2009年10月

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落136

136 Part Two, with its exercises, will give you a greater realization of yourself as an expression of Cosmic Intelligence.
136 第二部は、練習も含まれており、貴方自身が大宇宙の英知の表現の一つであるとのより大いなる実感をもたらすことでしょう。


【解説】
 本項で第一部は終了し、次回から第二部に入ります。
 毎回の講義内容は、それぞれ深みのあるものとなっており、先に進むことよりも、時にはこれまでの内容を振り返って戴くことも大切かと思っています。
 ちなみに、第1章の最初の部分を見ても、「テレパシーは本来備わっている能力(002)」、「人は活動する想念(003)」、「万華鏡の例(004)」、「フィーリングは警戒の状態(005)」、「古来からの知識(006)」、「探究者には優しく神秘を解きほぐす(007)」、「テレパシーは1885年に生まれた用語(009)」、「万国共通語の必要性はテレパシーの背景(012)」、「普遍的言語は印象の交流から(013)」、「万物共通の言語の必要性は大自然から来る(014)」等々のエッセンスが出て来ます。
 是非、この機会にこれら第一部の内容を一つ一つ確認した上で、第二部に入ることをお勧めします。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落135

135 Self-discipline is necessary before you can take the next step. Therefore, I suggest you keep a daily ledger to check on the thoughts and emotions that have influenced you during the day. Note and evaluate each one carefully (both good and bad), then weigh its effect upon your life that day.
135 自己訓練は貴方が次のステップに移る為に無くてはならないものです。それゆえ、私は貴方にその日の中で貴方に影響を与えた想念や感情をチェックする為の一日の記録簿をつけることをお勧めします。(良いものも悪いものも共に)注意深く一つ一つをメモし評価し、貴方のその日の生活への影響を推し量ることです。


【解説】
 自己訓練法の一つとして想念観察が推奨されています。どのような想念がその日の自分を支配していたか、良くも悪くも自分自身に明らかにすることです。ここで注意したいのは、その行為をkeep(即ち続ける)ということです。その日一日の記録として、どのような想念が湧き起り、心を支配したかを書き記して客観的に見ることが必要だということです。
 この作業、きちんとやろうと思うと実は容易ではありません。私自身も出来てはいません。しかし、アダムスキー氏は「記入をする」ということよりは自らの心を通過する想念を「観る」ことが大事だと言っているように思えます。即ち、単に良し悪しでなく、客観的に自分を見詰めることが大切であり、実は観察する中で明らかになった問題点は、その直後に消失することが多いものです。問題点が明らかになれば、その原因が分かり、たちどころに解決するというのが、私の経験であるからです。実はもやもやした渾沌状態が問題であることが多いものです。
 自分自身の心の実態を理解できれば、次なるステップは自然と明らかになるものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落134

134 You must master and control your emotions. Do not be discouraged when your habitual thought-patterns try to oppose your desire to see things in their true state. Remember, you have been building your thought habits all your life. Perseverance will enable you to realize your oneness with all you see about you, and recognize the fallacy of the man-made divisions.
134 貴方は自分の感情を支配し制御しなければなりません。貴方の習慣的な想念パターンが物事の真実の状態を見ようとする貴方の願いに逆らうことがあっても落胆しないで下さい。貴方は貴方の全生涯を通じて自分の想念パターンを作り上げて来たことを思い出して下さい。忍耐は貴方に周囲に貴方が見る全てのものとの一体感を知覚することを可能にし、人間の作り出した分割の嘘を認知させることでしょう。


【解説】
 万物との新たな一体感を持つ為にはこれまで培ってしまった習慣的な想念パターン、即ち、「美しい・醜い」、「心地よい・不快」という偏見に満ちた感情を解消する必要があります。しかし実際には、この作業は大変難しい訳です。私達は長年、各々の習慣を作って来ましたが、その習慣は想念のパターンにも及んでいます。自らの生き方、考え方はその人の個性として固まりつつあるからです。
 これを乗り越える為には、ひたすら忍耐を伴った努力が必要であり、今日の自分に必要な事柄を見据えて、一刻一刻の湧き出る想念を監視し、方針に合うものだけを受け入れる作業が必要だと言うことです。そうする内に、表面的な区分け、動物や植物の分類等、違いを特出させる従来の手法は意味が無く、各々の類似点や自分との共通点を見い出す中で、万物との一体感が増すものと思われます。既存の常識に囚われずに、自然をじっと見詰め、耳を凝らす中で万物との共感性が進むものと思われます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落133

