2009年11月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落155

155 Let us now sow a totally different species in the bed. These new seeds will draw their sustenance from the soil enriched by the decomposition of the first plant, and in so doing they will use the very atoms that once made up that plant. Therefore, these same atoms are now bringing a new form into manifestation, yet basically, they have in no way been changed.
155 今度は苗床に全く異なる種のタネを播いてみましょう。これらの新しいタネは最初の植物の分解物によって豊かになった土壌から自分達の滋養分を取り込むことでしょう。また、そうする中で、それらは以前の植物をかつて作り上げた同じ原子を用いることになるのです。それ故、今やこれら同じ原子が新たな形あるものを現出させており、しかも原子は基本的に何ら変わっていないのです。


【解説】
 私達の目には枯れて朽ちて行く植物には寂しさが感じられ、命のはかなさを思い起こさせますが、物質界の真理は本項で述べられているように、常に肯定的で明るいということです。原子レベルで見れば、万物に不安定なものはなく、常に活動の状態にある訳です。
 庭を地球に置き換えれば、地球上のものすべてが真実、血肉を分ちあう兄妹であることがこのことから分かります。自らの肉体の一部が他人と共通し、入り交じっているからです。
 このことはごく当然に化学を学ぶ者が気付く内容であり、地球人の概念は科学の進化とともに育てられる必要があります。バックミンスター・フラーは著書「バックミンスター・フラーの宇宙学校」で私達が宇宙に上下が無いことを知識として知っているものの、依然として北を上として、極地方が実際より広がったメルカトール地図を日常使用している等、私達の概念が旧態依然のままに留まっていることを指摘しています。私達に必要なことは科学で得た知見をどう解釈し、自らの人生観に生かすかにあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落154

154 Our gardens furnish a very understandable example of this law in operation. The flower matures, broadcasts its seed, then dies. Through decomposition, the plant will return to the dust from whence it came; thereby releasing into the soil and the atmosphere, the atoms which once formed its body.
154 私達の庭はこの法則が働いている大変分かりやすい例を提供して呉れています。花々が円熟し、その種を散らすとやがてそれは死にます。分解を経て、その植物はそれが生まれたチリに還ることでしょう。その結果、かつてその身体を形づくった原子群は土や大気に解放されるのです。


【解説】
 庭は小宇宙であり、私達に癒しを与えてくれます。また、春夏秋冬の季節のうつろいの中で次々に起る植物槽の変化には目を見張るものがあります。植物や与えられた環境の中でも、各自が精一杯の自己表現、託された各自の役割を果たしています。
 その植物の素晴らしいのは、虫眼鏡で細部を見れば見る程、繊細で美しい構造をしていることです。また、その生長への意欲も驚く程で、枝が折れても、次々に新しい芽を出して、伸びようとします。特に尾瀬等の高原の植物の活動は大変早く、数日で草原の様相が一変するほどです。また、花の寿命も大変短く、ニッコウキスゲの花は1日で終わってしまうとされています。短い夏の間、植物達は競って各々の生命を表現している訳です。尾瀬においてはそれらの植物の死骸が堆積し、貴重な湿原を形成している訳です。
 庭の植物や昆虫達を観察することによって、優れた業績を残された方も数多いようです。ファーブルや熊田千佳慕、熊谷守一氏らがその代表でしょう。彼らは自分の庭に来る昆虫達の生活をつぶさに観察し、生態学や絵画の分野で独自の成果を挙げられました。物質循環を身近な場所に発見すること、その循環の中に生き物達の生きる姿を見ることが望まれています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落153

153 Primal Matter, the Mother principle of creation, preceded form . . . and is indestructible! Through the law of attraction and repulsion the tiny atoms composing matter are gathered together to build a form; but eventually that form will disintegrate and the atoms will be set free, to be used again in manifesting yet another form. For, "dust thou art, and unto dust shalt thou return," Gen. 3:19.
153 創造の母性原理である原始の物質は形に先立って存在し、それは不滅のものです。吸引と反発の法則を通じて物質を構成する小さな原子は形あるものを作り上げる為、集められているが、いつかはその形あるものは分解し、その原子は自由にされます。更に別の形あるものを再び現出するのに用いられる為に。何故なら「汝はチリゆえにチリに帰る」(創世記第3章19節)からです。


