman brought into her life once she had released her anxieties. Where, before her illness, her body cells were a tense, nervous mass because a chair was out of place, they now radiate a calm, peaceful feeling that is soothing to those around her. Face yourself honestly . . . for the truth cannot be hidden from your body cells.
183 このことは貴方に生活に対する貴方の接し方が如何に重要であるか、全ての生命が絡み合っているかについて理解する助けになっていますか?貴方は貴方の不安や恐怖を通して貴方の近くの者達を不快と混乱状態にさせていますか?もし、そうなら、この婦人が自分の不安を解放してから自分の生活にもたらした変化を思い起こして下さい。病気の前、椅子が一つ所定の場所から外れただけで、彼女の肉体細胞は緊張した神経質な塊になりましたが、今やそれらは周囲の者を落ち着かせる静かで平穏なフィーリングを発しています。正直に自分を見詰めて下さい。貴方の肉体細胞から真実を隠すことは出来ないからです。


【解説】
 自分が発する想念は例え言葉にならなくても、各自の肉体の細胞達は直ちにこれに反応し、それらが発する印象は他の者の肉体細胞に感受され、影響を与えることは、とりも直さず万物が想念(印象)によって密接に影響し合っていることに気付きます。
 従って、家であれ国であれ、そこに暮らす人々は各々何らかの雰囲気を持つようになることがこれによって分かります。もちろん、制度や気候、社会情勢等の外的要因もこれに加わっていることでしょう。しかし、一番の問題は各自が自分の生命(生活)にどのように向き合って、即ち、どのような想念を発し、印象を感受して、その日一日を送っているかにあります。その一日一日の過ごし方がその家族や国を構成していると言ってもよいでしょう。
 私達の肉体細胞が私達の抱く想念に極めて鋭敏に反応することは、時々の身体の不調の多くが精神面の問題から来ることからも良く分かります。かつて、ウエイン・ダイヤー氏は「悩みは何処になるか?」について、講演で「それは貴方の外(即ち外界、自然界)には無く、貴方の頭の中にあるだけだ」と明解に述べています。即ち、創造主が造った自然界には悩みや心配事は一切なく、それは貴方自身が頭の中で作り上げたものに過ぎないという訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落182

182 Her change of attitude reflects through the whole family. Now, their youngest boy, the only one still living at home, feels free to bring his playmates in after school for cookies and milk; and the grandchildren romp through the house with an abandon their parents were never permitted. The family has found a new fullness in life, a new freedom bringing laughter to replace the tension that once existed.
182 彼女の姿勢の変化は家族全員に反映します。家族の内、最も年少の少年は唯一、家の中で生活する存在ですが、学校が終わった後、おやつに自分の遊び友達を連れて来ても構わないように感じていますし、孫達は彼らの両親が決して許されなかったような放任の下、家中を走り回っています。家族は生活の新しい充実感をかつて存在した緊張感に代わって笑いをもたらす新たな自由を見い出したのです。


【解説】
 組織の中心となる者が持つ心境は構成員の隅々にまで有形無形に作用します。そういう意味でリーダーの心の有り様はそのまま、その組織に投影されるということです。組織の長が和やかでリラックス出来ていれば、従う者も伸び伸び仕事が出来ますが、逆の場合は不幸な事態が起り得ます。過度に規範重視を徹底させると、ゆとりが無く緊張感を強いられる疲れた組織になるように思っています。そういう意味ではリーダーたる者、どのような困難な状況においてもリラックスできる余裕を持つことが必要だと言うことです。
 また、本項にアダムスキー氏は好ましい家族像について述べていることが分かります。金星その他の進化した惑星ではどうか知りませんが、少なくても、家庭は家族がリラックスし、楽しく心安らかな家を言い、中でも家庭を取り仕切る主婦の役割が大きいとしています。子供達には各々の年齢に応じて伸び伸び暮らせる環境が必要で、幼年期のこうした楽しく遊んだ経験が、老人になっても持ち続けられ、優しい心を育むものと考えています。これら楽しい幼年期を送ることが出来れば、大人になっても優しい心遣いが出来、穏やかな人物に成長することが期待されます。今日、この惑星が抱える多くの問題が、本シリーズで紹介する一連の心の開発を通じて、解決できるのではないかと思っております。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落181