133 So you can see there are no divisions. You must work until you honestly feel a oneness with all creation; for sympathetic feeling is the avenue of communication. This must be established before success in thought-transference can be expected. All Nature expresses the Creator in a free, unhampered manner, and you must strive to emulate her. A good example of what is meant can be found in the message given by the Masters in INSIDE THE SPACE SHIPS. You will notice they compared their way of life to ours, yet at no time did they pass judgment on us for our shortcomings.
133 その結果、貴方は分裂というものは一切無いことが分かります。貴方は正直に全ての創造物と一体になる感じを得るまで力を尽くさねばなりません。何故なら共感的なフィーリングが意思疎通の本道であるからです。このことは想念転移において成功が期待される前までに確立されていなければならない事項です。全ての自然は自由で妨げられることなく創造主を表現しており、貴方は自然を見習おうと努力しなければなりません。その意味での良い例が空飛ぶ円盤同乗記の中の長老によって授けられたメッセージの中に見出せます。長老達は彼らの生き方を私達のと比較しましたが、一度も私達に対して私達の欠点を非難しなかったことに貴方は気付かれることでしょう。


【解説】
 古来からおびただしい数の宗教や哲学がある中で、アダムスキー氏の哲学が他と異なる点は、それが具体的に他の進化した人類によって実行され、生活の一部として応用されていることにあります。既にその概要は同乗記の中の長老の言葉によって与えられている所です。その具体的な取組みを導くものが、これらアダムスキー氏の哲学三部作であることは、既に知られている通りです。
 しかし、具体的に取組む場合、エゴを制御し、感情をコントロールすること等、粘り強い鍛練が必要です。時には表立った「超能力」が発揮出来ず悩むことがあるかも知れません。その際に重要なのは、あらゆる自然は創造主を見習って日々の生涯を送っているという認識です。自然の有り様は日々私達の目の前にあり、季節の移り変わりや動植物の活動から、それらが創造主の働きそのものの表れであることを知ることです。
 また、その際の大事な姿勢として、本文の中に"sympathetic"であることが挙げられます。直訳すると「同情する」、「思いやりのある」という訳になりますが、ここではそれらの語感を踏まえて、「共感的」と訳出しています。即ち、相手の気持を分かろうとする姿勢が互のテレパシー実現の為に無くてはならない状態だと言っているのです。相手と一体感が構築出来なければ、相手の思いを感じ取ることは出来ないのは当然です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落132

132 Observe nature with compassionate understanding, realizing that all forms are supported by the same Divine Breath of Life which gives you being. For within this Breath is contained the motivating Force of the vast Cosmos. It is this one Force, permeating all manifestation, which gives form the ability to fulfill its purpose.
132 自然を暖かみのある理解で観察し、全ての形あるものが貴方を存続させているのと同じ聖なる息によって支えられていることを認識することです。何故なら、この息の中に広大な宇宙の躍動を与えるフォースが含まれているからです。全ての創造物に浸透して、形あるものにその目的を成就する力を与えるのは、このフォースです。


【解説】
 前項(131)で指摘されたように、万物を自分より見劣りするような見方を排除し、先ずは全てのものを暖かい心で受け入れ、あらゆるものに生命の息吹きを感じ取れと言っています。その命の呼吸は宇宙のありとあらゆる創造物に共通して、同じタイミングで同じ源泉から与えられていることに気付かなければなりません。
 この生命力(フォース)が私達を含めすべてのものを生かしているということです。そういう意味で私達生き物は皆兄妹だという訳で、万物が同じ環境に生きているという感覚を持つことが大切です。
 また、この生命力(フォース)は各自それぞれの生きる目的を成就させるよう絶えず私達の身体を活性化させる一方、同時に各自の生きる目的を成就させるよう援助の手を差し伸べる等、幅広い役割を担っているということです。通常、何気なく行っている呼吸が実は大変深遠な意味を有していることがわかります。単純に息をするということ以外に、目に見えない宇宙の力を取り入れるという大事な働きです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落131

131 Our senses of sight, hearing, taste and smell should be nothing more than conveyors of information to the brain, not the autocratic rulers of our lives. They should be our servants-not our masters. As you study these four senses, you will find they continually exalt their position in the scheme of life, belittling all that they see about them. Do not let this happen.
131 視覚、聴覚、味覚及び嗅覚から成る私達の感覚は、脳への情報の伝達人でしかなく、私達の命の独裁的支配者ではありません。それらは私達の召し使いであるべきで、主人ではない筈です。貴方がこれら四つの感覚を研究するにつれ、それらが見るもの全てを軽視することで、生命の図式における自らの地位を常に押し上げようとしていることを発見するでしょう。このことを起らせてはいけません。