【解説】
 形あるものが、その形を形成する以前に、ある原始の物質状態のことを本項では触れています。この原始の物質(Primal Matter)どはどのようなものであったかについては、本文からある種のガス状物質であったことが推測されます。つまり、形の無いガス状の物質(原子)が元となって全ての形あるものが作られたという訳です。
 一旦、こうして宇宙が創られた後は、その中で物質の輪廻・循環が行われます。私達生物はもちろん、水や空気、あるいは鉱物でさえ、自然の循環の中で、気体や液体、固体を経て、状態を変化させますし、化合物も変わります。こうした中で各原子は次々に新しい体験を得るのです。
 こう考える時、私達各人が出来ることは、日々私達の身体にたままた組み入れられた各原子達に優れた体験を積ませることです。再び何者かの身体を構成する際に役立つ知識を付与すること、安定したより高い振動を帯びさせることが最大の任務であるのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落152

152 The cells of manifestation are composed of manifold combinations of these atoms. All matter, ranging from the most dense, or what we call mineral, through the varying stages of form until we reach space itself, is composed of these tiny electrically charged atoms vibrating at different rates. So you see, contrary to the information received through the physical senses, form is merely space surrounded by inconceivably small particles of force. Yet it is the action of these tiny units that produces all visible and invisible phenomena. Manifestation is born out of the potential force, or basic vibration within the atom, which, through the law of affinity, forces the particles to unite.
152 創造物の各細胞はこれら原子の多様な組合せから構成されています。最も密度が高く私達が鉱物と呼んでいるものから、私達が宇宙空間自身に到達する様々な形からなる段階を通じて、全ての物質は各々異なる速度で振動している小さい荷電した原子から成り立っています。ですからお分かりのように、肉体の感覚を通して受けた情報に反して、形あるものは想像も付かない程小さくフォースを持った粒子によって囲まれた空間に過ぎないのです。しかし、全ての目に見える、あるいは見えない現象を造り出すのは、これら微小は単位の活動なのです。創造はこの潜在力あるフォース、即ち原子の内側の基本的な振動から生まれますし、それは親和の法則を通じてそれら粒子に結合するよう働き掛けます。


【解説】
 「形あるものの実態は空間である」とは、仏典に言う「空」と同義語だと考えます。詳しくは存じませんが、仏陀はこの世のもの全ては空だと悟ったとされていますが、その「空」とは本項で言う「space(空間)」を指すものと考えます。つまり、肉眼では色彩や形、硬軟様々な形状があるように見えますが、細部を突き詰めるとその実態は荷電粒子に囲まれた空間に過ぎないという訳です。
 しかし、この一見、空しいように思われる空間も、その空間内部の核と呼ばれるセンターから周囲を巡る電子に他との結合を命じる指令が出て、各原子が互いに結合し、しかるべき形を形成すると本文は言っています。つまり、空間を意義ある形に造り上げようとする意思が中央の核から絶えず発せられているという訳です。これは我が太陽系についても言えることで、中心となる太陽が全ての惑星を支えていることは言うまでもありません。古代の日本人も天照大神としてその恵みに感謝していました。このようにその形を構成し、維持して行く上で、それぞれの核となるべき存在が大変貴重であるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落151

151 Every form is composed of definite measurements of space, surrounded by energized particles of force. All substance is made up of these tiny units, which we call atoms. An atom may be compared to a miniature solar system containing a central sun, around which, in definite orbits, revolve negative electrical charges, or units of force. The central sun, or nucleus of the atom, is a positive charge; equaling perfectly the total number of electrical charges revolving about it.
151 あらゆる形あるものは、周囲をエネルギーを持った粒子群によって囲まれた特定の寸法を持った空間によって構成されています。全ての物質はこれら微細な単位から成り立っており、それらを私達は原子と呼んでいます。原子は中央に太陽を持ち、その周囲の特定の軌道をマイナスの電荷あるいは力の単位が周回しています。中央の太陽、あるいは原子核はプラスの電荷であり、その周囲を回る電荷の全数と完全に等しいのです。


【解説】
 広大な太陽系と極小微の原子の構造が同じであるという不思議です。私達の創造主は実に巧妙に万物を造り上げていると言えるでしょう。同様のことは雪の結晶にも見られると言います。水の分子(H2O)の形が様々に形成される雪の結晶の形に表れていると言うのです。何処を取っても同じ形があるフラクタルと呼ばれる創造の神秘です。
 そういう意味では私達人間も同様に、全ての人に共通なものがある筈です。大も小も同じ原理でこの宇宙の中で生活し、同じ心臓の鼓動や呼吸動作で同期しているのかも知れません。それら生き物に共通する要素を数多く見つけ、共感できる姿勢が重要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落150