181 Upon her recovery she again took over the household duties. However, with her new outlook on life, a feeling of ease now prevails in the home. Where once guests were made uncomfortable by her eyes darting anxiously around the room, checking to see whether a cushion was out of place, a curtain not hanging straight, or an ash tray needing emptying, they now find a charming, composed, hostess, Where once she would have dashed for a cloth at the first sign of a thin film on the recently dusted furniture, she now laughs and says: "If you can write your name on the piano, it proves you're educated."
181 回復後、彼女は家事の仕事を引継ぎました。しかし、生活に対する彼女の新しい展望から、安らぎのフィーリングが今やその家庭を覆っています。かつては部屋の周囲に神経質そうに睨んでクッションが所定の場所から離れていないか、カーテンが真直ぐに吊り下げられていないか、或いは灰皿が一杯になって代える必要があるかをチェックする彼女の眼差しによって客達が不快にさせられていた場所で、今度は魅力的で落ち着いた女主人を見い出します。彼女がホコリを払ったばかりの家具についたホコリの薄膜の最初の兆候に対して、かつては布切れを取りに走ったのが、今度は彼女は笑ってこう言います。「もし、このピアノの上にご自分の名前を書ければ、教育を受けていることの証しですわ。」


【解説】
 しばし日常から離れて自分自身や自らの生活を振り返ることは大切です。この場合は病に至った後の入院でしたが、これが旅行であったら、はるかに良い事例と言えるでしょう。とかく私達は習慣に支配され、夢遊病者のように何らの考えもなく、毎日を送りがちです。その日常を断ち切ってこれまでの自分を見つめ直す機会を積極的に作って見ることは、意外な程、価値があるように思われます。その為に、本例のような入院や旅行等、何か特別なことをすべきという訳ではありません。要は習慣に縛られない自分であるよう、心を常に自由にしておくことです。
 本事例の場合、主人公は自分が維持すべき家庭を物理的な環境としてのみ見て来てしまった為、そこに暮らす家族が感じる窮屈さには気付いていませんでした。それが入院を契機に違った角度で自分の生き方を見つめ直すことが出来た訳です。病もそういったきっかけを与えて呉れるチャンスと捉えれば、大いに意義あるものとなり、感謝すべきものに変えることも出来ます。チャンスを生かすかどうかは常に私達の受取り方に掛かっている訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落180

180 During the months of her enforced inactivity an amazing change took place in this woman. She found that the house-keeper managed very well without her. This awakened the realization that she had been laboring all these years under a self-imposed slavery to a false idea. The easy-going attitude the motherly servant introduced into the home, enabled the children to emerge from subdued little shadows, to become normal, boisterous youngsters; and as the woman listened to their uninhibited laughter, she could see that the same false standard which had ruled her life, had subjected theirs. Once she acknowledged this weakness and faced it squarely, she knew the doctor was right when he had said that anxiety and tension were the basic causes of her illness. Therefore, her first step on the road to recovery must be learning to relax.
180 彼女の強制的な不活動の数カ月の間、この婦人にある驚くべき変化が起りました。彼女は家政婦が彼女無しでも上手に家を管理出来ていることに気付きました。このことは彼女に自分が誤った着想に自ら課した奴隷状態の下、今迄の年月汗を流していたという悟りを気付かせました。その優しい使用人が家庭に導入したのんびりした姿勢は子供達に服従させられた影から、普通の騒がしい少年達にならせましたし、この婦人は彼らの抑制されない笑い声を聞いた時、彼女は自分の人生を支配して来たそれと同じ誤った規範が彼らの人生も支配して来たことに気付くことが出来ました。ひとたびこのことを理解し、それを真正面から直視した後、彼女は医者が不安や緊張が彼女の病の基本的原因である述べたのは正しかったことを知りました。それ故、回復への道の第一歩はリラックスの仕方を学ぶことでなければなりませんでした。