【解説】
 問題は、私達の感覚自体が外界との接点を良いことにして、自ら判断を下し、私達自身を支配するようになっていることです。いつの時代も情報を支配する者が優位な地位を持つものです。本来、伝令であるべき感覚は、その情報に自身の解釈を加えて本部に伝達し、何も知らない王様はその解釈に従って全軍を動員させるという図式です。
 また、感覚自体が他の存在よりも常に優位に立つ為に、相手の欠点を指摘するほか、上位と思う相手には何らかの負け惜しみの口実を加えて、自分の立場を確保するのです。ある面、世間を渡る上で、挫折を回避するテクニックかも知れませんが、本来のあるべき姿ではありません。このことを特に問題視しているのです。
 先ずは、自分の感覚を鍛練し、その反応が本当に妥当なものであるかをチェックし、即座に勝手な判断をさせずに、目に見えない因の部分に気付くよう訓練したいものです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落130

130 Disciplining the senses is the first step you must take. They should not master you any more than do the hands and the feet. Our extremities do not suddenly develop a will of their own, and start acting independently. They obey the messages from the mind.
130 諸感覚を躾けることは、貴方が最初に取組まなければならない一歩です。感覚は手や足以上に貴方を支配すべきものではありません。私達の末端手足は突如として自らの意思を発達させたり、個別に行動し始めたりする訳ではありません。それらは心から発せられたメッセージに従っているのです。


【解説】
 ここで確認して置きたいのは、私達は通常、四つの感覚によって支配されて来たということです。通常、その自覚はあまりありませんが、視覚による「美しい、醜い」の反応、味覚による「旨い、まずい」の反応をはじめとして、感覚から発せられた好き嫌いの反応が私達の思想や行動を支配しています。丁度、巨大なロボットをこれら身体の一部の感覚器官が支配し、他の者に危害を与え、ある時は自ら命を絶つことさえ行わせる程の手に追えない状況ではないでしょうか。
 このように感覚に人間を支配させることは創造主の本意ではありません。感覚は人間の手や足と同程度の位置付けであるべきだと本項では述べているのです。一方、手足はそれ自身で物と言うことは通常ありませんし、その人の最後の日までその人の身の回りのお世話をし、生活を支えています。実は人間に最も身近な存在が手足ではないかと常々考えて来たところです。それと同じ位置に四つの感覚を置いて、手や足と同様に、人間の主人公である私に奉仕する存在になるよう躾けることだと言っているのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落129

Summary of Part One
129 This first part is very important, for it is the foundation for the other two that are to follow. It should be read and reread until this knowledge becomes a part of you.

第1部要約
129 この第1部は大変重要です。後に続く他の2部にとって基礎となるからです。この知識が貴方の一部となるまで何度も読み返されるべきものです。


【解説】
 「テレパシー」の第1部は、このようにこれから学ぶ内容を理解する上での基礎になるものとして何度も繰り返し読んで身に付けよと言っています。人間が乳児の頃から成長する過程も同様に、繰り返し学習することで上達する訳です。そういう意味から、私達は先ず、一切の先入観や予備知識を捨てて、本書で述べられている内容をじっくり、自分で確認しながら進むと良いでしょう。
 とかくアダムスキー哲学の信奉者は、これまでの書物や他人の言動により、一通りの知識を有する為に、却って文章の表面を読み進み、結局は多くのものに気付かずに終わることも多いように思います。アダムスキー氏がどのようなことをイメージして、この文を記したのか、何を訴えたかったのかに思いを致し、一つ一つの文章を大切に読みたいものです。決して豚に真珠の例にならないよう、宇宙兄妹達を起源とするこのシリーズの価値を大切にしなければなりません。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落128

128 This is no mysterious extrasensory perception; but an unconscious tuning in to universal knowledge. The student, understanding the law he is employing, will control his carnal mind and allow the solution to come to him. This information has been verified by the space Brothers.
128 これは神秘的な超感覚的な知覚などと言うものではなく、宇宙的な知識への無意識の同調作用なのです。学習者は自分が用いている法則を理解すれば、自分の肉欲の心を制御して解決法を自分にやって来させるようにするようになります。この情報は宇宙兄妹達によって実証されて来ました。