150 When man gives any thought to material substance, he is very likely to accept the image given to him by those organs of deception, the eyes, which hold to the solidity of matter; so he believes a vast difference exists between matter and space. Yet, in the laboratory we have discovered that form is not solid; but may be likened, as one writer expressed it, to a mass of soap bubbles.
150 人が物質的な物に何らかの想念を与える時、人は欺く器官、即ち物質の硬さを把握する眼によって与えられたイメージを受け入れ易いものです。その結果、人は物体と空間とでは莫大なる差異があると信じているのです。しかし、それでも実験室で私達は形あるものは硬いものではなく、ある作家が表現したように、形あるものは石鹸の泡の塊に似ていると表現できることを発見しているのです。


【解説】
 物質の真の姿、原子は中央の核を電子雲が取り囲むような、太陽系に相似した形態をとっていることが、現代の原子物理学によって判明しています。その原子の質量のほとんどが中央の核の一点に集中し、原子の占める空間のほとんどは電子の周回軌道である(原子核の半径は原子の半径の約10万分の1とされています)ことは、物理学の教科書にも載っています。
 このように私達が固体と見なしているものも、実は液体や気体の状態と比較して原子や分子レベルでは何らの違いも無く、気体はその密度等の違いから視覚では捉えられないだけの問題なのです。事実、私達の周囲の空気も、1立方メートル当たり約1.2キログラムと結構な質量があるのです。つまりは、この大気中にも相当数の物質が詰まっているという訳です。
 一見した眼で見る姿に自分の判断を委ねずに、もっぱら受ける印象を重視することの重要性を本項は指摘しています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落149

149 The average person is generally little concerned with the composition of space, for he conceives it to be a vast void existing between planets. The suns, planets and planetoids visible to the eye, he recognizes as form; but the space between these bodies appears to him as nothingness. However, our scientists know that space is a sea of activated attracting and repelling force, always in motion.
 通常の人は一般的に宇宙空間の構成物にはほとんど関心がありません。何故なら宇宙空間は現存する惑星の間にある膨大な空(カラ)の空間だと考えているからです。太陽や惑星それに小惑星を形あるものと認識していますが、それら天体の間の空間は何も無いように見えているのです。しかしながら、私達の科学者は宇宙空間は活性化された吸引と反発の力から成る海であり、常に活動状態にあることを知っています。


【解説】
 地上に暮らす私達の日常は宇宙空間とは離れた場所に留まっている為、普段、宇宙空間を意識することはあまりありません。唯一、宇宙空間の存在に気付くのは夜空に多くの星を見る時です。
 この宇宙空間と地上の空間との境目は実際、無いと言って良いと思いますし、私達の日常暮らす大気圏は宇宙空間と繋がっており、実際には日々の気象変化等を通じて、その影響を受けているものと思われます。
 先日も早朝の空を見る機会があり、日の出前の月を観測していました所、太陽が登り始めると途端に雲の動きが活発になることに気付きました。太陽の熱が雲に変化を与えたのです。また、月面は地球の大気層の影響から絶えず揺らぐ様子も観測され、月と地球との間の空間の様々なガス層の影響があることも分かりました。
 この宇宙空間の諸活動については「宇宙ホタル」と称せられたような様々な活動も知られており、また「2001年宇宙の旅」の中の木星への飛行シーンの中にも輝く光体群の活動が描写されています。このように惑星の揺りかごである宇宙空間には全てのものを造り出す創造の場としての大きな意義があるということを認識して置く必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落148

148 Before going further, I believe it would be well to discuss the importance cell impressions play in our lives. To do this, we should have some understanding of the physical composition of both tangible and intangible manifestation.
148 先に進む前に、私は私達の生活の中で細胞の印象が果たす役割の重要性について論議した方が良いと考えています。そうする為には私達は有形及び無形の創造の現れに関する物理的な構成について幾分かの理解を得ている必要があります。