【解説】
 不安と緊張が諸々の病の元凶である点については、多くの読者が同感出来、また少なからぬ体験をお持ちの筈です。もちろん、病気の具体的な現象としては、病原体の細菌やウィルスに感染した、あるいは癌細胞が出現したということですが、問題は日常生活において絶えずこれらの危険因子にさらされる中で、本来発揮されるべき免疫その他の防御機構が、心の抱く不安や緊張の為、十分に発揮出来なくなることが発症の原因である訳です。
 これに対し、私達の心から不安や緊張を取り払い、明るく楽しい楽観的な思考を取り入れ、心配をしないことが大切とされています。その根拠は簡単で、宇宙の活動そのものがそうしたプラスの思考の流れで動いているからです。自然界においては、例え過酷な冬の嵐の中にあっても、生き物達はじっと春の来るのを待っていますし、南極では何ヵ月も続く厳冬の夜の間もペンギン達は集団を作ってそれに耐え、卵を暖めてやがて来る春にヒナが孵るような生活サイクルを持っていると言います。極地方の夜だけの冬の生活は私達には考えられませんが、それでも生き物達は楽観的に春の訪れを待って生きている訳です。
 また、自然界には弱肉強食やピラミッド型を生態系があり、食物連鎖によって各々の種が生かされています。当然に生まれた者の多くが上位のものの餌になって生涯を閉じる訳ですが、それら幼生はそのような将来のことを心配するような様子は一切ありません。彼らは皆、精一杯その時々の生を満喫しています。自由に伸び伸び生きる中で生命を表現しており、そこに病の要素は見当たりません。
 注:文中unhibitedはuninhibitedの誤植と判断し訂正しました。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落179

179 The doctor's answer carried a philosophy it would be well to heed. "Forty years from now, no one will know, or care. about a little dust on your piano today. So just relax and look into the future forty years. This will give you some idea of how unimportant criticism actually is in your life."
179 その医者の次の回答はよく心に留めるべき哲学を備えていました。「今から40年経てば、誰も貴方のピアノの上のわずかなホコリについて知りもしないし、気にも掛けることはないでしょう。ですから、ちょっとリラックスして、これからの40年間を覗き見て下さい。それは貴方に貴方の生活には如何につまらない批判主義があるかという着想をもたらすでしょう。」


【解説】
 医者は大事なこととそうでない事の区別について教えています。大事なこととは何十年経過してもその人に直接影響を及ぼすこと、あるいはその発展の原動力となるべき事項を指すもので、人としての生き方や家族や人々との繋がりを示すものと思われます。とりわけ、人との出会いや人から受けた影響は後々まで記憶され、その人の人生を決定づけることに成り得ます。
 私もアダムスキー氏の著作に触れ、東京世田谷で当時行われていた毎月の会合に出て、当時、この分野の諸先輩からお話を伺ってから、早40年近くが経ちました。人各々歩む道は異なりますが、宇宙や自然、地球への畏敬の思いや人生の生き方等、アダムスキー哲学をベースにして多くを学んだことは私にとって貴重な経験であり、今日でも授けていただいた方々に感謝しています。
 そして、今日、ささやかながらもこのようなアダムスキー哲学を自ら紹介できる場所を得たこと、そして道半ばで病に倒れた方々の分も合せて、多くの方々に大事だと思うエッセンスをお伝えできることは心底の喜びとなっています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落178

178 Nature finally rebelled; and this prolonged tension brought on a serious lung condition. When the doctor gently told her the results of the laboratory tests, outlining a plan for the necessary months of bed rest, the woman ignored the serious condition in her body, but expressed deep concern over the state of neglect she felt sure would invade the home without her personal supervision. In other words, her thought-habit pattern had become so set, even the threat of a dangerous illness could not register its full impact upon her mind.
178 自然は遂に反乱を起こし、この長く続いた緊張は深刻な肺の状態をもたらしました。医者が彼女に優しく、検査室での試験の結果を話し、数カ月の長期療養の治療計画の概要を説明した時も、その婦人は自分の肉体の深刻な状況を無視して、自分自身の監督が無くなった家庭には放置状態がきっとはびこると感じることについて深い関心を示したのです。言い換えれば、彼女の想念習慣があまりに固定化されていた為、危険な病の脅威ですらも、彼女の心に十分な影響を留めることは出来なかったのです。