【解説】
 心を制して、意識からのインスピレーションの受け手になることや、やって来る解決策は宇宙の因から各自に与えれれる贈り物であることです。つまりは、私達各人は皆等しく宇宙の因から愛されているということです。一見、全ての解決を全能者に一任することは、各自の責任をも全うしていないことを意味するように思います。しかし、奢り高ぶるエゴの状態よりは、ひたすら自らを謙虚に、目に見えない宇宙空間からの呼び掛けに目を凝らし、耳を傾けようとする姿勢の方が、はるかに創造主の目に叶うものなのです。
 問題の多くは心(エゴ)の増長や無関心、未知なるものへの恐怖にある訳で、常時、自分の傍らに創造主が付いていらっしゃるとの認識を持つこと、その創造主からいつでも必要なアドバイスを受けられるとする「他力の思想」こそ、人間性を発展させるカギのように思っています。
 全ては意識の為にとする姿勢の中には、万物への奉仕や隣人愛等、平穏に暮らす自然界の多くの生き物達の頂点に立つ人間のあるべき姿が見えています。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落127

127 Here is one more example of how help may be received unconsciously, which we all have experienced at some time; let us say our minds are struggling with a problem. We have studied it from every angle, and still the solution evades us. We may even be ready to give up . . . when, suddenly the answer is laid before us.
127 ここに如何にして援助が無意識の内に受信され得るかのもう一つの例があり、私達全てが時折、体験しているものです。それは、私達の心がある問題で奮闘しているとします。私達はそれをあらゆる角度から研究して来ましたが、未だに答えは我々をすり抜けています。私達もう諦めようとも思ったその時、突然にその答えが私達の前に置かれます。


【解説】
 真の意味で「天の助け」があるということです。先ずは、問題を回避せず、困難にも拘わらず解決に向けて努力する中で、心が宇宙からの援助の声に耳を傾けることが出来た瞬間、解決法が提示されます。まさに、「求めよ、さらば得られん」の通りです。
 しかし一般には、先ずは自分が何を求めているのかを明らかにし、とりあえずは過去の経験から解決策を模索することが通常でしょう。その上で、他の方法はということで、宇宙からの声を聞くことになるものです。もちろん、最初から宇宙の声を聞けば、合理的ですし、無駄がありません。一見、努力しないで成功することには危うい一面もあるように思われますが、創造主への信頼に裏打ちされている場合には、純粋な宇宙的な生き方と言えるでしょう。野のユリのように生命の表現者になり切れば良い訳です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落126

126 By this I do not mean we should accept every unusual thought which enters the mind as being of a universal nature; for as we progress in this study, we will learn that thought comes from many different sources. We have been accustomed to thinking of thoughts as coming only from other human beings; when in fact they eminate from Cosmic Cause, from the very atoms of our bodies, and from all phases of nature. It is obvious therefore, that man should be extremely selective about the thoughts he entertains in his mind.
126 このことで私は私達が心に入って来るあらゆるいつもと異なった想念を、宇宙的性質を持つものとして受け入れるべきだと言っているのではありません。何故なら、私達がこの学習を進めるにつれて想念は多くの異なる源から来ることを学ぶことになるからです。私達は想念は他の人間から来るように思い馴らされて来ました。しかし実際には、想念は宇宙の因から、また私達の身体の中のまさに一つ一つの原子から、そして自然の全ての側面から発せられています。それ故に、人は自分の心に抱く想念については極めて厳密に選択する必要があるのです。


【解説】
 様々な想念に気付くよう努力することは大切で、感受性が高まるにつれて多くのレベルの想念が心に入り込むようになります。また、一つ一つの想念については、その実態を絶えず注目する必要があり、進歩するに連れて同調する波長帯もより高次なものになるように思います。
 しかし、重要なのは、自分で良しとして心に留め置く想念については、その他一時的に通り過ぎるものと比較して、特に注意深く観察しなさいと言っていることです。長い時間、心に滞留させ、自ら良しとするものについては、他よりもより大きな影響力を持っているからです。
 世の中には、想念の発信源は様々ある訳ですから、より適正な源泉からのものを取り入れる必要があります。低俗なものから宇宙的な源泉から発せられる高次なものまで、様々な波長の中で自分に適したものを取込む必要がある訳で、その見極めについては慎重であれと言っているのです。
 (注:原文では"an from all phases of nature."となっておりましたが、文脈から"and from all phases of nature."の印刷ミスと解釈しました。)

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落125

125 Let us say we are going about our daily routine, our minds quietly following their customary pattern of thought. From out of the "blue" will come a thought totally foreign to our normal thinking-something of a universal nature. The majority of people, not comprehending the magnitude of what is happening, will often break the flow with the startled inquiry, "Where did that come from?" Whereas, if they had quieted their carnal mind and listened to the small still voice within, vast vistas of understanding might have been unfolded.
125 例えば、私達が日常の決まりきった仕事に出掛けるとします。私達の心は黙って、いつもの習慣的な想念パターンに従っています。突然青空から降って湧いたように、私達の通常の考えとは全く異質な想念、宇宙的な性質を持つ何かがやって来ます。大多数の人々はその時、起っていることの重大性に気付かず、しばしばびっくりして「それは何処から来たのだろうか」と問いただしてしまうことで、その流れを壊してしまうのです。しかし一方、もし人々が自身の肉欲の心を静めて、ひそかな内部の声を聞こうとすれば、広大な理解の展望が解き明かされたかも知れないのです。