【解説】
 そもそも私達が頼りにすべき自身の細胞について、私達は実感としての理解は得ていません。私達は最も大切で頼りになる存在について何らの理解をしないまま、日常的に肉体の各細胞を酷使し、疲弊させているのではないでしょうか。
 細胞からのメッセージは音声や言語でなく、それ以前の思考の塊のような存在である「印象」であることについては本書をはじめとして、様々な機会で私達は教えられて来ました。もちろん、印象は最重要なのですが、それではそれを発する細胞の中はどのようになっているか等になると、細胞の構造も十分学んでおく必要があると言っているのです。
 それは、想念レベルを議論する際、あまりに抽象的、観念的になると、私達は勝手に自ら仮想の世界を造り出して再び神秘主義に陥りやすいからに他なりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落147

147 Though the person is not aware of using telepathy in this instance, the inanimate manifestations of the plant world definitely respond to the love pouring out from the mind of the individual. This phase of telepathy is little understood and almost never used consciously by Earthlings, for its application calls for a thorough knowledge of man's unity with nature. It is just as easy to exchange mental impressions with plants, vegetables, trees, minerals, etc., as it is with another human being.
147 その人物はこの場合、テレパシーを用いていることに気付いていませんが、植物世界の無生物的造形物はその個人の心から注がれる愛情には断固として応えるのです。この側面のテレパシーは地球人にはほとんど理解されておらず、これまでもほとんど意識的には用いられて来ませんでした。何故なら、その応用には自然との人間の一体性についての完全なる知識が必要となるからです。植物や野菜、木々や鉱物と心の印象を交換することは、他の人間の場合と同様に簡単なことだからです。


【解説】
 対象物に対する姿勢は大人よりは子供の方が優れていると言えるでしょう。物に対する愛情は大多数の大人より深く抱いており、その表現は対象物を擬人化して捉えることに表れています。
 一方で、大人は幼児を手なずける目的で時に擬人化の表現を見えますが、それは本心ではありません。
 しかし、子供は違います。意識レベルでは対象物と一体になれる程に自分の意識を他の対象物に融合させているのです。もし、しばらくそのように自分を開発して行けば、多くの能力を身につけることが出来るものと思われます。生物、無生物を問わず、周囲の全てのものと心を通じることが出来れば、私達の生活は天国のように美しく、清らかなものとなるでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落146

146 Another good example of telepathic exchange between human and inanimate nature, can be found in people who possess what we call a green thumb. Everything grows abundantly for them, for while they are planting they unconsciously commune with the soil and the seedlings. You will notice these people know each plant intimately, pointing with pride to those which are thriving, and feeling concern for the plight of the sickly.
146 人間と無生物との間のテレパシー的交流のもう一つの良い例は、いわゆる園芸の達人とされる人々に見い出すことが出来ます。それらの人々の為に全てが豊かに育ちますし、彼らが植えている間も、彼らは無意識に土や種と会話します。皆さんはこの人々が親しく個々の植物を知っており、すくすく育つもの達を誇らしく指差し、また、病いの苦境にあるものに対しては気に掛けていることに気付くことでしょう。


【解説】
 植物との会話についてはルーサー・バーバンクやその他の事例(「植物の神秘生活」:原題は"The Secret Life Of Plants")、著者はピータ・トムプキンズとクリストファー・バード、工作舎から1987年に出版)についてご紹介しました。(035、038、040、088等)
 ここでは「星の王子様」に出て来る王子が面倒を見ていた一輪の花について、ご紹介します。作品には「この世の中には花はたくさんあるけれど、自分が大事にするたったひとつの花がある」と記述されています。つまりは遠く離れていても、心は繋がっているという、世話をすることで特別な関係が築かれていることを表現している訳です。
 また、同様のことは、ある人から生前、伺ったことがあります。それは例え遠く離れていても、その対象物を心から気づかっていることが大切で、そうでない(つまり心から忘れられている状態)とは雲泥の違いがあり、植物はそれに応えるというお話でした。距離に関わらず、対象物と意思を交わせられるということは、植物ばかりでなく、あらゆるものに言えることだと考えます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落145