【解説】
 もちろんこのケースと反対に、自分自身の健康状態だけに関心があるというのも問題がある訳ですが、そもそも自分の肉体の状況を把握できないことがどうして生じるのか考えるべきかと思います。この場合、自らの仕事に対する過度の心配が本人の心を占めていて、全体的な状況把握、物事の重要度お比較が出来なくなっているのです。心が自らの思考習慣によって勝手な自分だけの世界を造り上げてしまっている訳です。
 通常、痛みが出れば、その異常に気付く訳ですが、それはそこまで病が進行した結果、神経が悲鳴を上げるまでの状況に至ったことを意味します。本来、肉体細胞は主人である各自の意向に従順であり、多少なりとも痛んだ自分の肉体にねぎらいやいたわりの言葉(印象、想念)を掛ければ、各自の細胞は喜んで修復作業に取組んでくれる筈です。そういう意味では自身の拠って立つ所の自分の身体の維持についてもっと真剣に取組むべきなのでしょう。最近では週末にはジムに通うようになりましたが、そこでは中高年が各々身体機能の維持向上に汗を流している光景に出会います。かつて土星旅行記の中でアダムスキー氏は体力維持の為に母船の中で訓練を受けたとの記述があったように記憶しています。これらジムでの風景は、進歩した他惑星社会における各自の身体機能の訓練と似ているのではないかと思っています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落177

177 The focal point of this woman's life was her home, her husband, and her children. In her fervid desire to be a good wife and mother, she had become so immersed in physical tasks that she made everyone around her uncomfortable. On rainy nights her husband stopped on the drafty back porch and removed his shoes, traversing the length of the house in his stockinged feet so he would not mar the freshly scrubbed tile. The children's lives were ruled by stern admonitions: "be careful not to soil your clothes; pick up all your toys; for goodness sake, don't disarrange the furniture."
177 この女性の人生の中心は彼女の家庭であり、彼女の夫であり、子供達でした。彼女の良き妻であり、良き母でありたいとする熱烈な願望のあまり、彼女は物理的な課業に没頭するようになった為、彼女は自分の周囲のひとりひとりを不快にさせてしまいました。雨の夜には彼女の夫は肌寒い裏のポーチで立ち止まり、靴を脱ぎ、真新しく洗われたタイルを台なしにしないよう、靴下を履いた足で家を横切ります。子供達の日常生活は「衣服を土で汚さないように注意して。自分の玩具を片付けて。お願いだから家具を乱さないで。」との厳格な説諭に支配されていました。


【解説】
 本来、家庭は安らぎの場である訳ですが、肝心の家庭に問題がある場合、事態は深刻です。仮に外の荒んだ社会で問題を抱えたとしても、ゆっくりできる家庭があれば余裕も生まれるものです。しかし、家庭に問題を抱えた場合、ある意味、逃げ場が無いことになります。
 この場合、家を取り仕切る母親が家族の立ち居振る舞いと家の清潔を過度に固執した為に、他の家族に難儀な生活を強いてしまいました。
 集団の中でもリーダーの及ぼす影響は大きい為、リーダーが抱く想いは構成員ひとりひとりに少なからず影響を及ぼします。また、従う構成員はリーダーが何を考えているかを感じ取るものです。昔の言葉ですが、「修身斉家治国平天下」という表現がありました。順次、自らの影響力を行使して、最終的には国を治めるという意味ですが、先ずは自らを修めることから始める必要がありそうです。自らの存在をどのように理解し、60兆もの細胞を配下の構成員としてどのように付き合って行くかを修めねばなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落176