【解説】
 いわゆるインスピレーションがやって来た時の対応のあり方を述べています。実はインスピレーションなるものは通常、大変微細なもので、余程気を付けて対応しないと逃してしまい、元に戻れません。それをどう対処するのかについて本項ではヒントを与えています。
 これまで、「想念の通り道」になることを何度か述べて来ました。まして、その想念を元に行動に移すとなると、浮んだ想念自体に怪訝な感情を抱いては、それ以降の流れが止まってしまいます。良否の判断を先送りして、行動に移した後、結果からそのアイデアの価値を知ることになるのが、通常の例かと思います。一つ一つのアイデアの出所を詮索していたのでは、行動に移すことも出来ません。
 画家や音楽家が作品作りや演奏に熱中するような、想念の流れに無抵抗の状況を作り上げることが大切だと考えています。もちろん、どのような想念でも受け入れるという姿勢には問題もあるのですが、少なくても日常的に受け入れたい想念を良質なものとするよう受け入れたい方向性を堅持して置くことで、低俗な想念を避けることは出来そうに思います。
 文字通り、無我の心境を維持し、各自の騒ぐ心を鎮めて、やって来る微妙な指示に何時でも同調できる素直な状態を保つことが必要です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落124

124 Most of the time, the only thoughts we are aware of, are those familiar ones amassed through our senses and experiences. Yet, gems of universal wisdom are interspersed in our habitual thinking.
124 大抵は、私達が気付く唯一の想念は、私達の諸感覚と経験を通じて蓄積されたものと馴染みのあるものに過ぎません。しかしそれでも、宇宙の英知の珠玉は、私達の習慣的な思考の中にもちりばめられています。


【解説】
 長年の蓄積から私達は自分が同調し易い、或いは同調して来た想念帯があり、通常はそれらを取り込んでいるということになります。元来、自分が理解出来ないことは、拒否し、無視する傾向を私達は持っています。難しい課題には首を突っ込みたくはなく、少しでも楽をしていたいと考えるのが人の常です。受け入れるべき心は、問題が大きくなると只、沈黙し、状況が収まるのを待つだけですが、それでは多くの場合、問題は解決しません。
 私達に求められていることは、私達自身の古い体質を努めて打破し、より広い世界を見ようとすることです。想念の世界は幅広く、豊かです。目の前の素晴らしいインスピレーションを逸するほど、もったいないことはありません。他人や万物への奉仕こそ、従来の習慣性を取り去る原動力の一つともなるでしょう。各自を創造主の通り道にとすべきなのです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落123

123 Since each thought registers a certain pitch, or frequency, relative to itself, we will naturally find different levels of thought. The level of thought-frequency into which we tune daily depends entirely on our understanding. For remember, like attracts like. While at times we may contact either a higher or a lower level, our minds normally move in the ruts in which our understanding has placed them.
123 各々の想念はその想念に関連したある種の高低、或いは振動数を記録に留めるために、私達は想念の様々なレベルに自然と気付くようになります。私達が日常、合わせる想念振動数のレベルは全くの所、私達の理解力に依存しています。何故なら、類は類を呼ぶからです。一方では、時たま私達はより高い、或いはより低いレベルと接触することもありますが、私達の心は普通、私達の理解力が敷いた轍(わだち)の中を動いて行くのです。


【解説】
 私達が日常、極めて限られ、類似した想念しか持ちにくいのは、本項で明記されているように、想念そのものが、心を通過後に轍(わだち)を残し、痕跡を留める為、以後は毎回のように同様な想念を呼び込んでしまうということです。
 同じような悩みや心配事が心から離れず、自身を支配するのは、こうした一定方向の想念のみが通り易くなっているからに他なりません。
 そのような事態において必要なことは何でしょうか。私も最近の台風の中、濡れたままで長時間過ごしたことが原因で、風邪気味に陥り、一日二日休んでいましたが、そのような時、心は不活発となり、肉体の不調のことしか感じ取れなくなりがちです。その後、快晴の屋外に出て、明るく暖かな大気に包まれて、ようやく新鮮な雰囲気を感じた次第です。
 各自が生きて行く中で、何かのスランプや習慣性から抜け出す手法を各々いくつか持っている必要があるように思います。それは、創造主への信頼感、あるいは自分が生きていること、生かされていることへの感謝、家族や友人への感謝やいたわり、あるいは自分の使命の再確認、趣味や気晴らし等、様々あって良いと思います。各自が自信を持てるような、あるいは各自がやりたい事柄を、改めて確認して前進できる自信を取り戻すことが必要だと言うことでしょう。その上で、目の前に広がる高次な空間と融合したいと思うことです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落122