145 Ninety-nine people out of every hundred consider thought only in relation to the human brain. They would be amazed to learn that every cell in their body, as well as every cell constituting any other form, is a thought-producing unit; for all manifestation is composed of atoms. We receive the illusion of divisions because of the different vibratory rates of the atoms; but in actual fact, the basic atoms making up the human body, and those manifesting as minerals, are the same. Thus, when we have an understanding of our true relationship to, and oneness with, all creation, we will be able to commune consciously with all phases.
145 毎100人の内、99人が想念というものを人体の脳とだけに関連して考えています。しかし、彼らは自分達の身体の一つ一つの細胞が他の形あるものを構成している個々の細胞ともども、想念を作り出す単位であることを知れば驚くことでしょう。私達は原子群の振動の違いの為に分裂の幻影を受け入れていますが、人体を構成している基本的な原子と鉱物を現出させている原子は同じものです。従って、私達が全創造物との真の関係と一体性の理解を得れば、私達は全ての段階のものと意識的に交流することが可能となることでしょう。


【解説】
 各自の肉体の細胞の一つ一つ、更には細胞を構成する原子の一つ一つが想念を発し得る存在であることは驚きです。人体には60兆個もの細胞があり、まるで地球上の人類が地球という惑星を構成しているように、人体は一つの星のような存在であり、全体として進むべき方向をその総意として決定すると同時に運命共同体でもある訳です。また、細胞を原子レベルで見れば、更に同程度の数の原子からなる世界が展開します。
 もちろん、これら各レベルの運命共同体は当然、全体としてのあるべき方向に向けて相互に協力し合っている筈ですから、私達には莫大な数の協力者が存在することになります。このように考える時、私達には無限の智恵の参謀が居て、時々に応じて、必要なアドバイスが得られることが分かります。実はこれほどのスタッフを抱える組織は他になく、私達は大変、恵まれた環境の中に生きていることを実感しなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落144

144 Those who receive these impressions are often referred to as "sensitives," but when properly understood, this is nothing more than an automatic reaction to the world of effect In other words, the effect of the strong emotions absorbed by the cells of the buildings, affected the individual. This is one phase of telepathy where the "feeling" within us is altered to, or communicates with, so-called inanimate substance.
144 これらの印象類を受信する者はしばしば「霊媒者」と評せられますが、適切に理解すれば、このことは結果の世界への自動的な反応以上のものではないのです。言い替えれば、建物の細胞によって吸収された強い感情の影響がその個人に作用をもたらしたのです。これは私達の内側の「フィーリング」がいわゆる無生物の物体によって変えられたり、それらと意思疎通を行うというテレパシーの側面の一つです。


【解説】
 持ち物からその持ち主の雰囲気が分ったりする能力は、これまでは超人的な能力とされて来ましたが、どうやらそれもこの講座の内容を身につければ、一般の方でも能力を発揮できることが分かります。
 その為には、日常から印象を大切にする生活を送ることが必要です。とかく私達は文字その他の結果の世界に表現し直された、いわば確定、固定されたゆるぎない根拠、事実を積み重ねることで社会を成り立たせて来ました。確かに今日の文明発展の源になったのは、文字を持ち、記号を発明したからに他なりません。
 しかし、その結果、物体発現の発端となるべき言語にならない前の印象や想念はおろそかにされて来ました。一部の芸術活動には必要である以外は、日常生活ではそのような漠然とした対象は無視され続けています。
 この印象や感情を如何に良質なものに保つか、また、それらに鋭敏になるかについて日常生活の中で注目し、自ら重きを置く生活をすることが望まれます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落143

143 These impressions are known as cell impressions. The cells (or atoms) of the structure have absorbed the destructive or constructive emotions of the occupants, and have communicated these impressions to the cells (or atoms) of our body; causing either a feeling of depression or tranquility.
143 これらの印象は細胞印象として知られています。構造物の細胞(原子)が居住者の破壊的あるいは建設的な感情を吸収し、これらの印象類を私達の肉体の細胞(原子)に伝え、憂鬱なあるいは穏やかなフィーリングをもたらしていたのです。