176 Here is another example of how a worried mind affected the body cells to the point of physical breakdown. For twenty years a friend of mine had prided herself on being an immaculate housekeeper. In fact, her home was so "freshly-vacuumed" looking, both family and friends were never quite comfortable in it. While entertaining, she had an annoying habit of watching the ash trays, fairly snatching them out from under cigarettes so she could replace with clean ones. Her every move, every facial expression reflected nervous anxiety, making the atmosphere in the home vibrant with uneasy tension.
176 ここに心配する心がどのようにして肉体細胞を物理的な崩壊点にまで影響を与えるかに関するもう一つの例があります。私の友人の一人は20年間にわたり、完璧な主婦であったと自慢していました。実際には彼女の家は余りにも「真新しく電気掃除機がかけられた」ように見える為、家族も友人達もその中では決して心地よくはありませんでした。楽しんでいる最中でも彼女は灰皿をひったくって新しいのと入れ替えられるよう、灰皿を凝視するイライラさせる癖がありました。彼女の一つ一つの動作や顔の表情は神経質な心配の念を投影しており、その家庭の雰囲気を落ち着かない緊張感でみなぎらせていました。


【解説】
 恐らく、「心配」の対極にあるものは「楽しむ」という状況ではないかと思います。元々、心配は物事が先行き危ぶまれるとか、自分の能力に不足があることを危惧する気持です。従って、そこには創造主に対する信頼感は薄れていることになります。よく言われる例に「幼子のように」、あるいは「野のユリのように」と言われますが、いかなる事態にあっても「楽しむ」という気持の中には、創造主への信頼があり、自分自身の生き残りにさほどの価値を設けない潔さがあります。
 さて、本項の例は家庭の主婦にはありがちなパターンです。この場合、主婦は家庭を物理的な環境として整えることに専心した訳で、そこにいる人の心についての配慮を怠ったということでしょう。相手の気持を思いやる立ち居振る舞いは、日本では茶道の所作に良く現れているように思います。客と主人が絶妙なタイミングで次々に茶の振る舞いを進め、隣席の客への配慮、主人への感謝等、穏やかな中に行事が進んで行くように思います。客をもてなす真髄は目に見えない所からの配慮や思いやりにあるように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落175

175 The natural state of the body cells is a relaxed, yet busy approach to life, When you distort their normal expression through tenseness, they broadcast this inharmony to all about you. We have many examples of this in our daily lives. Notice that when you are tense and out of sorts, and lash out at someone with a sharp retort, you will usually receive a sharp answer. This is caused by the cells of your body impressing their feeling of discontent upon the body cells of the other person. And because you are expressing a strong, destructive emotion that most people have not learned to guard against, their body cells respond in like manner. So if you want to make a happy life for yourself and those around you ... watch those emotions! Stop worrying over every little thing-and over every big thing, too. Worry has never yet solved a problem or changed a circumstance.
175 肉体細胞の自然な状態とはリラックスして、しかも生命にせっせと近付こうとしているありさまです。貴方が緊張を通じてそれらの普通の表現をゆがめてしまうと、それらはこの不調和状態を貴方の全周囲に発信します。私達はこの例を日常生活の中で多く持っています。貴方が張り詰めていて機嫌が悪い時、誰かを辛らつな応酬で非難すると、貴方には大抵はとげとげしい応えが返って来ることでしょう。これは貴方の肉体の諸細胞が不満のフィーリングを他の人の肉体細胞に印象付けている為に引き起こされます。そして貴方がほとんどの人がそれに対して守らなければならない強烈で破壊的な感情を表現している為に、それらの肉体の細胞も同様に反応しているのです。ですからもし貴方が自分自身や周囲、等々に幸せな人生を成し遂げたいと思うなら、これらの諸感情を監視しなさい! 個々の細かい物事、また個々の大きな物事についても心配することを止めなさい。心配が問題を解決し、あるいは環境を変えたことはありません。