122 They do not condemn us for our shortcomings, for they know we are behaving according to our understanding. Where we now are in Cosmic growth, they once were; where they now are, through the natural evolution and refinement of our thought patterns, we will be. So it behooves us to remember our Divinity at all times; and try to guide our minds carefully.
122 彼らは私達の欠点をとがめることはありません。彼らは私達が自分達の理解に応じて振る舞っていることを知っているからです。宇宙的成長において現在、私達が居る所に彼らもかつては居たし、彼らが今居る所は自然の進化と私達の想念パターンの精化を通じてやがて私達が到達する所です。それ故に私達は常に自身の神性について覚えて置かなければならず、自身の心を注意深く導くよう努力すべきなのです。


【解説】
 進化にとって重要なことは、先ず、自己(エゴ)の好き嫌い、損得判断への志向を無くして、創造主を常に思うことです。自己より創造主を常に「主(あるじ)」として戴くことにより、創造主への関心を高め、エゴを謙虚に保つことです。その上で、自身の心を訓練することが必要だということです。
 問題は、この進化の道程を地球においては、地球人自身が自らの文明を破壊し、無に帰して来た歴史が多くあるということです。また、地球上では古代から多くの文明が栄え、やがて崩壊して来ました。良識ある人達が強欲な者達に滅ぼされた経過も多くあることも事実です。そのような問題を抱える星に私達は生まれて来た訳で、本シリーズを学ぶ人達は、少なくともこの星の神性を向上させることが何より期待されています。
 現在、表立っての宇宙兄妹達の活動は私達には分かりませんが、最近の私の知人達の接近遭遇事例等を聞く限りは、彼ら宇宙兄妹達は今なお、私達を見守って下さる状況にあるようです。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落121

121 To digress for a moment: the space people, understanding that man is Divine Thought motivated by the Divine Breath (for ether is Divine Creation), feel a reverence for all humanity. This is the explanation of the statement in INSIDE THE SPACE SHIPS which has proved so puzzling to people. Practical Earthlings have questioned the philosophy of accepting death for themselves rather than the taking of human life; but the visitors know that when another stands before them, they are in the presence of the Living God.
121 少しの間、本題からそれますが、宇宙人達は人間は聖なる息(エーテルは聖なる創造物である故)によって活性化された聖なる想念であることを理解していますので、人類全てに対して敬意を感じます。これは人々に当惑を与えた「INSIDE THE SPACE SHIPS(空飛ぶ円盤同乗記)」における言及への解説です。現実的な地球人達は人生を迎え入れることよりも死を受け入れる哲学に対し疑問の声を上げています。しかし、訪問者達は他人が自分達の前に立つ時、自分達は生ける神の面前に居ることを知っているのです。


【解説】
 地球上の生き物は全て同じ大気を呼吸しています。この大気について、本項ではエーテルと表現されていますが、これは以前(111)述べられたように、想念を伝達できる空間というような意味合いと思われます。私達はともに創造主の想念を呼吸し、身体の中を通している訳で、一刻一刻、それら想念を表現できるという意味で生ける想念の現れと評せられる訳です。
 一方、自身の他にも同じ状況が他の者にも起っている訳で、「生きている」ものに対しては、より崇高な尊厳感を抱くことは当然です。つまりは、目の前にいる人に対して、その個人ではなく、因としてその者を生かしている創造主を見ることで、自然と尊敬感が湧くということです。
 とかく私達は、死者を祀り、祖先を敬いますが、実はそのことより、目の前の生き物の中に生きた創造主を見つけることが、より大切だということです。同じ空気を呼吸し、同じ星の上に生きる創造物としての親近感を持つことは、宇宙兄妹達の生き方に近付くことでもあります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落120

120 This may seem startling to some at first, but remember all creation is Divine Thought in action. Therefore man, with his reasoning mind, "given dominion over all the earth," possesses unlimited potential. Owing his very existence to this Cosmic Intelligence (or God), man instinctively feels a kinship with all life. And, the evolution, or refinement, of his thinking is the path by which the Prodigal Son eventually returns to the house of the Father.
120 このことは人によっては最初驚くべきことのように思えるでしょうが、全ての創造は聖なる想念が行動したものであることを忘れないで下さい。それゆえ、人は理性ある心を持ち、「全地上の支配権を与えられ」、無限の可能性を持つのです。この宇宙英知(神)への自身の存在に起因して、人は本能的に全ての生命に親近感を感じます。そして人の考えの進化や洗練は放蕩息子が遂には父の家に帰る道程でもあるのです。