【解説】
 残留するのは「印象」、即ち各自の「感じ」であり、言語になる前のフィーリングが各原子に浸透し、それらが引き続き印象を発信し得る為、後になって別の者と接した場合に、両者の細胞同士が互いの印象を交流する為、このような事が起るのだと説明しています。
 ここでのポイントは物体には印象が染み込むということです。想念の内、言語になる前の印象の状態が物体に浸透、共鳴して残留することが重要で、言語に翻訳された後の状態のものが残る訳ではないのです。このことから、私達が着目しなければならないことは、この印象段階のものを特に大事にしなければならないということです。
 この物体同士の印象の交流(やり取り)で例となるのは、小動物が互いを認識するのに相手の臭いを嗅ぐ所作を行うことです。各細胞は相手を知る為に、丁度、カタツムリが触角で相手を触って互いを認識するように、互いの持つ印象類を把握しようとするのかも知れません。私達の身体の各細胞はこうして周囲の存在を認識するのかも知れません。
 同様のことはアダムスキー氏が同乗記で進化した宇宙兄妹達と握手を交わした際に、気持が高揚したと記述していることにも表れています。各自が日頃、発したり、取り込んでいる印象が、その人自身を構成すると同時に、他者にも影響を与えているという例です。
 注:原文中の"tranquality"は"tranquility"の誤植と判断し、訂正しています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落142

142 So we have proof that bricks and mortar do not make a house a home -- for a home is made from the harmonious thoughts of the people living in it. If at all possible, we will avoid the first house after our initial visit, for we will never feel at ease there; but we will revisit the second house as often as the opportunity presents itself.
142 ですから、レンガやモルタルが家屋を家庭に築く訳ではないという立証がある訳です。何故なら家庭というものはその中に暮らす人々の調和ある想念から作られるからです。もし出来ることなら、私達は訪問の後、最初の家は避けようとするでしょう。何故なら私達はそこでは決して落ち着かないからです。しかし、二番目の家は機会があれば何度も再来したいと思うことでしょう。


【解説】
 真の家庭とは家の材質や大きさ等の目に見える結果の世界の問題ではなく、その家に住む者が発する想念が作り出すものであるということです。各家庭は私達各自が日々過ごす場所であり、そこで発する想念が「家庭」を構成するとなるとその家庭の想念雰囲気は自分自身の反映として受け止めなければなりません。
 野生動物達の巣穴はもちろん、同様な意味において家庭であり、幼いヒナ達の巣立つまでの間のシェルターでもあります。人間の家と比べて、厳しい環境の中でそれらは粗末な材料から作られたものですが、それでも冬の寒さから身を守る和やかな雰囲気があることでしょう。
 また、人間の成長と共に、家庭の想念レベルも高次なものに進化して行くことが想定されます。そしてそれら家の材料として自らを提供してくれた木々や草木その他に対して、より高次な想念で感化することがそれら奉仕してくれた者達への住う人の役割であるように思います。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落141

141 Now, let us take an example of how equally strong, constructive emotions impregnate a dwelling. When we enter another house, a warm feeling of friendliness greets us at the door. In contrast to the first, the rooms may be small, the carpet thread-bare, and the view from the windows confined to shabby cottages across a narrow street; but the cells of this dwelling have been impressed with harmonious thoughts of love and laughter; and we instinctively respond to these emotions. We will find ourselves smiling unconsciously, and will settle back to absorb this feeling of peace.
141 今度は、如何に同様なる強い建設的な感情が住居に染み込むかの例を取り上げましょう。私達がもう一軒の家に入ると、暖かい友好的なフィーリングが玄関口で私達を迎えます。最初の事例の家とは対照的に、部屋は狭く、カーペットは擦り切れ、窓からの眺めは狭い通りの向かいの古びた田舎屋が見えるだけです。しかし、この住居の細胞達は愛と笑いの調和ある想念によって印象付けられていますし、私達は本能的にこれらの感情に反応します。私達自身、無意識に微笑んでいることに気付きますし、この平和なフィーリングを吸収する為、ゆったり椅子に座ろうとすることでしょう。


【解説】
 人々が放つ想念は周囲の物体に吸収され、残留するということです。これについては各地に残る仏像をはじめとする信仰の対象物についても同様の効果があるものと思われます。
 最初は森に生える樹木であった木が、仏師により仏像として彫られた後は、人々の祈りの対象として長年月、人々の願いを受け止めることとなります。歳月を積み重ねるにつれて、木像は次第に深みを増し、今度はその像を見る者に何らかの印象を与えるようになることでしょう。像に向けて人々が発した想念が、木像に移って効力を発するようになる訳です。
 また、日々発する想念は、その最も近い物体である各自の身体にこそより大きな影響を与える訳で、健全な身体を維持する為には、先ず健全な精神を維持発展させることが肝要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落140