【解説】
 自然界の生物は各々ゆったりした生活を営んでいるように思われます。野や山に出てのんびりした時間を過ごせるのは、自然が落ち着いた、しかも移り行く季節の変化に備えて、無駄無く静かさの中にも活発な活動があり、それらを肌で感じ取ることが出来るからです。
 私達が大自然の中で平穏な気分に浸れるのは、自然そのものの発する落ち着いた想念波動を受けているからと言えるでしょう。それと同様の、正反対の現象が、日々、私達の社会では起っています。荒れた感情に侵された人間は少しでも気に入らない事柄があると相手に怒りをぶつけます。また、その相手はその想念と同様な感情で対抗するといった具合です。こうした攻撃的で断定的な感情は他へも、また自分自身にも大きな影響を及ぼす為、要注意です。
 むしろ周囲の人や周囲の環境に良い影響を分ち与える為に、常に調和ある暖かい想念を発することが重要です。豊かな想念を発すれば、その発信元である自分の肉体の各細胞は喜び活性化すると同時に、やがてそれらは周囲の環境や相手から返って来ることになります。同じ社会の中に生きる私達は相互に影響し合っているという訳です。一遍上人の言う「念仏」もそうした祈りの力を言っているのです。
 従って、マイナスの想念は何であれよくありません。一見どのような困難な状況にあっても、プラスの思考を維持することが全てを解決する原動力になります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第2章-段落174

174 Stop and study yourself impartially. Do you rush about, your body a quivering mass of taut, jangling nerves? Is your mind racing ahead to all the things you feel you must accomplish? If so, you will find every muscle in your body is tense. At the end of the day your body and mind will be fatigued. Even sleep will not bring repose if the mind is not at rest, and in time nature will rebel against your continuously breaking one of her fundamental laws. For when your body and mind are tensed and worried, the cells will not function properly.
174 立ち止まって、片寄らずに自分自身を研究することです。貴方は自分の張り詰めて苛立つ神経の塊になった身体を急き立ててはいませんか。貴方の心は貴方が成し遂げなければならないと感じる全ての物事に向かって、駆け出してはいませんか。もしそうであるなら、貴方はご自身の肉体のあらゆる筋肉が緊張していることに気付くでしょう。一日の終わりには、貴方の肉体と心は疲れ切っているでしょう。もし、心が安静になっていなければ、睡眠も休養をもたらすものとはならないでしょうし、また、やがては自然の基本的な諸法則の一つを継続的に破り続けている貴方に、自然は反逆することでしょう。何故なら、貴方の肉体と心が張り詰め、悩んでいる間は、肉体の諸細胞は適切に機能しないからです。



【解説】
 現代社会の中で生きている私達は、ある意味では他の進化した惑星社会に比べて過酷な環境の中で生活していると言えるでしょう。また、加えて未発達、未成熟な自我を抱える中で生きる訳ですから、様々な面で私達は問題を抱えていると言えます。
 当然、本項に書かれているように、私達地球人の肉体や精神は疲れ果てることになり、多くが本来の肉体の維持が出来ず、老化を加速し、死に至ることになります。
 本項はそれに対し、静かに自らを観ろと言っています。結局は自分の中に起っている緊張や悩みは、それ自身、私達が作り出してしまったものであり、本来の自然はもっとゆったり流れていることことを知り、自分の誤りを知れと言っているのです。先の生命の科学でもリラクセーションや新鮮さの重要性について述べられていました。あくせくするのは感覚心であり、同じ内容の仕事を進化した宇宙兄妹達はもっと余裕を持ち、楽しんで行っているように思います。心を平安に保ちながら、肉体を柔軟かつ敏しょうに反応させると言った事柄は、古来から剣術の極意その他で示唆されているところです。
 昔から、本項で指摘されている内容は、繰り返されて来たように思います。未だ全体像は知りませんが、中国の老子の思想もアダムスキー哲学に近いもののように思います。もちろん、真実は一つである訳で、その時代、その地方の言葉と表現で先人達は、真理をその時々に伝えて来たということでしょう。ちなみに、「老子」上篇10章に「ひたすら”道”に随順すること」とあり、その”道”とはアダムスキー氏の言う宇宙意識を指すものと思えますし、「心身を柔軟に保つ」、「嬰児のようにあること」等は、他の多くの賢者の教えに共通するものと思われます。
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