【解説】
 ここでの注目点は「万物への親しみ」という人間の特性です。今年(2009年8月)、99才で亡くなった絵本画家、熊田千佳慕さんは、最晩年まで野原に出ては虫の観察を続け、多くの昆虫達の細密画を残されました。日本のプチファーブルと呼ばれています。以前、テレビのインタビュー番組を拝見しましたが、当時90才代という高齢にも拘わらず、大変活発で、虫達と遊ぶ姿は幼児のようでもあり、その緻密は観察はやがて生き生きとした虫達の姿を大きな画面の水彩画にひとつひとつの細かい筆使いによって、虫達の生活の様を再現していました。
 このように様々な創造物への関心は、自分の周囲の創造物、ひいてはその生みの親である創造主を理解する上で欠くことは出来ません。只、その観察も私達は4感のみでなく、自らのフィーリングを通して対象物との印象のやり取りが出来るレベルが求められます。しかし、この作業は人によっては幼年期には自然に出来ていた可能性もあります。即ち、周囲の様々な存在に対して、もっと親近感を持って接していた筈だからです。
 このような本来、人間に備わっていた創造物に対する親しみは、大人になるにつれて失われ、利害関係のみが関心事になりますが、自然への回帰という命題に対しては、どうしても日常生活の中で、植物や動物、その他自然への関心を高め、そこではどのような印象が交差しているのかを知ろうとする必要があります。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落119

119 From this I now understood that Man is a thought in action! The original prototype was projected from Cosmic Intelligence; hence, Man is but an avenue through which Divine Thought expresses.
119 これにより、私は人は活動する想念であることを理解しました。最初の原型が宇宙の英知から投影されたのです。それゆえ、人は聖なる想念が表現する大通りでしかないのです。


【解説】
 文字通りに、人の価値や正体はその人を通過する想念によって定まるということです。その人がどのような想念を心に流すのかによって、その人の人格が決まって来ますし、本項で言うようにそれら想念が行動することがその人の人物像になるという訳です。
 もちろん、この背景には、私達自身の身体各部は創造主によって望まれた通りの構造、仕組みになっており、その運用を各自、任されている訳です。しかしながら、自分の心に通過させる想念によって各自のその後の経過は大きな影響を受けます。楽しく明るい想念を抱けば、身体も伸び伸び調和ある生命活動を行いますが、逆に苦しみや悲しみ、憎しみ等に浸った場合には、肉体活動は不活発になることでしょう。良し悪しは別として、私達は想念そのものである訳です。
 従って、活発な精神レベルは肉体を若々しく保つ一方で、沈痛や落胆等は身体を痛めつける事態になります。そのどちらを選ぶかは各自の自由ですが、少なくても私達の誕生に当っては、創造主の祝福の御意志が各々に向けられ、その結果、私達が誕生したことは明記して置くべき事項です。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落118

118 This story of creation is not confined to our small planet, as we have been led to believe, but encompasses the entire Cosmos. All creation, from the firmament or sky (ether), through the varying states of density to minerals, was first a thought followed by the forming of matter (atoms) to produce the effect. Matter in this sense is not restricted to tangible manifestation, but refers to the Mother principle in creation. From the Father principle, or Creator, and the Mother principle composed of force, or matter, comes the Son, or all manifestation.
118 この創造の物語は、私達がこれまで信じさせられていたように、私達の小さな惑星に限定されるものではなく、全宇宙を包含するものです。天空あるいは大空(エーテル)から、様々な密度状態を通じて鉱物に至る全ての創造物は最初、想念であり、その後に結果を作る為の物質(原子群)の形成が続きました。この場合、物質は手に触れられる創造に限らず、創造の母性原理をも示唆しています。創造主すなわち父性原理、そして力或いは物質からなる母性原理とから、その息子即ち全創造物が生まれます。


【解説】
 重要なのは私達自身を含めて、全ての創造物は最初、その存在を願う想念があり、その後その実現に向けて様々な分子原子が力を受けて、生み出されたということです。各々の存在は偶然ではなく、また各々の生れ出た目的も最初から明らかになっているということです。
 その中で、本来最高の創造物である人間だけが、自然の変化にも無頓着で、わがまま勝手な生活を送っているということでしょう。全てのものは、最初にそのものを生ましめ賜う神の意志があって、生れ出たという言葉は私達が各々祝福された存在であることを気付かせます。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落117