140 If we trace this feeling to its source, we will find one of two things. Either a tragic or terrible incident, involving the destructive emotions of intense fear and vehement hatred, occurred here, which impinged these emotions upon the cells (or atoms) of the house; or the thought-patterns of former occupants, or of those now living here, have filled the atmosphere with hatred, greed, selfishness and animosity. In either case, if people live continually surrounded by these strong emotions they will be affected adversely by them. It can, and usually does, bring dissension into their lives.
140 もし私達がその源泉に向かってこのフィーリングを辿るなら、以下の二つの事柄のいずれかを見い出すことになるでしょう。強烈な怖れと激しい憎悪の破壊的感情が含まれた悲劇的あるいはひどい事件がここで起き、それがこれらの感情をその家の細胞(あるいは原子)にぶつけたか、あるいは以前の居住者、または現在ここに住んでいる者達の想念パターンが辺りの雰囲気を憎しみや貪欲、わがままや恨みで満たしているのです。いずれの場合も、もし人々がこれら強い感情に囲まれて継続的に暮らしていると、それらによって悪影響を受けることになるでしょう。それは人々の生活に不和をもたらす可能性がありますし、通常は実際、そのような影響を及ぼしているのです。


【解説】
 想念波動に鋭敏になる程、本項に書かれているような言わば物体に反響しているような残留想念にも、数多く気付き、場合によっては影響を受けることもあるのです。
 私達よりはるかに進化した宇宙兄妹達はテレパシー能力に優れている為、当然にこれら地球上の低次な残留想念にも遭遇しているものと思われます。彼らにとって地球での生活はこれら低レベルの想念帯の中にあっても、それらから影響を受けず、それらを浄化する役目を果たしてこそ、来訪の目的が完遂される訳です。聖書の中にもイエスが当時の監獄の中に入っても何ら影響を受けなかったとされているのは、こうした周囲から発せられる想念の影響を受けない程、高次な魂であったことを伝えるものです。
 しかし、このような体験は本人の技量に応じて対応した方が良いと思われます。つまり、自らの印象に従って避けたいと思えば、敢えてその場に入る必要はありません。問題はそれら低次な想念を優しく包むような態度で接することであり、恐怖したり、嫌悪したりすべきではありません。それら地上のもの全ては私達地球に生きる者の共有物であり、私達自身にも何らかの原因があるからです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落139

139 From the outside the house may appear very attractive. Upon entering we may find ourselves in a spacious, well-furnished room, with large windows offering a wide view of a peaceful countryside. But with the crossing of the threshold a strong revulsion, a deep depression, or in some cases an almost tangible feeling of hatred seems to fill the air around us. This disquietening effect will disturb us as long as we remain in the house.
139 その家の外側からは大変魅力的に見えるかも知れません。中に入ると私達は広々して上等な家具に彩られた部屋があり、大きな窓が平和な田園風景を見せています。しかし敷居を跨ぐや、強烈な憎悪と深い憂鬱、またある場合には明白な憎しみの感も私達の周囲に満ちているように思えます。この胸騒ぎの影響は私達がその家に留まる間中、私達を掻き乱すことでしょう。


【解説】
 印象類に鋭敏になるにつれ、当初は良くも悪くも様々な印象類に気付くようになることでしょう。当然、この荒れた人間社会からは、多くの低い次元の想念が、丁度一度叩いてから長時間音叉が鳴り止まないように、物体にも浸透していることが考えられます。その為、その物体に近付いた場合、その残留波動を感知するようになる訳です。
 問題はこれらの低次な想念に出会った時の本人の対応姿勢です。以前(133)で述べられていたように、その際にはsympathetic feeling(共感的フィーリング)を持って、その訴えを鎮め、本来の平穏な状態に戻してあげることが望まれます。その為には出会った本人がいたずらに恐怖心や厭世感等を持つことなく、慈悲の心でそれらの波動を受け止め、鎮められる度量が必要だということです。これがテレパシー学習を単なる想念波動に鋭敏になるだけのテクニックの学習から始めることの危険性だと考えています。
 この地球においては多くの苦しみや怒りの感情が渦巻いているのだと思います。過去の大きな戦争や今なお続く殺戮で日々、多くの人々が亡くなっています。その人達や家族の苦しみ、怒りは同時に同様な事件を呼込む連鎖となっており、これらの想念波動によって地球は蝕まれているのです。その星の上に生きる私達は、否応なくそれらと共に歩む必要がある訳で、これらの低次な想念に対してもある程度受容的な姿勢が必要なのかも知れません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落138