117 In the second chapter of Genesis (or the second creation), we are told how the mists went up from the earth and watered the whole face of the ground, causing the seeds to grow; how out of the ground the Lord God formed every beast of the field and every fowl of the air, and how the Lord God formed man of the dust of the ground, and breathed into his nostrils the breath of life; and man became a living soul. So the Creator, following the patterns that had been formed and pronounced "good," from formless void, brought into manifestation, heaven and earth and all life thereon.
117 創世記の第2章(または第2の創造)において、私達は如何にして霧が地表から上昇して全ての地表面を潤し、種を発芽させ、その地面から主なる神が野原のあらゆる獣と空のあらゆる鳥を造り上げ、そして主なる神が如何にして地の塵で人を造り、その鼻の穴に生命の息を吹き入れられ、人は生きる魂となったと伝えられています。ですから、創造主は造られ、「良し」と宣言されたパターンに従って、形の無い空間から天と地とそれらの上の全ての生き物を創出したのです。


【解説】
 本項で印象深いのは聖書で言う人が創造されたパターンが、毎回、人間が誕生する際に母体で営まれていることに再現されていることです。当初は、形なきものであった人間は、精子と卵子の受精後、母体の中で様々な必要物が供給され、遂には母体から外に出て、呼吸を始めます。その呼吸が始まってはじめて人間としての誕生があるのです。この間の人体を創り上げていたものは、全て地上の分子原子のいわゆる塵の類いが原材料になっています。その創造の過程は場合によって変化するということはなく、一定のパターンで進行します。即ち、妊娠第何週はどうなるという具合です。言い替えれば、人体形成のプログラムが事前にセットされている訳です。
 このようにかくされた設計図に従って、様々な創造が行われている訳ですが、創造の原動力はこれら目に見えないパターンということになります。前項でも学んだように、この設計図は事前に創造主によって「良し」とされたもので、細胞の奥深く、その内容はDNAその他の核酸分子の中に収蔵されているということでしょう。私達の中には、既に創造主の設計図、英知の成果品が多数、収蔵されているということでしょう。

ジョージ・アダムスキー「テレパシー」第1部第4章-段落116

116 Let us turn to the story of Creation for conformation. Careful reading of the first chapter of Genesis (or the first creation), tells us that creation was without form, meaning it was then only a thought forming in Divine Mind. In this chapter we find every detail scrupulously planned: the grasses, herbs, and trees yielding fruit; the waters bringing forth abundantly the moving creatures that hath life, and the fowl that may fly; the living creatures after his kind, cattle, and creeping thing and beasts of the earth after his kind. . . . Then God said, let us make man in our image, after our likeness.
116 構造を理解する為、創造の物語に目を向けましょう。創世記の最初の章(或いは原初の創造の部分)を注意深く読むと、創造は形が無かったことが分かりますし、このことはそれは神聖なる心の中に作り上げられた一つの想念でしか無かったことを意味します。この章で、私達はあらゆる細部が綿密に計画されていたことを見い出します。草や草木、果実をもたらす木々、命を持つ多くの動く生き物をあり余るほどもたらす水、空を飛ぶ鳥等、それぞれの生きるものたち、家畜や地を這うもの達、地上のそれぞれの獣達です。それから、神は言ったのです、人を私達のイメージに、私達に似せて造ろうと。


【解説】
 宇宙開びゃくの遠い昔、原子の集まりから創造主の想念によって様々なものが造り上げられたと創世記は伝えています。ここでのポイントは、私達自身を含めて現実世界に現れているもの全ては、その源と言えば、この創造主の想念が具体化したものであることです。しかも私達人間は創造主の似姿、つまりは創造主に似せて造られたと伝わっています。何かの像を製作する芸術家は、実はその作品に対して全身全霊を込めて製作にあたります。その結果、出来上がった作品には、その作者が与えた命が宿るような作品に仕上がる訳で、作品の原材料(原木)には無かったような高次な表現物となる訳です。
 この創造の場合も同様に、様々な創造物は決して安直に地上に産み出されたことはなく、各々創造主が時間を掛けて丁寧に造り上げたと考えなければなりません。これら創造の過程の最後に人間が産み出された訳で、そのものの完成度はその他に比べて格段に高いものであることが分かります。画家の晩年の作品がその画風を極めているのと同様です。
 そして、各創造物がその後、代々にわたって種を繋いで行くことや、より優れた存在に進化することを生命を贈った創造主は願っているのです。
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