138 While this combination of thought vibrations bombarding us at all times staggers the imagination, if we take one vibration at a time it becomes understandable. A common example of how thought, or violent emotion-bear in mind that emotion is the expression of strong thought-will impregnate itself upon matter, can be found in the atmosphere of a dwelling.
138 この想念波動の組み合わせが常に私達に衝突して来るということは想像力をも驚かすものである一方、私達は一度に一つの想念を捉えるようにすいれば、その想念は理解できるものとなります。如何にして想念ないしは暴力的な感情、即ち感情は強い想念の表れであることを覚えておいて欲しいのですが、それらが物体にしみ込むようになるかは、住居の雰囲気の中に見い出すことが出来ます。


【解説】
 私達が諸々の想念からなる想念の海に暮らしている中で、如何に鈍感であったとしても想念の影響から離れることは出来ません。良くも悪くも様々なレベルの想念が私達の身体に絶えず衝突して来ています。しかし、一度にあまりの多くの波動が来る場合、多数の音楽が同時に演じられるのと似ていて、それらをコントロールしなければ、却って混乱が生じます。そこでやって来る多数の想念の内、自分に必要なものを一度に一つだけ受け入れれば良いと言っているのです。
 一度に一個だけ集中的に受け入れることは、ある種の秘訣かも知れません。
 また、中には強烈な想念や感情は物体にも浸透すると本項では述べられています。放った本人以外の者にも、更には物体にまで残留する想念の力は強力であり、古代の加持祈祷の類いは、これら人の発する想念の力を利用したものと思われます。言い換えれば各自の日々発する想念の力にもっと気付いて、その正常なる適用を促す必要があるということです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第2部第1章-段落137

PART ・
Chapter 1 Cell to Cell Impressions
Chapter 2 Impressions From the Body Cells
Chapter 3 Effect of Emotions on the Body Cells
Chapter 4 Other World Impressions and Thought Habits of Earth
Summary - Part ・
Suggested Exercises

CHAPTER I
Cell to Cell Impressions

137 Since there are over two-and-a-half billion people living in the world today-all of them thinking to some degree-we can readily see that we live in a veritable sea of thought. Not only do we receive thoughts from human minds, but since the cell structures of their bodies and all the cells that make up nature, are constantly broadcasting, we also receive impressions from these sources. To augment our conception of the immensity of this truth, we must realize that there is a perpetual blending and an interblending throughout the whole of the Cosmos. Therefore, it naturally follows that there is an intermingling of thought frequencies between the worlds. We will discuss this phase more fully in a later chapter.

第2部
第1章 細胞から細胞への印象
第2章 肉体細胞からの印象
第3章 肉体細胞に及ぼす感情の影響
第4章 他の世界の印象と地球の思考習慣
第2部要約
推奨される練習法

第1章 細胞から細胞への印象

137 今日、世界には25億人を超える人々が住んでおり、それらの全てが何らかの程度に思考していることから、私達は容易に私達が全くの想念の海の中で生活していることが分かります。私達は人間の心が発する想念ばかりでなく、人間の細胞組織や自然を作り上げている全ての細胞が常に想念を発していることから、私達はまたそれらの源泉から出た印象も受信しています。この真実の広大さに関する私達の概念をさらに増加させる為に、私達は全宇宙を通じて永続的なる融合と混合が行われていることを実感しなければなりません。それ故、当然に世界の間での想念周波数の混ざりあいが起ることになります。私達はこの側面については章の後半でより詳細に述べることとしましょう。


【解説】
 本項から第2部に入ります。目次を見て分かるように、第2部は細胞レベルの具体的な想念のやり取りについて解説がされるものと思われます。
 本書が執筆された当時、世界の人口は25億でしたが、今日では68億人まで人口は増加しています。これらの人間が発する一人一人の想念は他人ばかりでなく、地球全体、更には近隣の宇宙空間にも大きな影響を及ぼすことは容易に分かります。
 目下の所、世界的な経済の閉塞感が横行していますが、大自然を見れば美しい秋空が広がっており、これら人間社会の問題は大自然から比べれば、まだ幸い小さい領域に留まっているようです。一人一人が出来ることは、各自の日常の生活の鍛練の中にあります。その中で少しでも良質な想念を取り込んで、世の中に役立ちたいものです。
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